【アンコもどき小説】やる夫と叢雲とステンノは世界を渡りながら世界の危機を回避するようです 作:北部九州在住
黒妻綿流の目が覚めた時、己の体が女になっていた事に混乱しなかったといえば嘘になる。
とはいえ彼というか今は彼女だが、学園都市の学生であるゆえに、実験体になって命があるだけ儲け物。
混乱から落ち着けば、女になったぐらいならば許容範囲内かなと考えてしまうぐらいのズレはあったのである。
「で、マスター。
今後の方針なのですが」
「ねえよ。んなもん。
俺はあの最低の実験施設から助けを求めて、それにお前が応じた。
だから、お前の都合だ。
アル……アーチャー。
お前が決めろ」
ある意味、アルジュナにとって最も運の良いマスターを引いたとも言えるだろう。
これが普通の聖杯戦争ならば。
だが、彼の千里眼にはろくでもない結末ばかりが見えていた。
「マスター。
おちついて聞いてください。
この聖杯戦争。
私が見える未来において、八割近くがこの都市が吹き飛ぶことによって終わっています」
「……え?」
「それを、助けてくれた人たちに伝えられなったのは、彼らが国家という大きな組織に属しているからです。
大きな犠牲を回避する形でこの都市の破滅を許容するどころか、推進する可能性があります」
助けてくれた入即出やる夫には害意は無いが、彼は日本という国家の紐付きの上、安保条約を結んでいる米国の介入を受けやすい立場だった。
その上、独立自治権を有して世界トップレベルの科学技術を有している学園都市の存在を日本政府は決して快くは思っていなかった。
「今の所、吹き飛ぶ未来はだいぶ見えなくなりましだが、その分幅が広がりました」
「幅?」
黒妻綿流の女性らしい声に、アルジュナは言い切る。
穏やかな表情で。
「良いことと悪いことには天井も底も無いんです」
黒妻綿流は気づく。
その良いことと悪いことをアルジュナが言わなかった事を。
それが、彼の立ち位置を露骨に表していた。
インターホンが鳴ったのは、そんな時だった。
「黒妻綿流さん。
お客様がお見えになっていますが?
オーランド・リーヴさんと名乗っており、入即出やる夫さんのご紹介だとか」
黒妻綿流が口を開く前にアルジュナは返事をする。
その顔からはここが戦場であるという緊迫感が漏れ出していた。
「マスターはまだお疲れです。
お断りしてください」
これが聖杯戦争なのだろう。
黒妻綿流はなんとなく思った。
「そうですか。
名刺を渡しておきますので、『困ったときには連絡を』とお願いします」
病院受付から玄関に向かい病院を出る。
霊体化したアキレウスがぼやく。
(なんだ。マスター。
一戦しないのか?)
(ここで一戦してみろ。
横殴りがどれだけ飛んでくるかわからんぞ)
(俺はそれこそが楽しみなんだけどな)
病院のナースには対魔忍が潜んでおり、逐次警護と情報が入即出やる夫に流れるようになっている。
拠点のバレは他勢力の集中砲火を食らうという良い例だろう。
だから、こんな声を彼は中学生からかけられる。
「おい。おじさん。
この病院に何か用?」
常盤台中学の制服からはちきれんばかりの体を晒しながら、麦野沈利は気だるそうな顔で質問をする。
そんな態度なのは、どこからでも彼女の武器であるビームが出せるからな訳で。
「ああ。すまないね。
ちょっと見舞いに来たのだけど、まだ安静と断られてね。
私の名前は、オーランド・リーヴ。
入即出やる夫氏の知り合いだよ」
「なんだ。
あのおっさんの知り合いか。
この病院、最近物騒だから、見張っているんだよね。
変なちょっかい出したら、おっさんの知り合いといっても容赦しないよ」
「分かっているよ。
お詫びに、シャケ弁を届けさせるから勘弁してくれ。
おじさんも仕事で来ているから、世間のしがらみが色々あってねぇ……」
もちろん、麦野沈利とのエンカウントは想定の範囲内だから、入即出やる夫から引き出した情報によって戦闘を回避する。
そんな交渉中に、しっかりと念話でアキレウスに戦力判定をさせるのを忘れない。
(で、ライダー。
これ勝てるか?
多分、やっている時に確実にアーチャーが横殴りしてくるが?)
(きついな。
アーチャーの真名がアルジュナならば現時点で俺と互角。
目の前の嬢ちゃんも、何をやったか知らんがペンテシレイアとタメを張れる力を持ってやがる。
大暴れしていいのなら別だが?)
アキレウス召喚に際して、オーランド・リーヴは令呪を切って命令遵守を命じたのである。
大英雄を組織的行動に組み込ませる事を最初に考えるあたり、オーランド・リーヴが米国の組織の人間であるという事が分かる令呪の切り方である。
(よせ。
ここで戦闘になって、真っ先に脱落するのは良くない。
セイバー・ランサー・アサシンの三騎がわからない以上、まだ自重しろ)
(へいへい。了解っと)
「……まぁ、あのおじさんの知り合いでシャケ弁くれるなら悪い人ではないでしょ。
一つ忠告。
私や、あの病院に寝ている患者目当てに、レベル5が動いているから気をつけな。
学園都市の暗部は結構深いよ」
ある意味、当然の事態だった。
まだ学園都市は麦野沈利を公式のレベル6とは認めていないが、その能力の超発展は次の検査でレベル6と認めざるを得ないだろうと既に噂されていた。
そうなると、どうして彼女が突如レベル6に成ったかを知りたがる訳で。
それは必然的に、この学園都市で行われている聖杯戦争という魔術儀式をクローズアップさせようとしていた。
「特に、白髮のガキとチャラい学生が突っかかってきたら、迷わず逃げな。
あいつら、もうすぐ二位と三位になるし」
それが一方通行と未元物質の事を指しているのはオーランド・リーヴでも分かった。
思った以上に、この病院の危険度は高い。
「……肝に銘じておこう。
では、失礼するよ。お嬢さん」
おじぎをしてこの場から退去するオーランド・リーヴ。
念話でアキレウスがこんな事を言ったのはその時だった。
(で、俺達の会話を監視していた輩はどうする?
もちろん、病院内のアーチャーではない)
(ひとまずは放置だ。
この情報を持って帰って、司令部の判断を仰ぐ)
病院からかなり離れたビルの屋上より、片倉富士雄ことダークニンジャはニンジャ視力と聴力を持ってして麦野沈利とオーランド・リーヴの会話を聞いていた。
ダークニンジャのニンジャ思考力は、病院内と近くでアンブッシュしているサーヴァントにこの身がバレていると判断していたが、同時に彼に攻撃する事はアブハチとらずになると理解しての行動である。
そんな彼の近くに影が落ち、その影はオジギをした。
「ドーモ。ダークニンジャサン。シルバーカラスです」
「ドーモ。シルバーカラスサン。ダークニンジャです」
互いに挨拶を交わす。
彼らの古事記には大事と書かれているのだから仕方ない。
「で、俺みたいな奴まで雇って、あの病院を襲えってのか?」
「状況が変わった。
もうしばらくはアンブッシュを続けてほしい」
それは、彼らのニンジャ第六感が感じている怯えにも似たものだった。
神代の古のニンジャにも匹敵する力が互いに水面下で睨み合っていた。
そこにサンシタニンジャを突っ込ませても、ただバクハツするだけである。
サーヴァントを相手にするには、サーヴァントをぶつけるべし。
ニンジャ相手にニンジャをぶつけるように。