鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、予告通りに間章投稿です。
ところで、皆様お気づきになりませんでしたか? 私は前回(029. それぞれの分析)、クリスマスの準備の描写を入れましたが、そこで「ケーキ」だの「アイス」だの、砂糖がやたら必要になるものを作ろうとしている描写を入れました。
そして、同時に003.5. 「クワ・トイネ公国の新たなるブーム(1)」を見返していただくと、自然とある疑問が沸いてくるはずです。

こいつらいつの間に白砂糖を作れるようになったんだ、と。

その答えが、この間章です。
結構好き勝手な設定を付けておりますので、お読みいただく前に、その点をご理解・ご了承願います。



019.2 間章その2 タウイタウイの新たな艦娘

 話は、中央暦1639年6月初頭にまで遡る。

 ちょうど、ロデニウス大陸ではクワ・トイネ公国、クイラ王国の2国連合(実際にはそれに日本国のタウイタウイ泊地を加えた3国連合である)とロウリア王国の戦争が終結し、誰もがその後始末に躍起になっていた。それを、空のはるか高みから見下ろす目が、いくつもあったのである。

 そう、神域に住まう神々の皆様であった。

 

「あの若造、なかなかやりますね」

「うむ、ワシの見込んだ通りだわい」

 

 神域に建てられた、ギリシャのパルテノン神殿を思わせる白い建物の中では、神様たちが会議をしていた。筋骨たくましい、若々しい印象を与える男性の神が、目の前の映像に映るロデニウス大陸の様子を見てコメントする。それに満足そうに返す、議長を務める白髪の老神。

 

「皆、ワシらが転移させたタウイタウイ泊地の奮戦ぶりは、見てもらえたと思う。また、ワシらの送った(贈った)品物、あれを見つけて運用し始めたようじゃ。尤も、『伝説のアレ』に関しては、まだまだ性能の把握に時間がかかるようじゃがの」

 

 議長の言葉に、何人かがうんうんと頷く。

 

「が、1つ問題があっての」

 

 続く議長の言葉に、麦穂を抱えた豊穣の女神が尋ねる。

 

「まだ何か、問題が?」

「うむ。それは…」

 

 議長は、一瞬言葉を切った。一同が緊張し、中にはゴクリと唾を飲む者もいる。

 

 が。

 

「白砂糖の精製ができぬことじゃ」

 

 議長の言葉に、全員が見事にズッコケた。

 

「いやいやいや、おかしいだろ? ()()()砂糖じゃないのか? なんで白砂糖ができないことが問題なんだ?」

 

 小太りした中年男性の神が、心底不思議でならぬ、という様子で質問する。

 

「お主は、艦娘の恐ろしさを理解しておらぬようじゃな。艦娘というのは、軍艦であると同時に人間でもある存在。つまり、人間と同じようにストレスも溜まったりするのじゃ。そして、あの世界はまだ電気もろくになく、あったとしても映像放送がないから、テレビがあっても役に立たぬような状態なのじゃ。

そんな世界じゃと、艦娘はどうやってストレスを解消するか? もっとも効率的なのは、そう、甘いものなのじゃ」

 

 老神は一旦言葉を切り、ふう、と息をついた。話しすぎたか。

 

「ところがの、あの若造、残念ながらサトウキビがあっても白砂糖の精製ができぬ。一度挑戦したようじゃが、見事に失敗に終わった。そして今も、なんとかしようとしておるし、どうにか白砂糖はできるようにはなったが、残念ながら出来具合が安定せぬ上に質の悪い物しかできておらぬ。

このままでは、艦娘たちの反乱も起こりかねん。そうなれば、ワシらのこれまでの支援も全て無駄となる可能性がある」

「では、どうすれば!?」

 

 最初に発言した若い男性の神が、拳を握りしめて叫ぶ。

 

「そう()くでない、若造よ。転移に使える神力は、今どのくらいあるのかの?」

 

 老神は、麦穂を抱えた(ほう)(じょう)の女神に問う。

 

「昨日の時点ですが、私の姉は神力は少しずつだが回復しつつある、と言っていました。今なら、タウイタウイ泊地程度の島なら送り込める、と」

「承知した。ではすまぬが、1つ頼まれてくれぬか?」

「何を送るのでしょう?」

 

