鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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予告通り、艦隊決戦終了後からスタートです。
前話で“大和”が言っていた、「我が国と大東洋共栄圏の参加国、それに神聖ミリシアル帝国が連携して築いた縦深防御陣」とはいったい……



180. 地獄の撤退戦! 大東洋は波高し

 中央暦1643年6月10日 午後4時10分、ロデニウス大陸西方135(かいり)沖。

 

「まさか、我々が負けるとはな……」

「はい……ロデニウス連合王国の強さを、完全に見誤っておりましたな」

 

 グラ・バルカス帝国が誇る超戦艦「グレードアトラスター」の昼戦艦橋で、帝国特務軍艦隊司令アンネッタ・ミレケネス中将と、艦長マリノス・ラクスタル大佐は言葉を交わした。窓ガラスが全て割れた艦橋には、黒煙が容赦無く吹き込んでおり、焦げ臭い匂いが充満している。

 ミレケネスにとっても、ラクスタルにとっても、そして「グレードアトラスター」の全ての乗員にとっても、あり得ないことが起きてしまった。帝国最強の46㎝砲を搭載する「グレードアトラスター」が……帝国の無敵の象徴が、敵戦艦と一対一での砲撃戦に敗れてしまったのだ。

 艦隊戦序盤に敵の空襲を受けたものの、「グレードアトラスター」の乗員たちは日頃の猛訓練の成果を十分に発揮した。敵の爆弾やロケット弾こそ被弾したものの、魚雷は全て躱しきったのだ。さらに、空襲が終わってからの偽グレードアトラスター級戦艦との砲戦では、優秀な射撃用レーダーと鍛えたクルーの技量で次々と命中弾を出し、敵戦艦を追い詰めた。

 だが、喫水線下に2発の敵弾が命中したのをきっかけに、戦況は大きく変わった。浸水によって傾斜してしまった「グレードアトラスター」は、いくら主砲を撃とうとも当てられなくなり、逆に敵艦に叩きのめされるだけになったのだ。その結果、最終的に「グレードアトラスター」は計11発の敵弾を被弾し、機関を破壊されて致命傷を負ってしまったのである。

 火災は既に艦体全てを覆い尽くさんばかりの勢いで拡大しており、左舷からの浸水も次第に拡大している。脚はまだ止まっていないが、6ノットが限界という状態だ。さらに、味方の艦隊は撤退を開始しており、曳航も期待できない。

 ラクスタルは、敵に制空権を握られた状況下ではもはやこの艦を救うことはできないと判断し、既に総員退艦の命令を出していた。

 

「味方はどうなった?」

「本艦以外に、沈没確定となった戦艦はヘルクレス級の『ヘルクレス』だけです。他は既に戦域を離脱しつつあります」

 

 実は「ヘルクレス」は「イタリア」「ローマ」と交戦していた艦である。「イタリア」を航行不能にしたものの、2対1、しかも強力な装甲貫徹力を有する長砲身38㎝砲でボコボコに撃たれては、どうしようもなかった。

 

「巡洋艦や駆逐艦の被害は?」

「かなりやられたようですが、少なくとも半数は離脱しつつあります」

「そうか……」

 

 参謀長ミルズ・デルンシャ少将の報告に、ミレケネスは1つため息を吐いた。

 

「彼らが無事に帰還してくれることを祈るしかないな……。さて、我々はどうするべきか……帝王陛下の御命令を果たせなかった身だ、死罪になってもおかしくないが」

 

 実際問題、自分たち自身の処遇をどうするか、というところである。

 その時、ラクスタルが口を開いた。

 

「司令。ここは、ロデニウスに頼るべきかと存じます」

「なに?」

「ロデニウスに降伏するのです。先ほどから様子を見ていたのですが、ロデニウス艦隊の駆逐艦は我が方の損傷艦艇に魚雷で止めを刺すどころか、ボートを降ろして我が方の将兵の救出活動を行なっています。彼らには相当の理性があるとみて間違いないと思います。

それに、降伏は我が軍の軍規でも認められております。……今までまともに許可されたことはありませんが」

 

 ラクスタルの提言に、ミレケネスもデルンシャも考え込んだ。

 今まで最強の国家の軍として戦ってきた自分たちからみれば、降伏など考えたこともなかった。だが、今は敵中に完全に孤立し、自分たちが拠り所としている艦もいつ沈むか分からない状況……。

 

 (おう)(のう)

 

「………やむを得ぬか」

「司令、では……?」

「ラクスタル艦長の意見具申を容れる……降伏しよう」

「司令がそう仰るなら、私もお供いたしましょう」

「そうと決まれば、ここにいても何にもなりません。退艦しましょう。司令、参謀長、ご準備を」

「ああ、分かった」

 

 味方に対して音信不通となっていた特務軍艦隊司令部は、ロデニウス軍への降伏を決断した。

 

 その約1時間後、ミレケネスやラクスタルの姿は戦艦「大和(やまと)」艦上にあった。海に飛び込んだ後、駆逐艦娘”(はつ)(しも)”に救助された特務軍艦隊司令部一同とラクスタルだったが、「敵艦隊の司令部がそっくり救助された」と報告を受けた”大和”が面会を希望したのである。そこで、ミレケネスとラクスタルが代表として「大和」に招待されたのだ。

 

「ロデニウス海軍連合艦隊、総司令の大和です。こんな所で申し訳ございませんが、何分戦闘の直後ですので、どうかご容赦願います。また、思慮ある降伏を選択された司令官殿のご決断に、深い敬意を表します」

 

 “大和”の自己紹介に、ミレケネスの目が僅かに見開かれた。まさか、敵艦隊の指揮官も女性だったとは思っていなかったのだ。

 

「私が、グラ・バルカス帝国海軍特務軍艦隊司令のミレケネスだ。こちらは、艦隊旗艦『グレードアトラスター』艦長のラクスタルだ」

「ご紹介に預かりましたラクスタルです。よろしくお願いします」

 

 3者3様の自己紹介の後、最初に口を開いたのは”大和”だった。

 

「現在、我が艦隊は貴軍の将兵の救助作業中です。できうる限り多くの方の命を助け、また収容した貴軍将兵につきましては、捕虜ではなく客人としてお迎えしたいと考えております。既に全艦艇の全将兵に対して、貴軍将兵への暴行・暴言・略奪・殺害その他一切の危害を加えることを禁じる通達を出しています」

 

 説明を聞いてミレケネスとラクスタルは(めん)()らった。まさか、敵にこれほどの理性があるとは思わなかったのだ。グラ・バルカス帝国軍にも捕虜の取り扱いに関する規定はある。だが、それはとっくに形骸化しており、自軍の中には捕虜に対して平気で(ごう)(もん)を行う(やから)もいると噂があるのだ。

 

(まさか……言わば「心構え」のレベルで既に我々は負けていたというのか……? それに、これほどの理性を持つ者が蛮族などであるものか!

