鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、中央暦1641年がいよいよ本格的にスタート。1発目はムーとロデニウスの合同軍事演習です。



095. 合同軍事演習

 中央暦1641年1月5日、第二文明圏 列強ムー国。

 仕事始め間もない、首都オタハイトの一角にあるムー統括軍海軍司令部に、1人の男が呼び出されていた。

 

「ロデニウス連合王国との演習に、私の艦隊を動員する……ということですか?」

「そうだ」

 

 ムー統括軍海軍本部長の言葉に衝撃を受けていたその男性の名は、レイダー・アクセル。階級は少将。ムー海軍の軍人にして、ムー海軍空母機動部隊司令官である。なお、ムー海軍で機動部隊を預かっている指揮官は、実はまだ彼1人だけである。彼の後輩に2人、空母機動部隊指揮官への道を志している者がいるが、彼らはまだ佐官であり、大規模な艦隊を率いる立場にない。

 

「ご命令とあれば、行かせていただきます。ですが、()()私の艦隊なのか、そこをお聞かせ願います」

「ああ、そのことか。実はな、これは我が海軍上層部のみが知る“極秘事項”が絡んでいる。信じるか信じないかは君次第だが……もし『今回の合同軍事演習に参加する』というのなら、可能な限り全て教えよう。どうする?」

 

 一瞬だけ考え、レイダーは首肯した。

 

「承知致しました、行かせていただきます。それで本部長閣下、『極秘事項』とはどのようなものでしょうか……?」

「うむ、まずは問おう。君は、今回の演習の相手となるロデニウス連合王国について、どのくらい知っているかね?」

「そうですね、三点あります。まず国土が第三文明圏の圏外にある、ということが一つ。次に、第三文明圏外国でありながら、第三文明圏唯一の列強国だったパーパルディア皇国を完膚無きまで叩きのめし、滅亡に追いやった国家であることが一つ。そして……技術力の高さが窺える国家であることが一つ。以上三点です」

「ほう、よく知っているな」

「いえ。私も、ニュースくらいは存じております故」

 

 実際、ロデニウス連合王国とパーパルディア皇国が全面戦争をしていた去年の5月半ば、突如としてムー政府が「パーパルディア皇国への渡航制限」と「自国民のパーパルディア皇国からの退去命令」を出したことは、まだレイダーの記憶に新しかった。

 あの発表を、当時のレイダーは驚きと困惑を以て受け止めた。何故文明圏外国と列強国との戦いで、“列強国側の自国民”に国外退去命令なぞ出すのか……と思ったものだった。だが5月28日を境に、戦況は2週間ほどで大きく変化。パーパルディア皇国はロデニウス連合王国相手に敗北を繰り返し、ついにはロデニウス連合王国軍の本土上陸すら許してしまい……最終的に全面敗北して、パールネウス講和会議にて正式に滅ぼされてしまった。

 この事から考える限り、ロデニウス連合王国の国力・軍事力・技術力は凄まじく高い。少なくとも、列強パーパルディアに勝るほどのものがある……レイダーはそう考えていた。

 

「ふむ、分かった。では情報を追加しよう。ちょっと耳を貸してくれ、あまり大声で言いたくないのでな」

 

 そう言って、司令はレイダーを手招きする。そして、近付いたレイダーに耳打ちした。

 

「実はな、ロデニウス連合王国は()()()()()()高い技術力を持つ。それも、魔法文明ではなく、()()()()()()科学機械文明でだ」

「まさか……!? そんな馬鹿な……!?」

 

 流石にレイダーも、これには驚きを隠せなかった。

 なんとロデニウス連合王国は、ムーより“高い科学技術”を持っている、というのだ。そんな嘘みたいな話が……あり得るかもしれない。だって、あれほどの大国だったパーパルディア皇国が、僅か2週間ほどで急激に衰退していったのだ。そんな高速での進撃は、ムー統括軍の精鋭部隊を以てしても難しい。ならば、“よほどのものがある”としか思えない。

 

「信じがたいかもしれない。私だって、聞いた当初は“何の冗談”かと思ったよ。だが冗談ではなかった、事実だったのだ。我が軍でも最優秀の若手技術士官が、そのことを突き止めてくれた。

そして、その国から届けられた“とんでもない情報”によって、我が海軍に大きな激震が走り、今もなお混乱が収まっていない」

「そのとんでもない情報というのが、『戦艦は航空機に勝てない』というものですね?」

「ああ。あの情報が我が海軍に与えた衝撃は、相当のモノだ。君は読んだかね? 『マイラス・レポート』を」

「いいえ、まだ読んでおりません」

「そうか、ならば後で読みに行くと良い。演習の前に、少しは勉強になるだろう」

 

