鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
手始めにパガンダ島攻略です。
中央暦1643年6月6日夕刻、ムー大陸西方500㎞沖 パガンダ島。
パガンダ島は、縦90㎞横130㎞という小さな島である。もともとここには「パガンダ王国」という王国があった。この国はかつての列強レイフォル国の筆頭保護国であり、また第二文明圏と西方世界を繋ぐ交易の中継拠点として栄えていた。しかし、グラ・バルカス帝国の使節団と接触した際にパガンダの王族によってグラ・バルカス帝国の皇族が処刑され、それを契機としてグラ・バルカス帝国軍の総攻撃を受けてパガンダ王国は滅亡。同国の国民は文字通りの民族浄化に遭い、国王から一般人まで全員が虐殺された。
それ以降、パガンダ島はグラ・バルカス帝国の勢力圏となり、ムー大陸や北方のイルネティア島へ侵攻するための前線拠点として、あるいはムー大陸への陸軍部隊の補給や増援、本国からムー大陸に入植する者たちの中継拠点として使われていたのである。
具体的には、パガンダ王国の王都があった場所には軍港が築かれ、艦隊の前線拠点となっていた。1個地方艦隊が駐留する基地とし、また主力艦隊の補給基地とするには、十分な広さがある。また、島内の西部に飛行場が建設され、空軍の飛行隊が進出していた。飛行場は十分な広さを持っており、アンタレス型艦上戦闘機80機とベガ型双発爆撃機50機、それにリゲル型雷撃機20機が配備されている。「アンタレス」と「ベガ」はムー大陸や周辺海域を航行する船舶への攻撃に、「リゲル」は主にパガンダ島近海の哨戒に使用されている。そして、島内には陸軍基地も築かれており、陸軍部隊も駐留していた。本来は警備部隊(元占領地護衛陸軍部隊)2,000名と2号軽戦車シェイファーI20輌で十分なのだが、ムー大陸に展開する部隊への補充兵力として、ダゴン・ターナー少将が指揮する陸軍第7軍団・第33師団の兵力1万名と2号軽戦車シェイファーII30輌、それに2号中戦車ハウンドI20輌が展開していた。さらに、島内のあちこちに丸太やコンクリートなどで建設した防御陣地が設けられており、この世界の蛮族どもが攻めてきた時に備えて防備が固められていたのである。
17時15分、太陽が水平線の下に沈もうという頃、パガンダ島に東部方面艦隊が帰還してきた。そう、カイザル・ローランド大将指揮下の最強の艦隊が、帰って来たのだ。
パガンダ駐留艦隊である本国艦隊第49地方隊の指揮官トマス・ガット准将は、東部方面艦隊の帰還を心待ちにしていた。
帝国の三将の1人である「軍神」カイザル指揮下の艦隊ともなれば、非常に頼もしい。きっとロデニウス連合王国とかいう蛮族の艦隊など容易に撃破し、華々しい手柄を立てて帰ってきたにちがいない。
ガットはそう思っていたのだが……
「なっ!?」
彼は、帰還してきた東部方面艦隊の姿を見て、凄まじい衝撃を受けた。
東部方面艦隊が見せた姿は、決して華々しい手柄を上げての勝利の
具体的には、東部方面艦隊は出撃した時の半分が帰ってきたかも怪しい状態だったのだ。戦艦も空母も姿の見えない艦が多く、特に戦艦部隊は主力のヘルクレス級5隻のうち4隻の姿が見えない。ペガスス級航空母艦、カシオペヤ級軽空母に至っては全艦艇が未帰還、残る艦艇も傷だらけだ。「壊滅」どころか「全滅」といって良いだろう。
そして何より、「不沈戦艦」とされてきたグレードアトラスター級戦艦「ブラックホール」が、戻ってきていないのだ。
「ど……どういうことだ……? 閣下は、カイザル大将閣下はご無事か……?」
ガットは呆然と呟いた。
パガンダ島の南部には、東部方面艦隊の全艦をそっくり収容できる広さを持つ、泊地に適した要地がある。もともとはパガンダ王国の王都パガンディールがあった場所だ。現在は市街地は影も形もなく破壊され、それを上書きするようにしてグラ・バルカス帝国の軍港が建設されている。また、パガンダ島に入植した人々のための街ができていた。グラ・バルカス帝国は、この地を「ダイモス軍港」と称している。
そのダイモス軍港に、東部方面艦隊の残存艦艇が次々と入港していた。ある艦は痛々しい姿を晒し、またある艦はひどく傾いている。とてつもない被害を受けたことを容易に窺わせる光景だった。
そしてそもそも、戻ってきていない艦が多い。グラ・バルカス帝国艦隊が、それも最精鋭を謳われる東部方面艦隊が、これほど多数の艦を失うとは信じられなかった。
「出撃した時の半分も戻ってきたのか……?」
「お、おい、『ブラックホール』が見当たらないぞ。どういうことだ? まさか撃沈された、なんてことはないよな?」
「バカ言うな! グレードアトラスター級は不沈艦だぞ! あの超戦艦が沈む訳ないだろ!」
「しかし手酷くやられたみたいだな……。ロデニウスとかいう野蛮人に、ここまでやられるとは……」
ダイモス軍港に停泊しているパガンダ島駐留艦隊…本国艦隊第49地方隊の艦艇乗組員たちは、無残な姿を晒す東部方面艦隊を見て、ひそひそと囁きあっていた。彼らとしても、目の前の光景は到底信じがたいものだったのだ。
そして、東部方面艦隊暫定司令官ゲルド・トライゼン少将は、軍港の一角に建てられた第49地方隊司令部にてガットと面会していた。
「ゲルド少将閣下、これは……」
「見たままの通りだ。
我が艦隊はロデニウス連合王国の艦隊と戦い、壊滅的被害を受けた。艦艇損耗率は約70%にも達し、主力の戦艦は大半が撃沈され、空母に至ってはほぼ全艦が未帰還になった」
「カイザル大将閣下は、『ブラックホール』はご無事でしょうか?」
ガットが尋ねた瞬間、ゲルドの顔は苦虫を噛み潰したような……を通り越した、
(まさか!)
