鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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「悪事千里を走る」
悪い行いや悪い評判はたちまち世間に知れ渡るということ。(精選版 日本国語大辞典より抜粋)

有名なことわざですが、一瞬で世間に広まるのは悪事ばかりではありませんよね。そう、SNSが隆盛を極める昨今であれば、例えば衝撃的なニュースなんかも一瞬で知れ渡ります。
ということで、今回はロデニウス連合王国が発表した「パガンダ・イルネティア解放」というニュースが与えた影響を、ざっと見渡してみます。



173. 悪事でなくとも、衝撃のニュースは一瞬で千里を走る

 中央暦1643年7月14日、中央世界(第一文明圏) 神聖ミリシアル帝国南端部 港街カルトアルパス。

 先進11ヶ国会議に伴って発生したカルトアルパス空襲から1年以上が経過した今、街は完全に復興を果たしていた。カルトアルパス飛行場や港湾施設などの軍事施設も、帝国文化会館のような民間施設も、すっかり直っている。……ただ1つ、艦隊戦力を除いて。

 マグドラ沖海戦及びフォーク海峡海戦で全滅した、第零式魔導艦隊とカルトアルパス在泊地方隊は、まだ再建されていない。敵襲を警戒した皇帝ミリシアル8世の(さい)(はい)により、現在のカルトアルパス軍港には第7魔導艦隊と第8地方隊の戦力が展開している。

 そんなカルトアルパスだが、戦時下にも関わらず一般市民や商人の足が途切れることがない。さすがは世界の交易の中心地というべきであろう。

 

 カルトアルパスのとある酒場は、いつにも増して人でごった返していた。注文の声が縦横に飛び交い、ウェイターやウェイトレスがひっきりなしに料理と酒を運ぶ。厨房の方もてんてこ舞いで、鬼のような量の注文を凄まじいスピードで(さば)いている。

 これだけ客が多いのには、ちゃんと理由がある。今日は週1回の「世界のニュース」の放送日なのだ。ただでさえグラ・バルカス帝国が全世界に宣戦布告したために、今の世界情勢は激動状態が続いている。特に第二文明圏など、1日置きに目まぐるしく状況が変わっていると言っても過言ではない。そのため、世界情勢の最新情報を手に入れて今後の仕事に役立てようと、特に商人(や、それに扮した外国の諜報員など)の出入りが多いのである。

 

「おっ、始まるぞ!」

「静かに静かに!」

 

 12時ジャスト、声が飛び、あれだけ騒がしかった酒場が一瞬にして静かになる。それと同時に、天井から吊るされた水晶体が輝き、(にぎ)やかな音楽と共に「世界のニュース」というテロップが表示された。

 ()()(うるわ)しいエルフ族の男性と女性のキャスターが、揃って()(しゃく)をする。

 

『全世界の皆様、こんにちは。「世界のニュース」の時間です。

今回は、第二文明圏から緊急ニュースが飛び込んできておりますので、そちらから先にお伝えしたいと思います。なお本件に関連して、今回の「世界のニュース」は番組を延長して放送いたします』

 

 めったなことでは起こらない「世界のニュース」の延長という事実に、のっけから衝撃が走る。酒場が若干ざわついた。

 

『第二文明圏西側海域でグラ・バルカス帝国と戦闘を繰り広げていたムー国とロデニウス連合王国の連合軍は、昨夜18時、イルネティア島をグラ・バルカス帝国の支配から解放したと発表しました』

 

 その言葉でざわめきがさらに大きくなる。

 

『先月末のパガンダ島の解放と合わせ、グラ・バルカス帝国の支配領域はさらに狭まっており、ムー国内では喜びの声が出ております』

 

 画面が切り替わる。その途端、これまでとは異なる音楽が流れ出し、画面に「(あお)()ニュース」のテロップが現れた。

 これは、ロデニウス連合王国で放送されている青葉メディアグループのニュース番組「青葉ニュース」のスタート時のアイキャッチである。

 

