鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
!注意!
ここから先はロックがかかっていますので、"魔法のパスワード"を打ち込んでから本文をお読みください。久しぶりのパスワード登場です。
え、久々すぎて忘れた? 仕方がない……パスワードのヒントは、「大日本帝国陸軍が、最大の得意戦術を披露する時の掛け声」です。もう思い出しましたね?
それではパスワードをご唱和ください! せーのっ!
天皇陛下、バンザァァァァァァイ!!!
「戦車だ!」
無線電波に乗って、警告の叫びが届いた。部隊の先頭に立っていた歩兵隊からの報告だ。
「自走砲、前へ!」
号令が下され、100輌以上もの戦闘車輌が動き出す。大人の背丈ほどもあるか怪しいくらい、車高の低い車輌だ。車体前面には、マズルブレーキを装備した長砲身砲が突き出ている。
ムー統括陸軍が全面的に採用している自走砲、「ロ式42型ガエタン75㎜自走砲」……通称「ラ・スタグ自走砲」だ。ロデニウス連合王国からの伝来品であることを示す「ロ式」の接頭語がついている。そのロデニウス連合王国では、本車は「III号突撃砲F型」の名で採用されている。
中央暦1643年9月20日、処はムー大陸西部 グラ・バルカス帝国領レイフォル州北部 レイフォリア北方2,950㎞地点。
中央軍集団の行動開始から遅れること20日、「バグラチオ作戦」に基づいてグラ・バルカス帝国への反攻を開始した北方軍集団。その中核を担うムー統括陸軍第1軍と同第1打撃機甲軍は、今日1日で50㎞を走破し、レイフォリアを目指して南下を続けていた。ここに来るまでにグラ・バルカス帝国軍の歩兵部隊との戦闘が3回あったものの、いずれも小規模であり、第1軍はそれらをあっさり制圧して前進を続けていた。まずは旧レイフォル国北部の要衝だった都市シルビノスクの解放を目標に、同市まであと150㎞の地点まで進出している。ここに至り、敵も本腰入れて迎撃してきたようだ。
視界は開けており、右前方500メートルほどのところに小さな森がある他は、草原を突き抜けて街道が通っているだけである。弁当でも
(……来たな)
雨に煙る中、前方から僅かに聞こえてくるエンジン音を聞きつけて、ムー統括陸軍第1軍と行動を共にしている第1打撃機甲軍・第1自走砲師団長エルク・ウィーズリー中佐は気を引き締めた。天候が悪いため視界が悪く、それを利用した敵の奇襲があるかもしれない。
(自走砲は火力が高いが、小回りが利きにくく奇襲に弱い。周囲にも注意しなければ)
そう考えながら、エルクは自分が濡れるのも構わずハッチを開け、車体の上に身を乗り出した。双眼鏡を覗き、前方を見据える。車高の高い車輌に乗っているため、双眼鏡を使えば遠くもよく見える。
エルクが乗っているのは、「ラ・スタグ自走砲」ではない。「ロ式42型30トン級戦車 ラ・シマン」…ムー国製のM4シャーマン中戦車だ。
ようやく量産体制に入った「ラ・シマン戦車」であるが、残念ながらまだ全ての機甲戦力を代替できるほどの数がない。そのためムー機甲部隊の多くは未だ「ラ・スタグ自走砲」を装備しており、「ラ・シマン戦車」を渡されているのは各部隊の指揮官クラスだけ、というケースが多い。ムー統括陸軍第2軍は、まとまった数の「ラ・シマン戦車」を渡されているそうだが。
ちなみに、エルクは部下たちの自走砲…総勢200輌以上を指揮するのと同時に、自車の車長を兼任しているため、忙しい身なのである。
「全車に告ぐ、前方距離1,300メートルに敵戦車多数接近! 敵はシェイファーIIとハウンド!」
敵のシルエットを見抜き、エルクは部下たちに注意を送った。
2号軽戦車シェイファーII、及び2号中戦車ハウンドI・ハウンドII。グラ・バルカス帝国陸軍の主力戦車だ。名前や性能は、バルクルス攻防戦後の捕虜尋問と撃破した車輌の残骸調査によって把握している。
シェイファーIIとハウンドIは、砲の貫徹力が低いので大した脅威ではないが、ハウンドIIの主砲・48口径47㎜砲は、距離500メートルで62㎜の装甲を貫徹できる。下手をすれば装甲の薄い箇所を貫徹して、ラ・スタグ自走砲を正面から撃破するかもしれない。決して油断できない相手だ。
だが、ラ・スタグ自走砲の主砲は1,000メートル先からでもハウンド中戦車の装甲を貫ける。敵とは一定の距離を保ち、火力の優位を生かしてアウトレンジから叩くのが良いだろう。
敵の数は約30輌、うち3分の2から4分の3くらいは「シェイファーII」だ。中央軍集団の攻勢への対応が優先され、「ハウンド」はあまりこちらには回されていないのかもしれない。
(ロデニウスの連中が事前空爆をやったと聞いたが、全部は撃破できなかったんだろうな)
エルクはそんなことを考えた。
北方軍集団の攻撃に先立ち、ロデニウス連合王国海軍の第11航空艦隊(なお名称は航空艦隊だが、実際は基地航空隊である)が「一式陸上攻撃機」と「紫電改二」を繰り出して、三度に渡ってグラ・バルカス帝国軍を爆撃している。だが、全ての敵戦車を叩くことはできなかったのだろう。
(だが、このラ・スタグが敵に対して優位に戦えることは間違いないとされている。恐れることはない、奇襲に注意しつつ戦うだけだ!)
