鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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お待たせしました、間章の2ページ目でございます。
そして本更新が、西暦2020年における最後の更新となります。西暦2021年も、拙作「鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。」を、どうかよろしくお願い申し上げます。

ちなみに現在、艦これではイベント「護衛せよ! 船団輸送作戦」を展開中ですが、私は第一作戦海域から順に甲、乙、甲で攻略して、現在は最終作戦海域の最後のゲージを甲で削ろうとしております。ですが…何あのこちらを殺す気しかない編成は…



079.12 間章その1 アイリーンのロデニウス文化調査報告書 2頁目

 以下は、ムー国外務省の女性文化調査官アイリーン・グレンジャーが記した、ロデニウス連合王国渡航記録(という名の彼女の日誌)の抜粋である。

 

 中央暦1640年2月16日。私がロデニウス連合王国に来て、3週間が経とうとしている。

 現在の私の調査活動圏は、実を言うとあまり拡大していない。タウイタウイ島と、海を挟んだ対岸にあるロデニウス大陸北東部の港湾都市クワ・タウイ、そして首都のクワ・ロデニウスだけしか、まだ訪れていないのだ。だが、この3つの地だけでも、私がこれまで目にしたことのないものが満ち(あふ)れており、毎日ワクワクが止まらない。

 毎日出歩くのも流石にしんどいため、今日はこの国のホテル「ラ・ロデニウス」のスイートルームでのんびりと過ごしながら、日誌を書くついでにこの3週間ばかりのことを振り返ってみようと思う。

 ちなみに私が泊まっているスイートルームだが、居心地がとても良い。家具はベッドや棚から絨毯一枚に至るまでが、高級品だとはっきり分かる品物ばかりで揃えられているし、何よりベッドの寝心地が最高だ。硬すぎず柔らかすぎず、ちょうど良い感じである。あと、この部屋は建物の3階にある北向きの一室だが、ロデニウス大陸が南方にあるせいもあって日照は十分だし、テラスから遠く見える海の青と大地の緑、そして畑に実る黄色い穂と都市部のモザイク模様が、素晴らしいコントラストを形作っている。風景画家がここにいたら、きっと喜んでカンバスに向かって筆を取るだろう。私は絵心がないから絵を描かないけど。

 

 まず、私たちが最初に降り立った地である「タウイタウイ島」。ここはどうやら、純然たる軍事拠点として利用されているようだ。旅館にあってもおかしくないような立派な風呂があったというのに、である。

 何故こんなことになっているのか不思議に思うが、今はまだその理由ははっきりとは分からない。だが、そんな私にも1つだけ分かったことがある。この島に駐屯する陸軍部隊、海軍の艦隊、そして空軍部隊は、この国のどの拠点の軍よりも先進的らしいということだ。

 私と共に渡航した軍の技術士官マイラス・ルクレール氏によれば、ロデニウス連合王国が第三文明圏外にあるにも関わらず、ムー国の軍より強力な装備を有している全ての原因は、タウイタウイ島にあるのだそうだ。曰く、このタウイタウイ島は転移してきた地であり、それもなんとかつてのムー国の友好国だった「ヤムート」……今は「ニホン」という国名らしいが……の一部なのだそうだ。初めて聞いた時には、私も心底驚いた。

 マイラス氏の話では、ヤムートはこの世界以上の激動の世界を生き抜き、「ニホン」として存続し続けているのだという。我が国に限らず、ヤムートも大変な苦労をして生き残ってきたようだ。

 タウイタウイ島は軍事拠点ではあるらしい……が、マイラス氏によればちょっとした甘味の店があるのだそうだ。そういえば、訪れた初日にあの島で食べたアイスクリームは、非常に美味だった。島の店ではどんな甘味を売っているのだろうか。きっと私の知らない物もあるに違いない。帰る前に、是非とも行ってみたいものである。

 

 続いてクワ・タウイだが、ここは我が国の北部にある港湾都市パテルはおろか、北方の造船の拠点たるスカパ・ブローすら凌ぐのではないか、と思えるほど大きな港湾都市だ。

 昼夜の別なく巨大なクレーンが動き、ドックでは日々船が作られている。他にも、どこからか大量の貨物を運んできた船がひっきりなしに埠頭に接岸し、貨物の積み下ろしをしていた。輸送船の他にはタンカーの姿も見える。マイラス氏によれば、ロデニウス大陸南東部のクイラ州は無論、西部のロウリア州からも多くの貨物が運ばれているそうだ。また、製鉄所のような大規模施設もあるのだという。