『昨夜18時、まずロデニウス連合王国が「軍大本営からの発表」として、イルネティア島の解放が完了したと伝えました。ロデニウス連合王国軍司令官のチェスター・ヤヴィン氏は、当社のインタビューに対し次のように話しました』

 

 画面が再び切り替わり、画面に向かって話すヤヴィンの姿が映し出される。

 なおこの頃になると、ヤヴィンも他国メディアの取材に完全に慣れきっていた。中央暦1640年の頃は緊張した様子を見せていたのだが、今はそんな様子は全くない。

 

『我が軍の将兵たちは、横暴なるグラ・バルカス帝国と命を()して戦い、見事にイルネティア島の解放を()し遂げました。グラ・バルカス帝国に天誅を加えるという神聖ミリシアル帝国の姿勢にいち早く協調すると共に、ムー大陸に平和を取り戻すための大きな一歩を踏み出すことに成功したのです。

彼らは私にとっても誇りであり、今後も世界平和と国際秩序、そして正義を守るために戦ってもらいたいと思っています』

 

 さらに映像が切り替わり、今度はムー国の代表的なニュース番組の1つ「7ニュース」のオープニング映像が流れ出す。

 

『続いて19時にムー国政府が声明を出し、イルネティア島及びパガンダ島をグラ・バルカス帝国から奪還したと発表しました。ムー国の国王ラ・ムー氏は、次のように発表しています』

 

 今度は初老の男性が画面に映し出された。現ムー国王である。

 

『我が国、そしてロデニウス連合王国の勇敢なる兵士たちの活躍により、パガンダ島及びイルネティア島は解放されました。この機を逃すことなく、我がムー統括軍が中心となってムー大陸からグラ・バルカス帝国勢力を追放する作戦が考案されています。ムー大陸に、第二文明圏に平和を取り戻すべく、我々は戦い続けるでしょう』

 

 2つの列強国から同時に発表があったとなると、これは紛れもない事実であろう。酒場の雰囲気がにわかに活気付いたのを誰もが感じた。

 その後は旧イルネティア王国のエイテス王子へのインタビューで王子から謝辞が述べられた後、カメラはスタジオへと戻ってくる。そしてここで、神聖ミリシアル帝国大学教授にして軍事専門家のタイガー氏が、解説を入れてくれた。

 

『今回ロデニウス軍、そしてムー統括軍が解放したパガンダ島とイルネティア島ですが、まずその位置はここです』

 

 タイガー氏が指示棒で地図を指し示す。そこには、ムー大陸の西方500㎞の沖合に浮かぶ2つの島があった。北と南に分かれており、北がイルネティア島、南がパガンダ島である。

 

『この2つの島は、元々どちらも別々の国でした。それぞれイルネティア王国、パガンダ王国が支配していたのです。

パガンダ島は中央暦1639年の4月にグラ・バルカス帝国に制圧され、以降4年もの間支配されていました。イルネティア島は中央暦1641年の3月にグラ・バルカス帝国に制圧されていますから、以降2年間支配されていた訳です』

 

 説明を受けて、女性キャスターが質問する。

 

『2年ぶりの自由、ということですね。では、この一件が今後の戦況にどのように影響するとお考えでしょうか?』

『はい、この2つの島はどちらもグラ・バルカス帝国本土とムー大陸を繋ぐ連絡線、あるいは補給線の中継地点だと分析されています。グラ・バルカス帝国の本土の正確な位置はまだ判明しておりませんが、どうも第二文明圏外西側にあると推定されています。ですので、この2島は本土とムー大陸の植民地を結ぶ重要な地理的要衝だったと思われます』

『補給の中継点ですか。すると、ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国軍は補給を受けられなくなった、ということでしょうか?』

『そうですね、旧レイフォル領に軍需工場を築くなどしているでしょうから、補給を完全に断ち切れたとは言い切れないと思います。ですが今回の場合、ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国人にとっては、敵中に孤立し本土に帰れなくなったという深刻な状態になっています。例えばこの情報を大々的に放送することで、ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国軍の士気を低下させたり、グラ・バルカス帝国に支配されているレイフォルの人々の反乱を誘発する、などの戦略に活かせると思います』

