鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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久しぶりの投稿です。
今回でヒノマワリ解放は叶うのか!



190. 疾風怒濤・ヒノマワリ解放

 中央暦1643年10月2日、ムー大陸中央部 ヒノマワリ王国。

 現在この国は、戦争真っ只中に置かれている。この国を支配圏に置いているグラ・バルカス帝国と、それを解放しようとする第二文明圏連合軍との間で、激しい戦闘が起こっているのだ。

 グラ・バルカス帝国軍は確かに強力だった。何せこの世界の国の主要国の軍はその大半が近世レベルの装備(マスケット銃とか)しか持たないのに対し、グラ・バルカス帝国軍の装備は第二次世界大戦レベルなのだから。

 だが、そのグラ・バルカス帝国軍は今、ロデニウス連合王国軍やムー統括陸軍を主力とする第二文明圏連合軍によってじりじりと押されている。空でも陸でも、明確に後退し続けているのだ。

 

 7月から始まり、今なお頻々と続く空襲は、ヒノマワリの民にとっては希望の1つだった。というのも、グラ・バルカス帝国の戦闘機が……自国のワイバーンではどうやっても勝てない空の怪物が、蹂躙されていく様をはっきりと見せられるからだ。

 はるか高空を飛ぶ銀色の巨大な機体……ロデニウス軍の「B-29改 スーパーフォートレス」に、グラ・バルカス帝国のアンタレス戦闘機は手を焼いていた。「アンタレス」のエンジンでは飛んでいるのもやっとという酸素の薄い空を悠々と飛翔し、綿密な編隊を組んだその機体は、「アンタレス」が突進してくるや、機体各所から強烈な防御機銃の弾幕を浴びせてくる。やっとの思いでその弾幕を潜り抜けたとしても、同機は非常に頑丈であり、「アンタレス」の7.7㎜機銃では小ゆるぎもしない。とかくに厳しい相手なのである。

 しかも、その護衛が凶悪すぎた。プロペラがなく、機体後部から一筋の炎を吐き出す鋭角的な銀色のその機は、「アンタレス」を軽く上回る速度を叩き出し、赤子の手を捻るがごとき勢いで「アンタレス」をバタバタと撃墜していったのだ。このため、迎撃に出た「アンタレス」がその半数以上を失って引き上げ、おまけに街や工場がめくらめっぽう爆弾を落とされて焼き払われる、という事態が多発していた。

 さらに、「アンタレス」が多数撃墜されて出撃できなくなると、それを見計らったように"ムー国の旧式爆撃機(グラ・バルカス帝国基準)"までが飛んできて、爆弾を落としていく。さらに、護衛についてきた戦闘機もついでとばかりに機銃掃射していく。

 グラ・バルカス帝国から来た入植者たちは、「自分たちは支配者階級であり、下等な現地人たちとは違う」というヒエラルキーを示し、また現地人の反乱から身を守るために、居住区を分けている場合が多かった。それが逆に、"気兼ねなく爆弾や機銃弾を叩き込める目標"として無差別爆撃のターゲットにされていたのである。

 

 そして、ヒノマワリ王国の東部~中央部では、何度とない地上戦が発生していた。

 

「撃て!」

 

 号令一下、グラ・バルカス帝国陸軍の37㎜対戦車砲が一斉に砲弾を撃ち出す。一斉にとはいっても、その門数はたったの7門しかない。他の砲は、それまでに行われた空襲や敵の榴弾砲による砲撃で爆砕されてしまった。

 対戦車砲の砲口の先には、ものすごい量の土煙が見える。それは、地上を埋め尽くさんばかりに広がって進軍してくる、多数の角ばった四角い車輌から上げられていた。幅広の履帯に支えられた箱状の車体の上には、長い砲身を持つ大砲を付けた回転砲塔がある。明らかに戦車…グラ・バルカス帝国にしかないはずの、最強の陸戦兵器である。

 飛翔した37㎜砲弾が次々と落下し、少しずつ姿が見えてきつつある敵戦車の周囲に土煙の柱が立ち昇る。

 

「装填急げ!」

「装填良し!」

「撃て、撃て!」

 

 連続して火を噴く対戦車砲。しかし敵戦車が止まらない。こちらの砲撃が命中しているのかいないのかも、判然としない。

 

「くそっ、何がどうなってやがる!」

「なんで敵戦車が止まらないんだ!?」

「愚痴ってる暇あったら撃て!」

 

 各砲とも、もう10発以上は撃っているはずだが、敵戦車の明確な撃破が認められない。

 その時、接近しつつある敵戦車たちが突然停止した。

 

「当たったか!」

「ざまあみろ!」

 

 グラ・バルカス兵たちの嘲笑。それに対して敵戦車は、主砲の発射を以て応えた。

 

「効いてないぞ!?」

「今だ撃て!」

 

 轟音。

 咆哮。

 

 1発の37㎜砲弾が、見事に敵戦車の前面に命中する。

 火花が散る様子がはっきりと見えた。

 

「命中だ!」

「照準このまま! 続けて撃て!」

「奴を鉄屑にしてやれ!」

 

 しかし、グラ・バルカス帝国軍対戦車砲の迎撃もそこまでだった。

 防衛陣地内に複数の火柱が噴き上がる。敵戦車の砲撃で、砲弾や装薬が誘爆したのだ。対戦車砲の砲身が宙を舞い、野砲が陣地ごと木っ端微塵に吹っ飛び、兵士たちの姿が一瞬で消滅する。

 生き残った対戦車砲や野砲が果敢に反撃するが、敵戦車の前面に火花が散るだけだ。止まっていた敵戦車たちは動き出し、機関銃を乱射しながら速度を上げて陣地へと突っ込んでくる。

 ただでさえ、連日続く空爆で迎撃能力の低下していた防衛線では、食い止められない。

 

「駄目だっ、止まらない!」

「何故だぁぁぁぁ!!」

 

 グラ・バルカス帝国兵たちの叫びは、履帯とエンジンが奏でる轟音に踏み潰された。

 グラ・バルカス帝国軍の防衛線に襲いかかったのは、ロデニウス連合王国陸軍の第1軍団である。典型的な機械化部隊の編成になっており、先頭に防御力の高い重戦車を集め、両翼を機動力の高い主力戦車で固め、その後方に装甲車輌や自動車に乗せた歩兵を続かせ、さらにその後方から自走砲やロケット砲、榴弾砲で砲撃支援を行い、空には近接航空支援戦力を展開していた。それらの地上戦力は楔を思わせる三角形の陣形を築き、土煙を巻き上げてグラ・バルカス帝国軍に殺到していく。

