鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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以前の戦艦「ラ・カサミ」改造編を見ている方は、タイトルで既に不審感をお持ちかもしれませんが……今回は本当に小規模改造です。少なくとも超弩級戦艦にはなりません。



135. 戦艦「ラ・エルド」改造大作戦! ……安心してください、小規模改造です(魔改造にならないとは言ってない)

 少し時を巻き戻す。

 中央暦1643年2月15日、第二文明圏列強ムー国南東部 商業都市マイカル。

 広大な湾を持つマイカルは、第二文明圏では最大の良港とされており、世界的に見ても神聖ミリシアル帝国の港街カルトアルパスと並んで、世界二大良港と言われている。そのマイカル湾に設置されたムー統括海軍専用泊地には、何隻もの艦が停泊していた。いずれも武装を施されており、軍艦であることは間違いない。

 その軍艦は、概ね2つの集団に分かれて停泊していた。片方の集団は全部で200隻程度を数える大規模な艦隊で、しかも大柄な艦が多かった。明らかに戦艦だと分かる、丈高い艦橋と巨大な主砲を装備した大型艦が12隻、全体に平べったいシルエットを持ちながら、全長だけなら戦艦にも劣らない大型航空母艦が11隻。それらを基幹戦力とし、多数の巡洋艦や駆逐艦でこれを護衛した艦隊である。トーパ王国旗を掲げた2隻の小型艦を除き、どの艦もロデニウス連合王国の国旗と、赤い太陽を描いた白地の旗……旭日旗を掲げていた。ロデニウス連合王国海軍第1艦隊・第13艦隊の連合部隊である。

 もう片方の集団は、ロデニウス=トーパ連合艦隊よりずっと数が少なく、ざっと40隻程度しかない。しかも、それらのうち半数以上は、よく見なくても損傷していた。飛行甲板に大穴を穿たれた空母、艦体前部の連装主砲を破壊された前弩級戦艦、水線下に被弾したのか傾斜している装甲巡洋艦、黒く焼け焦げた艦上構造物を晒す駆逐艦。どれも痛々しい姿である。こちらの集団に属する船は、どれもムー国の国旗を掲げていた。バルチスタ沖大海戦から生きて帰ってきた、レイダー・アクセル少将率いるムー統括海軍機動部隊である。出撃していった時は60隻以上の陣容だったことを考えれば、随分とやられたものである。

 ムー統括海軍マイカル基地には、機動部隊に配属された兵士の家族からの電話がひっきりなしにかかってきており、職員が対応に追われている。そうした人々の中には、残酷な現実を告げ知らされ、電話口の向こうで泣き出す者も多かった。

そんな中、基地に併設された泊地では、ある交渉が行われていた。

 

「戦艦『ラ・エルド』の修理兼改造……でございますか?」

「はい」

 

 マイカルに(いかり)を下ろしているロデニウス海軍ムー派遣艦隊・総()(かん)(なが)()」。その応接室で、2人の人間が向かい合って話をしていた。片方はムー海軍の制服を着用し、もう片方はロデニウス海軍の……というより、正確には日本の海上自衛隊の制服を着ている。

 ムーの軍服を着ているのは、ムー海軍の戦艦「ラ・エルド」艦長テナル・モントゴメリー大佐。そして海上自衛隊の制服を着ているのは、ロデニウス海軍第13艦隊司令官(さかい) (しゅう)(いち)中将である。

 

「よろしければ、理由をお聞かせ願えますか?」

 

 堺が尋ねると、テナルは苦り切った顔で話し始めた。

 

「堺殿、貴殿もご存知かと思いますが、去る2月5日、我が海軍を含む世界連合艦隊はグラ・バルカス帝国艦隊と戦い、戦術的には痛み分けに終わりました。我が国は第二文明圏最強の国家として、また世界五列強の2番手として、プライドを賭けて戦った……にも関わらず、我が艦隊は大した戦果も挙げられぬまま、大敗してしまいました。

その時、私は思ったのです。奴らには、この(ふね)では勝てない……と。特に、彼らの航空機は非常に大きな脅威だと、そう感じました」

 

 口を挟むことなく、堺は黙って頷きながら、テナルの話を聞いている。

 

「そこで、貴国に……貴国にお願いしたい! 我が艦、戦艦『ラ・エルド』の修理兼改造を!