上層部などが言っていたことは、間違いなのではないか……?)

 

 ショックを受けているミレケネスに代わり、ラクスタルが口を開いた。

 

「では、我々は今後どうなるのだ?」

「戦争が終わるまでは、我が国本土に設けられた収容所にて過ごしていただくことになると思います。少々(きゅう)(くつ)な思いをさせてしまい、申し訳ありませんが……少なくとも拷問は一切行いませんし、収容所内に限定されますがある程度の自由行動も可能です。また、尋問において黙秘権を行使できることは、この場ではっきり宣言いたします」

 

 一切の淀みなく言い切った”大和”に、ラクスタルは好感を持った。

 

「なるほど……では我々の生命は保証されるということか?」

「国家の名誉に()けて、皆様の安全と生命は保証させていただきます」

(全くのためらいなく宣言しおったか……。これほど堂々としており、しかも理性が強いとなると、おそらく軍規が相当に整っており、兵の士気も高いのだろう。我々が負けるのも無理はない、ということか……)

 

 そこへ、

 

「グレードアトラスター級戦艦、横転! 沈没します!」

 

 誰かの叫び声が伝わってきた。

 とっさにラクスタルとミレケネスが振り向いてみると、「グレードアトラスター」は完全に左に横倒しになったところだった。横転した「グレードアトラスター」は艦首をやや上方へもたげた後、艦尾から吸い込まれるようにして没していく。

 不意に”大和”が手に持ったハンディタイプの無線機に向かって命令を出した。

 

「我々と勇敢に戦い、散って()ったグラ・バルカス帝国将兵の英霊に、敬礼!」

 

 その途端、「大和」艦上で戦闘の後片付けに当たっていた兵士たち(全て妖精)が一斉に作業の手を止めると、沈みゆく「グレードアトラスター」に向かって敬礼した。もちろん”大和”も敬礼している。

 いや、「大和」艦上だけでなく、ロデニウス艦隊全ての艦艇において、手の空いた将兵は皆「グレードアトラスター」の方を向いて敬礼していた。

 

((ここまで丁重に接するのか……我々も、見習うべきところだな……))

 

 自らもグラ・バルカス帝国式の敬礼をしながら、ミレケネスとラクスタルは全く同じことを考えた。

 ある者は様々な感情が渦巻いた結果としての無表情に、ある者は涙ながらに、2国の将兵が見守る中。

 グラ・バルカス帝国が誇った超戦艦「グレードアトラスター」は、母国を東に遠く離れた大東洋の波間に、静かにその姿を消したのだった……。

 

 

 一方その頃、艦隊決戦を生き残っていたグラ・バルカス帝国特務軍艦隊の艦艇は、空襲に(さら)されていた。

 

「雷撃機を優先して迎撃しろ! 急降下爆撃では戦艦は沈まん!」

 

 ヘルクレス級戦艦「コルネフォロス」に座する、特務軍艦隊副司令シュリーザ・アウロネス少将が命令を下す。ミレケネスが消息不明となった今、彼が最高位の将官として指揮を()らねばならないのだ。

 

(とり)(かじ)いっぱい!」

 

 そこに、「コルネフォロス」艦長マルコス・フイトル大佐の命令が重なる。

 低空から向かってくるのは、ロデニウス軍のレシプロ単発機とワイバーンの群れだ。先の海戦にて、ロデニウス軍のワイバーンは駆逐艦に被害を与え得る小型ロケット弾を装備していると判明したため、たかがワイバーン、などと(あなど)ることは到底できなくなっている。

 敵機とワイバーンに向けて、「コルネフォロス」の12.7㎝連装高角砲、そして40㎜対空機銃が射撃を開始する。さらに、周辺にいる巡洋艦や駆逐艦も対空射撃を開始した。

 しかし、いつもなら空の色が変わるほどに撃ち上げられる対空砲は、かなりまばらになってしまっている。ただでさえ撃沈された艦が多いのに加えて、生き残った艦も損傷したものばかりであり、対空砲を破壊された艦が多数に昇っているのだ。特に敵機は艦隊の左舷側から……たった今終わったばかりの艦隊決戦で敵艦隊にボコボコに撃たれた側から向かってくるのである。

 それでも1機の敵機が火を噴き、海面に叩きつけられる。

 

「何としても(かわ)せ! 魚雷を喰らったら終わりだぞ!」

 

 フイトルが必死に指示を出す。そこに見張員からの「敵10機以上、高空より接近!」という報告が重なる。

 

「高空から来る敵機には構うな! 低空の敵機を全力で迎撃せよ!」

 

 既に空襲は終わりかけており、向かってくる敵機は残り少ない。これを回避できれば、「コルネフォロス」は無傷で空襲を切り抜けられる。

 アウロネスの身体に遠心力がかかる。「コルネフォロス」が左への回頭を始めたのだ。対空弾幕をばら()きながら、左へ左へと旋回する。ちょうどそのタイミングで、低空の敵機が一斉に魚雷を投下した。

 投雷のタイミングで舵を切れたのであれば、敵の魚雷を回避できる可能性はぐっと高まる。フイトルの読みが完璧に当たった格好だ。

 艦すれすれを掠めるようにして離脱していく雷撃機に向けて、対空機銃が火を噴き弾幕を撒き散らす。1機の敵機がそれに絡め取られ、火だるまとなって海面に叩きつけられた。

 そこに、甲高い金属音が降ってくる。敵急降下爆撃機のダイブブレーキ音だ。

 これまで低空を指向していた対空砲が、その砲身を急いで上空に向ける。だが、敵機の方が動きが早かった。対空砲が火を噴くよりも早く、甲高い金属音が猛々しいエンジン音に変わる。

 次の瞬間、「コルネフォロス」の周囲で次々と海面が(ほん)(とう)し、何本もの水柱が噴き上がる。それに混じって鈍い衝撃と爆発音が「コルネフォロス」艦体を震わせた。急降下爆撃機が投下した爆弾に被弾したのだ。

 

「爆弾2発被弾! 右舷高角砲1基、及び対空機銃3基損傷!」

 

 悲鳴のような報告が上がった。だが、これがどうやら厄落としになったらしい。

 「コルネフォロス」は無事に、敵機が投下した魚雷を回避したのだ。爆弾を2発喰らった程度では、戦艦が沈むことはそうそうない。

 この頃になると、敵のワイバーンも戦場から離脱しつつあった。辺りに(とどろ)いていた対空砲の砲声が、次第に収まっていく。

 

「敵機、完全に離脱しました」

「対空戦闘終了、ただし後続の敵機が来る可能性があるため、各員は配置そのままで警戒せよ」

 

 フイトルが命令を出すのを聞きながら、アウロネスは腹心の部下の1人サンダー・レスポート大佐に尋ねた。レスポートは特務軍艦隊が2手に分かれていた頃に、アウロネスの副官として第2分艦隊の指揮に当たっていた人物である。

