鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
予告通り、今回は「2つの」帝国+@の描写です。
そして、これまであまりスポットが当たってこなかった”ある艦娘”が、ついに本領を発揮します!
中央暦1643年6月7日、パガンダ島に対するロデニウス艦隊の攻撃が始まったちょうどその日。
この都市はグラ・バルカス帝国のムー大陸進出における最大の拠点であり、植民者の受け入れ窓口や現地国家との外交窓口、そしてムー大陸侵攻軍の総司令部などが置かれている。かつては列強の末席にあったレイフォル国の首都であり、石や木を素材とした家並みが立ち並んで、地球でいう近世くらいの街並みが広がっていたのだが、今やそんなものはほとんど残っていない。レイフォル国とグラ・バルカス帝国との戦争で、戦艦「グレードアトラスター」の艦砲射撃を受け、建物の大半が破壊されてしまったからだ。破壊の跡にはグラ・バルカス帝国様式の建物が建てられ、レイフォリアはすっかりその様相を変えてしまっていたのである。
そのレイフォリアの郊外には、グラ・バルカス帝国軍が巨大な基地を築いている。統合基地ラルス・フィルマイナだ。ここにはムー大陸侵攻軍総司令部が置かれており、海軍や空軍の前線司令部もあるなど、ムー大陸とその周辺における軍事の中枢になっている基地である。
そのラルス・フィルマイナ基地に併設された、帝国情報局レイフォル支部。そこでは情報技官ナグアノが仕事をしていた。
彼のデスクには何枚かの写真が広げられている。どの写真にも軍艦が写っていた。一見するとグラ・バルカス帝国の軍艦に見えるが、そうではない。それは全て、ロデニウス連合王国の軍艦を捉えたものであった。
ムー国南東部の街マイカルに潜んでいる諜報員が、送ってきてくれたものである。それを元に、ナグアノはロデニウス軍の戦術研究、そして兵器の性能の分析に取り組んでいた。
(まずいなこれは……ロデニウスの国力次第ではあるが、もしかするとロデニウスの海軍力は我が国のそれに匹敵するかもしれないな)
「
「ナグアノさん、部内郵便です」
「ああ、ありがとう」
礼を言って封筒を受け取ったナグアノは、手に持った封筒の感触から中身をおよそ察した。
(新聞、もしくは薄手の雑誌か)
つまり、これはおそらく情報局が雇ったレイフォルの一般人が、手に入れてきた情報らしい。
この手の情報は、ほとんどの場合ゴミ同然の価値しかない。一般人が集めてこられる情報など、高が知れているからだ。
ため息を吐きたくなったが、とりあえずナグアノは封を開けた。ゴミ同然の情報なら、一読してさっさと処分してしまおう。そう思ったのだが、
「なっ!!?」
封筒から出てきたものを見て、ナグアノは声を上げてしまった。その拍子に思わず手を離してしまい、手に持っていたものがバサッと音を立てて床に落ちる。
封筒に入っていたのは、ナグアノの予想通り新聞だった。しかし、そこに書かれていたことが、ナグアノの想像を遥かに超えていた。
『バルチスタ沖の激突再び 我が軍勇戦、グ帝艦隊撃破せり』
そんなキャッチフレーズと共に、新聞の一面には横転するグレードアトラスター級戦艦のカラー写真がドアップで載せられていたのである。そう、この新聞のタイトルは「青葉新報」であった。
「これは……!」
急いで新聞を拾い上げ、ナグアノは記事に目を走らせる。一面記事を読み終わった時には、ナグアノの顔はすっかり真っ青になっていた。
「大変だ……!」
そう呟くや、ナグアノは今までやっていた仕事を全て後回しにして、デスクの引き出しから白紙の報告書を取り出し、急いでペンを走らせ始めた。これは一大事だと判断したのだ。
(すぐにもこのことを本土に、帝王府にお伝えしなければ……!)
ナグアノの脳裏を占めていたのは、その思いだけだった。
同時刻、レイフォリアの別の一角に、機能美を追求されたある建物があった。グラ・バルカス帝国外務省・レイフォル出張所である。現地国家との外交窓口も、ここに設置されていた。
その出張所の一室では、若いながら人相の悪い男が1人、机に向かって書類仕事をしていた。この男こそ、グラ・バルカス帝国の外交官の1人ダラス・クレイモンドである。彼は現在、第二文明圏の各国家が降った場合に備えて、各国にどのような要求を突き付けるか検討しているところだった。
グラ・バルカス帝国は現在、旧列強レイフォル国とその属国や保護国を軒並み占領しており、ムー大陸の西側約5分の1を勢力圏に収めていた。しかし、ムー大陸にはまだムー国、ニグラート連合、マギカライヒ共同体、パミール王国、ソナル王国といった国家が残っており、これらの国々はグラ・バルカス帝国に対して断固戦う姿勢を鮮明にしている。
だが、これらの国の中では最も進んだ技術を持つムー国ですら、その技術力はグラ・バルカス帝国の足元にも及んでいない。そのため、栄光ある祖国は比較的短時間でムー大陸全域を占領するだろう……とダラスは考えていた。
バルクルス基地を現地国家の蛮族に攻撃され、奪い返されてしまったことは驚きだったが、いずれバルクルスも精強なる陸軍が奪回し、そして今度こそ永久に占領するだろう。ダラスはそう信じて疑っていなかった。
(ムーに突き付ける条件は、こんなところか。あとは……)
ダラスが考え込んでいたその時、部屋のドアがノックも無しにバタン! と大きな音を立てて開かれた。
「何だ騒々しい! ノックくらいしろ!」
