鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
今回はフォーク海峡海戦が終わった後の各国の様子です。
中央暦1642年5月14日、ロデニウス連合王国北東部 タウイタウイ島。
第1種戦時態勢が敷かれたことで、哨戒に当たる駆逐隊や航空機の数が倍以上に増え、2年前の対パーパルディア戦争以来の厳戒態勢となったタウイタウイ泊地。そこへ、10隻以上の艦艇が入港してきた。4隻の小型艦が菱形の陣形を作り、1隻の巡洋艦クラスの艦を護衛している。しかしその巡洋艦の艦体形状はどちらかというと商船のそれに近い形であり、明らかに戦闘向きの艦艇ではなかった。そしてその5隻を、戦艦1、空母1、重巡洋艦1、軽巡洋艦1、駆逐艦2からなる艦隊が取り囲み、厳重に防御している。
それは、神聖ミリシアル帝国のほうから帰還してきた「第一護衛艦隊」、そして「第零護衛艦隊」である。フォーク海峡を突破し、グラ・バルカス帝国軍の追撃を振り切って帰還してきた「第一護衛艦隊」が、途中で「第零護衛艦隊」と合流し、戻ってきたのであった。
「第零護衛艦隊」には被害はなかったものの、「第一護衛艦隊」はグラ・バルカス帝国軍との戦いで、この世界に来て初の本格的な被害を受けている。"
だが……少なくとも、フォーク海峡海戦に参加した各国の艦隊の中で、最も激しく戦ったのは間違いなく彼女たちであろう。グラ・バルカス帝国軍航空部隊の空襲で各国艦隊の艦が次々と沈没し、全滅に追い込まれる国の艦隊もあった中、堺の指揮の下で6人は必死に戦い、空襲を軽微な損傷で潜り抜けた。"長門"は最後に敗北したものの、敵のグレードアトラスター級戦艦に大きな被害を与えた。"雪風"の雷撃による戦果を合わせて考えれば、敵のグレードアトラスター級1隻は、少なくとも半年間はドックから出られなくなると見られている。そして、敵の航空機も「第一護衛艦隊」だけで20機以上の撃墜破、「第零護衛艦隊」の"
(妖精たちがやられてしまったのは残念だが、どうにか生きて帰ってこられたか……。泊地の皆、そしてロデニウス連合王国上層部には心配をかけてしまったな……)
第一護衛艦隊旗艦「雪風」艦橋にて、堺はそう考えていた。
埠頭へと到着した艦隊は、「艦艇形態」から「艦娘形態」へと移行し、さらに「人形形態」へと姿を変えて埠頭へと上がってくる。それに合わせて、堺も"雪風"の艤装から弾き出され、埠頭へと降り立った。
そこへ駆け寄ってきた者たちがいる。
「雪風、無事だったか!」
「はい! 雪風、また生還しました!」
真っ先に駆け寄ってきたのが、
「雪風、無事で良かったです」
「ったく……心配したわよ、この馬鹿!」
続いて"
そう、彼女たちは「坊ノ岬組」の面々である。
「鹿島、貴方が無事で良かった。外務大臣と皆様の使節船としての役割もしっかり果たせたようですし、合格です」
「
その隣では、"香取"と"鹿島"が抱き合っている。何だかんだ言って、"香取"も妹のことを心配していたのだ。
「んじゃ、あたしは艦隊司令部にひとっ走り行ってくるぜ!
"
「
「いいのよ長門。無事に帰ってきてくれただけでも良かったわ」
長門型姉妹が再会を喜び合っていた。"初霜"が語ったところによれば、特に"陸奥"は「"長門"艤装放棄」の一報が入って以来ずっとやきもきしていたらしい。
無理からぬことであろう、下手をすれば"長門"自身が沈んでいたかもしれなかったのだ。そうなれば、"陸奥"はかけがえのないただ1人の姉を失っていたことになる。
(ある程度の犠牲を覚悟してはいたが……何とか艦娘たちだけは帰って来られたな。今後、前線で作戦行動に当たる艦娘たちをどうするか、それを考えておかなければ……)
そして堺は、今回の事態をかなり深刻に捉えていた。
彼は艦娘たちの提督として、艦娘たちを指揮する立場にある。つまり形式上は、彼女たちに「死ね」と命じることができるのだ。そして彼がそう命じれば、彼女たちはその命令を忠実に遂行するであろう。
自分の決断により、誰かが死ぬ。堺はこの経験をしたことはある。現にこの世界に来てから、今は亡きパーパルディア皇国の皇族レミールに対して死刑判決を下し、執行させたではないか。
だがあの時は、言って見れば「赤の他人」が相手だった。それと同じ命令を、自分を呼び慕う艦娘たちに対して出せるだろうか?
