鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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少々ばかり難産でした……投稿が遅れて申し訳ないです。



202. 崩れゆく植民地

 中央暦1643年12月18日、旧レイフォル領第二の都市レイリング。

 レイフォリアの東方400㎞に位置するこの都市は、この地を支配していた旧列強レイフォル国にとっては要衝の1つだった。主にレイフォル中部〜東部の守りを固める拠点となっていたのである。

 レイリングの東方は森林や山岳地帯が広がり、大軍の進軍に向いた地形ではない。大軍が通過できるような平たい道は1本しかなく、レイフォル側にしてみればこの道を固めておけば大抵の場合は対応できる。森を進軍するのは困難が多いからである。

 それは、レイフォルに代わる支配者となったグラ・バルカス帝国にとっても同じだった。大軍の進撃ルートが限られ、守りを固めやすいこの地に、グラ・バルカス帝国は要塞ラテ・アルマイを築いていた。

 

 そんなレイリングにも、6,000人程度ながら駐留兵力はあり、戦車も配備されている。野戦病院も併設されており、要塞地帯を後方から支援する体制が整えられていた。

 さっきから要塞ラテ・アルマイがある方角から何度も巨大な砲声が響いてきており、明らかな爆発音すらしっかりとした質感を伴って聞こえてくる。

 

「敵が攻めてきたのかしら……怖いわ」

「大丈夫、あの要塞と兵隊さんたちがきっと守ってくれるわよ」

 

 部隊に随伴する野戦病院では、看護婦たちがそんな言葉を交わしている。

 

 確かに要塞ラテ・アルマイは、非常に堅固に築かれていた。そしてそこに詰めている守備隊の練度は高かった。それゆえ、レイリング駐屯部隊側ではほぼ安心しきった状態になっていたのだ。

 

 だからこそ……想定外の事態への対応は難しい。

 

バキバキバキッ! メキッ……メリメリ……

 

 不意に、ラテ・アルマイの方から響く戦闘騒音とは全く異なる、妙な破砕音が聞こえてきた。木が砕けるような音だ。しかも、その音はラテ・アルマイとは別の方向から聞こえてくる。

 

「何の音だ?」

 

 その異音に気付いた見張りの兵が首を傾げた時、レイリングの街の北東に見えるアールの森で、異変が起きた。ズシンと音を立て、森の木が倒れたのだ。そして。

 

 森の中から、履帯を持った黄土色の巨大な車輌が次々と現れた。

 

「……は?」

 

 何が起きたのか理解できない。

 だが、その車輌が一斉に車体上部を回転させ、長大な砲身を持つ大砲が現れた時、見張りの兵はようやく事態を悟った。

 

「て、て、敵襲ー! 敵襲だーっ!」

 

 叫んだ直後、発射された砲弾によって兵の命は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

「戦車だと!? ばかな! どうやってあの森を抜けてきたんだ!?」

「でかいぞ! しかも数が多い!」

「ロデニウス軍の戦車だ! 確かハンテールとかいう奴だ!」

 

 レイリング外周の塹壕陣地にいた兵士たちが、叫び声を上げる。

 彼らの前に現れた黄土色の戦車は、異様な形状をしていた。車体の装甲が斜めに倒されており、幅の広い履帯がそれを支えている。台形のフォルムであることもあって、まるで地面に張り付いているかのようだ。

 そう、「V号戦車 パンターG型改」である。

 

「くそっ、応戦だ! 戦闘配置急げ!」

 

 敵部隊の規模と装備を見る限り、敵は間違いなく主力部隊をこちらに送り込んできている。思いがけない方法で彼らは要塞を迂回し、こちらに向かってきたのだ。

 レイリングに駐留するグラ・バルカス帝国軍は、急ぎ戦闘準備に入った。

 

 

「全軍突撃! レイリングは目と鼻の先だ!」

 

 指揮車輌としている装甲車の中で、ムー統括陸軍第2軍司令官ジェイク・アイゼンハウアー中将は命令を下した。そして装甲車の中から少しだけ顔を出し、様子を確認する。

 彼の乗る装甲車はちょうどアールの森を抜けたところであり、前方では激しい戦闘が起こっていた。ムー国が誇る30トン級の最新鋭戦車「ラ・シマン」…48口径75㎜砲を搭載したM4シャーマン中戦車が、味方の歩兵を守りながらグラ・バルカス帝国軍に砲撃を見舞っている。歩兵たちは戦車を盾にして、その陰から銃を撃って応戦する。