「第1大隊目標、前方の敵戦車! 第2大隊は側面警戒に当たれ!」
そう考え、命令を出しながらエルクは照準器を覗いて発砲の時宜を待った。
敵味方が距離を詰め、距離1,000メートルまで迫った時、
「停止!」
エルクは指示を出した。
この直前まで前進していたラ・スタグ自走砲が停車し、後続する部下たちの車輌も次々と停止する。
「撃てっ!」
双眼鏡を目から離しながら、エルクは命令を出した。
前面に真っ赤な炎が煌めき、轟音と衝撃が戦闘室を満たす。「ラ・シマン戦車」の48口径75㎜砲が火を噴いたのだ。
部下たちの車輌も順次停止し、次々と主砲を発射する。1個大隊分、計60発の75㎜砲弾が空中を一飛びして、敵戦車に殺到する。
数秒後、砲弾が一斉に着弾した。照準器を通して前方を見つめるエルクの目に、舞い上がる土砂に混じって爆発光が閃くのがちらっと見えた。土煙が収まって見ると、1輌の敵戦車が火柱を上げて燃えているではないか。
「よし!」
エルクはぐっと右手の拳を握りしめた。先手を打って敵の戦車を倒せたのは大きい。心理的にもこちらが少し優位になっただろう。
視界不良のためもあり、撃破したのはこの1輌だけだ。だが、至近弾となったものは多かったらしく、敵戦車の動きに乱れが生じている。
「全車、位置このまま。次弾装填、急げ!」
この距離でも十分戦えると判断し、エルクは命令を下した。この間にも、グラ・バルカス帝国軍の戦車隊は距離を詰めつつある。今の距離で戦っては、ムー統括軍に被害を与えられないと見て、犠牲を覚悟で距離を詰めるつもりらしい。
「させるか!」
エルクは再び発射命令を出した。75㎜砲が
と、シルエットのように見える敵戦車の上部に、次々と閃光が閃く。弾着にはまだ早いから、撃ってきたものと見て間違いない。
「敵発砲、なれど回避の要無し。各車、現在位置を保ったまま応戦!」
エルクが無線で指示を出した時、先にムー側が撃った砲弾が着弾した。雨の中、彼方に弾着の火柱が立ち、土砂が飛沫とともに舞い上がる。そして敵戦車のうち2輌が激しい爆発を起こした。
ラ・スタグ自走砲やラ・シマン戦車の48口径75㎜砲は、距離500メートルで125㎜の装甲を貫く威力を持つ。それに対して、バルクルス攻防戦で放棄された敵戦車の残骸を調べたところ、シェイファーIIの車体前面装甲はたった12㎜、ハウンドでも25㎜であることが判明している。ラ・スタグ自走砲の75㎜砲弾は、これらの敵戦車の前面装甲を容易に貫き、主砲弾薬の誘爆を起こしたと見えた。
続いて敵の砲弾が着弾する。ラ・スタグ自走砲の周囲に弾着の火柱が立ち、跳ね上げられた土砂が雨だれのような音を立ててラ・スタグの車体を叩く。3輌の「ラ・スタグ」が直撃弾を受けたが、敵の砲弾はいずれも「ラ・スタグ」の前面装甲に火花を散らせただけに終わる。
ラ・スタグ自走砲の車体前面装甲は80㎜あり、並の砲撃では貫通されない。敵戦車の砲撃を、余裕
「各車、ゆっくり後退しつつ砲撃。敵と一定の距離を保て!」
エルクは次の指示を出した。
接近されれば、「シェイファーII」や「ハウンドI」の貧弱な砲であってもこちらの装甲を貫徹するかもしれない。それに加えて、自走砲を主力とするこちらと違い、敵には回転砲塔がある。接近戦となれば、使い勝手の良い敵戦車に分があるのだ。
(ラ・シマン戦車が早く前線の全部隊に充足されれば……)
こんな時、エルクはそう思わずにはいられない。
だが量産と実戦配備にはどうしても時間がかかる。今しばらくはラ・スタグ自走砲で戦うより他にない。
−−−−ムー国とグラ・バルカス帝国、双方の機甲部隊の戦闘は、二十数分という短くも激しい戦いの末に終わった。
グラ・バルカス帝国軍は17・8輌の戦車を失い、何条もの黒煙を空に噴き上げている。生き残ったグラ・バルカス帝国の戦車は、大量の土埃を上げて慌てたように反転し、後退していく。一方ムー統括陸軍は、1輌が転輪を破壊され、2輌が履帯を切られただけである。それ以上の被害はない。
エルクの策が成功し、ラ・スタグ自走砲は1輌の被撃破も出さずに一方的に敵戦車を葬り去ったのだ。
「前進!」
第1軍司令官アスティア・モンドルキリ中将が命令し、一時停止していた北方軍集団は再び南へと進んでいく。応急修理のためその場に留まっているエルクの連隊を、他の隊の自走砲やトラックが追い抜いていった。
(まだ先は、だいぶ長くなりそうだな……)
隊全体の修理の様子を監督しながら、エルクは曇る地平線の先、はるか南のレイフォリアへ思いを馳せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻、グラ・バルカス帝国領レイフォル州東部上空。
この辺りはエルクたちが戦っている戦場と異なり、空は青く晴れ渡っている。その空に、幾つものレシプロエンジンの轟音が響いた。
葉巻のような太い胴体を持つ双発のレシプロ機が30機、密集隊形で飛行している。その周囲を50機の単発レシプロ機が取り囲んでいた。明らかに護衛の体制である。
−−−−ムー統括陸軍第2軍とロデニウス連合王国陸軍第1軍団を主力とする中央軍集団が攻勢を開始して約3週間が経ち、同部隊はヒノマワリ州東部を早くも解放し始めている。その露払いを務めるのが、ロデニウス連合王国陸軍の第11・12戦略航空爆撃団、及び同海軍の第12航空艦隊だ。
第12航空艦隊は基地航空隊で、爆撃機として「
今回はこの日2回目の出撃であり、中央軍集団の行く手にあるグラ・バルカス帝国軍の防衛線を叩くのが使命である。
現在、攻撃隊は敵の防衛線まであと25㎞に迫っていた。制空権は既に掌握しつつあるが、何時敵機が出現してもおかしくないため、既に全機が戦闘態勢に入っている。そんな中、制空隊の隊長を務める妖精”
「菅野1番より全機。前方より敵機!」
妖精菅野がレシーバーに叫ぶ。それと入れ替わるようにして、モールス信号で「トツレ、トツレ」が何度も送信される。「突撃隊形作レ」を意味する略符号だ。
「一式陸上攻撃機」が6つの小隊に分かれ、各々V字型の陣形を作る。
「制空隊突撃せよ。俺に続け!」
妖精菅野は無線で指示を出し、エンジン・スロットルをフルに開いた。
グオオオオン!!
離昇出力2,000馬力の「
(いつ聴いてもいい音だな。余裕の音だ、馬力が違うぜ)
以前搭乗していた「零式艦上戦闘機」と「紫電改二」を比較し、妖精菅野は唇の端を僅かに吊り上げた。
その「零式艦上戦闘機」に似た形状の敵機が、こちらに迫ってくる。15機程度の
(何機の敵だろうと!)
