鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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フォーク海峡海戦もいよいよ山場。予告通り、戦艦「長門」と「ブラックホール」の対決です!



116. 激戦! フォーク海峡!(肆)

 中央暦1640年4月24日 午後3時20分、神聖ミリシアル帝国南端部 フォーク海峡。

 空は青く晴れ渡り、海もどこまでも青く広がっている。広大な海を渡る穏やかな波は、まるで世界一の国力と天下泰平を謳う神聖ミリシアル帝国の気質を反映したかのよう。

 しかし、突如として発生した大きな波のうねりが、その穏やかな波を飲み込んだ。

 

 その大きなうねりを発生させたのは、煙突から大量の黒煙を吐き出しながら海上を突き進む1隻の巨大な鋼鉄製の艦。その艦の上には巨大な連装砲が前後合わせて4基搭載され、それ以外にも艦上に小口径の単装副砲や連装の高角砲、対空機銃を山ほど装備している。城の天守閣を思わせるがっしりした構造物が艦の中央部に聳え立ち、その後ろにあるマストにはロデニウス連合王国の国旗と赤い太陽を描いた白地の旗が海風に翻っていた。

 そう、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊の戦艦「(なが)()」である。そしてその前方には、1隻の小型艦が「長門」を先導するように航行していた。その艦体側面に白字で刻まれた名は「ゼカキユ」。旧日本海軍において「豪運の駆逐艦」などと称された駆逐艦「雪風」である。

 

「敵戦艦、左回頭! 本艦に同航します!」

「敵艦、艦体前部の主砲旋回! 本艦に照準を合わせつつある模様!」

「敵艦の位置、本艦よりの方位230度、距離ヒトロクマル(16,000メートル)!」

 

 「長門」の艦橋には、次々と報告が上げられる。それを受けて、艦橋の中心に立つ長身の女性……この戦艦の艦長を務める艦娘"長門"が、大音声で号令を発した。

 

「敵艦はこちらの誘いに乗ってきた。ならば、全力を以て迎え撃つのみ!

減速、赤20! 敵艦の方位が本艦より270度の位置に来るよう調整しろ。危険だが、全主砲の斉射を以て敵戦艦を撃沈する! 第3・第4主砲、三式弾改二の準備は良いな?」

『第3砲塔、照準よし!』

『第4砲塔、いつでもどうぞ!』

 

 主砲にかじりついている妖精たちからは、次々と威勢の良い報告が上がってくる。

 

「よし。目標、敵グレードアトラスター級戦艦! 後部主砲群、一斉撃ち方、砲撃始め!」

ドドオォォォン!!

 

 "長門"の号令一下、「長門」艦体後部に設置された2基の「41㎝連装砲」が、「長門」の左後方に見える超大型の戦艦…グラ・バルカス帝国の誇るグレードアトラスター級戦艦「ブラックホール」に向けて発射された。最初から斉射だ。

 4発の「三式弾改二」が「ブラックホール」めがけて飛翔する。と、敵艦の艦上にパッと閃光が走った。そして、茶色の煙が立ち上るのが見える。

 

『敵戦艦、主砲発砲! ……あっ、前部・後部の副砲も撃っています! 敵戦艦の副砲は、ミリシアルの巡洋艦隊を狙っているようです!』

 

 艦体後部の見張り所に詰めている見張り妖精から、報告が上がる。

 

「敵の観測機は?」

『まだ出現していません!』

「了解。まだ飛び立っていないのかもしれん。敵の観測機が飛び立つ前に、『三式弾改二』で射出機と飛行甲板を破壊する!

次弾装填急げ! 第3・第4主砲照準調整、射撃方位260度! 仰角は砲術に任せる!」

 

 水上砲戦においては、ロデニウス連合王国の「長門」が圧倒的に不利だ。「長門」が搭載している「41㎝連装砲」では「ブラックホール」のバイタルパート(最重要区画を守る、軍艦で最も分厚い装甲)を貫徹することができず、逆に「ブラックホール」の46㎝三連装砲は「長門」のバイタルパートを余裕で撃ち抜けるからだ。しかも、「ブラックホール」はレーダー照準射撃を行える。「長門」の勝機は、かなり薄い。

 だが、"長門"はそれを覆す可能性がある"ある作戦"を立てていた。相手のレーダー照準射撃が脅威であるなら、レーダーを破壊してしまえば済む話なのである。そして、レーダーに使われるアンテナなどは艦外に露出しており、装甲化もまともにされていない。ということは、「三式弾」を連続で叩き込んでレーダーアンテナを破壊すれば、レーダー照準射撃を封じることができる。

 そしてレーダーと同時に敵の観測機を破壊することができれば、条件はほぼ五分五分だ。それならば、まだ勝てる可能性が出てくる。

 

(奴が主砲の照準を合わせる前に、勝負をかける!)

 

 今の"長門"には、それしか打つ手がない。

 

「だんちゃーく、今!」

 

 砲術長妖精が叫ぶ。と、敵戦艦の上空にカメラのフラッシュを思わせる光が輝き、黄金の粒子が敵戦艦に降り注ぐ。あたかも金色の触手が掴みかかったかのようだ。

 

「第3・第4主砲、次弾装填よし!」

「電測、敵戦艦の電探波の強さ知らせ」

「こちら電測、敵艦レーダー波依然強し」

 

 報告が上がった時、周囲の大気が激しく鳴動し始めた。

 次の瞬間、「長門」前方左舷側の海面に3本の水柱が立ち上る。どうやら敵戦艦は、「長門」が速力を遅らせたことでかえって照準をずらしてしまったのかもしれない。

 

「第3・第4主砲、第二射、てぇーっ!」

「撃ち方用意! てぇ!」

 

