鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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いよいよ模擬戦開始です。前回マイラスがさんざんフラグを立てていってくれましたが、結果は果たして…

あと、なんと今回は24,000字を超える文字数をマークしており、過去最多文字数回だった「062. エストシラントを朱に染めて」すら超える文字数となってしまいました。区切って読んでいただいても結構です。



096.  ムー海軍災厄の1日

 中央暦1641年1月17日、第二文明圏列強ムー国 首都オタハイト。

 ムー統括軍総司令部は、いつにも増して人でごった返していた。その人々のほとんどが、襟や肩の階級章に差こそあれど、海軍か空軍の軍服を着用している。それというのも、今日はムー統括海軍とロデニウス連合王国海軍の合同軍事演習が行われるからだ。軍人たちは、その観戦に来たという訳だ。

 その群衆の中、大佐の階級章を海軍服の肩と襟に付け、左胸にいくつかの勲章を付けた小太りの壮年の男性が1人、歩いていた。ラ・カサミ級戦艦「ラ・カサミ」の艦長を務めるミニラル・スコットという男である。彼もまた、この演習の様子を見に来たのであった。

 

 演習は、「敵国の空母部隊がムーの首都オタハイトを狙って襲来してきた」という、従来のムー海軍の演習では全く見られなかった“斬新な想定”で行われる。それもまたムー統括軍軍人たちの関心を誘い、これまでムー海軍が行ったどんな演習にも増して多くの軍人が集まった理由だ。

 

 既にムー海軍とロデニウス海軍双方の編成が貼り出されており、軍人たちは55対4という数の差、相手国の艦隊が空母のみであるという質の差、「戦艦は航空攻撃では沈まない」という常識、そして「自国ムーは、世界五列強の2番手にして第二文明圏最強の国家、そして世界唯一の科学文明国である」というプライドから、ムー艦隊の圧勝で終わると信じて疑っていない。

 ミニラルもそのクチであった。彼は、両艦隊の編成表をちらっと見てムー艦隊の勝利を見込んだ後、司令部に併設されたカフェへと足を伸ばしていた。彼のお気に入りのスポットで過ごそうと思ったのだ。

 カフェも多くの軍人でごった返している。そしてここにも演習の編成表が貼られており、軍人たちはそれを話題にして喋り合っていた。

 

「おい、どっちが勝つと思う?」

「そりゃ、俺たち(ムー海軍)に決まってんだろ! ロデニウスのあの()()()編成を見たか? 空母4隻だけだってよ!

こんなんじゃ、うちの艦艇は1隻も沈められんだろ!?」

「だな、違い無い」

「そういえばよ、戦艦が航空機に勝てないって、本当なのか?」

「そんな訳ねえだろ。航空機が抱えられる爆弾では、戦艦のあの分厚い装甲を破壊するのは不可能だ。ある程度の損傷はあっても、撃沈される筈が無いだろ?」

「ははっ、確かに」

 

 ミニラルが歩くところ、そんな会話ばかりが聞こえてくる。他の軍人たちも、ムーの勝利を確信しているようだ。

 

 と、その時。

 

「はあぁ……」

 

 何やら“場の雰囲気にそぐわない”重い()め息が、すぐ近くからちらりと聞こえた。

 ミニラルがその方向を見ると、カフェの隅のベンチに軍服を着た3人の若い男が座っている。そこはちょうどミニラルのお気に入りの席だった。そして、その3人()()が重い雰囲気を発している。ミニラルは彼らにそっと近付いた。

 周囲の喧騒に比して、3人は小さな声で話し合っている。そのため、ミニラルは彼らに随分近付いたところで、やっと彼らの話を聞くことができた。

 

「やっぱりか。するとお前も、我が艦隊の圧倒的大敗で終わると見てるんだな? リアス」

「はい。ロデニウスの空母のデータを見る限り、明らかに我が艦隊の劣勢です。航空機の性能にしてもボロ負けです。今回の演習、我が海軍の史上(まれ)に見る圧倒的大敗で終わると見て、間違いないと思います」

「そうか。お前も、そう思うか……。優秀な後輩までがこう言ってるんだ、俺の情報分析も間違ってなさそうだな……。はあぁ……」

 

 少佐の階級章を付けた若い男性が丁寧語で話すと、中佐の階級章を付けた2人のうち1人が溜め息を吐いた。すると、もう1人の中佐の階級章持ちの男性が、握り拳を膝に打ち付ける。

 

「くそっ、俺が『ラ・エルド』か『ラ・マキシ』に乗っていれば……」

「突っ込んで悪いがラッサン、お前がいても結果に変わりはないぞ。何せあいつらの空母の方がラ・カサミ級より()()()()からな」

()()30ノット出せるそうですからね……進路を先読みして回り込まない限り、捕捉できないでしょう」

「だろうな、それは分かってる。言ってみただけだ。しかしもどかしいな、こうも思い通りにならんとは……」

 

 周囲とは全く異なる3人の勝敗予想に、ミニラルは驚いた。彼らだけ、まるでムー艦隊の大敗が“既に()()している”かのような言い回しをしているからだ。

 ()(ぜん)興味を抱いたミニラルは、その3人に話しかける。

 

「君たち、ちょっと良いかね?」

「はっ、何でありますか? ミニラル大佐殿」

 

 さっきまでの重い雰囲気はどこへやら、バネ仕掛けの人形のように一瞬で立ち上がり、ミニラルに敬礼する3人の若手士官。中佐の階級章を付けているのがマイラス・ルクレールとラッサン・デヴリン、そして少佐の階級章を付けているのがリアス・アキリーズである。そう、「知ロデニウス派」の面々という訳であった。

 ちなみに、ムー統括軍の中で情報通信部・情報分析課の面々だけは、全員が「知ロデニウス派」である。課長であるマイラスが、しょっちゅうロデニウスの兵器のデータを持ち込んでくるからだ。それらを分析すればするほど、彼らは“自国とロデニウスとの技術の差”を感じざるを得なくなっていたのである。

 

「良い、楽にしてくれ」

 

 言いながら、ミニラルは率先してベンチに腰を下ろす。すると3人もそれに従った。

 

「何やら面白そうな話が聞こえたのでな。周りは皆我がムー艦隊が勝つと思っているし、正直言うと私自身もそう思っている。だが、どうやら君たちは全然違うようだ。その理由(わけ)を聞かせて貰いたいと思ってな」

「はっ、ですが……その、よろしいのでしょうか? あまりに(こう)(とう)()(けい)な情報である可能性があるのですが……」

 

 心配そうに尋ねたマイラスに、ミニラルは笑って見せた。

 

「気にするな。君たちは皆、ロデニウスに行ったことがあるのだろう? ならば、この演習での“敵味方の戦力を最も理解している”のは君たちだ。その意見を信じない訳にはいかないさ。良いから聞かせてくれ」

「では、誤解を恐れず申し上げます。ロデニウスの空母の性能ですが、はっきり申し上げて我が国の空母とは比較にならないほどの“高性能艦”です。例えば、あそこの一番上に名前が出ている、ロデニウスのカガという空母の性能ですが……」

 

 そしてマイラスたちが語った情報に、ミニラルは腰を抜かす羽目になった。

 

「な、何なんだ、それは……? ラ・ヴァニア級空母や『マリン』など、彼らの兵器の足元にも及んでいないではないか……!」

「はい。それと、敵が行うと想定される攻撃の中で最も()()なのが、“雷撃”と呼ばれる攻撃です」

「ライゲキ? 何だそれは?」

「簡単に申し上げますと、魚雷と呼ばれる『水中自走爆弾』によって、艦の(きっ)(すい)(せん)下に大穴を開ける攻撃方法です」

「な……す、水中自走爆弾だと? そんな兵器が、ロデニウスにはあるのか?」

「はい。我が国の艦艇は水中防御が弱いですから、こんな攻撃を受ければ大被害は免れません。おそらく一瞬で沈められてしまうでしょう……例え“ラ・カサミ級戦艦”であっても」

「な、なるほど……それで、『戦艦が航空機に沈められる』という訳か」

「ご明察、恐れ入ります」

 

 マイラスたちの説明を聞いて、ミニラルは“ムー海軍勝利の可能性”が根底から崩れ去るのを痛感した。

 

「それで、我が海軍は勝てそうか?」

「はっきり申し上げて、()()()()です。おそらく、ロデニウスの空母を1隻も撃沈できないまま、我々の艦隊は“空から一方的に叩かれる”ことになると考えます」

 

 ミニラルは一瞬、意識が遠くなるのを感じた。

 

「そ、そうか……」

 

 その一言を捻り出すのが、ミニラルにできる精一杯のことであった。

 

「あ、先輩、そろそろ戦闘開始ですよ」

「む、もうこんな時間か。それじゃ、期待しないで見守るか……」

 

