鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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今回は、原作ではスルーされたあの要塞の戦い、そしてプラスアルファです。


201. 要塞ラテ・アルマイの戦い

 中央暦1643年12月9日 午前9時、ムー国オリョール県 港湾都市スカパ・ブロー。

 襲来したグラ・バルカス帝国艦隊を退けたことが確認されたため、この街に発令されていた警戒体制は解除されている。街行く人々の表情にも明るさがあり、街は少しずつ活気を取り戻しつつあった。

 しかし、敵艦隊襲来の爪痕が消えた訳ではなかった。

 

「あちゃー……」

 

 ムーきっての造船会社リグリエラ・ビサンズ社の所有する造船所にて、ムー海軍少佐リアス・アキリーズは、額に手を当てた。

 彼が見ていたのは、造船所内のドック…正確には、そのドックの中で建造中の大型艦艇である。その艦艇に張られていた装甲板の一部が吹き飛ばされ、鉄骨が打ち砕かれて無数の破片になって散らばっていた。炎に炙られたらしく、黒焦げになった部位も幾つか見える。

 グラ・バルカス帝国機の攻撃を受けて損傷してしまった、ラ・コンゴ級戦艦の1隻だった。

 

「思ったほどの被害ではないみたいですね。ただ…これはどう考えても、建造工程の遅延は避けられないでしょう。ざっと3週間くらいは遅れると思います」

 

 損傷箇所に向けてカメラを構えながらやんわりと指摘したリアスに、造船所の技官が肩を落とした。

 

「この上なく悔しいです……。これさえなければ、ヒッカーズとの建造競争に負けはしなかったのに…っ!」

 

 握り締められた技官の拳は小刻みに震え、その目尻には涙まで見られる。

 この戦艦は、ムー期待の最新鋭高速戦艦たるラ・コンゴ級戦艦の3番艦として、ムー統括海軍からリグリエラ・ビサンズ社に発注されたものだった。艦名は「ラ・ナルハ」に内定している。

 ムー統括海軍はこの「ラ・ナルハ」の他に、ヒッカーズ重工業にもラ・コンゴ級の建造を発注しており、4番艦の「ラ・リシマ」となる予定である。しかもこの2隻は同時に発注されており、そのためリグリエラ・ビサンズ社とヒッカーズ重工業は威信を賭けて建艦競争を繰り広げていたのである。

 だが、こんな事態が起きてしまった以上、「ラ・ナルハ」の竣工が遅れるのは確実だった。つまり、リグリエラ・ビサンズ社は建艦競争に負ける運命が決まったということである。

 

「起きてしまったものは仕方ありません。軍の方には私から連絡しておきますから、日程の組み直しをお願いしますね」

 

 リアスのその言葉に、技官は力なく頷いた。

 

 

「……という次第です。戦艦『ラ・ナルハ』の建造遅延は確定的です」

 

 その翌日、ムー国の首都オタハイトにある、ムー統括軍総司令部。その一角に設けられた情報通信部・情報分析課の部屋にて、リアスは報告を行っていた。

 

「分かった。確かにこの被害なら、3週間くらいは遅れるだろうな」

 

 損傷した「ラ・ナルハ」の写真を見ながら頷くのは、この部屋の主、課長のマイラス・ルクレール中佐である。

 

「造船所の人たちには不謹慎かもしれんが…被害が『ラ・ナルハ』だけ、しかもこの程度で済んで良かった、というべきだろうな。隣で建造中だった『ラ・サカギ』がやられていたら、下手すりゃ廃艦まっしぐらだったぞ」

 

 「ラ・サカギ」とは、ムー海軍の最新鋭航空母艦たる「ラ・ラツカ級航空母艦」の4番艦として発注されていた艦である。まだ竜骨の組み立てが終わって間もないくらいの完成度であり、そんなところに爆弾を受けたら最悪の場合、竜骨が折れていた可能性が高い。そうなっていれば、廃艦は免れなかっただろう。

 

「小官もそう思います。ですが造船所の人たちは、納得しないでしょうね…あと、一部の軍人も」

「だろうな。『ラ・ナルハ』を含むラ・コンゴ級は、間違いなく今の我が軍では最強の戦艦だ。未だに我が海軍では大艦巨砲主義が残ってる部分がある……今はもう航空機の時代だってのにな」

「先輩、上官のことを暗に老害って言うの止めましょうよ」

 

 さらっと上官批判をぶちまけるマイラスに、周囲に人がいないかとひやひやしながらリアスは言った。

 実際、マイラスの側に控えている新人の女性軍人カーナ・ツーベルク特務准尉が眉を(ひそ)めている。

 

「そうだな、愚痴はここまでにしよう。ともかく、報告ご苦労さん」

「はい。そういえば先輩、あれはどうなったんですか? 新たな戦闘機の有用性は」

「ああ、『オーシア』のことか。あれは良い機体だよ、間違いない。あれを配備できたのは(ぎょう)(こう)だった」

 

 スカパ・ブローでの航空戦において、ムーの新型戦闘機「オーシア」は目覚ましい活躍を見せた。何せグラ・バルカス帝国の戦闘機…場合によってはロデニウス連合王国の戦闘機ですら悪戦苦闘する相手に、互角に渡り合ってみせたのだ。その性能は相当のものがある。

 

「今のところ、我が軍の主力戦闘機は数的には『アラル』、性能面では『バミウダ』という感じだったが、これからは違うだろう。間違いなく、今後の我が軍の主力戦闘機は『オーシア』になる。今回交戦したパイロットたちから直に話を聴いてみても、『あれは今までの機体とはまるで違う。あれなら、ミリシアルの天の浮舟とやり合ったって負ける気がしない』『最高傑作と言い切れる戦闘機だ』って言ってたよ」

 

 マイラスは知る由もないが、神聖ミリシアル帝国の主力戦闘機である「エルペシオⅢ」は、最高時速530㎞な上にジェット機なので、最高速度・加速力・低空での格闘戦能力のいずれも「オーシア」が上回っている。

 

「ただ…パイロットたちは同時に、こうも言ってたな。『その「オーシア」を以てしても、ロデニウスのあの超高速戦闘機には絶対に勝てない』と」

「噂に聴くアイツ、『青い死神』ですか…」

 

 表情に影を落としたマイラスに、リアスも憂鬱そうな表情で頷く。

 マイラスは机の引き出しから、何枚かの紙や写真の乾板を取り出した。それは、「オーシア」のパイロットたちのスケッチや、第1機動艦隊から撮影された「ロデニウスの超高速戦闘機」…99式空間戦闘攻撃機「コスモファルコン」を写したものである。ただ、被写体の速度が速すぎて写真の方はブレまくっていた。

 

「こいつは、見てくれはどこかミリシアルの戦闘機に似ているが、全くの別物だ。時速は軽く見ても1,000㎞以上……下手をすると音速を超えて飛べる可能性すらある。しかも、こいつもまた"誘導弾"を装備していた……それも4発以上も。パイロットたちの話を聴いた限り、こいつは6〜8発の誘導弾を搭載できると見られる」

「下手すると、噂に聴く古の魔法帝国の戦闘機にも匹敵しますね」

「間違いない。しかも、第1機動艦隊からの情報では、この超高速戦闘機はレーダーにその影が映っていなかった、とのことだ。それも1機だけならまだしも、10機ほどの戦闘機全て、レーダーで捕捉できなかったらしい。もしかすると、レーダーの電波を跳ね返さない特別な機構でも備えているのかもしれない」

「レーダーに映らないって、それヤバくないですか。警戒のしようがありませんよ」

「本当にヤバい。というかどうやってこんなの達成してるんだろうな。レーダーは跳ね返ってきた電波を検知するものだから…待てよ? もしかして、レーダーから放たれた電波を別の方向に反射させれば、レーダーには映らなくなるか? 例えば爆撃機なら、機銃砲塔をなるべく減らして、爆弾も爆弾槽に完全にしまうようにして、できるだけ機体をすっきりさせて電波反射面積を減らせば…」

「確かに、この超高速戦闘機も結構すっきりしてますよね…。それかいっそ、金属じゃなくて木か何かで機体作ったらどうです?」

「それもありかな。木材か…試す価値はあるかもな」

 

