鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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やはりというべきか、海戦の描写がえらく長くなることが確定したので、急遽分割することになりました。度々の予定変更、申し訳ありません。



168. イルネティア解放戦(12 前編)

 中央暦1643年7月6日 午前11時35分、イルネティア島西方120浬地点。

 現在、この海域には一群の艦艇が展開していた。数は7隻で、そのうち2隻は全通甲板を持つ真っ平らな船、残りは小型艦だ。小型艦のうち1隻は砲塔の数が少ない代わりに大きなクレーンを搭載しており、艦首部分に波のような模様が描かれていた。全ての船が鋼鉄でできており、煙突から黒煙を吐いている。そして、それらの艦艇のマストにはロデニウス連合王国の国旗と、光線を放つ赤い太陽を描いた白い旗…(きょく)(じつ)()(かか)げられていた。

 ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・第28任務部隊(T F28)から分離した軽空母「(しょう)(ほう)」と「(りゅう)(じょう)」、第四駆逐隊の「()(わき)」「(あらし)」「(はぎ)(かぜ)」「(まい)(かぜ)」、そして水上機母艦の「(あき)()(しま)」である。彼女たちは、イルネティア島に接近しつつある敵潜水艦隊を叩くべく、堺からの命令を受けてこの海域に展開していた。

 

『索敵のカタリナちゃんから報告来たかも! 「敵艦隊発見。位置、《イルネティア島》カラノ方位90度、距離202浬。敵ハ10隻前後ノ潜水艦ト認ム。ヒトヒトサンハチ」!』

 

 “秋津洲”からの通信を受けて、この臨時対潜艦隊の旗艦を務める軽空母の艦娘“龍驤”は直ちに命令を下した。

 

「よっしゃ、いくで!

祥鳳、秋津洲、攻撃隊発進や! 例の対潜兵器、しっかり持たせとるな?」

『もちろんです! 攻撃隊、発艦始めてください!』

『戦闘よーい! (だい)(てい)ちゃんwith新兵器の出番かも!』

 

 2隻の空母が針路を変え、風上に向かって突進を開始する。「秋津洲」はその場で停船し、クレーンで「二式大艇」を海面に降ろす。火星22型エンジンが唸りを上げ、B-29より長大な主翼を持つ大柄の4発レシプロ飛行艇が静かに海面を滑り出した。

 本来なら、波荒い外洋で「二式大艇」が飛び立つのは不可能に近い。そのため、ある一定範囲の海面を円を描くようにして駆逐艦「野分」「舞風」が走り回り、できる限り波を消していた。その円の内側の海を滑走路代わりにして、「二式大艇」は空へと上がっていく。その主翼には、奇妙な形状の短い魚雷らしきものが左右合わせて4発抱えられていた。

 「二式大艇」が離水した時には、「祥鳳」「龍驤」の航空隊は既に発艦を完了し、空中集合しつつある。航空隊を構成するのは、「祥鳳」の「零式艦戦21型」12機と「九七式艦上攻撃機」18機、それに「龍驤」の「零式艦戦21型」8機と「(りゅう)(せい)」20機である。艦上攻撃機は、どの機も「二式大艇」が抱えているものと同じ、妙な短魚雷を抱えていた。

 そう、この短魚雷こそ“秋津洲”のいう「新兵器」、「Mk.24機雷改」…米国が生んだ対潜誘導魚雷の改良型である。パッシブソナーと音紋記録装置を持ち、その上磁石を利用した金属反応探知装置まで持った、三重誘導式の魚雷であった。

 艦娘たちや()()きの妖精たちが見送る中、「二式大艇」を先頭にした攻撃隊は西の彼方(かなた)へと飛び去っていった。

 

 同時刻、イルネティア島西方190浬沖の地点にも、一群の艦艇が展開していた。ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・第29任務部隊(T F29)である。西方から接近しつつあるグラ・バルカス帝国艦隊を迎え撃つため、彼女たちはこの海域に展開しているのだ。

 艦隊の中心には、岩山を連想させるごつごつした艦橋を持つ巨大な軍艦が2隻いる。第二次改造を受けた戦艦「(なが)()」と「()()」だった。

 2隻の長門型戦艦のうち、TF29の旗艦を務める「長門」の艦橋に報告が飛び込んだ。

 

