鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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ちょいと遅いですが、明けましておめでとうございます。本年も拙作「鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。」を、よろしくお願い申し上げます!

記念すべき今年1発目の更新は…、初っ端からドンパチパートです。それも、バルチスタ沖大海戦の裏側で発生した、タイトル通りの戦いです。
ということは……そうです。あの「ラ・カサミ改」の初陣です! あと、ムーが建造した最新鋭戦艦、そのネームシップの初陣でもあったり。



131. オタハイト沖海戦

 中央暦1643年2月6日 午前4時30分、第二文明圏列強ムー国 首都オタハイト。

 朝っぱら、それもかなりの早朝だというのに、オタハイトの一角にあるムー統括軍総司令部は蜂の巣をつついたような騒ぎに包まれていた。軍人や軍属の職員がひっきりなしに行き来し、報告と指令の声が飛び交う。こうなった原因は、昨夜から今朝にかけて立て続けに飛び込んできた緊急事態の報告であった。

 昨日2月5日の夜遅く、マイカルに入港していたロデニウス連合王国海軍第13艦隊から、緊急の報告が飛び込んできた。それが、「我、むー大陸ノ東岸沖ヲ北上中ノぐら・ばるかす帝国艦隊ヲ発見セリ。位置、<オタハイト>ヨリノ方位165度、570㎞。敵ハ戦艦1、空母2ヲ伴フ25隻前後ノ艦隊。フタサンマルロク(23時06分送信、の意)」というものである。

 ムー大陸の東岸沖を北上中、というところからして、敵の目的地はおそらくオタハイトだと見られた。あるいは、オタハイトよりもっと南に位置する商業都市マイカルかもしれない。いずれにせよ、この2つの街はムー国にとって最も重要度の高い都市であり、この敵は絶対に阻止しなければならなかった。

 これで軍総司令部に激震が走ったところへ、さらなる悲報が飛び込んできた。バルチスタ沖大海戦の(てん)(まつ)である。

 世界連合艦隊に参加していたレイダー機動部隊司令部が送ってきた報告電には、こう書かれていたのだ。

 

『戦闘終了。我が機動部隊の損害、19隻喪失、25隻損傷、航空機喪失82機。世界連合艦隊は戦力の3分の2を喪失、水上戦力・航空戦力共に壊滅せり。第二文明圏連合竜騎士団700騎も全滅、艦隊はこれより撤退を開始する。敵艦は1隻たりとも撃沈できず。なお神聖ミリシアル帝国艦隊の戦闘模様は不明』

 

 ムー統括軍総司令部に激震が走った。

 ロデニウス連合王国から警告を受けてはいたものの、それでも彼らは心のどこかで「これだけの主要国が数を揃えて戦えば、勝てるだろう」と思っていたのだ。神聖ミリシアル帝国が味方についていることも、その考えを補強するものとなっていた。

 それが、少なくとも世界連合艦隊に限ってはまさかの大惨敗である。世界連合艦隊の中では最も有力だと思われた神聖ミリシアル帝国の地方隊、そしてムー国の誇る主力艦隊ですら、グラ・バルカス帝国の軍艦を1隻も沈められなかったのだ。それどころか、敵の攻撃によって世界連合艦隊の航空戦力は大半が壊滅し、艦隊そのものも航空攻撃だけで多数の被害を受けてしまった。装甲板を張った軍艦であってもグラ・バルカス帝国航空機の爆弾、そして魚雷によって大きな被害を受けてしまい、非装甲の魔導戦列艦や竜母に至っては敵の機銃掃射だけで沈む例もあったというのだ。機動部隊指揮官レイダー・アクセル少将が薄々感じていた通り、世界連合艦隊ではグラ・バルカス帝国軍には勝てなかったのである。

 

 だが、今はそんなことよりも、目の前に迫ってきた敵艦隊だ。

 

 ロデニウス海軍第13艦隊司令部からはつい先ほど、「我コレヨリ戦力ヲ分派、敵ノ<オタハイト><マイカル>襲撃ニ備ヘントス。マルヨンフタゴー(04時25分送信)」と電文が送られてきている。ロデニウスの第13艦隊のうち、「ラ・カサミ改」を護衛してきた艦隊は、既に出撃準備を開始しつつあるものと見られていた。

 同盟を結んでいるとはいえ、いつでもロデニウスに頼りっぱなしというのは、ムー統括軍としても完全には受け入れ難い。自分たちは世界2位の列強国だというプライドがあるからだ。このため、ムー統括軍は全軍が協力して敵に応じる態勢を整えつつあった。

 具体的には、オタハイト郊外の飛行場から索敵機が発進しつつあるし、内陸の飛行場からも航空機がかき集められている。これらは空軍が飛ばしているものだ。また、陸軍の首都防衛隊は急いで戦闘配置につくと共に、市民たちに避難を呼びかけ、その誘導に当たっている。海軍も、首都防衛艦隊の出撃準備を急いでいた。

 だが実は、この首都防衛艦隊には大きな問題がある。まず空母が存在していないのだ。ムー海軍首都防衛艦隊の編成は戦艦2、装甲巡洋艦8というものであり、残念ながら空母によるエアカバーが存在していない。これは、近年のムー国を取り巻く国際情勢が原因であった。

 かつてのムー国は、「この世界」の魔法文明国家に対して文明レベルが劣っており、そのため首都防衛に当たる部隊は最新装備でガチガチに固めていた。だが、ムー国の科学機械文明が発達し、周辺国に対して圧倒的な優勢に立つようになると、ムー国は周辺国から攻め込まれることがほぼなくなってしまった。これに伴い首都防衛部隊の戦力も縮小されてしまい、必要最小限程度にしか配備されないようになったのだ。そして今になって、それが(たた)っているのである。

 また、首都防衛艦隊の戦力自体も旧式化していた。「戦艦」といえば聞こえは良いが、その正体は2隻ともラ・ジフ級戦艦なのである。つまりラ・カサミ級が登場する前の、回転砲塔を持たない旧式戦艦なのだ。これではグラ・バルカス艦隊に対抗できるとは思えない。

 しかしそれでも、首都防衛艦隊の乗組員たちは「自分たちこそがオタハイトを守るのだ」という不退転の決意を固めていた。

 

 

 そして午前7時41分、待望の報告が舞い込んだ。

 

「索敵8号機より入電! 『敵艦隊見ゆ。位置、オタハイトよりの方位155度、220㎞。敵は戦艦1隻を伴う。0820』!」

 

 この報告を受け取るや、統括軍総司令部は直ちに首都防衛艦隊に出動を命令。ラ・ジフ級戦艦2隻、ラ・デルタ級装甲巡洋艦8隻からなる艦隊は、即座に出撃していった。一方、ロデニウス海軍第13艦隊の「ラ・カサミ改」護衛部隊は「我コレヨリ<オタハイト>港入口ニ布陣、敵ニ対スル最後ノ盾トナラン」と打電しており、こちらも出港しようとしている。

 

 そして、本国へと帰ってきてオタハイト港で補給中だった「ラ・カサミ改」には……出撃命令は来なかった。

 

「海軍本部長はいったい何を考えておるのだ? 敵が戦艦を伴っているなら、本艦が出なければ敵を撃破できんだろうて!」

 

 戦艦「ラ・カサミ改」の艦橋では、艦長のミニラル・スコット大佐がそう(どく)()いている。

 ロデニウス連合王国・タウイタウイ泊地にいる間に、ミニラルはロデニウスとグラ・バルカスについて集められる限りの情報を集め、分析を行っていたのだ。その結果、ムー国の戦艦ではラ・コンゴ級でない限り、グラ・バルカス帝国の戦艦には勝てないと知ったのである。

 グラ・バルカス帝国の戦艦に対抗できるのは、ラ・コンゴ級、そしてそれに準じる性能を持ったこの「ラ・カサミ改」だけだ。あとのラ・カサミ級やラ・ジフ級では、全く対抗できない。それが、ミニラルが到達した意見であった。

 

「それに、せっかくあの艦があるのに、何故出さんのだ!? あの艦くらいしか、まともに対抗できんだろう!」

 

 また毒を吐いて、ミニラルは港の一角に視線を向けた。そこに、連装砲4基を搭載した戦艦が1隻、碇を下ろしている。

 ムー海軍の最新鋭戦艦、「ラ・コンゴ級戦艦」のネームシップ「ラ・コンゴ」だ。ミニラルがちらっと聞いたところによれば、就役した後しばらくは訓練艦となっていたのだが、現在は海軍本部付扱いとなっているそうだ。

 

 少しして「ラ・カサミ改」の補給は終わったものの、待てど暮らせど出撃命令は来ない。(ごう)を煮やしたミニラルは、ついにあることを決断した。

 

「副長、本艦を頼む! ちょっと出てくる」

「え? か、艦長、どちらへ?」

「決まっておろう。海軍本部に、出撃許可を求めてくる!」

 

 副長のマーベル・シットラス中佐にそれだけ言い残し、ミニラルは一度「ラ・カサミ改」を降りた。

 

 

 陸へ上がり、早足で海軍本部を目指すミニラル。向かう先はただ1つ、本部長室だ。

 

(本部長に、直々に話を付けてやる! そうでなければ、本艦の出港などできん!)

