鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、いよいよ始まりました先進11ヶ国会議。今回は協議初日ですが、果たして何が起きるか…

20/04/04 一部読者からのご指摘を受けたため、グラ・バルカス帝国艦の艦橋における艦長と副長の会話について、表現の一部修正を行いました。



109. 開催、先進11ヶ国会議

 中央暦1643年4月21日、第一文明圏ミリシエント大陸 神聖ミリシアル帝国南端 港街カルトアルパス。

 この街は「神聖ミリシアル帝国第二の心臓」とも称される、交易の中心地である。フィヨルドに似た地形の奥に市街地が作られており、天然の良港を有することから、非常に広大な港湾設備を持っている。そのため、全世界から多数の人々が船や航空機に乗って集まってくる。

 という訳で、神聖ミリシアル帝国が主催する先進11ヶ国会議は、このカルトアルパスで行われるのが通例となっており、各国の外務大臣や実務者たち、そしてそれを護衛する軍の全てを収容できるだけの能力を持つ港がフル活用されていた。

 

 カルトアルパスの港湾管理局では、局長ブロントの下に各国代表団の到着の様子が逐一報告されていた。

 既に第一文明圏からエモール王国の使節団が、第二文明圏からムー国とニグラート連合の使節団が到着している。また第三文明圏エリアには、南方世界を治める大国であるアニュンリール皇国の使節団が到着していた。

 エモール王国は内陸国である故に、海軍が無いのは仕方無いが、22騎の風竜騎士団を外交団の護衛として付けていた。その風竜騎士団は現在、カルトアルパス近郊の神聖ミリシアル帝国空軍基地に着陸している。

 また、アニュンリール皇国の艦隊はバリスタ装備の帆船ばかりで大したことは無いが、ニグラート連合は竜母4隻と戦列艦4隻、ムー国に至ってはラ・カサミ級戦艦を含む空母機動部隊16隻を護衛に付けている。このため、既に第二文明圏各国の停泊エリアは7割方埋まってしまっていた。

 

「局長、第一文明圏から2国が到着です! 一方はアガルタ法国から、魔法船団6隻と民間船2隻。もう一方はトルキア王国から、戦列艦7隻と使節船1隻」

「了解、魔信にて第一文明圏エリアに誘導せよ。先に到着したのはどっちだ?」

「はい、両国の到着はほぼ同時ですが、アガルタ法国の方が僅かに先です」

「では、アガルタ法国の船団から誘導しろ」

「はっ!」

 

 ブロントの指示を受けた、第一文明圏エリア担当者は魔信室へと向かう。それと入れ替わるように、第二文明圏エリア担当者が局長室に姿を見せた。

 

「局長、第二文明圏のマギカライヒ共同体使節団が到着しました! 機甲戦列艦7隻、使節船1隻とのことです!」

「了解、第二文明圏エリアに誘導せよ」

「は!」

 

 担当者が退室した後で、ブロントは水平線の方を見やった。彼の視線の先には、アガルタ法国の紋章を描いた帆を張った、8隻の木造帆船が見える。その後ろに、トルキア王国の戦列艦隊が続いている筈だ。

 

 ブロントは、この先進11ヶ国会議が好きだった。というのは、彼の立場上、各国が送ってきた護衛の軍が見放題となるからである。

 「外務大臣や実務者たちの護衛」という名目で各国がまとまった数の部隊を送ってくるため、軍事好きな彼にとってはこの会議は、“仕事の一環”でありながら同時に“お祭り”のようなイベントでもあった。

 

(ここに第零式魔導艦隊がいれば、各国の軍も()()()()()()んだろうけどなぁ……)

 

 それが、彼にとっては残念なことだった。

 神聖ミリシアル帝国海軍の誇る世界最強の艦隊「第零式魔導艦隊」は、普段はこのカルトアルパス港の一角に停泊するのだが、先進11ヶ国会議の折にはいわゆる「大人の事情」から、帝国西方のマグドラ群島に訓練に出かけることになっているのだ。

 

 だが、第零式魔導艦隊不在の中でも、ブロントはワクワクしていた。今回会議に参加する11ヶ国の軍の中で、彼が楽しみにしている国の軍が二つある。

 一つは、第二文明圏外に本国があるとされるものの、第二文明圏の列強国の1つレイフォルを僅か5日で滅ぼした「グラ・バルカス帝国」

 もう一つは、第三文明圏の列強国パーパルディア皇国を打ち倒し、自身の主宰する「大東洋共栄圏」を第三文明圏に“事実上成り代わらせた”、第三文明圏外国の一つ「ロデニウス連合王国」

 

 この二つの国がいったいどんな艦隊を連れてくるのか、それがブロントには楽しみで仕方無かった。

 

 

 アガルタ法国とトルキア王国の艦隊が誘導に従って第一文明圏エリアに錨泊し、続いて入港してきたマギカライヒ共同体の機甲戦列艦隊……外輪を回して走る7隻の装甲戦列艦をブロントが眺めていた時、突然水平線の上に巨大な影が現れた。あまりにも巨大で、「城だ」と言われても納得できるレベルの大きさだ。

 港湾監視員たちがざわつく中、第二文明圏エリア担当者が慌てた様子で局長室に飛び込んできた。

 

「第二文明圏外から、グラ・バルカス帝国の使節団が到着しました! 戦艦1隻のみとのことです!」

「了解、第二文明圏エリアに誘導せよ!」

「は!」

 