ガットはものすごく嫌な予感を抱いた。
少しして、ゲルドは震える唇を動かし、ようやくのことで言葉を絞り出した。
「……された……」
「はい?」
「ロデニウス連合王国も、グレードアトラスター級を繰り出してきた。『ブラックホール』はそれと戦い、敗れて撃沈された。
カイザル大将閣下以下の司令部幕僚たちは、どの艦からも収容したという報告はない」
「まさか、そんな……! グレードアトラスター級が……!!」
ガットは真っ青になった。
グレードアトラスター級撃沈。不沈戦艦と
しかも、軍神とすら言われたカイザルまでもが未帰還になったのだ。艦と一緒に沈んでしまったのか、それともロデニウス艦隊に収容されて生きているのかは不明だが、ともかくグラ・バルカス帝国軍は、これ以上ないような人材を失ってしまったのだ。
「しかも、奴らの航空機のほうが性能が上だ。奴らのレシプロ戦闘機は、時速600㎞以上の高速を出すことができるようだし、我が国ではまだ構想段階にしかないジェットエンジンを、既に実用化して艦載機に載せているようだ。
おまけに、どうやら隠密性が非常に高い魚雷を持っているらしい。我々は夜間に敵艦隊に襲撃され、雷撃を受けた。その際、どの艦も『雷跡は全く見えなかった』という報告をしている。夜間だったので雷跡を見落とした可能性はあるが、どの艦も雷跡を見ていないのはいくら何でもおかしい。
我々は……とんでもない相手を敵に回してしまったのかもしれない」
絞り出すようなゲルドの言葉を聞いて、ガットは驚愕した。
東部方面艦隊が大きな被害を受けていることから、ロデニウス連合王国軍が強力だったのだろうとは思っていた。だが、まさかこれほど精強な軍隊だとは思わなかったのだ。まさか、自国の最強の戦艦であるグレードアトラスター級を配備し、しかも自国のそれより高性能の魚雷すら持っているかもしれないなんて……!
衝撃を受けていたガットは、ゲルドの言葉で現実に引き戻された。
「すまんが、ドックをお借りしたい。アストラル大陸までの航行も難しい艦を入れ、修理しなければならん。
それから、我々はここで燃料だけ補給して出港する」
「え? どうしてです?」
「あんな強敵の存在は、皇帝陛下にすぐにもご報告申し上げなければならん。それに……敵がこの島を狙って、攻撃を仕掛けてくる可能性がある。もし攻撃があれば、東部方面艦隊はさらに多数の艦を失い、再建が不可能になってしまう。ただでさえ手負いの身だ、長くは
「何ですって!?」
ガットは一瞬愕然としたものの、すぐに考え直した。
東部方面艦隊は敵に敗れ、制海権をほぼ明け渡した。さらに言えば、空母を全て撃沈され、艦載機も根こそぎ失ったため、制空権も敵に奪われかけている。
ということは……敵がこの地に攻撃を仕掛けてくる可能性がある。それも、決して低くない確率で。
「すぐにも全島に警報を発令して、全軍を動員して警戒に当たってくれ」
「は、はい!」
敵がこの島を狙っているとなれば、のんびりしてはいられない。ガットは直ちに第49地方隊の全艦に厳戒態勢を発令し、陸軍守備隊のほうでも第33師団長ダゴン・ターナー少将の指揮の下、第33師団と警備部隊の全員が警戒態勢に入り、戦車のエンジンや砲照準の点検をしたり、砲陣地に取り付いたりして戦闘準備に入った。
また、スプートニク級航空母艦「マルス」でも戦闘機の総点検が始まっている。スプートニク級航空母艦はタンカー改造の急造空母であり、正直言って速度も遅く、搭載機数も少ないため、艦隊戦では頼りになるとは言えない。ただ、輸送船団の護衛や占領地の野蛮人相手なら十分に務められる性能である。第49地方隊は、このスプートニク級空母1隻を航空戦力として保有していた。
陸上で慌ただしく警戒と戦闘準備が行われる一方、軍港のほうも大わらわだ。東部方面艦隊のうち、損傷がひどい重巡洋艦や駆逐艦がドックに入渠する一方で、残りの艦艇は軍港の石油タンクと港内にいた油槽船10隻から燃料補給を急いでいる。パガンダ島の西方2,000㎞にあるアストラル大陸まで航行できるだけの燃料だけ補給していた。
燃料補給作業は夜を徹して続けられ、午前0時50分頃にやっと作業が完了して、東部方面艦隊の残存部隊のうち、ある程度の速度で自力航行が可能な艦艇は、急ぎパガンダ島を出港した。出港したのは、残存艦艇のうちヘルクレス級戦艦「クヤム」、オリオン級戦艦「サイフ」、その他重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻、駆逐艦27隻である。タウルス級重巡洋艦「アイン」の他、軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻が、アストラル大陸までの自力航行すらおぼつかないと判断され、ダイモス軍港のドックに入渠した。
急ぎ出港していく東部方面艦隊残存部隊。それを第49地方隊旗艦・オリオン級戦艦「アルズィール」の艦橋から見送るガットの表情は、優れない。
何とか東部方面艦隊の出港は間に合った。だが、敵が来る可能性が否定できない。その敵は果たして何になるだろう。ムー国やらニグラート連合やらいう現地国家の艦隊だろうか。
……それとも、カイザルを未帰還にしグレードアトラスター級戦艦を沈めた、ロデニウス連合王国の艦隊か。
はっきり言って、現地国家どもの艦隊なら怖くはない。第49地方隊だけでも善戦できるだろう。敵の航空戦力が多すぎなければだが。
しかし、ロデニウスの艦隊は恐ろしい。何せ東部方面艦隊を完膚無きまで打ち破った艦隊だ。どれほどの名将が率いているか、どれほどの戦力があるのか、想像もつかない。そんな敵が来襲したが最後、第49地方隊の戦力……旧式戦艦1、タンカー改造の鈍足小型空母1、重巡1、軽巡2、駆逐10の小艦隊など、あっという間に吹き飛ばされるに違いない。
(敵が、来なければ良いが……!)
