鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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投稿に時間がかかってしまい、申し訳ございません。今回は、少々難産でした。
今回で、アイリーン嬢の文化調査報告書は完結です。



079.14 間章その1 アイリーンのロデニウス文化調査報告書 4頁目

 以下の記載は、ムー国外務省の女性文化調査官アイリーン・グレンジャーが記した、ロデニウス連合王国渡航記録(という名の彼女の日誌)の一部抜粋である。

 

中央暦1640年6月25日

 パーパルディア皇国の都市パールネウスで行われていた今回の戦争に関する講和会議が、ついに終了した、とニュース放送があった。約半年にわたる戦争が、ようやく終わったらしい。

 その内容についてであるが、凄まじく過酷であると言っても過言ではない。何しろパーパルディア皇国の領土は、パールネウスを中心として半径100㎞圏内に限定されてしまい、属領も全て独立し、奴隷は故国へ帰すことになったし、軍備も大幅に制限され、天文学的数値の賠償金を課せられた。そればかりか、「パーパルディア皇国」という国号を名乗ることすらも禁止され、さらには皇帝一族全員が自決を命じられてしまった。国体護持もへったくれもあったものではない。

 人によっては、今回の講和条約の内容を「血も涙もない」と評価するかもしれない。だが私は、これはまだ温情がある内容だと思っている。

 そもそも今回の戦争では、パーパルディア皇国はロデニウス連合王国に対して(せん)(めつ)(せん)を宣言していた。ということは裏を返せば、パーパルディアはロデニウスに殲滅され、全国民を皆殺しにされて領土を残らず奪われても、文句は言えない立場だったわけだ。しかしロデニウス側はパーパルディアを殲滅することはせず、僅かながら領土も残し、軍備の保有も認めたばかりか、大東洋共栄圏を通じてパーパルディア側の復興を支援し、捕虜の返還すら責任を持って行う、としている。殲滅戦まで宣言された状態でこの内容というのは、常識からすると非常に考えにくい。それだけロデニウスが、ひいてはニホンが温厚な国柄だ、ということなのだろうか。

 それと、不思議なことだが、ロデニウス側はパーパルディアの奥深くまで侵攻したにも関わらず、パーパルディアの領土を全く得ていないらしい。クワ・ロデニウスの我が国大使館に問い合わせてみたが、何故ロデニウスが領土を要求しなかったのかユウヒ大使にも分からない、とのことだった。

 ロデニウス側は「これまでロデニウス大陸のみで全国民の食や生活を賄うことができているため、新たな領土を必要としていない」と説明していたそうだが……これもまた、相当に奇妙な考え方である。殲滅戦まで宣言するような戦争となれば、負けた側は領土を寸土残らず勝った側に併合されるのが当たり前だ。しかしロデニウスが取ったのは、それとは全く異なる策である。この国が何を考えているのか、気になるというものである。

 

 このところロデニウス連合王国本土では、およそどこへ行っても一般市民たちが朝っぱらから家の外に飛び出し、飾りを振って「万歳、万歳」と叫び合う光景が見られる。それも無理もないことだ、と思う。何しろ彼らの立場にしてみれば、第三文明圏唯一の列強国たるパーパルディア皇国から殲滅戦を宣言されており、戦争に負ければ一方的に殺される運命にあったのだ。また、第三文明圏とその周辺に住まう者ならば、パーパルディア皇国の脅威を知らぬ者はいないと言っても良い。そんな恐るべき相手に、彼らの軍は戦いを挑み、打ち勝ったのだ。それどころか、逆にパーパルディア軍を殲滅し、本土の奥深くまで攻め込んで勝利を勝ち取り、殲滅の危機を回避したのだ。これで喜ぶな、という方が無理な話だ。

 クイラ州調査の中間報告のまとめと、たまには休憩もしたいということで、私は興奮冷めやらぬクワ・ロデニウスに戻り、ホテル「ラ・ロデニウス」の1階の部屋に泊まっている。このホテル、3階はムー国でも見かけるような内装の客室ばかりなのだが、1階の客室は雰囲気がまるで違う。1階の客室は「ワシキ」とか「ワシツ」などと唱えて、部屋の床一面にタタミを張り巡らせているのだ。しかも、ドアは全て「フスマ」と称するスライド式のドアになっており、木の板に紙を貼ってそこに美しい絵を描いてある。その他、窓にはカーテンの代わりに木のフレームの間に白い上質な紙を貼り渡した「ショウジ」という建具が存在し、床が一段高くなった「トコノマ」なる場所には高級感漂う陶器の壺に綺麗な花が生けられ、何らかの動物の絵を描いた巻物がかかっている。どうやらニホンの文化を味わってもらいたくて、こんなフロアを設けたらしい。

 このワシキの部屋は、基本的に靴を部屋の入り口で脱いで上がり、正座という姿勢を基本として床に座って、あるいは寝転んで過ごすことになるのが最大の特徴である。この世界では、神聖ミリシアル帝国であろうと第三文明圏外国であろうと基本的に床に座る文化がないので、これはかなり新鮮な体験だ。ただ、正座を長時間やっていると足が(しび)れてしまうのが玉に(きず)である。

 

 私は窮屈なのは苦手なので、このワシキの部屋ではもっぱら寝転んで過ごしている。なに、だらしないって? ……これも文化調査のためだ、姿勢が見苦しいのは許してもらいたい。

 タタミはどうやら、何かしらの草を編んで作っているようであるが、これが何とも言えないいい匂いを放っている。この匂いは、私の好きなタイプの香りだ。

 その香りを楽しみながら、タタミの上に腹ばいになって新聞を読んでいると、「(あお)()新報」の最新版の社説コーナーに、気になる文章を見つけた。

 

『確かに、我が国の軍は“強い”と証明された。あのパーパルディア皇国軍を打ち破ったのだから。しかし、我々は“軍事力の使い方”を誤ってはならない。我々の軍事力は、“平和を守るためにのみ使う”べきであって、他国の侵略に用いてはならないのだ。

とある先人が、こんな言葉を残している。「百年兵を養いたるは、ただ平和を守るためである」と。我々は、この偉大な先人の言葉に倣うべきなのだ。

我々が願うものは、“大東洋共栄圏・第三文明圏及びその周辺の秩序の維持と安寧”、そして何よりも「平和」である。しかし、平和を守るためには、“相応の軍事力”が必要である。“自国民や周辺国を十分に守り抜けるだけの力”が必要なのだ。

