鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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神聖ミリシアル帝国空軍・第7制空戦闘団を撃滅したグラ・バルカス帝国軍航空隊。約200機もの航空機が、カルトアルパスより出港した各国外務大臣護衛艦隊に襲いかかる…!



114. 激戦! フォーク海峡!(弐)

 中央暦1642年4月25日 午後2時20分、神聖ミリシアル帝国南部 カルトアルパス南方沖。

 多数のレシプロ航空機……グラ・バルカス帝国の機動部隊から発進した第一次攻撃隊200機は、神聖ミリシアル帝国の港街カルトアルパスに向けて、飛行を続けていた。途中で神聖ミリシアル帝国軍の戦闘機部隊と遭遇したが、こちらの損害はアンタレス型艦上戦闘機1機と、どさくさに紛れて狙われたリゲル型雷撃機1機のみ。それに対し、アンタレス隊はミリシアル軍の航空機を全滅させた。ほぼ完勝といってもいい。

 攻撃隊の編成は、アンタレス型艦上戦闘機59機、シリウス型急降下爆撃機60機、そしてリゲル型雷撃機79機。リゲルのうち30機は大型の800㎏爆弾を1発抱えており、残りの49機は魚雷を装備している。

 

 第一次攻撃隊の目標は、本来であれば各国の艦隊を適度に攻撃した後、艦隊の殲滅は第二次攻撃隊に任せて、カルトアルパスの市街地やその周囲にある神聖ミリシアル帝国軍の基地を攻撃することであった。だが、計画に一部変更があった。

 先日カルトアルパスにて各国の艦隊を間近で見た「ブラックホール」からの報告では、「各国の艦隊は、帆船と戦列艦が多数を占めており、脅威ではない。またムーは、我が国で40年ほど前に使われていたような艦を使用しており、こちらも脅威ではない。神聖ミリシアル帝国の海軍は、そこそこの性能を持つと見られる巡洋艦らしき艦……我が国でいうタウルス級重巡洋艦のような艦を使用しているが、対空機銃の数が少ないのと高角砲及び高射装置らしき装備がないことから、対空戦闘能力は低いと見られる。最も脅威となるのはロデニウス連合王国軍で、ヘルクレス級戦艦1隻、艦型不詳の巡洋艦1隻、エクレウス級駆逐艦4隻を使用せり」となっている。

 ヘルクレス級戦艦はかなりの脅威だ。あの艦はグレードアトラスター級戦艦が登場するまで、グラ・バルカス帝国最強の戦艦として使われていた艦(そして今も、第一線で運用されている。グレードアトラスター級は金食い虫なので量産が簡単にはできない上に、一度動かすとかなりの量の資源を食うため、簡単には使えないので)である。主砲として41㎝連装砲4基を装備する他、副砲・高角砲・機銃も多数装備しており、戦闘力は高い。また防御力も41㎝砲に耐えるほどの装甲を持ち、耐久力も高い。これが敵となると、かなりの脅威となる。

 このため、第一次攻撃隊には「魚雷を装備したリゲルのうち、20機はロデニウス連合王国艦隊を狙え。急降下爆撃機も、当初は30機を艦隊攻撃に回す予定だったが、10機増やして40機を艦隊攻撃に回すこと」という、新たな注文が付けられていた。

 

 攻撃対象が何であるにせよ、作戦目標は2つだ。

 1つは、各国にグラ・バルカス帝国に対する恐怖を植えつけること。

 もう1つは、神聖ミリシアル帝国の弱さを各国に見せつけ、「神聖ミリシアル帝国=世界最強」という世界各国の認識を打ち崩して、神聖ミリシアル帝国からの離反と、グラ・バルカス帝国への投降を容易ならしむること。

 これらを果たすために、攻撃隊は飛んでいるのだ。

 

 ペガスス級航空母艦「マタル」から発進した艦上爆撃隊第2中隊のうち、第3小隊を率いる隊長エーリヒ・スバウル少尉は、自身の搭乗するシリウス型急降下爆撃機のコクピットから下界を見渡した。

 青く細長い帯のように見えるフォーク海峡。そこに多数の白い航跡が見える。各国の艦隊だろう。

 「ブラックホール」からの報告通り、各国の艦隊は帆船が多いようだ。だが、それらの帆船の前に立ち塞がるようにして、巨大な船が1隻いる。報告にあった、ロデニウス連合王国の似非ヘルクレス級戦艦だろう。

 

「フ……帆船か、笑えるな。そしてヘルクレス級戦艦とは、この世界の蛮族風情が一丁前に気取りやがって。全部まとめて海の底に葬ってやる!」

 

 彼が呟いたその時、似非ヘルクレス級の艦体前部がパッと閃光を発した。そして、発砲煙と思しき茶色の煙が立つのが見える。

 

『敵艦発砲! 各隊回避せよ!』

 

 攻撃隊長から無線が入った。

 

(発砲だと?)

 

 スバウルは隊長からの指示に従い、シリウス隊を率いて回避運動に入った。

 

「戦艦砲での対空射撃を知ってんのか? 生意気な奴だ。蛮族のくせに、栄光あるこのグラ・バルカス帝国の航空機を落とせるとでも……」

 

 彼が独り言を言い終える前に、

 

ドドドーン!!

 

 爆発するような音と共に、編隊の前上方で光が4つ弾けた。破片と思しきものが、周囲に撒き散らされる。

 

「何だ? 時限信管を知って……!?」

 

 彼の言葉は途中で消えた。

 破片のいくつかが、第3中隊を含む攻撃隊のシリウス型急降下爆撃機を掠めた、と思った瞬間に爆発したのだ。「シリウス」の1機がエンジンに直撃を受け、エンストを起こす。そして、機首を下に向けると、真っ逆さまに墜落していった。それを追いかけるように、別の「シリウス」が半身を炎に包まれたような格好で墜落する。

 それとは別に「アンタレス」が1機、右の主翼を根元から切り飛ばされ、錐揉みを起こして落ちていった。

 

「え!?」

 

 その時、彼はやっと気付いた。

 破片だと思った物は皆、画一的な(やじり)のような形をしているのだ。そして、航空機が近くを通ると爆発している。

 

(これ、まさか……!)

