鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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実はこの回が最も長かったりする。



エイプリルフール特別編 転

 大日本皇国と国交を開設してから2ヶ月ほどが経った。

 大日本皇国からの食糧と資源の支援によって、タウイタウイ泊地の経営状態は極めて安定している。情報網も整備され、皇国のインターネットを使えるようになっていた。

 逆に大日本皇国では、「今行きたい旅行先」や「また訪れたい場所」のトップ3にタウイタウイ島の名が登場している。ただでさえ南国のリゾート地であることに加え、鎮守府と本物の軍港をセットで見られ、さらに艦娘たちとの交流が期待できるとあって、特に「提督」勢や歴史オタクたちにとっては"聖地中の聖地"となっていた。

 そんなある日、堺はタウイタウイ島西部の飛行場にいた。客人を出迎えるためである。

 やがて、北の空から1機の航空機が飛来してきた。大日本皇国が誇る政府専用機「延空」である。大事なお客人が乗っているとのことで、タウイタウイ所属の「F-104G」が2機、護衛に就いていた。

 飛行場に着陸した「延空」がゆっくりと速度を落とし、地上誘導員の案内に従って駐機場へと向かう。所定の場所で誘導員が首を切る仕草をしてみせ、専用機はエンジンを切った。エンジンの轟音が止まると共に、タラップがかけられる。

 専用機から降りてきたのは、堺の見知った顔だった。外交官の(かわ)(やま)と、軍司令官の(かみ)()、そして(いっ)(しき)総理。「三英傑」の勢揃いである。

 

「川山さん、神谷さん、一色さん、お久しぶりですね。タウイタウイへようこそ」

「こちらこそ、お久しぶりです。いやぁ、やはりこの島は暑いですね。さすが南の島、という感じです」

「全くですね。こんな暑いところで立ち話も何です、こちらへどうぞ」

 

 駐機場には大日本皇国製の車がスタンバイしており、それに乗り込んでタウイタウイ泊地司令部へと向かう。飛行場から15分ほどだ。

 今回3人が来たのには、2つの目的がある。1つめがタウイタウイ泊地そのものの視察だ。実は3人ともまだタウイタウイ泊地に来たことはなかったため、これを機に案内しようという訳である。

 

「この雰囲気は懐かしいな、横須賀や呉の鎮守府を思い出す」

 

 赤煉瓦作りの建物を見て、神谷が感想を漏らす。

 

「まあ、それらの鎮守府に倣った作りになっていますからね」

「建物同士の間隔が広いですね。空襲や火災への対策ですか?」

「鋭いですね川山さん。仰る通りです。

さ、到着しました。どうぞお降りください」

 

 泊地司令部を構成する複数の建物のうち司令部棟に入り、エレベーターで4階へ上がる。その一角に提督執務室がある。

 

「どうぞお入りください」

 

 例によって青一色に統一された執務室に、3人を招き入れる堺。

 

「ヘーイ提督、お帰りなさいデース!」

「ああ、ただいま。先程言ってたお客様方を連れてきたよ」

 

 執務机の脇に控えていたのは、本日の秘書艦担当"(こん)(ごう)"である。

 

「大日本皇国から来られた方々ですネ!

金剛デース! ヨロシクオネガイシマース!」

 

 3人に"金剛"が握手していく。

 

「大日本皇国の外交官、川山 慎太郎と申します。本日はよろしくお願いします」

「大日本皇国軍総司令官、神谷 浩三です。よろしくお願いします」

「一色 健太郎と申します。大日本皇国の首相…総理大臣を務めております。お初にお目にかかります」

「Oh……すごいお偉いさんが来られまシタネ…。ヨロシクデース!」

「金剛、程々にしとけよー」

 

 "金剛"に釘を刺しておいてから堺は「こちらへおかけください」と、3人に応接セットのソファーをすすめた。

 

「まずはウェルカムドリンクということで何かお出ししたいのですが、ご希望はございますか?」

「私は紅茶でお願いします」

「コーヒーはありますか?」

「ありますよ。神谷さんはコーヒーで?」

「はい、お願いします」

「一色さんは?」

「では、私は紅茶で」

 

 ドリンクと"金剛"お手製のクッキーをお供に、ちょっとした会談が始まった。

 

「まずは先に、大事な要件を済ませてしまいましょう。私の見たところ、御三方とも艦娘たちの大ファンであらせられるようなので、要件だけ先に片付けて、後は心行くまで楽しむ……その方が良いのではないですか?」

「正直なところ、その意見には心から同意します。私はともかく、神谷が一番大変でしょうからね」

 

 堺の指摘に川山が苦笑して答える。というのも、堺が観察した範囲では神谷と一色の目がしばしば"金剛"に泳いでいるのだ。また、川山自身もどこかそわそわしたような様子が窺える。そうした点から、堺は先に案件を済ませた方が良いのではないかと考えたのだ。

 

「そして御三方が揃って来られたということは、何かよほど重要な案件のようですね。それも、政治と軍事の専門家が同時にいらっしゃるとなると、これは相当な案件のようだと思いますが?」

「お察しの通りです、堺さん」

 

 一色が襟を正して話し始めた。

 

「実は2ヶ月後、我が国において重要な日があるのです。今の天皇陛下が御即位なさってから、ちょうど20年になるのです」

「ほう、節目というわけですね。それはおめでとうございます」

「ありがとうございます。そこで、御即位20周年を記念したいということで、我が国ではあるイベントを企画しております。それが、『軍観閲式』というものです」

 

 一色の後を継ぐ形で、神谷が説明に入った。

 

「この式典は文字通り、天皇陛下が我が国の軍を…陸軍、海軍、空軍、特殊戦術打撃隊の全てをご観閲なさるものです。当然ながら、海軍に関しては観艦式という形になります」

 

 堺は時々頷きながら、神谷の説明を聴いている。傍らに控える"金剛"も、黙って聴いていた。

 

「そして我々は、せっかくの20周年記念という重要な節目に当たる訳ですから、この『軍観閲式』を国際的なものにしたいと考えております」

 

 ここで堺はピンときた。

 

「なるほど…およそ話は分かりました。つまり、私のところの艦娘たちにも『日本国代表』として式典に参加して欲しいと、そういうことでしょうか?」

「堺さん、ご明察恐れ入ります。その通りです。

単刀直入に言えば、是非とも貴方と艦娘たちにも式典に参加していただきたいのです」

 

 そう、これが「三英傑」が揃ってタウイタウイを訪れた2つめの目的である。式典への参加を要請しに来たのだ。

 

「お話はよく分かりました。艦娘たちの意向もあると思いますので、返事は一旦保留とさせていただけますか?」

「分かりました。快いお返事をお待ちしております」

 

 一色の返事を聴いた瞬間、堺は急に虚空に向けて言い放つ。

 

「ということだ、(あお)()、よろしく」

 

 その直後、三英傑が座っていたソファーの背後から、いきなり人影が現れた。

 

「ふぇぇっ!? ちょ、司令官、気付いてたんですか!?」

「青葉、いつからいたデスカ!?」

「うわ!? びっくりした!」

「あ、青葉さん!? いつの間にそんなところに…!?」

 

 ソファーの後ろに"青葉"が隠れていたのだ。突然の登場に、"金剛"、川山、一色が揃って驚く。

 

「当たり前だ、俺とどれだけの付き合いがあると思ってんだよ。ついでに言えば、お前には何回もタネを抜かれてんだ、少しは対策もしようというもんだ。

それに、うちに外からお客、それも外国の方が来るなんて滅多にないんだからな。お前にとっちゃ格好の記事のタネだろ、そんなもんに食いつかないはずがない。最初はソファーの下、それから後ろに移動して、話を全部聴いてたろ」

「あうぅ……司令官に完全に見抜かれてた……」

 

 がっくりと肩を落とす"青葉"。見抜かれた上で泳がされていた、というのは少しショックだったらしい。

 

「そういう訳だ、見抜かれた罰としてうちの子たちに今の話を広めてこい」

「分かりましたっ!

皆様、失礼しました。また青葉をよろしくねっ!」

 

 つむじ風のように、"青葉"は颯爽と部屋を飛び出していった。

 

「全くアイツは……。皆様、驚かせてしまいすみませんでした」

「いや、彼女らしくて良いと思いますよ」

 

 苦笑しながら神谷がコメントした。

 

「そういえば神谷さんだけ驚いていませんでしたね。気付いていたのですか?」

「まあ、何となく」

 

 口ではそう言ったが、実は神谷は最初から彼女の存在に気付いていたかもしれない。どことなく、口調に迷いがなかった。

 

「ということで、私たちから伝えたかったのは観閲式の参加の要請です。これで要件は全て済みました」

「承りました。それでは、お茶とクッキーをいただいて、後はお楽しみタイムといきましょう。

金剛、お茶をありがとう。戻って良いぞ」

「了解デース! では私はいってきマス」

「あ、金剛さん」

「What?」

 

 "金剛"が退室する寸前、川山が呼び止めた。

 

「紅茶とクッキー、ありがとうございます。とても美味しいですよ」

「Oh、そう言ってもらえて嬉しいデース! では、私は失礼しマース!」

 

 今度こそ退室した"金剛"を見送り、4人はお茶と軽食を楽しんだ。それが終わったタイミングで、執務室のドアがノックされる。

 

「失礼します。鹿()(しま)、参りました!」

「お、来たか! 入って良いぞ」

「失礼します」

 

 ここからは一旦"鹿島"の出番である。

 

「すみません皆様、私はお茶のセットを片付けてからいきます。少し場所を移していただいて、最初はこちらの鹿島からかつて我々が所属していた組織…日本国の国防軍たる自衛隊や海上護衛軍について、説明を受けていただきます。

鹿島、頼んだ」

「はい!

お話は聞いています、大日本皇国の方々ですね。練習巡洋艦の鹿島です! よろしくお願いしますね、うふふっ♪」

「おい鹿島、程々にな」

「はい~♪

では皆様、こちらへどうぞ」

 

 3人を連れ出す"鹿島"を見送りながら、堺はぼそっと呟いた。

 

「人選ミスったかな…姉妹の予定を入れ換えて、香取に3人の案内を任せるべきだったか? 水雷戦隊の航海演習訓練なら、鹿島にも務まると思うしな…」

 

 明らかに3人とも、骨抜きになっているようにしか見えなかったのである。

 

 

 洗い物を終えた堺が教室に移動してみると、ちょうど自衛隊のプロパガンダ映像が終わるところだった。

 

「お、ちょうど映像終わったか」

「はい。ここからは提督にお願いしますね」

「ああ、日本国の歴史の説明は俺がやるって予定だったな。ありがとな鹿島」

「いえいえ、こちらこそ。映像用意してくれたのは提督さんじゃないですか、ありがとうございました。うふふっ♪」

 

 司会がバトンタッチし、次の説明が始まる。

 

「えー、それではここからは趣向を変えまして、日本国の歴史について、そして我々タウイタウイ泊地艦隊がたどった歴史について、ご説明いたします」

 

 スクリーンに新たな映像が映り、堺が話し始める。

 

「まず我が国がいつ成立したか、ということですが、歴史家たちの通説としては……」

 

 その後の説明は、大日本皇国がたどってきた歴史と大差ないようだった。華やかなりし貴族の時代、質実剛健な武士の時代、それから巨大な戦乱の時代を過ぎて天下泰平の江戸の世。そして明治維新から始まる近代化。ここまではほぼ共通している。

 しかし、昭和年代の第二次世界大戦から、状況が一気に変わり始める。

 

「西暦1945年8月15日、第二次世界大戦並びに太平洋戦争は終結。日本は国土の大半を空襲によって焼き払われ、さらに原子爆弾2発を投下され、アメリカをはじめとする連合国に降伏しました。その後紆余曲折を経て、世界第2位クラスの経済大国に返り咲いたのです。

第二次世界大戦に降伏した後、我が国は『大日本帝国』から『日本国』へと国号を改めましたから、我が国は灰の中から再出発したといっても過言ではないのです」

 

 スクリーンの中では、新幹線開通時の白黒映像や、「地下鉄サリン事件」「阪神淡路大震災」などのカラー映像が踊っている。

 

「こうして我が国は何とか立ち直りましたが、一方の世界では紛争や戦争が絶えず、我が国もそれに巻き込まれて対外情勢は不穏なものを(はら)んでいました。

ところが西暦2060年、全てが一変したのです。そう、世界中の海で一斉に始まった、(しん)(かい)(せい)(かん)の侵攻です。世界各国は必死に戦いましたが、何故か深海棲艦には現代兵器が通用せず、人類はあっという間に制海権を奪い取られ、(とう)(しょ)国家は次々に滅亡に追いやられました。アメリカですらハワイ諸島を失陥するほどの有り様だったのです。しかも深海棲艦側には戦車のような陸上戦力まで存在し、このままでは人類の滅亡は遠からぬものと予想されていました。

そんな中、西暦2101年に日本国において初めて『艦娘』という存在が現れ、そこから人類の反撃がようやく始まったのです。以後100年近くにもわたって、人類の守護者たる艦娘と深海棲艦の戦闘が続きました。そんな最中に、私たちのタウイタウイ泊地は突然、異世界へと飛ばされてしまったのです」

 

 壮絶な歴史の説明に、3人とも言葉を失っていた。

 

「我々のいるタウイタウイ島が転移した場所は、ロデニウス大陸の北東34㎞沖でした。最初はクワ・トイネ公国、次いでクイラ王国と国交を開設しまして、この頃は我々はまだ日本国を名乗っていました。その後、ロウリア王国のクワ・トイネ侵攻によって発生したロデニウス大陸戦争では、我々はクワ・トイネ公国側で参戦、ロウリア王国を打ち破って勝利を収めました。これが、中央暦1639年の4月~5月のことです」

 

 この辺からは3人にもイメージしやすくなったことだろう。

 

「戦争が終わって間もない中央暦1639年7月1日、パーパルディア皇国の脅威に対抗するため、ロデニウス大陸の諸国は1つにまとまり、『ロデニウス連合王国』となりました。この時我々タウイタウイ艦隊も『日本国』の国号を封印し、ロデニウス連合王国の一部となって『ロデニウス連合王国海軍第13艦隊』を名乗るようになったのです。そして必死に大陸の近代化に取り組み、同時に大規模国家共同体『大東洋共栄圏』を主宰して第三文明圏外各国との国際協調を図りましたが、あまりにも時間が足りなさすぎました。

年が明け、中央暦1640年になってすぐ…1月下旬とかの話なので本当にすぐなのですが、ロデニウス連合王国はパーパルディア皇国と開戦しました。この戦争は最終的に第三文明圏内外各国を巻き込んだ『第三文明圏大戦』となり、結果は我が方の勝利に終わりました。パーパルディア皇国は本土の制空権・制海権を全て喪失し、我が軍の本土上陸を許してしまい、エストシラント、デュロといった重要都市を失陥した後、最終的にパールネウスを落とされて滅亡しました。現在は『新生パールネウス共和国』となって再出発しています」

 

 ここで川山が手を挙げた。

 

「質問よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

「パーパルディア皇国との開戦経緯は何だったのでしょうか? 我が皇国もパーパルディアと戦争しましたが、その原因はフェン王国のニシノミヤコで我が国の民が捕らえられ、パーパルディアによって公開処刑されたことでした」

「おお、貴国も似たような開戦経緯だったのですね。私たちの場合は、貴国と同じくフェン王国における邦人処刑の報復の他に、大東洋共栄圏に対する脅威の排除、将来的な自存自衛、友邦たるフェン王国の救援の4つが、開戦事由でした」

「世界線は違えどパ皇はパ皇だった、ということですなぁ」

「全くですね」

 

 そこへ神谷が割り込む。

 

「そちらでもパーパルディアを滅ぼしたってことは、そちらの世界ではルディアスとレミールはどうなったんです?」

 

 当時のことを思い出し、知らず知らずのうちに堺の眉間にしわが寄り、表情がやや険しくなった。

 

「実は…2人とも死にました。というより、私が殺したも同然ですね」

「と言いますと…?」

「まずレミールに関しては、この私の手で射殺しました。処刑場所はこの泊地の片隅です。墓碑もそこにありますよ。

それとルディアスですが、エストシラント市街地ごと耕しました……大和(やまと)の46㎝砲で」

「「Oh……」」

 

 想像以上にグロかったのか、川山と一色が絶句した。

 

「おや、そちらも我々と似たようなことをやったんですね」

 

 神谷はというとさらっと受け入れている。

 

「え、神谷さんも?」

「ええ。というか私からすると、46㎝砲で済んだだけまだマシ、というレベルです。我々がエストシラントを攻略した時は、燃料気化弾頭のSLBM、710㎜砲の艦砲射撃、『()(がく)』による10,000トン近い量の爆弾投下、自走砲による支援砲撃までやって、最終的にメタルギアから何から陸上戦力をほぼ全部突っ込みましたから、終わった後は建物なんて1つもないような状態でした」

「うわぁ……私たちのやったことが生ぬるいとすら思える……」

 

 さらに、「大日本皇国がある世界におけるレミールとルディアスの最期」を聴いて衝撃を受ける堺。その隣で"鹿島"が青くなってガタガタ震えている。さすがにグロ耐性の(いき)()を超えてしまったようだ。

 

「コホン……それでパーパルディアとの戦争が終わった後は、ミリシアルやカルアミークをはじめとする国家群と国交を順次開設し、世界平和と将来的なラヴァーナル帝国との戦争に備えようとしていたのですが…また世界大戦です。皆様もお察しかもしれませんが、相手はグラ・バルカス帝国でした。

激しい戦闘を何度も繰り返した末に、我が国はミリシアルやムーなどと協力してグ帝を追い詰め、どうにか降伏にこぎ着けました。そして、その戦後処理を終えた私と艦娘たちがムー大陸からタウイタウイに帰ってきてすぐ、ここに転移してきたのですよ」

「波乱万丈、という言葉がぴったりですね」

 

 一色がしみじみとコメントした。

 歴史の講義が終わった後は、いよいよ泊地の案内である。"鹿島"は教室の片付けのため離脱し、ここからは案内役が堺に戻る。

 

「それでは、まずはこの建物からご案内します。この司令部棟は5階建てですが、5階は艦隊司令部を兼ねた通信室があるだけで、後は屋上ですね。機密の部分もありますので、すみませんが5階は紹介を省きます。

4階は私の執務室と私室、後はさっきの教室が5つと会議室ですね」

 

 階段で3階へ降りると、教室がずらっと並んでいる。完全に学校そのものだ。

 

「ここは講義室フロアです。主に魚雷戦や砲術理論、対空戦闘理論、その他歴史学や一般教養といった座学と、演習ボードによる机上演習で使われます」

「やっぱりあるんですね、そういう講義も」

「そりゃあ、理論も無しの実践なんて弾の無駄になるだけですからね。習うより慣れろとは言いますが、まずはお勉強からです」

 

 続いて2階、ここは資料室が多くを占めている。

 

「この資料室には、かつての地球に関する情報やこの世界に来てから我々が経験した戦役、その他様々な情報が収められています。荷物を運ぶために使う小型エレベーターがあって、4階の提督執務室や5階の艦隊司令部と連絡しています」

 

 最後に1階は、食堂と図書室という2つの大部屋が大半のスペースを占めており、その隙間に挟まるようにして医務室がある。

 

「こちらが食堂です。今は(かん)(さん)としていますが、食事の時間になると艦娘で(あふ)れかえりますから、あなた方にとっては眼福な光景が広がることになりますよ」

「それは是非見てみたい…」

 

 神谷がぽろっとこぼした。

 

「おーい浩三。本音漏れてる」

「はっ!? い、いかんいかん!」

 

 川山に言われて慌てる神谷。堺は苦笑した。

 

「そして向こうが図書室です。私より前にここで提督をやっていた方の誰かが本好きだったようで、結構な量の蔵書を残していたのですよ。それをありがたく使わせてもらっています。地下書庫もありますから、正確な数は数えたことがありませんが、どう少なく見ても500冊はあるでしょう」

「本のジャンルは歴史書とかそんなのばかりですか?」

 

 これは一色の質問である。

 

「いえね、それがそうでもないのです。専門書からライトノベルまで、いろいろとあるんですよ。おかげでこの世界に来てから大分助かりました。現地の方々に技術指導とかやる際に、蔵書が大いに役立ちましたからね」

「それは幸運でしたな」

「ええ、全く以てありがたい限りです。

ああ、それとAV室もありますよ。なので映像作品なんかも閲覧可能です」

 

 その時、医務室の中をちらりと覗いた川山が尋ねた。

 

「ここの医務室、ずいぶん豪華な設備がありますね」

「ん、どうされました川山さん?」

「いや、こんなところにCTがあるなんて、と思って…」

 

 扉の窓から、巨大なリング状の機材が置いてあるのがちらりと見えたのだ。確かにCTに似ているが、実は違うのである。

 

「CT? …あー、あれか。あれ実はCTじゃないんです」

「え? ではあれは何でしょうか……?」

「うーん……まあ、ここだけの話として明かしましょう。この話はオフレコでお願いします。

あれは『波動治療装置』といいます」

「波動治療装置?」

 

 一色が首を傾げた。

 

「はい。私は医療の専門家じゃないので詳しい説明はできませんが……人間の身体は無数の原子によってできている、ということはご存知かと思います。そして、それらの原子には熱運動があり、原子1つ1つが振動していることも、化学の授業などで習ったかと存じます。そのため、原子が複雑に結合して作られている人間の身体からは、常時何かしらの波動が放出されています。

波動治療装置とは、健康な人間が放つ波動を固有の周波数帯として登録し、病気にかかった人間に対して登録した波動を浴びせることで、免疫機能を活性化させると共に、おかしくなっている原子の配列を元に戻したり、異分子を排除したりして、病気を治療するという装置です。骨折とかの外科的疾患はこの機械では治療できませんが、例えば臓器のがんとか高脂血症、各種感染症、統合失調症などは、これだけで対応できますよ。切り傷に対しては直接治療こそできないものの、血小板の機能を活性化して傷の早期治癒に繋げられます」

「な、なんと…! 素晴らしい機械じゃないですか!」

 

 一色が目を輝かせた。

 

「ただ、実はこの機械のことを皆様にお話するつもりはありませんでした。というのも、こんなものの存在を公表して輸出でもしようものなら、貴国の医師と看護師と臨床検査技師なんかが軒並みお(やく)()(めん)になってしまいますからね。失業者を大量発生させて余計な恨みや社会不安を生み出す訳にはいきません」

「確かにそうですね…私たちも、この話は聴かなかったことにしましょう」

「そうしていただけると助かります」

 

 外交的・経済的な損失を心配したが故の堺の配慮であった。

 

「さて、司令部棟はこれで全てご案内しました。次は外へ行きますよ」

 

 司令部棟を出た一行は、艦娘たちの寮棟の間を抜けるようにして泊地内を歩く。途中で演習に向かうらしい何人かの艦娘とすれ違い、敬礼を交わしていく。

 

「ここが最大の寮である駆逐艦寮、その向こうが軽巡寮、さらに奥が重巡寮。道を挟んで駆逐艦寮の反対側が空母寮、その奥が戦艦寮と特殊艦寮です。これとは別に『海外艦寮』もありますよ」

「特殊艦寮にはどんな方が入るのですか?」

 

 川山が質問した。

 

「そうですね、水上機母艦や潜水艦、潜水母艦、揚陸艦、工作艦などといった面々です。と言いましても、実は工作艦の子に関しては、寮の部屋はただ寝るためだけにあるようなものですね。何なら工廠に泊まり込むことも珍しくないですから」

「うわぁ…何というか、秋葉原に通うオタクの匂いがしますね」

「オタクで済むなら可愛いんですがね」

 

 堺が頭を掻いたところで、一色が何かを指差した。

 

「あれは…対空砲陣地ですか?」

 

 一色の指差す先には、土嚢が積み上げられていた。その向こうから対空機銃と思しき細長い黒い砲身がのぞいている。

 

「そうです、あれは確か九六式25㎜三連装対空機銃ですね。他にもボフォース40㎜機関砲や3.7㎝Flak、アハトアハトもありますよ」

「勢揃いですな」

「それだけ航空機が怖いんですよ」

 

 寮がある一帯を抜けると駐車場と正門がある。その駐車場で、3人が思わず声を上げた。

 

「お、戦車か!」

「デカい…何か昔の資料で見た覚えがあるな、何だっけ…」

「ティーガーⅡ……いや、よく見ると少し違う! こいつ、105㎜砲持ってるな? しかも滑腔砲じゃねえか!

