鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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今回でフォーク海峡海戦は終了です!



117. 激戦! フォーク海峡!(伍)

 中央暦1642年4月24日 午後3時40分、神聖ミリシアル帝国 港街カルトアルパス。なおこの時点では、「(なが)()」はまだ「ブラックホール」と死闘を繰り広げていた。

 普段なら多くの人々や魔導車(魔導で動く自動車)が行き交い、人々の雑踏や商人の商談、魔導車のエンジン音などの喧騒で賑わっている筈であるが……今日に限り、そういう音はほとんど聞こえない。というのも今、カルトアルパスは、神聖ミリシアル帝国建国以来初めての「空襲」に晒されていたからだ。

 星形エンジンの作り出すエンジン音が、空一帯にこだまする。上空を我が物顔で乱舞するグラ・バルカス帝国の航空機……空を見上げる人々は、その姿に恐怖する。

 

「また急降下を開始してきたぞ!!」

 

 誰かが叫ぶ。そこへ、ダイブブレーキが奏でる甲高い高音が響き渡り、恐怖を倍増させる。

 人々は、自分が攻撃されまいと、街中を逃げ惑う。

 

「きゃーーっ!!」

 

 女性の悲鳴も聞こえ、転倒して人々に踏まれる者もいる。そんな中、急降下してきたシリウス型爆撃機が250㎏爆弾を投下した。

 帝国文化会館付近に爆炎が上がり、炎が発生する。また、アンタレス型艦上戦闘機の中には上空から機銃掃射をかけるものもある。撃ち込まれた20㎜弾が地面で大きく爆発し、付近の民家にダメージが入る。

 それに対し、神聖ミリシアル帝国軍は地上から対空魔光砲を撃ち上げ、敵を迎え撃っているのだが……その弾幕は、あまりにも当たらない。

 え、神聖ミリシアル帝国空軍の航空機「天の浮舟」はどうしたのかって? 「アンタレス」戦闘機にさんざんに討たれて、全機撃墜されましたが、何か? ついでに言えば、一騎当千を謳われたエモール王国の風竜騎士団も、グラ・バルカス帝国軍の数の暴力に耐え切れず、全滅に追い込まれている。

 歴史上経験したことのない「空襲」は、彼らに屈辱と恐怖を植え付けるのだった。

 

 カルトアルパス市民への機銃掃射などという野蛮極まりない行為を働く者もいたが、グラ・バルカス帝国軍航空隊の主な攻撃目標は、カルトアルパスの政府関係施設、そして飛行場のような軍用施設であった。

 帝国文化会館は幸いにしてダメージをほとんど受けず、強いて言えば窓ガラスが割れたり、一部塗装に焦げ目がついたりする程度の被害に留まったのだが、その周辺の建物には次々と爆弾が落下した。轟音と共に建物が粉砕され、瓦礫や破片が八方に飛び散る。そして炎が立ち上り、市街地や逃げ遅れた市民を焼いていた。

 カルトアルパスの消防隊や救急隊は必死で消火活動や人命救助に当たったが、その甲斐もなく多くの人命や建物が戦火の中に失われていった。そして彼ら自身もまた、攻撃のターゲットにされることすらあったのである。

 

 空軍基地はというと、リゲル型雷撃機が投下した800㎏爆弾によって滑走路が穴だらけにされ、地上で発進準備をしていた航空機も逃げることは能わなかった。駐機されていた「ジグラント2」が爆弾の炸裂と共に消失し、直撃を免れた機体も爆風に煽られて横転、大破する。格納庫ごと粉砕される機体もあった。そして方々に撃墜された「エルペシオ2」や「ジグラント2」の残骸が散らばり、それらのうちいくつかは未だ黒煙を噴き上げている。世界最強の神聖ミリシアル帝国が誇る「天の浮舟」も、こうなっては形無しであった。

 

 同時に、カルトアルパス在泊地方隊が利用していた軍港も、攻撃を受けている。

 リゲル型雷撃機が抱えていた800㎏爆弾により、港湾施設が爆砕され、クレーンが根元を吹っ飛ばされて倒れる。ドック入りしていたシルバー級魔導巡洋艦は、動けないまま爆弾4発を受けて大破してしまった。地方隊司令部も猛爆撃と機銃掃射に晒され、既に機能を喪失している。

