鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
今回も例によってネタ入りです。今回は分かりやすいと思います。
中央暦1643年11月15日、ムー大陸 グラ・バルカス帝国領レイフォル州中南部。
グラ・バルカス帝国陸軍は、レイフォル州内に攻め込んできた第二文明圏連合陸軍を相手に各地で戦いを繰り広げていた。しかし、ロデニウス連合王国陸軍やムー陸軍が繰り出した恐るべき兵器…まさかの「戦車」を相手にして、グラ・バルカス帝国陸軍は苦戦を続けている。ムー方面の攻勢を担当していたはずの第8軍は、属領ヒノマワリ州を失陥してしまい、現在は必死で旧レイフォル-ヒノマワリ国境を守っているが苦しい戦いが続いている。ムー大陸北部からムー国に攻め込むはずだった第2軍は、制空権を奪われて空から叩かれまくり、現在はレイフォリア北方1,100㎞一帯を絶対防衛線として抵抗している。そして実は南部戦線が最も深刻な状況であり、ムー大陸南部の諸国を落とすはずだった第3軍は一方的に押しまくられている。敵はグラ・バルカス帝国のそれより強力な野戦重砲と戦車、そして航空支援戦力を繰り出し、グラ・バルカス帝国の守りを次々と突破していた。最近ではなんと、神聖ミリシアル帝国のあの空中戦艦…「パル・キマイラ」までが前線に出現し、空からの正確無比な砲撃によって防御陣地を片端から潰しているそうである。
急速に状況が悪化している南部戦線を支えるため、ナルガ戦線(グ帝側のムー大陸戦線呼称)指揮官のアルダ・グランギル大将はレイフォリア周辺に残っている予備兵力のうち、第16師団を南部戦線に向かわせることとした。
現在、レイフォリアの南方1,300㎞の位置を、4輌の戦車が土煙を立てながら東へ進んでいる。グラ・バルカス帝国陸軍第16師団偵察隊の第104戦車分隊だ。編成は2号軽戦車シェイファーIIが2輌、2号中戦車ハウンドIが1輌、そして指揮戦車として2号中戦車ハウンドIIが1輌である。
隊列の先頭に立って進むハウンドIIの車内で、分隊長兼車長を務めるウェイリア・ドロブ曹長は、砲塔上ハッチから上半身を乗り出しながら地図とにらめっこしていた。
現在、部隊は山あいの道を東へ進んでいる。部隊の右手には山林が広がり、左手は開けているがあちこちに茂みがあって視界が良くない。
(まさか、我々が蛮族ごときにこうも劣勢に陥るとはな…)
苦々しげな感情を抱くドロブ。
彼は精強なるグラ・バルカス帝国陸軍が「この世界」の蛮族どもに遅れを取るなどとは微塵も思っていなかったのだ。それだけに、今の戦況は彼にとっては驚愕でしかなかった。しかし、こうして奪回作戦が立案され、それに先立っての偵察を命令された辺り、どうやら相手は本当に危険なのだろう。
「いいか、そろそろ敵の勢力圏だ。各車注意しろ!」
ドロブが無線機に叫び、各車輌から「了解」の応答が返ってきた、その時だった!
ヒュウウウ…!
不意に、部隊の左手のほうで1つ音がした。
(!? 砲弾の飛来音!?)
ドロブが音の正体に気付くのと、彼の背後で2つの音がするのとが同時だった。
ズガァン! ドゴオォォォン…!
振り返らずとも、味方がやられた、とドロブは直感した。それも、爆発音が比較的遠かったことから、おそらく3号車か4号車がやられた。
ちらっと振り返ってみると案の定、隊列の最後尾を固めていた4号車のシェイファーIIが、火山の噴火かと錯覚するほど盛大な爆発を起こしている。4号車の車高は半分ほどに減じてしまっていた。その原因は、砲塔が空高く吹き飛ばされたことにある。弾薬庫の爆発によるものだろう、首切りにでも遭ったように砲塔を跳ね飛ばされた4号車は、力なくその場に停止して巨大な鋼鉄の松明と化した。そのすぐそばに砲塔が落下し、無機質な音を立てて地面に転がる。あれでは、3名の乗員は誰一人助からなかっただろう。
『何だ!? 何が起こった!?』
『敵襲! …敵襲っ…!』
3号車、2号車の無線も混乱を来していた。
「1号車より各車、分隊左手より敵攻撃あり! 全車後退しつつ左に転進、車体前面を左に向けろ!」
部下たちに指示を出し、後続の車輌が一斉に後退しつつ方向転換するのをちらっと確認しながら、ドロブは大急ぎで思考を巡らせた。
撃破された4号車は、軽戦車シェイファーIIだ。車体側面装甲は10㎜しかない。マスケット銃は問題なく防げるが、カノン砲クラスの火器となるとそうは行かない。おそらく大砲による攻撃だ。
では、敵の大砲はどこに潜んでいる? ……周囲の茂みは、葉を茶色に変えつつあるものばかりだが、それでも結構茂っている。それはつまり、野戦砲にとって格好の隠れ場所ができる、ということだ。
(どこにいやがる…!?)