 そんなやり取りが行われるうちにも、その巨大な影はぐんぐん近付いてくる。やがてブロントの目にも、その姿がはっきり見えてきた。

 それは、第零式魔導艦隊の艦を嫌というほど見ているブロントでさえもが驚嘆し、絶句して見惚れるほどの美しさを持った、超大型の軍艦だった。

 船体中央には、ルーンポリスの市街地にある高層建築を引っこ抜いて据え付けた、と言われても納得できるような、スマートな高い艦橋が聳え立つ。それを守るように、小さな三連装の魔導砲や対空魔光砲らしい小火器がびっしり配置され、まるでハリネズミだ。そして艦体の前方には、神聖ミリシアル帝国の最新鋭魔導戦艦「ミスリル級魔導戦艦」の零式38.1㎝三連装魔導砲もびっくりするような、巨大な三連装砲が二つ備えられていた。船体後方にも、同じ主砲が一つある。

 

 この艦こそ、グラ・バルカス帝国の誇る世界最大・最強の戦艦にして、列強レイフォルをたった1隻で滅ぼすという伝説を打ち立てた戦艦「グレードアトラスター」……()()()()。ブロントを含めてこの世界の者たちは知る由も無かったが、この艦はグレードアトラスター級2番艦「ブラックホール」である。「グレードアトラスター」はどうしたのかというと、本国にてメンテナンス中であった。

 全長263.4メートル、最大幅38.9メートル、満載時排水量72,800トンの巨体の上に、45口径46㎝三連装砲3基、15.5㎝三連装副砲2基、その他三連装高射砲・対空機銃多数を搭載し、15万馬力のエンジンを以て27ノットの速度で走る、紛うこと無き超弩級戦艦である。

 

 ブロントを始め、カルトアルパスの住民たちは、その雄々しい姿に圧倒されていた。

 

「なんてデカい砲を積んでやがるんだ……!」

 

 局長室から眺めるブロントの口から、驚愕の言葉が漏れる。

 カルトアルパスに入港した「ブラックホール」は、第二文明圏エリアにゆっくりと向かって行き、誘導に従って錨を降ろし停泊した。

 その巨体がもたらす“視覚的衝撃”は余りにも大きい。そして、周囲にいるニグラート連合やマギカライヒ共同体の戦列艦はもちろん、ムー国のラ・カサミ級戦艦でさえもが“玩具(おもちゃ)の船”にしか見えなくなってくる。

 

 

 グラ・バルカス帝国の使節団が入港してから1時間後。

 多数の仕事をこなしていたブロントは、激務の合間の休憩を使って「ブラックホール」の巨体(ブロントは「グレードアトラスター」だと思い込んでいる)を眺めていた。どれだけ眺めても、その巨体に飽きることは無い。

 あまりに夢中になりすぎて、

 

「……長! ブロント局長!!」

 

 ブロントは部下の呼びかけに気付かず、部下に肩を叩かれてやっと我に帰るという(てい)たらくとなった。

 

「……っ、ああ、どうした?」

「第三文明圏方面から二国が到着しました!

一国は第三文明圏のパンドーラ大魔法公国、使節船1隻を含む魔導船団8隻です。もう一国は第三文明圏外のロデニウス連合王国、戦艦1、巡洋艦1、小型艦4の計6隻です!」

(来たか! ロデニウス連合王国……!)

 

 ブロントは逸る心を抑え、冷静に質問した。

 

「同時に到着か。どっちが脚が速い?」

「は、ロデニウス連合王国の方が()()()()優速です!」

「よし。では、ロデニウス連合王国の艦隊を、先に第三文明圏エリアに誘導せよ!」

「は!」

 

 部下が退室し、ブロントは再び窓の外を見た。すると水平線の上には、さっき入港してきた『グレードアトラスター』と遜色無い大きさの影が浮かんでいるではないか。

 

「おお……!」

 

 ブロントは、またも強烈な艦が入ってきたと興奮する。

 やがて、ロデニウス連合王国の艦隊の全貌が見えてきた。巡洋艦くらいのサイズの艦を取り囲むように4隻の小型艦が菱形の陣形を作って航行し、最後尾を戦艦が固めている。

 一際目を()くのは最後尾を走る戦艦で、『グレードアトラスター』に負けず劣らずの大きさの連装砲を2基、艦体前方に搭載していた。艦橋は、『グレードアトラスター』のそれに比べるとスマートさには幾分欠けるものの、逆にがっちりしていそうに見える。艦体後方には連装主砲が2基、搭載されていた。そしてこちらも、『グレードアトラスター』ほどでは無いが()()()()()である。

 

「これは……! ロデニウス連合王国に、こんな戦艦があったなんて……! これなら、パーパルディア皇国が敗れたのも納得だな。

それにしても、こんな素晴らしい軍艦を2隻も見られるとは。今回の先進11ヶ国会議は大当たりだな!」

 

 ブロントは、第三文明圏エリアに向かっていくロデニウス連合王国の艦隊と、その反対側に見える『グレードアトラスター(ブラックホール)』を見て、ひどく興奮するのだった。

 

 

「ふー、何とか無事に到着できたか」

 

 そのロデニウス連合王国の使節団護衛艦隊…「第一護衛艦隊」のうち、先頭を走る駆逐艦「(ゆき)(かぜ)」の艦橋では、堺が大きな息を吐いていた。隣に立つ艦娘"雪風"も、思い切り伸びをしており、疲れた様子だ。