聞くところによれば、姉妹艦の『ラ・カサミ』は貴国の力を得て生まれ変わり、オタハイト沖でグラ・バルカス艦隊を打ち破ったとか。その力を、ぜひ我が艦にもお与えいただきたい……! 恥を忍んで、お願い申し上げます!」

 

 一息に言い終えると、テナルは深々と頭を下げた。堺は慌てて声をかける。

 

「テナル殿、まずは頭を上げてください。

改造自体は可能かと思います。ですが、貴国の軍司令部のような上層部から許可は取れているのですか? まずそこが分からなければ、どうにも判断ができかねます」

「許可なら、取りました! 許可証もここに!」

 

 テナルは即答し、許可証を取り出して見せた。堺は素早く目を通し、1つ頷く。

 

「許可については、承知しました。ですが、貴国の軍としても、戦艦が長期間前線から抜けるのは、好ましくないのではないですか?」

「はい、それはそうです。そこで、私としてはこのようにお願いしたい。

機関を交換するような大規模改造は、改造工事に時間がかかる上、慣熟訓練にも相当の時間を必要としますので、ご遠慮願いたいと思っております」

「承知いたしました。では、改造内容につきまして何かご注文はございますか?」

「改造内容については、対水上砲戦能力を最低限にしてでも良いので、とにかく対空戦闘能力の向上をお願いしたい。敵の航空機は脅威です。それに、ラ・コンゴ級の就役が始まった今、ラ・カサミ級は遠からず水上砲戦の主役から退くことになるでしょう。ならば、対水上砲戦能力は良いから、とにかく対空戦闘能力を上げたい……と、考えております」

「対水上砲戦能力を削ってでも良いから、対空戦闘能力を向上させたい、と。なるほど……承知しました。

では、改造案を一度検討させていただきたいので、少しお時間をいただけますか?」

「深謝致します。是非とも、よろしくお願いいたします!」

 

 テナルはまた、深々と頭を下げたのであった。

 

 一方その頃、マイカルの港に入港したロデニウス海軍第13艦隊を眺める、2つの人影があった。

 

「うわぁぁぁ……これはすごいっすね! 戦艦や空母といった主力艦がこんなに……!」

「ラ・コンゴ級……もといコンゴウ型がざっと4隻、それからナガト型もいるのか? おっと、今にも倒れそうなあの特徴的な艦橋は、フソウだな。空母は……どれも似たような格好なんでよく分からんが、艦橋が左にある奴がいるから、ヒリュウがいるのは間違いないな!」

 

 ムー統括海軍マイカル基地司令部の建物屋上から、停泊するロデニウス艦隊を双眼鏡越しに眺め、感嘆の声を上げているのは、ムー統括軍の技術士官リアス・アキリーズ少佐とマイラス・ルクレール中佐である。2人揃って、まるで宝の山でも掘り当てた冒険者のように目をキラキラさせている。

 現在、ロデニウス海軍第13艦隊は、ドーソン基地にいる”(くし)()”を除けば全艦がマイカル港に集結していた。全艦とはいっても、中には艤装を展開して「艦艇形態」になっていない艦もいるので、マイラスとリアスの目には全艦艇は映っていない。だがそれでも、200隻程度もの艦艇が錨を下ろしている様は圧巻であった。

 

「あっ……『(ハル)()』もいるのか……」

 

 (こん)(ごう)型戦艦4隻のうち1隻は、艦体前部に独特の塗装を施している。白と黒の不規則な縞模様だ。こんな塗装をしている戦艦は、「榛名」だけである。

 気になっているあの人が、今ここにいる……それに気付いて心拍数が若干増えているマイラスに、リアスが興奮気味に尋ねた。

 

「ヒリュウといえば、確かバルドー准将閣下の教官でしたっけ?」

「あ? ああ、そういやラッサンがそんなこと言ってたな。やたら積極的に敵艦隊に接近し、殴りに行く人なんだってよ。バルドー閣下もすっかり指揮が攻撃的になった、ともっぱらの噂だ」

「マイラス先輩、見てください! フソウの隣にいる、あのデカい奴……あれってもしかして!」

「どれどれ、アレか! 間違いない、ヤマト型だ!