 造船やら製鉄といった仕事のイメージから、いかにも「男性の職場」というイメージが強いが……実際にクワ・タウイに上陸してみると、思いの他女性や子供が多くて驚いた。ヤマトさんによれば、「あの街には家族ぐるみで引っ越してきている人も多いんですよ。それと、意外に思われるかもしれませんが、こと造船所の設計部などでは女性職員も多いんです」とのことである。なるほど、家族ぐるみで来ているのか。それならば納得できる話である。

 

 最後にクワ・ロデニウス。この街は日々進化を遂げつつあるようで、どこへ行っても何かしらの建物の建設工事や道路工事が行われていた。まるで国策として建築業をやっているようだ。

 街並みを見てみると、郊外には広大な畑に混じって草葺きの屋根の木造平屋がぽつぽつとあるなど、第三文明圏外らしい景色がある。だが、都市の中心部は明らかに第三文明圏外国のそれとはとても思えない。高層建築が立ち並び、電気で飾った看板が通りを彩り、多くの人と自動車が幅広の道路を行き交うその様子は、パーパルディア皇国の皇都エストシラントにも負けないような立派な街並みである。

 煌びやかな街並みの例に漏れず、どうやら店も多数あるようだ。呉服屋、料理店、家具屋……なんと自動車のディーラーショップから自転車のレンタル店まであった。この大陸はムー大陸に比べればずっと小さいとはいえ、人の足で歩こうとするには広すぎる。この国の交通法規を調べると共に、ムー国の自動車運転免許が通用するかどうか、大使館あたりにでも問い合わせておかなければ。

 

 

 そうそう、忘れてはならないのが、この国は食べ物がとても美味しいことだ。「ラ・ロデニウス」でもタウイタウイ島でもクワ・タウイでも、私はムー国では見たことがない珍しい料理を見つけては、次々と食している。できればレシピを持って帰り、ムー国の食文化に取り入れたいものだ。

 訪れた翌日……1月28日の昼、私は早速タウイタウイ泊地の昼食の席で素晴らしいものを見た。船のような形の容器に多数の具が盛り付けられた、もはや料理ではなく1個の芸術品というべき美しいものであった。コックを担当してくれたヤマトさん曰く、これはニホンでも代表的な料理の1つで「サシミ」の一種である「フナモリ」というものだそうだ。聞けば、盛り付けられているのはなんと生の魚の切り身だとか。

 第三文明圏外国でもどこでも、魚料理というものは海や湖、川のある国ならよく出てくる。しかし、魚を生で食するという料理は聞いたことがない。生というのにはいささか抵抗感がある。食中りを起こしたりしないか心配ではあるが……まずは取り敢えず試してみよう。

 食べようとしたら、奇妙な黒い透明な液体が入った小皿を渡された。大豆から作ったという「ショウユ」なるソースだそうである。試しに少し舐めてみると塩辛い。どうやら塩を多めに使っているようだ。「ショウユは塩分が多いですから、なるべく摂りすぎないようお願いいたします」とはヤマトさんの弁である。また、「本当はハシという2本の棒からなる食具で食べるものですが、今回はフォークをお付けいたしましょうか?」と聞かれた。だが私は、ハシの扱いには慣れている。何故って、第二文明圏のヒノマワリ王国では、ハシを使って物を食べる習慣があったのだ。それに対応できるよう、ハシの使い方を練習したことがあったのである。

 薄い赤色の切り身を1枚取り、ショウユに軽くつけて口に運ぶ。

 

(!!?)

