鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
中央暦1643年11月19日、ムー大陸西部 旧列強レイフォル領 グラ・バルカス帝国陸軍第11野戦病院にて。
「おい、大丈夫か? あっ…!」
無菌テントの中てうごめく複数の白装束の人影、そのうち1つが明らかにふらふらしていた。と、その人影が急にぐらりと傾く。別の人影がとっさに、倒れてきた者を受け止めた。
「その嬢ちゃんは大丈夫か?」
「…大丈夫だ、どうやら疲れすぎて眠ってしまっただけらしい」
「そのまま寝かせてやれ。…無理もない、俺らですら限界が近いのに、俺らより長いこと働いてたんだから」
「そういや、もう1人いたよな? グ帝の看護婦」
「そいつならとっくにダウンしちまった。まあオバハンが耐えられる労働量じゃねえから無理もねえな」
倒れた人影が、ゆっくりと床に寝かされる。
「修羅場だったな」
「全くだ。さて……」
パチン、という金属音と共に、縫合糸が切断される。
「仕舞いだ」
「お、全て終わったか?」
「ああ、今ので最後だ。緊急オペが要りそうな奴は全部やったぞ。後はこいつらの体力と、運命の女神様のご機嫌次第だ」
そう言うと、白装束の1人がメスを置いて宣言した。
「全術式、終了!」
「「「お疲れ様でした!」」」
全員が一斉に頭を下げる。
「ふー、さすがにくたびれたぜ」
「いったい何人オペしたんだ…?」
「忙しすぎて数えてない。だが、どう少なく見ても20は下らんな」
「やれやれ、本土の勤務より過酷だった…今更ながら腹減ったな」
「もうふらふら……回復魔法もかけられん……少し寝る……」
そして手術用の白い服や帽子を脱ぎ捨てながら、思い思いに散っていく。
「過酷といえば、そこのグ帝の嬢ちゃんもひでぇ目に遭ってたな」
そう言いながら、2人がかりで無菌テントから看護師の少女…さっき倒れた人影を運び出す医師たち。帽子とマスクを取ってやると、疲労を色濃く滲ませた顔が現れた。少女らしいあどけなさを残した顔立ちだが、目の下の隈と乱れた髪のせいで台無しになっている。まるで没落した貴族のお嬢様のようだ。
「かわいそうにな…志願兵だろうとはいえ、こんな修羅場に出くわすとはな」
「看護兵って志願制なのか?」
「我が軍だって一部そうだろうがよ。…ったく、こんないたいけな娘が地獄を見るなんて、戦争なんざロクなもんじゃねえな」
「ああ。この娘が余計なトラウマを背負わないことを祈るばかりだよ」
そう言い合った2人の医師は、軍服のポケットからタバコを出して火を付けた。紫煙を肺一杯に吸い込み、ため息と共にそれを吐き出して呟く。
「どんな形であれ…このロクデナシの戦争、いい加減終わらせなきゃならねーな。うちの上層部に期待するしかねえってのが辛いとこだが…」
「確かに。俺たちにできることは、1人でも助けることだけだ。だが……俺たちのやってることは決して、お日様に背くことではないだろ」
「そうだな。それだけが救いだぜ」
そんな言葉を交わし、2人は遠い目をして洞窟の天井を見上げるのだった。
……野戦病院のフロアいっぱいに寝かされた、無数の患者たち。ベッドはもう一杯で、床に転がされた者までいる。それに対して、手持ちの医薬品は……もう、ない。
「ダメ…治せない…!」
胸に込み上げる絶望感。
と、患者の1人がおもむろに手を動かし、枕元にあったものを取り上げる。それは医薬品の瓶などではなく、黒い丸っこい塊……手榴弾。
「駄目ぇっ…!」
叫んで駆け寄ろうとするが、疲れきった身体が言うことを効かない。
手榴弾のピンが抜かれる……。
閃光。
爆発音。
バラバラに砕けて落ちる肉体。
そして。
砕け散る直前に一瞬だけ見えた、恨めしげな表情。
「いやあぁぁぁぁーっ!」
「はっ!?」
上体を跳ね起こし、飛び起きる。視界に広がるのは、さっきと何ら代わり映えしない暗い景色。だが、見え方が僅かに違う。
「ゆ……夢か……」
さっきの光景が現実のものでなくて良かった、と少しだけ安堵する。
「おい、大丈夫か? えらくうなされてたが」
