鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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前哨戦と兵力の集結が済んだところで、いよいよ戦闘開始。まずは第一段階、空母機動部隊同士による航空戦です!



146. 激突! 第二次バルチスタ沖大海戦!(one)

 基本的に、第二次世界大戦頃の空母機動部隊同士の戦闘においては、何よりも重要になるのが航空索敵である。何故なら、攻撃すべき敵……より具体的に言えば戦艦や空母といった主力艦が、どこにいるのかを突き止めなければ、航空機を送り込んで攻撃できないからである。

 それゆえに、第二次世界大戦頃の空母機動部隊同士の戦闘では、先に相手を発見したほうが有利であることは間違いない。

 

 なんで急にこんな話をしたかって? それは、今述べた内容が物語の本編に関わるからだ。

 

 

 中央暦1643年5月31日早朝、ムー大陸西方バルチスタ沖。

 ロデニウス連合王国海軍第13艦隊と、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊は、夜もまだ明けきらない先に互いに敵を求めて索敵機を飛ばしていた。

 何故このような早い時間から索敵機を飛ばしているのかというと、それは空母機動部隊同士の航空戦の性質に原因がある。

 地球における第二次世界大戦レベルの航空機や艦艇では、空が暗い状態での発艦はともかくとして着艦は極めて困難なのだ。1,000時間も飛行しているような超がつくベテラン搭乗員であっても、夜間の着艦には大きな危険が伴う。

 また、空母機動部隊同士の航空戦においては、敵艦隊と味方の艦隊との距離が200(かいり)(約370㎞)以上離れていることもザラである。これだけ距離があると、敵艦隊まで飛んで行って何もせずに反転して戻って来たとしても往復2時間はかかる。その間に日没が来てしまえば、攻撃隊の搭乗員たちは敵艦隊への攻撃やら制空戦闘やらでヘロヘロになったところで「夜間の着艦」という過酷過ぎる任務に当たらなければならなくなる。

 それを避けるため、両軍とも早い段階から索敵機を飛ばし、1分1秒でも早く敵を……特に敵の空母を見つけ、これを叩こうとしているのだ。

 

 午前5時30分、ようよう太陽が水平線から全体像を出し切る頃、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・ムー派遣部隊は、作戦通りの陣形を展開してバルチスタ沖に展開していた。

 既にどの空母の艦上でも暖機運転が始まっており、特に艦隊の前方に位置する「コーネリア」こと第二分艦隊においては、第一次攻撃隊の出撃準備が着々と整いつつあった。あとは、索敵機からの「敵艦隊見ユ」の報告を待つばかりである。

 

「おっそいわね……」

 

 「コーネリア」の3隻の空母のうち1隻、(しょう)(かく)型航空母艦「(ずい)(かく)」の艦橋では、艦長用の椅子に座ったまま艦娘の"瑞鶴"が貧乏ゆすりをしていた。彼女の両手の人差し指は椅子の肘掛けをコツコツと叩いており、明らかに苛立っている証拠である。

 

「もう敵艦隊を発見してもいい頃なんだけど……」

 

 彼女は呟く。

 索敵機である「(さい)(うん)」が飛び立ったのは、1時間半前。索敵線に沿って飛んでいると仮定しても、そろそろ「敵艦隊見ユ」の報告があってもおかしくない。

 その時、通信長妖精が叫んだ。

 

「『コーネリア』旗艦、(こん)(ごう)より入電!」

「繋ぎなさい!」

 

 "瑞鶴"は即座に命じた。

 一般的に、空母よりも戦艦のほうが索敵機からの通信を受け取りやすい。何故なら、戦艦のほうが空母より高い艦橋を持つからだ。このため、通信用の空中線を高い位置に設けることができ、その分通信を受け取りやすい。また、戦艦のほうが空母よりも艦橋の容量に余裕があるので、精度の高い通信装置を搭載しやすいのだ。

 

「こちら瑞鶴、敵は見つかったの!?」

 

 通信が接続されるや、彼女は受話器型の通信機をひったくるように受け取り、"金剛"に話しかけた。しかし、彼女の報告は残念ながら、"瑞鶴"の期待したものではなかった。

 

『こちら金剛、Noデース。敵艦隊発見の報は来てないネ。それどころか、こっちが敵に見つかりまシタ!』

「はぁ!?」

 

 噛み付くように"瑞鶴"は通信機に叫ぶ。

 

「何やってんのよ!! 敵機は!?」

『電探の電波が届きにくい低空から来られまシタ。翔鶴の直掩機が敵機を撃墜しまシタが、その前に敵機が長めの無線通信を送ってたらしいデス。一本取られたネ、敵の先制デース!』

「しょうがないわね」

 

 実はこの時、第13艦隊は索敵に失敗していたのだ。

 バルチスタ海域の東側にスコールが発生しており、敵を早期に発見すべく高高度を飛んでいた「彩雲」は、スコールの密雲を避けるようにして飛んでいた。だが、東部方面艦隊はそのスコールの下におり、索敵機を飛ばした後で一時スコールの下に退避し、攻撃隊の準備を整えてからスコールを抜け出したのだ。このため、「彩雲」は敵を発見し損ねてしまったのである。

 “金剛”にはあのように言ったが、"瑞鶴"の(りゅう)(いん)はそれでは下がらない。元より彼女は負けず嫌いなのだ。絶対に敵に負けて堪るか、という強い心がある。

 

「だったら金剛、『コーネリア』機動部隊旗艦として意見具申よ」

『What's up?』

「こっちの第一次攻撃隊、今のうちに発進させたらどうかしら」

『Huh!?』

 

 通信の向こうで、"金剛"が息を飲む。

 

『正気デスか、瑞鶴!? まだscouters(索敵隊)は敵発見の報を送ってないデスヨ!?』

「ええ、正気よ。この後、敵の第一次攻撃隊がこっちに来るわよね。それなら、今のうちにこっちの攻撃隊を発進させておいて上空に退避させると共に、攻撃を終えて引き揚げる敵の攻撃隊を尾行するのよ! 敵攻撃隊が、敵の空母までこっちの攻撃隊を連れてってくれるわ! どう?」

『……ナルホド、面白いネ』

 

 どうやら"金剛"には自身の考えは理解してもらえたようだと判断し、"瑞鶴"は先を続ける。

 

「翔鶴(ねえ)(たい)(ほう)にも意見を聞いてみるわ。ちょっと待ってて貰える?」

『OK! ただしhurry upネ』

「分かってるわ」

 

 一度"金剛"との回線を切り、"瑞鶴"は"翔鶴"と"大鳳"に無線を繋ぐ。

 史実において起工した順から言えば"翔鶴"のほうが先任であるが、タウイタウイ泊地に着任したのは"瑞鶴"が最も早く、次いで"翔鶴"、"大鳳"の順なのである。従って、3人の中で最も練度(レベル)が高いのは"瑞鶴"であり、必然的に「コーネリア」機動部隊の旗艦は"瑞鶴"が担っていた。

 

「こちら瑞鶴。翔鶴姉、大鳳、考えがあるんだけど、聞いて貰える?」

『こちら翔鶴、どうしたの瑞鶴?』

『こちら大鳳、ご意見ですか? どうぞ仰って下さい』

 

 2人の許可を得た"瑞鶴"は、先ほどの意見について話した。

 

「……という訳で、今攻撃隊を出すのが得策だと思うのよ。お2人の意見はどう?」

『『うーん……』』

 

 一瞬考えた後、2人は結論を出した。

 

『分かったわ、瑞鶴。瑞鶴の思う通りにやりなさい』

『面白いと思います。この大鳳、異存はありません!』

 

 2人からの賛成を得た"瑞鶴"は、もう一度"金剛"に無線を繋いだ。

 

「こちら瑞鶴、2人とも賛成よ」

『わかりまシタ。3人とも同じ意見なら、ワタシから言うことはありまセン』

 

 "金剛"は一旦言葉を切り、そして通信回線を艦隊内無線に切り換えて命じた。

 

『「コーネリア」旗艦として命じマス! 翔鶴、瑞鶴、大鳳は、第一次攻撃隊を発艦してくだサイ!』

「『『了解!』』」

 

 3人の空母艦娘は、揃って威勢の良い返事を返す。この時既に"瑞鶴"の瞳は、獲物を発見した肉食獣のようにギラギラと光り輝いていた。彼女の中に宿る猛烈な闘志が、見えざるオーラとなって噴出する。

 

「最大戦速! 風に立て!」

 

