鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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実習の疲れを取りながらも三連休の間に書き上げましたので、投稿いたします。そして記念すべき100話目となりました! ここまで投稿を続けられたのも、一重に皆様のご愛読のおかげでございます。本当に、ありがとうございます!m(_ _)m

なお、時間切れとネ級改の多大なる妨害により、アトランタ獲得は断念することとなりました。
ネ級改ほんっと大ッ嫌いだ!



094. 堺の案件 事後処理とその他諸々

 中央暦1640年12月18日午前9時、カルアミーク王国 王都アルクール。

 カルアミーク王国王権政府は、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊を主力とする第二特務艦隊の援護はあったものの、最終的にマウリ・ハンマン公爵の反乱を鎮圧し、マウリ・ハンマン自身とその配下の者たちを捕縛することに成功した。一時は、王都そのものが危険に晒される事態となったものの、カルアミーク全土を(しん)(かん)させた内戦は、何ともあっけない(しゅう)(えん)を迎えたのだ。

 マウリ・ハンマンとその手の者たちの逮捕・投獄を確認した国王ブランデは、まず反乱の鎮圧とマウリ逮捕のニュースを全土に放送し、次いで全土に出していた非常事態宣言を解除した。これにより、各地の騎士団や諸侯団も通常状態に戻り、如何なる人物の王都アルクールへの出入りも自由となった。このニュースに、カルアミーク全土に喜びの声が(あふ)れた。

 

 またこれと前後して、内戦勃発により完全にストップした状態になっていた、ロデニウス連合王国との国交開設交渉も再開された。その日の午後に、リヴァロ・コーデルたちロデニウス外交使節団は王宮に招かれ、国王ブランデご隣席の下で自国の国家体制や人口・歴史・特産品・軍事力・技術力等に関する簡単な査問を受けることとなったのである。国交開設の申請書と共にロデニウス外務省発行の広報用パンフレットも提出されていたこと、そしてウィスーク公爵の他にイワン公爵までもが手伝ってくれたことで、書類審査が想定より遥かに早いスピードで行われた結果であった。

 カルアミーク王国側が特に知りたがったのは、ロデニウス連合王国の軍事力と技術力である。国家の発展に寄与するかもしれないチャンスであると共に、それらの力の差を背景に不平等条約を押し付けられる事態を回避しようとしたための質問だった。

 これに対してコーデルたちは、自分たちが知る限りの情報を全て正直に答えた。

 ロデニウス連合王国の国家体制は立憲君主制で、王の他に「議会」というものが存在し、それは一般国民を代表して選出された者たちから成る、“国民の声”を()()国家上層部に届ける機関であること。

 人口は4千万人を擁し、民族は単一ではなく様々な種族が入り交じった多民族国家であること。

 国家の成立は最近(というより、ロデニウス連合王国という国そのものが誕生してまだ2年も経っていない)であり、元々は複数の国に分かれていたのが、戦争を契機に講和・連合してできた国家であること。

 特産品は食料から資源から多岐に渡ること。

 軍事力は、国軍が陸軍・海軍・空軍・海兵隊・(くう)(てい)隊の5つに大別され、現段階では詳細なスペックは明かせないものの、主力の武器は「銃」といって、小さな容器に詰めた「火薬」という可燃性の粉末を爆発させ、その力を使って小石程度の大きさの弾丸を勢いよく飛ばす武器を用いていること。銃の種類にもよるが、その射程距離はおよそ300メートルはあること。その銃を大型化して、複数人数で運用する「大砲」なる武器もあること。陸軍の兵力だけで約40万あり、銃については1人が1丁所持していると考えて良いこと。

 技術力については、全長が100メートルを超える“鋼鉄製”の大型船を何隻も建造・保有していること、馬を繋がずとも馬車より速く陸上を走ることができる乗り物が存在すること、空を飛べる機械を発明して多数運用していること。