開け放たれたドアに向かって、ダラスは怒鳴りつける。彼はてっきり、外務省職員の誰かが訪ねてきたと思ったのだ。
ところが、
「おおダラス殿、ここにいらっしゃったか!」
部屋に飛び込んできたのは、パリッとした軍服に身を包んだ中年の男性だった。彼の名はランボール・フーリマン。グラ・バルカス帝国陸軍の将校の1人(階級は大佐)にして、ナルガ戦線(ムー大陸戦線のこと)の副官である。つまり、ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国陸軍の中ではかなりの上級将校である。
「突然の無礼、失礼
早口でそう言いながら、ランボールはつかつかと早足でダラスに歩み寄る。彼の息は上がっており、何か予想外の出来事を知らせようとして大急ぎでやってきたように見えた。
本来、この出張所のトップを務めているのは異界方面東部担当課長のシエリア・オウドウィン女史なのだが、彼女は今ここにはいない。ムー大陸の情勢を外務省に直接報告するため、一時帰国しているからだ。そのため出張所のトップは、ダラスが一時引き継いでいる。
「いったいどうしたのだ? ムーが降伏でも申し出たか?」
ダラスは自分で言った下手な冗談に笑ってみせたが、ランボールは笑うどころではない。
「一大事が発生した。
これを見てくれ。昨夜遅くと今朝早くに、パガンダのダイモス軍港から送られた緊急信だ!」
早口でそう言うと、彼はダラスに2枚の紙を押し付けるようにして渡した。
「んーー?」
尚もヘラヘラ笑いながら、紙に書かれた文章に視線を落とすダラス。だが次の瞬間、彼の顔からは笑いがさっと消え、同時にすーっと血の気が引いて青くなった。紙を握る手がブルブルと震えだす。
そして電文を2枚とも読み終わるや否や、ダラスは怒りで顔を真っ赤にして叫んだ。
「どういう意味だ、これは!?」
「読んだままの通りだ。
海軍の東部方面艦隊は全滅し、パガンダ島は現在進行形でロデニウス連合王国軍の攻撃を受けている!」
ダラスに怒鳴り返すランボール。2通の電文にはこう記されていたのだ。
『東部方面艦隊、ロデニウス連合王国艦隊と交戦し全滅。旗艦ブラックホール以下戦艦11、空母14、巡洋艦・駆逐艦多数を喪失し、残存艦も損傷艦多数あり。艦艇損耗率は推定7割以上、航空機は9割以上を喪失』
『敵ロデニウス連合王国の大艦隊、パガンダ島を包囲。空爆と艦砲射撃の後に陸軍を揚陸し、パガンダ島の制圧を図るものならん』
それはまさに、
まず東部方面艦隊が敗れた、ということ自体が信じがたい凶報である。東部方面艦隊を率いているのは「帝国の軍神」の呼び声も高いカイザル・ローランド大将であり、また同艦隊の艦艇数は海軍の全艦隊の中でも2番目に多く(なお最も多いのは本国艦隊。植民地が多いためこうなっている)、兵器の質も兵の練度も間違いなくトップクラスである。まさにグラ・バルカス帝国海軍最強の艦隊であり、この世界のどこにもこれを破り得る海軍はない……と思われていた。そしてダラスもそう思っていた。
それが、その最強の艦隊が敗れたのだ。それも主力の大半を失うという、素人にでも分かるレベルの大敗である。
そして敵は、東部方面艦隊を撃破した余勢を駆って、パガンダ島に攻め込んできたらしいのだ。パガンダ島はムー大陸への進出拠点の1つであり、陸上兵力と本国艦隊の地方隊が展開しているはずだが、東部方面艦隊を撃破した強敵にどこまで対抗できるかは不透明だ。
「今のパガンダの様子はどうなっている!?」
「不明な点が多いが……陸上基地と軍港の司令部はまだ健在のようだ。だが、飛行場が使用不能にされたとの報告がある。敵は相当な規模の戦力を投入しているようだ。陸軍からは基地航空隊をパガンダに送ったが、どこまで戦えるかは不透明だ」
現時点でムー大陸侵攻軍総司令部が把握している情報を全て伝えた後、ランボールはダラスに向き直って口を開いた。
「こんな事態になるとは、正直なところ、思ってもいなかった。そこでだが……この緊急事態が解除されるまで、しばらくの間、本国からの入植を停止してはもらえないか?」
「何だと!?」
まさかの要請に、ダラスは目をひん
「本国からの入植を停止する!? そんなことをしてみろ、我々は本国の人々の期待を、そして帝王陛下のご期待を裏切ることになる! 入植希望者はもう1万人の規模まで膨れ上がっているし、入植のために動く金だって巨額になるんだぞ!
ここで全てを止めたら、大きな損害になる!」
グラ・バルカス帝国では、植民地獲得とその経営は1つのビジネスとなっている。グラ・バルカス帝国の本土はお世辞にも広いとは言えないので、征服した国々を植民地化し、そこに工場や大規模農園などを設置して経済を回しているのだ。当然、現地での作業は征服した地の住民に低賃金で長時間労働を強いることで行っている。それによって得た利益の多くは本国に還元され、経済を潤しているのだ。
また、植民地への投資は
さらに大胆な者たちの中には、投資に飽き足らず一家を挙げて植民地に入植し、工場や鉱山、農園の経営を狙う者もいる。そういった者たちの中には、現地住民を
こんな具合に、植民地はグラ・バルカス帝国の経済にとってもはや欠くべからざる重要なファクターと化しているのである。
何より、自分が神と崇めるに等しいグラ・ルークス帝王陛下のご意向に背くことになるのだ。帝王を盲信するダラスにとって、ランボールの提案は様々な意味で受け入れがたいものであった。
「しかし、今の状態では入植者の安全を確保できない!