 

 こうして、グラ・バルカス帝国軍航空部隊の空襲により、神聖ミリシアル帝国第二の心臓とも呼ばれる港街カルトアルパスは、大きな被害を受けたのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 さて、神聖ミリシアル帝国の港街カルトアルパスが空襲によってダメージを受けている頃、ロデニウス連合王国北東部クワ・トイネ州沖 タウイタウイ島。

 ロデニウス大陸からの連絡により、第13艦隊司令部も既にグラ・バルカス帝国による攻撃の情報を把握している。泊地には第1種戦時体制が発令され、哨戒に当たる駆逐隊や航空機は倍に増えていた。本土と泊地の間では忙しく暗号化された無線が飛び交っている。ロデニウス連合王国軍総司令部と、ロデニウス大陸にいる"(あお)()"から、情報が入ってきているのだ。

 そんなタウイタウイ泊地司令部、提督室では1人の長身の女性が応接セットのソファーに座り、何やら資料を見ていた。しかし彼女の視線は落ち着きがなく、ある時は資料に目を通していたかと思うと、次の時には主のいない提督の執務机に(うれ)いに満ちた視線を向けている。

 

「はぁ……」

 

 愁眉の下、彼女がもう何度目かになるため息を吐いた時、秘書艦用の執務机のほうから声がかかった。

 

「気にしているのね? 提督のこと」

 

 秘書艦用の机に座っていたのは、黒髪の長いポニーテールを大腿部まで垂らし、白の上衣と黒のスカートに身を包んだ女性であった。本日の秘書艦担当である、()()()型軽巡洋艦の3番艦"()(はぎ)"である。

 

「………」

 

 声をかけられた相手……大和(やまと)型戦艦1番艦の艦娘"大和"は答えない。しかし、彼女の表情は無言のうちにそれを肯定していた。

 

「……大和、あなたの気持ちは分かるわ。状況はただならないみたいだし。

それに……戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦4の部隊に対して数百機の敵航空機、しかも味方の上空援護機は無し。そしてこの時期。……私としても、思うところはあるわね」

 

 皆様はお気付きになっただろうか? 「戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦4の部隊に対して数百機の敵航空機、しかも味方の上空援護機は無し」という戦況、それに4月という季節……どこかで見覚えがないだろうか?

 そう、"矢矧"が言っているのは、「坊ノ岬沖海戦」である。時に西暦1945年4月7日、あの絶望的な状況の中、沖縄に来寇したアメリカ軍を撃退するために日本海軍は最後の水上作戦を展開し、戦艦「大和」を中心にした水上特攻部隊を突入させようとした。しかし、水上特攻部隊は沖縄への道半ばでアメリカ軍機動部隊を飛び立った300機にも達する航空機の攻撃を受け、戦艦「大和」、軽巡洋艦「矢矧」、他駆逐艦4隻を失って大敗、作戦は失敗に終わった。これにより、日本海軍はついに積極的な作戦展開能力を喪失したのである。

 確かに時期といい戦況といい、"矢矧"の言うとおり「坊ノ岬沖海戦」に似ている。

 

「だって、提督が……」

「確かにね。帰ってくるかどうか分からないわ。正直言って、状況は厳しい」

 

 "大和"にそう言うと、"矢矧"は席を立ってソファーに近付いた。

 

「でも、今は提督の無事を信じるしかないわ。

幸い、あの第一護衛艦隊にはエピソード持ちの面々が何人もいる。大被害を受けてもしぶとく生き延びた天津風もいるし、二度の核爆発にも耐え抜いた長門もいる。そして何より、提督が乗艦にしているのは、あの地獄の坊ノ岬をくぐり抜けて生還した雪風よ。彼女がそう簡単に沈むはずがないわ。だから彼女に乗ってる限り、提督はきっと帰ってくる」

「でも……!」

「心配なのは、皆同じよ。でも、その中でも提督のことを一番心配しているのが大和、あなただというのも分かるわ。提督と特別な関係になっているのは、あなただけなのだから」

 

 既に"大和"の隣に移動していた"矢矧"は、すっと"大和"の左手に視線を落とした。その先には、薬指に嵌められた指輪がある。

 

「……『坊ノ岬組』の(よし)みね。辛かったら、胸を借りt…」

 