既に妖精菅野の目は、獲物を見出したタカのようにギラギラと光っている。
無線機が「トトツートト」の連続送信を受信した。「ト連送」……「全軍突撃セヨ」の略符号である。それを受信したタイミングで、妖精菅野はちらりと周囲を見遣った。
爆撃隊は既に展開を終えており、19機の「紫電改二」が自身に後続している。そして地上には、戦闘車輌と思しきものが多数集結しており、砲陣地らしきものも見えた。偽装ネットを被せて隠したつもりだろうが、周囲の景色とは微妙に色合いが異なるため、お見通しである。
「菅野1番より制空隊全機。間も無く空戦だ。
敵は俺たちより多い、だが俺たちは精鋭だ。何者にも
妖精菅野は無線で部下たちを激励する。
第12航空艦隊の戦闘機隊は、数的優勢にある敵から味方の陸上攻撃機を守り、同時に敵戦闘機を撃墜すべく、精鋭で固められている。それが、「紫電改二(菅野隊)」…初の「紫電改二」装備のネームド部隊だ。
しかもこの隊、もともとは”
そのため、練度の高さは尋常ではなく、神の領域に両足を突っ込むどころか、どっぷり浸かっていると言っても過言ではない。何せ「左捻り込みができるのは当たり前」というのが、一航戦の戦闘機乗りのスタンダードなのだから。
「最精鋭として負ける訳にはいかん。弱いものいじめしかしていない傲慢な奴らに、一航戦の誇りを思い知らせてやれぇ!」
『『『おおうっ!!』』』
無線からは、部下たちの勇ましい声が返ってくる。
「よし行くぞヤロウども! 菅野1番、
通信を切るや、妖精菅野は照準器に視線を移した。と、白い輪の中に敵機が1機飛び込んでくる。
「ヘッドオンかコノヤロウ!」
妖精菅野は歯を剥き出しにし、凄絶な笑みを浮かべた。
「未熟だぜバカヤロウ!」
その直後、妖精菅野は引き金を引いた。
目の前に閃光が走り、機首から太い
何かが回転しながら吹っ飛び、敵機は機首から黒煙を吐き出した。そのまま機首を下げ、急速に降下していく。
直後、妖精菅野はもう1機の敵機を撃墜していた。両翼の20㎜機銃4丁を撃ち、敵機の右主翼を一撃で叩き折ったのである。
「紫電改二」と、グラ・バルカス帝国の主力戦闘機であるアンタレス07式艦上戦闘機。それがすれ違った時には、妖精菅野が撃墜した2機を含めて6機もの「アンタレス」が墜とされている。対して「紫電改二」には被撃墜機は1機もない。
「見たかバカヤロウ! 空戦とはこういう風にやるもんだ!」
罵声を浴びせつつ、妖精菅野は機体を反転させた。敵機は二手に分かれ、片方は反転して制空隊に挑もうとしている。もう片方は爆撃隊を狙うつもりらしい。
「させねえぞバカヤロウ!」
(よし、直掩隊の連中は上手くやってるようだな)
陸攻の周囲をハチの群れのように飛び回る多数の単発機をちらっと見て、妖精菅野はそう判断した。陸攻は1機も黒煙を引きずっておらず、全機が定位置を保っている。
不意に後ろから殺気を感じ、妖精菅野は振り返った。2機の敵機がこちらに機首を向け、突進してきている。
「2対1、上等だぜコノヤロウ!」
妖精菅野はわざとスロットルを絞った。機体が減速し、敵機との距離がみるみる詰まる。
敵1番機の機首に発射炎が閃く寸前、妖精菅野は操縦桿を僅かに左に倒した。敵機が放った細い火箭が菅野機の右に逸れ、
1番機が攻撃に失敗し、菅野機の下方へと抜ける。代わって敵2番機が向かってくる。妖精菅野には敵パイロットの考えが読めた。距離を詰め、必中の間合いで20㎜機銃を撃つつもりだ。
「
敵2番機の主翼がこちらに向けられ、殺気が極限まで高まる
「紫電改二」が勢い良く左に回転し、天地が逆転する。逆さ向きになった妖精菅野の下方を太い火箭が駆け抜け、敵2番機がそれを追いかけるように通過する。「紫電改二」が水平飛行に戻った時には、妖精菅野は前方に敵2番機を捉えていた。
すかさず妖精菅野は、発射
太い火箭が、「アンタレス」のコクピットといわず胴体といわず突き刺さり、風防ガラスの欠片や鈍色の破片が舞い散った。一瞬、風防の内側が真っ赤に染まったように妖精菅野には見えた。
「アンタレス」は機首を引き起こすことなく、真っ逆さまに墜落していく。どうやらパイロットを射殺されたらしい。零戦より優れた防弾性能を持つ「アンタレス」も、20㎜機銃は防げなかったのだ。
僚機を落とされて怒り心頭に発したか、敵1番機が左の水平旋回をかけ、菅野機に向かってくる。妖精菅野はわざと機体をバンクさせて相手を挑発した後、真っ正面から対峙した。
この時「アンタレス」のパイロットは、さぞかし驚いたことだろう。「アンタレス」が得意とする水平面での旋回格闘戦であるにも関わらず、相手の背後につくことができないのだから。
これは、機体の性能に原因があった。「紫電改二」はもともと敵の爆撃機を迎撃する局地戦闘機として設計されたため、運動性能では「アンタレス」に一歩を譲る。しかし、アンタレスは最高時速550㎞、対して「紫電改二」は最高時速644㎞と、100キロ近い速度差があるのだ。その上、自動空戦フラップまで装備している。これが、「アンタレス」が運動性能で相手に勝るにも関わらず、相手の背後を取れない理由である。
ドッグファイトは、基本的にパイロットの根性と体力の勝負だ。というのも、相手より先に旋回を止めれば相手に背後を取られ、撃墜される危険が大だからである。
そのため、2人のパイロットは必死だった。2人とも全身を強烈な遠心力に締め上げられ、ともすれば失神しそうになる。五臓六腑が全て肛門に張り付いたような感覚が2人を襲う。それにも関わらず、2人とも重い操縦桿を引く手は決して緩めようとしない。
2機は既に3周円を描いたが、それでも飽き足らず4週目、5週目と旋回を続ける。いつ終わるとも知れなかった究極の我慢比べは、旋回が7周半に達した時、突如として終わりを告げた。「紫電改二」が先に機体を振り、水平飛行に移ったのである。すかさず「アンタレス」がその背後を取った。
「来たなコノヤロウ! これでどうだ!」