 この三角形の陣形は、「パンツァーカイル」と呼ばれるものである。機甲師団の戦術の1つだ。

 その先陣を務めるのは、幅広の履帯に角ばった車体、そして長砲身の主砲が特徴的な戦車…「Ⅵ号戦車E型 ティーガーⅠ」である。垂直装甲とはいえ、装甲厚は砲塔前面120㎜、車体前面100㎜という分厚さが特徴だ。

 グラ・バルカス帝国陸軍の主力対戦車砲である37㎜速射砲は、1,000メートルの距離で20㎜の装甲を貫徹できる。だが、それでは到底「ティーガーⅠ」の分厚い装甲を破ることはできない。威力不足なのだ。

 逆に、「ティーガーⅠ」の搭載する56口径88㎜砲は、一撃でグラ・バルカス帝国陸軍の抵抗を打ち砕く。高初速の88㎜砲から撃ち出された榴弾は、着弾するやグラ・バルカス帝国軍の砲兵たちを吹き飛ばし、対戦車砲を爆砕して砲身が空中に舞い上がる。防衛線に残っていたグラ・バルカス帝国陸軍の主力戦車「2号中戦車ハウンドⅡ」が、「ティーガーⅠ」に向けて主砲を撃ってくるが、これまた火花を散らすだけで装甲を貫徹できない。「ハウンドⅡ」の48口径47㎜砲を以てしても、威力不足である。

 撃たれた「ティーガーⅠ」が砲塔を旋回させ、お返しとばかりに主砲を発射する。その途端、「ハウンドⅡ」の車体前面に巨大な破穴が穿たれ、直後に「ハウンドⅡ」は盛大に爆発した。砲塔が外れて空高く飛び上がり、その下から火柱が噴き上がる。「ティーガーⅠ」の88㎜砲弾は、「ハウンドⅡ」の25㎜装甲をあっさり突き破り、弾火薬庫の誘爆を引き起こしたのだ。

 

「バカな! 無敵のハウンド中戦車が、一撃で…!」

 

 対戦車砲も戦車も、その大半を失ったグラ・バルカス帝国軍に、なす術はなかった。

 そして実は、「ティーガーⅠ」はグラ・バルカス帝国軍の注意を引き付ける囮だった。彼らがそれに気付いた時にはもう遅く、側面に展開した「パンターG型改」やⅣ号戦車H型によって、包囲網が形成されていたのだった…。

 

 

「ロデニウス軍戦車部隊が、敵防衛線を突破したとのことです! ですがグラ・バルカス帝国軍はまだ頑強に抵抗しており、ロデニウス軍総指揮官のノウ中将からは、後方遮断はまだかと催促が来ております!」

「了解したとノウ中将に伝えてくれ。我々も急ぐぞ、敵戦線の後背に回り込むんだ!」

「はっ!」

 

 土煙を立てて地上をひた走るハーフトラック改造の指揮車の中で、ムー統括陸軍第2軍司令官ジェイク・アイゼンハウアー中将は命令を出した。その周囲には、ムー製M4シャーマン中戦車である「ラ・シマン戦車」や、ムー製Ⅲ号突撃砲F型である「ラ・スタグ自走砲」が展開している。

 ロデニウス軍とムー統括軍の合同部隊…バグラチオ作戦の一翼を担う中央軍集団の基本的な戦法は、比較的シンプルなものだった。重装甲と大火力を兼ね備える戦車を配備したロデニウス軍が、真正面からグラ・バルカス帝国軍に突撃し、これを食い破る。それと同時に、ムー統括軍は比較的高い速度を駆使して敵前線の後背に回り込み、敵を包囲して撃破する。これが基本戦術となっていた。

 

「あと少しだ、頑張れ!」

 

 ジェイクの励ましあってか、ムー統括陸軍第2軍はついに、警戒の薄い敵の側面を突破して後方を遮断することに成功した。

 

「よし、後はひたすらここを守るだけだ!

陣地構築を急げ! 敵は待ってはくれんし死ぬ気で襲ってくるぞ!」

 

 さっきまで全力で突っ走っていたムー統括軍の装甲部隊は、今度は陣地を構築し始める。その動きは淀みがなく、兵士たちはショベルを手に大急ぎで掩体壕を掘っていく。

 掘り返された土も無駄にはしない。袋に詰め込み、土嚢を作る兵士もいる。たかが土入りの袋でも、きっちり固めておけば機関銃の弾くらいは余裕で防げるし、戦車の防御力向上にも使えるのだ。作って損はない。

 

 大急ぎで即席の防御陣地を固め、迎撃態勢を整えたムー統括陸軍第1軍。そんな彼らの前に姿を現したのは……

 

「前方より複数の戦車が接近! 識別、ロデニウス陸軍・パンテール戦車と確認!」

 

 味方であった。

 ちなみにパンテールというのは、ムーの言語で「豹」である。

 

「味方か……ということは、どうやらグラ・バルカス帝国軍の包囲殲滅に成功したらしいな。強力な味方というのは本当に頼もしい」

 

 そう呟いたジェイクは、下顎に手を当てて考え込む。

 

(これで、ヒノマワリ王国首都・ハルナガ京への途が開けた。だが、ヒノマワリ側のスパイからの情報によれば、敵は王城付近に軍の司令部や統治機関の建物を置き、王族や貴族、一般市民の区別なくヒノマワリ王国の民を近くに置いているという。さらに、昼間はヒノマワリの現地人を雇って働かせているそうだな。

ということは……我々が攻撃すれば、どうしてもヒノマワリの民に大きな犠牲が出てしまう……)

 

 ジェイクが懸念していたのは、外交的影響であった。

 現在ロデニウス連合王国とムー国は、第二文明圏連合軍の一部として、ヒノマワリ王国第二王子ハルノミヤ殿下の要請に基づいてヒノマワリ解放を進めている。そのためヒノマワリ人の誤射や犠牲には特に注意を払っていた。

 しかし、市街戦となればどうやってもヒノマワリの民を巻き込んでしまう。多大な死傷者が出てしまうことは間違いない。

 できれば、ヒノマワリ人の死傷者はゼロに抑えたいのだが……

 

(どうすれば良いというのだ……)

 

 新たな難問に、ジェイクは頭を悩ませる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 2日後、ついに中央軍集団はハルナガ京を望む地点まで到着した。が、そのままそこで膠着状態に陥ってしまう。というのも、やはりヒノマワリの民に大きな犠牲が出るとシミュレーションされたことで、ムー国の上層部が難色を示したのだ。

 実はヒノマワリ王国は、ムー大陸が地球からこの星に転移した際に、転移に巻き込まれて帰れなくなったヤムートの民が建国した国なのだ。当時のムーとヤムートは重要な友好国同士であったため、転移直後からムー国はヒノマワリ王国のことを気にかけているのである。

