鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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I'm back(戻ったぞ)

お待たせしました、ゆっくりとですが更新を再開致します。……また一時停止して考えることがあるかもしれませんが、どうかご容赦願います。



125. ヤゴウの奮闘と"釧路"の絶望

 中央暦1642年8月16日、神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス 帝国外務省。

 戦時下に突入したものの、ルーンポリスにおける人の往来は依然として変わらない。今日も多くの人々や魔導車両、そして鉄道車輌が、ルーンポリスの大通りを行き交っている。そのルーンポリスの一角に設置された帝国外務省を、エルフ族の男性が1人訪れていた。

 ロデニウス連合王国の外交官の1人、カーイス・ヤゴウである。何をしようとしているのかというと、外交交渉であった。

 (さかのぼ)ることおよそ4ヶ月前、4月22日から始まった「先進11ヶ国会議」において、グラ・バルカス帝国は全世界に対して宣戦を布告した。その対象国には当然のことながら、神聖ミリシアル帝国も含まれている。

 また、神聖ミリシアル帝国が情報を重視していることについては、ヤゴウも知っていた。そこで彼は、グラ・バルカス帝国への対抗のためにロデニウス・ミリシアルの両国の協同体制を築こうと、(おう)(めい)を受けてミリシアルへ渡ったのだ。そして、グラ・バルカス帝国に関してロデニウス連合王国が掴んでいる情報を引き渡すのと引き換えに、「あるもの」をミリシアル側に要求しようとしていた。

 

 外務省のフロントで用件を伝えたヤゴウは、応接室に案内された。ソファーに座って待つこと5分、応接室のドアが開き、女性が1人入ってくる。ヤゴウはその女性を知っていた。かつて国交開設のためにロデニウス連合王国を訪れてきた神聖ミリシアル帝国の外交官、フィアームだ。

 ソファーから立ち上がり、ヤゴウは(てい)(ねい)に頭を下げる。

 

「フィアーム殿、お久しぶりでございます。今回は急な訪問にも関わらずご対応いただき、感謝の念に堪えません」

「いえいえヤゴウ殿、そう畏まらずに。何か、至急の案件があっての訪問と拝察しますが、今回は如何なさったのですか?」

 

 そう言いながら、フィアームもソファーに腰を下ろす。帝国の名産品の紅茶が淹れられ、2人の前に置かれると、会談が始まった。

 

「現在、我が国も貴国もグラ・バルカス帝国から宣戦を布告されています。フォーク海峡海戦の結果を見てもお分かりいただけると思いますが、グラ・バルカス帝国は非常に強大な軍隊を保有していると見られ、その脅威は尋常のものではない……と、我が国では考えられています。また我が国においては、軍事同盟を締結しているムー国はもちろんですが、貴国、神聖ミリシアル帝国とも協力体制を築き、一致団結してグラ・バルカス帝国に立ち向かわなければならないという意見が大勢を占め、陛下もそれを(りょう)とされました」

 

 ヤゴウの説明を、フィアームは黙って聴いている。

 

「そこで、貴国には2つのことをお願いしたいのです。

1つめは、今後激化するであろう対グラ・バルカス帝国戦に備え、協力体制をお願いしたい、ということです。ここでいう『協力体制』とは、兵力の派遣による協同作戦はもちろんですが、その他にも後方の(へい)(たん)線の構築なども含みます。

そして2つめが……」

 

 ヤゴウは一旦言葉を切ると、まるで重大な秘密を打ち明けるかのような口調で続きを言った。フィアームも身構えるような様子を見せている。

 

「貴国の制空戦闘機……失礼しました、貴国では『制空戦闘型天の(うき)(ふね)』と呼称しておりますね、その天の浮舟のエンジンを、我が国にも少数で良いので提供していただきたい、ということです」

 

 その瞬間、フィアームの眼光が鋭さを増した。

 天の浮舟は、神聖ミリシアル帝国が誇る技術の結晶(正確には、「古の魔法帝国の遺品を解析して作った」とは名ばかりの、丸パクリによるモンキーモデル製造だが)だ。特にエンジンなど、機密の(かたまり)である。それを()()せ、とヤゴウは言っているのだ。

 

「では、仮に我が国が貴国の要請を2つとも受け入れたとして、我が国が得られるメリットは何ですか?」

 