あと、エンジン音がガソリンエンジンのそれじゃない。むしろT-34とかに見られるディーゼルの音だ」

 

 ちょうど走行試験中の「43式主力戦車 ケーニヒスティーガー改」に出会したのだ。主砲を68口径105㎜砲に乗せ変えた火力強化型である。

 

「我が方の新鋭戦車です。グ帝との戦争の最終局面で先行試作型を投入しましたが、量産型が投入される前に戦争が終わりました。今は魔帝との戦争に備え、火力の強化などの改修を行っています」

 

 そしてここで一旦折り返し、別の方角へと足を向ける。

 

「さて、ここらへんで小休止です。次からが本番なので、その前に少し休みますよ」

 

 堺が3人を連れていったのは、和風な雰囲気漂う一軒の店だった。看板に書かれた店名は「(かん)()(どころ) ()(みや)&()()()」。

 

「おおっ、この看板があるということは…!」

「これが、間宮さんの店? いや、伊良湖もいるのか…」

「甘味のお店ですね」

「そうです。艦娘たちが"キラキラになる"店ですよ」 

 

 (せん)(きょ)(こう)(しょう)と並ぶ鎮守府の最重要施設、"間宮"と"伊良湖"の店である。食事はもちろんだが、ここで提供されるあんみつやラムネ、羊羮、最中といった甘味は、艦娘たちの士気の維持・向上に極めて重要なのだ。

 

「いらっしゃい! あ、提督さん! お客様ですか?」

 

 対応に当たったのは"伊良湖"。

 

「ああ。4人だが、頼めるか?」

「はい、こちらへどうぞ!」

 

 時間が時間だからか、店内には4人以外の客はいない。

 

「こちらメニューです。お決まりになりましたら、お呼びください」

 

 メニューには様々な料理が載っているが、こんな時間(まだ午前10時くらいである)からガッツリ食べるものではない。ということで、早々にスイーツのページが開かれた。

 

「おおぉ…アニメで見た特盛りあんみつだ…!」

 

 メニューを見て神谷が目を輝かせる。

 

「え、貴国では艦娘たちはアニメに出演したのですか?」

「はい、劇場版も製作・公開されましたよ。なので映画館のスクリーンでも彼女たちが動いていたわけです」

「おお、それはそれは……」

 

 堺と神谷がアニメ談義で盛り上がっている間に、川山と一色はささっと注文を決めてしまったようだ。

 

「浩三、決まったか? 俺たちは決めたぜ」

「早ぇよお前ら! ちょっと待って、ええと……」

 

 何とか神谷の注文が決まったところで、堺が机に置かれたハンドベルを鳴らす。これが店員の呼び出しベルなのだ。

 

「ご注文お決まりでしょうか?」

「特盛りあんみつのセット1つお願いします」

「浩三の分量多いな…なら私は、アイス最中2つとアイスコーヒーで」

「私はシュークリーム1つとアイスレモンティーを、ダージリンでお願いします」

 

 神谷、一色、川山の順に注文していく。

 

「提督さんはどうします?」

「シベリアと"どりこの"で。あ、それと間宮さんの羊羮を3本」

「承りました!」

 

 オーダーした商品が来るのを待つ間に、ささっとこの後の予定を伝えておくことにする。

 

「この後は船渠と工廠に行きますよ。そこで午前中の予定を終了してお昼にし、午後からは演習の様子をご覧いただきます」

「おおっ、工廠がきた…!」

 

 神谷がさっそく小躍りし始める。おそらく装備開発の様子などを見られると思っているのだろう。

 

「船渠ってことは、ドックですか?」

 

 これは一色の質問である。

 

「左様です。と言いましても、艦娘たちのプライバシーという切実な問題がありますから、船渠は建物の外から見るだけになります。その代わりに、工廠は中まで踏み込みますよ」

「おおぉ…!」

 

 説明を横で聴いていた神谷の目が、ギラリと光る。

 

「すみません、何だか工廠見学に取る時間が長くないですか?」

 

 川山が質問した。

 

「お気付きの通りです。と言いますのも、ちょうど工廠の方で新装備のテストをしておりまして、その様子をご覧いただく形になるのです。なので時間を多めに取りました」

「なるほど…」

 

 川山はこの説明で納得したようだが、実は堺はあと1つ、工廠見学の時間を長めに取った理由を隠している。おそらく"彼女"の存在で興奮することになるだろうからだ。宇宙からやってきた、あの移動工廠艦に。

 

「ところで堺司令、さっき『どりこの』と注文していましたが、何ですかそれは?」

「気になりましたか一色さん。それは…あ、ちょうど来たみたいですね」

「お待たせしました! まずはこちら、シベリアと"どりこの"のセットに間宮さんの羊羮と、シュークリームとレモンティーのセットです!」

 

 川山と堺の注文が先に届いた。つまり"どりこの"の実物が到着したのである。

 

「「「何だこりゃ? これが『どりこの』?」」」

 

 3人の声が重なった。

 "どりこの"と呼ばれたそれは、ちょっと高級そうな形の瓶に入ったウィスキーのような琥珀色の液体だった。炭酸は入っていない。そして何故か、水の入った瓶が付属していた。

 

「これが"どりこの"です。種類としては清涼飲料水になりますが、滋養強壮剤を謳っていました。皆様の知る言葉でいえば、エナジードリンクのようなものです」

 

 言いながら、堺は瓶の蓋を開ける。そして「ごめん、コップ3つ持ってきてー!」と追加オーダーを出した。

 

「これそのものは濃縮液です。カルピスのように薄めて飲むんですよ、だいたい6倍くらいに……」

 

 コップが届いたので、堺は自身の分も含めて4つのコップに"どりこの"を注いだ。そこに水を入れ、薄めていく。

 

「……よし、これくらいで良いでしょう。お一つずつどうぞ」

 

 3人がコップを取ったのを確認し、堺も自身のコップを傾けた。ふんわりとした甘さが口内に広がり、それを嚥下すると甘い液体が一気に胃の府まで駆け抜けていく。フルーティーで爽やかな後味が何とも心地良い。

 

「「「…旨い!」」」

 

 はじめは恐る恐る、それから一息に飲み干した3人のコメントは、全く同じ物だった。

 

「どうですか?」

「こんな飲み物があったとは、初めて知りました。これ、できれば我が国への輸出品目に加えてくださいませんか? これは人気が出そうです」

 

 真っ先に川山が口を開いた。神谷と一色もうんうんと頷いている。

 

「なかなか好評のようですね、分かりました。検討させていただきましょう。

ただ、これのレシピを知っているのが間宮さんしかいないので、最初はどうしても数量限定品になりそうです。まずは先行販売キャンペーンをやってみて、好評なら生産ライセンスの売却も視野に入れましょう。こいつの製法が失われるのは惜しいので」

「ありがとうございます!」

 

 ここで、一色と神谷の注文が届いた。

 

「では皆様方、お楽しみくださいませ。あ、"どりこの"はまだまだありますので、ご随意にお飲みくださいね、私1人じゃ飲みきれないので。

それと、先にこちらをお渡ししておきます。おみやげですよ」

 

 堺は3人の手に"間宮"の羊羮を1本ずつ握らせた。今回も高級そうな木箱に入っている。

 

「おおぉ…何から何までありがとうございます! ちょうどこの羊羮をまた食べたいと思っていたのですよ…!」

「慎太郎と同じです。あの時の羊羮は旨かったですからね」

 

 川山と神谷は、ファーストコンタクトの時に一度この羊羮を食したことがあるのだ。

 

「いつか健太郎にも食わせてやろうと思っていたところです」

「慎太郎、これそんなに旨いのか?」

「旨いなんてものじゃない、帝国ホテルに入ってる和菓子屋の羊羮が霞むレベルだ」

「そうそう、一級和菓子屋の羊羮ですら太刀打ちできないほどの品物なんだ。貰えたのは超ラッキーだぞ、これ多分艦娘たちの間でも取り合いになるからな」

「そんな人気商品なのか、これ……確かに高級そうな感じはするけど」

「わざわざ木箱に1本ずつ入れているだけのことはあるな。これ以上旨い羊羮を俺は他に知らん、間違いなくこれが一番旨い」

「浩三、お前自宅でシェフ雇ってただろ。彼なら作れるんじゃないか?」

「無理だな。彼にも1回羊羮を作ってもらったけど、これはそれより断然旨い。餡の舌触りはきめ細かいのに、甘さがその強烈さの割に全然しつこくないんだ。これが一番旨い」

「2人揃ってこれを推すほどなのか…」

「まあ、お好きな時に召し上がってくださいな。さて神谷さん、あまり放置するとあんみつが溶けますよ?」

「っ! いかん、忘れてた!

いただきます!」

「じゃ俺たちも食うか」

「そうだな。あ、堺さん、"どりこの"をもう1杯」

「セルフでどうぞー」

 

 この後めちゃくちゃお茶した。

 

 

「ここが船渠、つまり艦娘たちの入渠ドックです」

 

 ティータイム(勘定は全て堺持ち)を終えた一行は、海に程近い建物にやってきた。和風の温泉のような雰囲気のある建物である。

 

「中をお見せすることはできませんが、まあ和風の温泉旅館のようなものと思ってください。もちろん高速修復材もここで使います」

 

 入渠ドックを通過すると、目の前には何かの工場を思わせる非常にメカメカしい外見の大型施設がある。

 

「さて……ついに到着しました。ここが、皆様にとっては1つめの山場となるであろう場所。工廠です」

 

 タウイタウイ泊地工廠。艦娘たちの艤装や装備を扱う、泊地の最重要施設の1つである。

 

「ここにいるのは基本的に工作艦の子ばかりですが、違う子もいますよ。よく見かけるのは(ゆう)(ばり)(あき)()(しま)(りゅう)(じょう)ですね」

「夕張がいるってことは、開発した新兵器のテストとかですか」

「鋭いですね神谷さん、さすが軍事の専門家でいらっしゃる」

 

 そう言いながら堺が工廠の扉に手をかけようとした時、ガラガラと音を立てて勝手に扉が開いた。誰かが内側から扉を開けたのだ。

 

「おお、誰か思たら提督かいな」

「おう龍驤。新装備の性能試験は終わったか?」

 

 出会したのは"龍驤"である。

 

「ウチのは終わったで、航空魚雷の検証結果はどうやら有効そうや。

お? お客さんかいな?」

「ああ、大日本皇国からいらっしゃった方々だ」

「そうか、こら失礼しましたわ。

大日本皇国では艦娘が知られとるって聞いとるけど、念のため自己紹介しとくで。軽空母の龍驤や。よろしゅうな!

ん? ウチの顔に何か着いとる?」

「あっ、いえいえ。失礼しました。

外交官の川山と申します。我が国では艦娘は二次元の存在としてしか知られていないので、ここで本物の艦娘の方に会えるのが本当に感動的で…」

「な、何や、面と向かって言われると恥ずいな……」

 

 若干顔を赤らめる"龍驤"。

 

「んで龍驤、まだ性能試験は続いてんだよな?」

「あ、せやった。それを提督に報告しよ思てたんや。

まだ試験中やね。今頃やと、多分伊勢かゴーヤか木曾がやっとるやろ。釧路ちゃんが言うてたで、今回は自信作です! ってな」

「ほう、そりゃ楽しみだ」

「テストせなあかん兵器が多いから、予定通り午前中いっぱいかかると思うわ。んじゃ、ウチはこれで」

「おう、お疲れさん」

 

 "龍驤"を見送り、堺は3人を振り返る。

 

「それじゃ、行きましょう」

 

 中に入ると、早速巨大な機械が2つ鎮座している。2つともデパートの衣類販売フロアによくある試着室くらいのスペースの真ん中に台が置かれ、その真上の天井から複数の金属のアームが伸びている。アームは金槌やらバーナーやら様々な物を掴んでいた。

 

「今は稼働していませんが、この2台が建造ドックです。ここで艦娘の艤装が建造されます」

「「「おお…!」」」

「ではここで、この機械の裏側に回ってみましょう」

 

 裏側に回ると、そこにも建造ドックが2つ並んでいた。ただし、こちらは何故か赤い幕などで派手に装飾されている。

 これを見て3人ともピンと来たようだ。

 

「これはまさか…!」

「ああ、アレだろうな」

「大型艦建造用ドックですか?」

「お、さすがに分かりますか。そうです、ここで大型艦建造を行います」

「すげぇ、マジで赤い幕が張られてんだ…」

 

 初めて目にするリアルの大型艦建造ドックに、3人ともテンションが上がってきたようだ。

 

「そっちにも建造ドックがありますね」

 

 一色が大型艦建造ドックの隣を指差した。そこには同系統の機械が1つある。

 

「いや、そっちは建造ドックじゃないんです。似てますけどね」

 

 確かに似た形の機械だが、アームが掴んでいる工具が違う。こちらのアームが掴んでいるのは金鋸、ドリル、鋏のような巨大な工具だ。まるで何かを分解する時に使うようである。

 

「待て、アームで掴んでいる工具が違う。ひょっとして解体ドックか?」

「お、神谷さん正解です。艦娘の艤装の解体や、装備の廃棄をここで行います」

「「「ひぇっ…」」」

 

 3人とも肝が冷えたらしい。解体する時の光景でも思い浮かべたのだろう。

 

「この解体・廃棄ドックの裏側にあるのが、装備の開発装置です。工廠の主だった機能の説明としてはこんな感じですね。改修工廠は、今は入れませんので説明を飛ばします」

 

 実際、周囲に艦娘が誰も見当たらない。改修工廠に入るには工作艦の艦娘の同伴が必要である以上、これでは改修工廠には入れない。

 

「ん? でも堺さん、これだけの機能の割には工廠の規模が大きくないですか?」

 

 一色が疑問を提起した。

 

「鋭いですね一色さん。他のスペースには、例えば新兵器の検討のための会議室や、資源や開発資材の保管庫、艤装の格納庫や調整室、仮眠室などがあるんです。そして、そういった部屋の中には、この世界に来てから増設したものもあります」

「ああ、道理で工廠外の壁が部分的に新しくて、パッチワークみたいになっていると思ったら…」

「おや、気付いておりましたか神谷さん。見事な観察眼ですね」

 

 堺は素直に感心していた。

 

「それでは、先に工廠2階をご案内します。2階は会議室や仮眠室がメインになります」

 

 鉄骨で組まれただけの、工事現場なんかで見かける簡素な階段を2階へ上がる。上がった先は細い廊下になっており、両側に幾つかドアがある。それらの部屋のドアを開け、軽く案内していく。

 会議室らしい部屋には、テーブルの上に大量の書類がちらばり、どれにも細かい文字がびっしり書かれていた。数字も大量に見える。

 別の部屋は「設計室」と銘打たれており、机はこれまた書類で溢れかえっていた。それだけではなく、壁一面を占領する黒板には訳の分からない数式やグラフが山ほど書いてある。堺にも理解できない式まであった。

 仮眠室に来たところで川山と一色が首を傾げる。

 

「仮眠室? これがですか?」

「ベッドが見当たらないのですが…」

 

 そう、ベッドもハンモックも見当たらない。何故かロッカーが4台並んでいるだけだ。

 

「いや、まさか!」

 

 だが神谷は気付いた。

 

「タンクベッドか!」

「お察しの通りです」

「おおぉ…夢の技術…!」

 

 少しの時間でも最大効率の睡眠が取れる夢の技術の塊、タンクベッドだったのである。

 

「ベッド!? これが!? ロッカーにしか見えなかった…」

「すごい、SFの技術じゃないですか…」

「当然ながら、この技術もまだ輸出するつもりはありません。貴国の経済に与える影響が大きすぎると思われますので」

「うう、仕方ないけど惜しいな……」

 

 川山が名残惜しそうに呟いた。

 仮眠室を通りすぎると、また鉄骨の階段がある(工廠は2階建てなのだ)。それを降りて1階に戻ると、目の前が艤装や装備の調整室兼格納庫になっている。

 

「ここは、艦娘たちの艤装を収納する格納庫で…」

 

 と案内しながら堺が扉を開けた瞬間、目の前が一面灰色になった。そして、

 

「ごぶっ!?」

 

 突然の強い衝撃と共に堺は後ろ向きに吹っ飛び、廊下に背中と頭を強かに打ち付けられた。何が起きたか理解できなかった。

 堺の視界は霞み、無数の星が飛び交っている。

 

(まずい、このダメージは…っ! 何とかして、動かねえと…!)

 

 何とか意識を繋ぎ止めようとする堺の耳に、足音と声が聞こえてきた。

 

「もうっ、長10㎝砲ちゃん! 逃げないでって言ったでしょ! わあぁぁぁ提督ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 その声で堺は事態を悟った。

 今の声の主は明らかに、(あき)(づき)型防空駆逐艦娘の"(てる)(づき)"だ。おそらく彼女の半自律型艤装ユニット「長10㎝砲ちゃん」が整備を嫌って逃げ出し、そこにたまたま自分がエンカウントしてしまったのだろう。不幸な事故である。というより、お客さんに激突しなかっただけマシな方だろう。

 

「……大丈夫だ問題ない」

「問題しかないじゃないですか!」

「俺のことは良いから、アレ追っかけてきな」

「そうでしたっ! 長10㎝砲ちゃん、待ってぇぇぇ!」

 

 バタバタと遠ざかる足音を聞きつつ、堺は起き上がった。視界はどうにか回復しつつある。

 

「痛ぇ…さすがに今のは効いた……」

「大丈夫ですか、堺さん?」

 

 神谷が立つのを手伝ってくれる。

 

「まあ、何とか…」

「やれやれ、相変わらずだな照月の主砲は…。提督、大丈夫か?」

 

 そこへ別の声がかかる。声の主は"照月"の妹の"(はつ)(づき)"だ。艤装の整備中だったらしく、ジャージ姿である。

 

「初月か……何とか大丈夫だ」

「そうか…来客中にこんな目に遭わせてすまなかった」

「ただの事故だ、仕方ないよ。

御三方、こちらが初月です」

「秋月型防空駆逐艦、4番艦の初月だ。よろしく。さっき飛び出していったのは姉の照月だ、急に驚かせてすまなかった」

 

 初対面の相手、しかも成人男性3人が相手であるにも関わらず、堂々と挨拶する"初月"。この胆力は流石というしかない。

 

「工廠の案内中なんだが、格納庫に入っても大丈夫か?」

「ああ、問題ないだろう。今ここには秋月姉さんと僕しかいないからな」

 

 そう言うと、"初月"は室内を振り返った。

 

「姉さん、見学の方が来ているようだ。提督がこの部屋を案内したいって言ってるんだが、入っても大丈夫か?」

「え、司令が? 分かった、いいよって伝えて!」

「OKだそうだ、提督」

「それじゃ御三方、行きましょう」

 

 部屋の中には、一面に艤装が格納されていた。駆逐艦、巡洋艦、空母、戦艦、潜水艦など、艦種は様々である。

 

「おおおぉ……すげぇ、夢のような光景だ…!」

 

 さっそく神谷が興奮を隠しきれなくなった。

 

「これは吹雪(ふぶき)型、そっちは(あかつき)型、これは確か(あさ)(しお)型……おおっ、リベッチオのハロウィン艤装まである!」

 

 もはや周囲の様子すら目に入っていないかのようだ。

 

「完全にただのオタクですな…」

「ははは…まあ、神谷が一番ハマってますからね」

「間違いない」

 

 ひとしきり苦笑すると、神谷を除く3人は部屋の中央で艤装を弄っている1人の艦娘に目を止めた。"秋月"である。ちょうど主砲である「長10㎝砲ちゃん」の整備をしているところだった。

 汚れても良いようにジャージに着替えており、頭にはいつもの高射装置の代わりにヘルメット、手にはスパナと油差しという、ゲームではまずお目にかかれない格好をしている。

 

「秋月型防空駆逐艦、1番艦の秋月です。よろしくお願いします!」

 

 一旦作業の手を止め、"秋月"が自己紹介する。そこへ"初月"が、ペンキの缶と刷毛を持って現れる。

 