ガットはそう願うしかなかった。
少し時が経ち、中央暦1643年6月7日 午前3時。処はパガンダ島西部沿岸部に建設された飛行場。
朝早くではあったが、飛行場には暖機運転の音が響き始めていた。
航空機の暖機運転のエンジン音はけたたましく、それが複数重なって多重奏となっている。このため、飛行場にいたグラ・バルカス帝国兵たちは、自軍のそれとは異なるエンジン音が響いているのには気付かなかった。
そんな中、午前3時15分、全く唐突に「それ」は発生した。パガンダ島の西方の海上に、いきなり複数の白い光が発生したのだ。
「っ!? 何だ!?」
監視塔の上にいた見張りが驚く暇もなく、白い光はすぐに消えた。しかしその直後、発光現象が発生した辺りで複数の真っ赤な光が
監視塔に詰めていた兵士は、びっくりして飛び上がった。
「発射炎多数。パガンダ島よりの方位300度!」
受話器を持った兵士が大慌てで報告した時には、敵弾の飛翔音が聞こえ始めていた。
その音が消えた、と思った瞬間、滑走路のど真ん中に巨大な火柱と土煙が上がる。続いて上空に光が湧き出し、黄金色の流星雨が降りかかった。離陸を待っていた「アンタレス」の真上から金色の粒子が降りかかり、瞬く間に3機が炎に包まれる。
「艦砲射撃か!」
「航空隊を避退させろ! 急げ!」
命令が飛び、何人もの人間が航空機に取り付く。その間に、新たな敵弾が空気を割いて落下する。
滑走路に出た「リゲル」のうち1機が、20メートルばかりも滑走したところで、突如として閃光が走った。次の瞬間には「リゲル」は爆砕され、大穴の開いた滑走路の上で残骸と化して燃え盛っている。その滑走路には次々と砲弾孔が開けられ、人の手が入っていない荒地のような惨状を呈していく。
「くそっ! なんでレーダーが敵を見落としたんだ!」
誰かが
敵の第3射弾が唸りを上げて落下してきた。弾着と同時に木製の見張り台が直撃弾を受け、けたたましい音を立てて地上に倒壊する。その一方で、無蓋掩体壕に入っていた「ベガ」が次々と燃え始めた。
敵艦隊の捜索や攻撃に当たるはずだった機体が、滑走路の上や掩体壕の中でジュラルミンの襤褸と化していく。それに対して、グラ・バルカス帝国軍の兵士たちにできることはない。
敵の砲弾による爆発自体は、そう大きいものではないが、発射間隔が比較的短い。おそらく、巡洋艦と駆逐艦による艦砲射撃であろう。……それが分かったところでどうにかなるものでもないが。
実はこれも、第13艦隊なればこそ為せる作戦であった。
今回パガンダ島の飛行場を砲撃しているのは、航空巡洋艦“
その作戦だが、これまた大胆極まりない代物であった。
『パガンダ島にはおそらく、敵のレーダー網がある。だが、如何にグラ・バルカス帝国の対水上レーダーが優秀であっても、駆逐艦は探知できても人間サイズの目標までは探知困難だ。
故に、飛行場砲撃部隊はパガンダ島の手前70㎞地点で形態変化を実施。艦艇形態から艦娘形態に移行してパガンダ島に接近せよ。また、“雪風”は他のメンバーより先行し、艦娘形態のままパガンダ島に上陸、妖精陸戦隊を送り込め。妖精隊の任務は、飛行場とレーダーサイトの位置を確認して赤外線ビーコンを設置することだ。それを頼りに、飛行場に艦砲射撃を、レーダーサイトには「
ということで、現在作戦発動中というわけであった。
ちなみに"最上"の主砲は「20.3㎝連装砲」系列ではなく、「15.5㎝三連装砲」になっている。一発辺りの威力よりも手数を重視したためだ。
「いきなり艦砲射撃とは……!」
飛行場基地司令が苦々しげに呟く間にも、砲弾は次々と着弾し、火炎が踊る。
パガンダ島西部の飛行場は無力化され、パガンダ島守備隊は有力な手駒の1つを失ったのだった。
また同時に、レーダーでの探知を避けるため低空で侵入した“最上”の「瑞雲」11機は、赤外線ビーコンを頼りに見事に爆撃に成功。対空・対水上レーダーサイトを破壊していった。
その少し後、午前5時28分。
東の水平線が白み始めた頃、ガット准将の姿は既に戦艦「アルズィール」の艦橋にあった。あの後司令室で仮眠を取っていたのだが、「西部飛行場、艦砲射撃を受く」の緊急報告で飛び起きて以来、ずっとここに詰めたままになっている。
「今のところ、本艦や周囲に異常はないか?」
血走った目で、ガットは「アルズィール」艦長に尋ねた。
「は、現在のところ異常ありません。レーダーにも敵影なしです」
艦長はきびきびと報告してくる。
「他艦からは?」
「報告は何も入っておりません」
便りがないのは良い便り。ガットはそう判断した。
「ふむ。夜明けと同時に敵機が来るかと思ってたが、どうやら見込み違いだったか?」
「まだ何とも言えませんが、もしかすると東部方面艦隊との戦闘で消耗して、戦力を立て直しているのかもしれません。東部方面艦隊は、我が国でも最精鋭と言っても過言ではない艦隊です。その艦隊と戦えば、大きな被害を受けることは必定ですから」
艦長の意見に、ガットはひとまず安心……したその瞬間、「アルズィール」見張所からの絶叫が飛び込んだ。
『こっこちら見張! 南方より敵機多数接近! 既に目視圏内に突入、海面すれすれの高度で肉薄してきています! 数は100以上! 全て単葉機です!』
「「……っ!?」」
ガットも艦長も凍りついた。
敵機は海面すれすれの高度で迫ってきている。おそらく、レーダーによる探知を避けるためだろう。島のレーダーサイトはやられたが、「アルズィール」のレーダーは生きているから、それを避ける意図があったと思われる。
そして、パガンダ島の南には大きな島はないし、レイフォル州は帝国軍が押さえているから、単葉機をムー大陸からパガンダ島に直接向かわせるのは不可能だ。
考えられる可能性は、1つしかない。
「南から単葉機……まさかっ!」
「ロデニウスの機動部隊か!」
恐れていたことが起きた。
ロデニウス連合王国の機動部隊が……カイザル率いる東部方面艦隊を破った強敵が、襲ってきたのだ。しかも、どうやらレーダーによる探知を避けるために、攻撃隊はかなりの距離を低空飛行してきたらしい。そんな練度を持つ者は、優秀なるグラ・バルカス帝国の飛行機乗りでもそう多くはない。それが100機もいるとなると、これはとんでもない強敵だ。
「くそっ! それにしても、まさか敵にこれほどの余裕があるとは…東部方面艦隊は、敵に相当の損害を与えたのじゃなかったのか!」
