鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
お待たせしました。イルネティア解放戦、まだまだ序の口です。
中央暦1643年6月18日 12時30分、イルネティア島南東299浬(≒554㎞)の海域。
そこには戦艦3隻、空母2隻を中核とする70隻の艦隊が、針路を北西に向けて航行していた。その艦隊が掲げる旗は、十文字の白線で区切られた赤円……グラ・バルカス帝国の旗である。
ここにいたのは、グラ・バルカス帝国海軍のレイフォル防衛艦隊だった。
戦艦「マルゼラン」の艦橋では、艦隊司令アンダール・ジャライル少将が北の海を睨み、ロデニウス艦隊との戦闘に向けて闘志を燃やしていた。
「イルネティアの友軍からは何か連絡はあったか?」
傍に立つ参謀長シビエ・クリスチアン大佐に、アンダールは質問を向ける。
「矢のような催促です。複数回に渡る空襲等を受けて被害が累積しており、一刻も早い救援を望む…と」
「空襲を受けているとなると、厳しい戦いを強いられているようだな。
それにしてもロデニウス軍め、我々がやられっぱなしだと思うなよ」
両目に怒りの炎を宿しながら、アンダールは「マルゼラン」周囲にいる他の艦艇を見渡した。
レイフォルはグラ・バルカス帝国にとって、ムー大陸への侵攻・入植のための
「先のレイフォリア空襲では、敵はラルス・フィルマイナ基地だけを狙って攻撃し、我が艦隊には目もくれなかった。これはつまり、敵に余力がないということの証明だろう。何せ敵はあの東部方面艦隊と戦った後なのだ、余力がないのは当然だろう」
「はっ。敵にしてみれば堪ったものではないでしょうね、いきなり背後から我が方の航空機が大挙して襲ってくる訳ですから」
「うむ、やはり我が軍は圧倒的だ! そして空母こそが力だ!
シビエよ、知っておるか? 私はな、大艦巨砲主義者なのだよ」
「え?」
急に何を言い出したのか理解できず、シビエが首を傾げた。
アンダールは空母・航空主兵論者であり、大艦巨砲主義には否定的だった人物だ。それが急にこの発言である。そのため、一瞬理解しきれなかったのだ。
「大艦巨砲主義においては、砲弾を敵艦の主砲より遠くに飛ばすアウトレンジ攻撃が基本だ。
空母は爆弾や魚雷を数百㎞に渡って飛ばすのと同じであり、つまりはアウトレンジ戦法の延長なのだ。
つまり、空母こそ今後帝国が力を入れるべきであり、空母こそが力なのだ!」
どうやら、大艦巨砲主義に対する皮肉だったようだ。
「ロデニウス軍もひねり潰してくれるわっ!!」
「ははっ! その通りでございます」
アンダールは、自分自身の言葉に酔った。
「我が艦隊は……圧倒的d」
ズドオォォォォォン!!
その瞬間、アンダールの言葉を遮るようにして鈍い轟音が響いた。
「何事かっ!?」
アンダールの問いに答えたのは、見張員の絶叫だった。
「空母『リュウセイ』、水線下に被弾! 被雷と思われます!」
「な! 被雷だと!?」
優秀な指揮官であるアンダールはすぐに、何が起こったのかを理解した。そしてすぐさま命令を下す。
「全艦、対潜戦闘配置! 近くに敵の潜水艦がいるぞ!」
もしこの時、性能の良いパッシブソナーを使っている兵士がいたら、その兵士はこんな音が海中に響くのを聴いていたかもしれない。
『キワーミー! キワーミー!』
それは、今より少し前のことだった。
「ん? 艦長、ハイドロフォンにて音源探知!」
ロデニウス海軍第13艦隊に所属するUボートIXC型潜水艦「呂500」は、コードネーム「マックス」を与えられた上でイルネティア島近海で通商破壊と敵戦力減殺の任に就いていたが、魚雷と燃料の補給を行うため、レイフォル沖を南下してパガンダ島へ向かおうとしていた。速度を出すため、危険は承知で浮上と潜航を繰り返しながら航行しており、今は浅深度潜航中である。その艦内で、パッシブソナーを操作していた妖精が叫んだ。
「音源の探知方位は? それと、相手はどんな船っぽい?」
艦長たる“呂500”の質問に、妖精は「少々お待ちください」と言ってもう一度聴き直してから答えた。
「本艦よりの方位320〜350度、まだ遠いです。それと、音源は明確なスクリュー音。聴いた限りでは、4軸推進船と思われます」
「4軸推進ね…」
下顎に右手を当てて考える“呂500”。
4軸推進ということは、発見した目標はかなりの大型艦であることが推測される。商用船であれば、地球の「クイーンメリー号」のような大型客船クラスか、大型のタンカー辺りだろう。あるいは……
「戦艦、もしくは大型の正規空母かなって……?」
敵海軍の主力艦か。
そこへ、妖精が新たな報告を上げる。
「艦長、音源が増えました! でかい音源が1つ以上、その周囲に小さな音源が複数あるようです! 速力は、聴いた限りではおそらく15ノット以上!」
「敵艦隊ですって」
“呂500”は即座に判断した。
15ノットもの速度で走り、なおかつ4軸推進の船を多数の音源が囲んでいるとなると、これはおそらく敵艦隊だ。それも、結構な重要目標であるらしい。
「よーし……面舵50度、針路230度。機関、小速前進。敵艦隊から見て左側に位置しますって。
同時に1番から4番管、魚雷装填! FaT魚雷を使いますって!」
「Jawohl, Herr Kaleun*1!
Ruder, Hart steuerbord*2! Neure Kurs, zwei drei null*3!
