鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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今回はまず古代神話の調査。そしてついに、あの神聖ミリシアル帝国が動き出します。



099. 古代の神話と最強の国家

 中央暦1641年2月15日、ロデニウス連合王国 クワ・トイネ州。

 クワ・トイネ州はかつてのクワ・トイネ公国なのだが、その領土の一角に「リーン・ノウの森」と呼ばれる森がある。そこは“エルフ族の聖地”とされる場所だ。夏になればむせ返るほど濃い緑に包まれる深い森である。今の季節は冬であるため、木々の茂り方は夏に比べれば衰えているが、それでもフィルアデス大陸の並の森林よりは茂っているだろう。

 小川には澄んだ水が流れ、辺りには水の流れる音と小鳥たちの(さえず)る声が聞こえる。

 

 そんなリーン・ノウの森の入口で、ハイエルフ族の少女ミーナと少年ウォルは客人を待っていた。但し、2人とも“見た目”は少女と少年に見えるが、()()()は100歳以上である。エルフ族は、特に幼い時は見た目の幼さに比して、年齢は凄まじい勢いで上がっていくため、見た目と年齢が釣り合わないのである。恐るべしエルフ族。

 

「聖地にヒト族を入れるのは……嫌だな」

 

 ウォルが呟く。彼の生きている間に、聖地にエルフ(ハイエルフ含む)以外の種族が入ったことは無いのである。歴史をたどったとしても、エルフの神がいた時代……聖地リーン・ノウの森が「神森」と言われていた時代に、魔王軍が攻めて来た際、種族間連合が最後の砦として利用したことが、リーン・ノウの森に異種族が立ち入った“最初で最後の事例”なのだ。

 

 現在は、特に緊急時という訳でもない。然るに、エルフ以外の種族を“聖地に入れる”のは以ての外だ。ウォルはそう考えていた。

 

「ウォル! お客人の前ではそんなこと言っちゃダメだよ! 今日来るのは、ヒト族といっても、転移してきた日本とかいう国の人なんだから!

かつてロウリア王国の侵攻からクワ・トイネ公国を救い、そしてエルフの村の皆が疎開している時に、ロウリアの騎馬隊の襲撃から仲間を助けてるのよ! 言うなれば仲間たちの命の恩人よ!

しかも、あのパーパルディア皇国の打倒すら成し遂げた、凄い人だって聞いたわよ!」

 

 若干熱が(こも)った声でまくし立てるミーナに対し、ウォルの反応は冷めていた。

 

「ミーナ、お前は呑気だな。

パーパルディア皇国打倒においてその人が担った仕事は、確かにあったかもしれない。けど、1人でできることなんて高が知れているし、おまけにそれを(かさ)に着て、こっちに高圧的に出てくるかもしれないじゃないか!」

 

 ウォルがそう言って不信感を露わにした、その時。

 

グオオオオン……

 

 どこからか、聞いたことのない“奇妙な軽い音”が聞こえてきた。どうやら上の方から聞こえてくる。2人は揃って音のする方、つまり上空を見上げ、……そこで固まった。

 

「な……何だ、あれは!?」

 

 ウォルがすっとんきょうな声を上げる。そこには、“羽ばたかない翼”を持つ奇妙な物が、鼻先を高速で回転させながら飛んでいた。

 それは、旧大日本帝国軍が開発したSTOL機「三式指揮連絡機」。通常の航空機に比べて、短い距離の滑走で飛び立つことのできる優れ物であり、深い森で暮らすことの多いハイエルフの2人にとっては、初めて見る物である。

 

「まっ、まさか……あれって、空飛ぶ船か!?」

 

 腰を抜かさんばかりに驚くウォル。その時、ミーナの目は“ある物”を捉えた。

 

「あそこ! 翼の先を見て!」

 

 その羽ばたかない飛行物体の翼の先端には、大きく“赤い円”が描かれていたのだ。そしてそれは、“エルフ族に伝わる神話”の中で何度も出てくる「太陽神の使い」の印と一致していた。