半ば冷静さを失い、ガットは叫んだ。
そう、もし東部方面艦隊と戦ったのがミリシアルやムーの艦隊だったなら、あるいはロデニウス海軍の第1艦隊だったなら、東部方面艦隊主力を破ったとしても損害が大きすぎて、追撃をかけるのは不可能だっただろう。だが残念なことに、相手はロデニウス海軍第13艦隊であり、その戦力は「軍艦」ではなく「
第二次バルチスタ沖大海戦を制し、東部方面艦隊を撃破した直後、第13艦隊司令官の
完全に不意打ちを喰らった第49地方隊であったが、それでも彼らは何とかしようとしていた。
「無線封鎖解除! マルスに打電しろ! 『艦載機発進急げ』と!」
「はっ!」
空襲を予想して、昨晩のうちに缶を温めておいたのが幸いした。第49地方隊の各艦は、いつでも出撃が可能な状態だったのだ。
キャニス・ミナー級駆逐艦2隻の護衛を受けて、スプートニク級軽空母「マルス」が大慌てで港外に向かっていく。港外に出たところで艦首を風上に向け、艦載機の発進を開始した。
しかし、当然だが艦艇より航空機のほうが脚が速い。そのため、「マルス」から3機のアンタレス型艦上戦闘機が発進した時には、もう敵機は第49地方隊の
敵機の前に「マルス」から発進したアンタレス型艦上戦闘機3機が立ちふさがり、迎撃しようとする。しかし、圧倒的に数で優勢なロデニウス軍の戦闘機にまるで歯が立たず、たちまちのうちに全機が撃墜されてしまった。もう直掩機による上空援護は望めない。
「肉薄してこの高度……雷撃機か! まずい!」
戦艦「アルズィール」艦橋では、艦長が蒼白になっている。だが幸い、第49地方隊の各艦は既に出港していた。
「全艦対空射撃開始! 対空砲火と
ガットは声を張り上げた。
敵機の先頭に立つのは、やたら尖った機首を持つレシプロ機だ。海面より少し高いくらいの高度を飛び、まっすぐ駆逐艦と空母に向かっていく。その尾翼は真っ赤に塗装されており、その赤色がやけに目立っていた。
「雷撃か!」
「よーし、なら主砲と機銃で一騎打ちしてやる! 来い!」
敵機の飛び方を見た駆逐艦の乗組員たちは、主砲や対空機銃の引き金に指をかけ、「撃て」の号令が出るのを待った。
そして、敵機が海面に投下したのは……爆弾だった。魚雷では決してない。
「「「え?」」」
駆逐艦の乗組員たちが疑問を抱いた時だった。
投下された爆弾は海面にぶつかるや、パシッ、パシッと音を立てて海面上を飛び跳ねた。そして、航空機と全く同じ速度で駆逐艦に突っ込んでくる。
「まずい!」
「避けろおぉぉぉぉぉ!!」
恐怖の叫びが上がったが、遅すぎた。
ドゴオォォォン! グワアァァァーン!!!
飛び跳ねてきた爆弾が、吸い込まれるようにキャニス・ミナー級駆逐艦「コカブ」に命中。艦体中央で爆発が発生した直後、鼓膜をつんざくような強烈な爆発音が大気を震わせ、大量の黒いかけらが周辺に撒き散らされる。爆発が収まった時には「コカブ」の姿はなかった。
爆弾は「コカブ」の艦体中央に命中して、第2魚雷発射管に入っていた魚雷をいっぺんに誘爆させたのだ。その爆発によって、「コカブ」は轟沈してしまったのである。
「なっ、何だ今のは!?」
「爆弾がすっ飛んできたぞ!」
艦の乗組員たちが騒ぎ立てる間に、
ドガァーン!!
スコルピウス級駆逐艦の1隻が、同じ攻撃でやられた。さらに、空母「マルス」が1発被弾し、真っ赤な炎を上げて炎上している。
「何なんだあれは……!」
第49地方隊の艦艇乗組員たちは、驚きを隠しきれなかった。
ロデニウス連合王国海軍第13艦隊の航空隊が使った、「爆弾が海面を飛び跳ねて敵艦に命中、爆発する」という攻撃。それは「反跳爆撃」、スキップボミングと呼ばれる攻撃方法だった。
ラグビーボールを思わせる特殊な形状の爆弾を使用し、雷撃を仕掛けるような海面すれすれの高度かつ高速でそれを投下すると、まるで水切りの石のように爆弾が海面を飛び跳ねていって、敵艦に命中する、というものである。この方法を実行するには、パイロットに高い練度が求められるのだが、爆弾が航空機と同じ速度で海面を跳ね飛ぶため、命中率が高く確実に敵に被害を与えられる、というメリットがある。
史実の第二次世界大戦では、「ビスマルク海海戦」において本戦法が初めて使用された。物資と陸軍部隊の輸送のためビスマルク海ダンピール海峡を航行していた日本軍の輸送船団に対して、連合軍がこの戦法を使ったのである。結果は、日本軍は輸送船8隻全てを失い、護衛についていた駆逐艦も8隻中4隻が撃沈されるという一方的すぎるものとなった。
今回ロデニウス軍が使ったのは、その反跳爆撃だったのである。そして、この方法を実行した部隊は、空母「
本当なら「彗星(江草隊)」は空母「
20機の江草隊の「彗星」による一斉攻撃で、第49地方隊は瞬く間に駆逐艦4隻と輸送船1隻を失い、さらに空母「マルス」が1発直撃を受けて炎上してしまった。そして、「マルス」に向かった敵機はこれで終わりではなかった。「
「敵雷撃機10機以上、『マルス』に向かう!」
「右舷より敵雷撃機8! 本艦に向かってきます!」
オリオン級戦艦「アルズィール」の艦橋では、悲鳴じみた声で報告が上がっていた。
「面舵いっぱい!」
「対空戦闘、撃ち方始め!」
艦長が立て続けに指示を出す。航海長が舵輪を回したものの、「アルズィール」はすぐには回頭しない。
その間に「アルズィール」の副砲や高角砲、機銃が敵機を迎え撃つ。しかし、敵機は1機が火を噴いて墜落しただけで、全速力で「アルズィール」に向かってきた。海面すれすれを飛ばれているため、高角砲の近接信管が海面からの反射波に反応して起爆してしまい、迎撃の役に立っていないのが原因だ。また、敵機は海面にへばりつくような高度で向かってくるため、対空機銃もうまく命中しない。
「敵雷撃機、『マルス』に魚雷発射!」
ほとんど絶叫と化した報告に、ガットは急いで窓の外を見た。
海面ギリギリを飛んでいた敵機が、一斉に魚雷を投下している。その向こうに、必死に弾幕を張っている「マルス」が見えた。回避行動を取ろうとしているようだが、舵の効きが良くないようだ。迫る魚雷など知らぬげに、「マルス」は直進を続けている。
「まずい! 躱せぇぇぇ!!」
ガットが叫んだがそれも虚しく、直進を続ける「マルス」の横っ腹に複数の白い航跡が突っ込んでいった。
ズズーン! ズズゥゥゥゥン!!
