鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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今回はグラ・バルカス帝国艦隊の視点です。
ロデニウス軍の航空攻撃を受けまくった彼らの様子は、いったいどんなものだったか、ご覧ください!



178. いちばん長い14時間

 中央暦1643年6月9日 午後4時、ロデニウス大陸西方965浬沖 大東洋上。

 雲一つ無い空。

 太陽が西に傾き、茜色に染まった空はどこまでも広がり、海は穏やかに波打つ。

 海鳥たちはのんびりと浮かんでいた。

 どこまでも平和な風景、天国のような風景はその者たちの到来により、一瞬で緊迫した様相に変わる。

 波を裂き、力強く鋼鉄の船が進む。空には上空警戒の鋼鉄の鳥が現れ、不快な音を鳴らしていた。

 現れた鉄の船は、急激にその数を増やし、艦隊となって進む。その針路は東を向いていた。

 

 チエイズ王国で補給を済ませ、出発したグラ・バルカス帝国特務軍艦隊は、二分していた艦隊を合流させ、進撃を開始していた。

 その数合計241隻。数が減った理由は、輸送船やその護衛にあたる軽巡洋艦・駆逐艦の一部をニューランド島に置いてきたためである。

 

 グラ・バルカス帝国特務軍艦隊司令アンネッタ・ミレケネス中将は、旗艦「グレードアトラスター」の艦橋から海を眺めていた。

 帝国三将と呼ばれる実力の持ち主、女帝ミレケネス……年の割には若作りであり、影ながらのファンも多い。

 

「ふぅ……」

 

 ミレケネスは小さく吐息を吐く。

 

「しかし……我が軍は圧倒的だな……」

 

 旗艦「グレードアトラスター」と空母群を囲むように、十分な対空戦闘能力を持つ戦艦や巡洋艦が配置され、さらに外側には多数の駆逐艦が並んで環状陣形を築いている。水平線まで艦隊が見える。

 付近には、帝国の誇る大型空母が誇らしげに進んでいた。

 大艦隊が行く光景は、圧倒的な光景であった。

 

「司令、外周警戒戦闘機隊から入電。南方約300㎞の海上で、ワイバーン40騎が艦隊へ向けて進行していたため、全騎撃墜したとのことです。なお此方の損失ゼロ、被弾機無しです」

 

 通信士から報告を受けた戦艦「グレードアトラスター」の艦長、マリノス・ラクスタル大佐が報告を上げる。

 

「ふむ……また弾薬の無駄遣いをしたな」

 

 ミレケネスは興味の無い顔で呟いた。

 

「まったくですな。

異世界の連中は夜間飛行能力を持ちませんので、何の脅威でもありませんし、今回が本日最後の空襲となるでしょう。

訓練と、弾の無駄遣い……強いて言うなら気が休まらないことが問題ですが……状況を見て、旗艦に関しては敵の脅威度を測定し、問題ないならば警戒体制を縮小するといった事も検討するつもりです」

 

 ニューランド島を出発し、特務軍艦隊がロデニウス連合王国に進路を取った後は、グラ・バルカス帝国側の予想に反して帆船による攻撃は止んでいた。これは単純に、グラ・バルカス帝国の艦隊速力が各国の想定していた侵攻速力を遙かに上回り、そのため全く追いつけなかったからである。

 帆船による攻撃がなくなった代わりにワイバーンは五月雨のように飛んできていたが、帝国の防空網にあっさりと引っかかり、次々と撃墜されていた。

 

「圧巻の行進ですな、この大艦隊を見て、怯まぬ者はこの世界に存在しないでしょう」

「……そうだな。圧倒的物量は、小賢しい作戦をすべて押しつぶす」

 

 そうは言ったものの、ミレケネスは一抹の不安を感じていた。

 ロデニウス連合王国側も、当然迎え撃つ兵力を用意しているだろう。しかし、特務軍艦隊に集められた兵はいずれも精鋭であり、また「グレードアトラスター」をはじめ強力な艦ばかりが揃っている。それに対し、ロデニウス軍は主力艦隊をムー大陸に送ってしまっており、本土に残っているのは二線級の部隊だけだと考えられる。

 負けることはないだろう……ミレケネスもラクスタルも、そして他の将兵も、そのように考えていた。少なくとも先日までは。

 先日、ニューランド島に到着した時に届けられた無線通信で、特務軍艦隊司令部は騒然となった。

 

『東部方面艦隊、ロデニウス連合王国艦隊に敗北。損耗率7割以上、空母は全滅。旗艦「ブラックホール」喪失、カイザル・ローランド大将以下司令部幕僚総員安否不明』

 

 ミレケネスとともに「帝国三将」の1人に数えられたカイザルが、未帰還になったというのだ。しかも、東部方面艦隊は壊滅したというのである。

 ということは、ロデニウス連合王国には計り知れない力があるということになる。そうでなければ、あのカイザルが率いる最精鋭の艦隊が壊滅するなんてことにはならない。

 

(ロデニウス連合王国……いったいどんな力があるというのだ?)