 女神の質問に、老神はニヤッと笑って答えた。

 

「ワシの特注の『(かん)(むす)』じゃよ」

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 さて、話の舞台を地上に戻そう。

 中央暦1639年6月16日、パーパルディア皇国からの借金返済の督促状に頭を抱えたパタジンが、クワ・トイネ王国の政治部会に泣き付いて、堺から借金踏み倒しの策を授かった、その翌日の朝早く。

 タウイタウイ泊地から見て東方120海里の地点の海域で、異変が1つ生じていた。

 

 その海域は、島なども特にないだだっ広い海が広がるだけの海域なのだが、不意にその海域の空間の一部が、音もなく(ゆが)んだのだ。もしこの光景を誰かが見ていたら、その者の目には、空がぐにゃりと捻じ曲げられ、渦を巻くように歪んだ、と見えただろう。

 続いて、その歪んだ空間の中心に青白い光の点が現れ、歪んだ空間全体を覆うようにみるみる拡大したのだ。広がった光の様子は、「宇宙戦艦ヤ◯ト2199」の、各種艦艇のワープアウトのシーンを想像してもらえればいい。それが一番イメージに近い。

 

 次の瞬間、いっぱいに拡大したその光の中から、湧き出るように巨大な影が飛び出してきた。そいつは、よく見なくても船のような特徴を備えているが…大きい。とにかく大きい。目測にして全長1,000メートル、幅400メートルを超える、と見られるほどだ。あの戦艦大和(やまと)ですら、全長263メートル、幅38メートルであることを考えると、常識外れの大きさである。

 その船体上部には、これまた巨大なクレーンが4つ付いており、日本の軍艦に詳しい者なら、工作艦「(あか)()」を連想させるものがある。そして船体後部には、ロケットのそれに似た形状の、大型のノズルが両舷に付いていた。

 その巨大な船体が完全にその姿を現した直後、青白い光はすっと消えた。

 謎の巨大艦は、高度50メートルほどの空中に浮かんでいる。その甲板に、1人の女性が出てきた。

 

「さーて、と…」

 

 旧日本海軍の第一種軍装とほぼ同じ格好の、濃紺色の軍服に身を包み、黒髪を肩のあたりで切り揃えたその女性は呟く。

 

「この世界が私の任地、ね。なるべく早く、『タウイタウイ泊地』とやらに接触しないと…」

 

 彼女の名は、「(くし)()」。艦種は、「改(まい)(づる)型移動工廠艦」。名前でなんとなく察したと思うが、工作艦の一種である。その機能は明石に比べると桁違いに多いが。

 彼女こそ、老神の言っていた「特製の艦娘」である。既にこの世界の地図(もちろんタウイタウイ島の位置も書き込まれている)は、老神によって脳内にインプットされており、艤装も機関も順調に稼働することが確認されている。妖精たちの士気も旺盛だ。

 

「この場に留まっていては何も始まらないわね…。移動工廠艦『釧路』、発進! 両舷前進微速! 目標、ロデニウス大陸沖、タウイタウイ泊地!」

 

 "釧路"は高らかに号令をかける。

 艦体後部のロケットエンジンに火が灯り、エンジンの力強い唸りが響く。「釧路」は、全長1,670メートル、全幅470メートルの巨体を空中50メートルに保ったまま、12ノットの速力でタウイタウイ泊地を目指し、西に進んでいった。

 なお、空を飛んだままでは接近した際に驚かれること間違いないので、途中からは着水して水上航行に切り替えている。

 

 

 その頃のタウイタウイ泊地では、

 

「提督、今日に限ってどうされたんですか? やけにそわそわしてるじゃないですか」

 

 書類仕事の合間に、"大和"が堺にツッコミを入れていた。

 堺は"大和"特製の紅茶を啜りながら、答える。

 

「いや、実は昨日の夜、不思議な夢を見てな」

「不思議な夢?」

 

 首を傾げる"大和"。

 

「ああ。何と説明したらいいか分からんが…白い空間の中で、どこからか声が聞こえたんだ。明日のうちに、我が泊地に新たな艦娘が着任するであろう、と。そして、一瞬だけ、その新たな艦娘と思しき影が見えて、それで終わり。夢と片付けるのは簡単だが…どうもただの夢にしては、()()が引っかかるんだ」