ヤマト型まで出してきたのか……こりゃロデニウスも本気だな!」

「あれがヤマト型……でかいですね! 横幅は確か……結構あるんでしたよね?」

「ああ。あのすらりとした艦橋……あれがどうにも美しいな。ラ・コンゴ級の武骨な艦橋とは大違いだ!」

 

 ロデニウス海軍最強の戦艦たるヤマト型(正確には「()(さし)(かい)()」)を見つけ、大興奮の2人。リアスはうっかり口が軽くなりかけて、ヤマト型の横幅を口に出しかけて慌てて飲み込んだ。そしてあることに気付く。

 

「あれ? でもヤマト型って、確か主砲は三連装砲でしたよね?」

「そのはずだが……あれは連装砲? 急に装いを変えたな」

「何で主砲の門数を減らしたんですかね? 砲門数が減ったら、戦艦の命たる火力が減少してしまうでしょうに」

「もしかしたら、その分大口径化したのかもな。まあ、そんなことしようと思ったらとんでもない大工事が必要になるから、普通じゃ無理なんだが……」

「ロデニウスの第13艦隊なら、できてしまう、ですね……」

 

 ロデニウス連合王国海軍第13艦隊は「軍艦」ではなく「艦娘」であることを思い出し、主砲を大口径化するなんて工事も可能だろう、と2人の技術士官は納得した。

 

「それにしても、これだけの戦力があったらグラ・バルカス帝国艦隊に勝てますかね? 奴らは、世界連合艦隊と神聖ミリシアル帝国艦隊の合同部隊ですら破った怪物ですが……」

「分からん。数は明らかに向こうが優勢だからな。航空機の性能と、特に戦闘機の数、それと戦艦の主砲の命中精度次第ってところか」

 

 リアスの質問にはそのように答えたものの、マイラスもまた、ロデニウス艦隊の勝利を祈ってやまなかった。

 現状、第二文明圏各国の海軍力では、グラ・バルカス帝国艦隊を破るには圧倒的に力不足だ。ムー統括海軍ですら戦力不足なのだから、ニグラート連合の竜母機動部隊だろうとマギカライヒ共同体の機甲戦列艦隊だろうと、勝てるものではない。

 また、神聖ミリシアル帝国の魔導艦隊は、グラ・バルカス帝国艦隊と弾切れになるまで撃ち合ったらしい。ということは、少なくともミリシアルの戦艦部隊には相応の力があるということになる。だが、空母機動部隊同士の航空戦で惨敗したと聞いた以上、航空主兵論者たるを自認するマイラスにとっては、ミリシアル海軍を信じるには不安があった。しかも、ミリシアルの戦艦群は敵艦隊との砲戦で大きな被害を受けており、しばらくは修理と戦力補充のため動けないだろう。

 だが、ロデニウス連合王国の艦隊……それも、あの堺が率いる第13艦隊ならば、どうであろうか。戦艦はコンゴウ型どころかナガト型、果てはあの「グレードアトラスター」と同等の戦闘力を持つとされるヤマト型すら有しており、空母も飛行甲板に装甲板を張ったタイホウのような重防御空母を保有している。さらには魚雷、レーダー、時速600㎞超の高速戦闘機まで、ムーでも想像できないような新兵器を多数有しているのだ。そのロデニウス艦隊なら……あるいはもしかすると、グラ・バルカス帝国艦隊を破ってくれるのではないか。

そしてロデニウス艦隊が負けてしまうと、今度こそ全ての希望が絶たれることになってしまうのだ。ロデニウス艦隊が敗北すれば、現状ムー大陸近辺に有力な味方はいない。そのため、チェックメイトとなってしまうのである。

 

(頼みます、堺殿)

 

 マイラスは1人静かに、ロデニウス艦隊の勝利を祈っていた。そしてリアスもまた、ロデニウス艦隊の勝利を祈ってやまなかった。

 

 

 一方その頃、マイカル近郊 アイナンク空港の隣に設置されたムー統括空軍基地。

 

「搭乗員整列!」

 

 基地の格納庫いっぱいに響く大声で号令がかかり、ムー統括空軍のパイロットたちが駆け足で走る。そして瞬く間に、基地司令アルベルト・ガーランド大佐の前に整列した。

 箱の上に立ち、十分な視界を確保したガーランドは、搭乗員たちの顔を見渡しながら声を張り上げる。

 

「傾注! 総員よく聞いてくれ。グラ・バルカス帝国軍がいつ我が国に攻め込んでくるやも分からない以上、我々はいつグラ・バルカス帝国の侵攻が始まっても対応できるよう、備えておかなければならない。そして敵に備えるためには、航空機搭乗員の練度を高め、戦闘機搭乗員なら戦場の制空権を確実に取れるように、爆撃機搭乗員なら敵陸軍や艦艇に正確に爆弾を叩き込めるように、熟練しておく必要があると私は考える。

そこで私は司令部に掛け合って、ロデニウス連合王国から教官を派遣してもらえないか交渉した。その結果、ロデニウス側から3ヶ月間だけだが教官を派遣してもらえることになった!

ロデニウス連合王国軍司令部によれば、教官たちはいずれも一騎当千の強者ばかりだそうだ。時間は3ヶ月程度しかない、総員よく学び、時には休憩して、自身の練度を最大限まで高めておくように!