「提督、整備に戻っても大丈夫だろうか?」

「ああ、お客さんはこっちで案内するから戻って良いよ。すまんかったな、邪魔をした」

「いや、邪魔なんてことはないよ。それじゃ、やってくる」

 

 そう言うと"初月"は自身の艤装の傍らにしゃがみ、艤装にペンキを塗り始めた。"秋月"も自身の作業に戻る。ドライバーを手に、高射装置を弄っていた。

 

「艦娘たちの艤装って、こうやって整備してるんですね……」

 

 艤装の整備に集中する姉妹を見ながら、川山がぽつりと言った。

 

「はい。秋月がやっているのは言わば"日常点検"、初月がやっているのが"本格的な点検"といった感じです。それ以外に、工作艦の子に手伝ってもらって艤装や装備を隅々まで点検・調整・修理する"オーバーホール"もありますよ」

「なるほど…ゲームじゃこんな光景には全くお目にかかれませんから、こういうのは非常に新鮮味があります」

「全くです、良いものを見せていただきました」

 

 そう言った一色が、神谷を振り返った。

 

「おーい浩三、まだ見てんのか?」

「今ちょうど見終わった。……すごいな、こんなのゲームでもアニメでも見たことないから、感心してしまうよ…おおっ、秋月型の面々か!」

 

 とここで、神谷が気付いた。

 

「そういえば堺司令、秋月、照月、初月と見ましたが、(すず)(つき)(ふゆ)(づき)はいないのですか?」

「涼月に冬月ですか?」

 

 堺は首を傾げた。

 確かにその2つの名前は、「軍艦の名前」としては聴いたことがある。だが、そんな名を冠する艦娘は配備されていない。

 

「すみません、その2人はうちにはいないですね」

「そうですか…。そういえば、寮の説明の時に(かい)(ぼう)(かん)も出てきませんでしたね、いないのでしょうか?」

「海防艦? はて、そういった艦種の子は聴いたことがないですね」

「そうですか…」

「この部屋の外、工廠に入ってすぐのスペースは、建造や開発の他に艤装の調整を行うスペースになっています。オーバーホールもそこで行うのですよ。

そして、調整を終えた艤装はそのまま海に持ち出され、試験が行われるというわけです。

それじゃ、海の方へ行ってみましょう。

新装備のテストを大々的にやっていますから、きっと面白いものが見られるでしょう」

 

 やっとのことで「長10㎝砲ちゃん」を捕まえてきた"照月"と入れ替わるようにして、一行は格納庫兼調整室を出た。

 タウイタウイ泊地の工廠は、その一部が海に面する形で建設されている。その海に面した区画に、一行はやってきた。

 一行がやってくると同時に、その視界に1機の航空機が映り込んだ。双フロートを付け、主翼に20㎜機銃を装備した機体…「(ずい)(うん)」だ。下腹に抱えた魚雷を投下し、機首を引き上げて上昇していく。

 

「今はちょうど、航空機による対潜誘導魚雷の性能試験中ですね」

 

 説明しながら、堺はふと気付いた。三英傑の注意が全く別のところに向いている。3人の視線をたどり、堺は彼らが何に注目しているか悟った。

 3人の視線の先にいるのは、1人の艦娘だった。身長180㎝、アメジストを溶かしたような鮮やかな紫色の長髪が特徴的だ。「爆」とか「巨」とまでは言わないが、スタイルもなかなかである。落ち着いた表情でタブレット端末と海を交互に見詰める紫色の瞳には、深い知性が垣間見える。そして、彼女の艤装は大和(やまと)型姉妹並みに大きく、主砲の代わりに巨大なクレーンが4つも突き出ていた。そう、"(くし)()"である。

 その時、海面の一部が急に赤くなった。

 

「マーカーを確認しました!」

 

 双眼鏡で海を見ていた"(ゆき)(かぜ)"が叫ぶ。その直後、赤く染まった海面から桃色の髪を持つ艦娘…潜水艦娘"()58"が顔を出し、両手で大きくマルを作る。

 

「合図のピンガーを受信! 目標への魚雷命中を確認しました! 正常に動作したようです!」

 

 岸壁近くの海上に立っていた"五十鈴(いすず)"の報告を受けて、"明石"が"釧路"に声をかける。

 

「釧路ちゃん、速度の計測結果は!?」

「音波の伝播に伝わる時間を引くと、発射から到達までに要した時間は約6.2秒。投下地点から着弾点までの距離は200メートルですから、雷速は時速116㎞、ノットに直して62.7ノットというところです。計画数値は63ノットでしたし、対潜魚雷としては十分な速度と言えるでしょう」

「よーし、どうやらこれで大丈夫そうね! 静海面における航空対潜誘導魚雷の試験は成功と判断するわ!」

 

 "明石"がそう宣言すると、周囲にいた艦娘たちが笑みを浮かべる。そんな中、「瑞雲」は海面に着水すると、海上に立つ艦娘…"()()"の元へと向かっていく。

 

「成功したようだな」

「あ、提督、お疲れ様です!」

 

 堺が声をかけると、"明石"が挨拶した。

 

「あれ、お客さんですか?」

「ああ、3人とも大日本皇国からいらっしゃった方々だよ」

 

 堺の紹介を聴いて、"明石"は3人に向き直った。そして1人ずつ握手しながら、興奮した様子で自己紹介する。

 

「噂の大日本皇国ですか! 一度行ってみたいんですよね、すごい技術力があるって聴いたので!

工作艦、明石です! ひょっとしたら知っているかもしれませんが、私は戦闘は得意じゃない代わりに装備の開発や改修が得意です。応急修理もお任せください!」

 

 それを皮切りに、周囲にいた他の艦娘たちも順番に自己紹介していく。

 

「重雷装巡洋艦の()()だ。よろしく」

 

 トレードマークの黒マントをバサリと翻す"木曾"。

 

「海から失礼します、軽巡洋艦の五十鈴です。水雷戦隊の指揮と、対空・対潜はお任せ。よろしくお願いします」

 

 海から挨拶しているので視線が三段くらい低いが、それでも礼儀正しく一礼する"五十鈴"。

 

「陽炎型駆逐艦、8番艦の雪風です! どうぞ、よろしくお願いしますっ!」

 

 無邪気な笑みを浮かべる"雪風"。

 

「兵装実験軽巡洋艦、夕張と言います。この後搭載した新装備の試験を行うので、待っててくださいね!」

 

 顔にオイルが付いているが、それすらも押しのける爽やかな笑みが印象的な"夕張"。

 

「改舞鶴型移動工廠艦の釧路と申します。艤装の建造や修理、装備の開発と改修、精糖まで何でもできますよ」

 

 タブレット端末を抱えたまま会釈する"釧路"。

 

「それじゃ、次の実験まで皆ちょっと休憩ねー!」

「次は俺か。ちょっと準備してくる」

 

 タイミングよく、"明石"が休憩を呼びかけた。すかさず堺が"明石"を手招きする。

 

「明石、どうだ?」

「お疲れ様です提督。今のところ問題無し、順調そのものですよ!」

 

 実験が上手くいっているおかげか、"明石"の声音も表情もかなり明るい。にこにこしながら近付いてきた"明石"は、堺の目の前まで来たかと思うと、急に声を潜めて尋ねてきた。

 

「提督。あの来客の御三方ですけど、どう考えても釧路ちゃんを気にしてますよね?」

「お前もそう思ったか」

「分かりやすいですよ。明らかに目の色が違うんですもん」

「ああ、だろうな。だからこそあの御三方の前に釧路を放り出したわけだが……」

 

 ちらっと振り返り、堺はフッとため息を吐いた。

 

「どうやらプランが狂ったらしいな」

 

 何やら"雪風"がはしゃいでいるらしい様子が見える。無邪気な彼女のことだから、さらっと先手を取っていってしまったのだろう。

 

「こればかりは不確定要素ですよ提督」

「ま、それもそうか。さて……どんなもんだ?」

「上々ですよ。速力62.7ノットはかなり優秀です。あと実験が必要なのは、深深度目標攻撃能力とデコイ対策能力、それに魔力探知追尾能力ですね。最後に実弾使って威力試験も必須です」

「深海棲艦の潜水艦も、鬼・姫級となるとカッチカチで体力オバケ、なんてのがザラにいたからなぁ。この世界でも、特にまだ不明な点が多いラヴァーナル帝国の戦力でとんでもない代物が出てこないとも限らん。今のうちに色々と試験しとかないと」

「はい」

 

 魚雷、誘導弾、超音速戦闘機、新型艦、陸上兵器。開発しなければならない物はまだまだ多いのである。

 その後も新兵器のテスト結果を一通り聴いて堺が満足していた時、

 

「こっちは準備できたぞ。始めるか?」

 

 艤装を着けた"木曾"が戻ってきた。

 

「よーし、休憩終わり! あと2つ、一気に片付けるよ!」

 

 堺と話し込んでいた"明石"が声を張り上げる。

 

「計測の準備急いで! 今回は射程が長いよ!」

 

 "明石"の叫びに、"雪風"が真っ先に動いた。光に包まれたかと思うと艤装を展開し、【艦娘形態】になって桟橋から海へと飛び降りる。そして、水上スケートさながらの動きで港の外へと駆け出した。

 

「うおぉ、アニメやアーケードゲームの動きそのものだ…!」

 

 神谷が目を輝かせる。

 続いて"五十鈴"が艤装を展開し、テスト用の標的らしいものを抱えて海へと飛び降りる。ある程度岸壁から距離を取ったところで、もう一度彼女の姿が白い光に包まれた。

 次の瞬間、

 

「「「おぉ!!」」」

 

 神谷たち3人が声を上げる。

 光が消えた時、そこには"五十鈴"の姿はなく、代わりに1隻の小型艦がいた。7基の単装主砲、箱型の艦橋、艦中央に並ぶ3本の煙突。明らかに軍艦である。

 

「5,500トン型…(なが)()型軽巡洋艦だ!」

 

 神谷が一瞬で艦級を見抜いた。

 

「まさか、あれが五十鈴なのか!?」

「そうですよ」

 

 一色の疑問に堺が答える。

 

「うちの艦娘たちには、3つの形態があるんです。1つめが『人形形態』で、この形態では艤装が展開されません。このため、艦娘たちは普通の一般女性と見分けがつかなくなります。

2つめは『艦娘形態』、これは艤装を展開して水上スケートする時の姿です。さっきの雪風がそうですね。

そして3つめ、『艦艇形態』。これは、実際の軍艦の姿となって航行するものです。今の五十鈴はこの形態ですね」

「まさにメンタルモデル…!」

 

 神谷がコメントしたが、堺には何のことやら分からなかった。

 当の「五十鈴」は、標的を曳航して港を出ていくところである。その時、

 

「よし、それじゃ次は俺だな!」

 

 "木曾"が海へと飛び降り、形態変化を実行した。

 光が消えると、そこには5,500トン型軽巡洋艦の初期型たる()()型軽巡洋艦の姿がある。しかしそれを見て、神谷が叫んだ。

 

「あれは…まさか、ミサイルランチャー!?」

 

 重雷装巡洋艦の外見上の特徴といえば、艦体中央から後部にかけてずらっと並べられた箱状の兵装…魚雷発射管である。ところが、目の前に現れた「木曾」には、そんなものは一切見当たらなかった。その代わりに、4本の金属製の筒を束ねた兵装があったのである。

 

「え、マジかよ!?」

「艦娘にミサイル積んでるってのか!?」

 

 一色と川山も驚いた。

 

「お気付きの通りです」

 

 そこへ、堺の落ち着いた声が割り込んだ。

 

「アイオワに搭載されているハープーンを元に、ちょっとした性能改良型を開発したのです。それを木曾に試験的に搭載し、これからその性能を試そうというのですよ」

 

 何でもないことのように話しているが、実はしれっと凄まじいことをやっている。

 第二次世界大戦当時の軍艦と現代の軍艦では、そもそも戦術ドクトリンもアビオニクスも全然違う。第二次大戦当時の軍艦は基本的に目視圏内での戦闘を想定していたのに対して、現代の軍艦の戦術ドクトリンはアウトレンジ攻撃だ。優れたレーダーや人工衛星、ドローン等を駆使してできる限り遠距離かつ早期に相手を発見し、ミサイルの一斉発射を以てこれを倒すことが、現代軍艦のドクトリンなのである。そしてそれを果たすために、現代軍艦はフェイズドアレイレーダーやイージスシステム(大日本皇国式にいうなら草薙武器システム)といった優秀なアビオニクスを搭載しているのだ。

 当然ながら、第二次大戦時の軍艦にはそんなアビオニクスはないし、ドクトリンなんて欠片さえない。そんなところにミサイルだけ搭載しても、ほぼ意味はない。しかも、艦載能力に余裕のある戦艦アイオワのような大型艦ならともかく、木曾は駆逐艦に少し毛が生えた程度の小型艦。そこにミサイルを搭載できたとしても、レーダーなどは搭載する余裕がない。

 ところが、"木曾"はミサイルを搭載して、運用しようとしている。どうやってそんなことをやるのか。その答えは、ミサイルを「撃ちっ放し式」……弾頭に搭載したレーダー類だけで目標の識別などを行い、目標に突入する代物にすれば、何とかなる。

 

「こりゃ良いものが見られそうだな」

「艦娘にミサイルとかやべーな…」

 

 そんなことを呟く神谷たち3人の隣では、"明石"が無線通信回路を開き、出港していった2人や"木曾"と連絡を取っている。"釧路"は例の薄いタブレット端末を手に、そろばんの玉でも弾くように指をせわしなく動かしていた。

 

「気温32.2℃、湿度46.4%。風向と風力は…」

 

 ぶつぶつ呟きながらデータ入力を始めている。

 そんな彼女の様子を見て、一色があることに気付いた。

 

「なあ、ここの艦娘たちって皆『艦艇形態』になれるんだよな?」

「そうだな」

「さっきの堺司令の説明に従えば、そうなると思うけど」

 

 神谷と川山が同意する。

 

「ってことは、釧路の艤装も見られるのか?」

 

 一色の疑問に、神谷と川山がはっとした。

 

「言われてみれば…」

「確かにな」

 

 そこへ堺がコメントした。

 

「できるにはできますが、ここでは止めておきましょう。というのも釧路の艦艇形態は、全長1,670メートル、最大幅470メートルにも及び、大和型戦艦でさえ駆逐艦にしか見えなくなるほどのスケールなのです。さすがに貴国の熱田型やら何やらには負けますが、それでもスケールとしてはかなり大きいでしょう。そんな艦がこんな狭い港に出現したら、大事故待った無しです」

「「「確かに…」」」

 

 3人とも納得したようだが、どこか残念そうである。大方"釧路"の艤装も見てみたかったのだろう。

 

「データ入力完了! いつでもいけます!」

 

 その時、"釧路"が"明石"に叫ぶ。

 

「よし。こっちも、雪風ちゃんと五十鈴さんの準備はできたよ! あとは木曾さんだけ…あ、できた?」

 

 話の途中で"木曾"から連絡があったらしい。

 

「それじゃ、実験始めるよ! 10秒前!」

 

 緊張感が高まってくる。

 

「5、4、3、2、1、発射!」

 

 "明石"の号令と同時に、「木曾」の艦体中央部にオレンジ色の炎の塊が出現した。次の瞬間、昇り龍を思わせる勢いで対艦ミサイルが射出され、大量の白い煙を吐いて飛んでいく。

 

「おお、マジで撃った!」

「スゲー、艦娘もここまで進化するもんなんだな」

「もう白煙が消えた? これは…視認性が比較的低いな」

 

 一色と川山が興奮する中、神谷だけかなり冷静にミサイルの性能を見極めている。

 通常、ミサイルは白い煙を引いて飛ぶものとして描写されがちだが、実はそれはある意味正しくない。というのは、目標に接近する間にミサイルは視認性を下げるため、白煙の尾を引かなくなるのである。

 もちろんだが、白煙を引く時間が短いほど、視認性は(少しだが)低くなる。

 

「ようーい……だんちゃーく!」

 

 発射からたった10秒ほどで、タブレット端末を見詰めていた"釧路"が声を張り上げる。

 

「弾頭カメラにて命中確認!」

 

 そして素早く、飛翔速度の算出にかかる。

 

「目標との距離は32㎞。それを10.7秒で飛びましたから、時速にして約10,776.36㎞。マッハ8.79ってところですね」

 

 この速度は、艦対艦ミサイルとしてはかなり速い。現代アメリカ海軍が使っている艦対艦ミサイル「ハープーン」であっても、飛翔速度はマッハ0.85なのだ。それと比べれば、どれだけ速い速度でこの新型ミサイルが飛ぶか、お分かりいただけるだろう。

 このミサイルを迎撃するのはかなり難しい。

 

「よし! 提督、とりあえずは実験成功です!」

「OKだ。引き続き実験を重ねて、量産配備の目処を立ててもらいたい」

「分かりました!」

 

 認可を貰えた"明石"も嬉しそうにしている。

 

 新兵器のテストの最後は、"夕張"の出番である。…が、正直言ってえらいことになっていた。

 このテストでは、「敵役を担うAI操縦の航空機に対し、新開発の主砲を用いて対空戦闘を行う」という想定であり、"釧路"が「夕張」艦橋の音声をタブレット端末から流して中継してくれた。

 

『トラックナンバー2628! 主砲、撃ち方始めっ!』

『撃ちぃ方ぁ始め!』

ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

 「夕張」に突撃していった「流星」が、百発百中で撃墜されていく。

 

『目標2628から2630、撃墜! 新たな目標、210度! 主砲旋回、捕捉次第対空射撃!』

 

 さらに、雷爆同時攻撃に対してもきっちりと防衛を果たしている。レシプロ機相手なら、余程の物量で来られない限り、やられることはまずないだろう。

 

(次は超音速目標の迎撃試験が要るかな)

 

 そう考える堺であった。

 

「さて、ここで御三方に質問です。次に挙げる3箇所のうち、どこで昼食を摂りたいですか?」

 

 テストが全て終了し、艦娘たちが帰投してきた時、堺が質問を投げ掛けた。その瞬間、3人は一斉に身構えた。

 

「1番、先ほどご案内した間宮と伊良湖の店。こちらでは食べたい物をメニューに従ってご随意にご注文いただける他、艦娘との交流も期待できます。ただ、店の規模が規模なので、会える艦娘の数は少なくなると予想されます。

続いて2番、司令部棟1階の大食堂。艦娘との交流を期待するならここですね。ただ、今日はカレーの日ですから、ここを選んだ場合昼食のメニューは自動的にカツカレーで固定となります。

最後に3番、司令部棟4階の私の執務室。こちらでは大和型姉妹の給仕を受けながら、姉妹お手製の肉じゃがをご堪能いただけます。ただ、艦娘との交流は最も少ないでしょう。

さあ、いずれになさいますか?」

 

 堺としては、3人はこの「究極の選択」に結構な時間をかけて迷うだろうと思っていた。

 果たして3人は…

 

「2番!」

「2番の食堂で」

「2番でお願いします」

 

 まさかの即決であった。

 

「分かりました、大食堂ですね。

えーと…今の時間ですと、だいたい食堂はいっぱいになりつつある頃でしょう。よろしければそろそろ移動しませんか?」

「よし、それじゃ行きましょう。慎太郎も健太郎も、良いよな?」

 

 神谷が真っ先に動き始める。

 

「そうだな、行こうか。カレーと聞いて急に腹が減ってきた」

「俺もだな。やれやれ、飯テロの効果ってすごいなぁ」

 

 3人のやり取りを聴きながら、堺は腹の底で呟いた。

 

(口ではああ言ってるけど、どう考えてもカレー2割以下、艦娘との交流8割以上だろうな。声が棒読みだし)

「それじゃ、俺たちはこれで。皆お疲れ様、熱心なのは良いがやりすぎるなよ。小休止と栄養は思考への影響が大きいからな」

「「「はーい」」」

 

 艦娘たちの良い返事を背に、4人は食堂へと向かうのだった。

 食堂に近付くと、やはりというか騒がしい喧騒が聴こえてくる。

 

「どうぞお入りください」

 

 堺が案内するや否や、

 

「おおぉ…これはヤバい、何時間でも眺めてられそう…!」

 

 神谷が一気にハイテンションになった。

 

「すげぇ、俺の嫁があっちにもこっちにも…!」

 

 食事を摂る艦娘たちを見て、一色も興奮気味だ。

 3人を案内し、最後に食堂に入った堺だったが……入った直後にとんでもない光景を見つけて固まってしまった。

 それは、1つのテーブルを占領している4つもの超盛りカツカレー。そのうち2つを食しているのは、こちらに背を向けた"(あか)()"と"()()"だ。

 残り2つのカレーを食べているのも艦娘であるが、片方はカレーのルーに似た茶色の髪にカタツムリの角を思わせる艤装が見える。そのことから察するに、残り2人の正体は"(なが)()"と"()()"らしい。

 

「どうされました、堺さん?」

「あれを…」

 

 川山の質問に、堺はそれだけ答えるのが精一杯だった。思わず両手をついて床に崩れ落ちそうになるが、寸でのところで踏み留まる。

 

(おい嘘だろ…こりゃまた大破確定じゃねえか……。当面海女さん生活かもな…)

 

 無論だが、堺が気にしているのは鎮守府の財政事情である。あんなに大量に食べられては、大破待った無しだ。今に非番の艦娘たちに協力してもらって、「あっさりーしっじみーはーまぐーりさーん」やらF作業(魚釣り)やらをやらなければいけなくなるかもしれない。

 そこへ、川山がそっと声をかけてくる。

 

「堺司令、心中お察しします。というか声に出てましたよ」

 

(げっ!? しまった口に出ていたか!)