そう考えた時、ドロブの頭上に影が差した。
慌てて彼が振り返ってみると、背後の山林が衝突せんばかりの距離に迫っているではないか。
「全車停止! 停止!」
命令に従って各車輌が動きを止めた時、前方に広がる茂みの一角でパッと白い煙が噴き上がった。続いて砲声が響く。
煙の上がった位置は、分隊のほぼ正面である。距離はおよそ800メートル。
(あそこか!)
ドロブが敵の位置を確信した時、空を切って飛来した砲弾が着弾。彼の乗るハウンドⅠ中戦車の前方約1メートルのところに、土煙が上がり草が飛び散った。弾着が1発しかなかった以上、敵の野戦砲は高確率で1門しかない。
「前方に敵野戦砲! 数は1!
全車前進、制圧せよ! 榴弾装填、砲撃用意!」
命令一下、3輌のグラ・バルカス帝国の戦車は一斉に前進を開始する。
(野戦砲なら、大体の場合砲身の向きを変えるのには時間がかかる。3対1という数の優位と、回転砲塔の優位を活かせば圧勝できる!)
彼はそう考えていたのだ。
…しかし実際には、事態は遥かに深刻だったのである。
「敵の装甲車3輌、前方より接近。識別、グラ・バルカス帝国製『ハゴウ』軽戦車擬き1輌、同『チハ』中戦車擬き2輌」
「目標との距離700」
「徹甲弾装填よし!」
3輌の戦車を前にした相手は、「この世界」には存在しない独特の言語で喋っていた。そして彼らのリーダーと思しき者が、指示を出す。
「砲撃目標、左の敵『ハゴウ』擬き。砲撃準備せよ。
命令に使われたその言語は、地球に存在する言語の1つ、ドイツ語だった。
みるみる茂みとの距離を詰めていく第104戦車分隊、その指揮戦車にてドロブが命令を出す。
「走行間射撃! 撃て!」
3輌の戦車は、一斉に砲口から黄色い発射炎を閃かせた。一瞬遅れて砲口から白い煙が噴き出る。
茂みに向かって次々と撃ち込まれた榴弾は、着弾と同時にその威力を解放した。爆発が発生し、茂みが焼き払われる。それに混じって、ガギン! という金属質の音が響いた。
「何?」
一瞬、ドロブの顔に疑問符が浮かぶ。
野戦砲には自身の発砲炎や敵砲弾の破片を避けるための防盾が付いていることが多い。だが、シェイファーII軽戦車やハウンドI中戦車の榴弾ならばそれらを容易に破壊できるはずだ。
だというのに、今の金属質の音は響きが異なっていた。…まるで、何かに弾かれたかのような、そんな響きだった。
(防盾に掠っただけだろうか。……お、いたいた…!?)
茂みから突き出た砲身を見つけ、ドロブは納得しかけて驚愕した。どうしたのかというと、砲身は茂みのかなり高いところから突き出ていたのだ。
これはおかしい。直に地面に置いて使われる野戦砲ではまず考えにくいことだ。
(ひょっとしたら、我が軍の重カノン砲のようなものが相手か? だとしたら大物だな)
そんなことをドロブが考えた、その時だった。
こちらの砲撃や風があった訳でもないのに茂みが急に揺れ動き、砲身が砲台ごと姿を現したのだ。…そしてそれは、なんと履帯を履いた鋼鉄の車体の上に乗っていた。
「嘘だろ!?」
ドロブは思わず叫んだ。そう、茂みから出てきた敵は、なんとグラ・バルカス帝国しか保有していない筈の戦車だったのだ。それも、「シェイファー」どころか「ハウンド」よりも巨大な戦車である。
敵戦車は全体的に四角い形状をしており、黄土色に塗装されている。どっしりとした重厚感溢れる車体は、ハウンドI中戦車のそれよりも幅の広い履帯によって支えられ、力強く大地を踏みしめていた。そして、その車体の天辺には長い砲身を持つ大砲が据えられている。砲身の先端には、奇妙な切れ込みのようなものが入っていた。
敵戦車の車体前面の一部は黒く焦げている。さっきの榴弾が命中した跡であった。
『せ、戦車だと!?』
『でかい…!』
部下たちも驚愕しているようだ。無線からはその雰囲気がありありと感じ取れる。
「目標修正、敵は戦車1輌!
