鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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「オペレーション・モンスターハンター」発動!

……そしてMHRiseやりたい。



136. バルーン平野の戦い

 また少しだけ、時を(さかのぼ)る。

 中央暦1643年2月12日、第二文明圏準列強マギカライヒ共同体南部 港町ミル。

 マギカライヒ学院連合(事実上の政府)からの依頼により、首都エーベストに近い港町ミルに新たに建設されたある病院は今、戦場というべき様相を呈していた。

 次々と運び込まれる負傷した兵士たち。ある者は呻き声を漏らし、身体に巻かれた包帯が真っ赤に染まっている。重度の負傷兵に対しては、回復魔法の扱いに長ける魔導士が回復魔法をかけ続け、必要ならば治療室へと移されていく。

 彼らは世界連合艦隊に参加し、ニグラート連合西部のバルチスタ岬沖でグラ・バルカス艦隊と戦った、各国海軍の兵たちである。バルチスタ海域からそう遠くないこの港町ミルが、ニグラート連合で収容しきれなかった負傷者たちを受け入れているのだ。

 そんな病院の一室で、1人の男が目を覚ました。

 

「うぅ……ぅぅぅ……」

 

 白く、無機質な天井が視界を覆う。男は1人呟いた。

 

「お……俺は……助かった、のか……?」

 

 全身に痛みが走り、思うように動かせない。

 鍛え上げられた肉体を持つ中年の男性……中央法王国海軍の提督ファルタスは、ベッドに仰向けに横たわったまま、何があったのかを思い出す。

 中央世界の文明圏国家の一国として、艦隊を率いて国の威信を背負い、世界連合艦隊に参加した。

 戦闘状態に突入した直後、迫り来る敵の鉄竜(急降下爆撃機のこと)を魔法で迎え撃とうとした瞬間、敵から放たれた光弾が船を貫いた。そして魔法を使う暇もなく、船の爆発とともに海へ投げ出されたのだった。その時に気絶してしまい、今やっと意識を取り戻したというわけである。

 

「あれほど……修行に打ち込み、(たん)(れん)したのに……実戦で、役に立つことは……全くなかった……」

 

 国の代表として、自分は戦場に挑んだ。敵と戦うまでは、圧倒的な自信があった。

 だが、その自信は今や、木っ端微塵に打ち砕かれている。

 

「何が大魔導師ファルタスだ……! 何が英雄……ファルタス提督だ……!」

 

 部下がどうなったのかさえ分からない。自分が今までやってきたことは、全くの無駄であったとさえ思えてくる。

 あまりの悔しさに、涙がファルタスの頬を伝った。

 

「おお、意識が戻ったか! よかった……貴方は生死の境をさまよっておったのじゃよ」

 

 そこへ、ローブをまとった老人が1人やってくる。その手には杖が握られており、典型的な魔導士という出で立ちをしていた。

 

「助けてくださったのですね、感謝します。ありがとう」

「うむ、完全に動けるようになるには、もうしばらくかかるじゃろう。じゃが、峠は越えた、というところじゃな。もう少しだけの辛抱じゃ」

 

 老人はファルタスの状態を手早くチェックすると、すぐに戻っていった。負傷者が多く、命の危険がある者も多いため、回復した人間1人にかける時間が惜しいのである。

 ファルタスは、どうやって自分はここへ運び込まれたのか、戦いの結果はどうなったのかを、周囲の負傷者に聞いてみた。そして彼らから伝えられたのは、残酷な現実であった。戦いは痛み分けに終わり、自国の軍は壊滅、部下も多くが戦死したというのである。

 自分は無能だ、部下の命すら守れなかった……そう思い、ファルタスの気分は暗く沈んだ。

 

 

 その5日後、中央暦1643年2月17日。

 だいぶ回復し、身体も動くようになってきた頃、ファルタスは個室へと移されていた。そんな彼の個室に、急に来客があった。

 

「失礼します」

 

 入ってきたのは、ぱりっとした軍服に身を包んだ者たちが3人。マギカライヒ共同体の軍の者と見えた。

 

「ファルタス・ラ・バーン提督でいらっしゃいますね? 私はマギカライヒ学院連合首都防衛部・陸上隊指揮官のルイジルと申します」

「中央法王国海軍のファルタスです。何かご用でしょうか?」

「本日は、お知恵を拝借したく参りました。提督は大魔導師でもあらせられるとお聞きしています。古の魔法帝国の魔法も、研究しておられたとか」

「それはまぁ……そうですが」

 

 ファルタスは海軍軍人であるが、同時に古の魔法帝国についての研究者なのである。主に、光翼人が個人で使用できる魔法の研究をしている。

 魔法帝国の魔導機関も凄まじい性能だが、個人魔法も現代魔法とは隔絶したものであった。ものによっては国家機密にあたるため、話すことはできない。そのためファルタスは、少し身構えていた。

 ルイジルは、やや重苦しそうな口調で話し出す。

 

「実は……我が国の首都北方100㎞の位置に、古の魔法帝国の遺跡の1つがあります」

「ほう?」

 

 古の魔法帝国の遺跡は、各国が国家機密として取り扱っている場合がほとんどである。

 そんな国家機密を他国の軍人に話すなど、通常では考えられない。何か大きな事件があったのだろう。

 

「……先日、その遺跡の調査中に研究員があるボタンを押したところ、棺が開かれ、化け物が出現したのです」

 

 ルイジルの口調がさらに重くなる。

 

「その化け物は我々が保有する文献には記述がなく、すさまじいまでの魔力を持ち、調査隊の隊員30人中19人が殺害されました」

「な……なんと!」

「それだけではありません。化け物討伐のために陸上隊20人を派遣したのですが、これも全滅してしまったのです!」

「軍人がやられてしまったのですか」

 

 ファルタスも、これは大変な事態だと直感した。

 

「はい。しかもその後、化け物は大型ゴーレムを20体作成し、我が国の首都に向けて進攻を開始しました。マギカライヒ共同体学院連合は、本件を国家の非常事態と捉え、陸上隊主力の本格派遣を決定しています。しかし、我が国はムー国と同様に機械文明に重きを置いた国であり、魔法の知識が乏しい者も多く、古の魔法帝国に精通する者が少ないのです。

そこで、魔法に詳しいファルタス提督がこの病院に入院されていると聞き、お知恵をお借りしたく参りました」

「回答できる範囲でお話ししましょう。その化け物の特徴を教えていただけますか?」

 

 こうなると、ファルタスとしても関心をくすぐられるものである。

 

「はい、背丈は人間の成人男性ほどの大きさです。全身がぶつぶつした皮膚に覆われ、強力な魔力を帯びているようです。魔法を使用する際は、背中から光の翼が生えたかのごとく輝きます」

 

 ここまで聞いて、ファルタスはぎょっとした。

 

「ま……まさか、光翼人そのもの……? いや、確か光翼人は人間に近い肌の色で、容姿も整っていると聞いたことがあるから、違うようですな」

「はい、仰る通りです。光翼人は目鼻口の顔立ちが整った、肌も人間に近い色白であったと文献に残っています。ですが、今回の化け物は肌が青だったり緑だったり、部分的にまだらです。目もどす黒く、人ではなく魔物に分類できると思います。それと、口から強力な魔力弾を放ち、その威力はワイバーンロードの導力火炎弾を上回ります。さらに、魔力障壁も展開できるようで、小銃弾が弾き返されたとの報告も受けています」

 

 ここでファルタスは、ある可能性に思い至った。

 

「まさか……研究中だったとされる、量産型ノスグーラではないでしょうか?」

「ノス……? 何でしょうか、それは?」

 

 どうやらこちらには、魔王ノスグーラの情報そのものがあまり伝わっていないらしい。そう察したファルタスは、自分の持てる情報を総動員してゆっくりと説明を開始した。

 