 またもや轟音と共に、「41㎝連装砲」から「三式弾改二」が撃ち出される。それが落下するより早く、敵戦艦の艦上に発砲炎が閃き、褐色の煙が湧き出る。

 

「用意……だんちゃーく、今!」

 

 敵戦艦の頭上に小規模の爆発が発生し、黄金の流星雨が敵戦艦めがけて降りかかる。この頃には、既に「長門」と敵戦艦は完全に同航戦の態勢に入っていた。

 次弾装填の指示を出す"長門"の頭上から、俄かに甲高い音が降ってくる。そして、「長門」の左舷に巨大な水柱が3本突き立った。心なしか、先ほどより弾着位置が近い気がする。

 

「敵戦艦の電探波はどうか?」

「こちら電測、依然変化無し」

(もう一斉射は要るか……)

 

 少しだけ考え、"長門"は指示を出した。

 

「第1・第2砲塔には、『三式弾改二』は入っているな?」

「はっ、装填済みです。いつでも撃てます! あと、そう言うだろうと思って既に旋回済み、仰角だけ合わせれば発射できます!」

「よくやった! よし、全門で一斉射かけるぞ!」

「はっ!」

 

 実に気の利いていた砲術長妖精であった。

 

「第3・第4主砲、装填よし! 照準よし、射撃用意よし!」

「第1・第2主砲、照準よし! 射撃用意よし!」

 

 その報告が入った瞬間、"長門"は右手の握り拳を敵戦艦に向けて突き出しながら叫んだ。

 

「全主砲、斉射! てーっ!!」

 

 艦内に「主砲発射」を知らせるブザーが鳴り響く。それが途切れると同時に、これまでに倍する砲声が大気を貫いた。下腹を思い切り蹴り上げられるような衝撃が襲い、空気がそのまま物理的な凶器と化して暴れまわり、艦橋の窓ガラスをびりびりと震わせる。

 「41㎝連装砲」4基8門の一斉射による衝撃は、並大抵のものではない。流石に大和(やまと)型戦艦の全門斉射には劣るが、それでも「35.6㎝連装砲」の全門斉射よりは遥かに強烈なものが来るのだ。「ビッグセブン」の名は()()ではない、ということを容易に思い知らされる一面である。

 

「敵戦艦、発砲!」

 

 その砲声の残響がまだ消えないうちに、見張員妖精が伝声管を通じて報告してきた。

 

「負けてなるものか! 負けるにしてもただでは負けん! まだこれからだ!」

 

 自らを鼓舞すべく、"長門"は声を張り上げる。

 

「用意……だんちゃーく、今!」

 

 砲術長妖精の報告とともに、敵戦艦の頭上に煌めく黄金の細い光。それが一斉に敵戦艦へと降りかかり、直後に敵艦上で小さな爆発を起こす。「三式弾改二」が命中しているのだ。

 

「電測、どうか?」

「こちら電測。敵戦艦からのレーダー波、出力低下!」

「よし、上手くいったか!」

 

 待ちかねた報告を受け、"長門"は思わずガッツポーズを決めた。

 これまでの射撃が実り、どうやら敵戦艦のレーダーアンテナがぶっ壊れたらしい。これで敵戦艦がレーダー射撃をしてくる可能性は潰えた。後は、光学照準射撃で正面から殴り合うだけである。

 

「艦長、今主砲に装填しているのは『三式弾改二』です。これを撃った後、徹甲弾に切り替えます」

「良いだろう」

 

 砲術長妖精に許可を出してから、"長門"はちらっと敵戦艦を見た。

 敵戦艦は主砲を撃ってきていない。時間から考えて、次弾装填は終わっている筈だ。それなのに撃っていないということは……

 

(照準方式の切り替え中か)

 

 彼女はそう考えた。どうやら敵戦艦はレーダーを破壊されたため、光学照準射撃に切り替えようとしているらしい。

 

(なら、今のうちに1発でも多く叩き込む!)

 

 そして彼女は、これを格好の攻撃チャンスと見ていたのだ。

 そうこうするうちに、敵戦艦の主砲が、そして「長門」の「41㎝連装砲」4基が、火を噴く。敵戦艦の主砲弾は「長門」左舷の海面に落下して3本の水柱を噴き上げ、「長門」が撃った8発の「三式弾改二」は敵戦艦に金色の雨を降らせた。

 さて、これで「三式弾改二」による砲撃は終了である。ここからは、徹甲弾を装填してのガチの殴り合いの時間だ。どちらが先に膝をつくかのチキンレースとなる。

 

「次弾装填、弾種徹甲! 交互撃ち方からなんてケチ臭いことは言うな、ハナから全門斉射で行く! 初弾から当てるくらいの気合いで行け!」

 

 実に思い切りの良い、豪快な指示を出す"長門"。彼女の意を()み、妖精たちも全力で動く。それに混じって「敵艦発砲!」の報告が入る。

 徹甲弾の装填が完了した時、特急が通過する時に高架下で響くような低い轟音と、それとは正反対の甲高い音が入り混じった音が、大気を震わせ始めた。そして、「長門」の左舷海面に3本の水柱が立つ。うち1本は、かなり至近に落下した。

 

「左舷中央に至近弾1」

「主砲、射撃用意よし!」

『こちら応急。現時点で損傷無し』

『こちら後部見張り。神聖ミリシアル帝国の巡洋艦隊、全滅! 5隻が沈められ、3隻は大炎上しています! 全艦とも戦闘不能の模様!』

 

 至近弾による被害は、一見すると大したことがないように思えるかもしれない。だが世の中、「塵も積もれば山となる」と言うではないか。例え至近弾であっても、決して軽視してはならないのだ。

 それに、「長門」の装甲は41㎝砲の砲撃には耐えられても、46㎝砲の砲撃に耐えられるようには作られていない。したがって、至近弾落下の衝撃や爆圧で被害がないか、確認しておく必要があった。