……彼には、そんなことができるとはとても思えなかった。
しかしこれから先、艦娘たちの轟沈に繋がりかねない事態が連続して発生することは、目に見えている。今後グラ・バルカス帝国艦隊と本格的にぶつかれば、彼女たちが傷付く姿はより多く見られることだろう。もしかすると、いよいよ「轟沈」の報告に接することになるかもしれない。特に、耐久力が高いとは言えない駆逐艦の艦娘たちなら尚更だ。
それに、よしんばこの戦争で轟沈が出なかったとしても、将来復活することが確定しているラヴァーナル帝国は、今のタウイタウイ泊地を超える技術を持っているのだ。轟沈が出る可能性は高い。
(戦場に絶対はあり得ない。だが…彼女たちが沈むことがないよう、最大限の手は打たねばならない。それが、提督たる俺の使命だな……)
堺も轟沈を恐れていたのである。艦娘たちの誰かが沈むかもしれない、という恐怖を感じていたのだ。
(今回は
堺は、彼自身に言い聞かせるようにそう考えた。
第一護衛艦隊、そして第零護衛艦隊を解散させ、堺は自ら帰還報告をすべく、艦隊司令部へと足を向ける。久しぶりに帰ってきた提督室、その開けっ放しになった扉を見て、彼は懐かしさを感じるとともに、自分は生きて帰ってきたのだと実感した。
開けっ放しの扉を潜ると、中で仕事をしていた3人の艦娘が、一斉に彼のほうを振り返った。"
「提督……」
「お帰りなさいませ、提督。ご無事で何よりです」
"大和"が小さく声を上げ、"大淀"が型通りの挨拶をする。堺は片手を上げて答えた。
「ああ、ただいまだ。艦娘たちは何とか全員無事に帰って来られたよ。妖精たちには戦死傷者が出てしまったが……」
「お悔やみを申し上げたいところね」
"矢矧"が沈痛な表情を浮かべた。
「それで、俺が帰ってくるまでに何か変化はあったか?」
「はい。リンスイ外務大臣以下の使節団の皆様が、既に帰国しております」
「え、もう帰ってきてるのか?」
「はい、神聖ミリシアル帝国が航空機を出してくれたそうです」
どうやら、ミリシアルなりのお詫びというところらしかった。
「あと、先進11ヶ国会議はグラ・バルカス帝国に対する非難声明と、世界全国が団結してのグラ・バルカス帝国への抵抗を採択して解散したようです。リンスイ外務大臣がそのように仰っていました。あと提督、帰国したら王宮に出頭するよう、召喚状が届いています」
「了解。ま、皆様が戻れてるなら良しとするよ」
"大淀"からの報告に堺が頷くと、続いて"矢矧"が口を開いた。
「独立第1飛行隊からの報告を元に、
「了解した。敵を知らなきゃ戦えんからな」
敵を知り己を知れば百戦危うからず、この原則は異世界でもそのまま適用できるのである。
「それでは私は、ロデニウス本土に提督のご帰還を伝えてきます。国王陛下やヤヴィン総司令官以下、多くの方が提督のご無事を気にしていますので」
「では私も、情報部に最新情報を問い合わせてくるわね」
"大淀"と"矢矧"が相次いで退室し、提督室に残されたのは堺と"大和"の2人だけになった。なお、"矢矧"は退室時に執務室の部屋のドアを閉めるのを忘れなかった。
普段、堺はドアを開けっ放しにして仕事をしている。その彼がドアを閉めている場合というのは、重要な作戦会議や来客時などに限られており、つまりはドアを閉めるだけで「入室お断り」のメッセージになるのだ。そしてもちろん、それに気付かない他の艦娘たちではない。
「提督……お、お帰りなさい」
部屋に2人きりになった途端、"大和"がゆっくりと口を開いた。
「ああ。ただいま。何とか無事に帰って来られたよ」
堺がそう言うと、"大和"がゆっくりと近寄ってきた。その目には、早くも涙が溜まっている。
「提督……ご無事で、良かったです……。もし、提督が戦死なさっていたら、私……私……!」
後はもう、声にならなかった。
胸に顔を埋めて泣きじゃくる"大和"を、堺はそっと抱き寄せる。そして彼女の耳元にささやいた。
「すまなかったな、心配をかけた。だが…俺も簡単に死ぬつもりはない」
「もう、提督……。私がどれだけ心配したか、分かってます? 罰として、慰めてもらいますからね」
「言っておくが、そんな大したことはできんぞ」
「いえいえ、大したことじゃありませんよ。今晩逃がさない、ってだけです。第二十次くらいまで付き合ってもらいます」
「おい待て貴様」
そんなことをされたら、それこそ精も根も枯れ果ててしまうことはほぼ間違いない。何せ以前の時(「パールネウス講和会議(1)」参照)ですら、えらい目に遭ったのだから。
「あ、逃げようとしても無駄ですよ。今回は提督の捜索に限り、
「ファッ!?」
堺にとっては最悪の状態であった。"武蔵"の何が不味いって、彼女が装備している「夜間迷彩」が最も不味い。
他の戦艦娘たちが日本人相応の肌色をしている中で"武蔵"だけ、日焼けでもしたかのような褐色の肌が特徴的であるが、これは史実において彼女が装備していた「夜間迷彩」が理由である。この迷彩ゆえに、彼女の肌は褐色になったのだ。
そしてこの迷彩があるために、夜陰に紛れた彼女を見つけ出すのは人間には困難なのである。索敵の8割を目視に頼っている堺にとっては、事実上相手がステルスを施しているに等しいのである。これでどうやって逃げれば良いんだ! という話だ。
そして、堺はまだ知らなかったのだが、彼女は既に新たな技術を身につけつつあったのだ。「
……ますますもって、逃げられなくなっているのである……。
(これは、明日はウコンとコルセットの世話になるかもしれん……)
そんなことを考える堺であった。