 初歩的ながらも、僅かな情報から独力でステルスの概念にたどり着く辺り、この若き技術士官マイラスが非凡な才の持ち主であることがよく分かる。そして、電波反射の少ない素材として即座に「木材」を思い付く辺り、リアスも大概である。

 ちなみに、木で機体を作ることでステルス性を獲得した機体というのは、地球に実例が存在する。イギリス空軍の爆撃機「モスキート」である。イギリス……英国面……あっ(察し)。

 

「超高速戦闘機もそうだけど、俺としてはこれが気になってるんだ」

 

 マイラスは机の引き出しから書類を取り出し、机の上を滑らせてリアスに寄越した。

 

「何ですか、これ?」

「ムー統括軍総司令部に送られてきた報告から推計した、ロデニウス艦隊の戦力配置図だ。

ここでリアス、お前に質問なんだが、今年2月にマイカルで見たロデニウス艦隊の戦力規模は、どのくらいだ?」

「ええっと…」

 

 必死に頭を捻りながら、リアスは思い出した。

 

「確か、戦艦12隻、航空母艦が大小合わせて16隻、巡洋艦が大型・小型合わせて25隻前後、駆逐艦が70隻くらい、そして超大型の工作艦が1隻…でしたか?」

「うん、だいたいそのくらいだな。それを思い出したところで、その配置図を見てほしい」

 

 改めて配置図を見つめ直し…リアスはあることに気付いた。

 

「何これ……マスター・グレードアトラスター級…?」

 

 ムー国西部の港街レーグ、その西の沖合に「マスター・グレードアトラスター級」と書かれた黒点が描かれていたのだ。その他に、ニグラート連合のバルチスタ海域には無数の黒点が描かれ、「ロデニウス第13艦隊主力」と注釈が付いている。

 

「俺が気にしてるのはそいつなんだ。マスター・グレードアトラスター級という表現は、グラ・バルカス帝国側に無線電信を盗聴されていた場合に備えての隠語のようなものだろう。ネーミングからして、おそらくヤマト級戦艦の改良型じゃないかと思われるんだが……」

 

 マイラスが最後まで言う前に、リアスは配置図に凄まじい違和感があるのに気付いた。

 

「これは!? ロデニウス艦隊の主力は大半がバルチスタ海域に展開していて、レーグの西方沖にいたのはこのマスター・グレードアトラスター級だけ!?」

「ロデニウス側からの報告をまとめてみると、どうもそうらしいんだ。それに加えて、スカパ・ブロー沖に出現した超高速戦闘機も、元は南西沖から来たという。その報告を信用すると…」

「まさか、マスター・グレードアトラスター級とやらから来た、と仰るのですか!?」

「にわかには信じがたいが、そうだと思う」

「馬鹿な! グレードアトラスター級って戦艦ですよ!? どうやったらこんな艦上機を運用できるんですか!?

それにいくらグレードアトラスター級でも、1隻で200も300も敵艦を相手取るのは無理でしょ?」

「それが分からないんだよなぁ……」

 

 マイラスは椅子の背もたれを思いっきり倒し、天井を仰いだ。

 一方、リアスは再び配置図に視線を落とす。と、その時、配置図ではなく、"超高速戦闘機"のスケッチがリアスの注意を引いた。

 

「先輩、見間違いかもしれないんですが…」

「何だ?」

「この超高速戦闘機、どっかで見たような気がするんですよね」

「何?」

 

 ぴくりと眉を動かし、マイラスが背筋を起こした。

 

「どこで見たんだ?」

「実物じゃないんですけど…なーんか見覚えあるんですよ。どっかのテレビ番組だったのかな…」

「それだ!!」

「へ?」

 

 突然、椅子を蹴倒すほどの勢いでマイラスが立ち上がった。そして机にドンと両手を突きながら、興奮したように叫ぶ。

 

「まさかとは思うが……堺司令は、アレを実用化したんじゃないのか!? ほら、タウイタウイ泊地で見たあのアニメの…」

「え? ……はぁっ!?

まさか先輩、艦娘の大和さんを魔改造して、あのアニメに出てきた宇宙戦艦ヤマトとやらを実用化した、って言いませんよね!?」

「まさにそれを考えたんだが」

「そんな突飛すぎな…!」

「いや、でもあの宇宙戦艦なら、艦上機運用してたし。それに宇宙戦艦ヤマトって、確か沈没した戦艦大和を改造して作ったんだろ? だったら、沈没してもいない艦娘の艤装を改造して作ることだってできるんじゃないか? 沈没した船を改造するより楽そうだし」

「それはそうですし、確かにこの超高速戦闘機とアニメの『ブラックタイガー』は形が少し似てますが…いくらなんでもあり得ないんじゃ…?」

 

 その後も、マイラスとリアスはロデニウス軍の謎について考察するのだった。そしてカーナは、半分以上置き去りにされていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一方、こちらはムー大陸西部・旧列強レイフォル領。現在はグラ・バルカス帝国領レイフォル州と化し、グラ・バルカス帝国によって支配されている地域である。

 そんな旧列強レイフォル領の西部にある旧王都レイフォリア、その郊外に位置するグラ・バルカス帝国軍の統合基地ラルス・フィルマイナにて。

 

「艦隊は全滅……援軍は、もはや来ない、だと……」

 

 情報技官のナグアノが、真っ青な顔で震えていた。いや、震えているのはナグアノだけではなく、部屋にいる全てのグラ・バルカス帝国軍人が同じような表情になっている。

 ナグアノの手には、手汗に濡れてシワの寄った書類が握られていた。その書類に書かれた内容が、これである。

 

《西部方面艦隊、ロデニウス軍第13艦隊に無条件降伏》

《中央第1艦隊、通信途絶。全艦艇が無線に応答せず、生存不明》

《南部・北部方面艦隊の連合艦隊、ロデニウス軍の超グレードアトラスター級戦艦1隻と交戦し全滅。北部方面艦隊旗艦「バーダン」のみ生存、他は全て沈没。なお敵艦には一撃も入れることができず》

 

 事態は最悪である。

 グラ・バルカス帝国海軍には、大まかに分けると6個の艦隊…本国艦隊、東・西・南・北の各方面艦隊、そして特務軍艦隊である。ちなみに中央艦隊は、本国艦隊に含まれる。

 しかし、今回の海戦でその6個艦隊のうち、なんと5個艦隊までが無くなってしまったのだ。

 6ヶ月前、6月初頭の「第二次バルチスタ沖大海戦」で東部方面艦隊が壊滅し、その直後にロデニウス連合王国本土攻撃に向かった特務軍艦隊が全滅。そして今回の海戦では、西・南・北の各方面艦隊が全滅した。この時点で、既に5個艦隊が失われている。そして止めに、グラ・バルカス海軍の艦隊で外征能力を有しているのは、東・西・南・北の各方面艦隊と特務軍艦隊、そして本国艦隊の中央艦隊だけなのだ。それが意味するところはつまり……帝国は、外国へ遠征できる艦隊を根こそぎ失ってしまった、ということである。

 もう帝国に、外征可能な艦隊は存在しない。本国艦隊はまだ残っているが、これは帝国本土や植民地を守ることを目的に編成された艦隊であり、しかも「主力艦隊が到着するまで敵をある程度抑えられる」程度の戦力しか有していない部隊が多い。従って外征能力はないと言って良い。

 そんな部隊をいくら集めたところで、ムー大陸西方沖に陣取るロデニウス艦隊、しかも超グレードアトラスター級戦艦を破れるかと問われると、どだい無理な話であろう。

 

「このムー大陸の失陥は、もはや確定的、か……」

 

 ナグアノの呟きは、全てのグラ・バルカス軍人の心情を代弁していただろう。

 

「いや、まだだ! 艦隊が再編成されて救援に来てくれるまで、こちらが地上で敵を押し返せば…!」

「それをどうやって果たすって言うんだ」

 

 同僚が出した案を、ナグアノは一言で切り捨てた。

 

「制空権取られてるんだぞ。これでどうやって守れって言うんだ? 延命くらいはできるかもしれないけど、それ以上は無理だろ」

 