 

 ()(しゃく)した瞬間、私は目を見開いた。生の魚だというから身構えていたのだが、蓋を開ければ生臭いことなど()(じん)もない。魚のあっさりした味にショウユの塩分が程よくマッチして、素晴らしいハーモニーを奏でてくれる。

 今回の主菜に対する主食は、湯気を立てる白い粒状の食物だ。ヒノマワリ王国で食べたコメと称するものに似ているように見える。私の推測が合っているなら、この主食は比較的甘いはずだ。塩辛いソースとはよく合うに違いない。

 ハシで器用に粒をつまみ上げ、口に入れる。うん、思った通り甘い。ショウユの塩辛さとはよく合う味だ。

 こうなってくると、もはや魚が生であろうと関係はない。美味いものは美味いのだ。私は瞬く間に、フナモリを完食してしまった。

 食べ終わって満足した後でよく考えてみると、あのフナモリは味もさることながら、見栄えも非常に美しかった。どうすればあんな芸術品じみた盛り方ができるのか、どんな包丁捌きで身を切っているのか、見てみたいものである。

 ヤマトさんに尋ねてみたら、マミヤさんという方を紹介してもらった。フナモリは彼女が仲間と一緒に作ったものらしい。そして彼女たちの包丁捌きを見て、私は悟った。これは、凄すぎて参考にならない種類のものだ、と。残念だがこれは諦めるしかない。どうしても持ち帰りたければ、我が国のコックをマミヤさんに弟子入りさせて学ぶより他にない。

 

 

 現在私は、主にクワ・タウイに出入りしており、食や衣類、建築物といった文化を調べている。中でも食文化については、話すことが山ほどある。

 クワ・タウイのレストランや屋台を調べてみると、タウイタウイや「ラ・ロデニウス」のような芸術的な料理はあまり見られない。その代わりに、肉や魚を豪快に使用したボリューム満点の丼のような一品ものが多数見かけられる。力仕事に従事する男性工員が多いので、彼らに合わせているのだろう。

 ムー国では見られないコースとしては、「食べ放題」なるものがある。少し高めの金額を払えば、どのメニューを何回お代わりしても良い、というものだ。エネルギー消費の激しい男性工員には、ありがたい代物だろう。

 あと、この街では飲み物と軽食を楽しむことのできる「カフェ」なるおしゃれなお店に加えて、「飲み屋」などと称する小さな酒場も多い。男性だけでなく、女性も多く住んでいるからこその措置だろう。一度カフェに行ってみたが、紅茶やコーヒーといった様々な種類の飲み物を楽しみながら、友人と話に華を咲かせることができるようだ。暇ができたら、外務省の友人を誘って食べにくるのも良いだろう。それと、カフェのメニューにさりげなくフィッシュアンドチップスがあるのには驚いた。我が国のファーストフードを、まさかこんな東の地の店で見かけるとは。

 

 酒場についてだが、その前に述べておかなければならないことがある。それは、この国のビールは非常に美味いということだ。

 ロデニウスのビールは、我が国のビールに比べて2つの相違点がある。第一に、我が国のビールより炭酸が強烈であること。そして第二に、我が国のビールにはない苦味があることである。調べたら、「ホップ」という植物を利用することでビールに苦味を加えているらしい。また、軍艦の消火システムを応用して強烈な炭酸を生み出しているそうだ。軍艦の消火システムを転用するなど、我が国では発想されてもいないことだ。どうやらロデニウス連合王国には、発想力の豊かな人がいるらしい。

 ロデニウスのビールは、他では味わえない美味しさがある。この国の中ならどこの酒場でも飲めるそうだから、この国に来たらぜひ一度飲むことをお勧めする。

 

 そうだ、酒場といえば。クワ・タウイ市内には主だったものだけで4軒、個人経営のような小さいのを含めると10軒以上の酒場があるのだが、その中に1軒だけ、少し変わった雰囲気の店がある。クワ・タウイ市内で初めて私が訪れた酒場にして、私がこれまで訪れた世界中の酒場の中でも、最もお気に入りにしている店だ。

 その店は個人経営タイプとみられる小さな店で、波止場の近くの裏通りにひっそりと建っている。店の玄関にはヒラヒラした紫色の布が下がっており、それに白い字で店舗名らしいものが書かれている。確か、書かれていた文字列は「居酒屋 鳳翔」だった。

 本当に小さなお店で、ボックス席などは1つもない。カウンター席だけで、しかも席数わずか8席と言えば、どれほど小さな店か分かるだろう。あのヒラヒラ飾り(後でノレンというものだと教えられた)以外には看板もまともに出ていないお店であるため、うっかりすれば気付かないままスルーしてしまうだろう。店員も、経営者を兼ねているらしい女将さん以外には見たことがない。こんな小さなお店でよくやっていられるな、と思えるレベルだ。