 古の魔法帝国ことラヴァーナル帝国は、生物学において、新種の生物を創造できる領域まで研究が進んでいた。

 竜魔大戦で多くの戦死者を出した帝国は、自分たちに代わる戦闘生物を研究していたとされている。その試作型の一種が、おとぎ話に語られる「魔王ノスグーラ」であった。

 試作型戦闘生物たったの1体で、過去文明水準が低かった各種族は絶滅寸前まで追い込まれたのだ。非常に強力な生物兵器だったと言えよう。

 ただ、中央法王国が持つ文献では、ノスグーラを製造する上で使用する魔力量が尋常ではなく、あまりにもコストパフォーマンスが悪かったため、型式の異なる少数が製造されたのみで量産には至らなかったとのことであった。

 

 あまりある魔力量、この惑星に存在する魔物を操る念動力、高い忠誠心、そして永遠の寿命。これらの要素を与えたが故に、魔王ノスグーラは非常に製造コストの高い兵器と化してしまったのだ。これには、さすがの光翼人も再考せざるを得なかったのである。

 反省した古の魔法帝国は、魔力量を抑え、念動力を削った上で、適度な戦闘能力と知能を与え、魔導兵器を自ら操れる程度の「廉価版ノスグーラ」を設計することとなる。いろいろと計算をした結果、光翼人を模した形が最適と考えられた。その結果、魔力を放出する際は光の翼を展開する化け物が完成した。

 仮称「量産型ノスグーラ」は、型式も様々であったとされている。翼のような光を発する化け物であれば、おそらくそれであろう。

 

 ファルタスはこのように説明した上で、ルイジルたちに尋ねる。

 

「その化け物は、よもや魔導兵器を持ってはいませんでしたか? もしも古の兵器を持っていたら、非常に厄介ですぞ」

 

 古の魔法帝国が陸戦で使用した数々の兵器群は、どれも現在の文明水準の戦況を覆しうるほどの兵器である。伝え聞いただけでも、とんでもない性能だと容易に理解できるほどだ。

 仮に1つでも使用されていれば、敵が単体とはいえマギカライヒ共同体では荷が重いだろう。

 

「いえ、魔導兵器のようなものは今のところ確認されておりません。しかし、ただの魔物ではなく古の兵器の一種だったとは……。これは、他国にも支援を仰ぐ必要もあるでしょうね」

「私もその化け物を一目見てみたいものです。何かお力になれるかもしれませんし」

「是非お願いしたい。提督の魔物の知識は、我々には非常に助かります」

 

 その後いくつかの質問を経て、マギカライヒ共同体の軍人たちは本部に戻っていった。

 

 突如現れた怪物が、古の魔法帝国の兵器だったと判明し、マギカライヒ学院連合上層部は騒然となった。そして万が一の場合は国家級の危機になると考えたマギカライヒ学院連合は、他国に対して直ちに増援を求めようとした。そこにちょうど、朗報が飛び込んだのである。

 それは、古の勇者たちによって封印された「魔王ノスグーラ」が先日復活し、トーパ王国とロデニウス連合王国の迎撃により倒されたという話である。しかも、そのロデニウス連合王国軍がムー国の救援のため、このムー大陸・第二文明圏に展開しつつあるというのだ。何というチャンスであろうか。

 マギカライヒ学院連合はロデニウス連合王国に対し、軍の派遣を要請した。折しもロデニウス連合王国側も、ムー大陸における対グラ・バルカス帝国反攻作戦に備えて、ムー大陸南部に陸軍部隊を派遣しようと検討していたところであり、両国の意見は直ちに一致。そしてロデニウス連合王国軍の派遣が決定した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その翌日、中央暦1643年2月18日、列強ムー国南東部 商業都市マイカル。

 グラ・バルカス帝国の脅威がムー国にも広がり、ロデニウス連合王国にはムー国から、再三にわたる軍事支援の要請が送られている。それに対してロデニウス連合王国政府は、軍事同盟に基づいての参戦を決定し、ムー国に軍隊を送り込んでいた。

 ロデニウス連合王国軍の強さは圧倒的であると見られており、特にムー国は、彼らならグラ・バルカス帝国軍にも勝てる可能性があると踏んでいる。

 そのロデニウス連合王国軍のうち、陸軍第13軍団・戦車第11連隊は、反攻作戦実施にあたってムー大陸の地理的状況を把握すべく、本隊に先行して同大陸南部に展開するよう命じられ、出撃態勢を整えつつあった。その指揮官……仲間たちからは"(いけ)()(すえ)()"と呼ばれる妖精は、軍司令部から届いた命令書を読んでいた。

 

「ついに、出撃命令が来たか……。……って、ん? こ、これは?」

 

 命令書にはこう書かれていたのだ。

 

『第13軍団・戦車第11連隊は、2月19日を期してマイカルを出撃、マギカライヒ共同体の港町ミルへ上陸。反攻作戦発動に備え、現地にて地理的情報の収集に当たれ。

なお、マギカライヒ学院連合(マギカライヒ共同体政府)より強力な魔物駆除の支援要請あり。マギカライヒ共同体到着後は、魔物駆除任務を最優先任務として行動せよ』

 

 魔物駆除任務。この単語が登場したロデニウス連合王国軍の作戦命令書は、現時点で1つしかない。『氷山作戦(オペレーション・アイスバーグ)』……トーパ王国に侵攻した「魔王ノスグーラ」率いる魔物の大部隊を撃砕した作戦である。妖精池田は、命令書の「強力な魔物駆除」という記述から、この任務が「氷山作戦」と同種の任務であると直感していた。

 さらに、その命令書の後ろには作戦指令書が付属しており、そこには妖精池田が直感した通りの内容が書かれていた。

 

作戦名:怪物猎人(オペレーション・モンスターハンター)

依頼内容:1. マギカライヒ共同体領内において突如出現した、多数の魔物の討伐

     2. 同魔物群の中枢と見られる強力な魔物の駆除(捕獲又は討伐)』

 

 あの「氷山作戦」においては、先遣隊として比較的小規模の部隊が派遣されたはずだった。しかし、既に民間人が食害されている状況であり、本隊の到着を待っていては民間人に甚大な被害が出ると判断され、本隊の到着前に「魔王軍」と称する生物群と戦う羽目になったのだ。それらの魔物の中でも「魔王ノスグーラ」は非常に強力であり、MG34機関銃やM40GRGガラント銃の銃撃も物ともせず、更にはなんと妖精ルーデルの1トン爆弾による急降下爆撃と、妖精ヴィットマン搭乗の「ティーガーI」を含む戦車隊の一斉砲撃による同時攻撃ですら、凌ぎきってみせた。先遣隊は最終的に、最大の火力である戦艦「大和(やまと)」の46㎝砲のゼロ距離発射を以て、ようやくのことで「魔王ノスグーラ」を倒したそうである。

 単一の生命体としては、信じられない存在であった。トーパ王国に派遣されていた部隊の面々は、報告書に「あんな生物とは二度と戦いたくない」「あれが我々と同じ生物だとはとても思えない」と記している。妖精ヴィットマンも、「今回はノスグーラが1体しかいなかったから良かったようなものである。ノスグーラのような敵が複数同時に出現した時にどのように対処すべきか、我々は今から考えておくべきである」とはっきり文章にしたほどだ。

 

 妖精池田は、当然のように「氷山作戦」の報告書に目を通しており、これは(しゃ)()にならない強敵が出てくる可能性があると踏んでいた。

 しかも最悪なことに、今回動員された部隊は戦車第11連隊のみである。そう、この部隊の装備はというと「九七式中戦車 チハ」39輌と「九五式軽戦車 ハ号」25輌。数だけは「氷山作戦」参加部隊より多いし、戦車第11連隊の戦闘経験はロデニウス陸軍の中でも最も多いが、「ティーガーI」や「パンター改」ほどの火力はない。もちろん46㎝砲なんてあるはずがない。

 もし敵が「魔王ノスグーラ」のような怪物であったとしたら、果たして勝てるのか。妖精池田は、それが大きな心配であった。

 第二文明圏の国家が、わざわざロデニウス連合王国に要請してくるほどの相手だ。とんでもない強敵である可能性が高い。

 妖精池田は必死で軍司令部と交渉し、更なる援軍を求める旨を強く進言した。その結果、マギカライヒ共同体に派遣される部隊は以下のようになったのである。

 

(大東洋防衛軍・マギカライヒ方面派遣部隊)