精神的にボロボロになりながらも、妖精菅野は悲鳴を上げる発動機を叱咤して操縦桿をぐいと引いた。
「紫電改二」が機首を上向かせ、上昇に転じたその瞬間、尾翼を掠めて太い火箭が空を切った。「アンタレス」が20㎜機銃を放ったのである。
妖精菅野はそのままスロットルを絞り、やや左旋回をかけた宙返りに入った。「アンタレス」はぴったりついてくる。
そして、宙返りの頂点に達した瞬間、
「かかったなバカヤロウ!」
妖精菅野は操縦桿を左に倒し、左フットバーを蹴りつけた。
次の瞬間、強烈なGが全身に襲いかかり、妖精菅野の視界がほとんど真っ暗になった。耳がキーンと鳴る。「重力」という名の見えざる蛇に締め上げられた身体が、「痛み」という悲鳴を上げる。それを無視して、妖精菅野は最後の力を振り絞って操縦桿を操作し、全身全霊でスロットルを調整した。
まるで無重力空間に放り出されたかのような感覚が、妖精菅野を襲う。何度やっても慣れない感覚だ。
だが次の瞬間には、妖精菅野はほぼ意識を取り戻し、「紫電改二」は水平飛行に戻っていた。そして。
さっきまで菅野機を追ってきていた「アンタレス」は、いつの間にやら「紫電改二」の前方にいた。
「紫電改二」の両翼から20㎜の火箭がほとばしる。何らの回避機動も取らないまま、「アンタレス」はもろに20㎜機銃の掃射を受けた。
空中に巨大な火炎が沸き起こり、零戦に似たスマートな機体がバラバラになった。「アンタレス」が…グラ・バルカス帝国では「最強無敵」と讃えられた戦闘機が、一文の価値もないスクラップと化してムー大陸の大地に墜ちていく。妖精菅野の放った20㎜機銃弾は、「アンタレス」の両翼を射抜き、残っていた20㎜機銃弾を誘爆させたのだ。
妖精菅野は、宙返りの頂点で一体何をしたのか。それは、「左捻り込み」と呼ばれる空戦機動である。左斜め宙返りの頂点で意図的に失速寸前の状態を作り出し、相手に追い越しをかけさせた直後に再加速して相手の背後を取る、という大技である。
当然ながらこの大技、非常に難易度が高い。というか、数ある空戦機動の中でもトップクラスに難しい。まず意図的に失速寸前の状態を作り出すため、失敗すれば失速してそのまま墜落するか、敵機に袋叩きにされるかのどちらかである。しかも、全身に凄まじい負荷がかかるため、失神のリスクも非常に高い。失敗が死に直結し、しかも成功と失敗が紙一重というとんだ技なのである。しかし、大きなメリットがあった。
この技を仕掛けられた相手からして見ると、「宙返りに入る直前まで自分の前にいた相手が突然消え、そして宙返りが終わった時には前にいたはずの相手が自分の背後にいる」という、訳のわからないことが起きるのである。そうなれば、後は何が起こったのかも理解できぬまま、撃墜されるのみである。
この時撃墜された「アンタレス」のパイロットも、自分が何をされたのか
「地獄に落ちろバカヤロウ!」
バラバラになって落ちていく敵機にそう吐き捨てて、妖精菅野は周囲を見渡した。制空隊は各々が敵機と取っ組み合っており、直掩隊も右に左に飛び回って敵機を追い払っている。そして陸攻隊はちょうど投弾コースに乗ろうとしていた。爆撃機が1機も欠けていないのは、流石というべきだろう。
陸攻の死角から仕掛けようとしている「アンタレス」を見つけ、妖精菅野はフル・スロットルで突進した。みるみる距離を詰め、13㎜機銃の一連射を放つ。機首から尾翼までなぎ払いを喰らった「アンタレス」は、尾翼を吹き飛ばされ、コントロールを失って墜落した。
地上に発射炎が閃き、陸攻隊の周囲の空中に黒煙の花が咲き始めた。敵の高射砲が迎撃してきたのだ。
また、敵の車輌が慌てたように走り出し、付近の林に逃げ込んでいるのが見える。しかし、野砲は地上に固定されているらしく、動いている様子がない。
対空砲火の中を、30機の「一式陸上攻撃機」は敵陣に向けて突き進んでいく。その時、空中に強烈な赤い閃光が走った。1機の「一式陸上攻撃機」が不運にも主翼のインテグラル・タンクに被弾し、炎の雲に変わったのだ。当然、その機に乗り込んでいた妖精たち7人の命は、ことごとく大空に散った。
健在な陸攻は、鼻白む様子も見せない。対空砲火を衝いて、まっしぐらに敵防衛線上空へと向かっていく。
やがて、
果たして「一式陸上攻撃機」全機が投弾を終えて離脱にかかった時、地上には多数の爆煙がわだかまっていた。火柱を伴った激しい爆発が複数箇所で発生した他、火山の噴火かと錯覚するような大量の黒煙が2箇所から噴き上がっていた。砲陣地の弾火薬庫や燃料庫に爆弾が命中したようだ。
(そういえば、敵車輌にはあまり被害を与えられなかったな)
付近の林をちらりと見て、妖精菅野はそう思った。
おそらく敵は早期警戒レーダーか何かでこちらの接近を探知し、戦闘機隊を出すとともに戦車等を退避させたのだろう。
(このことは、戦闘詳報で特に強調しておこう)
そう考えれながら、妖精菅野は制空隊を集合させ、帰還のため編隊を組ませ始めた。基地に脚を降ろすまでが任務である。
この日の航空戦はロデニウス連合王国の勝利で終わった。
第12航空艦隊は1機の「一式陸上攻撃機」を失ったものの、「紫電改二」は3機が軽微な損傷を受けたのみである。
対してグラ・バルカス帝国軍は、迎撃に当たった「アンタレス」30機のうちなんと22機を撃墜され、5機を撃破された。しかもそのうち3機は基地帰還後に再出撃不可と判定されている。とんでもない被害を受けたものである。また、防衛線のほうでは重カノン砲12門、野砲9門、高射砲1門、2号軽戦車シェイファーII3輌、2号中戦車ハウンドII1輌を破壊され、200名近い兵が死傷した。しかも、集積していた弾薬のうち3分の2をやられ、大量の砲弾が灰や
◆◇◆◇◆◇◆◇
第12航空艦隊がグラ・バルカス帝国軍に空襲を行っていたその頃、ムー大陸西南西 ソナル王国とグラ・バルカス帝国領レイフォル州の国境地帯。
「だんちゃぁーく、今!」