「報告します。『秋津洲』所属カタリナ1号機より入電! 『我敵潜水艦隊ヲ発見セリ。位置、《イルネティア島》カラノ方位270度、距離202浬。海面ニ塗料マーキング完了、攻撃隊ノ到着ヲ待ツ』です」

(でん)(そく)より艦橋、味方攻撃隊、当隊よりの方位90度、距離10㎞。間もなく艦隊上空を通過します」

「了解」

 

 通信長と電測長、2人の妖精から報告を受けて、TF29指揮官の(さかい) (しゅう)(いち)中将は命令を下した。

 

「攻撃隊にはそのまま攻撃態勢に入らせろ、こちらからの作戦変更指示はない」

「了解、トツレ連送します!」

 

そのやりとりがあってからしばらくすると、いくつものレシプロエンジンの轟音が艦隊の上空を通過した。潜水艦狩りのエキスパートたちである。

 航空機たちが向かうその先で、空中に赤い信号弾が2発打ち上げられる。そこには海面に赤いマーキング塗料を複数投下した上で着水し、海中にマイクを垂らしている2機の「PBY-5A Catarina(カタリナ)」の姿があった。

 やがて、航空隊は雷撃を仕掛けるように海面すれすれの低空に舞い降り、「カタリナ」に向けて突進していく。

 

「二式大艇よりト連送受信! 攻撃開始します!」

 

 「長門」通信長妖精のその報告と同時に、「二式大艇」の主翼から4発の「Mk.24機雷改」が投下された。

 

 

 一方その頃、グラ・バルカス帝国海軍本国艦隊所属 潜水特殊作戦群 潜水艦隊リーテ旗艦 E-400型潜水艦「アリアロス」。

 E-400型というと、何やら新型の潜水艦のように思えるかもしれないが、そんなことはない。単純に、シータス級潜水艦の先行試作型(制式採用される前に見切り発車で生産されたため、シータス級とは一部仕様が異なる)がそう呼ばれているだけである。よって、性能的にはE-400型はシータス級と大差ない。

 

 静寂と漆黒が支配する深き海中を、艦隊は突き進む。その目的は、イルネティア島沖に展開していると見られるロデニウス艦隊並びにムー艦隊に対し、一撃を与えること。

 潜水艦が艦隊を成すというのは、グラ・バルカス帝国の運用方法と戦術の一つだった。潜水艦を知らない敵に対し、複数の潜水艦が連携して襲いかかることで敵に(じん)(だい)なダメージを与える戦術である。この戦法により、潜水艦隊リーテはこれまでにいくつもの武功を立てていた。

 例えば、前世界…惑星ユグドにおいて、グラ・バルカス帝国と敵対していたケイン神王国の艦隊が奇襲攻撃を仕掛け、グラ・バルカス帝国の属領を一時的に奪ったことがあった。この時ケイン神王国艦隊は属領の沖合に展開していたため、近くにいたリーテ潜水艦隊は急行し、展開するケイン神王国艦を次々と撃沈したのである。

 

 グラ・バルカス帝国の潜水艦は、この世界に転移してからもいくつもの戦果を挙げていた。直接戦闘に参加する以外にも、離島に秘密基地を建設するための資材の輸送や、敵国の偵察、あるいは通商破壊などである。また、その活動範囲は広範に及び、最近では神聖ミリシアル帝国の近海や、遠くロデニウス大陸近辺でも活動している。(もっと)も、ロデニウス方面に展開していた第2潜水艦隊は、何らかの理由で基地ごと全滅してしまったようだが。

 

『神聖ミリシアル帝国やムー国、その他の国家相手には一定の成果を上げている以上、ロデニウス海軍に対しても戦術次第では対抗できる』

 

 潜水艦隊リーテの司令部では、そのような発想が浮かんでいた。根拠のない発想ではない。

 ロデニウス海軍と戦ったらしいグラ・バルカス帝国の潜水艦は、未帰還になることがかなり多かった。だが、少ないながらも生還する潜水艦はいた。潜水艦隊リーテ所属のメンバーは、前線から生還した潜水艦の乗員たちに直接会って話を聞き、あるいは戦闘報告書を読み(あさ)った。そこから浮かび上がったのは、ロデニウス艦隊の異様な強さである。

 