 ブランデたちカルアミーク王国側の面々は、そうした話を興味津々で聞き、使節団に対して大量の質問を投げかけ、さらに“世界の()の様子”について教えてくれ、とせがんだ。それに対してロデニウスの使節団は、世界の外の様子については非常に詳しく答えられた(でなければ、外務省勤務だなんて言える筈がない)ものの、自分たちが知っていることや答えられることにも限界があることなどから、特に軍事技術関連についてはお教えできる内容が少ない、と回答し、その代わりとして()()()を提示した。

 

「私たちはこのカルアミーク王国に来るのに、最終旅程こそ飛行機械を使って空からやって参りましたが、そこまでは船で航行してきました。その船と共に、我が国の艦隊司令官を1人、輪状山脈の外で待機させておりますから、軍事技術については彼に聞いていただきたく存じます」

 

 つまり堺に、()()()()()()仕事(の一部)を丸投げしてしまったのである。

 お蔭で堺は、半ば強制的にカルアミーク王宮に召喚される羽目になってしまったのだ。

 

「カルアミーク王宮からの招請状? ったく、本国との連絡やら戦闘詳報の作成やら忙しいったらありゃしないのに……」

 

 "()()"から届けられた「招請状」という名の出頭命令書に、堺はぶつくさと文句を垂れる。だが、王宮からの命令、つまり“相手国の国王からの命令”とあっては、出頭しない訳にはいかない。

 という訳で、彼は「カ号観測機」に乗り込んで航空戦艦「伊勢」を飛び立ち、王都アルクールへと向かった。話によれば、ウィスーク公爵が協力してくれたお蔭で、規定された時間内のみ大通りを“滑走路”として使用できるそうである。

 大通りとは言っても、正直に言えば幅10メートルあるかも怪しい道路である。だが、「カ号観測機」の熟練パイロットはそんなことには委細構わず、野次馬の衆目監視の中、見事に着陸を成功させた。

 

「やれやれ、物珍しいと思うのは理解できるけどさ……いくら何でも、人が集まりすぎじゃないか? コレ」

 

 物珍しさに集まった王都アルクールの大群衆に辟易しながらも、堺は王宮の正門前で待っていたウィスーク公爵の案内を受けて、王宮へと足を踏み入れた。

 

(これは……かつての我が国、いや、旧ロウリア王国の王城にどことなく似ているな。文明レベルが似たような感じだと、建物の雰囲気や材質も自然と似てくるのか?)

 

 王宮の建物を見て、そんなことを考える堺。

 やがて彼は、比較的大きなある部屋に到着し、そこでウィスーク公爵に少しだけ待たされた。そして、ウィスーク公爵から入室を許可され、部屋へ一歩踏み込んだ堺は……一瞬にして(使節団に仕事を丸投げされた)と気付いた。ズラリと居並ぶカルアミーク王国側の面々は、いずれも「いかにも貴族です」と言わんばかりのきらびやかな服装をしている。そしてその中に1人、黄金の王冠を被った壮年の男性が……「ザ・国王」というイメージそのまんまの方が1人いたのだ。

 まあ、国王陛下ご臨席とあれば、気付く人は気付くだろう。嵌められた、もしくは体良く仕事を押し付けられた、ということに。

 

(あいつら、要らん仕事を増やしてくれたな……)

 

 使節団の面々を軽く恨む堺。しかし彼は、そんな様子は全く表情に出さなかった。彼もプロの端くれである。

 全員が、宝石や魔石らしきものをゴテゴテと飾った華美な衣服を着用している中で、ただ1人(階級章が付いているとはいえ)ほぼ紺色一色の衣服であるため、その地味さのせいで却って目立ってしまっている堺。だが、全く怯む素振りもなく、彼は(ひざまず)いて一同に挨拶する。

 

「此度は、貴国において最も神聖なる地へお招きいただきましたこと、感謝に堪えません。そして、貴国における大規模な内戦が終結したことを、心よりお喜び申し上げるものであります。私はロデニウス連合王国海軍・第13艦隊司令官の堺 修一と申します。陛下、そして皆々様には、お初にお目にかかります。よろしくお願い申し上げます」

