鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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今回は、ムー大陸南部及び西部が物語の舞台となります。
それと、ちょっとしたおまけ。



191. 南部戦線異常あり

 中央暦1643年10月14日、グラ・バルカス帝国領レイフォル州南部。

 複数の車輌が列を組み、土埃を上げて南へと向かっていた。軍用トラック5台、装甲車2輌、戦車1輌からなる車隊である。

 これは、グラ・バルカス帝国陸軍の補給隊だった。ちょっとした物資と医薬品・医療器具を輸送しており、それに前線の野戦病院に着任する従軍看護婦たち14人が便乗している。装甲車2輌に分乗した1個小隊規模の兵士と2号軽戦車シェイファーⅡは、その護衛だ。

 

 従軍看護婦たちは、年齢にしておよそ30代から40代くらいといったところ。しかし、その中に1人だけ、明らかに20代くらいの若い女性がいた。どこか緊張した面持ちで、流れていく景色を眺めている。

 彼女の名は、マキ・デルフィーノ。23歳という、従軍看護婦としてはそこそこ若い年齢で、彼女はこの地を踏んでいた。

 マキはもともと、本土の医学校で看護学を学んでいた。卒業後、本土の病院で1年間勤務していたが、経験をもっと積み、どんな過酷な環境でも患者の支えになれるようになりたいと思った。そこで、病院が軍にコネを持っているのを利用して、従軍看護婦に転職したのである。

 軍としては、従軍看護婦が増えること自体は歓迎であった。ただ、こんな若い女性を激戦区の野戦病院に送り込むのは渋った。

 野戦病院というものは、通常の病院とは訳が違う。急造であることが多いため、病院が設置される場所は木造とかの急(ごしら)えのバラック、何なら洞窟の中なんてこともあり得る。つまり、衛生環境がよろしくないことが多く、また医薬品等も限りがあることが多い。

 そして運ばれてくる患者は、基本的に戦場で負傷した者ばかりである。銃弾が身体にめり込むくらいならまだしも、敵の砲弾の炸裂で手足を吹っ飛ばされたなんて人が担ぎ込まれることもあり得る。

 このため、そんな修羅場にうら若き乙女を送り込むのはどうかという意見が出て、その結果としてマキが派遣されたのはナルガ戦線の南部管区だった。ちなみにナルガ戦線というのは、グラ・バルカス帝国側のムー大陸戦線の呼称である。

 ナルガ戦線の南部管区といえば、相手となるのはソナル王国やらニグラート連合やらマギカライヒ共同体やらいう国家群だ。そしていずれの国も、グラ・バルカス帝国より遥かに遅れた技術しか有していない。従って、ここならそんな重傷患者が発生する可能性は低いとされ、特に問題はないだろうと判断されたのだった。

 

 トラックの揺れに身を任せながら、マキは出立前に軍の人から言われたことを思い出していた。レイフォリアの基地を出立する前、その軍人はこのように話していた。

 

『ここから南の戦線の相手は、我が帝国より遥かに遅れた野蛮人ばかりだ。だから、重傷患者どころか負傷者の数そのものが少ないと思うよ。ま、君は野戦病院は初めてらしいし、実習の続きってつもりで肩の力を抜いてやってきな』

 

「そんなの、望んでないのに……」

 

 トラックのエンジン音に紛れたマキの呟きには、不満の色がありありと見てとれた。

 彼女が欲していたのは、学校で学んだ知識を実務に昇華させるための「経験」だ。そのためにわざわざ野戦病院勤務を志願したというのに、いわば「ぬるま湯」のような現場に送られることになったのである。一刻を争うほど重傷の患者が何人も運び込まれ、そんな中でも自身の技術や知識を確かなものにしていきたかった彼女にとって、……声を大にしては言えないが……今回の軍の配慮は、ありがた迷惑でしかなかった。

 

(でも、一応戦場には送ってくれたんだし、これはこれで頑張らなきゃ…)

 

 マキがそう考えた、その瞬間のことだった。

 いきなり彼女たちの身体に、強烈な慣性がかかった。それと同時に、キキーッというブレーキ音が響く。

 

「「「きゃあああ!」」」

 

 トラックの荷台に、転倒した看護師たちの悲鳴が満ちた。

 完全にバランスを崩して床に転がったマキが、いったい何事かと起き上がった時、切迫した兵士の叫びが聞こえてきた。

 

「敵襲! 敵襲ーっ!」

「敵機だ! 空から来るぞ!」

 

(………?)