 これまで部隊の先頭に立っていた黄土色の戦車…「パンテル」とかいうロデニウス軍の戦車は、既にムー陸軍と分かれ、レイリングの外縁部に回り込む動きを見せていた。「パンテル」の機動力は「ラ・シマン」のそれより高い。その機動力を生かし、街の反対側に回り込んでグラ・バルカス帝国軍の退路を断つつもりらしい。

 グラ・バルカス帝国軍も、戦車を繰り出して必死に応戦している。だが、彼らの戦車は数が少なく、車体も小柄で、搭載された大砲も小さい。あんなもので「ラ・シマン」に対抗できるとは思えない。

 実際よく見ると、敵戦車の砲撃は「ラ・シマン」に直撃しているものの、「ラ・シマン」は小ゆるぎすらもしない。逆に「ラ・シマン」の砲撃は、一撃で敵の戦車を粉砕している。

 戦闘の様子を観察しながら、アイゼンハウアーはひとりごちた。

 

「全く、こんなとんでもない機動戦術を考えつくなんて…ロデニウス軍の将官には、発想力の豊かな方がいるもんだな」

 

 

 遡ること2日前、作戦会議の席上にてアイゼンハウアーはロデニウス陸軍第1軍団の指揮官モッツァラ・ノウ中将からとんでもない作戦案を聞かされた。

 

「あの要塞を避けて進軍する? でも、あの森ばかりの場所をどうやって進軍するんです?」

「何、簡単なことですよ。戦車で森を突っ切るだけです」

「……は?」

 

 それはアイゼンハウアーにしてみれば、前代未聞の作戦だった。

 

「平地の多いアールの森を戦車部隊で強行突破し、レイリング北方に回り込む? そんなことが可能なのですか?」

「私たちの戦車なら可能です」

 

 曰く、別の国にはそんな事例が存在するらしい。何でも、国境線に沿って長大かつ堅固な要塞線が敷かれていたため、森を強行突破して敵陣の後背に回り込んだ結果、防衛体制の整っていなかった敵国をたった1ヶ月で全面降伏に追い込んだのだとか。

 

「その時に、森を突破する作戦で使われた戦車の性能と、今の我々の戦車の性能を比較すると、アールの森の突破は十分可能です。敵の不意を打つことも可能でしょう」

「そこまで仰るなら……賭けてみましょう、その作戦に」

 

 かくして、「冬風作戦」は発動された。

 ロデニウス陸軍第1軍団の「パンターG型改」と「ティーガーI」が先頭に立ち、その後からIV号戦車H型を主体とするロデニウス第1軍団の本隊と、ムー陸軍第2軍がアールの森に突入。森の木々を薙ぎ倒しながら遮二無二進撃し、わずか1時間でアールの森を突破してしまったのだった。

 レイリングの北東部外縁に出た連合部隊は、すぐさま隊を二分した。ロデニウス陸軍第1軍団の本隊はレイリングの北側を迂回する形で同市の北部〜西部へと向かい、パンター改を主力とする先鋒部隊は「ティーガーI」の援護を受けながらレイリングの東側正面を南へ突っ切り、その後同市を南から包囲する。そしてムー第2軍がレイリング東部からの正面攻勢を担当する。

 

「とにかく急げっ! 我が軍団でレイリングを包囲せにゃならんのだ、移動距離が長い! エンジンや足周りの消耗と燃料は多少無視して良い、冬風のごとく走れ!」

「全力前進、攻撃せよ! 大陸を吹き荒ぶ北風のように、全速力を以て敵陣に殺到するのだ!」

 

 ロデニウスとムー、2国の将星は同時に似たような号令を発した。

 グラ・バルカス帝国軍の抵抗を排除し、ロデニウス軍の戦車が突進する。土埃の混じった雪煙を巻き上げ、グラ・バルカス帝国人が植えた商品作物らしい木を薙ぎ倒し、IV号戦車の群れが突き進む。

 街の南側では、防衛配置につくべく街道を走るグラ・バルカス帝国軍のハウンドII中戦車と、街の南の平原を突っ切るロデニウス軍の「パンター改」が、主砲を撃ち合いながらレイリング西部へと向かっている。どこぞの戦車道の試合のような光景だが、やっていることは実弾による死合いである。と言っているうちに、早速1輌の「ハウンドII」がエンジンに75㎜砲弾の直撃を受け、炎上しながら停止した。

 グラ・バルカス帝国陸軍の主力戦車の一角を担う2号中戦車ハウンドは、九七式中戦車チハに似た見た目・性能を有する。だがこれでは、たとえハウンドIIの48口径47㎜砲であっても「パンター改」の装甲を貫くのは困難だ。逆に「パンター改」の70口径75㎜砲は、ハウンド中戦車の装甲を一撃で貫徹できる。性能の差は歴然である。