 その女将さんだが、結構小柄な人だ。黒みがかったグレーの長髪と同色の瞳を持ち、長い髪は後ろで1つにまとめられている。全体におっとりした顔立ちで、話してみると物腰も非常に静かな方だ。これぞ本物の大人の女性があるべき姿、とでも表現すべきだろうか。

 こんなひ弱そうな方が居酒屋なんて荒っぽい人も来るだろう店をやっていて大丈夫なのだろうか……と思ったこともあったが、一度とんでもない場面を見てしまった。酔った男性客が絡んだ際に、一瞬だけ雰囲気を一変させたのである。その時もいつものように穏やかに微笑んでいるだけだったのだが……その身にまとう雰囲気は恐ろしさすら感じさせるものがあった。笑顔だが目が全く笑っていない、とでも言えば良いだろうか。あんな一面も持っているとは、驚きである。

 店の中は、植物を生けた器や高価そうな壺が配置されており、小綺麗にされていて弦楽器によるものらしい物静かな音楽がかかっている。室内の調度品の大半が木でできているせいもあるのか、なんとも落ち着いた独特の雰囲気で、居心地が良い。カウンターの後方にある棚には、多数の瓶が行儀良く整列しており、貼られたラベルには酒の銘柄が書かれている……が、私にとっては聞いたことのない名前ばかりだ。ビールなどもあるにはあるが、少数派である。後で女将さんに聞いたら、この店ではニホンシュというお酒をメインに扱っており、聞いたことのない名前の酒はその多くがニホンシュなのだそうだ。銘柄が多すぎて全ての攻略は無理かもしれない……

 

 この店を初めて訪れた時、文化調査中だった私は、タウイタウイ泊地に戻ろうとしてうっかり夕食を食べ損なっていたのに気付いた。そして何かいい店はないかと見回した時に、不思議な匂いを嗅いだのだ。何とも言えない、心がほんのり温まるような匂いを。

 匂いの元を辿った先にあったのが「居酒屋 鳳翔」であったのだ。匂いに釣られるようにして入店したのを今でも覚えている。

 どうやら閉店時刻が近かったようで、調理場の火はおよそ落ちており、客も私の他には2人組の女性客が飲んでいるだけだった。うち1人の前には大量の酒瓶が並んでおり、相当飲んだらしいことが分かる。

 匂いの源は、カウンター内で作られていた何かの煮込み料理であった。茶色の汁の中に、卵や串刺しの肉、芋のようなもの、その他見たことのない食材が入っている。湯気と共に独特の匂いが立ち昇っていた。

 よく分からないままに、「オデン」と称するその料理を注文する。すると、料理に付けるお酒をどれにするか尋ねられた。そういえばここは居酒屋だったと思い出し、この料理に合うもの、もしくはこのお店のおすすめを出して欲しいと注文する。

 少し待つと、容器に盛られたオデンが出てきた。茶色の煮汁の中には様々な具が見え隠れしており、独特の甘い香りが食欲を誘う。そこへお酒が出てきたのだが……

 

(何だこれ? これが……お酒を飲むコップ?)

 

 衝撃を受けたのを覚えている。というのも、出てきたお酒が入った容器が、やたらと小さかったのだ。

 ムー国にも様々なお酒があるが、だいたいの場合ビールは持ち手のついた大きなグラスに、ワインは細長い脚のついたガラスのコップに入れられる。その他家庭で飲む時には、普通のコップが用いられることもある。

 ところが、ここで登場したお酒を入れる容器は、そのどれとも異なっていた。まず、非常に小さい。ほとんど一口分くらいの量しか入れられないのではないか、と思えるほどだ。容器の材質は、ガラスとは異なる。見て触った感じでは、ヒノマワリ王国で見られる「トウキ」に似ている。お仲間だろうか。

 容器の内側の底には、見たことのない桃色の花の絵が描かれていた。5枚の花びらを持つ花の絵だったと記憶している。そしてその容器の八分目くらいまで、無色透明の液体が注がれていた。これがお酒らしいが……これもまた、ムー国のお酒とは似ても似つかない。ムー国のお酒の市場シェアはビールとワインでほぼ二分されており、それ以外に地方ごとの地酒が複数種類ある。それらはいずれも何かしらの色が付いていたり、あるいはビールのように泡立っているものである。しかし、私の前にあるお酒は無色透明で、泡も立っていない。うっかりするとただの水と見間違えるかもしれなかった。

