鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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私事ながら、この前の艦これ期間限定海域「海上護衛!本土近海航路の防衛」で、初めての甲種勲章を手にしました!
提督歴5年、「無課金で甲種勲章は入手できるか」という命題に、やっとこさ答えを出すことができました…!

8回の長きに渡って描いてきた「第二次バルチスタ沖大海戦」も、いよいよ終幕。最後はロデニウス艦隊による航空撃滅戦です!



152. 激突! 第二次バルチスタ沖大海戦!(seven)

 中央暦1643年6月1日 午前11時07分、ムー大陸南西方 バルチスタ岬沖200浬の海域。

 数十隻の艦艇が、針路を北に取って航行していた。それらの艦は等しく、煙突から黒煙を吐いている。しかし中には、明らかに煙突ではないところから黒煙を噴き上げている艦もあった。また、重油の黒い帯を引きずって傾斜しながら航行している艦も見える。その艦隊の上空を十数機のレシプロ航空機が飛んでいた。

 これは、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊の残存部隊である。ロデニウス連合王国海軍第13艦隊との戦い……「第二次バルチスタ沖大海戦」と称するべき戦いに敗れ、航行不能になった味方を見捨てて海域を脱出し、パガンダ島へ帰投しようとしていたのである。

 艦隊の陣容は、戦闘前のそれとは大きく変化していた。ここにいるのは、ヘルクレス級戦艦3隻、オリオン級戦艦2隻、カシオペヤ級軽空母2隻、タウルス級重巡洋艦4隻、その他軽巡洋艦5隻、駆逐艦38隻からなる、計54隻の艦隊である。しかも、戦艦や巡洋艦はいずれも傷物にされていた。

 戦闘開始前は、総勢162隻もの数を誇っており、間違いなくグラ・バルカス海軍最強と言ってもよかったこの艦隊は今、半数以上の艦艇を失い、残存艦艇も損傷艦が多く、壊滅状態に陥ってしまっていた。これだけでも傷は大きいのだが、今度ばかりはそう単純なものではない。なんとグラ・バルカス海軍でも不沈艦とされていたグレードアトラスター級戦艦や、最新鋭主力空母であるペガスス級航空母艦ですら未帰還となってしまったのである。

 今の東部方面艦隊・残存部隊の雰囲気は、御通夜ムードそのものと言っても過言ではなかった。

 

「くそ……。まさか、こんなことになるとは……」

 

 艦隊の臨時旗艦に選出されたヘルクレス級戦艦「クヤム」の艦橋では、臨時司令官を務めることになったゲルド・トライゼン少将(旧第1.4任務群司令官)が(あく)(たい)()いた。

 まさか、「帝国の軍神」カイザルに率いられた艦隊が敗北するとは、思ってもいなかった。しかも、敵もグレードアトラスター級を繰り出し、それによって「ブラックホール」は未帰還になってしまったのだ。不沈艦と言われたあのグレードアトラスター級が、撃沈されてしまったのである。これは大きな衝撃であった。

 その上、「ブラックホール」に乗艦していたカイザル・ローランド司令官以下、東部方面艦隊司令部の幕僚たちも残らず未帰還となった。これ以上得難い人材を、グラ・バルカス帝国軍はまるごと失ってしまったのだ。戦力だけでなく、人材でも大きなダメージを受けたに等しい。

 

「対空レーダーに感あり! 敵味方不明機(アンノウン)捕捉。位置、当隊よりの方位180度、距離120㎞!」

 

 レーダーマンが唐突に報告を上げた。束の間、「クヤム」艦橋の雰囲気が凍りつく。

 レーダーマンは「敵味方不明機(アンノウン)」と報告したが、これは考えるまでもなく「敵機(ボギー)」であろう。

 

「くそっ!」

 

 ゲルドは一声(ののし)った。

 考えてもみれば、ロデニウス連合王国軍が東部方面艦隊を見逃す理由はどこにもない。こちらの空母で健在なのはカシオペヤ級2隻のみ。対して、ロデニウス連合王国軍は正規空母・軽空母合わせて10隻近くが健在だ。母艦航空隊で追撃を仕掛けてくるのは当然とも言える。

 しかも東部方面艦隊はレイフォル州からの距離が遠い海面に展開しており、基地航空隊の支援を受けられない。東部方面艦隊は最悪の状態で、空襲に晒されたのだ。

 

「全空母は、稼働できる全ての戦闘機を出せ!

全艦、対空戦闘用意! 敵機が来る、急げ!」

 

 ゲルドの号令の下、健在な2隻の空母が風に向かって舵を切り、艦内に残っているアンタレス07式艦上戦闘機を発艦させる。この2空母は、昨日の航空戦が終わった時点で艦内に残っていた爆撃機や雷撃機を全て投棄し、さらには敵艦隊への攻撃に参加した爆撃機や雷撃機も全て見殺しにして(もちろんパイロットは可能な限り救出した)、戦闘機だけ回収していた。このため、2空母合わせて50機近い「アンタレス」が残っている。

 なお、不時着水した航空機のパイロットについては、昨晩の時点で戦場を離脱している。というのも、東部方面艦隊は艦隊の再編成の際に、中破以上の損傷艦艇に駆逐艦2隻ずつを護衛に付けて、レイフォルに後退させたのだ。その際に、後退する艦艇にパイロットを乗せておいたのである。

 生き残りの戦艦や巡洋艦、駆逐艦は空母を取り囲み、環状陣形を構築して対空戦闘に備え始めた。

 だが、先ほどの艦隊決戦、そして昨日の航空戦や夜戦で多数の艦が傷つき、対空砲火は大きく減弱している。どこまで防ぎきれるだろうか。

 20分後、水平線付近に姿を現したロデニウス軍の攻撃隊を見て、ゲルド以下生き残りのクルーたちは愕然とした。空の一角を真っ黒に埋め尽くすほどの数の敵機が、いくつもの(てい)(だん)を組んで迫ってくる。おそらく200、いや300機は余裕でいるだろう。

 それに対して、迎撃に上がったアンタレス型艦上戦闘機は、僅かに47機。数の差が違いすぎる。これではとても全機は防ぎきれない。

 

(頼む、1機でも多く食い止めてくれ……!)