 そして、後部見張所から悲鳴のような報告が届く。どうやら敵戦艦の副砲で撃たれまくったミリシアルの巡洋艦隊が、戦闘不能に追い込まれたようだ。

 

「やるしかないな。よし、全主砲、斉射! てーっ!!」

 

 気合いの入った"長門"の号令。その直後、4基の「41㎝連装砲」が轟然と咆哮し、8発の「九一式徹甲弾」を撃ち出した。

 駆逐艦や巡洋艦ならば一撃で消し飛ばせるほどの威力を持った徹甲弾が、大気を引き裂いて飛んでいく。それに対して、敵戦艦も撃ち返してきた。

 よく見ると、敵戦艦は艦全体からうっすらと煙を引いている。どうやら「三式弾改二」の連続射撃により、露天銃座になっている対空機銃の弾が誘爆しているらしい。

 

(敵さん、もしかすると甲板上の要員にも被害が出ているかもしれんな。それと、観測機はどうだろうか? 時間的にはもう発進していてもおかしくない筈だが……)

 

 "長門"がそこまで考えた時、砲術長妖精が叫んだ。

 

「だんちゃーく、今!」

 

 次の瞬間、敵戦艦が多数の水柱に取り囲まれた。そして、白い水柱の中でぱっと赤い閃光が迸るのを、見張員妖精は見逃さなかった。

 

『後部見張より艦橋、直撃弾1、至近弾多数!』

「よしっ!」

 

 満足感の滲んだ声を出し、"長門"は口元を綻ばせながら右手の握り拳を左手に打ち付けた。

 戦艦乗りにとって初弾命中は、この上ない栄誉と言われている。「三式弾改二」の砲撃によってある程度の照準がついていたとはいえ、彼女は見事に初弾から命中弾を出したのだ。戦艦娘(みょう)()に尽きる、というものである。

 

「照準そのまま! 1発でも多く命中させろ!」

「了解!」

 

 "長門"はこの機を逃さず、一気に畳みかけることを決断した。

 確かに「41㎝連装砲」では、対46㎝砲防御装甲を貫通することは不可能に近い。しかし、バイタルパート(最も厚い装甲で守られた区画)以外への命中弾はそのまま有効打となるし、もしかすると主砲のターレットリングを歪めたり、主砲射撃方位盤を故障させたりして、敵戦艦の戦闘力を削ぐこともできるかもしれない。

 それに、「九一式徹甲弾」には特殊な機構が搭載されており、水中弾効果を狙うことも可能だ。うまくすれば、敵戦艦を浸水によって傾斜させ、砲撃不能にすることもでき得る。そうすれば、こちらの逆転勝利だ。

 絶対に生き残ってやる……その思いを込め、"長門"は敵戦艦への発砲を命ずる。その敵戦艦は既にこちらに向けて主砲を発射した後だ。

 

「撃ち方用意……てーっ!」

 

 "長門"の号令と前後して、敵戦艦の射弾が落下した。甲高い轟音が彼女の頭上を飛び越えたかと思うと、今度は彼女の右舷に3本の水柱が屹立する。

 

(だんだん照準が合ってきているな……敵が斉射に入る前に、もう少しでも叩き込めるだろうか?)

 

 今の"長門"にとっては、それが何よりも気になることだった。

 

「だんちゃーく、今!」

 

 そこへ、発射した砲弾が着弾する。敵戦艦の姿が水柱の中に隠れ、また赤い光が走った。水柱が崩れた時、姿を現した敵戦艦は、艦体の中ほどから黒煙を噴出している。

 

『後部見張より艦橋、直撃弾2。火災発生』

「うむ!」

 

 満足のいく戦果に、"長門"は腕組みをしながら頷く。そこへ、「敵艦発砲!」の報告が入った。

 

「次弾装填よし!」

 

 "長門"が砲撃準備を整えつつあったその時、周囲の大気が激しく鳴動し始めた。轟音が頭上から降ってくるように、彼女には思われた。

 

(これは……くる……!)

 

 武人としての直感で彼女がそう思った時、これまでで最も激しい衝撃が「長門」の艦体を震わせた。そして、「長門」を挟むようにして3本の水柱がそそり立つ。

 

(きょう)()されたか……!」

 

 ついに、来るべきものが来た。"長門"はそう思った。

 直撃弾はなかったが、「長門」は夾叉弾を受けたのだ。次から敵戦艦は、斉射に踏み切ってくる。これまで3発ずつ飛んできていた46㎝砲弾が、9発ずつ飛んでくるのだ。

 

(……だが、そうこなくては面白くない!)

 

 "長門"にとっては、これは間違いなくピンチだ。だが、武人としての血は、『むしろ今からが本番だ』と訴えている。

 

(何としても、生き残ってやる!)

 

 彼女はその決意を新たにした。

 

「ようやく照準を合わせてきたか、偽大和型! さあ、これからが本番だ、私と踊ってもらおうじゃないか! どちらが先に膝をつくか……根比べだ!」

 

 胸中に湧き上がる恐怖を押し殺し、"長門"は叫ぶ。

 

「こちらから行くぞ! 全主砲、斉射! てーっ!」

ズドドドオオオォォォォン!!!!