 "矢矧"の言葉も終わらないうちに、"大和"の両腕が彼女の身体を捕らえた。そのまま抱きすくめられる"矢矧"。

 

(無理もないわね……)

 

 "矢矧"はしばらく、彼女が泣くに任せておくことにした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その頃、ロデニウス連合王国の「第一護衛艦隊」は、速力20ノットで東へ向かっていた。ベリアーレ海の波を裂き、5隻の艦艇が進んでいる。

 「第一護衛艦隊」は”長門”が艤装を放棄して戦闘力を失ったため、駆逐艦「(はつ)(かぜ)」「(ゆき)(かぜ)」「(あま)()(かぜ)」「(とき)()(かぜ)」が練習巡洋艦「鹿()(しま)」を囲む輪形陣を構築していた。その”長門”は現在、多くの妖精たちと共に"雪風"に拾われて無事である。……「長門」に乗り込んでいた妖精たちの一部は、戦死もしくは行方不明で未帰還となってしまったが。

 

『こちら鹿島、13号電探に感あり! 艦隊よりの方位290度、距離150キロ、数およそ10! こちらへ向かっている模様!』

 

 突然、無線に”鹿島”の緊張した声が入った。それを聞いた艦娘たちが、一様に緊張した表情を浮かべる。

 現在、「第一護衛艦隊」は針路を東に取り、まずはフィルアデス大陸西部にあるマール王国を目指している。マール王国に一度寄港して燃料を補給した後、アルタラス王国で再度燃料補給を行って、ロデニウス本土に帰還するつもりなのである。

 その途上、彼女たちはまだ周囲を探っているであろうグラ・バルカス帝国軍の航空機を避けるようにルートを取っていたのだが……どうやら無駄骨だったようだ。

 

「全艦、対空戦闘配置につけ」

 

 そんな中、堺はいつもと変わらぬ声で指示を出す。そして”鹿島”に無線で問いかけた。

 

「鹿島、10機というのは間違いない数なのか?」

『はい、反応の大きさから見ると10機程度と思われます。もう少し近づかないと分からないところはありますが』

「了解、引き続き警戒を続けてくれ」

『はい』

 

 “鹿島”との通信を終えると、堺は隣にいる”雪風”に尋ねた。

 

「なあ雪風」

「何でしょう? 司令官」

「どうも、読めないんだ。敵の目的がな。

敵の数は10機程度とのことだが、索敵機にしては数が多すぎる。かといって、攻撃隊にしては数が少ない。我々5隻に対して10機程度じゃ、投下した爆弾全部が魚雷発射管に命中するような超絶的奇跡でもない限り、この艦隊を全滅させるなんて不可能だ。それが分からないような間抜けな敵じゃないだろうし、敵の空母は4隻いるはずだから、こっちにもう少し回せると思うんだが……その割にこんなしみったれた数の航空機しか送っていない。どういうわけだろう?」

「うーん……」

 

 意見を求められた”雪風”は、下顎に手を当てて首を傾げながら考える。少し考えてから、彼女は返事をした。

 

「例えば……今日中に雪風たちを全滅させたいけど、雪風たちがどこに行ったか分からないから、探しながら攻撃してる、とか?」

 

 “雪風”がそう言った途端、

 

「それだ!」

 

 堺がぽんと手を打って叫んだ。

 

「索敵攻撃か! なるほど、それならこの中途半端な数も納得できる。それに、日没まであと2時間もない。敵の指揮官が功を焦っているなら、こんな手に出てくる可能性は十分にある。敵はこっちの残存戦力を把握してるだろうし、勝ち戦で気が大きくなってる可能性は高いからな。

これで、全て腑に落ちたぞ! ありがとう雪風!」

「いえいえ!」

 

 返事をしたその時、”雪風”は見てしまった。

 

 堺が、ものすごく悪い笑みを浮かべていたのを。

 

 

 30分後。

 

「敵機、後方から接近! 数10、高度ゴーマル(5,000メートル)! 目視圏内です!」

 

 各艦艇の見張り所に詰めている妖精たちが、報告を上げた。

 

「来たか……」

 

 駆逐艦「雪風」艦橋の屋根から顔だけ出して、外の様子を伺っていた堺が呟く。

 艦隊の後方から、10個の黒い点が空を飛んで接近してきていた。それが次第に大きくなり、やがて航空機の姿に変わる。

 