「……うわマジか…やらかしましたね。情けないところをお見せしました」

「いや、アレを見たら誰でもそんな反応になりますよ。堺司令の反応は何もおかしくありません」

「…そう言っていただけると助かります」

「あと、来週以降の我が国との食糧の取引に関して可能な限り値段を下げるよう、一色と神谷辺りから通達させましょうか?」

「非常にありがたいです」

 

 川山のさりげないフォローをありがたく感じる堺であった。それはそれとして、昼食である。

 列に並んだ途端、堺はあちこちから視線を感じた。もちろんだが、艦娘たちが3人の客人に興味津々の視線を投げかけているのである。ちらっと堺が見てみると、3人とも何とかこの世に魂を留めているようだ。だが何かあれば即座に尊死してしまうだろう。

 3人が必死に耐えている間に、堺は前に並んでいた艦娘と話している。

 

「ようビスマルク。…なんか元気がないけど、どうした?」

「聴いてよ提督…! オイゲンとレーベ、マックスにも手伝ってもらったのに、また、また勝てなかったのよぉ…!」

 

 涙をこらえているような顔をしているのは、ドイツ生まれの戦艦娘"Bismarck"である。ハンカチでもあれば、噛みちぎらんばかりに噛んでいるだろう。

 

「また勝てなかった? 誰に?」

「そんなの決まってるでしょ、Yamatoよ。レーダー照準速射に雷撃……あらゆる手を尽くしてなお返り討ちに遭うなんてぇぇ……」

「いや、それは相手が悪すぎるだろ」

 

 実際、分が悪いどころの話ではない。単純な艤装性能で比較しただけでも、"Bismarck"の38㎝砲では"大和"のバイタルパートを抜くのはかなり難しい。それに対して"大和"の46㎝砲弾は"Bismarck"のバイタルパートをあっさり貫徹できるのだ。練度の差まで考慮すれば、多少数に差を付けたところであまり意味はないであろう。

 

「今度はグラーフにも手伝ってもらおうかしら…。あの子の"魔王"シュトゥーカ隊なら…!」

「いや、多分厳しいぞ? ただ"魔王"だからなァ……どうなるかは、やってみんと分からんかもな」

 

 鈍足の「Ju87C改」で"大和"の対空砲火を掻い潜って爆弾を投下するなど、普通に考えれば不可能だ。だが、その「Ju87C改」の操縦桿を握るのは、かの妖精"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"である。アイツならやらかしかねない…と思う堺であった。

 

「…ところで提督、そちらの方々はどなたかしら?」

「こちらは大日本皇国から視察にいらっしゃった方々だ。言わば俺のお客人だよ。向こうはお前さんのことを知ってるかもしれんが、一人前の淑女たる者として自己紹介を頼む」

「了解よ」

 

 さっきまでの半泣き顔は一瞬で消滅した。そこにいたのは、いつもの自信に溢れたレディである。

 

「Guten tag. 私はビスマルク型戦艦のネームシップ、ビスマルクよ」

 

 そこへ、"Bismarck"と共に列に並んでいた面々が振り返り、次々と自己紹介してくれる。

 

「大日本皇国からのお客人か…私が航空母艦、グラーフ・ツェッペリンだ」

「Guten tag! 私は重巡洋艦、プリンツ・オイゲン。よろしくね!」

「Guten tag. 僕の名前はレーベレヒト・マース。レーベで良いよ、うん」

「Guten tag. 私は駆逐艦マックス・シュルツよ。マックス…でもいいけれど。よろしく」

 

 もう3人とも限界寸前らしい。おそらく首の皮1枚で意識を繋ぎ止めていることだろう、と堺は考えた。だが、容赦は一切存在しないらしい。

 

「Oh, hello! Mr. Kawayama、久しぶりね! 私のこと覚えてるかしら?」

 

 最後尾に並んでいた川山に、いきなり現れた"Iowa"がアメリカ式のご挨拶をぶちかました。即ち背中に抱きついたのである。

 その瞬間、川山の目が一瞬遠くなりかけたのを堺は見逃さなかった。おそらく彼の背中には、2発ものスーパー・ヘビー・シェルがもろに弾着したことだろう。これで尊死しなかったのが奇跡である。

 

「ひ、久しぶりですねアイオワさん」

「お、ちゃんと覚えててくれたのね! 嬉しいわ!」

 

 振り向いた川山の両手を握り、ぶんぶん振り回す"Iowa"。数々の修羅場を潜ってきた歴戦の外交官も、この凄まじいアメリカ式アプローチにはたじたじである。

 

「アイオワ、ちょっと積極的すぎないかしら?」

 

 そこへ、"Iowa"と共に列に並んでいた"Warspite(ウォースパイト)"がやんわりと注意した。そのまま3人に自己紹介する。

 

「大日本皇国の方々ですね。我が名はQueen Elizabeth class battleship Warspite! よろしく頼むわね」

 

 川山が完全に動きを止めてしまった。

 

(あ、尊死したな)

 

 一瞬で堺は確信した。

 機能停止したらしく動かなくなった川山を見て、優雅にカーテシーを決めたまま"Warspite"が首を傾げる。

 

「……どうされました? お身体の具合でも悪いのでしょうか…?」

「気にしなくて良いぞウォースパイト。ちょっと感動しすぎてるだけだから」

 

 3人とも尊死しすぎなのであろう…そう感じた堺が、"Warspite"を気遣った。その言葉で"Iowa"が気付く。

 

「あ、そっか。そういえば大日本皇国では、私たちはゲームの中だけの存在だったわね」

「そう、その実物に会えて感動しきりって訳だ」

「そういえば堺司令」

 

 とここで、神谷が正気に戻って質問を投げた。

 

「どうされました、神谷さん?」

「いろいろな艦娘がおりますが、ガングートっていますか?」

 

 それを聞いて、川山と一色が何かに気付いたようにはっとなった。

 

「そういえば見ていませんね」

「確かに…」

 

 すると、艦娘たちが首を傾げる。

 

「ガングート…? ねえビスマルク、そんな子いたっけ?」

「いえ、いないわね」

「Royal Navyの方ではないようですね。私も存じておりません」

 

 そして堺が答えを確定させた。

 

「ガングートという子はいませんね」

 

 しかし堺は、「ただ」と続けた。

 

「ただ、その名前は聞き覚えがあります。どこで聞いたっけな…」

 

 その時、意外なところから声が上がった。

 

「それは私じゃないか?」

 

 "Graf Zeppelin"である。

 

「Admiral、前に一度話したのを覚えているか? 私の艦爆隊長妖精のことだ」

「あっ…あー、そういやそうだったな! すっかり思い出したよ」

 

 やっと堺は思い出した。

 

「確か、お前んとこの妖精さんが1トン爆弾で真っ二つにしたのが、ガングート級の『マラート』だったっけ?」

「そう、それだ」

「聞き覚えがあったのはそれでか…」

 

 すると、神谷が質問してきた。

 

「グラーフさん、つかぬことをお訊きしますが…」

「む、貴方は…?」

「ああ、すみません自己紹介が遅れました。大日本皇国から参りました神谷と申します。

グラーフさんの艦爆隊長の方は、どんな機体を使用されているのですか?」

「機体か? Ju87C改…いわゆるシュトゥーカだな。最近ではアーツェーンベー改も使っているが」

 

 アーツェーンベー改、というのは「A-10B改」のことである。アルファベットと数字をドイツ語で発音したのだ。

 

「シュトゥーカではどんな兵装をお使いになっていたか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「ほう、兵装モジュールとはだいぶ突っ込んだ質問だな…」

 

 "Graf Zeppelin"が僅かに目を見開いた。

 

「よく使うのはSC-250…250㎏爆弾や500㎏爆弾、1トン徹甲爆弾、それと37㎜機関砲2門だ。爆弾は対艦・対地攻撃に、機関砲は対地攻撃に使用している」

「爆弾で対地攻撃は分かりますが、機関砲で対地攻撃とは、どんな目標を攻撃するのでしょうか?」

「機関砲で狙うのは、主に戦車や装甲車といった車輌類と野戦砲だ。

Admiral、グラ・バルカス帝国との戦いでは、アイツは何輌破壊したんだったか?」

 

 "Graf Zeppelin"に訊かれて堺は思い出そうとしたが、残念ながらできなかった。というのも数がやたらと多いのである。

 

「ええと、正確な数は覚えていませんが…ムー大陸での総反攻作戦の時だけでも、かなり破壊していましたよ。戦車、自走砲、装甲車、トラック類、全部合わせたら700輌は下らないでしょう。あと野戦砲は最低200門は破壊してますね。

対艦攻撃に関しては、第二次バルチスタ沖大海戦の時にたった1個飛行隊、それも旧式のシュトゥーカで、グラ・バルカス帝国の空母4隻を一挙に屠っています。それも戦闘詳報によれば、スコールの切れ目を縫って垂直急降下爆撃を仕掛け、攻撃隊発艦準備中のタイミングを捉えて攻撃し、引火誘爆によって4隻を撃沈確定にしたとのことです。江草隊より凄まじい練度なんですよ」

 

 神谷が1つ頷いて、質問を追加した。

 

「ちなみにその隊長さんって、牛乳と体操がお好きだったりします?」

「む…何故分かったのだ? 確かにアイツはよく牛乳を飲んでいるし、休憩時間などしばしば体操しているが」

「その隊長さんのお名前は?」

「ハンス・ウルリッヒ・ルーデルだ」

 

 神谷が「やっぱりな」と言わんばかりの顔をしたのを、堺は見逃さなかった。

 

「Oops!?」

 

 その時、急に"Iowa"が前方へふらついた。辛うじて体勢は立て直したが、その際にまた川山の目が遠くなったのに堺は気付いた。きっと視界に双丘の上面と谷間がガッツリ映り込んでしまったのだろう。

 

「どーんっ! 通商破壊っ!」

 

 その声に振り返ってみれば、"Iowa"のすぐ後ろにスク水の上からセーラー服を羽織った、茶髪の小柄な子がいる。その後ろにスク水+セーラー服の子たちがずらっと並んでいた。

 

「あれあれ? 何だか見たことない人たちがいる?」

「おいニム、混雑した食堂で通商破壊は勘弁してやれ」

 

 "Iowa"がふらついたのは、"伊26"に背中を押されたからである。

 

「こちらの御三方は、大日本皇国の方々だよ。視察にいらっしゃったんだ」

「へえー!

あたし、伊26潜水艦! ニムで良いよ! よろしくね!」

 

 いつもながら元気印の"伊26"である。

 そして、潜水艦娘の子たちが次々と自己紹介した。

 

「グーテンターク…あ、違った、ごめんなさい。伊8です。はち、で良いですよ」

「あら、素敵な方々なのね。伊19なの。イクって呼んでも良いの!」

「こんにちは、伊58です。ゴーヤって呼んでも良いよ。苦くなんかないよぉ!」

「伊168よ。イムヤで良いわ。よろしくねっ!」

「特型潜水艦、伊401です。しおいって呼んでね」

「伊13です…。ヒトミ、と呼んでください…」

「伊13型潜水艦2番艦、伊14です。イヨって呼んで。よろしくね」

()号第500潜水艦です。ユーちゃん改め、ろーちゃんです!」

「はじめまして、まるゆと言います。よろしくお願いします」

 

 潜水艦の艦娘たちが勢揃いしていたのである。

 

「Admiral、そろそろ順番だぞ」

 

 "Graf Zeppelin"の言葉通り、いつの間にやら列が進んでいた。もうそろそろ注文の順番が来る。

 週1回のカレーの日とあって、メニューはカツカレーセット(カレー+サラダ+コンソメスープ)とカレーうどんだけだ。非常に潔い限りである。

 

「お、カレーの味を選べるのか」

 

 貼り出されたメニューを見て一色が呟いた。そこには3種類の味が書かれてある。

 

『六駆特選 甘口

伝統の味 中辛

(あし)(がら)力作 極辛』

 

「おおぉ…一期6話のカレー洋作戦だ…!」

 

 メニューを見た神谷の目がキラッキラになっている。「浩三お前、よく覚えてるな」と川山が呆れた。

 順番が回ってきたため、各々注文を開始する。やはりというべきか、艦娘たちは全体的に量が多い。大盛りが普通に注文されているし、何なら「超盛り」、さらにはその上の「赤城盛り」なるトンデモ盛りまで注文されている。さすがにレジェンド盛りたる「大和盛り」に挑むという者はいないようだが(ちなみに、さっき一航戦と長門姉妹が食べていたカレー山脈が「大和盛り」である)。

 

「さすがに俺あんなには食えんわ」

「俺もだな」

 

 ということで、一色と川山は中盛りを選択した。ルーは「中辛」を頼んでいる。

 

「うーん、中辛は多分うちのカレーと似たような味だよな…ならばここはこれしかない!

すみません、極辛を『赤城盛り』で!」

 

 神谷は思い切って極辛カレーを選択。どうやら"足柄"の手になるあの味を、腹一杯楽しもうという魂胆らしい。

 その一方で、「小盛り」を頼む者が1人だけいた。それは…

 

「え、堺司令? 小盛りですか?」

「はい。実は私、少食なもので」

 

 堺である。

 

「まさか堺司令が少食とは…」

「何だかんだでなかなか入らないんですよ…」

 

 神谷のコメントに堺が苦笑した瞬間、後ろから"Iowa"がツッコんだ。

 

「クリスマス会の時にサラトガのターキーサラダサンド1個で轟沈してたわね」

「ちょ、おまっ!? それ黒歴史!!」

 

 さらっととんでもない情報を暴露され、堺が慌てる。

 

「え、サラトガのサンドイッチで轟沈したんですか?」

 

 対する神谷は興味津々の様子だ。

 

「いやー…ははは…」

「サンドイッチっていっても、20㎝×20㎝×8㎝の大きさよ」

 

 "Iowa"に言われて、3人はサンドイッチの大きさを想像した。そして、

 

「「「堺司令、もうちょい食べた方が良くないですか?」」」

 

 注文したカツカレーセットを受け取りながら、異口同音に同じ結論を出した。

 

「むう、御三方にまでそう言われるとは……」

 

 少々むくれながら、堺が集団で空いた席を探し当てる。ちょうど空きテーブルが1つできたため、それが占領されることになった。堺、三英傑、ドイツ勢、"Iowa"、"Warspite"、潜水艦勢と勢揃いすると、さすがのテーブルもやや手狭に感じられる。

 

「えぇと、いただきます」

「「「いただきます!」」」

 

 堺の音頭で食事が始まる。その直後、

 

「はらっ!? はらふひる!!」

 

 勢いよくカレーに食いついた神谷が、涙目で悶絶した。慌てて牛乳のコップを取り上げる。

 余談だが、「カレーといえば飲み物はお冷や」というイメージがおありかもしれないが、実は辛みの鎮静化には水は効かない。牛乳の方が有効なのである。

 

「浩三、何やってんだ」

「お前、それはちょっと見苦しくないか」

 

 一色と川山が苦笑したが、神谷にはそれに答えている余裕は全くない。痛みすら感じるほどの刺激的な辛さを、何とか沈静化しようとしていた。

 

「ひえぇ、思ったよりハードボイルドだった」

 

 どうにか口内の大火事を鎮めた神谷の第一声がこれである。

 

「油断したな浩三。まさかカレーに不意を打たれるなんて」

「全くだ」

 

 川山の指摘に、神谷のやや落ち込んだ声が続いた。

 

「やっぱりね。このcurry、最初は皆そんな反応よ」

 

 そういう"Iowa"も「赤城盛り」の極辛カレーである。彼女は慣れているようだ。

 

「さすがにこれを食べようとは思わないわ…」

 

 中辛カレーを匙で掬いながら"Warspite"が言った。しっかり大盛りを頼んでいるあたり、彼女もれっきとした戦艦娘なのである。

 

「神谷さん、戦艦としてやっていけそうなのね」

「イク、それは食べる量だけでち」

 

 "伊19"に"伊58"がツッコんだ。

 その後も新手のメンバーまで加わり、わいわいと話しながら食事が続き、総員の食事が粗方終わりかけた頃、新たな話題が堺から切り出された。

 

「そういえば、神谷さんたちの率いる大日本皇国は、グラ・バルカス帝国とは戦ったのですか?」

「ええ、戦いましたよ」

 

 この手の話題となれば、神谷の専門分野である。

 

「貴国から見れば、グラ・バルカス帝国など赤子未満でしょうに。楽な戦だったのではないですか?」

「まあね。ただ、物量だけは少し苦労しましたよ。何だかんだ言っても、戦いは数だよ兄貴、ですから」

「本当に、仰る通りです」

 

 あの戦争を思い出し、堺の目がやや遠くなった。

 

「私たち大日本皇国は、とりあえず主力艦隊だろうと何だろうとグラ・バルカス帝国の船を片っ端から撃沈して、制海権・制空権を完全に奪いました。そして植民地も次々と落としていき、最終的にはグ帝の本土に上陸して決戦をやって、それに勝って終わっています」

「いいなぁ、敵の本土に上陸する余裕があるなんて」

 

 心底羨ましがる堺であった。それだけの余裕の少しでも良いから、自分たちに分けてほしい、と思ったのである。

 

「いやー、私も最前線で暴れまくってましたよ」

「神谷長官ならそうくるだろうと思ってましたよ。明らかに指揮官先頭型でしょうし」

「司令部で吸う空気より、硝煙と鉄の生臭さに溢れる戦場の匂いの方が心踊りますよ、私にとっては」

「でしょうね」

 

 ちなみに堺はそこまで()(なまぐさ)いことが好きなわけではない。むしろどちらかというと、めんどくさがりな方である。

 それでも堺が指揮官先頭で戦場に立っているのは、責任感に駆られてのことである。下手すると年端もいかないような子たち(特に駆逐艦や潜水艦の艦娘たち)を命懸けで戦わせておいて、自分だけ後方で安穏としている訳にはいかない、と思っているのだ。

 

「そういえば、堺司令はどうだったのですか?

最初にお会いした時に『ロデニウス連合王国』と名乗っていたということは、タウイタウイはロデニウス大陸諸国の一部だったのですよね? あの辺の国の技術力は、地球でいうと中世レベルですから、グ帝の相手はかなり厳しかったのではないかと思いますが」

 

 川山の質問で話し手と聴き手が交代した。

 

「川山さんの仰る通りです。実際、我々も様々な手法をこらして戦争を戦っていましたが、早晩国力が尽きることは明らかでした。ですから、できる限り早期に講和したいと思っていたのです。

我々はひとまず、ムー大陸からグ帝の勢力を追放することを目指しました。第二次バルチスタ海戦でグ帝の主力艦隊を叩き、その勢いでパガンダ・イルネティア両島を落として制海権を奪取し、補給ルートを断ち切りました。そして、ムー大陸で総反撃に踏み切ったのです。

その傍らで、ミリシアルやムーなどと交渉し、とりあえずムー大陸を解放した後にグ帝に和平交渉を持ちかけることで決定しました。あの交渉は大変でしたよ…何せ世界一の皇帝に直接会わなければならなかったんですから」

 

 かなり遠い目をして語る堺に、3人ともかなり興味津々である。

 

「それじゃ、ミリシアル8世に会ったということですか?」

「お目通りくらいなら良いのですが、ガッツリ直談判させられたので寿命が縮みましたよ。

それで、ムー大陸をどうにか解放できたのですが、和平交渉は案の定蹴られてしまいました。そこで、うちの子たちで暴れた訳ですよ」

「暴れたって、グラ・バルカス帝国の主力艦隊と戦ったのですか?」

「実を言いますと、グ帝の主力艦隊とはほとんどまともにやり合っていません。そんなことしたら、可愛い艦娘たちや妖精たちの負担が過大になりますし、轟沈のリスクも増えるじゃないですか。そんなことできませんよ。

ということで、私たちがやったことはひたすらに『通商破壊』です。輸送船団は1隻も逃がさない勢いで撃沈しましたし、物資の積出港やそこに通じる線路なんかも、艦砲射撃やら空爆やらで叩きまくりました。特に輸送船団は何が何でも全滅させるつもりでした。輸送船団叩くのに主力の空母機動部隊を全力で突っ込みましたし」

 

 えげつない行為がいとも容易く行われている。いくら護衛がいるとはいえ、速力が遅く防御力も対空迎撃能力も低い輸送船の群れに、精鋭機動部隊の航空部隊を全力で叩き付ければ、どんな結果になるかは容易に想像できるだろう。

 

「堺司令もお人が悪い。腹が減っては戦はできぬ、を言葉通りにやってるじゃないですか…」

「物量も技術力も何もかもオーバーキルをやってる貴国に言われたくないですよ」

 

 2人揃って悪い笑みを浮かべる堺と神谷。

 

「そういうわけで、腹が減って戦えなくなったグ帝を、どうにか講和に追い込んだのですよ。流石に腹ペコで主力艦隊も戦車も航空機も、果てには兵隊までもが動けないとなれば、優れた兵器があっても何もできません。加えて、あの国は本土の面積が小さく、主要な資源の多くを植民地に頼っていますから、それが絶たれると待っているのは食料不足による飢餓、GDPの壊滅的減少、そしてハイパーインフレです。こうなれば戦争もヘチマもあったものではありません。

現にグ帝の外交官の皆さんは、汚れほつれた衣服を着てガリガリに痩せこけて、こっちに泣いて土下座して謝ってきましたし」

「「うわぁ……」」

 

 一色と川山がドン引きした。

 ここまでやられては、どう考えても戦争どころではないだろう。無条件降伏しかない。

 

「お互い、大変だったんですなぁ…」

「そういうことですね」

 

 一色が話をまとめた。

 

「ところで、先ほど『様々な手法をこらした』とお話がありましたが、具体的にはどんなことを…?」

「食糧はクワ・トイネで、資源はクイラでどうにかなるとして、問題になったのは戦費の調達ですね。ということで、ムー大陸に日本製アニメを布教しまくって、その見返りに一定の『娯楽料』を得ました。また、ロデニウス国内に対しては、競馬とワイバーンのエアレースを新設して公営ギャンブルとし、戦費と娯楽の一挙獲得をやりましたよ」

「ちょっと待ってください。競馬?