 残っていた他のハウンド中戦車も、次々と撃破されていく。ある車輌は弾薬庫に被弾して誘爆し、砲塔がびっくり箱のように空高く飛び上がる。ある車輌は履帯を切られて動けなくなり、そこに追加の徹甲弾を撃ち込まれて沈黙する。

 包囲網は着実に築かれつつあった。

 

 

 その一方、レイリング正面でグラ・バルカス帝国軍の抵抗を排除し、いよいよレイリングへ突入しようとしたムー統括陸軍だったが……

 

「ん?」

「何だ?」

 

 怪訝そうに呟く兵士たち。

 どうしたのかというと、こちらの攻撃とは関係なくレイリング市街地で黒煙が上がっているのだ。それも複数。そして、通りには大勢の人間が集まって何やら騒いでおり、家の窓から顔を出して通りに向かって腕を振り上げている人間もいる。

 

「何だありゃ」

「分からん。総員、警戒しつつ進め!」

 

 さらに近付いていくと、通りにいた人間のうち何人かがこちらを見た。そして次の瞬間、通りに出ていた人々が一斉に、何かを叫びながらこちらへ駆け寄ってきた。

 

「敵か!」

「応戦用意!」

 

 急いでライフルを構えるムー陸軍の兵士たち。

 だが、何か様子がおかしい。こちらに向かってくる人々は、どう見ても武装しているようには見えない。いや、武装はしているのだが、持っているのは棒切れだったり農具だったりと明らかに武器としてはお粗末なものだ。そして、その人々が着用しているのは軍服ではなく私服だった。

 

「おい、あの衣服って…」

「あれは確か、レイフォル人の民族衣装?」

 

 兵士たちがそんなことを言い合っていると、人々が叫んでいる内容がだんだん聞こえるようになってきた。

 

「……っと来たか、解放軍!」

「遅いじゃねえか、ずいぶん待っちまったよ!」

「ここにグラ・バルカス帝国人がいる、引っ立てていってくれ!!」

 

 それでやっと、ムーの兵士たちは理解した。

 どうやら、レイリングに住まうレイフォルの人々が反乱を起こし、グラ・バルカス帝国人を捕らえていたらしい。さっきの騒ぎは、逃げ遅れたグラ・バルカス帝国人をレイフォルの人々がリンチしていたものだったのだ。

 

「おー、ムーの兵隊さんたちか! やっと来てくれたんだな!

すまんが、このグラ・バルカス人たちを引っ立ててくれ!」

 

 見ると、そこにはボロボロになったグラ・バルカス帝国人が3人、縛られていた。軍服姿ではないことから、軍人ではないらしい。

 

「離せ蛮族が! 俺を誰だと思ってるんだ、グラ・バルカス帝国の外交官だぞ!」

「やかましいわ!」

 

 3人のうち1人、やけに汚れた身なりの男性が喚いているが、レイフォル人に殴られて黙らされた。実はこの外交官こそ、ヒノマワリからずっと逃げ続けていたダラスである。

 

「よーし、分かった。こいつらはこちらで引き取るから、とりあえず道を開けてくれないか? これからグラ・バルカス帝国軍を追い立てる必要があってな」

「よっしゃ! おい皆道を開けろ! 解放軍の英雄様のお通りだ!」

「俺はこの辺の道には詳しいんだ、案内役は任せてくれ!」

「怪我をした兵隊さんはいるかい? あたしゃ回復魔法は得意だから、さっと治してやるよ!」

 

 レイリングの人々は、ムー統括軍に対して明らかに歓迎ムードだった。自ら案内役を買って出る者、回復魔法で兵士をサポートする者までいる。

 こうして、レイリング解放作戦は現地のレイフォル人たちの協力のおかげで想定より遥かにスムーズに完了したのだった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 中央暦1643年12月24日 午後0時10分、旧レイフォル領中南部某所。

 まともな舗装もされていない地面のせいで不規則に揺れ動いていた車体が、ブレーキ音と共にゆっくりと停止した。

 

「よし、一旦休憩だ! 降りて飯でも食ってこい!」

 

 車内に響いた号令に、若い女性の両肩がびくんと跳ねた。慌てて立ち上がりかけた彼女の膝から、1冊の本が床に転がり落ちる。

 

「おぅ嬢ちゃん、そう慌てなくて良いだろ。飯は逃げねぇよ」

 

 下顎いっぱいに無精髭を生やした中年のおっさん、という風貌の男性が女性を窘めた。

 

「はいぃ…」

 