海上に鈍い爆発音が連続して響いた。
「マルス」の左舷に魚雷が1本命中したかと思うと、新たな水柱が立ち上る。さらに5本が立て続けに命中し、「マルス」の姿は水煙の向こうに見えなくなった。
水柱が消えた時には、「マルス」は既に行き脚を止め、激しく黒煙を噴き上げながら洋上に停止していた。甲板は
「軽巡『ミザール』から通信! 『「マルス」被雷7。機関停止と認む』!」
通信長の報告は、絶叫となっていた。
「魚雷を7本も……!」
ガットはうめき、絶句した。
7本もの魚雷を同時に喰らったのでは、ダメージコントロールチームがどれだけ優秀でも意味がない。受けた損害がチームの対応能力を大幅に超えているからだ。「マルス」の命運は尽きたのだ。
「くそ……おのれ! おのれぇぇぇっ! ロデニウス連合王国めぇ……!」
飛行場を破壊されたのみならず、今度は空母をもやられたことで、ガットは頭に血が登ってしまっていた。そのため、艦長の「面舵急げ! 回避しろ!」という命令や、見張員の「雷跡近い! 避けきれません!」という恐怖の報告が耳に入っていなかった。
ドゴォォォォン!!!!!
ガットにとっては出し抜けに、いきなり強烈な衝撃が真下から突き上がった。そのため、全く身構えていなかったガットは椅子から放り出され、床に思い切り叩き付けられた。
しかも、ガットが起き上がる前に第二の衝撃が「アルズィール」を襲い、ガットは再び床に這いつくばる羽目になった。「アルズィール」は激しく震えながら金属質の叫喚をあげ、それはまるで艦が苦痛に耐えかねて悲鳴を上げているように感じられた。
村田隊に続いて突撃を開始していた「天山一二型(
ガットがようやく起き上がった時には、既に艦長が状況把握に努めていた。
「被害報告!」
『こちら機関室、缶に異常無し!』
『第1機械室、浸水多量、排水間に合いません! 放棄します!』
これらの報告を聞いていた航海長が、艦長を振り返って叫んだ。
「艦長、これでは出し得る速力は約22ノットが限界です!」
本来ならば、オリオン級戦艦は30ノットの高速を発揮できる艦である。それが、魚雷2本を喰らったことで22ノットしか速度を出せなくなってしまったのだ。この後も空襲が続いた時に、凌ぎきれるかどうか……。
永遠にも思える数十分の後、敵機は攻撃を終えて離脱していった。ガットは素早く、艦隊の被害の把握にかかったのだが……思わず唖然としてしまった。
第49地方隊は今の1回の空襲だけで、凄まじい被害を出してしまっていたのだ。具体的には空母「マルス」の他、重巡と軽巡各1隻、駆逐艦5隻、油槽船4隻を沈められ、駆逐艦2隻が大破して満足に戦えなくなっていた。油槽船も2隻が大火災を起こし、総員退艦が急がれている。旗艦である戦艦「アルズィール」も魚雷2本を被弾し、手負いになっている。
(何てことだ……! たった1回の空襲で、これだけの被害を……!)
そう考えたガットの思考は、艦橋に飛び込んだ新たな報告により中断させられた。
『新たな敵機大編隊、南方より接近! 機数100以上!』
その頃、パガンダ島の南方400㎞の海上を、多数の艦艇が波を割いて進んでいた。針路は北、パガンダ島の方向に向けられており、18ノットの速度で航行している。
戦艦8隻、航空戦艦2隻、戦艦空母1隻、大型空母7隻、小型空母5隻などからなる総計103隻のこの艦隊は、全艦がロデニウス連合王国の国旗と赤い太陽を描いた白地の旗を海風になびかせていた。そう、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊である。
その後方には、輸送揚陸船団を伴った第1艦隊が続いていた。
「第一次攻撃隊から報告が届きました。『攻撃終了。敵空母1隻に魚雷7爆弾1命中、撃沈確実と認む。その他敵重巡1、軽巡1、駆逐3、輸送船4を撃沈。駆逐2、輸送船2を撃破。さらに戦艦1に魚雷命中2』であります」
「了解」
艦隊旗艦「
「第一次攻撃隊は上手くやってくれたようだな、提督」
そこに、艦娘の“長門”が話しかける。
「ああ。流石は友永隊に江草隊、村田隊だ。最精鋭の航空隊を一気にぶつけただけのことはあったな」
堺も笑顔で返事した。
「さて、『飛龍』『
「ああ。何しろ十分に精鋭を名乗れる第六〇一航空隊に加えて、最精鋭中の最精鋭、魔王の出陣だからな。俺の見積もりでは、敵艦隊はこの第二次攻撃隊で全滅できる計算になる。第三次以降の攻撃隊は対地攻撃がメインになるだろう。ただ、ムー大陸から飛来する敵の基地航空隊に注意が必要だな。
さて、そろそろ第三次攻撃を担当する連中に攻撃準備を命じなけりゃ。長門、頼む」
「心得た。確か
「ああ、よろしく頼む」
「承知した」
「あれか」
第二次攻撃隊の一翼を担う、空母「グラーフ・ツェッペリン」から発進した30機の固定脚を持つ急降下爆撃機「Ju87C改」。それを束ねる隊長妖精"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"は、前方を見渡して呟いた。
前方にかなりの大型艦が見える。艦影が
脚の速い「葛城」の「
「打ち合わせ通りに行くぞ。第2、第3、第4シュタッフェルは敵駆逐艦を狙え。第1シュタッフェルは私に続け、戦艦を潰す。
シュトゥーカ隊、突入を開始せよ」
妖精ルーデルの号令一下、「Ju87C改(Rudel Gruppe)」は4隊に散開して各々の目標を狙い始めた。
妖精ルーデルは第1シュタッフェルの7機を率い、敵戦艦へと突進する。
「右に傾斜しているな……。第一次攻撃隊の連中が魚雷を叩き込んだらしい。
速度低下、対空砲命中率激減……絶好のチャンスだ」
高度3,500メートルを保ったまま、妖精ルーデルは敵戦艦に近づいていく。敵戦艦が対空砲を撃ち上げてくるが、照準が大きくずれていた。浸水による傾斜が影響しているのだろう。
「よし、ここだ。最適降下点、突入を開始する」
妖精ルーデルは操縦桿を左に倒した。同時にフットバーを左に踏み込み、機体を左に傾ける。その途端、揚力を失ったシュトゥーカは1トン爆弾を抱えたまま、ジェットコースターもかくやの速度で急降下に入った。
ゥゥゥゥゥウウー……
シュトゥーカの独特の逆ガル翼が風を切り、「悪魔のサイレン」と呼ばれた風切り音が鳴り始める。
「3,300! …3,100! …2,900!」
「ダイブブレーキ、作動確認。降下角度85度、機体に異常なし。照準器中に敵戦艦を捕捉」
後部座席に座る相方の妖精"エルンスト・ガーデルマン"が大声で高度を読み上げる中、妖精ルーデルは冷静に爆撃準備を整えた。
照準器中に映る敵艦は回避行動を取ろうとしているようだが、「空の魔王」はそんなもの、歯牙にもかけない。
ウウウウウウー!