「宗教の聖典か、神話にでも出てきそうな話ですね」

「だろ? どうも、ただごとじゃなさそうな気がしてな」

 

 堺がそう言った、その時だった。

 

「ん?」

 

 "大和"の髪飾りに仕込まれた無線通信用の空中線が、無線電波を拾った。

 

「これは…!」

 

 しばらく耳に手を当て、無線通信を聞いていた"大和"が、驚愕の表情を浮かべる。

 

「どうした、大和?」

 

 堺が尋ねると、"大和"は堺の目を見据えてこう言った。

 

「提督、どうやらその夢が当たったようです」

「何だと?」

「泊地の東方30㎞地点を哨戒していた、第7駆逐隊の(おぼろ)より入電! 『我、泊地に接近する巨大な艦を発見! 目測で全長1,500メートル以上、全幅400メートル以上の超巨大艦。艦上に武装らしきものは少なく、また巨大なクレーンを4つ確認。全体の雰囲気は「明石」に酷似、おそらく工作艦の一種と推定される。また、…信じられないが…臨検の結果、同巨艦には艦娘1名、それに少なくとも100名以上の妖精の搭乗を確認! 艦娘は自身を"釧路"と名乗り、我がタウイタウイ泊地への着任を希望している』!」

「おいおい、あれマジで予知夢だったのかよ?」

 

 堺も酷く驚いている。

 

「てか、"釧路"? そんな名前の艦は聞いたことがないが?」

「私もです」

 

 堺と"大和"は、ともに首を傾げる。

 艦娘の元となった軍艦には、確かに“地名”に準じた名前を付けられた艦もある。だが、それは山の名前であったり((みょう)(こう)とか(こん)(ごう)とか(あか)()とか)、川の名前であったり(()()とか(せん)(だい)とか()(がみ)とか)、旧国名であったり(大和とか()()とか()()とか)である。「釧路」はさしずめ「湿原の名前」となるのかもしれないが…そんな命名規則は旧日本海軍にはない。

 

「まあ、そんな巨大艦が接近し、しかもそれに艦娘がいてうちへの着任を希望するとか、にわかには信じがたい内容だが、分かった。まずは自分の目で確かめるほうが早い」

 

 堺は決断を下した。

 

「大和、朧に打電しろ。『その釧路とやらを泊地まで案内しろ』と」

「提督、いいのですか?」

 

 "大和"が確かめるように、堺の顔を覗き込む。

 

「構わん。艦娘がここ(タウイタウイ)への着任を希望するとなると、これは間違いなく()()()()だ。俺が出るしかない」

 

 堺が明快に言い切ったため、"大和"も納得した。

 

「了解しました。では、せめてもの警戒態勢を取らせていただきますね」

「そうしてくれ」

 

 そして、戦時でもないのに第2種戦時態勢がタウイタウイ泊地に敷かれる中、件の艦艇がついにタウイタウイにその姿を現した。

 

「おいおい、デカすぎやしないかアレ」

 

 これが、タウイタウイ軍港に停泊した「釧路」を見ての堺の第一声である。

 まあ至極当然のことではある。何せこの「釧路」とやら、全長1,500メートル超、全幅400メートル超の超大型艦なのだ。あの戦艦大和を「釧路」の横に並べると、戦艦大和が駆逐艦にしか見えなくなるといえば、どれほど大きいかお分かりいただけるだろう。

 

「朧の報告通りクレーンがあるが、デカいなぁ…。深度次第じゃ潜水艦くらいならサルベージできんじゃねえか?」

 

 堺がそんなことを呟いていると、その右隣で工作艦の艦娘"明石"が、目をキラキラさせながら、興奮した様子で(まく)し立てる。

 

「これはすごいですね、提督! (あき)()(しま)さんに続いて、強力な助っ人ができてしまいました! しかも、根っからの工作艦ですよ!」

「いや、あいつは『移動工廠艦』らしいから、多分お前よりできることが多いと思うぞ」

「だから、秋津洲のクレーンを工作に使わないでほしいかも!」

 