 

 その疑問は、見えざる針となってミレケネスの胸に突き刺さっていた。まるで、喉に刺さったままなかなか取れない魚の骨のように。

 

 

 陽が沈んだ後も、グラ・バルカス帝国艦隊はロデニウス大陸に向けて前進を続けている。ミレケネスは一時的に指揮権をシュリーザ・アウロネス少将に委譲して、自身は一眠りしていた。どんな人間であろうと流石にずっと働き続けるのは不可能、休息が必要である。

 そんなミレケネスを眠りの半ばで叩き起こしたのは、突然艦内に鳴り響いた警報だった。

 

「!?」

 

 寝起きの混乱する頭でミレケネスが事情を理解しようとした時、ドオォン…と、外から鈍い音が響いた。それは間違いなく、何かが爆発する音だった。

 

「司令! 司令!」

 

 続いて、「グレードアトラスター」副長が寝室のドアを叩きながら叫ぶ。

 

「どうしたっ!」

 

 軍服の上着を羽織りながら、ドア越しにミレケネスは尋ねた。

 

「て、敵襲です! 攻撃手段は分かりませんが、とにかく敵襲です! 味方艦が次々と被弾、炎上しています!」

「何!? 分かった、すぐに行く!」

 

 もはや仮眠どころではない。

 ミレケネスは急いで「グレードアトラスター」艦橋へ向かった。

 

「何が起きている!?」

 

 艦橋に入るや、ミレケネスは叫んだ。すぐさま通信士が無線機を渡し、アウロネスが報告する。

 

『はっ、5分ほど前から友軍艦が次々と爆発、炎上しています! 友軍艦はいずれも上部から爆発しており、魚雷などではないと思われます。

また、まだ情報収集中ですが……対空レーダーの操作員からは、一瞬だけレーダーに薄い光点が映った直後から友軍艦の爆発が始まった、とのことです!』

「な…! 現時点での味方の被害は!?」

『現在無線が混乱しており、詳細は不明……ああ!』

「っ!」

 

 通信の途中で、アウロネスが悲鳴を上げる。ミレケネスも、すぐにその理由を察した。

 艦隊の中央、「グレードアトラスター」の左隣にいたペガスス級航空母艦「カペラ」が、凄まじい火柱を噴き上げて爆発している。火柱の大きさはあまりにも太く高く、明らかに航空燃料もしくは爆弾等の誘爆が起きていた。

 

「なんてことだ!」

 

 絶句するミレケネスの周囲では、めくらめっぽう対空砲を撃つ艦もいる。しかし、そうした艦も次の瞬間には大爆発を起こし、沈黙を強いられていく。

 特に環状陣形の外縁、駆逐艦が展開している辺りには、白い煙の幕のようなものが複数発生しており、焼き入れのような音が鳴っている。明らかに爆発した駆逐艦が轟沈しており、大量の海水によって火災が瞬時に消し止められたことで水蒸気が発生、それが白い幕のように広がっているのだ。

 

 

 突然の攻撃により大混乱に陥るグラ・バルカス特務軍艦隊。巡洋艦「テラ・バーカ」艦上でも、艦長のパーボルトが混乱しながら必死に指揮を執っていた。

 

「敵の攻撃は空から来ているらしい! なんとか探し出して撃ち落とせ!!

機関全速!! 回避運動しつつ、対空射撃!!」

 

 しかし、夜間ゆえに視界が効かず、頼みの綱のレーダーも敵の攻撃をほとんど捉えられない。これでは、対空射撃をしたとしても命中は到底期待できなかった。

 

「早く探せぇ!! 見つけ次第各個に撃て!」

 

 パーボルトがそう叫んだ直後。

 空から突っ込んできた円筒形の物体が、対空砲火を掻い潜って「テラ・バーカ」艦体中央に命中、爆発した。そしてそこには、魚雷を装填した魚雷発射管があった。

 艦体中央部で発生した巨大な火球は、恐ろしい勢いで膨れ上がる。

 爆圧は弱い方向へ駆け巡り、大量の火薬の爆発による強烈なエネルギーは艦底部まで達し、竜骨を叩き折った。

 上部構造物は猛烈な爆発と共に吹き飛ばされる。

 