・ロデニウス艦隊は、なんとアクティブソナーを実用化している。これは、複数の潜水艦の乗員の証言及び報告書の記述が一致することから事実であると推測される。

・ロデニウス艦隊が持つパッシブソナーも、かなり優秀らしい。確証は得られていないが、複数の潜水艦乗員の証言からはそのように考えられる。

・ロデニウス海軍は航空機による対潜哨戒を重視しており、しかも夜間にも航空機を飛ばしてくる。これは、命からがら生還した第3潜水艦隊の生き残りから証言を得られた。

・ロデニウス艦隊は、どうやら爆雷を艦後方だけでなく、艦の周囲に比較的自在に投下できるらしい。艦の前方に投射できるかは不明。

 

 いずれも驚愕に値する情報であった。これら全ての情報が正しいならば、ロデニウス艦隊の対潜戦闘能力はケイン神王国のそれを遥かに凌駕していることになる。

 だが、これほどの情報に接しても、潜水艦隊リーテのメンバーは自分たちで十分に対抗できると考えていた。確かに未帰還になる潜水艦は多いが、しかしよく聞いてみるとどうも単独行動している時にやられた艦が多いらしい。12隻もの潜水艦がまとまって行動しているとは、ロデニウス側は考えていないだろう。また、敵のパッシブソナーの性能が良い場合に備えて、彼らは本国で開発された新兵器「デコイ」を搭載していた。これは、化学反応で泡を発生させることで水中音を放つものである。これなら、パッシブソナーを()(まん)できるだろう。

 

 

 久々の戦場だが、自分たちなら勝てる可能性がある……楽観的に考えつつも、リーテ艦隊司令兼「アリアロス」艦長、ジョン・ネトリール大佐は、緊張の面持ちを崩さない。

 

「我が潜水艦隊がどこまで効果があるか……1つ試してみるとしよう」

「はっ! 我が最高練度の潜水艦隊をもって、敵艦隊を殲滅して見せます!!

外洋で艦隊行動を取られては、我が潜水艦隊も追いつけない。しかし、イルネティア沖合に居続けるなど……我が艦隊に攻撃して下さいと言っているようなものだ」

 

 ネトリールの隣に立つ幹部スルト・ラトバリタ中佐は、自信をもって発言する。

 

 ケイン神王国艦隊に打撃を与えた、あの時の栄光の再現。しかも帝国の主力艦隊を破ったらしいロデニウス艦隊に対して一撃を加えることができると思うと、ラトバリタは笑いが出そうだった。

 

 ロデニウス連合王国に潜水艦が存在しているだろうとは推測されている。敵が潜水艦対策をしているであろうとの想定もある。

 さらに、ロデニウス本土やロデニウス艦隊に向かったらしい潜水艦が軒並み未帰還になっていることも、知っている。

 しかし、未帰還は珍しいことではない。グラ・バルカス帝国本国周辺でも大型海洋生物と衝突して沈みそうになった……といった事故もあり、全ての未帰還がロデニウスによるものとは考えられなかった。

 また、潜水艦が艦隊規模でロデニウス軍と衝突したことはなく、運用方法でなんとかなると考えていた。

 

 潜水艦隊リーテに配属された乗員の練度は非常に高く、潜水艦には最新欺瞞装置も搭載されていた。それがラトバリタの楽観を加速させる。

 

「ラトバリタ、気を抜くな。我が潜水艦隊は最高練度を誇る最新鋭艦隊だが、ロデニウスは我らの主力艦隊を破ったらしいのだぞ」

 

 ネトリール司令は警戒しすぎだ、とラトバリタは考える。

 主力艦隊の敗北にしても、いくら何でも帝国海軍がそこまで一方的に負けるはずがない。おそらくロデニウス艦隊も大きな被害を受け、壊滅一歩手前になっているはずだ。そこに一撃を加えるだけの簡単な仕事だ。

 

(私は自信はあるが、油断はない)

 

 そう考えつつも、ラトバリタは口を開いた。

 

「ネトリール司令、我らに油断はありません。きっと彼等に大きな打撃を与えることでしょう」

 

 自信を持ち、潜水艦隊リーテの12隻は東へと向かう。だがネトリールは、どうしても警戒感を拭いきれなかった。

 どうも少し前から、何かに見られているような気がする。敵の航空機を避けるため、潜望鏡も出さずに潜航しているが……何故だろうか、どこからか視線を感じるような気がしてならない。

 