 堺が冷静に指摘し、水上機母艦の艦娘"秋津洲"が両手をぶんぶん振りながら"明石"に抗議する。しかし"明石"は()()(とう)(ふう)とばかり、"秋津洲"の抗議をスルーする。

 

「移動工廠艦ですか!? それなら、泊地修理や装備改修はお手のものどころか、建造や修理のドック艦としての機能まであるかもしれませんね!」

「ああ。それに加えて、こいつはこれだけデカいから、乗員だけでも相当数を養わないといけないはずだ。もしかすると(きゅう)(りょう)(かん)の側面もあるかも知れんな」

「話聞いてないかもっ!?」

 

 その時、途轍もない存在感を放っていた「釧路」の船体が、淡い白い光に包まれる。

 

「ん、艦娘のお出ましかな?」

 

 堺の言葉通り、光が消えた後には1人の女性がそこに立っていた。

 肩の辺りの長さで切り揃えられたストレートの黒髪を綺麗に整え、全身を濃紺色の衣装に包んでいる。衣装はよく見ると、旧大日本帝国海軍の第一種軍装に似ていた。身長は比較的高く、艦娘の中でもかなりの高身長である"大和"と比肩しうるレベルである。そのため堺は、この女性が陸に上がって隣に並んだ場合、彼女を見上げる格好となるのが確定した。顔立ちもこれまた整っており、紫水晶(アメジスト)を思わせる紫黒色の瞳が印象的だった。白い肌が、海の青や衣服の紺色とコントラストをなしている。

 その背後に背負った艤装は、威風堂々たる雰囲気こそ()(そう)型や大和型に一歩譲るものの、存在感ならそれらの艤装すら凌ぐんじゃないだろうかというほど巨大であった。全体形状は"明石"の艤装に似るが、クレーンの大きさだけは"明石"のそれより大きい。そしてなぜか浴槽のようなものを曳航していた。

 彼女はビシッと海軍式敬礼をし、自己紹介する。

 

「改舞鶴型移動工廠艦『釧路』、ただいまを以てタウイタウイ泊地に着任いたします! 皆様、どうかよろしくお願い申し上げます!」

 

 これが、タウイタウイ泊地に屯する堺艦隊と"釧路"とのファーストコンタクトであった。

 堺は埠頭まで進み、"釧路"に右手を差し出す。

 

「ようこそ、タウイタウイ泊地へ。俺は堺、ここの提督だ。以後よろしく頼む」

「貴方が、こちらの提督ですね。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 "釧路"も右手を差し出し、2人は握手を交わした。

 

「さて…この暑いところで話すのも何だし、着任の手続きもせにゃならんから、ひとまず司令部まで移動しようじゃないか。釧路、こっちだ。ついてきてくれ」

「はい!」

 

 そう言うと、"釧路"は艤装を収納して陸へと上がってくる。

 

「大和は、歓迎会の幹事を頼む」

「了解しました」

 

 堺の命令に、"大和"は軽く敬礼をして答えた。

 

「さあみんな、すまんがちょっと道をあけてくれ! 釧路のことが気になるのは分かるが…ちょっと後にしてくれ!」

 

 もはや立派な人混みと化している艦娘たちをかき分けながら、堺は密かに安心するのだった。

 

(第6戦隊が遠洋作戦行動演習に出ていたのは幸いだったな…。通常なら、今頃パパラッチ(青葉)が取材に必死になって、釧路に(かじ)り付いているところだぜ)

 

 

 さて5分後、タウイタウイ艦隊司令部 提督室。

 堺は書記官ならぬ書記艦の"(おお)(よど)"とともに、"釧路"の着任手続きを行っていた。

 

「『移動工廠艦』か…。艤装形状や能力的には、明らかに戦闘向きではない。そして、名前が横文字でないから、海外艦とも言えん。となると…明石と同じ、工作艦という形が一番近いな」

「そうですね。では、寮は特殊艦寮ということにします」

 

 堺が首を捻りながら言うと、"大淀"が寮の振り分けを行う。

 "釧路"は、思い切って質問してみた。

 