 

 マキにはいまいちピンとこなかった。それはそうだろう、今まで彼女は絶対安全を信じられる領域にしかいなかったのだから。

 だが、トラックに駆け寄ってきて叫んだ兵士により、マキはようやく現実を理解した。

 

「荷物を降ろせ、早く! 敵機が来る!」

 

 やっと現実を理解した看護婦たちが、慌てて動き出す。トラックから飛び降りると、積載されていた物資……特に医薬品や包帯などが詰まった箱を急いで降ろし始めた。

 自らも作業に加わり、麻酔薬の入った箱を胸に抱えて走りだそうとした時、マキは妙な音を聞いた。

 

ゴオオオオオオ……

 

 聞いたことのない重低音だ。音はだんだん大きくなり、明らかにこちらへ近付いてきている。

 音のする方角に視線を投げかけ、マキは目を見張った。翼を広げた影が3つ、こちらへ突っ込んでくる。紛れもない航空機だ。だが、主翼下部に何かの円筒を吊り下げ、金属音混じりの異様な轟音を立てるそれは、明らかに自国の機体ではない。

 

「マキ! 早く……早くっ!」

 

 知り合ったばかりの先輩看護婦レクシア・リスターの叫びでマキは我に返り、道路脇の茂みに向かって必死に走る。シェイファーⅡ軽戦車や装甲車は、車載機関銃の銃身を空に向けて撃ちまくっているが、敵機に命中した様子がない。

 息せききってマキが茂みにたどり着き、身体を投げ出すようにして茂みに飛び込んだ瞬間、

 

ドガアァァァァン!!

 

 彼女の背後で、紅蓮の炎が弾けた。敵機が投下した爆弾が炸裂し、乗り捨てられた車輌がそれに巻き込まれたのだ。

 茂みに飛び込んだ直後だったため、マキは現場を見られなかったが、マキに手を振っていたレクシアはその瞬間をはっきりと見た。

 異様な高音混じりの重低音を響かせながら敵機が頭上を通過した瞬間、投下された爆弾が空中で分裂したように見えた。その分裂した爆弾は広範囲に散らばるように落下し、炸裂によって生じた炎が瞬く間にトラックの車列を飲み込んでしまったのである。

 その直後、応戦していた2輌の装甲車がほぼ同時に、残りの敵機が投下した爆弾を喰らい、周辺で応戦していた兵士たちも巻き込まれた。黒煙と土煙の狂騒が一通り収まった時には、装甲車は全体を炎に包まれ、トラックは見るも無残に破壊されている。トラックから降ろしきれなかった物資も、おそらくあの炎の中で役に立たない燃えかすと変わったにちがいない。兵士たちは……考えるまでもないだろう。

 

「トラックが……!」

 

 レクシアの悲鳴を聞きながら、マキは後ろを振り返って唖然としていた。トラックが破壊されたのもさることながら、こんな場所で空襲を受けたこと自体が彼女にとっては衝撃的だった。

 ここに来る前に聞いた、兵士たちの会話を思い出す。

 

『向こうは技術の遅れた連中ばっかりだから、怪我人もあまり出ないと思う』

 

「これのどこが……技術遅れ……?」

 

 思わず口から漏れた言葉は、マキの心情を端的に表していた。

 

 

 それは、グラ・バルカス帝国にはまだ発想くらいしかない兵器を用いて行われた攻撃だった。

 この時、マキたちが便乗していた補給隊を攻撃したのは、ロデニウス海軍第13艦隊第五航空戦隊所属・空母「(しょう)(かく)」から発進した「(ふん)(しき)(けい)(うん)(かい)」だった。そう、ジェット機だったのである。マキが「異形」と評するのも無理のない話であった。何せグラ・バルカス帝国では、ジェット機は未だ構想段階の兵器でしかなく、作られてすらいないのだから。

 そして、その「噴式景雲改」が抱えていた爆弾は「三号爆弾」である。これは「親子爆弾」と呼ばれ、空中で分解して子弾を撒き散らし、広範囲を攻撃する対地攻撃用爆弾……現代風の言い方をすると「クラスター爆弾」である。こちらは、グラ・バルカス帝国では構想段階にすらない種類の兵器であった。

 

 

 あまりにも突然の、そして予想外の敵襲に、マキたちは完全に呆然としていた。

 そこへ再び、あの轟音が聞こえてくる。爆弾を投下した敵機が反転し、戻ってきたのだ。

 先の爆撃を生き延びていたシェイファーⅡ軽戦車が、砲塔背面の7.7㎜機銃で応戦する。しかし、何発もの曳光弾が空へと昇っていくが、当たらない。

 

ドドドドドドッ!