 やたら気合の入った"瑞鶴"の号令の下、3隻の空母は一斉に変針すると、風上に向かって全速力で突進する。程なくして「発艦始め!」の号令がかかり、手空きの妖精たちが帽子を振って見送る中を第一次攻撃隊が飛び立った。

 発艦したのは、「翔鶴」から「(ふん)(しき)(けい)(うん)(かい)」20機、「(れっ)(ぷう)一一型」12機、「(てん)(ざん)一二型((むら)()隊)」12機。「瑞鶴」から「烈風一一型」20機、「(きっ)()(かい)」14機。「大鳳」から「烈風(六〇一空)」20機、「(すい)(せい)(六〇一空)」12機、「(りゅう)(せい)(かい)」20機。それ以外に直掩機として、「翔鶴」と「瑞鶴」から合わせて「烈風一一型」が15機、「大鳳」から「烈風(六〇一空)」が4機発艦している。

 20分ほどかかって全ての機体が飛び立ち、攻撃隊が上空に退避していった直後、「ポップスター」からの緊急信が届いた。

 

『こちら「ポップスター」旗艦「鳥海」! G群(グラ・バルカス帝国軍航空隊)多数、貴隊に向かう! 数約100!』

 

 これを受け、"金剛"は即座に決断した。

 

「全艦、輪形陣を構築! 対空戦闘用意!

私は左、(はる)()は右を固めるデース! ()()(ちく)()()(はぎ)は、後方をお願いしマス! そして、輪形陣の先頭は……」

 

 ここで彼女は、いったん言葉を切った。

 

「対空番長、ヨロシクオネガイシマース!」

 

 「対空番長」が誰であるかは、言うまでもない。

 

『やったるぜ!

四戦隊、()()! 出番だーっ!』

 

 "摩耶"である。

 

『提督から、最新の装備を融通してもらったんだ! 今のアタシは、一味違うぜ!』

 

 さあ、ここで"摩耶"の装備がどうなっているのか、見てみよう。

 

 

第一スロット 20.3㎝(3号)連装砲(四三式弾配備)

第二スロット 5inch連装両用砲Mk.28 mod.2

第三スロット FuMO25レーダー

第四スロット 零式水上偵察機

補強増設 Bofors40㎜四連装機関砲

 

 

 まさに防空の鬼である。

 艦これ界隈において最強の対空機銃と目される「ボフォース40㎜四連装機関砲」と、最強クラスの対空電探「FuMO25レーダー」、そして近接信管との組み合わせで凄まじい防空能力を発揮する「5インチ連装両用砲Mk.28 mod.2」という装備の組み合わせは、「どんな相手でも絶対に通さない」という気迫が感じられる。それに、今回主砲に初めて実装された「四三式弾」は、◯碧艦隊でいう「三八弾」、つまり対空サーモバリック砲弾だ。その空間制圧能力は「三式弾」とは比べ物にならない。

 また、これ以外にも装備の交換が行われていた。具体的には、"Iowa"が持っていた射撃指揮装置「GFCS Mk.37」を搭載させ、艦橋前方に多数集中配備されていた「25㎜三連装対空機銃」を全て「Bofors40㎜連装機関砲」に換装、そして艦上の25㎜単装対空機銃を全て「エリコン20㎜単装対空機銃」に換装するという徹底ぶりである。

 なお、このエリコン機銃は”Iowa(アイオワ)”に載せてあった同機銃を、”(くし)()”が量産したものである。

 

『フモレーダーがあるから、今のアタシは直掩機の航空管制だって行える! それに、提督から必殺の「四三式弾」も優先して回してもらったんだ、対空戦闘もお手の物さ!

見てろ、グラ・バルカス帝国軍! ここを通りたけりゃ、高い通行料金を払ってからにしてもらうぜ!』

 

 "摩耶"の戦意は、十二分のようだ。

 

『駆逐艦は、小隊ごとに分かれて隙間を埋めなさい。(かざ)(ぐも)(あき)(ぐも)は輪形陣の右前方、(ゆう)(ぐも)(まき)(ぐも)は輪形陣の左前方に布陣! (うら)(かぜ)(いそ)(かぜ)は輪形陣の左後方、(はま)(かぜ)(たに)(かぜ)は右後方を固めて!』

 

 指揮下の駆逐隊に“矢矧”が指示を出す中で、”瑞鶴”もまた、新たな指示を飛ばしていた。

 

「翔鶴姉、大鳳! 直掩機の配置なんだけど……」

 

 

 グラ・バルカス帝国東部方面艦隊・第1.1任務群から飛び立った第一次攻撃隊……アンタレス07式艦上戦闘機30機、シリウス型艦上爆撃機40機、リゲル型雷撃機30機からなる攻撃隊は、索敵機が報告してきた目標に向けて飛行していた。

 2時間ほど前、ペガスス級空母「マタル」から発艦していった索敵担当の「リゲル」のうち1機が、連続して「敵発見」を報じてきたのだ。発見した敵艦隊は2つ。1つは巡洋艦と駆逐艦を中心とする艦隊で、敵の前衛艦隊らしい。そしてもう1つのほうが問題であった。

 この「もう1つの艦隊」について、索敵機は位置情報に続けて「敵は空母3」と報告してきたのみである。どうやら敵の迎撃に遭って撃墜され、打電が途切れたらしい。

 しかし、この索敵機が何を言いたかったのかは十分想像がついた。つまり、索敵機は「敵は空母3隻を伴う」と言おうとしたに違いない。

 敵の空母機動部隊が早速見つかったのだ。しかも3隻も空母がいる。おまけに、グラ・バルカス艦隊は敵機の触接を受けていない。

 

 先手を取る、絶好のチャンス。

 

 こうして第1.1任務群は直ちに攻撃隊を送り出し、その攻撃隊が索敵機から報告があった海域までやってきたというわけである。

 

「ん!?」

 

 シリウス型爆撃機に搭乗して爆撃隊を率いている空母「ビハム」の艦爆隊長リー・バナード大尉は、攻撃隊の隊長機が機体をバンクさせて両翼を振っているのに気付いた。彼は海面付近に目を凝らす。

 水平線付近に、何隻もの黒い艦影が微かに見えた。それらのうち3隻は、海面にへばりついたまな板のような格好をしている。紛れもない、敵の空母だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「見つけた……!」

 

 バナードは、口角が上がるのを抑えきれなかった。

 ついに敵の空母が見つかったのだ。この戦い、先手を取ったのは我々だ。

 

(見てろ、敵空母に一発お見舞いしてやる……!)

 

 密かに決意するバナード。そのタイミングで攻撃隊の総隊長から「攻撃開始」の命令が届く。シリウス型爆撃機は高度4,000メートルまで上昇し、リゲル型雷撃機は一斉に海面付近まで降下し始める。アンタレス07式艦上戦闘機からなる戦闘機隊は、2隊に分かれて艦爆隊と艦攻隊に付き従う。

 その時、

 

「変ですね、隊長」

 

 後部座席に座る機銃手が、伝声管を通じて話しかけてきた。

 

「何が変なんだ?」

「敵の上空直掩機が1機も来ていません。普通に考えれば、もうとっくに出現していると思いますが」

 

 言われて気付いてみれば、確かに敵の上空直掩機の姿がない。

 

「どういうことでしょうか?」

「どうやら敵は、俺たちの接近を探知できなかったようだな。奴らもレーダーを持っているのかもしれんが、性能が劣弱なんだろう。好都合だ、敵機が来ないうちにやっちまうぞ!」

「了解です!」

 

 威勢の良い機銃手の返事を聞きながら、バナードは敵の空母を睨みつけた。

 この頃には、バナードの目にも敵艦隊の配置が見えるようになっていた。敵は2隻のオリオン級戦艦と多数の巡洋艦・駆逐艦で円陣を組み、その内側に3隻の空母を配置している。グラ・バルカス帝国でいう環状陣形(艦○れ提督諸氏のいう輪形陣)を、きれいに形作っていた。

 

(環状陣形か……ということは、こいつらは対空戦闘の理論を知っている……?)

 

 バナードの脳裏に疑問符が浮かぶ。

 環状陣形を知っている割に、上空直掩機が出てこないのは奇妙に感じられる。いったいどういうことだろうか。

 その時、敵艦隊の先頭に立つ巡洋艦らしき艦艇と、敵艦隊後部を固める2隻の巡洋艦クラスの艦の艦上に、多数の閃光が走った。

 

「撃ってきたか」

 

 特に感慨もなさそうに、バナードは呟いた。

 

(発砲炎のサイズからして、多分主砲だな。ちょっと針路を変えれば、当たるもんじゃない)

 

 腹の底で、彼はそう考えている。

 グラ・バルカス帝国の大型戦艦の主砲には、対空戦闘用の近接信管弾が配備されていると聞いたことがある。実際に演習で戦ったこともあった。だが、命中率はさして高くはない。

 敵にも近接信管弾があるらしいとは聞いているが、大したことはないだろう。

 

 ……しかし、その瞬間だった。

 

カッ!!!