『なるほど、分かりました。しかしこうなると、グラ・バルカス帝国側もこの状況を()()するとは思えませんが、タイガーさんはどうお考えですか?』

『はい、私もまさしくその通りだと思います。この状況を打開するため、グラ・バルカス帝国はあらゆる手を尽くしてくるでしょう』

『では、それに対してムーやロデニウスはどうするつもりでしょう?』

『詳しいことは不明ですが、ロデニウス連合王国軍部の発表によりますと、彼らは既にパガンダ・イルネティア両島に飛行場を建設し、そこに戦闘機隊を展開させているとのことです。我が国でいう「天の浮舟」を配備しているということでしょう。その航空部隊と、島の周辺に展開している艦隊を以て、グラ・バルカス帝国軍に対処するつもりのようです』

『なるほど。タイガーさん、本日はありがとうございました』

『ありがとうございました』

 

 詳しい説明を受けたことで、カルトアルパスの一般市民たちにも状況が分かってきた。

 

 その後、10分延長して40分でニュースは終わったが、酔っ払いたちのおしゃべりはここからが本番である。

 

「おいおい聞いたか!? 信じられねぇ」

「ああ、まさかグラ・バルカス帝国があんなえらいことになっとるとはなぁ。驚いたぜ」

「すげーな、ロデニウス軍は。グラ・バルカス帝国の主力艦隊を撃滅したばかりか、パガンダとイルネティアも取り戻しちまったのか……」

「多分、イルネティアはムーが主体になって取り戻したんだろうけどな。それでも、ムーがそこまで実力をつけてきてるってのは驚きだぜ」

 

 興奮した様子を隠さない早口で、酒と料理をかっ食らいながら酔っ払った商人たちは話している。

 

「そういえばよ、うちの国はどう出るんだ? バルチスタの海戦ではひでえ目に()ったらしいが、まさかやられっぱなしということはねえだろ?」

「ちらっと聞いたが、どうも陸軍部隊に動員がかかっているらしいな。おそらくムー大陸に上陸し、陸上でグラ・バルカス帝国軍と戦うんだろう。

うちは魔石を扱っているんだが、それが仕入れても仕入れても飛ぶように売れていくんだ。全部ミリシアル軍部が吸い上げちまってるんでな」

「なるほど、このところ缶詰加工会社から注文が多いのは軍のせいか。いやな、俺は魚介類を専門に(おろ)しているんだが、加工会社からの大口注文がやけに多いんだ。そういうことだったのか……軍隊が動こうとしているから、食料とその加工品が徴発されてるんだな」

「ということはよ、皇帝陛下が今度こそやる気になったのかね?」

「多分そうだろうなぁ。この街も空襲されたし、バルチスタでもやられたんだ、いよいよやり返そうとしてるんだろうぜ」

「だろうな、俺も同意見だ。そしてこういう時にどれだけ売り捌くかが、商人の生き残る途よ!」

(ちげ)ぇねえ。ここが腕の見せ所ってこった。たんまり稼ぎたいモンだな!」

「命だけは(でえ)()にしろよ」

「おうさ、命あっての物種だからな!」

 

 (いっ)(かく)(せん)(きん)を夢見る商人たちは、今日もたくましく生きていた。

 

 

 このニュースを聞いていたのは、何もカルトアルパスの一般市民や商人たちだけではない。

 

「お聞きの通りでございます、陛下」

 

 神聖ミリシアル帝国帝都ルーンポリス 皇城アルビオン城。その一角にある会議室にて皇前会議が行われていた。12時40分のことである。

 丁寧な口調と共に恭しく頭を下げるのは、帝国情報局長のアルネウス・フリーマン。彼の前にいるのは、この国の頂点に立つ男……現皇帝ミリシアル8世だ。

 