各車次弾装填急げ、弾種徹甲弾!」
ドロブが必死で指示を出す間に、敵戦車の砲塔が回転する。その砲身が向けられた先には、3号車のシェイファーII軽戦車がいた。
「3号車、敵に狙われ…!」
ドロブが言いかけた時にはもう遅く、
ズドォン!
敵戦車は発砲していた。
次の瞬間、ズガアン! という金属同士がぶつかり合う嫌な音が響く。そして、3号車はエンジンと砲塔上ハッチから黒煙と炎を噴き出し、その場に停止した。さっきまで敵戦車に指向されていた主砲の砲身は力なく垂れ下がり、車体前面には握りこぶしを突っ込めそうな大穴が穿たれている。一撃にして撃破されたのは明白だ。
「まずい…!」
3号車の車体前面に開けられた風穴を見て、ドロブの全身に鳥肌が立った。穴の大きさから見て、敵戦車の砲撃は凄まじい威力を誇る。おそらく、砲口径は75㎜…いや、もっと大きいかもしれない。
それに何より、もっととんでもないことに彼は気付いてしまった。このところの戦線からの報告を受けて陸軍の敵兵器識別リストが急遽更新されたのだが…今目の前にいる敵戦車は、その識別リストに姿が登録されていた。それも固有名称付きで。
その固有名称は…「ティゲル」。意味は、グラ・バルカス帝国の言語で「トラ」だ。
「2号車、牽制砲撃しながら全速で敵の左側面に回れ! 左右から挟み撃ちにして撃破する!
敵は『ティゲル』だ!」
『2号車了解!』
今やたった1輌となってしまった部下に指示を出すと、ドロブは急いで通信手に報告電を送らせた。
「こちら第104戦車分隊! 索敵線の折り返し地点で敵戦車1と遭遇、交戦中! 敵戦車はティゲル!」
その間に、彼の乗るハウンドII中戦車は敵の右側面に回り込もうとしている。敵戦車の幅広の履帯が2列に並んだ転輪に支えられているのが、はっきりと見えた。彼我の距離は、およそ300メートル。
徹甲弾の装填を終えた装填手が、「装填よし!」の報告をしてきた。
「撃て!」
ドロブの号令と共に、ハウンドII中戦車の48口径47㎜砲が火を噴く。味方のハウンドI中戦車も発砲した。
照準過たず、2発の砲弾は見事に敵戦車を捉え…ガキン! という金属音だけを残して明後日の方向に弾き飛ばされる。敵の車体前面装甲に弾かれたのだ。
(固い…!)
至近距離まで接近してもなお撃ち抜けない、という事実にドロブが驚いたその時、
ズドォン!
撃ち返しの音が響いた。
次の瞬間、敵戦車の発砲音に倍する大音響が大気を震わせる。何か大きなものが空高く飛び上がるのが見えたが、一瞬後にはそれは強烈な炎と黒煙に掻き消されて見えなくなる。だが、ドロブの目は、飛び上がったそれが「ハウンドI」の砲塔であることを見て取っていた。
「くそ!」
歯ぎしりするドロブ。もう部下たちは全滅してしまった。だが、まだ自分がいる。このハウンドII中戦車もある。
「ハウンドII」は、"無敵の戦車"と呼ばれたハウンドIの車体をそのまま利用、主砲を改良した性能向上型だ。その特徴は、主砲を18口径57㎜砲から48口径47㎜砲に交換したことである。これによって榴弾の威力は少し小さくなったが、代わりに対装甲目標への攻撃力が大きく上がり、敵が戦車を仮に出してきたとしても倒せるようになった。
これで、部下の仇を取ってやる!
「徹甲弾装填よし!」
「撃て!」
装填完了の報告が来た瞬間、ドロブは反射的に命じた。轟音と共に、ハウンドII中戦車の砲口から炎が迸る。
(あいつらの…可愛い部下たちの仇だ…!)
憎しみを込めてドロブが敵戦車を睨みつける中、"47㎜砲のスパイク”が敵戦車に向けて飛び…
ガキィン!
火花と耳障りな音響だけが起きた。そして、敵戦車の砲塔右側面に擦過痕が残る。砲塔内の全滅と砲閉鎖機の破壊を狙って砲手が引き金を引いたようだが…目論見が外れたようだ。
「何だと!?」
側面ですらも撃ち抜けない。ドロブは一瞬愕然とした。しかし、すぐに思考を切り替える。
(側面が通らないなら、後面を撃ち抜いてやる!)