帝国陸軍や海軍本国艦隊の役割の1つは、植民者の安全を守ることにある。しかし、敵は東部方面艦隊を破った奴らだ、どれほどの強さか分からん! 最悪の場合、植民者たちの身辺に危険が及ぶ! そうなれば、軍の威信と
ランボールの言い分も
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、第二文明圏の列強ムー国、その首都オタハイトにて。
「やってくれたか、
ムー統括軍本部・情報通信部情報分析課が入っている部屋で、分析課課長マイラス・ルクレール中佐が叫んだ。彼も含めて分析課にいる全てのメンバーが、机の上にぶちまけられた数々の資料を前にして興奮している。
資料は、その大半が新聞だ。チャーチワード・ポストやオタハイト・タイムズといったムー国内の大手新聞社、「世界のニュース」のペーパー版など、有名どころが揃っている。その中でも6月2日付の「青葉新報」が最も目立つ場所に置かれ、全員の視線を
そう、第二次バルチスタ沖大海戦に関する情報がかき集められ、分析されていたのだ。
「これは、間違いない! グレードアトラスター級だ!」
「あの戦艦を撃沈するとは……信じられん!」
「まさか、ロデニウスにこんな力があるとは……!」
皆が騒ぐ中、マイラスは戦友たちのことを考えていた。
(堺殿は見事に結果を出してくれた。ならば、我々ムー統括軍も応えなくちゃならんな……。
すまんが、俺は後方から応援するくらいしかできん。頑張ってくれよ、ラッサン……!)
マイラスの戦友たるラッサン・デヴリン大佐は、既にムー北部の港街スカパ・ブローに移動してしまっている。戦艦「ラ・コンゴ」艦長として、イルネティア島解放作戦に参加するためだ。
「これは間違いなく、世界情勢を一変させかねない重要な情報だ! それに、我が軍を含む第二文明圏連合軍の行動方針にも大きく関わってくる!
全員、全力を挙げて正確な情報の収集と分析に当たれ! 今こそ、情報分析課の真価が問われていると覚悟せよ!」
マイラスの号令一下、情報分析課一同は第二次バルチスタ沖大海戦の真実を掴むため、全力で動く。
◆◇◆◇◆◇◆◇
東部方面艦隊の全滅と、グレードアトラスター級戦艦の撃沈、そしてパガンダ島への総攻撃。これらの情報に接したグラ・バルカス帝国上層部は、直ちに帝前会議を開いた。それだけの緊急事態だと判断されたのである。
なお、本会議の開催のきっかけとなった各種情報であるが、ナグアノから挙げられた報告書については、帝王の元には届いていなかった。帝王府までは届いたのだが、例によって帝王府副長官オルダイカに握り潰されたからである。だが、東部方面艦隊残存部隊を中心に軍から挙げられた報告が、軍本部を経由して帝王グラ・ルークスの元に直接届いたのだ。
グラ・ルークスは即位する前は軍人(陸軍畑の出身)であり、軍とのパイプが太い。そのため軍本部に上がった報告は、どこも経由することなくダイレクトにグラ・ルークスの元に届くようになっている。この制度があったため、オルダイカの握り潰しが効かなかったのだ。
「ようやられたようだな、サンド・パスタルよ。今後の計画をどのように策定しておるか、申してみよ」
帝前会議の開始と同時、開口一番のグラ・ルークスの質問に、帝国軍本部長(つまり帝国軍で一番偉い人。総司令官と言い換えても良い)サンド・パスタルは、顔を真っ青にして答えた。
「はっ! 東部方面艦隊につきましては、本国艦隊からの地方隊の引き抜きや、新建造艦の配備によって再建を急ぎます」
「それで?」
「そ、それと……パガンダ島を攻撃している敵艦隊ですが、あまり気にしなくても良いのではないかと考えております」
「ほう、それは何故だ?」
「ミレケネス中将率いる特務軍艦隊が、ロデニウス連合王国本土を攻撃すべく作戦行動中であります。特務軍艦隊は総勢440隻、しかも旗艦は『グレードアトラスター』です。ムー大陸に戦力の大半を集中しているとみられるロデニウス本土を落とすことは、容易でございましょう。そうなれば、パガンダにいる敵艦隊も立ち枯れになるという訳でございます」
「なるほどな」
皆様は疑問に思わなかっただろうか。あの第二次バルチスタ沖大海戦の時、なぜ東部方面艦隊が単独で戦っていたのかと。世界連合艦隊を共に迎え撃った特務軍艦隊が、何故あの場にいなかったのかと。
その答えがこれだ。つまり特務軍艦隊は別行動を取って、ロデニウス連合王国本土を叩く作戦に出ていたのである。
「だが、さすがにパガンダ島を包囲されたままでは、植民者の安全を確保できない。パスタル、海軍の主力艦隊をパガンダ島に送れ。ロデニウスの艦隊を叩き、制海権を取り戻すのだ。
奴らも東部方面艦隊やパガンダ島守備艦隊との交戦で弱っているはずだ、1個主力艦隊を派遣すれば十分だろう」
「はっ! 早急に手配いたします」
グラ・ルークスの読みは正確だと言えるだろう。……相手が「通常の」海軍戦力であれば。
残念ながら相手が「通常」ではないのである。パガンダ島にいるロデニウス艦隊は第13艦隊であり、その戦力は「艦娘」だ。東部方面艦隊などとの連戦を経てなお、その最大戦力を残したままなのである……。