 

「味方の被害状況は?」

「はっ、まだ把握しきれていない部分もありますが……戦艦『ワサト』が魚雷1本を被雷し、最高速力が12ノットにまで低下しました。本艦隊への追従は不可能、との報告が同艦より届いています。

巡洋艦は、空襲で新たに重巡洋艦1隻が中破し、軽巡洋艦1隻が航行不能に陥りました。駆逐艦の被害は目下集計中です」

「そうか……できるだけ集計を急がせてくれ。それと、艦隊の陣形を組み直し、対空警戒を厳とせよ」

「はっ!」

 

 今日1日、正確には昨夜遅くから、特務軍艦隊はロデニウス軍の航空戦力の怖さを嫌というほど思い知らされた。彼らの戦闘機の中には、時速1,200㎞を超えるという超高速で飛行する機体があり、帝国が誇る無敵の戦闘機「アンタレス」であっても、おそらく赤子の手を捻るかのごとく勝負にならないであろう。また、彼らの有する機体はしばしばロケット弾を用いて攻撃してくるが、それがまことに凶悪極まりない代物であり、多数をいっぺんに撃ち込んで味方艦を無力化していく物もあれば、海面すれすれに飛んできて寸分違わず味方艦を直撃、一撃で味方を轟沈せしめる物もある。さらにはワイバーンまでもがロケット弾を装備しているし、レシプロ機部隊の練度も高く、何と自国にはない無線誘導爆弾まで実用化している。

 このため、特務軍艦隊の面々にはロデニウス軍航空戦力の脅威が魂まで刷り込まれてしまった。だからこそ、乱れた艦隊陣形を立て直そうとしているのである。

 ……彼らは知らない。敵は空から来るものだけではないということを。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 時計の針が何度も回転し、陽が沈んでまた昇って、中央暦1643年6月12日 午前10時。

 

「現在位置、〈ニューランド島〉よりの方位70度、250㎞。艦隊速力は15ノットですから、このまま進めばあと約10時間でニューランド島に到達します」

「了解。何とか、ここまでは帰ってこられたか……」

 

 幹部からの報告を聞いて、戦艦「コルネフォロス」の昼戦艦橋にある提督席にどっかりと腰を下ろし、アウロネスは疲れ切った声でそう呟いた。

 特務軍艦隊はここに至るまで、何度もロデニウス軍から航空攻撃を受けた。そのため、艦隊決戦が終わった時には約75隻いたはずの生き残りは、今や50隻を切ろうとしている。主力であるはずの戦艦はいずれも傷物にされ、現時点でこの海面を航行しているのは「コルネフォロス」と「ベテルギウス」だけだ。「ワサト」は今朝早くの「敵双発機の大編隊接近、これより交戦す」という電文を最後に、護衛もろとも音信不通となっている。

 「コルネフォロス」艦長のフイトル大佐が、アウロネスに応じる。

 

「はい、ニューランド島まではあと一息です」

「そうだな。ただ……損傷した艦の乗組員たちには、申し訳ないことをした」

 

 アウロネスは肩を落とした。

 先の艦隊決戦とその後の敵との航空戦で行き脚が鈍った、あるいは止まってしまった味方を、彼らは戦場に置き去りにして逃げてきたのだ。そうした艦の乗員がどうなったかを知る術はないが、その運命は容易に想像できた。捕虜になるか死ぬかの二者択一だろう。

 

「彼らの分まで、我々が生き残れば良い……そう考えるしかありません」

 

 フイトルがそう言った時、レーダー手が緊張した声で報告を上げた。

 

「対水上レーダーに感あり。本艦隊から見て10時の方向、距離26㎞。反応の数は多いですが、一つ一つの反応は小さいです。目標の速力は8ノット前後」

「8ノットか……方位から考えると、我々の補給艦などではないな。おそらく、ナハナートとかいう小国の艦だ。軍艦と言っても所詮は戦列艦だ、気にすることはない」

 

 艦橋にいる面々を落ち着かせるかのように、アウロネスはゆっくり話した。取るに足らない相手だと分かり、(つか)()緊張していた「コルネフォロス」艦橋の空気が、()(かん)していく。

 が、その瞬間、レーダー手が切迫した声を上げた。

 

「対空レーダーに感! 艦隊から見て7時の方向、距離60㎞! 反応数8……はっ、速い! 目標速力、お、およそ時速1,200㎞!」

「「「「!!?」」」」

 

 その報告に、「コルネフォロス」艦橋の空気が一瞬で凍りつく。

 時速1,200㎞などという数字は、ワイバーンはおろか、「アンタレス」でも絶対に出せない。そんな速度を出せる存在はただ1つ、ロデニウス連合王国の航空機をおいて他にない。

 あの、轟音と共に戦場の空を()け、帝国の誇る「アンタレス」とは比べ物にならない速度で飛び回り、誘導ロケット弾らしきものを撃ってくる悪夢の存在。それが今、自分たちに牙を()こうとしているのだ。

 

「敵機が来るぞ! 全艦、対空戦闘用意急げ!

それと、ニューランド島の基地に上空援護機を要請しろ!」

 

 焦りのあまり、アウロネスの声は怒声と化していた。

 大急ぎで対空戦闘の準備にかかる、グラ・バルカス帝国艦隊の乗組員たち。重大なる脅威の襲来に、誰もが血相を変えて対応しようとしていた。

 ……だからこそ、彼らは気付かなかった。近くの海面に棒状の物体が突き出ており、そして不審な電波が発せられたことに。

 

 

「通信より艦橋。ヤ連送受信!」

「ヤ連送来たわね。行くわよ!」

 

 通信長妖精から上がってきた報告を受けて、濃い桃色の髪を有するスク水の女性……潜水艦娘”()168”は、意気揚々と指示を飛ばした。

 通信長妖精の報告にあった「ヤ連送」とは、モールス信号で「ヤ」を意味する「トツーツー」と「レ」を意味する「ツーツーツー」を、交互に3回ずつ送信する暗号電だ。これは、ロデニウス海軍第13艦隊の潜水艦が「()()せり戦法」を仕掛ける時の命令である。

 「野伏せり戦法」というのは、”()500”から伝えられた潜水艦の集団運用戦術の1つだ。元々は”呂500”もとい”U-511”の出身国たるドイツで開発された戦法で、狼の狩りのスタイルに似ていることから「群狼戦術(ウルフ・パック)」と呼ばれている戦術だが、日本式には戦国時代の()(とう)や野武士が敵を待ち伏せるやり方に似ているところから、「野伏せり戦法」と名付けられた。その野盗が敵に襲いかかる時、(かしら)が「やれ!」とか「やっちまえ!」と言って手下をけしかけていたことに(ちな)み、「ヤ・レ」と送信する暗号が採用されたのである。

 