今回のフォーク海峡海戦での敗北により、先進11ヶ国会議に参加していた世界各国には凄まじい激震が走った。そして一部の聡い国家は、すぐさま報告会や対策会議を開き、今後どうすべきかを決めようとしていた。その例が、第二文明圏の列強ムー国である。
ムー国の首都オタハイトの一角に存在する重厚な雰囲気の建物……ムー統括軍総司令部において、軍の主要幹部をはじめ多くの出席者が集まる中、「フォーク海峡海戦」の報告が行われようとしていた。
この報告会には、軍の主要幹部の他、外務省幹部や技術士官のマイラス・ルクレール中佐も参加している。そして報告者として、戦闘を間近で見た戦艦「ラ・カサミ」副艦長マーベル・シットラス中佐が参加していた。彼は「本国にこの戦いの報告をしてきてもらいたい」と艦長ミニラル・スコット大佐から命令を受け、航空機でミリシアルからムー国に戻っていたのである。
世界の列強国たるムー国の誇る空母機動部隊が、手も足も出ずに壊滅的被害を受けた、との概要報告を受けているため、会議に参加する軍幹部たちの顔は一様に暗い。
たったの一国、それも文明圏外国相手に、強国連合といっても差し支えない艦隊、しかも最精鋭クラスの艦隊が壊滅的被害を負わされた。その事実はつまり、グラ・バルカス帝国があまりにも強いということを意味していた。そして、その帝国が第二文明圏に宣戦布告しているという現実がある。
今回の海戦は、グラ・バルカス帝国の圧倒的強さを世界に知らしめると共に、列強国の彼らに対する無力さが浮彫りにされた戦いだった。……そして、ロデニウス連合王国からの警告が事実だと証明された戦いでもあった。
詳細な戦闘報告書の提出は後日されるとして、今回の会議ではまず当事者からの生の意見を聞き、その後に今後の大まかな方針を決定しようとしていた。
「それでは、これより緊急会議を開催します」
司会進行係が開始を宣言する。
「既に皆様ある程度の情報を得ておいでかと思われますが、今回の戦いであるフォーク海峡海戦の概要を説明します。
先日、神聖ミリシアル帝国の港街カルトアルパスにおいて、先進11ヶ国会議が開催されました。我が国は、戦艦『ラ・カサミ』を旗艦とする空母機動部隊を外務大臣の護衛として派遣いたしました。
同会議において、グラ・バルカス帝国は全世界に対して従属を要求するという、有史以来の暴挙に出ます。そればかりではなく、各国大臣とその護衛艦隊がいる港街カルトアルパスに対し、武力攻撃を行いました。
虚を突かれた神聖ミリシアル帝国は、魔導巡洋艦8隻からなる艦隊と、空軍の航空機部隊しか戦力を集めることが出来ませんでした。そのため、主力として各国の外務大臣護衛艦隊計56隻に、神聖ミリシアル帝国の艦隊を加えた総計64隻もの艦隊で対応にあたりました。また、航空戦力として神聖ミリシアル帝国空軍の最新鋭戦闘機『エルペシオ3』42機と、『ジグラント2』『エルペシオ2』合わせて60機以上、エモール王国の風竜騎士団22騎、我が国の戦闘機『アラル』50機、それにニグラート連合のワイバーンロード48騎が出撃しました」
会議室がざわつく。
今司会が話した戦力は、海・空共にこの世界においては随一と言っても良い規模だ。海においては神聖ミリシアル帝国の魔導巡洋艦隊に、自国が派遣した16隻の機動部隊、そしてロデニウス連合王国の超大型戦艦1隻を含む艦隊など、各国の最精鋭クラスの艦隊が一同に会しているといっても過言ではない。空においても、ワイバーンロードに「アラル」、神聖ミリシアル帝国の戦闘機そしてエモール王国の風竜と、数・質ともに間違いなく世界トップクラスの陣容だ。それだけの戦力が集まったのに、グラ・バルカス帝国軍に勝てなかったというのか。
ざわつきの中、司会は話を続ける。
「結果は、我が国の『アラル』も含めて全ての航空戦力がグラ・バルカス帝国の航空機によって撃墜され……彼らの航空攻撃によって、各国の連合艦隊は壊滅的被害を受けました。その後、突然ケイル島の島影から現れたグラ・バルカス帝国の戦艦『グレードアトラスター』によって、全ての国の艦隊が全滅の危機に晒されたのですが、ロデニウス連合王国の戦艦の奮戦により、全滅だけはどうにか免れました。最終的にフォーク海峡を脱出することができたのは、我が国の巡洋艦5隻とマギカライヒ共同体の機甲戦列艦5隻、それとロデニウス連合王国の艦隊のみの模様です。
なお、ロデニウス連合王国の戦艦は『グレードアトラスター』と激しい砲撃戦を繰り広げ、最終的に敗れて撃沈されたそうです」
会議室のざわつきは、さらに大きなものとなる。
各国連合とはいえ64隻もの数を誇る最精鋭クラスの大艦隊、それがほぼ全滅してしまったというのだ。航空戦力に至っては、文字通りの全滅だという。
しかも、ムー国の戦艦よりも遥かに強力と見られるロデニウス連合王国の戦艦ですら、グラ・バルカス帝国の戦艦に敗れたという。グラ・バルカス帝国は、いったいどれほどの強さを誇るというのか。
「戦闘結果の概要については以上です。詳細な戦闘推移につきましては、戦場を生で見たシットラス副艦長にお話をお願いしたいと思います。
それではシットラス殿、よろしくお願いします」
司会進行係の言葉が止むと、戦艦「ラ・カサミ」副艦長シットラス中佐が壇上に上がった。場が静まるのを待ち、彼は重々しい声で口を開く。
「ご紹介に預かりました、戦艦『ラ・カサミ』副艦長のシットラス中佐です。これより、戦場の状況についてお話しようと思います。
戦場においてグラ・バルカス帝国の航空機の接近を探知した我々は、すぐに艦上戦闘機『アラル』を全機発艦させましたが、敵の戦闘機との性能差は歴然としており、短時間で全滅いたしました」
「な……何だと!! そこまで差があるというのか!!」