 次世代の兵器開発を担う若手技術士官たちの中でも、特に“優秀な逸材”とされ、将来のムー統括軍において“兵器開発の第一線を担うもの”と期待されている男・マイラス。彼が書いた、ロデニウス連合王国で得たデータを集約した報告書は(()()()非公式な呼称だが、本部長自らこの呼称を用いている辺り、もう公式化している気がしないでもない)「マイラス・レポート」と呼ばれ、その衝撃的な内容は大きな波乱を巻き起こしている。レイダーも気になってはいたのだが、職務多忙故になかなか読む機会を得られなかったのだ。

 

「とまあ、そういう訳で、我が海軍としては、()()()航空機が戦艦に勝てるのかどうか、是非とも検証したいのだ。ロデニウス連合王国と同盟を締結することについては、もはや確定的になっている。だが、“最後の確認”という形で、果たして航空機が戦艦に勝てるのかどうかを検証したい、という訳だ。その確認を、君の部隊にお願いしたいのだ。任せたぞ」

「承りました。航空機が戦艦に勝てるのかどうか、という点を検証すると共に、ロデニウス連合王国に我が海軍の栄光を見せ付けてやります」

 

 司令の言葉に、レイダーはビシッと敬礼しながら答えるのだった。

 

 

(とは言ったものの……)

 

 その約5分後、司令室を退室したレイダーは、情報通信部・情報分析課が置かれた部屋へと足を伸ばし、資料庫に入って「マイラス・レポート」を読んでいた。文字列を目で追いながら、考えるレイダー。

 

(これ、本当に勝ち目があるのか!?)

 

 彼はかなりの疑問を感じ始めていた。

 ここで読者の皆様に一言解説しておくと、「マイラス・レポート」とは、厳密にはマイラスが戦艦「大和(やまと)」を見学した“中央暦1640年9月のロデニウス訪問の記録のこと”である。だが、この報告書のインパクトがあまりに凄まじいものであったため、既に軍内部では誤解が起きつつあった。「マイラス・レポート=マイラスが書いたロデニウス連合王国に関するレポート()()」という、誤った認識が広がりつつあったのである。

 レイダーもまた、誤解してしまった者の1人だった。そのため、彼はマイラスが書いたレポートを“最新のもの”から順番に読破しようとしていたのだが……最初に目を通した「大和」見学レポートからして、既に頭痛の種であった。

 まず、そのレポートに記された大和型戦艦の性能(にして、おそらくグレードアトラスター級戦艦の性能)だけで、もう気が狂いそうな内容が書かれている。ムー海軍最新鋭戦艦、ラ・カサミ級戦艦の倍の全長に、同級より広い横幅、そして基準排水量()()で同級の4倍以上という桁外れの巨体。しかも、これだけデカい癖して最高速力約28ノットと、ラ・カサミ級より脚が速い。そして……

 

(し、主砲は45口径46㎝砲……!? 馬鹿な……!?)

 

 戦艦の最大の武器である主砲、その性能も常識外れも良いところであった。何をどうしたらこんな化け物じみた性能になるのか、そしてそれを造るのに必要な技術力と国力はどれほどのものなのか、想像も付かない。

 

(何だ、この化け物は……!?)

 

 レイダーは空母機動部隊の指揮官であるため、戦艦同士の砲撃戦についてはあまり詳しくはない。そういうことはラッサンのような砲術士官の専門だ。

 だが、彼の乗る旗艦はラ・カサミ級戦艦の1隻「ラ・エルド」である。そのため、彼は“自身の乗る”戦艦の性能については分かっていた。その彼の目から見て、ラ・カサミ級戦艦と大和型戦艦の性能差は、歴然たるものがあった。

 

(ロデニウス連合王国は、こんな怪物戦艦を保有し運用しているのか!? とんでもない……!)

 

 レイダーは寒気を覚えた。

 

(って、いかんいかん。俺はこのレポートのどこかに、ロデニウス連合王国海軍が使う空母の性能が載っていないかを調べに来たんだ)

 

 レイダーは気を取り直し、調べものを再開する。だが、あちこち調べてみたものの、空母に関しては「大小合わせて15~20隻程度の空母が運用されている」という記載があったのみで、その「性能」についての記載はない。

 

(うーん、載ってないな……)

 

 レイダーが頭を悩ませていた、その時だった。

 

「お隣失礼致します」

 

 軍服を着用した1人の男性が入ってきたのだ。その襟章は、その男性の階級が中佐であることを示している。

 レイダーは咄嗟に、その男性に話しかけた。もしかすると、このレポートの著者を知っているかもしれない、と思ったからだ。

 

「君、所属と名前は?」

 

