鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、いよいよグラ・バルカス帝国が動き出しました。



106. グラ・バルカス帝国の暗躍

 中央暦1641年9月20日、第二文明圏外西側 グラ・バルカス帝国本土 帝都ラグナ。

 グラ・バルカス帝国は、自国と「この世界」の諸国家の技術に圧倒的な差があり、また軍事力にしてもこちらが相手を圧倒しているのを良いことに、周辺各国を次々と武力で制圧・植民地化していた。これは、グラ・バルカス帝国において刊行されている“ある本”が原因の1つであった。

 その本のタイトルは「余が戦争」。著者はグラ・ルークス。名前で察しが付いていると思うが、グラ・バルカス帝国の現帝王(皇帝だと思って貰えばよろしい)である。この本は現在、グラ・バルカス帝国全土で販売されており、帝国軍人や帝国議会議員はもちろん、庶民にも手が届く価格かつ規模で売られていた。それどころか、中等教育機関における()()()の1つに指定されるほどである。

 その本の一節には「世界の統治」についての意見が書かれており、そこにはこのような文面が(したた)められている。曰く、

 

(いさか)いが起こるのは、共通の事象に対して人間が個人個人で異なる認識・意識を持ち、意識が細分化された状態で、各々が自分の利益()()に囚われて行動するからである。これが国家単位にまで巨大化し、それぞれが国益のみに囚われて行動する結果として生じるのが、()()である。

真の平和を望むなら、()()()()()で諸国家を統治することが必要である。しかし、全ての国に対して同一の統治方法で支配したのでは、民度によって国に混乱を与える事例が散見される。そこで、その土地に合う統治方法を認めた上で、圧倒的な力で()()する。これが最も適した方法であると考えられる』

 

 断言しよう。明らかに“帝国主義的主張”である。地球で言うなら19・20世紀辺りの列強諸国の考え方とほとんど変わらない。

 しかも、この理論には“明らかな矛盾”がある。「真の平和」を謳っておきながら、その実現のための手段として「戦争」という()()()()()()()()()を用いている点である。しかも、「圧倒的な力で管理する」としている辺り、精神面の発達が遅れているとしか思えない。例えて言うなら、「技術()()神聖ミリシアル帝国レベルになったパーパルディア皇国」だ。いや、なまじ高い技術を持っている分、パーパルディア皇国より性質(タチ)が悪いとすら言えるかもしれない。

 地球ならば、まず間違いなく通らない主張である。堺が聞いたとしてもこれに反論するだろう。……“徹底的な毒舌”を以て。

 

 ちなみにだが、ロデニウス連合王国が「大東洋共栄圏」を組織してまで目指しているのも「世界平和」である。グラ・バルカス帝国とロデニウス連合王国、どちらも目指しているものは同じなのに、手段がまるで異なっているのは面白い。

 グラ・バルカス帝国の手段は、言わば「自分の考え方が絶対正義だと“実力を以て説き”、他者にもそれを押し付ける」やり方だ。それに対してロデニウス連合王国が取っているのは「真の平和とは“対話の帰結”にしか存在しない。必要なだけの時間をかけて対話に徹し、相互の考え方を理解し尊重し合い、()()()()()ことによってこそ平和と共存共栄が果たされるのである」という考え方の下、対話を行うというものである。但し、この世界の拡張主義的な傾向に鑑み、「“力無き正義”は無意味である、だが“正義無き力”もまた無意味に等しい」として、強固な軍事力を持っているのだ。その軍事力を持つ目的は“武力による威嚇”又は“武力の行使”ではなく、偏に“自国と友邦の平和を守るため”である。

 この違いはいったいどこから来るのか、と問われれば、「経験者の有無」としか答えようが無い。グラ・バルカス帝国の人間は“武力外交”しか知らないのに対して、ロデニウス連合王国には(たった1人だが)そうした「先進的な考え方」を持つ者がいる。その違いだろう。

 どこぞの古文にも書いてある通り、「少しのことにも、先達はあらまほしきことなり」である。

 

 それはさておき、グラ・バルカス帝国は「この世界」の諸国家を武力で制圧していたのだが、その彼らが重視しているのが「情報」である。相手の情報を徹底的に分析し、相手国の国力や技術力等を正確に把握した上で行動しているのだ。「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」を体現していると言える。

 幸いにして「この世界」の諸国家は情報戦には疎いらしく、今のところ必要な情報は順調に入ってきている。そのため、グラ・バルカス帝国情報局にとっても“仕事がやり易い状態”が続いていた。