嫌な予感がするんですが…ロデニウス大陸って確か、馬系獣人の方もいませんでしたっけ?」

「……貴方のようなカンの良い方は苦手です」

「「「こいつ、うま◯ょいしたんだ!」」」

「う◯ぴょい言わんでください!」

 

 盛大なツッコミが入ったところで、ちょうど昼食が終わった。

 

 

「さてさて、午後からは演習になります。海に出る前に、まずはこちらをご案内します」

 

 昼食の後、一行は泊地の片隅にある海に面した建物へとやってきた。この建物は植え込みによって周囲から切り離されており、庭が広く取られている。そして庭や、庭から見える海の上には白黒に塗装された円形の板…的が置いてあった。

 

「ここは、空母艦娘たちが利用する弓道場です」

「お、アニメ1話に出てきたあそこだ!」

「浩三お前、マジでよく覚えてるな…」

 

 さっそく神谷が興奮し始め、一色が呆れる。

 入ってみると、既に数人の空母艦娘たちが弓を持って鍛練に励んでいた。()(こう)(せん)の2人と"(しょう)(ほう)"、"(ずい)(ほう)"、それに"Aquila(アクィラ)"が矢を射ている。それらの矢は空中で光と共に戦闘機に変化し、的に向かって機銃を撃ち込んでは離脱していた。

 

「あら、大日本皇国からのお客様ですか?」

 

 そこに声をかけてきたのは、アメリカ空母の"Saratoga(サラトガ)"である。「改」になっているため、黒い衣装だ。

 

「おうサラ。そう、3人とも見学にいらっしゃったんだよ」

「そうでしたか。航空母艦のSaratogaです。気軽にサラとお呼びくださいね。よろしくお願いします」

 

 が、いったいどうしたのか、3人とも反応が鈍い。いや、ちゃんと"Saratoga"の方を見てはいるのだが、どこか心ここにあらず、という様子なのである。

 

「あら? どうしたのでしょうか、皆様揃ってどこかぼんやりしているようですが…」

「あー…」

 

 堺はすぐに理由を察した。尊死しかけている、とみて間違いないだろう。

 

「気にするなサラ。皆ちょっと感動しすぎてるだけだから」

「……?」

 

 きょとんとした表情で首を傾げる"Saratoga"。その瞬間、川山と神谷の目が遠くなったのを堺は察した。

 

(あ、完全に意識飛んだな)

 

 その時、

 

「おーいサラ! こっちこっち!」

 

"()(りゅう)"が"Saratoga"を呼んだ。

 

「あら、お呼びですね。では皆様、失礼します」

「おう、いってらっしゃい」

 

 どうやらこれで、即効性の尊死の猛毒の脅威は去ったようだ。

 "Saratoga"がその場を離れた直後、一色が2人を叩き起こした。

 

「いい加減起きろお前ら」

「……はっ!? ゆ、夢か!? 嫁が目の前にいた気がするんだが」

「俺も同じく」

「大丈夫だ、気のせいとか夢じゃない。現実だ」

 

 コントのようなやり取りに、堺も苦笑するしかない。

 

(尊死ってこんなことでもやらかすもんなんだな…)

 

 変な所で堺が感心していた時、どこからかサイレンのような甲高い音が聴こえてきた。それがだんだん大きく、さらに甲高くなる。

 

「お、この音は…外に彼女がいるな」

 

 堺がそう言った時、ひとつながりになって急降下する航空機が見えた。突き出た脚、液冷エンジン特有の尖った機首、そして奇妙に折れ曲がった主翼。「Ju87C改」である。

 海上を移動する的に向けて、次々と模擬爆弾を命中させるシュトゥーカの姿は、まさに「悪魔」という表現に相応しいだろう。

 

「お、シュトゥーカじゃないか!」

 

 神谷が目を輝かせた。

 

「あの機体は、"Graf Zeppelin"にしか配備されていないものなんです。その機体が飛んでいるということは、多分外に彼女がいるでしょう」

「なるほど…! あのサイレンの音が堪らない…!」

 

 そんな弓道場の片隅には、円形の的に混じって妙な的がある。明らかに人間の形をしたものだ。

 

「あれ、この的だけ形が違う?」

「ああ、それは私用ですね」

 

 川山の疑問には堺が答えた。

 

「私用…とは?」

「実は私射撃を嗜んでおりまして、それに使う的なのですよ。良い射撃練習場がないので、ここを間借りしています」

 

 そう言いながら、堺は弓道場の片隅に置かれたロッカーを開けてみせた。そこには4丁の銃が収まっている。

 銃を見た神谷が、すらすらと言い当てていった。

 

「これは三八式歩兵銃…? いや、九九式小銃の方か。こっちはM1ガーランドかな。これはStG-44…これは?」

「それは89式7.7㎜自動小銃です。陸上自衛隊が配備している物ですね。

そういえば神谷さん、前に私が貴国の本土を訪問したとき、貴国の銃を撃たせてくださったことがありましたね」

「はい、ありましたね。……まさか、これ撃って良いのですか!?」

「神谷さんがお望みでしたら」

「是非とも!」

 

 ということで、神谷が89式を使ってみることになった。防弾装具を借りた後、堺から使い方を教えてもらって、すぐさま撃ち始める。

 

タンッ! タタタンッ!

 

 最初はお試しの単発撃ち、それから軽快な3点バースト射撃。続いて距離1,000メートルの狙撃、しかもアイアンサイトのみ。

 堺なら外す可能性の高い狙撃を、神谷は見事に一発でこなしてしまった。この辺はさすがと言うしかない。

 

「なるほど…堺さんがうちの銃をじゃじゃ馬だと言った訳が分かりました。確かにじゃじゃ馬ですね…」

「地球ではナノマシンをフル活用したフレキシブル素材の研究が盛んでして、小銃もその恩恵を大きく受けたのですよ」

「ナノマシン!? そりゃまた便利な…」

 

 言いながら、神谷は小銃の摘まみを回して「レ」にモードを変え、フルオート射撃をしてみる。

 

スタタタタタタタッ!!

 

 こちらも綺麗に決まっている。

 神谷は確か特殊部隊の隊長でもあったはずである。その面目躍如、というところだろう。

 

「ありがとうございました。これはうちの小銃もまだまだ改良の余地がありそうです」

「ご満足いただけて何よりです。…おっと、もうあまり時間がない。そろそろ軍港へ行きましょう」

 

 銃と防弾装備を片付け、一行は弓道場を後にした。

 

「それではここからは、海に出ますよ! 艦隊による行動演習です!」

「「「おお!」」」

 

 午後1時30分、堺と「三英傑」の姿はタウイタウイの軍港にあった。

 演習に出る艦娘たちが、ぞろぞろと出港していくところである。

 

(じん)(つう)、行きます!」

「軽巡()(しろ)、出撃します!」

 

 第二水雷戦隊の面々が、単縦陣を組んで飛び出していく。これから「鬼の二水戦」の親玉による猛訓練が始まるのだろう。

 

「しおい、いきます! どぼーん!」

「じゃあろーちゃんも! どぼーんっ!」

 

 こちらは何とも微笑ましい光景である。

 そんな中、一行の前に10人の艦娘たちが横一列に整列した。メンバーは左から順に、"大和"、"()()"、"()(はぎ)"、"(はつ)(しも)"、"(かすみ)"、"雪風"、"(いそ)(かぜ)"、"(はま)(かぜ)"、"(あさ)(しも)"、"照月"である。

 

「えー諸君、今回は大日本皇国から3人の方が見学に来ていらっしゃる。今回の訓練内容は対空戦闘だから、撃沈判定を受けてしまうのは仕方ないかもしれないが、それでも五省…特に2番の『言行に恥づるなかりしか』と5番の『不精に亘るなかりしか』は強く意識して、演習に臨んでもらいたい。

では御三方、自己紹介をお願いいたします」

 

 艦娘たちに向けてそう言うと、堺は3人に自己紹介を要請した。

 

「大日本皇国から参りました、特別外交官の川山 慎太郎と申します。本日は訓練に同席させていただけること、光栄に思います。よろしくお願いいたします」

「大日本皇国軍総司令官、神谷 浩三と申します。皆様と海に出られることが楽しみです。今回はよろしくお願いいたします」

「大日本皇国総理大臣、一色 健太郎です。お初にお目にかかります」

 

 神谷と一色の自己紹介に、艦娘たちが一瞬どよめいた。まあ無理もない、外交官はともかくとして、軍の総司令官に総理大臣となれば、身分が全く違う。

 

「というわけで、2人ほどすごい身分の方がいらっしゃるが、戦場に出れば肩書や出自など関係ない。強く意識しすぎることなく、演習に励むように。

では、皆からもお客様に自己紹介してくれ」

 

 堺に言われて、艦娘たちは列の一番左から順に自己紹介していく。

 

「大和型戦艦1番艦、大和です。本日はよろしくお願いいたします」

「防空重巡洋艦、摩耶様だ! よろしくなっ!」

()()()型軽巡洋艦、3番艦の矢矧よ。よろしくね」

(はつ)(はる)型駆逐艦、4番艦の初霜です。皆さん、よろしくお願いします!」

(あさ)(しお)型10番艦、霞よ。ガンガン行くわよ、ついてらっしゃい!」

「さっきぶりですね! 雪風です! 今回もよろしくお願いしますっ!」

陽炎(かげろう)型駆逐艦12番艦、磯風だ。私が護ってあげる、心配は要らない」

「陽炎型13番艦、浜風です。…な、何ですか? 私の兵装に、何か?」

 

 一色と神谷にガン見され、"浜風"は若干キョドった。

 

「よお、あたいは夕雲型の16番艦、朝霜ってんだ! よろしく頼んだぜ!」

「さっき工廠で騒がしくしてすみませんでした! 改めて、秋月型防空駆逐艦、2番艦の照月よ。どうぞよろしくお願いします」

 

 挨拶が済んだところで、堺は軽く演習内容を説明した。

 

「先ほどちらっと話題に上りましたが、今回の訓練は対空戦闘の演習となります。午後2時から日没までの間、艦隊の主力艦となる大和を守りきるか、もしくは敵機動部隊を撃破すれば作戦成功。失敗条件は大和が撃沈判定を取られることです。ここまではよろしいでしょうか?」

「分かりました」

 

 堺の質問に神谷が答えた。川山と一色も頷いてみせる。

 

「あとは、御三方がどの子に乗艦するか、ということが問題となります。といっても事実上四択になりますね」

 

 堺がそう言った途端、3人とも目が光った。まさか、艦娘の艤装に乗り込めるとは思ってもみなかったのだ。

 

「基本的に駆逐艦の子たちは、艦橋の容量に余裕がありませんから除外ですね。ただ、照月だけは例外です。水雷戦隊司令部を乗せるくらいはできますから。

となりますと御三方に乗っていただくのは、照月、矢矧、摩耶、大和のいずれかになるというわけで…」

 

 堺がそう言いかけた瞬間、3人は全く同じ答えを返した。

 

「「「大和でお願いします!」」」

 

 一切迷う余地もなく、しかも示しあわせたように同じ回答だった。

 

「…分かりました、大和にご乗艦いただきます。ということだ大和、良いか? 御三方のついでに俺も乗る訳だが」

「承知しました。私は構いませんよ」

 

 こうして乗艦が決まった。

 

「堺司令、今気付いたのですが、この演習は結構難易度が高くありませんか?」

 

 ここで川山が質問する。

 

「と仰いますと?」

「私は軍事の専門家ではありませんが、それでも戦闘機無しで空襲を乗り切るのが難しいことは想像できます。それをやると?」

「そうです。難易度はかなり高いですよ」

 

 ぶっちゃけすぎた堺の説明である。

 

「……勝てるんですかこれ?」

「それは神のみぞ知る、ですね」

 

 身も蓋もない返答であった。ただ、堺はちゃんと策を用意している。

 艦娘たちが順番に海へと滑り出し、海上で光に包まれて実艦へと姿を変えていく。あっという間に"大和"の順が来た。

 堺は三英傑に声をかける。

 

「すみませんが御三方、手を繋いでいただけませんか」

「え、こうですか?」

 

 唐突な指示に戸惑いながらも、3人は互いに手を繋ぐ。

 

「川山さん、私に手を」

「はい」

 

 全員がしっかりと手を繋いだことを確認し、堺は"大和"と手を繋ぐと指示を出した。

 

「よし、出撃だ!」

「旗艦大和、出撃します!」

 

 号令の直後に、堺たち4人は"大和"の艤装へと引きずり込まれた。堺にはもう慣れた感覚だが、3人のお客人は戸惑うこと間違いないだろう。

 一瞬にして「大和」の昼戦艦橋へと移動すると、堺はまだ固まっている3人に声をかけた。

 

「済みました、もう手を離して大丈夫ですよ。

ようこそ、戦艦大和へ。ここは、大和の昼戦艦橋です」

「うわあぁぁ! やっぱり!」

 

 神谷が興奮した様子で叫ぶ。

 

「両舷前進原速!」

「よーそろー!」

 

 号令と共に、エンジンテレグラフのチーンチーンという音がする。「大和」の巨大な艦体が動き出したのが感じられた。

 

「すごいな…ってか俺たちどういう扱いになってんだ?」

 

 川山の疑問には堺が答えた。

 

「まあ、簡単に申し上げるならば、御三方も私も『妖精』の1人になっている、という形ですね」

「え? 妖精?

するとあれですか、ゲーム内で使える装備にくっついているあの小さな存在に私たちはなっている、ということですか?」

「左様です」

「うわぁぉ…」

 

 川山が感嘆の声を上げた。一色も目を見開いている。

 

「さて大変申し訳ございませんが、演習開始まであまり時間がないですから、本艦の案内は割愛させていただきますね。慌ただしくてすみませんが、演習の簡単な説明をさせていただきます。

おっと、その前に。皆様、こちらのイヤホンをご利用になりますか?」

 

 堺は片耳用のイヤホンを3つ取り出して見せた。

 

「こちらのイヤホンを装着すると、これは無線に繋がっておりますから、私や艦娘たちの無線でのやり取りをお聴きいただけますよ」

「「「お願いします!」」」

 

 3人とも即決であった。

 

「あと、双眼鏡は要りますか? 必要でしたらお貸しします」

「「「お願いします」」」

 

 全員がイヤホンを装着し、双眼鏡を首から下げたところで、堺が説明を再開する。

 

「では改めまして、今回の演習内容は『対空戦闘』と『主力艦護衛』。日没まで大和が沈まずに生存していれば、こちらの作戦成功となります。失敗条件は大和の沈没判定です。ちなみに、敵役となるのは第六〇一航空隊です。

続いて本艦の兵装説明です。主砲は45口径46㎝三連装砲3基、副武装としては、三年式60口径15.5㎝三連装砲は全廃し、八九式40口径12.7㎝連装高角砲も交換しました。このため副武装は九八式65口径10㎝連装高角砲、いわゆる『長10㎝砲』18基、九六式25㎜対空機銃150丁となっています。また、一部にボフォース40㎜機関砲を連装で4基搭載しています」

 

 史実とは全く異なる装備であるが、艦娘なればこそこの辺の装備変更はフレキシブルにできてしまうのである。

 

「さらに、電探系にも強化が入りました。残念ながら『SK+SGレーダー』の配備が間に合いませんでしたが、その代わりとして『21号対空電探』ではなく『FuMO25 レーダー』を配備。さらに、『22号対水上電探』は『33号対水上電探』に交換し、索敵兼射撃レーダーとして運用しています。また、高角砲弾にはしっかりVT信管を配備しましたし、主砲弾には『四三式弾』も配備しています」

 

 この辺の変更ができるのも、艦娘なればこそである。実はレーダーの交換自体容易なことではないのだ。

 例えば、「21号対空電探」と「SK+SG レーダー」で比較すると、単純なアンテナの重量だけでも、21号は840㎏、SK+SGは1,060㎏+1,320㎏である。重量にかなりの差があるのがお分かりいただけるだろう。これにさらに、電源出力やら電気回路やらレーダー本体の重量やらの問題が絡んでくるのである。レーダーの交換がどれだけ大変なのかよく分かる。

 

「すみません、質問よろしいでしょうか?」

 

 神谷が手を挙げた。

 

「はい、どうぞ」

「主砲に配備されたという『四三式弾』は、どんな砲弾ですか?」

「それは…」

 

 と堺が説明しかけた時である。

 

「電測より艦橋、対空電探に感! 艦隊からの方位45度から60度、距離55浬! 高度は、一群が高度ヨンマル(4,000メートル)、一群がフタマル(2,000メートル)! 敵機数は概算で100機以上!」

 

 レーダー手妖精の緊張した声が飛び込んだ。

 その報告を受けて、堺が指示を飛ばし始める。

 

「戦爆雷連合だ、雷爆同時攻撃が来るぞ!

輪形陣に移行、全艦対空戦闘用意! 神谷さんすみません、説明は後で」

 

 にわかに艦橋が騒がしくなる。

 

「訓練、両舷対空戦闘用意!」

 

 これは"大和"の号令だ。

 対空戦闘のラッパが鳴り響き、艦内の空気が殺気を孕んで動き始めた。艦内にいる妖精たちが一斉に動き出す気配が感じられる。

 

「電測、敵機の速度は?」

「電測より艦橋、敵速は216ノット(およそ400㎞/h)!」

「了解。あと7分くらいで敵機が来ます、配置急いで!」

 

 "大和"が艦内に向けて指示を飛ばす傍ら、堺は艦隊の指揮を執っている。

 

「照月は大和の左舷に、摩耶は右舷に占位しろ! 他の駆逐艦の割り振りは矢矧に任せる!」

『照月、了解です!』

『摩耶だ、任せときなっ!』

『矢矧了解。そうね…初霜は摩耶の前方、雪風は摩耶の後方を固めて。大和の右舷側はこの3人で防御するわ。残りは大和の左舷に布陣! 前から順に、朝霜、霞、矢矧、照月、磯風、浜風で行く! 各員、配置急いで!』

『『『了解!』』』

 

 「大和」の右舷側の対空防御が薄いように思えるかもしれないが、そんなことはない。右舷を固めているのは「タウイ一の対空番長」なのである。

 

「あと、各艦は応急班並びに医療班を待機させろ、特に火災と浸水対策が最優先。それから、炭素棒をありったけ用意しておくように」

 

 一方の"大和"も、艦内に向けて指示を飛ばし続けている。

 

「主砲四三式弾、対空戦闘用意!

それから手の空いている者は、艦後部への炭素棒運搬を手伝ってください!」

 

 この時点で「対空戦闘用意」の号令がかかってから2分が経とうとしている。そこからさらに2分が経った頃、「総員配置完了!」の報告が"大和"に上がってきた。

 "大和"は昼戦艦橋から防空指揮所に上がり、双眼鏡で空を見据えている。堺は引き続き昼戦艦橋にあって、護衛の面々からの報告を聴いている。

 やがて、防空指揮所にいる"大和"と数人の妖精が操る双眼鏡が、艦隊の右舷側から接近する無数の黒点を捉えた。まるでスコールの雷雲でも沸き出したかのような光景だ。よく見ると、高空と低空の2群に分かれている。

 

「右35度、敵戦爆連合大編隊!」

 

 その報告が戦闘開始のゴングだ。

 

「目標、敵雷撃機編隊。測的始め!」

「目標、敵雷撃機編隊。測的始めます!」

 

 "大和"のすぐ後ろにある15メートル二重測距儀が右に回転する。

 それに先駆けて、「大和」右舷側を狙える高角砲や対空機銃が動き始めていた。ハリネズミと錯覚するほどびっしり集まった対空機銃の銃身が、空に向けられる。

 

『砲術より艦橋。全主砲、四三式弾、装填完了!』

『機関より艦橋、出力異常無し! 全速発揮可能です!』

「両舷前進最大戦速!」

『最大戦そーく、ようそろー!』

「測的完了! 射撃諸元、主砲に伝達します! 方位40、仰角15、距離サンマルマル(30,000メートル)!」

「1番、2番主砲、射撃用意! 3番主砲は右舷90度へ旋回して待機!

高角砲は敵降爆を狙え! 対空機銃は分隊長指揮の下で統制弾幕射撃!」

 

 巨大な46㎝三連装砲が、凄まじい重厚感を伴って動き始めた。3本の砲身にゆっくりと仰角がかかり、砲口が敵編隊を睨み付ける。

 この時昼戦艦橋では、三英傑が堺から警告を受けていた。

 

「この昼戦艦橋ではなく、上の防空指揮所に上がって見学していただいても結構です。

ただ、神谷さんは気付いておられると思いますが、本艦の主砲発射時の衝撃は想像を絶するものがあります。これから私の言うことをよく聴いてください。

主砲発射は、『撃ち方用意』という号令と、独特のブザー音3回で知らされます。もし屋外、つまり防空指揮所にいる時にそれが聴こえたら、すぐに両手で耳を固く塞ぎ、下腹に力を入れて、口を大きく開けてください。でないと衝撃波が体内に飛び込んで、生きながらミンチ肉に加工されることになりますよ!」

「「ひえっ……」」

 

 一色と川山が青くなった。

 

「あと、戦闘中はいつ主砲を発射するか分かりません。周囲の音をよく聴いて、ブザー音が聴こえたらすぐに今私が言った行動を取るよう、よろしくお願いいたします」

 

 青い顔のまま2人は全力で頷いた。

 

「一度対処行動を練習しておきましょうか。ここは艦内ですから衝撃波が来ることはまずありませんが、念のためということで」

 

 その時、

 

『砲術より艦橋、1番、2番主砲照準良し。射撃用意良し!』

「主砲、発砲警報! 撃ち方よーい!」

ジジーッ、ジジーッ、ジジーッ…

 

 独特のブザー音が艦内に鳴り響く。

 

「これが警報ブザーです! すぐに対処行動を!」

 

 堺の叫びに、3人は急いで対処行動を取った。下腹部に力を込め、両耳を塞いで口を大きく開ける。確認した堺が手でマル印を作ると同時に、「てーっ!」という号令、そしてジジーー…というブザー音が鳴った。

 その直後、

 

ドドオォォォォォォン!!!