 

 逆に、舞い降りてきた敵機の機首に強烈なフラッシュが煌めき、撃ち下ろされた太い火箭がシェイファーⅡに突き刺さった。一瞬で蜂の巣にされたシェイファーⅡは動きを止め、激しく炎上し始めた。破壊されたのは、誰の目にも明らかだ。

 マキたちは知る由もなかったが、この時発射されたのは、「噴式景雲改」の機首に搭載されていた2丁の「五式30㎜固定機銃」である。「秋水」や「震電」の武装となる機銃で、薄い装甲しか持たないシェイファーⅡにとっては致命傷待った無しの凶悪な武装であった。

 さらに、2機目、3機目が地上すれすれに降下し、機首の機銃を発射する。残っていた最後のトラックが断末魔めいた轟音と共に爆発し、小銃を空に向けて必死の形相で撃っていた兵士は、機銃弾の直撃を受けるや一瞬で消し飛ぶ。地獄のような光景がそこにあった。

 

「「「………」」」

 

 戦場の現実を思い知らされ、愕然としているマキたち従軍看護婦を尻目に、3機の敵機は悠々と引き上げていった。

 

 

 そう、実はマキが得ていた情報に重大な誤りがあったのだ。

 グラ・バルカス帝国領レイフォル州から見て南にある国といえば、ソナル王国、ニグラート連合、マギカライヒ共同体の3ヶ国である。このうち、レイフォル州と直接国境を接するのはソナル王国のみである。

 これら3ヶ国の軍事技術・軍事力は、いずれもグラ・バルカス帝国にとって取るに足らないものであり、その点においてはマキが得た情報は間違っていなかった。ただ……ソナル王国にロデニウス連合王国軍と神聖ミリシアル帝国軍が展開している、という情報が抜けていたのである。

 ロデニウス連合王国軍というのは、ロデニウス陸軍第13軍団のことである。この第13軍団は、第13歩兵師団の妖精歩兵2万名、第13砲兵師団、第13装甲師団、戦車第11連隊、第888重戦車小隊などからなる。そしてこの部隊の装備、特に砲兵師団と戦車部隊の装備が、大変なことになっていたのである。

 砲兵師団が扱う大砲自体は、グラ・バルカス帝国陸軍の重カノン砲と同口径である……が、対砲レーダーを装備している上に優れた通信連携術と練度によってToT射撃(Time on Target、複数の砲兵隊がバラバラのタイミングで発砲し、狙った目標に同時に命中させる射撃術)を可能とする。そのため、グラ・バルカス帝国軍の重砲部隊よりも効率的な攻撃が可能なのだ。

 そして装甲部隊であるが……装備する戦車を順番に挙げてみよう。

 

《第13装甲師団の装備》

・Ⅳ号戦車H型

・Ⅴ号戦車パンターG型改

・Ⅳ号突撃戦車ブルムベア改

・ヴィルベルヴィント対空戦車

・クーゲルブリッツ対空戦車

 

《戦車第11連隊の装備》

・九五式軽戦車ハ号

・九七式中戦車チハ(ロケット弾装備のGS型を含む)

 

《第888重戦車小隊の装備》

・Ⅵ号戦車E型 ティーガーⅠ

 

 もう笑うしかない。

 グラ・バルカス帝国の戦車は2号軽戦車シェイファーⅡ(九五式軽戦車ハ号に相当)に2号中戦車ハウンドⅠ・Ⅱ(九七式中戦車チハに相当)なのだが……そんなものでⅣ号だのパンターだのティーガーだのに勝てるのか、と問われると、単純性能では絶対に勝てない。特にパンターとティーガーが強力すぎる。