私からは以上だ。ではこれより、諸君の教官を務めてくださる方々をご紹介する」

 

 ガーランドの訓示を聞きながら、急降下爆撃隊の隊員の1人であるマック・ラスキン少尉は考え込んでいた。

 

(教官か……そういえば、ロデニウス連合王国にも急降下爆撃機乗りの方はいたんだったな、それも母艦搭乗員が。

せっかくだ、この機会に航空母艦への着艦指導もやってもらうしかないな。陸上飛行場への着陸は、そこそこ経験したし)

 

 元々ラスキンは、ムー海軍が配備する予定の新鋭航空母艦「ラ・ラツカ」への配属が内定していた。そこで、彼は洋上航法訓練のためオタハイト近郊の飛行場に移動を命じられ、同地に展開していた。そこでオタハイト沖海戦に遭遇し、初陣を飾ったのである。

その後今度は、ラスキンは「ロデニウス艦隊の母艦航空隊との合同訓練に参加し、自身の技量を高めよ」と命じられ、マイカルへ移動することになった。そして今に至る、という訳である。

 するとここで、ガーランドに代わって新たな人物が壇上に上がった。ヒト族の女性のようだ。

 

「グーテン・モルゲン……失礼した、挨拶を間違えた。

初めまして、ムー統括空軍の搭乗員諸君。私はハンス・ウルリッヒ・ルーデル、ロデニウス海軍第13艦隊の母艦航空隊長だ。急降下爆撃を得意としている。ここでは急降下爆撃機乗り諸君の教官を務めることになる」

 

 教官の自己紹介を聞いて、ラスキンは一瞬考える。

 

(あの人が、俺たちの教官か)

 

 なお、自己紹介を聞いて、ムー空軍急降下爆撃隊の今後について「あっ……(察し)」となった人、先生怒らないから手を挙げなさい。

 

「突然だが、諸君に問う。諸君は、急降下爆撃は好きか?

(ん!?)

 

 不意に教官から投げかけられた質問に、ラスキンはぎょっとした。

 

(い、いきなり何なんだ!? 急降下爆撃は好きか、だなんて……)

 

 ラスキンがあっけに取られている間に、妖精ルーデルは発言を続けている。

 

「こんなナリだが、私の階級は大佐だ。普通に考えれば、こんな現場で航空隊の指揮をしているような階級ではない。しかし私は、今もなお現場で爆撃隊を率いている。それは何故か?

それは(ひとえ)に、急降下爆撃が大好きだからだ!

 

 話しているうちに妖精ルーデルの目は輝き、口元には笑みが浮かんでいる。

 

「諸君、私は急降下爆撃が好きだ! 諸君、私は急降下爆撃が大好きだ!

空中戦も良い、電撃戦も良い、艦隊戦も良い! だが何にも勝るのが急降下爆撃だ!」

 

 アツく語り始めた妖精ルーデルの後ろでは、相方の妖精”エルンスト・ガーデルマン”が苦笑いをしている。

 

「平原で、市街地で、森林で、凍土で、砂漠で、海上で、……この地上で行われるありとあらゆる急降下爆撃が大好きだ!」

 

 ムー空軍の戦闘機乗りたちの中には、ドン引きしている者も少なからずいた。だがラスキンは違った。

 妖精ルーデルがぶち上げ始めた演説の内容を聞き、半ば(こう)(こつ)とした表情で喋っている彼を見るうちに、彼は気付いた。

 

(俺と同じだ……。この人、急降下爆撃こそが自分の取るべき道であり、急降下爆撃機こそが自身の乗るべき機体だったと気付いているんだ……!)

 

 妖精ルーデルの演説は、まだ続いている。

 

「敢えて言おう! 急降下爆撃には、無限の可能性がある!

私の役割は、諸君にそんな急降下爆撃が持つ可能性の一端を示し、諸君が自らの手で急降下爆撃の新たな境地を切り開くその下地を作ることである!」

 

 一度言葉を切り、妖精ルーデルは一同を見渡しながら、もう一度質問を投げた。

 

「ここで諸君にもう一度問おう。諸君、急降下爆撃は好きか!?