 

 不意に、バナード機の左方で強烈な閃光が閃いた。そして、

 

グアアアアアッ……!!!

 

 凄まじい轟音と共に、突如出現した青白い光の玉が急速に膨れ上がった。一拍遅れて、とてつもない動揺がバナードの乗る「シリウス」を振り回す。

 

「っ!!? い、いったい何だこれは!?」

 

 全く予想だにしなかった状況に驚愕しながらも、バナードは懸命に操縦桿を操り、機体のバランスを保ち続けた。

 振動と轟音が続いた時間はものの20秒ほどであったが、バナードには20分も続いたように思われた。そして閃光が収まり始め、どうにか鮮明な視界を取り戻したバナードは、味方の部隊を見回して唖然とした。

 戦闘機・爆撃機合わせて55機いたはずの味方は、もう30機程度しか見当たらなくなっている。残りの機は、あの青白い謎の閃光と共に忽然と消えてしまったのだ。

 いや、よく見ると海面に向かって大量の金属片が落下している。どこからどう見ても、敵の砲弾の破片などではなく、破壊された味方機の残骸である。

 

「いったい……何が……」

 

  唖然とした様子でバナードが呟いた時、攻撃隊の前方の空に次々と黒煙の花が咲き始めた。敵艦隊が、対空射撃を開始したのだ。

 敵の対空砲弾が至近距離で爆発し、「シリウス」2機が相次いで撃墜される。

 

(くそっ、死んで堪るかっ……!)

 

 彼は何としても生き残り、敵空母に一撃を見舞おうと決意する。

 数えきれないほどの対空砲弾の炸裂が発生し、視界はみるみるうちに黒煙に覆われ、「シリウス」の機体は激しく振動する。そんな中を、「シリウス」爆撃機隊は敵空母に向けて突き進む。

 眼下に見えてきた敵艦隊は、どの艦も主砲あるいは高角砲の砲身に仰角をかけ、こちらに向けて撃ってくる。特に、環状陣形の先頭に立つ巡洋艦が、凄まじい連続発射を繰り返していた。

 

(敵にも近接信管がある、とは聞いていたが、何だこれは……。我が軍の対空砲火にも劣らないほど激しい対空弾幕だ……! ケイン神王国の主力艦隊でも、これほど強烈な対空弾幕は撃ってこなかったのに……)

 

 敵の対空砲火の激しさに舌を巻きながらも、バナードは艦爆隊を率いて敵環状陣形の内側へと進入し、空母に向けて突進する。

 「絶対に敵空母に一撃を見舞う」という信念が実ったのか、それとも幸運の女神の加護か、彼の機体はなんとか爆撃開始位置に達することができた。代わりに、味方の機体は次々と撃墜され、「ビハム」艦爆隊は残り7機にまで減らされたが。

 

「行くぞ、突っ込め!」

 

 彼は後続の味方に無線で指示を送ると、艦型不詳の敵空母に向けて急降下を開始した。

 

「2,600! ……2,400! ……2,200!」

 

 後部座席に座る機銃手が、高度計を読み上げてくれる。

 高度が1,400を切った辺りから、敵空母は対空機銃を撃ち上げてきた。同時に急速転回し、こちらの爆撃を回避しようとする。

 さらに、空母を援護せんと、周囲にいる戦艦や巡洋艦、駆逐艦が対空砲火を撃ち上げてくる。うち1隻、敵艦隊の先頭にいる巡洋艦の対空砲火が特に凄まじく、艦首から艦尾までを発射炎で赤く染め、稲妻を思わせる青白い弾幕を嵐の勢いで叩き付けてくる。

 

「させるもんか、逃がさん……!」

 

 強烈なGに耐えるように、バナードは大声を上げた。それを押しつぶすように、ダイブブレーキの甲高い音が響き渡る。

 

「600!」

「投下!」

 

 機銃手が高度600メートルを告げると同時に、彼は爆弾の投下レバーを引いた。同時に操縦桿を思い切り引き、機体の引き起こしを図る。

 

「うおおおお!」

 

 操縦桿は強烈に重い。それを引こうと、彼は雄叫びを上げる。

 なんとか「シリウス」は機体を立て直し、水平飛行に移った。その下方で、ドオォン……という鈍い爆発音が響く。

 

「やりました、命中です!」

 

 機銃手が喜びの声を上げる。

 

「さらに2発……いえ3発命中! 隊長の分と合わせて4発命中です!」

 

 バナードは心の中でガッツポーズをした。4発も当てれば、敵の空母は発着艦不能になっているはずだ。

 

 ところが。

 

「……!? 隊長、駄目です!!」

 

 不意に、機銃手が驚きの声を上げる。

 

「駄目だと? どういうことだ!?」

 

 バナードは思わず叫ぶ。

 250㎏爆弾4発分のダメージは、かなり大きいはずだ。だというのに、何が駄目なのか。

 

「分かりません。最低でも4発は命中したはずですが……」

 

 機銃手の報告は、どうも歯切れが悪い。これまで9回も実戦に出撃した経験を持つ機銃手が、まるで初陣の若年兵のような報告をするとなると、何かがあったのだろう。

 バナードは対空砲弾の爆発に揺さぶられる機体を操って、敵の環状陣形から脱出した。操縦桿を引き機体を上昇させながら、彼はまず後ろを確認する。

 後続する味方のシリウス爆撃機は、たった5機になってしまっていた。どうやら急降下中、あるいは脱出時に2機やられたらしい。出撃した時には13機を数えていたというのに、これでは壊滅である。

 編隊を整えさせながら、バナードは海面を見下ろして、

 

「何だありゃ!?」

 

 目を見開いた。

 250㎏爆弾を最低でも4発叩き付けたのだ。これだけ命中させれば、敵空母は飛行甲板を破壊され、黒煙を噴き上げて燃え上がっているはずである。バナードはケイン神王国の艦隊との戦いに参加したこともあるが、その時も爆撃を受けたケイン神王国の空母は黒煙を上げていた。

 しかし、今眼下に展開している光景は、バナードの想像とは全く異なるものだった。爆撃を受けた敵空母は、前部甲板の縁から一筋の黒煙を上げている他は、艦全体からうっすら白煙を上げているだけだ。炎は全くと言って良いほど見えない。

 

「どういう……ことだ……?」

 

 理解に苦しむバナード。

 

「隊長! 雷撃隊が!」

 

 そこへ機銃手の絶叫が飛び込んだ。海面を見下ろしたバナードは、音を立てて息を呑んだ。

 ちょうどリゲル型雷撃機を装備する艦攻隊が、敵艦隊に向けて突撃していくところである。だが、「リゲル」は次々と火を噴き、海面に叩き付けられていた。その周囲では帝国の誇るアンタレス07式艦上戦闘機の白い機体が飛び回っている。

 よく観察すると、見えづらいが緑色に塗装された機体が複数、蜂の群れのように飛び回っている。それが「リゲル」に肉薄する度に、「リゲル」は1機また1機と火を噴いて墜ちていく。

 

「くそっ! 奴らの直掩機は低空で待ち構えていたのか!」

 

 ()められたらしいと気付き、バナードは叫んだ。

 敵艦隊は、こちらの接近に早い段階で気付いていたのだ。そして直掩機を低空で待機させていた。

 

(低空で待ち構えていたということは、奴らは雷撃機だけを狙ったのか? 何故俺たち爆撃隊を無視する?)

 

 そんな疑問が、バナードの脳裏に浮かんだ。

 

 

 そのグラ・バルカス海軍雷撃隊であるが、攻撃隊の総隊長と艦攻隊の隊長を兼任するロバート・リオ少佐は、愛機のコクピット内で歯噛みしていた。

 

(くそっ、何だこれは! 我が国が誇る「アンタレス」が、劣勢だと!?)