 

 ゲルドがそう願った、その瞬間だった。

 速度を上げて敵機に突撃していく「アンタレス」、その先頭に立つ4機ばかりが、不意に閃光を発してバラバラに砕け散ったのだ。

 

「え!?」

 

 ゲルドが仰天する間にも、「アンタレス」は片っ端から光とともにバラバラにされ、無数の破片と化して海面に落下していく。もちろんこれは、「赤城」制空隊の「F-86D改 セイバードッグ」が放った「サイドワインダー」空対空ミサイルの犠牲となった者たちである。

 閃光とともに砕け散った「アンタレス」の数は25機程度。20機前後にまで討ち減らされながらも、「アンタレス」は敵航空機に突撃していった。それに対して敵機のうち何機かが機首を(ひるがえ)し、「アンタレス」に挑みかかる。残りは「アンタレス」を気にする様子もなく、まっすぐに艦隊へと向かってきた。

 

「あれは……!」

 

 敵機の動きを見ていたゲルドの口から、声が漏れる。

 敵機は大きく三手に分かれたのだ。一方は高空を飛行しており、残り二方は左右に散開しながら高度を下げ、海面付近まで降りてくる。

 

「雷爆同時攻撃か!」

 

 歯ぎしりしながら、ゲルドは呟いた。

 高空からの急降下爆撃と低空からの雷撃を同時に仕掛ける、雷爆同時攻撃。艦船にとっては逃げ場がない、悪夢のような攻撃だ。それを迷わず選択してきたということは、敵は今ここで東部方面艦隊に止めを刺し、完全に壊滅させるつもりなのだ。

 

「射撃開始!」

 

 ()()を見計らい、ゲルドは大音声で叫んだ。

 東部方面艦隊の全艦艇が、一斉に高角砲の発射を開始する。空に黒煙が次々と花開き、被弾した敵機が黒煙を引きずって墜落する。

 しかし、昨日から続いている戦闘によって破壊された対空火器も多く、対空砲火は明らかに減弱していた。その(かん)(げき)を縫うようにして、航空機が殺到してくる。その先頭に立った機体に、ゲルドは目を見張った。

 その機は明らかにレシプロエンジンを装備していない。何故ならプロペラがないからだ。そして、鋭い(やじり)のような鋭角的な形状をしている。その機がなんと、時速900㎞以上にまで加速して突っ込んでくる。ゴオオオオ……という、レシプロエンジンとは異なる轟音が周囲に響いた。

 その航空機の下腹から、何かが6発ばかり白煙を引いて発射される。それは空中を高速で飛翔し、環状陣形の外周にいたキャニス・ミナー級駆逐艦「フェルカド」に突き刺さった。爆発が発生し、「フェルカド」の艦橋が炎に包まれる。

 さらに、後続する敵機が同じ兵器を使用し、8発が「フェルカド」に命中した。この直前まで砲火を放っていた対空機銃が沈黙し、「フェルカド」の後部は炎を背負ったような姿に(へん)(ぼう)する。無力化されたのは明らかだ。そして、「フェルカド」の周囲にいた他の駆逐艦にも、敵の兵器が次々と刺さっていく。

 

「しまった、奴ら環状陣形に穴を開ける気か!」

 

 敵の狙いを悟ったゲルドは叫んだ。

 敵の兵器はおそらく、ロケット弾のようなものと推定される。ロケット弾では駆逐艦を撃沈するには至らないが、対空機銃を沈黙させることなら可能だ。敵は防空網に穴を開け、後続する攻撃隊に道を開くつもりらしい。

 この時ロデニウス軍が使用した兵器は、「F-86D改 セイバードッグ」が24発装備している「Mk.4 FFAR マイティマウス噴進弾」である。本来は()()()ロケット弾なのだが、そんなこと知ったこっちゃないとばかりに、「赤城」飛行隊の面々はこれを対艦攻撃に使用していた。

 だが、ゲルドに敵の狙いが分かったところで手の打ちようがない。対空砲火が減弱したところを衝き、ロデニウス軍の攻撃隊が環状陣形の内側に切り込んでくる。明らかに空母を狙っていた。

 真っ先に切り込んできたのは、主翼下に奇妙な円筒を持つ謎の機体だ。敵のロケット弾による攻撃は、環状陣形の2箇所に対して集中的に行われた。その環状陣形の穴を突破し、雷撃機の大半が空母に向かって突き進む。爆撃機や雷撃機の一部は環状陣形の外周にいる護衛艦を狙って、低空から突っ込んできた。

 

「撃て! 反撃しろ! 1機も近寄らせるな!」

 

 血相を変えてゲルドが命じる。東部方面艦隊の艦艇は必死に対空砲火を撃ち上げ、複数の機が火を噴いて落ちていくが、敵機は怯む気配すら見せない。

 最初に攻撃を開始したのは、主翼下に円筒形の機構を取り付けた敵機である。そいつらは水平爆撃を担当していたらしく、各機が爆弾を1発投下したのだが……その爆弾、なんと明らかに空中で向きを変え、艦艇めがけて突っ込んでいったのだ。

 

「まずい! (かわ)せぇぇ!」

 

 ゲルドが絶叫したが、遅すぎた。

 

ドゴオォォォォン……!

 

 2発が立て続けにヘルクレス級戦艦「リギル」を直撃する。爆発が収まった時には、「リギル」の姿は一変していた。艦橋が半分ほどの高さに減ってしまっており、対空砲火は明らかに弱まっている。敵の爆弾は艦橋を直撃し、炸裂したのだ。おそらく艦長を始め首脳部クルーは、誰一人助からなかっただろう。そして今の一撃で射撃指揮所は完全に失われたため、対空砲火の命中率も大幅に減弱しているはずだ。

 同じ誘導爆弾の一撃を喰らったレオ級軽巡洋艦は、艦橋を叩き潰されてみるみるうちに速度を落とし、駆逐艦は凄まじい爆発音と閃光を発して一瞬で消失してしまう。そこへ、金属的な響きを持つ高音が頭上から降ってきた。

 敵の急降下爆撃機が次々と機体を翻し、護衛艦と空母に向けて急降下を開始したのだ。十数機が一斉に反転して突っ込んでいく様は、「絶対に逃がさない」という意志を感じさせた。

 

「撃ち落とせ! 空母と自分の身を守れ!」

 

 ゲルドの号令一下、東部方面艦隊は必死で対空機銃を撃ち上げる。相次いで3機の敵機が火を噴き、急降下から墜落に転じたが、残りは機銃弾を弾き飛ばさんばかりに艦艇に肉薄していく。

 先頭に立った機体が引き起こしをかけ、それを皮切りに敵機が次々と機体を引き起こす。最初にターゲットにされたタウルス級重巡洋艦「プリマ・ヒアダム」の左舷至近に水柱が突き立ち、その少し後に「プリマ・ヒアダム」の艦体は多数の水柱に取り囲まれた。その中から黒煙が立ち上る様が観察された。

 10本もの水柱が収まった時、「プリマ・ヒアダム」は艦全体から黒煙を噴き上げている。

 

「重巡アインより報告! 『プリマ・ヒアダム被弾7ないし8。航行不能の模様』」

「喰らったか……!」

 

 報告を受けてゲルドが悔しげな表情を浮かべた時、

 

「シェダルより報告! 『我被弾8。舵機室損傷、大火災発生』!」

「!!」

 

 新たな報告が飛び込み、ゲルドが絶句した。

 「シェダル」はカシオペヤ級軽空母の1隻であり、旧日本海軍の「千歳(ちとせ)型航空母艦」に似た見た目・性能をしている。そこへ8発もの500㎏爆弾が直撃したのだ。無事に済むはずがない。

 実際、「シェダル」は激しく燃えながら一つ処をぐるぐる回ることしかできなくなっている。これでは、連れて帰るのは無理だ。

 ともかくもこれで、東部方面艦隊の残存空母はカシオペヤ級の「ペルセウス」だけになってしまったのだ。これ以上、被弾させるわけにはいかない。

 

(頼む、避けろ!)