その声とともに、山あいに次々と爆発が起こった。いや、正確に言えば、複数の弾着が同じポイントで同時に発生したのである。
「命中! 敵陣の被害甚大!」
「対砲レーダーに感、75㎜級4発! 発射点は11時方向、距離8㎞の山あい!」
その報告がロデニウス陸軍第13軍団司令官…いや、南方軍集団の総指揮官”あきつ丸”の元まで駆け上がった直後、敵の砲弾が着弾し、4つの火柱と土煙が立った。すぐさま”あきつ丸”が指示を飛ばす。
「榴弾砲、同時着弾射撃! 新たな目標、11時方向8㎞先の敵砲陣地であります!」
そこへ別の報告が入ってくる。
「噴進砲隊及びマギカライヒ砲兵部隊、配置に付きました! 1時方向の敵砲陣地まで、距離2㎞!」
「よし、噴進砲隊及びまぎからいひの砲兵隊は、1時方向距離2㎞の敵陣に制圧射であります!」
「承知しました!」
彼女の命令は迅速に伝達され、南方軍集団の各部隊はすぐに動き出した。
この日—−中央暦1643年9月20日、これまで静けさを保っていたムー大陸南部でも、ついに戦端が開かれたのだ。それも、ムー大陸南部諸国家の軍とロデニウス連合王国を中心とする大東洋防衛軍、そして神聖ミリシアル帝国陸軍の連合部隊による、総反攻である。その戦力の中心を担うのは、ミリシアル陸軍とロデニウス連合王国陸軍の第13軍団、及び同海軍の第13航空艦隊である。
ロデニウス連合王国においては、「13」という数字が付く隊は教(嚮)導部隊と見なされている。転移してきた日本軍、及びそれに匹敵する練度を持つ部隊だけが使える特別な隊ナンバー、それが「13」という数字なのだ。
そして南方軍集団は、ニグラート連合やマギカライヒ共同体、ソナル王国といった国々の軍を支援するため、ロデニウス連合王国軍でも最精鋭であることを示す「13」の数字が冠された部隊が集められていた。陸軍は第13軍団(その麾下の部隊として第13歩兵師団・第13装甲師団と第13砲兵連隊がいる)、海軍は第13航空艦隊(「一式陸攻(野中隊)」の他に、かのシュトゥーカ乗りの魔王大佐もここに転属している)、そして海上から支援攻撃に当たる第13艦隊。
その最精鋭部隊が今、ソナル王国に睨みを利かせていたグラ・バルカス帝国軍を叩いていた。
「アンセスよりオディバ、榴弾砲スタンバイ! ToT、目標11時方向、距離8㎞の敵砲陣地! 送れ」
『オディバよりアンセス、ToT了解。報告、噴進砲隊、及びマギカライヒ共同体の砲兵隊配置良し。送れ』
「アンセスよりオディバ、噴進砲隊及びマギカライヒ砲兵隊は制圧射。目標、貴隊より1時方向、距離2㎞の敵陣地。送れ」
『オディバよりアンセス、了解。
第13軍団では、無線によるやり取りが盛んに行われていた。
通信の中にあった「ToT」というのは、「Time on Target」のことで、複数の砲から時差調整して砲撃を放ち、同一目標に同時に砲弾を命中させる戦法である。難易度は高いが、これをやれば敵の砲陣地を押さえ付け、味方の攻撃を容易ならしめることができるのだ。榴弾砲が「九六式150㎜榴弾砲」であるものの、第13軍団は西暦2199年の地球から転移した部隊であり、強力な無線機と練度の高い兵士たち、そして対砲レーダーという先進装備によって、この戦術を可能としていた。
直径150㎜の榴弾が時間差を置いて発射され、「だんちゃーく、今!」の声にぴたりと合わせて命中する。反撃を開始しようとしていたグラ・バルカス帝国軍の砲陣地は、その一撃で多数の砲を破壊されてしまい、有効な迎撃が難しくなってしまった。先にToTを浴びていた砲陣地も、生き残った砲を総動員して反撃していたが、「WG42」から発射された30㎝ロケット弾やマギカライヒ共同体自慢の科学融合型野戦用魔導砲の砲撃により、沈黙を強いられていく。
それに対する、グラ・バルカス帝国側の重砲部隊の反撃はない。いや、正確に言えばグラ・バルカス帝国側も、今後の攻勢を見越して結構な数の155㎜重カノン砲を集めていた。だが、それらが発射されることはなかった。その訳は……空にあった。
「ひゃっはー敵兵器は破壊だァ!」
空に甲高い奇声が響いた直後、
ヴオォォォォォン!!
獣が唸るような重低音が続く。
次の瞬間、大地に無数の土煙が線状に噴き上がった。それに当たったグラ・バルカス帝国兵は一瞬でその姿が消滅し、それを受けた重カノン砲は穴だらけにされて力なく大地に転がる。その上を甲高い金属音を響かせて、1機の航空機が通り過ぎていく。
それは、レシプロ機ではなくジェット機だった。だが2発のジェットエンジンを機体の後部上面に搭載するという異様な形をしている。そして、その下腹と翼下には夥しい数の物騒な荷物をぶら下げ、機首には太い機関砲を持っていた。
「A-10B改 サンダーボルトII」…ロデニウス軍が新たに採用した近接航空支援機である。そのコクピットに居座って操縦桿を操っているのは、妖精”ハンス・ウルリッヒ・ルーデル”その人だった。
「朝でなくとも、ナパームは格別だぞ!」
その言葉と共に、大地の一角に赤い絨毯が広げられた。もちろん絨毯ではない、ナパーム弾の炸裂でぶちまけられた炎の膜である。その下で何人が生きながら焼かれたのか、知る術はない。
「ついでにこれも持ってけ!」
今度は大地に大量の土煙が上がった。クラスター爆弾による面制圧だ。その辺りにはグラ・バルカス帝国の砲兵隊がいたはずだが、一切容赦は存在していない。
「そして止めだ!」
機首の30㎜機関砲が火を噴いた。高速で飛び出した30㎜弾が、地上で必死に応戦していた対空機銃に殺到する。
「サンダーボルトII改」が飛び去った時には、対空機銃は無惨な姿となって大地に転がっていた。その周囲には凄まじい量の血がぶちまけられている。対空砲を操作していた兵員たちが、文字通りにその肉体を消滅させられたのだ。
(コイツ本当にこの機体での総飛行時間たった200時間か!? 書類改竄して1,000時間くらい飛んでるんじゃないだろうな!?)