「それと、現在ムー大陸近辺に入植者を乗せた船団はいるか?」
「はっ、SM56船団がおります。本来はパガンダ島を経由してレイフォリアへ向かうはずでしたが、私の判断でイルネティア島に向かうよう指示しました。それとSM57船団に関しては、アストラル大陸で待機させております」
「よかろう。敵がいる状況で入植者を派遣するのは危険だ、一時的にムー大陸への入植を仮停止せよ。敵を撃滅するまでの少しの辛抱だ」
「はっ、承知いたしました!」
最終的にグラ・バルカス帝国上層部は、以下のようなことを決定した。
・ムー大陸への入植を一時的に仮停止すること
・植民者を運んでいる船団や輸送機はパガンダ島ではなく、イルネティア島へ向かうこと
・軍は陸上で現地国家への反撃を行い、バルクルス奪回を目指すと共に、海軍・空軍の戦力を動員してムー大陸西岸の制海権・制空権を取り戻すこと
・東部方面艦隊の全滅及びグレードアトラスター級戦艦「ブラックホール」喪失については、国内に
それが、中央暦1643年6月9日のことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻、もう1つの帝国にも衝撃が走っていた。
「どうやらロデニウス連合王国の実力は、本物だったようだな?」
自席から身体を乗り出してそう言ったのは、神聖ミリシアル帝国の皇帝、ミリシアル8世である。ここは神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス、その中央に
「はっ、これほど明確な証拠を前にしては、信じざるを得ません」
帝国情報局長アルネウス・フリーマンが、かしこまって答える。その隣の席に座る国防省長官アグラ・ブリンストンが、目を見開いて机上の資料を見ていた。
「まさか、こんなことが……グレードアトラスター級が沈められるとは……。しかもそれを果たしたのは、我が国でもムー国でもなく、第三文明圏外国……!」
アグラの声が震えている。
彼が見ていた資料とは、ロデニウス大陸に潜入中の情報局員が入手した「青葉新報」だ。戦艦「ブラックホール」の沈没を写した写真が、カラーで鮮明に載せられたものである。軍務大臣シュミールパオ・ラック、外務大臣アルノー・ペクラス、外務省統括官ヘルベルト・リアージュの他、ヒルカネ・パルぺやメテオス・ローグライダーといった対魔帝対策省の面々も、驚きに目を見開いていた。
「アルネウスよ、念のため尋ねるが、この写真がでっち上げだという可能性はないか?」
「はっ、魔導技術省や対魔帝対策省の技術者たちにも確認したのですが、この写真に不自然なところはない、とのことでした。従いまして、この写真は本物であると判断いたします」
ミリシアル8世に尋ねられ、アルネウスがかしこまって答える。
「ふむ、ということはだ。ロデニウス連合王国は、以前国書で伝えてきた取引条件を見事に満たしたということになるな」
以前、ロデニウス連合王国の国王カナタ1世は、ミリシアル8世に対して国書を送っていた。意訳すると「グラ・バルカス帝国の主力艦隊はこちらで撃滅するから、ムー大陸における対グラ・バルカス帝国反攻作戦に際して援軍を派遣して欲しい。ムー大陸周辺の制海権を維持するための地方隊でも構わないから、戦力が欲しい」というものである。
どうやらそれを生かす時が来たようだ。
「アグラよ、陸軍部隊の派遣準備と、地方隊の動員準備を急がせよ。ロデニウスは立派な仕事をしたのだ、我が国がそれに応えない訳には行かぬ」
「ははっ。陸軍部隊につきましては、陸軍第2・第3師団に動員準備を発令いたします。この両部隊は魔導ゴーレムを装備する他、魔導自走砲部隊も配備されておりますれば、ムー大陸においてその威力を十分発揮してくれるものと思われます。
地方隊につきましては、リスター・クリング大将率いる第17地方隊、及びヘンリー・ゴーウィン准将率いる第16地方隊に、動員をかけることを検討しております」
「よろしい、準備を急げ」
「はっ!」
アグラに指示を出すと、ミリシアル8世は立て続けに指示を出した。
「ヒルカネよ」
「はっ!」
「空中戦艦パル・キマイラの出撃は可能か?」
「申し訳ございませぬ、パル・キマイラは現在整備中であります。何分完全解析も難しく、細かい整備が必要な部分もございますれば……ご期待に沿うことができず、申し訳ございません」
深々と頭を下げるヒルカネ。
「良い、兵器を十全に生かすには、丁寧な整備が必要なことくらい理解しておる。入念に整備を行え、ただし少々急げよ」
「ははーっ! 恐れ入ります!」
「ペクラス、そしてリアージュよ、ロデニウス連合王国に余の国書を送れ。ムー大陸での反攻作戦に際し、援軍を派遣する、と。軍の派遣となれば指揮系統の細かい調整なども必要になるでな、外交官を通して密に連携することを心がけよ」
「ははっ!」
神聖ミリシアル帝国はこのところ、求心力が低下している。フォーク海峡海戦でも第一次バルチスタ沖大海戦でもグラ・バルカス帝国に勝てず、良いとこ無しに終わっているからだ。故に、今度こそという思いがあった。