 

 ゲルドのその思いが通じたのか、空母「ペルセウス」は投下された6発の爆弾を全て回避してのけた。

 

「あの艦は強運だな」

 

 ほっとしながら、ゲルドは呟いた。

 昨日の航空戦でも、「ペルセウス」は敵航空部隊の激しい攻撃に晒されながら、至近弾のみでどうにか乗り切っている。艦長の操艦の練度もあるのだろうが、運が良いのもその一因だろう。

 一瞬だけ安心したゲルドだったが、脅威はまだ去ってはいない。今度は雷撃機が、海面すれすれの低高度で「ペルセウス」に突進していく。たった1隻残った空母を、何が何でも逃すまいとしているようだ。

 

「撃て! 奴らに魚雷を投下させるな!」

 

 必死に対空砲火を撃ちまくる東部方面艦隊。それを阻止しようと、「ペルセウス」を狙っていた急降下爆撃機が目標を変更し、駆逐艦や巡洋艦に向かって身を踊らせる。500㎏爆弾による急降下爆撃では、戦艦を沈めるのは難しいが、巡洋艦や駆逐艦なら撃沈できる可能性がある。魚雷発射管にぶち当てて魚雷を誘爆させれば、ほぼ確実に葬り去れる。撃沈に至らなくても、対空砲火を減殺できる。そう考えての攻撃であった。

 急降下爆撃機と雷撃機、双方に同時に対処しなければならなくなったグラ・バルカス艦隊。それは対空砲火の分散を招き……ロデニウス軍の後続機にとっての勝機に繋がった。

 

「新たな敵機、『トリスタン』に接近! 急降下!」

 

 新たな報告が飛び込み、ゲルドはそちらを見やった。

 

 同時刻、オリオン級戦艦「トリスタン」艦上では、クルーたちが必死で対空砲火を撃ち上げている。

 というのも、敵機が急降下に入ると同時にサイレンじみた甲高い音が鳴り始めたのだ。忘れもしない、スコールの切れ目から(さか)()としに突っ込み、瞬く間に空母4隻を葬り去ったあの敵が放つ「悪魔のサイレン」である。

 

「アイツだ! アイツが来やがったぁぁ!」

「くそっ、撃て撃てぇ!」

「空母の仇だぁーーー!」

 

 半ばパニックに陥りながら、クルーたちは必死で対空機銃の銃身に仰角をかけ、トリガーを引き続ける。実は「トリスタン」は元々第1.3任務群に所属しており、そのためあの現場を目撃していたのだ。このため「トリスタン」のクルーたちは、あのサイレンの恐ろしさを誰よりもよく知っている。

 しかし、ほぼ垂直に突っ込んでくる相手に照準が追いつかない。その間にもサイレン音はぐんぐん拡大し、クルーたちの大半がパニック状態に陥る。

 

Auf Wiedersehen(さようなら)!」

 

 その言葉と共に、「ジェリコのラッパ」を高らかに吹き鳴らしながら急降下してきた「空の魔王」、妖精“ハンス・ウルリッヒ・ルーデル”は、抱えてきた爆弾を投下した。それもなんと、特注品の対戦艦用1トン徹甲爆弾である。

 

ドゴオオオォォォン……!!!

 

 投下された1トン徹甲爆弾は、見事に戦艦「トリスタン」の第1砲塔に命中し、そこで炸裂した。おどろおどろしい爆発音や強烈な閃光と共に、第1砲塔が完全に爆砕され、無数の破片が八方に飛び散る。

 さらに、「Ju87C改(Rudel Gruppe)」第1シュタッフェルの後続機が「ジェリコのラッパ」と共に舞い降り、腹の下に抱えた500㎏爆弾を次々と「トリスタン」に叩きつけた。その結果、「トリスタン」は8発もの爆弾を受け(第1シュタッフェルは8機で成り立っているため、なんと全弾命中である)、艦上構造物を片っ端から打ち砕かれた。爆撃が終わった後には、「トリスタン」の艦橋は完全に破壊し尽くされてしまっており、主砲も1基が破壊され、もう1基は砲塔天蓋を引き剥がされている。また、残り2基の主砲は旋回装置が故障してしまっていた。後部艦橋トップの予備射撃指揮所も爆弾が直撃したため、「トリスタン」の戦闘力はほぼ完全に失われている。

 他にも、第2から第4シュタッフェルの攻撃により、ヘルクレス級戦艦「ジメルトリオス」が損傷し、タウルス級重巡洋艦「アイン」が無力化され、レオ級軽巡洋艦「アダフェラ」は魚雷発射管に被弾して、凄まじい爆発音と閃光と共に一瞬で海面から消え去った。

 

 そして「悪魔のサイレン」によって東部方面艦隊の注意が少しでも逸れた隙を衝いて、環状陣形の内側に飛び込んだ雷撃機……第13艦隊艦攻隊の中でも雷撃のツートップとして知られる「(てん)(ざん)一二型((とも)(なが)隊)」と「天山一二型((むら)()隊)」が、空母をめがけて突進していく。対空砲火によって既に数機が帰らぬ身となっているが、恐れる様子もなく目一杯肉薄していく。村田隊と友永隊という、雷撃隊のツートップを一気に投入する辺り、「絶対に空母は逃がさない」というロデニウス軍の執念が感じ取れる。

 

「「用意、てっ!」」

 

 両航空隊とも、魚雷の投下はほぼ同時であった。数十本にも達する魚雷が、下腹を抉る鉄と火薬の銛となって「ペルセウス」に突進していく。ほぼ全方位から発射された魚雷を回避する術は、「ペルセウス」には残されていなかった。

 

ズドドドドオォォォォ…ン……

 

 圧倒的すぎて却って無音に聞こえるほどの爆発音と共に、「ペルセウス」の艦体は噴き上がった大量の白い飛沫によって見えなくなった。続いてその白い幕を突き破るようにして、巨大な火球が天空へと昇っていく。それと同時に巨大な爆発音が響いた。

 飛沫が収まった時には、「ペルセウス」の姿はなかった。10本以上の魚雷をほぼ同時に喰らい、航空燃料庫か爆弾・魚雷格納庫辺りが誘爆して、一瞬で消し飛んでしまったのだ。

 そして、他の艦を狙った敵の雷撃により、既に大破していたオリオン級戦艦「トリスタン」、ヘルクレス級戦艦「リギル」「ジメルトリオス」もそれぞれ魚雷を受け、海底送りの運命を決定付けられてしまった。その他の巡洋艦や駆逐艦にも被害が続出しており、かなりの数の艦に被害が出ている。

 最強を誇った東部方面艦隊はもはや見る影もなく、主力艦は僅かにヘルクレス級戦艦1隻を残すのみ。航空母艦は全滅しており、艦隊全体として7割近い被害を受けてしまった。軍事学的には壊滅どころか全滅であり、その再建は容易ならぬものであろうことが容易に想像できる状態となってしまったのである。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同時刻、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊に追撃の攻撃隊を送ったロデニウス連合王国海軍第13艦隊は何をしていたのかというと、艦隊決戦を戦った海域にまだ留まっており、海面に投げ出された者たちの救助を行うと共に、残存する全艦に集合を命じて艦隊の再編成を行っていた。