 しかも、第13装甲師団と第888重戦車小隊の面々は、練度が高すぎる。第13装甲師団の指揮官が陸軍妖精"ハインツ・グデーリアン"、第888重戦車小隊長が陸軍妖精"ミハエル・ヴィットマン"、その副隊長が陸軍妖精"クルト・クニスペル"だといえば、察しがつくだろう。

 そういうわけで、グラ・バルカス帝国の戦車より強力な戦車を、ロデニウス軍は配備しているのだ。

 

 そして……このロデニウス軍やミリシアル軍を中心とした第二文明圏連合軍は、レイフォル州への反攻作戦に積極的に参加していたのである。このため、ナルガ戦線南部管区に配置されたグラ・バルカス帝国陸軍は、想定を遥かに超える強敵と戦う羽目になっていたのだった。

 

 

 空襲を無事切り抜けはしたものの、トラックという足を失ったマキたちは、荷物を抱えて歩く羽目になった。幸い途中で別の軍の部隊と合流したため、そちらのトラックに便乗して基地へとたどり着く。

 が、着いたところで早くも試練に直面した。

 

「ここが私たちの赴任先……だったはずだ……」

 

 マキたちを率いてきた軍医の声は、途中で尻すぼみになった。まあ無理もない。

 彼女たちの視線の先にあったのは、焼け焦げてバラバラにされた大きな木造のバラック。隅の柱などが辛うじて残っていたことから、そこに建物があったとギリギリ窺い知ることができる程度だ。

 煙を上げる瓦礫の山を兵士たちがかき分け、生き埋めになった同胞を探している。

 

「お前たち、いいところに来てくれたな!

野戦病院が敵の空襲でやられちまって、医者も看護婦も全滅だ! 手を貸せ!」

 

 兵士の1人の叫びに、マキたちは慌てて動き出した。近くのテントを借りて物資の保管場所を作り、何とか患者の診察準備を整える。

 開設した直後から運ばれてくるのは、いずれも重傷者ばかり……中には内臓がまろび出ており、素人が見ても長くないと分かる者すらいる。患者たちはその重傷度に関係なく、次々と近くの洞窟に設けられた臨時野戦病院に担ぎ込まれていく……ただし、虫の息になっていて助けようがない者を除いて。

 望み通りに「実践の機会」をたっぷりと与えられたマキは、1人の兵士の右腕に必死で包帯を巻き付けていた。敵戦車の砲弾の至近弾を受けたというその兵士は、右腕に砲弾の破片やら石つぶてやらが多数めり込んでいた。その処置が終われば、今度は手術を手伝わねばならない。

 地獄のような忙しさの中で、マキは途切れ途切れに考える。

 

(いったい…どうなってるの…? この戦争…楽に終わるものじゃ…なかったの…?)

 

 彼女の疑問に答える者はいなかった。

 

 

 さてここで、ロデニウス連合王国軍や第二文明圏連合軍と共に戦っている神聖ミリシアル帝国陸軍の様子を見てみよう。

 

「何とか退けたか……」

 

 嗅覚が麻痺するほど濃厚な戦場臭…それは硝煙の香り4割、火災による焦げた臭い6割から成っていた…が立ち込める中、神聖ミリシアル帝国陸軍第6師団・第633自走魔導砲大隊の隊長ブラッド・スペリアー大佐は、ため息混じりにそう呟いた。そこに、部下から報告が上がってくる。

 

「ニグラート連合やソナル王国の軍から魔信が届いています。いずれも我が軍の奮戦に感謝する旨を伝えてきております」

 

 本来喜ぶべきはずの報告だが、それを伝える部下の声はやや沈んでいる。表情も決して、喜んでいるようなものではない。

 報告を受けるブラッドも、どこか悔しげな口調で答えた。

 

「そうか……こんな悪戦苦闘に、感謝もへったくれもないだろうに」

 

 実は第633自走魔導砲大隊は、ついさっきまでグラ・バルカス帝国軍と戦っていたのだ。それも敵を圧倒するような戦いぶりではなく、むしろ苦戦を強いられたのである。これでは世界最強の名などあったものではない、とブラッドたちは考えていた。

 ここで、神聖ミリシアル帝国の自走魔導砲が如何なるものであるか、紹介せねばなるまい。現用のミリシアルの自走魔導砲「メルベリウス2」は、冗談でも何でもなくアリのような形をしている。戦場の地面はデコボコに荒れていることが多いため、その地形に対応しようとした結果、なんとアリのような6本脚の多脚車輌になってしまったのだ。この多脚方式は、設計通りに悪路の走破能力を与えてくれた一方で、故障率の高さと最低の乗り心地という決して小さくないデメリットを生んでいた。