 レイダーが尋ねると、男性はビシッと敬礼しながらはきはきと答えた。

 

「はっ! 小官は、ムー統括軍情報通信部・情報分析課課長のマイラス・ルクレール中佐であります!」

 

 著者を知っているどころか()()()()である。これ幸いと、レイダーは話しかけた。

 

「ちょうど良い、君に聞きたいことがあるのだが」

「は、何でありましょうか? レイダー少将閣下」

 

 相手が、自分より遥かに高い階級の存在だと分かったため、マイラスの声は緊張して若干硬くなっていた。

 

「君が書いたこのレポート……ちょうど今、読ませて貰っているのだが、ロデニウス海軍の空母の性能が書かれていないと思ってな。今度、合同軍事演習でロデニウスの空母機動部隊と模擬戦をすることになったので、相手の情報を知りたい、と思ったのだが」

「ああ、もうじきに迫っている合同軍事演習ですか」

 

 マイラスもその情報は聞いていた。そして心中密かに、ロデニウスの空母に乗れはしないか、と楽しみにしていたのだ。

 乗ることができれば、今後のムー海軍の空母建造に、大いに参考になるのはまず間違いない。よしんば乗れなかったとしても、間近で観察すれば得られる物は多いだろう。彼はそう考えていた。

 

「承知しました。確かにレポートには書きませんでしたが、小官はロデニウスに行った時にかの国の空母についての情報も幾らか得ております。そちらをお伝えしたいと思います。

ですが少将閣下、申し上げても信じられるかどうかが不透明ですが……」

「構わん構わん、嘘でないのなら遠慮せずに申してみよ」

 

 レイダーは鷹揚に頷いて見せた。それを聞いて、マイラスは覚悟を決める。

 

「承知しました、それでは誤解を恐れず申し上げます。

ロデニウス連合王国の空母は、少なくとも『正規空母』と呼ばれる大型の空母と、『軽空母』と呼ばれる小型空母の2つに大別され、それぞれにいくつか艦級が存在しております。そのうち、『アカギ』と呼ばれるロデニウスの正規空母についてですが……その性能はまず、全長が260メートル」

「は?」

 

 初っ端からとんでもない情報が出てきたので、レイダーは思わず声を上げた。

 

「聞き間違いか? 今、そのアカギなる空母の全長が、“大和型戦艦と大して変わらない”と言われた気がするのだが」

「はい、聞き間違いではありません。“事実”です」

「………」

 

 この時点で、既に怪物確定である。大和型戦艦と大差無い全長の空母など、いったい何機の艦載機を運用できるのだろうか。

 

「すみません、続きを申し上げてもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ。続けてくれ」

「はっ。アカギの性能は全長260メートル、幅およそ31メートル、基準排水量36,000トンです。これは、アカギが元々“戦艦”として建造されていたのを、艦体を流用して空母にした結果だそうです」

 

 元が戦艦だった、ということを差し引いてもなお、レイダーにとってはとんでもない性能であった。

 

「速力は約31ノット」

「は?」

 

 信じられない。ラ・カサミ級戦艦より遥かに大きいのに、30ノット以上の高速で航行できるなんて、信じられる筈がない。

 

「嘘じゃないな?」

「こんな時に嘘を申し上げて何になりましょう。全て、()()()()()()です」

 

 レイダーが抱いていたムー海軍の誇りに、大きなヒビが入る音がした。

 

「搭載数は、“常用”66機に“補用”26機だそうです。つまり、最大で92機もの機体を運用でき、そのうち常用66機は組み立てられた状態のまま格納されています。言い換えれば、66機はすぐにも出撃し、作戦行動に当たることが可能な機体の数です」

「………」

 

 もはや絶句するしかない。すぐにも作戦行動が可能な機体の数()()で、ムー海軍の新型空母「ラ・ヴァニア級」の搭載数(戦闘機「マリン」で30機)の()以上あるのだ。つまり単純計算でも、アカギは少なくともラ・ヴァニア級空母の“二倍の戦闘力”がある計算になる。

 

「さらに悪いことに、このアカギはロデニウス海軍の中では“古い”空母です。つまり最新鋭空母となれば、これ以上の戦闘力を有します。

例えばタイホウという別の正規空母は、艦体の大きさも速力もアカギと大して変わりませんが、搭載数は53機とアカギより少ないです。しかしその代わりに、なんと飛行甲板に装甲板を張って、500㎏爆弾による攻撃でも航空機運用能力を失わないほどの防御力を有しているそうです」

「はっ!?」

 