 

「嘘だろ!? あれって……同じ印!?」

「偶然なの? それとも、まさか……」

 

 この時2人の脳裏をよぎったのは、「太陽神の使い」の伝承である。

 2人が呆然と見ているうちに、「三式指揮連絡機」は着陸し、ゆっくりと滑走して彼らの目の前で止まった。そして、中からヒト族が2人出てくる。青い衣服を身に着けた男性が1人、そして白い服と赤いミニスカートを身に着けた女性が1人。その2人のうち男性の方が彼らの前に進み出て、敬礼しながら自己紹介を行った。

 

「お初にお目にかかります。私はしがない歴史好きにして、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官の堺 修一と申します。急なお願いにも関わらず、今回聖地を案内していただけるとのことで、深く感謝致します。

こちらは私に同行してきている、大和(やまと)という者です。本日はよろしくお願い致します」

 

 言い終わった後、堺と"大和"は敬礼の構えを解き、深々と頭を下げた。

 カルアミーク王国と接触し、また時を同じくして魔王ノスグーラを討伐して以来、ロデニウス連合王国の外務省や軍部とは別に、堺は()()()()「古の魔法帝国」や「魔王ノスグーラ」について情報収集に乗り出していた。職務の合間を縫って神話も含めて歴史書を読み漁り、これまでに泊地に集積された戦闘データなどと比較していたのだ。そして今回、「ロデニウス大陸内にかつて魔王軍を退けた『太陽神の使い』が使用していた、空飛ぶ船が保存されている」という情報を得て興味を持ち、調査の希望を外務省に提出して許可を得た。そしてここ、リーン・ノウの森に来た、という訳である。

 

「は……はい。本日は私ミーナと、こちらのウォルが案内致します。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 てっきり、“横柄な態度の大柄な軍人”が出てくるものと思い込んでいた2人は、堺の線の細さとオーラの無さ、そして予想外の物腰の低さに驚いていた。だが、すぐに自分たちの仕事を思い出す。

 

「ではこちらにどうぞ。少し歩きますよ」

 

 2人のハイエルフの先導を受け、2人の人間はリーン・ノウの森へと入っていった。

 

 

 約2時間後。

 

「ハア、ハア、ハア……ま、まだ着かないのですか?」

「この道程は、流石に少しきついですね……」

 

 2人のハイエルフが平気な顔をして歩き続けている一方で、堺は完全にヘトヘトになってしまっていた。並の人間よりは、下肢を鍛えている艦娘である"大和"にも、これは流石に道程が長かった。何しろ道自体が平らではなく(でこ)(ぼこ)しており、下生えが茂っていたりするため歩き難かったのだ。

 

「あら、もうバテてしまったのですか? フフ……あのパーパルディア皇国を打ち倒した勇敢な方だと聞いていたのですが、少し意外ですね」

「はは……私は、軍人の中でも“鍛え方が足りない”方なもので」

 

 堺の質問に、ミーナは笑って答える。それに苦笑いする堺。

 

「本当にあともう少しで着きますので、頑張ってください」

「分かりました。しかし……ここは凄い所ですね。方位磁石の針も安定しないし、案内が無ければ絶対にたどり着くことが出来無さそうです」

 

 堺が手に持っていた方位磁石は、針が完全に荒ぶってしまっていた。それこそランダム羅針盤のように。

 

「神話の時代において、魔王軍の侵攻に対する種族間連合()()()砦として使われた場所ですので、守りが厳重なのですよ。()()()を聞けないと、迷ってしまいます」

「森の声? 鳥の声や木々のざわめきではなく?」

「ええ、そういった物とは全く異なるものです」

 

 話をしながら進むことさらに5分、やっとのことで彼らは草で覆われた建物の前に着いた。ドームのような形状をした建物だ。草の下に見え隠れする石材の様子から、建築されてからかなり長い時間が経っていることが、堺には容易に窺えた。