 

 艦内にいるにも関わらず、鼓膜が破れるのではないかと思うほどの轟音が響いた。主砲が発射されたのだ。これでも全門斉射でないだけまだマシなのだが…。

 発砲音の残響が響く中、堺が説明を入れる。

 

「相手として飛んできている機体は、全てAIが操縦する演習用の無人機です。なので、こちらは遠慮無く実弾を撃っておりますよ。これほど強烈な衝撃なのもそのためです」

「実弾演習、というわけですか」

 

 目を輝かせながら神谷がそう言った時、外から別の砲声が聴こえてきた。直後に「摩耶、主砲発砲!」の報告が飛び込んでくる。

 

「駆逐艦はまだ撃つなよ、今はまだ有効射程外だ」

 

 堺が無線でそう指示を与えた時、「ようーい…だんちゃーく!」という声が上から聴こえた。

 空中に明るい青い火の玉が複数現れ、凄まじい勢いで膨れ上がる。「四三式弾」こと対空サーモバリック砲弾の炸裂光だ。それを見て神谷が叫んだ。

 

「まさか…燃料気化砲弾!?」

「鋭いですね神谷さん。まさか1発で当てられるとは思いませんでしたよ、さすが専門家でいらっしゃる」

 

 素直に感心する堺。

 

「そんなものまで…とんでもない技術力ですね。これもあの釧路さんの力ですか?」

「左様です。本当に、彼女には頭が上がりませんよ」

 

 そこへ川山が質問した。

 

「なあ浩三、燃料気化砲弾ってそんなにすごい装備なのか?」

「ぶっちゃけ、我が軍と変わらん装備だぞ」

「マジか…そう言われると確かにすごいな」

 

 その時、海面付近に新しい光の玉が現れる。「摩耶」が撃った20.3㎝砲の「四三式弾」だ。

 青白い閃光が消えた時には、向かってきている雷撃機たちは少なくとも2割は減らされたように見えた。編隊も大きく崩れている。

 素人が見れば大戦果に見えるだろうが、堺の顔色は険しい。

 

「チッ、弾着より前に分散しやがったな。思ったより落ちてないし、むしろ対空弾幕の分散になりかねん」

 

 敵側が上手く回避行動を取った、と気付いたのである。

 

「大和、聴こえるか」

『はい提督?』

「対空機銃は予定通り統制弾幕射撃。高角砲だが…試験中の改良砲弾、あったよな?」

『はい、搭載しています。それを使うのですね?』

「そうだ、よろしく頼む。それと、余力があれば護衛の子たちを高角砲で援護してやってくれ」

『了解!』

 

 そこへ、「ただいまの戦果、撃墜破20機前後と認む! 敵機大編隊、距離ヒトフタマル!」の報告が入る。

 

「司令より砲術、ヒトフタマルか、もう1発撃てるな?」

『お任せを!』

「よし、照準は任せる。やれ」

『了解しました!』

 

 ややあって主砲の発砲ブザーが鳴る。2度めの主砲発射だ。

 

ドドオォォォォン!!

 

 今度も凄まじい轟音と衝撃だ。だが、敵役の部隊はまっすぐ向かってくる。

 

「敵機間もなくくるぞ、全艦射撃用意! 摩耶、照月、頼むぞ!」

『任せとけってんだ! アタシの弾幕を簡単に越えられると思うなよ!』

『照月、了解です! 主砲、対空戦闘よーい!』

 

 一度昼戦艦橋から防空指揮所へと上がり、堺は双眼鏡で敵役を見据えた。敵編隊は多少は分散したものの、ほぼ2群にまとまったままこちらへと向かってくる。

 

(一航戦の連中のような挟み込み雷爆同時攻撃は、まだこいつらには荷が重いか…。これなら、まだ少しはどうにかなるな)

 

 その時、「大和」の右舷に接近しつつあった敵機の姿が、青白い光の玉に遮られて見えなくなった。「大和」が撃った、「四三式弾」の第2射だ。敵機をきれいさっぱり消し飛ばしたかと錯覚させる光景だが、閃光が消えると敵役は健在な姿を見せる。

 

(やっぱり対空戦闘は容易じゃねえな。ラヴァーナル帝国のこともある、早いとこ防空ミサイルとイージス・システムを実装するか、もしくは艦娘たちの艤装でも戦えるようにデータリンクシステムを整備しねえと)

 

 堺が昼戦艦橋に戻ってきたタイミングで、「敵距離ハチマル(8,000メートル)!」の報告が上がった。すかさず堺が指示を飛ばす。

 

「オールガンズフリー! 全艦射撃始め!」

 

 無線を通じて一斉に返事がきた。

 

『今度はよく引き付けるんだ…よし、てぇっ!』

『見てなさい。』

『◯ねば良いのに!』

『艦隊をお護りします!』

『撃って撃って撃ちまくれ!』

『お相手しましょう。来なさい!』

『うるさい敵だな、やってやんよ!』

『ガンガン撃ってー! 長10㎝砲ちゃん、頑張って!』

 

ドン! ドン! ドン!…

 

 無線が切れた直後から、小さな砲声が断続的に聴こえ始める。と思った時、

 

ドドドォォン!

 

 それらを塗り潰すようにして、主砲の砲声にも負けないほど大きな砲声が響いた。だが、発射の反動は明らかに主砲より小さい。

 「大和」の副武装たる「10㎝連装高角砲」の射撃だ。右舷前方に指向可能な8基16門での射撃だが、全ての砲が一度に揃って撃った時の砲声は強烈だ。

 4秒に1発のレートで、大和の「10㎝連装高角砲」は砲撃を繰り返す。他の艦も主砲や高角砲、両用砲("摩耶"だけ「12.7㎝連装高角砲」ではなく「5inch連装両用砲Mk.28改」を装備している)を撃ちまくる。

 上空に黒煙の花が咲き乱れる中、敵役の航空部隊が向かってくる。唐突に1機が黒煙に包まれ、直後に糸の切れた凧のようにくるくる回転しながら海面へと落ちていった。続いてもう1機、黒煙の尾を引きずって急激に高度を下げ、海面に達する前に汚い花火となる。

 さらに、低空では同時に3機が被弾した。空中に開いた炎の花が2つ、そして白い飛沫が1つ。

 続けて1機、今度は操縦AIを破壊されたらしく、炎を噴き出すことなく海面に滑り込む。

 

『まだまだぁ! アタシの弾幕はこんなもんじゃない! 

派手でなければ魔ほ…戦闘じゃない! 弾幕は火力だぜ!』

 

 どこかで聞き覚えのありそうな台詞と共に、「摩耶」から機銃にしては太い火箭が伸びる。

 

ドンッドンッドンッ…!

 

 同時に「大和」艦橋の近くからも重々しい連続音が響き始めた。「Boffors40㎜連装機関砲」が火を噴いたのだ。

 戦闘騒音の中、堺は"大和"に尋ねる。

 

「低空の雷撃機がえらく落ちていくな。ひょっとして狙ってる?」

『はい、私の高角砲は低空に向けています』

「そうするとだ…改良VT信管は有効ってことか?」

『まだ何とも言えませんが、その可能性はあるでしょう』

「よし。高角砲、照準そのまま。護衛艦を護衛するくらいの勢いで撃て!」

『了解しました!』

 

 そんなやり取りの間にも、航空機は1機また1機と落ちていく。高角砲と機関砲による射撃だけで実に20機近くが墜落し、さらに10機ほどが黒煙を吐き出していた。それらの機体は爆弾や魚雷を捨てて、退避を開始している。

 だがこれでも、全機の阻止には到底足りない。残る機体は全く怯まずに艦隊上空に到達した。

 向かってくる航空機は、いずれも練習機であることを示す橙色に塗装されている。それらのうち尖った機首を持つ急降下爆撃機「(すい)(せい)」が、真っ先に機首を(ひるがえ)した。ダイブブレーキを展開しつつ急降下に入る。

 

「見張より艦橋、摩耶に降爆8! さらに朝霜に降爆4!

あっ、降爆10、本艦に向かってきます!」

 

 報告を聴きながら自身の目でも敵機の動きを観察し、"大和"が命令を下す。

 

「主砲右90度、俯仰角ゼロ度、『三式弾』を装填して待機! 目標は敵雷撃機です!

高角砲のうち後部4基は照準そのまま! 前部砲群は新たな目標を接近する降爆に設定! 機銃、降爆を目標に射撃用意!」

 

 号令を聴きながら、堺は腹の底で呟いた。

 

(対空射撃が激しいんで、目標を変更してこの艦に向かってきたか)

 

 ロデニウス海軍第13艦隊、もとい日本国タウイタウイ艦隊では、急降下爆撃機と雷撃機で役割を分担している。急降下爆撃機は高い命中精度を活かし、敵機動部隊戦では敵空母の甲板を破壊するか、もしくは護衛艦を攻撃して対空火力の減殺を狙い、その後雷撃機を突入させて主力艦を仕留める、という戦術ドクトリンを形成しているのだ。

 しかし、敵役の急降下爆撃機は、戦艦に対しては威力不十分な500㎏爆弾で、「大和」を狙おうとしている。これはおそらく、「大和」自身の対空火器を使用不能にする意図に基づくものだろう。

 

(頼むぜ、大和)

 

 そこへ新たな報告が入る。

 

『見張りより艦橋。低空の敵雷撃機、横隊を組み始めました! 距離ロクマル!』

 

 それを聴いた瞬間、"大和"が命令を下した。

 

「目標、敵雷撃機! 主砲、砲撃始め! 一斉撃ち方!」

「撃ち方よーい!」

 

ジジーッ、ジジーッ、ジジーッ…

 ついに、この演習始まって以来初めての主砲斉射だ。

 

「てーっ!」

 

ジジーー……

ドドドドドドオォォォォォン!!!

 

 全ての音がかき消され、何も聴こえなくなった。それほど凄まじい轟音が耳をつんざき、鼓膜を突き破らんばかりの暴力を伴って響きわたった。

 46㎝砲9門の一斉射撃である。これほど暴力的な音響もまたと存在するまい、と思わされるほどの音量だ。

 主砲が斉射を放った時には、新しい目標を振り分けられた高角砲群が射撃を再開し、瞬く間に1機を撃墜している。さらに1機の「彗星」が黒煙の花に包まれた、と思う間もなく、両の主翼が折れ飛んだ。砲弾のような形になった「彗星」は、そのまま海面へと直行した。

 

「ようーい…だんちゃーく!」

 

 報告と同時に、低空にパッと閃光が走った。その直後に大量の白煙の筋が発生する。立ち込める白煙に混じって、炎が2つ3つ見えたような気がした。さらに、青白い光の玉が1つ現れている。

 投雷コースに乗った「(りゅう)(せい)」の鼻先で「三式弾」が炸裂したのだ。噴き伸びた白煙の触手は、雷撃隊の中でも前方にいた「流星」の群れに掴みかかり、4機に損傷を与え、そのうち2機を撃墜した。ついでに第3主砲に入ったままだった「四三式弾」により、2機が綺麗に吹き飛ばされている。

 その直後、「摩耶」が20.3㎝砲の一斉射を放つ。それは、雷撃隊で後攻を担当していた「(てん)(ざん)」隊の目の前で炸裂し、禍々しい高熱の青白い光の玉を4つ生み出した。ほぼゼロ距離射撃で「四三式弾」を撃ち込んだのである。

 まさか自分たちを狙ってくるとは思っていなかった「天山」のAIたちは、手痛い一撃を喰らうこととなった。ほぼ完璧なタイミングで炸裂した「四三式弾」により、「天山」は46機のうち実に14機が吹き飛ばされ、5機は飛行こそ可能だが攻撃が行える状態ではなくなってしまった。それだけではなく、編隊が大きく崩れてしまい、有効な雷撃も困難になってしまったのである。たった一撃で「天山」の4割以上を戦闘不能にした上効果的な攻撃能力までもを奪った"摩耶"が、一枚以上上手だった。

 だが、これだけ奮戦しても全機の阻止には至らない。

 

『アタシの機銃を喰らいやがれ! ついでにこれも持ってけ、"雪風流 探照灯対空戦闘術"! アタシだって免許皆伝なんだ!』

 

 「摩耶」の艦体後部から白く太い光が伸びる。「探照灯」つまりサーチライトだ。

 ただのサーチライトと思うなかれ、この「探照灯」の明るさは10万カンデラを誇る。新月の夜にこれを点灯すれば10㎞先でも新聞が読めるほどの明るさなのだ。そんなものをたった数百~2,000メートル程度の距離で照射されれば、十二分な目潰しとなる。

 ちなみにだが「探照灯」の機構は、炭素棒に電気を流して光を得るカーボン・アーク灯である。堺や"大和"が戦闘前に炭素棒を用意させたのは、このためだ。15分ほどで炭素棒は消耗してしまうため、予備を用意させていたのである。

 「摩耶」の上空で投弾態勢に入っていた「彗星」が「探照灯」に捉えられる。強烈な光でセンサーを焼かれ、「彗星」がふらついて適正投弾コースを外れた。そこへ40㎜機関砲の火箭が襲いかかり、1機を正面から叩き潰す。

 

『爆弾は落とさせねえぜ? やれるもんならやってみな!』

 

 "摩耶"が不敵に笑う間にも、艦隊は必死の対空戦闘を続けている。

 「彗星」の一部は「大和」を狙ったが、大半は護衛艦に向けて突っ込み、激しい対空射撃や「探照灯」の目潰しにも怯まずに爆弾を投下した。至近弾を含めて外れ弾が多いが、命中弾も出てくる。

 

「矢矧被弾! 続いて朝霜被弾!」

『阿賀野型を軽巡と侮らないで!』

《矢矧被弾、飛行甲板損傷判定。戦闘航行に支障無し》

『へっ、こんなの大したこと…うわぁっ!?』

《火災により魚雷誘爆。朝霜、轟沈判定》

『ちくしょー、やられた!!』

「敵2機撃墜! 本艦に急降下!」

「全機銃、応戦! 阻止してください!」

「照月に急降下! 機数2!

あっ、浜風被弾!」

『きゃあぁ! くぅ、まだまだ!』

《浜風、第3砲塔大破、並びに火災発生判定》

『消火急げ! 砲弾や爆雷が誘爆する!』

《磯風被弾。機関損傷、大破判定。出し得る速力11ノットに低下》

『しまった…こんな所で航行不能になる訳にはいかない。動け、動け!』

「雪風、1機撃墜! さらに爆弾3発回避、直撃は無し!」

『クソっ、アタシも喰らった! だがこんなもんじゃないぜ!』

《摩耶被弾。両用砲1基使用不能判定》

 

 その時、「大和」の艦体に続けざまに衝撃が走った。

 

「やられたか!」

 

 堺がとっさに艦橋から見下ろすと、第1砲塔の天蓋に赤いインクがべったりと広がっている。「彗星」が投げ落とした演習爆弾が、砲塔を直撃したのだ。

 

《大和、3発被弾。第1砲塔に異常無し、戦闘継続可能。飛行甲板に火災発生判定。右舷後部、高角砲2基大破判定》

「チッ」

 

 思わず舌打ちをする堺。

 だが、喰らったのは3発だけらしい。対空砲火により3機を撃墜し、さらに回避運動も加えた結果、投下された爆弾のうち4発は空振りに終わったようだ。

 

「ダメージコントロール! 消火急いで!」

『初霜に至近弾2! しかし直撃は無しの模様!』

「今度も避けたか。やっぱすげーな初霜の幸運ぶりは」

 

 無線機から飛び込んだ数少ない朗報に、堺はひとりごちた。

 駆逐艦「初霜」は、実はあの「雪風」や「時雨」と並ぶ幸運艦である。その幸運ぶりを反映してか、艦娘の"初霜"も運が良い。彼女を狙った爆弾や砲弾は何故か命中しにくいのだ。

 が、朗報の直後に凶報が飛び込む。

 

「照月、被弾!」

『いやぁ!? ったぁ…いったぁ…魚雷発射管は大丈』

 

 唐突に、"照月"からの無線がぷつりと切れた。

 

《照月、艦体前部に被弾。第1・第2主砲誘爆大破、大火災発生判定。電源途絶、通信不能判定。大破判定、出し得る速力5ノット》

 

 嫌な予感を覚える暇もなく下された、無情なる判定アナウンス。

 

「くそ!」

 

 堺は思わず悪態を吐いてしまった。

 これではもはや"照月"は戦えない。それどころか艦隊への追随すら不可能だ。電源が失われ通信もできないとあっては、為す術はない。

 しかも"照月"といえば、大事な防空艦だ。それがやられてしまったのだ。これでは艦隊全体の防空能力もガタ落ちになってしまう。

 

「大分やられてしまったな。だがさっきからの報告を聴いてると、これでだいたい降爆の攻撃は終わった。ここからが本番だ、雷撃機が来るぞ!」

 

 仲間たちに声を励ます堺。それに応えるかのように、低空から「流星」が向かってくる。

 

「敵雷撃機、右舷より接近! 数9! 狙いは摩耶もしくは本艦の模様!」

「撃て、撃ちまくれ! 魚雷を投下させるな!」

 

 堺の命令と同時に、「大和」の高角砲が火を噴いた。続いてボフォース40㎜機関砲の野太い射撃音。

 たちまち1機の「流星」が主翼から火を噴き、直後にバランスを崩して飛沫に変わった。さらに1機、キラキラと光る物を空中に振り撒いてガクンと機首を下げ、海面にダイブする。

 

『喰らいやがれぇ!』

 

 "摩耶"の罵声と共に、白い光が「流星」を照らし出した。必殺の「探照灯」である。海面すれすれを高速で飛んでいる時にセンサーを焼かれてはひとたまりもなく、「流星」1機がふらついて自ら海面へと滑り込んだ。

 直後に「摩耶」のエリコン20㎜機銃("摩耶"は、九六式25㎜機銃を全てエリコン20㎜機銃に換装している)が一斉に弾幕を吐き出す。瞬間的に形成された20㎜の弾幕に、「流星」1機がもろに引っ掛かった。主翼から火を噴き、一瞬ふらついたが体勢を立て直そうとする。しかし、追い打ちとばかりに追加の20㎜弾がまんべんなく撃ち込まれ、全身ボロボロになった「流星」は力無く海面に落下した。

 5機に減った「流星」が「摩耶」の上空を飛び越える。その瞬間、真下から突き上げられた40㎜機関砲弾のアッパーカットを喰らい、1機がもんどりうって墜落した。さらに1機、「大和」の改良VT信管弾に捉えられてバラバラになる。

 たった3機になった「流星」だが、怯む様子を見せずに「大和」に向かっていく。だがそこには、最低でも75丁を超える九六式25㎜機銃、そして「探照灯」が手ぐすね引いて待ち構えていた。

 

「右80度、高角10度、距離2千! てぇー!」

「探照灯、照射ぁ!」

 

 号令一下、嵐のように25㎜弾が吹き荒れる。何が何でも撃墜してやるとばかりに、どの機銃座の妖精たちも鬼の形相で敵を睨み、発射ペダルを踏み続ける。さらに、白く太い光のビームが「流星」に向かって伸びる。

 「大和」からの距離1,500メートルのところで1機が仕留められた。そしてついに、2機になってしまった「流星」が「大和」から1,300メートルで魚雷を発射する。

 

「あんなの当たりません、このまま直進!」

 

 魚雷のコースを素早く見切り、"大和"が命令した。

 

「それよりも敵機がまだ来ています! 今度は多いですよ!

艦長より航海、面舵2当て!」

 

 後攻の「天山」が向かって来ているのだ。それも、まだ20機はいるだろう。

 

『墜ちろ墜ちろ! アタシの弾幕を越えられると思うな!』

 

 「大和」の前に「摩耶」が立ち塞がり、艦全体を発射炎で赤く染めるほど撃ちまくる。「防空巡洋艦」の異名は伊達ではないと思わされる光景だ。

 両用砲と機関砲だけであっという間に1機の「天山」が仕留められ、さらにエリコン20㎜の弾幕が加わって3機が立て続けに叩き落とされる。だがさすがに阻止しきれず、10機以上の「天山」が「大和」に向かう。

 

「自由射撃! 各個に撃て!」

 

 "大和"の号令で「10㎝連装高角砲」が真っ先に火を噴く。海面付近であるにも関わらず、高角砲弾がかなり正確な照準で炸裂し始めた。1機の「天山」が鞭で打つようにしてはたき落とされる。対空機銃も迎撃に加わり、さらに「摩耶」と「雪風」の援護射撃もあって1機が海面に落ちた。だが、残る機はまっすぐ突っ込んでくる。

 

「敵機との距離は!?」

「ヒトサンです!」

「了解!」

 

 伝声管を掴みながら防空指揮所に仁王立ちし、"大和"は向かってくる「天山」を見詰める。距離が1,100メートルを切ろうという瞬間、"大和"は伝声管に「面舵一杯!」と言った。

 伝声管は操舵室に繋がっており、命令を受けた妖精が舵輪を目一杯右に回す。予め軽く面舵を当てておいたため、舵のレスポンスはかなり良かった。

 「大和」の艦首が右に振られ始めた瞬間、「天山」が魚雷を発射する。対空弾幕が飛び交う中、白い航跡が7本「大和」に向かってくる。

 魚雷の進路と自身の艤装の向きを見比べていた"大和"が、不意に「戻せ、舵中央!」と叫んだ。続いて「艦長より機関、両舷前進いっぱい!」と下令する。

 魚雷の群れにまっすぐ艦首を向け、「大和」は回頭によって失った速力を回復しながら突っ込んでいく。みるみるうちに魚雷が近付き、2本ばかり艦首に隠れて見えなくなった。近付いてきた魚雷の群れが「大和」とすれ違い、目標のいない海を虚しく航走していく。

 

「敵魚雷、全て回避しました!」

「新たな敵機は?」

「本艦隊周囲に新たな敵機無し。生き残った敵機は撤退しつつあります!」

「了解」

 

 自身の目でも周囲の状況を確認し、"大和"は堺に報告した。

 

「提督、新たな敵機接近の兆候はありません。戦闘終了と判断します」

 

 それを聴いて、堺は無線機を取り上げた。

 

「提督より全艦。対空戦闘終了、用具収め」

 

 ここに、対空戦闘が終わった。

 戦闘は終わったが、まだ全てが終わった訳ではない。味方の被害を集計し、艦隊陣形を再構築しなければならない。さっそく堺は"大和"と打ち合わせを始める。

 

「味方の被害は?」

「駆逐艦朝霜、轟沈です。また、駆逐艦の磯風と照月が大破し、両名は機関出力を発揮できないため艦隊への追随が不可能です」

「分かった。仕方ないな…磯風と照月の両名は、現時刻を以て訓練目標を変更。タウイタウイへの生還を新たな訓練目標とし、達成に邁進するよう命じてくれ。退避時の護衛として浜風と霞を当てる」