そこへ、見たことのない男性が声をかけてきた。下顎いっぱいに髭を生やしており、年齢的には中年くらいに見える。
「……悪い夢を見てました…」
「そりゃ夢見も悪くなるわな。こんなクソみてぇな現実、あってたまるかって話だ。これで平常心でいられるほうが奇跡だよ」
そう言うと、その男性は袋のようなものを1つ、すっと差し出した。
「…これは?」
「
袋の口は既に開けられており、穀物を煮込んだような甘い香りが漂ってくる。思わず喉がゴクリと鳴った。
中を覗くと、様々な色の具が入った白い粥のような物が見える。何でできているのか見当も付かない匙も、突っ込んであった。
匙を使って粥らしきものを掬い、一口食べてみる。
「美味しい…」
その後のことは、もうほとんど覚えていない。気付けば袋は空になっていた。
「良い食べっぷりだったな」
そこへ、先ほどの男性が話しかけてくる。
「ありがとうございます、助かりました」
「ただの軍用レーションをここまで旨そうに食う奴は初めて見たよ…おかげでこのクソみてぇな現実を少しだけ忘れられた」
お腹が膨れたことで気が付いたけど、そういえばこの人は誰なんだろう。悪い人ではなさそうだけど。
「えっと、貴方は…?」
「そういや自己紹介してなかったな、すまん。
クロード・ヒューリック。ロデニウス連合王国で軍医なんぞやってる、しがないオッサンだ」
敵国の人間だ、ということに驚くだけの元気は、もうありませんでした…。
「敵、ですか…」
「言っちまえばそうだな。あ、嬢ちゃんをどうこうしようって気は全くねえ。うんざりするほどクランケが多くて、んなこと考えてる暇すらねえや。むしろ嬢ちゃんのような看護師の手を借りたい」
「クランケ?」
「患者のことだよ」
「…! そういえば、負傷兵の皆さんは…!」
「あー、ここにいた連中のことか? それなら、やれるだけの手当は全てやったよ。既に何人か亡くなっちまったが、打てる手を全て打ってこれなら、もう仕方がねぇ。これ以上死なせねぇように努力するしかねーな」
…ちょっと無愛想な言い方だけど、ロデニウスの人たちは、ここにいた負傷兵たちを助けてくれたの…? 敵国の人間である私たちを?
「どうして……」
「『助けたのか』とか、『見捨てなかったのか』って言いてぇのか?」
「…!」
「図星みてぇだな。ま、嬢ちゃんの言いたいことも分かるが…俺たちはクランケを見捨てるなんてことはしねぇよ。どこの誰がクランケになってもな」
「………」
「こいつは俺の上官の受け売りなんだがな、『命に色はない』んだよ」
「命に、色はない…?」
「そ。国籍がどうとか人種がどうとか以前に、俺たちはみんな『人間』じゃねえか。同じ人間なら、命に重きも軽きもねぇわな。
国籍なんて関係ない。そこに患者がいるなら、誰であろうと助ける。それが俺たちなんだ」
………。
すごい考え方……でも、国籍で相手を区別しないなんて……。
「嬢ちゃん、アンタの名前は?」
「…マキ。マキ・デルフィーノです」
「良い名前してんな。それにまだ若ぇ……勉強のやり直しは十分できるだろう。『命に色はない』という意味、納得できるまで自分で考えてみな。一人前になるための試練だ」
「………」
「ああ、それとだ…アンタに伝言があるんだった。亡くなっちまった兵隊さんから、アンタに言っといてくれって言われたんだよ」
「何て……?」
「『看てくれたのがアンタで良かった、ありがとう』…だとよ」
そう言うと、ヒューリックさんはふいと立って、負傷兵たちの様子を見に行ってしまいました。
命に色はない……命に色はない……。
患者を区別することなく治療しろ、ってこと……? でも、そんなことできるの…? 下等な野蛮人、って本土ではよく言われてたのに?
『看てくれたのがアンタで良かった、ありがとう』
……あれ? 私、泣いてる…? 何で…?
助けられなかったから? それもあるかもしれない、でも何か違う…?
……そっか。
「感謝されたから」なんだ。
私が、ちょっとでも重傷を負った人のために役に立てた…それが嬉しいから、なんだ…。
…なら、"誰から感謝されても"良いんじゃない?