戦車にとって、車体後部は弱点だ。何故ならまず、戦車の心臓たるエンジンがあるからだ。エンジンが壊れれば戦車は動けない。
次に、装甲が薄いことが多いのだ。幾ら戦車といっても、全身を分厚い装甲板でガチガチに固めることはできない。何故なら、そんなことをすれば走行性能と機動性が悪化してしまい、使い勝手が悪くなるからだ。そこで、戦車は大体の場合、どこかしらの装甲は薄くなっている。最も犠牲になりやすいのは、車体の上面と下面。その次が、車体後面だ。
しかも、御誂え向きにも「ハウンドII」と敵戦車はすれ違いつつある。車体後面が狙いやすい状態であった。
「ん?」
敵戦車の車体後部が見えてきた時、ドロブはあることに気付いた。こちらに向けて回転しつつあったはずの敵戦車の砲塔は、砲身を前に向けたまま止まっている。
(まさか…故障?)
さっき敵の砲塔側面に命中させた砲撃は弾かれてしまったが、どうやら敵の砲塔に損傷を与えることに成功したらしい。おそらく命中の衝撃でターレットリングが歪むか何かしたのだろう。
(絶好のチャンスだ!)
ドロブの胸に希望が戻ってきた。
これは間違いなく、帝国の神たる皇帝陛下が与えたもうた千載一遇のチャンスだ。この一撃に全てを賭け、敵戦車を撃破してみせる!
「徹甲弾装填よし!」
「停止! しっかり狙え!」
ドロブはもはや、ここで敵戦車を倒すことしか考えていなかった。
砲塔後部に「044」という赤い数字が描かれた敵戦車、その後方に完全に回り込んだハウンドII中戦車が動きを止める。そして、照準が敵戦車の車体後面ど真ん中に合わせられた。
「撃て…!?」
ドロブが指示を出した、その瞬間だった。
ギャリギャリギャリ!!!
履帯が石を噛んだような轟音が響いた。発砲炎を閃かせる「ハウンドII」の前で、敵戦車が轟音と共に急速転回する。そして。
渾身の47㎜砲弾は急反転した敵戦車の車体前面装甲で弾き飛ばされ…敵戦車の砲口は、「ハウンドII」の右側面をぴたりと捉えた。
「嘘…!?」
それが、ドロブの最期の呟きだった。
直後、ほぼゼロ距離で放たれた敵戦車の主砲弾……太さ88㎜の巨弾が「ハウンドII」の右側面に突き刺さる。下から噴き上がる強烈な赤い熱風に吹かれ、身体が軽くなるのを感じた直後に、ドロブの意識は轟然たる爆炎の中に消え去った。
「新たな敵影なし、オールクリアだ」
最後の敵戦車を撃破した後、砲塔上ハッチから上半身を乗り出して周囲を索敵していた妖精”クルト・クニスペル”はそう告げた。それと同時に、戦車…「ティーガーI」044号車の車内に安堵の雰囲気が流れる。彼らの目の前では、砲塔を空高く跳ね飛ばされた敵の戦車が炎の塊と化して断末魔を迎えていた。
そう、それは単独で偵察に当たっていた”クルト・クニスペル”指揮の「ティーガーI」だった。この車輌はロデニウス連合王国陸軍第13師団の先遣部隊の1輌として、警戒に当たっていたのである。その途上でグラ・バルカス帝国軍第16師団偵察部隊・第104戦車分隊と交戦になったのだった。
だが、グラ・バルカス帝国の戦車が旧日本陸軍の「九五式軽戦車ハ号」と「九七式中戦車チハ」に似た性能なのに対して、使用した戦車が「ティーガーI」ということで察しの通り、交戦はほとんど一方的と言って良い結果となった。つまり、第104戦車分隊が全滅に追い込まれたのである。
ここまで一方的な結果になったのは、両軍の戦車の性能差が1つの原因である。では、その性能差を分かりやすく比較してみようではないか。
グラ・バルカス帝国
2号軽戦車シェイファーII
主砲: 37口径37㎜砲
装甲貫徹力: 距離350メートルで30㎜(弾種による)
装甲: 車体前面12㎜、車体側面10㎜、車体後面6㎜
2号中戦車ハウンドI
主砲: 18口径57㎜砲
装甲貫徹力: 距離300メートルで26㎜(弾種による)
装甲: 車体前面25㎜、側面20〜25㎜、後面10㎜。砲塔防盾50㎜