・ロデニウス連合王国陸軍第13軍団 戦車第11連隊

・トーパ王国軍狙撃部隊 サッキア中隊(歩兵40人、トルメキア級砲艦「ロマンシア」に搭乗)

・第13艦隊護衛部隊 戦艦「アイオワ」、航空母艦「(ずい)(かく)」、駆逐艦「(あかつき)」「ヴェールヌイ」「(いかずち)」「(いなづま)

 

 妖精池田としては不満な内容であった。だが、即応兵力の展開はこれが精一杯であり、後で増援として有力な部隊を送る、と軍司令部との約束を取り付けられたため、やむなくこれで決着とした。

 戦車第11連隊は第六駆逐隊の「ヴェールヌイ」に乗り込み、マギカライヒ共同体へ向かうのである。また、上空支援戦力として、航空母艦「瑞鶴」の航空隊が付いてきていた。その陣容は「(きっ)()(かい)」24機、「(れっ)(ぷう)一一型」12機、「(さい)(うん)」6機、そして最大の対地戦力たる「Ju87C改(Rudel Gruppe)」34機である。命令書の内容を聞いた途端、妖精ルーデルが「是非とも出撃させて欲しい」と強く希望してきたため、その主張が通った形だった。

 言うまでもないが、妖精ルーデルが企んだのは「リベンジ」である。相手が「魔王ノスグーラ」に匹敵するものだと仮定して、今度こそ自身の手でそれを撃破しようとしたのだ。「氷山作戦」におけるノスグーラ討伐失敗を、随分と根に持っていたのである。

 え、ムー統括空軍のパイロットたちの教官任務? 第六〇一航空隊に一時的に任せ(押し付け)ました。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し時が経ち、中央暦1643年2月21日、マギカライヒ共同体 首都エーベスト北方50㎞地点、バルーン平野。

 平野には、マスケット銃を持った多数の歩兵たちが展開していた。その他にも馬に牽引された魔導砲、そして騎士たちが整然と並び、後ろには航空戦力であるワイバーン25体が控えている。

 部隊をまとめるマギカライヒ共同体首都防衛部陸上隊将官ルイジルは、後方の仮設司令部で待機しながら軍の展開状況を把握していた。そして、傍らに立つファルタス提督に作戦書をチェックしつつ話しかける。

 

「まもなく大東洋防衛軍の派遣部隊が到着しますので、合流後、現況を作戦計画と合わせてご説明いたします」

「わかりました。それにしても……」

 

 ファルタスはバルーン平野に隣接する森のほうを見る。

 そこには奇怪な石の塔が聳え立っていた。突如として建ったという石の塔は、木の根や土が絡みついて禍々しく見えるだけでなく、とてつもない魔力を帯びていた。

 ファルタスは嫌な予感がして身震いする。

 

 しばらくすると、大東洋防衛軍とおぼしき一個部隊が接近してきた。が、それがまた面妖な怪物を大量に連れていたのである。

 

「何だあれは……」

 

 報告を受けたルイジルは、その部隊のほうをちらと見やって呟いた。

 全身に鉄板を貼り付けているらしい、全長3メートルもありそうな巨大な怪物が数十体、こちらに近付いてくる。脚回りは見たこともない奇妙な形状になっており、キュラキュラキュラという異様な音が耳につく。そいつの背中には長大な筒のようなものが突き出ていた。もしかすると、大砲なのかもしれない。

 到着したその怪物のうち1体の上部が、金属音と共に開いた。そしてそこから、くすんだ緑色の服を着たヒト族の女性が1人出てくる。これを見て、ルイジルはやっと気付いた。この怪物はそもそも生物ではない。おそらく、ムーの自動車のような移動機械なのだ。

 マギカライヒ共同体では、指揮官は比較的きらびやかな服を着る文化があるので、ルイジルから見るとロデニウス連合王国軍はひどく野蛮に見えた。その指揮官らしき女性と、もう1人、銃を持った歩兵部隊を率いてきた男性が、ルイジルの前に立ち、敬礼しながら自己紹介する。

 

「ロデニウス連合王国陸軍第13軍団、戦車第11連隊司令の池田末男と申します」

「トーパ王国陸軍狙撃部隊、サッキア中隊指揮官のミッコ・カルダイネンと申します」

「私は、マギカライヒ共同体のルイジルといいます。この度は学院連合の要請を受けていただき、感謝いたします」

「私は、中央法王国海軍のファルタスという。マギカライヒ共同体陸軍のアドバイザーとして、こちらに来させてもらっている。今回はよろしくお願いする」

 

 4者4様の自己紹介。そして、妖精池田が口火を切った。

 

「我々は情報収集を含めた任務を請け負っている先遣隊です。現況について、概要をお聞かせ願います」

 

 そう言いながら、妖精池田は既に嫌な予感を抱いていた。軍が展開しているのは良いが、その雰囲気があまりにピリピリしている。よほどのことがあったとしか思えなかった。

 

「はい、実は……」

 

 ルイジルはファルタスと妖精池田、そしてミッコに、状況の説明を行った。

 

「ここがその最前線というわけですね。お話は承知致しました」

「ただ、その魔物は突然足を止めました。我々は敵の出方を見ていたのですが、……一夜にして突然、あの塔が現れたのです」

 

 土が付着した、禍々しい石の塔を指さすルイジル。

 塔の下には何か大きな柱状のものが突き出ていて、地面を押し上げたようにも見える。

 

「では、あの塔については何も分かっていないということでしょうか?」

「はい。分かっているのは、化け物があの場所で進軍を停止したということ、そしてあの場所にも魔帝の遺跡が存在する可能性が指摘されていた程度です」

「そうですか……」

 

 妖精池田もファルタスもミッコも、嫌な予感がますます強くなる。

 

「大東洋防衛軍の応援を待ってから対処すべきだ、という意見もあったのですが、首都までたった50㎞という場所にできた意味不明な塔を、放っておくわけにはいきません。我々はマギカライヒ共同体首都防衛部の威信をかけて、これよりあの塔に総攻撃をかけるつもりです。その戦いを見て、脅威度を判断して頂きたい。そして必要とあれば戦闘に参加すると共に……援軍の派遣要請をお願いいたします」

 

 ルイジルの目は決意に満ちていた。

 

 

 バルーン平野に突如として出現した奇怪な石の塔、その正体は地中に埋もれていたラヴァーナル帝国辺境統治庁の遺跡であった。その総務室に当たる部屋で、人間のような形の怪物が1体、何やら端末を操作している。この怪物こそ、先日復活した「量産型ノスグーラ」の1体、量産型戦闘(ばい)(よう)体・コード009、通称リョノスである。リョノスは今、ラヴァーナル帝国辺境統治庁の一室で、魔導記憶装置を読んでいた。

 

「ふむ、魔帝様はこの世界に住まう神々の隕石落としから大陸を守るために、大陸ごと未来へ転移されたのか……。空間を開くのに使用された魔力量は……おお、天文学的数値の魔力が使用されている。さすが魔帝様だ」

 

 リョノスは、己を生み出した魔法帝国の偉大さに感激する。

 

「今は……なんと! 魔帝様の転移からこれほどの時間が経っているのか!

魔力使用量から予測される跳躍時間は……10年後、±9年! なんということだ、間もなくじゃないか。今私が復活したのは、空間神の導きがあったとしか思えんな!」

 

 リョノスは都合のいい解釈をして笑った。誰もいないのに笑っている様は、気がおかしくなったようにしか見えない。

 

「座標は……なるほど、空間特定のための『僕の星』が機能しているのか。地上にも多くのビーコンがあるようだな。万単位の月日をもってしても壊れないとは、さすが魔帝様だ!