だんだんと風切り音が高まり、サイレンの音じみてきた。
「2,500! …2,200! 2,000!」
「いつ聞いても、この音には痺れるな」
妖精ルーデルの口の端がつり上がった。その目は獲物を狙う
ウウウウウウウウウーー!!
いよいよ風切り音は甲高くなり、サイレンそっくりの音に変わった。
高度が1,500を切った辺りから、敵戦艦は対空機銃を撃ち上げてくる。真っ赤な曳光弾がコクピットを掠め、時折風防ガラスが激しく振動する。高角砲弾の爆発が機体を揺さぶるが、妖精ルーデルはすぐに操縦桿を引いて機体を立て直す。
ウウウウウウウウウウウウーーー!!!
今やコクピット内に響く全ての音を塗りつぶし、サイレンのような風切り音だけが鳴り渡る。その中で、相棒の声が妖精ルーデルにははっきり聞こえた。
「400!」
「投下!」
次の瞬間、妖精ルーデルの全身を強烈なGが締め上げた。
照準器に映っていた敵艦が下方に吹っ飛び、海面がみるみる迫ってくる。妖精ルーデルは渾身の力で操縦桿を手前に引き続けた。
その結果、ほとんど波頭を
ドオオォォン…!!
代わりに、後方で爆発音が響く。
「やったか?」
「命中だ。敵戦艦が派手に爆発している!」
妖精ガーデルマンの報告から、妖精ルーデルは確信した。今の一撃は、敵戦艦に相当の被害を与えたにちがいない、と。
そして実際、第1シュタッフェルに狙われた「アルズィール」はとんでもない被害を受けていた。
第1シュタッフェルが投下した8発の爆弾のうち、命中したのは6発。そのうち、最初に命中した爆弾、つまり妖精ルーデルがお見舞いした爆弾が、最大の被害をもたらしていた。あろうことか、爆弾は煙突の中に飛び込んで炸裂していたのである。煙路の中での爆発による衝撃波は、煙路を逆流して缶まで到達し、その威力を存分に発揮して缶を破壊したのだった。
命中と炸裂の瞬間、「アルズィール」は金属的な叫喚を発し、艦全体が異様な震え方をした。誰もが、致命傷を受けた、と直感するような震え方だった。
「敵弾、煙路にて炸裂した模様! 缶室2基損傷!」
『こちら第2機械室、大火災発生! 消火は不可能、放棄します!』
『第3機械室、応答途絶!』
『こちら舵機室、舵が動きません!』
『第5缶室、缶が停止! 故障した模様!』
『第6缶室、火災発生! 消火にあたるも火災は猛烈です!』
「ここまでか……!」
ガットは、「アルズィール」の命運が完全に尽きたことを悟った。
最初に投下された敵弾が、あまりにも不運すぎた。まさか煙路の中に飛び込んで炸裂するという凶運に見舞われるとは、思ってもみなかった。おかげで艦の心臓部に致命的なダメージが発生している。それに舵も故障してしまった。
舵と機関を共にやられては、どうすることもできない。もはや「アルズィール」が戦い続けるのは不可能だ。
さらに、立て続けに命中した5発の爆弾によって、第1主砲はバーベットを損傷して旋回不能になった他、左舷の高角砲は2基とも跡形もなく吹き飛ばされ、飛行甲板は水上機ごと大破した。飛行甲板では猛烈な火災が発生しており、ダメージコントロールチームが必死で消火活動を行っているが、炎はなかなか静まる様子を見せない。更に甲板の対空機銃もほとんどが全滅した。
そして、右舷中央至近に落下した敵の爆弾の炸裂によって海水が押しのけられた結果、「アルズィール」艦内には魚雷の破口から大量の海水が入り込んだ。しかもその際、急激に水圧が高まったことで艦内隔壁が破られ、浸水は一層進んでいる。左舷の注排水システムを全力稼働させているが、もう手遅れになりつつあった。
「艦長、総員退艦を命じたまえ。本艦はもう助からん」
「止むを得ませんな。総員退艦を発令します」
艦長はそう言って、まだ生きている艦内電話回線を駆使して「総員退艦」を発令すると、司令に向き直った。
「司令はどうなさるのです?」
これに対し、ガットは既に腹を括っていた。
「私は残る。責任を果たさなければならない」
帝国海軍は甘い組織ではない。本国艦隊の一地方隊の司令官といえど、指揮下の艦艇の大半と旗艦まで失った指揮官を許すことは決してない。本国に戻れば、査問会にかけられた上で予備役編入を命じられるだろう。
(我がこと終われり)
それが、ガットの意見だった。
「では、私もお供させていただきます」
「何?」
艦長の言葉にガットは聞き返した。
「司令が責任を果たすと仰るなら、私も本艦の艦長として、艦を救えなかった責任を果たさなければなりませんので」
そう言うや、艦長は艦橋に残っていたクルーを急き立て、退艦させ始めた。
「全く……」
一言だけ呟き、ガットは思考の海に沈んだ。
(あれは、本当に偶然だったのだろうか? たったの一撃で機関を全滅させた、あの一撃は……)
その後、戦艦「アルズィール」は1時間ほどを粘り抜いたものの、右舷からの浸水に耐えきれなくなって転覆、主砲弾火薬庫が爆発して沈んでいった。第49地方隊司令ガット准将と艦長の2人は、「アルズィール」と運命を共にしたものの、その2人以外の生存者は大半が脱出に成功していた。
そして、「アルズィール」が沈没するまでに、第49地方隊の残る艦艇は第六〇一航空隊の全力攻撃と「魔王」の登場によって全滅。堺の見込み通り、第49地方隊は全滅していた。
さて、水上艦艇を全て排除したとなれば、後は陸上基地を徹底的に叩くのみである。
第二次攻撃隊が撤収してから20分後、パガンダ島上空に飛来した第三次攻撃隊は、沿岸部や内陸部のコンクリート製トーチカ、沿岸砲台、対空砲、飛行場の建物の生き残り、戦車などを狙って爆弾を落とし、機銃弾やロケット弾を浴びせた。パガンダ島は全域から黒煙を噴き上げ、逃げ遅れた2号中戦車ハウンドIや2号軽戦車シェイファーIIが爆砕され、建物は片っ端から破壊されていった。
またこの際、ムー大陸レイフォル州から敵の戦闘機・爆撃機合わせて80機が第13艦隊の元に飛来したのだが、艦隊上空で待ち構えていた「赤城」の「F-86D改 セイバードッグ」が
続く第四次攻撃隊は「