 

 その瞬間、ラスキンは勢いよく挙手していた。

 

「小官も、急降下爆撃が大好きであります!」

 

 当然、これに目をつけないルーデルではない。

 

「良い返事だ。君、官姓名は何という?」

「は! 小官はムー統括空軍の急降下爆撃機乗り、マック・ラスキン少尉であります!」

「ラスキン少尉、その堂々たる態度は気に入った。君とは上手くやっていけそうだ! しばらくの間だが、よろしく頼む!」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 

 ここに1人、「空の魔王」に目を付けられたムー人が出現したのであった。

 

 ちなみにだが、ラスキンのネーミングには元ネタがある。勘の良い読者諸賢の皆様は気付いているかもしれないが……彼の名前の元ネタは「クラレンス・マクラスキー・ジュニア」である。これを聞いて「あっ(察し)」となった人、素直に挙手しなさい。

 

 

 また、教官は妖精ルーデルだけではない。ネームド妖精だけでも、戦闘機隊から”(いわ)(もと)(てつ)(ぞう)”と”()(とう)(たて)()”、艦攻隊から”(むら)()(しげ)(はる)”が来ているし、他に一航戦・二航戦・第六〇一航空隊からも精鋭メンバーがずらりと揃っているのだ。えらいことになったものである。

 

 

 テナルが「長門」から退艦した後、堺は無線機を通じて”釧路”に依頼を出した。無論、要件は戦艦「ラ・エルド」の改造である。

 

「またこの忙しい時に……仕方ないですね」

 

 ドーソン基地にて「RV-2ロケット」発射台の建設とロケット本体の搬入、及び燃料となるヒドラジンの搬入作業を監督していた”釧路”は、いきなり飛び込んできた依頼の内容を見て、眉を(ひそ)めた。

 今の彼女はドーソン基地の改修工事(名目は「改修」だが、事実上「魔改造」である)の監督に加え、エヌビア基地改修工事のアドバイザーまでやっているため、正直なところ結構忙しい。そこにまた厄介な案件が飛び込んできたのだ。

 

(これだけ仕事を重ねてくれたんですから、高くつけときますよ……)

 

 人使いの荒さに若干不満を抱えつつも、仕様要求に目を通す”釧路”。

 なお、彼女の不満による皺寄せを真っ先に喰らうことになるのは、他ならぬ堺である。というのも、彼はあくまで第13艦隊の司令官でしかないため、組織の中で言えば「中間管理職」に当たるからだ。

 いつの世もどこの世界でも、組織の中で一番割りを食うのは中間管理職、そしてその部下なのである……。

 

(対水上砲戦能力を最低限度に減らしてでも、対空戦闘能力の向上を図ってほしい、そして工期をなるべく短縮してほしい、ですか……。ということは、「ラ・カサミ」の時のような大規模改修は無理ですね……)

 

 かつて彼女は、ムー海軍の戦艦「ラ・カサミ」の修理兼改造工事を請け負ったことがある。あの時は非常に短かったとはいえ5ヶ月もの期間があったことから、工事の自由度が高く、色々なことができた。そのため、彼女は「改造」という言葉1つでは収まりきらないほどの魔改造を施し、ついには「ラ・カサミ」を(ぜん)()(きゅう)戦艦から(ちょう)()(きゅう)戦艦にクラスチェンジさせてしまったほどである。

 だが、今回は工期が短く、大規模な改造は困難……というか不可能である。やれるとすれば、機銃の増設の他は主砲を換装して電装系を一新し、測距儀やレーダーを取り付けるくらいだろう。

 

(ぶっちゃけた話、この主砲はほぼ役に立たないんですよね……。戦艦砲としては威力不足、しかも仰角そんなに取れないですから対空射撃もできないし、射程も13,000メートル程度しかないし。そしてその主砲に輪をかけて、副砲は要らないですね)

 

 以前「ラ・カサミ」を改造した際に取り外した砲の性能を思い出しながら、”釧路”は考える。

 

(そういえば、海戦で対峙する可能性が最も高いグラ・バルカス帝国の兵器は、第一に航空機、第二に駆逐艦でしたね)

 

 そこで彼女は、別の情報を思い出した。”(あお)()”率いる第13艦隊情報局が提出した、グラ・バルカス帝国海軍戦力の分析レポートである。

 

(ということは……要求にある「最低限度の対水上砲戦能力」を「敵の駆逐艦に対抗できる程度の対水上砲戦能力」と捉えれば、主砲を38口径5inch連装両用砲にすることで、対空戦闘能力の向上と最低限度の対水上砲戦能力の維持を同時に図れますね)

 

 38口径5inch連装両用砲……「5inch連装両用砲Mk.28 mod.2改」は、散布界がやや荒いという欠点を持つ。だが、多数を集めて同時に発射すれば、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」の要領で命中弾を得られるだろう。両用砲故の装填速度の高さと合わせれば、駆逐艦を圧殺できる。

 