2号中戦車ハウンドII
主砲: 48口径47㎜砲
装甲貫徹力: 距離500メートルで62㎜(弾種による)
装甲: 車体前面25㎜、側面20〜25㎜、後面10㎜。砲塔防盾50㎜
ロデニウス連合王国
VI号重戦車E型ティーガーI
主砲: 56口径88㎜砲
装甲貫徹力: 距離2㎞で84㎜(弾種による)
装甲: 車体前面100㎜、車体側面・後面80㎜。砲塔防盾120㎜
お分かりいただけただろうか。
つまり、「ハウンドII」の主砲を至近距離で撃ったならともかく、「シェイファーII」や「ハウンドI」の砲撃では「ティーガーI」の装甲を貫くことはほぼ不可能なのである。それに対して、「ティーガーI」の主砲は遠距離からでも「シェイファー」や「ハウンド」の車体前面であろうと貫ける。性能差が大きすぎるのである。
これは、グラ・バルカス帝国と「ティーガーI」の開発元たるドイツ、この両国を取り巻く事情にその原因がある。
グラ・バルカス帝国にとって明確に脅威となる国は、転移前の惑星ユグドで争っていた「ケイン神王国」一国のみであり、そのケイン神王国にしたって装甲戦力はマークIV戦車みたいなものしか持っていなかった。それに対しドイツには、「ソ連」「アメリカ」「イギリス」という大敵が3つも存在する状態だった。ソ連やアメリカは「T-34中戦車」「M4シャーマン中戦車」「KV重戦車」「IS重戦車」などの強力な性能を持つ戦車を、アホみたいな物量でこれでもかと繰り出してくるし、イギリスの戦車にしても「チャーチル歩兵戦車」のようなカチカチ戦車や「コメット巡航戦車」、「シャーマン・ファイアフライ」なんてものまでいる。それらに対抗すべくドイツが繰り出したのが「ティーガーI」だったのだ。
ライバルを(ほぼ)持たざる国と、大量に抱えていた国。これが、戦車の性能差の要因である。
また、「ティーガーI」には「シェイファー」や「ハウンド」には絶対にできない技が1つあった。その名を"超信地旋回"と呼び、これは左右の履帯を互いに反対の方向に回転させることで迅速な反転を可能とする技である。これをやると、履帯が切れる可能性がある代わりに素早い方向転換によって一瞬で態勢を立て直すことが可能となる。あの遭遇戦の最終局面で、「ティーガーI」がハウンドII中戦車の目の前で使った技、それがこれだったのだ。小回りでも、「ティーガーI」のほうが有利だったのである。
そして、搭乗員の練度の差も忘れてはならないだろう。
グラ・バルカス帝国陸軍の戦車部隊も練度自体は確かに高いのだが、それは言わば「弱者を虐げ、完全に叩きのめす」方向での練度であって、「対等もしくは優勢な装備を有する敵戦車部隊」を想定した戦闘における練度は低いのだ。敵に戦車部隊がまともに存在したことがないので仕方ないが。
それに対してロデニウス連合王国陸軍は、「敵が自国の装備と対等レベルの機甲戦力を、師団規模で配備していた場合」を想定した訓練を実施している。また、精鋭の戦車兵たちが操る「ティーガーI」のうち、"クルト・クニスペル"のような地球から転生した面々は特に高い対戦車戦技量を持っている。こうした乗員の練度の差も、勝敗を分けた一因であった。
「最後の敵さん、こっちが超信地旋回したのにはビビったでしょうな」
「ティーガーI」の車内では、砲手を担当する妖精が妖精クニスペルに話しかけている。
「だろうな。そういうお前だって、砲塔故障の演技、上手かったじゃないか」
「バレてましたか。そりゃあ、ね? 敵さんにちょっと希望をもたせてから、どん底に突き落としたほうが面白いでしょうや」
そう…当然のことながら、「ティーガーI」の砲塔右側面に命中した「ハウンドII」の砲撃は、「ティーガーI」に何程の被害も被害も及ぼしていなかった。砲塔が回らなくなったように見えたのは、ただの演技だったのである。
「悪趣味だな!