間もなく復活されるのであれば、下等種の国の1つくらいは献上せねば、魔帝様に作られた私の名が廃るというもの……」

 

 リョノスの独り言が続いていた。その時、

 

ビーッビーッビーッ……

 

 警戒音とともに、立体モニターに映像が映し出される。そのモニターには伸びていく棒グラフが表示され、古の魔法帝国が使用していた言語の数値が、桁を増やしながら上昇していた。

 

「魔力反応が上昇している。何者かが悪意を持って迫っているのか?」

 

 映像を見てみると、外の平野部に展開した時代遅れな軍隊が接近していた。

 

「これは……現地人の軍隊か? 先日滅ぼした下等種の仲間か……ほう、面白い。魔帝様に支配されていた時代に比べると、さすがに文明と呼んでいいものがあるようだな。魔帝様や龍神国家に比べれば足下にも及ばんが……ふふふ、その程度の魔力で私と戦うつもりか!」

 

 リョノスは不気味な笑みを浮かべる。そして席から立ち上がり、悠然と武器庫へ向かった。

 

「これを使うか」

 

 そこには、白く無機質な人型の物体が佇んでいる。顔にあたる部分は透明で、中に人が入ると外が見渡せる。もちろんこれは、古の魔法帝国製の陸上兵器である。

 内蔵された魔導エンジンにより、魔力を発生して保存するほか、操作者の魔力を増幅して放てる。さらに手や足の力も何倍にも増幅できる。それは「MGZ型魔導アーマー」と呼ばれる、汎用人型陸戦補助兵器であった。

 この兵器の性能は以下の通りである。

 

・全高 2メートル

・全幅 1.2メートル

・後背部に魔導兵器を搭載可能

・防御力も、生身に比べると遥かに向上する

 

 彼がこの魔帝製の兵器を身に纏うと、ずいぶん物々しい出で立ちになった。

 

「部下も欲しいところだな、ゴーレムだけでは心許ない……。……チッ、雑魚しか残っていないか。仕方ないな」

 

 リョノスは元いた部屋に戻って、机に設置されたディスプレイを操作した。そしてその結果を見て、画面を叩いて舌打ちする。だが、無いものは仕方ないため、彼はさらに下層の部屋へと出向く。そこにはカプセルに入った培養体が、幾つも並んでいた。

 操作者の意思によって自由に動かせる生物兵器、培養体量産型ゴブリンである。野生のゴブリンロード並みの強さがあるが、あくまで前時代的な戦い方しかできないという欠点がある。しかし量産が利き、コストが安く、コントローラさえあれば人一人の意思で操作可能なため、文明水準の低い種族の支配や恐怖支配にはうってつけだった。

 

「ゴブリン2,000体か……少ないが致し方あるまい」

 

 リョノスはスイッチを操作してカプセルを開ける。

 おぞましい形相の量産型ゴブリンが次々とカプセルから出てきて、リョノスの指示に従って武器庫に並んだ。そこで前時代的な鎧、盾、そして剣を装備していく。

 

「さて、と。本来なら私一人で(せん)(めつ)できるが、恐怖を煽るためには(てい)(さい)も重要だからな……」

 

 人知れず公務員じみた判断で、リョノスは準備を整えていった。

 

 

 一方、小高い丘に移動したマギカライヒ共同体首都防衛部陸上隊司令部は、正式な司令部を構築していた。

 眼下の広大な平野に、マギカライヒ陸上隊の兵たちが整然と整列する。ファルタスは司令部から、展開した軍を眺めていた。妖精池田とミッコはというと、それぞれの部隊の持ち場についている。そして空には、空母「瑞鶴」から飛び立った攻撃隊が到着しつつあった。

 

「第2砲兵大隊、配置よし!」

「第4騎馬隊、準備完了!」

「第18銃歩兵大隊、配置完了!」

 

 伝令兵たちの報告を聞いて、マギカライヒ陸上隊の幹部が意気込む。

 

「砲兵だけで()()()(じん)に塔を粉砕し、脅威を排除します!」

 

 傍らに立つ隊長ルイジルは、不安を見せないよう鷹揚に頷く。

 

「そうだな……砲撃だけで片を付けたい。しかし、おそらくは砲撃で塔が崩壊する前に、敵が現れるだろう。小隊を滅ぼした敵だ、魔物の中には素早い個体もいるだろう。砲撃だけでは難しいぞ」

「もちろんです。そのための、精鋭銃歩兵大隊です!」

「フフフ、そういうことだ。銃歩兵大隊の連続隊列撃ちで、どこに逃げても当たるほどの銃弾を撃ち込んでやれ!」

 

 マギカライヒ共同体の銃はマスケット銃の一種であり、ボルトアクション式銃等と違って連射ができない。そのため、兵の数で装填と連射速度をカバーする戦術が取られていた。

 

「全部隊、配置完了!」

 

 戦闘準備が整い、ルイジルの号令を待つのみとなる。

 

「……古の化け物め、マギカライヒ共同体を舐めるなよ……! 砲撃開始ィ!」

「砲撃開始!」

 

 ルイジルの指令が復唱され、魔信によって全部隊に伝達された。

 陸上配置型科学融合魔導砲の火薬が点火され、砲身内の空気がその体積を急激に膨張させる。魔石が塗り込まれた弾丸が押し出され、砲身内を加速していく。

 砲身に光の模様が走り、砲口には六芒星の文様が浮かび上がって、弾丸の魔石と反応してさらに加速していく。そして轟音とともに、猛烈な火と煙が噴き出し、整然と並んだ魔導砲が一斉に砲撃を開始した。

 

ズガァァァァァンッッ!!

 

 一帯に響き渡る轟音。森の鳥たちは恐怖のあまり、その場から泡を食って逃げ出す。着弾した砲弾がその威力を解放し、猛烈な爆発で塔に衝撃を与える。

 いくつもの着弾によって塔の表面に付いた岩などが砕け散り、周囲は大量の煙に包まれた。

 砲撃音は鳴り止むことなく、しばしの間無慈悲に攻撃が続けられた。

 ルイジルは頃合いを見計らって手を挙げる。

 

「撃ち方止め!」

 

 塔は完全に土煙に包まれており、何も見えない。そこで、攻撃の効果測定のために砲撃が一時中断される。

 

「どうだ!」

 

 周辺の岩は砕けて()(れき)となっていた。おそらくは塔も跡形も残っていないだろう。しかし相手は魔帝の遺跡、何があってもおかしくない。

 ルイジルは塔のあった場所を睨みつける。徐々に煙が晴れていくと……

 

「ば……馬鹿な!」

 

 マギカライヒ陸上隊の幹部たちが声を上げた。

 煙の中から、銀色に輝く円柱の塔が姿を現したのである。表面を青白い光の膜が覆い、遠目にはどこも傷ついていないようにさえ見える。

 

「し……信じられん!」

 

 ルイジルも驚愕の声を上げた。

 

『池田連隊長、あれは……』

 

 そんな中、九七式中戦車チハ(旧砲塔型)の車内では、妖精池田が他の妖精から通信を受けている。

 

「ああ。幕末レベルの陸戦用砲撃とはいえ、建物にダメージがほとんどない。あれを吹っ飛ばすとなると……46㎝砲とは言わないまでも戦艦砲を使用するか、もしくは大規模爆撃しかないかもね」

『しかし、アイオワの砲撃はここまで届きませんよ。それに、瑞鶴の航空隊のアレで足りるんでしょうか?』

「分からない……。だから、もっと戦力を()()せと言ったのに、司令部ときたら……」

『多少過剰くらいがちょうどいいんでしょうね』

 

 戦場には静寂が訪れていた。

 マギカライヒ共同体の全火力を以てしても、塔は破壊できなかった。しかも、塔の入口がどこにあるのかも分からない上、近づけば何が起こるか分からないので、歩兵を突入させるわけにもいかない。

 

「!? 塔から魔物が多数出現!」

 

 そんな中、変化に気付いた幹部が鋭く報告する。

 

「あれは……ゴブリンか?」

 

 ルイジルも双眼鏡を塔へと向けており、その存在はすでに視認していた。

 鎧を装備し、剣と盾を持ったゴブリンが、塔から多数走り出てくる。

 

「ゴブリンですな、皮膚の色が通常のものとは少し違う気がしますが……ただ、魔力が多少強いように見えます」

 

 双眼鏡も覗いていないファルタスが、横から付け加えた。

 

 魔物たちは奇声を発しながら、マギカライヒ共同体の歩兵たちに向かって走る。その様子は、黒くうごめく(じゅう)(たん)が迫ってくるようにも見えた。

 

「あの数……大丈夫でしょうか?」

 

 ファルタスは懸念を示す。

 

「提督。中央世界の魔法文明とは一味違う、科学文明の戦い方をご覧ください」

 

 そう言うとルイジルは幹部へ向き直った。

 

「用意は出来ているな?」

「はっ!」

「攻撃を開始せよ!」

「攻撃開始!」

 

 ルイジルの指令は正確に末端まで伝わり、横一列に並んだ歩兵が銃を構え、第1射を発射した。

 

パパパッパパパパァァ――ンッッ!