 

 スバウルが考えた時には、魚雷を装備した「リゲル」が1機、()()()(じん)にされていた。パイロットを殺されたらしい別の「リゲル」が、うなだれたように機首を下げると、逆落としに大地に突っ込んで行く。

 さらに、別の隊の「シリウス」が2機、ぐらっとよろめいたかと思うと、主翼やエンジンから黒煙を噴き始めた。その2機は爆弾を投棄し、反転して離脱にかかる。

 

(まさか……時限信管と近接信管の合わせ技か! ということは、ロデニウス連合王国は近接信管を知っていて、実用化している……!?)

 

 スバウルは、ものすごいショックを受けた。

 

 

 一方、ロデニウス連合王国艦隊の戦艦「(なが)()」の艦橋には、

 

『こちら左舷見張り、第一射命中! ただいまの戦果、5機撃墜2機撃破! 新型対空砲弾の効果は大なり!』

 

 見張り妖精が喜びの報告をあげていた。

 

「よし、連続撃ち方! 敵機が射界の外に出る前に、あと1発でも浴びせてやる!」

 

 "長門"も弾んだ声で命令を下す。

 「(ゆき)(かぜ)」の艦橋で、堺も満足げに頷いた。

 

「よし、撃って撃って撃ちまくれ!」

 

 指令を出した後、堺は下顎に手を当てて考えた。

 

("(くし)()"と"(あか)()"……よくこんな物を作ってくれたものだ。ちょうど港でミリシアル特産の甘味を買うことができたし、土産に持ってってやろう。

あと、三号爆弾のことを教えてくれた妖精(いわ)(もと)と"日向(ひゅうが)"にも、礼を言う必要があるな……)

 

 

 そう、今回「長門」が発射した「三式弾改二」。これは三式弾とは名ばかりで、真の姿は「対空クラスター砲弾」なのである。基本構造は「三式弾」と同じだが、撒き散らすのは焼夷榴散弾や破片ではなく、400発にも達する子弾なのである。しかも、子弾の1つ1つに近接信管がついているという、凶悪極まりない代物であった。製造コストは非常に高いが、命中率の向上が見込める代物である。

 

 

 こんな物が開発されたのには、ある理由があった。

 ある日、堺は艦娘たちの演習の結果を示したデータを見ていて、「三式弾」の命中精度があまり良くないのに気付いた。それをどうやって改善するか考え込んでいた堺は、「零戦53型(岩本隊)」の隊長妖精の呟きを小耳に挟んだのだ。

 

『どうせなら、あの三式弾を三号爆弾みたいに使ったら、もう少し当たるんだろうがな』

 

 堺はすぐ、妖精岩本から三号爆弾の話を聞いた後、"日向"からも詳しい話を聞いたり、自分で調べてみたりして、三号爆弾の原理等を調べてみた。そして、とんでもないことを思いついたのである。

 

(対地クラスター爆弾、それも重爆撃機相手とはいえ、対空運用実績ありか。そうだ、この三号爆弾の原理を三式弾に転用して、焼夷榴散弾や破片の代わりに近接信管を付けた子弾をばら撒くようにして、敵機の編隊のど真ん中でドカンとやったら、使えるんじゃね?)

 

 すぐさま堺は、工作艦の"明石"と"釧路"に、この新型対空クラスター砲弾のアイデアを持ち込んだ。そして2人の計算の結果、効果がありそうだと判定されたのである。堺はすぐ、この砲弾の開発を命令した。

 そして2人の尽力によって、無事にこの新型対空クラスター砲弾は完成し、「三式弾改二」と名付けられて実戦投入されたのだった。たった3ヶ月の突貫でこれを開発した2人も、すごいものである。

 

 

 その砲弾が今、グラ・バルカス帝国の航空部隊を相手に、猛威を振るっていた。

 

「ただでやられることはない。通行料をふんだくってやれ!」

 

 堺の号令と同時に、「41㎝連装砲」が再度咆哮する。

 空に対空クラスター砲弾の巨大な花が咲き、瞬く間に5、6機が吹き飛ばされるか、火を噴いて墜落する。さらに1機が主翼から黒煙を引きながら、魚雷を投棄して逃げていった。

 

(2回8発の射撃に対し、戦果は10機撃墜確実、3機撃破か。上々だな)

 

 堺がそう考えたところへ、

 

『提督よ、こちら長門。敵は主砲の射界外に出た。敵機との距離約10㎞!』

 

 "長門"が報告を入れてくる。

 

「了解。長門、主砲は普通の三式弾を装填して待機。主砲のターゲットは雷撃機だ。敵の雷撃機が投雷コースに乗ったら、奴らの鼻っ先に三式弾をお見舞いしてやれ。副砲も、主砲とともに雷撃機を狙うんだ。直接当たるもんじゃないから、水柱をぶち当てて叩き落す方向で。

高角砲は敵の急降下爆撃機を狙え。対空機銃は各分隊長の指揮で統制弾幕射撃を! 敵機を近寄らせるな!」

『任された!』

 

 "長門"にそう命じると、堺は続いて艦隊内通信回線を開いた。

 

「全艦、高角砲、対空戦闘用意! 目標は敵航空部隊! 1機たりとも近寄らせないくらいの気合で行け!

左舷前方、接近する敵航空部隊、対空戦闘、撃ちー方始め!」

 

 直後、一斉に返事が返ってきた。

 

『ビッグセブンの力、侮るなよ!』

『撃ち方、始め!』

『てー!』

『いい風ね…撃ち方、始めて!』

『さぁー、始めちゃいますか!』

「艦隊をお守りします!」

 

 そして、

 

ドン! ドン! ドン!

