鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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イルネティア解放戦、まだまだ続きますよ!
そして今回は、書籍版原作でちらっと出てきて以来音沙汰無しのネームド2名(正確には1人と1頭)が出てきます!



165. イルネティア解放戦(9)

 中央暦1643年6月29日 午前10時、グラ・バルカス帝国領レイフォル州 州都レイフォリア。

 雨季の明けが近いことを主張するつもりか、本日の天気は雲量7程度の晴れ。雲の切れ目から陽光が差し込み、レイフォリアの街並みを明るく照らしている。

 しかしその天気とは裏腹に、統合基地ラルス・フィルマイナに置かれたムー大陸侵攻軍司令部は、雨季の(どん)(てん)を思わせる重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「だ、第42地方隊が……」

 

 ムー大陸侵攻軍司令官アルダ・グランギル大将は、唇を震わせてそれだけを言った。

 

「は、レイフォル州北部のイオ軍港からの報告では、現在に至るも第42地方隊のどの艦艇とも連絡が取れない、とのことです…。帰還予定日時も過ぎており、可能性としては……」

 

 そう報告するムー大陸侵攻軍司令部付の海軍武官アルゼン・ローリー中将も、顔色が死人のように真っ青だ。

 アルゼンは報告の最後の部分を言い淀んだが、その内容は容易に推測できた。全滅…それも文字通りの意味での全滅であろう。

 グラ・バルカス帝国にとって、これは非常にまずい事態だった。ムー大陸に展開する艦隊戦力で、積極的に外洋に出て作戦行動を取れる部隊が、ゼロになってしまったのだ。まだレイフォリアには第41地方隊とレイフォル防衛艦隊が残っているが、第41地方隊はレイフォリア防衛を主任務とし、レイフォル防衛艦隊に至っては主力艦を全て失って弱体化している。

 もはやムー大陸西岸の制海権は無いに等しい。

 

「ほ、本土に出した救援要請はどうなりましたでしょうか……?」

 

 そう尋ねたアルゼンに、アルダは青い顔のまま答えた。

 

「現在、中央第2艦隊の本隊60隻がアストラル大陸に向かっているそうだ。それに1個潜水戦隊を合わせて援軍として送る、とのことだ。それ以外の援軍については検討中らしい」

「承知しました。しかし……敵もパガンダとイルネティアに分散しているだろうとは思いますが、60隻程度でどうにかできるでしょうか……」

 

 アルゼンのこのコメントも無理はない。何せ相手が相手である。

 中央第2艦隊は、練度は確かに高いが実戦経験には乏しい。相手が東部方面艦隊を破った強敵であることを考えれば、果たしてどこまで通用するか不安な部分がある。

 

「信じるしかあるまい」

 

 アルダがそう言った時、いきなりノックも無しに司令部の扉がバタン! と開かれ、通信兵が血相を変えて飛び込んできた。何事か、と怒鳴られる前に、通信兵は叫ぶようにして報告する。

 

「パガンダ島・第33師団司令部より受信! 『兵糧弾薬底を尽き、もはや抵抗は不可能。この上は最後の一兵に至るまで奮戦し、以て帝王陛下に忠誠を示さん。帝王陛下万歳、帝国に(さかえ)あれ』……以上です!」

 

 それを聞いた瞬間、アルダとアルゼン…いや、司令部にいた全ての幹部の顔が、血色を欠いて真っ白になった。

 今パガンダ島から届いた通信は、考えるまでもなく守備隊の最期を伝えるものだ。それはつまり、パガンダ島が陥落したことを意味するものである。

 これは、戦況の変化をはっきりと示すニュースだった。パガンダ島が陥ちたことで、同島の近海にいるロデニウス艦隊は、新たな作戦行動を起こすだろう。そしてどこへ向かうかとなると、1つしか考えられない。イルネティア島だ。

 

「イルネティア島の守備隊司令部に連絡を取れ! 徹底抗戦を命じるんだ!