 

 戦場に銃声がこだまする。最前線のゴブリンが黒い血をまき散らし、次々と倒れ込んだ。

 発砲した兵は直ちに後方へ下がり、次の列の者がすかさず前進して射撃する。7列にも並んだ銃歩兵隊は、最前列に達するまでに装填を終わらせ、連続して射撃を行うことで、切れ目のない射撃を行っているのである。そこへ、トーパ王国軍サッキア中隊が加勢した。

 サッキア中隊は、大東洋共栄圏を通じてロデニウス連合王国から武器を導入しており、配備された武器は九九式小銃に九九式軽機関銃となっている。但し、トーパ王国の懐事情は決して豊かではないため、部隊全体で九九式軽機関銃は4丁しか配備されていない。だがそれでも、マスケット銃に比べれば明らかに装填の早いボルトアクション式ライフル銃や機関銃を使っていることもあり、サッキア中隊の張る弾幕はマギカライヒ陸上隊と同等以上に濃密なものとなっていた。

 

「よーく狙って……ここ!」

 

 サッキア中隊の面々の中で最も高い練度を誇っているのは、同中隊の紅一点、コル・クロッカスである。彼女の得物は九九式小銃だが、その腕前は300メートル先の人間の頭部大の目標を1発で撃ち抜けるほどのものを誇る。しかも彼女は、スコープ無しのアイアンサイトのみでこの狙撃を果たしているのだ。恐るべき怪物的練度である。

 

 途切れることのない銃弾の弾幕は、次々とゴブリンを撃ち倒していった。黒い絨毯のようにも見えた大量のゴブリンが、あっという間に潮が引くように刈り取られていく。

 

「おおぉぉぉ! これはすごい!

魔法をほとんど使っていないのに、これほどの戦果を挙げられるとは……!」

 

 ファルタスは圧巻の戦術を目の当たりにし、素直に感嘆した。

 

「これが、魔力の少ない者でも簡単に扱える銃を有効利用した戦法です。通常の魔導師をこれだけの数投入することは不可能です。しかし兵器が魔導師並みの域に達すれば、こういった戦法も可能となります」

「なるほどな……。これを極めた国がグラ・バルカス帝国だったというわけか……」

 

 ファルタスの脳裏を、急降下してくる敵の飛行機械、そして船をも砕く光弾の連続着弾が過った。

 思い出した恐怖を悟られないよう、必死で記憶を振り払おうとする。

 

「む? あれは……」

 

 そこへ、戦場に変化が現れた。

 ゴーレムが20体ほど現れ、その影に隠れるようにゴブリンたちが移動する。どうやらゴーレムを、ゴブリン軍団の盾に使用するつもりらしい。

 銃弾はゴーレムという岩の塊に弾き返されてしまう。しかし、その程度で怯むマギカライヒ共同体陸上隊ではない、すぐさま砲撃が再開された。

 

『こちらロデニウス連合王国軍航空隊。これより貴隊を支援する。攻撃開始!』

「戦車第11連隊、戦闘に参加する。目標、敵の岩ゴーレム! 砲撃開始!」

 

 そこへ、ロデニウス軍の「Ju87C改」が攻撃に加わった。第2シュタッフェル以下の機体が次々と機体を(ひるがえ)し、「ジェリコのラッパ」を吹き鳴らしながら急降下で突っ込んでいく。そして引き起こしをかけると同時に、抱えていた500㎏爆弾1発と70㎏爆弾4発を投下した。

 煙に包まれる戦場。砲弾が命中したゴーレムは粉々に吹き飛ばされ、爆弾の爆風と鋭い破片を浴びたゴブリンが悲鳴を上げてなぎ倒される。

 さらに、戦車第11連隊も攻撃に加わった。強力な57㎜榴弾がゴブリンを吹き飛ばし、37㎜・47㎜徹甲弾がゴーレムを撃ち抜いていく。

 

 しかし……

 

「ゴーレム1体、走ってきます! 砲撃が当たりません!」

「何ィっ!? あんなに速く走るゴーレムなんているのか!?」

 

 ルイジルたちが驚いている間に、そのゴーレムは左翼に展開する歩兵小隊に突入した。

 弾き飛ばされる歩兵たち。味方がいるため、砲撃も銃撃も一時停止せざるを得ない。

 陣形が初めて崩れ、兵の心に恐怖が宿る。

 

「第32歩兵小隊、壊滅! 突破されました!」

「なっ……馬鹿な! あんなゴーレムは聞いたことがないぞ!」

 

 焦るルイジルの隣で、ファルタスが冷静に呟く。

 

「あれは、ゴーレムではないのかもしれません」

 

 敵は平野をまっすぐ、司令部に向かって爆走する。

 第32小隊と歩兵携帯型高火力大銃大隊の間は、距離が500メートルほど開いているが、敵はそこを一気に駆け抜けていく。

 

「あの突進力、大銃では効果がないぞ! 砲を当てるしかない!

全火力をあのゴーレムに集中せよ!」

 

 砲が突進を続けるゴーレムに照準を合わせて、火力を集中させる。しかし、全くといっていいほど当たらなかった。

 このままでは歩兵携帯型高火力大銃大隊が、そしてそのさらに後方の司令部が危険に晒される。誰もがその思いを抱いた時だった。

 

ゴオォォォォーッ!

 

 戦場の上空を轟音と共に、後退翼を持った複数の影が高速で駆け抜けていく。陸上での苦戦を見た「瑞鶴」航空隊の「橘花改」24機が、一斉に爆弾を……「エロ爆弾改」こと「イ号一型乙無線誘導爆弾改」を投下したのだ。

 母機からの誘導を受けた「エロ爆弾改」は、敵ゴーレム周辺に次々と落下して炸裂、凄まじい爆発を発生させる。そんな中、1発の「エロ爆弾改」が奇跡的に、敵ゴーレムを直撃した。

 

「ロデニウスの兵器は素晴らしい! まさか、あの敵に一撃を当てるとは!」

 

 ルイジルが手放しに()めまくる。

 

「ま……まだ喜ぶのは早い……!」

 

 そこへ警告したのはファルタスだった。彼は額が濡れるほどの冷や汗を浮かべている。

 

「確かに、ロデニウスの兵器は素晴らしい。しかしあの爆炎の中、まだ魔力は尽きていない……し、信じられん! かつて感じたことがないほど、凄まじい魔力を発しています!」

「な……何ですと!?」

 

 ルイジルたちは、煙に包まれた方向を凝視した。

 

 

 同時刻、古の魔法帝国の超兵器、汎用人型陸戦補助兵器「MGZ型魔導アーマー」の中で、リョノスも冷や汗で全身を濡らしていた。

 

ビーッビーッビーッ……

 

 耳障りな警告ブザーの音が、アーマー内を反響する。そのブザー音は、アーマーが大きな損傷を受けたことを如実に物語っていた。

 

「ば……馬鹿な! 何の魔力反応もなかったぞ!!」

 

 リョノスは、魔導アーマーに岩を取り付けてゴーレムに偽装していたのだ。そしてゴブリンを先行させ、ゴーレムの中に紛れて出撃した。おそらくゴーレムがいればケリがつく、そう思っていたのだ。

 ところが、全くと言って良いほど魔力を感じない攻撃が連続し、ゴブリンたちが次々と倒れる。さらにゴーレムまでもが粉砕され始めた。

 

 敵はどうやら強力であることは違いない。だが、この程度の攻撃では魔導アーマーに傷1つ付けることはできないだろう。元々ゴーレムやゴブリンは「おまけ」だ。この魔導アーマー1機あれば、下等種の国など容易(たやす)く根絶できる。

 リョノスは単体で敵軍の本陣を破壊すべく、走り始めた。案の定、敵の強力な攻撃は当たらなくなり、歩兵も難なく蹴散らせた。その勢いのまま、まっすぐ敵本陣に向かう。

 