 

 "長門"の覚悟を示すように「41㎝連装砲」が全力の咆哮を上げる。その時、前方を行く「雪風」の艦上に青白い光が一定間隔で明滅した。発光信号だ。

 「雪風」が発光信号を送るその間に、敵戦艦の火災煙が吹き飛び、強烈な閃光が発生する。主砲を斉射してきたのだ。

 

「雪風より入電! 『我貴艦を援護せんとす。貴艦はそのまま、敵戦艦との砲戦を続行されたし』。発光信号でも同じ内容が送信されています!」

「提督……!」

 

 友軍からのまさかの入電に"長門"が何かを呟きかけた時、凄まじい轟音が全ての音をかき消した。

 次の瞬間、「長門」はそれまでの水中爆発の衝撃とは全く異なる、恐ろしいほどの衝撃を受けた。艦橋に詰めていた妖精の何人かが衝撃に足を取られ、転倒する。"長門"自身もよろめいたが、彼女は両足を踏ん張って耐えた。

 

「左舷中央に直撃弾1! 副砲2基損傷!」

「砲弾が誘爆し、甲板にて火災発生!」

「応急班、消火急げ! 救護班も現場へ急行し、負傷者を医務室へ収容せよ!」

 

 ついに「長門」は本海戦始まって初の、戦艦砲の直撃弾を受けてしまったのだ。

 直撃弾を受けた左舷中央部では、副砲2基が大破して砲撃不能となり、ここに詰めていた妖精たちはその約半分がその場で戦死した。生き残った者も多くが重傷を負い、救護班が何とか助け出そうとする。しかし、砲弾の誘爆による火災が発生し、思うように救護活動が捗らない。

 

「ポンプ回せ! 海水でいい、さっさとぶっかけて消火しろ!」

「ぐああああ!! 腕が! 俺の左腕が!」

「しっかりしろ! 早くキシロカイン持ってこい! それと担架もだ! あと、ちぎれた腕探してみろ!」

「急げ急げ! ……そいつはもう無理だ!」

 

 救護活動の真っ只中、救護班の妖精が悲しげな顔をしながら、ある妖精の胸に黒い紙を貼り付ける。その妖精は何かの巨大な金属片で胸を貫かれ、既に虫の息となっていた。

 トリアージが行われているのである。そして「黒」は……既に死亡、又は生存の見込み無しと判定された場合の色だった。

 

「これ以上被害を広げるな!」

 

 必死の消火活動の中、現場指揮を執っていた妖精の1人が艦内電話で艦橋に報告している。

 

「こちら応急、左舷中央の火災未だ鎮火に至らず!」

『こちら艦橋、大丈夫なのか?』

 

 "長門"に聞かれ、妖精は声を振り絞って叫んだ。

 

「戦艦が……簡単に、沈むかぁぁぁぁ!!」

 

 その妖精の向こう側では、取り舵を切った「雪風」が速度を上げ、敵戦艦めがけて突撃しつつあった。

 

 

「雪風、長門に無電と発光信号を送れ。文章は同一だ。『我貴艦を援護せんとす。貴艦はそのまま、敵戦艦との砲戦を続行されたし』。平文で良い」

「はい!」

 

 堺の命令に従って、"雪風"は通信部の面々に指示を出し、"長門"に通信を送らせる。そして、全て指令を出し終えてから彼に尋ねた。

 

「しれぇ、何をする気ですか?」

「何って、決まってんだろ」

 

 そう言うと、堺はキッと敵のニセ大和型戦艦を睨み据えた。

 

「この距離だ、あの敵戦艦としても回避行動の余裕はない。それを利用し、突撃水雷戦を敢行する!

取り舵回頭90度、両舷前進最大戦速! 左魚雷戦用意、目標敵大和型戦艦! 発射雷数8、ありったけくれてやれ!」

「分かりました!」

 

 "雪風"は既に腹を括っている。

 

「それと雪風。実はだな、今お前さんが持ってる魚雷は、いつものとは違うんだ。一六駆の他の面々はいつもと同じ九三式酸素魚雷を持たせてるんだけど、お前だけは別だ。お前が持ってるのは……」

「40しきまどーさんそぎょらい、ですか?」

 

 堺の言葉を遮って彼女が尋ねると、彼は困ったように頭を掻いた。

 

「何だ、知ってたのか?」

「なんとなくそんな気がしました!」

 

 そう、今回"雪風"が持たされていた新装備……以前は「???」と表記した新装備の正体は、「61㎝四連装魚雷(40式魔導酸素魚雷)」だったのだ。誤爆率の低下と雷速50ノットという高速、更なる有効射程の延長、威力向上、そして完全無航跡の全てを達成した、夢の酸素魚雷である。魚雷バカども(マッドトーピーダーズ)の執念が1つの形を成したものであった。

 

「ということで、こいつの実戦テストも兼ねて、今からこの新型酸素魚雷を敵戦艦に叩き込む! やれるか、雪風?」

「しれぇ! 絶対、大丈夫っ!」

「よし。なら行くぞ!」

「はいっ!」

 

 ここに、決意は固められた。

 

「取り舵90! 針路180度!」

「とぉーりかぁーじ、90度ようそろ!」

 

 操舵手妖精が舵輪を左へ回す。遠心力によって艦体を左へ傾けながら、「雪風」は針路を西から南へと変えていく。

 

「変針完了!」

「両舷前進最大戦速!」

 

 号令一下、エンジンテレグラフがチーンチーンと音を立てる。煙突からもうもうと黒煙を噴き出し、「雪風」は一気に加速して「ブラックホール」めがけて突撃していく。

 

「左魚雷戦用意……しれぇ、雷撃距離は?」

「そうだな……」

 

 "雪風"に聞かれ、堺は少し考えて答えた。

 

「状況によるが、ゴーマル(5,000メートル)で発射せよ! 深度調定は水雷長に任せる!」

「はいっ! 雷撃距離ゴーマル! 水雷、深度調定お願いします!」

「任されました!」

 

 5,000メートル(つまり5㎞)という数字は、雷撃距離としては標準程度だ。だが、普通に考えれば、敵の砲弾が雨あられと飛んでくる中を突っ切って、5㎞まで接近しなければならない。危険極まりない行為である。