Kleinefahrt voraus*4!」
ドイツの港街ハンブルクで“U-511”として建造された“呂500”。そのハンブルクで着任して以来の仲である副長妖精が、ドイツ語で指令を復唱する。
エンジンテレグラフの針が「小速」の位置を差し、ジリリン、ジリリンというベルの音が響く。速度が変更された証である。
「1番から4番管、魚雷装填! FaT魚雷だ、間違えるなよ!」
「あ、5番と6番にも装填しておいて」
「Jawohl, Herr Kaleun. 5番、6番、魚雷装填!」
今「呂500」に残されている魚雷は9本。この前に続いて、ムー大陸沿岸部を単独で航行していた商船(おそらく沿岸航行用の2,000〜2,500トン級)を発見し、それを沈めるのに2本使ったため、残りは9本である。
「軍艦より輸送船を優先して攻撃するよう言われてるけど、今回のこれは例外規定の『敵主力と思われる艦隊を発見した場合』に該当しますって。なので遠慮はないって!」
“呂500”の口元に微笑が浮かぶ。ただし、それは女神を思わせる心優しげな微笑みではない。獲物を前にした
潜航したまま、シュノーケルと潜望鏡を海面に出して機動する「呂500」。ちょうど接近する敵艦隊の左側に展開した時、ソナーマン妖精が新たな報告を上げた。
「音源、さらに近付く。大型目標2以上、小型目標は最低でも5!」
「厳重ですって。大事なものを守ってるのかな、識別はできる?」
「はっ、ええと……聴いた限りでは、大型音源はナガト級らしきもの1、識別不能1です」
「識別不能…新型かな?」
もし新型だとすれば、これは大きな発見だろう。
「…あ、待ってください艦長。大型音源が3に増えました! 新たな目標は、ショウカク級と推定!」
「戦艦、空母合わせて3隻以上…完全に主力艦隊ですって。残った魚雷全部使っても良い、食いでのある獲物だって!」
“呂500”の目がギラギラと光る。
「目標群、推定距離フタマルマル(20,000メートル)!」
「そろそろ潜望鏡でも見えるはず……あ、いたいた!」
“呂500”が覗く潜望鏡の視界には、水平線付近に3筋の黒煙が上がっていた。
「どうですか、艦長?」
「んー、ちょっと待ってね……敵の並びは金剛型戦艦1、識別不能の新型らしき戦艦1。長門型戦艦と空母はまだ見当たりませんって。それと、戦艦の周囲に巡洋艦及び駆逐艦、数は少なくとも6以上。結構な規模の艦隊ですって」
戦艦の主砲は(大砲としては)射程が長いことから、遠距離での弾着観測を正確なものにするため、高い艦橋を持っている。これは逆に言えば、遠距離からでもその姿を見つけやすいということである。そのため“呂500”に見つけられたのだ。
「艦長より航海、前進全速。敵との距離を詰めますって」
「Jawohl, Herr Kaleun!
Volle fahrt voraus*5!」
エンジンテレグラフが、ジリリン、ジリリンと音を立てる。
敵に発見されるリスクを承知で、“呂500”は敵との距離を詰めるよう命じた。これは、彼女が使おうとしている魚雷にその理由がある。
彼女の艦首魚雷発射管に装填されているのは「試製FaT仕様九五式酸素魚雷改」だ。これは、発射後に「グネグネと蛇行する」「左に円を描くように航走する」などの特殊な運動をする魚雷である。元々は輸送船団を攻撃するために開発されたものだ。
“呂500”が持つこの魚雷は、射出後一定の距離を航走し800又は1,600メートルを直線航走した後、半径300メートルの弧を描いて反転、再度直線航走して反転を繰り返すという機動を行う。そのため、“呂500”は敵との距離をできるだけ詰めようとしていた。
「煙は見えるけど…あ、敵空母はっけーん! 確かに翔鶴型ですって。あと、長門型戦艦の艦橋も微妙に見えますって。
敵の陣形は多分、こんな感じだって…敵空母もう1隻いるっぽい?」
「ふむ、では艦長、如何しますか?」
副長妖精の問いに、“呂500”ははっきりと答えた。
「取り舵いっぱい、新針路100度。潜望鏡もシュノーケルも下ろして、深度60まで潜航。ハイドロフォンだけで敵に近づきますって。速度は途中で微速に落としますって。
敵の護衛をすり抜けて敵艦隊の内側に入ったら、一気に深度20まで上昇。潜望鏡で狙いを定めて1番から4番を一斉発射。その後、全速力で敵艦隊の真下を突っ切りますって。突っ切った後は、艦尾の5番・6番から魚雷発射、発射後直ちに深度170まで潜りますって。あとは出たとこ勝負だって」
「Jawohl, Herr Kaleun!」
大胆極まりない作戦である。
モーターを全開でぶん回して大丈夫か、と思う人もいるかもしれないが、“呂500”は今回は大丈夫だと見ていた。敵艦隊のど真ん中に飛び込んでしまえば、相手は迂闊に爆雷を落とせなくなる。同士討ちを招きかねないからだ。また、戦艦や正規空母といった大型艦の機関音は大きい上に、今回は敵の数が多い。上手くやれば、敵艦隊の機関音に紛れてこちらのモーター音をごまかせる。アクティブソナー無しでは、こちらの正確な位置を突き止めるのは困難だろう。
潜望鏡を引っ込めた今、「呂500」は目を閉じて耳だけで周囲の様子を探りながら移動しているようなものである。航海長妖精はソナーマン妖精と連携し、ハイドロフォンに入る敵艦の機関音を頼りに敵との位置関係を探っている。彼女の手腕1つに、艦と全乗員の運命がかかっているのだ。
敵艦隊との距離が13㎞(推定)まで近付いたところで、“呂500”は「機関微速」を命じた。モーターの単調な機関音の音量が低くなり、重苦しい沈黙が「呂500」艦内に満ちる。足音や会話さえも音量を落とし、誰もが極限まで静かに行動していた。
無限にも思える長い時間の後、やがてソナーマン妖精が無声音で「敵艦、本艦直上を通過。敵は駆逐艦と推定」と報告する。反射的に何人かの妖精が、発令所の天井を見上げた。今にも爆雷が降ってこないかとヒヤヒヤしているのである。
だが何事も起こらず、敵艦の推進機音は「呂500」の上を抜けていった。つまり、「呂500」は敵艦隊のど真ん中に突入したのだ。
敵艦隊の中央に入ったと見られてからいくばくかの時間が過ぎた後、「大型推進機音1、本艦前方距離700」の報告を受けて、“呂500”は命令を出した。
「潜望鏡深度まで浮上、潜望鏡上げ! さーて、どうかな…?」
読みが当たっていれば、敵艦との距離はたった6〜700メートル。数字の上では遠いように見えるかもしれないが、実際には目と鼻の先だ。
潜望鏡の丸い視界の色が、青一色から変化していく。潜望鏡が海面上に出たのだ。
そして、その視界一面にドアップで灰色の巨体が映り込んだ。舷側に副砲が並んでおらず、丈高い艦橋も見当たらない。そして平べったいように見える…空母で間違いない。
「どんぴしゃですって! 艦首全門、魚雷発射ぁ!」
「Rohr Eins, Zwei, Drei, Vier! Los!*6」
即座に“呂500”は魚雷発射を命じた。
ドスンという鈍い音と、衝撃。そして、フシュー…と空気が抜けるような音が響いた。そのセットが4回繰り返される。
「Alles ins Wasser*7!」
「潜望鏡降ろせ!