 

 型通りの完璧な挨拶……というべきか。

 なお、これがもし故カストのようなパーパルディア皇国の代表であったなら、絶対にこのような挨拶にはなっていないだろう。間違いなく、自国とカルアミーク王国の技術の差を背景に、高圧的な態度に出ているだろう。

 如何なる相手国であろうと、相手が無礼に出たり、敵対する可能性がない限りは()()()接する。それが、大東洋共栄圏に参加する各国を束ねる盟主にして、真に列強国たらんとしているロデニウス連合王国のスタンスなのである。

 

「これはこれは、丁寧なご挨拶に深謝を。そして感謝しなければならないのはこちらの方だ。堺殿、面を上げてくれ。

貴国の軍のお蔭で、我々は滅亡の縁から救われた。どれだけ感謝しても足りない。

申し遅れたが、私はブランデ、カルアミーク王国の現国王だ。よろしく頼む」

 

 挨拶をした後、ブランデは堺にそっと右手を差し出した。意図を察した堺は静かに立ち上がり、ブランデと握手を交わす。

 

「光栄であります、ブランデ陛下。

さて、早速本題に入りましょう。私がこちらに呼ばれた目的ですが、我が国の技術、特に軍事技術について教えて欲しい……ということでよろしいでしょうか?」

「うむ。貴国の軍によって我々は救われた。その点については大いに感謝している。また、国交開設のためこうして手続き中であるが、我々は貴国のことを詳しく知らない。故に、少しでも貴国のことを知り、国交開設の判断に生かしたいと思ったのだ」

「承知致しました。では、皆様がご覧になったものから……我が国が誇る竜騎士団、そして航空機からお話しさせていただきます。その方が、皆様にとっても具体的なイメージがしやすいでしょう。

それでは、戦場に出ていた我が国の竜からお話し致します。質問は適宜挙手していただければ、私の答え得る限りお答え致しますので、気兼ねなく質問なさってください。まず、我が国の空軍には『ワイバーン』と『ワイバーンロード』の2種類の竜が配備されております。皆様がご覧になったものでお話ししますと、我が国の竜騎士ムーラ中佐が搭乗して、最初に“単騎”で敵の有翼騎士団に挑んだのがワイバーン、後で参戦した10頭の竜がワイバーンロードです。ワイバーンの速度性能については……」

 

 簡単にではあるが、自国の兵器の性能の一部を具体的な数字を挙げて説明し始めた堺。国王ブランデを始めとするカルアミーク王国の面々は、驚きを以てその説明に聞き入り、次々と質問を堺に投げかけた。そのため、全ての説明がやっと終わった時には、3時間も経ってしまっていた。気付いた時には既に陽が沈んでしまっていたため、ブランデの計らいにより、堺はそのまま直接戦勝祝賀会に出席することになったのである……。

 

 その日の夜、カルアミーク王国の王宮内に設置された迎賓館で、戦勝祝賀会が華やかに開催された。

 祝宴の開催者は、もちろん国王ブランデ。そして招待されたのは、ウィスーク公爵にイワン公爵等のカルアミーク王国の重鎮の面々、そして主役となる、コーデルとムーラ、堺を始めとするロデニウス連合王国の面々である。

 “国難を排した英雄”として、ロデニウス連合王国の面々はカルアミーク側から大きな賞賛を受けていた。そのため、用意された料理は宮廷料理人が腕によりをかけ、全身全霊を賭して作り上げた一品ばかりである。既に挨拶は終わり、各々が食事をしながら交流していた。

 

「ムーラさん、貴方の敵有翼騎士団に対する単騎突入は、正直痺れました。

物語ではなく、実戦であんなことをする人がいるとは……しかも、我が国では“架空の生物”だった竜に乗っていたのです。まるで神話に出てくる戦いが、眼前で繰り広げられているようでした。何度も目を疑いましたよ」

「ありがとうございます。ええと……」

「あ、名乗り遅れて失礼しました。私は王下直轄騎士団長のラーベルと申します」

 