 

 「長門」の左舷に設置された2基の「12.7㎝連装高角砲+高射装置」が、駆逐艦たちが乗せ替えてきた「10㎝連装高角砲+高射装置」が、そして「鹿()(しま)」が「14㎝連装砲」の代わりに搭載してきた「5inch連装両用砲Mk.28 mod2」が、砲身にいっぱいの仰角をかけ、発砲する。

 たちまちロデニウス連合王国艦隊の左側の空には、黒い煙の花が幾つも花開いた。その間を縫うようにして、グラ・バルカス帝国の航空機が殺到する。

 

 

「くそっ! なんて奴らだ!」

 

 スバウルは舌打ちをした。

 ロデニウス連合王国の艦隊から、猛烈な対空砲火が撃ち上げられてくる。それは、味方の航空機の近くで次々と爆発しており、近接信管が使われていることはもう疑う余地がなかった。

 既に10機以上が撃墜破され、攻撃隊は敵艦隊に到達する前から想定外の大被害を出していた。

 

「つくづく生意気な……! だが……」

 

 スバウルの目は、別の光景を見ていた。

 彼の率いる爆撃隊の進路の先では、アンタレス07式艦上戦闘機が突撃し、ムー国のものらしい固定脚の戦闘機や竜と交戦している。こちらは有利に戦いを進めており、制空権は確保できるものと思われた。

 

「よし、行くぞ! 各機俺に続け!」

 

 スバウルはシリウス型急降下爆撃機をバンクさせ、後続する列機に合図を送ると、各国の艦隊の最後尾を走る帆船部隊……パンドーラ大魔法公国の魔導船団に向けて急降下を開始した。

 水平線に対して約60°の角度で突っ込む。体感的には垂直に落ちていくかのように感じられる。

 身体に強烈なGがかかり、背中がシートに押し付けられる。照準器の中に敵艦が大きく映り、ダイブブレーキの音が甲高く響くのを聞きながら、スバウルは叫んだ。

 

「異界の者どもよ、度肝を抜いてやる! 栄光あるグラ・バルカス帝国の力、思い知るが良い!」

 

 

 一方、パンドーラ大魔法公国の魔導船団の1隻、魔導船「ウミス」の艦橋には、報告が上げられていた。

 

「敵の空飛ぶ鉄竜、反転して降下を開始! 我が方に向かってきます!」

「ふん、()(しゃく)な! 調子に乗りおって!

ルーンアローを使え! 出し惜しみは無しだ!」

「はっ!」

 

 艦長の号令一下、海兵たちは迅速に配置に付くと、各々が武器を両手に持った。その武器は、一見するとクロスボウのように見えるが、それを空に向ける。

 この「ルーンアロー」は、パンドーラ大魔法公国がパーパルディア皇国のワイバーンロードとの戦闘を想定して開発した、弓の一種である。原理はアルタラス王国の「風神の矢」と同じで、鏃に爆裂魔法を込めた魔術媒体を使用している。推進方式にも爆裂魔法を使用した、ちょっとしたロケットのような兵器であり、命中すると爆発する代物である。

 甲高い風切り音を立てながら、敵が迫ってくる。

 

()てーっ!」

 

 海兵たちは一斉に、ルーンアローを空に向けて放った。

 弦から放たれた矢は、後方が赤く光っていて、そこから圧縮空気を押し出している。その力で推進し、空へと向かうのだ。

 

「続けて第2射用意!」

 

 しかし、第2の矢が用意される前に、

 

「なっ! 敵、こちらに光弾を発射!」

 

 報告が上がった。

 そう、シリウス型艦上爆撃機が機首の12.7㎜機銃2丁を発射したのである。

 上空から撃ち下ろされた機銃弾は、魔導船「ウミス」の木製の甲板を貫き、船内に突入して……運の悪いことに、爆裂魔法を封入した魔石の貯蔵庫を直撃した。

 機銃弾の直撃を受けた魔石は、たちまち爆発する。それが他の魔石の誘爆を引き起こし、その爆発は巨大な火柱となった。そして、爆圧は四方八方駆け巡り、木造の船体を破壊しながら荒れ狂った。

 魔導船「ウミス」は、ほんの短い時間の間に大爆発を起こし、火山の噴火かと錯覚するような巨大な火柱を空に向かって噴き上げながら、木っ端微塵に消し飛んでしまった。もちろん、乗組員は誰一人助かっていない。

 

「魔導船『ウミス』轟沈!」

「なっ、何!? 我が国が誇る魔導船が、そんなにあっさりと!?」

 

 パンドーラ大魔法公国艦隊の旗艦、魔導船「ドーラ」の艦橋では、大混乱が発生する。

 さらに、

 

「魔導船『テルミス』轟沈! 同じ攻撃です!」

 

 今度は「ウミス」のすぐ隣を航行していた「テルミス」が、「ウミス」と同じく、敵の機銃掃射を受けて爆裂魔法の魔石が誘爆、轟沈する。

 

「バカな! そんなバカな!!」

 

 「ドーラ」艦橋では、艦隊司令コルバー以下多数のクルーが恐慌状態に陥る。そんな中、

 

「敵、我が方に光弾を発射!」

 

 報告が飛び込んできた。スバウルの乗る「シリウス」とは別の機体が、「ドーラ」に向けて機銃を撃ったのである。

 次の瞬間、魔導船「ドーラ」は機銃掃射で爆裂魔法の魔石を積んだ貯蔵庫が爆発し、船体が真っ二つに折れて轟沈した。

 

 

「降下止め! 上昇しろ!」

 

 スバウルは慌てて、部下に指示を出した。

 敵の対空砲火を減衰させるため、機銃掃射を行わせたのであるが、まさかそれで敵船が爆沈するとは思わなかったのだ。

 重い爆弾を抱えたままであるため、シリウス型艦上爆撃機の引き起こしには随分と時間がかかっている。高度計の針が反時計回りにぐるぐる回転するのに従って、海面がどんどん目前に迫る。スバウルは、海面に激突するのではないかとひやひやした。

 だが、高度が100メートルを切ったあたりでどうにか引き起こしが成功し、「シリウス」は水平飛行に戻った。

 スバウルは味方を率いて一時離脱を図りながら、眼下に見える各国の艦隊を見て呟く。

 

「なんちゅう(もろ)い船だ……」

 

 彼は、各国の船があまりに防御力が低いのに呆れていた。その時、

 

「おっと!」

 

 彼の機体の前を、矢が飛び過ぎていった。

 こんな高度まで矢が届くこと自体は驚きだが、矢で航空機を撃ち落とせる訳がない。

 

(フン……弱すぎる。そんなもので、栄光ある我がグラ・バルカス帝国の航空機を落とせると思うのか!)