 

「こちら第一護衛艦隊、旗艦雪風。鹿()(しま)、使節団の皆様の様子はどうだ?」

 

 堺は「雪風」備え付けの無線機を使って、後方にいる練習巡洋艦「鹿島」に連絡を取る。

 

『こちら鹿島。皆さんお疲れの様子も無くお元気ですよ、提督さん』

「ん、そうか。それなら良かった。居住性と安定性が高いお前を、使節団の乗艦にしたのは正解だったな」

 

 そう。堺は今回、“使節団の乗艦”として「鹿島」を使ったのだ。

 「鹿島」は()(とり)型練習巡洋艦の2番艦である。史実における香取型練習巡洋艦は、「士官クラスの海兵を育てる」という目的で造られた艦であった。そのため、居住設備が他の軍艦と比べてしっかりしており、更に「遠洋航海演習」の名目で各国の港に寄港することも考えられていたため、対外的な目を考えて来賓用の設備も備えられている。おまけに燃費も安定性も良しと、まさに今回のような任務には打って付けであった。そのため、堺は「鹿島」を選抜したのである。

 ちなみに「香取」はどうしたのかというと、タウイタウイ泊地にて新兵を乗せた第1艦隊駆逐隊の教導に当たっている。

 

『提督さん、いつもありがとう。うふふっ』

 

 "鹿島"のこの笑い声に虜にされた、という提督は多いのでは無かろうか?

 その時、堺の下に別の艦娘から通信が飛び込んできた。

 

『こちら(なが)()。提督、()()()()()()はこの6隻だけだよな?』

「こちら堺。当然だが、どうした?」

 

 何を“当たり前のこと”を訊いてきたのだろう、と堺は訝しむ。

 すると"長門"は、とんでもないことを訊いてきた。

 

『そうか。では前方に停泊する()()()()()は、どこの国の船だ?』

「何っ!?」

 

 堺は慌てて、「雪風」の艦橋から窓の外を見る。すると、

 

「うわぁ……! マジで大和(やまと)型戦艦そっくりじゃねえか!」

 

 そこには、大和型戦艦()()()()の戦艦が停泊していたのだ。

 

『提督、あれは何だ?』

「あれは俺たちとは関係無いぞ。グラ・バルカス帝国という国の、『グレードアトラスター』って呼ばれるタイプの戦艦だ。こうして見ると、うちの大和にそっくりだな」

『ああ。あんなに似ているとなると、色々と言われはすまいか?』

「その件なら、ムーから説明を求められたよ。誤解を解くのに苦労したぜ」

 

 実際、あれだけ見た目が似ていれば、ロデニウス連合王国とグラ・バルカス帝国の関連性が疑われるのも無理は無いだろう。

 

「まあ、そういうことだから、あれはうちとは無関係だぞ」

『そうか、了解した。しかし……我々の他にもあんな艦を持っている国があるとは思わなかったな』

「全くだ」

 

 "長門"に返信しながら、堺は色々と考え込む。

 

(グラ・バルカス帝国は、たった5日で列強レイフォルを滅ぼしたと聞いているが、これなら当然だな。

レイフォル国は世界五列強の5番手、列強国の中では最弱だった。ということは、技術的にはパーパルディア皇国と大差ない筈だ。つまり、戦力は射程2㎞の大砲に戦列艦、そしてワイバーンロードが関の山だった筈。

だが、この“ニセ大和”を見る限り、グラ・バルカス帝国の技術水準は、地球では少なくとも第二次大戦当時レベル。それならば全金属製単葉戦闘機や機関銃、戦車があってもおかしく無い。レイフォルが負けるのも当然だな)

 

 とここで、堺は“大変なこと”に気付いた。

 

(もしやこの国、核兵器を開発してやしないだろうな!?

有り得なくは無い。だって、当時のアメリカは核兵器を使ってきたじゃないか!)

 

 そして堺は、そっと冷や汗をシャツに染み込ませて隠した。

 

(こりゃあ、"Iowa(アイオワ)"をさっさと近代化改修する必要が出てきたな。"(くし)()"に言って、ハープーンやらトマホークやらCIWSやらを積ませないと。

幸い、今のタウイタウイのドックは空だ。会議から帰ってすぐ"Iowa"を放り込むか……? だがそうなると、"Iowa"は改装だけでも半年はドックから動けんし、慣熟訓練して戦列復帰となると更に時間がかかるな……)

 

 堺は、自らの率いる第13艦隊をどう近代化改修すべきか、必死で考えていた。

 

 

 その一方、グラ・バルカス帝国側も予想外の戦力の登場に驚いていた。

 

「ヘルクレス級戦艦に、キャニス・ミナー級……いや、エクレウス級駆逐艦だと……?」

 

 戦艦「ブラックホール」の艦橋では、艦長のセスドール・ベルテクス大佐が僅かに目を見開く。彼の視線は、ロデニウス連合王国の所属だという艦隊にいる戦艦……戦艦「長門」に注がれていた。更に、その戦艦の周囲にいる駆逐艦にも、さっと視線をやった。そして副長に尋ねる。

 