世界最強の誇りに賭けて、神聖ミリシアル帝国は静かに動き出した。
一方その頃、同国の南部にある港街カルトアルパス。とある酒場では、例のごとく酔っ払った商人たちが騒いでいた。
「さっきのニュース、信じられるか!? 驚いたぜ!」
「全くだ。まさか、あのグレードアトラスターが沈められるなんてな!」
ついさっき放送された「世界のニュース」。そこに、あの「青葉新報」の写真が登場したのだ。そう、ロデニウス海軍第13艦隊から撮影された、沈みゆく「ブラックホール」の姿である。
ただし、商人たちはグレードアトラスター級戦艦が量産されているとは思ってもいなかった。ニュースでも、「この写真に写る船は、間違いなくグレードアトラスターと見られます」としか解説されなかったからである。
「あのグレードアトラスターがかぁ……。あの力強い船が沈められたなんざ、俄には信じがたいが……」
「ん? お前、見たことあるのか?」
「ああ、あるよ。前の先進11ヶ国会議の時にな」
「あー、あん時かぁ。あん時俺は商売でムーに行ってたから、見損ねたんだよなぁ」
「にしても、やったのはロデニウスか…。ってことは、ロデニウスにはグレードアトラスターより強力な戦艦があるのか?」
「うちのミスリル級魔導戦艦と、どっちが強いのかね?」
「そりゃお前、ミスリル級に決まってんだろ!」
「間違いない。ミスリル級こそ世界最大、最高の戦艦だぜ!」
酔っ払いたちは、そんなことを喋り合っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
グラ・バルカス帝国の行動方針が決まって早々、6月10日、最悪の事態が発生した。
ランボールの懸念した「最悪の想定」が的中したのである。
その日の夜、陽も完全に沈んだ20時30分頃。
イルネティア島の南西400㎞の海域を、グラ・バルカス帝国の国旗を掲げた5隻の船が航行していた。うち2隻は駆逐艦、残る3隻は輸送船1隻と貨客船2隻である。
これは、グラ・バルカス帝国のSM56船団……ムー大陸への入植者と、本国で製造された農業用機械などをムー大陸に運ぶ船団だった。本来はパガンダ島を経由してムー大陸レイフォル州へ向かうはずだったのだが、パガンダ島が敵に包囲されてしまったため、急遽予定を変更してイルネティア島に向かっているのだ。
船団は現在、単縦陣を組んで針路を北東に取っている。艦の並びは先頭から順に、スコルピウス級駆逐艦「アルネブ」、貨客船「ツ・マージ」、貨客船「ア・ゼーク」、輸送船「ハルベーゼ」、スコルピウス級駆逐艦「ニハル」である。
隊列の2番目を進む貨客船「ツ・マージ」は、大勢の入植者を乗せていた。一家揃って乗り込んでいる者も多い。そのため昼間は、甲板を走り回る子供たちの笑い声が響き、何枚もの洗濯物が潮風に
その平和な時間と会話の流れが突然、断ち切られた。出し抜けに襲ってきた、船そのものが何かに叩き付けられたかのような、凄まじい衝撃によって。
ズドオオオォォン!!!
衝撃と同時に鈍い轟音が大気を震わせ、「ツ・マージ」のクルーや乗客たちは一斉にその場に叩き伏せられた。中には吹き飛ばされ、壁に叩き付けられた者もいる。そして固定されていなかった家具類は一度に揃ってひっくり返り、大地震でもあったかのごとき様相を呈した。また、最上甲板に出て酔い
そして、衝撃が消え去る前に巨大な爆発音が夜の大気をつんざいて響き渡り、「ツ・マージ」の右舷中央に太く白い水柱が夜目にも鮮やかに突き立ち、次の瞬間には真っ赤な火柱に変わった。その炎が
「何だ!? 何が起きたのだ!!?」
「い、痛い!! 足を挟まれた! 誰か助けてくれ!」
「テリムは……!? 私の可愛い息子はどこ!?」
衝撃が収まった時には、「ツ・マージ」船内は大混乱に陥っている。子を探す母の声、母を求める子の声、悲鳴、泣き声……非常ベルが鳴り響く中、あらゆる声が入り交じり、その間を縫うようにして黒い煙が船内を漂い始める。既に「ツ・マージ」の船体は右に20度近くも傾斜していた。
船底のほうにある船室にいる子供たちの安否を確認すべく、若手の男性クルーが1人、階段を降りて第2区画へと向かった。が、傾いた階段を注意しながら降り切ったところで、彼は異様な音を聞いた。
ピシリ…ピシリ…と、聞いたことのない音がする。それに続いてゴウゴウという重低音も聞こえてきた。
(もしや…!)
クルーがそう思った時、廊下の向こうの暗がりの中からパタパタと小さな足音がして、数人の子供が走ってきた。
「おじちゃん、助けて!」
「怖い…怖いよ…!」
彼の姿を確認するや、女の子らしい子供が2人、その場で泣き出す。薄明かりの下でよく見ると、子供のうち1人は片足を引きずり、別の1人は頭から黒っぽい液体らしきものを流している。おそらく赤い液体……血であろう。
「どうした、何があったんだ?」
子供を落ち着かせようと、クルーはゆっくりとした口調で声をかける。すると男の子が1人、怯えきった様子で叫んだ。
「何か、大きな音がして、大きな震えがきて……そしたら、たくさんのお水がどばっと入ってきたの!」
(水!?)