妖精ルーデルのコ・パイを務める妖精”エルンスト・ガーデルマン”は、レーダーの画面を覗き込みながらそう考えていた。
配備されたばかりの「サンダーボルトII改」をここまで乗りこなすのは、尋常のことではないはずだ。何せこれまで乗っていた「Ju87C改」とは、まるで勝手が違うのだから。ガーデルマン自身、まだこのレーダーの扱いには慣れていない。
それなのに、奴はもう長年乗ってきているかのように扱っているのである。
(やっぱアイツどっかおかしいんじゃねえのか!?)
そう考える妖精ガーデルマンの周囲では、ニグラート連合のワイバーンロードやマギカライヒ共同体のワイバーン(アーマー装備)が飛び回り、地上に導力火炎弾を撃ち込んでグラ・バルカス帝国軍を焼き払っていた。
こうした航空攻撃により、グラ・バルカス帝国側からの重砲の迎撃がなかったのである。第13艦隊が徹底的な対空掃討を行なって制空権を抑えたため、グラ・バルカス帝国軍の砲兵隊は悲惨な目に遭っていたのだ。
敵の砲兵隊が戦闘力を失いつつあるのを見て、”あきつ丸”は次の命令を飛ばした。
「第888重戦車小隊、前進であります! 第13装甲師団、第13歩兵師団も後に続くであります!」
「了解しました!」
“あきつ丸”の命令を受けて、通信士官妖精が命令を伝達し始める。
「アンセスよりティガ、前進せよ。敵防衛線の突破に当たれ。続いてアンセスよりブラキ、チャチャ。両部隊ともティガに続いて前進せよ。ナルガは、チャチャの援護に当たれ。送れ」
命令が飛ぶや、戦場にマイバッハエンジンの轟音が鳴り響いた。コールサイン「ティガ」……第888重戦車小隊が動き出したのだ。
「
妖精”ミハエル・ヴィットマン”の号令一下、10輌の「VI号戦車E型 ティーガーI」が履帯を
なお、先ほどの通信で使用されたコールサイン「ティガ」は、「ティーガーI」と「ティガレックス」を引っ掛けたものである。そして「アンセス」の由来は「ミラアンセス」であり、これは第13軍団司令部、ひいては南方軍集団総司令部を指すコールサインであった。
第888重戦車小隊の後方には、コールサイン「ブラキ」……第13装甲師団が控えている。主力戦車としてIV号戦車H型とパンターG型改、自走榴弾砲ブルムベア改、さらに新型の対空戦車としてクーゲルブリッツ対空戦車、少数ながら工兵車輌ベルゲティーガーをも装備している。数は全部合わせて200輌程度、それに加えて直協歩兵の乗るハノマーク装甲車が150輌と、数としては比較的少数だが、指揮官がかの”ハインツ・グデーリアン”なだけあって、練度は高い。この部隊のコールサインの由来は「ブラキディオス」である。
そして、これらの装甲部隊とともにコールサイン「オディバ(オディバトラス)」…第13砲兵連隊の援護を受けて前進するのが、コールサイン「チャチャ(チャチャブー)」…第13歩兵師団である。「前進用意」の命令を受けた下士官妖精は、すぐさま部下たちを振り返って叫んだ。
「総員、攻撃用意!」
軍団司令”あきつ丸”からの命令が下るや、第13軍団
「我々は誇り高き皇軍であることを忘れるな!」
「奴らは負けると思っていない。今こそ、それをしっかり教えてやれ!」
「「「了解!」」」
いつものお約束、やかましいやり取りが始まる。
「総員、着剣!」
妖精たちは一斉に腰の鞘から銃剣を引き抜き、小銃の先端に装着する。なお、ロデニウス陸軍の主力小銃がM40GRG ガラント銃に更新される中で、この部隊だけ依然として九九式小銃を使用している。単位時間あたりの投射火力は劣るが、弾薬の規格が変わらないため、補給に難渋することがないのが救いであった。
「お前ら、準備は良いか?」
「俺は攻撃を行う!」
「前進あるのみ…いいか、攻撃!」
「援護せよっ!」
「了解!」「了解!」「了解!」
そんな中、ブルムベア改の150㎜榴弾やハノマーク装甲車に装備されたネーベルヴェルファー30㎝ロケット弾が次々と撃ち出され、敵陣に着弾してどす黒い火柱を上げる。今から彼らは、そこに突撃をかけようとしているのである。
「大日本帝国の偉力に逆らうとどうなるか、今こそ分からせてやる!」
「畜生どもを叩きのめせ!」
「屑どもに情けは無用じゃ!」
「
「
“長門の連中”とは、フォーク海峡海戦においてグラ・バルカス帝国の捕虜となり、後に処刑された”長門”乗り組みの妖精たちのことを指している。
彼らも分かっているのだ。これが
やたら物騒なことを喋りまくる妖精たちだが、あの「お約束」のやり取りは忘れなかった。
「敵の潜水かn」
「「「駄目だ!」」」
「駄目だ!」
「駄目だ!」
「駄目かぁ…」
そう、「敵の潜水艦を発見!」に「駄目だ!」の総ツッコミで返すというやり取りである。
「総員、突撃ヨーイ!」
その号令に、全員が気を引き締めた。その傍ら、第13装甲師団の先頭が早くも動き出している。コールサイン「ナルガ(ナルガクルガ)」こと戦車第11連隊も突撃準備を完了し、ディーゼルエンジンを唸らせている。
そして、
「陛下の
隊長妖精が抜き身の日本刀を振りかざし、大音声で下令する。待望の号令が下ったのだ。
「突撃ぃぃぃぃぃ!!」
そして、彼らのやることと言えば1つしかない。
「「「「「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!!!」」」」」
バンザイ突撃である。
「進めー! 叩きのめせ!」
「貴様ら遅れるなぁぁーー!」
「うおおおおおおおおお!」
「皆殺しじゃ、攻撃しろぉ!」
「「「Ypaaaaaaaaa!」」」
「前進! 奴らを片付けろ!」
「ィヤァァァァァーッ!」
「殺せぇぇぇー!」
「勝利じゃあ!」
毎度毎度の騒々しさを伴い、銃剣を構えた妖精たちが一斉に突撃していく。先行する装甲部隊を盾にして、敵の銃火から身を守りながら肉薄し、塹壕に突入して肉弾戦でケリをつける。それが、彼らの仕事である。