 ほとんど茫然自失したミニラルの横で、「知ロデニウス派」の3人は遠く海を見やった。

 

 

 その頃、オタハイトの東方30㎞の海域には、太い航跡を曳いて進む多数の艦艇……ムー海軍連合艦隊の姿があった。全部で55隻の艦隊である。

 今回の演習に参加するムー海軍の艦隊は、まずアルフレッド・ムレス少将が指揮する首都防衛艦隊10隻。そして、ムー海軍空母機動部隊指揮官の先駆者とも言えるレイダー・アクセル少将が指揮する、空母機動部隊45隻である。各艦隊の構成は、首都防衛艦隊がラ・ジフ級戦艦2隻(なお、艦級名称は戦艦だが、容姿及び諸元はどちらかというと(まつ)(しま)型防護巡洋艦に酷似)、ラ・デルタ級装甲巡洋艦8隻。機動部隊はラ・カサミ級戦艦2隻、ラ・ジフ級戦艦2隻、ラ・コスタ級空母3隻、ラ・ヴァニア級空母2隻、ラ・デルタ級装甲巡洋艦8隻、ラ・ホトス級巡洋艦とラ・グリスタ級巡洋艦合わせて12隻、ラ・シキベ級軽巡洋艦16隻である。

 

 ムー連合艦隊の指揮官となったレイダー少将は、機動部隊旗艦であるラ・カサミ級戦艦「ラ・エルド」の艦橋に()(おう)()ちとなり、東の海を見据えていた。

 55対4という形となる今回の演習、()ではこのムー統括海軍が相手を圧倒している。しかも相手は、空母()()だそうである。

 ()()()()()()()、こちらの圧勝は揺るぎない。何故なら、数はこちらが圧倒的に多い上に、空母から飛び立った艦載機の攻撃では、戦艦は沈められないからである。

 

 と、ここまでならどんなムー海軍の軍人でも考える。実際ムレスもそのように考えていた。だが、レイダーは違った。

 情報収集と分析の結果、今回の相手となるロデニウス連合王国の空母は、とんでもない性能を有していることがはっきりしている。また、ロデニウスの航空機についても、「マリン」ですら及ばない()()ばかりなのだ。

 

 勝てるかどうか……全く予想できない。

 

「艦長……我々は、勝てるだろうか?」

 

 レイダーは、すぐ側に控えている「ラ・エルド」の艦長テナル・モントゴメリー大佐に尋ねた。

 

「何を仰るのですか、司令官殿。

今回の演習は55対4。我が海軍の誇る艦艇が、55隻も揃っているのです。しかも、最新鋭艦であるラ・カサミ級戦艦にラ・ヴァニア級空母までいます。航空戦力は、我が国の誇る艦上戦闘機『マリン』が計150機。これほどの兵力は、我が海軍でも類を見ない大戦力です。

相手となるロデニウス連合王国海軍は、空母4隻だけだそうですね。空母の艦載機の攻撃では、巡洋艦はともかくとして戦艦が沈むことはありませんし、逆に戦艦の巨砲は空母を一撃で打ち砕きます。我が海軍は、被害は多少なりと出るでしょうが、負けるどころか圧勝するでございましょう」

 

 テナルはあっさりとした答えを返してきた。

 

「テナル艦長の仰る通りです。我々がロデニウス連合王国軍に負けるなど、“あらゆる点から考えてあり得ません”」

 

 レイダー機動部隊の参謀長を務めるシギント・サーマン准将も、テナルに同調する。

 

「そうか……そうだな。

さあ、もうすぐ演習開始だ。我が国の威光を、ロデニウス連合王国に知らしめなければ!」

「「はっ!」」

 

 2人の意見を聞いて、無理やり不安をねじ伏せるレイダー。どのみち、演習開始は避けられないのだ。ならば、ベストを尽くすしかない。

 演習開始の時は迫っていた。

 

 

 一方のロデニウス連合王国艦隊では、

 

「………」

 

 空母「()()」の艦橋で、(りん)とした雰囲気を(まと)うサイドテールが目立つ1人の女性……空母(かん)(むす)"加賀"が、目を閉じて(めい)(そう)を行っていた。戦う前には瞑想、これが彼女と"(あか)()"の習慣なのである。この瞑想には「相手が何者であろうと、決して慢心することなかれ」という自戒も()められていた。

 「加賀」の甲板の先端部分では、5機の艦上偵察機「(さい)(うん)」が暖機運転を行って発進準備を整えている。「演習開始」の合図と共に、彼女は「彩雲」を発進させ、敵艦隊の索敵を開始するつもりであった。そして敵艦隊を発見次第、第一次攻撃隊を送り込むのである。

 これと時を同じくして、艦隊旗艦「(かつら)()」でも、搭載された「()(しき)(かん)(じょう)(てい)(さつ)()」が出撃準備を整えている。

 

 艦橋の片隅に据えられた無線機が、特徴的な空電音を立てた。通信長妖精が飛び付くようにして無線機のレシーバーを引ったくる。しばらくレシーバーを耳に当て、通信を聞き終えてから、妖精は目を閉じたままの"加賀"に声をかけた。

 

「提督から命令! 『状況開始、作戦行動に入れ』です!」

「そう……了解」

 

 目を閉じたままそう答えた後、"加賀"はカッと目を見開いた。

 

(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)でしょうが……ここは、絶対に譲れません」

 

 顔色一つ変えず、クールな表情でそう告げる"加賀"。

 その直後、「加賀」の艦首カタパルトが作動を開始し、「彩雲」が投げ飛ばされるようにして、次々と青い空へ飛び立った。

 

「第一次攻撃隊、発艦準備」

 

 ()()う様子のない"加賀"の命令。

 格納庫で待機していた「(りゅう)(せい)」や「(すい)(せい)一ニ型甲」・「(れっ)(ぷう)一一型」が、エレベーターに載せられて次々と飛行甲板に上がってきた。

 

 

 演習開始の通信が入った直後、ムー艦隊も行動を開始していた。

 

「まず、6機ほどのマリンを索敵に出そう。相手は空母だから、我が方の戦艦の砲撃で撃沈できるが……その前に、相手の飛行甲板を爆弾で破壊して艦載機を飛ばせなくしておけば、もっと仕事がやりやすくなる」

 

 レイダーの指示を受けて、5隻の空母から2機ずつ、計10機の「マリン」が飛び立っていく。

 

「続いて、各空母から(ちょく)(えん)()を6機ずつ発進させよ。これは第一次直衛隊だ。敵機が襲来した場合に備えて、艦隊上空に留まり、エアカバーを行うのだ。装備は機銃のみで良い」

 

 即座に、「マリン」の航空隊が発進準備に入った。

 

「演習とはいえ、この『マリン』の性能を見せ付ける時が来たか……。頼むぜ……」

 

 ムーの2隻のラ・ヴァニア級空母のうち、「ラ・トウエン」の飛行甲板では、パイロットの1人にして中隊長を務めるジャン・メルティマ中尉が、愛機の機体を撫でながら決意を固めていた。彼の隊が、艦隊上空の直衛を命じられたのである。

 

 

 

 演習が始まって30分は、緊張を(はら)みながらも何事もなく過ぎた。

 だが、30分が経過した時、事態は動き出した。

 

「メルティマ航空隊から緊急通報! 『敵航空機発見。艦隊からの方位30度、距離30㎞。数は1。偵察機と思われる。これより迎撃する』とのことです!」

「うむ」

 

 戦艦「ラ・エルド」の艦橋で通信長から報告を受け取ったレイダーは、短く頷いた。

 

 

 同時刻、通報を送ったメルティマは、攻撃に入ろうとしていた。

 

「ついに来たか、ロデニウスの偵察機! この『マリン』の力、とくと味わうが良い!」

 

 彼の口元に微笑が浮かぶ。

 

 ムーの最新鋭戦闘機である「マリン」は、徹底した空気力学的計算に基付く無駄のない機体設計と、強力な空冷星型9気筒エンジン(出力600馬力)によって、最高時速380㎞という速度と軽快な運動性を両立した。これは、武装である機首7.92㎜機銃2丁と併せると、文明国や下位列強(具体的には、今は亡きパーパルディア皇国とレイフォル国)が配備しているワイバーンロードを余裕で倒せる性能である。当然、自国の旧型戦闘機をも軽く(りょう)()する性能である。

 魔法文明ばかりのこの世界において“唯一の”科学技術文明国家として、上位列強国まで登り詰めたその力は、本物であった。

 

 また、その愛機を操るメルティマ自身も客観的に見て高い練度を持っており、自分の練度に絶対の自信を置いていた。

 ロデニウス連合王国は、第三文明圏外に国土を持つ国家らしい。そんな国が“航空機と航空母艦を持っていること自体”が驚きであるが……例え彼らの最新鋭戦闘機であっても、「マリン」の性能に及んでいないだろう。彼はそう考えていた。

 

 この事から、“確信を持って言えること”が1つある。残念ながら、どうやらメルティマは演習前に「マイラス・レポート」を読んでこなかったらしい、ということだ。

 

 現在のメルティマ隊の高度は、4,500メートル。それに対して、ロデニウスの偵察機らしい機影の高度は3,000メートルだ。こちらの方が高度が高い。

 ということは、ムー航空隊の方が有利だ。何故なら、空戦において高い高度に位置している側は、高度差による位置エネルギーを運動エネルギーに変えて味方に付けることができるからだ。

 

(しかし、奇妙な機体だな……)

 

 メルティマは、自身の視界にいる敵機の()()を見てそう考えていた。

 プロペラはあるが、主翼が1枚()()無い。「マリン」ですら複葉機、つまり主翼は2枚なのに、1枚しか無いのはどういうことだろう?