 フィアームはヤゴウに質問を投げる。

 これは外交交渉であると同時にある種のビジネスでもあるのだ。互いに得になるようなことでなければ、受け入れるのは無理だろう。

 フィアームのこの質問に対し、ヤゴウはゆっくりと答えた。

 

「貴国は、かねてから情報を重視している、と伺っております。情報の重要さにつきましては、我が国もその価値を認めるところであります。

そこで、我が国独自のルートで入手した情報と、そこから推測したグラ・バルカス帝国の兵器の性能データ、そして必要とあらばそれに対抗するための兵器の情報を、設計図ごと提供したいと思っております」

「それはそれは……」

 

 少し上体を()()らせ、目を見開いて驚いているような仕草をフィアームは見せた。

 実際、彼女もこれには意表を突かれたのだ。まさかロデニウス連合王国がこんな交換条件を持ち出してくるとは、考えてもいなかったのである。

 情報を重視している神聖ミリシアル帝国としては、これは大きなチャンスだ。もしこの場に情報局長アルネウスがいたら、ヤゴウからの要請を直ちに全て呑むようフィアームに迫ったに違いない。

 だが、解決しておかねばならない疑問があった。

 

「グラ・バルカス帝国の兵器の性能の予測データがある、とのことですが、そのデータの信頼性は高いのですか?」

「そこにつきましては、我が国の名誉に()けて保証いたします。詳細な数字まで推測するのは難しい部分もありますが、それでも(おお)(すじ)での情報の正確さには自信があります」

「ふむ……()(よう)でございますか」

 

 フィアームとしては、この質問でヤゴウに揺さぶりをかけるつもりだった。もし仮にデータに自信がないのなら、この質問をすれば何らかの形で尻尾を出すはずである。

 ところが、ヤゴウはそれに堂々とした様子で答えた。それどころか、「自国の名誉に賭けて」とまで言ったのだ。となると、ロデニウス連合王国には相当に確度の高い裏付けがあるらしい。フィアームはそう考えた。

 ちなみにであるが、ロデニウス連合王国が推測したグラ・バルカス帝国の兵器の性能推測データについては、相当に正確なものがある。何しろ「タウイタウイ泊地」という、科学技術兵器のスペシャリストをかき集めた頭脳(ブレーン)が存在しているのだから。

 

「お話はよく分かりました。我が国としても、貴国が世界連合に参加できない可能性が高いというのは(いささ)か残念に思っていたのです。貴国は素晴らしい軍隊をお持ちですから」

 

 必死で考えをまとめながら、フィアームは返事した。

 ヤゴウからの提案は魅力のあるものであるが、軽々に飛びつくことはできない。足元を見られる可能性があるからだ。

 

「その貴国からの()(たび)の提案は、興味深いものです。受け入れの是非については慎重に検討する必要があります。少し、お時間をいただきたい」

「承知いたしました。では、良いお返事をお待ちしております」

 

 そう言ってヤゴウが頭を下げたのを最後に、会談は終了した。

 

 

 その翌日、フィアームから報告を受けた外務省統括官リアージュは、早速(こう)(ぜん)会議にこの件を持ち込んだ。

 

「……という次第であります。本件について、皆様は如何(いかが)お考えか、意見をお願いします」

 

 説明を終えてリアージュが着席すると、真っ先に情報局長アルネウス・フリーマンが手を挙げた。

 

「情報局としては、今回のロデニウス連合王国からの要請は受け入れるべきだと考えます。

我が情報局もグラ・バルカス帝国についていろいろと手を尽くして調べておりますが、あの国はどうやら秘密主義であるらしく、残念ながら調査は()()として進んでおりません。

そこに、敵が使用している兵器の性能が分かるというのです。情報を重視する我が国の性格に照らしても、これは是非とも受けておくべきであると思います」

 

 だがそこへ、国防省長官アグラ・ブリンストンが反対意見を唱えた。

 

「だが、ロデニウス連合王国はその代わりとして、我が国の制空戦闘型天の浮舟のエンジンを寄越せと言っているのだろう?

()(こう)(じゅ)(はつ)式空気圧縮放射エンジンは、我が国でも開発に苦労した(しろ)(もの)だ。それを引き渡せと言われても、無理だ。何故なら、エンジンを渡してしまえばロデニウスにあっさり仕組みを解析されてしまうだろうからだ。そうなれば、我が国としても軍事技術を明かすことになってしまいます!」

 

 するとアルネウスは、あっさりと代案を示した。

 

「ふむ……では、このようにしては如何でしょう?