「うむ、どうやらロデニウスとムーはやり遂げたようだな。

それにしてもまさか、グラ・バルカス帝国艦隊の撃滅ばかりかムー大陸西部の制海権まで取り返すとは……ロデニウス海軍の評価を上方修正せねばならぬな」

 

 呟くようなミリシアル8世の言葉に、軍務大臣シュミールパオ・ラックが応じた。

 

「はっ、(おお)せの通りにございます。何しろあの国は、世界連合艦隊にも成し得なかったことを成し遂げたのです。これで『第三文明圏外』などと、どの口が申せましょう」

「うむ。時にシュミールパオよ、前にロデニウスから技術供与された兵器類はどうなった?」

「はっ! レーダーと魚雷に関しては、残念ながらまだ試作段階でございます。今の我が国の技術力では、魔導波を電磁波に変換するのが困難であり、またロデニウスのレーダーは魔導を一切用いていない物ですので、調整に苦慮しております。魚雷については、何分遺跡にも類似した兵器が見つかっておりません故、こちらも苦労の連続でございます。皇帝陛下のご期待に添えず、申し訳ございません」

 

 恐縮しきりの様子のシュミールパオに、ミリシアル8世は(おう)(よう)に頷いてみせた。

 

「良い、新技術の導入には時間がかかることくらい理解しておる。魔法と科学では、技術体系が違うゆえに理解に苦労することもあるだろうこともな。だが、なるべく急いでかかってもらいたい」

「ははっ。それと、ソナー及び爆雷につきましては、現在小型艦に搭載して試験中です。アクティブソナーは調整に手間取っておりますが、パッシブソナーと爆雷については順調そのものです。今後訓練を繰り返せば、およそ2ヶ月で実戦に十分耐える物になるでしょう」

「少し長いな、1ヶ月に短縮することは可能か? ムー大陸での反攻作戦のことがある、それに間に合わせたい」

「承知いたしました、調整します」

 

 続いて皇帝の目は、シュミールパオの隣に座る国防省長官アグラ・ブリンストンに向けられた。

 

「アグラよ」

「はっ!」

「ムー大陸に派遣する部隊の編成はどうなった?」

「はっ、陸軍につきましては第2・第3師団及び第2機甲旅団の遠征準備が完了しています。現在、全部隊ともこのルーンポリス近郊に集結を完了しており、皇帝陛下のご命令があればいつでも輸送船への搭乗を開始できます。

海軍についてですが、第4魔導艦隊の出撃準備が完了した他、第14・第13地方隊もこのルーンポリスに移動中です。両部隊とも、3日後に到着の予定でございます」

「輸送船の調達はどうか?」

「申し訳ございません、現時点ではあと5隻ほど不足しております。軍部では民間の輸送会社に協力を頼んでいるのですが、反応が(かんば)しくありません」

「分かった、それについては余の方で何とかする」

「ありがとうございます!」

「それと、ロデニウスやムー、第二文明圏各国軍部との連携も忘れるなよ」

「ははっ!」

 

 カルトアルパス空襲、フォーク海峡海戦、第一次バルチスタ沖大海戦と、神聖ミリシアル帝国軍はこのところ良いとこ無しの状態が続いている。それに加えて、ロデニウス連合王国軍がグラ・バルカス帝国主力艦隊を撃滅し、さらにムー大陸西岸の制海権を確保するなど、華々しい活躍によって影響力をどんどん高めている。故にミリシアル上層部としては、この局面を打開し、強国ミリシアルの認識を今一度各国に植え付けたいという思惑があった。

 ムー大陸における対グラ・バルカス帝国総反攻作戦には、神聖ミリシアル帝国も参加するつもりなのである。そのためこうして準備を進めていたのだ。

 

「リアージュよ」

「はっ!」

 

 ミリシアル8世の目は、今度は別の席に向けられた。そこに座っているのは、外務省統括官ヘルベルト・リアージュである。

 

「ロデニウス連合王国、及び第二文明圏各国との連絡を密にせよ。特にムー国、ロデニウス連合王国とは緊密な連携を徹底せよ。この2国が反攻の中心となるのは間違いないでな」