 海面には何隻もの軍艦が黒煙を噴き上げており、中には重油の中で傾いていたり、航行不能となって洋上に停止したまま燃え盛っている艦もある。それらの艦が掲げている旗は、グラ・バルカス帝国の国旗であることが多かった。

 艦隊決戦に敗北したグラ・バルカス帝国艦隊は、航行不能になった味方を見捨てて退却していったのだ。このため、見捨てられた艦の将兵は等しく、重油の浮かぶ海面を泳がされる羽目になったのである。

 そして、ロデニウス海軍第13艦隊は旗艦「(なが)()」の周囲に健在な艦が集合しつつあった。それらのうち軽巡洋艦や駆逐艦の一部は、対潜警戒や(でき)(しゃ)の救助に当たっている。空には日の丸を付けた大型機……「二式(だい)(てい)」が飛び回っていた。空から溺者を発見し、救助するためである。

 

「戦いは終わったんだ、勝者も敗者もない。海に投げ出されている者は、敵味方の分け隔てなく救助せよ。1人でも多くの命を助けるんだ!

それと、グラ・バルカス帝国の将兵を収容した場合は、必ず人道的に接することを厳命する。暴言・暴行・虐殺は一切厳禁だ。我々は文明圏の紳士たるべきであって、(しか)らば捕虜の扱いも紳士的でなければならん! 繰り返すが、グラ・バルカス帝国の将兵にはくれぐれも人道的に接すること。違反した場合は厳罰に処するから、そのつもりで!」

 

 無線機に向かってそう言っているのは、第13艦隊の司令官・(さかい) (しゅう)(いち)中将である。もともとは「長門」の戦闘情報室(CIC)にいたのだが、戦闘が終わったと判断された今はCICを出て艦橋に移り、そこで指揮を執っているのだ。

 

「提督、攻撃隊から報告だ。『攻撃終了。敵軽空母1に魚雷7以上命中、軽空母1に爆弾7ないし8命中。全艦撃沈確実。また戦艦1にタ弾4魚雷3命中、同1に爆弾8魚雷2命中、同1に爆弾5魚雷5命中、全て撃沈確実。他に巡洋艦1駆逐艦3ないし4撃沈、戦艦2巡洋艦2駆逐艦10を撃破せり。今より帰投す。ヒトヒトゴーゴー(11時55分送信)』」

 

 そこへ、同じく艦橋に上がってきていた”長門”が、攻撃隊からの報告電文を持ってきた。

 

「了解。これで敵空母は全滅かな?」

「ああ。15隻いた敵空母は、昨日撃破した1隻を除いて全て撃沈した。敵戦艦についても、合計で10隻以上を撃沈したぞ」

 

 どこか明るい声でそう言いながら、“長門”は敵艦隊の編成を描いた表に次々と印を付けていく。撃沈が判明した艦の上に斜線を2本引き、「撃沈」を表しているのだ。撃破した艦艇については、斜線1本を引くことで表現している。

 敵艦隊の空母15隻全てを撃沈破し、戦艦についてもほぼ全滅に追い込んだ。この海戦は、第13艦隊の完全勝利と言って良いであろう。

 

「どうやら勝ったな、提督」

「ああ、勝った。だが、強敵だった。深海棲艦並みに油断できない相手だったぜ」

 

 “長門”にそう答える堺の声には、疲労感がにじみ出ている。

 実際、グラ・バルカス帝国艦隊は優秀な指揮官の下に高練度の兵士が大勢集い、良質な兵器を以て戦う集団であった。敗北も現実的にあり得たレベルであり、堺が疲れるのも無理からぬことであろう。

 

「長門、現時点でのこちらの被害は?」

「ああ、空母部隊も集合したことで、被害の全容が明らかになってきたぞ。ほれ、これが暫定報告書だ。軽巡や駆逐艦の被害は、まだ全てはまとまっていない」

 

 言いながら、“長門”は堺に紙束を渡した。それに目を通した彼の表情が、だんだん厳しくなる。

 

「これは……主力艦だけでもこんなにやられたのか」

 

 実際、第13艦隊にも多数の被害が出てしまっていた。

 戦艦と航空戦艦を合わせると、艤装放棄を余儀なくされたのは“()()”1人だけだが、“()(さし)”、“Iowa(アイオワ)”、“()(そう)”、“(やま)(しろ)”、“()(えい)”といった面々は中大破の損害を受けており、大規模な修理が必要である。

 空母は、正規空母の“(そう)(りゅう)”、“(しょう)(かく)”、“(うん)(りゅう)”、“(あま)()”と軽空母“(りゅう)(じょう)”が艤装を放棄した他、“(かつら)()”が大破、“(たい)(ほう)”が中破、“()(りゅう)”が小破しており、艦載機は合わせて500機近くが失われた。これには、敵艦隊上空で撃墜された機はもちろんだが、空母艦娘の艤装と共に海没した機や、帰還後に被弾により再出撃不能と判定されて投棄された機も含まれる。

 重巡洋艦は、敵艦隊との砲撃戦によって“高雄”が艤装放棄に至った他、“愛宕(あたご)”、“()()”、“(ちょう)(かい)”、“Prinz(プリンツ) Eugen(オイゲン)”、“Zara(ザラ)”が大なり小なり損傷を受けた。軽巡洋艦と駆逐艦の被害はまだ集計中だが、相当の被害が出ていると見るべきだろう。

 敵の数は多かったものの、数に差がついていたのは駆逐艦であり、戦艦や空母といった主力艦は数的にほぼ互角だった。そして、艦載機の性能ではこちらが有利だった。それにも関わらず、これほどの被害を受けたのだ。

 

(グラ・バルカス帝国、やはり侮り難し)

 

 そう考えながら、堺は口を開く。

 

「俺たちの被害については、およそ分かった。こちらの戦果はどうだ?」

「現在までに判明している情報をまとめると、ざっとこんな感じだ」

 

 返答しながら、“長門”が暫定報告書を差し出した。それによれば、敵艦隊約150隻のうち戦艦は13隻を撃沈し、2隻を撃破。空母は、正規空母・軽空母合わせて14隻を撃沈し1隻撃破。重巡洋艦は撃沈8ないし9隻、2隻撃破。軽巡洋艦は15隻中11〜13隻を撃沈破。駆逐艦は、ざっと40~50隻ばかりを沈め、約30隻を撃破したと見積もられている。

 

「ざっと合計すると、敵艦隊約150隻中撃沈確実70~80隻、撃破30~40隻ってところか。どれだけ多くても残りは50隻、しかも戦艦も空母もほぼ全滅。敵にしてみれば、ほぼ全滅か」

 

 軍事学的には、部隊の5割の戦力が失われた時点でその部隊は全滅したと見做される。今回の敵艦隊で言えば、残存戦力は約3割というところであり、全滅したと言い切って良いだろう。