 しかも、抱えている得物は酸素魚雷だ。敵に対して発射するには頼り甲斐のある、威力の高い兵器である。だが、「威力が高い」というのは「爆発した時の威力が凄まじい」ということである。敵の砲撃が1発でも魚雷発射管に命中しようものなら、装填された魚雷は即座に大爆発を起こし、排水量2,000トンぽっちの駆逐艦なんぞ一撃で消し飛ばしてしまうだろう。すなわちそれは、"雪風"の轟沈と堺の殉職を意味している。

 命懸けの賭けである。だが……堺には、それを迷わず決行するだけの決断力があった。今ここで動かなければ、"長門"が保ちそうにない。それに……

 

(俺が今乗っている艦は、ただの艦じゃねえ。大小10回以上の作戦に参加、それもダンピール海峡やレイテ沖から坊ノ岬に至るまでの絶望的な作戦にも出撃し、その大半をほとんど無傷で乗り切った「奇跡の駆逐艦」なんだからな! 「雪風」の豪運舐めんなよ、グラ・バルカス帝国!)

 

 そう、彼が乗っているのは「雪風」。史実ではとんでもない強運の艦として知られている。その強運ぶりは凄まじいもので、エピソードには事欠かない。例えばマリアナ沖海戦の際には、出撃直前に触礁してスクリューを損傷したので補給部隊の護衛についていたのに、本隊の撤退によって最前線ど真ん中に放り出され、しかし補給部隊の大半を守り切って生還した。レイテ沖海戦の時には出航した後で主機関が故障し、出力の低いディーゼルエンジンのみで戦うことになったにも関わらず、最前線で戦って生き残った。果てには「坊ノ岬沖海戦」という末期も末期の戦場に突っ込んだのに、「大和」「()(はぎ)」「(いそ)(かぜ)」「(はま)(かぜ)」と次々沈没する中で爆弾1発すら喰らうことなく、機銃掃射で若干の戦死傷者を出したのみで生還した。

 それだけ凄まじい戦場のど真ん中で戦ったのに、そのほとんどをほぼ無傷で切り抜けたという「不死身の駆逐艦」、それが「雪風」である。それだけの豪運があれば、戦艦1隻の砲撃ごとき何てことはない、必ず生きて帰って来られる。堺はそう信じていたのだ。

 

「敵艦との距離ヒトゴーマル(15,000メートル)!」

 

 まだ敵艦との距離は遠い。「雪風」は30ノット以上の高速で突っ走っているのだが、敵艦との距離がなかなか縮まらない。こうしている間にも「長門」が敵の砲撃を受け、戦闘力を喪失しつつあるのだ。これでは援護にも何にもなりはしない。もどかしいものである。

 

「雪風、もっと速度出ないのか?」

(しま)(かぜ)ちゃんじゃあるまいし、無理ですよ!」

 

 じれったくなった堺の質問に返ってきたのは、身も蓋もない"雪風"の返事だった。そこへ「長門」の砲弾が落下し、敵戦艦に新たな火災が発生する。

 

「この速度で相手を砲撃して、当てられるか?」

 

 不意に堺はあることを思いつき、"雪風"に尋ねた。

 

「難しいですが、的が大きいので何とかなると思います!」

「よし。主砲の弾種は?」

「徹甲弾と対空砲弾だけです!」

「そうか……できたらHE弾(榴弾)が欲しかったが、已むを得んな。目標、敵大和型戦艦! 弾種徹甲、主砲発射準備!」

「はいっ! 左砲戦、目標ニセ大和型!」

 

 堺が思いついたのは、「雪風」の主砲による「長門」の援護である。どうせ豆鉄砲にしかならないが、相手の注意を逸らす等の効果は見込める。

 なお、なぜ堺がHE弾を欲しがったかというと、火災を狙うためである。HE弾は多量の炸薬を弾頭に詰め込んでいるため、炸裂時に火災を発生させることが期待できるのだ。AP弾(徹甲弾)には難しい芸当である。

 

「艦橋周囲を狙って撃てるか?」

「やってみます!」

 

 堺が"雪風"に注文を出す間に、敵戦艦は主砲を発射している。その狙いは「長門」だ。

 

(長門よ、今しばらく保ってくれ……!)

 

 そう念じながら、堺は攻撃開始を決断した。

 

「撃ち方始め!」

「艦隊をお守りします!」

 

 命令が下った途端、艦橋のすぐ前にある「10㎝連装高角砲」が火を噴いた。艦体後方からも砲声が聞こえて来る。第2・第3主砲も砲撃しているらしい。

 

「続けて撃て! 長門を援護するんだ!」

 

 豆鉄砲にしかならなくても、できることはあるだろう。たとえ(とう)(ろう)の斧であろうと、()()ける限りは足掻いてみせる……その気持ちを胸に秘め、堺は指示を飛ばした。

 3基の「10㎝連装高角砲」は次々と徹甲弾を撃ち出し、敵戦艦の周囲に落下して水柱を立てるか、敵戦艦の装甲によって明後日の方向に弾かれたりする。しかし、一部の砲弾は確実に被害を与えていた。

 後に分かったことだが、この時"雪風"が放った砲弾によって、「ブラックホール」は2基の高角砲を使用不能にされている。しかも1基は弾薬庫が吹っ飛ばされ、完全爆砕されて使い物にならなくなった。

 

 ……そして、そんな()(しゃく)な駆逐艦が見逃される筈もない。

 

「敵戦艦、前部副砲がこちらに向かって旋回中!」

 

 見張員妖精からの報告にも、堺と"雪風"は怯まなかった。

 

「臆するな! どうせこっちは天下の豪運艦なんだ、レーダー潰された戦艦の砲撃なんざ当たりゃせん!」

 

 堺のその言葉通り、敵戦艦の15.5㎝副砲弾の最初の一撃は「雪風」左舷前方の海面に落下しただけに終わった。

 