 「メルベリウス2」の武装は、戦闘室前面に固定された30口径144㎜魔導砲。徹甲弾はないものの、その威力と20㎞近い射程距離は決して侮れるものではない。ただ、重量物を搭載しながら高速で走れるだけのパワフルな魔導エンジンがないのと、敵から攻撃されることを前提としていないため、「メルベリウス2」の装甲は九七式中戦車チハよりやや薄い程度しかない。

 

 第633自走魔導砲大隊は、この「メルベリウス2」を80輌装備しており、その状態でムー大陸に派遣されていた。だが、その部隊編成の威光は今や見る影もない。

 ブラッドの周囲では、撃破されたグラ・バルカス帝国の「2号軽戦車シェイファーⅡ」や自国の「メルベリウス2」が、黒煙や炎を噴き上げる骸となって転がっている。その数は敵味方を合わせてざっと50輌前後。そのうち4分の1ほどが、「メルベリウス2」だ。

 

 ムー大陸における総反攻作戦「バグラチオ作戦」が始まって以降、神聖ミリシアル帝国陸軍は「南方軍集団」の主力の一翼としてグラ・バルカス帝国軍と戦ってきた。だが、作戦そのものは比較的順調に進んでいるものの、ミリシアル軍の戦いぶりは決して目覚ましいものではなかった。

 第633自走魔導砲大隊の場合、グラ・バルカス帝国軍の防衛線に向けて榴弾を撃ち込み、進軍できなくなった味方を支援していたのだが、戦場を迂回してきたグラ・バルカス戦車隊の奇襲を受けてしまったのだ。自走砲という兵器は、強力な大口径砲を搭載している一方で、回転砲塔を持たないため奇襲攻撃に弱い。その弱点がもろに露呈してしまう形となった。

 ミリシアル陸軍の主力を担う歩兵部隊は、2足歩行の魔導ゴーレムという機甲戦力を伴っていたものの、グラ・バルカス帝国軍の対戦車砲や高射砲で次々と破壊された。さらに、ゴーレムの操縦に当たる魔導士(ゴーレムより少し後方にいる)が狙撃でやられるなどの事態も重なり、ムー大陸南部戦線でグラ・バルカス帝国軍と戦ったミリシアル陸軍主力は身動きが取れなくなってしまった。しかも支援するはずの自走魔導砲はグ帝の戦車隊の奇襲で混乱しており、ミリシアル陸軍はかなり危機的な状況に陥った。

 最終的には、ミリシアル艦隊とロデニウス艦隊から発進した母艦航空隊が相次いで駆けつけたことで難を凌いだものの、この方面のミリシアル陸軍は歩兵1個師団の再編成が必要な状態となり、自走魔導砲大隊も夥しい数の被害車輌を出した。完全に撃破されたものは12輌だったが、脚が壊れて動けなくなり放棄を余儀なくされた物を数えると、大隊の4割近くがやられている。軽視できる被害ではなかった。

 

 

「レイフォリアまであと1,200㎞……それだけの距離を進軍する間に、どれだけの被害が出るやら…」

 

 ブラッドの苦悩は続く。

 

 

 ちなみにであるが、南方軍集団は大まかに2つの進軍ルートを取っている。艦隊からの支援を受けやすい海側のルートをミリシアル・ニグラートの部隊が進軍し、内陸部はロデニウス・ソナル・マギカライヒの各陸軍が受け持っているのだ。それらの部隊に対して、ミリシアル・ロデニウス艦隊の母艦航空隊と、ロデニウス陸軍及び海軍の近接航空支援部隊、そして各国の竜騎士団が航空支援を行っている。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その頃、パガンダ島に停泊する第14.2任務群 旗艦「(なが)()」長官公室にて。

 

「ふーむ……」

 

 机に幾つかの書物をぶちまけ、(さかい)が唸っている。それらの書物の表紙には、キリル文字に似た文字が書かれており、その隣に「国語」「算数」などの日本語が書かれてある。そして、堺が手にしている本には、「余が戦争」という訳語が振られていた。