どうして、こんな簡単なことに気付かなかったんだろう。
手術が終わったとはいっても、まだ麻酔は効いたままであることが多い。何せ重傷者ばかりなのだから。
その上、ここは衛生環境が最悪だ。洞窟を使った野戦病院である以上仕方ないといえばそうだが、感染症対策や寄生虫対策なんて全く為されていない。
というわけで、いつもより入念に状態確認が必要である。
「バッサリ切っちまった左肘と左膝は特に危ないな……もっかい消毒しておくか。それと回復魔法も」
呟きながら、ヒューリックは寝台に横たわる若い男性兵士に両手をかざす。両手からほのかな緑色の光が溢れ、短くなった兵士の手足の上でそっと弾けた。続いてスプレー式消毒薬の瓶を取り出し、断端に遠慮なくぶっかける。
「とりあえずこれで良し、と。こいつも若ぇのに気の毒だな…余裕ができたら義足くらい検討するか。あと当面は幻肢痛に要注意だな、手鏡しかないのが辛いが用意だけしておくか」
ヒューリックは旧クワ・トイネ公国出身のエルフ族であり、従って数年前までは第三文明圏外相応の医療技術と知識しか持っていなかった。だが、それはたった数年で覆された…タウイタウイ島から入り込んだ医学書のせいで。
見せられた解剖学の本に凄まじい衝撃を受けたヒューリックは、少しでも多くの患者を治すために何が何でもこの知識を取り入れてやると決断。
「んでこいつは…ああ、弾が心臓で止まってた奴か。ひとまずチアノーゼとかの兆候はなさそうだが…まだ予断を許さんな。点滴の輸液は…まだあるな、交換はもう少し後だ」
そこまで呟いた時、後ろから「あの」と声をかけられた。
ヒューリックが振り向くと、そこにいたのはあのグラ・バルカス帝国の看護師マキ・デルフィーノである。…泣き腫らしたらしく両目が赤く充血していたが、その表情は何故か引き締まっていた。
「どした、嬢ちゃん」
「さっき言われた『命に色はない』って言葉…意味が何となく分かったような気がします。
それで、あの……私も、ここの部隊で働かせてもらえませんか? 少しでも技術を学んで、多くの人を助けたいんです」
「おいおい、敵国の人間と一緒に働くってのか?」
「『命に色はない』んでしょ?」
言い返された言葉にヒューリックは一瞬ぽかんとし、直後にフッと唇の端をつり上げた。
「俺の負けだよ。その言葉を突っ返せるなら、少しずつ分かってきてるのかもな……その言葉、忘れんなよ」
「はい!」
「あーそれと、こいつを読んでみるか? 嬢ちゃんの看護師としての技術はちらっと見たが、どうも知識が足りてない気がする。…いや、どっちかというと、嬢ちゃんはグラ・バルカス帝国では良い教育を受けてきているんだろうが、そのグラ・バルカス帝国で使われてる医学書に情報が足りてない気がするんだ。
試しにこれ読んでみな。これに嬢ちゃんが知らないことが書いてあったなら、まだまだ知識の勉強の余地があるってこった」
ヒューリックが差し出した解剖学の本を、マキは不思議そうな顔をして受け取った。試しに心臓のページを開き…急に目を見開いたかと思うと、食い入るように見つめ始める。
(ふん…これなら、少しは期待できるか。このクソみてぇな光景の中に、涼しいそよ風でも吹いたようなもんだな)
無言で医学書に頭を突っ込むようにしているマキの背中をちらっと見て、ヒューリックはそんなことを考えるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
中央暦1643年11月22日、第二文明圏列強ムー国北部 オリョール県。
ムー国においても北の端と言って良いこの地、その大規模拠点となっているのが港湾都市スカパ・ブローである。ムー統括海軍傘下の巨大な軍港を有するこの都市は、ムー国の造船や海運、制海権に関わる要衝として発展してきた。
ちなみに県名を聴いて潜水艦娘"
そのスカパ・ブロー軍港には、ムー統括海軍が誇る艦艇が何隻も停泊している。厳寒の北風に吹きっさらしになっている艦艇群であるが、それゆえに却って
停泊しているのは、ラ・カサミ級戦艦の「ラ・サヒア」の他、ラ・コスタ級航空母艦、ラ・デルタ級装甲巡洋艦、ラ・グリスタ級巡洋艦といった旧式の艦艇群。それから、旧式巡洋艦を改修して作られた、ラ・ホトス級やラ・シキベ級といった護衛駆逐艦。そして、ムー期待の新鋭艦となる