「ここまで接近して、まだこの高度か。降爆(急降下爆撃機)だな」

 

 堺は、接近する敵機をそのように見積もっていた。

 

「しれぇ、撃たないんですか?」

 

 艦橋に戻ってきた堺に、“雪風”がそう尋ねた。

 

「ああ、まだだ。今の敵の距離じゃあ、ちと遠い。それに、」

 

 ここで堺は一度口を切り、ぼそりと付け足した。

 

「……撃つまでもないだろうしな」

「え?」

 

 首を傾げる”雪風”。その時、急に堺が艦橋の外、甲板に降りるラッタルに向かって歩き出した。歌いながら。

 

「この◯に〜◯◯1つ〜♪ いいのよこのまま〜◯が残るのなら〜♪」

 

 今から戦闘だというのに急に「歌う」という意味不明な行動を堺が取ったことで、“雪風”は一瞬戸惑った。だが、堺が歌っている歌を知っている彼女は、すぐに堺に尋ねた。

 

「しれぇ、『()()(みさき)』ですか?」

 

 “雪風”の問いに、堺は頷くのみで歌い続ける。

 

「◯向かい〜◯◯1つ〜♪」

 

 歌っている間に、彼は既に甲板に降りるラッタルのてっぺんに移動していた。近づいてくる敵機のエンジン音が聞こえる。

 

「◯万石の〜♪」

 

 と、堺は敵機に向けて、ゆっくりと右手を挙げた。

 

「誇りよ、加賀、みさき〜♪」

 

 「き」の発音を口にした瞬間、堺はさっと右手を振り下ろした。

 

 

「見ーつけた」

 

 グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊の空母「マルカブ」から、シリウス型爆撃機10機を率いて飛び立った、爆撃隊第1中隊長のフランク・パイル少尉は、シリウス型爆撃機の後部座席に座り、海面を見下ろして舌舐めずりをした。5つの航跡を引いて、一群の艦艇が東へと向かっている。

 巡洋艦クラスの艦が1隻、その周囲に駆逐艦クラスが4隻展開して、巡洋艦を菱形に囲む陣形を作っていた。発見した場所と敵の陣形、艦の種類と数から考えて、ロデニウス連合王国の艦隊で間違いない。

 

 グラ・バルカス帝国海軍の東征艦隊は、素晴らしい大勝利を収めた。カルトアルパス市街地への爆撃も成功したとの報告が届いているし、世界会議のためカルトアルパスに来航していた各国の艦隊にも、そのほぼ全てに壊滅的な打撃を与えた。

 文句なしの勝利……と言っても良いはずだったが、その勝利に土を付けた者がいる。ロデニウス連合王国の艦隊だ。

 似非ヘルクレス級戦艦1隻、艦型不詳の巡洋艦クラス1隻、似非エクレウス級駆逐艦4隻からなるこの国の艦隊は、40機以上の味方機を撃墜破し、航空隊に無視できない被害を与えた。また、似非ヘルクレス級戦艦はグレードアトラスター級戦艦「ブラックホール」によって沈められたものの、「ブラックホール」も大きな被害を受け、後退を余儀なくされたという。

 東征艦隊は、ロデニウス連合王国の艦隊を「帝国の栄光に傷を付けた、許しがたい敵」と認定し、「断固撃滅すべし」と結論付けた。だが、敵は脚の速い艦ばかりであり、確実に追い付ける手段は航空機のみである。しかも、敵の位置は分かっておらず、その上日没も迫っている。そこで、索敵攻撃が命じられたのだった。相手に空母がいない、と分かっていたことも、追い風となった。

 

「全機、攻撃用意。目標は敵巡洋艦」

 

 パイルは部下たちに無線で命令する。その後、味方に敵の位置を通報した。

 どうせ自分たちは10機しかいないので、敵艦全てを沈めるなんて不可能だ。ならば、大物を狙う方が良いだろう。

 

「さて……」

 

 位置の通報を終えたパイルは、眼下の敵を見渡して再度舌舐めずりをした……その時。

 パイルの背筋を、鋭い殺気が貫いた。

 

「!?」

 

 パイルは慌てて後ろを振り返り、機体の進行方向の空を見た。雲の他は何も見えない。その時、視界の上のほうで何かがキラッと光った。

 そちらを見たパイルの目に飛び込んできたのは、こちらに向けて急降下してくる複数の黒点。それが急速に拡大し、中ほどから上向きに折れ曲がった翼を持つレシプロ機に変わる。

 

「敵機だ!」

 

 パイルは思わず叫んだ。

 友軍機にこんな機体はない。これは間違いなく敵だ。しかし、いったいどこから来たのか。近くに、こちらが見落とした敵の空母がいるのか……?

