【アンコもどき小説】やる夫と叢雲とステンノは世界を渡りながら世界の危機を回避するようです   作:北部九州在住

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冬木市の一番長い夜 その3

「楽しそうなことになっているじゃないか」

 

 アインツベルンの屋敷で聖杯問答をやっていただろう征服王がウェイバーをつれて俺の所にやってくる。

 そういえば、聖杯が発動して泥が出たという事は、小聖杯のアイリスフィール・フォン・アインツベルンの方も出ていると思ったのだが、案の定聖杯の泥がそっちにも出たらしい。

 

「アインツベルンの館で、セイバーとアーチャーと楽しく飲んでいたら、アーチャーが中座してその後セイバーのマスターが倒れた。

 それをセイバーが抱きかかえたら、いきなり泥が吹き出てセイバーが飲まれた。

 やばそうだったから坊主を連れてこっちに来た訳だが、あれは何だ?」

 

 そっちにも出たか。

 聖杯の泥。

 慌てて上空のヘリに指示を飛ばす。

 

「上空のヘリへ。

 溶岩の噴出が別の場所でも発生した。

 場所は私有地だが、上空から確認できるか?」

 

「こちら上空のヘリ。

 確認しました。

 屋敷が炎上しており、溶岩らしきものが流れ出ています」

 

「わかった。

 そこは今から第二噴出口と命名する。

 別の者を偵察に向かわせるから、ヘリは第一噴出口の監視に戻ってくれ」

 

 結界が壊れたらしく、災害が発見される。

 アインツベルンの屋敷が山奥なのが助かった。

 もっとも、セイバーがオルタ化しているだろうからヘリをさっさと逃したが。

 とりあえず叢雲にそっちに備えるよう指示して征服王と向き合う。

 

「大聖杯から出た何かだよ。

 ある程度、憶測込みになるが構わないか?」

 

 そう言って俺は、起こった事を説明する。

 ウェイバーの目が俺に疑心を向けているがとりあえずは口を挟まないみたいなので、大聖杯で起こった事を説明してやる。

 

「という事は、聖杯の勝者は決まったのか?

 余はまだこうしているのに?」

 

「残っているサーヴァントを全部潰せばもう一回ぐらい願いは叶うかもしれんが、もはやあの聖杯は猿の手と化している。

 受肉したはいいが、狂化されてマスターや己の記憶など忘れさせられる可能性も十二分にある。

 あまりおすすめはしないけどな」

 

「待てよ!

 じゃあ、あの聖杯は今、誰の願いを叶えようとしているんだよ!?」

 

 ウェイバーのツッコミに、俺は嘲笑って用意していた答えを告げる。

 当たらずとも遠からずの答えに俺自身納得したのは内緒だ。

 

「ルーラーの本当の願いである、『全人類の救済』を叶えようとしているんだろう?

 その願いに対する聖杯の回答は、『全人類の殺害』なんだろうが。

 つまり、あの泥はそういうものなんだよ。

 聖杯の出力が足りないからこんな形になっているみたいだがな」

 

「……あんた。

 こうなる事を知っていたな!」

 

 俺を睨みながら叫んだウェイバーの一言にさすが名探偵と手を叩いて降参する。

 そして、彼に俺の限界を告げた。

 

「可能性はあったから、対処していたまでだ。

 だが、それを知っても魔術師は聖杯戦争を続行するだろうが」

 

 こう言われてウェイバーも黙る。

 アインツベルンは元より己の悲願のために冬木の被害なんて気にしていないだろうし、時計塔の連中だって本拠の欧州とは無関係だから、心を痛めはするがそれでおしまいだろう。

 何よりも猿の手とはいえ聖杯が機能した事を知れば、遠慮なくそれを使おうとする輩が出るのが魔術師という連中の生き様である。

 

「せっかくだ。

 一つ、それを証明してみせよう」

 

 臨時に引かれた電話を手に取り、警察にかける。

 しばらくして出た声は不機嫌の極みだった。

 

「少しの間とは言え留置場の中は快適でしたかな?

 遠坂時臣さん?」

 

 俺の皮肉に遠坂時臣は何も答えないが、敵意と殺意は電話越しに感じることができる。

 さて、スピーカー越しに聞いているウェイバー君に魔術師たる遠坂氏の優雅な選択を見せてやろう。

 

「本題に入りましょう。

 聖杯戦争が終結しましたが、その戦闘で大聖杯周辺で災害が発生しています」

 

「本当かね!?」

 

 極限状況だからこそ、彼の選択は優雅さも無い魔術師としてのもの。

 そこに罠があるなんて今の彼に気づけと言うのが無理だろう。

 

「現在、その災害に対処しているのですが、願望機である聖杯はアインツベルンの森にあって、我々は手が回らない。

 我々は聖杯はいりません。

 我々は市街地に近い大聖杯周辺の災害に対処するので、遠坂さん。

 聖杯の回収をお願いして構いませんか?」

 

 罠でもあり、慈悲でもある。

 彼がここでこちらに来るのならば、伏せていた情報を開示するつもりだった。

 こっちはただでさえ手が足りないのだから。

 だが、遠坂時臣は正しく魔術師であった。

 

「聖杯の願いはまだ使われていないのか?」

 

「さぁ。

 私には分かりませんな。

 無駄骨かもしれませんよ」

 

 ウェイバーが遠坂時臣の声を聞いてスピーカーを汚物でも見るような目で見る。

 これが魔術師で、彼もそんな魔術師であるというのをいやでもつきつけているからだ。

 

「この街を守るためです。

 聖杯の回収に協力しましょう」

 

 自らの死刑執行書にサインをしたなんて知らず、遠坂時臣の声は楽しそうだった。

 使われていない可能性がある。

 つまり、彼の家の悲願である根源への到達ができるかもしれないのだから。

 

「一緒に捕らえられた言峰璃正神父も釈放しましょう。

 パトカーも一台お貸ししますので、どうか回収を急いで下さい。

 何かありましたら、パトカーの無線で連絡を」

 

「わかった」

 

 その言葉を聞いて俺は受話器を置いた。

 俺の顔が嘲笑っている自覚がある。

 その顔のまま、魔術師であるウェイバーにただ一言だけ告げた。

 

「な。

 ああいう連中なんだよ。

 お前も。俺も」




猿の手
 イギリスの小説家W・W・ジェイコブズによる怪奇小説。
 猿の手のミイラに魔力が込められていて、3つの願いが叶うと言われている。
 ただ、その願いを叶える為には、高い代償がつく。

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