 その情報局のオフィスにて、情報技官ナグアノは今後の戦いのため、異世界の各国軍の分析と考察を行っていた。彼の所属は、情報局技術部である。

 グラ・バルカス帝国情報局技術部……ここは敵国の技術レベルや取り得る戦術に関する研究を行う部門である。しかし、“国家の大転移”により前世界の宿敵ケイン神王国が消えた後、異世界の他国との戦争で連戦連勝が重なったこともあり、軍部には余り重要視されていなかった。

 本来ならば、異世界に転移したことにより増加する筈の権限や人員、それらは減少し続けている状態であった。情報局()()()決して軽く見られている訳では無いのだが……。

 

 そんな現況にも気落ちすること無く、情報技官ナグアノはいつものようにデスクに向かって仕事をしている。彼の前には第二文明圏外国家で撮影された写真があった。嘗てグラ・バルカス帝国に宣戦布告してきたものの、返り討ちに遭って滅ぼされた大陸国家・アストラル王国の木造帆船である。尚、このアストラル大陸を挟んで西にグラ・バルカス帝国本土が、東にパガンダ島、そしてムー大陸が存在する。

 

「フフフ……」

 

 カラーで撮影されたアストラル王国の軍船の写真。それは、地球で言うなら「サラミスの海戦」くらいの時代の帆船である。その余りのレトロさと、船上に整然と並べられた矢除けの盾を見て、彼は思わず笑ってしまった。

 

「どうした? ナグアノ」

 

 不気味に笑うナグアノに、隣席で仕事をしていた同僚が話し掛けて来た。

 

「いや。見てくれよ、これ。帆船に矢除けの盾だぜ! 見ているとおかしくなってしまってな。どこの時代劇なのか、ってさ。

まだ()()()()が現役の国が多いから、この世界は本当に面白いぜ。研究考察というより、最早()()に出来る面白さだ」

「こらこら、そんなこと言ったら局長に怒られるぞ!

一応()()()()でも、万が一のことを考えて、相手の取り得る戦術を“研究”するのが仕事なんだからな」

「ああ、すまんすまん。これは脅威度が()()()()から、後回しにしよう」

 

 同僚に窘められたナグアノはこの写真を机の引き出しに放り込み、次の写真を取り出した。それにはアストラル王国の軍船よりも遥かに大きな船が写っていた。帆を張った帆船であるが、側面に大量の砲が搭載されている。

 

「戦列艦か……」

 

 第二文明圏の元列強国、レイフォル国の誇った100門級魔導戦列艦の写真であった。他にも、第一文明圏のトルキア王国の戦列艦や第二文明圏のニグラート連合の戦列艦、なんと第三文明圏の元列強パーパルディア皇国のフィシャヌス級100門級魔導戦列艦の写真まである。彼らグラ・バルカス帝国人にとっては近所と言えるレイフォルはともかく、2万㎞も彼方の国家であるパーパルディアの戦列艦の写真が有る辺り、グラ・バルカス帝国が放っている諜報員の活動範囲が窺い知れる。

 それらの船は、最早骨董品とすら言い切れるほどの船であった。だが見てくれは良いので、ナグアノは胸が熱くなる。

 

 大砲の砲弾はたったの2㎞しか飛翔しないらしく、回転砲塔も無い。そのため、これも全く脅威とはならないのだが……

 

「面白い推進方法だな」

 

 どうやら「風神の涙」と呼ばれる風を起こす魔法具により、帆に風を吹き付けて推進力を得るらしい。

 もちろん風を吹き付ける角度を考えなければ進まないのだろうが、この道具があれば“無風でも進める”ため、実に面白いとナグアノは感じていた。

 

「この『風神の涙』とやら、空母に使用したら、発艦に必要な滑走距離が短くならないかな?」

 

 もう少し「風神の涙」に関して研究してみようと思い、彼はレイフォル国の戦列艦の写真を資料に貼り付けて『要研究』の印を押した。何故レイフォル国のものなのかというと、レイフォル国は既に帝国の植民地になっているため、「風神の涙」を手に入れるのが容易だからだ。

 

「ちょっといいか?」

 

 彼は、先ほど話していた同僚に話しかける。

 

「何だ?」

「これ見ろよ。()()()()()で列強国だぜ? 本当に、我が帝国はこの世界で広大な範囲を支配することになるだろうな……」

 

 同僚は写真を覗き込んだ。

 

「ああ、戦列艦か……。回転砲塔が登場する前の時代の、“前時代的な艦”だな。

固定式の砲なので大口径砲を搭載できず、砲撃の命中率も低い。そこで“数で勝負した”から、これだけ無駄な作りとなる……まあ、カッコイイけどな」

「対空兵器らしきものは……このバリスタだけか? 対空能力は低そうだ……」

 