さて、大急ぎで足回りを点検しろ! さっきの超信地旋回で履帯や転輪が損傷した可能性がある。ただでさえティーガーは足回りが泣き所なんだ、こまめに点検しておかなければ、いざって時に戦えん! それに予定では、これから戦闘の連続になるんだからな」
妖精クニスペルが見張る中で、妖精たちは「ティーガーI」から身軽に飛び降り、足回りを慌てず急いで正確に点検し始める。操縦手が丁寧な走りを心がけたためか、不整地で超信地旋回したにも関わらず足回りの異常は認められなかった。
クニスペルが言う通り、地球の第二次世界大戦においてドイツ陸軍が投入した「ティーガーI」重戦車は、確かに強力な戦車だった。だが、実は大きな欠点があった。それが、「車体の重さ」とそれに付随する「エンジンのパワー不足」及び「足回りの脆弱さ」である。
「ティーガーI」は重量が57トンもあり、そのため大抵の橋を渡ることが困難だったし、地下室のある建物の敷地を通るのは非常に危険だった。床が抜けて即席の巨大落とし穴になる可能性が高いからである。そんなところに嵌まってしまえば、「ティーガーI」の重量も相俟って回収は非常に困難だった。
また、エンジンのパワー不足により「ティーガーI」の最高速度は速いとは言えなかった。さらに、「ティーガーI」の重量によって足回りには故障が頻発し、また一度壊れてしまえば修理も難儀な仕事となった。「ティーガーI」は履帯1枚や転輪1個に至るまでが重かったからである。
そんな繊細な兵器だからこそ、超信地旋回なんて乱暴な運転をした後は注意しなければならないのだ。
「異常なし!」
「よし、味方が到着するまで警戒しつつ待機!」
妖精クニスペルの命令が下るまでもなく、彼ら(見た目は女性なので「彼女ら」か?)の後方には、山の斜面を駆け下りる幾つもの黒い影が見えている。それは次々と山の稜線を越えて姿を現しつつあった。
それは、ランデルスを出撃したロデニウス連合王国陸軍第2軍団の先鋒を成す機械化歩兵部隊と機甲部隊であった。IV号中戦車H型を数的主力とし、III号突撃砲F型がそれに混じっている。V号中戦車「パンターG型改」が側面を固め、IV号突撃戦車「ブルムベア改」は後方からの火力支援を担当していた。それに、キューベルワーゲンやハノマーク装甲車に乗った兵士たち、そして燃料補給車と工兵車輌「ベルゲティーガー」が続いている。機械化部隊の先頭に立つのは、重装甲と大火力を以て敵陣を食い破ることを期待された「ティーガーI」重戦車であった。
全体に見て、V字形に並んだ車輌群が大地を行く。それは、かつてドイツ軍が研究していた「パンツァーカイル」であった。
これらの機械化部隊の後方からは、歩兵と騎兵を中核とした第二文明圏連合軍の本隊、そして神聖ミリシアル帝国陸軍が前進している筈である。合計して歩兵4万、騎兵1万、機械化歩兵3万からなる大部隊であった。
本隊と合流し進撃する「ティーガーI」044号車、その車内で妖精クニスペルは作戦行動経路を記した地図を見ている。そこには、ついさっきもたらされたばかりの敵情が記入してあった。
「この先敵防衛線1個…塹壕陣地2本にトーチカ8以上、対戦車砲クラス10門以上、重砲10門程度、か。この防御陣形は少し厄介だが、ソ連のアレに比べりゃ大したことはないな。十分食い破れるだろう」
そう呟いた妖精クニスペルの耳に、上方から轟音が聴こえてくる。
車長用ハッチを開けた妖精クニスペルの耳に飛び込んできたのは、銀翼を連ねて空を行く味方の航空部隊の姿。「一式陸攻」や護衛の「零戦62型(ロケット弾装備)」、それに全体に尖った機影を有する神聖ミリシアル帝国の航空機…確か「エルペシオ」とか「ジグラント」とか言ったか。それから、第13艦隊から飛び立ったらしい200機以上にも達するだろう航空機の大部隊。そして……
キイイィィィン…!