「あの、特殊艦寮には、どんな方がいらっしゃるのですか?」

「ああ、特殊艦寮は文字通り、特殊な艦…というよりは、原則的には水上艦でない艦娘たちや、戦闘向きでない艦娘たちがいる寮だ。潜水艦の子たちや潜水母艦の"(たい)(げい)"、工作艦の"明石"、給糧艦の"()(みや)"と"()()()"とかだな」

「なるほど…では私も、そちらに入るのですね?」

「ああ。寮の規則はゴーヤ…失礼、潜水艦の"伊58"と、"伊168"が設定してるはずだ。この2人が寮のリーダーだからな。彼女たちに聞けば、教えてくれるだろう」

「わかりました、ありがとうございます」

 

 頭を下げる"釧路"。

 

「ところで釧路、こんな言い方をすると失礼だが、君はうちの子たちとはずいぶん違うようだ。確かに艦娘だが…どうも、出自が他の子たちとは違うように感じる。一体どこから来たのか、教えてもらっても良いか?」

 

 堺に聞かれ、"釧路"は話し始めた。

 

「あまりに突拍子もないと感じられるかもしれませんが…、私は、宇宙から来たのです」

「ファッ!?」

「え?」

 

 いきなりとんでもない回答が飛び出してきたため、堺と"大淀"の脳が一瞬フリーズする。

 

「そもそも私は、この星で建造された艦娘でも、地球で建造された艦娘でもないんです。私が建造されたのは、小惑星帯…地球なら、エッジワース・カイパーベルトと呼ばれる一帯です」

「エッジワース・カイパーベルト? そりゃ(めい)(おう)(せい)より遠く、太陽系の外縁部じゃないか。いったいなぜそんなところで?」

「実は、かくかくしかじかで…」

 

 "釧路"の話は非常に長かったので、全てを載せようとすると明らかにスペースが莫大に取られてしまう。なので、読者の皆様には誠に勝手ながら、ここでは彼女の話を要約して話すことにする。

 そもそも時は中央暦1639年5月末、ロウリア王国とクワ・トイネ公国の戦争が終結してしばらく経った頃のことだ。場所は先ほど申し上げた「エッジワース・カイパーベルト」。

 その小惑星帯の一角には「銀河星雲連合」と呼ばれる国家によって建設された、巨大なドックが設けられていた。「釧路」はこのドックで、舞鶴型移動工廠艦の「舞鶴」「(こう)()」とともに建造されていた(ただし、改設計があったため、釧路のほうが起工が遅い)。

 舞鶴型移動工廠艦は、移動式の工業ステーションまたは宇宙船の造船所となるべくして設計・建造された、宇宙空間・大気圏内いずれでも運用可能な大型艦艇である。いや、もはや船の形をした大規模工場兼造船所というべきだろう。

 そしてこの銀河星雲連合、実は各地の世界を管理している神域の神々の皆様と通じており、神々の皆様の求めに応じて必要な世界に必要な援軍を送っていた。そして「釧路」は本来、「舞鶴」と「神戸」が派遣された世界に、増援第2弾として送られるはずだったのである。ところが、その予定がキャンセルとなり、「釧路」の派遣予定は宙に浮いてしまっていたのである。そこへ、あの老神が派遣依頼を出し、それに基づいて派遣される増援として、「釧路」に白羽の矢が立ったというわけであった。

 かくして、彼女はこの世界に派遣されてきたというわけである。ただ、一度派遣されると元いた連合のドックへの帰還は不能となってしまう。そのため、「釧路」は銀河星雲連合から除籍された上でこの地に着任した、とのことであった。

 

「こりゃまた、いろいろとあったんだねぇ」

 

 "釧路"に"大和"特製の紅茶を出しながら、堺は確信した。

 

(おそらくだが、今回の我が泊地の転移にも、間違いなくこの神々の連中が関わっているようだな。それに、先日泊地で見つかった、謎のドイツ軍装備の数々。アレもその筋だろうな。ま、分かったところで今どうにかなるものでもないんだが)

 

 堺の隣では、メモ帳とペンを持ったまま"大淀"が硬直していた。

 

「どうした、大淀。固まっちまってるじゃねえか、らしくもない」

「いえ、あまりにも話の内容とスケールが大きすぎて…」

「ま、無理ないな」

 

 堺はあっさりと納得した。

 