 熟練の狩人は、カンや気配だけで自分がどういう状態に置かれているか瞬時に察するというが、この時のネトリールも似たような感じになっていた。

 実はネトリールの「見られているような感じ」は当たっていた。KMX(磁気探知機)を備え、海中にマイク型のパッシブソナーを垂らした「カタリナ」が、しっかり潜水艦隊リーテを捉えていたのである。

 そしてこの瞬間、ロデニウス軍航空隊の先頭を切る「二式大艇」が、必殺の対潜誘導魚雷を解き放ったのだった。

 

「ん?」

 

 聴音機を耳に当てていた隊員がある音に気付く。大きな魚が海面を跳ねるような音。そして、それが途切れたと思ったら、続いて聞こえてきたのは…

 

しゃしゃしゃしゃしゃ……

 

 小さなスクリューが高速で回転し、水をかき分ける音。こんな音を発する兵器は1つしかない。

 

「海面に着水音! これは、爆雷か…? いや、魚雷!」

「お前は何を言ってるんだ? いったい何なんだ?」

 

 ソナーマンが何を言っているのか分からず、ラトバリタはいらつく。

 

「2時の方向より魚雷接近! 潜水艦『キーヤ』の至近と思われます!」

「来たか! しかし魚雷だと?」

 

 予想された敵襲、しかし思いがけない報告に、ネトリールは驚愕する。

 水中で三次元機動を行う潜水艦に対しては、魚雷はほとんど当たらない。浮上中の潜水艦に向けて放ったならいざ知らず、今自分たちは潜航しているのだ。魚雷など当たるものではない。

 

(当たるはずはないのだが…何だ、この嫌な感じは?)

 

 そう考えつつも、ネトリールは指示を飛ばす。

 

「魚雷を放った艦はどこだ? すぐ近くにいるはずだ。

アクティブソナーを使ってかまわん、敵を探せ!!」

「はっ!!」

 

 潜水艦「アリアロス」は最新のソナーを使用して探信音を放つ。

 光の届かない深海や荒れた後の濁った海においては、有視界索敵ができない。その代わりに、海中のレーダー波とも言える音波を射出し、その反射波で相手の位置を探知する。

 全周に向かって放たれた「アリアロス」の探信音。すると、反応が見つかった。

 

「敵艦反応あり! 数は2つ、位置は本艦より3時の方向距離2,500メートルと、本艦より9時の方向距離3,200メートル!」

「なっ!?」

 

 ソナーマンの報告に、ネトリールが目を丸くする。

 敵艦の存在自体は、ネトリールも疑っていた。彼が驚いたのは別の点である。

 

「挟まれている!? 我が艦隊が完全に探知されているというのか!

いったいどうやって…!? 敵はアクティブソナーを使っていないんだぞ!」

 

 そう、問題は「自軍を挟み込むように敵艦が展開している」という点だった。

 パッシブソナーに頼って爆雷を投下する場合、1隻だけが攻撃するのでは必然的に命中率が低くなる。だが2隻以上の艦を同時に展開させれば、敵潜水艦の位置をかなり絞り込んだ上で攻撃できる。

 

(敵は既に、有効な反撃体制を整えているというのか!? こちらに発見されるよりも前からこちらに気付き、準備していたというのか!?)

 

 だとすれば、自分たちは先手を取られたということになる。それは、ネトリールにとっては信じがたいことだった。

 だが、そうしてネトリールが驚いている間にも、事態は刻々と進んでいく。

 

「敵魚雷、『キーヤ』にさらに接近! 『キーヤ』機関全速、回避行動…いや、これは!?

て、敵魚雷、向きを変えて『キーヤ』に向かっていきます! 敵の魚雷が、『キーヤ』を追尾しています!」

「な…何だとぉっ!?」

 

 ソナーマンの報告にネトリールが驚愕した直後、

 

ガゴォン…

 

 衝突音のような鈍い音が、艦の外から僅かに伝わった。とても嫌な予感を抱くネトリール、しかし遅かった。

 

「これは…! 『キーヤ』が沈んでいきます! 圧壊音探知!」

 

 ネトリールの嫌な予感は、的中してしまった。

 

(!!)

 

 信じられないことである。

 まさか…まさか敵は、潜水艦を正確に追尾できる魚雷を持っているというのか!?