前進全速! 敵艦隊のど真ん中を突っ切りますって!」
「Jawohl, Herr Kaleun!
Volle farht voraus!」
エンジンテレグラフが、ジリリン、ジリリンと音を立てる。
モーター音の急速な高まりが、スロットルの増加を告げる。全長76.8メートル、全幅6.8メートル、排水量たった1,200トン弱の小柄な艦体が海水を押し退け、魚雷の後を追うようにして「呂500」は水中7.3ノットの最大速力でひた走る。そんな中、
「Torpedo treffer*8!」
水測妖精が歓喜の声を上げた。魚雷が命中したのだ。しかも、ストップウォッチで測った時間と照らし合わせると、見事に敵の空母に命中したらしい。
「
副長妖精がドイツ語で、「よし、皆、奴を仕留めたぞ!」と叫ぶ。
「「「
乗員一同、以前に続いてまたも大戦果を上げたことに興奮して叫び始めたが、
「Sei Ruhig*9!」
副長妖精に一喝され、全員揃ってしょんぼりした。
「おふざけはそこまでですって。発射から爆発までにかかった時間から計算して、おそらく空母をやりましたって。敵さんも怒って、本気でかかってきますって」
そして“呂500”は、早くも次のことを考えていた。それを証明するように、
「ハイドロフォンより報告。敵艦隊、機関音乱れています! 回転数低下、ソナーでこちらの位置を探っている模様!
それと、海面で複数の爆発音を確認、誘爆している模様!」
水測妖精が報告してくる。
「敵はパッシブメインで使ってますって。できるだけ音を立てないように!」
そう命じておいて、“呂500”は僅かに舌を突き出し、唇をぺろりと嘗めた。その目がギラギラと光っているところから見て、明らかに餓狼の舌なめずりである。
「さあ、やってやりますって! 1人ウルフパック!」
海上は地獄絵図と化していた。
空母「リュウセイ」は、ロデニウス艦隊を攻撃すべく攻撃隊の発進準備を進めていたが、それがいけなかった。ガソリン庫が開放され、爆弾や魚雷が格納庫内にゴロゴロしているという間の悪い時に、雷撃を受けたのである。
「リュウセイ」に命中した魚雷は2本。最初の魚雷は「リュウセイ」艦体左舷中央部に命中し、それによって航空燃料タンクが引火誘爆。その炎に巻かれて、航空機に搭載中だった爆弾や魚雷、そして航空機に補充されたガソリンが片っ端から誘爆し、あっという間に格納庫は火の海となった。そのついでに、2本目の魚雷が左舷艦尾に命中してスクリュー1つと舵を吹っ飛ばしたため、「リュウセイ」は完全に止めを刺されてしまった。もはや沈没は免れない。
「おのれぇ! おのれぇ!
駆逐艦と軽巡は対潜掃討にあたれ! 残る艦は針路を東に取れ、ムー大陸に近付くのだ! 水深が浅くなれば、潜水艦といえど攻撃できまい!」
すぐ対処法を思いつくあたり、アンダールは有能な指揮官である。
環状陣形(地球式の表現でいう「輪形陣」)を整然と組み、15ノットの速度で航行していたレイフォル防衛艦隊は、突然の「リュウセイ」被雷によって混乱状態に陥っていた。しかし、アンダールからの命令が伝わったため、戦艦や空母といった主力艦は面舵を切ってムー大陸に向かおうとする。その一方、軽巡洋艦や駆逐艦は速度を5ノット程度にまで落とし始めた。各艦備え付けのソナーを使い、敵潜水艦を探すためである。
ただし、グラ・バルカス帝国において「ソナー」というのは、パッシブソナー(水中の音を拾うだけのソナー)を指している。アクティブソナー(水中に自ら音波を放ち、跳ね返ってきた音波を使って目標を見つけるソナー)はまだ開発中なのだ。
各駆逐艦や軽巡洋艦のソナーマンは全神経を耳に集中し、必死で音を聴き取ろうとしている。だが、ただでさえレイフォル防衛艦隊は70隻もの大所帯であり、機関音が入り乱れている。そんな中から、自国のシータス級潜水艦とは比べ物にならないほど静かなUボートの音を聴き分けようというのは、非常に困難な仕事だった。
しかし、そんな駆逐艦の1隻たる、キャニス・ミナー級駆逐艦「アルキバ」にて。
「……!」
ソナーマンが聴き取ったのは、機関音とは全く異なる音だった。
しゃしゃしゃしゃしゃ…
それは、小さなスクリューを持つ高速の物体が、海水をかき分ける音だった。こんな音を発するような物といえば、魚雷しかない。
「水測より艦橋、魚雷航走音探知! 本艦よりの方位260度〜290度、まっすぐ接近してきます!」
ソナーマンは必死に、艦内放送のマイクに叫んだ。魚雷が命中してしまえば、排水量2,000トンぽっちの駆逐艦なんぞ一撃で真っ二つにされかねないからである。
今ごろ艦橋では、主要幹部の面々が真っ青になり、必死で艦を生き残らせようとする艦長の号令一下、操舵手が死に物狂いで舵輪を回していることだろう。
(ん?)
と、ここでソナーマンの耳が異常を捉えた。それまでだんだん大きくなってきていたスクリュー音が、急にだんだん小さくなってきたのだ。
「え? え?」
突然の変化に混乱するソナーマン。慌ててソナーに繋がるハンドルを回し、マイクの向きを変えてみる。すると、魚雷音は艦の後方へと流れていき、音量もどんどん小さくなっていった。
どうやら敵の魚雷は、舵かジャイロが故障したものと見えて、くるりとUターンしてしまったらしい。そのまま「アルキバ」から遠ざかっていく。
「敵魚雷、反転! 本艦より離れていきます!」
報告した直後、ソナーマンは身体に遠心力がかかるのを感じた。「アルキバ」が左に舵を切ったのだ。
(良かった……ん!?)
胸を撫で下ろしかけたその時、ソナーマンの脳裏を嫌な予感が掠めた。
(確か、今の艦隊の配置って…)
艦隊陣形を思い浮かべ、ソナーマンははっとした。
(まずい! 敵の魚雷が「ラス・セレナール」に…!)