 それらは、グラ・バルカス帝国の初等教育機関で使われている教科書だった。いずれも、以前ハルナガ京を解放した時に手に入れたものである。「余が戦争」だけは明らかに中等教育、もしくは高等教育レベルの書物であるが、どうやら教員の私物もしくは参考資料として置かれていたらしい。

 本来はキリル文字に似た文字しか書かれていないはずであるが、"吹雪(ふぶき)"と"Βерный(ヴェールヌイ)"や青葉情報局の妖精さんたちが和訳した結果、ルビが振られている。

 

「こいつがお相手さんの思想か……」

 

 興味深そうに堺は呟いた。

 

「典型的な帝国主義的思想だな。というかこれ、他国の支配に関しては理論に大穴が開いてないか?」

 

 文章に赤ペンでアンダーラインを引き、その部分を白紙に書き写して解釈していく。

 

「やっぱそうだよな…。これ、他国を支配するのは百歩譲ってまだ良いとして、資源を吸い上げきってしまった後のことが全く想定されてないじゃないか。これじゃ、大赤字からの国家財政破綻は免れんな」

 

 解釈した内容を白紙に書き出し、堺は思わずツッコミを入れた。

 それから今度は、植民地支配の方法論にダメ出しを入れ始める。

 

「おいおい、これ軍事力だけで植民地を抑えようとしてんのか? パーパルディアとなーんにも変わりゃしねえじゃねぇか。

19世紀大英帝国の統治の方がマシじゃねーのかコレ」

 

 大英帝国の植民地支配も確かに苛烈なものであったが、その一方で"飴と鞭"の「飴」も存在していた。例えば、一時期のカリブ海植民地は、砂糖の保護貿易によって得た豊富な資金を背景に、イギリス本国の議会に対して一定の発言力を持っていたことが知られている。

 だが、堺が解釈した限り、グラ・バルカス帝国の植民地支配政策はひたすらに「鞭」しかないのである。

 

「こりゃ空中分解確定だな。少なくとも、連中の世界征服は国家体制の空中分解には間に合いそうにない。本国破れて植民地あり、ってのがなんとも皮肉だな」

 

 真顔でツッコミを入れながら、「余が戦争」のページをめくっていく。

 

「《真の平和を望むなら、圧倒的な力で各国家を統治する必要がある。しかし、同一の支配方法では、各国の民度によって植民地となった国に混乱を与える事例が散見されるため、各土地に合った統治方法を認めた上で圧倒的な力で管理することが必要である》……アホ抜かせ」

 

 グラ・バルカス人が聴いたら激怒すること必至なツッコミが突き刺さった。

 「アホ抜かせ」とは、「阿呆なことを言うな」という意味である。

 

「征服と植民地化なんて方法は、怨み辛み以外何も生まねーわ。だいたい戦争を仕掛けてきておいて、なーにが世界平和だ図々しい。

真の平和っつーもんは、必要なだけの時間をかけて行われた対話と、その結果としての相互理解、そして相互尊重の意志の先にしか存在しねぇんだよ」

 

 「余が戦争」を机に放り出し、堺は天井を見上げながらため息を吐いた。

 

(こりゃあ、戦争が終わった後でグラ・バルカス帝国の教育体制を抜本的に何とかしなきゃならなさそうだな。…ま、今はそんなこと考えても仕方ない。

それより……)

 

 思考の海に沈む堺。

 

(まずいな、小学生レベルの教科書にも関わらず、かなり強い愛国教育や選民思想がありありと窺える。小学生の時点で既にこんな教育をしているとなると、中等~高等教育課程が終わった暁にはバキバキの愛国者が大量発生しているはずだ)

 

 一応警告しておくが、間違っても「愛国者」と書いて「ただのカカシ」と読む種のものではない。本物の愛国主義者である。

 

(これはいかん……もし戦況がグラ・バルカス帝国にとって不利なものになってきた時、奴らがアレをやってくる可能性がある、というか高そうだ…。アレの衝撃は、並大抵のものじゃない……下手すると艦娘たちや妖精たちがPTSDに苦しむ羽目になる…! それだけは防がなければ…何か手を考えないと……)

 

 堺の悩みの種も、なかなか尽きないのであった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 堺がグラ・バルカス帝国の植民地政策に人知れずダメ出しを喰らわせ続けていたその頃、第二文明圏一帯には激震が走っていた。独立を果たしたばかりのヒノマワリ王国はもちろん、ムー国やニグラート連合、マギカライヒ共同体、ソナル王国などに、ニュースが一斉に広められていたのだ。それはまさに、「悪事千里を走る」という言葉がぴったりの速度であった。

 

「グラ・バルカス帝国と最前線で戦う第二文明圏連合軍の従軍記者から、とんでもないニュースを仕入れたよー!