 艦長パーボルトは光と共に、この世を去った。その直後、巡洋艦「テラ・バーカ」は艦体を真っ二つにへし折られ、あっという間に海面下に消え去った。

 

 

 再び特務軍艦隊旗艦「グレードアトラスター」に場面を戻す。

 司令ミレケネスの目に、悲劇が飛び込む。

 圧倒的な……雨とも言える対空砲火、その砲撃をかいくぐり、次々と敵の攻撃が着弾していた。

 その爆発の威力は凄まじく、巡洋艦の大きさを超える爆発が多数出現する。 

 

「巡洋艦『テラ・バーカ』大破、いや爆発轟沈! 続いて……あの位置は駆逐艦『カロン』か、轟沈!!」

 

 艦橋には無慈悲な報告が続く。

 空母だろうと巡洋艦だろうと区別はなく、ロデニウス連合王国軍によるものと思われる謎の攻撃は続き、味方が片っ端から轟沈していく。

 自分たちは強い国…前世界たる惑星ユグドではナンバーワンの国家であり、この世界においても列強とされる国ですら容易く滅ぼせるほどの軍事力がある。

 それなのに、その強いはずの友軍が、まるで弱者であるかのように、何もできずに一方的にやられていく。

 何が起きているのか、全く理解できない。

 

 唐突に始まった攻撃は、唐突に止んだ。海上にはしばらく対空砲の砲声が響き、曳光弾が飛び交っていたが、それもやがて終息していく。

 

「どうやら終わったか……損害を集計しろ! 航行不能になった艦には、駆逐艦2隻ずつを付けて乗員の救助を行え!」

 

 命令を出した後、ミレケネスはアウロネスに報告を求めた。

 

「さっきの敵の攻撃、発射位置の特定はできたか?」

『申し訳ありません、現時点でまだ特定できていません!!」

「ぐっ……早く見つけろ!!」

 

 ミレケネスは声を絞り出した。

 今のが敵からの攻撃であることは間違いない。ただ、どうやって攻撃してきたのかが分からなければ、対策の立てようがない。それゆえまずは、発射元を特定しようとしているのである。

 

(それにしても、何だこの強さは……! 夜間にこれだけ正確な攻撃を行ってくるとは…ロデニウス連合王国は本当に蛮族なのか? これほどの攻撃を行える国が?

とんでもない! 蛮族どころか、我が方すら超える強さではないか!)

 

 グラ・バルカス帝国の艦上機には、夜間に作戦行動を取れる機体はまだない。陸軍では、レーダーを搭載して夜間でも飛ばせる機体を作る計画が進んでいるようだが。

 しかし、ロデニウス軍はおそらく夜間の航空攻撃で、これほどの被害を与えてきた。こんなことは、ミレケネスは一度として経験したことがない。

 軍本部はこの世界の連中を「技術遅れの蛮族」と評していたが、少なくともロデニウス連合王国に限っては、その評価は全くの的外れではないのか……そんな予感が、ミレケネスの脳裏を掠めた。

 

 敵の攻撃が止んだため、一時的に戦闘配置を解除して、特務軍艦隊は被弾した味方の確認作業と、航行不能になった味方艦からの将兵の救助を開始する。だが、今は真夜中。火災という灯りがあるとはいえ、視界は全くといって良いほど効かない。そのため兵士の救出は難航した。

 しかも、である。救助作業を開始してから20分、まだ将兵の3割も救出できていないと思われる頃に、

 

「対空レーダーに感! これは……敵航空機と思われます!

数5、8、いや……さらに増加、現時点でおよそ20! はっ、速い! 敵速、時速1,200㎞以上!」

 

 とんでもない報告が挙げられた。

 

「な…何!? じ、時速1,200㎞以上だと!? 間違いないのか!?」

「間違いありません! あと20秒で艦隊上空に到達します!」

 

 たった20秒しかないとなると、今から警報を鳴らしたとしても配置につけるかどうか分からない。

 

「くっ、全艦救助作業中止! 対空戦闘急げ!」

「了解! 全艦、対空戦闘急げ!!

敵機が来る! 恐ろしく速い奴だ!!」

 

 ミレケネスは慌てて指示を出したものの、それですぐに艦隊が陣形を組み直せるはずも、兵士たちが戦闘配置につくことができるはずもない。

 怒号と軍靴の足音、そして警報音が響く艦内に、外から異様な轟音が聞こえ始める。

 

ゴオォォォ……!!

 

 ミレケネスも末端の兵士も、誰も聞いたことのない轟音。

 そして、闇の中から光の輪のようなものが複数現れ、低空から凄まじい速さで迫ってくる。

 

「敵機来るぞ!」

 

 ミレケネスが叫んだ時、夜闇の中から多数の()(せん)が噴き伸びた。

 

シュバババァッ…ドドドドドドーン!!!