 容器の隣には、細長い白い容器が置かれた。おそらく、お代わりはこの容器から入れろ、ということなのだろう。

 早速いただこうとは思ったが、さて困った。何か、お酒を飲む時の特別なしきたりでもあるのかもしれないが、私はそれを知らない。どうしたものかと思った矢先、女将さんに声をかけられた。

 

「飲む時のしきたりなどは、特にありませんので、そのままお飲みください。ただ、このお酒は酔いやすいので、空腹時に一気に飲むのはご遠慮いただいた方がよろしいかもしれません」

 

 なるほど、特にルールはないのか。それならば良かったと、私はまず、お酒を一口飲んでみることにした。

 温められたそのお酒を飲んでみると、味は全体的に甘い。ビールのように炭酸が入っている訳でもなく、どこぞの地酒のようにアルコール分がきついこともない。非常に喉越しが良く、すっと飲めてしまう。「酔いやすい」とは言われたが、もしや調子に乗っていくらでも飲んでしまい、後から強烈なのが来る、ということなのだろうか。

 ニホンシュとやらを味わい、続いてオデンにハシを伸ばす。真っ先にハシに当たったのは、茶色の物体であった。細長い筒状をしており、穴が開いていて空洞になっている。女将さんに聞いたら、それはチクワという食べ物で、魚のすり身から作られた食べ物だ、とのことである。ニホン独特の食品だろうか。

 一口食べると、普段食べている魚料理とは全く異なる食感がした。煮汁がよく染み込んでいて、とても美味しい。ついでにニホンシュとも合いそうだ。こういう美味しいものを食べると、ああ、生きているって素晴らしいな、という実感が湧いてくる。

 チクワ、鶏卵に続いて私が選んだのは、丸く切られた黄土色の物体だった。よく見ると、物体の表面には奇妙な筋のようなものが無数に走っている。食べてみると、煮汁の味と甘味の中に辛味にも似た鋭い味が混ざっていた。これがおそらく、この物体本来の味なのだろう。後で聞いたら、それはダイコンという野菜の根で、輪切りにしたものをオデンの中に入れているのだそうだ。これが輪切りということは、その野菜の根は相当太いに違いない。何せ直径5㎝はゆうにある代物なのだから。

 オデンにはこれら以外にも、ハンペンと称する白くふんわりした食べ物や、アブラアゲという熱々の食べ物、串に刺した牛の(すじ)(にく)、バレイショと呼ばれる芋の一種も入っていた。それらの中で私が特に気になったのは、コンニャクと呼ばれる食品である。見た感じは一面に黒い粒子をばら撒いた灰色の物体で、三角形に切られていた。噛んでみると非常に弾力性があり、歯応えは抜群に良い。ただ、煮汁の味くらいしか感じられない。もしや味がない食品なのだろうか。そしてそれ以前に、世界広しといえども私はこんな食品は全く見たことがない。いったいどうやって作っているのだろうか?

 

 ニホンシュとオデンを楽しんだところで、私はふと、ビールを頼んでいなかったことに気付き、つまみと共に注文しようと考えた。メニューを開くと、ビール自体はすぐに見つかったのだが……何やら但し書きが付いている。

 

(ビールを注文する際は、こちらの呪文を唱えてください……?)

 

 魔法でビールを入れるのだろうか。不思議に思ったが、それがこの店のスタイルなのだろう。私は焼き鳥という料理を頼むと同時に、その呪文とやらを唱えた。

 

「ま、マナズエアリト?」

 

 全く聞いたことのない呪文だったので唱える時は困惑したが、ひとまずビールは飲むことができた。

 シュワシュワとした強炭酸(ムー国のビールより炭酸が強い)と比較的強い苦味に驚きつつも、注文した焼き鳥を頬張る。一口サイズに切り分けられた鶏肉は、よく厳選されているようで噛み応えが非常に良い。それに絡められた、少し辛めの茶色のタレも絶妙なアクセントだ。肉は鶏のももの肉を使用しているらしい。タレの作り方さえ分かれば、自宅でも再現できるかもしれない。宅飲みにはもってこいの料理であろう。