それと、本国に救援艦隊を急がせるよう伝えろ!」

 

 血走った目で、アルダは命令を下した。

 

 その少し後、イルネティア島のバッケス基地司令部と連絡を取ったラルス・フィルマイナ基地の通信兵は、次のような無線を受けて愕然とした。

 

『現地民の大規模反乱とロデニウス軍の攻撃により、戦勢我に利あらず。至急来援()う』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 さてその頃、所変わってイルネティア島。

 島の南部にある経済都市ドイバ(実質的に跡地と化している)に拠点を置いたロデニウス軍第3海兵師団は、グラ・バルカス帝国陸軍第9師団主力を壊走させたのをきっかけに、(かん)(まん)にだがその勢力圏を押し広げつつある。島の東部にある旧王都キルクルス方面に1個部隊を配置し、そちらから向かってくる敵部隊を(けん)(せい)しながら、本隊は島中央部にある飛行場…グラ・バルカス帝国呼称「バッケス基地」を目指していた。

 しかし、その足取りは()()としている。それもまあ当然であった。何せ彼らは本職の陸軍軍人ではないから、確保した地域の防衛に(しん)(ちょう)を期していたのだ。旧イルネティア王国の一般住民がいることも、その傾向を助長していた。

 これに対して、グラ・バルカス帝国軍は何もしなかった。いや、正確には何もできなかった。

 第9師団が壊滅した現状、イルネティア島に残されたグラ・バルカス帝国陸軍の部隊は第10・第11師団の2個部隊と、植民地警備軍約1,000名しかいない。だが第10師団はキルクルス及びバッケス基地の防衛に、第11師団は総予備として置いておかなければならないため、動かせる兵力がないのだ。

 植民地警備部隊はというと、この部隊は現地人の反乱の鎮圧を含む植民地の治安維持を目的としているため、正面切って正規軍とぶつかるのは不可能である。そして今や、植民地警備部隊はその職務すら満足に遂行できなくなっていた。

 どうしたのかというと、イルネティア島内各地で現地人…旧イルネティア王国民の反乱が多発していたのだ。

 もともとグラ・バルカス帝国の支配が強権的で、今は亡きパーパルディア皇国同様の恐怖政治を敷いていたせいもあり、イルネティア現地住民の対グ帝感情は最悪だった。それでも彼らはグラ・バルカス帝国の軍事力を恐れ、支配に従うより他になかった。

 ところが今、そのグラ・バルカス帝国軍が負け続けている。特に顕著なのが空の戦いで、今やグラ・バルカス帝国のマークを付けた航空機がイルネティアの空を飛ぶことはない。さらに陸でも、航空爆撃によってグラ・バルカス帝国陸軍の駐屯地が叩かれるなど、目に見える形でグラ・バルカス帝国が負けていた。

 そして、情勢が決定的になったのは先日のことだった。グラ・バルカス帝国に連行され、収容所に入れられていた人々が、見慣れない自動車に乗せられて、あるいは徒歩で、戻ってきたのだ。その人々は口々に語った。「島の南の海に、見たことのない多数の鉄船がいて、そこから出てきた多数の兵がグラ・バルカス帝国軍を倒し、収容所から解放してくれた」と。

 また、見慣れない自動車を操作していた軍人と思しきくすんだ緑色の服を着た人々は、こう話した。「我々は、遠い東からやってきたロデニウス連合王国軍だ。ムー国との軍事同盟に基づき、グラ・バルカス帝国を倒すためにここに来た。イルネティア王国を救うため、ムー国も今軍隊をこちらに向かわせている。どうか力を貸して欲しい」と。

 話を聞いてみると、「力を貸す」と言っても大したことはしなくて良いようだ。単純に、街の地理や状況を教えたりするくらいで良い、とのことである。

 