「ははっ! 外交官各員に周知徹底させます」

「それから、ヒルカネよ」

「はっ!」

 

 さらに、皇帝の言葉が対魔帝対策省・古代兵器分析戦術運用部部長ヒルカネ・パルぺに突き刺さる。

 

「空中戦艦パル・キマイラの整備は終わったか?」

「は、残存工程はあと1割であります! 1週間以内に終わらせます!」

「よろしい、早急に終わらせよ。ムー大陸での反攻作戦の際に動員する可能性があるでな」

「はっ、承知いたしました!」

 

 対グラ・バルカス帝国総反攻作戦に向け、神聖ミリシアル帝国は静かに動き出す。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ロデニウス連合王国、そしてムー国が発表したこのニュースは、列強国の公式発表だけあって全世界(一部の文明圏外国など魔信や無線がない地域は除く)に伝わった。ムー大陸一帯にも当然ながら伝わっている。……グラ・バルカス帝国領レイフォル州にも、例外なく。

 

「バカなっ! バカなバカなバカなぁっ!!」

 

 州都レイフォリアの外務省レイフォル出張所にて、情報収集を兼ねてムー国のTV放送(実は違法に線を繋いで盗み見ている)を見ていた若い男が1人、昼食を放り出して叫びながら廊下を走っている。外交官のダラス・クレイモンドだ。

 大急ぎで執務室へ向かうダラス。彼の脳裏にはたった今伝わった情報が反響していた。

 

『パガンダ・イルネティアとも異世界側に奪回され、自分たちは敵中に孤立した』

 

 そう、そこが最大の問題だった。

 グラ・バルカス帝国はユグド(グラ・バルカス帝国はユグドからこの世界に転移してきた)においても、この世界においても最強である……ダラスはそう信じきっている。

 しかし、今入ってきたニュースはそれに真っ向から異議を唱えるものだった。精強なるグラ・バルカス帝国軍が敗れ、海軍の主力艦隊が全滅したばかりか、パガンダ・イルネティア両島まで奪い取られ、そして自らは敵中に取り残されてしまったのだ。

 ダラスが混乱するのも無理のない話である。

 ともかく、軍部に確認しようとダラスは執務室に飛び込み、ダイヤル式電話(いわゆる「黒電話」)の受話器を取り上げた。統合基地ラルス・フィルマイナに電話をかけるつもりなのだ。

 電話はすぐに繋がり、その結果ダラスはさっきのニュースが決して誤報やブラフの類ではなかったと思い知らされた。そして、こうも言われてしまった。

 

『現在、ムー大陸に我が海軍戦力は全くと言って良いほど残されていない。ロデニウス海軍との交戦で大半が失われてしまった。このため、海路での脱出は不可能である。

また、パガンダ・イルネティア両島が敵の手に落ちてしまったため、航空機の航続距離が足りず、アストラル大陸までの脱出さえも不可能である』

 

 早い話が「打つ手無し」であった。

 完全に平静を失い、電話口でさんざん怒鳴りまくった後、受話器を置いたダラスは荒い息を整えようとした。だが、今聞かされた情報は予想だにしなかったものであり、その衝撃は大きく、簡単には静まらない。

 その時、

 

ドドオォォォン……!

 

 遠く爆発音が聞こえた。

 

「な、何だ!?」

 

 咄嗟に窓に駆け寄り、ダラスは外を見る。すると、レイフォリア軍港の方で多量の黒煙が上がっていた。耳を()ませると、かすかに緊急用サイレンの音も聞こえる。

 

「ば、バカな…!」

 

 ここももう安全ではない……それを無理やり理解させられたダラスであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同時刻、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ 帝国軍本部。

 例になく職員や将軍クラスの軍人が慌ただしく行き交い、書類になった資料と怒号が飛び交う。どうしたのかは言うまでもない。「世界のニュース」での発表により、これまでイルネティア島から送られていた戦況報告が誤報であると、正式に判明したからだ。