 

 スバウルは、軽蔑の感情を抱いた。

 

 

「……地獄そのものだな」

 

 空を見上げ、堺は呟いた。

 上空には第二次世界大戦レベルの航空機が乱れ飛び、固定脚の戦闘機やワイバーンロードと交戦している。ワイバーンロードが口から炎の玉を発射し、航空機の機銃の曳光弾が絡み合う。

 しかし、固定脚の戦闘機……ムー国の艦上戦闘機「アラル」や、ニグラート連合のワイバーンロード隊は悪戦苦闘しており、このままでは全滅は免れなかった。

 

("航空劣勢"……いや、"制空権喪失"か)

 

 堺は腹の内で呟く。

 海上はというと、敵航空機の爆撃や機銃掃射によって炎上している艦が多数遠望され、各国艦隊の対空戦闘もあまり上手く行っていないようだ。魔信から聞こえてくる悲鳴のような報告も、それを裏付けている。

 

『パンドーラ大魔法公国、魔導船団全滅!』

『トルキア王国戦列艦隊、2隻轟沈!』

『ニグラート連合、竜騎士団劣勢!』

『ムーの戦闘機、また1機撃墜された!』

『アガルタ法国魔法船団、戦闘に突入します!』

 

 少しの間、魔信に耳を傾けていた堺は、艦娘たちからの報告で注意を引き戻された。

 

『こちら(あま)()(かぜ)。敵降爆6、長門に向かう!』

『こちら鹿島。敵降爆4、こちらに向かってきます!』

 

 敵機が、こちらに向かってきたのだ。

 

「撃て! 反撃しろ! 敵機に近寄らせるな!」

 

 堺の号令一下、各艦の高角砲が次々と砲弾を撃ち出す。一瞬にして、空に爆煙の黒花が咲き乱れた。

 

『敵降爆1機撃墜!』

 

 「長門」が1機を撃墜したものの、敵機はさらに近づいてきた。

 

『敵降爆3、鹿島よりの方位320度、距離マルハチ(800メートル)、高度ヨンマル(4,000メートル)!』

全兵装使用自由(オールガンズフリー)! 鹿島は回避運動を!」

 

 堺は、咽頭マイク型の通信機を使って"鹿島"に指示を飛ばす。

 この咽頭マイク型の通信機は、提督が複数の艦娘を直接指揮する際に用いられるものだ。

 

『了解しました! 取り舵60度! 最大戦速!』

『とーりかーじ、60度ようそろ!』

 

 対空機銃の射撃に入ると同時に、「鹿島」は左に回頭しようとする。だが、全長133.5メートル、最大幅16.7メートル、排水量6,720トンの図体を持つ「鹿島」は、そうすぐには転舵しない。

 

『こちら長門、敵降爆さらに2機撃墜!』

(とき)()(かぜ)、鹿島さんに向かってたやつを1機落としたよー』

 

 仲間たちは、続々と戦果を挙げているようだ。

 

『「鹿島」に急降下!』

 

 「雪風」見張員の悲鳴じみた報告が入ると同時に、「鹿島」が左に大きく回頭した。舵が効き始めたのだ。

 対空砲の発射音を塗りつぶすように、敵機のダイブブレーキが奏でる甲高い音が鼓膜を圧する。

 

『敵機、爆弾投下!』

 

 見張員の報告と一緒に、敵機の甲高い音が止んだ。黒い物がふわりと離れ、みるみる「鹿島」に向けて迫ってくる。

 だが、敵機の爆弾の落下よりも「鹿島」の舵が効くほうが早かった。

 

ズズーン!!

 

 立て続けに2発の爆弾が海面に落下し、盛大な水柱を噴き上げる。その陰に「鹿島」が隠れ、一瞬轟沈かと錯覚させるが、水柱が崩れ落ちると「鹿島」は健在な姿を見せる。爆弾は、「鹿島」の右舷至近の海面に落下したのだ。

 

『もどーせー、舵中央!』

 

 "鹿島"の号令が無線に入る。それに被さるようにして、

 

『面舵55! 最大速力!』

 

 今度は、無線に"長門"の声が入った。

 4機に減った敵の急降下爆撃機が、「長門」に向かっていく。同時に、

 

『こちら鹿島、新たな敵降爆、(はつ)(かぜ)に向かう! 数4!』

『こちら初風、左舷低空に敵雷撃機! 艦隊よりの方位270度、数約20、距離フタマル!』

 

 2つの報告が上がった。

 

「雷撃機20だと! そしてこりゃ雷爆同時攻撃か! くそっ、数が多い!

対空機銃は、低空の雷撃機を狙え! 敵の爆撃は、高角砲と操舵で回避せよ!

全艦、左90度一斉回頭用意! 敵魚雷に対して正対せよ!」

 

 堺は忙しく指示を飛ばした。

 

 

 スバウルとは対照的に、地獄を見る羽目になったのが、リゲル型雷撃機に搭乗して雷撃隊を率いるデクスター・パッシム少尉である。

 

(なんでこんな貧乏くじばっかり引かされるんだ!)

 

 彼は、人生の不条理を嘆きたくなった。

 彼に割り当てられた攻撃目標は、ロデニウス連合王国の艦隊だったのである。

 

 ここまで聞いたら、後は察しがつくだろう。

 そう、彼は各国の艦隊の中でも最も濃密な対空弾幕を撃ち上げてくる艦隊と、真っ向勝負しなければならなくなったのである。

 

ドドドーン!!!