現時点で最も頼りになる近接支援機「A-10B改(Rudel Gruppe)」。あの航空部隊が通った後には、敵にはまともな防御力はほとんど残されていない。対空機銃も対戦車砲もトーチカも戦車も、何もかもがバラバラのスクラップにされ、残された歩兵部隊は青い顔をしてこちらになけなしの武器を必死で向けてくる。まさに「空の魔王」だ。
「車長、どうやらミリシアル軍の担当戦区には、ミリシアルの母艦航空隊とかの『パル・キマイラ』が航空支援に入るそうです」
通信手妖精からの報告に、妖精クニスペルは1つ溜息を吐いた。
「やれやれ、どうやらミリシアル側も部隊の状況が好ましくないらしいな。これまで影さえ見せなかったあの空中戦艦を、今頃になって引っ張り出してくるとは…」
「噂では、補給の不足と被撃破車輌の増加によって機甲戦力の約半数が機能不全に陥っているとか。それに加えて、歩兵部隊も結構な屍の山を築いているそうですよ」
「おそらく兵隊の厭戦気分とかもあるんだろうな。それで味方を鼓舞し、同時に戦況がいよいよ大変なことになる前に何とかしようとして、虎の子を持ってきたか」
「どうもそうらしいですね」
「世界最強の名が泣くな」
「全くです」
そんなおしゃべりをしながらも、妖精たちは全く気を抜いていない。もうじき接敵なのだから当然だが。
その時、不意に戦車の外から重々しい轟音が聴こえてきた。明らかに大口径榴弾砲の砲撃だ。
「自走砲部隊が射撃を開始しました! 敵陣地に制圧射撃をかけています!」
その報告に、妖精クニスペルは黙って頷いただけだった。その胸中では、こんなことを考えている。
(航空部隊と砲兵隊の事前攻撃が始まったか…そのまま俺らの仕事を残さずに潰してくれりゃ、後で貴重品のビールを奢ってやるくらいにありがたいんだがな)
もちろん妖精クニスペルは、事はそんなに上手くいくものではないと分かっている。どれだけの事前攻撃を浴びせようが、敵戦力を完全に封殺するのは不可能だ。必ず討ち漏らした奴が待ち構えている。
味方部隊の先頭に立って突っ込み、敵の残存戦力の反撃を封じるのが、妖精クニスペルの…第888重戦車大隊の仕事だ。前進命令が出るまで、しばらくは待機となる。
たっぷり1時間にも渡って砲弾や爆弾をばら撒いた後、ついにその刻が来た。
「あきつ丸司令から攻撃命令来ました! 第888重戦車大隊は先頭に立ち、敵陣に突入せよ、とのことです!」
「そら来た、行くぞ!」
準備は万全だ。
『第888重戦車大隊、続け!
無線機から、大隊長たる妖精"ミハエル・ヴィットマン"の命令が響いた。
「
妖精クニスペルも、ドイツ語で命令を飛ばす。
マイバッハエンジンが唸り、勢いよく「ティーガーI」が飛び出した。
その一方、グラ・バルカス帝国軍設営 第11野戦病院(臨時移転)。
第11野戦病院は元々、ナルガ戦線南部管区の後方支援拠点の1つとして建設された病院である。木造の大型バラックを築き、そこに診断区画や手術室、入院区画を詰め込んでいた。
が、その第11野戦病院は現在、洞窟の中に移転している。バラックはどうしたのかというと、ロデニウス軍のものらしい航空機の爆撃で倒壊し、前線から何とか逃れてきた負傷兵や治療にあたる医師・看護婦ともども業火の中に消えてしまったのだ。
そして……この病院ももはや、安全な区域にあるとはとても言えなかった。
ズズウゥゥン…!!
鈍い轟音、激しい衝撃に揺れる洞窟。天井から細かい砂埃がパラパラと降ってくる。その土が仰向けで木製の寝台に横たわる負傷兵の顔に落下し、直後に白い細腕がさっとその土を拭った。その腕は負傷兵が着る破れた軍服ではなく、看護兵の制服の袖口から突き出ている。
腕の持ち主は、まだ20代と見られる若い女性だった。その顔には焦りの色が見える。
(うぅ、仕事が全然減らない…! 包帯はない、薬もない、病床は泥だらけ、それなのに怪我人はひっきりなしに運ばれてくる…!)
従軍看護婦のマキ・デルフィーノである。彼女の心はもはや麻痺しかけていた…あまりに劣悪な職場環境のために。
配備された時に彼女たちが持ってきた医療物資はすぐに底を尽き、今では瓶の底に僅かに残った薬に包帯を無理やり擦り付け、それを傷口に形ばかり巻き付けるのが精一杯という惨状だ。それなのに、運ばれてくる患者の数とその重傷ぶりは加速度的に増加し、四肢を吹っ飛ばされてダルマ状態になった者すら運ばれてくるという有様である。
問題はそれだけではなかった。本来いるはずの医師も他の看護婦も、もういない。軍から撤退命令が出されたのを受けて、後方に引き上げてしまったのだ…動けない多数の負傷兵を置き去りにして!