確かにロデニウス連合王国は、制空戦闘型天の浮舟のエンジンを寄越せと言ってきました。しかし、『最新型の』エンジンを寄越せ、とは言っていません。

古いバージョンを渡せばよろしいのでは?」

「ううむ……」

 

 反論を思いつかず、アグラは黙り込んだ。その時、

 

「余はロデニウスに対するエンジンの供与、賛成する」

 

 意外なところから声が上がった。声の主はミリシアル8世……他ならぬ皇帝である。

 

「敵を知ることは、国家を運営する上では非常に重要なことだ。グラ・バルカス帝国……我々はあの国について未だに知らないことが多すぎる。これは事態としては好ましくない。

だが、そこに希望が現れた訳だ。ロデニウス連合王国は、天の浮舟のエンジンを渡してくれれば、代価としてグラ・バルカス帝国の兵器の情報を教えてくれる、というのだろう?

アグラが指摘した通り、情報流出のリスクはある。だがリスクを恐れてばかりでは何もできん。この際、天の浮舟のエンジンをロデニウスに渡してでも、謎多き国グラ・バルカス帝国のベールを()がすべきだと余は考えるぞ」

 

 皇帝の意見に反対できる者は、そうそういない。ここに、神聖ミリシアル帝国の意志はほぼ決定した。

 

 

 その後、数日間の交渉を経て、最終的にロデニウス連合王国と神聖ミリシアル帝国は、以下の取引を行うことを決定したのである。

 

・ロデニウス連合王国は、現在把握しているグラ・バルカス帝国の兵器や本土の位置についての詳細情報を、神聖ミリシアル帝国に提供する。

・神聖ミリシアル帝国はその見返りとして、制空戦闘型天の浮舟「エルペシオ1」のエンジン2基と「エルペシオ2」のエンジン1基、それに戦闘爆撃型天の浮舟「ジグラント1」のエンジン1基を提供する。

 

神聖ミリシアル帝国にとっても、これまで(公式的には)秘密にしていた自国の兵器を他国に輸出する、という初めての試みであった。

 

 

 ロデニウス連合王国からもたらされた情報は、(さっ)(そく)帝国情報局に運び込まれ、同国の情報分析を職務とする情報局第6課が、その分析に当たることとなった。なったのだが……

 

(何だこれは……!?)

 

 第6課課長ライドルカ・オリフェントは、予想されるグラ・バルカス帝国の兵器の性能データを見て、()いた口が(ふさ)がらなくなった。

 まず、グラ・バルカス帝国軍の規模であるが……戦闘艦艇だけで700隻以上にのぼる、というのだ。それも、戦艦30隻以上、航空母艦50隻以上、巡洋艦は大小合わせて100隻に達すると見られ、駆逐艦と呼ばれる小型船に至っては500隻をゆうに超える数が配備されている、とロデニウスでは推測しているそうである。証拠として航空写真まで付けてあった。

 

(これ、グラ・バルカス帝国の本土で撮った写真だよな? こんなものどうやって撮影したんだ!?)

 

 そちらにも腰を抜かしそうになったライドルカであるが、気を取り直して彼は分析を続けた。

 戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、航空機の性能予測から、「戦車」なる陸戦兵器の性能予想、銃の性能予想……いずれも詳しく書かれている。どうやってここまで詳しい数字を出したんだ、と言いたい気分にライドルカは駆られた。

 (こと)に彼が驚いたのが、戦闘機の性能である。最高時速は概算で550㎞前後、それに加えて旋回性能や加速性能、武装、エンジン性能の予想値に至るまで、普通では考えられないほど詳しく予想されている。そしてそれらの予想値から、ライドルカはある可能性に思い至った。

 

(グラ・バルカス帝国の戦闘機は、「エルペシオ3」の性能すら凌いでいる可能性がある、だと……!? もしかして、フォーク海峡で第7制空戦闘団が敗れたのは、ここに原因があるのか!?)