 実はイルネティア駐留軍の司令部からはこれまで「我が軍有利」という情報しか届いていなかったのだ。このため、それまでの連戦連勝もあって軍本部ではその報告に僅かな疑念を抱きつつも受け入れていたのだが、蓋を開けてみればこの始末である。

 イルネティア島は陥落し、守備隊はどうやら玉砕したものと見られ通信途絶、イルネティアやムー大陸周辺にいるだろう艦隊の司令部に連絡を取っても応答がない。

 あまつさえ、ムー大陸の勢力圏が敵中に孤立してしまい、ムー大陸にいる30万人の帝国陸軍兵士たち、そして結構な数の入植者たち(一般市民)が敵の勢力圏に取り残されてしまったのだ。

 

 問題はそれだけではない。今度の敵は、これまで帝国が相手にしてきた諸国家とは違うのだ。

 これまでグラ・バルカス帝国が相手取ってきた最強の敵は、惑星ユグド(前世界)にあったケイン神王国である。この世界に転移してからは神聖ミリシアル帝国が最強の相手だと見られていたものの、航空機の性能差や魚雷がないという戦術の遅れなどから、どうにかなると見られていた。

 ところが、今回戦った敵…おそらくロデニウス連合王国…は、グラ・バルカス帝国の海軍主力艦隊を撃滅したばかりか、ムー大陸西部の制空権・制海権すらも押さえてしまい、ついにはグラ・バルカス帝国の植民地を失陥させた。そればかりか、ムー大陸の植民地すら脅かしている。そして、ロデニウス軍によって与えられた被害をざっとまとめると、戦艦・空母とも各15隻以上喪失、その他巡洋艦、駆逐艦、潜水艦などまで含めると艦艇の喪失は300隻を軽く超え、航空機もどう少なく計算しても1,400機以上が破壊されている。しかもその中には、「不沈艦」グレードアトラスター級戦艦や「無敵の戦闘機」アンタレス07式艦上戦闘機、さらには「超空の要塞」グティマウンすら含まれているのだ。

 これほどの被害を出した戦争は、過去に例がない。それだけ見ても、今度の敵はそれまでとは違う、ということが赤子にも理解できる。

 それに加えて、今回失陥した植民地は、ムー大陸と帝国本土を結ぶ重要な中継点である。このため本土からの補給がムー大陸に届かなくなっているのだ。この状況を放置してムー大陸の植民地が陥落することになれば、グラ・バルカス帝国の国威は地に落ちてしまう。そしてそんな体面的な問題以上に、経済問題が重くのしかかってくる。

 グラ・バルカス帝国は島国であり、その本土はお世辞にも大きいとは言えない。そして本土で産出する資源の量にも限界がある。そのため、外国を征服して植民地とし、そこから資源を吸い上げることで本国の経済を回しているのだが、ムー大陸の植民地が失われれば資源は当然入ってこないし、逆に植民地開発に注ぎ込んだ金は全てドブに捨てたことになってしまう。そんなことになれば、植民地開発に投資した国民や銀行が破産しかねない。そのダメージは不足する資源と合わさって、グラ・バルカス帝国の経済に大打撃を与えるであろう。

 

 この事態を受けて、帝王グラ・ルークスから出された命令は「軍は陸・海・空とも一丸となって、パガンダ島・イルネティア島の一方または双方の奪還、並びに敵戦力の撃破に(まい)(しん)せよ」である。これを果たすため、三軍とも必死に準備し始めた。

 まず陸軍は、部隊の動員準備を行うと共に、一部の部隊については急ぎ機械化を開始した。これまで明確な機甲師団と呼べる部隊は、ボーグ・フラッツ大将(戦死後2階級特進)率いる第4師団しかなかったのだが、ムー大陸を攻略するにあたっては機甲師団の存在が重要だと考えられたため、急いで機甲戦力の整備を開始したのである。また戦車についても、これまで本土で走行試験を行なっていた「2号重戦車 ワイルダー」の戦力化を急ぐこととした。