「副長、あのロデニウスとやらの巡洋艦らしき艦艇だが、どう見る?」

「そうですね……特設艦の類、もしくは練習艦ではないでしょうか。あの艦は艦体の大きさ()()で見れば、軽巡洋艦クラスはあります。しかし、備砲は駆逐艦クラスのものですし、魚雷発射管らしき機構も見当たりません。また、艦体の形状はどちらかといえば、戦闘艦艇ではなく輸送船や商船に使われるようなものに見えます。おそらく、民間の輸送船辺りを徴発して最低限の武装だけ施した特設砲艦か、もしくは練習艦であると推定します」

「なるほど、練習艦か。それなら確かに一理あるな」

 

 ベルテクスと副長が言葉を交わしている間に、ベルテクスの隣に立つ外交官シエリア・オウドウィンも、「長門」を見て驚いている。

 

「これは……もしやロデニウス連合王国は、我が国と同程度あるいはやや劣る程度の技術を有しているのか?」

 

 これは想定外だった。まさか、()()()ヘルクレス級戦艦を連れているとは予想だにしていなかった。しかも“非常にそっくり”である。どこかから情報が漏れたのか、とすら思えるほどだ。

 

(これはもしかすると、認識を改めた方が良いかもしれない。我が国に匹敵する技術を持つ国家はミリシアルだけだと思っていたが……、もう一国いたか?)

 

 会議への参加を前にして、シエリアは認識を改める必要があるかもしれない、と感じていた。

 

 

 会議は翌日から開催されるため、到着した各国の使節団は、この日は自国の船で過ごすか、ミリシアル政府が用意したホテルで過ごすことになった。

 やっと到着したとあってのんびりと過ごす者が多かったのだが、堺は違った。錨を降ろして停泊するや、内火艇に乗り換えて上陸。そして、まずは議場となる帝国文化会館の下見を行った。ついでに、会館にあったカルトアルパス周辺を描いた地図に目を止めるや、何やらぶつぶつ呟きながら15分ばかりも地図と睨めっこをしていた。その次には今度は埠頭の方へと向かい、海岸に沿って歩きながら周囲の景色を見渡し、そのついでに「ブラックホール」にも目をやっていた。

 そして「雪風」に戻ってからは、艦娘の"雪風"が寝てしまった後も、船室に籠って瞑想でもするかのように考え込み、時折紙に何やら書き込んでいた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 日が明けて4月22日 午前8時45分、いよいよ今日から会議である。会議中は8日間行われる予定だ。

 会議の流れを大まかに説明すると、最初の3~4日間程は各国の外交担当実務者級のメンバーの間で協議が行われ、その後各国外務大臣級のメンバーによる会議となる。そして、8日目の午後0時に、議長国・神聖ミリシアル帝国の政府代表として、ミリシアルの外務大臣ペクラスが、各国の使節団と共に協議して定めた方針を“今後の世界の流れ”として、「世界のニュース」の生中継で発表するのだ。それを以て、先進11ヶ国会議は終了となる。

 

 会場となるのは帝国文化会館。この建物は、クリーム色を基調とした色で塗装され、廊下には赤い(じゅう)(たん)が敷き詰められ、柱の1本1本に至るまで豪華な装飾を施された、豪華絢爛な建物である。デザイン性と威厳が両立され、日本の国会議事堂を彷彿とさせる形状のその建物は、“神聖ミリシアル帝国の繁栄”を象徴するかのような建造物だった。

 

 その帝国文化会館の玄関ホールの片隅に、ロデニウス連合王国使節団の一同の姿があった。使節団といっても、旧クワ・トイネ公国の外務卿、改め外務大臣のリンスイと旧クワ・トイネ公国の外務部職員の1人だったヤゴウ、そして旧クイラ王国の外交担当メツサルの3人である。

 

「………」

「………」

「………」

 

 3人とも落ち着きが無い。ヤゴウはあちこちと見回しているし、メツサルは顔中に薄っすら冷や汗が流れている。リンスイは一番マシであったが、顔の(こわ)()りは完全に隠し切れてはいなかった。

 先進11ヶ国会議は、呼ばれる()()でも大変な名誉であり、他国から「この国は大国である」と認知されること間違い無しの“大イベント”である。ということは、今後の『他国からの視線の変化』が容易に想像される。それに加えて、この先進11ヶ国会議に参加している他の国は、いずれ劣らぬ()()であり、世界最強の国家たる神聖ミリシアル帝国を筆頭に、(そう)(そう)たる面子が顔を揃えている。

 元々リンスイたちは“第三文明圏外国”の出身であり、こんな国際大会議に参加したことなど無い。そのため、彼らの緊張も無理の無い話であった。

 

 そんな彼らの目の前に、横からすっとソーサーに載せたカップが差し出される。カップには、仄かに湯気を立てる“透き通った赤茶色の液体”が注がれていた。独特の豊潤な香りが鼻腔を擽る。

 

(この香りは……紅茶?)