 そして実は、ヤムートというのは後の日本のことであるため、ヒノマワリの民は堺や艦娘たちにとっては祖先を同じくする者たちなのである。

 そのヒノマワリの民を人質に取る形で、グラ・バルカス帝国軍がハルナガ京の市街地に展開しているという情報が入ったのだ。このため、正面攻勢をかけることができず、第二文明圏連合軍も攻めあぐねていたのである。

 どうやってもヒノマワリの民の犠牲が大きくなってしまうため、困り果てたロデニウス陸軍第1軍団指揮官のモッツァラ・ノウ中将は、ムー大陸南部から旧レイフォル領に攻め込んでいる南方軍集団の司令部を経由して、第13艦隊司令部に相談を持ちかけた。

 

「こりゃまたえらい案件持ってきたな……」

 

 ノウから送られてきた電文を瞬きもせずに2度読み返し、堺はため息を吐いた。

 

「現地民間人の被害を出さずに市街戦やれって? どれだけ無茶な相談だよ……」

 

 一読しただけで、どだい無理な相談であると堺は直感した。しかしそれでも、彼は頭を1つ横に振って真面目に考え始める。

 

(民間人の被害を抑えて市街戦をやろうと思ったら、どうするか…。多少の「戦場の摩擦」はもう仕方がないものとして、最も確実なのは超精密攻撃だな。それも、空から叩くのが一番だ。ただ、それが可能な装備も部隊も、陸軍航空部隊にはない。となると別の方法を考えなきゃならん。

とりあえず送られてきた情報から考えるに、敵は昼間は現地人を働かせているが、夜は引き上げさせているらしい。となれば、夜に決行するしかないな。……いや、待てよ?)

 

 この時、堺の脳裏を天啓が掠めた。

 

「あいつらなら……いけるか?」

 

 そう呟いた堺は、無線機を取り上げる。連絡先は、ここから遠く離れたタウイタウイ泊地だ。

 

「こちら堺。すまんが、ちょいと相談がある。至急パガンダ島まで来てくれんか?」

 

 

 2時間後、パガンダ島に停泊する第14.2任務部隊 旗艦「(なが)()」艦橋にて。

 

「ふーむ…お話は分かりました」

 

 説明を終えた堺の前で、桃色と灰色を混ぜたような髪をポニーテールにまとめたセーラー服の女性……"(あお)()"が頷いた。そして一言。

 

「司令官の仰る内容ですが…可能か不可能かでいえば、できますよ」

「何!?」

 

 さらりと言ってのけた"青葉"に、堺は目を見開いた。

 

「できるのか? 本当に?」

「うちの『情報収集部隊』をフル動員して、独立第一飛行隊の機体を拝借すれば、可能ですよ。ええと…どこにしまったかな…」

 

 "青葉"はあちこちのポケットに手を突っ込み、どこからか1枚の折り畳んだ紙を取り出した。広げられたそれは、ハルナガ京の地図である。しかもかなり精巧にできており、町全体の構造はもちろん、ヒノマワリ王国の重要施設の位置と種類、グラ・バルカス帝国軍の拠点の位置、配備兵力まで、事細かに書かれていた。さらに別添の紙には、グラ・バルカス帝国軍の装備と大まかな性能予想まで弾き出されている。

 

「いつの間にこんなものを……」

「妖精さんたちのサイズを以てすれば、お茶の子さいさいですよ。それで作戦としては……」

 

 以前にもご説明申し上げたが、青葉情報局の「情報収集部隊」は、名前だけである。実際にやっていることは、暗号通信の傍受と解析、行商などを装っての潜入調査、コンピュータのハッキングに始まり、電子・魔法妨害、流言、破壊工作、果てには最前線に出撃して敵と交戦して敵の兵器などを持ち帰る、敵側の重要人物の召喚(らち)喚問(ごうもん)礼遇(まっさつ)等々、世間一般でいうところの「特殊部隊」なのである…。

 

「……という形で良いと思います」

「分かった、俺としては異存はない。問題は、この作戦を第二文明圏連合軍が受け入れるかどうかだ。拒否されることはまずないと思うが……ひとまず提案してきな」

「了解しました! 第二文明圏連合軍の総司令部と、中央軍集団の司令部は今どこにいますか?」

「総司令部はオタハイトのムー統括軍本部から動いてないな。中央軍集団の司令部は、ムーとヒノマワリの国境にあるバルクルス基地にいるそうだ」

「分かりました! では交渉してきます!」

 

 あっという間もなく、"青葉"は姿を消した。日々記事のネタ(ゴシップ)を追い続けるために鍛えられた、フットワークの軽さである。

 

「やれやれ…やる気があるのは良いんだが、ガツガツしすぎんようにな…」

 

 誰もいなくなった部屋で、堺は呆れたように呟いた。

 

 

 パガンダ島に停泊する「長門」から降りた"青葉"は、その足でムー国の首都オタハイトへ直行。ムー統括陸軍総司令官タクト・マッケンジー大将と交渉して、作戦実行の許可を取り付けると、そのままバルクルス基地へと向かった。

 彼女の率いる「青葉情報局」は、ロデニウス軍に対して正確な敵情を提供し続けており、それは作戦成功率という「数字」となって表れていた。また、第二文明圏連合軍が本格参加する「バグラチオ作戦」に関しても、その遂行において「青葉情報局」からもたらされた情報が大いに役立っている。そのため信頼関係は篤い。

 

「なるほど……」

 

 バルクルス基地の会議室にて、ムー陸軍現場指揮官の1人ミック・ステイルマン中将は頷いた。

 

「確かにこの案なら、ヒノマワリ王族から一般市民に至るまで、ヒノマワリ王国民の被害を極限に抑えられるでしょう。しかし……本当に可能なのですか? 視界が全く効かない夜間に、それも敵の拠点がハルナガ京市街地の真ん中にある状況で、敵の拠点だけを破壊するなんて……」

 

 ムー国の常識から考えると、そんな超ピンポイント攻撃は不可能だ。いったいどんな装備を持ち、どれほどの訓練を積み重ねればそんな芸当が可能になるのか、と聞きたくなる状態である。

 

「可能です。グラ・バルカス帝国軍の拠点だけ、打ち砕いてみせましょう」

 

 自信満々に言い放った"青葉"に、ミックをはじめ第二文明圏連合軍の上級指揮官たちが大きくざわついた。ちなみにロデニウス陸軍第1軍団指揮官のノウ中将も目を丸くしている。

 