しかし気付いた時には遅かった。「アルキバ」の左舷後方にいたヘルクレス級戦艦「ラス・セレナール」の右舷中央に、魚雷…「試製FaT仕様九五式酸素魚雷改」が命中。強烈な一撃を横腹に受けた「ラス・セレナール」では、右舷副砲の弾火薬庫が誘爆し火災が発生した。それだけではなく、右舷側に多量の海水を飲み込んでしまう。
応急チームの必死のダメージコントロールと左舷の注排水装置により、艦の傾斜は立て直した。だが、この一撃で艦が重くなり、「ラス・セレナール」の最高速度は19ノットに低下した。
「空母だけでなく、戦艦までも…! おのれ…!」
当然、アンダールは怒り心頭である。
海上の敵艦隊の動きは、ハイドロフォンを通して“呂500”の方でも把握していた。
(敵主力艦は、25ノット以上にまで増速。同時にムー大陸の方角に変針……これは、もう一撃入れるのは無理ですって。敵さんはなかなかの精鋭……追撃は一旦中止して、様子を見た方が良さそうですって)
ハイドロフォンからの情報で敵の動きを推察するや、“呂500”は追撃中止を即断した。そしてすぐに行動を切り替える。
「敵さんの対応力が良いですって。よってプラン変更ですって!
速度このまま、きゅうそくせんこー! 深度170!」
「Jawohl, Herr Kaleun!」
“呂500”が取った手は「一時退避」である。世の中「三十六計逃げるに如かず」と言うし、それに
そして“呂500”が「深度170」を命じたのには、ちゃんと意味があった。
(敵潜水艦の安全潜航深度はだいたい100〜110メートルだって、釧路さんが言ってたって。そうだとすると、敵の爆雷の爆発深度は最大120メートルくらいになりますって。ならここは、ろーちゃんの安全潜航深度を生かして爆雷を振り切るって!)
かつてマイカルで「
どちらのクラスも、安全潜航深度は100メートル程度である。その潜水艦を標準化しているということは、グラ・バルカス帝国の爆雷は最大深度120メートル程度で起爆する可能性が高い。
ならば、それより深く潜っておけば、爆雷起爆時の水圧は基本的に上へと向かうから、敵艦の爆雷攻撃を躱せるということになる。幸い「呂500」もといUボートIXC型の安全潜航深度は230メートルだ。これを利用すれば良い。
「一旦退いて様子を見ますって。後のことはそれから考えますって」
“呂500”がそう命じたところへ、
「こちらハイドロフォン。本艦後方、上方にて金属の破断音を多数探知。音源さらに近付きます。あと、『船の泣き声』も一緒に聴こえますね」
ソナーに齧り付いている妖精が報告してきた。そして、
「音源は非常に大きな艦艇と推測されます。
音源、本艦よりさらに沈降。深度180……200……圧壊音探知!」
「誘爆音源はどうなってますって?」
「海上に誘爆音源無し」
これらの報告を合わせて、“呂500”は状況を判断した。
「敵空母1隻、撃沈確実ですって」
彼女のその呟きを、爆雷炸裂によるものと見られる遠い爆発音が掻き消した。
「深度170!」
「モーター停止、無音! 総員対爆雷防御!」
その命令が出された頃には、爆雷の炸裂が何度となく繰り返されるようになっていた。
爆雷はもう数えきれないくらい炸裂しているが、全ての炸裂音が“呂500”の頭上の方から伝わってくる。爆雷炸裂の水圧で艦首を押し下げられたりしないところから見ると、どうやら爆雷は「呂500」の潜航深度より遥か上方で炸裂しているようだ。“釧路”の見立ては正しかったのだろう。
(当たらないとは分かっていても、これはなかなかにストレスですって)
“呂500”はそう考えていた。
そのまま敵艦隊の爆雷炸裂音を聴き続けること約2時間。
「いい加減しつこいですって。副長、沈没偽装措置を取って!」
痺れを切らした様子で、“呂500”は命令した。
敵の爆雷攻撃に対する潜水艦側の対応策の1つとして、「沈没偽装」がある。魚雷発射管から救命胴衣や屑鉄を投棄したり、燃料タンクからわざと燃料を少し流したりすることで、爆雷攻撃を受けて沈没したと見せかけるのだ。こちらが音さえ立てなければ、あるいはアクティブソナーで感づかれなければ、敵をごまかせる。
「Jawohl, Herr Kaleun!」
命令は直ちに遂行された。すると、沈没偽装が行われてから数分後、
「……聴こえてこなくなりましたね」
副長妖精の呟き通り、爆雷の炸裂音が次第に減っていき、やがて聴こえなくなった。
「偽装が上手くいったか、それとも爆雷を使い切ったかなって?」
“呂500”はそう考えた。
いくら軍艦といっても、無尽蔵に爆雷を持っている訳ではない。むしろ軍艦1隻あたりの爆雷の搭載数は、そこまで多くない。
例えば、第二次世界大戦当時のアメリカ海軍の駆逐艦の1つ「グリーブス級」では、爆雷の搭載数は1隻あたり22個。陽炎型駆逐艦では1隻あたり最大36個。そう考えると、駆逐艦1隻あたり最大40個程度の爆雷があると考えられる。
当然だが、爆雷を使い切ってしまえば投下できなくなる。対潜攻撃が行われていた時間から考えると、爆雷を使い切っている可能性が考えられた。
「その可能性はありますね、いくら10隻くらいの駆逐艦で寄ってたかっても、2時間も爆雷を投下し続ければ流石に弾切れになるでしょう」
副長妖精がそう言った時、ソナーを操作する水測妖精が報告を上げた。
「こちらハイドロフォン。海上にて機関音の高まりを感知。敵艦隊、エンジン回転数増加中と認む」
「回転数増加?」
副長妖精が怪訝な顔をする。“呂500”も首を傾げた。
機関を回して高速で軍艦を走らせると、その軍艦のパッシブソナーは役に立たなくなる。
つまり、敵は「呂500」に対する作戦行動を中止したらしいのだ。
(敵は爆雷を使い切る等して諦めたか、沈没偽装に引っかかったか、それとも…対潜戦闘を中止せざるを得ない何かが発生したとか…?)