 

 戦況は、グラ・バルカス帝国航空隊にとって思いがけない方向かつ(かんば)しくない方向に進んでいる。護衛に当たる「アンタレス」は、敵の直掩機を追い払うことができず、それどころか直掩機に撃墜される機体が続出する有様である。そして当然ながら、「アンタレス」は護衛の役目を十分に果たすことができず、「アンタレス」の守りを突破した敵機によって「リゲル」は片っ端から撃墜されていた。

 敵の戦闘機は異常に脚が速く、「アンタレス」に後ろを取られてもあっさりと振り切ってしまう。逆に「アンタレス」が後ろを取られた場合、逃げることもできずに撃墜される場合が多かった。しかも、どうやら敵戦闘機は口径20㎜クラスの機銃を実用化しており、凄まじい火力を持っている。

 既に10機以上の「リゲル」が撃墜された他、「アンタレス」もどう少なく見積もっても6機はやられていた。

 

「全機、編隊を密にせよ! 繰り返す、編隊を密にせよ! 弾幕を張って、敵機を追い払うんだ!」

 

 リオは無線で必死に指示を飛ばす。部下たちは機敏に答えて機体同士の間隔を詰め、投雷に備えて組んだ編隊を一層密にした。

 しかし、敵機はかなり頑丈であるらしく、「リゲル」後部座席の7.7㎜機銃による弾幕もあまり効果がない。逆に敵機の機銃は凄まじい威力を発揮し、撃たれた「リゲル」は高確率で火を噴き、空中で爆発するか、海面に叩き付けられる。

 だが、不意に敵機は向きを変え、一斉に離れていった。すかさず一部の「アンタレス」が追撃しようとするが、全く追いつけずに離されていく。

 

「やっと、敵機が去ったか……」

 

 リオがそう呟いた時。

 

 空が、弾けた。少なくとも、リオにはそう思えた。

 

 突然目の前に巨大な青白い火の玉が出現し、それが恐ろしい勢いで膨れ上がった。視界は一面青白い光に満たされ、「リゲル」の機体はガタガタと激しく振動する。

 

「なっ何だこれは!?」

 

 仰天しながらも、リオは必死に操縦桿を操り、海面に近い高度を保とうとする。

 光が収まったと思った時には、敵艦隊は目の前まで迫っていた。そして周囲に小さな閃光が走り、黒煙が湧き出し、爆風が機体を小突き回し、対空砲弾の破片が機体に当たって不快な音を立てる。敵艦隊が、高角砲による対空射撃を開始したのだ。

 

「後続機、どうか!?」

「視界内3機です!」

 

 リオが叫ぶと、後部座席に座る電信員から報告が返ってきた。それを聞いて、リオは愕然とする。

 

(3機だけだと!? 大分やられたな……!)

 

 これでは、敵空母に魚雷を命中させるのは難しいかもしれない。そう思いながらも、諦めることなくリオは突撃を続ける。前方に見えるオリオン級に似た敵戦艦を右に見て、敵の環状陣形の内側に進入する。その途端、対空射撃が激しさを増した。

 彼の前方には、白波を蹴立てながら急速転回する空母が見える。飛行甲板の縁を対空砲の発射炎で真っ赤に染め上げ、青白い曳光弾が嵐の勢いでこちらに迫ってくる。

 距離にしてあと400メートルほどで魚雷の発射点だ。他の機も攻撃にかかっているはずだが、今は確認している余裕がない。自分の投雷を成功させることと、生き残ることだけで精一杯だ。

 

「用意……投下!」

 

 ペガスス級に似た形状の敵空母まであと1,000メートルというところで、リオは魚雷を投下した。発射はどうにかできた。後は敵艦隊の中から脱出し、母艦に帰るだけだ。

 ところが、リオが魚雷を発射した直後、敵空母はこちらに向けて大きく回頭し始めた。

 

「ちくしょう!」

 

 リオは舌打ちした。

 投雷直後の回避運動なんて芸当は、自艦の操艦特性を十分に理解した上で、こちらが魚雷を発射するタイミングを完璧に読み切っていなければできない。敵空母の艦長は、かなりの手練れだ。

 

(外れたかな、これは)

 

 無念の思いを感じつつ、リオは生き残った3機の「リゲル」を率いて敵艦隊の環状陣形から脱出した。

 

 

(ありゃ駄目だ……。あそこまで編隊を崩され、機体数も減り、おまけに投雷のタイミングで舵を切られたのでは、当たらない……)

 

 上空で一足先に集合を終え、海面を見下ろしていたバナードはそう考えた。

 予想通り、敵空母は魚雷同士の隙間に艦体をねじ込むようにして、危なげなく魚雷を回避していく。ただ、空母の反対側にいた駆逐艦の1隻に辛うじて魚雷が命中するのが見えた。しかしこれでは命中率0%も同じである。

 

「敵は思ったより()(ごわ)いぞ、こりゃ……」

 

 バナードは呟いた。

 そこへ、攻撃隊の総隊長を務めるリオから「攻撃終了、帰投せよ」の命令が来る。

 

「攻撃終了だ! 母艦に生きて帰るぞ!」

 

 バナードは戦場の空を離脱していった。味方はすっかり討ち減らされ、残っているのは「アンタレス」16機、「シリウス」20機、「リゲル」11機だけになってしまっている。だがともかく、リオとバナードは生き残った。

 あとは、無事に味方の空母まで帰るだけである。

 

 

 一方、グラ・バルカス帝国軍の攻撃隊が去った海面では、「コーネリア」の各艦娘たちが互いの損害を確認していた。

 

「こちら金剛、各員被害報告!」

『こちら榛名、爆弾1発を受けました。ですが、榛名は大丈夫です!』

『こちら瑞鶴、機銃掃射を受けて対空砲の妖精たちに人的被害が出た他は大丈夫よ』

『こちら翔鶴、爆弾2発が直撃しましたが、カタパルト・甲板とも異常なし、航空機発着艦可能です! 航行にも支障ありません!』

『こちら大鳳、爆弾命中5! 高角砲1基損傷、その他対空機銃に被害あれど、航行・戦闘・艦載機運用に支障なし。この程度、この大鳳はびくともしないわ!』

 

 そう、バナードたち艦爆隊が投下した複数の爆弾を喰らったにも関わらず、「大鳳」の飛行甲板はほぼ無傷だった。

 航空母艦「大鳳」は、飛行甲板に厚さ75㎜のCNC鋼板と厚さ20㎜のDS鋼板を重ね張りしており、高い防御力を持つ装甲空母となっている。その重防御たるや、急降下爆撃による500㎏爆弾の直撃にも耐えるほどである。また、飛行甲板となる装甲板の表面には難燃性のラテックス(ゴム)を張り、火災対策すら講じている。そのため、シリウス型艦上爆撃機が投下した250㎏爆弾の直撃は「大鳳」に大した被害をもたらさず、火災もすぐ鎮火したために白煙しか上がらなかったのだ。

 また、改装を受けて"改二甲"となり、「大鳳」に劣らぬ飛行甲板防御力を獲得した「翔鶴」も、空襲をほぼ無傷で乗り切っていた。

 

 そして”瑞鶴”が命じた防空作戦も、この装甲空母の特性を存分に生かしたものだった。

 

『”(あお)()”の率いる情報局からの情報によれば、敵の急降下爆撃機が抱えられる爆弾は最大で500㎏程度と見られる。その程度の爆弾なら、自分たちの装甲甲板で弾き返せる。

従って、敵の急降下爆撃に対しては回避運動と対空砲火のみで対処する。そして、近接信管による迎撃が難しく、かつ危険度の高い敵雷撃機に対して、上空直掩機の全てを差し向けるべきである』

 

 “鳥海”から通報が入った直後、”瑞鶴”はこの迎撃作戦案を”翔鶴”と”大鳳”に意見具申し、満場一致でこの案が採用された。そのため、グラ・バルカス帝国軍のリゲル型雷撃機、そしてそれを守っていたアンタレス型艦上戦闘機は、異様に数の多い直掩機を相手取る羽目となり、直掩隊の練度と航空機の性能差もあって消耗を強いられたのである。

 

『こちら巻雲……魚雷、め……命中1……! 火災発生……機関大破、航行、不能です……!』

 

 不幸にして、駆逐艦「巻雲」が敵航空機の雷撃を受け、航行不能に陥ったようだ。海面を見ると駆逐艦が1隻、黒煙を噴き上げ、激しく炎上している。その行き足は完全に止まっていた。

 

「金剛、了解。

『コーネリア』旗艦権限で命じマス。"巻雲"は艤装とのリンクを切断し、総員退艦! "夕雲"は"巻雲"並びに妖精たちの救助を確認した後、"巻雲"の艤装を雷撃処分してくだサイ!」

 

 "金剛"は断固として命令を発した。

 現海面は敵地である。それに敵の第一次攻撃隊は、こちらの空母にほとんど被害を与えられなかった。ほぼ間違いなく、敵は第二次攻撃隊を送ってくるだろう。そう考えれば、「巻雲」の機関の修理を待つ時間はない。

 それに、輪形陣の組み直しの時間も必要である。

 

『巻雲、了解……!』

『夕雲、了解したわ』

 

 "夕雲"の声は固い。まあ、「妹の艤装を破壊しろ」と言われては無理からぬことだろう。

 

「敵は必ず、第二次攻撃隊を送ってきマス。瑞鶴たちの攻撃隊が敵空母を撃滅すると信じて、次の一撃を凌ぎまショウ!