 その女性、グラ・バルカス帝国の従軍看護婦マキ・デルフィーノ(23歳)は、少し恥ずかしそうにしながら本を拾って座席に置き、車から降りる。

 彼女が乗っていたのは、ロデニウス連合王国陸軍第13軍団・第132医療大隊の所有するハノマーク装甲車だ。捕虜同然の形でロデニウス軍とのファーストコンタクトを経て以降、彼女は捕虜ではなく「食客」扱いで第132医療大隊に配属となり、医療の勉強と実践経験の積み上げに精を出している。

 軍の医務班は、最も過酷な医療関係部署と言っても過言ではない。基本的に優れた医療設備は少なく、薬品も不足しがちな状況下で、下手をすると清潔とは対極の域にある洞窟やら何やらの中で患者の治療にあたらねばならないからだ。しかも運ばれてくる患者といえば戦場で負傷した者か、赤痢のような戦場疾患に罹った者、あるいはシェルショックをはじめとする精神疾患を患った者という辺りで、肢体切断のような重傷患者もゴロゴロいる。そして場合によっては、友人を殺した敵国の兵士であっても治療せねばならない。

 最初から覚悟していたとはいえ、地獄のような職場に自ら飛び込んだことで、マキは同年代の女性看護師たちは無論のこと、年上の女性看護師たちであっても経験したことのない修羅場の真っ只中に、放り込まれることとなった。

 が、その過酷な職場環境は、却って彼女の医学の才を開花させた。元々グラ・バルカス帝国の医学校で勉強していたこともあるが、目が回るほどに忙しい野戦病院の手術室で彼女はこれまでの学習内容と実践を結び付け、元来の頭の出来と要領の良さもあって、短時日のうちにめきめきとその技量を向上させていった。

 加えて、ロデニウス連合王国で使用されている医学書の質も良かった。ロデニウスで使われている解剖学の教科書が自国のそれより優れていると知って以来、マキは暇さえあれば解剖学や生理学、病理学などの教科書を読み漁り、時には寝食すら忘れるほどの熱中ぶりを示した。さっき車内で彼女が読んでいたのも、回復魔法のメカニズムと解剖学・生理学・病理学を組み合わせて新しい治療法を編み出す研究の論文集である。

 それらの要素が重なりあい、おそらくグラ・バルカス帝国の看護師の中で最も深い知識と高い技術を持ち合わせているのは弱冠23歳のド新人、という奇妙な構図ができあがりつつあったのだ。

 ちなみにだが、ロデニウス軍の医療職者たちもマキには好印象を抱いている。当初は敵国の人間ということで警戒する者もいたのだが、その真面目さと熱心な仕事ぶりにより、今や彼女を1人の仲間と見なすことに抵抗のある者はいなくなっている。

 閑話休題。

 

 軍の糧食隊による戦闘糧食の配布を待つ間に、マキは周囲を見渡して気付いた。

 マキたちの乗っていた車列が止まった所は、どうやら農園であったらしい。大地は明らかに人の手で開墾され、一定の幅の溝と畝の繰り返しが規則正しく並んでいた……ただし、その表面は真っ黒になっており、その中に元は何かの植物だったと思われる黒焦げの塊が点在している。

 それは明らかに、グラ・バルカス帝国人が築いた農園だった。かつては肥沃な大地に拓かれており、ここを経営していた帝国人は現地人を奴隷同然にこきつかって莫大な利益を上げていたに違いない。しかし今となっては、農奴にされた現地人の反乱と略奪によって見る影もない状態になっている。耕作地には火をかけられた後が生々しく残り、農奴の宿舎になっていただろう平屋のバラックには人の気配は欠片もない。そして、農園を見渡すような形で建てられていただろう植民者の邸宅……植民者の成功の証だっただろうそれは、今や焼け落ちて壁や柱の一部だっただろう黒い構造物の残骸のみが残るという、惨憺たる有り様になっていた。おそらく屋内の調度品やら何やらは、全てが現地人による略奪もしくは破壊の憂き目に遭い、その後に炎を放たれたのだろう。

 そして……

 

「……!」

「あんま見るな、嬢ちゃん。…これはさすがにきつい」

 

 先ほどの無精髭を生やした中年男性……軍医クロード・ヒューリックの阻止は僅かに間に合わず、マキはそれを見てしまった。

 ……邸宅跡の側の大木、そこに吊るされた大小4体の死体。既にかなり腐敗しており、衣服も汚ならしく変色していたが、遺体が纏う衣服は明らかにグラ・バルカス帝国のデザインだった。

 

「子供まで区別無しか……植民していたグ帝人の一家か?」

「おそらくな。この農園の経営者一家だろう……奴隷扱いしていたレイフォルの民の私刑に遭った、ってとこか」

 