 殲滅するだけなら、最初から魔光砲を撃っていればよかった。ただ、敵の魔力を使用しない攻撃がどれほどのものか、確認しておきたかったのだ。

 しかし、この判断がリョノスを不利へと陥れた。

 

 突如として強烈な一撃が機体を襲う。MGZ型魔導アーマーに直撃した「イ号一型乙無線誘導爆弾改」は、300㎏もの炸薬を弾頭に詰め込んでおり、魔導アーマーに対しても凄まじい破壊力を振るうことができるはずだった。

 しかし、「イ号一型乙無線誘導爆弾改」の炸薬は「タ弾」……つまり成形炸薬弾(HEAT弾)である。岩と装甲の強度が異なっており、偶然に複合装甲のような状態となったため、ジェットが拡散してしまい、本体の完全破壊には至らなかったのだ。

 仮に魔導アーマーが岩を纏っていなかったら、一撃で貫いていたかもしれない。

 

(チィ……! 現代の下等種どもも、少しは進化したようだな……)

 

 今までの爆発など何の意味もなかったが、この一撃は魔素粒子を突き破り、3層の装甲のほぼ全てを破壊した。もはや装甲は当初の45%程度の強度しかない。

 自分に被害がなかったのは、単純に運がよかっただけとも言える。

 

「奴らは……危険だ!」

 

 リョノスは敵本陣を見て、右手を掲げた。

 

「排除ッ!」

 

 

 マギカライヒ陸上隊の本陣にいたファルタスは、急激な魔力上昇、しかも攻撃魔法の術式が展開されていることにいち早く気づいた。

 

「攻撃が来るぞ!」

 

 ファルタスが叫んだ次の瞬間、爆炎の中から光弾が飛び出し、本陣に向かってまっすぐ飛ぶ。

 

「これなら!」

 

 ファルタスは防御魔法陣を形成し、得意な空間魔法を発動させて、わずかながら時空をねじ曲げた。質量が高いものには効果がないので、一か八かの賭けである。

 弾はわずかに逸れ、後方の小高い丘に着弾した。

 

ズガァァァァァッッッ!

 

 猛烈な光と爆炎が上がり、丘の一部が消し飛んで茶色の地肌がむき出しになる。その威力の高さに、妖精池田は戦慄した。

 

「なっ!? これは……大型榴弾砲、下手すれば空爆並みの威力だぞ!」

 

 あの光が当たっていたら、九七式中戦車チハなどあっさり叩き潰され、自分たちは戦死していただろう。

 敵との距離は、ざっと1㎞程度もある。この距離では、チハ新砲塔の48口径47㎜砲でも貫通は難しいかもしれない。

 

(まずいな……どうする……!?)

 

 妖精池田が考えている間に、敵付近の砂煙が晴れ、敵はその姿を現していた。

 ファルタスは、古文書で見た兵器そのものの出現に戦慄する。

 

「あ、あれは……ラヴァーナル帝国の陸戦兵器!」

「そ、そんな!」

 

 ルイジルもうろたえ、急激に戦意を失う。

 先ほどの丘を吹き飛ばした攻撃は、ただの陸上兵器とは思えなかった。まさに古の魔法帝国の力の片鱗を、目の当たりにしているのだ。

 ルイジルが絶望する一方で、ファルタスは眼前の命を守るため、そして古の超兵器に自分の力が通用するのか試したくなり、逆境の中で戦意を燃やしていた。

 

「ルイジル殿! これより、私が使える最大級の攻撃魔法を行使する! 発動には少し時間がかかる、敵の注意を引いてくれ!

あと、イケダ殿とミッコ殿にもそう伝えて欲しい!」

「わ、分かりました!」

 

 ルイジルは半ば反射的に動き出した。

 ルイジルの指揮により、マギカライヒ首都防衛部陸上隊の攻撃が敵に集中する。サッキア中隊も射撃を開始し、戦車第11連隊は必死で砲撃を放つ。この場合、肩当て式照準によって簡単に照準を調整できることと、砲弾の軽さによる連続射撃が容易であることは有利に働いていた。

 

「はぁぁぁぁぁっ……!〈怒れ、金色の神獣よ。唸れ、白色の星獣よ。世は蜃気楼、時は流水、天に映るは愚者の舞踏――〉」

 

 ファルタスが前方に手を出し、花が開くかのように手の平を重ね合わせ、全魔力を手の先に収束させた。

 長い長い詠唱が続く。

 

 

 本陣を破壊するはずの光弾が弾かれた。これを弾く輩が下等種にいること自体が驚きだった。

 しかし直後、猛烈な攻撃に晒される。万全の状態であればどうということはなかったが、さすがに防御力が最大値の半分以下という状況が、リョノスの焦りを誘う。

 そこへさらに、魔導アーマー内に警戒音が響き渡る。

 

「何っ? 攻撃型の魔力上昇!? これは……魔力数値たった300の下等種が、攻撃力1万2千だと!?

馬鹿なっ!! どうなっている!? ヒト一人の出す攻撃力を遥かに超えているぞ!」

 

 リョノスは止まない攻撃と差し迫る危機に、半ばパニック状態に陥った。

 

「危険だ! すぐに排除せねば!」

 

 リョノスは魔力の上昇源に向かって、魔光砲を発射した。しかし、

 

「敵弾来るぞ! 一斉砲撃用意!」

 

 これを察知した妖精池田が即座に指示を出し、砲弾の装填が完了している戦車が照準を調整する。肩当て式照準と高い練度あったればこその高速照準で、妖精たちは見事に照準を合わせた。

 

「撃てっ!」

 

 妖精池田の号令一下、数十輌の戦車が一斉に砲撃を放つ。そして次の瞬間、空中で大きな爆発が発生した。

 リョノスの放った魔光砲の砲弾に対し、九五式軽戦車が撃った37㎜徹甲弾のうち1発が奇跡的に命中したのだ。それによって魔光砲弾は爆発し、ファルタスを守り抜くことに成功したのである。

 

「次弾装填、目標敵二足歩行兵器! 休むな、撃て! 危険だが砲撃しつつゆっくり前進、敵との距離を詰めろ!」

 

 報復だとばかりに、戦車第11連隊の攻撃が激しさを増した。

 一方、大魔導師ファルタスは呪文詠唱を続けていた。すると、彼の手の前でエルゴ領域が拡大し、虚数空間からの膨大なエネルギーが流入する。

 彼は流入したエネルギーを外に漏らさぬよう、通常空間を高速で圧縮し続けた。手の前には小さな黒い点が発生し、僅かに漏れ出たエネルギーが黒い点の周りに電撃を走らせる。膨大に圧縮した空間の外側に、彼はさらに空間の湾曲を発生させ、エネルギーに指向性を持たせる。

 

「はぁッ……はぁッ……!〈汝に神罰がくだされん〉……!」

 

 古の刻、強大な魔導でミリシエント大陸を征服しようとした一族がいた。一族はやがて世界の敵となり、組織的攻撃と一部の優秀な戦士によって解体され、失脚する。優秀な戦士数人に、族長が負けたのが原因だった。

 族長の子孫は二度と倒されぬよう、最大にして最強、門外不出かつ一子相伝の魔法を編み出した。

 その魔法の発射準備が、異国の地で整う。

 

「喰らえ……! これが……ラ・バーン家に伝わる、最大にして最強の魔法……!」

 

 手の前にできた黒い点は空間圧縮限界を超え、エネルギーが漏れ出し、光り輝き始める。

 

「そして、この……ファルタスの最大の攻撃魔法……」

 

 付近の粒子を吸い込み、光の弾はさらに大きくなる。まばゆい閃光を放ちながら、光弾が振動を始める。

 付近の重力が影響を受け、周りに落ちていた小石が宙に舞い始めた。

 

「〈イクシオンレーザー〉だッ!」

 

 次の瞬間、ファルタスを中心に帯状の光が放射し、彼の前方に向けて猛烈なエネルギーが射出される。

 質量を持つエネルギーは周りの空気を押し出しながら、マッハ7以上の高速を以て一瞬で走る。エネルギーの先端から斜め後方に向かって衝撃波が発生した。

 同衝撃波境界層では、空気が粘性発熱によって超高温に達する。

 

 空気中の分子は原子に分解され、さらに原子もその形を保っていられなくなり、電子が飛び出してプラズマ化し、付近の空気は化学平衡流と言われる状態まで達した。

 プラズマを纏ったエネルギーは飛翔直線上の大地とその周囲に影響を及ぼしながら、古の魔法帝国の超兵器へ向かった。

 

ズドオオオオオオオォォォォォン!!!!!