 

 リンスイが振り向くと、そこには使節団を護衛してきた「第一護衛艦隊」司令・堺がいた。紅茶のカップは、彼の手から差し出されたものである。彼の腰には水筒がぶら下げられており、どうやらそれに紅茶が入っているようだ。またカップは、おそらく彼が肩にかけている鞄から出てきたものだろう。

 

「緊張していらっしゃいますね、皆様。……まあ、無理もありません。こんな大会議、“緊張するな”と言う方が酷な話でしょう。

お一つどうぞ、気分が休まりますよ」

「堺殿、すまないな」

 

 リンスイは堺に小さく頭を下げると、彼の手からカップを受け取った。そして、独特の甘い香りを肺にたっぷり吸い込んでから、一口飲む。砂糖を利かせた甘い味が、喉を伝って胃の腑に消えていくと共に、彼の心も少し軽くなった。

 リンスイが紅茶を飲んでいる間に、堺は素早く鞄を開けてもう2つカップを取り出し、それに水筒から紅茶を注いでヤゴウとメツサルに手渡す。2人も堺に礼を言って、紅茶に口を付けた。

 3人が紅茶を飲み終えたのを確認し、堺はカップを回収しながら口を開く。

 

「何、そう怯むことはございません。この先進11ヶ国会議にお呼ばれした以上、我が国も“他国とほぼ対等”です。怯んでいては、それこそ我が国の名折れでしょう。出席できない私の分まで、どうか頑張ってください」

 

 当然だが、軍人であって外交官ではない堺には、会議場に入る資格は無い。

 

「ああ、分かった。堺殿、紅茶をありがとう。お蔭で心が休まったよ」

「いえいえ、お粗末様でした」

 

 リンスイと堺が言葉を交わしていると、3人の男性が近付いてきた。いずれも地球でいうアラブ諸国の人々のような独特の衣装を着用し、頭には変わった柄の布を巻いている。その3人のうち中央に立つ男性が話し掛けてきた。

 

「失礼ですが、ロデニウス連合王国の方でいらっしゃいますか?」

「はい、そうです」

 

 リンスイが応じると、相手は笑顔を見せた。

 

「初めまして。私は、中央世界(第一文明圏)のアガルタ法国外交庁に勤めております、マギと申します。よろしくお願い致します」

 

 マギと名乗ったその男性は、右手を前に差し出して握手を求めてきた。

 

「こちらこそ、初めまして。ロデニウス連合王国外務大臣の、リンスイと申します」

 

 リンスイも右手を差し出し、マギの手を握る。

 

「こちらは、外交官のヤゴウとメツサルです。そしてこちらは……」

「ロデニウス連合王国、外務大臣護衛艦隊司令の堺と申します。お初にお目にかかります」

 

 リンスイに紹介されたヤゴウとメツサルは、それぞれ会釈する。そして堺は、自分で名乗って頭を下げた。

 マギはにっこり笑って、話を続ける。

 

「リンスイ殿、お目に掛かれて光栄です。ヤゴウ殿にメツサル殿、それに堺殿も、よろしくお願い致します。

ロデニウス連合王国の技術については、我が国でも噂になっておりますよ。“固有の魔法技術と()()()()()()()()()を並立し、高い国力を持っている”、と。また、……こんな言い方をして申し訳無いですが、東の第三文明圏外国家でありながら、列強パーパルディア皇国に敢然と挑み、同国の軍隊を完膚無きまでに打ち負かした、勇敢な民族が住まう国である、と。

今までの私たちの常識では、……これも言い方が失礼で申し訳ありませんが……、この世界においては『魔法技術が無ければ、碌な文明を築くことができない()()である』と見做されることが多かったのです。“唯一の例外”とも言えるのがムーですが、彼らは相当に苦労し、非常に長い時間をかけて、今の地位を築き上げたそうです。

しかし貴国は、突然東の端に現れ、固有の魔法技術とムー以上の科学技術を駆使して国を興し、ムーよりも短い期間でここまでの地位を勝ち取られました。我が国、アガルタ法国は、貴国に強い関心を持っております。是非一度、貴国に伺ってみたいものです」

「いやいやマギ殿、とんでもないことです。我が国の魔法・魔導技術は、貴国に比べればまだまだですよ。科学技術にしても、まだ学ばなければならないことが多くありますし、何より政治体制や経済は、まだ他国に比べて立ち遅れています。ムー国に倣って、国内体制を整えようとはしているのですが、そう簡単にはできないもので……。

それと、我が国への訪問団の打診につきましてもありがとうございます、是非共お越しくださいませ。貴国の高い魔導技術には、我が国も非常に高い関心を持っております。貴国は確か、“学院制”を取っておりましたな。交換留学生を派遣し合って、お互いの技術を学び合う、というのは如何でしょうか?」

「それは誠に喜ばしい提案です。会議の後、昼食でもご一緒にいかがですか? その辺りのこともお話したいですな」

「ええ、是非とも喜んで。貴国とも国交を開設したいと思っておりました」

 

 リンスイとマギがこんな会話を交わしていると、不意に館内の魔導通信スピーカーから声が飛び出してきた。

 

『これより、先進11ヶ国会議を開催致します。関係者の方は、お席の方にお着き願います』

 

「おや、時間のようですな。それでは、また後ほど」

「はい。今回の会議は、我が国は“初参加”となります故、よろしくお願い致します」

 

 リンスイとマギは再度握手を交わし、アガルタ法国使節団一行は会議室へと入っていった。

 ヤゴウとメツサルに部屋に入るよう指示してから、リンスイは堺の方を向く。

 

「堺殿、改めて護衛ありがとうございました。帰りに、またお願いします」

「はい。それでは私は、カルトアルパス観光でもして、時間を潰すことに致します。会議の方、頑張ってきてくださいませ」

 