 現在、グラ・バルカス帝国艦隊の周囲には、同艦隊を包囲するかのように4隻もの潜水艦が展開していた。グラ・バルカス艦隊から見て、右側に「伊168」と「伊401」、左側に「伊13」と「伊14」が展開している。

 さて、現在”伊168”はどこにいるのかというと……なんと、敵艦隊の輪陣形のど真ん中に既に潜り込んでいる。何故”伊168”が敵艦隊の輪形陣をすり抜けられたのか、という話であるが、これは何も、彼女が潜り込んだのではない。実を言うと、むしろ敵の方で勝手に彼女をスルーしていったのだ。これは、彼女が得意としている「無音航行」に原因がある。

 無音航行。文字通り、モーターの駆動音を出すことなく航行する方法だ。モーターを動かしていないので、当然ながら速度を発揮することはできない。海流の力を借りて時速3ノット程度がせいぜいだ。だが、この方法には立派なメリットがある。敵がパッシブソナーしか対潜音響兵器を使用していない場合、高確率で敵をすり抜けることができるのだ。当たり前だ、敵が音だけ聞いてこちらの位置を探ろうとしていても、こちらは音を発していないのだから、こちらの存在に気付ける訳がない。

 “伊168”は、この無音航行のプロなのだ。これは、彼女の史実にそのルーツがある。西暦1942年6月の「ミッドウェー海戦」の折、彼女は執念の無音航行の末にアメリカ軍の空母「ヨークタウン」を捕捉して魚雷を叩き込み、見事これを撃沈したのだ。それも、駆逐艦7隻が厳重に警戒しているところをすり抜け、「ヨークタウン」に魚雷を直撃させたのである。

 第13艦隊においては、無音航行で”伊168”の右に出られる者はいない。その無音航行を生かし、彼女は今回も見事に敵駆逐艦の警戒をすり抜け、輪形陣のど真ん中に飛び込んだのだ。

 

「潜望鏡上げ!」

 

 “伊168”の号令一下、筒状の物体が起動する。”伊168”はアイピースに顔を押し付けるようにして、潜望鏡を覗いた。

 潜望鏡の視界に、(なが)()型戦艦に酷似した形状の戦艦が映っている。その戦艦の向こう側には、駆逐艦の姿も僅かに見えた。”伊168”は見事に、大物を仕留めるチャンスを掴んだのである。

 と、戦艦の艦上に発射炎が閃いた。自身の存在が見つかったのか、と”伊168”は一瞬焦ったが、違うらしい。よく見ると、空に黒煙が()き出している。明らかに対空射撃であった。

 

「そうか!」

 

 “伊168”は状況を悟った。味方が空襲を仕掛けようとしているようだ。グラ・バルカス帝国艦隊はそれに気を取られている。

 最大のチャンスだ。

 

「魚雷戦用意、目標敵戦艦! 敵針路270度、速力20ノット。敵との距離ヒトマル(1,000メートル)!

面舵15、本艦針路195度!」

「おもぉかぁーじ、15度、ヨーソロー!」

 

 いつ敵の駆逐艦に発見され、爆雷攻撃を喰らってもおかしくない。慌てず急いで正確に、仕事をしなければならない。

 「伊168」の航海長妖精も、そのことをよく分かっていた。発令所から的確な指示が飛び、「伊168」の艦体が敵戦艦の進行方向に艦首を向ける。

 

「発射雷数4、()(そう)深度4メートル、開口角2度、雷速51ノット!」

「発射雷数4、駛走深度4メートル、開口角2度、雷速51ノット。(よう)(そろ)!」

 

 戦艦ほどの大物を仕留めるには、なるべく多数の魚雷が命中するようにしなければならないが……十分仕留められる、と”伊168”は判断していた。

 今回彼女が持ってきた魚雷は「41式魔導酸素魚雷改」。そう、弾頭をレモン型のものにし、「風神の涙」を利用して酸素の消費量を調整することで、100%の完全無航跡を達成しつつ誤爆率を下げ、そして比類無き威力と51ノットの高速を獲得した、酸素魚雷の極致なのだ。1本でも命中すれば、大打撃を狙える。仮に仕留めきれなくても、脚は確実に奪えるから、後は味方の航空部隊と連携すれば撃沈できる。

 

『1番、3番管、用意よし!』

『2番、4番管、用意よし!』

「艦長、魚雷発射準備完了です!」

 

 魚雷発射管室から報告を受けた水雷長妖精が、”伊168”に静かに報告した。この時には、「伊168」の回頭も終わっている。

 

「発射管注水!」

「発射管注水…………注水良し!」

 

 一呼吸置いて、心の高揚とは裏腹に”伊168”は静かに命じた。

 

(ふな)(ぞこ)に大穴開けてあげるから! 全門斉射!」

 

 直後、ドスンと鈍い響き。続いて、シュコー……という空気が抜けるような音と共に、何かが水を潜っていったような気配が感じられた。そのセットが4回起きる。

 九五式魚雷を叩き台にして作られた酸素魚雷の最終形態「41式魔導酸素魚雷改」が、敵戦艦めがけて飛び出したのだ。

 

「魚雷発射完了! 命中まで約38秒!」

「潜望鏡降ろせ!

急速潜航、深度ハチマル(80メートル)!」

 

 立て続けに2つの命令を出す”伊168”。乗組の妖精たちが静かに、しかし迅速に艦首へと移動する。

 海大VI型潜水艦「伊168」は、その艦体をゆっくりと大東洋の深みに隠しつつあった。

 

 

『敵機、目視圏内に突入! 低空からこちらに向かってくる!』

 

 見張り所からの報告に、アウロネスは舌打ちをした。

 

「これでは近接信管が使えんな」

 

 近接信管の弱点は、電波の反射波が信管作動のキーになっていることだ。敵が海面付近を飛んでいると、その敵に向かって撃ち出された近接信管弾は海面からの反射波によって信管が作動してしまい、敵に近付く前に爆発してしまうのだ。このため、海面スレスレを飛んでいる敵機に対しては、近接信管はあまり役に立たない。

 

「敵さんも警戒しておりますな」

 

 レスポートがコメントを挟んだ。

 

「敵にも頭の良いヤツがいるようだ……まあ良い。全艦、信管は時限信管を使え!