我々の軍事力は、その平和を乱す者が現れた場合にのみ、“平和を守るためだけに行使されるべき”なのだ。決して他国の侵略に用いてはならない。それではパーパルディア皇国の二の舞でしかない。

世界の平和を願うが故に、どこよりも強大な軍事力を持つ。賢明なる国民諸君がこのロジックを理解してくれることを、弊社社員一同は心から願うばかりである。

(文責: ソロモン)』

 

 どこよりも強力な軍事力を持つ。しかしその軍事力は世界平和を願うが故のものであり、武力外交に使うことはしない……これは、従来の外交では全く考えられなかった思想だ。

 この世界の外交は、言ってしまえば「弱肉強食」に尽きる。文明国と文明圏外国の関係しかり、文明国と列強国の関係しかり。列強国を含め文明圏に属する国家と文明圏外国の間には、国力や軍事力、技術力において「越えられない壁」と言えるほどの差が存在する。文明国や列強国はそれらの差を背景に、文明圏外国には必ずと言って良いほど不平等条約を押し付けたり、あるいは武力で併合したりしている。歴史書を紐解けば、我がムー国や神聖ミリシアル帝国にもそんな外交をしていた時代があった。パーパルディア皇国や旧レイフォル国に至っては、現在進行形と言っても良い状態で「力による外交」を行っている。おそらくパーパルディア皇国がロデニウス連合王国に戦争を仕掛け、殲滅戦まで宣言したのも、こうした考え方が背景にあったからだろう。

 

 しかし、ロデニウス連合王国の考え方は、それとは全く異なる。

 先日、久しぶりに「居酒屋 鳳翔」に飲みに行った時に女将(おかみ)さんに尋ねてみると、彼女曰く「私見ですが、戦争とは外交交渉の失敗の結果として起こる国家間の武力対決であり、真の平和は必要なだけの時間をかけて行われた対話と、その結果としての相互理解・相互尊重の姿勢の中にしか存在しないんです」だそうである。どうやらニホンの外交の考え方、そしてそれに倣ったらしいロデニウス連合王国の外交の考え方は、この「対話と相互理解」を軸としており、武力行使など微塵も考えていないようだ。また、女将さん曰く「例え自国の技術の方が優れていても、それを背景として不平等条約を押し付けるのであれば、その外交は失敗であり、後には遺恨しか残りません。必ず相手と対等の立場に立ち、いかなる考え方もまずは理解しようと努めること、それが対話の基本姿勢です」だそうである。

 これは、第三文明圏外としては相当に新鮮な考え方だ。我が国ムーは今でこそ、周辺国とは穏和な外交を心がけてこそいるが、そうなったのは比較的最近のことだ。それまでは武力外交が行われていたものである。それが、第三文明圏外という、我が国より外交の考え方が遅れていると見做される地域にある国に、こんな先進的な考え方があるとは思わなかった。人は見かけによらない、とはよく言ったものである。

 女将さんは悲しそうな顔をしながら、「ただ、残念なことに、パーパルディア皇国には私たちの考えを上手く伝えられなかったようです。その結果として今回のような大戦争が起こり、本来死ななくても良かっただろう人々の命が、大勢失われました。とても悲しいことです。今回の反省を、今後の外交に生かしてもらいたいものです」と締めくくった。この話を聞かされた私は、何とも言えない気持ちになったものである。その日のレーシュ……確かキクマサムネとかいうニホンシュだったが、女将さんの話のインパクトが大きかっただけに、私はどうしてもその味を思い出すことができない。

 

 私は、その「青葉新報」を買って自国に持って帰ることに決めた。これはロデニウス連合王国の考え方と外交姿勢を知る上で重要な資料になると共に、我が国の外務省も倣うべき戒めになる。例え私のスーツケースがパンパンになろうとも、これだけは絶対に、何としても持って帰るべきだろう。

 

 ん? 私の体重? ……そうだ、それを言うのを忘れていた。

 暑さが厳しく、見渡す限り砂ばかりという過酷な環境にあるクイラ州で、散々外を歩き回ったせいだと思うが、見事にダイエットに成功した。ついでにいえば、かなり注意していたつもりだったが、見事に上手に焼けてしまっている。

 ただ、油断するとすぐまた体重が増えてしまいかねない。私が悪いのではない、やたらと魅力的な物ばかりを私の前に突き出し、目と鼻と胃袋に強烈な誘惑をかけてくるニホンの食事とお酒が悪いのである。

 

 

中央暦1640年6月27日

 新聞に掲載された軍からの公告で、フィルアデス大陸に出征していた軍が帰還するのに合わせ、盛大な軍事パレードと観艦式が行われるようだ。ロデニウス国民の熱狂が、この公告によりいっそう過熱しているように思える。

 観艦式については、別途有料で特別席が用意されるようだ。なんでも、軍艦を間近で見ることができるらしく、そのチケットを7月5日に発売するという。この公告を見たマイラス氏とラッサン氏、リアス氏はかなり興奮しており、何としても特別席のチケットを買おうとしているようだ。

 正直なところ、私は人混みが苦手なのだが……今回は皆さんに付き合うことにしよう。

 

 

中央暦1640年7月10日

 この日の早朝、私とマイラス氏、リアス氏、ラッサン氏の姿は、ロデニウス大陸西部、ロウリア州の南西の端にある港湾都市ピカイアにある。観艦式が開催されるため、それを見に来たのだ。

 観艦式自体がどんなものかは、私も知っている。我が国でも時々開催されるからだ。ただ……あまりにも人出が多い。まあ、自国の誇りをかけた式典である以上仕方ないのだが、人混みが苦手な私には辛い。

 ピカイアは朝早くから埠頭に市民が鈴生りになっており、うっかり踏み込んでしまえば身動きもままならないレベルだ。どっちを向いても人ばかりで、目が回りそうになる。そんな大入りの中を、私は3人の武官に引っ張られるようにして有料席がある特別観覧船へと乗り込んだ。ちなみに船のチケットだが、どうやらリアス氏が使い走りに走らされたらしい。そして1枚5千ロデン、4枚合わせて2万ロデンという大金を取られた上に、朝早くから大行列に並ぶ羽目になり、その上チケットを買い損なった人から恨めしげな視線を浴びせられたようだ。リアス氏が軽い恨みの表情でマイラス氏を睨んでいたのが、今も記憶に残っている。