 まさかの情報で、レイダーの目が完全に点になった。

 ムー海軍の艦上機に、500㎏爆弾を搭載可能な機体はない。ムー海軍で最も成功した機体とされる複葉艦上爆撃機「ソードフィッシュ」でも、搭載可能な最大の爆弾は250㎏爆弾である。だが、500㎏爆弾でも飛行甲板を破れないとなると、少なくとも艦上機による攻撃ではこの「タイホウ」なる空母を行動不能にすることは不可能だ。魚雷という兵器があれば仕留められるかもしれないが、残念ながらムー海軍に魚雷はない。よって、このタイホウが出てきた場合、対処はほぼ不可能となる。

 ちなみにムー統括軍()()で見ると、輸送機兼大型爆撃機として運用できる「ラ・カオス」は500㎏爆弾を搭載可能だが、鈍重な四発機であるため、敵戦闘機が邀撃に上がってきたら撃墜される危険がある。それに、今回の演習は『空母機動部隊同士の航空戦』メインであるから、ルール上「ラ・カオス」は使えないだろう。

 

「それは……本当なのか? 飛行甲板に鉄板だなんて……」

「は。小官も初めて聞いた時は、何の冗談かと思いました。ですが、本物を見たことがないので詳細は不明ですが、どうやら事実であるようです。信じがたいことではありますが……」

 

 尚、ここでレイダーにとって非常に残念なお知らせだが、実はマイラスは“あること”を見落としている。先ほど彼自身が言った「タイホウの搭載数は53機」というのが、あくまで()()()の"大鳳"の性能であり、現在タウイタウイに配属されている改装済みの"大鳳"は、搭載数が53どころか86にまで跳ね上がっていること。そして、そもそも空母艦娘には「補用機」という概念が存在せず、“全機を”一度に展開できる、ということを。

 

「まずいな、これは。もし演習でタイホウが出てきたら、戦艦の艦砲射撃を見舞わない限り、我が海軍は勝てないぞ……。

そうだ、航空機の性能はどうなんだ? 空母の性能で負けても、航空機の性能が優れていれば、こちらにも勝ち目は有るだろう?」

 

 (いち)()の望みを託して、そんな言葉を発したレイダーに対し、マイラスは……

 

 

 

「少将閣下。誠に遺憾ではありますが、航空機の性能でもこちらが負けています」

 

 

 

 首を横に振った。

 

「何……だと……!?」

「少将閣下はご存じでしょうか? 我が海軍が現在開発中の全金属製単葉戦闘機『アラル』の存在を」

「ああ、知っているとも。『マリン』すら超える、凄い性能を持った機体になるそうだな?」

「はい」

 

 実際、見積りの段階では「アラル」は「マリン」と同じエンジンながら、少なくとも最高時速400㎞以上という「マリン」より高い性能を発揮すると予想されている。

 

「ですがその『アラル』は、実はロデニウスから技術供与されたものであり、そしてロデニウスでは、『アラル』は()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()なのです」

 

「え」

 

 レイダーは、完全に凍り付いた。

 

「今のロデニウスの戦闘機は、その『アラル』を遥かに凌駕する性能があります。代表的なロデニウス海軍の艦上戦闘機……かの国では『ゼロ』と呼ばれるそうですが、そのゼロの性能ですら、最高時速は優に500㎞を超え、桁外れの運動性能に2,500㎞を超える長大な航続距離、そして7.7㎜機銃2丁の他に破壊力抜群の20㎜機銃2丁を持っています。

はっきり申し上げて、『マリン』はおろか『アラル』でも勝ち目がありません。おそらく、正面から戦えば叩き潰されます。それも、“ほんの一瞬”で」

 

 つまり、詰みである。少なくとも、航空戦においては。

 

「そんな、馬鹿な……。ロデニウスの戦闘機が、此方より強力だとは……」

 

 レイダーは完全に言葉を失った。

 そりゃあそうだろう、ロデニウス連合王国の技術が高いこと自体はレイダー自身も知っていた。だが、ここまで差があるとは思わなかったのだ。

 

「艦上爆撃機の性能は?」

「それなのですが、そちらも()()()です。ロデニウスで見た資料によれば、キュウキュウ式なる艦上爆撃機は固定脚ではありますが、全金属製単葉機です。しかも最高時速は約380㎞、『マリン』とほぼ同等であり、『ソードフィッシュ』より遥かに優速です。そして、搭載可能な爆弾は250㎏爆弾です」

 

 この時点でかなりまずい。爆撃機がムーの最新鋭()()()「マリン」と同等の速度で飛べる、となると、明らかにロデニウスの方が航空機関連の技術が優れている。

 

「しかも、このキュウキュウ式はかなり古い爆撃機であり、ロデニウス連合王国海軍では練習機としての運用がメインのようです。おそらく、最前線に立つ機体……つまり演習で出てくる爆撃機は、これより高い性能でしょう」