心臓を冷たい手で鷲掴みにされたような感覚が男性クルーの背筋を駆け抜けた時、前方でピシリ! と大きな音がした。そして次の瞬間、白く泡立つ海水が隔壁を突き破って廊下に
「上に上がるんだ! 逃げろ!」
子供たちを
「おい! どうした!?」
クルーが手を引っ張ると、その子供は海水が荒れ狂う廊下の先を指差し、泣きそうな声で言った。
「お友達が…お兄ちゃんが…!」
それを聞いて、男性クルーは全てを悟った。そして同時に、非情の決断を下さなければならなかった。
「
この状況ではやむを得なかった。
どうやら子供の兄や友人がまだ第2区画にいるようだが、救助は不可能だ。状況から判断する限り、「ツ・マージ」はどうやら機雷か魚雷による攻撃を受け、喫水線下に大穴を開けられたらしい。助けに行けば、二次災害が起きる可能性が高い。諦めるより他になかった。
男児を抱きかかえ、
「第2区画に浸水多量! 対処不能!」
彼が叩き付けるようにして電話を切った直後、船内放送で船長の声が響いた。
「総員退船! 繰り返す、総員退船!」
「ツ・マージ」の行き脚が止まり、同船が洋上の巨大な
そして隊列の最後尾にいたスコルピウス級駆逐艦「ニハル」が面舵を切り、隊列を離れて船団の右舷方向の海面へと低速で向かっていく。というのも、「ツ・マージ」の右舷中央で水中爆発が発生した直後、水測室にいたソナーマンがとんでもない報告を上げたのだ。
「水中にて突発音! 魚雷航走音と推定! 本艦よりの方位35度から50度、近い!」
それは、恐ろしい報告だった。
スコルピウス級駆逐艦は、グラ・バルカス帝国の駆逐艦としては旧式艦である。性能で言えば旧日本海軍の「
しかし、その対水上レーダーには目標は何も捉えられておらず、見張員も「敵艦発見」の報告をしていない。航空機は、既に陽が沈んでいる以上飛べるはずがない。
と、いうことは……。
(ままま、まさか潜水艦!? そんな馬鹿な!)
「ニハル」艦長ラムソン・ヘイワーズ少佐は、信じがたい思いを抱いていた。彼は、潜水艦なんて先進的な兵器は自国くらいにしかないと思っていたのだ。いや、それはグラ・バルカス帝国の海軍軍人の大半が思うところであっただろう。
前世界の惑星ユグドだと、ケイン神王国が辛うじて潜水艦を有していたが、非常に原始的なものであり、グラ・バルカス帝国の潜水艦には遠く及ばない性能だった。当然、ユグドより遅れているこの世界に、潜水艦などある訳がないはずであった。
ところがどうだろう、「ツ・マージ」は右舷中央に被雷して大火災を起こし、「ハルベーゼ」も船首を吹っ飛ばされている。こんな外海に機雷が仕掛けられるはずはないし、魚雷航走音も探知されている。ということは間違いなく、敵の潜水艦がいるのだ。……信じられないことであるが。
ともかくも、敵の潜水艦に爆雷を見舞い、「ツ・マージ」と「ハルベーゼ」の仇を討つため、「ニハル」は向かっているのである。
「推進機音探知。本艦の正面、距離800!」
ソナーマンが新たな報告を上げてきた。敵潜水艦の所在を突き止めたらしい。
(おのれ、敵潜水艦め! 見てろよ、輸送船の仇だ!)
ヘイワーズは殺意に燃え、夜の海面を睨みつけた。
ソナーマンは刻々と報告を続け、敵の潜水艦が近づいていることを知らせてくる。そしてついに、
「推進機音、近い! 本艦の真下の模様!」
待望の報告が上がった。ヘイワーズはすぐさま命令を下す。
「輸送船の仇だ、爆雷を喰らわせてやれ!」
命令は直ちに実行され、「ニハル」の艦尾に設けられたレールからドラム缶に似た形の物体が次々と投下される。これが爆雷だ。水中に投下された後、一定値の水圧を感知すると信管が作動して爆発、敵の潜水艦を撃沈する兵器である。
爆雷が投下されてしばらくすると、「ニハル」後方の海面がぐわっと白く盛り上がり、次いで鈍い水中爆発の音と共に巨大な水柱が噴き上がる。爆雷が炸裂しているのだ。
(思い知ったか、これが爆雷の威力だ!)
敵潜水艦を仕留めたかどうか、思いを
一面に多数の機械が設置された狭い部屋。白熱電球の無機質な灯りが照らすその部屋は、壁紙すらない金属剥き出しの天井と壁、それに床板が冷たさを感じさせ、何に使うかよく分からないアナログメーターが大量に取り付けられている。天井にも壁にも無数のパイプや電気コードが剥き出しになっており、武骨な印象だ。
その部屋の中では、複数の人間がメーターの目盛りを読み、機械から突き出たレバースイッチやバルブハンドルを操作している。
「こちらハイドロフォン。推進機音、本艦の右前方、距離500。敵駆逐艦と推定される、数は1。推定敵針路130〜150度。速力5ノット」
ヘッドフォンをかけたクルーが報告を行った……が、意外なことに、そのクルーは女性だった。
「了解。どうやら敵さん、音響デコイに引っかかったようですな」
その報告を受けて、部屋の中心付近に立っていた、立派な襟飾りの付いた軍服を着た女性が話しかける。その相手も女性であった。
「下手っぴですって。第1海上護衛隊なら、そうやすやすとは引っかからないって」
独特の語尾で話すその女性は、やたらと健康的に日焼けしたらしい小麦色の肌をしており、傍になぜか浮き輪を置いていた。
「それに、ピンガー*1すら打ってきませんね。もしや、敵はアクティブソナーを持っていないのでしょうか?」
「潜水艦相手にアクティブソナーを使わない理由はないですって。多分持ってないって」
そこへ、
「ハイドロフォンより追加報告。水面に着水音。敵艦、爆雷を投下」
先ほどのヘッドフォンをかけたクルーが、新たな報告を上げる。
一瞬後、鈍く巨大な爆発音が連続して轟き、部屋の壁がビリビリと振動した。敵艦が投下した爆雷が、水中で炸裂しているのだ。
だが、爆雷の照準は明らかにずれており、彼女たち全員が平然として慌てる様子もない。
「さて艦長、如何しますか?」
立派な胸章を付けた女性クルー…どうやら彼女は副長か何かの立場にあるらしい…が尋ねると、「艦長」と呼ばれた女性は円筒状の物体…潜望鏡に手をかけながら答えた。その顔には、獲物を見出した狼を思わせる凄絶な笑みが浮かんでいる。
「輸送船2隻を食ったけど、まだ足りませんって。なら、することは決まってますって。
潜望鏡深度へ浮上。5番発射管、魚雷発射用意。目標は敵駆逐艦。爆雷を投下してるから、右か左に円を描いて戻ってきますって。敵が右に回頭したら、回頭中で速度が落ちたところに魚雷を喰らわせてやりますって!」
この命令に、副長らしいクルーは即座に応えた。
「
5番発射管、魚雷発射用意!