 ミーナは建物の前で振り返ると、2人の人間に対して説明を開始した。

 

「この中にあるのは、エルフ族にとっての文字通りの『宝』です。

ご存じかもしれませんが、神話の時代に魔王軍はロデニウス大陸に侵攻してきました。魔王の魔力は圧倒的に強く、各種族は魔王に対抗するために種族間連合と呼ばれる連合軍を組織し、魔王軍に対抗しました。しかしそれでも魔王は、そして魔王軍は強かった。種族間連合は敗退を繰り返し、歴戦の猛者の多くが散っていきました。

そして、種族間連合はフィルアデス大陸から撤退を余儀無くされ、このロデニウス大陸に逃れ……そこでも敗戦と後退を繰り返し、最終的にはエルフの聖地『神森』……この森まで撤退致しました。

ちなみにですが、魔王軍の目的は神森を焼き払うと共に、魔力が高く厄介な存在のエルフ族を、根絶することだったようです。

このままでは、エルフ族が全滅してしまう……危機感を募らせたエルフの神は、創造主である太陽神に祈ります。そして太陽神は願いを聞き届け、自らの……太陽神の使いをこの世界に降臨させました。

太陽神の使いは、空を飛ぶ神の船や鉄の鎧を着た地龍を使い、雷鳴の轟きと共に大地を焼く強大な魔導を以て、魔王軍を焼き払いました。そして、最終的には魔王軍をグラメウス大陸まで追い返し、この世界から去っていったのです。

その太陽神の使いたちが元の世界に帰る時、故障した神の船を1つ、この中に残して帰っていきました。エルフ族は、今では失われた時空遅延式魔法をその船に使い、この中で保管することにしました。ちなみに伝承によれば、神の船はその船体の前部から黒い血を吐き、動かなくなった、とあります」

 

 説明が終わる。

 

「この中に、そのような神聖なものがあるのですね。そのようなものを特別に見せて頂けるなんて、ありがたい限りです」

 

 呼吸を整えた堺が感心する中、ミーナは草に手を当て、何か呪文のようなものを唱える。すると、建物はまるで生きているかのように動き、草と石材が消えて入口が現れた。

 

「お待たせしました、どうぞ中へ……」

 

 ミーナに案内され、堺と"大和"は中へ入る。太陽の光が届かない筈なのに、中は明るかった。

 彼らの目の前には、光のカーテンがある。

 

「このカーテンの中に、神の船があります。どうぞ、前へお進みください」

 

 ミーナに言われてカーテンを潜り、「太陽神の使いの船」とやらを一目見た瞬間、

 

「「なっ!?」」

 

 堺も"大和"も、一瞬にして固まった。

 

「おい……これは……!」

「提督、これって……!」

 

 絶句してしまっている堺と"大和"に、ミーナが尋ねた。

 

「どうされました? 確かにこれは私たちの宝であり、この世界のものではありませんが……何をそんなに驚いているのですか?」

 

 だが、堺たちの驚きも無理のない話だった。

 ミーナのいう「太陽神の使いの空飛ぶ船」……それは、堺と"大和"には単発のレシプロ航空機に見えた。というか、明らかに航空機である。

 3翅プロペラを機首に持ち、エンジン部分は黒、それ以外の部分は白に塗装された機体。コクピットに設けられた座席は1人分であり、それは涙滴型になった風防ガラスの中に収まっていた。低翼配置された主翼は、その先端が丸くなっている。そして主翼先端と胴体後部には、()()()が描かれていた。

 それを見て、驚愕に震える堺の口から呟きが漏れた。

 

「零式艦戦……21型……?」

 

 そう、そこにあったのは、旧日本海軍が誇った「零式艦上戦闘機」、それも初期生産型である21型であった。第二次世界大戦における大日本帝国の代表的な戦闘機であり、太平洋戦争前期に発生した真珠湾攻撃やセイロン沖海戦、珊瑚海海戦、ミッドウェー海戦等において凄まじい性能を発揮し、アメリカやイギリスから「ゼロ・ファイター」と恐れられた戦闘機である。