対空戦闘、撃ち方始め!」

 

 濃密な弾幕が展開され、空に黒煙の花が咲き乱れる。その隙間か真下を縫うようにして、敵機の鋭角的な影がみるみる迫ってくる。

 

(やはり、敵機は脚が速いな。バランスを崩させるだけでも良いから、何とか攻撃を……)

 

 環状陣形の左側外周を眺めながら、そう考えていたアウロネスの目に、信じがたい光景が飛び込んできた。

 突如としてエクレウス級駆逐艦「パピス」の左側面に、巨大な水柱が突き上がったのだ。その水柱が消え去らないうちに轟然たる大爆発が起こり、「パピス」の艦体は瞬く間に炎に包まれる。

 続いて、その前方を走っていた駆逐艦が2隻、やはり左側面に水柱を突き立てられる。次の瞬間、片方は弾け飛ぶような大爆発を起こし、艦体を真っ二つにへし折るとあっという間に海面下に姿を消した。もう1隻は行き脚が完全に止まっている。

 さらに、環状陣形の左前方を固めていた駆逐艦のうち1隻、そして1隻の軽巡洋艦が、立て続けに強烈な水中爆発を喰らった。水柱が収まった時には、軽巡洋艦は艦首を叩き割られて航行不能。駆逐艦の方は、強烈な閃光を放って爆発し、瞬く間に海中へ没し去った。

 

「なっ!?」

 

 目玉が飛び出そうなほど目を見開くアウロネス。

 水中爆発があったということは、考えられる可能性は基本的に「機雷」か「魚雷」のどちらかである。そしてここは外洋であるから、機雷が仕掛けられる可能性はほぼ無い。こんなところに機雷を仕掛けても、敵がこの海を通ってくれるとは限らないのだから。

 となると、残る可能性は「魚雷」であるが……敵機はまだ、魚雷の発射距離には到達していない。よって、航空魚雷という可能性はない。次に、敵の水上艦艇は目視圏内はおろか、対水上レーダーにも捕捉されていない。よって、水上艦艇から放たれた魚雷でもない。

 となると、残された可能性は……

 

(ままま、まさか、潜水艦!?

そんな馬鹿な! 噂にはなっていたが、ロデニウスは本当に、潜水艦を……!?)

 

 脳内で弾き出された恐ろしい推論に、アウロネスの背筋が寒くなる。

 だがその時、艦隊の右側でも立て続けに2隻、被雷する駆逐艦が出現した。やや遅れてもう1隻の駆逐艦が魚雷の直撃を受け、瞬時に消し飛んで轟沈する。

 

(間違いない! 信じられないが……これは、ロデニウスの潜水艦による雷撃だ!

しかもこいつら、我々の針路を先読みして半包囲するように展開し、左右から一斉に雷撃してきたんだ!)

 

 フイトル艦長以下の「コルネフォロス」艦橋要員の面々が大混乱に陥る中、アウロネスは咄嗟に大声で叫んだ。

 

「取舵一杯! 全速回避だ、急げ!」

 

 はっとしたフイトルが、慌てて操舵室に指示を伝える。

 

「取舵いっぱい! 急げ、魚雷がくるぞ!」

 

 命令を受けた操舵手は、(けっ)(そう)を変えて()(りん)を左に回した。

 

(頼む! 間に合ってくれ……!)

 

 アウロネスが念じたその瞬間、艦体前方から凄まじい衝撃が突き上がってきた。艦首が大きく蹴り上げられ、艦橋が大きく後方に仰け反る。

 足を取られたアウロネスとレスポートが大きくふらついた時、さらに強烈な第2の衝撃が襲いかかってきた。艦橋内にいた全員が大きく弾け飛び、床に叩き伏せられ、あるいは壁や計器類に叩きつけられる。悲鳴と怒号が、辺り一帯にこだました。

 さらに2回、敵戦艦の砲撃を被弾した時よりも強烈な衝撃が艦体を震わせる。そして4回目の衝撃が消え去る前に、それまでの衝撃を遥かに上回る激烈な衝撃が襲いかかり、鼓膜が破れるほどの爆発音が響いた。その直後、「コルネフォロス」艦橋は一瞬で炎に包まれ、アウロネス、レスポート、フイトル他艦橋にいた面々は、自身の最期を悟る暇すらなく瞬時に焼き尽くされた。

 

 そう、“伊168”が放った「41式魔導酸素魚雷改」が、4本全て「コルネフォロス」に命中したのだ。

 「41式魔導酸素魚雷改」の前身となった「九五式魚雷」ですら、数本で戦艦をも沈め得るとされている。まして、それより高威力になった41式が4本も同時に命中すれば、どうなるかは分かり切った結果であった。

 4本もの「41式魔導酸素魚雷改」の直撃を喰らった「コルネフォロス」は、最後に命中した魚雷によって第2砲塔の弾火薬庫が誘爆し、それが致命傷となった。巨大な火柱と共に、第2砲塔は空中数十メートルもの高さまで飛び上がり、同砲塔の直下で真っ二つに折れた「コルネフォロス」の艦体前部は燃えながら漂流し始めた。そして火だるまとなった艦体後部は急激に艦首を空高く跳ね上げると、生き残った乗員たちが脱出する暇もなく、最初の魚雷が命中してから1分を待たずして海中に引き込まれていった。(ごう)(ちん)である。

 

 第13艦隊の潜水艦娘たちによる「狼群戦法(ウルフ・パック)」は、見事に成功を収め、グラ・バルカス帝国艦隊は瞬時にして戦艦1隻を含む10隻を海中に葬り去られた。特に旗艦を務めていた戦艦「コルネフォロス」があっさり轟沈したことで、指揮系統を叩き潰されたことは、グラ・バルカス帝国艦隊に深刻な混乱をもたらした。

 そこに今度は、ロデニウス軍の陸軍航空隊が襲いかかる。襲ってきた機体は、アルタラス王国の基地から発進した8機の「F-86D改 セイバードッグ」だった。いずれも爆弾を抱えて低空から向かっていく。

 グラ・バルカス帝国艦隊は必死で対空弾幕を放ち、敵機を食い止めようとする。しかし、先の潜水艦の雷撃によって陣形は混乱・寸断され、有効な対空弾幕を張るのは困難になっている。加えて「F-86D改」の速度があまりにも速いため、目視照準では速度に幻惑されてしまって対空砲が当たらない。頼みの綱の近接信管も、破片が飛び散るより戦闘機の脚の方が速いので命中せず、どうしようもなかった。

 亜音速の脚を以て敵艦隊との距離を詰めた「F-86D改」は、胴体下に抱えた250㎏爆弾を海面スレスレの低高度で投下した。すると、ラグビーボールに似たような特異な形状のその爆弾は、水切りの石のように海面を飛び跳ね、敵駆逐艦へと真っ直ぐ向かっていく。そして敵駆逐艦に突き刺さるや、その威力を解放した。

 反跳爆撃(スキップ・ボミング)。爆弾を低高度で投下して海面を飛び跳ねさせ、そのまま敵艦に直撃させるという攻撃方法である。この戦法は、パイロットに高い技量が要求される一方で、爆弾が機体と同じスピードでかっ飛んでいくため命中率が高いというメリットがある。駆逐艦や輸送船のような、防御力の低い艦船相手には特に有効な戦法だ。

 機関部に直撃を受けたキャニス・メジャー級軽巡洋艦が、缶を損傷して脚を奪われる。魚雷発射管に爆弾が当たったエクレウス級駆逐艦は、(せつ)()の間に炎に包まれ、艦上構造物を残らずスクラップにされる。