 それは、ネトリールには到底信じがたいことだった。

 

「新たな敵魚雷、『ウルス』に接近!」

 

 しかし、その衝撃も冷めやらぬうちに新たな敵の攻撃が飛来する。

 

「潜水艦『ウルス』、デコイ射出!!」

 

 敵の攻撃に対し、「ウルス」艦長はとっさに最新のノイズメーカーを使用させた。これは、化学反応を利用した泡を放出しながら水中を漂い、敵のパッシブソナーを(かく)(らん)するものである。敵の兵器がこちらの発する音を探知してくるのならば、このデコイは十分に使えるはずだと踏んだのだ。

 ノイズは大きく、旗艦「アリアロス」からも既に「ウルス」の正確な位置は探知できなくなってしまっていた。

 これで、敵の魚雷も(かわ)せるだろう。

 

ドゴオォォォン……ボコボコボコ…。

 

 その時突然、艦体外壁を通して直接聞こえるほど大きな鈍い音が鳴り響いた。明らかに何かが炸裂する音だった。

 その後すぐ、気泡が噴き出るような音が微かに響き、そして何事もなかったかのような不気味な静粛が訪れた。ソナーマンは、すぐに聴音機を耳に当てる。

 

「こ……これはっ!!

艦体圧壊音を探知! 『ウルス』が沈んでいきます!!」

 

 ソナーマンが捉えたのは、バギバギという鋼鉄が軋み砕ける音、そして何とも表現しがたい泣き声のような甲高い音だった。この2つの音は、船が沈んでいく時に聞こえるものである。

 「ウルス」の放ったノイズメーカーはまだ作動していたが、破壊されていく「ウルス」の音は、はっきりと聞き取れる。

 潜水艦乗りにとって、恐ろしい音は2種類ある。アクティブソナーが発する探信音と、艦体の圧壊音だ。アクティブソナーの探信音は、まるで死神の鎌の切っ先が身体を撫で回しているかのような感覚を覚えさせるし、死のイメージに直結する圧壊音はおぞましいことこの上ない。

 

「そんな……最新式デコイが……デコイが通用しないというのかっ! しかも、潜水艦を追尾する兵器だと!?」

 

 あまりに予想外の状況に、ラトバリタは絶句する。

 だが、敵は一切手を緩めなかった。

 

「海面に着水音! また魚雷です!

潜水艦『バール』へ向かって進行中!!」

 

 もしやられたのが「キーヤ」1隻だけだったなら、不幸な偶然だったかもしれない。しかし、2隻続けてやられたとなると、話は変わってくる。

 潜水艦を追尾して命中する魚雷…これ以上の悪夢も存在しないだろう。もし敵の魚雷に捕捉されれば、命はない。

 

「まずいっ! まずいまずいまずいまずいぞおぉぉぉっ!!」

「『バール』、機関出力を最大にして急速潜行中……デコイ連続射出しましたっ!!」

 

 音とソナーマンの報告だけで戦場を見通さなければならない。

 暗く狭い空間で外の様子が見えないというのは、本当にストレスになる。

 友軍艦が連続して撃沈されているのであればなおさらだった。

 

(頼む、避けろ!!)

 

 必死に祈るネトリール、ラトバリタ以下一同。

 だが…残酷なことに、ロデニウス軍の対潜兵器は「バール」艦長の発想の3歩先を行っていた。

 もし「Mk.24機雷改」がパッシブソナーのみで誘導されていたならば、デコイも有効に作用していただろう。しかし、記録された音紋データと金属反応で補正追尾してきた誘導魚雷は、デコイに騙されなかった。

 

ガッ……ゴォォォォォ……。

 

「……敵魚雷に被弾、『バール』沈んでいきます!!」

 

 艦長ネトリールとラトバリタは絶句する。幹部達も沈黙し、「アリアロス」発令所は絶望に包まれた。

 絶句したのも一瞬、ネトリールはすぐに決断する。

 

「くそっ! 全艦反転180度、最大戦速で戦場を離脱する!!」

「えっ!!」

 

 撃沈されたのは3隻であり、まだ9隻も残っている。

 艦隊としての戦力をまだ保持しているこの状況下での突然の撤退命令に、ラトバリタは言葉を失った。

 

「何をしている! さっさと撤退の信号波を出せ!! 全員死にたいのか?」

 

 静かながら強い口調で命令を下すネトリール。

 

「し……しかし、まだ我が艦隊は健ざ……」

「馬鹿者!!!」

 