 私たちを乗せた観覧船は、どうやら出港順が最後だったらしく、船に乗ってから結構な時間が経った後、やっと出港した。港の沖合には大小多数の軍艦が整然と並んでおり、どの艦も旗で満艦飾を施していた。また、港には白い天幕が張られ、満艦飾を施された超大型の軍艦が1隻と、同じく満艦飾した大型の軍艦が2隻、停泊している。どうやら超大型の軍艦が御召艦となり、2隻の大型艦はその随伴らしい。

 船に乗ってから興奮しっぱなしのマイラス氏曰く、あの超大型艦はその名をヤマシロと言って、戦艦であるらしい。それも、ラ・カサミ級戦艦より遥かに強力な火力と強固な防御力を持ちながら、ラ・カサミ級戦艦より速い速度で航行できるのだそうだ。それでいてラ・カサミ級と同じく、科学技術のみで作られた戦艦だという。ということは、ムー国も今以上に科学技術を発達させれば、こうした超大型軍艦を作ることができるのだろうか。

 

 解説役として船に乗り込んでいた軍人らしい男性の説明によると、ピカイア港の沖合に整然と並んでいるのは、ロデニウス海軍第4艦隊の艦艇群らしい。ピカイアを拠点としてロデニウス大陸西方の海の護りを担当する艦隊だそうだ。また、国土防衛の他にも大東洋の公海の航行の安全なども担っている、とのことである。

 地理的に考えると、ロデニウス大陸から見て西方には巨大な魔石鉱山を有するアルタラス王国があり、また第一文明圏との交易の中継点の1つとなるマール王国もある。その点から見ても、大東洋の公海の安全確保は大事な仕事なのだろう。

 艦隊の上空を、編隊を組んだ飛竜隊が飛行している。軍事に詳しいラッサン氏によれば、ロデニウス連合王国の飛竜はワイバーンロードではなく、通常型のワイバーンだそうだ。私にはワイバーンとワイバーンロードの見分けは付かないが、我が国の戦闘機とワイバーンの性能差くらいは知っている。航空戦力の一部をワイバーンに担わせている辺り、ロデニウス連合王国といえどもまだ第三文明圏外国から抜け出し切れていないのだな、と感じた。だが、編隊に全く乱れがないところを見ると、装備はワイバーンでも訓練は十分行き届いているようだ。そこは素直に素晴らしいと思う。いくら強力な装備があっても、それを使う兵士の熟練度が足りなければ宝の持ち腐れにしかならないからだ。

 

『さあ皆様、我が海軍第4艦隊と空軍竜騎士団の雄姿をご観覧いただきましたところで、あちら、左手をご覧ください! 我が海軍最大の主力艦隊にして、パーパルディア皇国海軍及び竜騎士団を撃破した英雄、第13艦隊の凱旋です!』

 

 解説役の軍人の叫びを聞いて、私は左の方を見た。すると、とんでもない大きさの超大型艦……まだ距離はあるが、それでも「ヤマシロ」と遜色ない大きさだろう巨艦が1隻、こちらへ向かってくるではないか。その後ろには、平べったいフォルムを持つ艦が何隻も、護衛の中型艦・小型艦と共に続いている。そして艦列の後ろの方には、超大型艦が6隻も並んでいた。その迫力は凄まじく、「列強国の海軍とはかくあるべし」と無言で物語っているように思えた。

 どの艦も一面に旗を飾り、白い軍服に身を包んだ乗組員が艦上からこちらに敬礼を送っているのが見える。最前線から戻ってきたばかりで、応急修理もまともに行う暇がなかっただろうことは想像されたが、今目の前を通過しつつある軍艦はどれにも傷付いた様子がない。おそらく、パーパルディア海軍と竜騎士団の撃破に成功し、しかも自分たちの損害はほとんどなかったのだろう。マイラス氏たち軍人の推測は、正しかったということになる。

 

『ただいま皆様の左手を航行しつつありますのは、第13艦隊の旗艦「アイオワ」です! 強力無比の威力を持つ三連装主砲を3基、それ以外に多数の対空砲を搭載し、文字通り海に浮かぶ城となる艦です。

パーパルディア皇国沿岸部まで進出したこの艦は、皇国の誇る魔導戦列艦隊を一方的に叩き沈め、激しい迎撃によってワイバーンロード1騎たりとも寄せ付けることはありませんでした。全く無傷のまま、あのパーパルディア海軍とワイバーンロード竜騎士団を一方的に叩きのめしたのです!』

 

 解説する軍人の声も、かなり上ずっている。まあ、こんな巨大な艦を見せられては興奮せずにはいられないのだろう。私も同じだ、身体中の血がものすごい勢いで全身を駆け巡り、胸が熱くなるのが感じられる。

 と、その第13艦隊の上空を何百機もの航空機が翼を並べて飛行していく。なるほど、これがロデニウス空軍の真の実力か、と素直に感心せざるを得なかった。我が国の最新鋭戦闘機「マリン」と比べても明らかに洗練された、先進的な機影をしている。それが数百機、しかも編隊を全く崩すことなく美しい軌跡を描いて飛んでいるのだ。中にはパフォーマンスのつもりか、5機編隊の形を保ったまま一斉に2連続宙返りをしてのけたり、白い煙を引いて大空にハートを描いてみせる者たちもいた。こんな芸当ができるとなると、パイロット個人の熟練度はもちろんだが、コンビネーションも抜群に良いようだ。おそらく、相当に練習を重ねてきているに違いない。

 航空機の中には、胴体下に円筒形の何らかの装置を装備している機もあり、その機は艦隊上空で装置を作動させて、紙吹雪を舞い散らせていた。黄金色の紙吹雪が舞い、それに反射した陽光が煌めく中を堂々と進む軍艦の姿は、荘厳さを感じさせるものがあった。

 

「ありゃ凄いな! 5機が並んで一斉に宙返りだと……! うちの飛行隊に、こんな曲芸飛行できるのだろうか?」

「デカい……! ヤマシロも相当だったが、これもデカいな……! 主砲の口径と砲身長は何㎝だろう?」

「見てくださいマイラス先輩、空母ですよ、空母! こんな間近で見られるなんて……!」

 