 今のレイフォル州の状況は、悪化の一途をたどっている。

 既にレイフォル州の東部や北部、南部までもが敵の手に落ちており、そこから大挙して出撃してきた航空部隊が、レイフォリアやレイリングをはじめとするグラ・バルカス帝国の勢力圏に空爆を行っているのだ。特にロデニウス連合王国軍のものと見られる大型の四発爆撃機は、帝国の誇るアンタレス07式艦上戦闘機ですらまともに飛行できない高空を悠々と飛び、爆弾の雨を降らせてくるのだ。その護衛戦闘機も、時速1,000㎞以上の高速で飛び回り、「アンタレス」を赤子の手を捻るかのように次々と撃墜していったのである。今レイフォル州に展開しているグラ・バルカス帝国空軍はパイロットの質・量ともに低下が著しく、往時に比べて見る影もないほど痩せ細った空軍部隊が各地で絶望的な抗戦を続けている、という具合である。

 しかも、敵の爆撃による被害も凄まじく、前線にほど近いレイリングなどは工場地帯が完全に壊滅し、前線から遠いレイフォリアなども工場の稼働率が目に見えて低下している。

 そして、敵の爆撃機が悠々と空を飛ぶ様子は、現地の蛮族どもを大いに勇気付けたらしい。敵側が派手に報道しまくったせいもあるが、レイフォル州ではひっきりなしに武装した現地人の反乱が発生しており、もう内戦も同然の状態に陥っている。

 この上さらに、反乱による治安の悪化は帝国陸軍の補給部隊の行動に著しい制限をかけた。物資の輸送が難しくなった結果、前線部隊に送れる物資の量が大きく減少してしまったのだ。それによって前線部隊は、いわば腹ペコのまま敵部隊との戦闘を強いられている。

 レイフォリア周辺でも工場は稼働しているため、兵器の製造自体は可能である。だが、満足できる性能の兵器を作れるか、と問われると、疑問符が付き始めていた。何せ現地人を下手に雇う訳にもいかず、足りない労働力を帝国本土からの入植者…の、妻や子供で補わざるを得なくなっているという状態なのである。それに加えて……

 

「空襲警報発令! 空襲警報発令!」

「ちくしょうまたか!」

「総員地下壕へ退避! 急げ!」

 

 ご覧のように、空襲によってただでさえ低い稼働率をさらに低下させられる事を強いられるという始末なのである。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そして、ムー大陸から西へ5,000㎞も離れた地、グラ・バルカス帝国本土でも、特に上層部の面々が蒼白になっていた。ついでにいえば、帝都ラグナの上空には低気圧が発生して黒雲が空を覆っており、大粒の雨が激しく地を叩いている。

 

「ようやられたようだな、サンド・パスタルよ」

 

 帝都ラグナに聳えるニヴルズ城。ここは帝国の中核というべき場所であり、帝王一族の居住地となっている他、政府中枢である「帝王府」、帝王一族に関する事項を取りまとめる「王款庁」などの政府機関が置かれている。

 その帝王府の一角にて、帝前会議が開かれていた。参加者は帝国の幹部の中でも最上層というべき面々であり、

 

・帝王グラ・ルークス(当代皇帝)

・帝王府長官 カーツ・エドモンズ

・帝王府副長官 オルダイカ・ヤルブ

・外務省長官ラウス・モポール

・戦時外交局長 ゲスタ・カーレポンティ

・産業経済庁長官 レンス・メルダース

・征統府長官 ゼシル・ローガン

・軍本部長(つまり軍のトップ) サンド・パスタル元帥

・陸軍総司令官 ホワイト・グラント元帥

・海軍総司令官 アルメダ・ホーキンス元帥

・空軍総司令官 ベックネ・ドゥラム元帥

・帝都防衛隊長 セトレイ・ジークス少将(「帝国の三将」の最後の1人)

・特殊殲滅作戦部長 アーリ・トリガー大佐

 

 等々、ものすごい顔ぶれである。当然のように、帝前会議は厳粛な雰囲気の中行われることが多い。

 しかし現在、この会議の席上に満ちる雰囲気はいつもの厳粛さとはまるで違った。その原因は、帝王以外の全参加者が一様にこの世の終わりかのような暗い表情を浮かべているから、であろう。

 もちろん、会議の議題など1つしかない。大失敗に終わった一大反撃作戦の結果報告と、今後の方針の策定である。

 

「あ……は、はっ……」

 

 グラ・ルークスの鋭い眼光が突き刺さり、パスタルは完全に竦んでしまっていた。

 

「今後の予定を聞かせよ」

 

 滝のような汗を背中にも額にも流しながら、パスタルは声を震わせる。

 

「は、はっ……主力艦隊、及び母艦航空隊の再建のため、カルスライン社、ド・デカテオン社、ゲールズ社、ベルディエンチェ社をはじめ、各主要企業に兵器増産の指示を改めて出しました」

「で?」

「はっ、兵員を拡充し…」

「聞きたいのはそこではない」

「……」

 

 グラ・ルークスにばっさりと切られ、パスタルは声が出なくなってしまった。見かねたのか、帝都防衛隊長ジークスが口を開く。

 

「今回、我が帝国海軍の主力艦隊はロデニウスの艦隊や航空部隊と交戦し、甚大な被害を受けました。西部・南部・北部の各方面艦隊、それから中央艦隊…いずれもロデニウス軍から生還した艦はいないと言っても良い状態です。

ロデニウス軍の兵器については、こうした艦隊から僅かに情報が届きました。それによるとロデニウス軍はその戦術を大きく進化させており、空間ごと焼き払う巨大な火の玉を発生させる対空砲弾の全面投入や、こちらの『アルコル』でも追尾して撃墜していく謎のロケット弾の使用、そしてグレードアトラスター級に似た艦影の謎の超戦艦を繰り出すなど、我が方の対応能力を超えた兵器や戦術を繰り出してきた、とのことです」

 

 一呼吸置いて、ジークスは続ける。

 

「率直に申し上げて、今の我が軍の力ではロデニウス軍を撃破するのは不可能です。今後は、ロデニウス軍をはじめとする異世界軍が我が方の勢力圏に本格的に侵攻してくる可能性を想定し、防備を固めておくべきと考えます。ムー大陸の植民地については……」

 

 ジークスは一旦言葉を切ったが、その瞬間に多くの参加者がゴクリと生唾を飲み込んだ。

 そして放たれた、ジークスの一言。

 

「正直に申し上げて、軍としては見捨てるしかないと結論します」

 

 その瞬間、ハッという音があちこちで響いた。息を呑んだ音であることは言うまでもない。

 参加者たちは、ある者はありありと驚愕を顔に浮かべて目を見開き、ある者は不満そうな目付きをジークスに向け、またある者は下を向いて唇を噛んでいる。予想だにしなかった意見であることは、火を見るより明らかだった。

 その時、帝王府長官カーツが、顔を真っ赤にしながら立ち上がって吼えた。

 

「ムー大陸の植民地を、既に入植している同胞を見捨てるというのかっ!!

それが恐れ多くも、帝王陛下を前にして言う言葉か!! 以前からの敗北と言い、軍部は弛んどるのかぁっ!」

 

 この怒号にも、ジークスは平然とした表情で返した。

 

「軍部は決して弛んでなどおりません。

現実問題として、我が軍にはもはや、海外遠征が可能な艦隊が存在しないのです。今回の海戦で全て壊滅、いえ全滅してしまい、東部方面艦隊の再建もまだ成っていない現状では、ムー大陸に回せる海軍戦力がありません」

「本国艦隊があるではないか!!」

「本国艦隊は基本的に、植民地などの警備を主たる任務としています。そもそも積極的攻勢を意図した艦隊ではありません。

それに、確かに本国艦隊は全部かき集めれば300隻ほどになりますが、旧式艦ばかりな上に将兵の練度に疑問符が残るので、それでロデニウス艦隊を打ち破れるとは考えられません。加えて、それをやってしまうと本国も植民地もがら空きになってしまい、もし敵の反攻に遭った場合これを跳ね返せなくなります」

 

 理路整然としたジークスの反論に、カーツも押し黙るしかなかった。

 

「それに、植民地を守る軍を残しておかなければならない、というジークス少将の意見には私も賛成です。知っての通り我が国の産業は、植民地から取り立てる資源によってその多くが賄われており、その製品が経済を潤していることから、これ以上植民地を失えば我が国の経済が破綻しかねません」

 

 レンス産業経済庁長官が同調したことで、ほぼ方針は決まった。

 