「そこで、皆様には敵拠点破壊後の市街地制圧をお願いしたいのです。超精密攻撃が可能だとは言っても、この作戦は必然的に少数精鋭で行わねばならず、市街地制圧には数が到底足りませんので。

それと、作戦のために3日間の準備期間が欲しいです」

「そういうことなら、了解しました。モンドルキリ中将に伝えておきましょう」

 

 ミックがそう言った時、会議室のドアがノックされた。そして開かれたドアの隙間から魔導通信士が顔を出し、紙を手渡してすぐに引っ込む。

 見るともなしに"青葉"が見ていると、魔信と思われる紙を受け取った士官が大きく目を見開いた。直後、焦った様子でミックの耳元に何かをささやき、紙を手渡す。それを一読したミックもまた、愕然とした表情を見せた。

 

「何かあったのですか?」

 

 "青葉"が尋ねると、ミックは震える手で紙を持ったまま答えた。

 

「前線に向かう補給部隊からの報告です。何でも、この基地に向かう3人連れの女性とすれ違った、と。しかも聞けば、その女性はヒノマワリ王国の王族とその護衛だとか…!」

「何っ!?」

 

 部屋の隅から声を上げたのは、司令部に出入りしている1人のヒノマワリ人だ。グラ・バルカス帝国の侵攻を間一髪逃れてムーに亡命し、現在は「自由ヒノマワリ王国」の首班として活動中の第二王子ハルノミヤである。

 

「王族で女性は3人いるのだが、いったい誰がこんなところまで……」

 

 そのまましばらく待っていると、基地の警備兵が慌てた様子で司令部に駆け込んできて報告した。

 

「報告します!

たった今、3人のヒノマワリ人女性が馬に乗って本基地に到着しました。名乗ったところによれば、ヒノマワリ王国第三王女フレイア氏とその護衛2名とのことです!」

「フレイアか!」

 

 ハルノミヤが心配そうな表情を見せた。

 

「何かしでかしたのでなければ良いが…」

 

 ややおてんばな所のあるフレイアを、ハルノミヤは心配したのであった。

 警備兵に詳しく話を聞くと、どうも彼女たちは夜通し走り続けてここまで来たらしく、髪は乱れ目元にはひどい隈を作り、ひどく汚れていたという。だが、その表情には一様に焦りのようなものが多分に見られたそうだ。

 そして、至急のムー国及びロデニウス連合王国との会談を希望しているとのことである。

 

(これは何かありましたね。王女がここまで来たとなると、これは相当な案件のようです。……感じます、感じますねぇ! 特大ネタの匂いがぷんぷんします!)

 

 これまでの経験から、"青葉"はすぐにこれはただ事ではないと直感した。

 

(ただ、会うこと自体はできるでしょうが、私は外交官じゃないですからねぇ。ひとまず司令官と、それから連合王国外務省に問い合わせる必要がありそうです。

今ヒノマワリの人たちは湯浴み中だそうですから、急いで問い合わせてみますか)

 

 "青葉"はその場で、ミックに掛け合って会談への同行許可を取り付けた。その直後に魔信を飛ばし、ロデニウス大陸本土とパガンダ島に連絡を取る。

 彼女の司令官たる堺、そして外務省からは、「ひとまず会って、要件を聴いて欲しい」との返事が来た。それと同時に、ヒノマワリ側も会談の準備ができたとのことである。

 

(よーし、これで言質は取れました! これで堂々と取材できますよ!)

 

 ポケットに隠したボイスレコーダーの感触を確かめながら、相棒の一眼レフを入れた鞄を提げ、"青葉"は会議室へと足を運んだ。

 会議室には、綺麗な黒髪を有する美女が3人待っていた。高山に住む民族の衣装と着物をごっちゃにしたような独特の衣装を身にまとっているが、肌の色が日本人のそれと変わらないため、一見すると日本人がコスプレをしているだけのようにも見える。

 

(ほうほう、これがヒノマワリの方々ですか。ムーの人からちらっと聴いてはいましたが、なるほどこれは確かに私たちと祖先が同じらしいですね)

 

 永い時を経て、地球を遠く離れた世界で再び巡りあった同胞の末裔に、親近感を抱く"青葉"。

 会談が始まると、3人の女性のうち1人が立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「ヒノマワリ王国第三王女、フレイアと申します。

ハルノミヤ兄上、お久しぶりでございます」

「フレイア、無事だったか…! お前が何かしでかしたのではないかと心配したぞ。

それはさておき、いったい何があったのだ?」

 

 会談にはハルノミヤも同席していた。

 

「ムー国とロデニウス連合王国の方々は、こちらの事情を存じないかもしれませんので、まずは我が国がグラ・バルカス帝国に降った経緯から軽くご説明します」

 

 フレイアが語った話は、ざっと要約すると以下のようなものだった。

 旧列強レイフォル国がグラ・バルカス帝国に滅ぼされた時、レイフォルの属国にされていたヒノマワリ王国はしれっと独立した。しかし、独立してから3年ほどでグラ・バルカス帝国から圧力をかけられる。様々な調査をした結果、王政を捨ててでも民を守るべきだと結論され、ヒノマワリ王国はグラ・バルカス帝国に降った。この直前にハルノミヤはヒノマワリ王国を脱出し、ムーへと亡命している。

 グラ・バルカス帝国の統治は過酷そのものであり、ヒノマワリ王国はまさに植民地にされ、民は奴隷のごとくに扱われた。それでもヒノマワリの民は必死に耐えていた。

 状況が変わったのは、中央暦1643年に入ってからである。様々な物を搾取していたグラ・バルカス帝国が、ついにヒノマワリ王国内で流通する食糧すら取り上げ始めたのだ。どうやら第二文明圏連合軍の反攻に備えるためらしい。

 これによってヒノマワリの民は飢餓に苦しむ羽目になり、ついには餓死者が続出する有り様となった。それも、ヒノマワリ王国がグラ・バルカス帝国に降った時に、「食糧には絶対に手を付けない」と文書で確約していたにも関わらず、この始末である。これに耐えかねてフレイアはグラ・バルカス帝国の征統府に抗議したのだが、帝国の外交官に一蹴され、挙げ句に暗殺されかけたため逃げ出し、今に至るのだという。

 

「やはりか……お前の民を思う気持ちは昔から強かったからな。それにしても、よく生き延びたものだ」

 

 ハルノミヤがそうコメントする。

 

(なるほど…これは事態としては大変ですね。そりゃあ王女が亡命してくる訳です。

それにしても、こんな若い方がこんな過酷な目に遭わねばならないとは……グラ・バルカス帝国には、相応のお灸が必要ですねぇ)

 

 "青葉"がそう考えた時、バサバサッという羽音のような音がした。そしてコツンコツンと、窓ガラスに何かがぶつかる音がする。

 

「ん? 鳩?」

 

 "青葉"の呟き通り、窓の外に鳩が1羽止まっていた。その鳩を見て、フレイアの従者らしき女性が声を上げる。

 

「姫様、胸に王家の紋章があります!!」

 

 よく見ると、鳩の足には手紙らしきものがくくりつけてあった。

 

(伝書鳩…! どうやってこんなところまで?)