それにマキは従えなかった。ここで患者を死なせるのが看護婦のすることなのか、と軍医に怒鳴った彼女は撤退を拒否して、必死になって1人でも助けようとしていたのである。
現在この洞窟病院に残っているのは、マキの他に先輩看護婦のレクシア・リスターだけ。そして負傷兵の枕元に置かれていたのは、医薬品の瓶ではない。グラ・バルカス帝国軍で制式採用されている拳銃とその弾。もちろん戦闘用ではない。ぶっちゃけてしまえば自決の手段としてである。
「敵はもう、そこまで来ているのかしら…」
疲れ切ったようなレクシアの声に、マキは振り返りもせずに叫んだ。
「そんなのどうでも良い! 何とか助けないと…!」
だが、彼女も頭の片隅では分かっていた。ここにいる負傷兵たちが助かることは、万に一つもないのだ、と。
何せ手当てが手当てになっていないのが現状なのだから。
ついに最後の包帯を使い果たし、それでもなお無数に転がされている負傷者の姿を見て、マキはがくりと膝をついた。
(ダメ……もう、治せない……)
心折れた彼女の瞳の隅で、レクシアが動いた。無言で立ち上がると、負傷兵が横たわる寝台に右手を伸ばす。
マキが見ていると、レクシアはその手で拳銃を掴み、弾倉を押し込んで撃鉄を起こした。そして、銃口を負傷兵の頭部に向け…
「駄目ぇっ…!」
必死に叫び、そちらに手を伸ばすマキ。その甲斐もなく引金に指がかけられ……
ダァーンッ!
銃声が、響いた……
カチャン、という金属音。それは、床に落下した拳銃の音だった。その銃身は大きく破損している。
「あぐっ…!」
うめき声と共に右手を押さえて蹲るレクシア、そして戸口に立った人影が1つ。
「馬鹿野郎! それが医療職者のすることかっ!!」
逆光でよくは見えなかったが、マキにはその人影が小銃を構えているのが分かった。怒鳴り声と共に、白い煙を吐く銃身がゆっくりと降ろされる。
直後、戸口からぞろぞろと多数の人間が飛び込んできた。
「これはひどい…!」
「至急医務班を要請しろ! それと回復魔導士もだ! グズグズするな!」
「今持ってる医薬品全部こいつらに使え! キシロカインとペニシリンはケチるなよ、1人でも多く助けろ!」
「トリアージだ、急げ!」
「こら待て! 早まる…」
パンッ!
「クソッ間に合わなかった!」
「やっちまったもんは仕方ねぇ! これ以上自決者を出させるな!」
「おい大丈夫か! 少しだけ待ってろ、何とか助けてやる!」
それは、グラ・バルカス帝国軍とは異なる軍服に身を包んだ集団…明らかに、敵兵だった。
だが、その敵兵は今、どうしようもなくなった負傷兵たちを何とか助けようとしている…?
突然の事態に混乱していたマキは、敵兵に怒鳴りつけられて我に返った。
「そこの若いの、何ボケッとしてやがる! 看護師だろ、助けるの手伝え!」
「は、はいっ!」
弾かれたように飛び上がり、マキは敵兵に包帯を分けてもらって必死に手当てに当たる。
「頑張って! もうちょっとで助かるから…!」
「医務班が到着したぞ! ケガの重い奴が先だ!」
「そっちのはもう無理だ! 遺言だけでも聞いてやれ!」
「運ぶのは…無理だな、ここでオペする! 無菌テントの展開急げ!」
「輸血が要るか!? 少しくらいは俺のを貸すぜ!」
「これは…使い物にならんな、左腕は肘関節離断! 左足は大腿中間でバッサリやる! 麻酔薬とノコギリ持ってこい!」
さっき拳銃を叩き落とされたレクシアも、必死の様子で負傷兵の間を駆け回っている。その隣で透明な無菌テントが展開され、ロデニウス軍の軍医や医務兵たちが緊急手術に取り掛かる。
「こりゃ破片が刺さっただけだな、でかいからとりあえず消毒だけだ! 体力だけ回復させて後方で抜く!」
「ヤバいぞ盲貫銃創だ! 弾が心臓で止まってやがる!」
「クソッタレめ! 人工心臓スタンバイ! 何とかして引っこ抜くぞ!
こいつの体力保たせろ、回復魔法を限界までかけるんだ! 輸血もジャブジャブに使え!」
「おい嬢ちゃん、心臓の手術の経験は!?」
「あります! 本土の病院で1回だけ!」
「よし手伝え、看護師が足りん! 覚悟は良いな!?」
「はいぃ!」
それから数時間(といっても体感であり、実際は丸一日だった)もの間、マキは寝食すら忘れて負傷兵の治療にあたり続けるのだった。
というわけで、今回使っていたのは映画「フューリー」と、「ブラック・ジャック」です。
そしてマキさん…大丈夫か? 過労でぶっ倒れやしませんかね?
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次回予告。
ムー大陸にて着々と追い詰められていくグラ・バルカス帝国。しかし油断することなく、ムー統括軍もロデニウス連合王国軍も新たな兵器を準備、更なる戦いに備えようとする。その一方、グラ・バルカス帝国がついに大きな動きを見せる…
次回「埋火」