「分かった。

ジークスよ、本土防衛はお前に任せる。今後はどのような方針にするつもりだ?」

 

 グラ・ルークスに尋ねられ、ジークスは口を開いた。

 

「はっ。まずは本国艦隊の各地方隊に警備態勢レベルの強化を命じると共に、空軍も24時間体制で哨戒機を出させ、侵攻してくる敵艦隊の早期発見に努めます。海軍の第1潜水艦隊も、これに協力してもらいます」

 

 グラ・バルカス帝国には、全部で3個の潜水艦隊があった。だが、第2・第3潜水艦隊はロデニウス軍を中心とする異世界軍との交戦で壊滅状態に陥り、最終的に解散となった。第1潜水艦隊は、解散した2個艦隊から残存の潜水艦を吸収し、現在109隻体制となっている。

 

「もし敵艦隊の侵攻が発見された場合、迎撃の先鋒は各地に展開する空軍の航空部隊と、本国艦隊の地方隊になるでしょう。

大量生産が行われたために機体が余っている『アンタレス』ですが、250㎏爆弾を搭載して戦闘爆撃機とし、攻撃機の穴埋めができるかどうか検討中です」

 

 だがここで、空軍総司令官ベックネ・ドゥラム元帥が挙手した。

 

「確かに『アンタレス』は多数あります。ですが…パイロットが足りません。此度の3個主力艦隊の全滅により、練度の高い優秀なパイロットが多数戦死してしまいました。これに伴い、パイロットの補充が消耗に追い付かず、パイロットの数が足りなくなってしまっています。もし来年度中に敵が本格的に侵攻してきた場合、跳ね返せない可能性が高いです」

 

 その言葉に、軍人たち全員が凍りついた。

 パイロットがいないということは、戦闘機をまともに飛ばせないということになる。つまり、もし敵が侵攻してきた場合、制空権を抑えられてしまう可能性が高い。そして制空権を取られてしまえば、陸戦でも海戦でも不利を強いられる。完全に消耗戦になってしまう。

 

「そこで私から提案なのですが……空軍では現在ある攻撃方法を模索しております。この方法なら、帝国に忠誠を誓う植民地の民をもパイロットにできますし、多少練度が低くても有効な攻撃が行えます」

 

 そしてその攻撃方法が発表された瞬間、会議の席上は水を打ったように静かになった。帝王を除く全員がありありと驚愕を顔に浮かべ、ある者などは両肩を震わせている。

 

「失礼を承知でお尋ねしますが、これは……本気なのですか?」

 

 ジークスが静かな声で、ベックネに尋ねた。

 

「至って真面目に検討した結果である」

 

 とりつく島もないベックネの回答。

 

「ですがこれは…我が国の働き盛りの人口が、大きく減ってしまうことになります」

「非常時である、やむを得ぬ。一時のことだ、この局面を切り抜ければすぐに解除する」

 

 上官にそこまで言われては、ジークスも引き下がらざるを得なかった。

 

「また、海軍としては東部方面艦隊の再建を急ぎます。現在、数的には6割程度まで回復しており、訓練も含めて再建に全力を尽くします」

 

 これは、海軍総司令官アルメダ・ホーキンス元帥の発言だ。

 

「陸軍としましては、制式採用されたばかりの『2号重戦車ワイルダー』を、各植民地に配備し、敵の上陸侵攻に備えます」

 

 続けて陸軍総司令官ホワイト・グラント元帥が発言した。

 2号重戦車ワイルダーは、グラ・バルカス帝国が初めて開発した多砲塔の重戦車だ。全長6.5メートル、全高3メートル、全幅2.7メートル、重量26トンの車体に、主砲として18口径70㎜砲を車体上部に、37口径37㎜砲(2号軽戦車シェイファーⅡと同じ砲)を車体前部に搭載し、70㎜砲塔背面と車体後部に機関銃を1丁ずつ搭載している。グラ・バルカス帝国の戦車としてはかなりの重火力であり、装甲も車体前面35㎜と、2号中戦車ハウンドの車体より重防御である。

 ちなみにこのスペック、旧日本陸軍の「九五式重戦車 ロ号」に似ている。

 ただ、残念ながら……ロデニウス陸軍やムー統括陸軍の戦車を相手取るには力不足なのである。特にロデニウス陸軍の「ティーガーⅠ重戦車」が相手では、「お前のような重戦車がいるか」と鼻で嗤われ、88㎜砲の一撃で叩き潰されるのが明白である。そして重戦車どころか、ロデニウス陸軍のⅣ号戦車H型や「Ⅴ号戦車パンター改」、ムー陸軍のM4シャーマン中戦車にも撃ち負ける性能である。

 

「このように、陸海空共に全力を挙げて、これ以上の植民地の失陥を防ぎながら海軍戦力の再建を目指す…という方針であります」

 

 ジークスが話をまとめ、帝王グラ・ルークスはすぐにこれを裁可した。ゲスタやラウスなどは不満そうな様子を見せていたが、現状これくらいしか現実的に取れる方法がないのである。

 こうして、帝前会議は終了した。

 誰もいなくなった会議室で、グラ・ルークスはぼそりと呟いた。

 

「こんな方法まで取らざるを得ぬとはな……世界征服は果たせぬ夢に終わるのか…?」

 

 グラ・ルークスの手には、空軍から提案された新しい攻撃方法が記されていた。

 それは、地球でいえば日本人やアメリカ人がよく知っている方法……にして、聞けば嫌悪感を催す外道の方法。そして日本人なら、歴史の授業で必ず習ったもの。

 

『技量未熟のパイロットを、その出自を問わず250㎏爆弾1発を搭載した「アンタレス」に乗せ、敵艦に突入、体当たりによってこれを撃沈破する』

 

 そう…「神風特別攻撃隊」と全く同じ手法である。

 そしてこの攻撃方法こそ、堺がさんざん懸念していた「アレ」であった。歴史好きな彼は、グラ・バルカス帝国の学校で使われている教科書を押収して読み漁った結果、グラ・バルカス帝国の外交・政治・愛国思想と大日本帝国のそれが似通っていることに気付いた。そこから、もし戦局が悪化すればグラ・バルカス帝国は大日本帝国と同じく、特攻という外道の方法を考えつくかもしれないと懸念していたのである。

 

 

 

 そして、当のロデニウス海軍第13艦隊の司令部では、

 

「やれやれ、何とかなって良かった」

 

 そう言いながらミリシアル産紅茶のカップを傾ける堺を、”長門”がジト目で睨みつけた。

 

「勝てたから良いようなものの、何故こんな重大な存在を隠していたのだ提督よ」

 

 彼女の手には、戦闘詳報が握られている。そこには「ムー大陸西方沖大海戦」や「スカパ・ブロー航空戦」の詳細も書かれており、…そして”大和改二一九九”のこともばっちり書かれていた。

 

「敵を欺くにはまず味方を欺け、って言うだろう? それにこんな重要な代物、そう安易に明かせるかよ。この世界の文明レベルを考えれば、この艤装は文字通りのバランスブレイカー…世界各国の国際序列やら何やらをこれ1つで崩壊させる物なんだぞ」

 

 実際、戦艦でありながら誘導弾をはじめとする強力な武装を有し、航空戦力さえ運用でき、その強固な防御力と高速と飛行・潜航能力によって一方的に相手を叩くことさえ可能な”大和改二一九九”は、凄まじい戦力である。これ1つあるだけで、下手をするとラヴァーナル帝国…古の魔法帝国であっても叩きのめされてしまうほどなのだ。

 こんな重要な代物、下手にその存在を他人に知られる訳にはいかない。そう考えた堺は、この存在を知る者をかなり制限していた。具体的には、「工廠組」の中でもその中核たる”明石”と”釧路”、それから当事者たる”大和”、そして秘書艦筆頭の”大淀”くらいしか、その存在を知らなかった。

 

「それは分かったが…もう少し私たちを信じてくれても良いのではないか?」

「その気持ちは分からんでもないけどな。下手に明かして、他国のスパイに情報を盗まれる訳にもいかなかったんだ」

「ふむ…そういうことなら、確かにそうだな」

 

 “長門”が納得した時、

 

「提督、ムー大陸から無線が入電しました」

 