 他の観戦武官たちも大興奮である。特にマイラス氏などは、あっちこっちとカメラを向けては、軍艦や航空機を写真に収めたり、かと思えば興奮したような早口でラッサン氏やリアス氏と話し込んだりと、大忙しである。

 

「あっ、あの艦は……!」

 

 興奮していたマイラス氏が、急に何かに気付いたような声を上げると、1隻の大型艦に向けてカメラのシャッターを何度も切る。その大型艦は、艦体前部に白と黒の不規則なストライプ模様を描いていた。見たことのある艦なのだろうか。

 ロデニウス海軍第13艦隊の艦艇は、さまざまな種類があった。ラ・カサミ級戦艦より大きな巨体と、天を貫くかと錯覚するような艦上構造物、そして凄まじい威力を誇るだろう大砲を備えた大型艦。全体に平べったい形状をしており、航空機を洋上で運用するための艦と思われる大型艦。研ぎ上げられたナイフを思わせるシャープなフォルムを持つ中型艦。見るからに俊敏そうな小型艦。そして、半分沈没しかかっているように見える、どのような機能を持つのかよく分からない小型艦。総数は少なく見積もっても100隻は下らない。なるほど、これほどの艦をこれだけの数揃えているのなら、パーパルディア艦隊など一方的に打ち破れるだろう。そもそも、我が国の海軍の艦隊でも、パーパルディア皇国の戦列艦隊は相手にならない、とされているのだ。そのムー海軍艦隊より強力な装備を持つと見られるこの艦隊なら、勝ち負けなど戦う前から見えているはずだ。

 雰囲気に圧倒されていた私がはたと気付いた頃には、観艦式は既に終幕を迎えつつあった。だがそれでも、私はあの雄々しい艦艇群の姿を忘れることはないだろう。夢にでも出てきそうである。

 

 

中央暦1640年7月15日

 観艦式の興奮も冷めやらぬ中、今度は陸軍の軍事パレードである。率直に言うが……この前の観艦式の時の方がまだマシだった、とすら思える。何故って、あの時は船という特等席に座っていたため、混雑ぶりはまだましだったのだ。だが今回は特別席なんてものがなく、一般市民と同じように歩道に立って見物することになったのだ。……人混みが苦手なこの身には辛い……。

 パレードの内容自体は素晴らしいものだった。軍楽隊が奏でる行進曲の雄壮な音を背景に、銃を抱えた兵士が誇らしげに行進し、軍用自動車や大砲を搭載しているらしい車輌が何輌も走っている。興奮した様子でラッサン氏と話しながら写真を撮りまくっているマイラス氏曰く、この大砲を搭載しているらしい車輌はその名をセンシャと唱え、強固な装甲とそこそこの機動力、それに回転砲塔を持った強力な大砲を搭載している装甲戦闘車輌だそうだ。回転砲塔といえば、我が国の最新鋭戦艦たるラ・カサミ級に初めて搭載された機構だ。ロデニウス連合王国は、そんな最先端機構をこんな小さな車輌にまで載せているのか。これは驚きである。

 

 凄まじい人混みの中に長時間いたため、パレードが終わってホテル「ラ・ロデニウス」に帰ってきた時には、私はほとんどヘロヘロの状態になっていた。遅い昼食を摂って一息ついたところで、大使館に出かけていたマイラス氏が戻ってきて、帰国命令を伝えてきた。私たちの肩書きは「観戦武官」だから、戦争が終わってしまった以上観戦も何もあったものではない。それ故帰国しろ、ということらしい。

 どうやら計画を少し前倒しして、早めにロデニウス大陸各地の土着信仰を調べてしまわなければならないようだ。

 帰国命令を伝えてきたマイラス氏は、同時にタウイタウイ泊地からの招待状を携えてきた。何でも、7月18日にタウイタウイ泊地にて独自の対パーパルディア戦争戦勝記念・慰労パーティを行うが、それに参加しないか、というお誘いだそうだ。

 これは是非とも出ておきたい。何しろパーティなのだ、パーティとくればご馳走、そしてスイーツである。ワガシその他の甘味を合法的に味わえるチャンスだ。それにひょっとすると、私の知らない甘味や料理が見つかる可能性もある。そしてもしかすると、ヨウカンを合法的に確保できるかもしれない。ビッグチャンスだ。

 最終的に、観戦武官全員がこのパーティに出席することになった。どんなものを見ることができるか、今から楽しみである。

 

 

中央暦1640年7月18日

 この日の昼少し前、私を含む4人のムー人はタウイタウイ泊地へとやってきた。パーティ自体は正午からなのだが、その前にまずは泊地の指揮官たる提督に挨拶するためだ。

 実を言うと、私はまだこの泊地の提督に会ったことはない。マイラス氏やラッサン氏は会ったことがあるようだが、何だかんだと忙しかったため、ゆっくり話をする機会はあまり作れなかった、とのことだった。

 泊地司令部で働く守衛の方に案内され、私たち4人はまず泊地司令部の提督室にやってきた……が、司令部のリーダーたる提督の執務室が、事もあろうにドアが開けっ放しになっているのには驚いた。組織のトップが執務室のドアを開けっ放しにして職務に当たるなどという発想は、ムー国外務省にはない。どれほどオープンなんだ、と驚く他なかった。

 許可をもらって提督室に入ってみると、まず第一印象は「青」である。いや、本当に冗談でも何でもなく、部屋一面に青が目立つのだ。

 天井の壁紙も青、壁は一面青く塗装された板張り、床にも青いカーペットが敷かれている。

 入り口から向かって左手側には、薄緑色のクッションを置いたソファーと机が置かれ、机にはティースタンドが置かれていた。来客時に紅茶でも出すための、応接セットのようだ。その背後の壁には、フィルアデス大陸と大東洋を描いた地図がピンで止められているが、よく見ると地図には、何かの進行ルートを示すように赤インクで矢印があちこちに書き込まれている他、パーパルディア皇国の領域には「エストシラント」「デュロ」などの地名と共に日付らしい数字が書かれている。海上のみならず陸上にも赤矢印が描かれているのを見るに、おそらく対パーパルディア戦争におけるロデニウス軍の進攻計画か何かを描いた図なのだろう。こんなものが残っている辺り、大規模な戦争の指揮をここで執っていたのだということがよく分かる。