ロデニウス海軍第13艦隊は全く手加減することなく、第四次攻撃隊が引き上げた30分後には第五次攻撃隊を投入。軽空母「
大満足の
パガンダ島上空では、ムー大陸から飛来した40機の敵戦闘機が待ち受けていたが、「セイバードッグ改」によって一瞬で全滅し、攻撃隊はあらゆる地上物に爆弾を浴びせ、機銃掃射を叩き込んだ。これにより、ダイモス軍港周辺の街と内陸部の鉱山街はほぼ完全に破壊し尽くされ、
空襲が全て終わった時点で、グラ・バルカス帝国陸軍第33師団は兵力4,600名以上が死傷し、無敵と言われたハウンドI中戦車は僅かに8輌、シェイファーII軽戦車は19輌を残すのみ。警備部隊も歩兵は1,800人しか残っておらず、シェイファーI軽戦車は残り8輌まで討ち減らされていた。
基地や市街地が悉く破壊されたため、グラ・バルカス帝国陸軍の兵士たちや警備部隊の生き残りは残ったトーチカで、
しかし、ロデニウス連合王国軍がそれで許してくれるはずもなかった。夜が明けるまでに、第13艦隊と後続する第1艦隊はパガンダ島を包囲するように展開した。そして、夜が明けると共に再びの空爆、そして艦砲射撃まで開始したのだ。
大口径砲を搭載した戦艦多数を並べての一斉砲撃に、それまでの空襲でさんざん破壊されていたパガンダ島の施設は、さらに破壊を上書きされた。コンクリート製のトーチカは大口径徹甲弾の直撃で爆砕され、塹壕にも砲弾や爆弾が落下して一部が崩された。その上空を戦闘機や爆撃機が飛び回り、地上にうごめくものがあれば即座に降下して爆弾やロケット弾を浴びせ、機銃掃射をかける。
「ぎゃあああ!」
「うわあぁぁぁぁ!!」
戦闘機に狙われ、爆弾をかいくぐって逃げる兵士たちの絶叫が、爆発に揺れるパガンダ島内に響いていた。
たっぷり4時間半にも及ぶ爆撃と艦砲射撃がやっと終わった時には、生きた心地がしなかったグラ・バルカス帝国陸軍第7軍団第33師団の兵士たちと、警備部隊の隊員たちはいずれもほっとした。……が、本当の地獄はここからであった。
「ん!?」
パガンダ島東部の浜辺、崩れかけた塹壕の中に立てこもっていた兵士の1人が、海上の異変に気付いた。沖合に浮かぶ敵艦から、何隻もの舟艇が出てきたのだ。そしてそれらの舟艇と、何か巨大なものを運んでいるらしい平たい艦が1隻、浜辺に接近してくるではないか。
「て、敵襲ーーー!! 奴ら上陸してくるつもりだぞ!!」
その兵士が大声で叫ぶや、仲間たちは慌てて迎撃の準備を始める。機関銃が構えられ、手榴弾を用意する者もいた。
「こちら第17監視所、緊急報告! 敵陸軍が南の浜から上陸を企図しています! 至急警戒と援軍を!」
無線を使って、下士官の1人が移転した司令部に報告を行っている。
そうこうするうちに、地響きと共に敵の巨大艦が浜辺にのし上げた。空母のようなのっぺりした形状の艦だ。その艦の甲板に小銃や対空機銃の発射炎が閃き、グラ・バルカス帝国軍の兵士たちが応射する中、艦の艦首扉がゆっくりと開かれた。
(さあ来い! いつでも相手してやる……!)
グラ・バルカス帝国軍第33師団の兵士たちが意気込んだ時。
敵艦の艦首から、敵歩兵と共にとんでもないものが出てきた。
ゴゴゴゴゴゴ…
「「「……え!!!?」」」
それを見た瞬間、兵士たちは絶叫したくなった。
全体に角張った形状の、全金属製らしい巨大なボディ。それを支える、信じられないほど大きい幅広の履帯。そして、そのてっぺんに乗せられた非常に長い砲身を持つ大砲。
……どう見ても、戦車であった。「この世界」ではグラ・バルカス帝国軍しか持っていないはずの。
「戦車だと!?」
「嘘だろ!?」
「で、でかい……!」
グラ・バルカス帝国陸軍の一般兵たちの間に、動揺が広がる。
「怯むな! 撃てぇー!」
下士官の号令で、兵士たちは我に返ったように機関銃を発射した。さらに、1門だけ生き残っていた37㎜速射砲が砲撃を行う。
飛んで行った37㎜砲弾と機関銃弾は、見事に敵戦車に命中し……ガキン! という甲高い音だけを残して弾き飛ばされた。
「「「なっ!?」」」
かなりの近距離だったにも関わらず37㎜砲弾が全く通じないという事実に、今度こそ下士官たちも動揺した。
無理もない。今彼らの目の前にいるのは、伝説に名を残すほどの強さを発揮したドイツ陸軍の重戦車……VI号戦車E型「ティーガーI」なのである。正面100㎜の重装甲には、37㎜の豆鉄砲など何の役にも立たなかった。
ズドォン!
お返しとばかりに、ティーガーIが88㎜砲を発射する。その途端、大爆発が発生した。
グワアーン!!
「ぐああああっ!?」
「ぐえっ!」
「う、腕が! 俺の腕が!」
88㎜砲の榴弾の一撃で、37㎜速射砲の砲弾が一度に誘爆したのだ。速射砲は一瞬で木っ端微塵に吹っ飛び、何人かの兵士が空中高く放り上げられ、破片の直撃を受けた兵が
「くそ、戦車だ! 戦車を応援に寄越せ!」
「大丈夫だ! うちの戦車が来てくれた!」
陸軍兵士の1人に、警備部隊の隊員の1人が叫び返した。その言葉通り、近くの森の中から3輌のシェイファーII軽戦車が出てきている。見た目は旧日本陸軍の九五式軽戦車ハ号にそっくりな戦車だ。
「やれやれー!」
「敵戦車を倒せー!」
兵士たちが囃し立てる中、3輌のシェイファーII軽戦車は統率の取れた動きで停止し、一斉に37㎜砲を発射した。3発の砲弾が敵戦車の側面めがけて飛ぶ。
(((やった!)))
グラ・バルカス帝国の兵士たち皆がそう確信した、その時だった。
ガン! ガン、ガキィン!
「「「え!?」」」
3発の砲弾は確かに命中した。そして、金属的な音と火花を散らし、敵戦車の塗装の一部を削っただけで終わった。
当然である。ティーガーIは車体側面でも80㎜の重装甲を持っているのだ。短砲身の37㎜砲なんか、ゼロ距離で撃ち込んでも通用しない。
愕然とする兵士たちの前で、ティーガーIは車体の向きを固定したまま砲塔だけを旋回させる。そして1輌のシェイファーIIに照準を合わせるや、遠慮なく主砲をぶっ放した。
ドガァーン!!