 そして、「この世界」に転移したタウイタウイ泊地にも、零戦21型は装備されていた。主に基地航空隊の護衛戦闘機として。

 

(これはいったいどういうことだ……? これ、「太陽神の使いの空飛ぶ船」とやらなんだよな? だとしたら、「太陽神の使い」って、まさか日本軍なのか? でも、日本軍がこんな世界に展開していた、なんて記録は見たことがないぞ……)

 

 素早く頭を回転させながら、堺はミーナに尋ねた。

 

「失礼ですが、もう少し近付いて見ても良いですか?」

「ええ、構いませんよ」

 

 ミーナから許可を得て、堺と"大和"は「太陽神の使いの空飛ぶ船」……もとい零戦21型に近付き、観察を始める。

 

「着艦フックありますし……やっぱり21型ですね。ということは、さっきの話とこれから考えて、『太陽神の使い』とやらは戦艦と空母を伴っていたのでしょうか?」

「ああ、多分そうじゃないかな。ん? おい見ろ、この尾翼の機体ナンバー……」

「XI-105? おかしいですね、うち(タウイタウイ)の航空戦隊のアルファベットは……」

「AからEまでのいずれかしかない筈だ。なのにXとは……もしかして、“記録に残ってない空母”が建造されてたのか? まさかとは思うが、()()の妹が空母になってこっちに来てました、なんてことないだろうな?」

()()ですね。確か建造途中で建造中止、その後標的艦にされた筈ですが」

 

 機体を見詰めながら、何やらぶつぶつと呟く2人。

 謎である。何故零戦なんて代物が、こんなところに置いてあるのだろうか? もしかして、「太陽神の使い」とは旧日本軍なのだろうか?

 

「あの人たち、どうしたのでしょう? 神の船を見た途端に様子が変わりましたが……」

 

 ミーナが呟いた時、その肩をウォルが小突いた。

 

「おいミーナ。神の船の翼の印……」

 

 そう言われて、ミーナもやっと気付いた。「太陽神の使いの空飛ぶ船」の翼に描かれていたのは、赤い円。そしてそれは、2人の人間が乗ってきた空飛ぶ船の翼に描かれた印と一致していた。

 

「似たような形してるし……まさかとは思うが……」

「あの人たちって、太陽神の使いの孫辺りなの……?」

 

 ハイエルフの2人にとっても、謎は深まるばかりであった……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同日、第一文明圏(中央世界とも呼ばれる)列強神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス。

 

「それでは、これより出発します」

 

 自他共に認める、世界最強の国家にして最大の列強国たる神聖ミリシアル帝国は、第三文明圏よりもさらに東にある文明圏外国家ロデニウス連合王国に対し、来年に予定されている先進11ヶ国会議への参加要請と国交開設の準備のため、総勢30名にも及ぶ先遣使節団を派遣しようとしていた。既に、全ての人員がルーンポリス郊外にあるゼノスグラム空港に集合しており、専用機の準備も完了している。後は乗り込んで飛び立つだけだ。

 

 この使節団の中で、主立った人物をざっと挙げると、代表外交官のフィアーム、情報局員のライドルカ、武官のアルパナ、技官のベルーノなどが挙げられる。何故武官や技官がいるのかというと、国交開設の準備を行うのと同時に、ロデニウス連合王国の力を……特に軍事力と技術を確認するためである。

 

 世界に冠たる神聖ミリシアル帝国である以上、もちろん航空機がある。使節団が利用するのは、そうした航空機の1つだ。但し、神聖ミリシアル帝国では「航空機」という呼称ではなく、「(てん)の浮舟」という呼称が用いられている。駐機場に止められた、白色に塗られた機体がそれだった。一見して旅客機のそれと分かる、多数の窓が付いた細長い胴体から主翼が()()に突き出ており、その主翼の下にはタマゴ型のエンジンらしき機構が左右1つずつぶら下げられている。「ゲルニカ35型」と呼ばれる、この天の浮舟の性能は以下の通りであった。