 さらに、「F-86D改」の後方に隠れるようにして突っ込んでくる者の姿があった。海に溶け込む青い塗装、ステルス性を意識した流線型の機体形状、後部に据えられた双発スラスターエンジンノズル。あの「特殊戦闘機」である。飛んできたのは8機、それが一斉に機体下腹の格納庫を開き、ロケットを発射する。

 通り魔のような空からの急襲により、グラ・バルカス帝国艦隊は一瞬にして23隻もの艦艇を戦列から失った。しかも、この海には敵の潜水艦がいることは間違いない。沈没艦の乗員や損傷艦を救助するために脚を止めれば、確実に魚雷の()(じき)になる。

 故にグラ・バルカス帝国艦隊は、被弾損傷した味方艦と沈没した味方艦の乗員を置き去りにして、全速力で逃げていった。

 

 置き去りにされたグラ・バルカス帝国の艦艇……その大半が駆逐艦だった……に待ち構えていた運命は、端的に言って「サンドバッグ」だった。というのも、特務軍艦隊本隊が撤退した途端、待ってましたとばかりに牙を剥く者たちが現れたからだ。

 

「行くぜ()(ろう)ども! 全速前進だ!」

「砲門開けェ! 目標、前方のグラなんとか帝国艦! 奴は燃えてる上に止まってる、撃てば当たるぞ!」

「砲撃用意、目標はグラ・バルカス帝国駆逐艦! 1隻しかいなくても冒険者や海賊の側面援護はできる、新生アルタラス海軍の力を見せる時だ!」

「行くぞ相棒! 手痛いのを喰らわせてやれ!」

ギュオオオオーン!!

 

 そう、第三文明圏外国の海軍艦隊や海賊たち、そしてワイバーンや船に乗った冒険者たちである。

 真っ先に挑みかかったのは、冒険者たちのワイバーンだった。翼を広げて緩降下しながら照準を合わせ、導力火炎弾を発射する。外れて海面に着弾し、大量の水蒸気を発生させる火炎弾もあるが、発射された火炎弾の多くはグラ・バルカス帝国艦に見事に命中した。艦上に閃光が走り、炎が湧き出す。

 グラ・バルカス帝国の艦艇も、必死の抵抗を見せた。言うことを聞かない機関を何とか動かし、無理矢理にでも舵を切って回避運動を試みる。また、まだ生き残っている対空砲や対空機銃を総動員して、対空射撃による応戦を開始した。

 しかし、いつもなら空の色が変わるほどに撃ち上げられるはずの弾幕は非常に薄い。そもそもこの海にいる艦艇の数が少ない上に、大半は損傷して戦闘能力を失いかけているからだ。それでも、何騎かのワイバーンが被弾し、()飛沫(しぶき)を上げて海に墜ちる。

 だが、多勢に()(ぜい)だ。次々と命中する火炎弾に乗員が焼かれ、ただでさえ少ない対空砲火はさらに散発的になっていく。ワイバーンたちは1発当てたら離脱していく者ばかりだが、それでも合計して250騎近いワイバーンが波状攻撃を仕掛けてくるのだ。これだけ集まれば、ある程度の効果はあった。

 ワイバーンたちの攻撃が止むと、続いては第三文明圏外各国の海軍艦隊や海賊たち、あるいは集団を組んでいる冒険者たちの船の出番だ。大東洋共栄圏内での交流によって入手した魔導砲や、ロデニウス連合王国から購入した軍艦の主砲が、炎上して動きの鈍ったグラ・バルカス帝国艦隊に向けられる。

 なお、この魔導砲は新生パールネウス共和国(旧パーパルディア皇国)から流出した技術で作られたものだ。新生パールネウス共和国が大東洋共栄圏に参加していること、及び先のパールネウス講和条約によって同国からの技術開示が進んだことから、射程2㎞の魔導砲が安価で売られているのだ。それを各国の海軍が採用し、あるいは海賊たちが何らかの方法で入手して、運用しているのである。

 グラ・バルカス帝国の駆逐艦も、残っている武装を動員して必死に反撃する。だが、主砲も魚雷も使えない物が多く、機動力もガタ落ちになった上に浸水して傾いた駆逐艦など、ただの射的の的に過ぎない。

 神聖ミリシアル帝国から褒美を与えられる条件は、「最低でも魔導砲を一撃叩き込むこと」である。しかも「撃沈すれば褒美の上乗せがある」とまで通達されている。誰にとってもこれは書き入れ時(ボーナスタイム)であり、見逃すわけにはいかなかった。故にどの船も、グラ・バルカス帝国艦に対して一切容赦のない砲撃を加えている。

 

(ゼニ)や……(ゼニ)が要るんや!」

「オラオラ野郎ども! 当てらんなかったら、酒と金はないと思え!」

「ロデニウス軍との合同演習以下のヌルゲーだろこんなもの! サボるな、撃て!」

「撃ちまくれ! 我々ナハナート王国海軍とて、やる時はやるってことを見せてやれ!」

 

 若干怪しげな台詞も混じる中、海賊や冒険者たち、それに帆船を基軸戦力としているナハナート王国海軍の艦隊は、2㎞という最大射程ギリギリの位置から魔導砲を撃っている。駆逐艦1隻のみで参加したアルタラス王国海軍が、その援護に当たっていた。

 そんな中、一際活躍していたのがシオス王国の海軍だった。

 

「全艦突撃! 目標はあの巡洋艦だ!

アイツを仕留められるのは俺たち以外にいない。アイツを仕留め、ミリシアルとロデニウスから賞金をがっぽり稼ぐんだ!」

 

 艦隊を率いるルイス・キーガン将軍は、部下たちにけしかけるような号令を発した。そして腹の底で呟く。

 

(まあ、稼いだ金の少なくとも半分はローン返済に消えるんだろうがな)

 

 シオス王国海軍が繰り出した艦艇は、たった4隻のみである。しかし、その4隻はいずれも帆船などではない。小型艦ながら回転砲塔を装備し、煙突から黒煙を吐いて走る鋼鉄艦である。……お察しの通り、ロデニウス連合王国製の軍艦であった。いずれもローンを組んで購入した物である。

 4年前、大東洋共栄圏が結成された時に最も早く参加した国の1つであるシオス王国。元々ロデニウス大陸各国との貿易が多かったこの国は、ロデニウス大陸が統一された後もロデニウス連合王国と貿易を継続していた。また、ロデニウス側もシオス王国を第三文明圏と大東洋共栄圏を結ぶ地理的要衝の1つと見做しており、積極的な支援を行った。その結果、シオス王国は第三文明圏外国としてはアルタラス王国に次ぎ、トーパ王国などと肩を並べる規模にまで成長した。

 そのシオス王国は、国力の増強と共に海軍力の強大化に心血を注いだ。元が島国であり、またパーパルディア軍に備える必要があったためである。このため、高い性能を持つロデニウス製の軍艦を購入し、慣熟訓練を続けていたのだった。

 現時点でシオス王国の海軍は、ロデニウス製の軍艦のうちオウギョク(秋月)型防空駆逐艦1隻(現在は総旗艦として使用中)、カイジ(夕雲)型駆逐艦10隻、ウインク型砲艦6隻を所有している。そのうちカイジ型駆逐艦4隻を、今回のグラ・バルカス艦隊との戦いに投入したのだ。

 

「全艦、統制雷撃戦用意! 目標、小型巡洋艦!