総員、輪形陣の再編を急いでくだサイ! 対空番長、次もお願いしマース!」

『『『了解!』』』

『よーし、任せろ! 怖いなら、アタシの後ろに隠れてな!』

 

 「コーネリア」は、急ぎ対空戦闘の準備に入り始めた。

 

『こちら矢矧、巻雲が抜けた穴には私が入るわ。利根、筑摩、後方の護りは任せたわよ!』

『利根から矢矧へ、了解したのじゃ!』

『筑摩から矢矧へ、了解しました』

『摩耶から金剛、利根、筑摩へ。さっきの「四三式弾」の射撃、見事だったぜ。特に利根と筑摩は、よくアタシに合わせてくれた。次も頼むぜ!』

「金剛から摩耶、あれくらい朝飯前デース!」

『こちら利根、お安い御用なのじゃ!』

『筑摩から摩耶へ、この後もお任せください』

 

 そう、先ほどグラ・バルカス帝国軍の攻撃隊を襲った謎の青白い閃光は、「四三式弾」の炸裂光だったのだ。凄まじい空間制圧能力を持つ「四三式弾」の一斉炸裂は、グラ・バルカス帝国軍航空隊に甚大な被害を与えることに成功したのである。新兵器の有効性が確かめられたのだった。

 

 

『攻撃終了。敵空母1に爆弾命中2、別の敵空母1に爆弾命中4を確認。なれど敵空母の損害は軽微と見られる。その他敵オリオン級1に爆弾命中1、巡洋艦1隻に爆弾命中1、駆逐艦に魚雷命中1を確認す。敵戦闘機及び敵艦隊の迎撃、極めて()(れつ)

第二次攻撃の要あり。今より帰投す。0632』

 

 第1.1任務群の第一次攻撃隊が発した通信だ。6時52分にこれを受信した第1.1任務群は、騒然となった。

 第一次攻撃は失敗したらしい。敵空母の飛行甲板を破壊して航空機運用能力を奪うところまで行き着くことも、できなかったようだ。

 いったい何があったのかは不明だが、100機もの攻撃隊を出して戦果僅少とは信じられない。こんなことは、今まで一度もなかった。

 

「『ヘルベチオス』は、全ての『アルタイル』を出せ! 『ビハム』と『マタル』、『ペルセウス』は『リゲル』を中心に出撃させろ!

第二次攻撃隊発進、急げ!」

 

 第1.1任務群旗艦であるペガスス級航空母艦「マタル」の艦橋では、第1.1任務群司令エルドリッジ・デーダー少将が大声で命令する。500㎏爆弾を搭載できる「アルタイル急降下爆撃機」を搭載しているのは、第1.1任務群の3隻のペガスス級航空母艦の中では「ヘルベチオス」しかいないのだ。

 第1.1任務群は、第二次攻撃隊の出撃準備を急ピッチで進めていた。

 

 30分後、どうにか第二次攻撃隊の準備が完了し、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊・第1.1任務群は第二次攻撃隊を発進させた。その陣容は、アンタレス型艦上戦闘機20機、アルタイル型艦上爆撃機27機、リゲル型雷撃機22機、シリウス型艦上爆撃機16機である。

 だが、第1.1任務群が第二次攻撃隊を準備している間に、第1.2任務群……つまり東部方面艦隊本隊が敵機の触接を受けたとのことだった。しかし同時に第1.2任務群の索敵機も新たな敵の空母部隊を発見し、第1.2任務群は航空攻撃に入ったとのことである。

 

 第二次攻撃隊が出撃してからおよそ20分後、第一次攻撃隊が第1.1任務群に帰投してきた。

 

「手酷くやられたらしいな……」

 

 デーダーは空を見上げて呟く。第一次攻撃隊はほとんどバラバラになって帰投してきており、編隊を組んで帰ってきたものは非常に少ない。敵の迎撃は相当に熾烈だったようだ。あれではかなりの数の機体と搭乗員が失われているだろう。

 多数の部下を失ったと感じ、デーダーの胸がチクリと痛む。

 

「風に立て!」

 

 「マタル」艦長フーバー・ゲーレン大佐が命令し、ペガスス級航空母艦「マタル」「ビハム」「ヘルベチオス」の3隻とカシオペヤ級軽空母「ペルセウス」は針路を変更する。

 ところが、4隻の空母が風上に向けて走り始めた時だった。

 

『レーダーより艦橋!』

 

 不意に、切迫した声で報告が上がった。

 

『帰還機の後方に、敵味方不明機多数!』

「しまった!」

 

 その報告を聞いた瞬間、デーダーは真っ青になった。

 

「いかん、敵機だ!」

 

 ゲーレンも血相を変えて叫ぶ。

 何が起きたのかは明白だ。第一次攻撃隊は帰投を急ぐあまり、後方の確認がおろそかになり、敵の攻撃隊を連れてきてしまったのだ。

 第1.2任務群は敵の偵察機に見つかったとのことだったが、第1.1任務群は敵機には見つかっていない。つまり、敵は第1.1任務群の位置を知らなかったはずだ。

 となれば、考えられるのは1つだ。敵の指揮官は、第1.1任務群の第一次攻撃隊が来る前に自軍の攻撃隊を上げ、第一次攻撃隊の攻撃をやり過ごした後で自軍の攻撃隊にこちらの第一次攻撃隊を尾行させ、まんまとこちらの空母を発見、そのまま攻撃を命じたのだ。

 敵機動部隊の指揮官が何者かは知らないが、かなり頭がキレる人物であろう。

 

「上空の味方機に命令! 『着艦待て』!」

「第1.1任務群、対空戦闘急げ!」

 

 矢継ぎ早に命令が飛ぶ。「マタル」の艦橋は一気に騒がしくなった。

 

「味方戦闘機、敵機に向かう!」

 

 空母4隻の頭上を飛び越え、「アンタレス」が敵機に向かっていった。しかし、上空直掩の「アンタレス」は僅か20機、対する敵はその5倍はいそうだ。とても防ぎきれない。

 

(してやられた……!)

 

 その思いだけを胸に抱き、デーダーは空を睨みつけた。

 直掩の「アンタレス」隊が敵機に真正面から突っ込む。その後反転して、敵機を追おうとした。

 しかし、敵の戦闘機らしい一部の機体が分離し、「アンタレス」を押さえ込みにかかる。残りの機体は真っ直ぐに環状陣形に向けて突撃してきた。一部は「アンタレス」が撃墜破したようだが、あまり減っていないとみていいだろう。

 

「な……何だあれは!?」

 

 双眼鏡で敵機を観察し、デーダーは思わず声を上げる。

 前方に出て突進してくる敵機には、まずプロペラがないのだ。代わりに、何やら円筒のような巨大な機構を主翼の下に2個ぶら下げている。そして、グオオオオン……というレシプロエンジン特有の音ではなく、ゴオオオオ……とでも表現すべき異様な音を立てている。

 

「速い!」

 

 そして何より、速度が速い。時速650㎞か、もしかすると時速700㎞を出しているのではないだろうか。

 第1.1任務群の各艦が対空戦闘を開始し、敵機の周囲に高角砲による弾幕が張られる。2機の敵機が相次いで主翼をもぎ取られ、錐揉みになって墜落したが、残りは怯むことなく突っ込んできた。

 敵攻撃隊の先頭に立つのは、プロペラを持たない謎の機体。その後方に尖った鼻先を持つレシプロ機が続いている。さらに下方には敵の雷撃機らしい編隊が展開しつつあった。敵機との距離は、およそ1,000メートル。敵機は「マタル」の左舷のほうから向かってきた。

 第1.1任務群の各艦は、高角砲に加えて対空機銃による迎撃を開始する。「マタル」の艦上にも発射炎が閃き、連続音が響く。片舷3基を装備している10.5㎝連装高角砲と、片舷2基を装備している40㎜連装対空機関砲が敵機を迎撃しているのだ。25㎜三連装機銃は、まだ発砲していない。

 しかし、高角砲は命中するものの数が少ないために敵機を食い止めきれない。機銃に至っては、敵機の速度に幻惑されて曳光弾が敵機の後方に流れてしまっている。

 

(これは食い止めきれん……! 先頭の敵機は水平爆撃か?)