 軍医、しかも前線部隊に随伴していると、目の前で人に死なれたり、死体が転がっていたりするのは日常茶飯事である。この部隊の軍医たちも例に漏れず、死に対する感覚が割と希薄になっている。なので、壮絶な報復に遭ったであろうグラ・バルカス帝国人の遺体にも一切の感情を示さず、吊り下げられたままの遺体の検死を淡々とやり始めている者が3人いる。

 

「こりゃ暴行に遭ったのは間違いないな。腕が折れてるし、頭部の陥没痕は明らかに殴打の跡だ」

「残虐にも程があるな…こっちの女の子なんか、頭蓋骨の割れ方から見てツルハシか何かのフルスイングってところだ」

「現地人の気持ちも分からんでもないが……些かやりすぎじゃないか? いくらグ帝人の自業自得とはいえ……」

 

 その時、クロードが注意した。

 

「それ以上は止めにしろ。うちの部隊に誰がいるのか忘れたのか」

「…すまん、軽率だった」

 

 ばつの悪そうな顔をして戻ってくる軍医たちに絶対零度の視線を送り、ヒューリックはマキに声をかけた。

 

「…すまん嬢ちゃん。うちの隊にはどうにもデリカシーのない奴が多い」

「いえ……気にしないでください」

 

 ヒューリックの危惧に反して、マキは気丈な返事をした。

 

「皆さんと一緒に働くようになってから、だんだん分かってきたんです……『命に色はない』という言葉の意味。そして、我が国がどれほど命に色を付けていたのか、ということも。

グラ・バルカス帝国の教育機関では、自国民がどれだけ他国に優越しているかを説くことが多いんです。私は今まで、それに何の疑いも持たず受け入れてきました。ですが、皆さんと共に動くようになり、そして今のような光景を見るにつけ、我が国の教えに間違いがあるのではないか、と思うようになったんです。他国の民を蔑み奴隷同然に扱った結果、今の景色が引き起こされたんだと思います。だから、ロデニウスの皆さんが言う『命に色はない』の方が、正しいのではないかと思うんです」

「なるほどな……」

 

 マキに戦闘糧食の容器を手渡し、ヒューリックは焼け焦げた柱の陰に座ると、自分の分の容器から突き出たレバーを引き抜いた。「野戦糧食31号 基本型」と書かれた容器は、下部から飛び出しているレバーを引き抜くと容器の底で化学反応が生じ、湯気によってものの30秒でホカホカに温まるという仕掛けになっている。

 ちなみにこの野戦糧食(レーション)、以前(「戦車隊紅白戦」の回を参照)に出てきた「野戦糧食22号」の改良型である。

 容器の蓋を開けると、薄茶色に変色した米飯が見えた。ニンジンやゴボウ、タケノコ、レンコン、シイタケといった野菜と鶏肉を炊き込んで作った、五目飯だ。その横にはショウガとユズを効かせたブリの照り焼きと、山菜を混ぜ込んだ野菜の煮物。さらには水を注ぐだけで完成する即席コンソメスープにオレンジジュース、ムー国産コーヒー、ヘーゼルナッツココア、デザートとしてチョコレートバーにプラム・プディング、さらにはシュトーレンまで付属している。戦場にもクリスマスイブ、というわけであった。

 余談ながらこれらの野戦糧食、実は艦娘たちの作るメニューが採用されている。この31号だと、五目飯は"()()()"考案の新メニュー、ブリの照り焼きは"(はま)(かぜ)"からのレシピ提供+烹炊員妖精による技術指導、野菜の煮物は"(はぎ)(かぜ)"の監修を受けており、コンソメスープは「大和(やまと)ホテル」自慢の一品、プラム・プディングとシュトーレンはそれぞれ"Warspite(ウォースパイト)"と"Graf(グラーフ) Zeppelin(ツェッペリン)"のレシピを元に作った"()(みや)"心尽くしの品という感じである。

 

「今日のも美味しそう……我が国のとは大違い……」

「そういや、嬢ちゃんも軍隊に同行していたからグラ・バルカス帝国式の野戦糧食を知ってんのか」

 

 野戦糧食のメニューを見て喜べば良いのか悲しめば良いのか図りかね、複雑そうな表情をしているマキ。

 