こんなことが許されて良いのか! グラ・バルカス帝国の蛮行の全貌は、この"青葉新報"の中にある!! 知りたきゃ買っていってくれ、情報料はたった100ムルで良いからよ!」

「こっちはムー国の大衆紙『オタハイト・タイムズ』だ! ヒノマワリ王国の国民に取材した、グラ・バルカス帝国支配の真実がここにある! さあ買った買った、早い者勝ちだぞ!!」

「ムーの新聞『チャーチワード・ポスト』の号外だよー! こっちも買ってってくれ、グラ・バルカス帝国の残虐な仕打ちの大ニュースだぁ!」

 

 どこの街でも、こんな文句を叫びながら売り子たちが新聞をばら撒いている。それらを買った人々は新聞を広げ、書かれた内容に戦慄した。

 

『私は見た!グラ・バルカス帝国植民地の悲惨な現状!!』

『私は告発する これがグラ・バルカス帝国の許されざる蛮行だ!』

『「食糧の陳情に行っただけなのに…」 ヒノマワリ王女、慟哭の告白!!』

 

 第二文明圏を代表する各国の新聞が一斉にぶちまけたそれは、ヒノマワリ王国解放のニュースと、それに伴うグラ・バルカス帝国の植民地支配の特集である。

 グラ・バルカス帝国の植民地が解放された、というのは史上初の快挙であった。それ故に第二文明圏各国の新聞社やマスコミは、挙って特派員をヒノマワリ王国に送り込み、独立を果たした今の心境をヒノマワリ側に取材しようとした。その結果、とんでもない事実を見せつけられてしまい、そちらを報道する方向に舵を切ったのである。

 それは、グラ・バルカス帝国の植民地支配がどれほど過酷なものだったかを鮮烈に物語っていた。生気を失ってやつれたヒノマワリの一般市民。略奪の嵐の痕跡を色濃く残す商店街。焼き討ちに逢った王女の館の焼け跡。そして、グラ・バルカス帝国が建設していた強制収容所に隠された真実。

 どれをとっても、特集のネタとしては十二分であった。そのため各メディアが一斉にこれらのニュースを報じ、それが電光石火の早業で第二文明圏全域に伝わったのである。

 

 

 ちなみに実はこれ、「青葉メディアグループ・第二文明圏旗艦店」の策略である。ムー大陸各地の大手マスメディアに働きかけ、グラ・バルカス帝国の非道な行いの数々に焦点を絞って報道しまくることで、第二文明圏中の大衆に絶大なインパクトを与えると共に、「悪逆非道のグラ・バルカス帝国と戦う正義の味方・第二文明圏連合軍」という認識を強く打ち出して反グ帝の機運を極限まで高めようとしたのだ。これによって各国の一般国民を動かし、戦時国債の購入やら志願入隊やらの戦争協力活動を誘発し、同時にレイフォルなどにおけるグ帝への不満を爆発させる狙いがある。

 

 日々過熱していく報道合戦に、ついに神聖ミリシアル帝国を代表するマスメディア「世界のニュース」までもがこの件に目を付け、自前の取材班をムー大陸に派遣して裏付けを取り、正式なニュースとして報道してしまった。その結果、残酷な真実の数々が世界中に広められてしまったのである。その結果は、もはや語るまでもない。

 

「見たかよアレ…」

「ああ……正直身体が震えたぜ。まさか、グラ・バルカス帝国があそこまで血も涙もないとはな…」

「ヒノマワリやイルネティアの連中だけであの始末だ、レイフォルとかだともっとひでぇことになっててもおかしくねえな」

「間違いねぇ、きっとそうだろうよ」

 

 神聖ミリシアル帝国南端部の港街カルトアルパス。その一角にある大衆酒場では、酔っぱらいたちが大声で話し合っていた。炭酸が抜けていくロデニウス製のビールも、冷めていく料理も全く気にせず、彼らはしゃべり合っている。さっき「世界のニュース」で流れた特集の内容は、それほど衝撃的なものだったのだ。