 しかしイルネティアの住民たちは、自分たちの努力を「情報収集程度」で終わらせることを良しとしなかった。ロデニウス軍第3海兵師団が予想していた以上に、彼らは積極的な行動に出た。軍需工場や農場でのサボタージュに始まり、デモ行進、流言、ストライキ、暴動、放火と何でもあり。しまいには、かつてイルネティア王宮お抱えの花火師だった者が、グラ・バルカス帝国軍の詰所に投石器で花火玉を投げ込んで炸裂させるテロ行為を働いた。

 当然だがグラ・バルカス帝国側も黙っておらず、植民地警備部隊は装甲車や戦車まで投入してこうした反乱を鎮圧しにかかった。しかし、イルネティアの住民たちはそれに敢然と抵抗し、またグラ・バルカス帝国による弾圧は(かえ)って反乱者たちの結束を固める結果を招いた。特に旧王都キルクルスのような都市部では、複数の反乱組織が繋がりあった「反乱同盟軍」とでもいうべき組織が、ただの民家や(はい)(きょ)、下水道まで使って拠点を構築しており、弾圧を強める植民地警備部隊との間で内戦同然の事態を引き起こしていた。他にも、反帝国ゲリラと化した反乱組織軍がグラ・バルカス帝国軍の輸送・補給部隊を襲撃するなど、命の危険も(かえり)みない積極的な行動を起こしている。

 その結果、イルネティア島におけるグラ・バルカス帝国軍の後背は非常に不安定なものとなり、帝国軍の将兵はさらに追い詰められることとなる。

 

 さらに、こうした反乱組織のうちいくつかはロデニウス第3海兵師団から無線機や武器の提供を受けて、相互支援体制を作り上げてしまった。地の利を得ている反乱組織側がグラ・バルカス帝国軍の居場所とおおよその規模、動静を通報し、それを元に第3海兵師団が正面から攻撃するか、または第13艦隊に航空支援を要請して間接的に叩く、というシステムができあがったのである。

 この頃になると、制空権をあまり気にしなくても良くなった第13艦隊・第28任務部隊(TF28)は、昼夜問わぬ積極的な対地攻撃を行うようになっていた。「三号爆弾」こと対地対空クラスター爆弾や「三一式光電管爆弾改」、そして零戦などに搭載できるロケット弾の配備も、それに拍車をかけた。

 

「1、2、3、1、2、3、1、2、3、……」

 

 イルネティア島中南部のとある小さな村。この村は島の中部へ向かう際にちょっとした拠点として利用できることから、ロデニウス軍第3海兵師団が力尽くでグラ・バルカス帝国軍を撃破し、解放した。このため、今はこの村が最前線拠点となっている。

 そんな事情もあり、村民たちが自衛のために何か武器を提供して欲しいとロデニウス軍に要望を出したのだ。これに応えて、ロデニウス軍第3海兵師団は比較的容易に扱える武器として、自軍で制式採用している拳銃「ワルサーP38」の供与及び訓練、そして陣地構築法やゲリラ戦の方法などを教えることにしたのである。

 ロデニウス軍の海兵の掛け声に合わせて、村民たちのうち何人かが「ワルサーP38」を構え、早撃ちの練習をしている。「1」で構えて狙いを付け、「2」で引き金を引き、「3」で(はい)(きょう)しながら(げき)(てつ)を起こす。この繰り返しだ。(もっと)も今は弾を込めていないため、引き金を引いてもカチッと音がするだけである。

 なお、健康かつ丈夫な男性に対しては、拳銃に加えて短機関銃「MP40」の貸与と訓練も行われていた。フルオートで連射できる銃に、イルネティアの男性陣は揃って目を()いたそうな。

 

 さらに、村に1軒しかない食堂では、

 

「どうだ? 新しい”カクテル”のブレンドには慣れたか?」

「まあまあってところです。しかしこれ、便利ですねぇ。手軽に作れるのにこれほど強力とは…」

 