(それじゃ、その方向性でいきましょうか。後は、艦上の空いたスペースにありったけの40㎜機関砲と20㎜機銃を搭載して……副砲跡に38口径5inch単装両用砲を装備することも、検討しましょう。今回は、弾着観測機とそれを飛ばす飛行甲板及びカタパルト、それに魚雷と戦闘情報室(CIC)は無し。

艦体は……時間がないからあまり弄れないけど、艦首の衝角(ラム)を取っ払って、代わりに翔鶴型っぽいバルバス・バウを追加することはできそうですね。あと、スクリュープロペラを湾曲したものにすることもできそう……。機関も、電装系をちょっと弄ったら、少しスピードアップを果たせそう……20ノットくらいは見られるでしょうか)

 

 既に彼女の顔は、技術屋(エンジニア)の顔になっている。……残念ながら「頭おかしい(マッド)」という接頭語が付いてしまっているが。

 

(後は、重い主砲と副砲を全撤去するから、もう少しくらい容量に余裕ができそうですね。測距儀か射撃指揮装置、対空レーダー、……一応、低空から来る敵機への備えとして、対水上レーダーも持たせましょう。

ざっとこんなところですかね。よし、それじゃちゃちゃっとコンピュータで計算して設計図を引いて……また新しい玩具を弄れそうですね! グヘヘ……)

 

 今にも(よだれ)を垂らしそうな、イキかけた顔になったその直後、”釧路”はハリセンで後頭部を思い切り叩かれた。そのハリセンの主は、彼女の副長妖精である。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 5日後、2月20日。

 テナル大佐は再びマイカルにやってきていた。彼の向かう先は、マイカルの港に錨を降ろすロデニウス艦隊、その総旗艦たる「長門」である。「お忙しいところ申し訳ございませんが、お話がありますゆえ是非ともお越しください」と堺が招いたのだ。

 

「先日貴殿が仰った、戦艦『ラ・エルド』の改造依頼ですが……その改造案がまとまりました」

 

 挨拶を済ませるや、堺は本題を切り出す。

 

「もうまとまったのですか!? これほど早い対応、感謝いたします」

「いえいえテナル殿、お気になさらずに。ではご覧いただきましょう、こちらが『ラ・エルド改』の想定設計図です」

 

 堺は、応接室のテーブルに青い紙を1枚広げて見せた。この青い紙は、ロデニウス海軍において艦船の設計図を引く時に用いる特殊なものである。旧日本海軍由来の伝統品だ。

テナルは示された設計図を覗き込み、驚いた。驚きに震える彼の唇から漏れた言葉は、たった一言だった。

 

「これが……『ラ・エルド』の改造予想図……」

 

 テナルが驚いたのも、無理はなかった。

 まず、設計図に描かれた「ラ・エルド改」からは、主砲である40口径30.5㎝連装砲が全て撤去されている。舷側に並べられた20口径15.2㎝副砲も、完全に撤去されていた。

 その代わりに、多数の小口径砲が並べられており、その隙間を埋めるようにして無数の対空機銃が、艦首から艦尾まで所狭しと配置されている。艦橋の周囲には、幾つか見たことのない装置が付けられていた。

 唖然……そう表現しても良いほど驚いているテナルに、堺は話し始める。

 

「うちの技術者たちとも話し合った結果、次の結論に至りました。

まず、これまでに集めた情報から分析しますと、グラ・バルカス帝国の戦術思想は艦隊決戦思想ではなく、航空主兵論です。また、同国海軍の戦艦などは大きな脅威ではありますが、最も数が多い艦種は『駆逐艦』と呼ばれる小型艦です。つまり、戦場において最も遭遇する可能性が高いのは、第一に航空機、第二に駆逐艦と言えます。

そこで、その2つの兵器に対抗できることを考え、申し訳ございませんが主砲を換装して、38口径12.7㎝両用砲……貴国では確か、ラ・トラン級防空巡洋艦でしたか、それの主砲に変えることを予定します。合わせて副砲も全撤去し、この両用砲、及び38口径12.7㎝単装両用砲に切り替えます。この設計案でいくと、両用砲の数は前部2基、後部2基、左右片舷2基ずつになり、合計8基16門。そこに片舷2基の12.7㎝単装両用砲を加えると、12.7㎝砲の砲門数は両舷合わせて20門に達します。駆逐艦相手なら、砲門数と速射性による投射火力の高さで圧殺できるでしょう」

 