 

 "青葉"の知る伝書鳩は、歴史書の記録や「シートン動物記」くらいに書かれたものである。地球にも昔は存在していたのだが、無線電信の発達によって廃れていった。

 そんなロストテクノロジーを目の当たりにし、"青葉"は軽く興奮する。

 

(司令官が見たら、きっと興奮するでしょうね。司令官も歴史好きですし)

「それは我が国の諜報部とでもいうべき、情報に通ずる貴族からの伝書鳩だ! すぐに内容を確認する!」

 

 ハルノミヤが宣言し、直ちに鳩が運んできた手紙が開かれた。それを一読したフレイアの表情が、一瞬にして暗くなる。身体が震え、こらえているのだろうが目から涙が流れ始めた。

 

「どうしたフレイアっ!?」

 

 ハルノミヤの叫びに、フレイアは震え声で小さく答えた。

 

「手紙によれば…父上と兄上が幽閉され……お姉様たちが、こ、殺されてしまったそうです……」

「何!?」

 

 驚愕するハルノミヤ。ミックたちムー人も、愕然とした顔をしている。

 "青葉"も衝撃を抑えきれなかった。

 

(いったい何をどうしたら、そんなことに…!?)

 

 しかし同時に、"青葉"の心に火が付いた。

 

(これは、1人の人間としてみれば悲しむべき事案です。ですが……ジャーナリストとして考えるなら、ペンの見せ所ですよ! この事件、許可さえ取れればこの手で世界に告発してみせましょう!)

 

 普段ゴシップばかり追いかけている"青葉"であるが、こういう事態になると話は別である。既に彼女の頭の中では記事のプロットの組み立てが始まっており、『グラ・バルカス帝国、許されざる蛮行! ヒノマワリ王女、涙ながらに語る!』というタイトルの下に単語が踊り、ものすごい勢いで文章を書くペンが動いている。

 

(必要なら、後でフレイアさんに独占インタビュー…は、まだご本人様の負担が大きそうですね。とりあえず、今得られた情報だけで何とかしましょう。こんないたいけな娘さんを泣かせるなんて、これはいけません、いけませんねぇ。ジャーナリストの血が騒ぎますよぉ!)

 

 フレイアはこらえきれずに慟哭しており、ハルノミヤと従者の女性が必死に慰めている。

 涙の合間にしゃくりあげながらフレイアが語ったところによれば、どうもグラ・バルカス帝国側はフレイアと他の王女の区別がつかず、確実な暗殺を期そうとした結果、無関係な他の王女まで殺害したらしい。

 そのついでに、王女暗殺が王家に伝わって反旗を翻されると面倒なので、王家と旧ヒノマワリ王国軍の連絡を遮断すべく王家の男性を幽閉したらしいのだ。

 

(よし、許可さえ取れればやってやりましょう。グラ・バルカス帝国の蛮行は、この青葉がこのペンとカメラで、白日の元に晒してやりますよ!)

 

 意気込む”青葉”の隣で、ハルノミヤが「そうだったのか…」と肩を落とした。ミックたちムー人も、何とも言えない沈痛な表情を浮かべている。

 一時して落ち着いたらしく、フレイアは一つ深呼吸してこちらを向いた。

 

「ヒノマワリ王国の王家は幽閉され、実質的に国内の権限を失いました。

私はヒノマワリ王国第3王女フレイアです。現在国内の王家の機能は停止しているため、非常時国家保護法により、現時点をもってヒノマワリ王国の実質的権限は、すべてこのフレイアに移行いたしました」

 

 泣き腫らして充血した目。だが、その両眼に怒りの炎が激しく渦巻いているのを、”青葉”は見逃さない。

 

「非常時国家保護法により、ヒノマワリ王国の国内法は全て、一時的にこのフレイアの意思により決定されます」

 

 非常時を想定した国家保護法。全ての国内法を乗り越え、権限を集中させた1人によりすべてが決定可能となる、特殊な法律だった。

 

「ヒノマワリ王国として、対グラ・バルカス第二文明圏連合国家及びロデニウス連合王国へ、正式に要請いたします。

王国内において、国民を苦しめ続けているグラ・バルカス帝国を国外へ排除したい。協力を……要請致します!!」

 

 それは、フレイアの決意の表れだった。

 

「私からも頼む。話を聴く限り、今ヒノマワリの民は人間らしい扱いすらされていない。こんな非道がまかり通ってはならない。第二文明圏諸国の皆様、そしてロデニウス連合王国の方、どうか、我らがヒノマワリの民を救うため、力を貸していただきたい!」

 

 ハルノミヤまでが頭を下げた。こうなっては、ムー側としてもリアクションを取らねばならないだろう。

 

「承知しました、我々ムー統括軍も、できる限りのことは致しましょう」

 

 頷いたミックが、”青葉”に向き直った。

 

「青葉殿、さっきの作戦…私としては承認します。モンドルキリ中将には、私から連絡しておきます」

「では、ノウ中将には私から伝えておきますね」

 

 “青葉”は即座に頷いた。

 

「それとフレイア殿下、少しお話があるのですが…」

「何ですか?」

「この私、青葉は、ロデニウス連合王国の軍人であると同時に従軍記者、つまりジャーナリストなのです。

殿下のお姉様方には、深い哀悼の意を表します。そしてさっき殿下が語ってくださったヒノマワリ王国の内情と、暗殺事件の件…不謹慎とは存じますが、記事にさせていただけないでしょうか? 