「ほぼ最新鋭機たる『アラル』が、そんなにあっさりと全滅するはずがない!!!」
会議室に大声がこだまする。なお、騒いでいる軍幹部や外務省の面々は、「知ロデニウス派」ではない面々ばかりである。
ちなみにシットラスの説明を聞いて、マイラスは(ああ、やっぱりか)と思っていた。情報分析課のトップにして「知ロデニウス派」の筆頭である彼は、ロデニウス連合王国(正確にはその傘下にいる日本)から伝えられた「地球における第二次世界大戦期の戦闘機」の性能を知っている。その情報に照らして、彼は「アラル」では性能不足であり、グラ・バルカス帝国軍と対峙すれば「アラル」は大きな被害を受けるだろうと予想していたのだ。それが見事に的中した形である。
「
司会進行が場を鎮める。
「敵の航空機は時速にして500㎞以上出ていたと推察されます。また、その旋回能力も恐るべきものがあり、技量も高く、我が国の戦闘機はまるで、我々が文明圏外国家のワイバーンを相手にするかのごときものであり、ほとんど戦闘になりませんでした。
ニグラート連合のワイバーンロードも参戦していましたが、戦果は全く上がりませんでした。神聖ミリシアル帝国の航空機でさえ、彼らの戦闘機の前に為す術が無く、バタバタと墜ちていきました」
一同は衝撃に襲われる。
神聖ミリシアル帝国の魔光呪発式空気圧縮放射エンジンを使用した高性能戦闘機「天の浮舟」でさえ、グラ・バルカス帝国の戦闘機に歯が立たなかったという。
彼らの思う強き力、信じる力が通用しない。その衝撃は、非常に大きかった。
「唯一通用していたのが、エモール王国の風竜騎士団です。ただ、彼らの風竜は数が少なく、私の見たところ、敵戦闘機とのキルレシオは1対1でした」
「さ……最強の風竜騎士がキルレシオ1対1だと!? 一騎当千と言われた風竜騎士がか?」
「はい、間違いありません」
シットラスは続ける。
「艦隊による対空戦闘も、悲惨な結果に終わっています。アガルタ法国の魔法船団は、謎に包まれていた艦隊級極大閃光魔法を使用しました。空に閃光の剣がほとばしり、その威力は凄まじかったのですが、敵機を2機撃墜した頃に魔力切れを起こし、艦隊の機能が停止したところに攻撃を受け、全滅いたしました。他国の艦隊もそれぞれ命を賭して戦っていましたが、全くと言って良いほど相手にならず、次々と轟沈していきました。神聖ミリシアル帝国の魔導巡洋艦ですら、航空攻撃により2、3隻が沈められたようです。
しかし、その中にあって奮戦していたのが、ロデニウス連合王国の艦隊です。かの国の艦隊だけは、凄まじいまでの対空戦闘能力を発揮いたしました。我が国の艦隊は、全体で5機の敵機を撃墜しましたが、ロデニウス連合王国の艦隊は6隻で30機以上の敵機を撃墜破しております。戦果で見れば、間違いなくトップクラスでしょう。それに、彼らの艦隊だけは航空攻撃をほぼ無傷で切り抜けていました。脱落艦1隻すら出すことなく、生き延びてみせたのです。
が、しかし、その彼らの戦艦ですらグラ・バルカス帝国の戦艦と戦って敗れ、被害を与える事は出来たようですが、最終的に撃沈された模様です」
技術士官マイラスの片眉が吊り上がる。シットラスは続ける。
「奴らは……奴らは強すぎるのです!! 我が国も宣戦布告されている手前、この脅威は本気で認識する必要があります!! 神聖ミリシアル帝国の艦も、我が国の艦も、そしてロデニウス連合王国の戦艦でさえも、奴らの艦隊の前に歯が立ちませんでした。我が軍部におきましては、このグラ・バルカス帝国の脅威を正確に捉え、亡国をも招きかねない事態と考えて対応に当たっていただきたく思います!」
多くの者が死んだ戦場を経験した者の生の発言は、軍幹部たちの心の奥に突き刺さる。
会議場にいた者たちは、絶望的な気分になる。……ただ一人、技術士官マイラスを除いて。
「議長! シットラス副艦長へ質問してもよろしいでしょうか?」
マイラスは、手を挙げる。
「認める」
議長の許可を得て、マイラスはシットラスに質問した。
「シットラス副艦長、今回の戦いに参加したロデニウス連合王国の艦ですが、戦艦と仰いましたね。よろしければ、グレードアトラスター級と戦ったロデニウスの戦艦の特徴を教えていただけないでしょうか」
「はい、分かりました。私の見た範囲ですが……」
シットラスの話を聞きながら、マイラスは考えていた。
(ロデニウス連合王国、いや、その傘下にいる日本は、グレードアトラスター級に酷似する戦艦「ヤマト級」を保有していたはずだ。もしや、そのヤマト級がグレードアトラスター級と戦って敗れたのだろうか? ヤマト級なら、勝てる可能性もあったはずだが……。
もしかして、ヤマト級戦艦ではないのか? ヤマト級よりも前の世代の戦艦を、ロデニウス連合王国は持ってきたのか?)
そう、マイラスはロデニウス連合王国が持ち込んだ戦艦がヤマト級ではない可能性があると考えていたのだ。故に、ロデニウスの戦艦の特徴について聞いてみようと考えたのである。
「我が国の誇る戦艦『ラ・カサミ』よりも遥かに巨大な艦体を有していました。主砲として連装砲を4基装備しており、1本の太い煙突から黒煙を噴き出しながら航行していました。ミリシアルの魔導巡洋艦には及びませんが、速力も『ラ・カサミ』より遥かに速かったと記憶しています」
シットラスの説明を聞いた瞬間、マイラスは確信した。
これはどう見てもヤマト級戦艦ではない。ヤマト級なら三連装砲を装備しているはずだし、何より「グレードアトラスター級に酷似していた」とはっきり言ってくるはずだ。おそらく、古い世代の戦艦だったのだろう。
(連装砲4基……1本煙突……。イセ級、もしくはナガト級か?)