 

 轟音と破壊が連続する。

 敵機が撃ったのは、どうもロケット弾らしい。それほど大きなものではないようだが、如何せん数が多い。1機あたり20発は撃っているようだ。それが次々と艦隊に降り注ぐ。

 直撃弾を受けた味方艦は燃え上がり、その火災炎が格好の射撃目標となって更なる追加攻撃を受ける。駆逐艦や軽巡洋艦のような防御力の乏しい艦には、このロケット攻撃で航行能力を失う艦もあったようだ。

 さらに、何発かの爆弾が降り注ぐ。

 

 艦隊の上空を、後部から1本の炎を吐く敵機が複数、高速で飛び過ぎていく。月明かりで垣間見えたのは、プロペラがなく、主翼は後部に向かって斜めに後退し、異様に尖った機首を持つ異形(いぎょう)の姿。

 

「くっ…!」

 

 敵機があまりにも速過ぎて、対空砲の照準が全く追いつかない。

 1発の対空射撃もできぬまま、良いように攻撃されたことに、ミレケネスはギリッ…と歯を噛み締めた。

 

 

 最終的に、夜が明けるまでに特務軍艦隊はなんと20回にも及ぶ敵の攻撃を受けた。

 直接敵機が襲ってきたのが15回以上、さらに発射位置すら特定できない謎の攻撃が少なくとも2回。

 特にこの謎の攻撃は、見た限り1発の外れ弾もなく、全てが味方に着弾し、1隻また1隻と味方を沈めていった。

 特務軍艦隊は恐怖におののく。

 

 怒り、恐怖、絶望。

 言いようのない感情がミレケネス、アウロネスをはじめ特務軍艦隊司令部幹部たちの心を蝕む。

 艦隊は未だ敵の正体さえも完全には掴めていない。

 射程距離、いや、探知すらさせぬ位置から一方的かつ正確、そして規格外の破壊力を有する連続した敵の攻撃。

 いったいどうすれば、こんな攻撃ができるというのか。

 

 やがて、悪夢の夜が明けた。

 無線で被弾を報告する暇もなく轟沈した艦も多かったため、被害の全容を把握できていなかった特務軍艦隊司令部。しかし、太陽の光が差したことで闇が駆逐され、視界が効くようになったため、徐々に被害が明らかになっていった。

 

「ミレケネス司令! 空母が……空母が、全て撃沈されました。我が艦隊は、制空権を…喪失…!」

「戦艦6隻は全て健在です」

「重巡洋艦は残り12隻です。軽巡洋艦は26隻が健在!」

「駆逐艦は…轟沈艦多数、現在詳細確認中!」

 

 幹部が苦渋の表情で報告する。

 敵対的勢力が多くいる海域での空母の全滅、その意味が解らぬ者はいない。制空権を失った艦隊など、敵の航空戦力に叩きのめされるだけである。

 

(なんて被害……! これが、ロデニウス軍の強さだというの……?

いや、でも栄えあるグラ・バルカス帝国の主力艦隊が全力出撃したにも関わらず、敵に傷一つ付けずにおめおめと逃げ帰るなど、あってはならない…! そんなことをすれば、帝王陛下のご命令に背くことになる…!)

 

 必死に頭を回すミレケネス。弾き出された結論はこれだった。

 

「針路、ロデニウス大陸。変更はありません」

 

 その命令に幹部が血相を変える。

 

「しかし、それでは制空権のない中を突破することになります! ロデニウス大陸に到達するまでに、果たして何隻が健在でいられるか……」

「それは分かっています。ですが、敵とて弾が無限にある訳ではないでしょう。

現に、夜間の敵の空襲から数えていくと、攻撃から次の攻撃までのペースが少しずつ開いています。弾切れが近い可能性があります。よって、このまま進撃し敵の本丸を潰します」

 

 実際、攻撃から次の攻撃までの時間的間隔が少しずつ開いている。このためミレケネスは、敵が少しずつ弾切れに近付いていると判断した。

 ならば、このまま進めば十分にロデニウス本土を攻撃できるだろう。

 

 ところが。

 

「対空レーダーに感! これは…反応がかなり大きいです! 我が軍でいう『グティマウン』クラスの大型爆撃機と思われます!