 

 そう、今年4月のフォーク海峡海戦では、神聖ミリシアル帝国空軍が誇る最新型制空戦闘型天の浮舟「エルペシオ3」がグラ・バルカス帝国の戦闘機と交戦し、全滅するという悲劇に見舞われている。その原因については、「敵機はエルペシオ3と同等の性能だった」ことと「第7制空戦闘団の戦術ミス」だとされていたが……この性能予想値を見る限り、どうやらそうではないようである。最高速度では僅かながら「エルペシオ3」が負けているし、旋回性能も絶望的な差を示している。加速性能に至っては、比べるまでもないほど「エルペシオ3」が惨敗している。

 それらのことから、もしロデニウスの予想が正しければ、我が軍は致命的とは言わないまでも、それに近い誤認をしていることになりかねない。ライドルカは大いに危機感を抱いた。

 

 そして、ライドルカを絶望のどん底に突き落としたのが、グレードアトラスター級戦艦の性能予想である。

 

(グレードアトラスター級戦艦 主要性能予想)

全長 260〜270メートル

最大幅 約40メートル

基準排水量 約65,000トン(満載時排水量 約73,000トン)

最高速度 27〜30ノット

主砲 三連装砲3基9門、砲身長予想45口径、砲口径予想40〜46㎝

副砲 三連装2基6門、砲身長予想60口径、砲口径約15㎝

 

(よ、40〜46㎝砲だと……!?)

 

 胃がでんぐり返りをし、胃液が(のど)(もと)までせり上がってくるのをライドルカは感じた。激しい腹痛を覚え、彼は慌ててトイレへ駆け込まざるを得なかった。これが……この悪夢のような数字が夢であると信じたかった。

 トイレに(こも)ること10分、どうにか調子を整えたライドルカは再度資料を取り上げたのだが……現実は非情である、数字は1桁たりとも変わっていなかった。

 

(何てことだ……これではまた、局長の胃にストレスがかかってしまう……! だが、報告するしかないよなぁ……)

 

 常に胃痛と格闘しているアルネウスの気持ちが、ライドルカには少しだけ分かった気がした。

 ストレス(うん)(ぬん)は放置して考えると、ロデニウスのはじき出した数字が正しいと仮定すれば、グレードアトラスター級戦艦は、神聖ミリシアル帝国海軍が誇る最新鋭艦「ミスリル級魔導戦艦」ですら、足元にも及ばないような性能を持つ。排水量が5万トンをゆうに超え、主砲の砲口径が40㎝以上に達するなど、とても信じがたい性能を有しているのだ。

 しかも、それだけではなかった。

 

(しゅ、就役済2隻、さらに1隻が建造中だと……!?)

 

 そう、この鋼鉄の怪物という他ないグレードアトラスター級が、複数あることが判明してしまったのである。ロデニウスから送られた資料には、ドックで建造中らしいものを捉えた空中写真と、2隻並んで停泊するグレードアトラスター級を捉えた写真が貼り付けてあった。

 

(何てことだ……)

 

 膝から力が抜けそうになるのを、ライドルカは辛うじて(こら)えた。

 そして、そんな彼に追い打ちをかけたのが、ミリシアルでは発想すらされていない兵器である。

 

(水中自走爆弾「魚雷」……それを主兵装とし、自ら海に潜る「潜水艦」……)

 

 もう頭がパンク寸前である。だが、課長として読まない訳には行かない。

 くらくらする頭を振り、悲鳴を上げる胃をどうにか(なだ)めすかして、ライドルカは資料を読み進めた。こんなものを製造できてしまうグラ・バルカス帝国は恐ろしいものだと、改めて感じた。

 そしてそれ以上に、ライドルカにとって不気味なのがロデニウス連合王国である。グラ・バルカス帝国の謎に包まれた兵器群をここまで詳細に暴き出し、それのみならず「潜水艦」やら「魚雷」なんて兵器の存在まで知っている。何より、警戒厳重なはずの敵国の本土上空に侵入して空中写真を、それもかなりピントが合ったものを撮影してきているらしい。どうやったらこんな精細な空中写真を撮れるのか、ライドルカには見当もつかない。

 そんなことを平然とやってのけるロデニウス連合王国には、いったいどれほどの力があるのだろうか……?

 

(そしてこれは……潜水艦に対抗できる兵器か?)