「敵との距離は!?」

「ヒトマルマル!」

「あと5,000か。遠いなァ……」

 

 ここまでで走った距離は6,000メートル。およそ半分というところだ。まだまだ突っ込まなければならない。

 

「敵戦艦、さらに発砲!」

 

 突っ込んでくる「雪風」に対し、「ブラックホール」も猛然と撃ち返す。15.5㎝砲弾が次々と唸りを上げて落下し、一部の高角砲までもがそれに混じる。だが、"雪風"は怯まない。

 

「雪風は、沈みませんっ!」

 

 15.5㎝砲弾、10.5㎝高角砲弾、全て合わせるともう20発以上が飛んできているにも関わらず、「雪風」には1発とて当たらない。彼女は時折、前方に上がった水柱に向けて敢えて突っ込むなどして突進を続けている。一度砲弾が落下した地点には、新たな砲弾は降ってこない……というジンクスだ。

 

「敵戦艦、本艦と長門の砲撃により、被害拡大!」

『こちら後部見張。長門、現時点で5発被弾! 被害甚大!』

「いかん、もう長門が保たない!」

 

 距離6,500メートルまで接近したところで、堺は断を下した。

 

「ちょっと遠いが、やむを得ん! 左魚雷戦、雷撃距離ロクマル(6,000メートル)!」

「はいっ!」

 

 こんなこともあろうかと、"雪風"は既に魚雷の発射準備を完了していた。ほぼいつでも撃てる状態である。

 

「敵速27ノット、針路255度、散布角3度、雷速50ノット、発射雷数8!」

「水雷長、敵との距離知らせ!」

「は! 現在距離ロクフタ! ………ロクヒト!」

(あと少し……!)

 

 その時、敵戦艦の副砲弾が「雪風」の右舷至近に落下した。強烈な水中爆発に、排水量2,000トン弱の艦体は嵐の海に浮かぶ木の葉のように振り回される。

 

「あっ、至近弾です!」

「構うな、突っ込め!」

 

 そしてついに、「距離ロクマル!」の報告がもたらされた。

 

「針路270度!」

「了解! おもぉーかぁーじ、90度ようそろ!」

「回頭終わり次第、魚雷発射始め!」

 

 「ブラックホール」の砲撃による水柱が林立する中、「雪風」は機敏な動きで右へと旋回する。そして、魚雷の発射準備が整えられた。

 

「沈むわけにはいきませんっ!」

 

 "雪風"のその号令と共に、圧縮された空気が抜ける音が響いた。そして、「雪風」左舷の海面に波飛沫が上がる。

 

「魚雷発射完了! 命中まで、約4分!」

「針路0度! 現海面を離脱し、長門乗員の救助に向かう!」

 

 魚雷の発射が終われば、後は運を天に任せるだけだ。魚雷の命中を気にするよりも、ほぼ敗北必至となっている「長門」の元に戻らなければならない。"長門"本人とできる限り多くの妖精たちを救わねばならないからだ。

 

「おもぉーかぁーじ、90度ようそろ!」

(頼む、あと4分は保ってくれよ……!)

 

 炎上する「長門」の姿を艦橋の窓から見つめ、堺は必死に念じた。

 

 

 そして当の「長門」は、完全に追い詰められていた。

 彼女が被弾した敵弾は5発。うち1発が後部艦橋を直撃し、予備射撃方位盤を吹っ飛ばしていた。また、左舷中央に2発が命中し、左舷の高角砲と機銃が全滅した他、副砲も大半が破壊された。艦首に落下した1発は揚錨機を破壊し、艦首甲板をV字に割った。そして残り1発は第4主砲を直撃し、これを破壊してしまったのだ。最も厚い防盾ですら46㎝砲の巨弾を弾くことはできず、第4主砲は前方から押しつぶされたような姿に変わり、砲身は2本とも砲塔から外れて海面に落下した。不幸中の幸い緊急注水が間に合ったため、弾薬庫爆発という最悪の事態だけは避けられた。

 そして新たな戦場と化したのが、医務室である。次々と負傷者が運び込まれ、医務班の妖精たちは目が回るほどの量の仕事を無理やり捌いていた。

 

 「長門」から観測した限りでは、敵戦艦への命中弾は9発。「雪風」の援護射撃も合わせると、20発は命中していると見られる。敵戦艦には火災が発生しており、速度が若干遅くなっていたが、3基の三連装主砲は健在で、ほぼ40秒おきに砲弾を撃ってきている。

 

「くっ……敵戦艦も、なかなかやるな……」

 

 現在の"長門"の損害は、「中破」というところだ。だが、このまま敵の砲撃を受け続ければ大破や沈没は免れないだろう。

 しかし、それでも怯まないのが"長門"という艦娘である。

 

「主砲、照準よし!」

「てーっ!」

 

 大きな被害を出しつつも、残った3基の「41㎝連装砲」で反撃する彼女。主砲斉射に伴う反動が収まった時、敵戦艦の射弾が降ってきた。

 今度も「長門」左舷やや後部に直撃弾が発生する。この一撃で航空甲板は大穴を開けられてしまった。

 

「航空甲板大破!」

「零観を投棄しろ、急げ!」

 

 命令が下され、妖精たちが大急ぎで「零式水上観測機」を艦外へ投棄しにかかる。その横で、航空甲板の修理にあたろうとしていた1人の妖精が、叫んだ。

 

「戦艦が簡単に沈むか!」

 

 だが、そうは言っても「長門」の被害が大きいのも事実である。

 

「だんちゃーく、今!」

 

 艦橋では、今の砲撃の成果が観測されていた。敵戦艦の艦上に直撃弾の閃光が2つ走り、新たに噴き上がる黒煙に敵艦の姿が覆われる。

 