敵の駆逐艦は冒険者やら海賊やらでもやれるだろう、だがあの巡洋艦はそうはいかん。あいつの耐久力は相応にあるはずだ、貫徹力の低い魔導砲弾では厳しい。故に、あいつは我々で仕留めるぞ!」

 

 キーガンのこの言は事実ではあるが、一方で真意が隠れている。本当のところは、ミリシアルとロデニウスからの褒賞目当てである。

 というのも、軍艦の購入にかかったローンが結構な額に達しており、ちょっとでも返さねばまずい状況なのである。要は(カネ)が欲しいのだ。

 

「見張、敵艦との方位及び距離、並びに敵針路及び敵速知らせ!」

「はっ! 敵は本艦隊からの方位15度、距離6,000メートル! 敵の針路は……ええと、およそ270度と見積もられます! 敵速約10ノット!」

「了解。水雷長、聞いていたな?」

「もちろんであります!」

「雷撃照準は任せた!」

「ははっ! これより調整します!」

 

 シオス王国における水雷戦ドクトリンは、まだ「統制雷撃戦」しかない。まだロデニウス軍からこの戦術しか教わっていないからだ。しかも、雷撃方法は「旗艦に続いて僚艦が突撃し、旗艦と全く同じコースを走りながら旗艦の発射点で魚雷を撃つ」というものである。「とりあえず、雷撃の基本形だけでも完成させておく」という教官役(ロデニウス軍)の方針で、こうなったのであった。

 このため、キーガン将軍が座乗している駆逐艦「カルダモ」水雷長の責任は重大である。

 

「左魚雷戦、雷撃距離ヨンマル(4,000メートル)! 散布角2度、調定深度2メートル、雷速46ノット、発射雷数4、各艦の1番連管の魚雷のみ使用します!」

 

 せっかくだから2番連管も使って8本ぶち撒けろよ、と思う人もいるかもしれないが、残念ながらシオス王国軍の懐事情に余裕はない。正確に言うと、シオス王国そのものは比較的お金持ちな方なのだが、軍艦と魚雷の購入コストが高いのである。そのため魚雷も迂闊に使えない。

 軍艦代だけでヒイコラ言っているのだから、魚雷にかけるコストもなるべくケチる必要がある。このため、シオス王国海軍が使っている魚雷は「九〇式空気魚雷」である。酸素魚雷シリーズはコストが破格な上に細かい整備・調整を必要とするため、今のシオス海軍が使うには難易度が高いのだ。

 

「敵との距離ゴーマル(5,000メートル)!」

「まだだ、まだ詰めろ!」

 

 主砲1発すら撃つことなく、シオス王国海軍の駆逐艦4隻は、炎上中のグラ・バルカス帝国軽巡洋艦へとまっしぐらに向かっていく。ちなみに主砲を撃たない理由は「砲弾と砲身の整備コスト節約のため」である。これまでの砲戦で既にグラ・バルカス帝国駆逐艦2隻を沈めており、褒賞が確定しているため、無駄弾を撃つのがもったいなくなったのだ。

 逆に、敵軽巡洋艦の方が主砲を撃ってくる。しかし、落下する砲弾は海水を噴き上げるばかりだ。ロデニウス軍の空襲で反跳爆撃を喰らい、喫水線に大穴が開いて浸水してしまったため、照準が狂っているのである。

 

「敵との距離ヨンマル!」

(おも)(かじ)いっぱい、針路270度! 回頭終わり次第、魚雷発射始め!」

 

 キーガン将軍の号令一下、「カルダモ」が真っ先に舵を切った。滑るように右に艦首を向けた直後、1番連管から4本の魚雷が飛び出し、海面へと落下する。

 

「魚雷発射完了! 命中まで、ええと、約2分30秒!」

「『フランサ』面舵! 『シモナン』続いて面舵!」

 

 僚艦も順番に舵を切り、4本ずつ魚雷をばら撒いた後は旗艦「カルダモ」に続いてすたこらさっさと逃げ出していく。

 艦隊最後尾の「ミンク」が魚雷を発射し、敵艦から距離を取って一時避退したところで、キーガンは「どうだ?」と尋ねた。

 

「お待ちください……魚雷到達、時間です!」

 

 水雷長が報告した直後、敵艦の右舷に巨大な水柱が1本噴き上がった。やや遅れて、鈍い爆発音が聞こえてくる。

 

「やった! 命中したぞ!」

「快挙であります! 大戦果であります!」

 

 水柱を目撃した兵たちが歓声を上げ、見張り所では見張員が興奮しながら魔写を撮影する。その最中、もう1本が命中する。

 と、魚雷を撃ち込まれた敵艦……キャニス・メジャー級軽巡洋艦「ドゥーべ」は不意に悲鳴じみた甲高い金属音を上げると、艦尾を空に向かって高々と突き上げた。そして、艦首から水面下へ姿を消していったのである。沈没であった。

 

「やった! やったぞ! これで賞金上乗せだ!」

「やったやった今夜は()()(そう)だ!」

「シオス王国万歳! 国王陛下万歳!」

 

 大興奮の様子で兵たちが騒ぐ中、キーガンは少し表情を緩めて呟いた。

 

(小型艦2、中型艦1の撃沈か。これだけやれば、ロデニウスが約束してくれた賞金ボーナスに加えて、ミリシアルからの賞金も出る、そして我が国の外交的地位が向上する……! 我々は今、シオス王国の輝かしい歴史に名を残したのだ……!)