艦隊からの方位10度、距離115㎞、高度8,000メートル! 敵機数はおよそ30!」

「何!?」

 

 2つの意味で意外な敵が襲ってきた。

 まず、ロデニウスに「グティマウン」クラスの大型爆撃機があるということ自体が初耳である。ミレケネスも、ロデニウス軍が4発レシプロエンジンの機体を保有していることは諜報員の報告で知っていたが、高度5,000メートル程度しか飛んでいない、と報告されていたことから、大したことはないと考えていた。しかし、それがどうやら誤りだったらしい。

 次に、艦隊に対する高高度からの水平爆撃は命中率が極めて低い。静止目標に対しての高高度爆撃でさえ、グラ・バルカス帝国軍の高練度搭乗員を以てしても命中率が低いのに、高速で洋上を駆ける艦艇に高高度水平爆撃となるとただ単に爆弾を無駄にばら撒くだけに終わるだろうことは確定である。それにも関わらず、敵は高高度からの水平爆撃を実施しようとしているようだ。それに何の意味があるのか、全く分からない。

 

(何を考えているんだ、敵は……まあ良い、今は迎撃するだけです!)

 

 ミレケネスはまず、この敵機を迎え撃つと決めた。

 空母がない以上、敵機を迎撃する手段は艦隊による対空射撃しかない。「対空戦闘準備」の命令が飛び、各艦が主砲や高角砲の砲身に仰角をかけて時を待つ。

 程なくして、艦隊の左舷前方の空に多数の黒点が見え始めた。双眼鏡で確認すると、4発レシプロエンジンの機体が向かってくる。小隊と見られる3〜4機で編隊を組んでいるものの、その小隊同士の間隔が開いている。

 

「散開しての接近か?」

「敵にも近接信管を利用した対空砲弾があるらしい、と報告が上がっています。おそらくそれを警戒しているのでしょう」

 

 ミレケネスの疑問に、ラクスタルが答えた。

 

「なるほど、ありそうな話だな。ならばここは、主砲は使わずにおくべきか。

各艦、対空砲の射程に敵機が入り次第砲撃開始!」

 

 ミレケネスの号令からしばらく経った後、特務軍艦隊の先鋒にいる駆逐艦や軽巡洋艦が、順次発砲を開始した。生き残っている重巡洋艦や戦艦も、これに続く。「グレードアトラスター」も例外ではなく、10.5㎝三連装高角砲の砲身に仰角をかけ撃ちまくっている。

 対空砲弾の炸裂の中、上空から迫りつつある敵機のうち1機が、主翼から黒煙を吐き出してよろめく。別の1機が主翼をへし折られ、クルクルと死の舞を舞いながら墜落していく。だが、敵機は怯む様子を見せない。高度8,000メートルを保ったままこちらへと向かってくる。

 

(しかし、なんで敵は艦隊に対して高高度水平爆撃を選択したんでしょう……。なかなか当たらないものだと知っているはずなのに、何故わざわざこんな攻撃を……? もしや、何か意図があって……?)

 

 とミレケネスが考えていた時、見張員が報告してきた。

 

『敵機、投弾……え?』

 

 しかし、戸惑ったような声が混じっている。

 

「どうした見張員? 正確に報告せよ」

 

 ラクスタルの命令にも、見張員は戸惑った様子で応えてきた。

 

『は、敵機が爆弾を投下したのですが、各機1発しか投弾していません』

「1発だけだと? 間違いないか?」

『はい』

 

 ラクスタルと見張員のやり取りを聞き、ミレケネスは不可解なものを感じた。

 

(高高度爆撃で1発だけ……? そんなの、まぐれでもない限り当たらない……ではなぜ1発しか投下していないの?)

 

 なんとも不気味な印象……

 

 少しの時間の後、艦隊が回避運動を取る中で見張員が再び報告を挙げた。

 

『あれ……艦長、敵の爆弾ですが、奇妙です』

「何が奇妙なんだ?」

『私の目のせいかもしれませんが……何だか、空中で向きを変えているような気がします』

 

 その声を聞いた瞬間、ミレケネスははっとした。

 

「艦長、全速回避っ!」

「え? は、はっ! 面舵いっぱい、急げ!」

「艦隊司令より全艦! 敵が投下した爆弾は無線誘導爆弾である可能性あり、全力で回避せよ!」

 

 無線に向かって力一杯叫ぶ。

 

「無線誘導爆弾ですと!? それは…!」

 

 命令を出し終えたラクスタルが、驚愕の表情でミレケネスを振り返った。

 

「前に先進技術実験室の連中からちらりと聞いたのを思い出した。連中が構想している兵器の中に、航空機から投下した後無線で誘導して命中率を高める爆弾というのがあったんです。

まさかそれではないかと……」

「あり得ますな」

 

 ラクスタルも納得したようである。

 

「しかし無線誘導爆弾とは……先進技術実験室でもまだ実用化できていないものを、まさかロデニウスが使ってくるとはな。奴らの方が技術が上ではないかと薄々感じていたが、これはもう間違いなさそうだな……」