 

 最早絶望である。レイダーが相手にしてきた敵(演習含む)の中でも、これ以上無いほどの難敵だ。

 

「それとおそらく、ロデニウス海軍は雷撃機を多数投入してきます。爆撃機も厄介ですが、雷撃機の方が遥かに危険な相手です」

 

 フェン王国の戦いで見た、()()()型軽巡洋艦「(さか)()」から発射された魚雷の航跡を思い出し、マイラスは若干(あお)()めた。

 

「ライゲキ?」

「はい。雷撃機というのは、魚雷という“水中自走爆弾”を抱えた機体です。その特徴は、こちらを絶対に逃がさないよう横一線に広がった陣形を取って、海面スレスレの高度を突っ込んでくることです。あまり高空から魚雷を投下すると、海面にぶつかって魚雷が壊れてしまいますので、海面ギリギリの高度で投下せざるを得ず、こうした低空を飛ぶのです。

ですので、“低空から向かってくる敵機”を見たら、最大級の警戒をお願い致します。それと、海面に投下された魚雷は、後方から圧縮空気を押し出すことによって海中を進んできます。海面上から見れば、投下された魚雷の航跡が“白い細い線”になって見えます。

我が海軍の艦艇は水中防御が弱いですから、魚雷による攻撃は()()()致命傷となり得ます。何しろ、閣下がご覧になって驚かれていたヤマト級戦艦も、この『航空機から投下された魚雷』によって沈んでしまったのです。なるべく被弾しないように、そしてもし被弾してしまった場合は、できる限り被弾箇所を角材で補強する等して封鎖し、浸水が判定された区画を最小限に留める努力をお願い致します」

 

 「水中」自走爆弾だなんて、聞いたことがない。そもそもムー海軍を含む「この世界」の各国海軍では、敵艦の喫水線下を攻撃する方法は衝角(ラム)しか知られていないのだ。神聖ミリシアル帝国海軍ですらそうなのだ。ところが、ロデニウス海軍はそれをあっさりと覆し、水中自走爆弾なんて兵器を投入してくる可能性が高い相手となったのである。

 

 怪物的性能を持つ航空母艦に、ムー国の最新鋭戦闘機すら上回る性能の航空機、そして水中自走爆弾という未知の兵器。ロデニウス連合王国海軍は、レイダーがこれまで相手にした敵の中でも間違いなく過去最大の強敵、いや難敵と言い切れる相手だ。

 勝てるか、と問われると勝率はかなり低い。レイダーの過去の経験と理論的(えん)(えき)によれば、勝率5パーセントもあるか怪しいほどの相手だ。だが、レイダーはそれに挑まなければならないのである。

 

「わ、分かった……。そうだ、今君のところ(情報分析課)が持っているロデニウス海軍に関する情報を、全てこちらに公開してくれないか? 私の経験は相応に多いが、こんな強敵は初めてだ。不確定要素を少しでも除いておきたい」

「はっ。では、今回の演習でロデニウス海軍が“使用すると思われる”兵器類のデータを見積もって、すぐに少将閣下の執務室にお届け致します。準備に少し時間がかかりますので、執務室の方でお待ち願えますか?」

「ああ。待っているぞ」

「はっ!」

 

 ムー海軍ではまだ「大艦巨砲主義」が主流である。進路選択に関しては、本人の希望も反映されるものの、最も“花形”とされるのは戦艦を含む部隊の指揮官の座であり、次いで巡洋艦戦隊への配属である。そんな中で逸早く空母機動部隊の有用性に気付き、周囲の風潮に反して機動部隊指揮官の座を希望したレイダーは、かなり優秀な軍人なのであった。

 

 

 その後、マイラスもとい情報分析課から届けられた大量のデータ、そしてそこに記されたロデニウス連合王国の軍事技術の強大さに、レイダーが卒倒寸前にまで至ったのは、また別の話である。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し時が経ち、中央暦1641年1月13日。

 ムー国の商業都市マイカルの通りを歩く、男女の団体の姿があった。といっても、男性1人に対して女性4人なので、明らかに比率がおかしいのだが。

 

「これが、ムーという国の街ですか。本当に異世界に来たんだなぁって感じがします」

 

 4人の女性のうち1人、緑色の変わった形状の外套を着たヒト族の女性が、寒そうに身体を竦めながら発言した。ポニーテールに纏められた彼女の茶髪が冬風に揺れ、彼女の左目尻にある泣き黒子(ぼくろ)が目立っている。

 

「普段(はく)()から出歩くことがないから、何か新鮮だよね!」

 