 食堂を経営する夫婦が、ロデニウス軍の兵士の指導の元で何かの液体を瓶詰めにしていた。作っているのは、”世界一物騒な酒”と言い切れる代物…カクテルはカクテルでも「モロトフ・カクテル」である。そう、火炎瓶だった。

 

 必死に拳銃の早撃ち訓練を続ける村民たち。その彼らの頭上を、金属質の甲高い音を放つ物体が複数飛び越え、グラ・バルカス帝国の支配領域に向かって飛んでいった。

 

 同じ頃、グラ・バルカス帝国陸軍 第9師団残存部隊。

 師団主力は壊滅してしまったが、兵力自体は未だ多数を残している第9師団は、残存兵力を結集しロデニウス軍の迎撃を企図していた。そして、なんとか前線までは進出したのだが…そこからが地獄だった。

 

「く、来るぞ!」

「早く隠れろ! 最悪はその場に伏せろ!」

 

 悲鳴のような報告と怒号が飛び交う。それを塗り潰すように、金属質の高音を伴った重低音が響き渡る。

 空を見上げれば、そこには()(ぎょう)の機体の姿が見えた。プロペラがなく、代わりに主翼下に円筒形の機構をぶら下げており、獲物を見出した(もう)(きん)のように一直線に突っ込んでくる。主翼が奏でる空気を切り裂く金属音は、迫り来るギロチンの刃そのものだ。

 慌てふためいて走るグラ・バルカス帝国軍の兵士や車輌。それに構うことなく、飛来してきた異形の航空機…「(ふん)(しき)(けい)(うん)(かい)」は、腹に抱えていた爆弾を投下した。投下されたそれは空中で分裂し、数百を超える小さな破片となって地上に降り注いだ。

 一瞬後、大量のかんしゃく玉をまとめて炸裂させたような音が響き、辺り一帯が煙に包まれる。投下された三号爆弾の一種「二式二五番三号爆弾二型」が炸裂し、1,086発に達する子弾が落下したのだ。

 さらに、後続する「噴式景雲改」が同種の爆弾を次々と投下し、その度に一帯に百雷のごとき轟音が響く。10機による爆撃が終わった時には、辺りの地表は黒く焼け焦げ、生きている者は誰もいなかった。巻き込まれた装甲車も炎の塊となっている。

 爆弾を投下した「噴式景雲改」は、一度戦場の空を離れた後に反転して戻ってきた。その機首に搭載された2丁の12.7㎜機銃が火を噴き、(えい)(こう)(だん)が流星雨のように降り注ぐ。

 地表に線状に土煙が噴き上がり、それに重なったグラ・バルカス帝国兵が悲鳴もあげずに大地に倒れ伏す。中には四肢の一部が完全に消滅したり、腹部に開けられた風穴からおびだたしい量の血を流して虫の息になっている兵もいた。

 太く赤い()(ぶすま)が装甲車に突き刺さるや、装甲車のエンジンが爆発して火柱を噴き上げ、炎を背負った兵が転がり出てくる。2号軽戦車シェイファーIIも無数の(だん)(こん)穿(うが)たれ、鋼鉄製の(はち)の巣と化して沈黙した。

 それに対して、グラ・バルカス帝国軍が撃ち上げる対空砲は数少ない。かつてここの空を舞っていた「F-86D改 セイバードッグ」、そして「Ju87C改(Rudel Gruppe)」によって、その大半が破壊されてしまったからだ。このため帝国軍の歩兵の中には、小銃や機関銃を空に向けて発射する者もいたが、そんなものが命中するはずもなかった。

 

 今日もジェットエンジンの(ほう)(こう)が、イルネティア島の空を騒がせる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 『解放軍がやってきた』という噂は、「悪事千里を走る」という表現がぴったりの速度で(またた)()にイルネティア島全域に伝わった。それも、グラ・バルカス帝国が厳しく情報を統制している中でこれである。