 

(まあ良い、何にしても撃墜判定を喰らわせるだけだ!

さて……ここだ!)

 

 メルティマはキャノピーから腕を突き出し、後続する味方機に合図を送った。

 

「攻撃開始!」

 

 一斉に機体を(ひるがえ)し、急降下に入る6機の「マリン」。メルティマ航空隊6機が、ムー艦隊に接近しつつあるロデニウス連合王国海軍の偵察機……「彩雲」1機に向かっていく。

 本来、「マリン」は最高時速380㎞なのだが、今は重力と高度差による運動エネルギーを味方に付けている。そのため、「マリン」の速度は時速400㎞を突破しており、機体は速過ぎる速度のためにガタガタと振動していた。

 風切り音がキャノピーを震わせ、轟音となってコクピットを満たす。

 

「……え?」

 

 メルティマは“違和感”を覚え……そして気付いた。

 

 こちらは重力やエネルギーを()()()()()高速で飛んでいるというのに、敵の偵察機は既に自身の隊の真下を()()しつつある、ということに。

 

「なっ……何だとっ!?」

 

 敵機の方が、脚が速い。そう悟った時には遅かった。

 メルティマ航空隊は攻撃の機会を(いつ)し、既に敵機はムー艦隊の方向へ向かっている。反転して追いかけようにも、相手の速度が速すぎて尾いていけない。

 まあ、最高時速380㎞の「マリン」で時速600㎞を叩き出せる「彩雲」に追い付くなんて、土台無理な話なのだが。

 

「く……くそっ……!」

 

 大きなミスをやらかした。

 悔しさのあまり、メルティマはギリッ……と奥歯を噛み締めた。だが、無線機を使って敵機の接近を艦隊に報告する、という仕事は忘れなかった。

 

 

「メルティマ航空隊より続報、『我迎撃に失敗。敵機の脚が速すぎる』!」

「何だと?」

 

 再び「ラ・エルド」艦橋。

 通信長が発した悲鳴のような報告に、レイダーの片眉が吊り上がった。

 

「こちら見張り、敵機捕捉! 艦隊直上です!」

 

 艦橋後部の見張り台から聞こえてきた叫びに、全員の目が一斉に空に向けられた。

 ムー艦隊の上空を、1機の機影が飛んでいる。主翼が1枚しかない、特異な形状の機体だ。上空直掩の「マリン」が向かっているが、敵機の速度があまりに速いせいで全く追い付けない。各艦に配備されている8㎜機銃も届かないほどの高度だ。

 

「くっ……見付かってしまったか……!」

 

 レイダーは唇を噛み締めた。

 

 

 だが、ムー艦隊が敵の偵察機らしい機影に遭遇してから20分後、索敵に飛び立った「マリン」のうち1機が「敵空母部隊発見」の報告を打電してきた。ただし、発見した代わりに撃墜されてしまったようで、その後索敵機は一切の通信を絶ってしまったが。

 

「よし! 遅れたが、こちらも相手を見付けたか!」

 

 バシッと音を立て、レイダーが右手の拳を左の掌に打ち付ける。

 

「第一次攻撃隊、直ちに発進せよ! 機数は30機、うち18機は爆弾を装備して出撃! 残り12機は機銃のみの装備とし、攻撃隊の護衛に徹しろ! 残りの全機は、直掩機として艦隊防空に当たれ!

同時に、艦隊は進路を東に取れ! 相手は空母4隻だ、航空攻撃をやりすごして、艦隊決戦でこれを撃破する!」

 

 ついに戦場が、大きく動き始めた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ムー艦隊が攻撃隊を飛ばしてから30分後、ロデニウス艦隊 空母「加賀」艦橋にて。

 

「SKレーダー目標探知!

艦隊よりの方位55度、距離ヒトゴーマルマル(150㎞)、高度ヨンマル(4,000メートル)、数およそ30! 敵速は時速約350㎞、あと20分ほどで会敵します!」

 

 レーダーのPPIスコープ画面を覗き込んでいた妖精が、警告を発した。そのスコープ画面には、光の針の回転に合わせて発光する光点が映っている。さらに、その隣に設けられたAスコープ画面の波形も、表示形式が全く違えど同じ内容を表していた。

 方位と目標の速度、それに時間から考えると、どうやらムーの攻撃隊が近付いているようだ。さっき「(うん)(りゅう)」の上空警戒機がムーの「マリン」を1機撃墜したが、無電を打たれたとのことであった。見付かったと見て良いだろう。

 

「了解。直掩隊、発進急いで。あと提督にも通報して」

 

 全く動じる風もなく、"加賀"は淡々と命令を下す。

 今回彼女が搭載してきた艦載機は、「烈風一一型」20機、「彗星一ニ型甲」20機、「流星」46機、「()(でん)(かい)()」12機、そして「彩雲(東カロリン空)」5機の計103機。航続距離の短い「紫電改二」は直掩に徹し、攻撃隊の護衛は「烈風一一型」にやらせるつもりであった。

 現在、彼女の格納庫は(かん)(さん)としており、直掩隊の「紫電改二」の他は4機の「烈風一一型」と10機の「流星」が残るのみである。第一次攻撃隊が出撃してしまった結果だった。

 

 え? 何で「加賀」にアメリカの対空レーダーである「SKレーダー」が搭載されているのかって? “改二改装”のせいですよ。

 去年の年明け後すぐ、第二次改装を終えた艤装を受け取った"加賀"は「加賀改二」として再就役したのだ。この時行われた、改装工事の内容は以下の通り。

 

1. 飛行甲板先端への、油圧式カタパルトの設置。

2. 艦尾20.3㎝砲群の撤去。

3. 機関の換装。ロ号艦本式缶を撤去し、代わって護衛艦のそれに似た高圧ガスタービンエンジンに切り替えている。

4. 機関交換に伴う煙突周りの調整。

5. レーダー装備の一新。21号対空電探や13号対空電探を全て撤去し、SK対空レーダーとSG対水上レーダー、それに測距儀兼高射装置兼射撃指揮装置としてGFCS Mk.37が搭載されている。なお、これらは"Iowa(アイオワ)"の技術提供の下"(くし)()"の手で量産されたものである。

6. 若干の格納庫拡大。5スロット化はこれによるものである。

7. 艦橋の若干の大型化。

8. 兵員居住環境の改善。

9. 艦首部分への「ある兵器」の設置。

 

 これにより、"加賀"は旧日本海軍の貧弱な電探の代わりとして、SK対空レーダーを装備するに至ったのである。

 

「予定では、こちらの攻撃隊はもう向こうに取り付いてるわね?」

「はい。今頃は、ムー艦隊に本艦隊の誇る攻撃隊の力を見せ付けている頃かと」

 

 "加賀"が戦術長妖精に確認している。

 

「ですが、本艦から飛び立った戦闘機が少なかったです。大丈夫でしょうか?」

「大丈夫よ、第601航空隊もいるもの。それに、“私のあの子たち”なら鎧袖一触よ、心配要らないわ

「まあ、それもそうですね」

 

 戦術長妖精の心配を"加賀"がバッサリと切った時、

 

「直掩隊、発進します!」

 

 飛行長妖精が報告してきた。"加賀"が頷くのを見て、飛行長妖精は飛行甲板の方に旗を振る。

 その飛行甲板には、「(ほまれ)」発動機の轟音が何重にも重なって響いていた。上空直衛を命じられた「紫電改二」9機が出撃しようとしていたのだ。

 この「紫電改二」……開発符号N1K3-Aの性能諸元は、大まかには符号N1K2-J、いわゆる「紫電改」と同じである。ただし改良点として、「紫電改」では手動式だった爆弾投下器を電気投下式に変更し、発動機架を前方に150㎜延長して機首に13㎜機銃2丁を追加。これによって、主翼20㎜機銃4丁で武装していた「紫電改」を超える火力を獲得し、さらに着艦フックの追加と尾部の補強を行って、空母への着艦能力を持たせたものである。しかもこれだけ(いじ)っておきながら、最高時速644㎞、航続距離1,715㎞と、大元の「紫電改」と大して変わらない運動性能を発揮できる。