 一方、第13艦隊の被害は、確定している分だけで艦艇は約15%の被害、航空機は40%以上を喪失している。母艦航空隊については壊滅状態と言えるだろう。

 

「だが、母艦航空隊の被害が予想より大きいな……」

「敵も、死に物狂いだったのだろう」

 

 応急班の妖精たちが報告してきた自身の艤装の被害をまとめながら、“長門”が応じた。

 

「敵の航空機の損害は、ニセ翔鶴型が84機、ニセ千歳型が40機として、ざっと900機か。敵にしてみれば、生産すればどうにかなるとはいえ、結構な損失になるな。

あと、敵の人的被害はどのくらいに昇るんだろうな」

「人的被害だと?」

 

 “長門”が首を傾げた。

 

「ああ。我々は航空機の撃墜数や敵艦の撃沈破数で戦果を計りがちだが、それより大事なのは人的被害の量だ。どれだけ優れた軍艦や航空機を作っても、操るのはあくまで人間だからな。そして経験を積んだ軍人ってのは、そう簡単に育つもんじゃない。

しかも今回、敵は航行不能になった味方をほぼ見捨てて戦場から避退している。つまり、沈没艦の乗員はほぼ全員が未帰還になったってことだ。敵からすると、軍艦や航空機もそうだろうけど、ベテラン兵を多数失ったのが一番痛いんじゃないかな」

「なるほど、そういうことか」

 

 そこへ、

 

『こちら見張。敵グレードアトラスター級戦艦横転。沈没します』

 

 見張員妖精から報告が飛び込んできた。

 

 

 一方その頃、グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊司令長官 カイザル・ローランド大将は、総員が退艦し沈みゆく「ブラックホール」の艦橋に1人残っていた。彼自身にはおめおめと生きて帰るつもりはなかった。

 周囲の様子を見た限り、艦を撃沈され海面に投げ出された部下たちは、その多くがロデニウス艦隊に収容されているようだ。後は、ロデニウス連合王国を含む現地国家の人々が理性的で人道的であることを祈るばかりである。

 

(我が国は現地民たちを処刑したのに、その国の民である私が現地民の人道性を祈るとはな……何とも皮肉な話よ)

 

 などとカイザルが考えているうちに、グレードアトラスター級戦艦「ブラックホール」はどんどん左へ傾いていく。沈没の刻が迫っているのだ。

 

(帝国に勝利をもたらせなかったのは、残念だった……。あと、可能ならば、我が艦隊を破ったサカイという敵の指揮官の顔を、拝んでおきたかった……)

 

 カイザルがそう考えた刹那、「ブラックホール」は完全に横倒しとなり、艦橋の窓ガラスを破って海水がどっとなだれ込んできた。その海水に飲み込まれ、彼の身体は洗濯機にでも入れられたように振り回される。海図台に頭をぶつけて気を失うまでの短い間に見たその光景が、彼が最後に見た光景となった。

 

 

「敵グレードアトラスター級横転。沈没します」

 

 見張員妖精から報告が寄せられ、堺が窓の外を見やった時だった。

 グレードアトラスター級戦艦が横転し海面下に姿を消した直後、轟然たる大爆発が大気を震わせた。海面に白く太い水柱が突き上がり、それを超えて巨大なキノコ型の黒煙が空へと上っていく。それを見て、堺は鋭く号令を発した。

 

「我々と勇敢に戦い、散って()ったグラ・バルカス帝国の将兵の(えい)(れい)に、敬礼!」

 

 その途端、「長門」艦橋にて作業中だった“長門”や妖精たちが一斉に作業の手を止め、窓の外に向かって海軍式敬礼を行った。堺自身も敬礼している。それは、戦死したグラ・バルカス帝国将兵の名誉を守ろうとする、武士道精神の表れであった。

 たっぷり1分ばかりも敬礼した後、彼らは自身の作業に戻る。

 

「もう昼か……長門、各艦の昼食は戦闘糧食か?」

「おそらくそうなるだろうな」

「よし、各艦に通達しろ。敵味方問わず収容した将兵に優先して戦闘糧食を渡せ、とな。あと、熱いコーヒーをつけるのを忘れないように。俺たちは最悪、秋刀魚(さんま)(かば)(やき)缶詰か牛缶がありゃ十分だが、泳がされた連中はそうもいかんだろう。温かいもん食わせて身体を温めなきゃならんはずだ」

「そうだな、承知した」

 

 

 そして最終的に、第13艦隊は総勢7,200人にも達するグラ・バルカス帝国の将兵を収容した。飛行艇まで動員して徹底的に捜索した結果、これだけの将兵の命を救うことができたのである。中には助けられなかった者もいるだろうが、ある程度はやむを得なかった。

 また、グレードアトラスター級戦艦の沈没地点付近を捜索したところ、『大怪我を負った男性を1人収容した』との報告が、“(あき)()(しま)”の「二式大艇」2号機から寄せられた。高年の男性だが、かなりの火傷と外傷を負っており、収容後直ちに「(くし)()」医務室へ運び込まれ、緊急手術を受けている、とのことである。また、その男性の軍服に勲章らしきものが大量に付けられていたことから、かなり高位の将軍クラスらしいとみられる、とのことだった。

 

(グレードアトラスター級といえば、我々でいう大将旗を掲げた艦だったはず。もしかすると敵の総司令官かもしれんな、後で確認しておかなければ……)

 

 そう考えながら、堺は指示を飛ばす。

 

「損傷した者は、順次釧路のドックに(にゅう)(きょ)して高速修復材(バケツ)を浴びてくること! 中破・大破艦が最優先だ。手空きの駆逐艦や軽巡洋艦は、対潜警戒に当たれ!

グラ・バルカス帝国の将兵を収容した者は、直ちに針路を東に取れ! ニグラート連合とマギカライヒ共同体が捕虜の受け入れ窓口になってくれるそうだ、そこへ収容した者を預けてくること。捕虜にした将兵を全て下ろしたら、可及的速やかに戦列へ復帰せよ! まだ作戦行動は終わっちゃいない。後段作戦、パガンダ・イルネティア攻略を目指す『ユーラヌス作戦』が残ってるんだからな!」

 

 堺の命令は直ちに遂行され、グラ・バルカス帝国の将兵を多数乗せた駆逐艦や巡洋艦が東へ回頭していく。それを見送りながら、堺は“長門”に指令を出した。

 

「長門、魔信と無電で第二文明圏連合軍総司令部に暗号を送れ。暗号コードは『テン・ノウ・ザン』だ」

「暗号コード『テン・ノウ・ザン』了解。第二文明圏連合軍総司令部に、魔信と無電で送信する!」

 

 暗号コード「天王山(テンノウザン)」。それは、「我、グラ・バルカス帝国主力艦隊を撃破せり。引き続き作戦行動に当たる」という意味の暗号である。

 ムー大陸近海に(ゆう)(よく)していた、有力なグラ・バルカス帝国艦隊を撃破した証であった。

 