 通信長妖精が電文の綴りを持って報告に来た。

 

「ムー大陸から? 第13軍団からか?」

 

 堺が尋ねると、妖精は首を横に振った。

 

「形式上は第13軍団司令部が発信者ですが、実のところは第1軍団からです」

「第1軍団だと?」

 

 堺の眉が片方吊り上がった。

 ロデニウス陸軍は現在、ムー大陸にて2つの戦線を展開している。”あきつ丸”率いる第13軍団は、ソナル王国やニグラート連合、マギカライヒ共同体、神聖ミリシアル帝国の各国陸軍と連携して、ムー大陸南部からレイフォルに攻め込んでいる。そしてもう1つ、モッツァラ・ノウ中将指揮する第1軍団が、ムー大陸のほぼ中央を横断する形でレイフォルに攻め込んでいるのだ。

 第13軍団からは、しばしば航空機や艦砲射撃による支援攻撃の要請が届いている。だが、戦線が遠い第1軍団から連絡が来たことは、これまで一度もなかった。

 

「どうしたというんだ? 砲の射程も母艦機の航続距離も足りないのに」

「とりあえず、第13軍団とコンタクトを取ってよろしいでしょうか。詳細を確認します」

「了解、頼んだ」

 

 現状ではあまりにも情報がなさすぎる。とりあえず話を聞いて判断しようと、堺は考えたのだった。

 

 

 しばらくの後、再び「長門」艦橋。

 

「こりゃまたクソ面倒な案件じゃねえか…」

 

 ため息を吐きたそうな顔をして、堺は第13軍団司令部から緊急で届けられた書類を眺める。

 

「要塞攻略に良い知恵を貸してくれ、とは……」

 

 第13軍団司令部を経由して第1軍団から届けられた電文と資料の内容は、端的に言えば「敵の要塞を攻略する必要が出てきてしまった。できるだけ被害を少なくして攻略したいので、何か良い知恵を貸して欲しい」というものだった。

 なお、資料は独立第一飛行隊のディグロッケが緊急で届けてきた物である。

 

「この要塞、街道を完全に塞ぐように建設されてんな…。なるほど、だから陸軍の大規模部隊が通過できないし、戦争終了後の陸上交易や物資輸送のことを考えてもほっとく訳に行かないのか」

 

 資料を見ると、旧列強レイフォル国の第2の都市レイリング近郊の地図と、グラ・バルカス帝国軍が建設した要塞の大まかな情報が書かれていた。写真も添付されている。

 それによると、山と山の間の谷を街道が通っているのだが、グラ・バルカス帝国軍が山の斜面を利用して地下式要塞を建設したために街道が使えなくなっているようだ。

 

「これをできるだけ少ない被害で攻略したい、ねぇ……」

 

 呟きながら、堺は下顎に手を当てて考え込む。

 

「無視する訳にはいかないよなぁ。かといって、第1軍団の偵察隊が持って帰った情報を見ると、どえらく堅牢にできてるようだから、普通の砲撃じゃ通用しないよな。おまけにこれ地下要塞だろうし……はあ、本当どうしよ」

 

 口に出してため息を吐く堺。

 

「要塞を攻撃するためにはある程度近付かなきゃならないけど、それをやったら間違いなく要塞からボコボコに撃たれまくるよな。しかもこの写真を見た限り、要塞の備砲はおそらく口径150〜200㎜級。砲門数はトーチカの数からざっと計算して、30〜40もしくはそれ以上……。地下要塞だしトーチカは頑丈そうだから、空爆も通じるか怪しい。…クソ、面倒だ」

 

 とにかく面倒な要塞の攻略を、頼まれてしまったものである。

 

「何か名案はないものか…。できるだけ味方の被害を少なくして、なおかつ敵に大きな被害を与えられるような名案は…」

 

 そんなものをすぐに考えつけるなら、苦労はない。

 

「というかこれ、要塞だよな。主力部隊だけでも迂回でもして進めば、要塞をまともに相手にしなくて済むから被害も出ないと思うんだが……。ん?」

 

 たった今の自身の言葉を反芻した瞬間、堺の脳裏に閃くものがあった。

 

「まともに相手にしない……それだ!」

 

 素早く、思考の整理を開始する。

 

(要塞を有利たらしめる物は何だろうか? それは、攻める側が守る側の想定通りに動かなければならないことにある。攻める側である我々にとっては、チェックメイトがかかったチェスボードを押し付けられるようなものだ。

なら、どうやって戦うべきか? 対処法はいくつか考えられる。

1つめ、無視して迂回する…依頼の内容が内容だけに、それはできん。

2つめ、要塞側の作戦に乗った上で圧倒的物量で要塞の対応能力を飽和させる…それができるのはアメリカとソ連くらいだな、我々にはできん。

そこで…3つめの方法だ。ずばり、『ちゃぶ台返しによるゲームリセット』。テーブルごとゲーム盤をぶち壊してこちらが作った盤面を押し付け、要塞側が想定する戦況を完全に破綻させる。言ってみれば、チェスを中止して無理やりボクシングに持ち込むようなものだ。

方法はこれしかない。要塞は自分たちが想定した戦場で戦うなら強いが、想定外の状況下では脆弱になり得るからな)

 

 そこまで考えたところで、堺はもう一度、資料に添付された地図を見直す。

 

(とりあえず、ノウ将軍には最低でも1個旅団程度の歩兵を貸してもらうことにしよう。第1軍団も、それくらいの兵力なら捻出できるはずだ。

んでもう1つ、”青葉”の情報局から情報収集部隊を拝借しよう。規模的には1個ないし2個中隊程度が限界か)

 

 第13艦隊司令部の指揮下にある組織の1つ、第13艦隊情報局…通称「青葉情報局」。文字通り、相手の情報を収集・分析して相手の取り得る戦術や兵器の性能予想などを行う部署である。ロデニウス連合王国軍部の情報局やタウイタウイ泊地工廠とも連携しており、最近では日々グラ・バルカス帝国の分析にあたっている。

 その第13艦隊情報局のうち、情報収集にあたる部署が「情報収集部隊」である。「情報収集」と聞いて、その手法としてニュースの収集・分析や相手の通信の傍受・暗号解読などをイメージした人もいるかもしれない。しかし、第13艦隊情報局における情報収集は、それだけではない。妖精さんの性質を生かして、彼女たちは様々な方法で情報を集めてくる。例えば、敵の王城や軍司令部といった中枢部に潜入して情報を盗み取る、潜水艦などを駆使して相手の領海内に潜入し相手の艦船の音紋データを採取する、相手方の重要人物の召喚(らち)喚問(ごうもん)礼遇(あんさつ)等の過激な手法も(必要ならば)取る。そしてなんと、戦場まっただ中に出撃して敵部隊と直接交戦、その身を以て敵の戦術データを取る、なんて命懸けの方法まで取るのだ。

 ここまで聞いて「これ情報収集じゃないだろ」と思った貴方は、正しいだろう。「情報収集部隊」は言葉のあやであり、もはや「特殊部隊」と言った方が正しいかもしれない。

 

(それと…やむを得んが、”あきつ丸”にも手伝ってもらうことになるかな)

 

 そして堺は、何かロクでもないいたずらを思い付いた子供のような悪い笑みを浮かべた。

 

(…方法は決まったぜ。見てろ、要塞に籠っているグラ・バルカス帝国軍。見せてやるよ、「一夜城」ならぬ「一瞬城」って奴を。

そしてお前たちが穴蔵潜りをしたがるのなら…望み通りにしてやろう)

 

 

 

 中央暦1643年12月14日、ムー大陸旧レイフォル領中央部 グラ・バルカス帝国要塞ラテ・アルマイ。 

 全世界を敵に回す覚悟をしたグラ・バルカス帝国は、一時的に敵が物量によって攻勢に出た場合を想定し、統合基地ラルス・フィルマイナや首都レイフォリアへの緩衝地域として、旧レイフォル国第2の都市レイリングを守る要塞、ラテ・アルマイを陸軍の絶対防衛ラインと定め、森と森の間に開かれた平地部分、そして山の斜面も利用して、地下にも至る要塞を築いていた。 

 長射程の回転砲塔を多数持つ要塞は、空から見えにくいように作られ、攻撃を受けた場合も耐えうる高度な装甲を持ち、敵に制空権を取られていても敵陸軍を圧倒する火力を投射できるように設計されていた。