そこへ、ソナーマン妖精が新たな報告を挙げる。
「ハイドロフォンより発令所。敵機関音、遠ざかりつつあり!」
それを聞いた瞬間、“呂500”は決断を下した。
「アップトリム20。潜望鏡深度へ浮上!」
「本気ですか、艦長!?」
副長妖精が目を剥いた。
「これはきっと、敵に何かがありましたって。浮上して確認する必要がありますって」
「ですが艦長、敵の欺瞞という可能性も…!」
「確かにそうですって。でもその時はまた、きゅーそくせんこーするだけですって」
ちょっとした押し問答の末、“呂500”は浮上して状況を確認することに決めた。
手空きの妖精たちが艦尾へと走り、「呂500」は艦首を上向けるとゆっくりと浮上していく。
「敵艦、なおも高速運転中。機関音、次第に遠ざかりつつあり」
浮上中も、水測妖精は常に敵艦隊の様子を探り続ける。そうこうするうちに、
「Derzeitiges tiefer Zwei-null*10!」
報告が上がった。
「潜望鏡上げ!」
命令を出し、“呂500”は床からせり上がってきた円筒形の機械に目を押し当てた。
潜望鏡の丸い視界に映る景色が変化し、海面の様子が見えてくる。ハイドロフォンの針が示す方向に潜望鏡を向けると、敵の駆逐艦の姿が見えた。報告通り、「呂500」に背を向けて遠ざかっていく。
「戻ってくる様子は…なさそうかな?」
“呂500”がそう呟いた瞬間、水測妖精が血相を変えて叫んだ。
「艦長っ! ハイドロフォンに新たな音源あり!
こいつは……艦艇ではない、航空機です! 航空機が複数、急速に接近中! 艦尾方向より接近中と推定!」
「!?」
愕然としたのはほんの一瞬。“呂500”は直ちに命令を下した。
「きゅーそくせんこー、よーい!」
潜水艦にとって駆逐艦や軽巡洋艦は脅威だが、それ以上の脅威、いや天敵と言えるのが、飛行艇やヘリコプターを含む航空戦力だ。艦艇なら魚雷で返り討ちにすることもできるだろうが、航空機相手には手を出せないからである。潜水艦側からは手を出すことができず、逆に航空機側はパッシブソナーの投下によって潜水艦の位置を知り、対潜魚雷や爆弾を落として一方的に攻撃することができる。それ故、潜水艦にとって最も怖いのは航空機なのだ。
一転して慌ただしくなる「呂500」艦内。クルーの妖精たちが急いで艦首に走る。発令所では、機関長妖精が注排水タンクのベントを開いて注水しようとする。
その時、潜望鏡を操作していた“呂500”が「あっ」と叫び、命令を出した。
「艦長より全艦、潜航中止! 潜航中止!」
「どうしたんですか、艦長!?」
「接近中の航空機はレップウとリュウセイ! 味方機ですって!」
「え?」
潜望鏡を降ろす寸前、“呂500”は接近中の航空機との距離を測るため、潜望鏡を回して航空機の姿を確認しようとした。そして、潜望鏡の視界に映った機影は、思わぬものだった。中ほどから上方に折れ曲がった逆ガル翼を持つレシプロ機……それは間違いなく、艦上戦闘機「
さらによく観察すると、航空機の中にはプロペラエンジンを持たない代わりに、主翼の下に巨大な円筒らしきものを2つぶら下げた機体が見える。こんな機体は、グラ・バルカス帝国軍にはない。「
どうやら敵艦隊に対し、友軍の艦隊が航空攻撃を仕掛けているらしい。
「友軍の空襲ですか、これは助かりましたな。
艦長、如何しますか?」
安堵した様子で副長妖精が尋ねる。「潜望鏡降ろせ! ちょっと待って、考えますって」と返事をして、“呂500”は素早く頭を回転させた。
(爆雷攻撃を受けていた時間を考えると、敵の主力艦に今から追いつくのは無理ですって。ならばどうするか。
友軍が空襲をかけてくれるのは確実ですって。しかも、空襲を仕掛けたのは第五航空戦隊。となると、敵艦隊には沈没艦の他に損傷艦が出ますって。そうした損傷艦が向かう場所は……)
そこまで考えて、“呂500”は行動方針を定めた。
「よーし、計画変更ですって。
誤射を防ぐため、航空部隊が通り過ぎた後で浮上! 浮上の後、面舵反転。針路変更、新針路125度。目標地点は……!」
「Jawohl, Herr Kaleun!」
妖精たちが動き出すのを監督しつつ、ニヤリと笑う“呂500”。
「Uボートが餓狼と呼ばれた理由は、3つありますって。1つめ、狼の群れのように複数隻が連携しながら行動すること。2つめ、飢えた狼のように容赦無く襲いかかること。そして3つめに……すさまじく諦めが悪いことですって。
さあ、グ帝の皆さん、たっぷり教えてあげますって。海の餓狼の恐ろしさを……!」
実はこういうことが起きていた。
“呂500”が撃った魚雷により、戦艦「ラス・セレナール」では火災が発生し、また空母「リュウセイ」は沈没してしまったものの、海面では沈没時に噴き出た重油による火災が続いており、多量の黒煙が上がっていた。また、レイフォル防衛艦隊は対潜戦闘を行なっており、駆逐艦や軽巡洋艦が爆雷を投下して「呂500」を叩こうとしていた。その黒煙と爆雷による白い水柱を、ロデニウス海軍第13艦隊・第27任務部隊の索敵機「
索敵機からの報告を受け、第27任務部隊を率いる
「時間的に、今日中の航空攻撃のチャンスはこの1回しかない。直掩機を除いて、出せる機体は全て出せ!