副長が使った「狼」という単語、そして艦長の独特の語尾。これだけで、察しの良い方はもうお気付きであろう。
そう、艦長の名は“呂500”。ロデニウス海軍第13艦隊に所属する潜水艦の艦娘である。そして「呂500」という名前は確かに日本風の名前だが、彼女は実は日本生まれではない。ではどこの生まれなのか。ここでヒント、というか答えになるのが、副長妖精が使った「狼」という単語と独特の横文字言語である。
……そう、“呂500”の元々の名は“U-511”。ナチス・ドイツ第三帝国が誇る「サイレントハンター」、Uボートの一翼たる「UボートIXC型」なのである。第二次世界大戦において連合国の艦船を片っ端から海底送りにした「静かなる狼」、そのうち1匹が今、グラ・バルカス帝国のSM56船団に牙を剥いていたのだ。
第13艦隊がバルチスタ沖で戦っている間に、「呂500」は戦場海域を迂回して、イルネティア島近海まで進出していたのだ。「
「潜望鏡上げ。照準用意!」
「取り舵一杯。針路225度!」
「針路225度、取り舵いっぱいヨーソロー!」
「5番発射管、魚雷装填よし、諸元入力よし! 発射管注水始め!」
狼の狩りはまだ、終わっていない。
十数発の爆雷を投下した「ニハル」。最後の1発が炸裂し、派手に海水を噴き上げたのを確認した後、ヘイワーズは命令を下した。
「面舵いっぱい! 爆雷投下地点へ向かえ。敵潜水艦がどうなったか見てやる!」
爆雷を使った対潜戦闘というのは、非常にアバウトなものだ。敵潜水艦撃沈の確証を得るためには、爆雷を投下した後で反転し、投下地点に言って浮遊物を確認しなければならないのである。現代の護衛艦のように、対潜誘導魚雷を撃って圧壊音を確認してはいおしまい、というわけにはいかないものなのだ。
「面舵いっぱい!」
舵輪が回され、5ノットという低速で進みながら時計回りに海面を白く切り裂く「ニハル」。ところが、半分も曲がらない先に、
「新たな魚雷音、右75度~90度! 近い!」
ソナーマンが悲鳴じみた報告を上げた。
まだ敵潜水艦は生きている。こちらの攻撃を回避したばかりか、反撃を図ってきたのだ。
咄嗟に右舷の海を振り返った時、ヘイワーズの目に一瞬だけ、妙なものが映った。艦のすぐ近くの海面に、
「……!?」
だが、その影のようなものの正体を確認する機会は、ヘイワーズには永遠に訪れなくなった。それが艦体の陰に消えた瞬間、強烈な衝撃と轟音が「ニハル」の艦体を震わせ、太い水柱がマストの先端よりも高く立ち上った。その直後、白い海水の柱は一瞬で真っ赤な柱に変わり、大量の水蒸気が発生して焼き入れのような音が鳴った。
魚雷の命中によって第1魚雷発射管に装填されていた魚雷が誘爆し、「ニハル」は原型も留めずに破壊しつくされ、あっという間に海面下に姿を消したのである。もちろん、ヘイワーズ以下の乗員は全員が戦死した。
敵潜水艦を叩きに行った「ニハル」が返り討ちに遭ったのを見て、「アルネブ」と「ア・ゼーク」は溺者救出をついに断念し、一目散に逃げ出した。被雷した船を見捨て、まっすぐイルネティア島へ向かっていく。後には右舷中央に大穴を開けられ、既に傾いて沈没しつつある「ツ・マージ」と、船首を割られて大量浸水を起こし、航行不能になった「ハルベーゼ」だけが取り残された。
「艦長、大砲で止めを刺しますか?」
その様子を潜望鏡で確認していた「呂500」艦内では、副長妖精が“呂500”に尋ねていた。
「呂500」は、前部甲板に45口径10.5㎝単装砲を装備している。駆逐艦相手なら、いざとなれば浮上して砲戦を挑むこともできるのだ。
だが、“呂500”は首を横に振った。
「それには及びませんって。輸送船の沈降具合から考えて、もう保ちませんって。わざわざ砲弾を浪費する必要もないって」
「
砲撃の必要無し、とは考えたものの、「呂500」はしばらくの間この海域に留まっていた。せめて沈没だけでも直接確認しておこうとしたからである。
魚雷を受けた貨客船「ツ・マージ」と輸送船「ハルベーゼ」は、船長が既に「総員退船」を発令していた。だが、船に乗っていた人々全員が逃げおおせた訳ではなかった。
老若男女の区別なく、多数の命が狼の牙にかかって失われていた。ある者は沈みゆく船内に閉じ込められ、ある者は不運にして魚雷の直撃箇所にいたため一瞬にして吹き飛んだ。炎と黒煙に巻かれ、逃げられなかった者もいる。
そして何とか船から脱出できた者たちにも、試練が待ち構えていた。まずそもそも救命ボートが足りず、奪い合いになったのだ。この場合、犠牲になりやすいのは非力な老人、女性、そして子供である。陸まで400㎞もある、ということも辛いものであった。
さらに言えば、この辺りの海は北のほうにあるため、6月とはいえ水温が比較的低い。頑健でない子供には、この海は海水浴にはいささか厳しい環境であった。ついでに、この海はある生物の生息域でもあった。