 ムーラはラーベルと交流していた。その隣では、堺が酒に酔ったイワン公爵に絡まれている。

 

「堺殿、時速500㎞で飛行できるような代物は我が国にも導入できないものか!? あのようなものは、物語でも見たことがない。あれを導入できれば、我が国はますます強くなると思うのだが!」

「え、えぇ……お話は分かりました。ですが、まずは国交開設の手続きそのものを完了し、我が国と貴国との間に正式に国交を開設しなければ、何にもなりません。

それと、ちょっとした情報なのですが、我が国は『大東洋共栄圏』という国際組織を主宰しています。これは簡単に言えば、経済・技術・情報・軍事その他あらゆる面において多くの国々が助け合い、共に発展していくことをその目的とした、巨大な国家共同体です。国交を開設した後、貴国がこれに参加すれば、貴殿のいう『時速500㎞で飛行できるような代物』を導入できる可能性が大幅に上がりますよ」

「おお、左様か! で、それにはどうやったら加入できる!?」

「そうですね。まずは貴国の上層部全体の総意を得て、我が国との国交を開設することが必要になります。その上で、我が国の外務省に大東洋共栄圏への参加を申請して下さい。我々としても、貴国のことを知らなければ判断ができません。我が国の外務省との会談や審議の後に、現参加国の総意を持ちまして、貴国を大東洋共栄圏に招待するかどうか、最終判断させていただく形になるかと存じます」

「なるほど……これは非常に重要ですな! 我が領都ワイザーの民の敵を討っていただくなど、大変お世話になった身です。このイワン、家名に賭けても貴国との交渉に尽力させていただきますぞ!」

「そう言っていただけると、大変心強く思います。是非ともよろしくお願い申し上げます」

 

 ナチュラルに、国家間交渉(っぽいこと)をやっている堺であった。

 

「ムーラ殿、ムーラ殿!」

 

 一方、ラーベルと別れたムーラには、今度はウィスーク公爵が話しかけてくる。彼の顔は赤く、誰が見ても酒が回っていることがよく分かる様子であった。

 

「私は……大事な1人娘エネシーを、君に嫁にやっても良いと考えているのだよ」

「え!? いや、私は……」

 

 慌てて訂正しようとするムーラだが、ウィスーク公爵は一向に聞く様子がない。

 

「エネシーもそれを望んでいるしな。君にとっても悪い話ではなかろう」

「いや、しかし……」

「遠慮しなくていいのだよ。エネシーは美人だろう?」

「まあ、美人ではありますが、私には……」

 

 実際、エネシーはかなりの美人である。……「頭の中がお花畑な」という接頭辞がついた美人であり、いわゆる「残念美人」だが。

 

「よし! なら決まりだな」

 

 ムーラの話を聞こうとせず、勝手に話を進めていくウィスーク公爵。余談だが、公爵のこうした態度が娘にまで遺伝してしまった結果、エネシーの頭があんなに残念なことになっているのではあるまいか、とうp主は密かに考えている。

 このままでは、取り返しの付かない“とんでもない事態”になりかねない。というか、なることは間違いない。ムーラは公爵がこれ以上余計なことを言い出さないうちに、少し大きな声で急いで言葉を挟んだ。

 

「ちょっと話を聞いて下さい!

私には、本国に大切な妻がいるのです。可愛い子もいます。

公爵閣下のご厚意は大変名誉でありますし、大変申し訳ないとも思いますが、今回の話は断固として辞退させていただきたく思います

 

 ムーラがそう言った途端、それまで赤かったウィスーク公爵の顔は、急に潮が引くようにさーっと青白くなった。素早く、周囲で聞き耳を立てている者が誰もいないことを確認し、ウィスーク公爵は(ささや)くようにムーラに尋ねる。

 

「ム……ムーラ殿。エネシーには、まだその話はしていないね?」

「はい」

「では、帰国するまでその話は伏せておいてくれないか?」

 

 いきなりの無茶振りに、ムーラは一瞬驚いた。

 