『ペンは剣より強し』と申します。グラ・バルカス帝国の今回の蛮行は、青葉がこのペンで、白日の元に晒します!」

 

 そして戦場のジャーナリストが、その本領を発揮する刻が来る。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 中央暦1643年10月8日、グラ・バルカス帝国領ヒノマワリ州 旧首都ハルナガ京。

 征統府を訪れていたグラ・バルカス帝国外務省のダラスは仕事を終え、宿泊先のホテルへ歩いて向かっていた。ちなみにフレイアの抗議を一蹴したグラ・バルカス帝国の外交官というのは、彼のことである。

 ハルナガ京は首都というのにグラ・バルカス帝国に比べると遙かに明かりが少ない。そのため空気は澄み、星は夜空にちりばめた宝石のように美しかった。さらに今宵は月が明るいため、町は月明かりに照らされている。 

 

「明かりが少なすぎる。これが首都か。

まったく、早く帝都の本省勤務になりたいものだな」

 

 ダラスは呟く。

 ここは戦場の最前線とも言える場所であり、墜とされたバルクルス基地からも近い。

 そのため敵軍の襲撃及び陥落の危険性がある事は本国も承知しているが、ヒノマワリ王国に関する事務が無くなるわけではない。そのため軍関係者だけではなく、帝国から派遣された事務員も未だ多く働いていた。

 

 ダラスは足を止め、征統府の方を振り返る。

 征統府から離れた場所であるが、ここからでもはっきりと見える。王城と見間違うほど立派な建物であり、ヒノマワリ王国における帝国支配の象徴だった。

 

「うむ、やはり帝国はすごい。辺りの建物に対して遙かに重厚で、品がある」

 

 自国の素晴らしさを再認識し、ダラスは笑みを浮かべて征統府を眺める。その瞬間。

 

「え?」

 

 突然青い光が視界の上方で瞬いたかと思うと、目がつぶれそうになるほどの猛烈な光が現れた。

 

「がぁっ!! な……なにっ!?」

 

 ダラスが叫んだ直後、

 

ズガアァァァァァァァン!!!

 

 閃光から少し遅れて、遅れて鼓膜がどうにかなりそうな程の爆発音が響いた。

 

「ああっ!!」

 

 燃える炎に包まれ、征統府の建物が無数の破片となて飛び散り、崩れ落ちる様がはっきりと見えた。

 統治の象徴が、力の象徴が、決して崩れるはずが無いと確信していた建物が、いともあっさりと崩れていく。

 

 先ほどまで残業で、征統府で仕事をしていた。時間が十数分ズレたから助かったものである。

 そして自分も巻き込まれて死ぬかも知れないという恐怖……ダラスの背中に悪寒が走った。しかし、明らかに外敵の攻撃と思われるこの事態は、まだ始まったばかりだった。

 

ズガァァァァン!!

「ああっ!」

 

 今度はダラスのいる場所から東の建物が爆発炎上し、崩れ落ちる。そこには植民地警備部隊……ヒノマワリ王国を統治するための兵の寮があった。それがやられたということは、寝ている間に多くの兵が殺されたということである。

 連続する爆炎、腹の底に響く爆発音、崩れ落ちる建物。そして、その直前に必ず煌めく、謎の青い光。

 町のあちこちに悲鳴が響き、叩き起こされた人々はどこへ行けば良いのかも解らずに逃げ惑う。そんな中、ダラスは気付いた。気付いてしまった。攻撃を受けているのは、いずれも帝国が関係している建物ばかりだということに。

 

「バカなっ! バカなバカなバカなぁ!!」

 

 帝国軍の拠点にあるサーチライトが点灯されたらしく、太い光が空を駆け、対空火砲が火を噴く。発射音と共に夜空に光弾が飛翔するのが見えた。

 第二文明圏と名乗るこの周辺国家の主力兵器であるワイバーンが相手ならば、すぐにでも撃墜できるほどの高火力と索敵能力を、帝国軍は持っている。しかし、敵を見つけることすらできていないようにも見えた。

 逆にまたあの青い閃光が光り、攻撃していた対空火砲はすぐに建物ごと破壊される。サーチライトもあっという間に沈黙させられた。

 謎の攻撃は更に続き、帝国の重要施設がある辺りから連続して閃光が走る。

 いくら月が明るいとはいえ、闇の支配する夜に、肉眼で高空から地上を識別できるはずがない。

 漆黒の夜に、建物だけを遙か高空から精密に射貫くことなど、絶対に出来ない。

 出来るはずがない。帝国の技術者もそう言っていた。

 

 

 だというのに。

 いったい何だこれは。

 

 

 現実を受け入れきれず、ダラスは理解が追いつかなかった。しかし攻撃は止まらない。

 

 

ガァァァァン!

「キャーーーーーー!!」

「わあぁぁぁぁ!」

 

 ダラスが考えを巡らす間も破壊は続き、街は恐怖に包まれた。逃げ惑う人々の中、ダラスも慌てて逃げ出す。

 次々と、まるであらかじめ爆弾でも仕掛けられていたかの如く、ピンポイントで重要施設だけが破壊されていく。

 

「はあっ! はあっ! はあっ!! ハアッ!!」

 

 どこへ向かって走っているのか、自分でも解らない。ただただ、理解の遙か上の兵器を持つ敵が怖かった。

 心の底から震え上がる恐怖。死の可能性というのは、ダラスの想像よりも遙かに恐ろしい。

 もしかすると、敵はグラ・バルカス帝国人だけを狙った攻撃が出来るのかもしれない。自分も今、空から狙われているのかも知れない。

 心臓は破裂しそうなほど鼓動し、息が切れてよだれも垂れる。

 

「お……俺たちは、帝国は、いったい何と戦っているんだぁぁぁ!!」

 

 石ころに躓き、大地に転げながら、ダラスは叫ぶ。

 もう休みたい、倒れてしまいたいと体が訴えるが、恐怖が限界を超えた体を突き動かし、跳ねるように起き上がる。

 土にまみれ、額と鼻から血を流しながら、彼は攻撃から逃れるために森の方向へ走った。

 

 

「よく見えますねー」

 

 夜闇を駆逐せんばかりに何度も煌めく閃光と爆炎を見詰め、”青葉”は呟いた。ロデニウス軍の指揮官ノウ中将がその肩を叩く。

 

「これで敵は全て片付いたように見えるが……そうでもないのか?」

「はい、航空攻撃だけで敵地上戦力を殲滅できたと考えるのは早計です。必ずこちらも地上部隊を投入せねばなりません。

ノウ中将閣下はこのまま、ムー軍と共に歩兵部隊を街に接近させてください。敵の目を引き付ける必要があります。それさえ済ませば、後はこちらで何とかします」

「分かった。貴殿のところの『情報収集部隊』は、リーム国王バンクスの捕縛に大きく貢献したと聴いている。今回もよろしく頼むぞ!」

「お任せを!」

 

 ノウに返事をすると、”青葉”は火災煙によって暗く染まった空を見上げた。

 

(独立第一飛行隊は、上手くやってくれたみたいですね。後は…)

 

 そこへ、彼女の骨伝導イヤホンから静かな声が小さく聴こえる。

 