 部屋の右手には電話機と書類棚、それにテーブルクロスをかけたテーブルがあり、棚には大量の書類が詰まっている。おそらく、これまでに行われた作戦の記録などが書かれているのだろう。テーブルにはポットやカップが置かれており、紅茶のような飲み物を淹れるためと思われた。

 入り口から見て奥には窓を背にして執務机があり、机にも青い布がかけられている。そして窓の外には青空と海が映っているため、本当にどっちを向いても青が多いのだ。

 

 提督は、執務机から出てきて私たちを出迎えてくれたのだが……驚いた。1個艦隊を預かる指揮官である以上、我が国の海軍の諸提督たちと同様に壮年くらいの男性に違いないと思っていたのだが、蓋を開けてみればそんなことは全くなく、若い。リアス氏と大差ない年齢ではないか、と思える。優しそうに微笑んでいるが、歴戦の軍人といったオーラをまとっていた。

 

「ムー国の皆様、此度はようこそお越し下さいました。招待に応じていただいたこと、感謝に耐えません。ご存知の方もいらっしゃいますが、初めてお会いする方もいらっしゃいますので、改めて自己紹介をさせていただきます。私は、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官、サカイ シュウイチと申します」

 

 どうやら、私のために自己紹介をしてくれたらしい。ありがたい限りである。ソファーに案内された後に、返礼として私が自分の名前と仕事を紹介すると、彼は興味を持ったようですぐに質問してきた。

 

「文化調査官とは、どのような文化を調べていらっしゃるのですか?」

「そうですね、私は衣食住の他に農業や土着信仰、人々の考え方など、様々なものを調べています。貴国ロデニウス連合王国、そしてニホンには、素晴らしい文化が多数あるようで、まだまだ調査が足りないと痛感しております」

「その言い回しですと、我々が転移してきた者である、ということもご存知のようですね」

「はい。マイラス氏から既に話を聞いております」

 

 私がそう言うと、サカイ氏は「なるほど」と頷いた後でこう言った。

 

「仰る通り、我々はこの世界とは異なる星から転移してきました。それも、かつて貴国ムーが存在した星から来たのです。マイラス氏から聞かせていただいたのですが、我が国日本は、貴国ムーでは一番の友好国であり、当時はヤムートと名乗っていたとか。同じ星から転移した国が別の星で再び出会う、というのは、奇跡というにも等しく、何かの縁があったとしか思えません。同じ星から来た者同士、今後とも末長くお付き合いしたいものです」

「私も同じ意見です、サカイ殿」

 

 そう言って、私とサカイ氏は握手を交わした。それを解いたタイミングでサカイ氏が切り出す。

 

「去年、中央暦1639年の秋のことですが、私は国交開設の手続きのため貴国ムーに行ったことがあります。マイラス殿は覚えておいでかと存じますが」

 

 話を振られたマイラス氏が頷く。

 

「そうですね、あの時のことはよく覚えております」

「あの時、マイラス氏は私に貴国の様々な技術を見せてくださいました。今度は、我々がお返しする番であると思います。お見せしたいものがございますので、私について来ていただけますか」

 

 いったい何を見せてもらえるのだろうか。

 連れて行かれた先にあったのは、飛行場だった。そこに併設された格納庫の1つに案内される。格納庫の中には、1機の白い航空機が置かれていた。我が国の「マリン」とは異なり、全てが金属でできているらしい。主翼の端は円形になっており、全体に曲線が多く使われた造形となっていた。一瞬、美しいと感じてしまったのは私だけではないだろう。

 

「サカイ殿、これは……去年の秋、私がサカイ殿とハルナ殿を案内した時、最初に戦闘機『マリン』をお見せしましたね。その時のお返し、ということですか?」

 

 マイラス氏が尋ねると、サカイ氏は破顔した。

 

「流石です、マイラス殿。まさに、その時のお返しですよ。

この機体の名は『レイシキ艦上戦闘機』。我が国では『レイセン』『ゼロセン』などと呼ばれる機体です。最高時速はおよそ550㎞、航続距離は平均2,500㎞。機体が軽く運動性は非常に良好で、特に低空における旋回格闘戦を得意とします。武装は、機首の7.7㎜機銃2丁に、主翼の20㎜機銃2丁。特に20㎜機銃は、弾道は不安定ですが威力は絶大であり、大抵の戦闘機には一撃で致命傷を負わせることができます。我がニホンの技術と知恵の結晶……そう言い切っても良い戦闘機でした」

 

 リアス氏やラッサン氏の顔がさあっと青ざめたことから、この「ゼロセン」なる戦闘機が恐ろしい性能を有しているらしい、ということは私にもはっきり分かった。その一方、マイラス氏は目を輝かせている。

 

「資料では見たことがありましたが、これが『ゼロ』の本物ですか……! タウイタウイの図書館で資料を読んだのですが、確か当時の敵国のパイロットからは揃って恐れられたとか……」

「左様でございます。登場した当時、この戦闘機は向かうところ敵無しと言い切っても良いほどの活躍を見せており、敵軍のパイロットからは畏怖を込めて『ゼロ』と呼ばれていた、とのことです。ただ、当時の我が国はこの戦闘機の後継機の開発に失敗し、結果として戦局が劣勢に陥った後も本機で戦わざるを得ませんでした」

「後継機ですか……」

 

 マイラス氏は軍の技術士官だと聞いている。おそらく、「マリン」の後継機の開発も請け負っているのだろう。

 

「今の貴国は、この『ゼロ』の後継機も量産しているんですよね?」

「はい、当時の技術者たちの反省を元に、開発に成功しました」

「どの程度の性能があるのですか?」

「機密に当たるので詳しくは申せませんが……最高時速が600㎞を超える、とだけ申し上げておきます」

「なんと……!」

 

 恐ろしいものだ、と私も思った。まさか、最高時速550㎞を出せる戦闘機にも飽き足らず、最高時速600㎞を突破する戦闘機を生み出し、それを量産してしまうとは……!