 本来なら潜水艦内で大声を出すことは御法度だが、司令兼艦長ネトリールは大声で叱責する。

 

「お前は戦力比が理解出来ないのか? 魚雷は複数発現れたんだぞ。今我らが捕捉している敵艦は2隻だが、おそらくその2隻だけが魚雷を撃ってきた訳ではないはずだ。

つまり、我らの位置は完全に敵に筒抜けとなっているんだ!!」

 

 まくし立てるようにネトリールは続ける。

 

「最新式の欺瞞装置は通じず、急速潜航も意味を成さなかった。

しかも、我ら大型潜水艦を正確に追尾し、たった一撃で沈める程の威力を持つ魚雷。なす術もなく一方的に殴られている。戦力比は明らかで、これ以上戦えば全滅は確実だ!!」

 

 普段温厚なネトリールが吼えたため、ラトバリタは驚く。

 

「復唱はどうした! 全艦反転、全速力で戦場を離脱せよ!!」

「は……はっ!!!」

「早く撤退の探信音を出せ!」

 

 指示を飛ばした後、艦長ネトリールは誰にも聞こえぬよう静かに呟く。

 

「……逃げられるかどうか、()けだな……」

 

 グラ・バルカス帝国潜水艦隊リーテは戦場を離脱することを決意するのだった。

 しかし……その決断は、あまりにも遅すぎた。

 

バシャン、バシャバシャッ……

 

 「アリアロス」の、そしてリーテ各艦のソナーマンの耳に、何かが海面に着水した音が複数響く。そのすぐ後、明らかな魚雷の航走音が飛び込んできた。

 心に重くのしかかる音。

 落ち込んでいる暇は無い。

 ソナーマンたちは生き残るため、すぐに報告する。

 

「海面に着水音! 続いて魚雷航走音探知!! 敵魚雷が投下されました!!!」

「何故だ!! 何故我が位置が分かるのだっ!!」

 

 ラトバリタが叫ぶ。

 艦長ネトリールは苦しそうに目を(つむ)る。

 

「水中音響学の次元が違うということか……。

デコイ全弾射出!! 機関全開、急速潜航!!」

 

 命令はすぐに実行され、艦が急速に下向きに傾く。

 

(来るな…来るな…来るな……!!)

 

 それは「アリアロス」のみならず、潜水艦隊リーテに配属された全ての将兵の思いだった。

 だが、魚雷の航走音は確実に近付いてくる。

 

「敵魚雷、さらに接近! 避けられません!!」

 

 絶望の報告、もはや死刑宣告と同義。

 

「あああっ……ああああっ!!!」

 

 死に直面したラトバリタが叫ぶ。

 人間は死と真に向き合ったときに本当の姿が出るものなのだ。

 

「総員衝撃に備えよっ!!!」

ガァァァァアァァン!!!

 

 艦長が指示した直後、大きな衝撃が艦を襲う。座席から投げ出されたり、転倒する乗員が何人もいた。

 

「ぐあぁぁぁぁっ!!!」

「……え? 生きている……」

「助かった……のか?」

 

 乗員達はすぐに被害確認を行う。

 しかし……。

 

「エンジン停止……操舵不能!!」

「スクリュー……いや、後部約五分の一が消し飛んでいるようです! 防水扉により浸水を防止します!」

 

 もはや戦闘能力を失った艦は、敵の的になるだけ。

 艦長ネトリールはすぐに決断した。

 

「これまでか……急速浮上!!」

 

 しかし艦が動かない。

 

「……どうした? 早くメインタンクの海水を排水せよ!!」

「圧搾空気が作動しません!! ポンプも動きません!!!」

 

 どこがどう壊れたのか分からない。ただ1つ確定したことは……潜水艦「アリアロス」とネトリール以下の全乗員が、ここで死ぬ運命を決定付けられたことである。

 絶望が全身を支配した。

 急速潜航中の命中であったため、艦は高速で海底に向う。

 

バキッ……バキバキ……バキバキバキバキ……。

 

 潜水艦は安全潜航深度を超えてさらに深い海へと向かい、やがて外部から潰れ始める。

 艦内の配管から高圧の海水が流れ込み始め、命の最後の煌めきを示すかのように(ろう)(でん)した発電機からスパークが散った。

 

「そ……そんな……そんなそんなそんなそんなぁ!!!」

 