(さて、これで『ライラット』作戦が終了。残り半分、パガンダ・イルネティアを攻略する『ユーラヌス作戦』だ。まだ気を抜ける状況じゃないな……)

 

 パガンダ島、あるいはレイフォル方面に撤退しているであろう敵艦隊の様子を思い浮かべながら、堺はそう考えていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その少し後、第二文明圏列強ムー国 首都オタハイト。

 第二文明圏連合軍総司令部は、このオタハイトにあるムー統括軍総司令部の一角を借りる形で設置されている。ムー国やニグラート連合、マギカライヒ共同体、ソナル王国、自由ヒノマワリ王国、パミール王国といった第二文明圏の諸国家が結成した第二文明圏連合軍、そして遥か東のフィルアデス大陸及びロデニウス大陸からやってきた大東洋防衛軍の合同司令部こそが、第二文明圏連合軍総司令部なのだ。

 現在、その第二文明圏連合軍総司令部には緊張感が漂っている。各国の軍の指揮官たちが一堂に会し、暗号電文と暗号魔信が入るのを、今か今かと待っていた。

 「ライラット作戦」が発動し、マイカルを出撃していったロデニウス連合王国海軍の第13艦隊は、計画では今頃グラ・バルカス帝国艦隊と戦っているはずだ。現在の第二文明圏連合軍の各海軍兵力の中で、質・量ともにグラ・バルカス帝国艦隊に勝利し得るのは、第13艦隊のみである。彼らは果たして勝っているのか、そしてもし負けてしまった場合はどうするのか……?

 もし負ければ、今度こそ全ての希望が潰えることになってしまう。容易ならぬ戦いであることは承知しているが、どうか、どうか第13艦隊には勝ってもらいたい……それだけを、皆が一心に願っていた。

 

 その時、特徴的な音を立てて無線電信機が空電音を鳴らした。続いて魔信からも入電のコールが鳴る。

 全員の目が一斉にそちらに向けられる中、通信士が飛びつくようにして受話器をひったくった。その表情には、ひどい緊張が窺える。

 物音1つ立てるのも(はばか)られるような重苦しい緊張の中、通信士は受け取った暗号を書き留めると、作戦計画書に定められた暗号コードと照合していく。そして照合を終えた2人の通信士は、全員に向かって叫んだ。

 

「「ロデニウス海軍第13艦隊より暗号受信! 暗号コードは、『テン・ノウ・ザン』! 繰り返します、暗号コードは『テン・ノウ・ザン』!

第13艦隊は、グラ・バルカス艦隊に勝ちました!」」

 

 その途端、総司令部に凄まじい爆音が響き渡った。あまりにも音が大きすぎて、それが何人もの人間が上げる歓喜の声だと分かるのにしばらくかかった。

 各国の指揮官たちは互いに肩を叩き合い、万歳、万歳と叫んでいる。目頭が熱くなって、嬉し涙を流す者までいるほどだ。

 

(やってくれたでありますか、提督殿!)

 

 その群衆に紛れていた、ロデニウス陸軍第13軍団の指揮官“あきつ丸”(書面上は指揮官代理だが、第13艦隊を指揮しなければならない堺に代わって彼女が指揮を執ることが多いため、事実上指揮官と化している)もまた、提督の勝利を純粋に喜んでいた。しかし、それも一瞬のことであり、彼女はすぐにこの後の作戦予定を思い出す。

 現在遂行中の「ライラット作戦」は、あくまでも全作戦行動の前段階に過ぎない。その後に本格的なムー大陸全土における一斉反攻作戦が控えている。これには、大東洋防衛軍も含めて現在ムー大陸に展開中の各国陸軍が参加する手筈になっている。

 それに、グラ・バルカス帝国艦隊を破りはしたものの、まだ「ライラット作戦」という前段作戦が終わっただけである。後段作戦「ユーラヌス作戦」が残っており、パガンダ島及びイルネティア島を攻略し、グラ・バルカス帝国陸軍の補給ルートを断ち切らなければならないのだ。戦いはまだ終わっていない。勝って(かぶと)の緒を締めよ、である。

 

「皆様、お喜びの気持ちはよく分かるであります。しかし、作戦はまだ途中であり、この後後段作戦として2つの島を攻略しなければならないであります! まだ、完全には油断できないであります」

 

 喧騒の中、“あきつ丸”が放った声は静かなものではあったが、それゆえにかえって目立ち、喧騒を突き抜けて響いた。部屋が静かになり、全員の視線が集まってきたのを見て、彼女はさらに口を開く。

 

「提督殿が頑張ってくれているのです。ならば陸上で戦う我々は、来るべき総反攻作戦の実施に備え、陸軍の戦力の強化と練度向上に努めるべきでありましょう。

また、各国海軍の提督の皆様におかれましても、一度の勝利に油断することなく、備えていただいたほうがよろしいかと思います。敵の物量は膨大であり、巨大な壁のようなものであります。我々1人1人、いや一国一国の対策は、言ってみれば(あり)の穴であり、1つ1つでは壁には何ら被害はないでしょう。ですが、その蟻の穴が全て繋がれば、壁を崩すこととなるのであります!」

 

 彼女がそう言い終えた時、部屋の一角から拍手の音が響いた。音の主は、ムー統括陸軍第1軍司令官のアスティア・モンドルキリ中将だ。

 

「アキ殿の言う通りだ。我々の対グラ・バルカス帝国総反攻は、まだ始まってもいない。堺殿と彼の部下たちは命を賭してグラ・バルカス艦隊と戦い、見事な勝利を収めてくれた。その彼らに顔向けする方法は、総反攻作戦実施の際に我々が華々しい手柄を立てることより他にない!」

 

 ちなみにであるが、“あきつ丸”はムー国内では「アキ」という偽名を用いている。

 

「海では勝った。空でも勝ったと言って良いだろう。ならば、陸でも勝たねばならんだろう。皆々様、どうか慢心することなく備えて下され」

 

 列強国の将軍の言には、大きな重みがあった。

 

 暗号コード「天王山」の発信を受けて動いたのが、ロデニウス海軍第1艦隊である。この艦隊は、パガンダ方面の攻略に当たる海兵隊を乗せた輸送船団と共に、マギカライヒ共同体の港街ミルで待機していた。その艦隊が、マギカライヒ共同体にグラ・バルカス帝国の将兵を預けに来た巡洋艦や駆逐艦と合流し、厳重な対潜警戒を行いながら順番にミルを出港していく。第13艦隊に合流するつもりなのだ。 

 また、ムー大陸の北部ではムー統括軍が動き始めている。旧イルティス政権のエイテス王子からの要請を受けてイルネティア島を解放すべく、レイダー・アクセル中将率いる第1機動艦隊を動員し、同時に陸軍部隊を乗せた輸送船団の準備にかかっていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その翌日、中央暦1643年6月3日。

 

「………」

 

 壁紙が白系の色で統一された、清潔感のあるとある部屋。ベッドの上に、全身に包帯を巻かれた50代くらいの男性が1人、寝かされていた。その男性は手首に点滴のチューブを繋がれており、ベッドの傍らに置かれた機械の画面には、ピッ…ピッ…ピッ…という規則的な電子音と共に何やらギザギザと折れ曲がった波線が描かれていた。明らかに心電図の表示である。