 

 着弾点に目も眩むほどの光が発生する。鼓膜を裂くような轟音が響き、圧倒的なエネルギーが解放される。そして巨大な爆発が生まれ、目標付近に膨大な土煙を発生させた。

 

ゴォォォォォ……

 

 轟音が山々でこだまし、しばらく立っても鳴り止むことはなかった。

 

「はぁっ……はぁっ……! どうだ……!」

 

 ファルタスの魔力は、この一撃で空になった。さすがにこれは連発できない。

 

『す……すごい! これを人間が、ただ1人で作り出せるというのか! まるでかめはめ◯だ』

『いや、どっちかというと◯動砲だろ』

 

 戦車第11連隊の妖精たちが、無線を使って勝手に感想を並べる。ルイジルに至っては、あまりに凄まじい威力に固まっていた。

 しばらくして轟音が止み、煙が晴れる。ファルタスの前方の大地が直線状に抉れていた。その先に、煙を噴き上げる物体が1つある。あの敵が大地に横たわっているのだ。

 

「やったか!?」

 

 大地に横たわった敵は、完全に停止しているようにも見えた。

 

「やったようですな」

「「「う……うぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 

 マギカライヒ陸上隊の兵たちが、凄まじい戦いの勝利に雄叫びを上げた。

 

 が、その時。

 

ギギギギギ……

 

 敵が動き、大地からゆっくりと身体を起こすと、手を司令部に向けようとした。

 

「う、動いたぞ!?」

「バカな……不死身か!」

 

 兵士たちの喜びは、一瞬で絶望に取って代わられた。

 地球において、誰かが「絶望とは、希望からの落差である」と言ったそうだが、この言葉がこれほどぴったり当てはまるシチュエーションがまたとあるだろうか。

 

「私の最大奥義を以てしても……倒せぬか……!」

 

 ファルタスは絶望した。絶望のあまり、ルイジルも天を仰ぎかけて……あることに気付いた。ロデニウスから来た、(イケ)()という軍人の姿がない。そして彼が乗っていた車輌らしきものも、いなくなっていた。

 

「え?」

 

 ルイジルがそれに気付いた、その時だった。

 黒い縄のようなものが4本、宙を舞ったのだ。その縄の先端は輪っかになっている。まるで投げ縄のようだ。

 その黒い投げ縄は、次々と敵に引っかかった。

 

「今だ! 引けぇーっ!」

 

 ルイジルには聞き覚えのある声……妖精池田の命令が下る。その直後、複数のディーゼルエンジンの音が重なり合って響いた。

 ルイジルがよく見ると、いつの間にやらロデニウス軍の戦車隊が敵を包囲するように展開している。そして、それらの戦車のうち4輌から、敵に引っかかった黒い縄が伸びていた。

 敵が「イクシオンレーザー」に撃ち抜かれ、味方もそちらに釘付けになっている隙を衝いて、戦車第11連隊は素早く展開し、敵を包囲していたのだ。そして、万が一敵が倒れなかった場合に備えて、曳行用のワイヤーを投げ縄のような形にして待機していたのである。それが功を奏した形だった。

 ワイヤーが引っかかり、妖精池田の号令がかかった瞬間、ワイヤーをかけた九七式中戦車チハはエンジンを全開にして敵を引っ張ろうとする。4輌のチハが4方向からワイヤーを敵のアーマーに引っかけ、引っ張っているのだ。これにより、敵の動きを封じ込めようとしているのである。

 

「いかん、まだ敵が動いてるぞ!」

「ワイヤーもう4本足せ! 8方向から引くんだ、急げ!」

 

 部下たちに指示を出しながら、妖精池田は無線機を握りしめ、空を見上げて叫んだ。

 

「隊長、お願いします!」

 

 そう……残っている戦力はまだあった。隊長……"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"が抱える1トン徹甲爆弾1発と500㎏爆弾2発(2トン分の爆薬)である! そしてついでにいえば、「Ju87C改(Rudel Gruppe)」のうち第1シュタッフェル(ルーデル機含め8機)は、まだ爆弾を残している。ルーデル以外は500㎏爆弾1発と70㎏爆弾4発の装備だが、これでもかなりの戦力だ。

 さっきの「イクシオンレーザー」の一撃で、敵も大きな被害を受けているはずだ。敵の動きが鈍っているのが、何よりの証拠である。

 そこに、魔王大佐の1トン徹甲爆弾と、9発もの500㎏爆弾を叩きつければ……勝利できるかもしれない。その可能性に気付き、妖精池田は即座に行動したのだ。

 

 あの……ところでルーデル閣下、わざわざ1トン徹甲爆弾持ってくるとか、アンタ戦艦でも相手にしてる気ですかね?

 うp主ならそう聞きたいところだが、妖精ルーデルは真面目に考えた結果、特注品の1トン徹甲爆弾をわざわざ持ってきたのだ。「氷山作戦」の際の戦いぶりを振り返った結果、妖精ルーデルは次のような考察にたどり着いたからである。

 

『魔王ノスグーラにこちらの攻撃が通じなかったのは、こちらの1トン爆弾の貫徹力がノスグーラの防御魔法を破れるほどになかったからだ。ならば、硬い防御に対しても有効に戦える対戦艦用の1トン徹甲爆弾をこそ、持っていくべきである』

 

 ……ルーデル閣下は頭おかしい。

 なおここだけの話だが、もし仮に「Ju87C改」の懸架装置の改修とエンジンのアップデート、それに爆弾の開発が間に合っていた場合、妖精ルーデルは本戦いに1.8トン徹甲爆弾を引っ提げてくるつもりだった。復讐する気まんまんである。

 

「踏ん張れー!」

 

 8方向からワイヤーをかけられ、敵の化け物はほとんどがんじがらめの状態になった。九七式中戦車8輌がめいめい反対の方向に引っ張り、相手を拘束し続けている。その時、空いっぱいにサイレンのような甲高い音が鳴り始めた。

 

「全員退避! 退避ー!」

 

 手空きの九五式軽戦車ハ号に乗り込んでいた妖精の1人が、無線に叫んだ。ワイヤーを引いている8輌のチハを除く全戦車が、一斉に遁走に移る。

 

「さっきのレーザー並みに強力なのが来ます! 総員退避を!」

 

 逃げ出してくるチハ改の車長妖精からそう告げられ、マギカライヒ共同体とトーパ王国軍の兵士たちも逃げ出した。

 

「うおおおおぉぉ負けるかぁぁぁぁぁ!」

 

 8輌のチハは全力でワイヤーを引いており、ディーゼルエンジンが悲鳴を上げている。履帯は地面の石を噛み、ガリガリと耳障りな音を立てて地面を削っていた。

 

「根性で押せー!」

「はい!」

 

 うち1輌のチハでは、車長妖精と砲手妖精が必死でチハの前面装甲を内側から押している。

 

「車長、気持ちは分かりますけど意味ないですよ!」

 

 そして比較的冷静な装填手妖精にツッコまれていた。

 妖精たちの奮闘、チハの踏ん張り。それら全ての上に今、「空の魔王」直率のシュトゥーカ隊が降臨しようとしていた。「ジェリコのラッパ」の多重演奏が空高く鳴り渡る。

 

 

「ぐうぅ……!」

 

 空いっぱいにサイレン音をかき鳴らしながら、「Ju87C改」は急降下していく。そのコクピット内、ブラックアウトしかけた視界の中で必死に目標を照準器内に捉えながら、妖精ルーデルは渾身の力で操縦桿を引き続ける。

 今回は、目標があまりにも小さい。そのため、確実に命中させるべく妖精ルーデルが取った攻撃方法は、かつてルーデル自身が行った戦法にしておそろしく高難易度の方法だった。戦艦「マラート」を着底せしめた時の攻撃方法……すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。それも、目標の上空300メートルという低空まで突っ込んでの爆撃であった。キ◯ガイになったとしか思えない、一歩間違えれば自殺待った無しの攻撃である。

 なお、これも「氷山作戦」の際の攻撃の反省から生まれた戦法だった。「魔王ノスグーラに対して実施した急降下爆撃は、降下角度が88度だった。あと2度の角度を付けて急降下していれば、倒せていた可能性がある。ゆえに、ノスグーラを攻撃する時は垂直急降下爆撃に限る」と考えたのである。

 

 ……やっぱりルーデル閣下は頭おかしい(確信)。

 

「2,000! 1,800! 1,600!」

 

 極限まで高まるサイレン音に負けまいと、後部座席に座る"エルンスト・ガーデルマン"が大声で高度を読み上げる。

 

(絶対に、逃すか……。魔王戦の……リベンジ、ここで、果たしてやる……!)