 しかし、パイルの疑問は永遠に解けなくなった。急降下してきたレシプロ機の1機が両翼に発射炎を閃かせ、太い()(せん)がパイル機のコクピットと後部座席を襲ったのだった。

 

 

「え?」

 

 “雪風”は驚いて、目を丸くした。

 堺が右手を振り下ろした直後、複数の機影が一斉に敵機に襲いかかったのだ。ある敵機はキラキラと光るものをばら()きながら急速に高度を下げ、ある敵機は一瞬で両翼を叩き折られてくるくると死の舞いを踊る。またある敵機はエンジン部分から火を噴いた、と思う間もなく全身火だるまとなり、別の敵機は空中で爆発して汚い花火となる。

 “雪風”は首から下げた双眼鏡を手に取り、それを目に当てて空を見上げた。敵機を撃墜したのは、逆ガル翼を持つ大柄の戦闘機だ。両翼の先端に赤い円が描かれている。

 

 ……というか、どう見ても「(れっ)(ぷう)一一型」である。つまり、味方の艦上戦闘機であった。

 

「タイミングぴったりじゃねえか、流石だな。そして(がい)(しゅう)(いっ)(しょく)ってか」

 

 空中戦の様子を見上げていた堺が呟く。ここで”雪風”はピンと来た。

 

 周辺に味方の航空基地があるわけでもないのに、突然現れた「烈風一一型」。

 堺が使った「鎧袖一触」という単語。

 そして「加賀岬」。

 

 これらが意味するものはつまり……

 

「しれぇ。加賀さんに来てもらってたんですか?」

「ああ、来てもらってたよ」

 

 彼女の質問に、堺はこともなげに答えた。

 

「ひょんな気を起こす国家がいないとも限らない、と思ってな。こんなこともあろうかと、『烈風一一型』を積めるだけ積んでもらって、護衛と共にこっそりついてきてもらったんだ。ぴたりだったな」

 

 ニヤリと笑う堺に、”雪風”は追撃をかける。

 

「しれぇ、それならそうと先に言ってくれればよかったんじゃないですか?」

「昔から言うだろう? 敵を(あざむ)くならまず味方を欺け、って」

 

 そして堺は、改めて東の海を見据えた。

 

「さて……もう一息だ。加賀とその護衛の連中と合流して、生きて帰るぞ!」

「はいっ!」

 

 そう命じる傍らで、堺は密かに考えていた。

 

(これ、采配ミスったか? 敵に情報を与えないために、"加賀"航空隊と護衛艦隊を秘匿戦力にしてたんだが……本来は"加賀"の航空隊を投入して、第一次攻撃から先に敵戦力の減殺を図るべきだったか……?)

 

 

『こちら()(えい)、航空隊から入電! 敵攻撃隊を殲滅しました! さっすがですねぇ!』

 

 その頃、第一護衛艦隊の現在位置から東に30浬ほど離れた海面には、航空母艦「加賀」とその護衛艦隊……「第零護衛艦隊」が展開していた。先頭に対空・対潜警戒に当たる軽巡洋艦「()()」が立ち、その後方に戦艦「比叡」、重巡洋艦「()()」、駆逐艦「(あさ)(しも)」「(てる)(づき)」が「加賀」を菱形に囲んでいる。

 

「当然よ。みんな、優秀な子たちですから」

 

 「加賀」の艦橋に立つ”加賀”が、澄まし顔でそう言うと、

 

『しかしスゲーよな。あれだけ離れたところにいる味方機を的確に誘導するなんて』

 

 “摩耶”が感心したようにコメントした。

 

『アタシは加賀より古株だから練度も上だし、防空戦闘なら誰にも負けない自信もある。けど、加賀と(あか)()の航空隊を完璧に阻止できたことはないんだよなぁ。必ず1発は喰らっちまう。