 男性が寝かされたベッドのすぐ隣には折りたたみ式のパイプ椅子が1脚広げられており、そこには軍服を身にまとった男性が1人座っている。その男性はまだ若く、30代に達しているかも怪しいほど若かった。

 そう、その若い男性こそ、堺 修一その人である。

 

「……う…うぅん……」

 

 急に、ベッドに寝かされた男性が微かな声を上げた。堺は敏感に反応し、椅子を立ってベッドへと歩み寄る。

 彼がベッドに歩み寄ったのとほぼ同じタイミングで、ベッドに寝かされていた男性が目を開けた。

 

「……私は……助かった、のか……?」

 

 その男性の第一声がこれである。

 

「お目覚めになりましたか?」

 

 堺はゆっくりと声をかけた。すると、男性は首だけ曲げて堺のほうに目を向ける。

 

「……ここは、どこだ?」

「ここは、医務室ですよ。あなたはひどい熱傷と外傷を負った状態で収容され、我々は緊急手術による外科的治療を行いました。その後あなたはこちらに移され、今まで眠っていたのですよ」

「……そうだったのか……」

 

 堺の説明を聞いた男は、それだけ呟くように言った。そして起き上がろうとする。が、上体を起こそうとして痛みに(うめ)いた。

 

「駄目ですよ、まだ傷が塞がっておりません。体表全体の30パーセント近いII度深達熱傷に頭部外傷、それに左上肢の上腕骨幹部骨折です。そう簡単に治る傷ではありません」

 

 堺は慌てて男性を押し留めた。

 

「……この傷は、どのくらいで治るのだ?」

「申し訳ありませんが、小官は医療職者ではありませんので、それにはお答えしかねます。ご了承いただきたい」

「そうか」

 

 そう言って、男性は改めて堺を見た。そして質問してくる。

 

「そういえば、貴殿は何者だ? 見たところ軍人のようだが」

 

 軍人としての責務を思い出し、堺は敬礼しながら自己紹介した。

 

「申し訳ありません、自己紹介が遅れました。

私はロデニウス連合王国海軍・第13艦隊司令官、堺 修一と申します。以後、お見知り置きを願います」

 

 堺がそう言った途端、男性の目が僅かに見開かれた。

 

「サカイ? ほう、そうか、貴殿が……。存外に若い。私のように、年老いた指揮官かと思っておった」

 

 そして今度は、男性が自己紹介してきた。

 

「このような形で失礼する。私はカイザル・ローランド。元グラ・バルカス帝国海軍・東部方面艦隊司令長官だ」

 

 その男、カイザルは自身の地位に「元」を付けるのを忘れなかった。

 相手が先日戦った敵艦隊の指揮官だと分かり、堺は慌てて敬礼をする。

 

「総司令官閣下でございましたか。存じ上げなかったとはいえ、これは失礼いたしました」

「いや、気にするな。楽にしてくれ。

サカイ殿、実は私は貴方に会ってみたいと思っておったのだ」

「私に?」

「うむ。私の率いていた艦隊は、グラ・バルカス帝国でも指折りの精鋭艦隊だった。また、私は今回挑んできたロデニウス艦隊の司令官が、サカイという名だと聞いたことがあった。そして、私の艦隊が打ち破られたその日、私は死ぬ前に一度で良いから、私の艦隊を破った指揮官に会ってみたいと思ったのだ。それがまさか、このような形で叶うとはな……」

「カイザル閣下、これが思いがけない出会いであるという点は私も同じです。

閣下の率いていた艦隊は、非常に手強かった。そして、閣下の率いた兵の誰もが勇敢であり、非常に高い練度をお持ちでした。私が勝てたのは、単に運が良かったからにすぎませんよ」

 

 相手が年上で、しかも司令長官だと分かったため、堺の物言いは謙遜したものになっている。

 

「いやいや、世の中運も実力のうちというではないか。その運を引き寄せた貴方の実力が、私のそれを上回っていた、ということだよ。誇って良いと思うぞ」

「お褒めに預かり、恐悦至極にございます。閣下に褒めていただけるとは、光栄であります」

 

 一瞬言葉を切った後、カイザルは穏やかな表情で口を開いた。

 

「私も含めて、貴方の艦隊に収容された者たちは、これからどうなるのだ?」

「そうですね、ムー大陸の第二文明圏国家に移送され、収容所で過ごしていただくことになるかと存じます。狭苦しい生活を強いてしまうことになると思います。申し訳ありませんが、そこはご容赦願いたく存じます」

「そうか……。サカイ殿、1つだけ頼みがある。私はともかく、私の部下たちの命を保証してくれんか? 我が国が貴国の軍人を処刑したのに、その国の軍人である私がこのようなことを頼むのは、筋違いも甚だしいとは思うのだが」

「いいえ閣下、筋違いなどということは断じてありません。

閣下の兵士たちの命の保証ですが、第二文明圏諸国の方にも厳しく申し渡しておきます。武士道の名誉にかけても」

「そのブシドウ、とは何だ?」

「我が国の軍における、軍人たちが持つべき心構えのようなものです。簡単に申し上げれば、勝者は敗者の名誉を守るべし……というところでしょうか」

「そうか……ブシドウか。良い規範を持っているのだな、ロデニウス連合王国軍は」

 

 カイザルがそう言った時、部屋の戸をノックして白衣を纏った妖精たち(人間サイズ)が入ってきた。どうやら回診の時間らしい。

 

「それでは閣下、私はこの辺りで失礼いたします」

「分かった。サカイ殿、もしよければ、また来てくれんか?」

「承知しました。閣下の国には私も興味があります故、またお話を聞かせてください」

 

 そう言って、医務班の妖精たちと入れ替わるようにして堺は退室し、ここに堺とカイザルのファーストコンタクトは終了した。

 部屋を出たところに、“釧路”が通路の壁によりかかるようにして彼を待っていた。ここは移動工廠艦「釧路」の艦内なのである。

 

「どうでしたか、提督?」

「秋津洲の見立て通り、敵艦隊の総司令官だったよ。激戦を潜り抜けた軍人独特の凄みがあった。俺には、あの雰囲気は到底真似できんな」

 

 堺はそっと首を横に振った。

 

「いや、提督だって死線を潜り抜けたでしょうに」

「いやいや、無理だ。あの凄みには(ねん)()が入ってる。真似なんてできるもんじゃないよ」

 

 そして堺は、やおら顔を上げた。

 

「さて……まだ作戦行動は終わっちゃいない。この後は我が軍の海兵隊を支援してパガンダ島を攻略し、同時にムー統括軍を援護する形でイルネティア島も奪回せにゃならんからな」

「そうですね……。カイザルさんはどうしますか?」

「そうだな、このままある程度治療を施して、ニグラート連合に引き渡すことにしよう。意識が戻ったから峠は越えているはずだ、後はリハビリがメインになるだろうし、回復魔法でも十分対応できそうだからな。