 

 潜水艦の項目の続きに書いてあった「ソナー」と「爆雷」なる兵器の項目に目を付け、ライドルカは衝撃を受けすぎてぼんやりする頭を(しっ)()(げき)(れい)してそれを読み始めた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その頃、ロデニウス連合王国北東部 タウイタウイ島。

 第13艦隊の拠点となるタウイタウイ泊地、その(こう)(しょう)の会議室にて2人の女性が話をしていた。1人は桃色の髪、1人は灰黒色の髪が目立つ。

 工作艦の(かん)(むす)(あか)()”、そして軽巡洋艦の艦娘”(ゆう)(ばり)”である。先程まで魔導酸素魚雷に採用する新たな信管の話をしており、それが一区切りついて話題を変えたところだった。

 

「ところで、神聖ミリシアル帝国の技術力は分かったの?」

 

 “夕張”が”明石”に質問を投げる。

 

「うん、彼らがどうやって技術力を得てきたのかも、何となくだけど分かったわよ」

「んじゃ、説明お願い」

 

 ヤゴウの粘り強い交渉の結果奇跡的に入手できた、神聖ミリシアル帝国の魔光呪発式空気圧縮放射エンジン。それを解析していた”明石”が説明を開始する。

 

「神聖ミリシアル帝国の魔光呪発式空気圧縮放射エンジン、これは構造上多くの部分でジェットエンジンに似ているわ。エンジンの燃焼方式と材料は大きく異なるけどね。

エンジンの素材には、ジェットエンジンに使用されているような耐熱技術は無く、魔法で部材を強化することにより、熱や圧力に耐えうる素材まで昇華させているみたいよ」

 

 自分でそう言いながら、”明石”は奇妙な感覚を覚えずにはいられなかった。

 紛れもなく彼女は工作艦の艦娘であり、科学技術に(つう)(ぎょう)している。その自分が「魔法」などという、科学とは対極の存在である物に言及していることが、どうにも実感を持てなかったのである。

 

「ジェットエンジンに似ているにしては、エンジン性能がかなり悪いみたいだけど、これはどういうことなの……?」

 

 “夕張”が疑問を提起した。

 彼女は航空機関連の技術については基本的に専門外であり、詳しくはない。しかしその彼女の素人(しろうと)目にも、魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの性能が相当に悪いらしいことは一目で分かった。

 

「そう、そこなんだけど、調べてみたらバイパス比の比率がめちゃくちゃなの。

ターボファンエンジンにおいては、エンジン本体の周囲に空気を送り込む(バイパスする)ことにより、出力と効率を大幅に向上させるわ。

でも、ミリシアルのこのエンジンは、エンジン周りの構造が全く話にならないレベルで、バイパス比がてんで駄目なのよ。そのせいで、せっかくのジェットエンジンも性能の悪化が著しくなっているわ。

たぶん、発掘した技術に頼りすぎている……といったところね。部分的に構造を理解していても、何故その形になっているか、という本質的なところが理解できていないの。神聖ミリシアル帝国の技術力の底が見えるわね」

「技術の本質を理解していないってこと?」

「そうなるわね」

 

 ばっさり言い切った”明石”に、夕張は沈痛なため息を1つ吐いて、別の質問に切り替えた。

 

「じゃあ、仮に神聖ミリシアル帝国のエンジンのバイパス比を適正化したとして、そのエンジンの技術レベルはどう思う?」

「材料が魔法により強化されるから、どの程度強化できるかにもよるけど、おそらく……少なくとも、地球でいう西暦1970年代に先進国で開発されたジェットエンジンと同程度の技術はあったと思われるわ。

発掘されたエンジンや機体が最新式のものとも限らないから、古代文明はさらに高い技術レベルを持ってる可能性も当然あるけどね」

「ミリシアルの戦闘機の形については、どう思う?」

「初歩的な航空力学は、独学で持ってるんじゃないかしら。実際、戦闘機のノーズ部分や尾翼とかは、部分的に先進的だから。

それなのに、主翼の翼型だけは古臭かったりするから、自分たちなりに考えつつも遺跡を解析している……といったところかしら。ただ、もしかすると魔法に頼りすぎて、科学技術への理解が良くないのかもしれないわ」

「なるほどね……」

 

 技術屋たち(マッドエンジニアども)の考察は、その後も続けられた。

 なお、彼女たちはここでミリシアルをかなりディスっているが、事実である以上これ以上の表現が見つからないのである。世界最強とはいったい。

 

 

 そしてこの後、この魔光呪発式空気圧縮放射エンジンのデータは、計算のためタウイタウイ工廠の別の部屋に運び込まれたのだが、

 

「何これ……ウソでしょ……」

 

 計算に当たった改(まい)(づる)型移動工廠艦の艦娘”(くし)()”が、完全に頭を抱えてしまっていた。もし彼女が椅子に座っていなければ、彼女は膝から床に崩れ落ちてしまっていただろう。

 彼女の目の前には、散々な結果が数字となって表れている。

 

(え、エンジン出力が、元のエンジンの「推定コア出力」の、たった1割にも満たない……!?)