『こちらリッパー1。リッパー隊全員、配置完了』

『こちらアサシン1、こちらも全員配置につきました。いつでもどうぞ』

『ウォッチャー1より総隊長。市街地内部の敵兵は、その大半が征統府跡地付近に潜んでいる模様。外に出ているのは、橋に向かっている複数の分隊規模の歩兵のみ。それと、少数の敵部隊が市街地東門付近にて活動中、民家を徴用し機関銃を設置して迎撃準備をしているものと思われる。なお敵は夜陰に紛れる服装をしており、身のこなしから見ても我々の同業者と思われる』

「特殊部隊がいるってことですか…厄介ですねぇ」

 

 呟いて、”青葉”は味方の戦力展開図を確認した。

 

「東門に予備兵力を回しましょう。メイス隊に東門の敵兵掃討を命令します。攻撃開始まであと30分しかないので、急いでください」

『メイス1ラジャー。これより目標の位置を確認し降下する』

『こちらリッパー4。倉庫に偽装された航空機格納庫を発見、レシプロ機が1機格納されている。形状から考えて、我が方の彩雲と同じ高速機である模様。他に車道に偽装された滑走路も確認。とりあえず機体の主脚をHC-4で吹っ飛ばしておいた』

「了解。敵の退路を断ちつつ作戦に取り掛かってください。リッパーは敵拠点の残存兵力を制圧、アサシンは橋に向かっている敵工作部隊の排除を頼みます」

『リッパー、了解』

『アサシン了解』

 

 実は、今ハルナガ京市街地で起きているのは全てロデニウス軍の攻撃である。独立第一飛行隊が保有している「ハウニブ」のうち、KSK砲を搭載するII型からIV型までの大半を投入して、KSK砲の砲撃により敵拠点と迎撃機構を破壊したのだ。その後特殊作戦に当たる歩兵隊を投入し、敵残存戦力を掃討。そして、ムー陸軍・ロデニウス陸軍の主力部隊を投じて市街地を完全に抑え、ヒノマワリ解放宣言へと繋げる予定である。

 

(さて、勝負です。そちらの特殊部隊とこちらの「情報収集部隊」、果たしてどちらが精鋭でしょうかね?)

 

 ハルナガ市街地を照らす火災炎に照らされ、”青葉”の口元に獰猛な笑みが浮かんだ。その時、急に夜空に白い光が灯る。

 

(信号弾…数は5発。何らかの合図でしょうね。大方、こちらの主力部隊の侵攻に備えろ、という合図でしょう。

残念ながら、その背中がお留守なんですがね!)

 

 “青葉”の笑みが深くなる。それは、獲物を見出した狼そのものの笑みだった。

 

 

 ハルナガ京の東門付近に展開していたのは、グラ・バルカス帝国の「シーン暗殺部隊」だった。

 この部隊は部隊長シーンの名を冠しており、暗殺部隊としての成功率は極めて高く、帝国本国の評価もすこぶる高い。音も無く忍び寄り暗殺することもあれば、重兵器を操り殲滅することもある。

 単刀直入な部隊名であるが、ヒノマワリ王国において特殊作戦全般を行う実力行使部隊であり、通常の陸軍歩兵に比べて遙かに強靱な精神と肉体を持っていた。

 

「第1遊撃隊配置完了!」

「重機関銃1から15、配置完了」

 

 この部隊は東門周辺の民家を徴用し、屋上には重機関銃を配置していた。

 敵の空爆から逃れるために空から見えぬよう、袋を被って闇夜に紛れる服を着た兵が配置につく。

 小型の迫撃砲(いわゆる擲弾筒)も持ち出し、効率的に配置した。

 

「来るなら来やがれ!!」

 

 暗殺部隊の副部隊長フル・ハートは、部下の練度に絶対の自信を持つ。

 敵の攻撃は狙いこそ正確であるものの、投射量が少ない。

 

 ムーは手強いが、この配置ならば大半の蛮族どもの大軍でさえも防げるはず。

 警戒するべきは敵特殊部隊だが、この重機関銃や迫撃砲、擲弾筒の配置、そして備え付けられた爆弾。これだけの装備なら、対抗は可能だろう。

 元々あった帝国の施設には兵器を配置せず、民家のみに配置しているため、敵に事前情報はないはずである。現に攻撃も受けていない。

 かつて、ケイン神王国の大軍を少数精鋭で足止めしたとされる作戦を、彼等は実践していた。

 

「フアッハー……我が軍は完璧だ!!」

 

 懸念すべきは敵が東門周辺を絨毯爆撃してきた場合、及び主力部隊の侵攻であるが、その場合は建物を爆破して瓦礫の山を築き、後退しつつ次の作戦に備えるしかない。

 

「フル・ハート副部隊長殿、民間人は東へ追い出して本当に良かったのでしょうか?」

 

 帝国軍は付近の民家からヒノマワリ王国人を追い出していた。追い出した民間人は東方向、つまり制統府から遠い方向へ追い出していた。

 

「奴らは戦場では邪魔だ。そして帝国に降っている国の奴らに人質の価値もない。食料の確保も問題だしな。

唯一使えるのは、敵の来る方向に追い出し、特殊部隊もしくは大軍を前に逃げ惑うことだ。敵将によっては容赦なく殺されるだろうが、敵は弾を無駄に消費することになる。

属国の民がいくら死のうが全く問題ない」

「おおぉぉぉ、さすがはフル・ハート副隊長、そこまで思い至りませんでした」 

 

 王国の要人を暗殺し、ヒノマワリ王国第3王女フレイア邸宅での暗殺を指揮した彼等は負けたことがなかった。

 不敗が自信を加速させる。

 

「シーン暗殺部隊は不敗をこれからも貫いていくであろう!!!」

 

 彼等の士気は上がり続ける。決して負けることはないと、確信しそうになるほどに。

 

「敵部隊接近、本格侵攻に先立つ先行部隊と思われます」

 

 部下から報告が入る。双眼鏡で確認すると、確かにそれなりの規模の歩兵が闇を縫って接近していた。

 

「馬鹿め、自ら死にに来るとは」

 

 フル・ハートは暗い笑みを浮かべた。

 あと少しで、敵がこちらの射程に入る。

 重機関銃陣地はどれも、敵をしっかりと狙っているはずだ。

 

「敵部隊、射程に入ります!」

「攻撃開始!」

 

 フル・ハートは命じた。……しかし。

 

「!?」

 

 どの機関銃陣地も、攻撃を始めない。

 

「どうし…!」

 

 そう言いかけた瞬間、フル・ハートは後方で人の気配を察知した。反射的に腰の拳銃に手を伸ばしたが、それよりも早く背後から伸びた手がフル・ハートの口を塞ぐ。直後、すぱりと鋭い感触がフル・ハートの喉に走った。