 彼らはこれらの艦にも興味を失う。

 次にナグアノは、この世界で第2位の国力を誇る第二文明圏列強国、ムーの艦艇を捉えた写真を取り出した。

 

「これが、()()()()()()と見られる相手の主力戦艦か……」

 

 回転砲塔が搭載されており、艦体の大きさはさっき写真で見た戦列艦よりも大きい。それは、ムー海軍の誇る「ラ・カサミ級戦艦」を写した写真であった。

 

「この艦は、“この世界では珍しく”全て機械式らしいぞ」

「何で、国によって文明レベルや発達の方式までもが大きく異なるのだろうな?」

「前世界のベムニアを覚えてるか? あそこのアルフリー地区なんかは、何十年経っても恵まれない子供達が量産され続けるような原始的な地域だったじゃないか。今俺たちが言い合っている考え方は、“強国の考え方”なのだろうな」

 

 同僚と話をしながら、ナグアノはムー国の戦艦について考察する。

 聞いたところによれば、この戦艦の速度はだいたい18ノット。主砲は砲口径30㎝程度と見られる。グラ・バルカス帝国海軍の基準で言うと、おそらく40年くらい前の戦艦に当たるだろう。

 砲の射程、戦艦の速度、そして別の報告にあった空母の艦載機の性能を見るに、軍艦に関しては約30〜40年の技術の差があるようだ。飛行機にしても20~30年程度の技術の差があるように思われた。

 

「飛行機の技術レベルがたったの数十年しか開きが無い。航空機の発達が文明レベルからすると高いように思えるが……。

少し脅威だな」

「この世界じゃ、だいたいどこの国もワイバーンかワイバーンロードを持っている。おそらく、それらに対抗できるように航空戦力の開発を急いだ……というところじゃないか?」

「なるほどな。仮想敵よりも有利に戦えるよう、飛行技術の進化が早かったという訳か。しかし、我が軍の戦法を考えると、流れ弾でも当たらない限りこちらの戦闘機が落とされることは無いだろう」

「確かに……戦艦も、空母機動部隊の艦載機が襲いかかればすぐに沈むだろうし、さしたる脅威では無いが……。

ただ、陸軍がどのような装備を持っているのかの情報が少ないな。もっと集めて来るように指示を出しておこう」

「そういえば、神聖ミリシアル帝国とやらはどうなった?」

「まだ情報が余り来ていない。そろそろ来ると思うのだが……」

 

 こんな調子で、彼らは分析を進めていた。……その日の夕方、驚くべき報告が舞い込んでくるとも知らずに……。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その日の夕方、会議に出ていたナグアノはオフィスに在る自分のデスクに戻ってきた。既に退勤時刻を過ぎており、同僚は帰宅している。

 

「やれやれ、会議のために遅くなっちまったな……。俺も急いで帰るとするかね……ん?」

 

 デスクの上に目をやった時、ナグアノはデスクの上に封筒が置かれているのに気付いた。しかも、封筒の色は“各国に調査に赴いている諜報員からの報告”であることを示していた。

 

(諜報員からの()()報告か……)

 

 グラ・バルカス帝国の情報収集方法はいくつかある。最たるものは、情報局の諜報員を相手国に送り込み、直接情報を集めて来させるものだ。それ以外にも、雇った現地人を“一般人のフリ”をして相手国に向かわせ、様々な情報を集めさせることもある。

 事例としては、雇った現地人に集めさせる方法が最も多いのだが……一般人が集めて来ることができる情報なぞ高が知れており、従って現地人が集めてきた情報は、ほとんどの場合()()である。諜報員が持ってきたものならば、(無条件にとは言い切れないが)信用に値する。

 今回は情報局の諜報員が直接送ってきたものであり、ナグアノはこれは信用できると判断した。

 

(これを読む程度の残業なら良いか)

 

 そう考えながら封筒の表面を見てみると、「ロデニウス連合王国に関する情報」とある。

 

(ロデニウス……東の端のあの国家か)

 

 ナグアノは、既に「この世界」の様子はだいたい把握していた。この世界は「三大文明圏」と呼ばれる地域と「文明圏外」と呼ばれる地域の二つに大別され、文明圏は文明の発展レベルの順に第一・第二・第三の三つに分かれている。このうち、東の「フィルアデス大陸」にある第三文明圏は文明レベルが()()()遅れており、同地域の列強パーパルディア皇国であっても、装備はワイバーンロードに戦列艦にマスケット銃と、グラ・バルカス帝国の足元にも及んでいない。このため、第三文明圏はグラ・バルカス帝国本土から見て距離が遠いので補給が大変だが、“出兵すれば簡単に征服できる”と考えられていた。