「命中弾2か……む?」

 

 "長門"が呟いた時、敵戦艦は艦上に発射炎を煌めかせた。が、それが2つに減っている。どうやら主砲1基を損傷させたらしい。もしかするとターレットでも損傷して、主砲が撃てなくなったのか。

 これはチャンスだ。

 

「よし、主砲連続撃ち方! 敵戦艦を撃沈するくらいの気合いで行け!」

 

 己のほうが劣勢に陥っているにも関わらず、それを感じさせないほどに凛とした声で"長門"が命じる。それに応え、3基の「41㎝連装砲」は轟然と咆哮し、6発の徹甲弾を撃ち出した。

 

「雪風、反転! 戻ってきます!」

 

 その見張員の報告をかき消すように、上空から甲高い砲弾の飛翔音が迫った。

 次の瞬間、かなり大きな衝撃が「長門」艦橋を襲った。どうやら艦橋の至近に着弾したらしい。

 

「左舷中央に被弾! 左舷副砲群、全滅!」

 

 ついに、左舷に9基装備された「14㎝単装砲」が全滅したようだ。

 その後も「長門」と敵戦艦は計3回の斉射で応酬し、「長門」は直撃弾5発を与えたが、敵戦艦は一向に参った様子を見せない。それに対して「長門」は3発もの命中弾を受け、ついに第3砲塔も砲撃不能に陥った他、煙突を中ほどからへし折られた。更に、機関にも故障が発生し、発揮可能な速力は19ノットにまで低下してしまっている。

 

(そろそろ限界だな……)

 

 戦闘続行を指示する傍ら、"長門"はついにある決断を下した。即ち、艤装の放棄である。戦闘開始前に、堺が「万一の時は、分かってるな?」と尋ねたこと、それが「総員退艦の指示を出すと同時に、"長門"本人も艤装とのリンクを切断して退去すること」なのである。

 艦娘というものは、基本的に艦娘本人が沈まない限り「轟沈」には至らない。傍目には戦艦が沈んだように見えても、それはあくまで「艤装放棄」でしかなく、真の意味での「轟沈」「撃沈」には至っていないことが多いのである。但し、駆逐艦が戦艦砲の直撃を受けて消し飛んだ、とかいう場合には、真の意味の「轟沈」が起こるのだが。

 自分自身も妖精たちも、ここまでよく戦った。もうそろそろ、良いだろう。もともと「絶対に死ぬ(轟沈する)な」と言われていたのだし、このくらいなら命令違反には当たるまい。

 "長門"がそう思った時、ヒュルルルルヒュイーン……という敵弾の飛翔音が迫り、そして着弾した。その直後、「長門」の艦体後部から異様な炸裂音が伝わったかと思うと、「長門」艦体が異様な震え方をした。致命傷を受けた、と直感するような震え方だった。

 

『応急より艦橋! 敵弾、煙路にて炸裂した模様。缶室損傷2!』

『舵機室、応答無し! 速力9ノットに低下!』

「ここまでか……!」

 

 その瞬間、"長門"は己の戦いが終わったことを知った。

 舵と機関をどちらもやられては、どうすることもできない。「長門」の戦いは、ついに終わったのだ。

 

「艦長より全妖精へ、総員最上甲板! 繰り返す、総員最上甲板!」

 

 それは、「総員退艦せよ」というに等しい命令であった。

 命令が伝わり、妖精たちがバタバタと動き出した直後、敵戦艦の新たな主砲弾が落下し、「長門」艦体は直撃弾に震えた。重傷を負った「長門」の艦体は、それでもまだ数ノットの速度で動いていたのだが、やがて力尽きたように動きを止めた。

 そしてその時、ちょうど"雪風"の魚雷発射から4分が経過しようとしていた。

 

 

「敵戦艦、沈黙。行き足止まりました!」

「了解。勝ったな……」

 

 戦艦「ブラックホール」の艦橋で、艦長セスドール・ベルテクス大佐は報告を受けて呟いた。

 

「勝ちはしましたが、我が方も被害甚大ですな」

 

 副長が、ベルテクスに突っ込んだ。

 そう、敵の似非ヘルクレス級と戦って勝ったが、「ブラックホール」も無傷ではない。敵の対空主砲弾の連続射撃でレーダー類は軒並み破壊され、右舷の対空機銃や高角砲も全滅。更には第2砲塔が直撃弾を受けてターレットを損傷し、旋回不能に陥っていた。火災も発生し、急ぎ消火活動が行われている。しかも、主砲射撃方位盤も故障してしまった。

 その上、どうやら敵砲弾の1発がたまたま水線下を抉ったらしく、「ブラックホール」が発揮可能な速度は24ノットに低下している。

 だがともかく、「ブラックホール」は勝ったのだ。敵の似非ヘルクレス級戦艦は炎上し、炎と黒煙に覆われた姿で洋上に停止している。

 

「まだ我が軍の空襲があるかもしれんが……危険はあらかた片付いただろう。外交官殿をこちらへお呼びしてくれ」

「はっ」

 

 ベルテクスに敬礼し、副長が下へ降りて行った。

 

『こちら後部見張り。後方より、味方駆逐艦3隻接近』

 

 しばらくの後、後部見張所からの報告と同時に、副長に案内されたシエリアが艦橋に上がってきた。彼女は今まで重要装甲区画に避難していたのである。

 

「敵はあらかた片付きました。ロデニウスの戦艦はなかなか手強い相手ではありましたが、このグレードアトラスター級に勝てる艦など存在しません」

「そうか」

 

 ベルテクスが報告し、シエリアが満足そうに頷く。彼女は双眼鏡を借り、戦場となった海を見渡した。

 彼女の視界には燃え盛る船が何隻も映し出される。世界の強国と呼ばれた国々の軍艦が、燃えるゴミとなって海上を漂っているのだ。

 

「さすがだ……さすが、世界最強の戦艦と呼ばれた帝国の船だ」

 

 シエリアが呟いた、その瞬間のことだった。

 

ズドオォォォォォン!!