その生物というのは、全長約10メートル、体重約10トン、黒と白のツートンカラーの、全体に紡錘形の身体を持ち、ほぼ垂直に聳える三角形の背びれで波を切り裂きながら泳ぐ生物……そう、シャチである。あるいはサメ、あるいは遺体の匂いに引き寄せられた海魔ということもあった。とかくに生き残るには厳しい環境だったのである。
このため、緊急連絡を受けたイルネティア島駐留の地方隊が大急ぎで艦艇を寄越したものの、それらが現場に到着した時には「ツ・マージ」と「ハルベーゼ」の乗員乗客はほとんどが命を落としてしまっていた。僅かに数人の成人が助かったのみである。
◆◇◆◇◆◇◆◇
この事件により、グラ・バルカス帝国全土に激震が走った。
2隻の貨客船は、ムー大陸に入植する者たちを多数運んでいた。家族揃って乗っていた者も少なくない。それが、船を撃沈されてしまったことで大半が死んでしまったのだ。一家揃っての全滅は30を超えるものとなり、死んだ者たちの友人などは深く悲しんだ。そして、こんな事態を……グラ・バルカス帝国史上始まって以来最悪の海難事件を引き起こした軍部の威信には、大きな傷が付いた。
軍や外務省の幹部のうち何人かは、今回の事件の責任を取って辞任することとなった。また、「敵にも潜水艦があるらしい」との情報により、軍部は戦慄することとなった。潜水艦は、高い造船技術がなければ到底建造できない艦であり、グラ・バルカス帝国軍部はこのような艦を建造できる国家はないと判断していた。前世界(惑星ユグド)ではケイン神王国が辛うじて潜水艦を保有していたが、グラ・バルカス帝国の潜水艦と比較するとお粗末な性能しか有しておらず、グラ・バルカス帝国の潜水艦の優勢は明らかであった。ましてや前世界より文明レベルが遅れているこの世界で、潜水艦を持っている国家などあるはずがない。そう考えられていたのだ。
しかし今回、明らかに潜水艦によるものとしか思えない被害が発生してしまった。それはつまり、敵にも自国のそれに勝るとも劣らない性能の潜水艦がある、ということだ。このことに戦慄した軍部は、開発中のアクティブソナーの実用化と量産を急がせることとなる。
その一方、潜水艦「呂500」の6月10日付の
『6月10日、朝から艦内は慌ただしい。敵の通信を傍受・解析した結果、敵の小規模
夕方17時頃、予定地点に到着。まだ陽が沈みきらないため、敵航空機を避けるべく潜航状態を続ける。
夜19時、敵艦がいないことを確認して浮上、バッテリーを充電する。あと1時間もすれば接敵の予定だ。その前に夕食を済ませ、外気をたっぷり吸い込んでおくことにしよう。
19時55分、潜航開始。20時20分過ぎ、潜望鏡に船団を捉えたとの報告あり。いよいよ戦闘開始だ。高ぶる気分を抑えて、敵船団の右方に布陣する。
20時33分、魚雷2本を発射。続いて34分、もう2本を発射し、しばし待つ。
20時35分、ハイドロフォンにて1本の命中を確認。続く37分、もう1本命中。見事にしてやった。
20時39分、列の最後尾にいた敵駆逐艦がこちらに接近したため、一時退避する。敵艦は爆雷を落としてきたが、擦りもしない。ずいぶん下手くそな奴がいたもんだ。うちの艦隊なら、どれだけのへたっぴであろうとも、1発くらい至近弾を出していくというのに。
20時42分、潜望鏡を上げて敵駆逐艦の位置を確認。ちょうど魚雷の命中コースに乗ってきたため、即座に後部発射管より魚雷発射。30秒後に命中・轟沈を確認。残る敵駆逐艦と輸送船は逃げてしまったため、戦果を確定させるべく、先に攻撃した船の様子を確認することにする。
20時50分、浮上。2隻の輸送船の転覆を確認したため、撃沈確実と判断し、戦闘終了。
戦果: 輸送船(おそらく2,000トン級)2隻、及び駆逐艦(約1,200トン級)1隻を撃沈。総トン数約5,000トン』
というわけで、「2つの帝国」ことグ帝とミ帝+@でした。
そして、これまで静かにしていた”呂500”が、ついにその実力を発揮。一夜にして5,000トンを一挙に沈めていきました。魚雷がある限り、まだまだ暴れるぜ! フタエノキワーミー!
年初めからUA88万突破、お気に入り登録2,700件突破、総合評価10,500ポイント突破…! 本当にありがとうございます。これからも拙作をよろしくお願い申し上げます!
評価10をくださいましたZakuweru様、弥生味噌様、Shin Taxy様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
着々と進む「ユーラヌス作戦」、イルネティア島への攻撃開始の時宜が迫る。そんな中、ロデニウス海軍第13艦隊に先駆けて動き出した存在がいた。水面下に潜み、その猟師は静かに魚雷の発射を命じる…
次回「静かなる狩人」
追記:次回はネタ大盛りとなります。どんなネタが来るか、もう想像できている方もいらっしゃるでしょう。ヒントは、次回のタイトルを英語に訳してみてください。