 

「おい、『解放軍』の噂、聞いたか!?」

「ああ、聞いた聞いた。ドイバが解放され、『解放軍』は王都キルクルスに接近しつつあるって聞いたぜ。こっちに来るには時間がかかるかもしれんが、必ず来てくれるはずだ!」

「私は、ムーがイルネティアを救うために部隊を動かしてるって聞いたわ。ムーといえばこの島から見て北にある国だから、北から来るんじゃないかしら?」

「おおっ、確かに…」

 

 イルネティア島北部の小さな集落にも、こうした噂が舞い込んでいるほどである。グラ・バルカス帝国の植民地警備部隊に見つかるとまずいため、近所の住民同士でひそひそと話す程度であったが、それでも情報(あくまで(ふう)(ぶん)であるため、その正確性は考慮しないものとする)は確実に共有されていた。

 声を抑え、ひそひそと話す住民たち。だが実は、彼らは情報交換のためだけにこの会話をしているのではない。もう1つ、隠された目的があった。

 会話が終わり解散した後、会話の輪に加わっていた1人の中年女性が、付近に誰もいないはずなのにぼそっと呟くように言う。

 

「聞いての通りだよ。もうすぐ『解放軍』が来る…あと少しだから、頑張ってね、ライカちゃん」

「うん。ありがとう、おばさん!」

 

 その声に答え、1人の少女が物陰から顔だけ突き出して周囲を探ったかと思うと、集落の外へと駆け去っていった。

 

 集落を出て、山林の中を走るヒト族の少女。彼女はまだ若く、見た目からして20歳代前半、いや、下手をすると20歳にも届いていないかもしれない。そんな彼女は、森で採取したと思しき木の実や野草、それに村人から分けてもらったらしい食料などを抱え、足場の悪い森の中を飛ぶように走っていく。どこか行くあてがあるようだ。

 20分以上も走り続けたところで彼女の前に現れたのは、山の斜面にぽっかりと口を開いた洞窟。しかし彼女は躊躇(ためら)いなくその中に入っていく。

 洞窟に入って10歩も動かない先に、その少女…ライカの脳裏に声が響いた。

 

《お帰り、ライカ》

「ただいま、イルクス!」

 

 そこにいたのは、1頭の竜だった。全長は30メートル程度と見られ、堂々たる体躯を支える四肢と、背中には身体を覆い隠せるほど巨大な一対の翼を有する。艶のある白い甲殻・鱗に身を包み、その額には独特の紋章があった。

 ライカに「イルクス」と呼ばれたこの竜は、ただの竜ではない。風竜ですら相手にならない、文字通りこの異世界における最高戦力の1つ、神龍「ヴェティル・ドレーキ」である。イルクス自身はまだ若い個体であるが、種族そのものは古の魔法帝国があった時代から存在しているという、非常に息の長い種族だ。このヴェティル・ドレーキは、イルネティア島の守護龍そのものである。

 

《食べ物を手に入れてきたよ。身体の具合はどう?》

 

 念話で話しかけるライカ。それに対し、イルクスも念話で返事する。

 

《すっかり平気だよ。今ならどこまでも飛べる気がする!》

 

 実はイルクスは、元々ケガをしていた。戦傷である。

 グラ・バルカス帝国によるイルネティア侵攻の際、王都キルクルスの一般市民を攻撃するグラ・バルカス帝国軍に憤ったイルクスは、ライカを乗せて単独で出撃し3機撃墜の戦果を挙げた。だが多勢に無勢であり、ついにライカを庇って機銃掃射に被弾したのである。

 傷は深かったが、ライカの懸命の治療とイルクス自身の生命力によって命ばかりは助かった。しかし、中央暦1641年5月に祖国はグラ・バルカス帝国に降ったため、ライカはイルクスと共に身を隠すことにした。以来、実に2年以上にも渡って1人と1頭は耐え忍び続けていたのである。

 

《そっか、良かった!