 

 ミレケネスがそう言った時、その声を塗り潰すように笛のような甲高い音が響いてきた。敵機が投下した爆弾が降ってきたのだ。

 

「総員衝撃に備えろ!」

 

 ラクスタルが命令を下す。

 その数秒後、敵弾の落下が始まった。「グレードアトラスター」の正面に1発が落下し、高く噴き上がった水柱を艦首が突き崩す。

 さらに1発が「グレードアトラスター」の右舷に落下し瀑布のような音と共に水柱を上げるが、基準排水量6万5千トンの巨体は余裕で爆圧を受け止める。

 

「存外大したことないな」

 

 とミレケネスが呟いた瞬間。

 

ドゴオォォォン!!!

 

 轟音と共に艦橋が大揺れに揺れた。同時に左舷の方で爆発音が響く。左舷中央部に爆弾が当たったらしい。

 

「損害を確認しろ! それと消火だ!」

 

 ラクスタルが急いで命令を下す。そこへ、

 

「通信より報告! 戦艦『ヘルクレス』被弾! 続いて巡洋艦『ベスト』被弾、大破の模様! ああっ、巡洋艦『ドリップ』通信途絶! さらに駆逐艦『バリスター』通信途絶!」

 

 味方から悲鳴のような報告が次々と入ってきた。

 

(艦隊に対する高高度爆撃でこれほどの命中率なんて考えられない! やはりこれは、無線誘導爆弾……!)

 

 ミレケネスはその確信を持った。

 

 実際、彼女の推測は当たっている。

 今回ロデニウス軍の「B-29改 スーパーフォートレス」が投下したのは「エロ爆弾改」……「イ号一型乙無線誘導爆弾改」である。「ルールシュタール・クラマーX1無線誘導爆弾」こと「フリッツX」ほどの破壊力はないし、ロケットエンジン等を持たない滑空誘導弾であるが、それでも高度8,000メートルから投下される300㎏タ弾の一撃は駆逐艦や巡洋艦にとっては凄まじい威力であった。

 直撃を受けた駆逐艦は一瞬にして爆炎と共に海面から消え去り、巡洋艦も良くて大破である。また、直撃を受けた戦艦「グレードアトラスター」は主砲こそ無事だったものの、左舷の対空砲に甚大な被害が出た。

 発射前に撃墜された母機もあったため、投下された「エロ爆弾改」は26発だったのだが、そのうち17発が命中となれば十分である。最終的なグラ・バルカス艦隊の損害は、駆逐艦5・軽巡洋艦1轟沈、駆逐艦4航行不能、重巡洋艦1・軽巡洋艦1・駆逐艦4大破、駆逐艦1が至近弾により大破、戦艦1小破である。

 

「くっ……まさか高高度爆撃でこれほどの被害とは……」

 

 空襲が終わった後、被害状況の報告を受けたミレケネスは()(ぎし)りした。そしてこうも考えた。

 

(もしやロデニウス連合王国には、我が国でさえも及ばないような技術力があるのか……? まさかそんな、あり得ない…)

 

 だが、グラ・バルカス艦隊の受難はまだまだ続いた。

 この空襲を皮切りに、グラ・バルカス艦隊には断続的に敵軍が来襲。その多くはレシプロエンジンの4発爆撃機だったのだが、雷鳴のような轟音と共にロケット弾を撃ってくる灰色の機体もいたし、ワイバーンということもあった。そして、どこから撃たれたのかも分からないロケット弾らしい攻撃により、グラ・バルカス帝国艦は次々と撃沈・撃破された。

 そんな中、午前10時43分。グラ・バルカス帝国艦隊を、もう何度目になるか分からない空襲が襲った。今度の敵はなんと、それまでの敵とは違って双発機である。

 

「む!?」

 

 敵機の動きを観察していたミレケネスとラクスタルは、揃って仰天した。敵の双発機はなんと、海面すれすれまで舞い降りてきたのだ。まるで雷撃をやろうとしているかのように。

 

「まさか……我が国の『ベガ』と同じように魚雷を搭載できるのか!?」

 

 グラ・バルカス帝国軍で運用されている「ベガ型双発爆撃機」。これは元々、陸上の飛行場で運用される中型の爆撃機として開発されたものだが、マルチロール化の進んだグラ・バルカス帝国ではこの機体に改修を施し、魚雷を搭載して雷撃機としても運用できるようにしている。

 それと同じことを、どうやら敵がやっているのだ。

 

「あれだけの低空……近接信管が役に立たない!