 要塞を迂回し、森を進軍しようとした場合は木々が邪魔になって大した兵力は運べない。

 小規模の兵力であれば、レイリング駐屯地の兵力だけで対応出来る。

 ラルス・フィルマイナの東側400㎞に位置するこの基地は同程度の敵が来ても難攻不落であり、要塞にいる者達は圧倒的な自信を持って勤務に就いていた。

 ラテ・アルマイを統括する要塞長コルヒ・ミール中佐は要塞地下に設けられた作戦本部指令室で、要塞すべてに繋がる放送を流す。

 

「諸君、敵は強大だが、我が要塞は落ちはしない。

我らはグラ・バルカス帝国のムー大陸における絶対防衛ライン。帝国の守護者、帝国の盾であり、剣である。

ラテ・アルマイの精鋭たちよ、防衛線を死守し、敵を蹴散らすぞ!!」

 

 要塞はわき上がる。

 兵達は、自分の仕事に誇りを持ち、帝国絶対防衛ラインを守るために戦う事を決意するのだった。

 

 …しかし数日後。

 

「………いったい敵はどこにいるのだ?」

 

 要塞長コルヒ・ミールの頬を汗が伝う。

 敵の大部隊がヒノマワリの国境を出たとの情報を入手してからすでに相当日数が経過している。

 だが一向に攻めてくる気配が無かったため、偵察を出したものの、敵の偵察と思われる小規模部隊こそ見つかったが敵の発見には至っていない。

 要塞には弾薬や食料の備蓄は多く、万全の体制だった。

 

「何故来ないのだ?」

 

 敵の動きに要塞長は不気味さを感じ始めていた。

 

「我らの要塞が難攻不落と知り、恐れおののいたに違いありますまい」

 

 楽観的な意見が幹部から出るが、ミールはそれを素直に信じる気にはなれなかった。

 噂に聞くロデニウス軍の実力が本当ならば、そこまで甘い相手ではあるまい。

 

「ミール要塞長! 大変です!」

 

 突然、兵士の1人が血相を変えて飛び込んできた。ただならぬ様子が窺える。

 

「どうした、敵襲か!?」

 

 ミールの質問に、兵士は「はい」と答えた。そして続ける。

 

「敵襲は敵襲ですが……よ、要塞の目の前に、せせせ、戦艦が!」

「は?」

 

 内容を全く理解できず、首を傾げるミール。だが次の瞬間、轟音と共に要塞が大揺れに揺れた。司令室の照明が明滅し、天井から埃と砂がパラパラと降ってくる。

 

「何だ、いったい!?」

「せ、戦艦の艦砲射撃です!」

「寝ぼけたことを言うな!」

 

 伝令兵にミールは怒鳴った。

 

「ここは内陸、それも川も湖も近くにないし、海から遠く離れているんだぞ! 戦艦など、出せる訳がない!」

「しかし見てください! 本当に戦艦なんです!」

 

 訳の分からないことを早口で言う兵士に、ついにミールは痺れを切らした。自らの目で状況を確かめようとしたのである。

 だが、ミールが司令室を出ようとしたところで、また要塞に激震が走る。あまりに激しい揺れに、ミールは転倒して強かに頭をぶつけた。

 

『3番、4番砲陣地全滅! 敵戦艦の砲撃です!』

『こちら2番重砲陣地、敵戦艦の砲撃により火災発生! 消火は不可能、放棄します!』

『1番重砲陣地、応答無し!』

『防衛ラインに大穴を開けられました! 防衛能力喪失!』

 

 直後、司令室に設けられた伝声管や有線電話から報告が次々と上がってくる。

 

「応戦だ、応戦しろ!」

 

 指示を出した後、ミールは急いで外に出た。司令室は地下3階に築かれているため、外の様子を直接確認することはできない。地上に近いフロアに上がる必要がある。

 ミールが階段を駆け上がる間にも、凄まじい衝撃と轟音に要塞が震える。よほど大威力の攻撃を受けているらしいとは察せられたし、意味不明の報告は次々と上がってきているが、果たして地上では何が起きているのか。

 ようやく地下1階に達した時、ミールは目を見張った。

 

「は?」

 

 山の斜面を利用して堅固に築かれていたはずの要塞に、外からの光が差し込んでいる。それは、壁に開けられた大穴から注ぐものだった。

 ミールは咄嗟に、通路に開けられた窓代わりの覗き穴から外を覗く。するとそこには、とんでもない光景が広がっていた。

 

「なっ……! せ、戦艦だと!?」

 

 要塞の前方300メートルほどの平野部に、1隻の巨大な鋼鉄製の船が出現していたのだ。こちらに左舷側を見せている。

 長大な艦体、城砦のようにどっしりとした艦橋、そしてこちらを睨み据える4基の巨大な連装砲。紛れもなく、それは戦艦だった。

 

「ば、馬鹿なぁぁぁぁぁっ!! あんな戦艦をどうやって展開させたのだぁっ!!?」

 

 ミールの叫びは、戦艦の砲声にかき消された。

 

 ラテ・アルマイ要塞の眼前に展開し、砲撃を行っていたのは、ロデニウス海軍第13艦隊に所属する戦艦「ビスマルク」である。38㎝砲8門+15㎝砲片舷6門の火力を要塞に向け、砲撃の嵐を浴びせていた。

 

「グ帝の奴ら、きっと大いに混乱してるでしょうね」

 

 バイタルパートの中の一室で呟くようにそう言ったのは、黒っぽい制服を身にまとった金髪の女性だ。その隣にいる灰色の髪の女性も「おそらくそうでしょうな」と頷く。

 それはそうだろう、一夜どころか一瞬で要塞の目の前に戦艦が出現したのだから。しかもここは海ではなく、山林…内陸のど真ん中である。そんなところに戦艦が出現するなんて、誰に想像できるというのか。

 と、山の斜面の複数箇所に発射炎が閃いた。空気を切り裂く砲弾の飛来音が響いた直後、爆発音と共に艦体が微かに震え、金属質の衝突音が響く。敵が砲撃してきたのだ。だが、しかし。

 

「そんな石ころのような砲撃が、このビスマルクに通用すると思っているのかしら?」

 

 全く(つう)(よう)を感じていない様子で、金髪の女性…”Bismarck”は命令を出した。

 

「主砲から高角砲まで、全ての火器は左舷連続撃ち方! 作戦の第二段階が発動するまであと38分3秒しかないわ、弾薬庫が空になるまで撃ちまくりなさい!」

「了解でさ!

全砲門、Feuer! Feuer!!」

 

 号令一下、38㎝砲8門、15㎝砲6門が一斉に火を噴いた。「10.5㎝連装高角砲」の発射音がそれに続いた。

 

 要塞攻略と聞いて堺が考えたのは、次のようなものだった。

 

『この要塞を落とすにあたり、とるべき戦略はちゃぶ台返ししかない。

幸い、うちの艦隊にはちゃぶ台返しが可能な戦力も知識も技術もある。……ここは、コンスタンチノープルを攻めたオスマン帝国に倣った上で、「一夜城」ならぬ「一瞬城」を築くとしよう』

 

 そしてできあがった要塞攻略作戦「破城槌(アインマンラメ)」の内容がこちらである。

 

『まず要塞の眼前に戦艦を展開させ、艦砲射撃で地表付近のトーチカや防衛陣地を全て破壊する。次に、上空から弾道ロケットをありったけ撃ち込んで、防御力が低くなった地下要塞を徹底的に耕す。最後に、歩兵隊を送り込んで残った敵を掃討する』

 

 この作戦計画に従い、堺は第13艦隊から”Bismarck”を動員した。決め手になったのは投射火力である。

 

(第二次世界大戦における要塞戦と言ったら、すぐ思いつくのはセヴァストポリだ。あそこは海に面しているだけあって戦艦砲を転用した砲台があったな。敵に大型砲台がある可能性を考慮し、こちらも戦艦を持ち込むことにしよう。それも、なるべく防御力が高い奴を。