 その隣を歩く、緑色と茶色を基調とする振袖を着たヒト族の女性が口を開いた。その髪は先端に行くに従って黒から青へと色を変えている。非常に珍しい髪であることから、彼女はかなり通りを行く人々の視線を惹いていた。

 

「これこれ(かつら)()、そんなにはしゃいだら駄目ですよ。私たちは()()に来たのではないのですから」

 

 3人目のヒト族の女性が、「葛城」と呼ばれた2人目の女性を嗜めた。茶色の分厚いコートを着込んでおり、ボディラインが全く見えないが……実は彼女、某ちょび髭の男が見たら間違いなく「おっぱいぷるーんぷるん!」と発言するほどのグラマーである。

 

「そうよ。ここに来たのは観光ではないのだから、余りはしゃがないで」

 

 4人目、サイドテールが目立つヒト族の女性が、絶対零度の視線を以て「葛城」を見据えた。途端にしゅんとなる「葛城」。

 そう、1人目から順に"(あま)()"、"葛城"、"(うん)(りゅう)"、"()()"である。彼女たちこそが、ムー海軍との合同軍事演習のため選抜された、第13艦隊選抜空母機動部隊の面々であった。で、彼女たちと一緒に歩いている1人の男性は誰かというと、言うまでもなく堺 修一その人である。

 

 元々堺は、"加賀"1隻でムー海軍艦隊を相手にするつもりだったのだが、年明け後に思い直したのだ。『1隻のみで挑んだら、何か不測の事態があった時に対処できないのではないか』と。

 それに、ムー海軍は“艦種ごちゃ混ぜ”で22隻も用意しているのだ。ならば、格好だけであったとしても、()()()()を以て当たるのが「礼儀」ではないか。

 そこで彼は、改めて艦隊を選抜し「超遠距離での作戦行動演習」という名目で、雲龍型空母の3人を追加したのだ。そして、4人の空母艦娘で選抜機動部隊を編成したのである。

 

「ここがマイカルか……。何か、歴史の教科書で見た遠い昔の日本みたいな街並みだな。明治時代くらいだっけかな?」

 

 マイカルの建物を見て、そう呟く堺。

 

 彼らは「一式陸上攻撃機 二二型甲」に乗り込んでタウイタウイ島を飛び立ち、少し前にマイカルのアイナンク空港に降り立ったところであった。そして、ムー国側が用意したホテルにチェックインした後、ほんの少しだけ観こ……いやいや、“敵情”視察のためマイカル市街地に繰り出していたのである。

 

「あ! ねえ天城姉、あのお店凄く美味しそうだよ!」

「こらこら葛城、今はあんまり羽目を外すなよ」

 

 何だかんだ言いながらもマイカル観光……ではなく敵情視察を楽しんだ彼女たちであった。

 

 

 その翌日、1月14日。

 ムー統括海軍が用意した車で、首都オタハイトのムー統括軍海軍司令部へと移動したロデニウス連合王国の一行は、合同軍事演習ルールの最終調整に入った。堺がムー統括海軍上層部と協議してルールを調整し、艦娘たちはマイラスの案内でムー海軍基地の施設や水兵たちの訓練の様子を見学している。

 最終的に、演習のルールは以下のように決定された。

 

・今回の演習では、兵器類の弾頭はロデニウス連合王国が用意したペイント弾を用いるものとする。また、演習に参加する艦艇には、全て特殊な薄いカーボンの板を艦全体を覆うように取り付ける。演習用ペイント弾の弾頭にはICチップが仕込まれており、カーボンに加わった衝撃の程度によって被害判定を出す仕掛けである。尚、ペイントの色はロデニウス連合王国海軍が赤、ムー統括海軍が緑。

・攻撃によって兵装が破壊された判定が出た場合、基本的に破壊された兵装に配備されていた人員はその場で戦死したものと判定される。また、浸水判定に対して実施された水密防御措置で隔壁内部に取り残された判定が出た者も、戦死と判定される。

・作戦行動のため飛行中の航空機に搭乗していて撃墜判定された者は、直ちに反転して低空飛行し、母艦もしくはオタハイト郊外の飛行場へ帰投すること。

 

 主立ったルールは、ざっとこんな感じである。他にも細々したものはあるが、そちらは書くのが面倒なので割愛。

 またこれと同時に、互いの艦隊編成、そして指揮官も双方に伝えられた。そして、堺が呆れたのは言うまでもない。

 何故なら、想定よりもムー艦隊の編成が強力だったからだ。……主に()()()において。

 

 

「敵戦力が増えたのですか、提督」

「ああ。しかも倍どころじゃない、2.5倍だ。こう言っちゃ何だが、雲龍型3人を連れてきておいて良かったよ」

 