 

・航続距離 4,200㎞

・巡航速度 時速310㎞

・エンジン 魔光呪発式空気圧縮放射エンジン(ジェットエンジンみたいなもの、と捉えてもらえばよろしい)

・燃料 高純度発青魔石

 

 現代地球に生きる日本人がこの機体を見たならば、不思議な型をした航空機に見え、違和感を覚えるだろう。主翼下にぶら下げたエンジンには不思議な紋様らしきものが刻んであり、プロペラが無い。そのため()()ジェット機のようにも見える。しかし、速度が巡航速力で時速310㎞程度しかないため、後退翼ではなくテーパー翼(機体から見て真横に真っ直ぐ伸びた翼)である。日本の旅客ジェット機といえばどれも後退翼を持っているから、“翼形と推進機構のミスマッチさ”が違和感の原因になるのであろう。

 

 今回の派遣先は遠く、天の浮舟ゲルニカ35型で向かうにしても、途中で燃料となる液体状魔石の補充が必要となる。そのため、神聖ミリシアル帝国は外務省を通じて技術大国ムーの支援を取り付けていた。その結果、使節団の乗る天の浮舟は一旦アルタラス王国のルバイル空港で燃料となる魔石を補充し、その後ロデニウス連合王国西部にある港湾都市ピカイアの空港に降り立つ予定となっている。

 ロデニウス連合王国本土に降り立った後は、観光を兼ねてロデニウス連合王国ロウリア州やクワ・トイネ州を中心とする各地を視察しながら大陸第一横断鉄道で移動し、その後首都クワ・ロデニウスで国王への謁見、さらには外務大臣級の閣僚との会合。最後に、クイラ州を通過する大陸第二横断鉄道を利用してロデニウス大陸をほぼ一周し、ピカイアに戻る。これらには約1週間の期間が見込まれている。もちろん、ロデニウス国内における移動は、全てロデニウス側が準備する。

 その間に、天の浮舟はムーが用意した高純度発青魔石による燃料補給と簡易的な点検をピカイアで行い、フライトの準備をしておく。そして、使節団はピカイアを発ち、帰りに再度アルタラス王国で燃料補給し、帰国することとなる。

 

 ゲルニカ35型天の浮舟に乗り込んだ情報局員ライドルカは、荷物を棚に置いてシートに深く腰かけた。

 これから自分が向かうのは、ロデニウス連合王国。東の第三文明圏における唯一の列強国だったパーパルディア皇国を滅ぼすという、信じ難いことをしていった第三文明圏外国。……そして、“グレードアトラスター級戦艦擬きを1人の女性の中に隠す”という、魔法を以てしてもあり得ないようなことをしている国家だ。第三文明圏外だからと言って、決して侮ることのできる国家ではない。

 その時、

 

「はぁ……」

 

 溜め息が聞こえた。ライドルカが右側を見ると、彼の隣の席に外交官フィアームが座っていた。その表情はどこか嫌そうだ。

 

「フィアームさん、どうかしましたか?」

 

 ライドルカが尋ねると、フィアームはライドルカの目を見て話し始めた。

 

「事前に説明は受けましたが……中央世界の、しかも()()()()()()()()()()の外交官たる我々が、わざわざ自分から第三文明圏のさらに東の文明圏外国家に足を運ぶ……()()()()()()が気に入らないのです」

 

 1つ小さな溜め息を()いて、フィアームは話を続けた。

 

「ロデニウス連合王国……あの国は“パーパルディア皇国に勝った国だ”と説明を受けましたが、私は違うと思うのです。あの国は元々属領を恐怖で支配しており、その結果国内に不満分子を多く抱えていました。ロデニウス連合王国は、そこを上手く突いただけではないか、と思うのです。