「というより提督、逆に提督は何故そこまですんなり理解できるのですか…。何か釧路さんみたいな船が、このタウイタウイにあるというわけでもないですし」

「ん? ああ、俺だって全部理解できた訳じゃない。前後関係なんてちんぷんかんぷんだしな。ただ、彼女の話は筋が通っている。それに、自信ありげに話しているように見えた。おそらく、我々には信じられないような内容でも、彼女からすれば経験した事実だろう。そう割り切ってるだけだよ」

 

 堺はそう答えつつ、背中に流れた冷や汗をそっとシャツに染み込ませて隠した。

 

(あぶねー…! 相変わらず鋭いな、大淀は…。まさかこっちにもそんな空間に行ける船がもうあるなんて、言える訳ねーし…)

 

 堺はここで話題を転換し、"釧路"に別の話をする。

 

「出自については、分かったよ。あまりに内容とスケールが大きすぎる話だったんで、俺も全部理解できてる自信はないけどな」

「いえいえ。むしろあっさり提督に信じてもらえたことのほうが、私からすれば驚きですよ」

「ははは…。ただ、これはまた、うちの艦娘たちにそれを言っても、なかなか信じてもらえそうにない話だな。大淀、どうする?」

 

 堺に尋ねられた"大淀"は、メガネの位置をクイッと直してから、口を開いた。

 

「そうですね…、あれだけ多くの艦娘たちに見られたわけですし、釧路さん自身もここにいるわけですから『なかったこと』にはできません。であれば、提督に責任を被っていただきます」

「おい待て、どういうことだ。嫌な予感がするんだが…」

「提督は歴史がお好きでしょう? それで、明石と一緒になって、大型艦建造をするついでに、歴史書の中で見つけた怪しげな儀式をやっていたら、とんでもない艦を建造し、しかもその艦を召喚した場所すら狂ってしまって、ドックの中ではなくいきなり海上に放り出してしまった…で良いでしょう」

「おい待てよ、それって俺とんでもない悪人じゃねえか。ちょ、それはダメだ、俺に着せられる濡れ衣の量がエラいことになってる。ついでに明石も巻き込まれてるし」

 

 "大淀"がでっちあげたとんでもない内容に、堺は目を()いた。

 ちなみにこの時、工廠のほうで"明石"が大きなくしゃみをしたことは言うまでもない。

 

「ですが、これ以上納得のできる筋書きがありません。提督、そこまで言うなら貴方が筋書きを用意してください」

「ぐぅっ、コイツ、ド正論突きつけてきやがった…! ちくしょうめ、俺にはそんな物語を書くような発想力はない…! …分かった、それでいこう…」

 

 "大淀"に切って捨てられ、堺はガックリとうなだれた。

 というより、ここで一番とばっちりを受けたのは"明石"だろう。

 

「プッ、あははははは!」

 

 この2人のコミカルなやりとりに耐えきれなくなり、"釧路"は思わず笑ってしまう。

 

「ゴホン…さて、大淀(クソメガネ)にでっちあげられたことは抜きにして、釧路、もう1つ聞きたい」

 

 ささやかに"大淀"にやりかえしながら、堺は"釧路"を見た。

 

「君は工作艦らしいが…どんなことができるんだ?」

「はい! 装備改修や泊地修理ができるのは、明石さんと同じですね。ですが、私はそれに加えて、艤装の上で建造もできちゃうんですよ! しかも、たとえ大破した方であっても、この艤装を使って修理ができてしまうんです! 大型艦建造でも新装備開発でも、移動ドックでも何でもござれ、です!」

「おお、そいつは実に頼もしいな!」

「あと、提督もあの巨体をご覧になったと思いますが、あの巨艦を動かすとなると、当然相当数の妖精さんを乗り込ませなければいけませんよね? そのために、ちょっとした給糧艦の要素も持ち合わせています! 即席で甘い物も提供できますよ」

 

 "釧路"が「甘い物」と言ったその瞬間、

 

「「甘い物っ!?」」

 

 堺と"大淀"の表情が一瞬で変わった。そして、

 

「おい、それどういうことだ!? もしかして、砂糖作れんの!?」

 

 堺が猛烈な勢いで、"釧路"に質問を浴びせる。

 