「はい……ただ、そんなに美味しいものじゃなかったですし、メニューも数が少なかったんです」

「メニューってのは、例えば?」

「だいたい保存が効くようなものばかりでしたね。堅焼きビスケットとか燻製肉とか、魚の塩漬けとか野菜の酢漬けとか。固いか辛いかで、なかなか食べられないんですよ……」

「まあ確かになぁ。軍隊なんて食糧保存にとことん向かない組織だから、そうでもしないと腐るんだよな」

「そうなんです。

それに比べて、この野戦糧食は何ですか? メニューも充実してるし美味しいし、何より水を注いだりするだけで温かいものが食べられる! 我が国なら、温めるなんていちいち火を起こさないと無理ですよ! おかげで冷たいものばかり食べる羽目に……。しかも麺料理とか甘いもの、ケーキまであるし!」

「そんな状況じゃ、あったかい物が恋しくなるのも無理ねぇわな」

 

 軍隊において糧食は、死活問題そのものである。古来より「腹が減っては戦はできぬ」というではないか。糧食がなければそもそもエネルギー不足で兵隊は動けない。そして糧食の種類、味その他諸々の要素を充実させておかなければ、「士気の低下」という重大な問題を招き、それは兵士のパフォーマンスに直結する。

 そういうわけで、軍隊において糧食の確保というのは非常に重要なのである。どこの国も、糧食の質の向上には苦労しているのだ。

 シュトーレンに頬を震わせて満面の笑みを浮かべるマキ…そういうところは年相応の女性らしかった…をちらっと見て、ヒューリックはフッと笑ってコンソメスープを一気飲みした。骨まで凍えるような12月の屋外で、ほんのりスパイスを効かせた温かいスープ、これほどありがたい物もない。身体の芯から暖まったところで、ヒューリックは五目飯を掻き込み始めるのだった。

 

 

 一方、ヒューリックたち医務部隊よりもさらに前方にいる前線部隊では、新たな発見があった。

 

「何だこりゃ……」

 

 ロデニウス陸軍第13軍団・第888重戦車小隊の隊長を務める妖精"ミハエル・ヴィットマン"は、鼻腔をくすぐる奇妙な臭いに眉をしかめた。その臭いは、戦車の車体後部にあるエンジンルームから漂ってくる。

 妖精たちは、戦闘で撃破した敵の戦車……グラ・バルカス帝国のハウンドⅡ中戦車を調べているところだった。妖精たちは交代で昼食を摂っているところであり、順番待ちの暇潰しに撃破した敵戦車を調べていたのである。その敵戦車のエンジンルームから漂う異様な臭いに、妖精ヴィットマンが顔をしかめたところだった。おそらく燃料の臭いであろうが……

 

「おい、こいつはどんな燃料で動いていたんだ? ガソリンではないようだが」

「……分かりませんな。ですが、何やらロクでもない代物の感じがします」

 

 副小隊長を務める妖精"クルト・クニスペル"にも、見当がつかなかった。

 

「あいつらなら知ってるかね…士魂部隊に聞いてみよう」

 

 妖精ヴィットマンが召喚したのは、戦車第11連隊の妖精たちである。

 

「この敵戦車が、どんな燃料で動いていたのか知りたいんだが……」

 

 妖精ヴィットマンの言葉を聞いて、数人の妖精たちがハウンド中戦車の周囲に集まった。と、1人の妖精が臭いを嗅ぐや、何とも言えない妙な表情を浮かべる。

 

「なあ、これってさ……まさかと思うが、アレじゃないか?」

「どれどれ……うーん、確かに臭いはそれっぽいな」

 

 心当たりがあるらしい。そして妖精たちは、手慣れた様子でハウンド中戦車のエンジンカバーをこじ開けると、手を突っ込んでガサゴソやり始めた。

 

「あったぞ。外すからドライバーとレンチ寄越してくれ、あとニッパーも」

「あいよ」

 

 ものの数分で、妖精たちはエンジンルームの中から容器のようなものを取り出した。それが燃料タンク、もしくはオイルパンの類だと、妖精ヴィットマンにはすぐに分かった。

 

「やっぱりこれだな、中から臭う」

「大事なサンプルだな。(くし)()さんにでも調べてもらおうぜ」

 

 そして妖精の1人が、「どうだ?」という妖精ヴィットマンの質問に答えた。

 

「専門家に精査してもらうまでは何とも言えませんが、臭いから考えるとどうも大豆油ではないかと思われます」

「ダイズユ? 何だそれは?」

「簡単にいうと植物油です。大豆を絞って得られる油の一種で、軽油のようなものですよ」

「よく分からんが、つまりは豆から絞り出した燃料ってことか?」

「そうです」

「……使えるのかソレ?」

「一応は。

ただ、この臭いを嗅いだ限りでは、こいつの精製度はあまり高くないような気がします。おそらく戦時急造の代替燃料なのでしょう」

「ガソリンが足りないからわざわざ豆から取った、ってことか?」

「そうでしょう。これはひとまず、第13艦隊にいる専門家に解析を依頼します」

 