大変なことが分かったよ。グラ・バルカス帝国は今、負け続けなんだって。それどころか、この島に『解放軍』が上陸したみたいだよ》

《本当!? でも、飛行機械がずっと飛んでるよね?》

《それが、今飛んでる飛行機械はグラ・バルカス帝国のものじゃないんだって。私も何度も見たんだけど、形状もマークもグラ・バルカス帝国のとは違ってた。何でも、ロデニウス連合王国って国の飛行機械らしいよ》

《ロデニウス連合王国…ロデニウスという名前だけなら聞いたことある。確か第三文明圏外にある大陸の名前だよ。そんなところにある国までもが、飛行機械を実用化してきたのか…すごいな》

 

 神話の時代から生きている神龍に生まれたからこそ、イルクスはロデニウスなんて辺境の地名も知っているのだ。

 

《それでね、今この島の各地ではグラ・バルカス帝国に対して反乱がたくさん起きてるんだって。それを抑えようにも、グラ・バルカス軍は制空権を取られてるから苦労してるみたい》

《制空権を取るのは戦闘の基礎だからねぇ》

 

 ここまで聞いて、イルクスは目の前の相棒が何を言いたいのか察した。

 

《そろそろ”その刻”なんじゃないか、ってこと?》

《そう!》

 

 イルクスの言う“その刻”とは、ライカとイルクスが再びイルネティアの空を舞い、グラ・バルカス帝国と戦う日のことである。

 

《僕もあの時とは違うよ! 光線の威力はさらに高くなったし!》

 

 ヴェティル・ドレーキの主な攻撃手段は、空気中の魔素を光子に変換し、収束させて放つレーザーだ。2年前の時点でも、イルクスが放つレーザーは4,000℃もの高温だったのだが、今や6,000℃(太陽の表面と同等レベル)にまで強化されたばかりか、制御術も心得ている。その他にも多数の能力があった。

 

《グラ・バルカス帝国の飛行機械は、ロデニウス軍にやられて飛べなくなってるって話だし……やろう、イルクス! 今もイルネティアの人たちはグラ・バルカス帝国の支配に苦しんでる…助けないと!》

《もちろんさ!》

 

 これまで身を潜めていた1人と1頭は、いよいよ行動を起こそうとしていた。

 

 その日の夜、ライカとイルクスは早速行動を起こした。なんと、夜陰に紛れてイルネティア島北部を移動中だったグラ・バルカス帝国軍の一部隊を、襲撃したのである。

 このところロデニウス軍が夜間にも航空爆撃を仕掛けてくるため、グラ・バルカス帝国軍はかなり神経過敏になっていた。そのため、ただの移動であるにも関わらず彼らはできるだけ音を立てず、林に紛れて静かに行動していた。

 しかしイルクスにそんな手は通じなかった。というのもイルクスは自身に備わる生体反応探知機構(簡単に言うと、神経などに流れる電気信号を探知する対空対地レーダーである)を使い、グラ・バルカス帝国兵の生体反応を探知して襲ってきたからだった。しかも、イルクスは風魔法を上手く使うことで滑空しながら突っ込んできた。そのため羽ばたき音も聞こえず、林の中ゆえの視界の悪さもあって、グラ・バルカス帝国軍は完全に不意打ちを喰らうこととなった。

 挨拶代わりにイルクスがぶっ放した6,000℃にも達する高温のレーザーは、瞬時にしてグラ・バルカス帝国兵の多くを焼き払った。大混乱に陥るグラ・バルカス帝国軍。光線が空から飛んできたことから、敵は空にいると判断し、夜空に向かってめくらめっぽう小銃や機関銃を発射する者が多発した。それに対するイルクスはというと、

 

《魔素マーキング開始、識別パターンは電気反応+金属反応同時追尾…》

 

 何やら奇妙な操作を開始する。

 

《魔素マーキング完了、地表面に正電荷集中。…ロックオン完了!》

 

 そして、

 

《喰らえ! 『ドラゴンサンダーストーム』!!》

 

 次の瞬間、凄まじい白い光が闇夜を照らし出した。闇の中、青白い光の線が不規則な紋様を描きながら地表に向かって突進する。

 

ドシャアアアアアアアンッ!!!