 大まかながら説明すると、まず「ラ・エルド(戦艦「()(かさ)」を思い浮かべていただきたい)」から40口径30.5㎝連装砲2基を撤去し、続いて舷側にずらりと並んだ20口径15.2㎝単装副砲と8㎝単装副砲も全て撤去する。それから、主砲が無くなって空いた部分には38口径12.7㎝連装両用砲2基を設置する。そして、舷側にあった副砲群のうち艦橋直下に設置されていた副砲の跡には、38口径12.7㎝単装両用砲をシールド付きで配備し、艦体中央部(2本煙突の前後)の左右両舷に合計4基の38口径12.7㎝連装両用砲を設置する。最後に、副砲があったおかげで舷側に開いていた穴を全て埋める。これが、「ラ・エルド改設計案」の骨子である。

 38口径12.7㎝連装両用砲は、散布界がやや荒いという欠点を持つ。だが、これだけの数の砲を集中させれば、手数の多さで散布界の荒さを補えるはずだ。

 また、グラ・バルカス帝国海軍の駆逐艦(正確にはそれに類似する日本海軍の駆逐艦)の砲門数は、幾ら多くても(あき)(づき)型の4基8門だ。それを考えれば、8基16門+4基4門という配備数は凄まじいものがある。それに、「ラ・エルド」は腐っても戦艦、その舷側装甲の分厚さの前には、駆逐艦の砲撃など通らない。

 

「また、両用砲だけでは防空火力が些か不安ですので、空いた隙間には徹底的に40㎜機関砲や20㎜機銃を搭載し、少しでも対空火力を高めています」

 

 設計図上でも、びっしりと機銃が増設されているのが分かる。その配備数たるや、「ボフォース40㎜連装機関砲」4基、「ボフォース40㎜単装機関砲」8基、「エリコン20㎜単装機銃」20基と、如何にも「載せられるだけ載せました」感が満載だ。

 これが実現すれば、「ラ・エルド」はハリネズミのような姿になっているだろう、とテナルは考えた。

 

「それ以外に、新たに(でん)(たん)(そっ)(きょ)()を装備します」

「デンタン?」

「はい。あ、すみません、レーダーと言った方が分かりやすかったでしょうか?」

「レーダー……技術部や情報分析課の面々が言っていたものですね。電波を飛ばして航空機や艦艇に当て、跳ね返ってきた電波の強度や方向などから敵の方位、距離、高度までも測定できるという……」

「よくご存知ですね、その通りでございます。そのレーダーを、対水上艦艇用のものと対空用とに分けて、『ラ・エルド』に装備することを検討しています。対水上艦艇レーダーは、砲撃の水柱までも特定できる優れものですから、乱戦の中であっても自艦の撃った砲弾による水柱だけを探しだし、照準を調整できます」

 

 この説明に、テナルは目を丸くした。

 

「な……貴国のレーダーは、そんなことまでできるのですか!?」

「はい。ただ、レーダーの(かん)(めん)を読むのに少しばかり練習が必要です。ですが、それは2、3ヶ月もあれば形になるでしょう」

「それを聞いて安心しました……。あとすみません、測距儀というのは何でしょう?」

「簡単に申し上げますと、これは照準を合わせるための補助計算機です。まず、双眼鏡を大きく精密にしたような測定器で敵艦との距離、方位を測ります。そこに彼我の進行方向と速度、風向、温度、湿度までもを加えて計算し、砲撃諸元を算出する機械……それが測距儀です。これがあれば、目視で照準するよりも正確な砲撃ができます」

「驚きました。まさか、そんな計算機があるとは……それを、『ラ・エルド』に据え付ける予定であると?」

「はい。それも、最も性能の良い特注品にするつもりです」

「ありがとうございます……これでまた、戦えるでしょう!」

 

 感動しているテナルに、堺はさらに付け足した。

 

「それ以外に細やかですが、艦首の形状を少し改良して凌波性を向上させ、それと同時にスクリュープロペラも湾曲したものに変更します。これにより、最高速力を20ノットにできると試算されます。

仮にこの設計で工事を行う場合、工期は1ヶ月程度と見込まれます。工事費用については、このようになります」

 

 堺が示した数字は、「ラ・エルド改造予算」としてムー統括海軍に降りた金額の枠内に収まるものである。

テナルは即決した。

 

「承知しました。既に司令部とも話はついております。『ラ・エルド』の改造……この案で、よろしくお願いいたします!」

「承りました。では、しばらくお待ちくださいませ。工事が始まりましたら、またお知らせいたします。

それと、合わせて乗員の練度を高めておくことをお勧めします。兵器自体ががらっと変わってしまいますので、乗員も鍛え直しが必要になりましょう。よろしければ、我が艦隊の戦艦に『ラ・エルド改』と同じ装備が載っておりますので、そちらで訓練できるよう調整いたしますが」