 しかし最近になって、どうやら完全には“簡単に事が進まないらしい”と分かってきている。というのも、列強とされるパーパルディア皇国が「ロデニウス連合王国」という国によって打倒されてしまったからだ。そしてそのロデニウス連合王国は、どうやら“戦艦と戦闘機を運用しているらしい”のである。

 こうしたことから、グラ・バルカス帝国は神聖ミリシアル帝国と並んで、ロデニウス連合王国を“重要調査目標”と設定していた。

 

「さてさて、何が分かったのやら……」

 

 呟きながら、ナグアノはビリビリと音を立てて封を切り、中に入っているものを取り出す。封筒の中からは10枚ほどの写真と報告書、そして手作りらしい簡単な地図が出てきた。

 

「な!?」

 

 しかし1枚目の写真を見た瞬間に、ナグアノの目が見開かれる。

 

「馬鹿な……!? これは、我が国のタウルス級重巡洋艦にキャニス・メジャー級軽巡洋艦、そしてキャニス・ミナー級駆逐艦()()()()じゃないか!」

 

 そこには港に停泊する数隻の軍艦が捉えられていたのだが、それらは明らかにグラ・バルカス帝国のそれに酷似した軍艦の姿だった。ナグアノが、ついうっかり見間違えかけたほどだ。

 

「これも……これも、そっくりか!」

 

 他の数枚の写真にも、似たような艦が写っている。それらの写真に簡単に添えられたメモ書きには、以下のように書かれていた。

 

『ロデニウス連合王国西部の港湾都市ピカイアにて撮影』

『ロデニウス大陸南方の都市シャプールにて撮影』

『ロデニウス大陸の経済都市マイハークにて撮影』

 

 ナグアノや諜報員たちは知る由も無かったのだが、それぞれロデニウス海軍の第4艦隊・第2艦隊・第3艦隊を捉えたものであった。特に、第2艦隊の写真にはある“とんでもないもの”が写っていた。

 

「これは……甲板上にワイバーンとかいう竜がいるから、竜母だろうけど……船体形状は、明らかに()()()()のそれじゃないか!」

 

 そう、ロデニウス海軍が誇る「世界最強の“竜母”」アマオウ型航竜母艦が写っていたのだった。

 

「この竜母の艦体は……隣に写っているキャニス・ミナー級駆逐艦そっくりの艦を基準に考えると、大きさはだいたい200メートル前後、幅は……20メートルあるかな? 空母としては少し小さ目……我が国のカシオペヤ級小型空母程度の性能かな……?」

 

 その他に、なんとロデニウスの戦闘機を捉えた写真が有った。

 

「これは……! なんてことだ、我が国のアンタレス型艦上戦闘機にそっくりじゃないか!

 

 少しピンボケしているものの、比較的明瞭に写った戦闘機のシルエットを見て、ナグアノは戦慄する。それは、グラ・バルカス帝国が誇る「無敵の戦闘機」、アンタレス07式艦上戦闘機にそっくりだったのだ。

 

「まさか、“本当に”我が軍の戦闘機と似たような機体を持っているとは……! もしこれが相当数の規模で配備されていれば、相手は『正当防衛しかしない』とはいえ、かなり危険だぞ……!」

 

 そして報告書に書かれた内容も、写真を裏付けるものであった。

 

『付属の写真から窺えるように、ロデニウス連合王国の技術は我が国のそれと並ぶ可能性がある。この国の戦闘機は、見たところ我が国のアンタレス型艦上戦闘機とほぼ同等の速度で飛行できるようであり、巡洋艦や駆逐艦も我が国のそれらに“性能が似ている”可能性が高い。戦艦については、現時点で確認できているのは2隻のみであり、竜母はあったものの()()は現時点では見かけていない。

陸・海・空軍の戦力規模や技術力等、更なる調査を要する』

 

「現地にいる連中に、これらの戦闘機の数を調べるように命じておこう! あと、軍艦の数も正確な情報が欲しい」

 

 そう呟いて、ナグアノは壁に架かった時計を見上げた。ちょうど定時連絡の時間が迫っている。

 

「よし、ちょうど良いタイミングだ。今から通信室に行って、ロデニウス大陸に暗号電信を送ったら良いな」

 

 帰る前にもう一仕事しておこうと、ナグアノは席を立って通信室へ向かった。

 

 その後、ナグアノは通信室に詰めていたオペレーターに文面を指示して、電文が送信される様子を見守った。そして、諜報員たちから特に新しい報告が無いことを確認すると、今度こそ自宅へと帰るのだった。