その艨艟たちの中で一際目立つ巨体を持っているのが、ラ・ラツカ級航空母艦の「ラ・ラツカ」である。ロデニウス海軍の航空母艦「
2隻の航空母艦を取り囲むように浮いているのは、ムー国産マハン級もとい「ラ・ハンマン級駆逐艦」や、ムー国産フレッチャー級もとい「ラ・フレッツ級駆逐艦」が数隻。そして、ムー待望の防空艦たる「ラ・トラン」と姉妹艦「ラ・サディン」である。
ラ・トラン級防空巡洋艦は、ムー国がコピー生産した「アトランタ級巡洋艦(中期型)」だ。水雷戦隊の指揮を執れる防空艦として、ムー海軍が大きな期待を寄せている艦である。12.7㎝連装両用砲をこれでもかと積み上げたその姿は、俊敏そうな外見も相まって短槍を構えた騎兵を思わせる。
そんな艦艇群が居並ぶ港に、2隻の駆逐艦に守られて1隻の軍艦が入ってきた。
ムーの新鋭艦艇群を見慣れた者からすると、その軍艦はどこか妙な違和感があった。全長は130メートル程度と、ラ・トラン級より小さい。それなのに艦幅はラ・トラン級より一回り大きく、ずんぐりむっくりした感じなのだ。その艦上には、なんとラ・トラン級よりさらに多数の12.7㎝両用砲を搭載している。
この艦の名は「ラ・エルド改」。ラ・カサミ級戦艦の1隻として建造された艦である。
しかし今や、同艦の装いは大きく変化していた。戦艦の象徴たる大口径主砲が撤去され、代わりに副砲くらいの口径を持つ連装砲を大量に搭載している。そして、竣工時にはなかった装備が幾つか備えられていた。
例えば、「ラ・エルド改」の前部マストには、魚の骨を思わせる金属棒が据え付けられている。これは対空警戒用の「13号対空電探改」だ。しかも、この電探の表示モニターはPPIスコープ(円形の画面の中で光の線がくるくる回っているアレ)になっている。
それだけではなく、「ラ・エルド改」の艦橋トップにはなんと「GFCS Mk.37」が据えられている。これは砲の射撃管制装置だ。目視による直接照準が基本だったムー海軍にとって、電探や光学測距儀による間接照準を行える画期的な装備である。
そうした数々の新装備を持たされ、「ラ・エルド」は主力戦艦から防空戦艦へと変わっていたのだ。
《ラ・エルド改 主要要目》
全長 131.7メートル
全幅 23.2メートル
基準排水量 15,140トン
機関 ディーゼルエンジン(出力15,000馬力)
最大速力 20ノット
主砲 38口径12.7㎝両用砲20門(連装8基+単装4基)
副武装 65口径40㎜対空機関砲16基(連装4基+単装8基)、70口径20㎜単装機銃20丁
電波兵装 射撃管制装置「GFCS Mk.37」2基、「13号対空電探改」1基
「ラ・カサミ改」のせいで
ゆっくりと入港する「ラ・エルド改」、その姿を戦艦「ラ・サヒア」艦橋から眺める男の姿があった。ムー海軍でも貴重な機動部隊の指揮官の1人、レイダー・アクセル少将である。イルネティア解放作戦「ユーラヌス作戦」を終えた後、機動部隊再編のためこのスカパ・ブローに戻ってきていたのだ。
「『ラ・マギア』はこれから訓練か……」
呟くレイダーの声には、焦りの色が見え隠れしている。
「ラ・ラツカ級は、量産の
レイダーの焦りも、無理からぬことであった。
今のムー海軍の空母部隊は、未だにラ・コスタ級やラ・ヴァニア級…旧日本海軍でいうところの「
そこでレイダーが考えていたのが、空母機動部隊の大規模再編である。急降下爆撃機や雷撃機を運用できるラ・ラツカ級以上の空母を主力に据え、ラ・コスタ級やラ・ヴァニア級は戦闘機「アラル」と対潜爆撃機「ソードフィッシュ」だけを搭載して艦隊の直掩任務に専念させる、という構想を抱いていた。
これを実現するためには、もっとラ・ラツカ級が必要だ。最低でも3、4隻は必要だろう。
「焦っても仕方ないでしょう。陸上に新型機があるだけマシ、と考えた方が良いと思います」
レイダー機動部隊司令部の参謀長シギント・サーマン准将が、慰めるように言った。