 その「紫電改二」が短距離走の選手を思わせる速度で「加賀」の飛行甲板を駆け抜け、風を掴んで一気に空へと舞い上がる。飛び立った9機の「紫電改二」は3機1組の小隊を作り、上空を旋回し始める。敵機の来襲に備えているのだ。

 この頃には、他の3空母から飛び立った「烈風(六〇一空)」計18機も艦隊上空で待機している。第601航空隊よりも「加賀」戦闘機隊の方が練度が高いのだが、それでもしっかり従いてくる辺り、第601航空隊の練度の高さが窺える。大戦後期の、母艦航空隊主力を担った部隊の腕は()()ではない。

 

 しばらくの後、

 

「直掩隊、前に出ます!」

 

 新たな報告が舞い込んだ。

 上空にいた「紫電改二」が速度を上げ、突撃を開始している。その向こうに、ゴマ粒を空にまいたような黒い点が幾つも見えた。敵の攻撃隊が来たのだ。

 堺の策により、先に敵機と対峙するのは「加賀」直衛隊と決められている。その守りを突破した敵機を「烈風(六〇一空)」で迎撃し、それでも突破された場合は対空射撃を以て対処する手筈なのである。

 

「総員、対空戦闘用意」

 

 表情1つ変えず、"加賀"は淡々と指示を出す。ただし、表面上はクールだが、その実彼女はかなりの激情家だ。被弾したら平然と「頭にきました」とか言い放つほどには。そして今、彼女の中では闘志が“見えざるオーラ”となって激しく燃え盛っていた。

 

 

『お前ら行くぞぉ! 我らが(いっ)(こう)(せん)搭乗員の練度、ムーの奴らにとくと思い知らせてやれぇ!』

『えいえいー!』

『『『『おおおおおお!』』』』

『お供しますぜ小隊長!』

 

 暑苦しい声が電波に乗って飛び交っている。これで無線を発しているパイロットが“ガタイの良い男性”であれば何も問題ないのだが、この声を発している者は()()()が女性である。そのため、凄まじい違和感しかない。

 現在の「加賀」直掩隊の飛行高度は、5,000メートル。敵機は相変わらず高度4,000メートルを飛んでいるそうだから、敵機に対して上から(おお)(かぶ)さる格好だ。

 

『総隊長から全機へ。相手は“布張りの複葉機”だ。()()()撃ったんじゃ()ちないぞ、工夫しろ。例えば機首対向戦(ヘッドオン)でエンジン撃ち抜くとか、尾翼を20㎜で吹っ飛ばすとか。何なら、コクピットに射弾食らわせて搭乗員射殺(パイロットキル)判定取っても良いんだぜ?』

(ちげ)ぇねえ! 続け野郎ども!』

『複葉機が何だ! 野郎、ぶっ殺してやらぁ!』

 

 (おの)(おの)勇ましい叫び声を上げて、小隊ごとに「紫電改二」が突撃する。眼下に見えてきた複葉機の集団に向け、フルスロットルで「紫電改二」が突っ込む。それに対し、複葉機「マリン」のうち何機かがこちらに機首を向けた。どうやら攻撃隊の護衛戦闘機らしい。

 躍りかかる者と、迎え撃つ者。両者が絡み合う様は、まるで槍を持った騎士のトーナメントのよう……と見えた、その瞬間。

 

『まず1つ!』

 

 真っ先に突っ込んだ「紫電改二」の1機が、見事にヘッドオンからの13㎜機銃一連射で「マリン」のエンジンを射抜いた。演習弾の真っ赤なインクが飛び散り、「マリン」が撃墜判定を受けて反転する。

 さらにその列機が同じくヘッドオンし、「マリン」の7.92㎜機銃の曳光弾と斬り結ぶように一連射。7.92㎜弾は「紫電改二」を掠めることもせず、逆に「紫電改二」の太さ20㎜の()(せん)は、「マリン」のコクピットに突き刺さった。パイロットキル判定が下る。

 

『星1つ!』

1機撃墜(スプラッシュ・ワン)!』

『喰らえバカヤロウ! 墜ちろコノヤロウ!』

 

 あっという間もなく、「加賀」航空隊の「紫電改二」は次々と「マリン」を(撃墜判定で)葬り去っていく。練度の差と機体の性能差が合わさり、空中戦はほぼワンサイドゲームの様相を呈していた。

 

 そして地獄を見ていたのが、攻撃隊に選ばれた「マリン」のパイロットたちである。

 

『な、なんて運動性能だ! ぐぎっ!』

『ちくしょう、脚が速すぎる! ()いていけな……グワーッ! サヨナラ!』

『喰らえ! よし、当たった……何っ!? 機銃が通じないだと!?』

 

 中には速度差を利用し、咄嗟に相手をオーバーシュートさせて一矢報いようとした者もいたが、「紫電改二」の防弾性能の前に不発に終わる。

 無線は()()(きょう)(かん)の地獄絵図と化し、恐ろしい勢いで「マリン」が撃墜判定を取られていく。9対30で始まった空戦が、一瞬のうちに9対20に、さらには9対10に……

 

「な……何なんだよこいつらはぁっ!」

 

 そして最後の1機も、悲しくなるほどあっさり撃墜判定を喰らわされ、30機いた「マリン」はたった5分で全滅してしまった。「加賀」の対空砲や第601航空隊の「烈風」を使うまでもなく、一瞬で終わってしまったのである。文字通り「鎧袖一触」だった。

 

「直掩隊から入電、『敵機全滅、鎧袖一触ナリ。引キ続キ上空直掩ニ当タル』」

 

 分かり切っていた報告を前に、"加賀"は無言で頷いた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 いったい、何がどうしてこうなったのだ……?

 それが、ムー連合艦隊司令レイダーの抱いた感想だった。

 

 ラ・カサミ級戦艦「ラ・エルド」の艦橋に(ぼう)(ぜん)(たたず)み、ほとんど停止しかけた頭を無理矢理動かしながら、彼はこの30分ほどの間に何が起きたのか、必死に思い出そうとする。その彼の乗艦「ラ・エルド」周辺には、撃沈判定を受けて機関停止を命じられたムー海軍の艦艇が何隻も、洋上に棒立ちになっていた。

 

 

 それは、発見したロデニウスの空母に向けて攻撃隊を発進させた、すぐ後のことだった。各艦の見張りが「敵機来襲」を告げてきたのである。

 レイダーはすぐさま、上空で待機していた「マリン」の直掩隊に迎撃を下命した。この時には既に全ての「マリン」が発進を完了しており、ムー艦隊上空には計110機もの「マリン」が展開している。

 

「来たか、ロデニウスの敵機……」

 

 愛機のコクピットの中で、(そう)(じゅう)(かん)を握り締めたままメルティマは呟く。

 ちょっと前までは、「強力な戦闘機である『マリン』を操り、ロデニウス連合王国という“第三文明圏外国”に我が国の力を見せ付ける」という意識と共に、演習とはいえ戦いに対する高揚感もあったものだった。だが、今やそんな感情は霧散してしまっている。さっきのロデニウスの俊足の偵察機が、メルティマの自信と常識を()()()(じん)に打ち砕いていったからだ。

 これはもしかすると、敵の戦闘機はこの「マリン」の性能を上回るかもしれない。彼はそう感じていた。

 

 だが、自分たちにも“国のプライド”がある。例え敗れようとも、逃げる訳にはいかない。

 それに、これは「演習」であって「()()」ではない。つまり、恥は掻けども“死ぬことはほぼ無い”訳だ。なら、グラ・バルカス帝国と対峙することになる前に、自分の腕試しをしておくのも良いかもしれない。

 

「さっきのもそうだったが、こいつらも全部単葉機だな……」

 

 敵機を観察して、メルティマはそう呟いた。

 現在の()()の高度差は、こちらの方がやや上だ。少しは有利な位置から戦える。

 

「行くぞ、突っ込め!」

 

 彼はキャノピーから腕を突き出して列機に合図を送り、降下に入った。後続する5機の「マリン」も、一斉に機体を翻す。

 と、敵機の群れから4機ばかりの機体が飛び出し、こちらに機首を向けてきた。攻撃隊を護衛する戦闘機らしい。

 

「真っ向勝負か……面白い!」

 

 失いかけていた自信を取り戻し、(たかぶ)る闘争心に歯を剥き出しにして笑いながら、メルティマは敵機との距離を測る。

 

「あと少し……ここだ!」

 

 そして、機銃のトリガーを引こうとした瞬間。

 

《ムー海軍、メルティマ搭乗の『マリン』、撃墜判定。直ちに反転し、戦場を離脱せよ》

 

 予想もしないアナウンスが飛び込んできた。

 

「……へ?」

 

 あまりに突然のことで、一瞬ポカンとするメルティマ。

 その彼の目の前を、敵機が高速で飛び去る。その轟音に我に返って見ると、エンジン部分には演習弾の着弾を示す赤いペイントが飛び散っており、さらにキャノピーの窓ガラスも真っ赤に染め上げられていた。どうやらエンジン損傷判定の上に、パイロットキル判定されたらしい。

 

「う……嘘だろ? あのすれ違いの一瞬だけで、エンジンぶっ壊した上にパイロットキル!? 馬鹿な……!