「え? でも、それだとエネシーさんに悪いのでは……」

 

 軍人によくある、生真面目なキャラであるムーラには、エネシーに“事を黙っておく”のは気の毒だと考えたのだ。しかし、ウィスーク公爵の考えは違っていた。

 

「娘のことはいいから! 取り敢えずムーラ殿が帰国するまでは、結婚延期という形にしようと思う」

「な……何故ですか?」

 

 理由を尋ねたムーラに対し、ウィスーク公爵が語った内容はゾッとするような代物だった。

 

「あの娘は……()()()諦めないぞ! もし君に妻がいることを知ったら、ロデニウス連合王国まで行って、君の妻から君を奪おうとするだろう。君のためなのだ。

当座は結婚延期という形にして、……そうだな、『帰国後にどこかの国との戦闘で戦死したようだ』とでも伝えておくよ。で、娘には新しい男を幾人も紹介する。そうすれば、そのうち娘が気に入る者も出てくるだろう。

救国の英雄の幸せを()()()()が奪った、なんて笑い話にもならないからね」

(じ……地雷女だったのか)

 

 ムーラはしぶしぶ、ウィスーク公爵の提案を了承した。

 

 

 その1週間後、中央暦1640年12月28日。

 堺率いる第二特務艦隊は、本土から派遣された海軍第1艦隊の部隊と交代する形で、ロデニウス連合王国本土へと帰還した。使節団に対する危機的状況は去り、状況の危険性も低くなったと判断されたためである。但し、コーデルたち国交使節団の面々はカルアミーク王国に残り、国交開設の手続きを続けている。

 また、本土に帰還した竜騎士ムーラは、使節団を守るべく圧倒的な数的劣勢の中を単騎で奮戦した功績を認められ、中佐から大佐に昇進すると共に、1週間の休暇を言い渡された。

 もちろん、ムーラがこの休暇中にやることは決まっている。家族と目一杯過ごすのだ。

 

「我が家に帰ってくるのも久しぶりだな……」

 

 司令部で聞かされたところによると、家族には連絡済みとのことであった。久しぶりに、愛する妻と可愛い子供との再会が近付いて来ている。そう思うと、ムーラの胸は熱くなる。

 

コンコン……

 

 久しく見ていなかった自宅をしばらく感慨深げに眺めた後、ムーラはドアをノックした。

 

「貴方……おかえりなさい」

「パパ! おかえり!!!」

 

 迎えに出てきた妻が涙ぐみ、子供が胸に飛び込んでくる。それを見て、ムーラは幸せな気分に満たされた。

 

(やはりこれだ。家族との幸せな家庭こそが、何にも増して大事なもので、守るべきものなんだ。俺は、この家族の幸せな顔のために生きているんだ)

 

 そんなことを考えつつ、ムーラは妻と子ににっこり微笑んだ。

 

「ただいま!」

 

 かくて、家族との1週間の休暇を楽しむムーラであった。

 

 

 その頃、タウイタウイ泊地に帰還して提督業務に当たっていた堺の下へ、"(おお)(よど)"が訪ねてきていた。

 

「失礼します。提督、第一特務艦隊が帰還してきました」

「そうか。やっと、彼奴等も帰ってきたか……」

 

 第一特務艦隊とは、堺直率の第二特務艦隊と時を同じくして、タウイタウイ泊地を発った艦隊である。戦艦「大和(やまと)」以下、第13艦隊と第3艦隊の合同部隊が陸軍の歩兵部隊と機甲部隊を乗せてトーパ王国へ出撃していった部隊だ。どうやら魔王ノスグーラとの戦闘には勝ったのだが、その後の事後処理に大分時間がかかってしまったようだ。

 

「ちょっと出迎えてくる」

「承知しました。行ってらっしゃいませ」

 

 "大淀"に指揮権を一時委譲し、堺は埠頭へと向かった。

 

 堺が埠頭に着いてみると、既に先客が1人いた。"大和"の妹、"()(さし)"である。

 