 

 ムー統括海軍本部長エルネスト・キングス大将に何と言ってやるかを考えながら、ミニラルはひたすら本部長室を目指す。ところが、いざ本部長室に着いてみると、何やら様子がおかしい。部屋の中から、誰かが怒鳴っているような声が聴こえて来るのだ。

 

(先客がいたか?)

 

 そう思いながら、廊下に誰もいないのをいいことにして、失礼を承知でミニラルはそっと本部長室のドアを開け、中を覗き見る。そこにいたのは、

 

()(しょう)であります! どうか小官にお命じください!

『戦艦「ラ・コンゴ」は直ちに出撃し、敵艦隊の(よう)(げき)に当たれ』と!」

 

 戦艦「ラ・コンゴ」の艦長…ラッサン・デヴリン大佐であった。机に両手をつき、階級の違いも一切気にせずキングス本部長を怒鳴りつけている。

 

()(しょう)ながら小官も、情報分析課が出しているグラ・バルカス帝国分析レポートには目を通しております! それに、敵には戦艦がいるそうではありませんか。それでしたら、小官の『ラ・コンゴ』でなければ敵戦艦には対応できません!」

 

 情報分析課が出しているレポートを、暇さえあれば(かた)(ぱし)から読破しているラッサンは、既にグラ・バルカス帝国の海軍戦力に関してかなり正確な情報を得ていた。

 

「それは分かっている。だが、駄目だ。『ラ・コンゴ』は最新鋭戦艦である上に、まだ慣熟訓練中だろう? 練度未熟の艦を戦いに出すわけには行かない」

「不肖ながら、我々は既に半年近くも訓練を重ねているのです! 砲術を専攻し、ロデニウスに学んだ小官からしても、乗員の技量は十分と考えます!」

 

 キングス本部長の反論にも、ラッサンは興奮したような上ずった口調で(はん)(ばく)している。

 

「いや、しかし最新鋭艦の投入は……」

「それでしたら、『ラ・カサミ改』では駄目なのでしょうか? あの艦は改造こそ受けましたが、決して最新鋭艦ではありません! 『ラ・カサミ改』だけでも出撃させ、敵艦隊を迎え撃つべきではないかと愚考します!」

 

 ミニラルの心臓が一瞬飛び跳ねた。

 

「駄目だ! あの艦は我が国の象徴であり、我が国とロデニウスの(ゆう)()の証なんだぞ! そんな重要なものを、軽々に前線に出すわけには行かん!

それに、『ラ・コンゴ』にしろ『ラ・カサミ改』にしろ、国民へのお披露目もまだではないか!」

 

 本部長のこの言葉を聞いた瞬間、ミニラルは確信した。

 上層部は、戦艦「ラ・カサミ改」と「ラ・コンゴ」を、ムー海軍の新たな象徴に使おうとしているのだ。そして、国民にお披露目される前にそれらが傷つくのはまずいと考え、出撃命令を出さなかったのだ。要するに体面上の理由である。

 こんな時に体面にこだわっている場合か、こだわるなら敵の戦艦はどうやって食い止めるのか……そう思いながら、ミニラルは話の続きを聴いていた。

 

「では、敵の戦艦は何を以て食い止めるのでありますか!?」

「そ……それは、首都防衛艦隊と現在集結中の航空隊で叩く! それならば、問題なかろう?」

「問題ないどころか、大有りであります! 首都防衛艦隊の戦力は旧式のラ・ジフ級戦艦2隻にラ・デルタ級装甲巡洋艦8隻のみ、戦艦が超旧式である上に空母が1隻も含まれておりません! それにそれらの対空迎撃能力も圧倒的に不足しています!」

「だから、陸上基地の航空隊を集結させているのだ!」

「では、その航空隊の装備機材は何でありましょうか!?」

「装備は、主力が『アラル』と爆装した『マリン』、それに『ソードフィッシュ』だ! それ以外に少数だが、『バミウダ』と『ピラーニ』、それに『カルハリアス』が入っている! 数は全部で300機以上だ、これでどうだ?」

「『ソードフィッシュ』や『マリン』が主力であることと、『カルハリアス』が魚雷を装備していないので、はっきり申し上げて信用できないであります!」

 

 実際、ムー統括軍のこの装備では、魚雷なしで戦艦を仕留めるのはかなり難しいだろう。というのも、これらの航空機が抱えられる最も強力な爆弾が、ピラーニ艦上爆撃機やカルハリアス艦上攻撃機の500㎏爆弾であるのに対し、戦艦相手には500㎏爆弾では威力不足なのだ。かのルーデル閣下ですら、500㎏爆弾でも弩級戦艦「マラート」を撃沈できなかった、と説明すれば、ご理解いただけるはずだ。

 キングスとラッサン、2人の声がだんだんヒートアップしている。そろそろ頃合いを見計らって入室すべきだろう、と考えながら、ミニラルはなおも彼らの話を聴いていた。

 

「ですから、今こそ『ラ・コンゴ』と『ラ・カサミ改』を同時に投入し、敵戦艦を確実に仕留めるべきだと申し上げているのです!! 敵の狙いはおそらくこの首都オタハイトであります。ならば、戦艦2隻を一挙に投入するほうが、最終的な被害が少なくなると愚考いたします!」

「無茶を言うものではない! 最新鋭戦艦に加えて改造された戦艦、それも国民にお披露目していない艦を前線に投入することなどできるか!!」

 

 本部長のこの言葉を聴いた瞬間、ミニラルはここが割り込みどころだと直感した。そして勢いよく本部長室のドアを開けながら、静かな口調で話し出す。

 

「本部長閣下、急なご訪問となり、申し訳ありません。ですが、本件に関しましては、小官はラッサン大佐に賛成します。

敵がオタハイトを攻撃するようなことがあれば、それこそ国民の人心は大きく動揺し、軍の威信は失墜します。それならば、『ラ・カサミ改』と『ラ・コンゴ』を繰り出して戦う方が、我がムー統括軍が負う責任も少しは少なくて済むかと存じます。

それに加えて、小官を含む『ラ・カサミ改』クルー一同は、ロデニウス連合王国にて多数の訓練を重ねてまいりました。その結果、ロデニウス軍からも一定の評価をいただいております。技量は十分かと存じます。

今現在、オタハイトの市民たちを、国王陛下をお守りできるのは我々しかいないのです。ならば、我々こそが出撃しなければなりません。

閣下、ご決断を」

 

 名誉を気にして国民に被害が出るくらいなら、いっそ名誉を捨ててでも国民を守り抜くべきだ。そのほうが、結果的にはずっと良い。ミニラルはそう考えていた。

 ラッサンに加えてミニラルまで現れたためか、キングス本部長は何とも言えない、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。そして沈黙したまま腕組みをして何かを考えている……かと思いきや、頭髪をボリボリと掻く。(おう)(のう)しているのが、ミニラルにもはっきりと見て取れた。

 

「……分かった」

 

 たっぷり5分ばかりも沈黙した後、キングスは蚊の鳴くような声で呟いた。そして顔を上げ、ミニラルとラッサンの2人にはっきりとした声で命じる。

 

「現時刻を以て、戦艦『ラ・カサミ改』と『ラ・コンゴ』、両艦の出撃を許可する。首都防衛艦隊及び基地航空隊と連携し、敵戦力を撃滅、オタハイトを守り抜け!」

「「はっ!」」

 

 そう言われた瞬間、ミニラルもラッサンも綺麗な敬礼を決めた。

 こうして、両戦艦の出撃が決まったのであった。

 

 

 少し後、午前9時少し過ぎ、戦艦「ラ・カサミ改」が先頭に立ち、その後に「ラ・コンゴ」が続く形で2隻の戦艦は出港した。……ひっそりとキングス大将の応援を受けながら。

 

(何としてでも、祖国とムー国民は我々が守るのだ……!)