 もも肉、砂肝、皮の他に、肉とネギを交互に串に刺したネギマというものもあった。それらの中で、ヒノマワリ王国で見た「ダンゴ」のような形をしたものが私の目を引いた。食べてみると、明らかに食感が他と異なっており、どうも肉を食べているようには感じられない。むしろ、小麦か何かで作った生地に肉やネギをすり潰して混ぜているような印象を受けた。「つくね」と称するそのメニューが、私が最も気に入った焼き鳥のメニューである。

 

「マナズエアリトー。ビールもう1本ちょうだーい。それとズイホウも」

「はいはい。でもあまり飲みすぎたら駄目ですよ?」

 

 酔っ払った方の女性客が、あの呪文を唱えている。完全に出来上がっているように見えるが、まだ飲むつもりのようだ。女将さんが窘めた直後に、「こら、ジュンヨウ! 貴女どれだけ飲んでるのよ!」ともう1人の女性客が怒る声が聞こえる。居酒屋なら、よく見かける光景だ。

 焼き鳥を食べ終え、仕上げにエダマメという茹でた豆を注文してそれを食べながら見ていると、女将さんは「瑞鳳」と書かれたラベルの瓶を棚から取り、それを細長い白いトウキに移して出していた。あの字を「ズイホウ」と読むらしい。この国で飲まれるニホンシュの種類とその銘柄の読み方も、調べてみたいものである。なぜって、使っている文字や識字率を調べることは、その国の教育水準の予測に繋がり、結果として相手国の理解に繋がるからだ。

 件の女性客は「いーじゃんかヒヨウー」などと言いながら、ビールを瓶からラッパ飲みしている。いや大丈夫か? お酒は瓶から直接飲むような代物ではないと思うのだが……。

 

 ん? 私か? そうだ、言うのを忘れていたが、私はお酒は好きな方だ。というのも、お酒には地酒というその土地特有のものがあることが多く、そういったお酒は地域の特質を反映していることが多いからだ。例えばある種の果物の生産が盛んな地域では、その果物を使用した果実酒が出てくる。そうした地酒を飲むことで、お酒を楽しみつつ地域の特質を理解できる。あと、美味しいお酒が多く、そのことは非常にありがたい。

 ただ、私はお酒には弱い方だと自覚している。なので深酒や複数種類のお酒を混ぜこぜに飲むようなことは基本的にしない。せいぜい食事の時にワインなどをグラス1杯飲んだりする程度で、言ってみれば嗜む程度である。見方によっては下手の横好きとも取れるだろう。

 

 この日はビール1杯とトウキ(後に仲良くなった女将さんから「チョウシ」というものだと教えてもらった)1本分のニホンシュ、それに各種料理を味わったのみであったが、私は早速この店に目を付けた。ここにはどうやら、この国独特の文化が詰まっているようだ。しかも、値段が比較的安い。良心的な価格で料理とお酒を楽しむことができ、その上新しい料理やお酒の発見までできるとなれば、言うことはない。

 以来、私は少なくとも1週間に1回はこの店を訪れるようになっている。女将さんからはお得意様の1人とみなされたらしく、彼女とはすっかり意気投合してしまって、行くたびに料理やお酒、ニホンの歴史、文化等、様々なことを教えてもらえるようになった。実にラッキーである。

 ちなみに後で調べてみると、「ラ・ロデニウス」のビヤガーデンでもクワ・タウイの飲み屋でもクワ・ロデニウスの大衆酒場でも、ビールを注文する際には「マナズエアリト」と唱えるのが(暗黙の)お決まりと化しているらしい。しかも、あちこちの酒場の店主やバーのマスターに尋ねてみると、どうもあの不思議な呪文の出所は「居酒屋 鳳翔」であるらしい。その上、呪文を唱えても何もない空中から瓶を取り出してビールを入れたりするわけではなく、普通に棚から瓶を出して注いでくれるようだ。ということは、あの呪文を唱えたからといって魔法でビールを出す訳ではない、ということになる。

 あの呪文には、いったいどんな意味があるのだろうか? ……謎は深まるばかりである。

 

 