次の瞬間、シェイファーII軽戦車の車体前面に握り拳を突っ込めそうな大穴が穿たれ、大爆発と共に砲塔が30メートルばかりも飛び上がる。明らかに致命傷であった。
今の状態だと、ティーガーIとシェイファーII軽戦車隊の距離は100メートル程度。その距離なら、ティーガーIの88㎜砲は120㎜の装甲を貫くことができる。そんな重い一撃には、シェイファーII軽戦車の前面12㎜の装甲はあまりにも
「嘘だろオイ!?」
「なんてこった……!」
唖然とする兵士たち、しかし獲物を見つけた虎は決して遠慮はしない。
ティーガーIは瞬く間に、残り2輌のシェイファーIIを葬り去ってしまった。しかも自身は全くと言って良いほど損害を受けていない。
「「「………」」」
もはやグラ・バルカス帝国軍の兵士たちは声も出せなかった。
無敵だと信じられていた機甲部隊が、たった1輌の敵の戦車に完膚無きまで叩き潰された。明らかに敵の戦車のほうが強力だ。
しかも、さっき接岸した敵の揚陸艦から、出てきたのだ。全く同じ敵戦車が、もう1輌。
(((もう無理だー!!!)))
圧倒的に強力な敵戦車が、2輌。37㎜対戦車砲も通用しなかった怪物が、2体もいる。これほど絶望的な状況もまたとないだろう。
そして、その状況はさらに悪化した。というのは、この時になってやっとロデニウス軍の舟艇が砂浜に着いたのだが……舟艇が船首の渡し板をパタリと倒すや、新型の敵戦車が多数、歩兵の援護付きで上陸してきたのだ。怪物戦車をふた回りほど小さくしたような見た目であるが、何分にも数が多い。さらに、水上を走ってきたボートだと思われた乗り物が、車体上部から機関銃弾をばら撒きながら陸にのし上げ、そのままキャタピラで前進してきたのだ。
無論、これらの戦車はロデニウス軍海兵隊の主力戦車たるIII号戦車のM型とN型、そして「LVT-4 ウォーターバッファロー」水陸両用装甲車である。
「全員退却ーっ!」
焦った様子で指揮官が叫び、グラ・バルカス帝国兵たちは
今やロデニウス連合王国軍第2海兵師団は、パガンダ島に
その後、グラ・バルカス帝国陸軍は生き残りのハウンドI中戦車を全て投入して、ロデニウス軍の橋頭堡を叩き潰す強襲作戦を実行。しかし、夜闇に紛れての出撃だったにも関わらず敵に正確に居場所を見抜かれ、総反撃を受けてハウンドI中戦車は全て失われた。まあ、ティーガーIやIII号がハウンドI(九七式中戦車チハ擬き)の相手というのでは、ハウンドIに分が悪いどころの話ではない。しかもロデニウス軍は暗視スコープを持っており、これによってハウンドIの接近は遠距離から気付かれていたのだった。
攻勢のための虎の子の戦力をほぼ失ったグラ・バルカス帝国軍に対し、ロデニウス連合王国軍は全力攻勢を開始。ティーガーIを前面に押し出し、その側面をIII号戦車で援護してパンツァーカイルを組んでの攻撃に、グラ・バルカス帝国軍は防衛線を次々と突破され、急速に支配領域を狭めていった。上陸から3日後には、パガンダ島西部にあった飛行場も陥落。そしてついに、ターナー准将率いる司令部は島中央部にある鉱山の坑道内へと移転し、グラ・バルカス帝国軍はこの天然の要塞に拠ってロデニウス軍と戦う他なくなった。
地の利を得ていたグラ・バルカス帝国軍は、何とか基地から持ち出してきた迫撃砲や機関銃を使って凄まじい抵抗を見せ、あるいはゲリラ戦でロデニウス軍を襲うなどして、ロデニウス第2海兵師団に多大な損害を与えた。しかし、地の利を生かして3週間も持ち応えたグラ・バルカス帝国軍であったが、補給が途絶してしまい、如何ともしがたくなった。ここに及んでグラ・バルカス帝国軍司令部は「最後の突撃」を決断し、軍旗を焼いて秘密書類や通信機を破棄すると、動ける兵全員で銃剣や手榴弾を持ち、ターナー少将を先頭にロデニウス連合王国軍に突撃を敢行、文字通りの全滅を遂げた。玉砕である。
こうして、約1ヶ月に渡ったパガンダ島攻防戦は終結。パガンダ島にいたグラ・バルカス帝国軍は完全に駆逐され、「ユーラヌス作戦」はその目的の一端を達成した。
[ロデニウス連合王国軍の中間報告書より抜粋]
グラ・バルカス帝国軍の損害
陸軍第7軍団第33師団、警備部隊ともに被害多数。死傷者10,000名以上、捕虜多数
ハウンドI中戦車、シェイファーI軽戦車、シェイファーII軽戦車いずれも9割以上破壊
本国艦隊第49地方隊全滅、戦死・行方不明者9,200名、捕虜多数
ロデニウス連合王国軍
第2海兵師団 戦死者4,400名、戦傷者1,325名、III号戦車2輌喪失。全滅判定。交代の要を認める。なお戦場精神病の罹患者多数発生、早急かつ適切な治療の手配を急がれたし。
航空隊 若干の損害
というわけで、パガンダ島の攻略に成功しました。第2海兵師団の被害も甚大ですが。攻めるより守る方が戦いやすい、という法則がここでも働いています。
何はともあれ、これでグラ・バルカス帝国本土とムー大陸を繋ぐ補給ルート、その最終中継点の片方を潰しました。後はもう片方、イルネティア島を攻略するだけ…!
今回が今年最後の更新となります。寒さ厳しく、また新型コロナ・オミクロン株なんて代物も流行しておりますが、お身体にお気を付けてよいお年をお過ごしくださいますよう、お祈り申し上げます。
総合評価10,400ポイント突破……皆様、本当にご愛読ありがとうございます!!
評価8をくださいましたekusakane様
評価9をくださいました大空の世界様、Daudai様
評価10をくださいましたRJG(@д@)様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
パガンダ島攻防戦が行われていた頃、世界に激震が走っていた。グラ・バルカス帝国主力艦隊の全滅、グレードアトラスター級戦艦の沈没、それに敵の包囲を受けているパガンダ島。グラ・バルカス帝国はもちろん、自称世界最強のあの帝国も衝撃を受ける。そして、これまで息を潜めていた「静かなる狩人」が動きだす…
次回「激震の帝国上層部」