 リンスイは会議室へと入っていき、ヤゴウ・メツサルと共にロデニウス連合王国の使節団に割り当てられた席に座る。

 堺は、3人を見送って帝国文化会館を後にした。そしてそのまま、波止場に足を向ける。何をしようとしているかというと、堺は改めて『グレードアトラスター(ブラックホール)』を見に行こうとしているのだ。

 

 波止場に到着した堺は、野次馬に紛れ込むと埠頭に視線をやる。そこには、グラ・バルカス帝国の誇る超戦艦「グレードアトラスター」……ではなくその姉妹艦「ブラックホール」が、昨日と同じように停泊していた。

 

「………」

 

 堺は、無言で「ブラックホール」の艦体のあちこちに視線を向ける。そして、特に“艦橋周り”を丹念に観察していた。

 

(……まずいな)

 

 堺は、心の中で呟く。

 彼は艦娘たちの提督であるからして、艦娘たちの“装備の元ネタ”となったであろう装備……第二次世界大戦当時の兵装については一通り知っている。もちろん、その頃使われていた電探(レーダー)の形状や基本的な概念についても。

 

(レーダーが多数搭載されている。そして「22号対水上電探」や「33号対水上電探」に似たその形状から考えると、おそらく射撃用レーダーを持っている筈だ。“レーダー射撃”を行ってくると考えるべきだろう。

しかもこの戦艦は、おそらく46㎝砲持ちだ。まずいな……)

 

 「ブラックホール」の艤装を見て、危機感を抱く堺だった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 先進11ヶ国会議とは、この世界にある国々のうち中央世界(第一文明圏)・第二文明圏・第三文明圏、そして南方世界にある有力な国々の代表者が集まって、“この世界の行く末”について話し合い、決定する会議である。そのため、ほとんど全ての国がこの会議に注目していた。また、既に一言述べたが、この会議は参加した()()でも大変な名誉である。

 

 この国際会議であるが、「列強国」と呼ばれる大国は“常時”参加国とされ、それ以外の国家(各文明圏の準列強国)は持ち回りで参加することになっている。前回、中央暦1640年に行われた会議の例で言うと、常時参加国だったのは“世界五列強”と呼ばれる国家である。序列1位から順に「神聖ミリシアル帝国」、「ムー国」、「エモール王国」、「パーパルディア皇国」、そして「レイフォル国」の5国である。

 しかし、相次ぐ戦争によって「パーパルディア皇国」と「レイフォル国」が共に、“国家として滅亡”してしまい、列強失格となった。そのため、今回の会議における“常時参加国”は、残りの3国となっている。

 

 今回の先進11ヶ国会議の参加国は、中央世界(第一文明圏)の参加国から順番に以下の通りである。

 

神聖ミリシアル帝国(中央世界、列強1番手)

エモール王国(中央世界、列強3番手)

アガルタ法国(中央世界)

トルキア王国(中央世界)

ムー国(第二文明圏、列強2番手)

ニグラート連合(第二文明圏)

マギカライヒ共同体(第二文明圏)

グラ・バルカス帝国(第二文明圏外西側)

パンドーラ大魔法公国(第三文明圏)

ロデニウス連合王国(第三文明圏外東側)

アニュンリール皇国(南方世界)

 

 今回の会議では、列強失格となった2国に代わって「パーパルディア皇国」の枠に「ロデニウス連合王国」を、「レイフォル国」の枠に「グラ・バルカス帝国」を入れることを、認めるかどうかについても協議されることになっている。もし認められれば、この二国は“正式な列強入り”となるだろう。

 

 ちなみに、第一文明圏や第二文明圏においては「第三文明圏」と「大東洋共栄圏」はほぼ()()()と化している。ロデニウス連合王国と第三文明圏周辺の国家は、そうは思っていないが。

 

 この世界でも、特に“力のある国のみ”が集められているだけあって、会場は緊張感に包まれている。

 

 会議がスタートすると同時に、エモール王国の代表が手を挙げた。議長が指名し、同代表は発言権を得て起立する。

 

 エモール王国は、「竜人族」と呼ばれる民族のみで成り立つ単一民族国家である。人口は約100万人と、パーパルディア皇国の7千万人やロデニウス連合王国の4千万人と比べて少ないものの、個々人の高い魔力や身体能力と、風竜を使役できるような特殊能力、そして“占いによる()()の的中率の高さ”等から、他国からは列強国と認定されていた。

 

 そのエモール王国の代表は、一般的な竜人族が2本の角を有するのに対して、倍の4本の角を持っている。そして、日本の寺なんかによく描かれている竜を連想させる強面であり、2メートルに達する身長も相俟って威圧感が大きい。

 

「エモール王国のモーリアウルである。

今回は、皆に伝えなければならない“重要なこと”がある。皆心して聞くが良い

 

 エモール王国といえば、占いによって未来を見通す能力で有名である。しかもその占いは、物によっては的中率98%以上にも達する。つまり、エモールの占いで出た事象は、“高確率で()()()起きるもの”である。

 そのエモール王国からの伝達事項となると、これは重要な話だ。いったい何を言われるのだろうか。

 各国の代表たちは、固唾を呑んで次の言葉を待つ。

 

「先日、我が国において空間の占いを実施した。その結果だが、ラヴァーナル帝国、即ち(いにしえ)の魔法帝国が近いうちに復活する、という結果が出た」

 

「「「「「!!!」」」」」

 

 各国の代表たちが、一斉に凍り付いた。

 