 

 あまりに信じがたいとんでもない性能を前に、”釧路”は絶望しきっていた。

 

(いったい何をどう弄ったら、こんなことになるの……)

 

 世の中の兵器には「モンキーモデル」や「デッドコピー」等と呼ばれる代物が存在することを、彼女は知っている。だが、これは「モンキーモデル」「デッドコピー」と言い張るにしても、あまりにもひどかった。何をどうしたら、オリジナルのエンジンより出力が9割以上も低下するのだろうか? ……一周回って全くの謎である。

 

 何が起きていたのかを説明すると、それはこういうことであった。

 “明石”と妖精たちが測定した、魔光呪発式空気圧縮放射エンジンのデータ。これを元にして彼女は計算を行い、現在の神聖ミリシアル帝国の技術力とラヴァーナル帝国の技術力を調べようとしたのだ。ところが、あまりに予想の斜め上を行くぶっ飛んだ数字が出てきてしまったのである。もちろん、()()()()()ぶっ飛んだ数字であった。

 エンジンの性能試験を行った結果得られたのは、「出力が恐ろしく低く、機体形状にもよるが最高速度にして時速400㎞前後しか出せない」という、ジェットエンジンにあるまじき低性能だったのだ。「(さん)(ぱい)」以外の表現が見つからないほど、ひどい数字だったのである。彼女自身、計算を間違えたかと思ったほどだ。

 流石の”釧路”も、この結果には呆気(あっけ)に取られてしまった。そこで彼女は、慌てて”明石”にエンジンの実物を見せるよう要求すると共に、改めて堺自身や”雪風”からフォーク海峡海戦時のデータを得て、神聖ミリシアル帝国の戦闘機の性能を調べようとした。

 

 で、全てのデータを揃えてそれらを解釈した彼女は、机に倒れ伏しながらただ一言、言った。「これはひどい……」と。

 

 まず彼女は、魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの外見的特徴を観察によって把握した後、分解して内部構造を調べた。そしてすぐに、大変な特徴を見つけ出したのである。

 

(これ、戦闘機用のエンジンなのよね? ……なんで高バイパス比ターボファンエンジンなんか使ってるの!? ()鹿()なの!? 死ぬの!?)

 

 そう、まずこの魔光呪発式空気圧縮放射エンジン、そもそも戦闘機向けの代物()()()()()()のである。

 その魔光呪発式空気圧縮放射エンジンは、いわば高バイパス比ターボファンエンジンであり、()()()()使()()()()代物であった。どう()()いても、戦闘機に使って良いエンジンではない。

 そんな高バイパス比ターボファンエンジンを、神聖ミリシアル帝国は戦闘機に載せていたのだ。しかも、エンジンがそのままの状態では戦闘機のスマートな胴体に収まらないため、ターボファンの外周を短くぶった切って無理やり小型化してしまっている。これではどうしようもない。

 これを設計したのはどこの誰だ、基礎物理も流体力学も学んでいない子供かド素人が、寝ぼけながら設計したんじゃないのか……”釧路”は、ミリシアル側に1時間は問い詰めたくなった。

 

 肝心のエンジンの構造もひどいもので、ターボファンの回転数がかなり低く設定されている。しかも流体力学測定を行ったところ、このエンジンに流れ込む気流は推力の発生よりもコアの冷却を意識したものになっていたのだ。これでは速度など出るはずがない。

 後に判明したのだが、少なくともターボファンの回転数については仕方のない理由があった。このエンジンの燃料となるのは「高純度赤発魔石(液状魔石)」であり、これに対して爆発魔法の高速自動連続詠唱を行うことで推力を得ている。しかし、あまり高速でファンを回転させる(あまり高速で爆発魔法を連続詠唱する)と、魔石の燃えかす(つまり灰)に含まれるシリカ成分が溶け出してしまい、それがエンジンに固着して可動部分を破壊してしまうのである。

 

(燃料については仕方ないとしても……これはもうちょっとどうにかならないの……?)