 

 ミニラルがそう考えていたその頃、

 

「艦長、ロデニウス艦隊の戦艦から入電です! 艦長を呼び出しています」

「何、俺を?」

 

 戦艦「ラ・コンゴ」の艦橋では、ラッサンが通信長から呼び出しを受けていた。

 

(なんでわざわざロデニウス艦隊の人が俺を呼び出したんだ……? サカイ殿が激励の言葉でも()()してきたか?)

 

 そう考えながら受話器を受け取ったラッサンの耳に、大いに聞き覚えのある声が飛び込んできた。

 

『ヘーイ、ラッサン! お久しぶりネー! You remember me?』

(げぇっ!!)

 

 その声を聴いた瞬間、ラッサンの顔からさーっと血の気が引いた。一瞬にして風邪を引いたように青白くなったラッサンの唇から、震え声が僅かに漏れる。

 

「こ、コンゴウ教官……!」

『Oh、覚えててくれたんデスネ! 嬉しいデース!』

「も、もちろんであります! 忘れるはずなどありませんっ!」

 

 必死で”金剛”の話についていくラッサン。だが、その両肩はガタガタと震え、冷や汗が流れる顔は引きつり、ともすれば気絶しそうになっていた。

 というのも、ラッサンが軍事交換留学生としてロデニウスに留学した際、彼の教育を担当したのが”金剛”なのだが……彼女の教育は、その見た目とノリの軽さからは到底想像できない、筆舌に尽くしがたい超絶スパルタ教育だったからだ。あのスパルタ教育の恐ろしさ(と、シゴキの苛烈さ)だけは、とても忘れられるものではない。その恐怖がフラッシュバックしてしまい、ラッサンは顔面蒼白になったのである。

 

「それより教官、なぜこちらにいらっしゃったのですか!?」

『今回は、ムー救援部隊の一員として出撃を命じられまシタ! だからここにいるのデース!』

 

 そう言われたラッサンは、慌てて艦橋の窓の外を見た。ちょうど「ラ・コンゴ」の左舷側にロデニウス艦隊が展開しているが、その中に1隻、明らかにコンゴウ級と分かる戦艦がいる。それが己のかつての教官の艦であると、ラッサンにはすぐに分かった。

 

『既に情報は得ていマス、敵が迫っているようですネ。ラッサン、この1年の間にyouがどこまで強くなったか、見せてもらいマース!』

「はっ、はい! 教官にもご満足いただけるような戦いぶりを、お見せしたいと思います! 粉骨砕身して頑張ります故、よ、よろしくお願いいたします!」

『Of course! とくと見させてもらうネー!』

「で、では失礼いたします! 応援ありがとうございました!」

 

 相手の反応も待たずに通信を切り、受話器を戻したラッサンは「はぁー……」と大きなため息を吐き、両肩を落とした。

 

「最悪だ……。まさか、よりによって教官が来てるなんて……」

 

 今のラッサンの心情を一言で表すと、こうなる。

 

『目の前の敵より、背後の教官のほうが恐ろしい』

 

 ……それほど、ラッサンが彼女から受けたシゴキは苛烈なものだったのである……。

 さすが「鬼金剛」。戯れ歌にも歌われ、戦艦「(やま)(しろ)」と共に「東西の双璧」と並び称されるほどの彼女のシゴキは、年季が違ったのだ。

 

「か、艦長……いったいどんな目にお遭いなすったんだ……?」

「さっきの通信相手の方って、確か艦長がロデニウスにいた時の教官の方だよな? それでこんなに怯えるとは……!」

「ロデニウス、恐るべし!」

 

 その周囲では、艦長の様子の激変ぶりを見た「ラ・コンゴ」の他の艦橋クルーがひそひそと囁きあっていた。

 

 

 そして午前10時20分頃、オタハイト東方100㎞地点まで進出した2隻の戦艦の艦橋に、切迫した声で報告が上がった。

 

「対空レーダーに感あり! 艦隊よりの方位100度、距離70㎞、数1!」

「首都防衛艦隊旗艦『ラ・ゲージ』より緊急入電! 『敵航空攻撃極メテ熾烈。我苦戦中、至急来援乞フ』!」

 

 そう、オタハイトに接近しつつあったイシュタムの分艦隊には、タンカー改造の戦時急造艦とはいえ空母が含まれていたのだ。その航空戦力により、首都防衛艦隊は艦隊決戦を待たずして壊滅状態に陥ってしまったのである。いくら首都防衛艦隊の艦艇が、近代化改修を受けてロ式41型20㎜対空機銃……「エリコン20㎜機銃」を装備しているとは言っても、相手が悪すぎたようだ。

 

「こちら見張り、艦隊上空に敵機1!」

 

 飛び込んできた報告にも、2人の艦長…ミニラルとラッサンは泰然としていた。見つかったところでどうということはない、焦る必要はない。敵はおそらく航空戦力を送ってくるだろうが……「ラ・カサミ改」と「ラ・コンゴ」の対空迎撃能力は、従来のムー艦艇の比ではない。

 

((新しいムー統括海軍の力、見せてやる!))

 

 2人の艦長はその思いで、対空レーダーが敵機の編隊を捕捉すると同時に「対空戦闘用意」を命じた。

 ロデニウス式の厳しい訓練で鍛えられた乗員たちは、一斉に持ち場へと走り、あっという間に戦闘配置に付く。5分が経過し、空の彼方に敵機の編隊が見え始めた時には、既に両艦は戦闘準備を完了していた。

 

「主砲三式弾、攻撃始め!」

 

 ラッサンの号令一下、「ラ・コンゴ」の主砲が全門斉射の咆哮を轟かせる。続いて「ラ・カサミ改」も、35.6㎝砲から「三式弾」を撃って応戦を開始した。

 空に巨大な花火が咲き乱れ、至近距離で炸裂を受けた敵機が消し飛ぶ。破片や子弾を受けた機体は炎の塊と化し、真っ逆さまに墜落する。出撃してきた敵機約20機のうち、2艦の「三式弾」だけで7機が吹き飛ばされていた。だが、2隻の対空迎撃はこれからが本番である。

 

「「両用砲、撃ち方始め!」」

 

 息がぴったりと合ったミニラルとラッサンの号令。その直後、ロデニウス謹製の近接信管弾を仕込んだ「5inch連装両用砲Mk.28 mod.2改」合わせて10門が、一斉に火を噴いた。瞬く間に空は爆煙で汚く彩られ、絡め取られた敵機は次々に燃えながら落ちていく。

 

全武装使用自由(オールガンズフリー)!」

「機銃、撃ち方始め!」

 

 両用砲の迎撃を突破し、肉薄してくる敵機もいるが、それを待ち構えているのがハリネズミの針さながらに設置された無数の対空機銃だ。射撃管制装置や測距儀と連動し、管制データをもとに正確な射弾を叩き込んで、容赦なく敵機を撃墜していく。

 

「ロデニウスで習った対空戦闘術行くぞ! 『ユキカゼ流 探照灯対空戦闘術』!」

「『ヒュウガ流 対降爆回避術』を使え! 喰らうな、避けきってみせろ!」

 

 そして両者とも、ロデニウス連合王国での留学で学んだ戦術を存分に発揮していた。

 最終的に、敵機は数機の爆撃機が投弾・投雷に成功したのみであり、しかもその命中率は極めて悪かった。「ラ・コンゴ」に爆弾1発が至近弾となったのみである。従来のムー艦艇より大幅に増強された対空網が、敵機の攻撃の命中を許さなかったのだ。

 その上、この後で計2回発生した航空戦により、イシュタムの小型空母……スプートニク級小型空母「スピリット」はほぼ全ての艦載機を失い、棒立ち状態となってしまったのである。戦闘機だけは残っていたが、数機しかないという悲惨な状態だった。

 

 敵機に大きな被害を与えて撃退した2隻のムー海軍の戦艦では、戦意が天を衝かんばかりに高まっていた。そんな中、ミニラルはある大胆な手を打った。敵艦隊に対して交信を試みたのである。

 これは決して降伏や対話のためではない。敵に心理的な揺さぶりをかけることが狙いであった。

 

「こちらはムー統括海軍、戦艦『ラ・カサミ改』艦長ミニラルだ。グラ・バルカス帝国艦隊へ、この通信が届いていたら応答せよ」

 

 ミニラルは、敵が応えてくれるかは怪しいと思っていたが、思いの外敵はすぐに応答してきた。

 