 

 続いて、鼓膜が破れそうなほどの轟音。

 光と轟音がどちらも収まるのを待ち、イルクスは生体反応探知レーダーで地表をスキャンする。

 

《地表の生体反応、全て消滅。金属反応はあるけど、どれも全く動かない。これで全滅かな》

 

 イルクスの真下にある林の中では、パチパチと燃える木々の中で多数のグラ・バルカス帝国兵が倒れていた。一見すると身体のどこにも損傷箇所はないように見えるが、全員ピクリとも動かない。そして彼らの身体には、ミミズ腫れを思わせる奇妙な赤い曲線が全身の皮膚に走っていた。

 それは、地球では「リヒテンベルク図形」と呼ばれるものだった。これは、放電現象が起きた時にその部分が焼かれて損傷することで発生する、稲妻型の図形である。雷に打たれた時に、人体やゴルフ場の芝などに見られる図形だ。

 つまり、イルクスは空気中や地表の魔素を利用し、得意の雷魔法を駆使して大規模な雷を発生させ、それを地上にいるグラ・バルカス帝国軍めがけて落としたのだ。

 なお、地球においては雷に打たれても、およそ70〜90%の確率で生き残れるとされている。しかし今回のこれはイルクスが本気で放った雷魔法だったため、喰らったグラ・バルカス帝国兵は全員が心不全を起こして死んでしまったのである。

 自動車や装甲車はというと、表面的には無傷に見える。しかし実は、強烈な落雷によって電装系とエンジンが完全にイカれた上に、車内も雷が荒れ狂って乗員を虐殺したため、こちらも全滅だった。

 こうしてイルクスは、たった1頭でグラ・バルカス帝国陸軍第11師団の1個連隊…ムー統括軍上陸の可能性を見越して島の北部に移動中の部隊だった…を全滅させたのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一方その頃、パガンダ島近海 戦艦「(なが)()」艦橋。

 

(てい)(とく)、その……”あれ”はよろしいのですか?」

「ん? 何がだ?」

 

 深夜にも関わらず長官公室を訪れていた移動工廠艦の艦娘”(くし)()”が、やや遠慮がちに(さかい)に尋ねた。机に向かって書類と(にら)めっこしていた堺が、顔を上げて聞き返す。

 

「予算の件です。あれだけの額を使ってムー大陸で鋼材を調達して良い、って言い出すなんて…」

「ああ、あれか。安心しろ、ロデニウス政府とムー外務省のお(すみ)()きだ。あと、マギカライヒ共同体って国の方は涙流して『むしろ積極的にお売りさせていただきたい』って言ってたぞ、()()抜きで」

 

 以前、堺の財布(第13艦隊の予算)にあまり余裕がない…という話をしたが、どうやらそれが解消されたらしい。

 実は堺は、第27任務部隊を率いてパガンダ島に帰還した後、ロデニウス連合王国軍司令部に対して予算の増額を申請したのだ。これまで第13艦隊は、グラ・バルカス帝国の主力艦隊1個を含む数個艦隊を壊滅させ、ムー大陸解放に大きく貢献している。その戦功を背景にしたものだった。

 堺からの要請を受けたロデニウス軍総司令官チェスター・ヤヴィン元帥は、他艦隊や陸軍の各軍団長と相談した上で、第13艦隊の予算増額を認める決定をした。これにより、堺の財布にも少しは余裕ができた。