 その日の夜、ムー統括軍海軍司令部宿舎の一室。自分たちの滞在先として割り当てられた部屋兼ロデニウス艦隊臨時司令部で、堺と"加賀"が話し込んでいた。"雲龍"、"天城"、"葛城"の3人も、周囲で話を聞いている。

 

「提督、相手となるムー艦隊の編成はどんなものですか?」

 

 静かな声で堺に質問を投げたのは、"雲龍"である。

 

「ああ、えっと……あった。戦艦6・空母5・装甲巡洋艦16・巡洋艦12・軽巡洋艦16、合計55隻。何でも、ムー海軍唯一の機動部隊と首都防衛艦隊を連合した大艦隊らしい。総指揮官は、レイダー少将という男だそうだ。機動部隊の司令官だってさ」

「なるほど……」

 

 書類を捲ってムー艦隊の編成を発表した堺に納得する"雲龍"。すると、今度は"葛城"が質問した。

 

「提督、これ……勝てるの? 物凄い数の差だけど」

()()()で比較すれば、勝てん。特に向こうは、仮にも戦艦がいるんだ。水上砲戦になれば、“基本的に”こっちに勝ち目は無い」

 

 堺は、バッサリと言い切った。

 

「だが、ムーとこっちの間には、“歴然たる質の差”が存在する。分かりやすいのは空母だな。ムーの空母はぶっちゃけた話、軽空母『(ほう)(しょう)』レベルの性能しかない。性能で比較すれば此方の圧勝だ。

更に言えば、ムーの航空機『マリン』は複葉機。はっきり言えば、九五式艦上戦闘機レベルの機体だ」

 

 堺がこう言った時、"加賀"の顔に僅かに微笑が浮かんだ。

 

「随分と懐かしい名前を聞きました」

 

 そう言う"加賀"とは対照的に、雲龍型3人は首を傾げている。まあ、彼女たちは九五式艦上戦闘機なんて搭載したことがないから、仕方ない。

 だが、"加賀"なら話は別だ。彼女は、実際に九五式艦上戦闘機を搭載・運用したことがある。その彼女には、これは懐かしい機体であった。

 

「だろうな。そりゃ、零戦どころか九六艦戦より古い機体だし無理もない。まあともかく、今回お前たちが持ってきた戦闘機なら、よほどの慢心が無い限り勝てる。

んで、戦艦はというと(しき)(しま)型戦艦……つまり戦艦『()(かさ)』レベルだ。ぶっちゃけ(こん)(ごう)より弱い。航空攻撃なら、正面からでも殴り勝てる。巡洋艦も相応の性能しかないし、おまけに魚雷や高角砲なんて兵器がムーにない。なので、こっちが有利だ。

まとめると、艦隊決戦に持ち込まれない限り、こっちが勝てる試合だ。(もっと)も、艦隊決戦に持ち込まれても、()()()()戦える者が1人こっちにいるけどな。あれは、あくまで“非常時の手段”とするだけだ。ということで、基本的には航空戦だけで相手を撃破する必要がある。分かるか?」

 

 そう尋ねた堺に、一斉に頷く4人の空母艦娘たち。そこへ、"加賀"が質問を投げた。

 

「ところで、()(かん)は誰になるのかしら?」

「旗艦ね。今回は……」

 

 そう言って堺は一同を見渡すと、一呼吸置いて発表した。

 

「葛城! 君に決めた!」

「え、私!?」

 

 まさか旗艦に指名されるなどとは全く思っておらず、"葛城"は一瞬変な声を上げた。

 

「な、何で私が!?」

「君はこの4人の中で、加賀に次いで練度が高い。つまり、それだけ経験豊富だ。機動部隊の旗艦を任せるに足る下地がある」

「それは加賀さんも同じじゃないの?」

「それはそうだが、彼女には今回、『改二としての力』を全力で発揮して貰いたい。従って、彼女を旗艦にすることはできん」

「えぇー……」

「ま、そういう訳で、俺は今回、葛城で指揮を()る」

 

 こうして、今回の合同軍事演習におけるロデニウス海軍選抜空母機動部隊の旗艦が決まったのであった。

 

 

 一方、この演習のために臨時に設置されたムー海軍連合艦隊司令部では、

 

「レイダー少将と共に戦えるとは光栄の至り。このムレス率いる首都防衛艦隊の力、ロデニウス海軍に確と見せてやります!」

 

 ムー首都防衛艦隊司令官のアルフレッド・ムレス少将が、レイダー少将に挨拶していた。

 

「ああ。貴官の艦隊は戦艦2隻に装甲巡洋艦8隻と、砲火力・防御力共に強力だ。艦隊決戦において、その力を存分に発揮していただきたい」

「はっ! ロデニウス連合王国の艦隊は、空母しかいないと聞いています。我が艦隊の力、存分に見せて差し上げましょうぞ!」

 

 やたら気合を見せるムレスが退出した後、レイダーは自身のデスクで頭を抱え込んだ。

 

(駄目だ……! マイラス中佐と情報分析課の者たちが教えてくれた情報が全て事実なら、どんな作戦を立ててもどう足掻いても、勝てるビジョンがほとんど見えない……!