『グラ・バルカス帝国本国艦隊「イシュタム」隊、戦艦「メイサ」艦長のオスニエルです』

 

 そう、ムー国に接近してきていたのはグラ・バルカス帝国海軍本国艦隊第52地方隊……通称「イシュタム」であった。バルチスタ沖大海戦の裏でムー国を奇襲攻撃すべく、別働隊として出撃してきた部隊である。

 今でこそ本国艦隊の所属だが、第52地方隊は転移前は「占領地護衛艦隊」と呼ばれる部隊の所属であった。その主任務は植民地へ外敵が攻めてきた時の防衛と、占領地の現地人が反乱を起こした際にそれを鎮圧することである。

 転移前の時点であっても、グラ・バルカス帝国にとっての「外敵」は弱い者ばかりであり、占領地の現地人もそれは同じであった。そのため、この部隊は弱い者を一方的に蹂躙することが仕事であり、その任務の性質上、艦隊の司令官から一兵卒に至るまで全員が粗暴かつサディスティックな性格の持ち主ばかりという、とんでもない部隊である。もちろんだが、彼らは現地人に対しても一切の容赦なく破壊と虐殺をばら撒く。

 そのあまりの残虐性ゆえに、現地人から恐怖を込めて「死神イシュタム」と呼ばれるようになり、それがそのまま部隊名称として使われるようになっていた。

 

「やっと気付いてくれたか。少し用があって通信を送らせてもらった」

『戦場で敵に通信を送るとは、狂ってますねぇ。味方が散々やられるのを見て、降伏する気にでもなったのですか?』

「残念、その逆だ。警告する、我が軍は貴艦隊を迎え撃つための準備を整えている。このまま攻め込むつもりなら、貴艦隊の全滅は免れない。直ちに反転し、離脱することを強く勧める」

 

 ミニラルが放った警告を、オスニエルは笑い飛ばした。

 

『くふ、くははは……笑わせないでくださいよ。我々はまだ1隻たりとも艦を失ってはいないのですよ? そちらと違ってね。

どうやら貴方には力の差というものが分からんらしい。そんな頭で、よく戦艦の艦長など務められますねぇ。蛮族らしいものです』

 

 明らかな挑発、しかしミニラルは平然と切り返した。

 

「その割に、航空機は我が戦艦に全く歯が立たなかったようだが? それとも、そんな報告は聞いていないのかね? では艦隊司令殿に代わってくれたまえ、君では話の相手が務まらんようだ」

『首都攻撃の艦隊司令は、この私オスニエルだ! 侮辱するつもりか!?

貴様らなどに止められる我々ではない! 貴様たちを殺し、首都も焼き尽くしてくれるわ!!』

 

 ミニラルが少し煽った途端、オスニエルは激昂したように激しい口調になった。逆鱗にでも触れたらしい。

 ミニラルは内心ほくそ笑んだ。怒れば冷静さを失い、指揮が粗くなるからだ。そこにこそ、自分たちが付け込む隙ができる。

 

「首都を狙ったその戦略性は見事だが……間違いだったな。我々も少しは力をつけているのだ。我々は力を尽くし、お前たちを食い止めるだろう」

 

 ところが、ミニラルがそう言った途端、無線からはオスニエルの笑い声が聞こえてきた。何か手があるのかと警戒したミニラルに、とんでもない情報が叩きつけられる。

 

『くふふ、こちらを食い止めようと無駄ですよ。何故なら、あなた方が総力を挙げて私たちに挑んでいる間に、マイカルが火に包まれるのですからねぇ!』

「何だと!?」

『我々はあくまで陽動部隊、真の狙いはマイカルですよ。残念ですが、もう手遅れですね。くはははは!』

 

 口調から考えて、どうやらこちらに絶望を叩きつけたつもりらしい。

 だがミニラルは知っている。今現在、マイカルに何者がいるのかを。そう、「ラ・カサミ改」をムー国に護送するついでに、グラ・バルカス艦隊との決戦のため進出してきた、ロデニウス艦隊の主力部隊である。バルチスタ沖大海戦に味方の主力の大半が出撃し、マイカル防衛が手薄になっている以上、マイカルの方は彼らに期待するしかない。

 一瞬でそう考えたミニラルは、再び煽りに出た。

 

「オスニエル艦長、どうやら馬鹿は君の方だったようだ。何を勘違いしているのかね?

私は先ほど『我々は力を尽くして貴様らを食い止める』と言ったが、『全力を挙げる』『総力を尽くす』などとは一言も言っておらんぞ。つまり、我々にもまだ手段は残っているのだ。見事引っかかったのは、そちらの方だったな」

『く……くははははは! 良いでしょう、そこまで言うのなら、その予備兵力とやらごと粉砕して差し上げます! 絶望しながら死ねぇぇ!』

 

 怒声と共に通信は切られた。

 

「こっちはあくまで囮、本隊はマイカル狙いか……」

 

 ミニラルは呟いた。だが、彼の腹は既に決まっている。

 

「このまま前進だ、目の前にいる敵艦隊を叩く。この敵を放置すれば、オタハイトは全滅してしまう。それに、マイカルにはロデニウスの艦隊がいる。マイカルは彼らに任せるとしても、首都は我々の力だけで守らねばならん」

 

 実際、これは無理もないことであろう。

 

「統括軍総司令部に緊急信! 『オタハイトを狙ったのは敵の陽動作戦。敵の真の狙いはマイカルなり』!」

「承知しました!」

 

 ミニラルはすぐさま、通信長に命令を出した。続いて戦術長、砲術長以下の面々に指示を出す。

 

「総員、戦闘配備! 右30度転進、砲雷撃戦用意!

『ラ・コンゴ』にも伝えよ、『対水上砲戦用意』とな!」

「「はっ!」」

 

 ここで逃げても、オタハイトは火の海になってしまう。ならば、マイカルの方はロデニウス艦隊に任せ、自分たちはこのままオタハイトに接近しつつある敵艦隊を撃滅すべきだ。ミニラルはそう判断していた。

 

 敵艦隊へと一直線に向かう途中で、「ラ・カサミ改」と「ラ・コンゴ」は、先に出撃していた首都防衛艦隊に追いついた。首都防衛艦隊は旗艦を務めるラ・ジフ級戦艦「ラ・ゲージ」を含む全艦が航行不能に陥っており、大半の艦は既に海面下に姿を消している。脱出した乗組員たちが浮遊物に掴まったり泳いだりして、どうにか生存を図っていた。

 内心では急いで救ってやりたいが、敵艦隊が目の前に迫っている以上、今はどうにもできない。彼らが生還することを祈る以外にない。

 戦艦「ラ・ゲージ」は痛々しい姿を晒していた。爆弾2発、魚雷2発の直撃を受けてしまい、右舷に傾いて激しく炎上している。艦体後部が黒煙に包まれているばかりか、なんと艦橋にも火の手が上がっていた。

 

「艦橋が燃えている……! 先輩はご無事だろうか?」

 

 絶句していたミニラルの元へ、通信長が悲壮な声で報告を挙げた。

 

「戦艦『ラ・ゲージ』より手旗信号。『敵を撃滅し、ムー国を守られたし。これはムレス司令の遺言なり』」

「……!」

 

 その瞬間、ミニラルの顔から血の気が抜け落ちた。

 どうやら、ミニラルにとって尊敬する先輩だったアルフレッド・ムレス少将は、既に戦死されたらしい。

 

「……そうか。ムレス司令……いや、先輩は、既に……」

 

 そう呟くと、ミニラルは海軍帽を目深に被り直した。帽子に隠れて表情はよく見えないが、握り締められた両手の握り拳が震えている。

 一時してミニラルは顔を上げた。その目尻には、微かに光る物が見えた。

 

「先輩、どうか安らかに……。先輩の仇は、私が討ちます……!」

 

 洋上で燃え盛る「ラ・ゲージ」に、ミニラルはその言葉を敬礼と共に投げかけた。

 

 

 そのまま航行すること20分弱、ついにムー国の戦艦2隻は敵艦隊を目視圏内に捉えた。

 

「ムー国の興廃、この一戦にあり! 祖国と国民の運命を賭けて、各員は一層奮励努力せよ!」

 

 会敵直前にミニラルが発した無線により、「ラ・カサミ改」でも「ラ・コンゴ」でも戦意は十分に高まっている。

 

「艦橋より見張り、敵戦力の規模・針路・速度・距離知らせ!」

『敵は戦艦1、巡洋艦1、駆逐艦2! 敵戦艦はラ・コンゴ級と思われる。敵針路330度、速度30ノット、距離28,000!』

 

 現在、ムー国の2隻の戦艦は針路を155度に取り、30ノットまで加速している。敵艦隊の左前方から突っ込む形になっているのだ。このまま進めば、互いにすれ違いながら攻撃する戦法……ロデニウス軍でいう「反航戦」になる。

 

「艦橋より見張り、了解。砲術、敵との距離を知らせ続けろ。航海、敵との距離が19,000になったタイミングで取り舵一杯!」

「は……はっ! 承知しました!」

「『ラ・カサミ』目標、敵戦艦! 『ラ・コンゴ』目標、敵駆逐艦並びに巡洋艦!