そんなことができるなんて……これでは……!」

 

 これでは、“反則級の化け物”ではないか。メルティマは、口から出かかった言葉を何とか飲み込んだ。

 だがまあ、撃墜判定されたものは仕方ないので、彼は機体を反転させ、オタハイト郊外の飛行場に針路を向ける。その時、ふと振り返ってみると、5機の「マリン」が尾いてきていた。……そう、5()()

 

「えっ? ……うっそだろ!? 俺の小隊全機が、一瞬にして殺られたのか!?」

 

 そう、この僅かな時間の間に、ムー艦隊の上空で直掩任務に就いていたメルティマ航空隊の「マリン」は、“全機”が撃墜判定を取られていたのだ。

 ワイバーンロードすら圧倒し、世界的に見ても屈指の性能を誇る航空戦力である戦闘機「マリン」。自国の技術者たちの血と汗と涙の結晶たるこの「マリン」が、ロデニウス連合王国という第三文明圏外国の戦闘機に()()()()()蹴散らされた。そしてこの瞬間にも、味方の「マリン」はロデニウスの戦闘機によって、あっという間に駆逐されていく。

 驚愕。怒り。悲しみ。恐怖。絶望。メルティマの心の中には様々な感情が渦巻き、彼の思考は大いに混乱していた。

 

「こいつら……化け物だ……! 正真正銘の化け物だ……!」

 

 味方の「マリン」を片っ端から(判定で)撃墜していく敵の戦闘機を見て、驚愕と恐怖にガチガチと震えるメルティマの歯の間からは、そんな声が絞り出された。

 

 

「直掩隊、全滅!」

「なっ……!?」

 

 信じがたい報告に、ムー連合艦隊司令レイダーは驚愕に染まった表情で叫んだ。彼の周囲にいる幕僚たちも、驚きと混乱を隠せない。

 ムー国の誇る最新鋭戦闘機「マリン」が、ロデニウス連合王国の戦闘機の前に、一瞬で蹴散らされた。(いっ)()たりとも報いることもできず、ほんの10分ほどで全滅してしまったのだ。

 機動部隊の搭乗員として選ばれたパイロットたちは、いずれ劣らぬ()()れ揃いだ。だが、そのベテラン搭乗員たちが、赤子の手を捻るようにあっさり全滅してしまった。それはつまり、ロデニウス連合王国軍にムー統括軍のそれを上回る練度と技術がある、という証左に他ならない。

 

「参謀長! どう考える!?」

 

 レイダーに話を振られたサーマンは、引きつりそうになる顔をどうにか押し留めながら、口を開いた。

 

「これは……どうやら相手は“思ったより”も強力なようです。機体性能が高いのか、練度が高いのか……ふむ、どちらにしても、今回は少し被害を覚悟する必要がありそうです。

既に敵機は近付いております。司令、対空戦闘の開始をお命じ下さい」

「うむ、分かった!」

 

 サーマンに頷き、レイダーは指示を出した。

 

「全艦、対空戦闘用意!」

 

 ムー艦隊各艦の艦内に「対空戦闘」を意味するブザーが鳴り響き、乗組員たちが一斉に持ち場へ走る。そして、各艦備え付けの対空兵器・8㎜単装対空機銃に乗組員が取り付き、照準を合わせ始める。彼らの視線の先には、接近してくる多数の黒点……ロデニウス連合王国の空母から飛び立った攻撃隊の姿があった。現在の敵機の高度は、約4,000メートル。

 その時、ロデニウス空母の航空攻撃隊が(ムー海軍の全ての人々にとって)思いがけない行動に出た。二手に分かれたのだ。片方の一群はそのまま高度4,000メートルを飛んでいるが、もう一群が機首を下げ、低空に舞い降りてきたのだ。そして、低空に舞い降りた一群はそのまま左右に散開していく。

 

「奴ら、左右からこちらを挟むつもりか? しかし、何であんな低空を飛ぶんだ?」

 

 敵機の動きを見て、サーマンが首を傾げる。

 

「分かりません。高空から向かってくる敵機は、爆撃狙いで間違いないでしょうが、何故低空から? もしかすると、低空から機銃掃射を行ってこちらの対空砲火を減殺し、爆撃隊の進路を(ひら)くつもりでしょうか?」

 

 テナルにも分からないようだ。

 ムー国において航空攻撃といったら、「爆撃」しかない。それも“水平”爆撃か、良くて“()降下”爆撃に限られる。まあ、布張り複葉機にダイブブレーキなんぞある訳がないから、急降下爆撃ができないのは仕方無い。

 

「なるほど、機銃掃射か。それなら一理あるな」

 

 サーマンがそう言った時だった。

 

「違う、奴らの狙いは機銃掃射じゃない! ()()攻撃だ!」

 

 血相を変えたレイダーが叫んだ。

 

「えっ? し、司令、何を?」

「あいつらの……低空に降りた敵機の狙いは対艦攻撃だ! こっちの喫水線下に大穴を開けるつもりだ!」

「「何ですって!?」」

 

 そう、レイダーの目には、低空に舞い降りた敵機の狙いが読めたのだ。

 低空に舞い降りた敵機は左右に分散し、横一列に並んで低空から向かってくる。それも、下手をすれば海面に激突しかねない超低空を向かってくるのだ。それは、レイダーがマイラスから聞いた「雷撃機の情報」と、ピタリと一致していた。

 どうやらサーマンとテナルは、情報分析課の報告書を読まなかったらしい。

 

「マイラス・レポートを読んでないのか!? あいつらには魚雷という、水中自走爆弾があるんだ! それを使うつもりだ!

喫水線下に大穴を開けられたら、我が方の撃沈は確実だぞ! 奴らに絶対に魚雷を撃たせるな!」

「「は……はっ!」」

 

 レイダーのただならぬ様子に、サーマンもテナルも急いで指示に従った。

 「低空の敵機を絶対に阻止せよ」という命令を聞いて、各艦の甲板上にいる兵士たちは、急いで対空機銃の銃身を水平に倒した。指示に従っての行動である。

 

 ……だが、残酷なことに、敵機はムー艦隊の行動を許さなかった。高空を飛ぶ敵機が先んじて襲ってきたのである。

 

「……!? し、司令!」

「どうした!」

「て、敵機直上! 反転急降下でこっちに向かってきます!」

「何っ!?」

 

 空を見上げていた見張りの絶叫。レイダーがそれに驚愕した時、金属質の甲高い音が響き始めた。

 「加賀」航空隊の爆撃隊「彗星一二型甲」20機が、そして雲龍型空母3隻から発進した「彗星(六〇一空)」計63機が、一斉に機体を翻したのだ。太陽の光を反射した機体がギラリ! と不吉に輝き、点のようにしか見えなかった機影が急速に拡大する。

 ダイブブレーキが風を裂き、その風切り音がドップラー効果によってさらに高音にまで高められる。ムー海軍の兵士たちが初めて聞く音だった。そして、神経を磨り減らすような耳障りな高音に、ムー海軍兵士たちの精神は一瞬で限界に達した。

 突如として発砲音が響き、レイダー座乗の「ラ・エルド」の前方で発射炎が閃く。ムー首都防衛艦隊旗艦・戦艦「ラ・ゲージ」が、対空射撃を開始したのだ。それを皮切りに、他の艦も一斉に対空砲火を上げ始める。

 

「ばかやろう、誰が発砲を命じた!?」

 

 レイダーが怒鳴るが、こればかりは仕方無いだろう。何せ原因は、「恐怖」という逃れがたい“本能的な感情”にあるのだから。

 なし崩し的な戦闘開始ではあったが、対空砲火を撃ち上げるムー艦隊。しかし(ムー海軍基準で)非常に激しい弾幕を張っているにも関わらず、全く敵機の撃墜判定を取ることができない。それに対して、ロデニウス連合王国軍の母艦航空隊は、水平線に対してほぼ()()に見える角度で突っ込んでくる。

 先頭に立つ1機が引き起こしをかけると同時に、腹から黒いものを投下する。紛れもなく爆弾だ。

 

ヒュウウウウ……

 

 笛のような風切り音を立てて落下した爆弾は、回避行動の甲斐もなくラ・シキベ級軽巡洋艦の1隻に吸い込まれるように命中。真っ赤なペイントが飛び散った。

 