要塞の破壊については、砲口径は気にしなくても良いだろう。いくら何でも、戦艦砲を防げるトーチカはそうそうないはずだしな。となると重要なのは、単位時間あたりの投射火力…言い換えれば砲門数と速射能力だ。できることなら”Iowa(アイオワ)”を持っていきたいが、それは無理だな。唯一の誘導弾持ちを海防の最前線から外すのは、リスクが大きすぎる。ならばここは、ぶっちぎりの速射能力を持つ”Bismarck”が適任か。片舷に指向可能な砲門数は主砲と副砲を合わせて14門あるし、防御力も38㎝砲艦としては十分だ。それに、彼女が一時抜けても、空いた穴は十分埋められそうだ。彼女に頼もう)

 

 こうして、この世界では3例目となる「陸に上がった戦艦」ができたのであった。

 2つの例は何かって? トーパ王国にて、魔王ノスグーラに46㎝砲をぶっ放した”大和(やまと)”が1例目、イルネティア王国にて要塞に向けて空中投下された”武蔵(むさし)”が2例目である。

 なお、今回の作戦に限り、”Bismarck”以下の艦首脳部の面々は艦橋ではなくバイタルパートの中から指揮を執るよう厳命されている。その理由は「乗員保護のため」だ。艦橋が狙われることは分かりきっており、かつ陸上要塞の大砲では「ビスマルク」のバイタルパートを貫徹することは困難であることから、今回はこのような形での指揮となった。

 同時に、艦橋トップにある射撃指揮所や艦後部の予備射撃指揮所についても、今回は一切使用せず、砲塔の砲側照準器による射撃が命令されている。艦橋の方が危険であると判断され乗員保護の目的があったのと、今回は相手との距離が5㎞も離れておらず、しかも相手は不動の存在であるから、砲側照準でも問題無しと判断されたのだった。

 

 ラテ・アルマイ要塞は、あっという間に破壊されていく。回転砲塔を持つトーチカや砲台は、叩きつけられる砲弾によって次々と沈黙し、高度な装甲も口径38㎝の徹甲弾の一撃には何の役にも立たない。

 確かに要塞ラテ・アルマイの装甲は、大型榴弾砲などの攻撃にも耐えられる頑丈なものだった。だが、こんな内陸部で戦艦砲のゼロ距離射撃を浴びせられるなんて、どの技術者が想像できるというのか。当然ながら、今の戦況のような状況は、要塞側にとって想定外も良いところであった。

 要塞側の砲台も黙ってはおらず、生き残っている砲で必死に反撃する。だが、相手は戦艦である。36㎝砲ですら通用しないのに、口径150㎜の重カノン砲や75㎜野砲が通じるはずもない。

 逆に、戦艦側はひとたび発射炎を確認するや、即座にその数倍に及ぶ弾幕を浴びせる。

 

「がっ!」

「ぐは!」

「おごぇっ…」

 

 立て続けに襲いかかる副砲や高角砲の砲弾に、野戦砲を操作するグラ・バルカス帝国兵は次々に吹っ飛ぶ。ある者は片腕のみを残す有様となり、ある者は15㎝砲弾の炸裂に巻き込まれてそもそも遺体すら残っていない。そして破壊された砲塔の内部には、爆砕された砲の破片やら残骸やら血糊やらが撒き散らされ、とてもではないが文章に起こせるものではない光景が広がっていた。

 「ビスマルク」の38㎝連装主砲が、轟音と共に発射炎を閃かせる。砲口から飛び出した徹甲弾は、3秒とかからずに要塞に命中。150㎜重カノン砲を収めていたトーチカの正面装甲に一瞬にして大穴が穿たれ、直後に弾薬が誘爆してトーチカそのものが吹き飛んだ。もちろん、砲に取り付いていた兵員たちは全員即死である。

 別のトーチカに収められた重カノン砲が砲弾を撃ち出し、それは見事に「ビスマルク」の第2砲塔正面に命中した。榴弾が炸裂し炎と黒煙が広がるが、それらが晴れてみると、そこには表面に焼け焦げがついただけの砲塔があった。もちろん健在であり、その砲塔から放たれた徹甲弾によって重カノン砲は永遠に沈黙した。

 次々とトーチカが破壊され火力を失っていく状況に、要塞側は隠蔽していた野戦高射砲までも動員して必死に反撃した。だが、高角砲や副砲は破壊できてもバイタルパートを貫徹して戦艦にダメージを与えることができない。そして要塞側は、18秒置きに射弾を放つ38㎝主砲、その手数と大口径砲による火力の暴力には抗えなかった。みるみるうちにトーチカが討ち減らされ、反撃の手段を封じられていく。

 「ビスマルク」の弾薬庫がほぼ空になるまで射撃が行われた時には、もう要塞ラテ・アルマイの野砲はその全てが沈黙していた。だが、ロデニウス軍に容赦はない。

 

「艦長、定刻です!」

「了解! 『アインマンラメ』第二段階発動!」

 

 “Bismarck”のその言葉と共に、要塞が存在すると見られる一帯の地面からドス黒い火柱が立ち昇る。さらに、航空機のような奇妙な飛行物体が次々と落下し、盛大な爆発を引き起こした。

 「破城槌」の第二段攻撃として発射された、多数のRV-1とRV-2である。第1軍団から指示を受けた第12戦略航空爆撃団が、在庫を全て放出する勢いで撃ちに撃ちまくった物だ。その数何と、RV-1が900発、RV-2が400発。徹底的な地ならしである。

 30分にも渡るロケット攻撃。それが終わると同時に「破城槌」の最終段階、第三段階が発動する。歩兵の投入による要塞の完全攻略である。

 その歩兵隊は、既に「ビスマルク」に隠れて準備を整えていた。…陸上に具現化した「あきつ丸」に乗り込んだ状態で。

 実は「ビスマルク」投入にはもう1つ、隠された目的がある。敵要塞の注意を引きつけることだ。「ビスマルク」は戦艦である故にその艦体は十分に大きい。小型の船ならその陰に隠せるほどに。ということで、「ビスマルク」の後ろに隠すようにして「あきつ丸」も具現化させ、数千人規模の歩兵部隊の準備をさせていたのである。

 

(こんな無茶な作戦を考えるとは…提督殿、何か変な物でも食べて(あた)ったでありますか?)

 

 上官に対してスゴイ・シツレイなことを考えている”あきつ丸”であるが、まあ無理からぬ考えであろう。

 

「よし、歩兵隊は全軍前進! 敵要塞の制圧にかかるであります!」

 

 思考を切り替え、”あきつ丸”は号令を下した。

 歩兵隊が一斉に展開し、要塞に近付いていく。当然だが、そこには「青葉情報局」から派遣された情報収集部隊も含まれている。

 グラ・バルカス帝国軍も黙ってはいない。砲台やトーチカは破壊されてしまったが、歩兵はまだ残っている。その歩兵たちが、破壊されたトーチカの残骸などの陰に潜み、主力小銃であるボルトアクション式ライフル銃「SRC38」を構える。その狙いは、要塞に接近してくる敵の歩兵部隊だ。

 だがこの時、彼らは気付かなかった。主砲の砲撃を止めた戦艦の最上甲板で、複数の歩兵が動き回っていたことに。

 近付いてくる敵歩兵に、緊張を顔に浮かべて銃を構えるグラ・バルカス帝国の歩兵たち。その時、戦艦の艦上に複数の発射炎が煌めいた。その数は多いが、先の主砲や副砲の発射炎に比べるとあまりに小さい。グラ・バルカス帝国兵たちがその意味に気付いた時には、もう遅かった。

 

バシバシバシッ!!