「おや武蔵。君も出迎えか?」

「ああ。やっと姉上が帰ってきたというのでな」

「何だかんだで、お前もお姉ちゃんっ子だな」

「姉上に一目惚れした貴様に言われる筋合いはないと思うがな」

「うぐっ……」

 

 と、堺が要らぬところでダメージを受けている間に、既に島陰から一群の艦艇が続々と姿を現し、こちらに近付いてきている。第3艦隊と輸送船団は既に分離しているから、ティーガーⅠを輸送している輸送船を含めて、13隻がタウイタウイ泊地に戻ってくることになる。

 その様子を見て……堺と"武蔵"、両者の顔がまず()(げん)そうなものになり、次いで血の気が引いて真っ青になった。何があったのか。それは……その艦隊の陣容が物語っていた。

 

 

 まず航空母艦……平べったい形状の艦が1隻。

 次に重巡洋艦……後部甲板に主砲を搭載していない()(がみ)型航空巡洋艦が2隻。

 それから軽巡洋艦……三脚式の前部マストと3本煙突の艦が2隻、四角い艦橋と3本煙突を持ち、艦体後部がスロープ状になった艦が1隻。

 さらに駆逐艦……2本煙突から黒煙を吐く小型艦が5隻。

 最後に輸送船が1隻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦艦が……いない。

 

 

 

 そう。あのスマートな艦橋と非常に幅広い艦体を持ち、46㎝三連装砲を振り立てた「あの艦」が、いないのだ。

 まさか……撃沈!?

 

「あ、姉上えぇぇーーっ!!?」

 

 波静かな埠頭に、"武蔵"の絶叫が空しく響いた。そしてその隣では、堺が卒倒して倒れてしまっていた。

 立ち尽くす"武蔵"の前で輸送船がゆっくりと埠頭に近付き、艦娘たちは続々と艦艇形態から艦娘形態に姿を変える。そして、埠頭に上がってから人形形態へと変化していた。

 

「ふう、長かった。やっと帰って来れたぜ……って、何で提督がそんなとこでぶっ倒れてんだ!?」

 

 真っ先に人形形態に戻った"(てん)(りゅう)"が、驚いて目を見開く。すわ姉上沈没か? と混乱していた"武蔵"は、ここでようやく、堺が卒倒していることに気付いた。

 

「え? ……あ、あぁ! 提督もそうだが、あ、姉上はどうしたんだ!? 何故いない!?」

 

 半ば動転しながら"武蔵"が尋ねると、

 

「ああ、彼女なら……」

 

 "(たつ)()"が後ろを振り返って、埠頭に到着したばかりの輸送船を指し示した。その甲板から、長身の人影が1つ飛び降りて、こちらに歩いてくる。長いポニーテールが風に(なび)いた。

 そう、その人影こそ、"大和"であった。

 

「敵との戦いで艦首を大破。竜骨(キール)も損傷して、艦艇形態での航行が不可能になっちゃったのよ。艦娘形態での航行も難しいし。だから、輸送船に乗って帰ってきたの」

 

 "龍田"が"武蔵"に理由を説明する。姉の無事を確認したのと、()()()()()()を説明されたことで、"武蔵"は安堵する。だがその時、"龍田"が爆弾を投げ込んだ。

 

「まあ、出迎えに出てくる提督と貴女にドッキリを仕掛けようとしたのもあるんだけどねー」

 

 そこへようやく、輸送船から降りてきた"大和"が合流した。

 

「第一特務艦隊、旗艦大和、ただいま……」

 

 

「あ・ね・う・え?」

 

 

 帰還報告をしようとした"大和"の声を、地獄の底から聞こえてくるかのような、恐ろしく底冷えした声が遮った。その声の主は、(はん)(にゃ)の如き表情をした"武蔵"である。

 

(うわあぁぁぁ! キレてる! ガチでキレてるぜ、これ!)

(ちょっ……!? 怖っ! キレた武蔵さん、めっちゃ怖いんですけど!?)