スカパ・ブローには、ムー国の航空機製造会社「エストリバー社」の製造工場や、ムー統括空軍の飛行場がある。その飛行場に、この頃2桁単位の戦闘機が運び込まれたと報告されていた。
その新型戦闘機「オーシア」は、それまでのムーの戦闘機とは一線を画するとんでもない性能を有しているそうである。何でも、最高時速が600㎞を超え、そこそこの防御力と高い運動性能、そして桁違いの火力を有すると言われていた。
エストリバー社は、この戦闘機を以前から解析しており、量産体制を少しずつ整えているそうである。
この「オーシア」戦闘機の正体は、ロデニウス製の戦闘機「
第二次バルチスタ沖大海戦、パガンダ攻略作戦、イルネティア解放戦と戦い続けてきたロデニウス海軍第13艦隊は、母艦機の補充のため"装備開発"を行った。その際に余った「紫電改二」を格安でムーに売り渡したのである。その結果がこれであった。
「新型戦闘機『オーシア』か……聞けば、アレも母艦機だそうだな。できることなら『アラル』や『バミウダ』の代わりに『オーシア』で母艦の戦闘機を揃えたいものだ」
贅沢なのは分かっているが、それでもレイダーは言ってみずにはいられなかった。
「まあ、それは後々の話ですね」
「ああ。
明日には『ラ・カサミ改』がここに到着するそうだ。それを含めれば、ここの戦力は戦艦3隻、空母5隻、巡洋艦8隻、駆逐艦26隻と、飛行場に展開する航空機250機となる」
「素晴らしい、主力を担うに相応しい陣容ですね……数だけで言えば」
「君も成長したな。私の思っていることを正確に言えるようになっている」
「ありがとうございます」
「皮肉なんだがな」
「承知の上で申し上げました」
生真面目な表情でのたまうサーマンに対し、バツが悪くなったか、レイダーは心持ち視線を逸らした。
実際、数だけで言えば立派な主力艦隊であるが、その中身はお寒い限りである。戦艦のうちまともに第一線で戦えそうなのは「ラ・カサミ改」と「ラ・エルド改」だけ、空母は「ラ・マギア」は訓練未了のため除外となって、主力空母は「ラ・ラツカ」しかいない(残りは小型空母のラ・コスタ級)。巡洋艦は、ラ・デルタ級装甲巡洋艦を頭数に入れても第一線で戦えるのは4隻のみ。駆逐艦は、護衛駆逐艦を省いて艦隊型駆逐艦だけ数えると、12隻に激減する。
たったこれだけの艦隊でグラ・バルカス帝国海軍と戦わなければならないと考えると、レイダーは心細さを覚えずにはいられなかった。
「せめてラ・コンゴ級とラ・ラツカ級がもう1隻ずつあれば良いのだが…」
「無い物ねだりをしても仕方ないでしょう、司令。あるだけの戦力で勝つことを考えねばなりません」
「分かっている、言ってみただけだ。近くにロデニウスの主力艦隊がいるだけマシだと考えるしかないな」
ムー機動部隊司令部の面々は、戦力の少なさに頭を悩ませる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同日、ムー大陸西方沖 パガンダ島。
今やこの島は、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊の拠点の1つとしてすっかり固められてしまっていた。早期警戒レーダーや対空・対水上射撃レーダーとして「13号対空電探改」や「32号対水上電探」、「FuMO25 レーダー」が各地に配備されていた。
また、かつてグラ・バルカス帝国軍が築いた飛行場には複数の機体が詰めている。
特徴的な灰色の鋭角的な機影を持つ「F-86D改 セイバードッグ」や、「F-104G スターファイター」等のジェット機。
水平尾翼を持たない半
そして、第13艦隊の主力戦闘機の座を占める「
それらの機体に守られた軍港には、戦艦「
改
そんな「釧路」の周囲を、1機のレシプロ機が飛び回っている。風防の長さから1人乗りの機体だと分かるその単発機は、一見すればロデニウス軍の主力艦上戦闘機「烈風一一型」である。しかし、「烈風一一型」よりやや大きく、速度も30㎞/h以上速かった。
今しもその機体が、「釧路」の最上甲板ギリギリの高度を高速で抜けていくところである。最上甲板には、艦長である"釧路"の他数名の妖精が並んでいた。妖精たちの手には、スピードガンが握られている。