《軽巡洋艦ラ・カシア、被弾。機関室にて火災発生、速力4ノットに低下》

 

 無機質な判定アナウンスが響く。

 

「喰らったか……!」

 

 レイダーが苦渋に顔を(ゆが)めた時だった。

 

《装甲巡洋艦ラ・デルタ、艦体後部に2発被弾。機関損傷、舵故障、航行不能判定》

《戦艦ラ・ゲージ、被弾。主砲弾火薬庫誘爆、()()判定》

《空母ラ・トウエン、3発被弾。飛行甲板大破、大火災発生判定。艦載機運用不能》

 

 次から次へと、友軍艦艇の被弾判定が下される。

 

「なっ……!? た、ただの航空爆撃で、ここまで……!?」

 

 味方艦が、敵機の攻撃によって次々とやられていく。しかも、()()()爆撃によって。

 レイダーは、信じがたい思いに駆られた。

 

 まあ、無理からぬ話である。

 レイダーが想定している「爆撃」は、戦闘機「マリン」の60㎏爆弾、または爆撃機「ソードフィッシュ」の250㎏爆弾による、水平爆撃ないし緩降下爆撃が良いところである。だが、「彗星一二型甲」を装備した航空隊が実施したのは、500㎏爆弾による()()()()()であった。そもそも攻撃方法が違う上に、爆弾の威力が大きすぎたのである。

 

 一言解説しておくと、緩降下爆撃とは水平線に対して約30度程度の降下角度で敵艦に接近し、爆弾を落とす攻撃である。一方の急降下爆撃とは、水平線に対して60度程度の急角度で降下し、爆撃する方法である。急降下爆撃は、ダイブブレーキと頑丈な機体構造を併せ持つ全金属製単葉機でなければ容易には行えない。

 え? 降下角度ほぼ90度で突っ込む化け物がいる? 何のことだ? ……ああ、「アイツ」か。

 「空の魔王」ルーデル閣下のことを考えてはいけない。あれは例外中の例外だ。いいね?

 

 この「彗星一二型甲」の急降下爆撃により、ムー艦隊は甚大な被害を(こうむ)った。

 5隻の航空母艦のうち4隻までが飛行甲板に被弾して「艦載機運用不能」の判定を取られ、多数の巡洋艦が速力低下、あるいは航行不能の判定を受けている。ムー首都防衛艦隊旗艦である戦艦「ラ・ゲージ」に至っては、主砲弾火薬庫に直撃弾を受け、弾火薬庫誘爆による轟沈判定を取られてしまった。これにより、ムー首都防衛艦隊はムレス少将以下の司令部要員の(ことごと)くに戦死判定を下され、指揮系統を失って大混乱に陥っている。

 ムーの空母機動部隊はというと、空母が4隻も被害を受けただけでなく、指揮下の戦艦・巡洋艦多数に被害が及び、被弾による速力低下判定や回避行動によって、艦隊陣形はめちゃくちゃになっていた。

 

 ……だが、航空攻撃の真骨頂はここからである。

 

 対空砲火が大幅に減衰したムー艦隊に対し、左右から海面ギリギリの超低高度で多数のレシプロ機が接近する。それも、見事なまでの編隊を組んで。

 それは、「加賀」、「雲龍」、「(あま)()」、「葛城」を飛び立った計96機もの「流星」艦上攻撃機であった。そのうち60機が、垂直尾翼に「601」の数字を書いている。

 どの機体も腹の下には爆弾ではなく、スクリューの付いた細長い物体……魚雷を抱えている。対空砲火が当たり難い超低空から突入し、ムー艦隊に雷撃を見舞うつもりなのだ。第601航空隊の「流星」が先に立ち、「加賀」の艦攻隊は大きく弧を描いて回り込む姿勢を見せている。

 

「敵機多数、低空から来ます!」

「全艦、対空戦闘! 敵機は低空から来るぞ!」

 

 見張りの叫びにレイダーが(ほう)(こう)し、乗組員たちは大急ぎで対空機銃の銃身を水平に倒して敵機を狙う。だが、ただでさえ砲側照準しかない対空機銃であるため、命中させるのはかなり困難だ。さらに言えば、ムー艦隊はさっきの急降下爆撃で多くの艦が被害を受けており、使用不能判定を取られた機銃も多い。弱体化したムー艦隊の対空砲火では、進撃する艦攻隊は食い止められなかった。

 

「ダメか……ん!?」

 

 サーマンが失望しかけた時、敵機は“思いもしない行動”を取った。せっかくここまで運んできたのだろう爆弾を、()()()()()()()()()のだ。

 

「え?」

 

 サーマンが(あっ)()に取られた時には、レシプロエンジンの轟音が多数、彼の頭上を飛び越えていく。この時になって敵機1機が撃墜判定を取られたが、もう遅い。

 

「あんなところに爆弾を()()()なんて、何がしたかったんだ、彼らは?」

「分かりません。まあ、攻撃を諦めたのであれば幸いですが……」

 

 困惑気味にテナルに尋ねたサーマンに、テナルが返事をした、その瞬間だった。

 

「お前らの目は節穴かッ!? あれを見ろ!」

 

 顔面蒼白でレイダーが怒鳴り付けた。その視線は、敵機が“爆弾を捨てた”辺りに向けられている。

 何事かと彼の視線をたどり……サーマンとテナルは目を見開いた。

 何だあれは。

 敵機が爆弾を投棄した辺りの海面に、細長い白い線が多数現れ、こちらに向かってくるではないか。それが何なのかは、サーマンにもテナルにも分からなかった。だが、事前に情報を得ていたレイダーには分かった。“あれこそが、魚雷なのだ”と。

 

「司令、あれは……?」

「あれが、敵の水中自走爆弾だ! あの()()()()()がな!」

「何ですって!?」

 

 絶句するサーマン。

 海面を走る白い線の数は、尋常ではない。目視した限り5~60本はある。あれを、全部避けなければならないのか。

 テナルが絶望的な仕事をする傍ら、レイダーが大声で指示を飛ばす。

 

「全艦、海面の白い線を(かわ)せ! あれは“敵の攻撃”だ!」

 

 レイダーは十分な仕事をしたと言えるだろう。だが、遅きに失した。

 

ズズーン!!

 

 鈍い音と共に、空母「ラ・トウエン」の左側面に2本の真っ赤な水柱が突き上がる。それに続いて、他の艦艇にも続け様に真っ赤な水柱が突き立った。

 そんな中、戦艦「ラ・エルド」は艦首を左に振り、敵機が放った白い線を躱そうとする。姉妹艦の「ラ・マキシ」もこれに続いていた。だが、回避し切れなかった艦の方が圧倒的に多い。

 

《軽巡洋艦ラ・カシア、1発命中。舵故障、航行不能判定》

《空母ラ・トウエン、2発命中。第1機械室に浸水、排水不能。速力2ノットに低下……第2機械室にて爆発発生、機関部要員全滅判定。第1機械室に浸水多量、放棄判定。航行不能判定》

《巡洋艦ラ・ローア、2発命中。艦首大破、航行不能判定。艦内急速に浸水中の判定》

 

 次々と甚大な被害の判定を受け、航行不能に陥ったり、速力の大幅な低下を余儀なくされるムー海軍の艦艇。

 それを見て、サーマンはもはや言葉を失っていた。

 

「こ、こんな……馬鹿な……」

 

 列強ムーの誇る“第一線の艦艇”が、高が航空機、それもロデニウス連合王国という“第三文明圏外国”の航空機にやられ、次々と(判定で)沈められていく。願わくば、これが『ただの悪夢』であらんことを。

 だが、これは()ではない。()()である。

 

「馬鹿な……! 我が海軍の誇る艦艇が、こんなにあっさりと……!」

 

 何とか仕事をこなしながらも、テナルも絶句している。そこへ、艦橋の外から絶叫が飛び込んできた。

 

「こちら左舷見張り! 本艦左より敵攻撃多数接近!」

「しまった……! やられた、罠だ!」

 

 ことここに至って、ようやく敵の意図を悟り、レイダーは叫んだ。

 最初の爆撃も、その次の敵の水中攻撃も、全て仕組まれていたのだ。この2つの攻撃を凌ぎ切ったとしても、回避運動の余裕はもうほとんど無い。その無防備になった横腹に、あの大威力の水中攻撃を突き立て、止めを刺すことまでを敵は狙っていたのだ。

 第一撃の爆撃を回避しなければ、大被害は免れない。しかし、第一撃を回避すれば第二撃の水中攻撃が横っ腹を貫く可能性が高い。だが、回避できる可能性は“少ないながらも”有る。