「がっ!」

「ぐぁ…!?」

 

 多数の太い火箭が一斉に要塞に襲いかかったのだ。コンクリートが抉られて破片がチリのように舞い上がり、被弾した帝国兵たちが次々と倒れ伏す。ある者は首から上をバッサリ持っていかれ、ある者は腕を肩口から切り落とされ、ある者は大穴の開いた腹部から夥しい血を流して息絶えている。それを見て、物陰に引っ込んでいた生き残りの兵が叫んだ。

 

「た、対空機銃!」

 

 そう、戦艦が生き残っていた対空機銃を総動員して撃ってきたのだ。

 戦艦「ビスマルク」に搭載されている対空機銃といえば、83口径37㎜機関砲16門と65口径20㎜20基である。片舷に向けられる対空機銃の数はこれらの半分であり、しかも要塞の砲台との交戦によって一部が破壊されているとはいえ、対空機銃の有効射的はライフル銃のそれより遥かに長い。しかも20㎜弾を喰らえば、人体は一瞬にして「蒸発」するほどの威力がある。それをバカスカと撃ってくるのだから、これほど凶悪なものはない。

 艦砲射撃と弾道ロケットによって徹底的に耕された要塞、そこへロデニウス陸軍の歩兵たちが、戦艦の対空機銃の援護の下で殺到する。と、その歩兵のうちボンベらしきものを背負った兵が何人か、前へ出た。そして、

 

「「「ひゃっはー! 汚物は消毒だー!」」」

 

 何やら聞き覚えのあるセリフと共に、崩れた地下室に向かって炎をぶちまけた。そう、彼らが持っていたのは火炎放射器である。火炎放射によって地下室ごと残った敵を焼き払うと共に、高熱と酸欠によって敵を炙り出す役割を担っていた。無論、地下室から飛び出してきた兵には、容赦無く銃弾が浴びせられる。

 狭い室内戦や洞窟戦においては、火炎放射器は絶大な威力を発揮する。史実の第二次世界大戦においても、ペリリュー島や沖縄島において洞窟陣地に籠って応戦する日本軍に対し、アメリカ軍は陣地を片っ端から火炎放射器で焼いて対処したものであった。

 それと同じことを、やっているのである。

 また、より残酷な手段に踏み切った部隊もあった。他ならぬ「情報収集部隊」である。

 部隊に所属する妖精たちは、分隊規模に分かれて要塞…ではなく、その周囲にある山林に踏み込んでいく。戦艦「ビスマルク」の艦砲射撃や弾道ロケットの着弾で焼け焦げ、不快な臭いが立ち込める中を、彼女たちは進む。

 彼女たちが目指していたのは、偽装された脱出用トンネルや換気口だ。それらの位置は既に、作戦開始前の入念な偵察によって把握されている。

 そうした分隊のうち1つが、目指す換気口を発見した。妖精たちが全周警戒にあたる中、1人の妖精がスプレー缶のような物を手にして換気口に近付く。本来なら煙幕を展開するために使われるその容器には、煙とは異なる物が詰まっていた。

 

「悪いが、これも戦争なんでな…恨まんでくれよ」

 

 それだけ呟き、妖精は軍刀で換気口の蓋をこじ開けると、容器の安全ピンを抜いて換気口の中に放り込んだ。

 換気口の下にあった部屋には、グラ・バルカス帝国軍の歩兵が何人か詰めていたのだが、彼らは換気口の方からカランという金属音が響いたのを聴いて、いったい何事かと思った。だが、換気口からプシューッという音が聴こえてきたため、彼らは血相を変えた。

 

「ど、毒ガスか! 防毒マスクを…!」

 

 1人がそう叫んだ時、兵士たちは急に顔を青ざめさせ、バタバタと倒れていった。換気口からは何か変な匂いがしている訳でもないし、空気の色も何も変化していない。だというのに、兵士たちはもう死んでいたのである。

 

 ……そう、煙幕の容器に詰められていたのは、高濃度の一酸化炭素だったのだ。

 一酸化炭素の特徴は、赤血球中のヘモグロビンと結合しやすいことだ。具体的には、酸素の200〜250倍もヘモグロビンと結合しやすいとされている。また、一酸化炭素と結合したヘモグロビンは、酸素を遊離しにくくなる。

 これが何を意味するかというと…多量の一酸化炭素を体内に取り込んだ場合、血液の酸素運搬能力が極端に低下し、末梢において酸欠による中毒症状を来すのだ。これが一酸化炭素中毒のメカニズムである。

 

 要するに「情報収集部隊」がグラ・バルカス帝国軍に対して使用したのは、毒ガス兵器だったのだ。

 倫理も道徳もへったくれもない行動であるが…そもそも戦争という倫理や道徳なんざクソ喰らえな所業をやらかしている時点で今更である。

 ただでさえ火炎放射のおかげで酸素が減り、代わりに一酸化炭素や二酸化炭素が増えているというのに、そこに一酸化炭素の倍プッシュである。要塞にこもるグラ・バルカス帝国兵たちは、戦闘より前に凶悪な毒ガス攻撃によって次々と戦闘不能になっていった。

 要塞の外では、ロデニウス陸軍第1軍団から派遣された兵士たちが破壊された要塞のトーチカや出入り口を警戒する一方、ガスマスクを装備した「情報収集部隊」が要塞内への突入を開始している。40㎜擲弾筒を追加装備した「89式7.7㎜自動小銃」を手に、顔全体を覆う黒いガスマスクとサーマルゴーグル、黒い防弾装備に身を固めて突入していく彼女たちは、死神のように見える。

 そこからは、まるで一方的だった。

 

「コトリバコ!」

 

 これが、「情報収集部隊」の合言葉である。これに相手が正しい返事である「マガツバコ!」を言わなかった場合、直ちに敵と判断される。

 

「コンタクト!」

 

 その言葉と同時に、空気銃の発射音をさらに抑制したような小さな音が響く。音だけ聴いたらエアガンを撃っている音にしか聴こえないが、チリンチリンという空薬莢の散らばる音が、これが実弾発砲の音だと理解させてくる。

 グラ・バルカス帝国兵たちは、その多くが何が起きたかも正確に理解できぬまま屠られていく。高速で発射された7.7㎜ホローポイント弾は、次々と皮膚や筋肉を貫き、内臓を打ち砕く。瞬く間に要塞には、屍の山が積み上げられていった。

 

『こちら3班、弾薬庫を押さえた。後で爆破する』

『こちら5班、こっちは食料庫を見つけた。火炎放射器持ってるから、これよりファイヤーする』

『こちら7班! 下に降りる階段を見つけた。下階を制圧するため、援軍を要請する!』

 

 特殊部隊なだけあって、その制圧力は凄まじい。あっという間に地下1階の大半が制圧され、「情報収集部隊」はさらに要塞の深部へと進んでいく。

 そして、戦闘が始まって2時間が経つ頃には、要塞ラテ・アルマイは完全に陥落していた。要塞長コルヒ・ミールは、自ら銃を取って戦ったものの、強力な防弾装備に身を固め、擲弾と7.7㎜弾の弾幕による高い火力を持つ「情報収集部隊」に抗しきれず、最終的に頭部を撃ち抜かれて戦死。要塞長の戦死が伝わると、元から戦艦に撃ちまくられたり毒ガスを浴びせられたりで士気が下がっていた帝国兵たちには降伏する者も現れ、抵抗を続けていた兵士たちは指揮系統を失って各個撃破されていった。

 こうして、要塞ラテ・アルマイは完全に破壊されて陥落し、グラ・バルカス帝国の絶対防衛線は崩壊した。




[ロデニウス軍戦闘報告書より抜粋]
作戦名:破城槌
目標:グラ・バルカス帝国軍要塞(捕虜からの情報により、要塞名は「ラテ・アルマイ」と判明)の攻略
結果:作戦目標を達成
損害:戦艦「ビスマルク」、揚陸艦「あきつ丸」大破(なお、これは陸に上がったことによる艦底部損傷並びにスクリュー・舵の破損である。敵の砲撃による被害はそこまで大きくないので、その辺勘違いしないでいただきたい)

諸外国の様子も仕込んだため、本文が思ったより長くなってしまった…もう少し文字数を抑制するよう気をつけますね。
そしてとうとう発想が出てきてしまった最悪の戦法。政治形態や国民の愛国心、兵器の形状が大日本帝国と似ているグラ・バルカス帝国なら、やってくるだろうと堺が見込んでいた外道の方法、「特攻」の発想がついに出てきてしまいました。果たして、これが実施される日は来るのか……

あと本文中にさらっと仕込んであった「宇宙戦艦ヤマト」と「ニンジャスレイヤー」、「北斗の拳」のネタに気付いた人は挙手を。


次回予告。

絶対防衛線を突破されたグラ・バルカス帝国。正面から攻め込む第二文明圏連合軍、頻発する空襲、諸国のニュース報道による首絞め、そして激化していく旧レイフォル民の反乱。ムー大陸におけるグラ・バルカス帝国の勢力圏は、もはや崩れかけていた…
次回「崩れゆく植民地」
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