 

「それと、ここには今はないのですが、我々は新しい4発エンジンの爆撃機も量産しました。対パーパルディア皇国戦でも投入され、ワイバーンロードが達し得ない高空から爆弾を投下し、パーパルディア各地の都市を無差別に焼き払ったのですよ」

「4発エンジンで爆撃機と言いますと、我が国の『ラ・カオス』と同じですね」

「『ラ・カオス』? 私の思い違いでなければ、その機は確か旅客機だったはずでは?」

「実はですね堺殿、『ラ・カオス』は確かに旅客機や輸送機としても運用できますが、本当は爆撃機として開発されたのです。250㎏爆弾8発を搭載し、高度5,500メートル前後まで上昇できます。そちらの新型機は……?」

「簡単に申し上げると、『ラ・カオス』の1.5倍以上の搭載量があり、そして実用上昇限度は1万メートルを超えますね」

「……へ?」

 

 駄目だ、技術関連の話題にはどうしてもついていけない。頭がフリーズしてしまう。だがそれでも、ロデニウスの新型爆撃機が桁外れの性能を持つということは、まず間違いなく言い切れる。つくづく恐ろしいものだ。

 

 

 その後は軽く泊地内の施設を案内してもらい、その終着点として講堂(の裏口)に案内される。そこでパーティが行われるようだ。

 案内を受けてステージに上がってみると、講堂には多数のテーブルが並べられ、そのいずれもが料理で埋め尽くされている。彩りの豊かなテーブルがあることから、甘味類はその辺りにあるらしいと当たりをつけた。

 そして、テーブルの周りには大勢の女性たちが集まっている。人数にして300人ほどはいるだろうか。その全員が「艦娘」なのだとすれば、とんでもないことになる。

ロデニウス連合王国はこの1個艦隊だけで、世界の主要国の海軍を超える規模の海軍戦力を持っているのだ。しかもその質も非常に高いようだ。恐ろしいものである。

 

 12時きっかりに開会セレモニーが行われ、最初に私たちの紹介が行われ、対パーパルディア戦争で戦死した者たちへの鎮魂の祈りが捧げられた。それが終わると、「乾杯」の合図でパーティー開始である。

 乾杯の時に飲んだ黄色い色のジュース(後で「オレンジ」なる果物のジュースだと知った)の程よい酸味を味わった後、私は暫しの間艦娘たちとの交流と会食を楽しんだ。最初に出会ったのは、4人組の少女たち。何でも、「カゲロウ型」という駆逐艦の艦娘たちだそうだ。

 

「ムー国って、どんな国なんですか? ユキカゼ、気になります!」

「トキツカゼも聴きたい聴きたい!」

 

 しかも、後からだんだんと人数が増えてくる。しまいには20人ばかりも集まってきたため、何だか初等教育学校のクラスのようになってしまった。

 我が国だと10代くらいにしか見えない子たちに話をせがまれたため、我が国の歴史や文化について色々と話し、お礼にニホンの文化について教えてもらう。ついでにテーブルからサンドイッチやソーセージ(彼女たちは「ウィンナー」と呼んでいた)を頂戴した。どれも美味い……が、私の狙いは別にある。

 なお、私が話している途中で、不意に「ちくしょう、誰だ!? マーマイトなんぞ用意しやがったのは!?」という堺殿の叫び声が聞こえた。何かあったのだろうか。

 満足した様子の駆逐艦の子たちと別れた後、私は最初に目をつけていたテーブルに行ってみた。そこにはケーキやパンが置かれており、見込み通りスイーツが集まっていた。が……

 

「えぇ……何これ……」

 

 思わず絶句してしまう。テーブルに置かれたそれらの形は確かにケーキではあったのだが、色と大きさが私の知るケーキのそれではない。特大の大きさのケーキがあるかと思えば、真っ青な色の小型ケーキがあったり、果てにはカラフルすぎて却って毒々しさを感じるものすらある。これらは本当にケーキなのだろうか。ケーキであるなら、どんな材料をどう加工すればこんな色のケーキになるのだろうか。

 

「これ、本当にケーキなの……?」

 

 思いが口を衝いて出る。

 常識に囚われないケーキに手を出すかどうか迷っていると、別のものが目に入ってきた。それは、手のひらサイズの茶色の球体。

 

「……あ! これはもしかして揚げパン?」

 

 揚げパンなら、我が国にもある。そのため、その物体を手に取った私は、何の躊躇(ためら)いもなくそれを口に入れたのだった……! 後にして思えば、この時この判断をした私をぶん殴りたい。

 揚げ物によくある香ばしい匂いを感じた後、その茶色の球体をかじった私は、すぐに違和感に気付いた。歯応えが違う。パンのそれではない。パンなら、口の中の水分を吸い取られるような感じがあるはずだし、歯応えも若干抵抗のあるものになる。だというのに、この物体の中からは汁が出てくるし、歯応えも柔らかい。

 次の瞬間、私の鼻と口いっぱいに濃厚な甘ったるいものが広がる。慌ててかじった物体の断面を見ると、そこには一面黄色の異様な光景が広がっていた。そして、牛乳を濃縮したかのような匂いが鼻をついた。

 これはいったい、何だったのか。その正体に気付いた瞬間、意識がふっと遠くなった。脳が味覚と嗅覚を拒否し、平衡感覚が失われ、目の前の景色が暗転する……と、急に後方から支えが入り、私の意識は現実に引き戻された。

 私の後ろにいたのは、茶色い短髪の女性。頭部には2本の角のような飾りをつけているが、よく見るとその飾りは金属でできているようだ。おそらく艦娘の1人だろう。その人が、私を抱き止めるようにして支えてくれていた。

 特徴的なのは、宝石を思わせる黄緑色の瞳。世界広しといえども、こんな色の瞳を持つ人間は初めてだ。あと……何がとは言わないが、大きい。こんな時に罰当たりではあるが、ちくしょう少しくらい分けてくれ、と思った。

 

「大丈夫?」

 

 心配そうに覗き込む黄緑色の瞳に、何とか、と答えて起き上がる。私の胸中には、正体不明の物体を揚げパンだと思って軽々しくかじりついたことへの、激しい後悔が渦巻いていた。

 まさか、パンではなくバターを揚げたものだったとは思いもしなかった。バターを衣で包んで油で揚げるなど、いったい誰がこんな代物を考えついたのだろう。そもそもバターとは油そのものではなかったか。油を油で揚げるとは、これ如何に。

 どうにか2本の足で立てるようになった私に、ムツと名乗ったその女性は教えてくれた。

 