 

 デーダーがそう考えた時、先頭に立つ異形の機体が一斉に黒いものを投下した。

 

(やはり水平爆撃……なら、まだ(かわ)せる!)

 

 そう考えるデーダーの耳に、ゲーレン艦長の号令が聞こえる。

 

「面舵いっぱい!」

 

 操舵員が舵輪を目一杯回す。しかし、基準排水量32,000トンの巨体を持つペガスス級航空母艦「マタル」は、すぐには舵が効かない。艦はしばしの間、直進を続ける。

 敵の爆弾が、環状陣形の外郭を構築する味方のキャニス・ミナー級駆逐艦に向かって落ちていく。

 

(駆逐艦を狙った投弾か? 動いている艦艇に対して水平爆撃なんて、当たりっこないのに……)

 

 デーダーはふと疑問を抱き、敵の爆弾を見つめて……目を見開いた。

 敵の爆弾は明らかに向きを変え、真っ直ぐ駆逐艦に突っ込んでいくではないか。まるで、何かに誘導されているかのように。

 

「まずい! 躱せーっ!」

 

 デーダーは必死に叫ぶ。駆逐艦もなんとか舵を切り、爆弾を回避しようとしていた。

 しかし、その努力をあざ笑うかのように、敵の爆弾は駆逐艦に吸い込まれていった。

 

ドガアァァァン……!

 

 洋上に爆発音が響く。

 一撃を喰らった駆逐艦は、あっという間に全身火だるまと化した。あれでは到底助からない。

 

「敵弾多数、『ビハム』に近づく!」

 

 飛び込んできた報告に、デーダーの意識が引き戻される。

 見ると、ペガスス級航空母艦「ビハム」に敵の爆弾が迫っていくところだった。「ビハム」は右に舵を切って逃げようとしているが、避けきれない。

 

「敵弾近い! 『ビハム』に当たります!」

 

 「マタル」の見張りが叫んだ直後、敵弾1発が「ビハム」の左舷艦首にぶち当たった。

 

ドオォォン……!

 

 鈍い爆発音が響き、破片らしい黒いものが周囲に飛び散る。

 けたたましい音を立てて「ビハム」の飛行甲板を支えていた支柱が折れ飛び、「ビハム」艦首部の飛行甲板は力なく垂れ下がった。あれではどう見ても、艦載機の発進は不可能だ。

 そこへ2発目、3発目の敵弾が立て続けに「ビハム」を襲う。鼓膜をつんざくような爆発音が2回響いた。そして、その爆炎の中から一際巨大な爆発炎が火球となって立ち昇る。その直後、4発目の敵弾が「ビハム」艦尾を直撃し、おどろおどろしい爆発音が鼓膜を揺さぶった。

 全ての音響が止んだ時には、「ビハム」は全身火だるまの状態となっていた。4発目の敵弾が(もと)()や発電機室、あるいはタービン辺りを破壊したらしく、「ビハム」の行き足はみるみる衰えていき、それと反比例するように「ビハム」の火災は規模を増していく。助かりそうもない。

 

「こんな……バカな……!」

 

 デーダーは叫んだ。

 

「世界最強を誇る我がグラ・バルカス帝国の、最新鋭の航空母艦が撃沈されるなど、有り得ん! こんなバカな現実が、あって堪るかあぁぁ!」

 

 しかし残念ながら、これは現実である。加えて「マタル」にも敵の脅威が迫っていた。

 不意に激しい連続音が……聞き慣れた対空機銃の発射音が響く。デーダーはそちらを見て、息を呑んだ。

 ほとんど海面すれすれの高度を、敵の航空機が編隊を組んで突っ込んでくる。どれも真っ直ぐ水平に伸びた主翼を持つ奴だ。「マタル」の40㎜機関砲や25㎜対空機銃は、その敵機を狙って撃っていた。

 1機が主翼から火を噴いて墜落し、もう1機が高度を下げすぎて海面に激突するも、残りの機体は真っ直ぐこちらへと向かってくる。明らかに雷撃を狙った高度である。

 

「敵雷撃機5機、本艦左舷に接近!」

 

 見張りが叫んだ時、敵機は一斉に魚雷を投下した。そして、海面にへばりつくような高度を飛んで離脱を図る。

 

「両舷後進いっぱい!」

 

 ゲーレン艦長が指令した。減速し、その後後進して魚雷を躱すつもりなのだ。

 「マタル」の艦体が身震いする。動力が切られたのだ。主機は後進に切り替わったはずだが、「マタル」の巨体は慣性がついており、急には止まらない。

 海面に5本の白い線が引かれ、それが真っ直ぐに「マタル」に向かってくる。

 

(まだか、まだか……!)

 

 デーダーの祈りに反して、「マタル」はなお前進を続ける。

 

「雷跡近い! 距離100!」

 

 見張りが絶叫する。その時やっと「マタル」は後進を開始した。

 

(頼むぞ、躱せ……!)

 

 デーダーは必死に祈る。

 

「敵魚雷2、直撃コースを外しました! ……3本目も回避!」

(あと2本か……!)

 

 デーダーがそう思った時だった。

 

「雷跡2、近い! 当たります!」

「衝撃に備え!」

 

 見張りの悲鳴じみた報告に続いてゲーレンが命令する。

 その直後、艦底のほうから1発、突き上げるような強烈な衝撃が襲ってきた。そして「マタル」の艦体左舷前部に飛行甲板の高さを超える太い水柱が突き立つ。「マタル」は敵の魚雷を1本、もらってしまったのだ。もう1本はどうやら艦底をすり抜けたか何かして、外れたらしい。

 

「ダメージコントロール!」

 

 ゲーレンが命じた時、絶叫が飛び込んできた。

 

「右舷正横から敵機9! 近い!」

 

 咄嗟に右を見た彼らの目には、右舷から突っ込んできた敵機……中ほどから上に向けて折れ曲がった奇妙な翼を有する敵機が魚雷を投下する様子が飛び込んできた。右舷の対空機銃が迎撃に入るよりも敵機の投雷のほうが早かった。

 

「このまま後進! なんとかして躱せ!」

 

 狂ったように対空機銃が火を噴く中でゲーレンが叫んだが、敵機の投雷の位置は「マタル」にかなり近い。デーダーは、これは避けられないと覚悟した。

 しばらくの後、大音響と共に凄まじい衝撃が襲いかかった。「マタル」の艦体は悲鳴じみた金属音を発しながら激しく震動し、デーダーもゲーレンも転倒する。被雷の衝撃の度に艦橋の照明が明滅する。

 連続して6回の衝撃が襲った後、周囲は急に静かになった。床に倒れていたデーダーは顔を上げ、全てを悟る。

 「マタル」の飛行甲板は(きゅう)(はん)と化し、「マタル」は右側に大きく傾いていた。右舷の海面には重油が流れ出し、海面の一部が黒く染まっている。行き足は完全に止まっていた。火災も発生しているのか、どこからか焦げくさい臭いが漂ってくる。

 

「本艦被雷7。傾斜復旧の見込みはありません。総員退艦を発令します。司令、速やかに他艦へ移乗なさってください」

 

 転倒した際に頭をどこかにぶつけたらしく、頭から血を流しながらゲーレンが言った。

 ほぼ同時に7本もの魚雷を喰らったのでは、ダメージコントロールチームがどれだけ優秀でも無意味だ。「マタル」はとても助からない。

 

「ううむ……やむを得ん」

 

 苦虫を噛み潰したような顔でデーダーは頷いた。

 

「他の空母はどうなっている?」

「『ビハム』は艦全体が猛火に包まれており、とても戦えません。『ヘルベチオス』は敵の爆弾を3発喰らい、航行は可能ですが艦載機の発着艦が不可能になった、と報告が届いています。無事なのは『ペルセウス』だけです」

「何だと……。我が空母群はほぼ全滅ではないか……」

 

 デーダーは力なく呟いた。

 

「生きておいでなら、まだ戦うチャンスはありましょう。早く退艦を!」

 

 ゲーレンがデーダーを励ます。

 

「……分かった。離艦する!」

 