「その戦艦ですが、艦体後部は平たくなっていましたか?」
以前タウイタウイ泊地の資料で見たイセ級戦艦の写真を思い出しながら、マイラスは追加の質問を投げた。
「いいえ、後部に平たい部分は見当たらなかったと記憶しております」
「そうですか、ありがとうございました」
マイラスは納得すると、今度は全体に向けて発言した。
「皆様、今後の国の運営について、そして対グラ・バルカス帝国戦略に関して、今回の海戦を参考データとして考慮されると思いますが、誤解により運営方法を誤ってはいけないので、ここではっきりと皆様にお伝えします」
彼は一呼吸置き、慎重に口を開いた。
「グラ・バルカス帝国と戦ったロデニウス連合王国の戦艦は、最新鋭艦ではありません」
「最新鋭艦ではない?」
「はい。シットラス副艦長のお話を伺って考える限り、グラ・バルカス帝国の戦艦と戦ったロデニウスの戦艦は、古いタイプの艦です。お話を伺った限りでは、おそらくナガト級戦艦だと考えられます」
「それは本当なのかね? もしそうなら、ロデニウス連合王国にはまだ秘めた力があるということになる。その秘めた力があれば、グラ・バルカス帝国を破れそうかね?」
「その可能性はあると小官は考えます。かの国が持つ最新鋭戦艦は『ヤマト級』と呼ばれ、グレードアトラスター級に酷似する見た目であることから、グレードアトラスター級とほぼ同等の性能を持つと考えられています。簡単にですが、我が国の最新鋭戦艦であるラ・コンゴ級もといコンゴウ級、そしてナガト級、ヤマト級の各戦艦の性能を発表させていただきたいと思います。そちらの黒板をお借りします」
議長にそう答えると、マイラスは黒板に近付き、表を書き始めた。そこに金剛型、長門型、そして大和型の性能概要が書かれていく。
「ご覧ください、これほど違うのです」
そしてマイラスが明かした概要に、出席者の面々は騒然となった。何せ長門型・大和型共に、ラ・コンゴ級ですら太刀打ちできないような怪物的性能なのである。
「ラ・コンゴ級が勝てているのは速度だけ、か……」
「はい」
ある軍幹部の呟きにマイラスがそう答えると、会議室は静寂に包まれた。
注目を集めたマイラスは、最後に自分が一番言いたかったことを述べ始める。
「以上のことから、ロデニウス連合王国の強さはお分かりいただけたかと思います。かの国なら、グラ・バルカス帝国と戦って勝てる可能性もあるでしょう。また、今回はロデニウス連合王国の空母が出てきていなかったようですが、彼らの空母に搭載された戦闘機も強力です。例えば、去年1月の我が国との演習の際に繰り出された『シデン-カイニ』なる艦上戦闘機は、時速600㎞以上を出せるとか。これなら、グラ・バルカス帝国の戦闘機にも簡単には負けないでしょう。
幸いにして我が国は、これほど頼りになる国家と軍事同盟を締結しているのです。この同盟関係を存分に活用し、我々はロデニウス連合王国と密に連携して、この脅威に立ち向かわなければならないと考えます」
その後幾つかの質疑応答を経て軍の会議は終わった。そしてムー国は、対グラ・バルカス帝国戦略においてロデニウス連合王国と密に連携を取っていく方針を決定したのである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ。
異界の大帝国、グラ・バルカス帝国の帝都ラグナにある外務省の一室で、2人の者が話をしていた。片方は机に向かって座っており、もう片方が対面して立っている。何やら報告をしているようだ。
「以上、神聖ミリシアル帝国での先進11ヶ国会議とそれに伴う戦況の報告になります」
立って報告をしているのが、外務省東部方面異界担当課長のシエリア・オウドウィン。そして彼女に対面して座っているのが、彼女の上司である異界担当部長ゲスタ・カーレポンティである。
「そうか、ご苦労だったな」
吊り上がった目、シワシワの顔……いかにも性格の悪そうな文官であるゲスタは、机の前に立つシエリアの報告を興味無さそうに聞く。そして資料をちらっと見て、彼女に質問した。
「ところで……資料によれば、捕虜は全部で114名にも上るようだが、何か各々の国の機密情報を話したか?」
「協力的な者もいますが、一切何も話さない者もいます。特に、ロデニウス連合王国の軍人は40名ほどいますが、珍しく1人たりとも自国の情報を全く語りません。優秀な軍人を持っているようです」
シエリアがそう報告すると、ゲスタはとんでもないことを言い出した。
「そうか……シエリア、情報が引き出せない捕虜は利用価値が無い。そうだな、恐怖を引き立たせるためにも公開処刑を行え、全世界に放送しろ。我が国に歯向かう愚か者どもの末路をな」
シエリアの顔が引きつる。
「ゲスタ部長! 捕虜に拷問は加えない、これが我がグラ・バルカス帝国の方針だったはず。いくら部長の命令といえど、この方針を曲げることは出来ません。まして、これは軍部の管轄です」
「この世界に早期に我が国の盤石な基盤を築く。そのためには、多少蛮族どもの国にやり方を合わせることは、問題ない。これは皇帝陛下、帝王グラ・ルークス様のお言葉だ。それに、私が言えば、軍部も動くよ」
「しかし、それでは蛮族と同じ土俵に立つことになります。我が栄えあるグラ・バルカス帝国がそのようなことをすべきではありません!」
真っ向から言い返すシエリア、しかしゲスタは歯牙にもかけない。
「分かっていないな、シエリア。お前は目の前の小さな正義にこだわり、大局を見失っていないか? 帝王グラ・ルークス様は、帝国の未来を盤石にしたいのだ」
「それは、これまでの方法でも達成することができます。それと捕虜を処刑することに、何の関係があるのでしょうか?」
シエリアは、興奮してまくしたてる。