「測定完了! 時速302ノットです!」
轟音を振り撒いて飛び抜けていった単発機をちらっと見送り、妖精の1人が声を上げる。それを聴いて、"釧路"は満足そうに頷いた。
「海面付近の低高度でこれだけの高速…どうやら合格点ね。よし、続いて高度6,000メートルでの最高速度試験行くわよ!」
「はっ、テストパイロットに打電します!」
敬礼をした別の妖精が艦橋に走る。
彼女たちが試験しているのは「烈風二二型」……「烈風一一型」の改良型だ。基本設計こそ変わらないものの、機体自体はやや大型化しており、また発動機(エンジン)も変わっているため、改良型として扱われている。
発動機は、これまで使われていたハ43-11ではなく、新たにハ44-21空冷星型18気筒発動機を採用した。これによって最高速度が上がったはずである。それを今から試験するのだ。ちなみに最高速度以外の
無線で指示が伝わったのだろう、「烈風二二型」は機首を上向ける。そして、空の彼方まで行くかのようにぐんぐん昇っていった。
「うん、上昇力もいい感じね」
それを見送って"釧路"が呟く。
最終的に、上昇力は高度6,000メートルまで上がるのに4分33秒を要する程度となった。この数字に、"釧路"と妖精たちは大いに満足した。
そのまま最高速度のテストに入る。その結果は……
「分析完了! 最高速度は356ノット(時速659㎞)!」
「上々ね。これなら、敵の新型アンタレスが相手でも十分戦えるわ」
及第点、というところである。
続いて行われた格闘性能テストでも、「烈風二二型」は文句無しの性能を発揮してみせた。これなら、「烈風一一型」に続く次期主力艦上戦闘機の座も十分に務められるだろう。
「惜しむらくは、配備に時間がかかることね。提督からの制式採用と量産の承認はすぐに降りるでしょうけど、全ての空母艦娘にこれを行き渡らせ、さらに慣熟訓練まで終わらせるためには、どれだけ急いでも半年は見込む必要がある……その前に敵が新しい動きを起こさなければ良いんだけど」
「ま、それは提督が考えることかしら」
しかし即座に思考を切り替え、"釧路"は天高く飛ぶ「烈風二二型」が描く複雑な
「それと…"あれ"のテストも、今のところ順調ね」
彼女の視線の先には、「烈風二二型」など比較にならない巨大な機影が浮かんでいた。「烈風二二型」とは異なり、ゆったりと空を飛んでいる。
長大な主翼に4つの発動機を備えたその姿は、パッと見は「B-29改 スーパーフォートレス」のものである。しかし実は、この機体は「B-29改」ではない。その機の胴体後部上面に据えられた巨大な皿のような機構と、機体下面前部から控えめに突き出たレドームが、そのことをはっきりと証明していた。
その機の名は「KJ-1改」。機種は爆撃機ではなく「
ざっくり説明すると、アメリカのB-29をソ連が丸ごとコピーして作り上げた「Tu-4」という爆撃機がある。その「Tu-4」が旧式化してソ連から中国に下げ渡された際、中国側はこの機を改造して空中警戒管制機にしたのだ。それが「KJ-1」である。この「KJ-1」を元にロデニウス軍が作り上げたのが、当機である。
当然ながら爆弾槽は一切なく、防御用の機銃すら全て取っ払われている。
本機の背中に据えられたレーダーは、なんと自衛隊の「E-767」と同じものだ。それだけではなく、西暦2199年代地球の技術をフル活用して、あろうことか地上捜索レーダーまでも搭載している。つまり、この「KJ-1改」が1機空にいるだけで、航空機だろうが地上を走る戦車だろうが榴弾砲陣地だろうが、大抵の敵性兵器の所在が割れてしまうのである。
これでも十分なほどに高性能な機体であるが……飽き足りないマッド研究者どもは、生体魔力探知装置を改良してこいつに搭載し、歩兵部隊や魔獣のような生物部隊でも捕捉できるようにしようと奮闘中である。また、こいつが捕捉した敵の配置を地上の味方に伝え、先手を取って確実に叩き潰せるようにするため、データリンクシステムの整備を急いでいるところである。
閑話休題。
鷗翼を広げ空を舞う「KJ-1改」は現在、レーダー走査試験を実施している。"釧路"は手元のタブレット端末に視線を落とし、送られてきたデータを調べてみた。