「古の魔法帝国の復活だと?」

「なんと……」

「伝承が(まこと)なら、我らに抗う力はないぞ!」

 

 騒然となった各国の代表たちは、互いに顔を見合わせて囁き合う。それを制するように、モーリアウルは話を続ける。

 

「“復活の場所”についてであるが、空間の位相に歪みが生じており判然としない。だが、我々の計算によると、今年から4年〜25年の間に、“この世界のどこか”に復活するだろう。

古の魔法帝国に、我々がどの程度対抗することができるのか、伝承がどこまで本当なのかは定かでは無い。だが、彼らの力がどれほどのものなのかは、“この世界に残された彼らの遺跡”が何よりも雄弁に物語っている。

従って、我々は“不要な争い”をすること無く、軍事力や技術力を強化し、世界各国で協力し合って、古の魔法帝国復活に備えるべきである

 

 モーリアウルは、そう言って話を終えた。

 会場がざわつき、各国の代表たちは互いに頷き合う。だが、その時。

 

「くっくっく……はーっはっはっは!」

 

 場違いも甚だしい声が、喧騒を貫いた。若い女性の高笑いの声である。

 声の主は、グラ・バルカス帝国代表団の席に座っていた、20代後半と思しき女性だった。各国の代表が、嫌悪感を滲ませた視線をその女性に向ける。

 多数の批判的な視線を受けたその女性は立ち上がり、口を開いた。

 

「いやいや、失礼した。私はグラ・バルカス帝国外務省、異界東部方面担当課長のシエリア・オウドウィンという。

魔帝か何か知らんが、()()()()()に恐れ入るとはな。“この世界の者たちのレベル”に、唖然としているところだ。そもそも占いなぞという、()()()()()()()()()()()()()()()を信用するその精神が、私には理解できない。

しかも、この世界で“列強と言われる国”の代表が、この発言とはな。我が国が滅ぼしたレイフォルも列強だったらしいが、はっきり言って弱かった。

これで()()()()か……レベルの()()が知れるな」

 

 あまりにも不遜な物言いである。

 

「新参者が何を言うか! この礼を知らぬ野蛮人め!」

 

 エモール王国と同盟関係に在るトルキア王国の代表が、シエリアを(なじ)った。そのエモール王国代表・モーリアウルは、シエリアに向けて静かに口を開く。

 

「新参のグラ・バルカス帝国か。魔法を知らぬヒト族主体の国らしいな。

魔力の低い()()()()がほざくな、貴様等なぞに期待してはいない」

 

 “この世界の()()()国家”なら、この時点で口を慎み、反省の色を見せたことだろう。

 だが、シエリアは真っ向から応じた。

 

「科学を理解できぬ()()()()()()()()とはな。我が帝国に口を利くとは大したものだ」

 

 モーリアウルの声が太く、荒くなった。

 

「亜人とは、人族以下という意味だ。我が国は“竜人族の国”だぞ、下種(ゲス)が!」

 

 会議は初っ端から熱を帯び、紛糾していた。議長が手を挙げ、場を静めている。

 地球ならば、絶対に有り得ないような光景である。

 

(((凄い会議だな、本当に……)))

 

 リンスイ、ヤゴウ、メツサルは、3人揃って同じ認識を持った。

 場が静まった後、ムー国の代表が挙手し、発言権を得て起立した。

 

「我が国ムーは、本会議において『グラ・バルカス帝国に対する2年以上の交易制限』を発議致します。理由としましては、第二文明圏外国であるイルネティア王国及び、その王都キルクルスに対する侵攻です。

国家同士のことであり、“第三国が口を挟むこと”ではございませんが、このままグラ・バルカス帝国の跳梁を許せば、第二文明圏、延いては“この世界の秩序そのもの”が脅かされることとなるでしょう。

以上が発議の理由であります」

 

 ムー国の代表が着席すると、今度は神聖ミリシアル帝国の代表が挙手した。

 

「ムー代表の方の仰る通りです。確かに、彼らは世界の秩序を乱し過ぎています。

我が国、神聖ミリシアル帝国はムーの提案に賛成すると共に、グラ・バルカス帝国に対して『第二文明圏からの即時撤退』を要求します。このまま第二文明圏に対する対外侵攻を続けるようであれば、我が国としても動かざるを得ませんぞ」

 

 自他共に認める”世界最強の国家“が介入してくる。この世界の国家なら、それを聞いた()()で震え上がり、剣を収めることがほとんどであった。

 出席者全員の視線が、グラ・バルカス帝国代表団の席に向けられる。シエリアは平然とした様子で起立し、口を開いた。

 

「1つ言わせてもらおう。

我が国は、今回の会議に“意見を述べるため”に参加したのではない。この世界の有力な国家が集うこの会議において、()()()()()()()()を伝えるために来たのだ」

 

 そしてシエリアは、一呼吸置いてとんでもない発言を繰り出した。

 

「グラ・バルカス帝国の帝王、グラ・ルークスの名において汝らに告げる。我が国に従い、我が国の支配を受け入れよ。

我が国に忠誠を誓った国には、永遠の繁栄が約束される。しかし、従わぬ者には我らは容赦せぬ。沈黙は()()と見做す。

まずは問おう、()ここで我らに従う国はあるか?