 グラ・バルカス帝国においては、一般的に軍事用電信暗号として「G暗号」というものが用いられている。このG暗号は、軍総司令部や情報局等の“軍事全般に関わる部署”が用いる暗号であり、軍はこのG暗号を元に細かい変更を加えた暗号を用いている。そして、陸軍が用いているのが「GL暗号」、海軍は「GN暗号」、空軍は「GA暗号」と呼ばれる暗号を使っていた。これらの暗号の変換パターンはG暗号と大きくは変わらないものの、細かい仕様が異なっている。

 今回ナグアノが用いたのは「G暗号」……つまり、全ての暗号の()()となるものであった。ちなみに、暗号の変換パターンや強度等は、旧日本海軍が用いていた「D暗号」によく似ている。

 前世界……惑星「ユグド」においても、このG暗号は()()()()()()()()()()。まして、ユグドより文明レベルの遅れている「この世界」に、G暗号を解読できる者なぞいない。ナグアノはそう考えていたし、ほとんどのグラ・バルカス帝国軍人も同じように考えていた。

 

 ……送った電文が、送信と()()()()()ロデニウス側に解読されていること等、露ほども知らずに。

 

 

「……解読できましたか」

 

 タウイタウイ泊地工廠にて、妖精たちと"吹雪(ふぶき)"からの報告を受けているのは、"(くし)()"である。

 

「ふむふむ、戦闘機と……軍艦の数ですか。今シャプールやマイハーク、ピカイアに入港している艦艇は既に存在を知られているでしょうから、今後は軍艦の入港を一時的に制限することにしましょうか。入れなくなった艦艇は……クワ・タウイは少々厳しいですから、このタウイタウイ島に停泊させることにすれば良さそうですね。ええと……パターンBか、これを提督に上申しなければ」

 

 傍受したグラ・バルカス帝国のものらしき暗号は、モールス符号にして紙に書き写され、暗号解読機にかけられた傍から"吹雪"の手に渡され、ほぼリアルタイムで解読されていく。何故"吹雪"が手伝っているのかというと、解析の結果グラ・バルカス帝国語の文法が、ロシア語に似ていることが判明したからだ。実は"吹雪"は、"Βерный(ヴェールヌイ)"と並んでロシア語が堪能なのである。

 ちなみに"Βерный"は何をしているのかというと、"釧路"を通じての提督()からの依頼で、急遽ロシア語の翻訳マニュアルを作成している。もちろん、たっぷりの報酬を約束されての契約だった。

 

「戦闘機は……今基地に展開している者たち以外は、極力目立たないところで飛ばすことにしましょう。幸い、パイロットの基礎養成課程はタウイ飛行場でもできますし、技量のある者も増えていますから、そろそろ空母への着艦もできるでしょう。

ありがとうございました。では皆さん、配置に戻って下さい」

 

 全員を解散させた後、"釧路"は机の上の内線電話を取り上げ、提督への直通回線を開いた。

 

「釧路です、お疲れ様です」

『おう、釧路か。そちらこそお疲れ様、色々と任せてしまって済まない』

「いえいえ、こんな楽しい仕事場、そうそう無いですよ」

『そう言ってもらえると助かる。ところで、どうした? 何か動きでもあったか?』

「はい。“ゴリアテ”本土から、新たな指示が来ました」

 

 彼女の使ったコード(ネーム)“ゴリアテ”とは、グラ・バルカス帝国を指した暗号である。世界史に明るい方やキリスト教徒の方ならご存知かと思うが、「ゴリアテ」とは旧約聖書に登場する巨人のことである。とんでもない膂力を誇っていたが、青年ダビデの石投げにより倒されてしまった。

 強大な力を持っているがいずれ倒さなければならない相手であることと、「自分たちこそがゴリアテを倒すダビデにならなければならない」という意味を兼ね、そして「Goliath(ゴリアテ)」と「Gra Valkas Empire(グラ・バルカス帝国)」の頭文字も重ねたネーミングであった。

 

『ほう、来たか。して内容は?』

「我が国に配備されている戦闘機と軍艦の数を調べろ……ということだそうです」

『了解。ということはパターンBだな?』

「はい。第2・3・4艦隊のうち、現在航海中の艦艇は母港へは戻らずクワ・タウイ、もしくはタウイタウイ泊地に向かわせること。それから航空部隊も、現在各都市に配属されている者は配置そのまま、訓練も予定通り続行。それ以外の基地のパイロットは、一部を基地からタウイ飛行場に移動させることになります」

『よろしい、それと「わざと見せる戦力」の準備だな。至急、ヤヴィン元帥閣下に意見具申して許可を貰ってくる。ありがとう』

「お礼なら、うちの妖精さんたちと吹雪さんに言っておいてください。では、失礼します」

 