全艦、敵機は対空機銃のみで迎撃せよ! 高角砲を使うなら時限信管にせよ!」

 

 必死に対空機銃を撃ちまくる各艦。しかし、いつもなら逆さに降る雨のような弾幕も、今はやや密度が薄い。

 というのも、この直前にも空襲を受け、対空戦闘で乱れた陣形を整え直そうとしているところに、この双発機が来襲したのだ。しかも、グラ・バルカス帝国艦隊は度重なる航空攻撃で少しずつ討ち減らされたため、十分な密度の弾幕を確保できないのである。

 それでも何機かの敵機が炎を噴き出し、ある機は空中で爆発して炎の塊となり、またある機は海面に突っ込んで盛大な飛沫を上げる。しかし、その多くは猛然と突っ込んできた。しかもよく見ると、単発機が混じっている。

 

「単発機だと? 護衛の戦闘機か!

しかし、我が方に空母がいないと分かっていながら、なぜ戦闘機を……」

 

 そう言いかけたミレケネスの言葉は、単発機の翼下から噴き伸びた直線状の白煙によって打ち消された。

 

「しまった、こいつらもロケット弾持ちか!」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 沈没する艦こそないようだが、ロケット弾は次々と味方艦に命中し、()き出しの対空機銃座に座る兵を()ぎ倒していく。使える対空機銃が少なくなり、各艦の回避運動のせいもあって弾幕が少しずつ薄くなっていく。

 そしてその隙を見逃さず、双発機が海面すれすれの低高度で飛び込んできた。明らかに戦艦や重巡洋艦を狙って突っ込んでいく。

 

「撃て! 撃ちまくれ! 近付けさせるな!」

 

 ミレケネスが命令し、各艦の兵たちは死に物狂いで対空砲を撃ちまくる。敵の双発機は1機また1機と被弾し、黒煙を吐いて海面に叩きつけられるか爆散して空中で散っていくが、残った機はまるで怯まない。それどころか、逆に機首や胴体側面に据えられた機銃で応戦し、甲板上にいる兵に銃弾を見舞う機体すらある。

 射点に達した双発機が、順番に魚雷を投下した。そのまま旋回機銃を撃ちっぱなしにしながら、全速力でグラ・バルカス帝国艦の脇をすり抜けて飛び去っていく。グラ・バルカス帝国艦も負けじと撃ち返し、辺り一帯をブリザードさながらに機銃弾が飛び交う。

 

「雷跡3! 本艦左舷に接近!」

「取舵いっぱい! 何とかして(かわ)せ!」

「とーりかーじ、いっぱーい!」

「通信より報告、巡洋艦『ベルナンテ』被雷2! 機関損傷と舵故障により、航行不能とのことです!」

 

 次々と報告が飛び込んでくる。

 ミレケネスの予想に反して、思ったほど被雷した艦は出ていないらしい。だが、身軽な駆逐艦も敵機のロケット弾で攻撃され、損傷艦が続出している。夜間からの空襲で受けた被害を合わせれば、総合的な損耗率は艦隊の半数にも達するかもしれない。

 おそらくこの先には、本土を防衛すべくロデニウス艦隊が待ち受けているはずだ。しかも彼らは、本土や周辺の基地から航空機を飛ばしてこちらを攻撃できる。

これほどの手負いの状態で、果たしてどこまで戦えるものだろうか。しかし、ロデニウス懲罰は帝王グラ・ルークス陛下の命令である。あきらめる訳には行かない。

 

「『メブスタ』がやられた!」

 

 「グレードアトラスター」が魚雷を回避し、ミレケネスたちがほっとした時、不意に見張員が恐怖と驚愕の混じった叫び声を上げた。とっさに窓の外を見たミレケネスとラクスタルの視界に、凄まじい光景が飛び込む。

 やられた、という報告から、ミレケネスやラクスタルは「メブスタ」が被雷したと考えた。よって2人は、「メブスタ」の舷側に高い水柱が上がっている光景を予想したのだが……そうではなかった。

 オリオン級戦艦「メブスタ」の艦上で、凄まじい量の黒煙が噴き上がっている。艦の中央部から後部にかけて、大規模な火災が発生しているようだ。いったい何があったというのか。

 

「『メブスタ』に何があった!? 見た範囲で報告しろ!」

「被弾炎上した敵機が体当たりしたのです! こちらでは、艦橋に激突したように見えました!」

「な……!」

 

 見張所からの報告にラクスタルが絶句した。

 帝国の双発爆撃機「ベガ」は、全備重量が10トンにも達する。しかも長距離を飛行することを想定されているため、燃料タンクが大きく、当然入れられる燃料の量も多い。そして最高時速460㎞にも達する。