 

 その執念だけで、妖精ルーデルは操縦桿を引き続けた。

 

「アウフ……!」

「500! 400! 300!」

「ヴィーダー、ゼーエン!」

 

 視界がほとんど真っ暗になった中、妖精ルーデルはドイツ語で「さようなら」を叫びながら、半ば条件反射で爆弾投下レバーを引いた。機体の下で作動音が響き、強烈なGがかかる。全身を締め上げる強烈な重力、妖精ルーデルはありったけの力を振り絞って操縦桿を引き、機体に引き起こしをかけた。

 

 

「総員、車内へ退避! 爆撃来るぞ!」

 

 妖精池田が無線にそう叫んだ時、猛禽の勢いで急降下してきた「Ju87C改」の下腹部と主翼下から黒い物が3つ、ふわりと離れた。そのまままっすぐこちらに向けて落ちてくる。

 

「最後の一踏ん張りだ! 負けるな!」

 

 全力でワイヤーを引く8輌のチハ、そのど真ん中に3つの黒い物体……妖精ルーデルが投下した1トン徹甲爆弾1発と500㎏爆弾2発が着弾した。

 

カッーーーー。

 

 瞬間、地上に太陽が出現したかと錯覚するような、強烈な閃光が走った。そして、

 

ドゴオオオオオォォォォン!!!!!

 

 ものすごい地揺れと共に、鼓膜をつんざくような大爆発の音が、その場の全ての音をかき消した。爆心地からは、火山の噴火もかくやという量の黒煙が、キノコのような形となって立ち上る。

 

「うわっとととと!」

 

 爆弾の炸裂と同時にワイヤーが切り離され、8輌のチハはワイヤーを引いていた時の勢いのまま全速力で逃げ出した。しかし2トン分の爆薬の炸裂による影響は凄まじく、チハは後方から襲ってきた強烈な衝撃波に脚を取られる。妖精池田の乗ったチハはどうにか横転を免れたが、部下のチハが2輌、衝撃波に耐え切れずに横転した。

 そこへ、急降下してきた後続の「Ju87C改」が次々と引き起こしをかけ、母艦から抱えてきた500㎏爆弾と70㎏爆弾をまとめて叩き付ける。「ジェリコのラッパ」と呼ばれた、独特の風切り音が消えた直後、敵がいる辺りの地上に閃光が走り、爆炎が辺りを焼き尽くす。

 

「なっ……」

 

 強烈な爆発を見て絶句する、ルイジル以下のマギカライヒ共同体の兵士たち、ミッコ以下のサッキア中隊の兵士たち、そしてファルタス提督。この地上にこれほど強烈な爆発を起こせる物があることを、彼らは知らなかったのだ。

 

 ……やがて、付近の山々にこだましていた爆発音は止み、黒煙が晴れてきた。もちろん、「ジェリコのラッパ」も鳴り止んでいる。

 

「目標を確認しろ! 生きていたら逃すな!」

 

 妖精池田の号令一下、九五式軽戦車や九七式中戦車が現場に近付いていく。そのすぐ後にサッキア中隊の兵士たちが続き、マギカライヒ共同体の兵士たちも接近していった。

 付近の草が真っ黒に焦げ、爆発によって大地が抉られクレーターのようになった爆心地。その中心には、目標となった敵……魔導アーマーが真っ黒焦げで横たわっていた。両脚と左腕が吹き飛んでなくなっており、腹部の辺りが完全に割れ、頭部正面のガラス状の部分はほとんど粉微塵になっている。今度こそ確実に、アーマーが破壊されたのだ。

 

「ぐ……おぉ……ぉぉぉぉ……」

 

 そしてリョノスはというと、割れた装甲から何とか脱出し、右腕のみで地面を這っていた。

 敵の攻撃によって両脚と左腕がアーマーごと失われており、顔には一面に砕けたガラス片が突き刺さり、全身にひどい火傷を負ってしまった。それでもリョノスは、虫の息になりながらも何とか逃げ出そうとしている。

 

「そんな……あの……あの魔力を感じぬ攻撃は……いったい何なんだ……!」

 

 理解が追いつかない。

 

「おい! いたぞ!!」

「絶対に逃すな! 捕まえろ!」

 

 彼が下等種と呼んでいた生物が、大挙して迫ってくる。

 

「この私が……こんなところで……!」

 

 何とかして逃げようとしたものの、その甲斐もなく、古の魔法帝国の遺伝子操作生物リョノスは、マギカライヒ共同体に捕らえられた。

 後に彼は神聖ミリシアル帝国に送られ、国際社会の監視下に置かれることになる。そして古の魔法帝国の情報を引き出すために、長く壮絶な生を強いられるのだった。

 

 

強力な魔物の駆除任務「作戦名:怪物猎人(オペレーション・モンスターハンター)」、成功。

ロデニウス軍の損害、極めて軽微(チハ1輌の故障と妖精3人の負傷)。マギカライヒ共同体首都防衛部陸上隊、歩兵33名死傷。「強力な魔物」こと古の魔法帝国製「量産型戦闘培養体・コード009」通称「リョノス」、捕獲成功。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 バルーン平野の戦いが終結してから3日後、中央暦1643年2月24日、中央法王国 王城ダール・デラ。

 国の代表が集まる王前会議の席上で、国王アレンデラ6世は満面の笑みを浮かべていた。会議において、ファルタス提督が生きていたという知らせを受け取ったのだ。これだけでも王には何よりの喜びだったが、それだけではない。

 ファルタスは古の魔法帝国製の超兵器を相手に、凄まじい戦いを繰り広げ、国内外に中央法王国の魔法技術の高さを知らしめた。

 ファルタス提督が放った「イクシオンレーザー」は、マギカライヒ共同体の人々には強烈な刺激になったらしく、この戦い以後、マギカライヒ共同体から留学の問い合わせが殺到している。

 また、ロデニウス連合王国からも外交接触があった。特に同国は正式な国交の開設を求めると共に、多額の資金・魔信技術の提供と引き換えに"古の魔法帝国に対抗するための兵器・戦術の共同研究"を持ちかけてきていた。

 グラ・バルカス帝国との戦いでは国の威信を失ったと思っていたが、ファルタスの思わぬ活躍により、中央法王国は国家として尊敬を集めることになったのだ。

 

 後日、帰国したファルタスは英雄として祭り上げられる。

 科学文明国家を相手に自信を喪失していた彼は、少しだけ立ち直ったのだった。




というわけで、怪物猎人作戦(オペレーション・モンスターハンター)は成功。リョノス捕縛に成功しました。
ルーデル閣下はリベンジを果たした格好になりましたね。さて、サボった仕事(ムー統括空軍パイロットの教官任務)をやってもらわねば。

そしてしれっと入っていたガルパンネタ(アニメ版、及び劇場版)に気付いた人はいるのだろうか……


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次回予告。

世界大戦とも言うべき戦争によって、激動状態と化したムー大陸。そんな中、ムー大陸に展開したロデニウス連合王国軍の一部では、こんな意見が持ち上がっていた。「戦争するには、ゼニが要るんや……!」
次回「戦時下のムー大陸の日常」

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