 遣り取りを終え、受話器を置いた"釧路"は「ふう」と小さく息を吐いた。そして呟く。

 

「それにしても、提督も考えましたね。“相手の諜報員を防ぎ切れない”からって、逆に“諜報員に与える情報”を()()()()ことを考え付くなんて……」

 

 

 そう、堺の“罠”が発動していたのだ。

 ロデニウス連合王国は、大東洋共栄圏を主宰して“各国との交流”を図っている以上「開かれた」国家であり、敵国諜報員の国内侵入を()()()阻止することは不可能である。ならば、盗まれても問題にならない情報だけ盗ませ、重要な情報は()()()()()おけば良い。堺はそう考えたのだ。

 独立第1飛行隊のディグロッケによる航空偵察の結果、グラ・バルカス帝国の技術力はどうやらタウイタウイ泊地のそれと大きく変わらないらしい、ということが判明している。その他に、ムー国からの情報により「グラ・バルカス帝国は徹底した排他・秘密主義を貫いているらしい」ということも判明し、また近頃の帝国の行動(武力による他国の侵略と併合)から、どうやら第二文明圏全体の征服を意図しているようだ、ということが見えてきつつある。また、別のディグロッケに通信観測任務に当たらせた結果、世界各地からグラ・バルカス帝国本土に向けて通信用らしい短波が規則的に飛んでいることが判明した。それらの通信を解読した内容から察するに、グラ・バルカス帝国は世界各国に諜報員を送り込み、国力・技術・軍事力等を調べているようだ。

 こうしたことから、堺はグラ・バルカス帝国の存在が判明して以来練り続けてきた防諜策を次々とヤヴィン総司令官に献策し、実行に移したのだ。まず、ロデニウス海軍の最重要戦力が全て第13艦隊に集中していることと、その根拠地たるタウイタウイ泊地がロデニウス大陸から独立した島にあるのを幸いに、第13艦隊の演習海域を全てタウイタウイ島()()の海域に集中させた。逆に言うと、重要な戦力である装甲空母や(なが)()型以上のクラスの戦艦・潜水艦等を全て、グラ・バルカス帝国の諜報員の目が届かないところに集めたのだ。

 続いて航空機も、可能な限りタウイ飛行場で運用するようにした。この場合、最重要機体の1つである「B-29改 スーパーフォートレス」は、国内の基地にいる機体がそう多くないのであまり問題はない。さっさとタウイ飛行場に引き上げさせれば済む話である。だが問題は、アルタラス島に展開している陸軍第15戦略航空爆撃団の「B-29改」だった。こちらはどうしようもないので、窮余の策としてムーの「ラ・カオス」のような飛行ルートを飛ばせるようにし、速度もわざと遅くして飛ぶように命じている。それと、もう1つの最重要機体である「F-86D改 セイバードッグ」もさっさと引き上げさせなければならなかった。「(れっ)(ぷう)一一型」等の、“零戦以上の性能を持つレシプロ戦闘機”についても同様である。

 陸軍は、基本的に基地に閉じ籠っている以上、基地を覗かれる危険がある高所を押さえれば、基本的に問題はない。しかし堺は、念には念を入れて陸軍から一部の装備の供給を受けている、武装警察にも手を回した。武装警察が使用する装甲車やトラックに描かれた警察のマークを塗り潰し、装備もM40GRG ガラント銃ではなく、わざと旧来の九九式小銃に変更させ、それ以外の武器はワルサーP38とMP40のみの持ち出しとし、戦車類は使わないように命じたのである。更に、出動用の警察服を急いで陸軍の軍服そっくりの色に変更させる、という徹底ぶりだった。

 

 そしてもちろん、電波の発信源の特定も忘れてはいない。

 

「さて、地図によると……発信源はここですね……」

 

 呟きながら、"釧路"は机の前に架けられたロデニウス大陸の地図に、1本のピンを突き立てた。そこは、大陸西部の街ピカイアの郊外を示している。

 

(確かこの辺は、まだ戦争の影響で荒れたまま放置されている家がいくつかあった筈……。そこが隠れ家になっている、というところでしょうか)

 

 彼女が何を企んでいるかなど、考えるまでも無い。武装警察を投入しての制圧である。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 2日後、中央暦1641年9月22日。処はロデニウス連合王国西部 港湾都市ピカイアの東部郊外。

 この辺りはまだ戦争(旧ロウリア王国vs旧クワ・トイネ公国&旧クイラ王国の戦争のことである)の痕跡が、家屋の廃墟として残っていた。ピカイア中心部の再建が優先されたため、整備が後回しになったまま今に至っているのである。