 

 "天龍"と"()()(くま)"が真っ青になり、身の危険を感じた"(しま)(かぜ)"が持ち前の俊足で脱兎の如く逃げ出す。それに委細構わず、"武蔵"は姉の襟首を掴んで踵が浮くまで吊し上げた。

 

「え……? む、武蔵?」

 

 この只ならぬ事態に、流石の"大和"も異変を察知した。まあ、襟首を掴まれて吊し上げられては、どんなに鈍感な人でも気付くだろう。

 

「姉上、私を驚かそうとしたのはまだいい。だが、相棒を卒倒させるのは流石に頂けんぞ」

 

 ヤ◯ザもびっくりのドスの利いた声で、"武蔵"が詰め寄る。そこでようやく、"大和"は己の仕掛けたドッキリが招いた事態を悟った。

 

「提督ーっ!!」

 

 今度は、"大和"の絶叫が埠頭の大気を震わせた。

 

 

 その後、医務室に担ぎ込まれた堺は無事に目を覚ました。そして事の真相を知った彼が開口一番に放った台詞は、「性質(タチ)の悪いドッキリを仕掛けるなよ! ったく、心臓に悪い……」だったそうな。

 

 

 そして、堺が医務室に世話になっているその頃。

 

「……という訳だ。つまり、私と隊員たちの所感をまとめると、戦車狩りは初めてだったが、あれはあれで“新鮮な体験”だった。艦艇に爆弾を叩き付けるのも良いが、戦車狩りもまた一興だったよ」

 

 艦娘寮のある一室に、多数の妖精たちが集まっていた。その中心にいるのは、“()(ぐさ)(たか)(しげ)”と呼ばれる妖精である。

 何をしているのかというと、彼らは自分たちの戦術研究を兼ねて、カルアミーク王国に出撃していた部隊の手柄話を聞いているのだ。

 

「おおお……!」

「戦車狩りか……」

「うちの隊でも、本格的に訓練として導入するかな……」

 

 妖精たちは思い思いの意見を述べている。そんな中、

 

「………」

「………」

「………」

 

 一部の妖精たちが、無言で後退っている。何やらドン引きしているようだ。その方向を見た他の妖精たちは、その()()をはっきりと理解した。

 妖精たちが後退ったことで開かれた空間には、1人の妖精が立ち尽くしている。そして、その妖精からは“不機嫌オーラ”がガンガン出ており、その手に握られた空の牛乳瓶はミチミチと微かな音を立て、あろうことか指に沿ってヒビが入っていた。

 

「くそおぉぉぉっ!」

 

 不意に、不機嫌オーラを出していた妖精が大声で叫んだ。何人かの妖精の肩がビクッと跳ね上がる。

 

「魔王対決には負け、戦車狩りのチャンスは逃し……全然ついてないじゃねーか!」

 

 そう。不機嫌オーラを出していたのは、トーパ王国に於ける魔王討伐から帰還したばかりの妖精“ハンス・ウルリッヒ・ルーデル”である。

 

「くそ、詰まらん見栄を張って、魔王の座を賭けた戦いなんぞに行ったのが間違いだったか……!

というか戦車だと!? 私だって久しく狩っていない相手なのに! う、羨ましい……!

 

 ギリギリと、歯軋りして悔しがる妖精ルーデル。

 

「いや。見たところあれは、戦車というより無砲塔の装甲車だと思うぞ、無限軌道じゃなくて装輪だったし。攻撃は火炎弾だったんで、少々驚いたがな」

 

 妖精江草がそう言って慰めるが、

 

「同じじゃねえか! 私にとっては、『地上を走る車輌で装甲板を張ってる物で、()()()()()()()()()()』ならば、何だろうと“獲物”なんだよ!」

 

 残念ながら、効果が ない みたいだ……。

 

「まあ、今回はちょっと相手と運が悪すぎたのかもしれんな。

それはそうとして、これはまず間違いなく、シュトゥーカに搭載する37㎜対戦車砲を作って貰う必要があるな! 確かうち(泊地)に3.7㎝Flakがあった筈。提督に直訴して、それを元に航空機用対戦車砲を作ってもらおう!」