 

「!!!!」

 

 声が出ない。足に力が入らない。

 体温が急速に失われ、喉元から鉄の味が湧き上がってくる。

 

(嘘、だ…いつの、間、に……)

 

 酸欠に掠れる思考、フル・ハートが考えられたのはそれだけだった。

 床に転がされたフル・ハートを一瞥し、全身を真っ黒に固めた人物が口元に手をやる。

 

「こちらメイス5。敵陣地クリア、3人殺った」

 

 そう、「情報収集部隊」である。妖精さんのミニサイズを活かしてシーン暗殺部隊の拠点に侵入し、瞬く間に暗殺・制圧していったのだ。

 もう機関銃陣地も擲弾筒も、1発も火を噴くことはない。

 

『メイス1より各員、よくやった。客人が来るぞ、最後まで気を抜かずに警備しろ』

 

 

 一方その頃、ヒノマワリ州征統府の統治軍地下司令室は、混乱状態に陥っていた。

 

「シーン暗殺部隊、通信途絶! 誰とも通信が繋がりません!」

「第6工兵分隊、敵襲を匂わせる通信の後に消息不明!」

「第8工兵分隊、『敵襲』という言葉を残して通信途絶しました!」

「くそっ、いったい何が…!」

 

 副主任のジャギーナが卒倒しかけながらも指揮を執っている。ちなみに主任のオル・ブーツはどうしたのかというと、あろうことか攻撃が始まった直後に逃げ出してしまった。敵前逃亡で極刑にしてやりたいところだが、それどころではない。

 あの空からの攻撃の後、爆発音はおろか銃声の1発も聞こえなくなった。それなのに味方は次々と通信不能になっており、明らかに敵の特殊部隊が浸透してきている。

 もしかすると、もう間近まで迫っているのかもしれない。

 

(まさか、これほどの強敵が襲ってくるとは……ぐうっ! ついてない…!)

 

 ジャギーナがそう考えた時、部屋の外から微かに銃声が響いてきた。それも、これまで全く聴いたことがないものだ。

 間違いなく、敵はすぐそこまで迫っている。

 

(怖い…怖い…! だが、やるしかない…!)

 

 震える手で、ジャギーナは拳銃の撃鉄を起こした。指令室にいた部下たちも、死の覚悟を決めた顔で拳銃を手にする。

 ドアの外で人の気配を感じる。ドアが開かれたその瞬間に、これを撃ち込んでやる。

 

バン!

 

 ドアが開かれた。

 

パパパンッ!

 

 重なる拳銃の銃声。それを割るように投げ込まれた、石のような黒い物体。

 

「手榴弾!」

 

 悲鳴のような部下の声。続いて、バァァン!!という破裂音。

 

「「「ぎゃあああああ!!!」」」

 

 ジャギーナと部下たちは、突然の白い強烈な光に目を焼かれ、拳銃を落として床を転げ回る。

 耳鳴りがひどく、視界も白で埋め尽くされた。何も見えない、何も聞こえない。

 不意に、ドンと胸を蹴られた。いや、押さえつけられた、という方が正しい。

 

「!」

 

 ようやく回復してきた視界の中にあるものを見つけ、ジャギーナは固まった。

 自身の額にピッタリ向けられた、黒い銃口。それを構える人間は、全身を真っ黒に固めており、顔もマスクで隠している。

 

「動くな。指一本でも動かせば、命はない」

 

 低い声で、その人物は告げた。

 

「今すぐ降伏しろ」

「これまでか…降伏する。撃たないでくれ…」

 

 後刻、ジャギーナと部下たちは第二文明圏連合軍本隊に身柄を引き渡された。

 こうして、ヒノマワリ王国は独立を取り戻したのだった。

 

 

「ふー、どうやら終わりましたねぇ」

 

 朝日が照らすハルナガ市街地を眺めながら、”青葉”はひとりごちた。

 

(ま、私の戦いはこれからなんですけどね!)

 

 昨夜のうちに、グラ・バルカス帝国勢力の大半が掃討されており、今は残敵掃討の段階である。ちなみに偽装格納庫に駆け込んできた「征統府主任」なる人物も取り押さえる事に成功し、機体は今後ムーの基地に運ばれて解析されるそうである。

 既にハルナガ市街地には第二文明圏連合軍が入城しており、ヒノマワリ王国民から歓喜の声をもって迎えられている。

 これからが、ジャーナリストとしての”青葉”の戦いである。ヒノマワリの民間人へのインタビュー、各地の写真撮影といった取材活動。それが終わったと思ったら、息つく暇もなく記事のプロット構成から校正。そして報道。やることは多い。

 それに、敵の征統府を占領した時に押収した書類なども解読しなければならない。

 

「青葉総隊長! 見つけました、参考図書です!」

 

 そこへ妖精が、大きな段ボール箱を抱えてやってくる。

 

「参考図書?」

「はい。以前に提督に言われたんですよね? 『グラ・バルカス帝国で使われている教科書が欲しい』って。

ハルナガの近くにたまたま放棄された学校があって、そこからかっぱらってきました!」

「おー! ありがとうございます!」

 

 ウキウキした様子で”青葉”が段ボールを開ける。中に入っていたのは、雑多なプリント類の他に、国語、算数、理科、社会の教科書。それから、社会や理科で使われるらしい資料集らしきもの。そして、役所から発布されているらしい「教育綱要」なる書物。

 

「むっほー、お宝の山じゃないですか! グッジョブです!」

「教科書やプリントの内容からして、どうやら小学校らしいですがね。でもまあ、初等教育は全ての学校教育の大元になるものですし、これを押さえられたのは大きいでしょう!

資料の一部は既にタウイタウイに向けて発送しており、今後情報局本部などで解析に当たります!」

「よろしくお願いしますね! さあ、これからが私たちの出番ですよ!」

 

 王城のてっぺんにはためくヒノマワリ国旗に向け、”青葉”は相棒の一眼レフを構えてシャッターを切った。




はい、何とかヒノマワリ解放は成功しました。
特殊部隊同士の戦闘は、青葉情報局の「情報収集部隊」に軍配が上がることに。まあ無理もないですね、あの妖精さんのミニサイズで浸透できるとあっては、探知は極めて困難です。
そしてジャーナリスト魂を燃やす"青葉"…いったいどんな記事をぶち上げてくれるやら。


次回予告。

旧ヒノマワリ王国解放に成功し、勢いに乗る第二文明圏連合軍・中央軍集団。その一方、ムー大陸南部に派遣されたグラ・バルカス帝国のとある看護師は、膨大かつ過酷な仕事に直面していた…
次回「南部戦線異常あり」
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