 

 

 こうして、1時間ほども続いた海戦(ほぼ一方的だったこれを「海戦」と言って良いのかは疑問であるが)は終わった。

 損傷したまま本隊に置いていかれたグラ・バルカス帝国艦11隻は、その全てが(ぎょ)(しょう)に変えられた。その一方、冒険者や海賊、各国の海軍からなる寄せ集め艦隊は、そのほとんどが最低でも砲撃を一発以上叩き込むことに成功し、神聖ミリシアル帝国からの褒賞を確たるものとして、ほくほく顔で帰投していった。……中には戦果こそ挙げられたものの、グラ・バルカス帝国艦からの反撃で船が沈没してしまい、赤字になった気の毒な者もいたが。

 

 

 グラ・バルカス帝国艦隊を襲撃したロデニウス海軍第13艦隊の潜水艦娘たちは、敵艦隊が遁走し、すっかり満足した各国海軍の艦隊や海賊、冒険者たちが去った後も、襲撃地点の海域に留まっていた。それも、標識として海面にインクを流し、赤い円を4個描いていた。もちろん目的がある。

 やがて、”伊13”と”伊14”が装備する対空電探が、北東の方向から接近する大型の機影を捉えた。2機の「二式大艇」がやってきたのである。何をしに来たのかというと……

 

 高度3,000メートルという、航空機の飛行高度としては低空を飛ぶ2機の「二式大艇」。その機体側面に設けられたドアが開き、そこから1人の艦娘が上半身を乗り出した。長い焦茶色のポニーテールが風で大きく(なび)く。

 

「作戦のためとはいえ、これはちょっと怖いんだけど……妖精さんのガイドもあるし、大丈夫よね? …やるしかないわね」

 

 真下に広がる海面を見つめ、やや顔を青ざめさせながらも呟くのは”大和”だ。

 その時、機内にブーッというブザー音が連続して響いた。続いて、機長を務める妖精が声を張り上げる。

 

「よーい……降下!」

 

 それを合図に、”大和”は機体の外へと飛び出した。ふわりとした浮遊感が全身を覆い、凄まじい速さで自身の身体が落ちていくのが感じ取れる。きっかり10秒数えて、”大和”は手元の(ひも)を引いた。すると、背中に背負ったバッグから傘のような白い円形の布…パラシュートが飛び出し、風を受けて広がる。

 ふと上を見上げると、他の1機からも同じように艦娘たちが飛び降り、パラシュートを開いているのが見えた。

 

 そう、「二式大艇」の狙いは「空挺降下で艦隊を展開させること」である。

 遁走したグラ・バルカス帝国艦隊を追撃し、ついでにニューランド島の基地も壊滅させ、チエイズ王国とグルート騎国を降伏させる作戦……「エクリプスナイパー作戦」が発令されたのだが、グラ・バルカス艦隊との交戦で被害を受けた艦娘が多く、損傷が少ない者も疲労が激しいことから、これは一度タウイタウイ泊地に撤退し、修理と回復を行わせた方が良いと判断された。しかしそんなことをすれば、グラ・バルカス艦隊は一目散に撤退してしまうだろう。

 そこで考案されたのが、「艦娘の艤装の修理と疲労の回復を待ち、翌日に『二式大艇』に追撃部隊の艦娘たちを乗せ、『二式大艇』で敵艦隊を追いかける。ある程度敵艦隊に接近したら、『二式大艇』に搭乗した艦娘を空挺降下させ、そこからは洋上を艦艇形態で航行して敵艦隊を追撃、ついでにニューランド島の敵拠点も叩く」という方法であった。人形形態なら、艦娘は飛行機にも乗れてしまう。そして、艦艇より航空機の方が脚が断然速い。それらの性質を利用した追撃方法である。

 「空挺降下で艦隊を展開させる」。()(づら)だけ見れば、何を言っているのか全く理解できないパワーワードであるが……艦娘を戦力としている第13艦隊なればこそ、こんな正気の沙汰とは思えない作戦もできてしまうのである。

 

 ()(そう)についている妖精のガイドの元、”大和”は海面上50㎝の高さまで降下したところで、形態変化を行った。周囲に白い光が煌めいた直後、その光の中から「大和」の巨体が現れ、海面に降り立つ。大重量の艤装が着水したことで、周囲に高波が広がった。

 他の艦娘たちも次々と艤装を展開し、実艦の姿となって海面に降り立つ。最終的に、展開された艦隊の編成は次のようになった。

 

戦艦「大和」「Warspite(ウォースパイト)

航空母艦「千歳(ちとせ)」「()()()

重巡洋艦「(みょう)(こう)」「()()」「(あし)(がら)」「()(ぐろ)

軽巡洋艦「()()()」「()(とり)

駆逐艦「(おぼろ)」「(あけぼの)」「(さざなみ)」「(うしお)」「(あさ)(ぐも)」「(やま)(ぐも)

 

 合計16隻。少々少ないが、フィルアデス大陸南部、ムー大陸西沿岸部と複数の戦線を抱え、さらに自国の防衛も担っている第13艦隊にとっては、これが出し得る最大の戦力であった。

 

「各艦より報告、艤装に異常なしとのことです!」

 

 艦隊旗艦「大和」艦橋にて、通信長妖精が報告を挙げた。それを受け、”大和”が指示を飛ばす。

 

「予定では、ニューランド島にはナハナート王国の基地から出撃した基地航空隊とムーの航空隊、そしてアルタラスから出撃した爆撃隊が攻撃を行い、制空権を確保しているはずです。ゴーヤを中心とする潜水艦の子たちも、攻撃を行なっているはずです。

また、神聖ミリシアル帝国が派遣した空中戦艦1隻が、ニューランド島に接近中だと聞いています。詳細な位置は不明ですが、おそらく我々同様、ニューランド島近海まで来ているでしょう。

我が艦隊はミリシアルの空中戦艦と連携し、遁走した敵艦隊を追撃すると共に、チエイズ王国及びグルート騎国に無条件降伏を要求し、グラ・バルカス帝国艦隊の補給基地を無力化します!

目標、ニューランド島グラ・バルカス帝国軍基地! (てい)(しん)攻撃艦隊、出撃します!」

 

 こうして、第13艦隊から派遣された「挺身攻撃艦隊」は、「エクリプスナイパー作戦」……ニューランド島への殴り込みを開始したのだった。




ということで、なんとまさかの「グレードアトラスター」沈没です。手加減無しに46㎝砲でボコボコに撃たれたら、こうもなりますよね。
なおこの後、”大和”を除くロデニウス艦隊の一同はラクスタルの口から、「沈没したのは本物の『グレードアトラスター』だ」と聞かされて仰天する羽目になりました。そりゃ、レイフォルをたった1隻で滅ぼし、ミリシアルの空中戦艦すら撃墜したあの無敵の象徴を、自分たちの手で仕留めたとなったら、無理もない話です。
また、大東洋共栄圏各国の軍や第三文明圏外国の冒険者・海賊たちも、何だかんだで戦果を挙げていきました。彼らがどれだけの賞金を稼げたかは……今は皆様のご想像にお任せします。


UAが早くも108万を超えてる……拙作をお読みくださり、本当にありがとうございます! ついでにポチッと評価していただければ、光栄の至りであります。

評価9をくださいましたIce coffee様、yadmiral様
評価10をくださいました弥生味噌様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

どうにかニューランド島の拠点に撤退を図るグラ・バルカス帝国特務軍艦隊残存部隊。それに対し、「エクリプスナイパー作戦」を発動したロデニウス軍、そして神聖ミリシアル帝国の空中戦艦「パル・キマイラ」がニューランド島へ向かう…
次回「死闘! 神よグ帝軍のために泣け!」
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