え? 何か、赤い兵士が増えている? …気のせいじゃないですかね。
部隊の先頭では、既に戦闘が始まっている。ロデニウス軍砲兵隊の攻撃で大きな被害を出しながらも、グラ・バルカス帝国軍砲兵隊は残った砲で反撃してきたのだ。砲声が轟き、75㎜野砲や37㎜対戦車砲の砲弾が、ロデニウス軍の先頭に立つ第888重戦車小隊の周囲に着弾し、あるいは直撃弾となる。
しかし、第888重戦車小隊の装備は「ティーガーI」であり、その装甲は車体前面100㎜、砲塔前面120㎜と厚い。75㎜戦車砲ですら容易には撃ち抜けないこれらの装甲を、それより口径の小さい37㎜対戦車砲で貫徹できるわけがない。
グラ・バルカス帝国軍の砲弾は車体前面の装甲に弾き返され、何らのダメージにもなっていない。逆に、第888重戦車小隊と第13砲兵連隊は発射炎や対砲レーダーによって敵の砲の位置を割り出し、反撃を叩き込んで相手を沈黙させる。
ティーガーIはもともと、戦車隊の先頭に立って進撃し、敵の戦車や対戦車砲の攻撃を誘引して重装甲で防ぎ、88㎜砲をもってそれらを返り討ちにする、攻勢用兵器として設計されている。第二次世界大戦の大陸ヨーロッパで発揮し損ねた力を、ティーガーIは「この世界」で存分に発揮していた。
瞬く間に第888重戦車小隊はグラ・バルカス帝国軍砲兵隊を制圧し、防衛線に殺到した。しかし、そこにあったのは地面に掘られた深い溝のような穴……
いくら重戦車でも、歩兵に肉薄されるのはまずい。近付かれれば対戦車ライフルでも脅威になるし、梱包爆薬を乗せられるかもしれないからだ。実際、第二次世界大戦の太平洋戦線では米軍の戦車が多数、日本軍の肉薄攻撃で破壊されている。
ではどうするのか、という話であるが、ここで役立つのが直協歩兵…戦車と行動をともにしている機械化歩兵である。敵のいそうな場所をクリアリングするのだ。
第888重戦車小隊の後方に続く第13装甲師団は、多数の直協歩兵を従えている。その歩兵隊がハノマーク装甲車から降り立ち、短機関銃や手榴弾、小銃などの武器を抱えて塹壕へ突進する。中には、何やら奇妙なタンクのようなものを背負った兵もいる。
塹壕に立て籠もるグラ・バルカス帝国兵が、ロデニウス軍の歩兵隊に小銃や機関銃を撃ち、何人もの歩兵が絶叫を放って倒れる。歩兵隊の進撃を援護すべく、ハノマーク装甲車や戦車が車載機銃をぶっ放し、主砲に発射炎を閃かせる。頭部を撃ち抜かれたグラ・バルカス帝国兵が、声もなく自らの作った血の池に倒れこみ、戦車砲から放たれた榴弾を受けたグラ・バルカス帝国兵はボロ布のような姿になって吹っ飛ぶ。そして、生き残ったロデニウス軍の兵が次々と塹壕に踊り込んだ。
塹壕内での戦いは、基本的に狭所での近距離戦になる。そのため、専ら使う武器は取り回しの良い短機関銃や拳銃、手榴弾、あるいはナイフ、ショベル、軍刀といった近接兵器になる。しかし、ロデニウス軍が投入したのはこれらとは少々異なる武器だった。それは何かというと……
塹壕内では、早くも両軍がぶつかり合っている。ロデニウス連合王国とグラ・バルカス帝国、双方の兵は出くわすや否や機関銃や小銃をぶっ放し、手榴弾を投げつけ合い、ショベルで殴り合い、軍刀やサーベルで斬り合った。そんな一角で突然、紅蓮の炎がほとばしる。そして、
「ぎぃああああああ!!」
「
「ああああああ助けてぇ…」
凄惨な悲鳴が響いた。
全身に炎が回った兵が何人も、生きたまま火あぶりにされて絶叫し、地面を転げまわっている。よく見ると、それらの兵士は全てグラ・バルカス帝国の軍服を着ていた。
生き地獄さながらの光景が展開される中、新たな炎が噴出し、火に巻かれた兵が武器を投げ捨てて地面に転がる。その炎は、あのタンクを背負ったロデニウス兵の手元から噴き出ていた。地獄の亡者のようなむごたらしい悲鳴を上げ、地に倒れているグラ・バルカス帝国兵に対し、ロデニウス兵は容赦なく銃弾を撃ち込み、相手の生命を永遠に断ち切っていく。
そう、ロデニウス連合王国が投入した兵器とは、火炎放射器である。ガソリン、ナパームのような可燃性の液体を圧縮ガスで噴射し、点火しながら目標に向けて放つものである。
ただ、この火炎放射器には欠点があった。「炎を噴射する」というその特性上、非常に目立つのである。そして目立つということは、
「あいつを生かしておくな! 焼かれていった仲間の仇を討て!」
相手のヘイトを稼ぎやすい、ということである。
グラ・バルカス帝国の兵士たちは、もちろんのことだが国のために命を捨てる覚悟はできている。自分の死に様も想像していたつもりだった。だが、まさか「生きながら丸焼きにされる」なんて最期は考えていなかった。
視覚と「熱」という感覚をもってこちらを怯ませる炎、そして絶叫しながら焼かれ、黒焦げ屍体となっていく仲間……それは「恐怖」以外の何物でもなかった。そして「恐怖」が「怒り」へと変換されていった。
グラ・バルカス帝国兵は、火炎放射器兵だけは何が何でも生かして返すまいとばかり、恨み、憎しみ、怒りといった感情をありったけの弾丸に込めて撃つ。それに対してロデニウス兵も猛然と撃ち返した。
その時、地軸を揺るがすような音が聞こえてくる。それに混じって、多数の叫び声も聞こえてきた。
「「「「「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!!!」」」」」
第13歩兵師団の到着である。肉薄攻撃の権化とでもいうべき連中が、やってきたのだ。
ここまで結構な距離を走ってきたにも関わらず、第13歩兵師団は疲れた様子を一切見せない。混乱に乗じて塹壕に飛び込むや、先ほどと全く変わらない速度で塹壕の中を駆け抜ける。MP40を持った歩兵の制圧射撃の元、軍刀を振りかざし、銃剣を槍のように構えてグラ・バルカス帝国兵に突進する。あっという間に、双方の兵は白兵戦にもつれ込んだ。