大体、第三文明圏は『文明圏』と呼んで良いものか、と私は思っています。確かに“独自の文明”は持ってはいますが、未だにワイバーン以外の飛行方法すら確立されていないではないですか。私から見れば、第三文明圏そのものが、“土地だけは広いが文明レベルの低い集合体”にしか見えないのです。

今から行く国は、そんな第三文明圏からも“さらに外れている”というではないですか。第三文明圏から外れると、文明レベルの低さは折り紙付きになります。

私はまず、この天の浮舟が()()()()着陸できる、滑走路があるのかが心配ですよ」

 

 フィアームのあんまりな言い方に、ライドルカは小さく抗議した。

 

「滑走路についてはご存知のとおり、ムーにもきちんと確認を行っているので大丈夫です」

「そうは言ってもねぇ……そういえば、今回の派遣はあなた方情報局が主体となって提案したらしいですね。まずは情報局()()で情報を集めてくるべきなのではありませんか?

我が国、神聖ミリシアル帝国は、ナンバーワンという()()()()があります。国交を結ぶにしても、まずはロデニウス連合王国から来させるように工作くらいはして欲しかったものですよ」

 

 これには情報局の手落ちじみた部分もあるため、ライドルカは素直に謝罪した。

 

「不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ですが、ロデニウス連合王国は建築技術等は一旦置くとしても、軍事力は決して侮れないものがあります。あの国を直接見ていただければ、色々と感じることがあるかと存じます」

 

 そんな会話をしているうちに、「ゲルニカ35」は誘導路を通って滑走路に出ていた。管制塔から離陸許可が出され、機体は翼下のエンジン後方から青い光を発しながら滑走する。やがて「ゲルニカ35」はふわりと浮き上がり、東を目指して飛び立っていった。目的地はアルタラス王国、そしてその先にあるロデニウス連合王国である。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その翌日、中央暦1641年2月16日。

 神聖ミリシアル帝国国交使節団を乗せた天の浮舟「ゲルニカ35」は、アルタラス王国のルバイル空港に着陸しようとしていた。既に機体は地上に向けて降下しており、今にも滑走路に降り立たんとしている。

 やがて、機内にドスンという音が響き、軽い衝撃が突き上がった。着陸したのだ。

 滑走路を離れ、誘導路を通って搭乗口へと向かう「ゲルニカ35」。やがて動きを止めた機体にタラップがかけられた。液体状魔石の補給に少し時間がかかるため、パイロットも乗員もしばらく休憩となるのだ。

 今のうちに少し身体を動かしておこうと、外交官フィアームは機体を降りる。その少し後ろに、同じことを考えた情報局員ライドルカが続いた。

 如何に第三文明圏外と言われるアルタラス王国といえど、空港の敷地は広く、施設も立派なものだ。流石は列強ムーというべきだろう。

 

(はぁ……(ゆう)(うつ)だな……)

 

 フィアームがそんなことを考えていた、その時だった。

 彼女の目は、空港のすぐ隣にある巨大な駐機場に向けられた。今しも1機の機体が、主翼に取り付けられた計4つのプロペラを回しながら滑走路に向けて進んでいる。それは「ゲルニカ35」よりも大きな機体だった。

 

「ほう、流石はムーだ。あんな巨大な機体を持つなんて……いつの間にか()()()()()()()を配備していたのだな」

 

 彼女が呟いた時、

 

「いいえ。あれは“ムーの機体では()()”そうです」

 

 ライドルカが口を挟んだ。

 

「何? では、あれはどこの機体だ?」

「信じられないかもしれませんが……情報局が仕入れた情報によれば、あれは“ロデニウス連合王国軍の大型爆撃機”です」

「……え?」

 

 フィアームが、ライドルカの言葉を理解するのに3秒かかった。

 