 

 パッシム機の前で、敵の似非ヘルクレス級戦艦がぶっ放した主砲の対空砲弾が炸裂し、汚い花火が開く。それに絡め取られた「リゲル」が2機、相次いで火を噴いて海面に叩きつけられた。

 

ズドンズドンズドン……

 

 敵戦艦の副砲によるものと思われる水柱が、何本も乱立する。その隙間を縫うようにして、敵の対空機銃の青白い曳光弾が飛んでくる。

 敵戦艦の副砲に被弾したのか、「リゲル」1機が空中で木っ端微塵にされ、別の「リゲル」がエンジンから白煙を噴いて海面にダイブした。さらに、別の「リゲル」が敵の弾幕を避けようとして高度を下げすぎ、海面に接触、もんどり打って海面に叩きつけられる。

 まさにこの世の地獄としか思えない光景だった。

 

(くそっ、だが、あと少し、あと少しで……!)

 

 パッシムは腹の内で叫ぶ。

 敵との距離は既に1,500メートルを切っており、あと少しで射点なのだ。

 だが、敵の対空砲火はますます熾烈を極めてくる。エンジンを破壊された「リゲル」が1機、頭から海面に突っ込んだ。更にもう1機、「リゲル」が主翼から火を噴いたと思うと、両の翼をへし折られて海面に突入する。

 

「左30度、高角10度! てぇー!」

 

 戦艦「長門」艦上では、分隊長妖精の指揮の下で対空戦闘が続いていた。

 九六式25㎜対空機銃の銃身が前後に激しく踊り、青白い尾を曳く曳光弾が海面に向かって飛んでいく。各機銃には何人もの妖精がかじりついており、15発入りの弾倉が空になるや新しい弾倉を装填していた。手空きの妖精は必死で機銃弾を運んでいる。

 

「あのファッキン敵機どもを叩き落とせ! Fire!」

 

 「鹿島」艦上では、妖精たちの汚い罵声と共に「Bofors40㎜四連装機関砲」が火を噴いている。真っ赤に熱した石炭を投げつけているようにしか見えない太い()(せん)が海面すれすれに飛び、「リゲル」に突き刺さってその威力を解放する。

 ここに至り、ついにパッシムもここが限界だと感じた。

 

「投下!」

 

 敵艦隊からの距離1,200メートルの地点で、パッシムは魚雷を投下した。

 重量800㎏もある魚雷を投下したことで、機体が一気に軽くなり、ふわりと上昇しかける。パッシムは慌てて操縦桿を前に押し倒し、海面に近い高度を守った。

 直後、パッシムの頭上を激しい対空砲火が飛び過ぎる。風防ガラスがびりびりと震えるほどの至近距離だ。

 

(あっぶねぇぇぇ!)

 

 あと一瞬回避が遅れていたら、自分はこの世にいなかったかもしれない。

 冷や汗をぬぐいながら、パッシムは機体の速度を上げ、激しい対空砲火の網から離脱した。

 

 

『敵機、魚雷投下! 総数11!』

 

 "初風"から冷静な、しかし早い口調での報告が届く。

 

「艦隊、左90度一斉回頭! とーりかーじ!」

 

 堺は、鋭く号令を下した。

 

「取り舵90度です!」

「とぉーりかぁーじ、90度宜候(ようそろ)!」

 

 "雪風"の復唱を受けて、「雪風」の操舵手妖精が目一杯舵輪を回す。

 

「初風に急降下! さらに、長門に急降下!」

全兵装使用自由(オールガンズフリー)! 撃て、撃ちまくれ! 生かして帰すな!」

 

 怒号と報告とが入り乱れ、「雪風」艦橋を飛び交う。

 それに入り混じって、敵機のダイブ・ブレーキが奏でる甲高い音が……神経を掻き(むし)られるような音が、多重奏になって響く。

 

「突っ走れ! 魚雷の隙間に艦体をねじ込むんだ!」

 

 堺が叫び、回頭し終えた艦が次々と魚雷に正対する。ついでに、「初風」は敵の爆撃機1機を撃墜し、3発の爆弾をすんでのところで回避した。

 その時、遠く爆発音が響いた。

 

「被弾か!?」

 

 堺はすぐ、周囲を見渡す。すると、水柱に隠れるようにしている「長門」の艦体が、うっすら黒煙を引いているのが見えた。

 

「ちっ、長門が喰らったか」

 

 堺が舌打ちした時、

 

『こちら長門、艦体左前方と第3砲塔に、直撃弾各一発。左舷副砲1基損傷、小規模の火災発生、なれど鎮火の見込み。戦闘航行に支障無し!』

 

 "長門"が気丈な声で報告してきた。

 「長門」の巨体も、もう回頭が終わる頃である…が、その正面に白い雷跡が迫りつつある。

 

『初風、魚雷回避しました!』

『時津風、被害なし!』

『鹿島、被弾なし! 異常ありません!』

 

 複縦陣の左列を走っていた艦の通信長妖精たちが、次々と報告を入れる。堺の乗る「雪風」とその後方を行く「天津風」も、なんとか雷跡の隙間に艦体をねじ込んでいた。

 堺は、"長門"に直接指示を飛ばす。

 

「針路そのまま、速度一杯で突っ走れ!」

『了解だ!』

 

 堺の狙いを分かっているのか、"長門"は簡潔に応答する。

 

(行け、「長門」! 敵の魚雷なんぞ跳ね飛ばせ!)

 

 堺は必死で祈った。

 彼の狙いは、全速航進時の「長門」艦首の水圧を利用して、敵航空機が投下した魚雷を跳ね飛ばす、ということである。博打(ばくち)打ちのようにしか聞こえないが、堺はこれが今取り得る最上の選択だと考えていた。

 

((しん)(ぶつ)(しょう)(らん)……! (あま)(てらす)大神(おおみかみ)よ、「長門」にご加護を……!)