 

 頭を抱える”釧路”であった。

 しかしそこで、彼女は考えた。「いやいや、これは古いモデルのエンジンなんだ。いくら神聖ミリシアル帝国だって、さすがに最新型エンジンは供給してくれないはず。最新型のエンジンなら、もっとましな性能のはずだ……」と。

 そこで彼女は、ミリシアルの戦闘機の性能からエンジン出力を推測しようとした。そのデータとなったのは、フォーク海峡海戦で見られたミリシアルの戦闘機……「エルペシオ3」の推定性能や外見データである。”雪風”はじめ各艦の見張員妖精たちが目撃し、そのうち一部は写真撮影までしてくれていたため、それらのデータを利用したのだ。

 ……が、初っ端からもう嫌な予感しかしない情報が出てきた。

 

「神聖ミリシアル帝国の戦闘機の性能か? ……そう、実は俺もそれを気にしてたんだ。

ミリシアルの戦闘機はその推進方式から、おそらくジェット機だとみられる。だが、時速530㎞しか出ていないのはいくら何でもおかしい。(れい)(めい)()のジェット機といえば、代表例は我が艦隊に配備された(きっ)()改や(ふん)(しき)(けい)(うん)改だ。だが、こうした連中でも時速650㎞〜700㎞前後は出せるはずだ、時速500㎞台しか出せないジェット機なんておかしすぎる。

さらに付け加えると、ミリシアルの戦闘機は水平尾翼が後退翼でノーズも明らかに超音速を意識した形状なのに、主翼はテーパー翼だったんだ。あまりにもチグハグだ。どういうことなんだろうな?」

 

 堺のこの発言を聞いた”釧路”は、頭痛を覚えて額に手を当てる羽目になった。

 

「提督は、これについてはどうお考えですか? ミリシアルの戦闘機について、ということです」

「俺は技術屋ではないから、詳しい構造なんかは分からん。だが、主翼をテーパー翼に設計し直したらしいってことくらいは、何となく分かる。おそらくエンジン出力が低くて、後退翼の恩恵が得られなかったんだろう。橘花にもそんな前例があるし。

ただ、橘花より遅いジェット機ということで、相当ひどい性能なんじゃないかってくらいは想像してるよ」

 

 堺のこの話から、”釧路”はミリシアルの戦闘機のエンジン出力を計算しようとしてみた。

 エンジン出力は、速度の3乗に比例すると言われている。「橘花改」の最高時速は710㎞、対してミリシアルの戦闘機は時速530㎞。そこから彼女は、以下のように計算した。

 

(530/710)^3=0.3105……

 

「は??」

 

 そして弾き出された数字に、彼女は絶句した。

 約0.3105ということは、ミリシアルの戦闘機のエンジン出力は「橘花改」の3()()()1()()()しかない。これはいくら何でもおかしすぎる。

 

(計算を間違えたかしら……)

 

 その可能性を疑った彼女は何度か再計算してみたが、何度やっても出てくる数字は変わらない。ここに至り、彼女はこの数字を信用せざるを得なくなった。

 

(ちょっと待ってちょっと待って……。「橘花改」の3分の1未満の推力しかないって……いくら何でも性能劣化しすぎじゃない? モンキーモデルにも程があるわよ……)

 

 しばらくして”釧路”は考え直した。ミリシアルの戦闘機は単発機、対して「橘花改」は双発機だ。さすがに単発機と双発機を比べるのは()()いだろう、と。

 そこで彼女は、別の戦闘機のデータを持ち出した。かつての地球でアメリカ軍が使用していた戦闘機、「P-80 シューティングスター」のデータである。”明石”からの報告で、「オリジナルの魔光呪発式空気圧縮放射エンジンの性能は、おそらく地球でいう西暦1970年代相当と見られる」とのことなので、その頃のジェット機のエンジン性能を元に再計算することとなった。

 P-80の最高時速が965㎞であることから、計算し直してみた結果がこちらである。

 

(530/965)^3=0.16567……

 

「ろ、6分の1……」

 

 おぞましい計算結果が出てしまった。

 J33エンジンやアドーアエンジンの6分の1程度の推力しかない、というまさかの結果である。しかもこの数字では、初期型ジェットエンジンであるネ-20エンジン1基より低い推力しか出ない、ときた。これではどうしようもない。