「ここにあるスイーツは、人によって好みがかなり分かれるのよ。好きな人にはたまらないんだけど、貴女はそうではなさそうね……」

 

 それを聞いた私には、あのケーキ群が一気に恐ろしい物に見え始めた。あの七色のケーキを見て感じた毒々しさは、当たっていたようだ。

 

「スイーツなら、あそこのテーブルにあるものがお勧めよ」

 

 案内されたテーブルには、ケーキらしきものがある。中心に穴が開いており、見た目がまるで切り株の断面のような、輪っかを幾つも重ねたように見える変わった物だ。

 変わった見た目の物ということで、さっきの真っ青ケーキを思い出して若干引きながらも、恐る恐る一切れを口に入れる。だが私の心配は杞憂に終わった。

 少ししっとりしているが、これは間違いなくケーキの食感だ。ほんのりとバターを効かせてあり、さっきのどぎつい濃厚なものとは違う優しい香りがする。トッピングを何もつけておらず、いわばスポンジケーキ本体だけで勝負しているようなものだが、このシンプルさが良い。立て続けに三切ればかりも食してしまった。

 口の中にほんのりと残るバターの香りに頬を緩めていると、後ろから声をかけられた。

 

「バウムクッヒェンがお気に召したのか、お嬢さん?」

 

 振り返った先には、薄い金色の長髪を後ろで2つにまとめた色白の女性が立っている。白を基調とする軍服らしい衣服と黒のミニスカートを着用しており、服の上から肩掛けを羽織っている。全体に色白なせいもあり、どこか幽霊を彷彿とさせた。灰色の瞳が何ともクールな感じである。

 

「はい、とても美味しいです。これは何個でも食べられますね」

 

 この時点で体重の心配のことは、私の頭から完全に消え去っていた。

 

「ふむ、そうか……お客人にここまで気に入ってもらえたのなら、作った私としても光栄の至りというものだ」

 

 クールな印象の彼女だが、頬に若干紅がさしている。少し照れているようだ。

 そこでふと、彼女の首元が目に止まる。彼女の衣服の留め具は、明らかに船の錨を模した形になっていた。と、いうことは……。

 

「そういえば、貴女はどちら様でしょうか? 艦娘の方とお見受けしますが」

「む、済まない。自己紹介が遅れたな。

私の名は、グラーフ・ツェッペリン。航空母艦の艦娘だ。よろしく頼む」

 

 見立て通り、艦娘だったらしい。それもラ・ヴァニア級と同じ、空母の艦娘であるようだ。

 

「この……ええと、バウムクッヒェンでしたか、これを、貴女が作ったのですか?」

「ああ。今回のパーティーではスイーツの担当になったが、私は一通りの料理はできるんだ。あと、コーヒーはその場その場に合わせて淹れるようにしている。貴女は確かムー国からいらっしゃったのだったな、ムー国にもコーヒーはあるのか?」

「はい、ありますよ。香りが高く、コクが深くて美味しいんです」

「そうか。コーヒーで大事なのは香り、そしてコクだ。貴国には良いコーヒーがあるのだな……一度飲んでみたいものだ」

 

 どうやらこの方は、コーヒーには強いこだわりを持っているようだ。

 

「今回のパーティーで出されたこちらのスイーツは、貴女がお作りになったんですよね? バウムクッヒェンの他にはどんなものがあるんですか?」

「では、こちらをお勧めしよう」

 

 そう言って、彼女が取り出したのは皿に乗せられたチョコレートケーキだった。白いクリームが添えられている。

 

「私の故国では、ザッハトルテと呼ばれているケーキだ。ある種の果物のジャムが手に入らないので、正式なものではないのだが……チョコレートには自信がある。どうぞ」

 

 フォークと共に皿を渡されたので、ザッハトルテを一切れ切って口に運ぶ。美味い。チョコレートの濃い、しかし決してしつこくない甘さが、快感と共に口内を満たしていく。添えられた白いクリームは甘さ控えめになっており、どうやら口直しに使うものらしい。口直しがしっかり用意されているのも、高評価だ。

 

「これは……素晴らしいです! 私、数ある甘味の中ではケーキが一番好きなのですが、これは今までに食べたどのケーキよりも美味しいです!」

「そうか……気に入ってもらえて何よりだ」

「すみません、もう1個いただいてもよろしいですか?」

「ああ、どうぞ。遠慮しないで食べてくれ」

 

 OKをもらったので、すぐさま2個目にフォークを突き立てる。するとここで、別の声がかかった。

 

「グラーフ、ずいぶん気に入られたようね」

「む? ああ、ビスマルクにオイゲンか」

 

 そこには、かなりそっくりな姿形の女性が2人立っていた。どっちがどっちなのかすぐには見分けが付かなかったが……よく観察して、微かに違いがあるのに気付く。

 

「今回はシュトレンはないんだっけ?」

「ああ、流石に今回は無しだ。あれはクリスマスにこそ似合うものだし、作るのに手間がかかってしまうからな。今回はバウムクッヒェンとザッハトルテがメインだ」

「グラーフの作ったバウムクッヒェンは、本当に美味しいんだよね〜♪」

 

 言いながら、「プリンツ・オイゲン」と名乗った方の女性(おそらく艦娘)がバウムクッヒェンをひょいと一切れつまみ、頬張る。

 

「そういえば、ムーにはどんな料理があるの?」

 

 ビスマルクに尋ねられたので、我が国の料理やスイーツについて話をした。フィッシュアンドチップスやウナギ入りゼリーのことを話すと、彼女たちは少し眉をしかめて「エイコク面がここにも……」とか言っていた。何のことやら分からない。

 あと、我が国には魚を使ったパイ料理がある。これは、複数の魚を用意して頭部側と尾部側に切り分け、尾部側はすり身にしてパイ生地に入れ、頭部が上向きにパイから突き出るように飾った料理だ。この料理を話題に出すと、彼女たちは何やら「スターゲイジー……」とか何とか言っていた。彼女たちの故国にも、似たような料理があるのだろうか。