タウイ最強の防空艦の名に賭けて、いつか全機阻止してやりたいがな』

『まあ、相手が相手だからな。難しいと思うぜ』

 

 “朝霜”が横から”摩耶”にツッコんでいる。

 

『さあ、司令との合流まであと少し。油断せずに、護衛任務をやりきりましょう!』

 

 “比叡”の言葉で、全員が気を引き締め直した。そんな中、

 

(「トランプの例え」……アイツ、本当に上手いことを考え付くもんだぜ……)

 

 "摩耶"は、堺の深読みに感心していた。すると、彼女のすぐ後ろにいた褐色の肌を持つ大柄の女性が、ため息混じりに呟く。

 

「やれやれ……まさか、この私がタンカー扱いされるとはな……」

 

 それを聞いた"摩耶"は、ちらっとだけ振り返って答えた。

 

「しょーがねーだろ、()(さし)さんよ? アンタの燃料タンクはデカい、タンカーとしては十二分なんだから」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 それは、出立の少し前の日のこと。

 提督室にて、"摩耶"を前にして堺は執務机の上に3枚のトランプのカードを並べた。左から順に、ジャック、クイーン、キングである。その3枚のトランプを前にして、堺は言った。

 

「他国の連中には、うちの艦隊はこれに見える」

「??」

 

 だが、急にそんなことを言われても、"摩耶"に分かる筈もなかった。頭にクエスチョンマークを浮かべて沈黙している彼女に、堺は更に言う。

 

「カルトアルパスに派遣される艦娘たちもまた、自分たちの艦隊はこれだと思ってるのさ」

 

 その瞬間、"摩耶"の脳裏を雷光が走り抜けた。

 

「まさか……!」

 

 小さく叫んで、彼女は素早く机に両手を伸ばす。そして、ジャックとキングのトランプを机の表面に沿って滑らせた。するとどうだろう、その2枚のトランプの下から別のトランプが出てきたではないか。……ジョーカーが2枚。

 

「やっぱりか! お前の考えそうなことだ」

「そういうこった。よく気付いたな、摩耶」

 

 悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべてウインクしてみせる堺に、"摩耶"はその豊満な胸を張った。

 

「あったり前だろ? 提督、アタシとお前が何年の付き合いだと思ってんだよ? 少しのヒントがありゃ、このくらいは解けるぜ」

「できたらノーヒントで解いて欲しかったが、まあ及第点か。

そう、ジョーカー……つまり、『切り札』となる隠し別働隊だ。これを、正式な外務大臣護衛艦隊の後方にこっそり張り付けておき、どうしても危ない時に援護させる。表立って空母を投入できない以上、この手で行くつもりだ。そして摩耶、お前にもこのジョーカーの1枚になってもらう」

「任せとけってんだ!」

 

 実に頼もしい"摩耶"の返事である。

 

「ではここで、お前に聞こう。摩耶、この艦隊に1隻だけ空母を編成するとしたら、誰にする?」

「うーん、そうだな……アタシなら、加賀にするな」

「ほう、その理由は?」

「重視したのは練度と艦載機の搭載数だ。この場合、搭載数は多い方がいいから、正規空母一択となる。そして、うちの艦隊で練度の高い正規空母って言ったら、古参連中……はっきり言えば赤城、加賀、蒼龍だ。ただ、蒼龍は中型空母だから搭載数は若干不安があるし、赤城は……アイツのあの艤装は正規空母って言って良いのか? アタシにはとてもそうは見えんが……まあとにかく、正規空母じゃないナニカになっちまってる。搭載数に限れば、改二艤装より改艤装のほうが優れてる有り様だ。そう考えれば、加賀しかいない」

「上出来だ。俺も全く同じことを考えていたよ。流石だ、摩耶」

「ふふーん、アタシだってこのくらいは考えられるぜ」

「腦筋ってわけじゃn」

「何か言ったか?」

(早口で)「いえ何でもありません」

 

 茶番をやっているようにしか見えないが、これが彼らのスタイルなのである。

 