端末の画面には、「KJ-1改」がレーダーで捉えた目標がくっきりと映し出されていた。それも海上に浮かぶ艦艇群だけではなく、「烈風二二型」を示す光点もしっかりと映っている。
どうやら
「上々ね」
どこぞの正規空母艦娘のような台詞を吐いて、"釧路"は満足げに頷いた。
上首尾に終わった「烈風二二型」と「KJ-1改」のテスト結果を提督たる堺に提出し、その場で制式採用の決済を得た"釧路"は、鼻歌を歌いながら艦内を歩く。そして航空機開発エリアまでたどり着くと、格納庫に収納されているとある機体を見下ろした。
「次はこれね」
そこには1機の双発レシプロ機があった。すらっとした胴体を持つその機は「一式陸攻」シリーズとは全く異なり、むしろ「銀河」のそれに近い。しかし「銀河」でないことは明白だった。何故なら、機首には機銃の太い銃身の他に魚の骨のような形の金属棒……八木・宇田アンテナが生えていたから。
それは開発中の新型戦闘機「仮称
その「仮称星光」の隣では、レシプロ単発機が1機組み立て中である。やたらゴツい機体形状だ。
「AD-1 スカイレイダー」。
第13艦隊にて研究中の、新鋭艦上攻爆撃機である。艦上攻爆撃機といえば、第13艦隊には「
この機体の特徴は、その凄まじいまでの搭載量だ。なんと搭載量3,130㎏である。「流星」や「流星改」の約4倍という、とてつもない量だ。
このため、もしこの機体が量産配備されれば、第13艦隊・母艦航空隊の対艦・対地攻撃力は少なくとも3倍以上に高まると見られている。
これ以外にも、"釧路"の航空機開発チームの妖精たちは幾つもの機体を手がけていた。
エンジンにターボチャージャーを装備して時速700㎞に迫る高速と高い高高度性能を獲得した「彩雲一二型」が既にロールアウトしており、「紫電改二」のロケット弾対応改修も完了した。そして今、チームの威信をかけて全力で開発に取り組んでいた「KJ-1改」も、制式採用を勝ち取った。
基地航空隊用の新型高高度邀撃戦闘機「Ta152B」、「烈風」シリーズとは別に研究中の新型レシプロ艦上戦闘機「仮称
その一方、"釧路"と妖精たちの上官たる、ロデニウス海軍第13艦隊司令官の
「ついに来るか……」
彼の視線の先にあるのは、執務机に置かれた1通の報告書。提出者は独立第1飛行隊となっている。その表題は以下の通り。
『ゴリアテ主力艦隊、出撃の気配濃厚。一両日中にゴリアテ本土出港の見込み』
それは、独立第1飛行隊が所有するハウニブⅡ型を使った、グラ・バルカス帝国本土航空偵察の結果報告だった。イルネティア島の解放が完了して以来、何度となく偵察飛行を繰り返していたこの部隊が、ついに来るべきものが来たと伝えてきたのである。
報告書に添付された写真には、グラ・バルカス帝国の帝都と思しき都市の港が写っている。そして、その広大な港を埋め尽くさんばかりに展開している無数の艦艇群も。
総数はざっと200隻前後とされており、それらの中には、戦艦や正規空母といった明らかな主力艦も多数含まれている。グレードアトラスター級戦艦こそいないようだが、ニセ長門型こと「ヘルクレス級戦艦」や、ニセ
しかも、これとは別の軍港に100隻規模の艦隊が存在しており、こちらも戦艦2ないし3隻、空母8隻を含む主力艦隊となっている。どうやらこの2個主力艦隊が同時に出撃し、2方向から襲いかかることでムー大陸周辺の制海権を再奪取しようとしているらしい。
「これは厄介だな」
堺の横から報告書を覗き込んだ"長門"が、僅かに眉をしかめた。
艦娘たちの中でも筆頭格の武闘派で知られる"長門"だが、猪武者という訳ではない。どんな相手にどう挑むべきかを、彼女は常に考えている。その彼女の目から見て、この相手との戦いは明らかに不利な戦であった。
「合計300隻…この時点で、我が艦隊の総数の2倍以上だ。しかも相手は200+100隻に分かれている。本来なら各個撃破の好餌だが、我が艦隊にとっては苦しいだけだぞ。
提督よ、どう戦うつもりだ?」
第13艦隊ムー派遣部隊の艦娘は、総勢132人。敵の2個連合艦隊を相手取るには厳しい戦力だ。