「乗員の訓練まで……! ご提案ありがとうございます。一度検討させていただきたい」

 

 かくて、戦艦「ラ・エルド」は防空戦艦となる運命が決まったのである。

 

 

 またこの日、ムー国もついに新型巡洋艦の採用を決定した。新たな巡洋艦の名は、「ラ・リブラ級軽巡洋艦」。

艦級は「軽巡洋艦」だが、こいつは「軽巡」とは名ばかりである。何せ排水量11,000トンオーバーという巨艦であり、ラ・デルタ級装甲巡洋艦よりデカい(ラ・デルタ級の排水量は7,700トン)のだ。「軽巡洋艦」という名称にしたのは、()(まん)のため、というのが理由の1つである。

 この艦の正体は「クリーブランド級軽巡洋艦」。アメリカ合衆国が建造していた大型の軽巡洋艦だ。47口径15.2㎝三連装砲4基、38口径12.7㎝連装両用砲4〜6基、その他対空機銃多数を搭載している。主砲である15.2㎝砲は、1発当たりの威力は小さいが、速射性能が6秒/発と高く、短時間に多数の砲弾を叩き付けることができる。水上索敵レーダーもあるため早期に敵艦を発見し、射撃用レーダーも活用して命中精度を確保することが可能であり、短い時間に正確な砲撃を叩き付け、弾量で敵を圧倒できる強みがある。

 また、この艦は水上砲戦を専門に戦う巡洋艦でありながら、対空火力もラ・トラン級と同レベルのものを確保しており、対空レーダーもしっかり備えている。対空・対水上戦闘いずれも活躍が見込めるものであり、量産配備すれば素晴らしい威力を発揮できると見積もられていた。

 ただ残念なことに、今のムーの技術力では、これほどの速射性能を持つ中口径主砲の製造が容易でない。そのためムー海軍では「(つな)ぎの案」として、ラ・トラン級の主砲である両用砲を長砲身化し、50口径12.7㎝両用砲を開発して、「改ラ・トラン級」とでも言うべき防空巡洋艦を建造することも検討している。

 

 グラ・バルカス帝国に対抗するため、ムー国も新たな力を身につけようとしていたのだ。

 来るべき決戦に向け……ムー統括軍の強化は続く。

 

 

 テナルが退出した「長門」長官公室では、堺が書類仕事に戻っていた。

 このところ彼の仕事量は増える一方である。ムー統括軍との調整や合同訓練予定の承認、戦略・作戦の考案、艦隊への補給のための折衝……数え上げればキリがない。書類仕事もその1つだった。

 壊滅状態に近い事務処理能力を必死に振り回し、どうにか書類を捌いていく堺。その手が、ある書類を掴んだところで止まる。

 

「ああしまった……この部隊に派遣する増援も考えないと……」

 

 何かを忘れていた様子で呟く堺。その書類の表題は、こう記されていた。

 

作戦名:怪物猎人(オペレーション・モンスターハンター)

依頼内容:1. マギカライヒ共同体領内において突如出現した、多数の魔物の討伐

2. 同魔物群の中枢と見られる強力な魔物の駆除(捕獲又は討伐)

依頼人:マギカライヒ学院連合

作戦遂行地点: マギカライヒ共同体首都エーベスト北方50㎞地点 バルーン平野』




以上、戦艦「ラ・エルド」改造が決定しました。テナル大佐……アンタ、相当に航空機に懲りたようですな。
某架空戦記では、古鷹型の面々が太平洋戦争開戦前に改造され、20㎝主砲を外した代わりにありったけの12.7㎝連装高角砲を装備して、防空巡洋艦として活躍していますが……「ラ・エルド」もそれに倣うのでしょうか。乞うご期待。

そしてどうやら、ムー空軍の急降下爆撃隊に凄まじい強化のメスが入った模様。戦術教書は江草さんお墨付の一品、それに加えて派遣された教官がまさかの魔王閣下(を含む怪物クラス多数)。そして素材は米軍の名ドーントレス乗り……もう嫌な予感しかしない。


評価6をくださいました福來様
評価8をくださいました第13号海防艦様、たうらす様、
評価9をくださいましたガーゴイル様、シン様、黒鷹商業組合様、黒ささみ様、フン族様
ありがとうございます!!
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次回予告。

グラ・バルカス帝国との戦いに備えるロデニウス連合王国軍。そこに突如、マギカライヒ共同体から緊急の依頼が舞い込んできた。それは、かつてロデニウス軍が行った「ある作戦」に似た内容だった……
次回「バルーン平野の戦い」

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