「んで、アタシ以外に誰が加賀を護衛するんだ?」

「予定では、比叡、由良、朝霜、照月だ。対水上戦、対空戦、対潜戦、どの局面にもオールラウンドに戦えるようにしておくことがコンセプトだからな」

「なるほどな。で、これがジョーカーって訳か。どいつもこいつも練度が高いし、それぞれ得意とする分野のスペシャリストだ。切り札(ジョーカー)にはぴったりだな」

「そーゆーこと」

 

 堺は、"摩耶"にニヤッと笑ってみせたものだった。

 実際、この艦隊はバランスが良いだろう。"加賀"は「烈風一一型」しか載せていないので航空攻撃は不可能だが、制空戦闘なら十二分に戦える。また、"比叡"と"摩耶"がいるので対水上戦闘にもある程度対応できるし、"照月"は史実の第三次ソロモン海戦において、「10㎝連装高角砲」4基の数の暴力を生かし、アメリカ軍の駆逐艦を殴り倒したエピソードがある。対空戦闘は、神がかった練度を持つ"加賀"航空隊の妖精たちと、抜群の防空能力を誇る"摩耶"そして"照月"がいるから、問題はないだろう。対潜戦闘なら、"由良"と"朝霜"の出番だ。両者とも「第一海上護衛隊」に所属しており、潜水艦狩りのエキスパートである。……さすがに"()()()"には負けるのだが。

 

「だが提督、もう1つ問題があるぞ。第一護衛艦隊は外務大臣一行を乗せている以上、表立って各国の港で補給を受けられる。だが、アタシたち……便宜上『第零護衛艦隊』と呼ぶけど、第零護衛艦隊への補給はどうすんだ? 往復2万㎞もあるんだ、無補給じゃ無理だぜ」

「ああ。そこも計算済みさ」

 

 堺がそう言った途端、"摩耶"は「まだ何かあんのか?」とジョーカーのカードに指を滑らせた。すると、ジョーカーの下から出てきたのは「10」のトランプである。

 

「補給に当たる連中も、艦娘形態で第零護衛艦隊に乗せておく。戦艦と空母を入れる訳だから、かなり奮発しておいた」

「誰が補給艦役なんだ?」

「航空戦艦の()()日向(ひゅうが)、補給艦の(はや)(すい)、それに()(がみ)型と()()型の航空巡洋艦の連中。そして武蔵だ」

「ずいぶん豪勢だなオイ。日向なら『飛行甲板は盾でもお盆でもないし、格納庫は石油タンクではない』って言うだろ絶対。それと武蔵もだ。旅館呼ばわりされたことはあっても、ここまで表立ったタンカー扱いはそうそうないだろうぜ」

「だろうな。まあ仕方ない、背に腹は代えられん」

 

 こうして、「第零護衛艦隊」が編成されたのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 かくて現実に戻る、ということである。

 その後、”比叡”たち「第零護衛艦隊」は無事に「第一護衛艦隊」と合流し、タウイタウイへの帰還の途に就いた。その際、20機ほどの敵機が来襲したものの、C.A.P.(戦闘空中哨戒)に当たっていた”加賀”の「烈風一一型」が鎧袖一触でこれを殲滅。1発の爆弾も投下できずに、グラ・バルカス航空隊は全滅した。

 かくして”初風”との約束通り、”雪風”を道連れにして死ぬことなく、堺は帰ってきたのである。

 

 

「どういうこと……?」

 

 それが、グラ・バルカス帝国軍特務軍艦隊司令ミレケネスの口から漏れた呟きだった。

 彼女は現在、東征艦隊の旗艦であるヘルクレス級戦艦「コルネフォロス」の艦橋で、索敵攻撃に出した航空隊が帰投してくる様子を眺めながら、報告を聞いているところである。

 夕日が空と海をオレンジ色に照らす中、グラ・バルカス帝国軍東征艦隊の艦艇が何隻も白い航跡を引いて西へと向かう。それらのうちペガスス級航空母艦は風上に向かって突進し、発進していたシリウス型爆撃機を収容していた。その周囲ではキャニス・ミナー級駆逐艦やエクレウス級駆逐艦が対潜哨戒に当たっている。

 艦隊の外縁部では、大きな水柱が何本も現れたり消えたりを繰り返していた。索敵攻撃から戻ってきた「シリウス」が、着艦前に爆弾を投棄しているのだ。たいへんもったいないと感じる人もいるかもしれないが、仮に爆弾を抱えたまま着艦に失敗して胴体着艦でもしようものなら、爆弾が爆発して大事故待ったなしになるので、やむを得ない。