 またこれと並行して、堺は第二文明圏内外各国における鋼材調達が円滑なものになるよう、大東洋共栄圏とムー国を通じて交渉してほしいと、ロデニウス外務省に注文した。それを受けてムー国は列強国としての影響力を生かし、第二文明圏内外各国に鋼材及び鉄鉱石の供給を呼びかけたのである。

 それに強く応えたのが、マギカライヒ共同体だった。マギカライヒ共同体はグラ・バルカス帝国の脅威を重く捉え、ムー国から旧式科学技術兵器の供与を受けていたのだが、それによる財政負担が大きくなりつつあったのである。ところがそこに、有力な外貨の獲得先が現れたのだ。このためマギカライヒ共同体は、これを機会として大東洋共栄圏への加入手続きに入ると共に、ロデニウス連合王国に対して優先的にスクラップを売ってくれるようになったのである。それこそ、不要になった(よろい)(かぶと)やら()びた(とう)(けん)類やら穴の開いた(なべ)やら何やら、国中から全部かき集めて売りつけるくらいの勢いで。

 

「そういうわけで、鋼材と予算に関しては少し余裕ができたぞ」

「分かりました。でも、いつまた鋼材が不足になるか分かりませんね…そこで提督、このパガンダの港に沈んでいる敵艦をサルベージし、リサイクルしたいのですがよろしいでしょうか?」

「ああそうか、そういう調達手段もあるのか……分かった、許可する。どうせサルベージしても誰からも文句は出ないだろ。

そうだ、どうせなら破壊した建物の廃材も転用して良いと思うぞ」

「ありがとうございます。では明日より早速取り掛かります」

「了解。夜遅くまでお疲れさん」

「提督も、無理だけはなさらないでください」

 

 そう言って”釧路”は退室した。

 「肝に銘じておくよ」と言って彼女を見送った後、堺は湯気の立つ紅茶のカップを左手に持ちながら、机の上の書類に視線を落とす。それは「独立第一飛行隊」から送られてきた電文だった。

 

「『アストラル大陸に敵機動部隊が集結中、戦艦2正規空母4を中核として総数60 隻程度。さらに、同大陸に10隻前後の潜水艦を認める、補給作業中と思われる。推定される攻撃目標はパガンダもしくはイルネティア、7月7日前後に到達と見込む』…か。やれやれ、あれだけ艦艇を失ったのにまだこれだけ動かせるとは……敵さんの物量は桁外れだなぁ」

 

 頭を掻きながら、堺はため息を吐く。

 

「やるしかないな…第28任務部隊(TF28)と交代してイルネティア攻撃を続行する予定の第29任務部隊(TF29)、この編成を見直そう。主力となる戦艦と空母は、誰を連れて行くか……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、堺は頭を悩ませる。仕事はまだ終わりそうになかった。




というわけで、これまで表舞台から姿を消していたライカとイルクスが、ついに前線に復帰。成長した姿を見せつけました。イルネティア解放作戦「ユーラヌス作戦」はこれからがたけなわであるだけに、彼女たちにはもっと頑張って欲しいですね。

ロデニウス第3海兵師団に第13艦隊+母艦航空隊、イルネティア住民の反乱、ライカ+イルクス、そして迫るムー陸軍部隊。これほどの重包囲下に置かれたグラ・バルカス帝国軍イルネティア守備隊の運命や如何に。


UA97万突破…皆様、本当にご愛読ありがとうございます。心より御礼申し上げます。

評価9をくださいましたliquid600様
評価10をくださいましたShin Taxy様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます! ついでにポチッと評価していただけると、望外の幸福であります。


次回予告。

もはやイルネティア住民の支配すらおぼつかなくなりつつあるグラ・バルカス帝国軍イルネティア守備隊。しかし第二文明圏連合軍には手加減する気はさらさら無い。弱り目のグラ・バルカス軍に止めを刺すべく、ムー陸軍がイルネティア島に上陸を開始する!
次回「イルネティア解放戦(10)」

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