翔鶴の雷撃隊は敵の空母を狙え、絶対に生かすな。
噴式機と艦爆は護衛艦艇を攻撃せよ、ただし無理に撃沈する必要はない。無力化で良いから、健在な護衛の数を減らせ」
堺のその命令と共に、第27任務部隊の中核をなす第五航空戦隊の「翔鶴」「瑞鶴」が転舵し、風上に向かって突進する。直ちに艦載機の発艦が始まり、
航空隊の発進が完了し、美しい密集隊形を組んだ航空機たちが空の彼方へと飛んでいったのを確認した直後、堺が指示を出す。
「ラダメス1よりラダメス全艦へ発光信号、『面舵転針。艦隊針路70度。反転終了後、最大戦速へ加速せよ』。敵艦隊との距離を詰める!」
発艦作業のために艦隊針路が少しずれていたのを、修正しようとしたのである。
その指示を聞いて、第27任務部隊旗艦「
「相棒よ、その速度だと、早ければ夜中に接敵するのではないか?」
「ああ。早ければ会敵は日付が変わる頃になる」
「ということは…」
「そう。我が海軍のお家芸を見せる時だ」
“武蔵”に頷き、堺は通信長妖精に追加の発光信号を送らせた。
『合戦準備。夜戦に備え』
その命令を受けて、第27任務部隊を構成する軽巡洋艦の1隻では、歓声が上がった。
「やったぁぁ! 待ちに待った夜戦だぁぁぁぁぁ!!」
…そう、歓声を上げたのは"
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃、イルネティア島北西100㎞沖。
グラ・バルカス帝国海軍本国艦隊・中央第2艦隊派遣部隊は、イルネティア島を目指して航行していた。だがその脚は遅い。まあ、損傷した艦を抱えているから無理もないが。
艦隊の陣容は、オリオン級戦艦「リゲルII」「マジャール」、巡洋艦3隻、駆逐艦2隻。このうち戦艦「マジャール」と巡洋艦1隻が損傷したため、艦隊速力は15ノットが限界である。また、巡洋艦1隻は被害が大きいため、駆逐艦2隻を護衛に付けてアストラル大陸へ送り返した。そのためこの数になっている。
「おのれロデニウス軍め! 思い知らせてやる…我が軍は、簡単にはやられぬぞ!」
戦艦「リゲルII」艦橋で、部隊司令オーガスタス・アケイル少将は怒気も顕に言葉を吐き出す。
だが、アケイルは怒ってはいても、判断力までは失っていなかった。ロデニウス艦隊は必ずイルネティア島のすぐ近くにいると睨み、それを迎え撃つべく艦隊をここまで移動させたのである。戦略眼は健在だった。
「敵は輸送船団を伴っているでしょうか?」
参謀長がアケイルに尋ねた。
「パガンダ島にはロデニウス軍が上陸した、と聞いている。イルネティア島にも陸軍兵力を上陸させてくる可能性はある。それに、ロデニウス軍がやらずとも、ムーやら何やらが動かないとも限らん」
「確かに、仰る通りでございます」
参謀長は納得した。
「ロデニウスだろうと何だろうと、来るなら来い! 我が帝国の意地を見せてや…」
ダァァァァァァン!!
アケイルが言葉を
「何事かっ!?」
アケイルが叫ぶと同時に、見張員から報告が入る。
『く、駆逐艦「アクラブ」爆発!』
「アクラブ」はスコルピウス級駆逐艦(
その直後、「アクラブ」の隣にいたキャニス・メジャー級(5,500トン級に酷似)軽巡洋艦「デネブ」もいきなり大爆発を起こした。両艦は一瞬で艦体を真っ二つにへし折り、あっという間もなく沈んでしまう。
『駆逐艦「アクラブ」、巡洋艦「デネブ」轟沈!』
「な…何ぃ!?」
いったい何が起きているのか、全く理解できないアケイル。
『重巡「アルキオネ」爆発轟沈! 何だあれは!?
海面スレスレに、ロケットのようなものが複数向かってくる! …なっ、向きを変えた!? ロケットのようなもの、戦艦「マジャール」に向かう!』
「は!? ロケットが向きを変えるだと!?
そんな馬鹿げたことがあるか!」
グラ・バルカス帝国にも、ロケット兵器というものはある。しかし、砲撃よりも格段に命中率が低いため、「使えない兵器」との烙印を押され、帝国では省みられていなかった。
アケイルと参謀長、それに「リゲルII」艦長フレデリック・イライガ大佐以下の面々は、示し合わせたように一斉に窓の外を見る。その視界に、ナイフを思わせる小さな飛行物体が見えた。
「あれは!?」
驚いている間に、その飛行物体は大きく空中へと跳ね上がり、そのまま逆落としに「マジャール」に命中した。その瞬間、「マジャール」の第2砲塔から凄まじい大爆発が起こり、黒煙によって艦の姿が見えなくなってしまう。
『戦艦「マジャール」被弾!』
「あれは敵の攻撃か! いったいどうやって…!?」
アケイルの疑問に答えが出る前に、
「本艦に向かってくるぞ!」
見張員の絶叫が重なった。
「ロケットが向きを変えるなど…い、いったい何が起きているのだぁぁぁぁぁ!!?」
アケイルのその叫びに、答えられる者はいなかった。そして答えを出す時間もなかった。
次の瞬間、飛んできたロケットのようなものが「リゲルII」艦橋を直撃し、アケイル以下総員は猛烈な炎に包まれてこの世を去った。そして戦艦「リゲルII」もまた、2発目のロケットのようなもので第3砲塔を真上から直撃され、弾火薬庫が爆発して轟沈してしまった。
こうして中央第2艦隊派遣部隊は何が起きたかも全く分からないまま、イルネティア島沖で全滅した。
一方、イルネティア島の北西沖30㎞の海域には、1隻の巨大な戦艦が駆逐艦1隻を伴って布陣していた。駆逐艦は、グラ・バルカス帝国のそれに酷似した外見をしているため、一見すると帝国軍の船と間違えられるだろう。だが、その船が掲げている旗は、16条の光線を放つ赤い太陽を描いた白い旗…
「
巨大戦艦のとある一室に、報告が上がる。
「了解したわ」
部屋の中央に座っていた金髪の女性が、単簡な返事と共にそれを受け取った。
「それにしても運がなかったわね、あの
その女性、戦艦娘“Iowa”は呟く。
「よりによって、このアイオワが相手とはね…」
そう、中央第2艦隊派遣部隊を撃滅したのは、ロデニウス海軍第13艦隊の戦艦「アイオワ」だった。搭載されていた艦対艦ミサイル「ハープーン」8発を撃ち込み、7隻のグラ・バルカス帝国艦を瞬く間に葬り去ったのである。
「Admiralに、『敵艦隊の殲滅を完了』って送っておいて」
「Aye, aye, Ma'am!」