 本来なら、ちょっとした畑と丘が広がる長閑な地である筈のその場所は今、物々しい雰囲気に満たされていた。一軒の平屋建て木造家屋の廃墟、そこに多数の緑色の衣服を着た集団が、車やトラックに乗って近付いていく。それは、ピカイア支部に配備されていた武装警察部隊であった。基本装備はワルサーP38なのだが、一部の隊員はMP40や九九式小銃を持っている。但し一部の警官のみ、通常の青色の制服を着ていた。

 目標の家の近くに装甲車を停めた彼等は、家の廃墟を包囲するように迅速に展開し、徒歩で家に近付いていく。そして、玄関に到達した一部の小隊…7彼等は皆青い制服姿だった……が先に動いた。ドアをコンコンとノックし、「すみません」と声をかける。しかし、中からは物音1つしない。

 小隊長は肩を竦めるや、ドアを激しくノックしながら割れ鐘のような声で怒鳴った。

 

「開けろ! ピカイア市警だ!」

 

 今度も物音1つしない。だが、それも“想定内”だった。

 MP40を構えた突入隊員が音も無く近寄ってくるのを待ち、小隊長はドアを思い切り蹴飛ばす。バァン! と大きな音を立て、蹴破られた扉は屋内に向かって倒れ込んだ。

 

「行け行け!」

 

 ドアが蹴破られるや、突入隊がMP40を構えて飛び込む。その後から他の警官たちも突入した。…が。

 

「誰もいない……?」

 

 誰かの呟きの通り、屋内には誰もいなかったのである。

 

「いや、そうでもなかったらしい。見ろ、屋内は最近掃除されたらしい痕跡を残している」

「椅子でも置いてあったのか? 床の一部が丸く凹んでいるな」

「こっちは……ビンゴだ。ゴミ箱の中が少し綺麗すぎる。“廃墟”にしては()()()だ」

「屋根も、何だか補修されたような跡があるぞ」

 

 つまり、“結論”は一つである。

 

「くそっ! 逃げられたか……」

「奴らの方が一足早かったみたいだな。仕方無い……ただ、この辺の廃墟は全て潰す必要がありそうだな」

 

 という訳で、残念ながら()に逃げられてしまったのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「逃げられた?」

 

 その翌日、タウイタウイ泊地司令部にて堺に呼び出された"釧路"が報告を受けていた。

 

「ああ。どうやらあと一歩の差だったようだ」

「残念ですね……まあ、ある程度は仕方無いでしょう。このロデニウス大陸は、つい最近近代化したばかりなので、まだ諜報戦等には完全に対応し切れていません。警察の動きも鈍く、その分相手の諜報員に逃げる隙を与えてしまったのでしょう」

「ま、ある程度は已むを得んな」

 

 今回の件を水に流し、次の手を考え始める2人であった。

 

 

 だが実は、堺の罠の1つがクリーンヒットしていた。

 グラ・バルカス帝国の諜報員たちは、既にこのアジトを捨てて脱出しており、空のアジトの制圧に来た武装警官たちを遠方から観察していた。当然、九九式小銃やMP40は目撃されている。だが、警官たちの組織立った行動と正規軍と変わらない装備、そして制服の()()()()から、彼等は“警官たちを正規軍の兵士が援護していた”と判断してしまったのだ。また、九九式小銃を扱っていた警官たちは、いきなり装備をガラント銃から九九式に代えられてしまったため、動きが若干鈍くなっていた。諜報員たちはそれを見て、「軍の兵士の練度は比較的低いらしい」と考えたのだ。それらこそが、堺の仕掛けた“罠”だとも気付かずに。

 その結果、武装警察の様子を見た彼らの報告書には、こう書かれてしまった。

 

『ロデニウス連合王国軍は、銃については我が国のそれと何ら変わらない物を使用している。少なくともボルトアクション式小銃及び短機関銃、拳銃を確認した。

但し、ボルトアクション式小銃を持つ兵士の動きに鈍いところがあり、武器の扱いに()()()()()()と見られる。そのことから、ロデニウス連合王国軍の練度は我が国の兵士たちのそれに劣っており、警戒を要するものの比較的容易に蹴散らせると考えられる』

 

 この内容は、本国に帰還する諜報員が直接持って帰ることになった。また、その概要は無線電信で逸早く本国に伝えられている(もちろん、ロデニウス側はそれを傍受して解読した)。

 これ以降、ロデニウス大陸ではグラ・バルカス帝国の諜報員たちとロデニウス連合王国の警官たちとが(いたち)ごっこを繰り広げることになった。中々捕まえられなかったのだが、それでも堺は“良し”としていたのである。何せ、彼等が盗んでいく情報はロデニウスにとって“「大して価値の無い」情報”ばかりだったのだから……