"長門"に尋ねられた堺は、報告書から目を離さずに答えた。
「厳しい相手であることは十分分かっている。だが、これはピンチであると同時にチャンスでもあるんだ」
「チャンスだと?」
「ああ。これまでのグ帝本土偵察の結果をまとめると、敵の主力艦隊は全部で5個。このうち第二次バルチスタ沖で潰したのが1個、大東洋で全滅させたのが1個だから、残りは3個だ」
その言葉で"長門"が目を見開く。
「ということは…これが、敵艦隊の最後の主戦力になるのか?」
「ああ。200隻の方向は2個主力艦隊の連合らしいから、合計3個艦隊だ。これを叩けば、敵海軍の主力はほぼ全滅状態になる。敵の軍艦自体はまだ残ってはいるが、その陣容から判断して本土か植民地の防衛艦隊、輸送船団護衛艦隊、訓練中の部隊のどれかにほぼ大別できる。
ということでこの一戦、第13艦隊の全力を上げてでも勝たねばならん」
そして堺は、やおら顔を上げた。
「それで戦闘についてだが……日本の自衛隊員のルーツの1つは武士だ。武士ってのは、新しい刀を手に入れたら試し斬りをしたがるものだろう?」
「ああ、そうだな。…ということは、新兵器を使うということか?」
「そうだ。『烈風二二型』こそ間に合わないが、『彩雲一二型』は二航戦に配備済みだから存分に使う。『KJ-1改』は、試作機2機とも実戦投入だ」
「かなり無茶をするな?」
「兵器は実戦で使えてこそナンボだからな。無理があるのは承知で、『KJ-1改』も突っ込む。パガンダ島かイルネティア島周辺で戦うなら、十分使えるさ。
それから、敵艦隊の進路をもう少し見極めた上で、今ムー大陸各地に分散している艦娘たちを1個艦隊に集めなおす。ただでさえこっちは数で劣勢なんだ、戦力を集中しなければ勝てん」
「敵のもう1つの主力艦隊はどうするんだ? 片方は相手できても、もう片方が厳しいぞ」
「それについては、俺に考えがある。任せてくれ。
すまんが長門、通信室を借りるぞ」
「ああ、分かった」
そして堺は、あちこちに無線を飛ばし始めた。まずはムー大陸各地にいる各任務群の旗艦を担う艦娘たちに集合準備命令を。それから、ムー大陸各国に警報を。そして何故か、無線通信のうち1本を遥か東の彼方、ロデニウス大陸の方向に向けて。
「よし、これで布石は打った」
全ての通信を送り終えた堺は、そう呟いた。そして腹の底でひとりごちる。
(俺が試したいのは新兵器だけじゃない……全ての敵艦隊に効果的に対処するにはこれしか方法がないんで、「切り札」も切る。どうせ「切り札」もどっかで性能テストをせにゃならんと思ってたところだ、ちょうど良い。
グ帝さんよ、感謝するぜ。実弾射撃試験の的を、大量に用意してくれたことにな…!)
はい、タイトルの「埋火」とは"(戦火の)埋火"ということでした。
第二文明圏連合軍とグラ・バルカス帝国軍、双方が戦闘準備をしています。グラ・バルカス帝国はムー大陸周辺の制海権を取り戻す(そして、ムー大陸における再侵攻作戦の足掛かりを建設する)ため。第二文明圏連合軍は、これに備えるため。
まだ戦火は遠ざかることはないようです。
そんな中にあって、マキちゃんのアレが一服の清涼剤になることを願うばかりです…。
ちなみにヒューリックが言った上官の受け売りだという「命に色はない」という言葉、実はこれに元ネタがあるというのに気付いた方はいらっしゃるのだろうか。 元ネタはケビン・バース氏の発言です。そのケビン氏の娘さんがアニー・バース、登場作品はテイルズオブ…ゴホンゴホン。
お気に入りがついに3,000に到達…! 本当にありがとうございます!!
評価10をくださいましたtk5254様、白雲しほ様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
次回予告。
第二次バルチスタ沖大海戦以来、ついに約半年の時を経て動き出したグラ・バルカス帝国海軍。これまでの総反攻作戦での成果を守るべく、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊は迎撃準備に入る。新たなる戦力を揃えて…
次回「新たなる戦いの序曲」