戦況は一時拮抗したように見えたが、やがてロデニウス側の優勢が明らかとなった。グラ・バルカス帝国兵もサーベルや銃剣、ショベルなどで応戦しているが、次第に押されていく。
これは、両軍の練度の差によるものだった。グラ・バルカス帝国でも近接戦闘術は訓練しているものの、その練度はお世辞にも高いとは言えない。近接戦闘に持ち込む前に、銃だけで勝敗がほぼ決まってしまうからである。
対して、ロデニウス側はどうか。こちらは、まずそもそも各部隊の嚮導を務める第13軍団が白兵戦を得意とする日本軍である、という時点でお察しである。それに加えて、大東洋共栄圏傘下には剣術にめっぽう強いフェン王国がいるため、第13歩兵師団はそちらで剣術の鍛え直しもされていたのだ。まさに鬼に金棒である。
余談だが、フェン王国の剣術も進化を続けている。大東洋共栄圏の物流網を通じて流れ込んできた一編の書物のせいで。
その書物は5つの巻に分かれており、剣の技が解説絵図付きで詳しく書かれている。剣術だけでなく、用兵についても言及されており、よほど剣と用兵に精通した者が書いたらしいとみられる立派なものである。
…ここまで書いたら、読者諸賢の皆様にはこの書物の正体がお分かりいただけたかもしれない。そう、この書物の名は「
さすが剣に精通するフェン人だけあって剣術の飲み込みは早いと見えて、「五輪書」がフェン王国に入って3年ほどになる現時点で、フェン王国内では双刀使いがちらほら出現している。また、早くも武蔵の説く剣術の真髄にたどり着く者もいた。「剣王」シハンや「剣豪」の称号を持つ者たちである。
閑話休題。
そのようなところで近接戦闘術を学んでいた第13歩兵師団、そしてロデニウス連合王国軍の戦闘力は、並大抵のものではなかった。
敵兵が大上段に振り下ろしたサーベルを、軍刀の刃で滑らせるようにして受け流し、直後に相手の首筋めがけて横薙ぎに軍刀を振るう。敵が突き出した銃剣の一撃を防ぐや、電光石火の突きを繰り出し、一撃で相手の頸部を貫く。中には大上段に構えた軍刀を振り下ろし、防ごうとした相手のサーベルを叩き折ってそのまま相手の身体を斬り捨てる者もいた。
先ほどの火炎放射によってグラ・バルカス帝国軍の士気は下がり気味となっている。そこへこれであり、彼らの士気はやや挫け始めた。
それを見逃す第13歩兵師団ではない。こういう時にはどんなことをすれば、敵の恐怖を加速できるか、彼らは知っている。
「敵は怯みかけてるぞ、押せ!」
「前進! 奴らを片付けろ!」
この命令が出れば、することはただ1つ。
「突撃ぃぃぃぃぃ!」
「「「「「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!!!」」」」」
バンザイ突撃である。
「進めー! 叩きのめせ!」
「大和魂を見せてやる!」
「勝利じゃあ!」
「「「Ypaaaaaaaa!!」」」
「皆殺しじゃ、攻撃しろぉ!」
「豚どもを、殺せぇぇー!」
口々に叫びながら、妖精たちは怒涛の勢いで突撃していく。それに負けじと、装甲師団の直協歩兵たちも走り出す。
「「「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!!!」」」
それだけを叫びながら、殺意も露わに突進してくる多数の兵士というのは、恐怖以外の何者でもない。しかも、機関銃を撃とうが手榴弾を投げようが止まらず、味方の屍体を乗り越えてまで向かってくる姿には、一種の狂気めいたものがあった。
こんな狂信者めいた連中を相手にした経験がないグラ・バルカス帝国兵たちは、だんだん冷静さを失っていく。対照的に、第13歩兵師団はまるで戦場の雰囲気と血や硝煙の香りに酔ったかのように、無茶にも見える突撃を続ける。
そしてついに、恐怖が戦意を上回った。グラ・バルカス帝国兵たちが怯えた顔をしたかと思うと、持ち場を放棄して背を向け、遁走に移ったのだ。一部でそれが起きると、後は連鎖だ。ダムが決壊するように、グラ・バルカス帝国軍の守りは崩れ去った。当然、第13歩兵師団は迷わず追撃を選択し、逃げようとする敵を巧みに分断しては追い込み、降伏か玉砕かを迫っている。そこへ、迂回ルートを取って戦場に突入してきたソナル王国・ニグラート連合の鉄砲騎馬隊と、マギカライヒ共同体・ロデニウス連合王国の砲兵隊からの支援攻撃、そして側面を突いたミリシアル陸軍の機甲戦力が加わったことで、ついに勝敗は決したのだった。
戦闘開始から4時間後、日の入りの頃には決着がついていた。
ムー大陸の主要国家の軍と大東洋防衛軍、そして神聖ミリシアル帝国陸軍を合わせた多国籍連合軍は、ソナル王国とグラ・バルカス帝国領レイフォル州の境界に大穴をこじ開け、突入口を開いたのだ。
この日の戦闘では、多国籍連合軍が2,700名、グラ・バルカス帝国軍が3,600名の戦死傷者を出し、辺りの草木は砲弾炸裂の衝撃波と爆風によってなぎ倒され、
果たして、これと似た血
ただ、これだけは誰の目にもはっきりとしていた。ムー大陸における戦火は今後拡大し、また激化していくだろう、と。
すみませんが、ミリシアル陸軍の戦いぶりを描こうとして力尽きました……彼らの戦いは次回以降にて。
そして久しぶりのバンザイ突撃でした。
UA116万突破、総合評価11,600ポイント突破とは……本当にありがとうございます!!
評価10をくださいましたレッドワルド様、天津アクト様、ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
「バグラチオ作戦」の本格始動により、ムー大陸西部全域に戦火が広がった。同作戦を担う中央軍集団の当面の目標は、旧ヒノマワリ王国の解放。緒戦の勝ち戦の勢いに乗じ、彼らは一息に旧ヒノマワリの首都ハルナガ京へと向かっていく!
次回「疾風怒濤・ヒノマワリ解放」