 燃料タンクの他にも、士魂部隊の妖精たちは照準器やら通信機やらをひっぺがした。さらに溶接に使うバーナーやダイヤモンドカッターまで持ち出して、装甲板の一部すら頂戴していく。その結果、妖精たちが群がった後のハウンド中戦車は、ジャッカルに食い荒らされた草食獣の死体のような有り様になった。

 "戦利品"を手に去っていく妖精たちを見送り、妖精ヴィットマンは妖精クニスペルと顔を見合わせた。直後、2人揃って盛大にため息を吐く。

 

「消耗戦してるな、グ帝側も……」

「ですね。我が方の空襲で燃料貯蔵施設をやられたんでしょうが、まさか豆から油を取り出すなんて……」

 

 妖精2人の吐き出したため息は、白い煙となって冬風に吹き散らされていった。

 

 

 第13軍団の妖精たちから届けられた情報とサンプルは、即座に第13艦隊の移動工廠艦「釧路」へと持ち込まれて解析に回された。

 

「これは……」

 

 その解析結果をまとめたレポートを一目見るや、"釧路"は目を見張る。

 

「サンプル01『ハウンド中戦車の燃料タンク』に残っていた燃料の残りかすを調べた結果、ガソリン40%に大豆油が60%…? さらにサンプル02『ハウンド中戦車の照準器』はガラス工作等の部品精度の低下が見られ、サンプル05『ハウンド中戦車の車体側面装甲板の一部』にも、鉄純度の低下が認められる…?」

 

 さらに彼女の手が書類棚に伸び、そこから別のファイルを引っ張り出した。別の日に提出された報告書が挟んであり、それには占領したグラ・バルカス帝国軍飛行場に放棄されていた航空機を調べた結果が書かれている。

 同報告書によると、航空機や基地内の燃料タンクから「松根油」の成分が検出されたらしい。さらに飛行場周辺の林を調べたところ、樹皮を引き剥がされた木や、木を根っこごと引き抜いた跡が見つかったとのことであった。

 

『まさか本当に松根油で戦闘機を飛ばすなんて……』

 

 と、報告書を初めて見た時に"釧路"は驚きのあまり呟いたものである。

 

「しかも、このガソリンもどうやら精度が低いようですね…」

 

 パタリと報告書を閉じ、"釧路"は艦長室の天井を見上げて考え込んだ。

 前線から送られたサンプルと情報は、ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国軍の窮状を反映している。高品質のガソリンも原油もないために、低品質の燃料を使うどころか、松根油で戦闘機を飛ばしたり、大豆油で戦車を走らせる羽目になるのだろう。

 それに、鉄板の質も低下している。精錬技術が落ちてきているのだ。

 

「これはもしかすると……」

 

 ムー大陸にいるグラ・バルカス帝国勢力は、実はかなり貧乏な状態になっているのではなかろうか。もしかすると、第二次世界大戦末期の日本に並ぶくらいの窮状に陥っているかもしれない。

 "釧路"は席を立ち、壁にかかった1枚の地図を見上げた。旧レイフォル領を描いたものだ。最初は全域がグラ・バルカス帝国の支配下にあったものだが……先日レイリングが陥落し、現在はレイフォリアを中心とした西部の僅かな地域のみがグラ・バルカス帝国の勢力圏とされている。

 

(レイフォリアの市場とか、ずいぶん寒い景色が広がっているでしょうね…。店員一同が空襲を避けるために疎開して閉店してしまった店、開いている店にもモノはほとんどなく、食糧品にさえ付けられた法外な価格の値札……末期戦ね)

 

 "釧路"はレイフォリア市場の光景に、思いを馳せる。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 そして実は、レイフォリアの市場は"釧路"の想像を遥かに超えた惨状を呈していた。

 年末目の前、最後の売り込み時であるはずなのに、店の多くどころかほぼ全部が閉店状態。そしてところどころの店からは火の手すら上がっており、区画を区切る道路にはあちこちに人間が血を流して倒れ、銃弾やら魔法やらが破壊と死の協奏曲を奏でていた。

 旧レイフォルの現地人たちが、グラ・バルカス帝国に対して武装反乱を起こしていたのである。

 もともとグラ・バルカス帝国の支配が差別的かつ強権的だったため、レイフォルの民の対グ帝感情は「最悪」の一言に尽きる状態だった。そこにこの頃のグ帝側の苦戦と、第二文明圏連合軍の快進撃を伝えるメディア戦略、ヒノマワリ王国のハルノミヤ第二王子やフレイア第三王女をはじめとする反グ帝派の外国組織からの支援、さらに強まる支配と弾圧。こうした情勢を前にして、ついに旧レイフォルの民が決起したのだ。