通信長妖精に指示を出すと、“Iowa”は気合を入れ直した。
「さて、仕事はまだ終わらないわ。Muの船団がじきに来るはずだから、その援護をするわよ。ユキカゼ、ついてきなさい!」
『はいっ! 艦隊をお守りします!』
無線からは、“雪風”のいい返事が聞こえてきた。
戦艦「アイオワ」と駆逐艦「雪風」は北東に針路を取り、ムー艦隊との合流を目指す。
その頃、イルネティア島南側の海域では、大小合わせて5隻の軍艦が待機していた。ロデニウス海軍・第26任務部隊から派遣された、軽巡洋艦「
「提督からは何か命令はあった?」
「いえ、今のところ新たな指示はありません」
軽巡洋艦「阿武隈」の艦橋では、艦長たる“阿武隈”が通信長妖精から報告を聞いていた。
「了解。指示無しってことは、まだ待機かぁ…」
「ユーラヌス作戦」の計画に基づき、“阿武隈”たち5人はある任務のために部隊を離れてここまで来ていたのだ。提督から指示が来ていないため、現在はまだ待機状態である。
と、その時、
「駆逐艦『雷』から入電! 艦長を呼び出しています!」
「え、あたし?」
通信長妖精から新たな報告を受け、何事かと訝しみながら“阿武隈”は無線機を受け取った。
「こちら阿武隈、雷ちゃんどうしたの?」
『こちら雷、なんか泳いでる人が2人いるわ! 救助したいんですけど、良い?』
「阿武隈了解、許可するね。グラ・バルカス帝国人であっても丁重に扱うように!」
『この雷様が、助けた人にひどいことする訳ないじゃない! じゃ、救助にかかるね!』
史実の第二次世界大戦では、駆逐艦「雷」はスラバヤ沖海戦でイギリス艦隊と戦った後に、撃沈されたイギリス軍艦の乗員を多数救助して丁重にもてなしている。「ただ強いだけじゃ、駄目だと思うの。ねっ、司令官!」とは“雷”本人談。……この台詞をそのままグラ・バルカス帝国艦の乗員たちに叩きつけてやりたいと思うのは、うp主だけだろうか。
しばらくの後、再び“雷”から通信が入る。
『こちら雷、2人とも救助したわ! そしたらなんと、2人ともグラーフさんの妖精さんだったわよ!』
第六駆逐隊の面々が、通信に割り込んでくる。
『はわわわ、撃墜されちゃったっていう魔王さんなのです!?』と“電”。
『良かったじゃない!』と“暁”。
『
どうやら撃墜された味方機から脱出した搭乗員妖精だったようだ。
こうしてシュトゥーカ乗りの魔王とその相棒は、20㎞ほどの遠泳の後に味方に救助されたのだった。
一方、“Iowa”と“雪風”が合流を目指しているムー艦隊はというと、駆逐艦「雷」が魔王大佐とその相棒を救助していたちょうどその頃、イルネティア島からの方位35度、距離400
艦隊は、前衛部隊と輸送部隊の2つに分かれている。前衛部隊は戦艦1、空母1、巡洋艦8、駆逐艦2で構成され、その後方に続く輸送部隊は、38隻もの輸送船を戦艦2、空母4、巡洋艦12、駆逐艦8、護衛駆逐艦4で護衛していた。
艦隊の総司令官はレイダー・アクセル少将。ムー海軍唯一の機動部隊の司令官にして、先の第一次バルチスタ沖大海戦ではムー艦隊を率いて戦った指揮官である。
「何とか、ここまでは比較的楽に来られたな……」
多数の輸送船を遠目に眺めつつ、彼はひとりごちる。
今回レイダーが座乗したのは、ラ・カサミ級戦艦の1隻「ラ・サヒア」だ。姉妹艦「ラ・ツセ」と共に、輸送部隊の護衛を務めている。
「ええ。ここまででの被害は輸送船2隻のみ、しかも襲ってきた敵の潜水艦は我が駆逐艦が撃沈して、仇を討ってくれました。我々も少しは戦えるようになった、と見るべきでしょう」
参謀長シギント・サーマン准将が、レイダーの独り言に同意した。
出港した時は40隻いた輸送船であるが、途中でグラ・バルカス帝国の潜水艦の襲撃を受け、1隻が沈没、1隻は被害が大きかったため軽巡洋艦2隻を護衛につけて引き返した。このため38隻に減っている。できればこれ以上は減らしたくなかった。
「うむ。だがそれはあくまで敵の潜水艦に対して、だ。奴らの空母や戦艦といった主力艦隊に対抗する力は、我々にはない。情けない話だが、そうした敵主力艦隊に対しては、まだロデニウス軍に頼る状態だ。一刻も早く、我々も力をつけなければ…」
「仰る通りです。ですが、焦っても仕方ありません。今は、目の前の『ユーラヌス作戦』に集中しましょう」
ムー統括軍がこの作戦…ムー大陸西部沿岸部の制海権を取り返し、同時にパガンダ・イルネティア両島を解放してグラ・バルカス帝国の補給線を断ち切る「ユーラヌス作戦」に参加したのには、いくつか理由がある。
1つめは、ムー大陸及び第二文明圏の主として、また世界の上位列強国として
2つめは、新兵器の実戦テスト。ムー統括軍は今回の作戦に、新兵器をいくつか持ち込んでいる。それを使ってみることで、その実用性や性能を確かめる実戦テストを行うのだ。
3つめは、イルネティア側との約束である。およそ2年半前、ムー国はイルネティア王国(当時のイルネティア島はイルティス王権政府が統治する独立国だった)から、軍事支援を要請されたことがある。これに対してムー側は援軍の派遣を約束したのだが、その準備中にイルネティア王国はグラ・バルカス帝国に滅ぼされた。その時のことを引け目に感じていたのである。また、その件とは別に、ムー国はロデニウス海軍第13艦隊の出撃に先立って、イルネティア王家の生き残りであるエイテス王子から、軍の派遣によるイルネティア解放を依頼されていた。それに応える目的もあったのだ。
「そういえば司令、今回の作戦にはあの戦艦も新型空母も参加していますが…そちらに移乗なさらなくて良かったのですか? 特に新鋭戦艦『ラ・コンゴ』は、その高い艦橋と増加した艦橋容積ゆえに、優れた艦隊指揮能力を有するようですが」
サーマン参謀長の質問に、レイダーは首を横に振った。
「欲を言えば『ラ・コンゴ』で指揮を執ってみたかった気持ちはある。だが、あの戦艦は今の我が軍では貴重な、グラ・バルカス帝国の戦艦と正面から殴り合える艦だ。迂闊に司令部を載せてしまうと、十分な能力を引き出せないだろう。
それに、俺はラ・カサミ級で指揮を執る方が慣れている」
「なるほど、そういうことでしたら納得です」