「落ち着け、お前ほどの者が取り乱すな。これだから女は……と言われるぞ」
シエリアは黙る。ゲスタは続ける。
「軍部では、脅威は神聖ミリシアル帝国のみであり、他の国はさしたる脅威ではないとの論調が広がっている。だが、皇帝陛下は違った見方をしていらっしゃるのだ」
「と仰いますと?」
「皇帝陛下は、神聖ミリシアル帝国はさしたる脅威と感じておられない。これは、彼らが我が方から見て別種の文明、魔法文明に起因する国家であるということもあるが、あくまで過去の超文明の解析のみにより、成り上がっているからだ。自国のみでの基礎技術を持ち合わせていない。
しかし、第二文明圏の列強国ムーは、我々と同じ科学機械文明、しかもこの国はただの一国のみで、車、鉄道、そして飛行機を発明している。この意味は分かるか?」
「全発明をただの一国で成したのであれば、驚異的な技術者集団、技術国家と思われます」
「そうだ。そして、かの国と我が国の技術レベルは、現時点でおそらく50年くらいの差がある。だが、下手に戦闘を長引かせると、敵はどんどんと強くなっていく。早期に支配下に置く必要のある国だ」
ゲスタは続ける。
「そして皇帝陛下は、ロデニウス連合王国について特に懸念されておられる。今回の海戦では、ロデニウス連合王国はヘルクレス級に酷似した戦艦を投入し、また近接信管を使用してきた。それにより、我が国の戦艦は大きな被害を受け、航空隊の被害も予想以上のものになっている。つまり、ロデニウス連合王国は我が軍に匹敵する軍を持っている可能性が出てきたのだ。
ゆえに皇帝陛下はこの二国を脅威とみなしておられ、早期に攻略することを望んでおられるのだ。軍部では、まずムーから落とす作戦が現在立案中だそうだ。
文明圏国家や列強国は強い、という現像がこの世界の共通認識だが、神聖ミリシアル帝国さえいれば大丈夫、列強ムーならば大丈夫、といった認識を早期に打ち崩し、敵対国家は徹底的に破壊されるのだということを、世界に知らしめることが必要だ。そして決心のゆらぐ国家を早期に列強国から離反させるためにも、帝国は強い、そして脅威的であるということを世界に知らしめる必要がある。
今後、捕虜が発生した場合、一々取り調べを行う事は非効率であり、情報が引き出せないと判断したらすぐに殺される。しかし、協力的な者達は生き長らえることが約束される。そんな共通認識を持たせた方が良いと判断したため、今回は見せしめも兼ねて処刑することとする。
これは、早期決着の手段のためであれば、蛮行すらも認めるという皇帝陛下の強い意志の現れだ。これは、すべて帝国臣民の未来のためなのだ」
シエリアは黙り込む。
「シエリア、お前は若い。自らの正義に反すると思っているのだろう。しかし、お前は帝国の将来を左右する外務省の外交官、しかも課長クラスだ。仕事に私情を挟むな。
決定事項だ。協力しない捕虜は公開処刑しろ」
「はい……分かりました」
シエリアは力なく答えるのだった。そしてその様子を見て、ゲスタはそっとほくそ笑んだ。
(フン……これだから女は御しやすい)
ちなみにだが、皆様はこんな言葉をご存知だろうか? 「狂人の真似とて大通りを走らば、即ち狂人なり」。
この言葉をそのままゲスタに叩き付けてやりたいと思うのは、うp主だけだろうか……
その頃、帝国情報局。
技術部の職員ナグアノの元には、フォーク海峡海戦の推移や結果、「ブラックホール」乗員からの聞き取り等のデータが届けられていた。どうやら彼の部署に分析させたほうが良い、という判断があったらしい。
海戦そのものは、およそナグアノの予想通りに推移したようだった。……ただ1点、ロデニウス連合王国絡みの部分を除いては。
「嘘だろ……。こんなに似てるのかよ……」
自身の席で事務机の上に資料を広げ、その中に添付された、ロデニウス連合王国の軍艦が撮影された写真を見て驚愕するナグアノ。
それは、戦艦「長門」を撮影したものである。電子装置や対空機銃、高角砲などに違いがあるようだが、大まかな形状はヘルクレス級戦艦そっくりである。ナグアノ自身、一瞬見間違えたほどだ。
「ああ、それか。俺も初めて見た時は驚いたよ。全体形状から武装配置から、こんなに似てるなんてな。むしろ情報漏洩を疑うレベルだ。
上層部はどうやら、情報漏洩があったと判断したらしい。近いうちに、この世界に転移してから軍部や政府その他公的機関に採用された人の身辺調査等を行うそうだ」
隣席の同僚が話しかけてきた。
「やはりか……。俺たちは転移の1年前に採用されたから、ギリギリセーフってところか?」
「まあな。だが、一応は気を付けとくべきだろ」
「そうだな。ありがとな」
と、ここで緊急会議の時間が迫ってきた。最近の帝国情報局は情報漏洩やスパイ潜入の可能性を疑って、何度も緊急会議を繰り返している。
「む、もうこんな時間か。すまん、会議があるんで失礼する」
後でまた分析しようと、ナグアノは資料を自分の机の引き出しに放り込んで、急いで出て行った。
「何だこりゃ……」
その日の夕方、ナグアノはまだフォーク海峡海戦の資料に取り組んでいた。緊急会議だの何だの予定が重なってしまったこともあるのだが……それ以上に、資料に不明な点があったのだ。
「ブラックホールが喰らった魚雷は、水柱の数と衝撃から考えて1本程度……。なのになんで、艦首が完全に食いちぎられるなんて大被害を受けたんだ……?」
そう、不明なのは「ブラックホール」被雷の辺りである。
(周囲にいた駆逐艦の報告からみても、潜水艦がいた可能性は低い。というか、この世界の連中が潜水艦を持ってるとは考えにくい。
となると……やはり、考えられるのは敵の駆逐艦だ。この資料に載っている、「ブラックホール」に突撃してきた敵の駆逐艦……距離6,000メートルで反転したそうだが、この時に魚雷を撃ったと考えるべきか?)