全艦、戦闘を開始せよ!」

 

 ミニラルの号令一下、2艦合わせて4基の35.6㎝連装砲が火を噴いた。最初から斉射だ。8発の巨弾が大気を引き裂いて飛翔し、敵艦隊へと向かう。その直後、

 

『敵戦艦発砲!』

 

 見張り員が報告してきた。

 

 

 同時刻、戦艦「メイサ」艦橋。

 

「馬鹿な! なぜムーごときが、我が方と同じ戦艦を持っているのですかぁ!」

 

 主砲発射の残響が艦橋を震わせる中、血走った目でオスニエルが叫んだ。

 彼の視線の先には、小さくだが「ラ・カサミ改」と「ラ・コンゴ」が見えている。だがそれは、オスニエルには到底信じがたいものであった。

 まず、先の通信の中で敵は艦名を「ラ・カサミ」と名乗っていた。オスニエルもその艦影は資料で見て覚えているが、今目の前にいるのはそれとは全く異なる艦だ。ラ・カサミ級戦艦の要素など、どこにも見当たらない。名前が同じなだけで全くの別物であるとしか思えなかった。

 おまけにもう1隻の戦艦は、自身の乗る「メイサ」とそっくりの艦影だ。完全にパクった、と説明されてもおかしくないほどの完成度だ。

 

 そして、「イシュタム」の航空隊はあの2隻の戦艦によって壊滅させられている。今までのムー艦艇相手では、全く考えられなかったことだった。しかも航空隊からは、「敵は近接信管を使用しているらしい」と報告が送られている。

 だがオスニエルは、この報告を信じていなかった。近接信管はグラ・バルカス帝国ですら実用化に苦労した代物だ。そんなものを、技術に劣るムー国に開発できるとは思えなかった。また、オスニエル自身のプライドを傷つけかねないものでもあったため、彼はまだこの報告を本国に送ってはいない。

 

 現在のイシュタムの陣形は、先頭にキャニス・メジャー級軽巡洋艦「フルド」、その後方にスコルピウス級駆逐艦「レサト」「ジュバ」が続き、最後尾を戦艦「メイサ」が固めている。残りのキャニス・メジャー級軽巡洋艦「シグヌス」とキャニス・ミナー級駆逐艦2隻は、空母「スピリット」の護衛のため後方に残していた。

 

「水雷戦隊は後方にいる敵戦艦に突撃し、距離を詰めて雷撃を実施。『メイサ』は全速前進、前方の敵戦艦に砲撃を浴びせて撃沈しなさい!」

「はっ!」

 

 思っていた以上に、敵艦の性能は高いようだ。だがおそらく、これはムー国にとって最新鋭艦であろう。ということは、オリオン級戦艦を常時運用している自分たちとは違い、相手にオリオン級の運用経験は乏しいはずだ。練度の差で倒せるだろう。オスニエルはそう考えていた。

 ところが、敵戦艦の砲撃が着弾し、8本の海水の柱が噴き上がった直後、味方から悲報が飛び込んできた。

 

「駆逐艦『レサト』より緊急信! 『至近弾1。舵故障、航行不能』!」

「何ですってぇぇ!?」

 

 青筋を立てて怒鳴るオスニエル。

 「ラ・カサミ改」の砲撃は外れたが、なんと「ラ・コンゴ」の砲撃が駆逐艦の1隻に至近弾となった。そして強烈な水中爆発の圧力により、駆逐艦の舵を故障させたのだ。

 戦場において行動の自由を奪われる、これほどの悪夢はない。こうなってしまえば、こちらの攻撃は全くと言って良いほど当たらず、一つ所をぐるぐる回ることしか出来ぬまま、敵から一方的に撃たれ沈められるだけになってしまう。左右のスクリューの回転数を変えれば、どうにか回頭はできるが……敵が目の前にいる状況でそんな悠長なことができるはずがない。

 

「お、おのれぇェェ技術遅れの蛮族どもがァァ!! 貴様らの作ったオリオン級の紛い物など、我が『メイサ』の主砲で打ち砕いてくれるわぁ!」

 

 怒り狂ったオスニエルの号令と共に、「メイサ」は再び前部2基の主砲を放った。

 

 

「弾着、全弾近!」

「上げ100! 第二射、射撃用意急げ!」

 

 戦艦「ラ・カサミ改」艦橋では、たった今の射撃結果が報告され、射撃諸元の再計算が急がれていた。

 

「『ラ・コンゴ』の砲撃、敵駆逐艦1番艦に至近弾。……敵駆逐艦取り舵。航行不能の模様!」

 

 そこへ、砲術長が弾んだ声で報告を上げる。

 

「そうか、ならば年長者として、こちらも負けるわけにはいかん。第二射で直撃させろ!」

 

 ミニラルの命令が下った後、「ラ・カサミ改」は第二射を放った。轟音と共に4発の35.6㎝砲弾が発射され、敵戦艦に向けて殺到する。敵戦艦も、艦上に発射炎を閃かせてきた。

 だが、双方とも巨弾を海中に投げ捨てただけだ。「ラ・カサミ改」の砲撃はまたも全弾近になり、敵戦艦の砲撃も「ラ・カサミ改」左舷前方の海面に4本の水柱を噴き上げただけに終わる。

 

「敵艦隊、距離25,000!」

「第三射、()ぇ!」

 

 ミニラルの号令から一拍置いて、轟音と衝撃が「ラ・カサミ改」の艦体を震わせた。今度も、敵戦艦の左舷に水柱を立てるだけに終わったが、弾着位置は次第に近付いている。

 だがそれは敵も同じだ。敵戦艦の砲撃による水柱は、一射ごとに正確さを増し、噴き上げられた海水が「ラ・カサミ改」艦体を叩くまでになっている。「ラ・コンゴ」の方も、今度は命中弾を得られていないようだ。

 

(敵艦から魚雷を撃たれれば、我々はおしまいと言っても良い。ラッサン艦長、その前に敵艦隊を叩いてくれ……)

 

 ミニラルにはそう祈ることしかできない。

 

「敵との距離22,000!」

「了解。まだだぞ、あと少しだ。焦るな」

 

 敵との距離は、まだ遠い。

 

 両軍は主砲の撃ち合いを続けながら、次第に接近していく。距離20,000(2万メートル=20㎞)まで接近したところで、「ラ・カサミ改」が1発直撃弾を喰らったが、主砲は無事であった。それと引き換えに「ラ・コンゴ」が見事に直撃弾を出し、駆逐艦「ジュバ」を(ごう)(ちん)せしめている。当たり前だ、駆逐艦が直径35.6㎝の大口径砲弾を喰らって無事に済むはずがない。「ジュバ」はたった一撃で、文字通り消し飛んだ。

 

「距離19,000!」

「ここだ、取り舵90度! 主砲、右砲戦に切り替え急げ!」

「とーりかーじ、90度ようそろ!」

「主砲、右砲戦! 目標敵戦艦!」

 

 前方からは敵の巡洋艦が向かってきているが、それは「ラ・コンゴ」に任せることにした。

 舵が利き、左に回頭し始める「ラ・カサミ改」。同じタイミングで敵戦艦が主砲を撃ってくる。空そのものが落ちかかってくるような轟音が、どんどん近付いてくる。ミニラルはかつて、レイダー少将率いる機動部隊のラ・カサミ級と砲戦演習をしたことがあったが、その時に聞いた30.5㎝砲弾の飛翔音よりさらに大きな音だ。

 

「回頭完了!」

「両舷前進最大戦速!」

 

 矢継ぎ早に報告と号令が飛び交った瞬間、「ラ・カサミ改」の艦体はこれまでにない激震に見舞われた。間一髪、艦長席から投げ出されそうになったミニラルに、悲鳴じみた声で報告が届けられる。

 

「第二砲塔に直撃弾! ターレット損傷、旋回不能! 揚弾機故障、装填不能です!」

 

 「ラ・カサミ改」は火力の3分の1を奪われたのだ。

 

「怯むな、まだ主砲は残っている! 残った主砲で応戦しろ!