こんなことは、海軍に入って初めてだ……)

 

 そう。あの後レイダーは、卒倒しかけながらも情報分析課から回されたロデニウス海軍に関するレポートを読み漁ったのだ。そして、ロデニウス艦隊に対して下した評価は……「過去最大最強の相手」である。首都防衛艦隊は、元々演習に参加させるよう命令が出ていたため、自身の空母機動部隊から12隻の艦隊を抽出して22隻にする予定だった。それを上層部にかけ合って、急遽自身の機動部隊を“フル動員”にした。そして、補給艦以外の45隻の戦闘艦艇全てを動員できたのだが……それでも勝てる気がしない。自身の艦隊の戦力全てを集めても、勝てる要素がほとんど見えないのだ。

 だが、彼とて優秀な指揮官だ。作戦方針は、既に決めてある。

 

(演習開始と同時に「マリン」を全て上げ、その大半は艦隊の上空直衛に当て、一部を爆装させてロデニウスの空母に向かわせる。爆撃隊はなるべく低空を飛び、ロデニウス空母の飛行甲板を確実に破壊するようにさせるしかない。

そして、爆撃隊が戦っている間に、艦隊は敵機の攻撃を(かわ)しながら全速力でロデニウス空母との距離を詰め、艦隊決戦に持ち込む。これしか……これしか手がない! だが、いったい()()()艦隊決戦まで“満足な戦闘力”を残しているか……)

 

 レイダーが選んだのは「短期決戦」だ。航空機の性能では、間違いなくこちらが劣勢なのだから、戦闘が長引けば相手は何度も艦載機を繰り出してこちらを叩きに来るだろう。そうなれば完全にジリ貧であり、勝ち目は全く無くなってしまう。

 ならば、多少の損害は覚悟の上で全速で相手との距離を詰め、艦隊決戦に持ち込んで勝利するしかない。それしか、勝ち筋が見えないのだ。多数の「マリン」を自艦隊上空に留めるのも、敵機の攻撃による被害をできる限り少なくするためである。

 

 ただ、問題は……どれだけの艦がロデニウス側の航空攻撃を生き残り、十全の能力を残したまま艦隊決戦に参加できるか、だ。

 ロデニウス海軍航空隊が、非常に高い攻撃力を持つことは、最早疑う余地がない。爆弾も500㎏クラスのものを持っているかもしれないし、何より魚雷という“水中自走爆弾”がある。ムー海軍の艦艇は、ラ・デルタ級装甲巡洋艦やラ・カサミ級戦艦であっても、水線下防御があまり考えられていないから、魚雷を喰らえばかなりまずいことになる。下腹を魚雷によって抉られ、大量の海水を艦内に飲み込んだ状態では、艦のトリムが狂ってしまい、正確な砲撃など望むべくもない。

 

(しかも、ロデニウス連合王国航空隊の練度は未知数だ。どれほどの腕があるか、想像も付かない。

だがそれでも……我々はロデニウスに、列強ムーの力を見せ付けねばならない……!)

 

 「第二文明圏最強の国家にして世界第2位の列強国」ムーのプライドとムー海軍の誇り、そして嘗て無い難敵との狭間で、頭を悩ませるレイダーであった……。

 

 

 そして、数日の調整期間と作戦タイムを経て、中央暦1641年1月17日。

 ムー統括海軍連合艦隊と、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊、両軍はついにムー国の首都オタハイトの沖で激突する……!




はい、今回は合同軍事演習のいわば「前日譚」。実際の演習(模擬戦)は次回となります。
レイダー少将率いるムー海軍の誇る機動部隊、対するはロデニウス連合王国海軍の雲龍型航空母艦3隻(第601航空隊搭載)に、「栄光の一航戦」の一翼。両国の誇りを賭けた戦いの幕が上がる…!


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次回予告。

ロデニウス連合王国との同盟締結を前に、最終確認として航空機の戦闘力が戦艦に勝るのかどうか、確認しようとするムー国。そのムー国が繰り出したレイダー少将率いる有力な機動部隊に、ロデニウス海軍航空隊の猛威が襲いかかる…!
次回「ムー海軍災厄の1日」

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