 それだけ言い残し、デーダーは「マタル」艦橋を出て行った。

 

 

 デーダーが「マタル」を離れてから15分後、午前8時12分。

 大量の海水を飲み込んだペガスス級航空母艦「マタル」は右に転覆し、沈没。責任を取るとして艦に残ったゲーレン艦長以下、492人にも達するクルー(この数字には、対空戦闘で戦死した者が含まれる)が艦と運命を共にした。

 また、火災の止まらない「ビハム」には、オリオン級戦艦「アルニタク」に移ったデーダーが雷撃処分を命令。空母「ヘルベチオス」は「彗星」艦上爆撃隊の集中攻撃を喰らい、3発もの爆弾が直撃。飛行甲板を半分引き剥がされたような格好になったこの空母は、大破と判定され後退を余儀なくされた。

 

 

「なんてことだ……!」

 

 味方空母から「着艦待て」を命じられ、上空で待機していたバナードは唖然とした。

 味方のペガスス級航空母艦3隻のうち、1隻は火だるま、1隻は大きく傾いている。残り1隻も火災を起こしており、飛行甲板が大破していた。無事なのは「ペルセウス」だけである。

 自分たちのせいだ。自分たちが帰投、補給と報告を急ごうとしたばかりに、自分たちは敵の攻撃隊を案内してしまい、そして空母に被害を出してしまったのだ。

 もう空母への着艦はできない。機体を乗り捨ててパラシュートで海面に降りるか、機体ごと海面に不時着して駆逐艦に拾ってもらうしかない。どっちにしても、愛機とは永遠の別れだ。

 

「ちくしょうめ……! ロデニウス連合王国め、この恨みはいつか倍にして返してやる……!」

 

 バナードは、ギリッ……と奥歯を噛み締めた。

 

 

 

『攻撃終了。発見せる敵空母は翔鶴型3隻、千歳(ちとせ)型1隻。うち翔鶴型空母1に魚雷命中7、同1にタ弾命中4を確認。敵空母大火災、2隻撃沈確実と認む。さらに翔鶴型空母1に爆弾3ないし4発命中、飛行甲板大破と認む。その他敵駆逐艦2隻轟沈、敵巡洋艦1隻大破。敵空母1隻健在なり、第二次攻撃の要ありと認む。今より帰投す。0807』

 

 「コーネリア」の第一次攻撃隊を率いていた「翔鶴」艦攻隊の隊長妖精”村田(しげ)(はる)”は、そのような電文を打った。

 しかし、「コーネリア」のどの艦娘たちもこの報告電を受信する余裕がなかった。というのは、第1.1任務群の第二次攻撃隊が殺到してきたからだ。

 

「面舵いっぱい! 急速回避ネ!」

 

 「コーネリア」旗艦である戦艦「金剛」の艦橋では、巫女服に似た衣装を着たフレンチクルーラーの艦娘……”金剛"が号令をかけた。その視界の片隅には、海面に近い低い高度を突っ込んでくる九七式艦上攻撃機に似た機体が写っている。雷撃を狙った機体だ。

 敵機が魚雷を投下し、複数の白い航跡が「金剛」に迫る。しかし、"金剛"が前もって回避を命じておいたことが幸いし、「金剛」を狙った魚雷は全て外れた。

 

「瑞鶴、機動部隊をよろしく頼みマスヨ……!」

 

 急速転舵で爆撃を回避する「瑞鶴」を遠目にちらっと見て、"金剛"は呟いた。

 

「対空弾幕切らさないで! 絶対に敵機を食い止めるのよ!」

 

 その「瑞鶴」の艦橋では"瑞鶴"が号令を下す。「瑞鶴」艦上の12.7㎝連装高角砲と25㎜対空機銃はひたすら火を噴き続けていた。

 「瑞鶴」に限らず、「翔鶴」も「大鳳」も激しい対空弾幕を張っている。空母を護衛する4隻の巡洋艦も、駆逐艦たちも、必死に対空砲を撃ち上げていた。その隙間を縫うようにして、敵の急降下爆撃機が突っ込んでくる。

 

『数が多いな……弾幕だけじゃ防ぎきれん!』

 

 不意に、無線に"摩耶"の声が飛び込んだ。敵機の数の多さに、さしもの彼女も(へき)(えき)しているようだ。

 

『なら、奥の手も使ってやる! アタシだって練習してきたんだからな……(ゆき)(かぜ)、アンタの"カード”を使わせてもらうぜ!

(しょう)()『雪風流 探照灯対空戦闘術』! 派手でなければ魔ほ……違う、戦闘じゃない! 弾幕と探照灯は火力だぜ!』

 

 何やらおかしなことになっている"摩耶"の台詞の後、艦隊前方で眩い光が煌めいた。白い光線が数条、硝煙立ち込める空に向けて伸びていく。彼女が「探照灯」を点灯したらしい。

 

「敵降爆6、右舷より本艦に向かってきます!」

「敵降爆4、大鳳に急降下!」

「左舷低空より雷撃機! 数8!」

 

 その間にも、「瑞鶴」艦橋には次から次へと報告が舞い込んでくる。

 

「矢矧と夕雲は翔鶴を援護! 榛名は大鳳をお願い!」

「面舵いっぱい!」

 

 息をつく暇も惜しいとばかり、"瑞鶴"は次々と指示を出す。そこへ「敵機直上、急降下!」の報告が飛び込んだ。

 

「右舷対空砲、射撃始め!」

 

 八九式12.7㎝連装高角砲が、近接信管付きの砲弾を連続して発射する。その途端、敵爆撃機の1機が木っ端微塵に吹き飛んだ。続いてもう1機、キラキラと光る破片を撒き散らしたかと思うと、そのままガクンと機首を下げ、真っ逆さまに海面に落ちていく。だが、残り4機は猛然と突っ込んできた。

 そこへようやく舵が効き始め、「瑞鶴」の艦首が右に振られる。一度舵が効き始めれば動きは速い。「瑞鶴」の巨体は海面に白い航跡を残しながら、急速に右へ回っていく。

 機銃の射撃音を塗り潰すように敵機のダイブブレーキの甲高い音が響き、一瞬後にはそれが消えてレシプロエンジンの轟音に変わった。敵機が爆弾を投下し、引き起こしをかけた合図だ。

 3機目の敵機が「瑞鶴」の上空を横切った瞬間、「瑞鶴」左舷の海面が弾けた。敵機の爆弾が着弾したのだ。太く白い水柱が2本、続けて突き上がる。

 3本目の水柱は、これまでの2発よりも近い位置に噴き上がった。と思った時、「瑞鶴」甲板に閃光が走る。

 爆発音が響き、周囲に焼けた何かの破片が飛び散った。破片の直撃を受けた機銃手妖精が絶叫を上げ、倒れ伏して動かなくなる。「瑞鶴」はこの日、異世界に来て初めての直撃弾を受けたのだ。

 この時「瑞鶴」に爆弾を命中させたのはアルタイル艦上爆撃機だった。だが、「大鳳」にも負けない防御力を持つ「瑞鶴」の飛行甲板は、その500㎏爆弾の一撃を弾き返してみせたのだ。

 この投弾を最後に、敵の爆撃機は離脱していった。

 

「被害報告!」

 

 "瑞鶴"の指令に、立て続けに報告が入る。

 

『左舷第12・第14機銃損傷!』

『飛行甲板に被害なし!』

『こちら機関室、異常なし。全速航行可能です!』

 

 どうやら「瑞鶴」の装甲甲板は、敵機の爆弾を弾き返したようだ。

 敵機が引き上げつつあることもあり、ほっとした雰囲気が「瑞鶴」艦橋に流れる。

 

『敵雷撃機6、翔鶴に急接近!』

 

 しかし、続いて飛び込んできた急報が、その雰囲気をぶち壊した。

 

「翔鶴姉!?」

 

 "瑞鶴"が外を見ると、海面すれすれの低高度で敵機が「翔鶴」に迫っていく。「翔鶴」は必死に対空弾幕を張っているが、当たっていないようだ。

 敵機はそのまま「翔鶴」に向けて突進を続け、ついに「翔鶴」の上を飛び越えていった。一見何もしていないように見えるが、敵機が魚雷を放ったのは間違いない。

 と、「翔鶴」の艦首が右に振られ始めた。回避行動に入ったらしい。

 

(お願い、避けて……!)