 ちなみにこのワイルダー重戦車、性能も見た目も「九五式重戦車 ロ号」に酷似している。ただ、主砲のみハウンドII中戦車と同じ48口径47㎜砲に換装されている。

 続いて海軍は、反撃の(さきがけ)となるべく主力艦隊の動員を検討し始めた。現在本土に残っている西部・北部・南部の各方面艦隊のうち、どれを引き抜いてムー大陸へ向かわせるか、という検討である。ただし、潜水艦隊はこの検討対象から外されていた。というのも、現状グラ・バルカス帝国海軍の潜水艦戦力は枯渇寸前の状態である(第2・第3潜水艦隊が全滅してしまった現状、健在なのは第1潜水艦隊50隻のみ)からである。

 最後に空軍は、特殊殲滅作戦部も含めてどのような航空戦力を以て皇帝陛下の命令を遂行するか、必死で検討している。と言っても空軍の場合、明らかに1つやるべきことが決まっていた。「アンタレス改」もとい「アルコル」艦上戦闘機の量産である。というのも、東部方面艦隊や各地方隊、基地航空隊などの交戦記録から、従来の「アンタレス」艦上戦闘機ではロデニウス軍の戦闘機に全く対抗できないことが判明したからだ。

 

 その他に、「ムー大陸が孤立してしまった」というニュースは箝口令が敷かれることとなり、一般国民には秘密とされた。このため、グラ・バルカス帝国の一般国民たちは何も知らないままいつも通りの生活をしている。

 ただし、一部の(さと)い者は状況がおかしいことに違和感を持った。いつまで経ってもムー大陸への入植の「一時停止」が解除されないことや、急に戦争の経過に関する報道が減った代わりに軍の宣伝映像などが増えたことに。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そしてもちろんだが、ニュースはこの地にも届いていた。ロデニウス連合王国海軍第13艦隊の拠点・タウイタウイ泊地。

 というよりここにニュースが届いていなかったら、それはそれで問題だろう。

 

「そうか。ムー大陸に行った皆、やってくれたか……」

 

 軽巡洋艦の(かん)(むす)(おお)(よど)”から報告を受けて、執務机で書類仕事に当たっていた本日の秘書艦“日向(ひゅうが)”は、いつもと変わらない様子でそう言った。そして「まあ、そうなるな」と付け加える。

 

「はい。それと今のところ、妖精さんの戦死は確認されておりますが、轟沈した艦娘はいないそうです」

「分かった。指揮艦には私から伝えておく」

 

 仲間意識の強い艦娘たちにとっては、背中を預けて戦える仲間がいるということはなかなかに重要なのである。

 現在、タウイタウイ泊地の指揮権を継承している人物…にして、このタウイタウイ泊地に集う艦娘の中で唯一指輪を()めている者は、ここにはいない。連絡会議のため、ロデニウス連合王国軍総司令部を訪ねているのだ。

 

「こっちはどうにか一段落したが……まだしばらくは油断できないな」

 

 “日向”は小さく呟き、執務机に山と積み上げられた書類との格闘を再開するのだった。




というわけで各地の様子の描写でした。
かねてからの予定通りムー大陸での総反撃を狙う、ムーを中心とする第二文明権内外諸国とロデニウス連合王国を含む大東洋共栄圏参加国、それに1枚噛もうとする神聖ミリシアル帝国。そして衝撃を受けつつも対処しようとするグラ・バルカス帝国。戦争はまだ終わりません……

さて、誠に勝手な話で申し訳ありませんが、今回は次回予告を省略させてください。
次回はレイフォリアの様子……はっきり言えば、ダラスが最後に目撃した多量の黒煙は何だったのか、というところを描写するのですが、タイトルがネタバレに直結しておりますので迂闊に書けないのです。ですので今回は、勝手ながら次回予告を省略させていただきます。
あの黒煙の正体を想像しながらお待ちくださいませ。
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