「嘘じゃないか!? ()()()()()()()に、あんな機体が持てる筈がないでしょう!」

「はい、“普通に考えれば”持てません。……ロデニウス連合王国を除いては。

旧パーパルディア皇国にいた、我が国の複数の武官によれば、ロデニウス連合王国はあの機体を用いて、パーパルディア皇国各地を爆撃していたようです。それも、“ワイバーンも及ばない高空”を飛行していた、と…」

「馬鹿な!? そんな機体、第三文明圏外国()()に持てる筈が無いではないですか!」

「ええ。ですが、ロデニウス連合王国はあれを保有しているのです。おそらく50機以上も」

「………」

 

 言葉を失ったフィアームの前で、4発レシプロエンジンの機体……ロデニウス連合王国陸軍戦略航空軍所属の「B-29改 スーパーフォートレス」は滑走路を走り出し、地面を蹴って飛び立っていった。レシプロエンジンの轟音を高く轟かせ、蒼空の彼方へと消えていく。

 

「あれが、ロデニウスの機体……」

「あと、あの機体以外にも“単葉機”を多数配備しています。ムーの航空機に見られる、プロペラという機構を用いて推進しているようですが、制空戦闘型と見られる機体の場合、我が国の『エルペシオ3』にも匹敵し得る速度を出しているか、と見られます」

「何……!?」

 

 まさかの情報に、フィアームは目を剥いた。

 

「そ、そんな速度を出せるのか!? ロデニウス連合王国の制空戦闘型天の浮舟は!?」

「はい。それに、運動性能自体も高いようで、何と彼らの機体は()()で、ワイバーンロードや新型らしき大型のワイバーンを追い回し、“格闘戦”でこれを撃墜していました。エストシラントにあった我が国の大使館付武官からの報告ですから、まず間違いないでしょう」

「……一応聞きたいのだが…我が国の制空戦闘型天の浮舟の戦闘方法って、『一撃離脱』じゃなかったですか?」

「そうです。運動性が良くないので、速度を生かした一撃離脱が戦術になります」

 

 神聖ミリシアル帝国の制空戦闘型天の浮舟…「エルペシオ」と名前が付けられるその機体は、推進方式が「魔光呪発式空気圧縮放射エンジン」なるものになっている。パッと聞いた限りではどんなものかイメージしづらいが、要は“ジェット機”である。

 皆様はジェット機と聞いて、どんな機体を思い浮かべるだろうか? 答えは千差万別だろう。「F-15イーグル」とか「MiG-25」とか「JAS-39 グリペン」とか、それこそ無限に答えが出るだろう。

 では、神聖ミリシアル帝国のマジックジェット……もといエルペシオシリーズの性能はどの程度かというと、地球で言うなら(れい)(めい)()のジェット機レベル。つまり、Me262や「(きっ)()」などといった機体と同レベルの性能なのだ。こうした黎明期のジェット機の特徴は、速度は速いのだが加速性能や運動性能がレシプロ機に劣る、というものが上げられる。つまり、エルペシオも加速性能や運動性能は低いのである。

 従って、ミリシアル空軍の戦闘教義(ドクトリン)は「一撃離脱」であった。ワイバーンで最高時速235㎞、ワイバーンロードで最高時速350㎞、ムー国の複葉戦闘機「マリン」で最高時速380㎞に対して、最新型の「エルペシオ3」は最高時速530㎞を出せる。この速度差を利用し、高所から一撃離脱戦法を仕掛ける。仕掛けた後は速度差を利用して敵を振り切りながら高度を稼ぎ、再攻撃のチャンスを窺う。これが、ミリシアル空軍のドクトリンなのである。

 

 しかし、ロデニウス軍の航空機は、自国の制空戦闘型天の浮舟と同等クラスの速度に加えて、低空でワイバーンロードに格闘戦を挑んで勝利できるほどの運動性も併せ持っている。これは、フィアームにとっては衝撃であった。何故なら、運動性能も加味した総合性能では、ロデニウス連合王国の航空機が自国の「エルペシオ3」よりも高性能である可能性が出てきたからである。

 