実はこのムー艦隊、前衛部隊に最新鋭の艦が集められている。例えば、前衛部隊の戦艦は金剛型戦艦のムー生産版「ラ・コンゴ級戦艦」だし、空母は「ラ・ラツカ級」…ムー生産版
一方で、輸送部隊の方に配備された護衛駆逐艦は、ラ・シキベ級軽巡洋艦を改修して主砲の交換や爆雷投下軌条・ソナーの新設を行なった代物だ。船団護衛を意識して作られた、ムー初の護衛駆逐艦である。
「あと、『ラ・コンゴ』の艦長はまだ若い。俺のような将官が間近にいては、過分に緊張して十分な指揮能力を発揮できん可能性がある。ああいう有能な若手には、ある程度自由にやらせる方が良い」
「確かに…彼にも頑張ってもらいたいものですな」
上官の期待を寄せられた「ラ・コンゴ」の艦長とは、ラッサン・デヴリン大佐のことである。30代という若さでムー海軍最年少の戦艦の艦長となった彼はこの時、緊張した様子で艦の指揮を執っていた。
イルネティア解放を目指し、ムー艦隊は動く。
◆◇◆◇◆◇◆◇
しばらく時計の針が進んで、16時13分、処はイルネティア島南西沖。
ロデニウス海軍第13艦隊・第27任務部隊は、艦載機の収容を急いでいた。イルネティア島南方沖で発見されたグラ・バルカス帝国艦隊に対し、航空攻撃を実施したのだが、その攻撃隊が帰ってきたのだ。
「相棒よ、攻撃隊は良い仕事をしたようだな」
攻撃隊からの電文をまとめた報告書を片手に、“武蔵”が嬉しそうに言う。
「ああ。残っていた敵空母をきっちり仕留めてくれたし、戦艦も1隻撃沈確実。それと護衛にも結構な被害を与えたようだ。期待以上の仕事ぶりだよ」
堺も満足そうに頷いた。
攻撃隊からの報告電では、「敵翔鶴型空母1隻、長門型戦艦1隻撃沈確実。その他巡洋艦4隻、駆逐艦10隻を撃沈破せり」となっている。70隻もの規模の敵艦隊に対して少々少ないように思えるかもしれないが、正規空母2隻分約150機の攻撃隊でこの戦果なら十分だ。
「これで夜戦が少し楽になる」
「うむ…夜戦か。腕が鳴るな」
腕組みをしたまま、“武蔵”がぶるっと全身を震わせる。明らかに武者震いだ。
「俺たちにとってはお家芸だからな。特に川内なんかは、テンションがえらいことになってると思うぜ」
「容易に想像できるな」
無線封鎖しているため堺と“武蔵”は把握していないが、2人の想像通り“川内”のテンションは完全に振り切れてしまっていた。
「グラ・バルカス帝国の海軍力は未だ強大なものがある。それは間違いない。
だが、これまでの戦闘で奴らの数は確実に減ってきている。今ムー大陸西部に残っているのは、レイフォリアにいた艦隊…ちょうど今から我々が叩こうとしている艦隊の他は、地方駐留部隊らしい小規模の艦隊がぽつぽつといるだけだ。ここでそれらを撃滅し、ムー大陸西部沖とイルネティア島の制空権・制海権を奪回する。それによって奴らの本土とムー大陸の補給連絡線を断ち、ムー大陸解放の第一歩とする…か。まだ先は長いな……」
“武蔵”が嘆息する。
「間違いない。おそらくだが、グラ・バルカス帝国は頑強に抵抗してくると思われる。何せ全世界を征服するとか本気で言い出すような連中だからな。それをどうにかするのが、俺たちの仕事だ」
静かな、しかし決意を秘めた固い口調で、堺は言い切った。
「すまんが、今のうちに俺は少し休んでくるとするよ。ここ、頼めるか?」
「任せろ相棒よ。決戦の前に、身体を休めてこい。このところ働き詰めなのだからな」
「そうするよ…」
提督席から立って背伸びをし、堺は艦橋を出て行った。
まあ実際、“武蔵”の言は
こうして長官私室へと下がった堺だが、しかしすぐには寝られなかった。まだ明るい時間帯であることもあるのだが、昼間の航空戦の影響でノルアドレナリンがどばどば分泌されており、そのせいで覚醒度が高いのである。
ベッドに寝転んで天井を見上げたまま、戦場の地図を脳裏に描く堺。その地図は2枚ある。片方は、パガンダ島とイルネティア島を含むムー大陸西部沿岸部。そしてもう片方は…
(あいつら、大丈夫だろうか…?)
ロデニウス大陸周辺である。
“武蔵”を含め、ムー派遣部隊の面々には一切伝えていないのだが、実は堺の元にはタウイタウイ泊地からある情報が届けられていた。その内容が内容だけに、堺も艦娘たちに容易に伝えられなかったのである。
(今頃あいつらも戦闘中か……。ロデニウス本土には第2・3・4艦隊が残っているし、最新鋭のジェット機を配備した本土防空隊もいるとはいえ、どこまで戦えるか……。
心配はあるが、タウイタウイ泊地を発つ時に泊地司令部と第13艦隊の指揮権限を全て、“
堺が寝付くには、もうしばし時間が必要そうだった。
今回は海戦ばかりでした。まだ制海権獲り切れてないからね、しょうがないね。
サイレントハンターっぷりを遺憾なく発揮するろーちゃん、必殺のミサイルで敵を瞬殺するアイオワ、「人命救助といえばこの子」こと雷ちゃんに救助される魔王とその相方、文章にはならずとも大戦果を挙げてる五航戦の二人。さらにはこれまであまりスポットが当たってこなかったムー艦隊の登場。イルネティア島周辺の海はまだ時化(ただし鉄と火薬の暴風による時化である)が続きそうです。
今回登場した次回以降の伏線は、ろーちゃんと堺ですね。
未だ「殺る気」まんまんのろーちゃんは、いったいどこへ向かおうとしているのか。
何気に苦労している堺…潰れない程度に頑張ってもらうしかないのが辛いところ。
いつの間にやらUA92万突破、総合評価10,600ポイント突破してる…更新が遅れており、本当に申し訳ございません。そして皆様のご愛顧に、心より御礼申し上げます。
評価8をくださいましたfar777様
評価9をくださいました酒屋のパンダ様
評価10をくださいましたShin Taxy様、イーグル様、弥生味噌様、ソロモンの狼様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
空襲と潜水艦の襲撃で大きな被害を受けたグラ・バルカス海軍・レイフォル防衛艦隊は、艦隊を再編成して再度イルネティア島へ向かおうとする。それに対し、ロデニウス海軍・第27任務部隊は水上戦力による夜襲を仕掛けるのだった。イルネティア島の海をめぐる攻防戦、勝利の女神はどちらに微笑むのか。
次回「イルネティア解放戦(4)」