 

 しかし、切り替えが早いのも我らがルーデル閣下であった。

 妖精江草の「あ、おい、ちょっと!」という呼び止めも聞かず、妖精ルーデルは飛び出して行ってしまったのである…

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その後、1週間ほどの協議を経て、ロデニウス連合王国とカルアミーク王国は年明け後に正式に国交を締結した。また、カルアミーク王国が提出した大東洋共栄圏への参加申請もロデニウス側に受理された。だが時期が時期なので、最終的な判断は年明け後になる。また交換条件として、この島に存在する残り2つの国家「ポウシュ国」と「スーワイ共和国」に対するロデニウス連合王国の接触に関して、カルアミーク王国がこれを仲介することが決められた。

 国交開設の手続きの中で、カルアミーク王国が開示した情報の中に、ロデニウスが目を付けたものが1つあった。カルアミーク王国内にある“遺跡”について、である。

 カルアミーク王宮の取り調べ(ごうもん)によれば、反乱を起こしたマウリ・ハンマン公爵軍が使用していた装甲戦闘車輌は、どうやら国内の古代遺跡を解析して作った兵器であったらしい。そしてさらに調べたところ、どうやらその遺跡が「古の魔法帝国」……もとい、ラヴァーナル帝国のものであるらしいことが判明したのだ。カルアミーク側の見立てでは、「どうも何かを作っていたように見受けられるが、それが何であるかははっきりしない。解析にロデニウスの力を借りたい」ということであった。

 この情報を聞いたロデニウス連合王国は、国交を開設し空港や港湾設備が整い次第、専門家を派遣して、これをカルアミーク王国の専門家と協同で分析することにした。また、其れに関連して遺跡の解析を行っていた者をロデニウス連合王国の調査に協力させて欲しい、とカルアミーク王国に依頼した。カルアミーク側にこれを拒否する理由はなく、捕らえられていた反乱軍の面々のうち、大魔導師オルド及び魔導士たちは「処刑されるか、それともロデニウス連合王国と協同で遺跡を調査し、そこで立てた功績を以て恩赦を願うか」を問答無用で選ばされ(もちろん全員が調査に協力する選択肢を取った)、カルアミーク王国内の古代遺跡の研究と解析は、ロデニウス主導で行う事となった。なお、最終的に反乱軍の面々のうち、特に幹部クラスを担っていた者たち(但し魔導士を除く)及び首魁のマウリ・ハンマン公爵は処刑され、同時に他の者たちもそれぞれ相応の処罰を下された。同時にマウリ公爵家は一家断絶処分を下され、同家の保有資産は全て没収。金銀や貨幣の類は全て王宮が回収し、土地は近隣の貴族家に平等に分配された。“当然の報い”というものであろう。

 

 かくして、ロデニウス連合王国は“思わぬ形”で新たな国家との国交開設に成功したのだった。そしてこれが、ロデニウス連合王国の軍事面に大きな影響を与えるのはまた別の話である……。




はい、カルアミーク王国との国交開設に成功しました。
Web版原作の「それぞれの考察」によれば、カルアミーク王国の遺跡にはあの悪名高き「コア魔法」の原理が記されていたとか。解析すれば、コア魔法を含む古の魔法帝国の技術レベルや他種族に対する異常な考え方の一端が見えて来る可能性が高いですね。約1名の艦娘に、大いに頑張っていただかなければ…

さて、これで中央暦1640年の出来事は全て終了。次回より、いよいよ中央暦1641年に本格的に突入します。


UA39万超、総合評価6,900ポイント超だと!?皆様、本当にご愛読ありがとうございます!!感謝感激雨霰であります!

評価9をくださいましたウイロウ様、第17駆逐隊様、さたんくろーす様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

新しい年、中央暦1641年。誰もが新たな年に期待をかける時期であるが、その年明け早々にムー国は激震に見舞われようとしていた。そう、ロデニウス連合王国との合同軍事演習である…
次回「合同軍事演習」

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