 西暦1970年代の地球で開発・実用されたまともな戦闘機ならば、エンジンのコアだけでも推力は4から5トン程度はあるはずである。然るにミリシアルの戦闘機のエンジンは、そのコア推力の1割もあるかどうか、という推力しか出せていないのだ。

 さらに追い討ちをかけたのが、フォーク海峡で撮影されたミリシアルの戦闘機「エルペシオ3」の写真である。写真を見ていた”釧路”は、あることに気付いたのだ。

 

「エアインテークはかなり広いですね……。胴体を半周するような広さになってて……ん? あれ? この機体、コンダイノズルを搭載している?」

 

 そう、コンダイノズル(アフターバーナーを()くための機構)が搭載されていたのである。

 

「ちょっと待ってください……コンダイノズルがあるってことは、アフターバーナー焚けますよね?

アフターバーナー焚いて推力5割増しにしてなお零戦擬きに完敗???」

 

 訳が分からない。しかも、アフターバーナーは明らかに超音速を出すための装備であり、時速530㎞しか出せない機体に搭載すべきものではない。

 そしてさらによく観察すると、また別の点が見つかった。

 

「……ちょっと分かりづらいけど、これ、テールコーンありますね……。なんでコンダイノズルとテールコーンが一緒に装備されてるの!? 馬鹿なの!?」

 

 アフターバーナーを使わない限り、コンダイノズルもテールコーンも機能はほぼ同一であり、ジェット噴流の流速調整はどちらか片方あれば(こと)()りる。(しか)るにミリシアルの戦闘機は、機能がダブった機構を2つも搭載している、という非合理的な設計なのだ。

 

(何をどう間違えたらこんな機体ができるの……。きっとこの機体を設計した人は、紅茶を飲みすぎて頭がおかしくなってたんでしょうね。うん、そうに違いないわ。

それにしても、なんでアフターバーナー付ジェットエンジンなのに時速530㎞しか出ないんでしょう……。エンジンに気流が上手く流れ込んでいないのでしょうか……)

 

 分析に行き詰まった”釧路”は、”明石”に意見を求めてみた。すると、はじき出された計算結果と「エルペシオ3」を捉えた写真とをしばらく見比べた後で、彼女は眉をしかめながらこう言った。

 

「これ、エアインテークがかなり広く取られてるよね。気流の量なら過剰すぎるくらいエンジンに流れてるはずだけど……境界層を分離してない、なんてことはないでしょ」

 

 その瞬間、”釧路”の脳に電流が走った。

 

「それだ!」

 

 一声叫ぶや、彼女は”明石”の手からひったくるようにして写真を取り、改めて観察し直した。そして新しいことに気付いた。

 

「エアインテークは広いけど、平べったいように見える……まさかこのエアインテーク、境界層隔壁(ダイバータ)もショックコーンもDSI(ダイバータレス超音速インレット)もないの!? それなら、エンジンに境界層がモロに流れ込んじゃうから、エンジンの性能が低くなるのも頷ける!」

 

 ここにきて驚愕の事態がもう1つ判明したのである。どうやらミリシアルの戦闘機は、エアインテークの中にダイバータもショックコーンもないらしい。そりゃあエンジン性能が低下するわけである。

 

「まさか、ここまでひどいなんて……」

 

 解析を終えた”釧路”は、ついに机に崩れ落ちてしまったとさ……。




はい、ヤゴウが頑張って手に入れたミリシアルの天の浮舟用エンジンですが……それを解析した"釧路"が崩れ落ちる羽目になりました。幾ら物理やら何やらが置き去りになっているとはいえ、これは少々ひどいのではないか…ということです。

エルペシオの設定については、日本国召還のとある二次創作を参考にさせていただいております。あの作品には相当に助けられました…。
そしてその作品でも若干の言及があった通り、"釧路"はミリシアルに怒鳴り込む以前に膝から崩れ落ちる結果となりました…


しばらく休載していた間に、いつの間にやらUA61万突破、総合評価8,800ポイント突破…! お待ちいただきまして、本当にありがとうございます! 月並みではありますが、これしか言葉が見つかりません…。

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次回予告。
少し時が進み、中央暦1642年末。盟邦ムー国との同盟に基づき、ロデニウス連合王国は、そして大東洋共栄圏は、グラ・バルカス帝国を討伐すべく大部隊を進発させる…!
次回「出陣、大東洋防衛軍」

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