 ところが、第二撃を回避してヨロヨロになった先に、第三撃が待ち構えていたのだ。しかも、第三撃はなんと第二撃より数の多い魚雷である。機体数は明らかに第三撃を担当する機体の方が少ないのに、“より多くの魚雷”を放ってきたのだ。

 

 なんと(あく)(らつ)で容赦の無い攻撃であろうか。そして、水中攻撃という未知の兵器があったとはいえ、“三段構えの精巧な罠”を見事に成功させるとは、敵の練度はどれだけ高いのだろうか。

 

 実は、この段階付けての攻撃はかなり難易度の高い技である。それも今回の罠の場合、第二撃……第601航空隊の雷撃に対する相手の回避運動まで見切り、ちょうど敵艦隊が脇腹を晒す格好のポジションに向けて突っ込み、完璧なタイミングで魚雷を投下したのだ。とんでもなく高い練度が無ければ、こんな罠は成功させられない。

 "加賀"と"赤城"、この一航戦の2人はこんな高難度の罠でも平然とやってのけるが、他の空母艦娘だと"(そう)(りゅう)"と"()(りゅう)"が()(ぐさ)隊と(とも)(なが)隊の力を合わせるか、"(しょう)(かく)"の「雷撃の神様」(むら)()隊の力を使わなければ不可能だ。いや、あと1人、"Graf(グラーフ)  Zeppelin(ツェッペリン)"配属の「魔王大佐」率いるシュトゥーカ隊も、難無くやってのける。だが、そんなトップエース連中でなければ不可能なほど、難易度が高いのである。

 ちなみに、何で“第三撃”を担当した「加賀」艦攻隊の魚雷が多いのかというと、"加賀"が改二で獲得したカタパルトを利用して、「流星」1機当たりに無理矢理2本の魚雷を持たせて飛ばしたからだ。なので、魚雷の数は36×2=72(本)となるのである。

 閑話休題(それはさておき)

 

「取り舵一杯! 何とかして躱せ!」

 

 テナルが大音声で命じた。

 操舵手が目一杯舵輪を回す。が、「ラ・エルド」はついさっき回避運動を終えて直進航行に戻ったところであり、排水量15,140トンの巨体はすぐには舵が効かない。

 敵の水中攻撃など知らぬげに直進を続ける「ラ・エルド」。その左側面に、多数の白い線がぐんぐん迫ってくる。

 

(まだか、まだか……! 頼む、避けろ!)

 

 レイダーは必死で祈る。隣に立つサーマンも、青い顔で海面の白い線を見詰めている。

 

「駄目だ、間に合わない! 当たる!」

 

 見張りが絶叫したその時、不意に「ラ・エルド」の巨体が勢いよく左に滑り始めた。やっと舵が効き始めたのだ。

 見えない手で引っ張られるように、急速に左へ回頭する「ラ・エルド」。そしてその艦体は海面の白い線の隙間に潜り込み、紙一重で回避に成功した。

 

「助かった……!」

 

 レイダーがほっとしたのも、束の間だった。

 

ズズーン! ズズウゥゥゥン……!!!

 

 複数の鈍い音が、背後で響いたのだ。

 

「しまった……!」

 

 何が起きたかを悟り、後ろを振り返って……予想通りの光景に悔し気な叫び声を上げるレイダー。

 彼の視線の先にあったのは、左舷に4本もの水柱を突き立てられ、()(もん)しているラ・カサミ級戦艦「ラ・マキシ」であった。そして、下された判定は。

 

《戦艦ラ・マキシ、4発命中。浸水急速拡大、対処不能。傾斜左40度……第一主砲直下に命中した敵攻撃により、同主砲弾火薬庫爆発。()()判定》

 

「おおおおお……!」

「馬鹿な……っ! こんなことが……こんなことがっ!」

 

 テナルとサーマンが揃って愕然とする。レイダーも言葉を失っていた。

 《戦艦は、航空機の攻撃では沈まない》。これが、ムー海軍(及び神聖ミリシアル帝国海軍)の常識である。いや、この二国を含めて「この世界」の常識と言っても良いかもしれない。

 しかし今、“航空機の攻撃”によって戦艦が撃沈判定を取られてしまった。それも、“ムー海軍の誇る最新鋭戦艦”、ラ・カサミ級が仕留められたのだ。

 この時、レイダー機動部隊の幕僚の脳裏に浮かんだのは、ある“1通の報告書”だった。「マイラス・レポート」と呼ばれるその報告書には、「戦艦は航空機には()()である」とはっきり記されていた。その根拠として、グレードアトラスター級戦艦に酷似する「ヤマト型戦艦」が、2隻も航空機によって撃沈された、という情報まで付けて。

 レイダーはレポートを読み、戦艦が航空機に沈められる可能性を考えていたが、サーマンやテナルはこれまでの常識に基付いて、“戦艦が航空機に沈められる筈がない”と考えていた。だが今、そのレポートの正しさが(演習によってだが)証明され、サーマンとテナルの常識は木っ端微塵に打ち砕かれた。そして覚悟していたとはいえ、レイダーが受けた衝撃も並みのものではなかった。

 

《空母ラ・スペチア、3発被弾。浸水急速拡大、対処不能。傾斜左35度……45度……60度……90度、転覆。轟沈判定》

 

 更に、無機質な判定アナウンスに追い打ちをかけられるレイダーたち一同であった。

 

 

「第一次攻撃隊より報告。『攻撃終了。敵鳳翔型空母5隻、戦艦4隻、ソノ他巡洋艦多数撃沈確実。敵残存艦ハ戦艦2、巡洋艦5ト推定。鎧袖一触ナリ。今ヨリ帰投ス。ヒトマルヒトヒト(10時11分送信、の意)』」

「了解」

 

 通信長妖精の弾んだ声による報告を聞いても、表情も口調も全く変えない"加賀"。だが、付き合いの長い艦橋勤務の妖精たちは、皆知っている。“顔に表れていないだけ”で、実は"加賀"の気分が高揚している、ということを。

 現在、彼女の格納庫は直衛の「紫電改二」を除けば空になってしまっている。第一次攻撃隊の報告が届く前に、彼女が「烈風」4機、「流星」10機を第二次攻撃隊として発進させたからだ。

 追撃の手は決して緩めない。それが彼女、"加賀"のやり方。"赤城"は技の精巧さを極めており、“最小限の戦力投入で最大限の戦果”を狙うが、"加賀"は相手の反撃を全て捻じ伏せ、力尽くで叩き潰す方法を好む。これがピタリと噛み合った結果、一航戦は他の空母戦隊と比較して“頭一つ抜けた”戦闘力を誇るのだ。……その2人に匹敵する戦闘力を()()()1()()()で叩き出す、頭のおかしい「空の魔王」もいるのだが。

 

「あと30分ほどで第一次攻撃隊が帰投するわ。格納庫と飛行甲板は攻撃隊の帰還に備えて待機。

それと、万が一に備えて、“艦隊決戦の準備”をしておきなさい」

「はっ……え?」

 

 一瞬、変な声を上げる副長妖精。

 攻撃隊の帰投に備えるのは、理解できる。しかし、空母で()()? 前のように20.3㎝砲を持っている訳ではないのに?

 ……そこまで考え、副長妖精は「ある考え」に至って、驚きつつも納得した。なるほど、そういうことか。

 

「え? しかし艦長、本艦が砲戦に使える武装なんて……」

 

 砲術長妖精も同じ疑問を抱き、"加賀"に質問する。それに対し、彼女は平然と命令した。 

 

艦首軸線砲を使用しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 一瞬、"加賀"が何を言っているのかが理解できず、砲術長妖精が首を傾げる。「え?」の一言を捻り出すのに、たっぷり5秒かかった。

 

「復唱はどうしたのかしら? 艦首軸線砲を使用しなさい」

 

 固まっている砲術長妖精に対し、表情筋1つ動かさず、"加賀"は同じ指示を出した。ここに至って、やっと砲術長妖精は"加賀"の命令を理解する。

 

「か……艦首軸線砲!? よろしいのですか!?