両用砲は敵の巡洋艦を狙え、投射火力の高さで圧殺するんだ!」

 

 「ラ・カサミ改」は副砲兼対空砲として、片舷3基の38口径5インチ両用砲を装備している。それを敵の巡洋艦に向けて発射するのだ。

 主砲に加えて両用砲の砲声が響く中、ミニラルは見張り員に尋ねる。

 

「艦橋より見張り所、敵巡洋艦との距離・針路知らせ!」

『こちら見張り、敵巡洋艦との距離9,000メートル! まっすぐこちらに突っ込んできます!』

 

 それを聞いたシットラス副長が、意見具申してきた。

 

「艦長、敵巡洋艦に対してあれを……ロデニウスから伝わりし魚雷を、使用してはいかがでしょうか?」

「魚雷か……よし、それで行こう!」

 

 即断でミニラルは指示を飛ばす。

 

「右舷魚雷戦用意! 目標は敵巡洋艦! 敵との距離8,000にて発射せよ!

出し惜しみは無しだ、ありったけくれてやれ!」

「はい!」

 

 その間にも「ラ・カサミ改」と敵戦艦との砲撃の応酬は続いている。その上、敵巡洋艦の砲弾まで飛んでくるようになり、「ラ・カサミ改」は急速に被害を広げつつあった。「ラ・コンゴ」はというと、一旦目標を変更して主砲で敵戦艦を狙っている。

 敵巡洋艦の砲弾は、その砲口径の小ささから貫徹力自体は大したことはない。「ラ・カサミ改」の主要防御区画の装甲は、余裕を持ってそれを跳ね返す。だが、艦上構造物や非装甲区画に命中した砲弾は、有効弾となる。両用砲1基が爆砕され、対空機銃が吹っ飛び、水上機用のカタパルトが弾け飛ぶ。

 

 雷撃距離8,000メートルという数字は、少し遠いように聞こえるかもしれないが、そんなことはない。何せ「ラ・カサミ改」に搭載されているのは天下の名品、九三式魚雷。そう、あの酸素魚雷だ。有効射程は10,000メートルを軽く超え、威力も抜群である。巡洋艦くらいなら、一撃で沈没に追い込めるはずだ。

 それに、ミニラルは敵巡洋艦がこちらに突っ込んできている目的を見抜いていた。巡洋艦の主砲では戦艦の装甲は貫徹できない。ならば取るべき(みち)はただ1つ、魚雷を命中させることしかない。それ故、敵の方で勝手に魚雷の有効射程に飛び込んできてくれると判断し、ミニラルは魚雷発射を命じたのだ。

 ちなみに今回、「ラ・カサミ改」も「ラ・コンゴ」も水上機を飛ばしていない。まだ敵戦闘機が残っていると判断していたからだ。一方のグラ・バルカス帝国側も、対空砲で水上機を落とされる可能性を危惧したため、水上機を飛ばせていない。

 

「飛行甲板に直撃弾! カタパルト消失!」

「第5両用砲損傷!」

「格納庫で火災! 水上機が燃え始めました!」

「水上機を投棄しろ、急げ!」

 

 報告と命令が交錯し、艦内を応急班の水兵たちが消火器と海水のホースを持って必死で駆け回る。救護班も忙しく走り回っていた。

 

「敵巡洋艦、距離8,500! なおも突っ込んできます!」

「敵戦艦、右に回頭! 本艦隊に同航します!」

「負けるな、撃ちまくれ!」

「敵速32ノット、距離8,000。指向角度90度、散布角3度、雷速48ノット、発射雷数8、ありったけぶっ放せ!」

「各諸元入力良し! 1番・2番連管、いつでも魚雷撃てます!」

「水雷より艦長、魚雷発射準備よし! 敵距離8,000!」

「魚雷発射始め!」

「1番・2番連管、魚雷発射始め!」

 

 瞬間、絶え間ない砲声と爆発音に混じって圧搾空気の抜ける音が微かに聞こえた。

 

「魚雷発射完了! 命中まで、約3分!」

「よし。こっちの主砲はどうだ?」

「少々お待ちください……弾着、今! 命中! 命中です!」

 

 砲術長が歓声を上げた。この日の戦いで、「ラ・カサミ改」はようやく直撃弾を得た。実に30発以上も空振りを繰り返して、やっと命中させたのだ。

 「ラ・コンゴ」は既に敵戦艦に対して直撃弾を得ており、全主砲を以ての斉射に移行している。ラッサン艦長以下の面々は、訓練で培った技量を大いに発揮していた。

 

「若手に負けるな。こちらも撃て、斉射だ!」

「斉射、(よう)(そろ)!」

 

 こちらは既に主砲を1基失ってしまったが、まだやれる。今度は自分たちの番だ!

 乗組員たちのその思いを乗せて、「ラ・カサミ改」がこの日初の斉射を放った直後、敵戦艦の射弾が落下し、艦が大揺れに揺れた。砲術長が愕然とした様子を見せ、震える声で報告する。

 

「予備射撃指揮所より報告、第3砲塔に直撃弾! 砲塔、応答無し!」

 

 敵戦艦はさっきからしつこくこちらを狙ってきている。各個撃破の要領で、先に「ラ・カサミ改」に集中射撃を浴びせて撃沈ないし撃破し、その後「ラ・コンゴ」を叩こうというのだろう。

 

「砲撃続行! 最後まで諦めるな!」

 

 ミニラルは声を励ました。

 使える主砲が1基、いや撃てる大砲が1門でも残っている限り、最後まで戦う。それが、ムー国軍人の誇りだ。絶対に、諦めてたまるか。

 ミニラルはその決意を新たに、敵艦隊を見据えた。敵の戦艦はこちらと同航しながら主砲を撃ってきている。そのために「ラ・カサミ改」は満身創痍となっていた。だが、それは敵も同じだ。ほぼノーマークとなっている「ラ・コンゴ」から一方的に撃たれており、主砲1基を潰された他、多くの被害を受けているらしい。艦体のあちこちから、どす黒い火災煙をたなびかせている。敵の巡洋艦は相変わらず突撃を続けていた。だが、「ラ・カサミ改」と「ラ・コンゴ」の両用砲・高角砲で撃たれまくったせいで、艦体前部の主砲の大半を失ったらしい。

 

「魚雷到達まで、あと30秒!」

 

 その報告をミニラルが受け取った時、敵巡洋艦は急に右に舵を切った。2隻の戦艦の副砲の弾着により真っ白に染まる海面を切り裂き、右へと旋回して左の横腹をこちらに見せる。

 

「まずい、敵巡洋艦が魚雷を撃ってくるぞ!」

 

 ミニラルはすぐにその意図に気付いた。敵巡洋艦はついに、魚雷を放ったのだ。その時、

 

「じかーん!」

 

 水雷長が叫んだ。

 

 

「おのれぇ! おのれぇ!」

 

 戦艦「メイサ」の艦橋では、さっきからオスニエルの悪態が響いている。

 現時点での戦いぶりは、はっきり言って無様としか言えない。栄えある「イシュタム」が未だに敵戦艦を1隻も撃沈できておらず、逆に駆逐艦2隻を失ったのだ。空母の護衛についていた駆逐艦1隻と巡洋艦1隻を呼び寄せたが、到着にはまだ時間がかかる。

 

「蛮族ごときにィ! 栄光あるグラ・バルカス帝国が敗れる訳にはいかんのだぁ!」

 

 オスニエルが叫んだ時、通信士官が声を上げた。

 

「『フルド』より報告! 『魚雷発射完了』!」

「ふむ、予定より雷撃本数は少なくなりましたが、投雷はできましたか。奴らに魚雷などという科学の結晶はない、これで奴らに一泡吹かせ……」

 

 言いながら窓の外を見たオスニエルの言葉は、そこで止まった。

 前方に見える「フルド」の艦首部分に、突如として巨大な水柱が突き上がったのだ。その太さは戦艦の砲弾による水柱よりも遥かに太く、「フルド」の艦橋やマストを超えて高く噴き上がった。

 

「な!?」

 

 オスニエルが声を上げた時、「フルド」艦体中央にもう1本、同じような水柱が屹立する。次の瞬間、「フルド」の艦首と艦尾が海面から持ち上がった、と思った時には轟然たる大爆発が起こり、「フルド」は一瞬で波間に消え去った。あまりに衝撃的な光景に、何が起こったかをオスニエルが理解するのに、5秒もの時間がかかった。

 

「ま……まさか、魚雷!?」

 

 そう、あんな水中爆発は魚雷以外にあり得ない。

 

「そんなバ……」

 

 そんなバカな、というオスニエルの台詞は、押し被さるように空から降ってきた甲高い音にかき消された。

 次の瞬間、艦橋の直下で大地震が起こったかのような衝撃と共に、彼の視界が一面の白光に包まれた。そして何が起きたかを理解する前に、オスニエルの身体は骨肉ぐちゃぐちゃのミンチに変えられ、「メイサ」艦橋にいた他の乗員たちと共に地獄の業火によって焼き尽くされた。

 

 

「『ラ・コンゴ』の砲撃、敵戦艦の艦橋に命中!