資料には、駆逐艦が反転してから約4分後に魚雷が命中したとある。
(んじゃ、ちょっと計算してみるか。4分で6,000メートル走ろうと思ったら、どのくらいの速度が必要だ?)
そして弾き出された計算結果に、ナグアノは愕然とした。
「バカな……!? ら、雷速48ノットだと!?」
そう、計算の結果は、「魚雷の速度がおよそ48ノットないと無理」ということになったのだ。
「そんなバカな! 我が軍が使用している魚雷でも、雷速は40ノットなんだぞ!? どうやったら48ノットなんて数字が出せるんだ!?」
グラ・バルカス帝国海軍が使用している魚雷は、太さ53㎝の空気式魚雷……つまり、圧縮空気を酸化剤として使用している魚雷である。その雷速は40ノットであった。
しかも、グラ・バルカス帝国では「魚雷の性能はこれで十分」と考えられていたのである(逆に言うと、史実日本のような61㎝魚雷は考え付かなかった)。
「しかも我が軍の魚雷では、グレードアトラスター級の艦首を食いちぎろうと思ったら、必ず複数命中させなきゃならんだろう。1本だけで艦首を食いちぎるなんて無理だ! どうやったら……どうやったら、そんな大それたことができる!?」
その上、空気式魚雷では1本だけでグレードアトラスター級の艦首をもぎ取るなんて芸当はできない、ということも判明したのである。
(こりゃあ、ロデニウス連合王国はとんでもないものを実用化しているのかもしれん。知り合いに最新兵器について詳しい奴がいるから、明日にでも聞いてみるか……)
その翌日、昼。
ナグアノは昼食がてら、己の部署とは違う部署の部屋を訪れていた。そこは「先進技術実験室」と呼ばれる部署である。
この部署は、グラ・バルカス帝国軍が使用する兵器の開発・研究に携わる部署である。そのため必然的に、最優秀クラスの人材ばかりが配属されている。
「久しぶりだな、カンダル!」
「おお、誰かと思ったらナグアノじゃないか! 仕事はどうだ?」
ナグアノが声をかけたのは、まだ20代後半くらいと見られる眼鏡をかけた優男風の男性であった。彼の名はカンダル、この先進技術実験室に配属されている第1級技師である。
「こっちはぼちぼちだな。この世界には魔法なんてものがあるとはいえ、技術的には我が国より圧倒的に格下ばかりだ。ただ……気になる国家があってな」
「ほう、そうなのか? こっちは、新型の戦車の走行試験に入ろうかってところだ。2号戦車シリーズなんだが……我が国初の重戦車だ。よほど手強い国家が敵に回った時に、陸上決戦兵器として役立つだろうぜ」
「そうか、そりゃ頼りになりそうだな!
それはそうとして、今日はちょっと聞きたいことがあって来たんだ。海軍の兵器なんだがな」
「海軍ね、了解。ま、その辺の席空いてるから、適当に座ってくれや。飯でも食いながら聞こうじゃないか」
そして適当な席に座ったナグアノは、昼食(購買で買ったパン)を机に置いて持ってきた鞄から書類を取り出した。
「で、聞きたいことって何だ?」
カンダルが弁当を開きながら尋ねる。
「うん、まずお前はロデニウス連合王国って国、聞いたことはあるか?」
「ロデニウス? ああ、聞いたことがある。オリオン級くらいは持ってるんだってな」
「そう。で、先日の先進11ヶ国会議…あの会議にロデニウス連合王国も出席してたんだが、護衛にヘルクレス級戦艦を連れてやがった」
「なんだと!?」
カンダルの目が見開かれた。
「それは間違いないのか?」
「間違いない。ほら、これ見てみな」
パンを齧りながら、ナグアノはカンダルに書類を手渡す。フォーク海峡海戦の結果をまとめたものだ。
「んー……? こ、こいつは……! マジかよ、ヘルクレス級そっくりじゃん!」
「だろ? ま、これは一旦置くとしてだ、ここからが本題。我が国の戦艦ブラックホールは、こいつと戦った。勝つには勝ったんだが……勝って油断した直後に、魚雷を喰らったらしい。次のページあたりにその記述がある」
「魚雷? まさか、ロデニウスが魚雷なんぞ持ってるってのか?」
「どうもそうじゃないかってことになったんだが……不可解なところがあるんだ。続きを見てくれ」
そして2分ばかりかけて資料を読んだカンダルは、頷いた。
「なるほど……魚雷を喰らったのは確かだが、どこから撃たれたか分からん、と?」
「ああ。潜水艦とも思えないしな。今のところ、敵の駆逐艦から魚雷を撃たれたんだ……と俺は思ってる。でも、それでもおかしいんだ。例えば、これ」
ナグアノは、報告書の一箇所を指差した。
「敵駆逐艦は、ブラックホールから6,000メートル離れたところで反転した。そして、反転から約4分後に魚雷が命中している。
駆逐艦が反転した時に魚雷を撃ったとすれば、6,000メートルを4分で走るには速度が48ノットくらいないと駄目なんだ。魚雷でそんな速度出せるのかと思ってな」
「なるほどね……」
おかずを口の中に放り込みながら、カンダルは頷いた。
「そこでお前の意見を聞きたい。魚雷が48ノットもの速度を出そうと思ったら、お前ならどうする?」
「そうだなー……」
おかずを飲み込んだカンダルが、口を開く。