 

 ミレケネスが気にしていたのは、ロデニウス艦隊の索敵攻撃に向かった隊が未帰還になったことだった。

 最終的な未帰還機は全部で29機。しかも、攻撃隊は「ロデニウス艦隊発見、これより攻撃す」と打電した後で消息を絶っている。

 ロデニウスの艦隊は対空砲に近接信管を採用しているらしく、各国艦隊を攻撃した搭乗員たちからはその旨の報告が上げられている。だがそれでも、艦隊の対空砲火だけでこちらの「シリウス」を全て落とせるとは、とても考えにくい。

 然るに攻撃隊は、始めから存在しなかったかのように忽然と消えている。よほどの何かがあったとしか思えない。

 

(まさか、敵機?)

 

 ミレケネスはそう考え、直後に首を横に振ってその考えを打ち消した。

 この周辺にロデニウス連合王国軍の基地はない。だからもし敵機がいるのなら、空母がいるはずだ。

 しかし、味方の索敵機は「敵空母発見」の報告を上げていない。レーダーなどまともにないと思われるこの世界にあって、ロデニウス連合王国の艦艇は珍しくレーダーを持っているらしいが、艦艇よりも航空機のほうが圧倒的に脚が速い。レーダーで機体を捕捉してすぐに反転したとしても、こちらの索敵機が敵艦を見つけている可能性が高いだろう。

 だが、偵察機から「敵発見」の報告はない。従って空母を含む敵艦隊がいた可能性はかなり低いだろう。ならばなぜ、29機も未帰還になったのか。その疑問が解けない。

 

(要検討事項として、持ち帰る必要がありそうね……)

 

 ミレケネスはそう考えていた。

 

 実は、「加賀」を含む艦隊は一度、偵察を担当していたリゲル型雷撃機に見つかりかけている。しかし、彼女たちは”摩耶”の対空電探で敵機の接近を確認すると、即座に近くにあったスコールの下に逃げ込んで敵機をやりすごしていたのだ。いくら索敵機の搭乗員が優秀な視力を持っていても、スコールの下に隠れている軍艦を見つけることはできなかったのである。

 

 

 こうして、全世界に衝撃を与えたフォーク海峡海戦は終結した。

 各国が受けた被害はいずれも凄まじいものであり、パンドーラ大魔法公国、アガルタ法国、トルキア王国、ニグラート連合の4ヶ国の艦隊とエモール王国の風竜騎士団、それに神聖ミリシアル帝国のカルトアルパス在泊地方隊が全滅し、ムー国の艦隊は半数以上が撃沈され、残った艦艇も無傷ではなかった。マギカライヒ共同体の艦隊は比較的軽度の被害で済んだが、それでも機甲戦列艦2隻を失う被害を受けている。ロデニウス連合王国の艦隊にしても戦艦を1隻失い(と誰もが思っているが、実は艦娘の艤装を放棄しただけなので戦線復帰に時間はかかるが大破止まりである)、無傷で済んだのはアニュンリール皇国だけであった。

 

 ……そして、グラ・バルカス帝国に宣戦布告された世界各国の、反撃が始まる……




はい、これにてフォーク海峡海戦は終了。第一護衛艦隊は、逃げ切りに成功しました。
フォーク海峡海戦におけるグラ・バルカス帝国軍の被害は、航空機260機中約70機の喪失(+それに見合う数のパイロットが未帰還)、そして戦艦「ブラックホール」大破というところです。マグドラ沖海戦の被害を合わせると、もっと増えますが。


UA52万突破、そして総合評価が、は、8,100ポイント!? 本当に、ありがとうございます!! 月並みではありますが、感謝が深すぎてこれしか言えません…

評価8をくださいましたSuzu1202様
評価10をくださいましたfaront様、higuma1976様、さたんくろーす様、へカート2様、老害おじさん様、GIOSU様、隆盛様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

全世界に大きな衝撃を与えたフォーク海峡海戦。宣戦布告された各国の中には、グラ・バルカス帝国に対する対策を考え始める国もある。一方、グ帝国内でも動きが…
次回「海戦の後の各国の動き」

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