敵戦艦、速力低下します!」

 

 見張り所から飛び込んだのは吉報であったが、ミニラルはそれを素直に喜べる状況にはなかった。

 戦艦「ラ・カサミ改」はついに煙突に直撃弾を受け、敵弾爆発のエネルギーが煙路を逆流して複数のボイラーを破壊してしまったのだ。これによって「ラ・カサミ改」の速力は大幅に低下し、出し得る速力は11ノットが限界である。そして使える火器は、第1砲塔以外に無いという状態である。

 だがともかく、彼らは敵戦艦を仕留めたのだ。1つの山場は越えたことになる。

 

(まだだ、まだ敵艦は残っている。1隻残らず沈めなければ……)

 

 ミニラルがそう考えていた時、歓声混じりの見張り員と通信長の声が耳に飛び込んだ。

 

『左後方より機影多数! 味方機です!』

「統括軍総司令部より受信。『味方機316機がそちらに向かっている、誤射に注意されたし。また、<マイカル>防衛はロデニウス連合王国軍に任されたし』!」

「……か、勝ったのか……?」

 

 張り詰めていた糸が切れたように、艦長席に沈み込んだミニラルがそう呟いた時には、敵戦艦の行き脚は既に止まり、「ラ・コンゴ」は航行不能に陥っていた駆逐艦……「レサト」に止めを刺すべく砲火を浴びせていた。

 

 

「俺に続け!」

 

 ムー航空部隊の先陣を切るマック・ラスキン少尉は、愛機の「ピラーニ艦上爆撃機」の操縦席に座り、インカムを通して後続する味方に無線通信を送った。やはり、(さきがけ)(おとこ)の名誉である。

 艦上爆撃機「ピラーニ」は、それまでのムー国の艦上爆撃機「ソードフィッシュ」に比して脚が非常に速く、自衛用の機銃も強力であり、それでいて頑丈で素直な操縦性があることから、ムー国内においては「最高の爆撃機」と評価されていた。しかも航空母艦でも運用可能であり、ようやく就役した新鋭航空母艦「ラ・ラツカ」でさっそく運用が始まろうとしている。

 ちなみにであるが、「ピラーニ」の名前の由来は凶暴な淡水魚「ピラニア」、艦上攻撃機「カルハリアス」の由来は「ホオジロザメ」の学名である。

 

 ラスキンは本来、キールセキ近郊のエヌビア基地所属である。その彼がなぜこんなところにいるのかというと、洋上航法訓練のためであった。彼は母艦搭乗員を志しており、まだ母艦が完成しきっていないため着任こそしていないものの、軍内部ではラ・ラツカ級航空母艦1番艦「ラ・ラツカ」艦爆隊長に内定していた。故に軍部は、母艦への着任前に洋上での航法を練習させようと考えて、彼の隊をオタハイト近郊の飛行場に移動させ、今年の初頭から訓練させていたのである。

結果的に、彼は意外な形で実戦を命じられたのだった。

 

 「ピラーニ」艦上爆撃機18機を装備するラスキン隊の前方では、「アラル艦上戦闘機」……ムー国産九六式艦上戦闘機が、敵戦闘機と交戦を開始している。しかし性能差により、「アラル」は苦戦しているようだ。新鋭戦闘機「バミウダ」……ムー国産F4F「ワイルドキャット」も、敵機を完全には抑え切れていない。

 

「こりゃ、こっちにも来るな」

 

 そう呟いたラスキンは、部下たちに無線で「近寄れ、近寄れ」と命じた。

 ラスキンは自分たちの身を守る戦術を研究しており、その中でロデニウス連合王国から流れ込んできた1冊の本と出会った。そこには、急降下爆撃隊や雷撃隊向けに書かれた対戦闘機戦術が記されていた。曰く、味方で緊密に編隊を組んで機銃による弾幕射撃を浴びせれば、たとえ非力な7.7㎜旋回機銃でも敵戦闘機を追い払える、というのである。また、「敵戦闘機に襲われた時は逃げずに立ち向かえ。その方が、生き延びられる可能性が高い」とも書かれていた。これに感銘を受けたラスキンは、その本を元に対戦闘機戦術の練習を重ねていたのである。

 

 なお、実はこの戦術教書を書いたのは”()(ぐさ)(たか)(しげ)”……そう、「(すい)(せい)(江草隊)」を率いる隊長妖精である。

 

「敵機来るぞ! 左前上方!」

 

 ラスキンは味方に通報すると同時に、機首の12.7㎜機銃のロックを解除した。敵機が向かってくるなら、迎え撃とうと思ったのだ。

 ラスキンは敵機の動きをじっくりと観察しつつ、機首を敵機に向けながら殺気の強さを全身で探った。そして殺気が頂点に達するその直前、好機と見てトリガーを引いた。

 機首2丁の12.7㎜機銃が()え、青白い曳光弾が次々と飛び出す。その途端、敵機が主翼から放った太い()(せん)がラスキン機の上方へと流れ去り、敵機は慌てたように旋回してラスキン機の上方を後方へと抜けた。

直後、後方から機銃の連射音が響く。後部座席に座る相方のアルフレッド・ノーブス兵曹長が、7.62㎜旋回機銃2丁を発射したのだ。

 

『敵戦闘機1、共同撃破!』

「ざまあみやがれ!」

 

 伝声管から飛び出してきたノーブスの声を聞き、彼は口角を吊り上げながら見えぬ敵機に()(せい)を浴びせた。

 あの本に書かれていた戦術の正しさが実証された。自分たちは敵戦闘機の攻撃を(かわ)しただけでなく、逆に敵機を返り討ちにして撃破したのだ。

 と、

 

『敵機、左後方上空!』

 

 相方から警告の声が飛んできた。ラスキンはバックミラーで敵機の位置を確認し、機体を左右に振って攻撃を避けようとする。

 少しして、再び機銃の発射音が連続する。それが収まった直後、声が響いた。

 

『敵戦闘機1、共同撃墜!』

 

 景気の良さそうな相方の声に、ラスキンはヒュウッと口笛を吹いた。(うい)(じん)で、しかも新型機による初めての実戦、おまけに戦闘機に弱い爆撃機で、敵戦闘機2機を共同撃墜破するとは、幸先が良い。

 その時、隊の前方で続けざまに爆発が発生した。敵艦隊が対空砲火を撃ち上げ始めたのだ。そこに向かって、300機を超えるムー空軍の大部隊が突っ込んでいく。

 

『「カルハリアス」目標、敵空母! 「ソードフィッシュ」「マリン」目標、敵駆逐艦! 「ピラーニ」目標、敵巡洋艦!