 そんな大型機が高速で艦橋にぶつかったとなれば、「メブスタ」の状況は絶望的だ。主砲は無事だと思われるが、艦長以下の首脳部は軒並み戦死、艦橋トップの測距儀と射撃指揮所も破壊されただろう。

もはや「メブスタ」は、満足に戦闘を行うことはできない。駆逐艦を護衛に付け、ニューランド島へ送り返すしかないだろう。

 

「くっ……ここにきて戦艦を失うとは……!」

 

 ギリッ、とミレケネスの奥歯が鳴った。

 空襲は終わり、敵機は撤退しつつある。だが、それを素直に喜べる状況ではなかった。

 

 

 もう少し時計の針が進み、ちょうど14時を回った頃。処はロデニウス大陸西方135浬の地点。

 体感的には100回も空襲があったのではないかと思われるほど、何度も敵機と対峙した後、戦艦「グレードアトラスター」の艦橋で、ミレケネスは尋ねた。

 

「現時点での味方の残存艦艇は?」

 

 彼女の声には多分に疲労が滲む。

 

「はっ、現時点での残存艦艇は戦艦5隻、重巡洋艦8隻、軽巡洋艦18隻、駆逐艦66隻です。総合計は97隻です」

 

 幹部の報告に、ミレケネスは1つため息を吐いた。

 

「ニューランド島を出てからたった半日程度……その間に半分以上もやられたのか」

 

 艦隊は半数が壊滅しただけでなく、空母を全て失ったため、制空権は敵に奪われている。これでは、作戦目標を達成できるか非常に怪しい。

 

(一度、ニューランド島へ撤退するか……? いや、それはそれでリスクが大きいか……)

 

 ミレケネスがそう考えていた、その時だった。

 

「対水上レーダーに感! 艦隊正面、距離45㎞! これは……グレードアトラスター級と同等クラスの大きさの反応です!」

 

 レーダーを操作していたオペレーターが声を上げたのだ。

 

「何?」

 

 ミレケネスの眉間にシワが寄る。

 

「水平線上にマスト! 数2……いや、3に増えました!」

 

 続いて見張所から報告が来た。

 こんなところに、自分たち以外のグラ・バルカス帝国艦がいるはずはない。ということは、これは…

 

「ロデニウスの艦隊か…!」

 

 その可能性しかなかった。

 

(撤退しようにも、この敵艦隊がいるのでは無理だ…! 仕方ない!)

 

 ミレケネスは決断を下す。

 

「全艦、対水上戦闘用意! 敵はおそらくロデニウス連合王国の艦隊だ!

これを撃破し、進路を切り開く!」

 

 

 グラ・バルカス帝国艦隊に接近しつつあったのは、ミレケネスの見立て通りロデニウス海軍の連合艦隊だった。

 度々空襲を受けて艦隊陣形が乱れ、被弾して速力が低下した味方艦のこともあって、多大な時間を浪費してしまったグラ・バルカス帝国艦隊。それに対し、ロデニウス艦隊は西を目指してまっすぐ走り続けたことで、どうにか敵を捕捉したのだった。

 

「どうやら追いつけましたね、敵艦隊……」

 

 その旗艦・大和(やまと)型戦艦1番艦「大和」の昼戦艦橋で、遠方に小さく見えるマストを双眼鏡で捉えた”大和”が呟く。

 

「全艦、戦闘配置! 対水上戦闘、砲雷撃戦用意!」

 

 号令と共にラッパが鳴り響き、妖精たちが一斉に持ち場に向けて走り出す。

 

 こうして、グラ・バルカス帝国特務軍艦隊とロデニウス連合王国連合艦隊は互いを目視圏内に捉えた。

 艦隊決戦の、準備は整った。




本文中で夜間にグ帝艦隊に空襲を仕掛けたのは、例の「特殊戦闘機」と「F-104 スターファイター」です。航空自衛隊に配備されたF-104Jが「Mk.4 FFAR」を装備していたことがあったそうなので、「マイティマウス」を対艦攻撃に使ってもらいました。
え、マイティマウスは「空対地」ロケット弾? そんなの知ったこっちゃありません。今までそれをガン無視して対艦攻撃に使いまくっているのですから、今更でしょう。


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次回予告。

一切の容赦が存在しない航空攻撃により、ボコボコにされたグラ・バルカス帝国特務軍艦隊。度重なる空襲で数を減らされ、陣形も乱れた同艦隊を、ついにロデニウス連合王国の連合艦隊が捕捉した。暮れなずむ海に、艦隊決戦の幕が上がる!
次回「大東洋に覇者の立つ刻」

グラ・バルカス帝国特務軍艦隊か、ロデニウス連合王国艦隊か。
「グレードアトラスター」か、"大和"か。
次回、艦隊決戦です!
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