 その他、クワ・タウイで見られた独特の文化として、衣類と建物が挙げられる。

 まず衣類だが、主に2種類、変わった衣類を見た。1つは「キモノ」と呼ばれるもので、これはムー国の衣服とは全く異なる生地でできており、形状もムー国のそれとは全く異なる。世界中のどの衣装とも異なるものだが、ヒノマワリ王国の民族衣装に少しだけ似ているような気がする。色は様々で、男性用なら青色や紺色が多く、女性用なら薄紅色から紫色まで()()()()りである。「居酒屋 鳳翔」の女将さんも、カッポウギという白い衣類の下にこのキモノを着用している。その女将さんによると、キモノはニホン固有の衣類であるらしい。なるほど、それなら元々はニホン=ヤムートの人間だったヒノマワリ王国の人々の衣類がキモノに似ているのも、頷ける話である。元々は日常生活の中で普通に着用されているものだったそうだが、現在では主に晴れ着として使われることが多いそうだ。ただ、普通の衣服として日常生活の中で着用している方もいるそうである。柄が非常に綺麗なものもあるので、私も是非とも一着欲しいところだ。

 もう1つの衣類は「ツナギ」と言って、これは造船所などで働く工員が着ているものだ。見たところでは上衣と下衣がひとつながりになった青一色の衣類で、あちこちにポケットが付いている。あんなにポケットがあるなら、工具などを入れることもできるから作業にはもってこいであろう。我が国ムーの工員の制服との違いは、上衣と下衣が繋がっていることだ。脱ぎ着するのに若干手間がかかるが、上下が分かれていないから怪我を防ぐこともできるかもしれない。このツナギは、我が国にも導入すべきものではないかと感じる。

 

 最後に建物は、全体的に石や木で作られたものが多く、(れん)()でできた建物も見かける。木製の建物があるのは第三文明圏外らしいと言えるだろう。また、建物のデザインや機能性については、我がムー国に一日の長がある。ロデニウス側も頑張って勉強しているようだが、まだ我が国のそれには建築工学が追いついていないようだ。

 ただ、コンクリートなる材質でできた建物だけは、我が国にはない。このコンクリートは、重量があって少々崩れやすいのが難点だそうだが、しっかりしているため風雨には強く、また耐火性も高いため、軍事用の要塞や造船所、工場などを作るのに向いた素材だとのことである。これは我が国にも導入したいものだ。

 

 

 まだ私の調査活動圏は、広いとは言えない。しかし、その狭い調査範囲の中でもこれほど多数の発見があるのだから、世の中分からないものである。このロデニウス大陸は広い、きっとまだまだ私の知らない文化が眠っているに違いない。ムー国に帰るまでに、1つでも多く見聞を広げたいものである。




はい、「120. 各国の動向」で登場した奇妙な呪文「マナズエアリト」の正体が明らかになりました。
実はあの呪文、大元となったのは鳳翔さんのお店だったのです。元々は鳳翔さんが「出来心で」仕込んだものでした。ところが、鳳翔さんがそれをクワ・タウイの居酒屋組合の集会などでひっそり宣伝し、それに便乗した他店の店主が「ビール注文時は『マナズエアリト』と唱えること」と注文を付けるようになったのです。また、こうした店主の店に行って呪文を耳にしたお客さんが、他の居酒屋でもこの呪文を唱えるようになってしまいました。その結果、この呪文はいつの間にかロデニウス大陸全域にまで広まってしまい、ロデニウス大陸のどこの酒場へ行ってもこの呪文が聴かれるようになったというわけです。
またこれだけに留まらず、呪文のことを聞きつけた酒造業者が悪ノリし、「『マナズエアリト』という呪文を唱えた客にのみ本商品をお出しください」などと書いた取扱説明書を添えて、ビールを海外に輸出してしまいました。その結果、今や大東洋共栄圏内外はおろか、神聖ミリシアル帝国の酒場でも「マナズエアリト」の注文ルールが浸透してしまったのです。
鳳翔さんの出来心は、海どころか文明圏すら飛び越えて広まっています。そのうちビールを置いている世界中の酒場全てを制圧して、どこへ行ってもこの呪文が唱えられるかもしれません……

ちなみに、年末年始ということでお酒を飲む方も多いと思うのですが、皆様はどんなお酒が好きですか?
うp主は……専らビールばかり飲んでいますね。ちなみにお気に入りは アサヒスーパードゥルァァァァァイ です。


ん? 青いツナギ? ……ちょっと待てお前は来るn

??「やらないか」

アッーーーー!!!!

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