「え? ええ、原料さえあれば、白い砂糖を上白糖からグラニュー糖まで、どんな種類でも精製できますよ」

 

 堺のあまりの勢いに、"釧路"は若干引きながらそう答えた。その直後、

 

「よっしゃ白砂糖キター!」

 

 堺がガッツポーズを決めた。

 

「やりましたね、提督」

 

 "大淀"もいつになく声を弾ませる。

 

「え? え?」

 

 突然の2人の豹変に"釧路"が驚いていると、堺はくるりと"釧路"に向き直った。

 

「よし、釧路!」

「はっ、はい!」

「提督からの最初の命令を伝える!」

「はい、何でもどうぞ! 開発ですか、建造ですか、改修ですか!?」

 

 初命令に心を沸かせた"釧路"だが、その命令の内容は、

 

「今夜の君の歓迎会までに、急いで白砂糖1トン精製しろ! サトウキビはどっさりあるからじゃんじゃん使って構わん!」

 

「……はい?」

 

 まさかの白砂糖精製であった。

 

「あの、この命令の意味は…?」

「いや、実はな、うちの艦娘たちが甘い物を食べられなくて困ってたんだ。このタウイタウイ泊地には、テレビ自体はあるんだが、この国に放送局がないものだから、まともな娯楽がないんだよ。まあ、もともと(へき)()だったせいもあるんだがな。

それで、甘い物が何よりの娯楽だったんだが…この世界にいきなり飛ばされたせいもあって、白砂糖を用意できなくなっていたんだ。俺も試行錯誤していたんだが、全くと言っていいほど上手くいっていなかった。だが、君が来てくれたおかげで、やっと白砂糖が“安定して大量に”供給できるようになった! これでうちの艦娘たちに、満足行くまで甘い物を食わせてやれる!

というわけで釧路、君のその砂糖精製能力をフル活用して、白砂糖1トン、夕方までに用意しろ! 着任早々すまないが、急げ!」

「は、はいぃ!」

 

 こうして、"釧路"の初仕事は「白砂糖の精製」という、「移動工廠艦」という艦が行うものとしてはあまりにもあんまりな仕事になってしまったのであった。

 まあ、この泊地の艦娘たちは、そろいもそろって皆スイーツに飢えていたのだから、仕方ないといえば仕方ない。

 

 その夜、タウイタウイ泊地においては、新たに着任した"釧路"の歓迎会が、盛大に挙行された。

 "釧路"から多量の白砂糖が提供されたため、"間宮"にしても"伊良湖"にしても、久しぶりにアイスやケーキ、餡蜜、そして何よりも間宮羊羹と伊良湖最中が作れるとあって腕によりをかけ、"大和"もラムネの大盤振る舞いをする始末である。その結果、立食バイキング形式で席が設定されたにも拘らず、肉料理や握り飯といったものがなかなか減らず、代わりに艦娘のほぼ全員がスイーツ類に殺到してきたため、スイーツだけ何回も作り直すという、異例の事態に突入してしまったのであった。

 

 この後しばらくの間、タウイタウイ泊地に白砂糖の精製設備の配備が完了するまで、"釧路"の主な仕事は装備改修や開発・生産の他、白砂糖の精製となってしまった。

 タウイタウイ泊地では週に2回ほど、"釧路"が浴槽型艤装(車輪付き)に袋詰めにした白砂糖を山と積んで、それを曳航して"間宮"と"伊良湖"の店に向かう光景が見られたそうな。




はい、今回は読者のお1人から増援として「オリジナル艦娘」の派遣を打診されましたので、折角ですので登場していただきました。

本文中に出てきた「銀河星雲連合」関連の設定は、おそらく今後出てくることはないだろうと思います。
ちなみに、本文中に一瞬だけ名前が出てきた「釧路」の準同型艦になる「舞鶴」と「神戸」ですが、この2人は別の世界に転移して、そちらで頑張っています。詳しくは、SEALs様の「超艦隊これくしょんR -天空の富嶽、艦娘と出撃ス!-」をお読みいただけますと幸いです。

後はクリスマスイベントですが、こちらは執筆にいましばらくの時間を要します。そのため、先に本編の最新話を投稿して、新章突入とさせていただきます。

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