 

 出し抜けに響いた、凄まじい轟音。そして「ブラックホール」は下からの衝撃に艦首を思い切り蹴り上げられ、艦体後部がシーソーのように沈み込んだ。

 

「うっ!?」

 

 ベルテクスたち軍人は、とっさに何かに掴まったり、両足を踏ん張って衝撃に耐えようとする。しかし何人かは足を取られ、床に転がった。

 

「きゃあっ!?」

 

 そしてシエリアは、完全に不意打ちを喰らった。突然の衝撃に両足を取られ、艦橋の床に派手に転倒する。

 

「何事か!?」

 

 叫んだベルテクスの目に飛び込んできたのは、右舷艦首に高々と突き上がる巨大な白い水柱だった。

 

「なっ……!?」

 

 思いがけない光景に一瞬驚くも、ベルテクスはすぐに気を取り直し、揺り戻しによって艦首が沈み込むのを感じながら命令を下す。

 

「通信長、駆逐艦隊に緊急通信! 『我、右舷艦首に魚雷を受く。駆逐艦隊は直ちに対潜警戒に当たれ』!」

「了解しました!」

 

 そう、ベルテクスは、「ブラックホール」が魚雷を受けたのは間違いないと考えた。だが、魚雷を撃ったらしき敵の姿はない。強いて言えば、さっき突撃してきた敵の駆逐艦が魚雷を撃った可能性もないではなかったが……ベルテクスは、より危険度の大きい敵、つまり潜水艦がいると仮定したのだ。そして、それに対する策を取ろうとしたのだ。

 

「艦長より機関部、機関停止!」

 

 続いてベルテクスが命じたのは、緊急停止である。

 「ブラックホール」は艦首に大穴を開けられてしまった。このまま前進を続ければ、艦首への浸水が増大し、最悪の場合沈没に至る。それを避ける措置である。

 動力が切られ、激しく身震いする「ブラックホール」。やがて停止した時には、艦は既に大量の海水を飲み込んでいた。

 応急班は消火以外の全ての対処を後回しにして、艦首区画の防水を徹底的に行っている。浸水が増大すれば、沈没するからだ。それだけは絶対に避けなければならない。「不沈艦」と呼ばれたグレードアトラスター級が沈むなど、あってはならない。

 

 そう……"雪風"の放った「40式魔導酸素魚雷」が、「ブラックホール」に命中したのだ。

 発射された「40式魔導酸素魚雷」は8本。そのうち1本が奇跡的に、「ブラックホール」右舷艦首に命中し、特徴的な球状艦首を根元から完全に消し飛ばしたのだ。比類無き威力を持つ魔導酸素魚雷なればこそ、成せる技である。

 この一撃で「ブラックホール」は前進が不可能となり、後進によって航行せざるを得なくなってしまった。また、駆逐艦3隻は対潜警戒に注意を取られ、「雪風」の追撃を断念せざるを得なくなった。その隙を突き、艤装とのリンクを切断して脱出した"長門"本人と、一千人に迫る妖精を回収した"雪風"は戦場を離脱。敵の水上艦隊から追撃を受けることはなかった。

 

 グラ・バルカス帝国軍の駆逐艦3隻は、しばしの間対潜警戒を続けていたのだが、ソナーには全く反応がない。そこで状況を鑑み、「敵潜水艦はいない、もしくは既に逃げ去るか何かした」と判断し、シエリアからの要請を受けて、乗艦を沈められた各国の者たちを救助し始めた。ベルテクスは、自身の正義に従って動くシエリアに感心したものである。

 そして、思いもしなかった大被害に、グラ・バルカス帝国軍は予定されていた各国艦隊の生き残りへの追撃を中止。これにより、生き残っていた艦艇……ムー国の装甲巡洋艦を含む4隻の巡洋艦、そしてマギカライヒ共同体の機甲戦列艦5隻は、沈没の運命を免れ、各々の自国へと逃げ帰った。

 

 しかし…グラ・バルカス帝国軍はカルトアルパスへの空襲を続行する傍ら、別の作戦を開始する。それは……「ブラックホール」に手傷を負わせた許しがたき敵・ロデニウス連合王国の艦隊を、航空攻撃で撃滅する作戦だった。




はい、というわけで、やはり長門型では大和型には勝てませんでした。しかし、「三式弾」で敵の飛行甲板とレーダーを残らず吹っ飛ばし、非装甲区画に大きなダメージを与えた上に、「雪風」の酸素魚雷で艦首を食いちぎったので、半年はドックから出てこられないでしょう。

それと、今回"長門"は艤装放棄で済みましたが、次は誰かが轟沈しないとも限らない…!特に駆逐艦の子たちは「ティン-カン(ブリキ缶)」とか言われますし、戦艦の主砲弾なんか受けたら脱出する前に艤装ごと…なんてこともあり得るでしょう。
さあ、果たして堺は自分の戦術戦略と采配、そして運を味方につけ、艦娘たちを沈めずに維持することができるか…?


UA51万突破、総合評価7,900ポイント突破して8,000ポイントの大台まであと少し!皆様、本当にありがとうございます!!!ここまで来られるなんて…感無量であります!

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ありがとうございます!!
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次回予告。

"長門"が艤装を放棄し、大きなダメージを受けた第一護衛艦隊。しかし、まだ駆逐艦4隻と"鹿島"が健在であり、全力で本土への帰還を目指す。そこへ、グ帝の航空隊が向かう…
次回「激戦! フォーク海峡!(伍)」

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