 

 会議場を一瞬、沈黙が支配した。あまりにもあんまりな発言に、各国の代表たちの脳が一瞬理解を拒んだのだ。

 その一瞬が過ぎた直後、各国の代表たちから非難の声が上がる。

 

「下種が!」

「蛮族が、偉そうに何を言うか!」

「馬鹿か、貴様は!」

 

 会議場は騒然となり、誰もが口々に非難を叫ぶ。

 しかし、シエリアにはこの程度は“想定済み”だったらしい。

 

「やはり、()従う国は現れぬか。まあ、当然のことだろう。

グラ・ルークス陛下は寛大なお方だ。従うのは、我が国の力を知った後でも構わない。用があれば、レイフォルの出張所まで来るが良い。まあ、“大きな被害が出てから”になりそうだがな。

では現地人共、確かに伝えたぞ!」

 

 それだけ言うと、シエリアを始めグラ・バルカス帝国代表団は席を立ち、会場を後にした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そのしばらく後。

 群衆に混じって、相変わらず「ブラックホール」を観察していた堺は、大分情報をつかんでいた。

 

(レーダーは、まず間違い無く“索敵用”と“射撃用”とが有る。しかも、対水上電探と対空電探が備わっているな。レーダーの性能がどの程度かは不明だが、まずいことになりそうだ。

ただ、艦橋トップの()()は、間違い無く(そっ)(きょ)()だ。射撃用レーダーがあるのなら、測距儀なんぞ不要な代物に思えるが、我が国の大和型戦艦の例もある。もしかすると、レーダーがまだ信用に足りるほど発達していないのかも知れんな。

それと、喫水線付近の膨らみ……バルジがある。ということは、この国は『注排水システム』を知っている可能性がある。そしておそらく、魚雷もあるだろう。技術水準は、我々と同程度かもしくはそれより優れていると見ていいだろう。

しかし、見れば見るほどこの戦艦はうちの大和型に似ている。もしかすると、装甲区画の配置なんかも同じかもしれん。それなら、まだ戦い様はあるな)

 

 そんなことを考えていた時だった。

 

(ん?)

 

 群衆を押し退け、パリッとした衣服を纏った者たちが、急ぎ足で「ブラックホール」に向かってきた。その先頭を歩くのは、若い女性である。

 彼らの衣装は明らかに礼服だ。まるで、“どこかの国際会議”にでも出席するかのような。

 堺が見ていると、その一団は「ブラックホール」のタラップ付近にいた警備兵の敬礼を受けながら、タラップを上がっていった。その直後、警備兵たちもタラップを上がり、直ちにタラップを外しにかかる。

 

(え?)

 

 彼らの行動に不審感を抱いた堺が、「ブラックホール」の煙突を見ると、そこからは(もう)(もう)と黒煙が上がっている。その時、ガラガラと鎖を引きずるような音が、「ブラックホール」の艦首部分からし始めた。

 

(錨を上げる音……?)

 

 堺の眉が、僅かに動く。

 

(出港する気か? だが、グラ・バルカス帝国の使節団の船はこの1隻だけだ。

そして、さっきの外交用礼服っぽい格好の一団……あれがこの国の使節団だったのだとすれば、こいつら、世界会議を途中退場してきた、ってことになる。

何があった? この世界の列強国にでも無礼を働いて、退場を命じられたか? いや、まさかな。それとも……何かの通達に来たか? 例えば“宣戦布告”とか。……まさか!?

……何か、とてつもなく嫌な予感がするな…)

 

 出港準備を進める「ブラックホール」を見て、堺は嫌な予感を抱いた。そして、自分たちも“あらゆる可能性”に備えなければならないと、強く感じるのだった。

 そんな彼を尻目に、「ブラックホール」は粛々と出港の準備を進め、そしてお昼にもならないうちに出港してしまったのである。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その夜堺は、艦隊に戻ってきたリンスイたちから事の顛末を伝えられ、自分の嫌な予感が当たったことを確信した。そして、「グラ・バルカス帝国軍による武力攻撃の可能性あり」と判断し、「第一護衛艦隊」の全艦に対して次のような命令を発した。

 

「明日以降、何時であっても出撃できるよう、機関の調子を整えておくこと。また、電探は常時入れっ放しにし、見張り員も総動員して索敵に厳重注意すべし。グラ・バルカス帝国による武力攻撃の可能性あり。航空機、水上艦艇、潜水艦、“あらゆる方向”への索敵を怠るべからず」

 

 

 そして、堺の預かり知らぬ処でではあったが、既に攻撃は始まっていたのだ。

 時はこの翌日、中央暦1643年4月23日。処は神聖ミリシアル帝国の西方にあるマグドラ群島。

 そこで、神聖ミリシアル帝国海軍の誇る「第零式魔導艦隊」とグラ・バルカス帝国海軍の水上艦隊が、交戦を繰り広げていたのである。




というわけで、原作通りグラ・バルカス帝国が全世界に宣戦を布告してしまいました。
??「ああ、やっぱりこうなったよ…」

こうなってくると、フォーク海峡海戦の発生如何と戦況がどうなるか…。

そして若干唐突の感は否めませんが、今回をもちまして「第四章 異世界に激震走る」は終了となります。次回より、新章突入です。


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次回予告。

マグドラ群島にて訓練中の神聖ミリシアル帝国海軍・第零式魔導艦隊。新鋭艦ばかりを集めたこの「世界最強」を誇る水上艦隊に、グラ・バルカス帝国の水上艦隊が襲いかかる…!
次回「マグドラ沖海戦(1)」

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