「分かりました。他のメンバーはどうしますか?」

「もちろん、訓練続行だ。残っているのは大和、摩耶、矢矧、初霜、雪風だろ? まだぎりぎり輪形陣を組めるし、何より大和が沈んでない」

「分かりました。では、味方には無線と発光信号で通達します」

「できるだけ急いで頼む。空襲第一波は撃退したが、この時間だ、第二波がくる可能性は大いにある」

「了解」

 

 生き残った面々は、艦隊の再編成を急ぎ始めた。そんな中で神谷が堺に質問する。

 

「すみません堺司令、質問よろしいでしょうか?」

「はい、何でしょうか?」

「さっきの高角砲弾、海面すれすれを飛ぶ敵機にもよく命中していましたね。堺司令のところでも、VT信管は実用化しているんですよね?」

「はい、実用化しております」

「それにしては、海面すれすれの低高度における命中率が異様に高いように感じました。もしかして、クラッタの処理能力を持たせているのではありませんか?」

 

 その質問に、堺は頭を掻いた。

 

「ここまで見破られるとは…素晴らしい、100点満点の回答です神谷さん。そうです、今試験中の改良VT信管には、海面反射波(サーフェス・クラッタ)の処理能力を試験的に持たせました。この機能追加によるコストパフォーマンスが十分採算に叶うものかどうか、試験をしているところなのです」

「そうでしたか。しかしすごいですね、使い捨ての砲弾にまでクラッタの処理能力を持たせるとは……」

「まあ、VT信管の弱点は低空を狙いにくいことですからね。どうやったらそれを改善できるか、考えておったところなのですよ」

「確かに、あれはVT信管を使う限り逃れられない欠点ですからね」

 

 そこへ、川山が質問した。

 

「なあ浩三、お前と堺司令が何を言ってるのかさっぱり分からないんだが……」

「軍事関連だから、難しいのも無理ないか。健太郎なんて頭から湯気が上がってる感じだし。

まあ簡単に言うと、『余分な反射波とかの情報を上手く処理して、必要な刺激だけに砲弾が反応して炸裂できるようにしている』ってことだな。もっと分かりやすく言うと『おりこうさん砲弾』って訳だ」

「砲弾に『考える能力』を持たせた、ってことか?」

「それで正解だな」

 

 そんなやり取りの間にも、艦隊の再編成は着々と進められていた。

 

 

 だが……艦隊の再編成を終えてから50分後、茜が射し始めたタウイタウイの海。

 

「……来ねえな」

 

 堺の呟き通り、来るはずの第二次空襲が来ない。艦隊の周囲には静かな空が広がるばかりだ。

 

「どうしたんでしょう?」

 

 "大和"も首を傾げている。

 

「今回の相手は六〇一空だ。六〇一空といえば、(たい)(ほう)(うん)(りゅう)(あま)()(かつら)()の所属だな。

あいつらも十分な練度があるから、補給とかに手間取るなんてことはないはずだが…?」

 

 どうにも不可解な沈黙である。

 と、その時、意外な報告が上がった。

 

『見張より艦橋、水平線上に演習火災煙! 数3!』

 

 見張台から妖精が報告してきたのである。

 

「なに、どこだ!?」

『艦隊からの方位50度です!』

 

 堺と"大和"の他、数人の妖精が揃って双眼鏡を目に当てた。

 水平線付近の空に、赤い煙が3つ上がっている。この赤い煙は、火災発生の判定を取られた艦から噴き上がる物だ。

 

「……」

 

 双眼鏡を下ろし、下顎に手を当てて考え込む堺。

 

「どうされますか、提督?」

「ちょっと待ってくれ」

 

 少し考え、堺は指示を出した。

 

「面舵50度、第二戦速。あの演習火災煙の正体を確認する。対水上戦闘の心構えをしておいてくれ」

「了解」

 

 輪形陣を形作ったまま、艦隊はゆっくりと赤い煙に向けて近付いていく。

 ある程度接近したところで、また見張台から報告が来た。

 

『見張より艦橋。演習火災煙付近に戦艦1を発見』

「艦種は識別できる?」

『まだ遠いです、少しお待ちください』

 

 "大和"と見張員妖精のやり取りを聴きながら、堺は艦娘たちが事前に提出した演習予定表を引っ張り出して広げた。戦艦の子たちが何人か、演習を申請している。見張員妖精が見つけた戦艦は、いったいどの子だろうか。

 少し待って、待望の報告が入ってきた。

 

『識別完了! 戦艦は、ヴィットリオ・ヴェネト級と認む!』

 

 その瞬間、堺は叫んだ。

 

「敵だ! ヴィットリオ・ヴェネト級といえば、大鳳たちの護衛だぞ!

待て、1隻だけか? 2隻いるはずだが?」

 

 予定では、"大鳳"たちの護衛には"Italia(イタリア)"と"Roma(ローマ)"の双方が参加しているはずだ。それが1隻しか見当たらないというのは、どういうことだろうか。

 

『いえ、1隻しか見当たりません』

「ふむ……了解」

 

 不思議に思いつつも納得した堺。そこへ"大和"が尋ねた。

 

「提督、そういえば大鳳さんたちの敗北条件って何ですか?」

「あいつらの敗北条件は、『全空母が艦載機運用不能になること』だ。手段は問われない」

「では、提督…!」

 

 期待に満ちた眼差しを堺に向ける"大和"。堺はもちろんその意図を理解した。

 

「やる気だな?」

「もちろんです!」

 

 彼女の顔には明らかに、「砲雷撃戦やらせろ」と書いてあったのである。

 

「よし。全艦へ告ぐ、敵艦隊を捕捉した、大鳳たちの艦隊だ! 今あいつらは何らかの理由で艦載機を出せなくなっているらしい、この機に乗じて一気に叩く!

単縦陣に移行! 全艦、砲雷撃戦用意!」

 

 対水上戦闘ラッパが高らかに鳴った。妖精たちが持ち場へと一斉に走り出す。

 

「さあ、やるわ。砲雷撃戦、用意!」

 

 "大和"の声にも張りがあり、気合が入っているのがはっきりと分かる。

 

『空襲の次は砲戦か? 上等じゃねえか、アタシだって重巡だ。主砲を1基降ろしちまったから火力は低いが、命中率が高けりゃいけるだろ!』

『第二水雷戦隊、預かります。艦隊増速、合戦用意! 行くわっ!』

『私が、守ります!』

『艦隊をお守りします!』

 

 他の子たちも戦意は十分らしい。

 輪形陣の先頭にいた「初霜」がやや速度を落とした。「大和」の左隣を、増速した「矢矧」と「雪風」が追い抜いていく。それと入れ替わるように「大和」がスピードを落とした。

 艦隊の先頭に「矢矧」が飛び出し、その後ろに「初霜」と「雪風」が付ける。そして、「雪風」と「大和」の間に開いた隙間には「摩耶」が入った。練度の高さを証明する、見事なまでの艦隊行動である。

 

「陣形変更完了!」

『こちら矢矧、第二水雷戦隊各艦、砲雷撃戦用意よし』

『摩耶だ、こっちもいつでもいけるぜ!』

「よし、二水戦は敵艦隊に向けて突撃、できれば空母に肉薄雷撃を叩き込め。摩耶は大和の直掩として後方から砲撃支援を行え」

『本当はアタシも突っ込みたいんだが、大和が沈んだらこっちの負けになっちまうからな。しゃあねぇ、今は我慢してやるよ』

『矢矧了解。たった3人しかいなくとも、二水戦の本領を見せるわ!』

 

 その時、見張員妖精が怪訝そうな声で報告してきた。

 

『見張より艦橋。ヴェネト級の周囲に水柱複数確認。さらに利根型航空巡洋艦2隻、大鳳型空母1隻、雲龍型空母2隻、その他小艦艇10隻以上を確認せるも、小艦艇は不規則に運動中。対潜戦闘中と認む』

 

 それを聴いて、堺がニヤリと笑った。

 

「そういうことか。どうやら上手くやったらしいな」

「何か仕込んでいたんですか、提督?」

 

 "大和"が首を傾げる。

 

「ああ。実は出港する直前にしおいとろーちゃんを捕まえて、もし大鳳と雲龍型からなる機動部隊を見付けたら、ウルフパックを仕掛けて欲しいとお願いしておいたんだ。

ヴィットリオ・ヴェネト級が1隻しかいないのも、雲龍型が1隻いないのも、多分あの子たちの雷撃でやられたからだろう」

 

 なんてことないように話している堺だが、実はこれ、"大鳳"たちにとってはとんでもない相手だった。

 今回"大鳳"たちにウルフパックを仕掛けたのは、潜水艦"伊19""伊26""伊168""伊401""呂500"である。史実において空母を雷撃した子が3人も含まれる(伊19は「ワスプ」撃沈、伊26は「サラトガ」大破、伊168は「ヨークタウン」撃沈)上に、伊401は攻撃力が高く、そしてグラ・バルカス帝国の大型空母すら屠った呂500がいるのである。そんな面々にウルフパックを仕掛けられては、堪ったものではなかっただろう。

 

「うわぁ…大鳳さんの護衛の子たちからすると、想定外にも程がある訓練内容ですね」

「そりゃ実戦さながらにやらなきゃ生ぬるいだろ。戦場じゃ何が起こるか分かりゃしないんだから」

「まあ確かに…。ただ提督、その潜水艦の子たちへの"お願い"は、高くついたんじゃありませんか?」

「ああ、成功したらって条件で間宮のタダ券ねだられたよ」

「やっぱり……」

「まあ仕方ない、背に腹は代えられん。さ、そろそろ向こうも気付く頃だ。やるぞ!」

「はいっ!」

 

 このタイミングで、第二水雷戦隊の3隻が一気に速度を上げた。前方に見える敵役の機動部隊に向けて突っ込んでいく。

 

「主砲射撃目標、ヴィットリオ・ヴェネト級! 摩耶、護衛は任せたぞ!」

『よっしゃ任せろ! 駆逐艦だろうが巡洋艦だろうが近付けさせねえよ!』

 

 頼もしい限りである。

 

「目標、ヴィットリオ・ヴェネト級。測的始め!」

『目標、ヴィットリオ・ヴェネト級。測的始めます!』

「面舵2当て。主砲、左砲戦! 弾種、徹甲演習弾!」

 

 戦艦同士の砲戦が近い。

 

『てめえら、左砲戦だ! 気合入れてけよ!』

 

 "摩耶"の声が無線に飛び込んだ。

 

『測的完了! 距離フタナナマル(27,000メートル)、敵針路55度、速力29ノット。いま針路90度に変わりました、回頭中の模様!』

「砲戦距離フタマルマル! 射撃諸元入力始め!」

『了解、射撃諸元入力始めます!』

 

 この時、前方を行く「摩耶」の主砲が左に回転し始めた。それにつられるように、巨大な46㎝三連装砲がゆっくりと左に回転し、砲口を左舷に向ける。

 

「敵距離フタゴーマル!

あ、敵機動部隊から小型艦2隻が離れました! 二水戦に向かっています!」

「護衛が分離したか。こっちに気付いて、潜水艦に構ってる暇がなくなったな」

 

 堺が呟くと同時に、"矢矧"の気合の入った声。

 

『今度はよく引き付けるんだ……よし、てぇっ!』

「矢矧発砲!」

 

 双眼鏡で観察すると、「矢矧」艦上から褐色の発砲煙が立ち昇っている。

 

『敵艦発見です!』

『雪風は、沈みませんっ!』

 

 続いて"初霜"と"雪風"も砲撃を開始する。

 

(牽制射撃かな)

 

 堺はそう考えた。

 今の距離は、"矢矧"にとってもやや遠いはずだ。"矢矧"の持つ15.2㎝砲でこの始末なのだから、"初霜"と"雪風"の10㎝砲は当然届かない。となると考えられる可能性は、相手の牽制ということだろう。

 

「敵艦との距離は?」

 

 "大和"の声で、堺の意識は現実に引き戻された。

 

『距離フタヒトマル! 摩耶、面舵!』

「了解!」

 

 そしてついに、距離が20,000メートルになった。

 

「面舵90度!」

『おもーかーじ、90度ようそろ!』

「回頭終わり次第最大戦速へ! 主砲、砲戦用意!」

 

 その時、堺や"大和"、3人の身体に強烈な左への遠心力がかかった。艦橋の窓から見える景色がくるりと回り、さっきまで前方に見えていたヴィットリオ・ヴェネト級戦艦の影が左へと流れていく。

 

『摩耶、射撃開始!』

 

 戦艦が流れた代わりに、発砲炎を煌めかせる「摩耶」の姿が正面に来た。見ると、「摩耶」の主砲が睨む先には()()型航空巡洋艦の姿がある。"利根"か"(ちく)()"のどちらかを目標にしているらしい。

 

「戻せ、舵中央! 主砲、交互撃ち方、射撃始め!」

 

 やたら気合の入った声で"大和"が命じた。

 

『撃ち方よーい!』

ジジーッ、ジジーッ、ジジーッ

『てーっ!』

ジジーー…

ドドオォォォン!

 

 強烈な砲声が鼓膜を揺さぶり、激しい衝撃で艦体が震えた。

 

『敵戦艦、面舵! 本艦に同航します!』

「砲戦に乗ってきましたね。良いでしょう、その実力見せてもらいます!」

 

 そう言い放つ"大和"の瞳は、戦意の炎が宿ったかと思うほど輝いている。

 

『敵利根型、発砲! 狙いは摩耶の模様!』

 

 逃げられないと見て、利根型も応戦してきたようだ。

 

『その闘志や良し! だが、アタシに勝てると思うなよ!』

『敵戦艦、発砲!』

 

 いよいよ砲戦が本格化してきた。

 

『雲龍型1隻、被雷の模様!』

「うちの艦隊じゃねえな。潜水艦の子たちだ」

 

 堺は即座に状況を見切った。

 第二水雷戦隊は、どう見ても魚雷を発射できる態勢にはないし、魚雷発射の報告もない。となれば、潜水艦の誰かが雲龍型に魚雷を撃ち込んだに違いない。

 

「潜水艦ばかりに美味しいところを持っていかせるな! 我々とてやれるんだからな!」

 

 堺がそう鼓舞した時、

 

『だんちゃーく、今っ!』

 

 報告が飛び込んだ。

 窓の外に双眼鏡を向けると、敵戦艦の手前に3本の水柱が上がっている。

 

『弾着、全弾近!』

「上げ100!」

 

 そこへ、ヒュルルルルヒュイーンという甲高い音が降ってくる。敵戦艦が撃った主砲弾が飛んできたのだ。

 

「当たりませんね」

 

 あっさり言い切る"大和"。その言葉通り、敵戦艦の射弾は「大和」左舷の海面に落下しただけに終わった。

 

「よく分かるな?」

「音の微妙な違いで何となく分かりますよ」

 

 さすが戦艦娘、その辺は堺より詳しい。

 

「第2射、撃ち方よーい! てーっ!」

 

 警告ブザーの後に、46㎝砲が轟然と咆哮する。各主砲の中央の砲身から砲弾が撃ち出され、ヴェネト級めがけて飛んでいった。

 「大和」が第2射を撃つ間に、砲弾の装填が早い「摩耶」は既に利根型と3回もの射撃の応酬を繰り広げている。双方ともまだ照準は合っていないが、弾着位置が互いに近付きつつある。

 ヴェネト級と「大和」、双方の主砲弾が落下する。ヴェネト級の弾は再び「大和」の左舷に落ちたが、「大和」の砲弾は相手を飛び越して水柱を噴き上げた。

 

『弾着、全弾遠!』

「下げ50!」

 

 実は大和の主砲たる九四式45口径46㎝三連装砲と、ヴェネト級の50口径381㎜三連装砲では、装填速度はほぼ同じである。そのため双方ともほぼ同じ間隔でしか射撃できない。

 こうなると、自然とどちらが先に命中弾を出すか、という勝負になる。

 

《レーベレヒト・マース、被弾。第3砲塔に15.2㎝砲弾直撃、砲塔大破判定》

 

 唐突に飛び込んだ判定アナウンスによると、どうやら"矢矧"が相手しているのは"Z1"であるようだ。正直言って、レーベにとってはかなり荷の重い相手である。

 

「第3射、よーい! てーっ!」

 

 第2射から40秒後、46㎝砲が三度目の咆哮を上げる。やや遅れて敵役のヴェネト級戦艦も主砲を撃ってきた。

 双方の砲弾が2万メートルを一飛びし、相手の艦を目指す。

 弾着は「大和」の方が先だ。

 

『弾着、全弾遠。至近弾1』

 

 至近弾が出たため、"大和"は「照準そのまま」と命じる。照準が合っている可能性があると判断し、少しの間砲撃を試してみるつもりだ。

 戦艦の砲撃というものは、案外アバウトなものなのである。直撃弾を出したり、夾叉(砲弾が敵艦を挟むように落下すること)したりしても、それは「散布界の中に敵艦が収まり、砲弾の命中率が高い状態になった」というだけなのだ。イージス艦の砲撃などとは大分性質が違うのである。

 敵の砲弾の落下音が頭の上を飛び越えた、と思った時、「大和」の右舷に3本の水柱が立った。敵役は仰角の調整をミスしたらしい。

 

《マックス・シュルツ、3発被弾。艦橋大破、艦橋要員総員戦死判定。

続いて初霜被弾、損傷軽微》

 

 "初霜"は"Z3"と矛を交えているようだ。"雪風"もそれに加わっているのかもしれない。

 

《レーベレヒト・マース、2発被弾。缶室1基損傷、中破判定。出し得る速力15ノット。

矢矧被弾、左舷高角砲損傷判定》

 

 やはり"Z1"には"矢矧"の相手は荷が重すぎたようだ。早くも戦闘能力を失いかけている。

 

「てーっ!」

 

 そんな中、46㎝砲の第4射が放たれた。

 

((今度こそ、当たれ!))

 

 堺と"大和"は、同じことを考えている。それを嘲笑うかのように、ヴェネト級の艦上に発砲炎が煌めく。

 

『だんちゃーく、今っ!』

 

 水柱が3本上がった。2本はヴェネト級の手前に、そして1本はヴェネト級の向こうに。

 

(きょう)()弾を得ました!』

「一斉撃ち方!」

 

 すかさず"大和"が命じた。弾着観測機も飛ばせていないのに、第4射で照準が合うのは大したものだ。普通なら第6〜8射くらいで照準が合うものなのである。

 

「ヴェネト級の主砲の破壊力は侮れません。このまま一気に決着を着けます!」

 

 "大和"が息巻いた時、

 

《筑摩被弾。飛行甲板大破、火災発生判定》

 

 無機質なアナウンスが入ってきた。

 ふと堺が前方を見ると、「摩耶」と戦っている利根型の後部から演習火災の赤い煙が上がっている。どうやら"摩耶"が相手にしているのは"筑摩"らしい。

『っしゃあ! こっちも行くぜ!』

 

 "摩耶"も主砲の照準を合わせたらしい。

 

『摩耶様の攻撃、喰らえーっ!』

 

 一足早く「摩耶」が斉射に踏み切った。4基の「20.3㎝(3号)連装砲」を振りかざし、全力の砲撃を放つ。

 この時、ヴェネト級の砲弾が落下した。3発とも「大和」左舷の海面に落下したが、1発が至近弾となっている。

 

《レーベレヒト・マース、2発被弾。機関大破、航行不能判定。

マックス・シュルツ、5発被弾。艦後部で火災……魚雷誘爆、轟沈判定》

 

 二水戦もきっちり仕事を果たしつつあるらしい。「大和」も負けていられない。

「一斉撃ち方、よーい! てーっ!」

 

 そして、「大和」も主砲斉射にかかったところだった。

 

ドドドオオオォォォォン!!!

 

 鼓膜を突き破らんばかりの凄まじい轟音と、30㎝先でカメラのフラッシュを焚くより強烈な赤い閃光。主砲9門の全門斉射である。

 

「やっぱすげぇ轟音…!」

「み、耳がおかしくなりそう…」

 

 一色と川山が、両耳を押さえながら話し合っている。その声を塗り潰すように、ヴェネト級の砲弾が甲高い音を立てて降ってきた。

 甲高い音が消えた瞬間、「大和」の艦体が激しく揺さぶられる。演習弾とはいえ、大口径砲から撃ち出された弾の衝撃は大きい。どうやら今度はかなり至近に落下したらしい。

 

『だんちゃーく、今っ!』

 

 その瞬間、堺と"大和"が構えた双眼鏡の中で、ヴェネト級が水柱に取り囲まれた。それが収まった時、ヴェネト級は艦体中央部から赤い煙を噴き上げている。

 

『1発命中、火災発生!』

 

 その報告と前後して判定アナウンスが入った。

 

《イタリア被弾。右舷高角砲2基大破、火災発生判定》

 

 どうやら"大和"の相手は"Italia"だったようだ。

 

『こちら矢矧、前方より敵艦1接近! 秋月型だわ!