 

 

 グラ・バルカス帝国本土には、次々とロデニウス連合王国に関する情報が集まっていた。

 まとめてみると、陸軍の装備はどうやらボルトアクション式小銃に短機関銃、拳銃があるようである。但し、装甲車らしき車輌は確認されたが戦車は見付かっていない、とのことだった。野戦砲は、どこかにあるとは考えられるが、まだ見付かっていない。

 海軍は、新たに戦艦と空母の存在が確認された。ただ、戦艦はオリオン級クラスのものが3ないし4隻、それ以外に艦級不詳の戦艦が3隻程度、とのことである。空母については、グラ・バルカス帝国海軍のアンドロメダ級航空母艦(ペガスス級の一世代前の空母)に似ているらしかった。

 戦闘機は、アンタレスそっくりの機体の他にベガ型双発爆撃機に酷似した機体が見付かり、またアルタラス島では大型の4発機も見られたという。ただ、4発機の性能は高く無いらしく、ムー国の「ラ・カオス」と同程度の高度しか飛んでいなかったそうだ。

 

「彼らは“正当防衛”しかしないようだが……これらの装備があるということは、我が国と()()()()()()()()()()の性能の装備はある、ということか。厄介だな……制圧する時には、犠牲を覚悟しなければいけないかもしれん」

 

 ナグアノは、そう呟きながら報告書をまとめるのだった。その時、

 

「何だって!?」

 

 驚いたような声が響く。

 ナグアノが振り返ると、先日話し合った同僚が新たな報告書を手にして目を見開いていた。

 

「どうしたんだ?」

 

 ナグアノが尋ねると、同僚は震える指で報告書の一点を指し示した。それを見たナグアノの目も、丸く見開かれる。

 

『ムー、新たな軍艦を配備。近代化改修前のオリオン級戦艦に酷似した戦艦を発見』

『ムーのマイカル港で新型の巡洋艦並びに駆逐艦を複数確認』

『ムーの都市スカパ・ブローの大型ドックに動きあり。新造艦を建造中、大きさから戦艦ないし空母と見られる』

『ムーにて()()の全金属製単葉機を確認。引き込み脚を装備、おそらく急降下爆撃機と見られる』

 

「何……だと……!?」

 

 ナグアノも同僚と一緒に驚いた。まさか、ムー国がオリオン級を配備するとは思っていなかったからである。

 

 

 そしてこの後、だんだんと詳細が分かってきた神聖ミリシアル帝国及びロデニウス連合王国、そして軍事力強化が進んでいるムー国の三ヶ国に対し、グラ・バルカス帝国は警戒心を抱くようになったのである。但し……彼らはロデニウス連合王国については、その実力を“完全には捉え切れていなかった”。というのも、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊が長門型戦艦(グラ・バルカス帝国のヘルクレス級戦艦に相当)や大和(やまと)型戦艦(グラ・バルカス帝国のグレードアトラスター級戦艦に相当)、(しょう)(かく)型装甲空母、潜水艦等を完全に隠し通していたし、「F-86D改」や「烈風一一型」等も軒並み隠し続けたからである。また陸軍にしても、戦車第11連隊(士魂部隊)の九七式中戦車チハに至るまでを隠し通すことに成功していた。そのためグラ・バルカス帝国は、“ロデニウス連合王国の全て”を調べ尽くすことはできなかったのである。

 ただ、グラ・バルカス帝国の諜報員たちは、一般人の立ち入りが制限されているロデニウス大陸北東部に“何か”があると睨み(実際、この立ち入り制限区域には港街クワ・タウイがある。そしてその水平線の向こう側にタウイタウイ島がある)、調査しようとしたものの難航していた。




先に言っておきますが、私の想像するグラ・ルークスのモデルは「伍長閣下」です。そう、皆様ご存じアドルフ・ヒトラー。
グラ・ルークスの書いた本のタイトルを「余が戦争」にしたのも、ヒトラーの「我が闘争」をモデルとしたためです。

ロデニウス側がグラ・バルカス帝国に「わざと見せた」戦艦は、金剛型戦艦(ほぼオリオン級)と「ウォースパイト」、それにヴィットリオ・ヴェネト級の2隻です。また、航空母艦は二航戦の2隻と雲龍型の正規空母、そして一部の軽空母を見せていました。


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次回予告。

ロデニウス連合王国との軍事同盟により、大幅な強化を遂げつつあるムー統括軍。マイラスやリアス、ラッサンといった面々は、ムー統括軍の次代の先鋒を担うべく奮闘しているが、そんな彼らにも「悩み」などがあった…
次回「ムー統括軍の変化と悩み」

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