 後で「グラーフ・ツェッペリン」から特別にザッハトルテの作り方を教えてもらった。本当はバウムクッヒェンの作り方も知りたかったのだが、彼女曰く「あれは特別な構造の窯が必要で、しかも菓子職人の熟練の技も要る」とのことだったので、今回は諦めざるを得なかった。だが、私は諦めるのはまだ早いと思っている。ムーとロデニウス、両国間の交流を一層親密なものにし、我が国の菓子職人をロデニウスに弟子入りさせて勉強すれば良いだろう。私はどうしても、あのバウムクッヒェンを諦めたくはない。

 

 その後、「アイオワ」「サラトガ」という方とも話をしたが……あのバターの揚げ物や虹色ケーキは彼女たちが作ったらしい。特にアイオワさんは、自国のスイーツの素晴らしさを色々と語ってくれたが、彼女の感性は私のそれとはだいぶ異なるようだ……。あと、「アオバ」という方に我が国の文化や経済規模などについて色々と尋ねられた。その時の彼女の格好が、首からカメラを下げ手にはペンとメモ帳、というものだったところから察するに、どうやら彼女は新聞を発行しているらしい。

 また、ステージの上でサカイ氏が「ウチュウセンカンヤ◯ト」なる曲を歌わされているシーンも目撃した。どうやらあずかり知らぬところで計画され、巻き込まれてしまったらしい。不運なこともあったものである。

 ついでに、その「ウチュウセンカンヤ◯ト」なるものについても、調べてみることになった。リアス氏やラッサン氏の見立てでは、これはテレビ番組か何かのようだ。ならば、タウイタウイ泊地の図書館に記録が残っているかもしれない。探してみる価値はありそうだ。

 

 

 今回の訪問でも、新しい甘味や文化を色々と知ることができたと思う。また、特筆事項として、なんとあの「マミヤのヨウカン」を13本もゲットすることができた。思わぬお土産も手に入れることができ、実り多い1日だったと言い切れるだろう。非常に満足である。

 

 

中央暦1640年7月27日

 ムーへの帰国の日は、8月15日と決まった。その日に我々はタウイタウイの飛行場から「ラ・カオス」で飛び立ち、ムー国へと帰ることになる。それまでに、やり残したことを全て片付けなければならない。

 差し当たり、まずはロデニウス大陸各州の信仰について、調べを完了してしまった。これで、公文書にして提出しなければならないロデニウス連合王国の文化についての調査は、ほぼ終了したと言っても良いだろう。後は、図書館で見つかったあの「ウチュウセンカンヤ◯ト」の映像作品を視聴しつつ、食事の度に「居酒屋 鳳翔」に入り浸るだけだ。あと、運動はしっかりしておかなければ。

 

 

中央暦1640年7月30日

 2日前からマイラス氏と共に「ウチュウセンカンヤ◯ト」の視聴を続けているが、ずっと驚きっぱなしである。まず、作品としての完成度が非常に高い。ストーリー、キャラクター設定、作画、BGM、どれをとってもよく考えて作られていることがよく分かる。図書館にあった資料によれば、この作品はニホンにおける「アニメ」という作品ジャンルの人気の火付け役となり、ものすごい人気を誇った作品だとか。これだけ完成度が高ければ、それも当然のことだと思う。

 また、マイラス氏の解説によれば、この作品はなんと、かの悪名高き「古の魔法帝国」の凶悪な兵器「コア魔法」も登場していたという。ニホンも「コア魔法」を知っているのか、と驚いた。

 作品内では、「コア魔法」を大量に落とされた地球は表面が赤茶けた大地へと変化し、海は失われ、地上は地肌剥き出しの茶色い大地が一面に広がるのみとなった。神話に残る、古の魔法帝国とインフィドラグーンとの戦いの終盤にも、こんな光景が広がることになったのだろうか。エモール王国や神聖ミリシアル帝国の国民がこのアニメを見たら、多分卒倒するんじゃないかと思う。

 我が国には、こんな姿には絶対になってほしくないものである。古の魔法帝国は、いずれこの世界に復活するとされているから、その時までに我が国はもっと強くなっておかなければならない。

 

 

中央暦1640年8月15日

 私はこの日記を、ムー国へ戻る「ラ・カオス」の機内で書いている。半年以上にも渡った私の調査も、この日を以て終わったのだ。

 ロデニウス連合王国は、これまで私が訪れた如何なる第三文明圏外国家よりも面白い国だった。いや、各地の文明国や列強国と比較しても、あの国には面白い文化が山のようにあった。特に、ニホンシュという変わったお酒と料理を楽しめるあの居酒屋と、ワガシを含む多種多様なスイーツは、非常にお気に入りである。できることなら、もう一度、いや一度と言わず何度でも、あの国を訪ねてみたいものである。

 

 

 これは余談であるが、アイリーンが土産として持ち帰ったペンネーム: ソロモンの社説は、ムー国上層部において「最重要参考資料」と認定され、外務省はもちろん、政府、軍部に至るまでがこの社説を共有して、自国の外交姿勢を今一度見直すための指針の1つとされた。

 また、彼女が持ち帰った12本の「間宮の羊羹」(貰ったのは13本だが、1本はアイリーン自らが味見を兼ねて食べてしまった)は、ムー外務省文化調査部・第三文明圏外担当課の面々に供され、老若男女問わず全員の胃袋を鷲掴みにした。その噂は次第にムー外務省全体にまで浸透していき、以降誰もがロデニウス連合王国へ行った際に「間宮の羊羹」を何とかして確保しようと考えるようになってしまった。




新聞の社説を書いたペンネーム「ソロモン」……いったい何色の葉っぱなんだ……?

"Graf Zeppelin"は、ドイツ料理限定ですが料理ができるんですよね。そのため、ドイツ式の菓子類も作ることができると判断し、彼女にバウムクーヘンを焼いてもらいました。
ちなみに、日本では「バウムクーヘン」の名前で通っているこのケーキですが、綴りは「Baumkuchen」であり、ドイツ語の発音ではBaumは「バウム」、kuchenは「クッヒェン」になるのです。なので、グラ子の発音はドイツ語に忠実なものにしようとした結果、呼び方が「バウムクーヘン」ではなく「バウムクッヒェン」となりました。
バウムクーヘンって、実は焼くには専用の窯と技術が要るらしいんですよね。窯はまあ、どこぞのマッドエンジニアにでも作ってもらったのでしょうが……グラ子さんマジパねぇ。

あとアイオワさん、ハイカロリーにも程がある代物をバンバン作らんでください……

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