秋月型は私が引き受ける、2人は空母への雷撃をお願い!』

『初霜、了解です!』

『雪風、分かりましたっ!』

 

 緊張感のある"矢矧"の声が無線機から聴こえてきた。

 並の駆逐艦にとっては、65口径10㎝砲8門を凄まじい勢いで速射してくる秋月型の相手は、荷が重いどころの話ではない。軽巡としては防御力のある"矢矧"が引き受けるつもりのようだ。

 

「撃ち方よーい! てーっ!」

 

 この時には、「大和」の主砲は第2斉射を放っている。9発の砲弾が唸りを上げて、「イタリア」に突っ込んでいく。負けじと「イタリア」も撃ち返す。

 

『だんちゃーく、今っ! 2発命中!』

 

 射撃指揮所からの歓声、続いて判定アナウンス。

 

《イタリア、2発被弾。右舷前部副砲損傷、使用不能判定。右舷前部に水中弾、浸水判定》

 

 浸水すれば速力が落ちるし、前後左右のトリムも狂うから砲撃が当たりにくくなる。結構な一撃を入れられたようだ。

 

「このまま一気に…!」

 

 "大和"のその言葉を、敵弾の飛翔音がかき消した。心なしか、砲弾の飛翔音が少し違うように堺には感じられた。

 次の瞬間、大地震のように艦橋が揺れる。同時に「大和」の周囲に2本の水柱が噴き上がる。

 

「喰らったか!」

 

 堺が叫んだ時、判定が下された。

 

《大和被弾。左舷対空機銃8基損傷判定》

 

 被害が機銃だけで済んだのは、不幸中の幸いというべきだろう。

 だがこれで、「イタリア」も照準を合わせたのだ。次からは斉射に踏み切ってくる。

 「イタリア」が持つ381㎜砲弾は、長砲身砲から放たれるため初速が速く貫徹力が高い。あまり多数を撃ち込まれれば、「大和」とて重大な被害を受ける恐れがある。

 それを避けるにはただ1つ、「攻撃は最大の防御」を適用し、「イタリア」を先に沈めるより他にない。

 

「てーっ!」

《矢矧、2発被弾。左舷中央部にて火災発生判定》

 

 「矢矧」も頑張っているらしい。

 第3斉射を放つ「大和」。「イタリア」も撃ち返してくる。

 弾着は「大和」の方が先だ。水柱が収まった時には、「イタリア」の前部で新たな演習用火災煙が発生している。

 

《イタリア被弾。第2砲塔大破、火災発生判定》

「よし!」

 

 "大和"が右手の拳をうち振った。

 敵の主砲を1基潰したのは大きい。これで自身がぐっと有利になった。

 

《筑摩、4発被弾。第3・第4砲塔損傷、中破判定。

摩耶被弾、艦首区画にて火災発生判定》

 

 「摩耶」も奮戦しているようだ。

 そこに9発の381㎜砲弾が降ってきた。弾着と同時に「大和」艦体が震える。

 

《大和、2発被弾。煙突並びにクレーン損傷判定》

「煙突か、やってくれる…!」

 

 堺が苦々しげに呟いた。

 

「やられたらやり返します! 第4斉射、てーっ!」

 

 闘志の衰えを見せない"大和"。

 第4斉射では2発が命中し、「イタリア」後部に火災を生じさせた。続く第5斉射は艦中央部に命中し、「イタリア」右舷側の「90㎜単装高角砲」を全滅させている。さらに第6斉射で「イタリア」機関部の一部を破壊し、そしてついに第7斉射で勝敗が決まった。

 

《イタリア、3発被弾。射撃指揮所に被弾、大破判定。艦橋大破、艦橋要員総員戦死判定。機関及び推進軸損傷判定、出し得る速力6ノット。戦闘不能判定》

 

 事実上の撃沈である。

 この時までに「大和」も4発を被弾し、左舷の高角砲のうち4基と機銃多数が使用不能になった他、後部艦橋トップの予備射撃指揮所が全滅した。だが砲戦には打ち勝った。

 

《筑摩、2発被弾。缶室全滅、航行不能判定》

『こちら摩耶、筑摩を倒したぜ! ちょーっと喰らっちまったが、小破ってところだ、まだまだ戦える! 次はどうするよ?』

 

 "摩耶"からの通信に、堺は少し考えて返事をした。

 

「筑摩にイタリアがやられたんで、今大鳳たちの艦隊の防御力は一気に弱くなっている。この機を逃すな。

この様子ならこっちは大丈夫そうだ、思いっきり暴れてこい!」

『提督、お前ならそう言うと思ったぜ!

了解だ、取舵90度、前進いっぱい! 突撃(カチコミ)だぁ!』

『こちら初霜です。目標、雲龍型空母! 魚雷発射します!』

『こちら雪風、初霜に続いて魚雷発射! 雪風は、沈みませんっ!』

《矢矧、4発被弾。火災発生、13号対空電探故障、空中線喪失につき無線交信不能判定。電力回路一部断絶、探照灯使用不能。ただいままでに被弾せる砲弾34発、中破判定。

秋月、2発被弾。機関損傷、第4砲塔全滅。出し得る速力8ノット、大破判定》

 

 えらく威勢の良い"摩耶"の声に続いて、駆逐艦たちから「魚雷発射」の報告が入る。"矢矧"からの報告がないと思ったら、どうやらまだ秋月型と撃ち合っているようだ。砲口径の大きさ(=1発辺りの威力)を活かして大破には追い込んだようだが、自身もボコボコに撃たれて中破してしまったらしい。

 

「大和、ここの艦隊の護衛には(しま)(かぜ)がいる。彼女の雷撃能力は脅威だ、それだけ気を付けろ」

「了解しました。主砲は誰を狙いますか?」

「んーと…」

 

 その時、堺は気付いた。戦場の一部に黒い煙がわだかまっている。火災煙ではない。煙幕だ。

 

「大和、あの煙幕の中に敵艦はいそうか?」

「お待ちください。艦長より電測、左前方の煙幕に中型以上の反応はありますか?」

「確認します!」

 

 妖精の1人がレーダー本体の画面を見詰める。Aスコープなので、堺には全く読めない。

 だが、プロのレーダー手である妖精には読み取れた。

 

「電測より艦橋、煙幕内に大型反応あり! 数1!」

「大型…?」

 

 "大和"が首を傾げた時、堺が叫んだ。

 

「いかん、大鳳だ! あいつ、煙幕に隠れて逃げようとしてやがる!」

 

 その一言で"大和"がはっとした。

 

「狙いますか!?」

「当然だ、撃沈をもぎ取れ! あいつ空母としては頑丈なんだ、魚雷でも1本じゃ難しい。だがさすがに46㎝砲には耐えられん!」

「了解。艦長より電測、射撃指揮所に電探諸元を送ってください!

艦長より砲術、主砲左砲戦、電探射撃用意! 相手は煙幕に隠れているから光学照準射撃が使えません、電探射撃でいきます。射撃諸元は送信されたデータを参照せよ!」

《天城、魚雷3本被弾。航空燃料庫誘爆、舵故障、航行不能判定》

『こちら初霜、やりました! 雪風ちゃんと共に、敵空母1隻撃沈です!

まだ雲龍型が1隻残っています、これより狙いにいきます!』

「提督より初霜、了解。幸運な2人とはいえ、気を付けていけよ!」

《長良、2発被弾。機関並びに推進軸損傷、艦橋大破、航行不能判定》

『こちら摩耶! くそぅ、長良を倒してこれから空母を殺ろうってのに利根が残ってやがった! これより交戦する! あと大鳳が煙幕張って逃げようとしてるぞ、どうすんだ!?』

「提督より摩耶、大鳳はこっちで何とかする。利根を任せた」

『摩耶了解! 利根サンよ、久々にサシで勝負といこうじゃねえか!』

『見張より艦橋、左舷後方より駆逐艦3隻急速接近! 艦種は特型駆逐艦と推定!』

「高角砲、全門射撃! 目標、接近せる駆逐艦1番艦! 各個撃ち方!」

「電測より艦橋、諸元算出しました! 敵針路25度、距離ヒトハチマル、速力29ノット! 予想針路も含めて射撃指揮所に伝達します!」

『砲術より艦橋、射撃諸元受け取りました! 入力開始します、主砲左旋回!』

 

 左後方から向かってくる特型駆逐艦たちに向けて高角砲群が応戦する中、さっきまで「イタリア」と撃ち合っていた第1・第2主砲が、ゆっくりと動いた。左側方を睨んでいた砲身が、大蛇が首をもたげるようにゆっくり左前方へと砲口を向ける。

 

「交互撃ち……いえ、一斉撃ち方、用意!」

「大和、やれるのか?」

 

 "大和"の号令を聴いて、堺が振り返った。

 いきなりの斉射はかなりの博打である。

 

「お任せを」

「…分かった、頼む」

『諸元入力良し。徹甲演習弾装填良し。照準良し! 第1・第2主砲、射撃用意良し!』

「一斉撃ち方、よーい! てーっ!」

 

 新たな目標に向けて、46㎝砲が火を噴いた。その直後に通信が飛び込んでくる。

 

『こちら初霜…()()さんやリベちゃんとぶつかってしまいました…。敢闘虚しく大破……これ以上の戦闘継続は不可能です…!』

《初霜、機関損傷、第1・第3砲塔損傷。出し得る速力2ノット、大破判定》

『でも……時間は、稼ぎました! お願いします!』

 

 血を吐くような、という表現がぴったりの"初霜"の苦しげな口調。空母への雷撃、という任務は果たせなくなったようだ。

 しかし、希望はちゃんと託されていた。

 

『初霜ちゃんに託されたから…ぜったい、やってみせますっ!

目標、空母! 雪風、魚雷発射ぁーっ!!』

 

 今、全てを賭けた「豪運の駆逐艦」の一撃が解き放たれた。

 

『だんちゃーく、今っ!』

 

 忘れた頃に46㎝砲弾が落下する。煙幕に遮られて水柱が見えないが、果たしてどうなったのか。

 

「………?

電測より艦橋、大型反応が急激に速度を落としています!」

 

 レーダー手妖精が首を傾げて報告した時、判定アナウンスが入った。

 

《大鳳、2発被弾。46㎝砲弾により航空魚雷誘爆、さらに航空爆弾・航空燃料誘爆。轟沈判定》

「よっしゃあ!」

 

 堺は思わず拳を握り締めた。

 

「初弾命中とはやるな! さすが大和!」

「提督、私を誰だと思っておいでですか? 私はタウイタウイ最強の戦艦ですよ?」

 

 その直後、別の判定アナウンスが響いた。

 

《葛城、魚雷5本被弾。左舷傾斜40度、注排水ポンプ故障、浸水多量につき対処不能。轟沈判定》

 

 どうやら"雪風"のスナイプ雷撃が決まったようだ。そして。

 

《演習終了。大鳳、雲龍、天城、葛城、いずれも轟沈又は航行不能につき、艦載機運用不能。一方で、大和は生存。以上により、本演習は大和陣営の勝利です》

 

 それが、演習の終了を告げる合図となった。

 

 

「ううぅ、負けちゃいました……」

「まさか大和さんたちが突っ込んでくるなんて……急いで雷撃しようとしましたが、一歩間に合いませんでした…」

「疲れた……眠い…寝たい……」

 

 演習を終えて帰投した2つの艦隊。"大和"の艤装から弾き出された堺と三英傑の前で、セーラー服を着た中学生くらいの背丈にしか見えない艦娘が3人、うなだれている。駆逐艦娘の"吹雪"、"(しら)(ゆき)"、"(はつ)(ゆき)"だ。演習の終盤に"大和"に向けて突進してきたのは、この3人である。

 

「まあ、今回はちと運が悪すぎたんじゃねえか?

大鳳から聴いた限りじゃ、お前らアウトレンジ攻撃みたいな戦術を取ってたんだろ? 攻撃隊を出した後、それを追いかけていって第二次空襲を素早く決めようとした判断は、間違ってなかったと思う。相手は耐久力の高い大和だったし、護衛もあの通りだからな。ただ、潜水艦の子たちの存在と、偶然ながらも俺たちがそっちの艦隊に向けて針路を取っていたのが、想定外すぎたんじゃないか?」

 

 堺がそう講評している。

 

「確かに…いきなり雲龍さんとローマさんを雷撃で沈められて、混乱していたのはあったと思います」

 

 心当たりがあるのか、"吹雪"が頷いた。

 実はあの演習では、空襲に対する回避行動を取っているうちに"大和"たちはいつの間にか、"大鳳"率いる機動部隊に接近していたのだ。さらに、"大鳳"側でも第二次攻撃隊を素早く出そうと"大和"側に接近し、全力で殴ろうとしていた。

 だが、第一次攻撃隊からの報告を受けて第二次攻撃隊を出そうとしたその瞬間、ウルフパックによって"雲龍"と"Roma"が被雷。"伊19"と"伊26"の2人から放たれた魚雷が立て続けに6本も命中した"雲龍"は、あっという間に轟沈判定を取られた。"Roma"が喰らった魚雷は"呂500"の1本だけだったが、その1本があろうことか第2砲塔の真下に命中し、それによって第2砲塔の弾火薬庫が誘爆判定。"Roma"も瞬時にして轟沈判定となった。

 なおこの時、目標を外れた魚雷が"()(ゆき)"にも命中し、一撃で轟沈判定に追い込んでいる。

 この突然の雷撃によって"大鳳"たちは大混乱に陥り、第二次攻撃隊の発進を直ちに中止して対潜戦闘にあたった。潜水艦狩りのプロである"由良"と"Libeccio(リベッチオ)"がいたために、潜水艦隊は"伊19"、"伊26"、"伊401"が狩られてしまったが、その対潜戦闘の最中に"大和"たちが殴り込んできた、という訳であった。

 

「まさか、魚雷1本で轟沈判定とはね…。あの化け物を落とされた時の痛みを思い出したわ……次は負けないから」

 

 演習序盤でいきなり沈められ、護衛の任を全うできずに終わった"Roma"が、眼鏡の位置を直しながらそう言った。その瞳に強い意志が宿っているように見えたのは、堺の気のせいではないだろう。

 

「私も、今回は負けちゃいました…でも、主力艦同士の艦隊戦、次は負けませんよ!」

 

 その隣で、"Italia"がぐっと右手の拳を握り締める。

 

「ええ、挑戦ならいつでもお受けします。この大和、タウイタウイ泊地最強の戦艦として、簡単には負けませんよ」

 

 貫禄を見せる"大和"の隣では、"摩耶"と"利根"が互いの健闘を讃えていた。

 

「摩耶お主、また強くなっておるのではないのか?」

「お前が言えた口かよ利根。まさか主砲1基潰されるとは思わなかったぜ」

 

 "摩耶"と"利根"の砲戦は、最終的に時間切れになってしまい決着がつかなかった。だが、"摩耶"は直撃弾6発を浴びて第1主砲破壊の判定を取られ、中破と判定されている。一方で"利根"は直撃弾7発により飛行甲板がズタズタになり、さらに火災判定まで取られて大破判定寸前であった。

 

「今回はケリが着かなかったな…次はアタシが勝たせてもらうぜ!」

「それは我輩の台詞じゃ。筑摩の仇は取らせてもらうからな!」

 

 こうして、1日のスケジュールは全て終わった。

 解散後、艦娘たちは各々別々に動きだす。まだ演習海域に残って自主練に励む者。船渠(ふろ)へ直行する者。仲間を誘って"間宮"と"伊良湖"の店へ行こうとする者。そんな中で、"神通"と"能代"が額を突き合わせて、バインダーを手に真剣な表情で話し込んでいる。今回の演習での課題を洗い出すか、抜き打ち夜戦演習の予定でも立てているのだろう。

 そんな中、堺と3人のお客人は提督執務室へと戻ってきた。

 

「本日は1日お疲れ様でした。当泊地は如何でしたでしょうか?」

 

 応接セットのソファーに腰かけた3人に、堺はそう問うた。神谷が真っ先にその質問に答える。

 

「艦娘たちはもちろん、1世紀以上前の兵器も見ることができたので、非常に面白かったです」

「神谷さんは軍事の専門家ですからね。当泊地は一昔前の兵器の見本市のようなものだったのではありませんか?」

「全くその通りです。ただ、ところどころ我が軍のそれにも匹敵する兵器があったのが興味深いですね。試験中だったあの対潜誘導魚雷とか、四三式弾とか」

「ああ、確かに…」

「正直なところ、お宅の釧路さんを技術者としてうちにスカウトしたいくらいです」

「それをやられると我々が生き残れなくなるので、さすがにご勘弁願います」

 

 ここまでタウイタウイ泊地が生き残ってきたのは、"釧路"の存在に負うところが大きいのである…。

 

「私は艦娘と会えてとても楽しかったですよ。技術の進む先も見えましたし、とても有意義でした」

 

 続いて一色が感想を述べる。

 

「一国の総理にそこまで言っていただけるとは、光栄の至りです」

「いや、私にとっても驚愕するものが少なからずありましたからね。特にあの波動治療装置、あれを導入すれば我が国の医療が大きく進歩することは間違いないでしょう。あれの導入を見送らざるを得ないのが残念です」

「あんなのが導入された瞬間、貴国の医師や看護師は軒並みお役御免になってしまいますからね。外交に大きな悪影響が出そうだったので、申し訳ありませんがやむを得ませんでした」

 

 最後に川山の番である。

 

「普段ゲームの中でしか見られない艦娘たちと触れ合えたことは、本当に楽しい限りでした。次はプライベートで来たいですね、良い海水浴場もあるようですし」

「ほう、それはそれは」

 

 とその時、一色がツッコミを入れた。

 

「慎太郎」

「な、何だ健太郎?」

「そのプライベート旅行、俺らも連れてけ」

「は!?」

 

 川山が抗議しようとしたところへ、神谷が爆弾を投げ込んだ。

 

「でなきゃ、嫁にあの件通報だ。感じたんだろう? 背中に、アイオワのアレを」

 

 さあっ、と川山が青くなった。

 

「ちょまっ!? あれ通報する気かよ!?」

「さあ、どうする?」

「喜んでお前らも連れていきます。だから通報しないでくださいお願いします! 通報なんかされたら家庭内戦争になる! 俺死んじゃう!」

 

 必死に懇願する川山をちらりと見ながら、堺はニヤニヤ笑いを浮かべている一色に尋ねた。

 

「あの川山さんがここまで狼狽するとは、どうしたんです?」

 

 一色が耳打ちするようにそっと教えてくれた。

 

「実は、川山の嫁が動画配信とかやっておりまして。しかも彼女のチャンネルは、登録者数ウン百万の有名チャンネルなんです」

「あぁ……そりゃ通報されたらおしまいだ。格好のスキャンダルとして大炎上待った無しでしょうね」

 

 堺は動画配信などはやったことがないが、もし通報されればどうなるかは容易に想像できた。

 

(ってことで、こりゃリピーター増加案件だな。しかも紹介記事でも書いてくれりゃ、結構な売り込みを期待できそうだし)

 

 どうやら川山が降参したようなので、堺は話をまとめることにした。

 

「皆様にはたいへんお喜びいただけたようで、私としても何よりです。

そこで、そんなあなた方に重大なお知らせです」

「ほう、何でしょうか?」

 

 神谷が首を傾げた。

 

「今日の午後に、艦娘たちがどんな訓練をしているかを見学いただいた訳ですが、訓練の種類は他にもあるんですよ。例えば体育訓練、これは普通に学生が体育の時間にやるようなものですね。あるいは座学などもあります。

そして……それらの訓練科目の中に、あるんですよ。そう、『水泳訓練』が!」

 

 少しもったいを付けて堺がそう言った瞬間、神谷が勢いよくソファーから立ち上がった。

 

「マジですか!?」

「マジです」

「Fooooooo!」

 

 当然ながら、一色も川山も興奮状態である。

 

「水泳訓練、ってことは…!」

「どっちだ!? ゴーヤのいう"提督指定"か、それとも限定グラか!?」

 

 お前ら自重しろ、とツッコミが入ること請け合いである。

 

「どっちになるかは運次第ですね。

それと川山さん、興奮されてるところすみませんが」

「はい、何でしょうか?」

「貴国の観光客が来るようになってからというもの、うちの子たちの間でも海外旅行の希望が起こりまして。そこでうちの子たちに、貴国のパスポートの積極的発行をお願いしたいのですが…」

「全力で善処します!!」

 

 一切のためらいもなく、川山はものすごく良い笑顔で言い切った。一色と神谷も同調しており、逆に堺の方が気圧されてしまう。

 

「お、おう…よろしくお願いします」

 

 こうして、「三英傑」のタウイタウイ訪問が終わった。

 ちなみに泊地司令部を出る時、4人は気付いた。出入口付近の掲示板に、「青葉新報 号外」と書かれた大きな紙がべたりと貼り付けてある。そこには、大日本皇国主催の観艦式に招かれたことが書かれていた。

 

「アイツ仕事早すぎんだろ……」

 

 いつものことながら、呆れる堺であった。

 

 

 こうして、三英傑のタウイタウイ訪問は終わった。

 3人の乗り込んだ「延空」の離陸を確認した後、泊地に戻った堺は艦娘たち・妖精たちを集めて緊急会議を開き、「軍観閲式」の参加の是非を問うた。…が、評決を取るまでもなく、全会一致の「参加を希望する」という結論が出された。

 堺は直ちに、艦娘たちに「大日本皇国・軍観閲式」への出欠票を出すと共に、こちらが披露する演目などの検討にかかった。

 

(この式典、主催はあくまで大日本皇国だ。俺たちはいわば「ゲスト」に過ぎん。ならば、そうそう差し出がましい真似ができるわけもねぇな。

その一方で、初めて大日本皇国を訪問した時に、うちの艦娘たちがかなり人気の存在であることが分かった。おそらく、アイドル的な存在として遇されることになるだろう。

となると…こっちの出し物としては、アイドルらしく有志によるライブと、やり慣れた艦隊行動訓練の展示、そして装備品の展示と出店って辺りが妥当か)

 

 もちろんだが、結論が出された翌日の朝に大日本皇国に宛てて、『貴国ノ軍観閲式ヘノ参加ヲ希望ス。天皇陛下ニヨロシク伝ヘラレタシ』と打電している。

 

 

 それからの2ヶ月は、あっという間に過ぎていった。

 参加の打診が受理されるや、川山外交官が連絡役として何度も大日本皇国本土とタウイタウイ島を往復し、相互の連携を図った。さらに、大日本皇国軍の広報担当係の人々がカメラなどの様々な機材を抱えてタウイタウイ島に降り立った。軍観閲式の広報ポスターやら映像やらを作るとかで、艦娘たちにも協力を求めてきたのである。代表者曰く、「実は艦娘の皆さんは、これ以上ないほど素晴らしい広告塔になるんですよ。二次元の存在とはいえ、我が国でもその姿を知られた子たちばかりですからね!」らしい。

 逆に、艦娘たちが大日本皇国側から招待を受けてあちらの本土へ出張することもあった。某パパラッチやオータムクラウド先生などが随分興奮していたそうである。

 慌ただしい撮影やら会談やらの隙間を縫うようにして、艦娘たちは軍観閲式にて披露する「艦隊行動演習」の練習やライブのレッスンに取り組んだ。ちなみに「艦隊行動演習」とは何ぞや、という話であるが、これはまあ、現代風にいう「集団行動」のことである。集団行動に砲撃やら雷撃を織り混ぜた物が、「艦隊行動演習」と呼ばれるのだ。




予想も覚悟もしてたけど、(文字数が)やばいですね。この回だけでなんと6万6千文字オーバーしてる…
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