 

 「長門」の艦体と雷跡とを見比べ、祈る堺。

 みるみるうちに、「長門」は自ら突っ込むように敵魚雷との距離を詰め、そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵魚雷、『長門』艦首に消えました!」

「オーケー……!」

 

 堺は、ぐっと両手を握りしめた。

 彼と"長門"は、賭けに勝ったのだ。「長門」の艦首は、全速航進に伴う強烈な水圧によって、敵の魚雷を弾き飛ばしたのだ。

 空を見上げつつ、堺は次の指示を飛ばす。

 

「回避行動で混乱した陣形を立て直す。全艦、右90度一斉回頭、おもーかーじ! 然る後、26ノットに増速しながら複縦陣を再構成せよ」

 

 堺がそう言った時、艦橋に設置されていた魔信の機械から別の報告が飛び出してきた。

 

『アガルタ法国魔法船団、艦隊陣形で六芒星を形成。艦隊級極大閃光魔法を使用するとのこと、各艦隊は留意されたし』

「何だ、艦隊級極大閃光魔法って?」

 

 耳慣れない言葉に堺が首を傾げ、後方にいる各国の艦隊を振り返った時だった。

 艦隊の中にいる帆船が複数隻、ほのかな光を発しながら光の線で結ばれた。そして次の瞬間、空に向かって強烈な極太レーザーが発射されたのだ。

 

「おおっ!?」

 

 そのあまりにも派手な見た目に、堺は思わず声を上げる。

 直線状に飛ぶその極太レーザーは、上空を舐めるように移動していく。それに触れた敵機が2機、火だるまになって墜落した。

 

「すげえな、ありゃ! まるで、フェイズドアレイレーダーが攻撃してるみたいじゃねえか」

 

 堺が感心していると、

 

「ん?」

 

 レーザーの色が、だんだん薄くなっていったのだ。そして、発射開始から10秒と経たずに、極太レーザーは消えてしまった。

 

『アガルタ法国魔法船団、魔力枯渇。再充填まで368秒』

「は!? もう魔力切れ!? エネルギー足りなさすぎんだろ!

そして再充填に6分もかかるのかよ! 波動砲だって、もっと短い時間でチャージできるぞ!」

 

 堺が人知れずツッコミを入れた時、

 

『こちら天津風、新たな敵降爆、長門に急降下! 数3!』

「こちら左舷見張り。敵降爆2、本艦直上! 急降下!」

 

 2つの報告が同時に入った。どうやら、艦隊級極大閃光に気を取られた間に、敵機が迎撃を突破してきたらしい。

 それを受け、堺は即断した。現在、艦隊は回頭中であり、これ以上の回避行動は不可能だ。ならば、別の方法を使うしかない。

 堺は声を張り上げる。

 

「全艦に告ぐ! 艦隊級閃光魔法、こっちもやるぞ! 全艦、『雪風直伝の秘策』を用意しろ!」

『『『『『「とっくに準備できてます(るわ)(いる)!」』』』』』

 

 6者6様の返事が返ってくる。

 

「よし、やれ!

それと通信長、世界連合に伝達! 『艦隊級閃光魔法を使用する、留意されたし』と!」

「了解!」

 

 

 一度戦場の空を離れて高度を稼いだ後、再び戦場に戻ってきたスバウルは、次の目標に狙いを定めた。大物……つまり、ロデニウス連合王国の似非ヘルクレス級戦艦である。

 

「さっきの帆船は、ただの機銃掃射で沈んじまったが、こいつなら殺れるだろう!

250㎏爆弾を、受けてみるが良い!」

 

 爆撃照準器を覗きながら、スバウルは叫ぶ。

 敵艦は、右に舵を切って回避運動中であるが、スバウルは十分当てられると感じていた。

 

「2,000……1,800……1,600……!」

 

 後部座席に座る機銃手が、高度を報告してくる。

 

(あと少し!)

 

 スバウルがそう考えた、その時だった。

 

 

 いきなり、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐああぁぁぁっ! 目が!! 目があぁぁぁ!!!」

 

 どっかの大佐みたいな台詞を叫ぶスバウル。

 目はほとんど開けられないくらい、というより(まぶた)をきつく閉じていても光が視界に入ってくるほど強い。下手をしなくても失明せんばかりだ。

 

「機長! 早く引き起こしを……!」

 

 機銃手が叫んだが、もう遅い。

 次の瞬間、光に目が眩んだスバウルは操縦を誤り、シリウス型艦上爆撃機は自分から海面へと突っ込んだ。

 

 

 「長門」の左側面の海面に、白い巨大な水柱が3本立った。さらに、「雪風」の周囲にも同様の水柱が2本(そび)え立つ。そして、何かが壊れるような音が響いた。

 向かってきた敵の急降下爆撃機は、爆弾を投下することもなく全機が海面に激突して、飛沫と変わったのだ。

 

「よーし! 見たか! これが俺たちの艦隊級閃光魔法だ!」

 

 変なテンションになった堺が、海面に向けて罵声を浴びせた。

 

「全員、見事だった。『雪風流 探照灯対空戦闘術』、免許皆伝だな!」

 

 この極限の状況下、冗談めかした堺の言い草に、艦娘たちが思わず吹き出す。

 

『こちら長門、免許皆伝は我々が第1号じゃないか?』

「おそらくな。見事なタイミングだったぜ!」

 

 戦艦「長門」の煙突付近からは、幾つもの白く太い光が真っ直ぐに空へと伸びていた。各艦艇からも、太い光線が空に向かって伸びている。

 

 そう、第一護衛艦隊の各艦が敵機の撃墜に使用したのは、「探照灯」である。これは、簡単に言えばでかいサーチライトで、日本軍の艦艇なら大概の船には標準装備されていた。そして、日本軍がお家芸としていた「夜戦」において最も効力を発揮する装備で、水雷戦隊の先頭に立つ巡洋艦がこれを照射しながら、敵に対して砲雷撃を仕掛ける、というのが日本軍の常道戦法だったものである。

 この探照灯は、放電灯方式という通電方式を使用し(つまりアーク灯そのもの)、炭素棒に電流を流して放電させることで強力な光を生み出すものである。その明るさは、なんと約10万カンデラ。具体的にどのくらいの明るさかというと、新月の夜にこれを照射すると光源から10㎞先でも本が読めるレベルである。

 そんな代物を、たった一千数百メートルの距離で照射されたのだから、スバウルの目が眩むのも当然すぎる話である。

 

 ちなみに、シャープペンシルの芯に電気を流して発光させたことのある人なら良く分かると思うが、炭素棒は放電すると消耗して、短くなっていく。この「探照灯」の場合だと、炭素棒は15分ごとに交換が必要である。堺が炭素棒をありったけ用意するよう命じたのは、このためだったのだ。