 

 祈る"瑞鶴"。その時、「翔鶴」の右舷に高い水柱が連続して突き上がった。それも、4本も。

 魚雷の直撃を受けた「翔鶴」の脚が、みるみる鈍っていく。出火があったらしく、「翔鶴」艦上から炎が立ち昇る様子も遠望された。

 

「翔鶴姉ーっ!!」

 

 "瑞鶴"の悲鳴だけが虚しく響いた。

 程なく"榛名"から通信が届けられた。

 

『こちら榛名。翔鶴に被雷4。傾斜約10度、航行不能と認められます』

 

 報告する"榛名"の声は、例になく沈んでいる。空母を守りきれなかった自責の念が溢れているようだ。

 

「榛名、翔鶴姉は!?」

『なんとも不明です……。無事だとは思いますが……』

 

 "榛名"の答えに、"瑞鶴"は心臓を引き裂かれたような気持ちになる。その時、見張りからの報告が前後して飛び込んだ。

 

「敵機、撤収しつつあり!」

『翔鶴から発光信号! 「艦娘は無事なれど、航行不能」!』

「翔鶴姉……! 良かった……!」

 

 どうやら姉は無事だったらしい。"瑞鶴"は涙がこぼれそうになった。

 対空戦闘は終息しつつある。被害を把握して、態勢を立て直さなければ。それに、こちらが送った攻撃隊の戦果も気になる。

 

『こちら金剛、一旦全員集合ネ! それと、各員被害報告!』

 

 対空戦闘の終結を確認した"金剛"から、無線が入ってきた。

 

 

 

『……以上、「コーネリア」から被害報告デス』

「……了解」

 

 午前9時1分、「コーネリア」の後方約40浬に展開している「イスカンダル」の旗艦「(なが)()」の艦橋では、堺が"金剛"の報告に沈痛な声を返した。

 

「巻雲が艤装放棄に、翔鶴が被雷4か……。残念だが、こりゃどうしようもない。"翔鶴"の乗員と航空隊パイロットの妖精を収容の上、"翔鶴"の艤装を雷撃処分しろ。

翔鶴のジェット機は瑞鶴に降ろせ。他のレシプロ機は瑞鶴と大鳳に分配しろ。格納庫に余裕がないから、被害の大きい機体は片っ端から海没処分。被害の少ない機体のみを格納庫に降ろせ」

『了解ネ』

 

 "金剛"の声にも、いつもの陽気さはない。

 

「それ以外に、艦艇への被害は?」

『爆弾を貰った子は3人いマスが、いずれも戦闘・航行とも支障ないネ』

「OKだ。空母の喪失は痛いが、それ以外の被害が少ないのはありがたい。

ところで、そっちの攻撃隊はちゃんと戦果を挙げたのか? やられっぱなしはごめんだぜ」

『そこは問題ないと思いマス。第一次攻撃隊からの報告では、「敵翔鶴型空母3隻、千歳型軽空母1隻を発見。うち翔鶴型空母1に魚雷命中7、同1にタ弾命中4。両艦とも大破炎上、撃沈確実と認む。更に翔鶴型空母1に爆弾3命中、飛行甲板大破と認む」となっていマス』

「ふむ、正規空母3隻中2隻撃沈1隻撃破か。了解、ありがとう。引き続き、対空戦闘と航空攻撃を頼む」

『了解デース。では、失礼しマス』

 

 "金剛"は通信を切った。

 通信を終えた堺は、「長門」艦橋の壁にかかっている戦況図に歩み寄る。そして、味方陣営の「翔鶴」の名前の上に斜線を2本描いた。「艤装放棄」の印である。

 続いて堺は、敵戦力予想図の空母の項目に2本斜線を2つ引き、敵空母2隻を「撃沈」とした。さらにもう1隻分の絵に1本斜線を引き、「撃破」の印とする。そして、「1イ」と書いた敵艦隊にバツ印を付けた。「空母機動部隊としての機能喪失」の意味である。

 

「こっちの装甲空母1隻と引き換えに、敵正規空母2隻撃沈1隻撃破で敵機動部隊1つの壊滅か。ま、結果オーライの範疇だな。

さて……戦いはまだ始まったばかり。味方の被害をなるべく抑えつつ、敵に出血を強いなければ」

 

 呟きながら意識を切り替え、彼は敵艦隊がいると思われる北の海を見つめた。

 

「提督よ、通信は聞いていた。敵は想定より強力かもしれんな」

 

 "長門"が話しかけてくる。

 

「ああ。決して侮れん敵だ。

さて、『トランスバール』が敵に見つかったという報告が入っているが……場合によっては、この『イスカンダル』から攻撃隊を出さねばならんかもな」

 

 “長門”に返事しながら堺は北の水平線を見つめ、考える。

 

(序盤はどうにか勝利、ってところか。この後も勝ち続けなければ。やれやれ、荷が重いなぁ……)

 

 

 一方、グラ・バルカス帝国東部方面艦隊の第1.2任務群では、第1.1任務群からの報告を受けた幕僚たちが騒然となっていた。

 

『ペガスス級空母「マタル」喪失、「ビハム」雷撃処分。「ヘルベチオス」飛行甲板大破、艦載機運用不可能。第1.1任務群機動部隊壊滅。

敵空母は、「アルタイル」の500㎏爆弾でも甲板破壊できず。奴らは怪物なり。0840』

 

 これが、第1.1任務群から送られた報告電である。

 これまで無敗を誇っていた東部方面艦隊が、ここにきてまさかの1個機動部隊全滅であった。特に最新型空母であるペガスス級空母2隻の喪失は、東部方面艦隊司令部に大きな精神的打撃を浴びせていた。

 それ以上に脅威なのは敵空母である。なんと、アルタイル型艦上爆撃機による500㎏爆弾の急降下爆撃すら無効化してみせたのだ。これはもう、敵空母に雷撃を見舞うしかない。

 

「500㎏爆弾でも貫通できないとは……」

「そんな馬鹿な! ペガスス級空母が2隻も沈められるなんて……!」

 

 幕僚たちはひそひそと言葉を交わし合う。その時、

 

「落ち着け」

 

 艦隊司令カイザル・ローランド大将がただ一言、言った。それだけで場はしーんと静まり返る。

 

「敵は絶対に侮ってはならない。正直言って私も驚いている。まさか、空母2隻を失うとは思わなかった。

諸君、敵は極めて強大だ。我々も本気でかからねばならん」

 

 カイザルがそう言うと、幕僚たちは落ち着いて静かになった。

 

「我々の攻撃隊は敵『チャーリー』群艦隊に取り付いたか?」

「いえ、あとおよそ30分後に会敵と見られます。ただその頃には、我々も敵機の攻撃に晒されているでしょう」

 

 カイザルの質問に、参謀長マルクル・ヘルメス少将が答える。

 

「分かった。第1.3任務群に連絡し、敵の『ブラヴォー』群艦隊の空母を雷撃で叩かせろ」

「はい。『アルファ』群艦隊はどうしますか?」

「叩くにしても後回しだ。あの艦隊に空母はいないからな」

「承知しました」

 

 カイザルと部下が使った呼称であるが、「アルファ」が「ポップスター」、「ブラヴォー」が「コーネリア」、「チャーリー」が「トランスバール」を指している。

 部下に指示を出した後、カイザルは1人考える。

 

(まさか、500㎏爆弾でも飛行甲板を破壊できない空母とはな。これは想像もしていなかった。おそらく、飛行甲板に装甲板でも張って重防御を施しているのだろう……この戦いが終わったら、必ず上に報告しなければ。

それにしても、戦いの序盤にいきなりこんな怪物に遭遇するとは……おそらく敵の指揮官サカイも、これを狙ったのだろう。我々の急降下爆撃は効かないと見て、わざと重防御空母を目につく前方に押し出し、無視できない囮としたのだな。

敵の指揮官は手強い)

 

 それでもカイザルは、自分の指揮する艦隊が勝つと信じていた。

 

 

【挿絵表示】

 




というわけで、航空戦の最初は「コーネリア」ことロデニウス第13艦隊第二分艦隊と、グラ・バルカス東部方面艦隊第1.1任務群の対決。双方被害を出していますが、正規空母の撃沈・撃破数から見れば「コーネリア」が優勢です。「四三式弾」こと対空サーモバリック砲弾と装甲空母の存在、そして艦載機の性能差が大きく響きました。


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次回予告。

重防御空母の存在を知ったグラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊。その驚愕も冷めやらぬうちに、続いてはカイザル直率の第1.2任務群と「トランスバール」の航空戦に突入する。そこへ高速で殴り込む灰色の影が……
次回「激突! 第二次バルチスタ沖大海戦!(two)」
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