全機、突撃せよ!』

 

 総指揮官機から無線で指示が飛んできた。

 

「俺たちは巡洋艦の相手か」

 

 一言呟いて、ラスキンは舌舐めずりをする。相手にとって不足無しだ。

 

「えーと……あいつか」

 

 眼下を見渡し、ラスキンは目標を見出した。

 海上に走る4つの航跡(ウェーキ)。そのうち2つは、比較的大型の艦が曳いている。その2隻のうち片方は全体的にフォルムが平べったく、もう片方は艦上に煙突やらマストやらが(きつ)(りつ)して、ごちゃごちゃとした印象である。そのごちゃごちゃした方の艦が、自分たちが狙う巡洋艦だ。

 

「ちょい左!」

『ちょい左、了解!』

 

 爆発煙を突っ切るようにして、18機の「ピラーニ」は対空砲火の中を飛行する。そしてついに、絶好の爆撃ポイントに達した。

 

「突っ込むぞ!」

『了解!』

 

 ラスキンの命令に、ノーブスは打てば響くような返事をした。次の瞬間、機体が大きく左に傾く。先ほどまで正面やや下方に見えていた水平線が吹っ飛び、敵艦が前面に映った。

 

「2,800! 2,600! 2,400!」

 

 穴あきダイブブレーキが展開され、金属的な高音が響き始める。それに負けまいと、ノーブスが大声で高度計の目盛りを読み上げる。

 高度が1,600を切った辺りから、敵巡洋艦が対空機銃を撃ってきた。「ピラーニ」の座席から見れば、熱した石炭を投げつけてくるかのような真っ赤な曳痕が次々と至近を通過する。時折風防ガラスが大きく振動するほどの至近弾も出る。

 

(これが本物の戦争か)

 

 照準器の中で拡大する敵艦を見つめながら、ラスキンは考えた。

 やはり、訓練と実戦は大違いだ。訓練では、こんな濃密な対空砲火にはお目にかかれない。まあ、これはムー海軍の対空砲火自体がまだ弱いせいもあるのだが。

 

(演習は演習でも、ロデニウスの艦隊とやり合ったらもっと強烈な対空砲火になりそうだな)

 

 そう考えるラスキンだが、もし仮にロデニウス海軍第13艦隊に模擬戦を挑んだ場合、ムー海軍のそれに比してあまりに凄まじい対空弾幕を前に、彼は目を回すに相違ない。特に”Iowa(アイオワ)”、”()()”、”(あき)(づき)”、”(てる)(づき)”、”(はつ)(づき)”といった面々の対空弾幕は、「殺人的」という言葉すら生ぬるいほどに強烈なものだ。それに突っ込めと言われたら、彼はまず目をひんむくだろう。

 

「400!」

「てっ!」

 

 ラスキンは引き起こしの規定高度よりも200メートルも低い、高度400メートルで爆弾を投下した。

 ロデニウス連合王国から伝わった戦術教書には、「急降下爆撃では高度600メートル前後で引き起こしをかけること」と書かれている。しかし彼はそれを無視して、「絶対に命中させること」を目標に、高度400メートルまで肉薄して爆弾を放ったのだ。確実に当たっただろう、と彼は確信していた。

 やがて、海面を走る敵巡洋艦の艦上に、強い光が煌めいた。一瞬後に巨大な黒煙が湧き出し、黒い破片が八方に飛び散る。

 

「命中!」

 

 ノーブスが陽気な声で叫んだ。ラスキンも「よし!」と声を上げる。

 ラスキンが投弾を終えて機体を上昇させ始めた時には、後続する15機(本当は17機いたのだが、投弾前に2機が撃墜された)の「ピラーニ」も次々と爆弾を投下している。そしてその真下では、回避しきれなかった敵巡洋艦……キャニス・メジャー級軽巡洋艦「シグヌス」が断末魔の様相を呈していた。

 投下された500㎏爆弾16発のうち、命中したのはわずか3発に過ぎなかった。だが、「シグヌス」はラスキンが投下した爆弾で艦橋を叩き潰され、艦尾に落下した別の一弾で舵機室も破壊されたばかりか、最後の直撃弾が魚雷発射管を直撃し、搭載された魚雷が誘爆してしまった。ラスキン隊の攻撃が終わった時点で既に燃え盛る塊となった「シグヌス」は、その艦体を真っ二つにへし折って海底へ直行しつつあり、生き残った乗組員たちは炎に追われるようにして次々と海面に身を踊らせていた。

 一方、スプートニク級航空母艦「スピリット」を襲った運命も悲惨だった。「カルハリアス」艦上攻撃機が投下した500㎏爆弾のうち、3発が「スピリット」に命中。うち1発が飛行甲板をぶち抜いて格納甲板で炸裂し、ガソリン庫の引火誘爆を引き起こしたのだ。一瞬で炎に包まれた「スピリット」では、ダメージ・コントロール・チームが必死の消火活動に当たったものの、被弾の衝撃で消火システムがダウンしてしまい、鎮火の見込みが立たないまま総員退艦が発令された。そして残りの駆逐艦2隻は、必死に回避運動を取ったものの、「マリン」や「ソードフィッシュ」から投下された多数の爆弾が命中し、1隻は搭載していた魚雷が誘爆して轟沈してしまった。そしてもう1隻のキャニス・ミナー級駆逐艦「イルドゥン」も、満身創痍となっている。

 

「何とか、回避しきったか……取り舵反転180度! 急いでこの海域から離脱するぞ!」

 

 敵機が引き上げていくのを見て、艦長は空襲を凌いだと判断し、離脱を命令……したその瞬間、真下から襲ってきた凄まじい衝撃に足を掬われ、床へと叩きつけられた。その直後には、「イルドゥン」の艦体は真っ二つとなり、急速に海面下へ引きずり込まれていく。

 

(な、何が……)

 

 どうにか艦橋から脱出したものの一歩遅く、「イルドゥン」が沈む際に発生した渦潮に巻き込まれ、沈みゆく艦長。その時、彼の視界にあるものが映る。

 海中に浮かぶ、細長い物体。クジラのようにも見えるが、明らかにクジラではない。陽光に照らされて僅かに金属光沢を見せている。

 

(な……せ、潜水艦……!)

 

 艦長の思考はそこで途切れた。

 そしてその時、「イルドゥン」を雷撃した潜水艦……UボートIXC型潜水艦「呂500」艦内に、乗組員たちが上げる独特の()(どき)が響いた。

 

「フタエノキワーミ! キワーミー!」

「「「キワーミー! キワーミー!」」」

 

 

かくして、中央暦1643年2月6日 午前11時14分、オタハイト沖海戦は終結した。

グラ・バルカス帝国海軍本国艦隊・第52地方隊「イシュタム」の分艦隊8隻は、ムー統括軍の全力迎撃(と、「呂500」の細やかな支援)の前に全滅し、オタハイト攻撃は失敗した。しかしその一方で、ムー統括軍は海軍首都防衛艦隊が全滅し、戦艦「ラ・カサミ改」は敵艦隊からボコボコに撃たれた上に、巡洋艦「フルド」が最後に放った魚雷を艦尾に受け、舵をやられて大破航行不能となった。そして空軍は10機以上の航空機が未帰還となった。戦術的にはほぼ痛み分け。しかしオタハイト防衛に成功した以上、戦略的にはムー統括軍の勝利と言って良いだろう。

なお「ラ・カサミ改」は最終的に「ラ・コンゴ」に曳航されて、オタハイトに帰還を果たした。

 

だが、第52地方隊はまだ本隊16隻が健在であり、そしてマイカルが狙われている。ムー国にとっての海上の脅威はまだ、完全には去っていない……




(本海戦における双方の戦果)
ムー国
戦艦「ラ・カサミ改」: キャニス・メジャー級軽巡洋艦(川内型軽巡洋艦相当)1隻撃沈、オリオン級戦艦(金剛型第二次改装後相当)1隻共同撃沈
戦艦「ラ・コンゴ」: スコルピウス級駆逐艦(睦月型駆逐艦相当)2隻撃沈、オリオン級戦艦1隻共同撃沈
空軍航空部隊 : スプートニク級小型空母(カサブランカ級航空母艦相当)1隻撃沈、キャニス・メジャー級軽巡洋艦1隻撃沈、キャニス・ミナー級駆逐艦(特型駆逐艦相当)1隻撃沈、同1隻撃破
その他 : グラ・バルカス帝国航空機29機撃墜

ロデニウス連合王国
潜水艦「呂500」: キャニス・ミナー級駆逐艦1隻撃沈

グラ・バルカス帝国
スプートニク級小型空母航空隊 : ラ・ジフ級戦艦(松島型防護巡洋艦相当)2隻撃沈、ラ・デルタ級装甲巡洋艦(春日型装甲巡洋艦相当)8隻撃沈
本国艦隊第52地方隊(イシュタム) : 戦艦「ラ・カサミ改」撃破
その他 : ムー国航空機17機撃墜破

というわけで、オタハイト沖海戦は決着。「ラ・カサミ改」「ラ・コンゴ」どちらも頑張りました。
あと、今回初陣を飾ったムーのパイロットの1人マック・ラスキン少尉ですが、彼には元ネタが存在します。後に明かしますが…この段階で分かる人いるのだろうか。

そして、さりげなく入っていた宇宙戦艦ヤマトとサイレントハンターのネタに気付いた人はいるのだろうか。


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次回予告。

オタハイトへのグラ・バルカス帝国艦隊の侵攻を阻止したムー国。だがこれは囮であり、敵の真の狙いはマイカルであった。マイカルに迫るグラ・バルカス帝国艦隊本隊、それを待ち受けるのは……
次回「マイカル沖海戦」

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