 

 史実において、この戦法を使用したのは駆逐艦「雪風」だった。マリアナ沖海戦の最中、補給船団の護衛任務中に空襲を受け、その際に敵機に対して「探照灯」を照射することで、敵機のパイロットの目を眩ませ、3機を撃墜したのである。

 その戦法を、艦娘となった"雪風"も当然のように受け継いでいたのだった。そしてそれが、「とっさの時の対空戦闘術」として、艦娘たちの間で伝えられていたのである。実戦投入はこれが初だったが。

 

「全艦、新たな敵機に気を付けつつ、艦隊陣形を再構成せよ。26ノットの速力を以てフォーク海峡出口を目指せ」

 

 まだ戦闘は終わっていない。

 ロデニウス連合王国艦隊の艦娘たちは、堺の指令を聞いて全員が気を引き締め直した。

 

 

 一方、ロデニウス連合王国の第一護衛艦隊に後続する、ムー艦隊の旗艦「ラ・カサミ」の艦橋では、

 

「おお! ロデニウスの艦隊が、あの敵機を次々と撃墜しましたぞ!」

 

 「ラ・カサミ」の艦長ミニラル・スコット大佐を始め、幹部要員たちが歓声を上げた。

 

「なんと正確な射撃か! ロデニウス連合王国の艦隊が強力だという話は、本当だったのだな!」

 

 ムー艦隊の司令官ブレンダス・レーベル少将も、感心した様子で声を上げる。

 

(技術部や情報分析課の話によれば、あの射撃はレーダーという電波による敵探知・距離測定装置と、高性能の演算装置を搭載した射撃管制システムの賜物らしいな。我が国にも、ぜひ導入したいものだ)

 

 ミニラルがそう考えた時、

 

「報告! 敵機2機、本艦に向かってきます!」

 

 緊急の報告が寄せられた。

 

「面舵いっぱい! 対空戦闘用意!」

 

 ミニラルの指示を受けて航海長が舵輪を回すが、排水量15,140トンの巨体を持つ「ラ・カサミ」は、すぐには回頭しない。

 艦が直進している間に、兵士たちが機銃に取り付き、手動で銃身に仰角をかけ敵機に狙いを付ける。その対空機銃だが……従来のムー海軍艦艇が標準装備していた8㎜単装機銃ではない。銃身は倍以上に太くなっていたのだ。見た目からしてたくましそうなところがある。

 これこそ、ムー統括軍が新たに装備した新型対空機銃「ロ式41型20㎜単装対空機銃」である。弾倉60発しか入らないという欠点はあったが、威力も初速も大幅に向上しており、飛行機械に対しても有効な機銃になると見られていた。「ラ・トラン級防空巡洋艦」や「ラ・ハンマン級駆逐艦」、「ラ・フレッツ級駆逐艦」といった新型艦艇には標準装備されている他、従来のムー海軍艦艇にも近代化改修で設置され続けている。

 なお、この機銃の正体は「エリコンFF20㎜単装対空機銃」である。ロデニウス連合王国から流入してきた装備であるため、「ロ式」の接頭辞が付いているのであった。

 

「撃てー!」

ダダダダダダ!

 

 重厚な連続音と共に、曳光弾を交えて20㎜機銃が多数発射され、無数の機銃弾が空に向けて飛んでいく。しかし、ロデニウス連合王国艦隊の対空射撃と異なり、全くといっていいほど当たった様子がない。

 ようやく舵が効き、右に回頭し始める「ラ・カサミ」。それに対し、急降下してきたグラ・バルカス帝国の爆撃機が機首の機銃を発射する。

 

カン! カカッ! カキン!

 

 鋭い金属音を立て、敵の機銃弾は「ラ・カサミ」の装甲に弾かれる。

 しかし、艦内への貫通はないものの、むき出しになっている対空機銃座はその限りではなかった。敵弾の直撃を受けた兵が声もなく崩れ落ち、「ラ・カサミ」から放たれる対空砲火が目に見えて減っていく。それに反比例するように、敵機のダイブ・ブレーキの音が大きく甲高くなった。

 ミニラルが「取舵いっぱい!」と号令した直後、

 

「敵機、爆弾投下!」

 

 見張りが絶叫した。

 ヒュウウウ……という甲高い風切り音が響く。黒い物体が2つ、「ラ・カサミ」に迫る。

 「ラ・カサミ」が左旋回を始めた直後、2発の爆弾が落下した。

 

ズズーン! ドガァァン!

 

 2つの音が同時に響いた。

 「ラ・カサミ」は1発の爆弾を回避し、その爆弾は右舷の至近の海面に水柱を立てただけに終わった。だが、もう1発が「ラ・カサミ」の艦体前部に命中し、爆発した。

 閃光が閃き、続いて真っ赤な炎が「ラ・カサミ」の前部甲板に広がる。同時に衝撃が、戦艦の巨体を揺さぶった。

 

「うっ……状況報告!」

 

 声を上げたミニラルに、次々と報告が入る。

 

『前部主砲、砲身曲損! 使用不能!』

『艦体前部で火災発生!』

『右舷、1番、3番、5番、7番対空機銃破壊されました! 9番対空機銃沈黙!』

『こちら機関室、異常なし! 全速航行可能です!』

 

 今の一撃で「ラ・カサミ」は、主砲1基と対空機銃を損傷し、多くの兵が死傷したのだ。

 列強ムー国の戦艦が被害を受ける。こんなことは、ムー国が列強と認められた後では初めてだった。

 

「ちくしょう!」

 

 ミニラルは、ロデニウス連合王国とムーとの技術格差を痛感していた。

 

 

 こうしている間にも各国の外務大臣護衛艦隊は、グラ・バルカス帝国軍の航空攻撃で次々と被害を出していた。

 木造帆船が帆を裂かれ、船体に穴を開けられて沈んでいく。戦列艦が爆弾を受けて木っ端微塵に吹き飛び、ムー国の空母が爆撃で炎上する。神聖ミリシアル帝国のシルバー級魔導巡洋艦の1隻までもが、艦体後部に連続して爆弾を被弾し、航行不能となっていた。

 ロデニウス連合王国・第一護衛艦隊の旗艦「雪風」の艦橋に設置された魔信からは、悲鳴のような報告が次々と流れていた。

 

『アガルタ法国魔法船団、被害甚大!』

『ムー戦闘機隊、損耗率50%突破!』

『ニグラート連合、竜騎士団全滅!』

『トルキア王国、戦列艦隊全滅!』

『ムー空母、2隻とも大破炎上! 1隻は航行不能の模様!』

『エモール王国風竜騎士団、戦闘開始!』

『敵機の一部は、カルトアルパス市街地や基地に爆撃しつつあり!』

 

(明らかな劣勢だな。予想はしていたが……)

 

 堺が考えたその時、別の報告が舞い込んできた。

 

『ミリシアル空軍航空隊から緊急通報!