あれは、テストの時に1発撃ったっきりの装備です! 効果測定こそやりましたが、ここはいわば“実戦”です! 使えば何が起きるか……」

「そう、ここが()()()()()からよ」

 

 砲術長妖精の意見に、"加賀"の発言が割り込んだ。

 

「貴方の言う通り、()()()あれを撃ったらどうなるかが分からない。だからこそ、“本物の実戦”になる()に、なるべく“実戦に近いこの場”で試し撃ちをしておく必要があるわ。“欠陥がある兵器”を、前線に持ち込む訳にはいかない。

わかったら、早く準備をしなさい。あと、艦首軸線砲の使用許可を提督に意見具申しなさい」

「……はっ!」

 

 "加賀"のこの意見に、ついに砲術長妖精が折れた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その約30分後、ムー海軍艦隊。

 

「まさか、こうなるとは……。航空攻撃だけで、55対4から1対4にされるとはな……」

 

 呟いたレイダーの声はかなり沈んでいる。それも無理はないだろう。

 今や、彼の乗る「ラ・エルド」に後続している艦は、1隻も無くなってしまったからだ。ロデニウスの空母から発進した第二次攻撃隊の攻撃により、ムー海軍艦隊の残存艦は、僅かに旗艦を残すのみとなってしまったのである。

 レイダーにとっては、かなりショックであった。自国の最新鋭艦を配備した空母機動部隊を含む55隻もの大艦隊が、高が空母4隻にここまでやられるとは思わなかったのだ。

 

「司令。我々の優位は、まだ失われていません!」

 

 参謀長を務めるサーマン准将が声を励ました。

 

「確かに、我々は甚大な被害を負いました。数でも逆転されています。ですが、相手は空母です。()()()()()()()はありません。

こうなれば、敵が第三次攻撃隊を送ってくる前に、全速で敵空母との距離を詰め、艦隊決戦に持ち込むしかありません。艦隊決戦となれば、“砲火力に優れる”我々が勝てます!」

「うむ!」

 

 サーマンの意見は尤もであり、レイダーも力強く頷いた。

 実際、水上砲戦に限ればムー海軍の方がロデニウス海軍より有利だ。片や戦艦、片や空母。砲戦能力の差は歴然だ。ならば、敵空母が強力な攻撃隊を送ってこないうちに、距離を詰めて砲撃戦で勝つしかない。

 

「水平線上に敵艦捕捉しました! 本艦隊の左前方、11時の方向です!」

「よし、追い付いたか!」

 

 これで勝てるだろう。だが、油断は禁物だ。

 

(このまま全速で敵空母との距離を詰める! そして砲撃で敵空母を叩きのめして、勝利だ!)

 

 レイダーが勝利への決意を新たにした、その時だった。

 

「あの……司令?」

「む、どうした? 艦長」

 

 戦艦「ラ・エルド」艦長テナルが、遠慮がちにレイダーに話しかけてきた。

 

「敵の空母なんですが……何か、艦首部分が“青白く光って”ませんか?」

「本当か?」

 

 レイダーが双眼鏡で確認すると、敵の空母は針路を変え、こちらに艦首を向けたところだった。なるほど、確かに敵空母の艦首が青白く光っている。

 

「何だ、あれ?」

「さて……私にも分かりかねます」

 

 レイダーとテナルが言葉を交わし、サーマンも困惑した視線を敵の空母に向けていた時、その青白い輝きが一際大きく光り、そして……

 

 

「面舵40度、敵戦艦に艦首を向けなさい」

「おもーかーじ、40度ようそろ!」

 

 一方、「加賀」の方でも敵艦隊の接近を捕捉していた。

 既に堺からは「艦首軸線砲の使用許可」が出ており、発射準備が進められている。

 

(敵は戦艦1……陣形は単縦陣ね。都合が良いわ)

 

 "加賀"がそう考えていた時、

 

「電力チャージ100%! 発射準備よし!」

「目標、敵敷島型戦艦! 測的よし、照準よし、装填よし! 射撃用意よし!」

 

 ついに、全ての準備が整った。

 

「これで決めるわ。艦首軸線砲、発射

「はっ! 電磁投擲砲(レールガン)発射!」

 

 砲術長妖精が"加賀"の命令を復唱し、カチリと音を立ててトリガーを引いた。

 次の瞬間、

 

シュイイイィィン……ドオオオオッ!!

 

 艦首の方で轟音が轟く。そして、青白い電光と赤い砲炎が強く迸った。一瞬後、大気を引き裂いて砲弾が飛び出していく。

 そう、「加賀」の艦首には、とんでもない兵器が搭載されていたのだ。それが、「45口径41㎝単装艦首軸線電磁投擲砲」。分かりやすく言えば、「(なが)()型戦艦の主砲の弾を発射するレールガン」だ。

 元々「流星」艦上攻撃機などが装備する800㎏爆弾の中には、長門型戦艦の主砲の徹甲弾を改造した徹甲爆弾が存在する。その爆弾の原料となる長門型戦艦の砲弾を“そのまま”積み込み、一部をこのレールガンの砲弾に転用しているのである。

 

 何でそんな「ヤバい」もの搭載してるのかって? "加賀"の意向だから仕方無い。というのも彼女、第二次改装の際に「1門で良いから大和(やまと)型戦艦でも叩き潰せる砲を持たせろ(意訳)」という要求を出してきたのだ。もちろん堺は「何でわざわざそんなの載せなきゃならないんだ」と否定気味に尋ねたが、彼女はそれを“一言で”ぶった切った。

 

『私、戦艦として活躍する夢を、まだ完全には諦めていないので』

 

 いやお前こだわりすぎだ、とは突っ込まないであげてほしい。

 これには堺も反論できず、「何も、艦首軸線砲にしてまで大口径砲持たなくても良いだろうに……」とぶつくさ言いながらも、彼女の要求を承認したのであった。こうして"加賀"は、「長門型戦艦主砲のレールガン」という、大和型戦艦の主砲より威力の高いトンデモ兵器を装備するに至ったのである。

 

 

 発射された口径41㎝の大型徹甲弾…の演習弾は、強烈な閃光と共に大気を引き裂いて飛翔し、ほんの一瞬後に戦艦「ラ・エルド」を直撃した。

 激しい揺れと衝撃音が「ラ・エルド」を襲う。「ラ・エルド」の艦橋は大揺れに揺れ、レイダー少将・サーマン准将・テナル大佐以下の艦橋要員全員が、その場に転倒する羽目になった。

 

「な、何が……何が起こった……!?」

 

 起き上がりながらレイダーが叫んだ時、その判定は下された。

 

《ムー海軍戦艦「ラ・エルド」、敵攻撃命中。艦橋大破、艦橋要員総員戦死判定。第一・第二煙突大破。第一・第二主砲塔大破、弾火薬庫爆発、轟沈判定》

 

「な……!」

 

 レイダーは愕然とした。両足の力が抜けていくのが、手に取るように分かる。

 

「そんな……それでは……!」

 

 レイダーの叫びは、新たな判定通信によってかき消された。

 

《状況終了。ムー海軍艦隊、首都防衛艦隊、空母機動部隊共に全滅。本演習は、ロデニウス海軍艦隊の勝利です》

 

 そう、レイダーが気付いた通りであった。ムー海軍の艦隊は()()してしまったのである。戦艦・空母・大小の巡洋艦合わせて55隻もの艦隊が、“たった4隻の空母”の攻撃で全滅してしまったのだ。

 かくて、マイラスたちの懸念は見事に“現実のもの”となったのである。

 

 

〈演習の最終結果〉

 

ムー統括海軍連合艦隊

艦艇、航空機共に全滅

 

ロデニウス連合王国海軍空母部隊

艦艇の被弾無し。空母「天城」所属の「流星」1機撃墜判定、空母「加賀」所属の「紫電改二」1機、着艦失敗により大破、廃棄決定

 

判定:ロデニウス艦隊の完全勝利




はい、というわけで演習はロデニウス艦隊の完全勝利で終了。まあ、そうなるな。とは、戦闘詳報を読んだどっかの航空戦艦娘談です。
そして加賀さん、アンタなんて兵器持ってるんですか…。しかも、青白い閃光を放つ艦首軸線砲って、つまりは「アレ」のリスペクトじゃないですか…もしかして加賀さん、こっそりアニメ見てたりします?(この後うp主は急降下爆撃で吹っ飛びました)

なお"加賀"の「私、戦艦として活躍する夢をまだ完全には諦めていないので」という発言について解説すると、「加賀」は元々は戦艦として建造されていたのです。それも八八艦隊の3番艦であり、長門型戦艦より強力な「加賀型戦艦」のネームシップとなる予定でした。しかし、紆余曲折あって「赤城」と共に空母として完成することとなったのです。
加賀さんは、その戦艦となるはずであった自身の運命に思いを馳せ、今の空母としての活躍も良いが、戦艦として敵を蹂躙するのも悪くないと思っているのです。

デストロイヤー? ドリフターズ? 申し訳ありません、いったい何を仰りたいのか、理解できないのですが…。
ムー国のとある老外交官「私の言い回しをパクらないでくれ」


UA40万突破、お気に入り1,900件突破…! 本当に、ご愛読ありがとうございます!!

評価6をくださいました花浜匙様
評価9をくださいましたtomose様
ありがとうございます!!
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次回予告。

大方のムー海軍軍人たちの予想を完全に覆し、そしてマイラス、リアス、ラッサンの予想通りに「ロデニウス連合王国艦隊の完全勝利」で終わった模擬戦。その結果に驚愕しつつも、ムー国政府は意を決し、同盟の締結を決断する…
次回「誕生、ムロ同盟」

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