 ヒノマワリ王国関連のニュースだけでも十二分に衝撃的なのに、ついでとばかりにロデニウス連合王国の「青葉メディアグループ」がイルネティア王国のニュースまでもぶちまけていったため、情報とそれに伴うインパクトは野火か津波かという勢いで世界中に広まりつつある。

 

「うちの放送局もなかなかひどい映像を流すな……処刑されたヒノマワリの民の骸の山を映すなんて」

「ああ、アレのせいでメシが喉を通らなくなっちまったよ」

「ムーのニュースもトンデモ映像の山だったけどな」

 

 酒場に詰めかけた商人たちの中には、そんなことを話し合う者たちもいる。

 この世界では放送倫理というものがまだあまり整備されていないため、ミリシアルやムーの大手マスメディアであっても、そういったグロ映像をうっかり流してしまっていたのだ。放送倫理まで徹底しているという意味において世界一のマスメディアと言い切れるのは、地球の各国の経験を元にマニュアルを整備している「青葉メディアグループ」なのである。

 その「青葉メディアグループ」は、地球における各メディアの手法を活かして強烈な情報の多重電撃戦を仕掛けていた。衝撃的なニュースの第一報は、TVの生中継で。それに続いて、少し精査した情報を各ニュース番組に売り込み、同時に新聞にも記事として載せる。そして止めとして、完全に固められた事実をニュース雑誌などで写真ごとドカッとぶち上げる。これを、世界各国に対して同時にやってのけたのである。

 

 ちなみにであるが、この時「青葉メディアグループ」は、要点をできるだけ絞り込み、それをスローガンのように繰り返すという手法を取った。これによって各国の一般人への報道効果を最大限に高めようとしたのである。

 この手法は元は地球で実際に使われたもので、"青葉"曰く「これは実証実験済みですからね! この方法で宣伝が繰り返された結果、600万とも言われる人々の命が強制収容所の土に消え、ついでに第二次世界大戦が勃発して、少なくとも5千万を超える人命が戦火の煙となって散りました。だから、効果は総統と宣伝大臣のお墨付きですよ」だそうである。

 こんな曰く付きの代物を使うなんてけしからん、という意見もあるかもしれないが、"青葉"曰く「あの人は軍人としてはともかく、煽動政治家(アジテーター)としては間違いなく一流でしたからね。ならばその手法を利用しない手はありません」とのことである。

 

「第二文明圏連合軍の連中は、すごいな。こんな残虐な敵を相手に、必死に戦って押し返しているんだから」

「いや、多分ロデニウスと我が国のおかげだと思うぞ。何せムーでも厳しい相手だったそうだしな。うちの海軍だって、バルチスタ沖で大きな被害を受けたらしいし」

「そういやそうだったな。ま、今度はムー大陸の制海権も押さえてんだ、レイフォルまで取り返してくれんだろ!」

「そうだな。あんな無法者が近所にいるってだけで、夜も眠れねえし酒も不味くなるってもんだ。とっとと追放してもらいてぇな!」

 

 酔っぱらいたちのお喋りは、まだまだ続くのであった。

 世界各地に、グラ・バルカス帝国に対する反感が満ちてゆく。




というわけで、ムー大陸南部戦線の話でした。ついでに、"青葉"たちがぶちまけていったヒノマワリ関連のニュースを見た世界の様子でした。
カルトアルパスの名も無き大衆酒場が出てくるのは久しぶりですね。原作では日・グ大海戦の辺りからとんと見かけなくなっていますが、あの酔っ払い商人たち、元気にしてるかな。


UA118万突破、総合評価11,700ポイント突破…! いつも愛読してくださる皆様に、重ね重ね感謝の意を申し上げます。本当に、ありがとうございます!!


次回予告。
「バグラチオ作戦」の戦況が第二文明圏連合軍の優位に進む一方で、ムー統括軍は新兵、特に航空機や艦艇の搭乗員の補充を大規模に行おうと考えた。議論の末に広報用の特番を撮影し、それを放送することで新兵獲得に繋げようという話になった。その映像の内容、そして出来映えとは…?
次回「こちらムー統括軍広報部」
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