ケイル島南部に超大型戦艦を発見! 艦種識別の結果、グラ・バルカス帝国のグレードアトラスター級戦艦と判明! 同艦は、ケイル島南部からフォーク海峡に向けて速力25ノット程度で接近中、あと20分ほどで到着します!』

 

 この報告に、各国の艦隊は騒然となり、絶望感が漂い始める。そんな中、

 

「来やがったか、ニセ大和!」

 

 堺は右手の拳を左の掌に打ち付けると、無線で"長門"を呼び出した。

 

「こちら堺。聞いていたな、長門?」

『ああ。正直厳しい相手だが、やれるだけやるとするさ!』

「頼む。それと、万が一の時は分かってるな?」

『無論だ』

 

 短い返答を返す"長門"。

 

「……すまん。よろしく頼む」

 

 堺には、それしか言えなかった。

 グレードアトラスター級の目的はただ1つと推測される。すなわち、フォーク海峡を封鎖し、各国の艦隊を閉じ込めるつもりにちがいない。

 空襲は下火になりつつあるが、各国の艦隊は損傷艦艇を出した上に隊列が大きく乱れており、とてもではないが全速航行は不可能だ。今全速を発揮可能なのは、この第一護衛艦隊と神聖ミリシアル帝国の巡洋艦隊だけだろう。

 海峡出口までの距離を考慮すれば、敵戦艦の到達とこちらの到達はほぼ同時か、こちらが僅かに早い。だが、敵戦艦の主砲射程には入ってしまっているだろう。

 

(ギリギリだな……なんとか間に合ってくれよ!)

 

 堺はそう願わずにはいられなかった。

 しかし、

 

『こちら長門、対空電探に感! 新たな敵編隊が接近中! 11時の方向、数は約60!』

「ちっ、足止めか!」

 

 新たな敵機……それも、そこそこの規模の攻撃隊の接近が探知された。

 

「くそ! だが、生き残らねば!

全艦、陣形このまま! 26ノットで海峡出口を目指せ! 回避運動は最小限に!」

 

 まだ、試練は終わらない。

 

 

 グラ・バルカス帝国の空母機動部隊から発進した第二次攻撃隊……戦闘機14、爆撃機22、雷撃機24の計60機からなる攻撃隊は、フォーク海峡を航行中の各国外務大臣護衛艦隊に向けて進んでいた。

 攻撃隊の目標は、各国の艦隊……特に神聖ミリシアル帝国の巡洋艦隊と、ロデニウス連合王国の艦隊を叩くことである。

 海峡を見下ろすと、ムー国をはじめとする各国の艦隊は火災炎と黒煙を引きずるか、傾斜する等して気息奄々の状態だった。航行不能になったか、止まっている艦も見える。

 だが、艦隊の先頭にいる神聖ミリシアル帝国の艦隊、そして似非ヘルクレス級戦艦を含むロデニウス連合王国の艦隊は、まだ無傷を保っているようだ。ミリシアルの艦隊は、第一次攻撃隊の主目標ではなかったからともかく、ロデニウスの艦隊は第一次攻撃隊の攻撃を相当数浴びせられたはずだ。それなのに、まだ無傷のように見える。ということは、回避運動が上手かったか、激しい対空砲火を浴びせたか、またはその両方だろう。

 実際、第一次攻撃隊からは「ろでにうす艦隊ノ対空砲火極メテ熾烈。敵ハ近接信管ヲ使用セリ」と報告されている。侮れない敵だ。

 

「攻撃を開始せよ」

 

 指揮官機から命令が下され、第二次攻撃隊60機は戦場の空に真っ直ぐ突っ込んでいった。




今回はネタがちょっと多めでした。ざっと解説すると、

・スバウルの「なんちゅう脆い船だ…」→「風の谷のナウシカ」より、トルメキアの輸送船が撃墜されるのを見たミトの「なんちゅう脆い船じゃ」
・"長門"妖精の「左30度、高角10度! てぇー!」→「男たちの大和」より、対空戦闘シーンの一部拝借。
・スバウルの「ぐああぁぁぁっ! 目が!! 目があぁぁぁ!!!」→説明不要のムスカ大佐。

なんだかジブリネタばっかりですね。

あと、「艦娘たちの戦闘術に流派とかあるの?」という疑問があるかと思いますが、我がタウイタウイ泊地においては流派が幾つか存在しています。そのうち、史実に元ネタを持つ由緒正しき(?)流派は今のところ、「雪風流 探照灯対空戦闘術」、「秋津洲流 戦闘航海術」、「伊勢型流 対急降下爆撃回避術」の3つのみ。あとは、他の艦娘たちが独自に作った流派になります。「舞風流 回避舞踏術」とか、「川内流 夜戦機動術」とか。
あと、妖精さんたち(特に航空機搭乗員の妖精さんたち)にはこうした術の代わりに「資格等級制度」が設定されており、雷撃技能と急降下爆撃技能の2種類が設定されています。


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次回予告。

空襲によって大きな被害を受けた各国の外務大臣護衛艦隊。今もなお抵抗を続ける艦隊に、第二次攻撃隊が襲いかかる。そしてついにグレードアトラスター級戦艦が、フォーク海峡へと向かう…!
次回「激戦! フォーク海峡!(参)」

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