そして、お前さんが戻ってきた段階で、残存艦の修理や補給がほぼ終わるはずだ。お前さんが戻って来るのと同時に後段作戦に入ることにしよう」

「承知しました。では、カイザルさんの引き渡しと各艦の補給・修理を少々急ぎますね」

「ああ、頼む」

 

 この頃には、損傷しながらも艤装を失わずに済んだ艦娘たちの艤装の修理はほぼ終わっていた。補給や損耗した航空機の再生産もあと少しで完了する、というところである。

 現在の第13艦隊残存艦(艤装を放棄していない者)は、総勢103名である。このメンバーで、パガンダ・イルネティア両島の奪還部隊を護衛しなければならないのだ。だが……仕事のうち1つは確実に終わった、というべきであろう。

 

 こうしてロデニウス連合王国海軍第13艦隊は、カイザル率いるグラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊を破り、ムー大陸西沿岸部の制海権を取り戻しかけていた。あとは、グラ・バルカス帝国の拠点となっている2つの島……パガンダ島及びイルネティア島を奪還し、敵の補給ルートを断ち切らなければならない。

 第13艦隊、そしてムー統括軍は、「ユーラヌス作戦」に向けて行動を開始しつつあった。

 

 

《中央暦1643年6月2日付 「青葉メディアグループ」が発行している新聞「青葉新報」の一面記事より抜粋》

 

『バルチスタ沖の激突再び 我が軍勇戦、グ帝艦隊撃破せり

 

ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・ムー遠征部隊に同行していた当社取材班は、歴史的瞬間をカメラに収めることに成功した。なんと、かのグラ・バルカス帝国のグレードアトラスター級戦艦が、我が艦隊によって撃沈される瞬間を捉えたのだ。

去る5月31日から6月1日にかけて、精強なる我が第13艦隊は、ムー大陸南西部のバルチスタ岬沖海域にてグラ・バルカス帝国の有力な艦隊戦力と交戦、2日間に渡る激戦の末についにこれを撃破することに成功した。敵艦隊は少なくとも戦力の過半を喪失し、戦闘能力を失って撤退していったのだ。これにより我々は、グラ・バルカス帝国のムー大陸侵略に対して冷水を浴びせることができたと考えられる。

当社取材班の単独取材に応じた第13艦隊司令官の堺 修一中将は、「今回我々が戦った敵は、今年2月のバルチスタ沖大海戦で世界連合艦隊と神聖ミリシアル帝国の合同艦隊が戦った敵と同一、もしくはその一部だったと見られる。結果的にではあるが、我が艦隊は2月の海戦で(さん)()された各国海軍の将兵たちの敵討ちをしたことになる」と話した。また、「我が艦隊は今回勝利を収めることができたが、それは2月の海戦で世界連合艦隊と神聖ミリシアル帝国の合同艦隊が敢闘し、敵の戦力を(げん)(さい)していたからだと考える。この場を借りて、2月の海戦で散華された将兵の皆様に心からの弔意を申し上げると共に、同海戦で敢闘した全ての将兵の皆様に深謝いたします」と話し、鎮魂の祈りを捧げた。

グラ・バルカス帝国の戦力は未だ強大なものがあり、今回の勝利はあくまで一時のものにすぎない。しかし、あのグレードアトラスター級戦艦を沈めることに成功した以上、グラ・バルカス帝国は決して無敵ではないことが証明された。「我が国民の主権とこの世界の平和を賭けて、第13艦隊はこれからも戦い続ける」と堺中将はコメントしている。(関連記事3面)

 

【ロデニウス軍部からの公式発表】

1.本海戦を「第二次バルチスタ沖大海戦」と称する

2.本海戦におけるグラ・バルカス帝国の損害

喪失 戦艦11、航空母艦15、巡洋艦17、駆逐艦約50

損傷 戦艦2、航空母艦1、巡洋艦3、駆逐艦約30

3.本海戦における我が方の損害

喪失 戦艦1、航空母艦5、巡洋艦5、駆逐艦20

損傷 戦艦6、航空母艦2、巡洋艦11、駆逐艦25』

 

 そして、1面の過半をでかでかと占領するように、横転寸前の「ブラックホール」の写真がカラーで掲載されていた。




以下は”長門”CICのデータベースに残された、第二次バルチスタ沖大海戦の記録からの抜粋である。
【中央暦1643年6月1日 海戦終結時点でのロデニウス連合王国海軍第13艦隊の被害】
艤装放棄: 戦艦1、正規空母4、軽空母1、重巡洋艦1、軽巡洋艦4、駆逐艦18(“陸奥”、”翔鶴”、”雲龍”、”天城”、”蒼龍”、”龍驤”、”高雄”、”長良”、”鬼怒”、”阿賀野”、”能代”、”白雪”、”深雪”、”村雨”、”春雨”、”海風”、”朝潮”、”満潮”、”霰”、”霞”、”陽炎”、”不知火”、”初風”、”天津風”、”時津風”、”嵐”、”舞風”、”巻雲”、”早霜”)
大破: 戦艦1、航空戦艦2、正規空母1、重巡洋艦3、軽巡洋艦1、駆逐艦6(“武蔵”、”扶桑”、”山城”、“葛城”、”愛宕”、”鳥海”、”Prinz Eugen”、”神通”、”吹雪”、”夕立”、”涼風”、”荒潮”、”Z3”、”初月”)
中破: 戦艦3、正規空母1、重巡洋艦2、航空巡洋艦3、軽巡洋艦1、駆逐艦2(“Iowa”、”長門”、”榛名”、“大鳳”、”摩耶”、”Zara”、“最上”、”筑摩”、”鈴谷”、”矢矧”、”浦波”、”夕雲”)
その他小破、小破未満(カスダメ)多数
航空機: 1,163機中517機喪失


8回の長きに渡ってお届けした第二次バルチスタ沖大海戦も、ついに終結。結果は、第13艦隊の勝利に終わりました。
ただ、改めて振り返ると、偶然の要素に助けられた部分も大きく、手放しでは喜べない状態です。戦訓としてはさらに優秀な戦闘機の開発・量産配備、より綿密な対空防御網の構築、誘導弾を含む現代兵器の早期開発といった辺りでしょうか。
そしてカイザルはどうやら生き残りました。拙作の進行にどう関わってくるか、今後をお待ちくださいませ。


UA87万突破……皆様、ご愛読本当にありがとうございます!!
今年も残り少なくなってまいりました。寒さの厳しい日々が続きますが、皆様には体調に気を付けて、良いお年を最後まで過ごされますよう、心よりお祈り申し上げます。

評価5をくださいましたryougetsu様、shinshin様
評価7をくださいましたモギュ様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます! ついでにポチッと評価して頂けますと幸いです。


次回予告。

グラ・バルカス帝国艦隊を撃破し、「ライラット作戦」は成功に終わった。補給と損傷した艤装の修理、損耗した装備の再生産、そして艦隊と航空隊の再編成を完了した第13艦隊は、第1艦隊と合流し、「ユーラヌス作戦」を開始する!
次回「パガンダ島攻防戦」
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