 ここで、もう察しの良い方は気付いただろう。

 そう、この「エルペシオ3」は最高時速が()()()()5()3()0()()という、ジェット機にあるまじき遅さなのである。どれくらい遅いのかというと、第13艦隊に配備された「橘花改」でも時速700㎞を出せるので、()()()()()()()()()()()()()()()()()レベル。もっと言うと、第13艦隊や基地航空隊の主力戦闘機「零戦52型」(最高時速565㎞)や「(れっ)(ぷう)一一型」(最高時速624㎞)にも負ける。しかもレシプロ機であるこれらの戦闘機は、加速性能や運動性能で「エルペシオ3」を()()()()に足る性能を持つ。

 つまり何が言いたいかというと、神聖ミリシアル帝国の制空戦闘型天の浮舟の新型「エルペシオ3」は、総合性能でロデニウス連合王国の戦闘機に()()()()()のである。軍事における重要な要素の1つ「航空機、特に制空戦闘機の性能」において、世界最強の国家は第三文明圏外国に敗北しているのだ。

 

 そして、こんな巨大な機体を()()()運用できるということは、それを無事に離着陸させられる空港設備もロデニウス国内にある、ということの何よりの証明になる。皮肉にもこの機体の存在によって、出発前にフィアームが感じていた「天の浮舟がきちんと着陸できる滑走路があるのか」という不安は解消されてしまった。

 

(これは……ロデニウス連合王国に対する認識を改める必要があるかもしれない……)

 

 先ほどとは“別の意味”で、憂鬱な気分になるフィアームであった。

 

 

 そして、同じ頃のロデニウス国内。

 

「ついに明日、神聖ミリシアル帝国からの使節団がやってくる。万が一があってはならない、警戒態勢は十分だな?」

 

 連合王国軍総司令部では、総司令官ヤヴィン元帥が声を張り上げていた。

 

「はっ、ピカイア飛行場・市街地及び港湾部いずれも問題ありません。使節団を乗せた機体の護衛には、最新鋭機である『セイバードッグ改』に当たらせ、海上にも第13艦隊から『長距離練習航海』の名目で戦力をお借りして警備態勢を整えました。市街地及び駅においても、陸軍が警察機構と連携し、厳戒態勢を敷いています。車輌の方も、入念な点検が行われております」

「分かった。相手は世界最強の列強国だ、絶対に粗相があってはならぬぞ!」

「はっ!」

 

 同じく外務省においても、ミリシアルとの外交担当をリンスイより命じられたヤゴウが、冷や汗を掻いていた。そして、タウイタウイ泊地の第13艦隊司令部でも、

 

「全く、ヤヴィン元帥閣下も張り切りすぎじゃないかねぇ……。相手が相手だけに粗相が許されないとはいえ、戦艦まで借り出そうとするなんて……」

 

 呆れたような様子で、堺が呟いていた。

 

「ピカイアには鎮守府が置かれているし、第4艦隊司令部もあるんだから、海上警備はシャークン中将に任せりゃ良いだろうに……。とはいえ命令無視もできないから、最低限の護衛だけ付けて性能的に問題ない奴を回してやったけどさ……これよく考えたら、“威嚇外交”になりゃしないか? そんなつもりが無かったとしても」

 

 堺の呟きは、誰にも聞かれることなく、泊地の空に溶けるように消えていった。




はい、ミリシアルの使節団はロデニウスを目指し、途上でアルタラスに寄りましたが、そこでみた「B-29改」の姿にフィアームもびっくり。ロデニウスの力の一端が、明らかとなりました。

次回、ついにミリシアルの使節団がロデニウス本土に降り立つ…!


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評価9をくださいましたヘカート2様
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次回予告。

ついにロデニウスにやってきた神聖ミリシアル帝国使節団の面々。そして、国交樹立や先進11ヶ国会議への参加申請などを届けるべく、ロデニウスでの外交活動に勤しむ…
次回「ミリシアルとの国交」

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