 死を前にして、ラトバリタは叫んだ。

 

バキバキバキバキバキ……ガギッ……………。

 

 悲鳴、(かい)(こん)(えん)()…全ての声と命がなだれ込む海水に飲み込まれ、そして誰もいなくなった。

 グラ・バルカス帝国の中でも屈指の練度を誇る潜水艦隊リーテは、ロデニウス海軍第13艦隊・第29任務部隊と交戦して敗れ、全艦が沈められたのだった。

 

 

 海中で次々と圧壊音を探知した「カタリナ」は、海に浮かんだまま静かにその数を数えた。そして、探知した圧壊音の数がどうやら敵潜水艦隊の総数と一致するらしいと判断し、TF29司令部に報告を送った。

 その後念のため、「カタリナ」は4時間以上も同海面に留まっていたが、新たな水中音は探知されなかった。そのため、「敵潜水艦隊は全滅した」と判断し、日没の30分前にパガンダ島に帰投した。

 

「よし、敵潜水艦隊はどうやら全滅か」

 

 一方、堺は即座に次の手を打ち始める。

 

「祥鳳、龍驤、秋津洲、第四駆逐隊は、現時刻を以てTF29を離脱。TF28に(げん)(たい)復帰し、引き続き任務に当たれと伝えろ。ついでに第三〇駆逐隊も、TF28に移動させろ。

入れ替わりに、TF28から第五航空戦隊、(じん)(つう)、第一九駆逐隊をTF29に動員せよ。待命状態になっている(ゆき)(かぜ)も、第三一駆逐隊に一時転属扱いにしてTF29に合流させる。

それとIowa(アイオワ)の修理が終わってるはずだから、出撃準備させてTF28に合流させろ。たとえ我々が負けたとしても彼女が持っているミサイルがイルネティア防衛の最後の切り札になる。

明日は1日ぶっ通しでキツい(いくさ)になるぞ、全員今のうちに交代で英気を養っておけ」

 

 第29任務部隊の艦娘や妖精たちは、静かに戦闘態勢を整える。

 命令を出した直後、堺は椅子の背もたれを思いきり後ろへ倒しながら、「カタリナ」から送られてきた報告を脳内で(はん)(すう)した。

 

(戦訓分析は後にすべきだが……敵潜水艦がアクティブソナーを使ってきた、か。これは決して無視できんな。

いよいよ敵さんもアクティブソナーを実用化したか……それを無効化できる吸音材は(くし)()が作ってくれているから、対応できるだろう。問題はそこじゃなくて、敵の兵器が進化してるってことだ。そのうち戦闘機や軍艦にも新型が出てくるかもしれん…注意しなければ)




というわけで、「イルネティア島西方沖海戦」の前哨戦は終わり。潜水艦隊リーテは、ここでも全滅に追い込まれました。
ロデニウス側の対潜兵器がソナー類とかヘッジホッグと爆雷だけだったら、彼らでもどうにかなったかもしれませんが……航空対潜誘導魚雷(それもパッシブソナー+音紋記録+金属反応探知の三重条件で追尾対象を選択する)は流石に対応できませんでした。

さて、残るは空母4隻を基幹戦力とする水上部隊60隻のみ。堺と艦娘たち・妖精たちは、これを撃破できるか!?


総合評価11,000ポイント突破だと!? 本当にありがとうございます!!

評価7をくださいました花崗岩様
評価9をくださいましたウィル・ゲイツ様
評価10をくださいました弥生味噌様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

グラ・バルカス帝国の潜水艦隊を全滅させ、前哨戦に勝利したロデニウス海軍・第29任務部隊。残るグラ・バルカス帝国の水上戦力は、現在西方から接近中の空母機動部隊のみとなった。イルネティア沖の制海権を完全に手にするため、第29任務部隊は全力でこれを迎え撃つ!
次回「イルネティア解放戦(12 後編)」

P.S. イルネティア編は、最高で15話、遅くとも20話行くまでに終わらせる所存です。それが終わった段階で、新たな局面に入ります。
それと先にお伝えしておきますが、新たな局面に入ってすぐ、皆様に1つアンケートを取ります。そのアンケートですが、皆様の選択次第で拙作の進行に影響が出てきます。
申し訳ありませんが、今はこれしかお伝えできません。アンケートの内容は、その時までお待ちくださいませ。
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