「普通に考えれば、例えば水中抵抗を減らすとかだな。あと、スクリューに流れ込む空気の量を増やして、タンクを大型化する」
「でもそれだと、射程距離が短くなったり威力が落ちたりして効率が悪いんじゃないか? 今の魚雷の仕様が決定した時、そんな議論があったって聞いたぜ」
「そうなんだ。正直どれも、技術的には可能っちゃ可能なんだけど……これで48ノットも出すのは難しそうだ。となると、他の手……」
そこまで言った時、不意にカンダルの目が真円まで見開かれた。彼の手に持ったフォークが、指の間から滑り落ちてカチャリと音を立てた。
「まさか……! いや、あり得るかもしれん……!」
「どうした?」
様子の豹変ぶりに気付いたナグアノが問うと、カンダルは震え声で呟くように言った。
「まさか……もしかして、酸素推進型魚雷か?」
「何っ!?」
カンダルが呟いた「酸素推進型魚雷」という言葉に、ナグアノも仰天した。
酸素推進型魚雷。それは、グラ・バルカス帝国の先進技術実験室が開発しようとして研究に失敗した、酸素魚雷のことである。開発に成功すれば、凄まじい性能を持つ魚雷になると見られていたが……酸素の扱いが非常に難しく、何度も事故を繰り返した末に結局開発中止になったものだった。
なお、第二次大戦当時の地球の先進列強国においても、酸素魚雷自体は計画されていたのだが、酸素の扱いの難しさ故にアメリカ、イギリス、フランス、ドイツと如何なる国も開発に失敗して撤退した。……ただ一国、大日本帝国を除いて。
「それって確か、お前らが研究してた兵器だろ!? 長射程、高速、大威力、無航跡とかいうとんでも性能を獲得できる、夢の魚雷になるって……!」
「ああ。ただ、理論上はそうなったが、酸素の扱いがあまりにも難しすぎたんだ。どうやっても上手くいかず、暴発の危険すらあった。先進技術実験室でもさんざん苦労した末に、開発不能とみなされて放棄されたんだが……まさか、ロデニウス連合王国はそんな代物を実用化しているんじゃないか? 可能性はあり得る」
そう言うと、カンダルは報告書を指差しながら説明し始めた。
「酸素推進型魚雷は、構想としては少なくとも40ノット以上の高速を出せると考えられていた。48ノットという数字も、出せなくはないだろう。それに、我が軍の今の魚雷でも射程距離は数千メートルあるんだ、酸素推進型魚雷なら6千メートルごとき、楽々だろう。構想では、有効射程が1万メートルに達する筈だったんだし。
それに、この写真」
と、今度はカンダルの人差し指が1枚の写真を示した。大破した「ブラックホール」の艦首を撮影したものだ。
「空気式魚雷では、ざっと計算して5本くらい、最低でも3本はまとめてぶつけないと、こんな大それたことはできん。だが酸素推進型魚雷なら、1本でもグレードアトラスター級の艦首を吹き飛ばせる可能性がある。
最後に……ブラックホールの乗員たちは、魚雷が命中するその瞬間まで、誰も魚雷に気付かなかったんじゃないか? 報告書にも『いきなり喰らった』って書いてあるし。この日のフォーク海峡は海戦日和のべた凪だった筈なのに、何故誰も魚雷の雷跡に気付かなかったんだ?」
「!!!」
理路整然と説明され、ナグアノにも衝撃が走る。
「それはつまり、雷跡がなかったから……と考えれば説明がつく。そして無航跡の魚雷なんて、空気推進型魚雷には不可能だ。考えられるなら、酸素推進型しかない」
「………」
あまりにも筋の通ったカンダルの説明により、ナグアノも今度こそ言葉を失った。
世界で最も優れた技術を持つ帝国の先進技術実験室。そこですら実用化できなかった「酸素推進型魚雷」を、ロデニウス連合王国が持っているかもしれない。それは、ナグアノにとって衝撃でしかなかった。
グラ・バルカス帝国が実用化できなかったものをロデニウス連合王国が持っているとなると、ロデニウス連合王国の技術はグラ・バルカス帝国に並ぶか……最悪の場合、超えているかもしれない。
(これは、何としてでも上申しなければ……!)
ナグアノは、それだけを考えていた。
ロデニウス連合王国としても、今回の件についてはしっかり取り扱わなくてはなりませんね。ムー国は、ロデニウス連合王国との同盟を最大限活用することになったようです。
そしてグ帝ですが…「敵がまさかの酸素魚雷を実用化している可能性がある」という推論が出てきました。自国が開発を放棄したものを相手が持っている……これまで自国のほうが優れているという経験しかしていないかの国にとっては、初めてのことです。さて、どうする…?
UAが53万に迫り、お気に入り登録2,100件突破! 毎度、本当にありがとうございます…!!
評価8をくださいました明日をユメミル様
評価9をくださいました空深 様、雲雨様、ゆきなりα様
評価10をくださいました凰霧様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
フォーク海峡海戦で世界の強国による連合艦隊に勝利を収めたグラ・バルカス帝国。しかし、思いがけない被害を受けてしまったこともまた事実だった。帝都ラグナでは、今回の戦いについての分析が行われていた…
次回「グラ・バルカス帝国の衝撃」