 レイフォリアの一角にある、何の変哲もない住宅街で発生した武装蜂起は、あっという間にその規模を拡大。「レイフォル解放軍」と名乗る反乱軍は、市場の他に郊外の廃墟や下水道まで利用し、魔法や火炎瓶を駆使したゲリラ戦に打って出た。それだけではなく、反乱のニュースは電光石火の速度で全域に広まり、呼応するようにあちこちで反乱が発生した。

 このため、もうグラ・バルカス帝国の支配体制はガタガタになっており、帝国軍は内憂外患を抱えて戦闘する羽目になっている。ただでさえロデニウス海軍第13艦隊やムー海軍、ミリシアル海軍派遣艦隊によって制海権を押さえられているため、本国からの補給が一切届かない。つまり、補充の兵士も武器も、食糧すらまともに届かないのだ。そのため兵の士気は低く、兵器の質は低下の一途をたどり、戦闘の継続も覚束なくなってきている。

 それに加えて、ロデニウス軍やムー統括軍は昼夜を問わず航空機を飛ばし、各地の橋や道路、鉄道駅を空爆していた。グラ・バルカス帝国軍の対空部隊も奮戦し、少なからぬ被害を与えていたのだが、焼け石に水だった。

 これにより、グラ・バルカス帝国陸軍は兵力の移動手段と補給線を次々と断たれていき、制空権も押さえられ、分断された部隊が各個に絶望的な抗戦を強いられるという状態に陥っている。

 

 そして、そうしたレイフォル領での反乱等の情報は、パガンダ島に停泊するロデニウス海軍第13艦隊旗艦「(なが)()」にも逐一届けられていた。

 

「レイフォリア解放まであと少し、ってところか……」

 

 遅い夕食……クリスマスイブらしく、メニューはローストビーフだった……にナイフとフォークを立てながら、堺は呟いた。

 現在"長門"は就寝中であり、彼は1人で夕食に興じているところである。

 彼の頭の中では、先刻届けられた最新情報を伝える報告書が反芻されていた。それによれば、レイフォリアをはじめとするレイフォルの各都市では反乱が発生しており、もはや内戦というべき状況になっているそうである。そして、蜂起したレイフォルの民は第二文明圏連合軍を歓呼と共に出迎え、地の利を活かして連合軍の進撃路について意見具申をする、自らグラ・バルカス帝国軍の状況の偵察を買って出るなど、積極的に協力してくれるとのことである。

 

「それだけグ帝の支配が強権的だったんだな。まぁ、あの教科書を見りゃよく分かるわ」

 

 呟きと共に、堺はコーンスープを飲み干した。空になったカップを見下ろす彼の顔には、どことなく哀愁が漂っている。

 

「それはそうと、どこの世界でも《クリスマスまでには帰れる》は無理か……覚悟はしていたけど。はぁ、大和のコンソメスープが恋しい……」

 

 第一次世界大戦の折に地球でよく言われた台詞を引用した堺の嘆きは、聞く者のない冷たい暗闇に虚しく消えていった。

 いや、"あきつ丸"にでも頼んで野戦糧食31号を1セット分けてもらえよ、とツッコみたくなった貴方は正しい。

 その時、ノックの音が響いた。

 

「失礼します提督。本土から通信です」

「本土? 了解」

 

 妖精が持ってきた電文の綴りを、堺はミリシアル産紅茶を飲む手を止めて受け取った。それに目を通した瞬間、彼の目が丸く見開かれる。

 

「え? は? いや…え?」

 

 電文を三度見した後、堺は天を仰いで叫んだ。

 

「カナタ陛下! リンスイ外務大臣! なんて厄介すぎる案件持ってきてくれてんだ畜生めぇぇぇっ!!」




現実の日付から見るとちと早いですが、これが戦場のメリークリスマス!(違)
マキさんはちょっと微笑ましいですね…そういう感性は失わないでもらいたいものです。

そして最後、堺はいったいどんな案件を持ってこられたのだろうか…その内容は次回にて。


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次回予告。

レイリングが陥落し、グラ・バルカス帝国の絶対防衛線は崩壊した。最終目的地であるレイフォリアを目指す第二文明圏連合軍、その一方で「バグラチオ作戦が終わった後のこと」を考える者もいた。青葉情報局からの情報を元に、ロデニウス連合王国の現国王カナタ1世は、ある決断を下す。
次回「戦争の舞台は戦場だけに非ず」
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