鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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うーん駄目ですね、戦闘シーンなら筆が進むのに、こういう外交や内政のシーンはどうにも苦手意識が…。
投稿が遅くなって申し訳ございません。これが、本年最後の更新です。

堺の言う「厄介すぎる案件」の正体が明らかにされます。



203. 戦争の舞台は戦場だけに非ず

 ついに年が明けて中央暦1644年1月1日、第三文明圏外東側 ロデニウス大陸 ロデニウス連合王国首都クワ・ロデニウス。

 午前7時に各地の放送局から一斉に流されたTVや魔信ラジオのニュースは、当代国王カナタ1世のスピーチを伝えた。

 

『TVやラジオをご視聴の国民の皆様、おはようございます。そして、明けましておめでとうございます。新年早々ではございますが、私カナタ1世による「食卓談話」の時間がやってまいりました』

 

 カナタ1世は元々クワ・トイネ公国で首相を務めていたこともあり、最も得意としているのは内政の分野である。特に国家財政に明るく、各大臣の助けを受けながら国民の生活水準の向上を至上命題として取り組んでいる。

 そんなカナタ1世は、就任から1年が経とうという頃からこの「食卓談話」という番組を月に2回行うようになった。これは実は、堺の意見具申によるものである。「国民の信任を受けて王位にお就きになった以上、常に国民に寄り添い、国民と共により良い国を築き上げていく姿勢を示さねばなりません。そのためには、王が国民にとって身近なところにいるという様子を見せることが、最も有効であると愚考いたします。私が以前にいた世界での話になりますが、アメリカという国の大統領つまり国家のトップは、しばしば『炉辺談話』という国民向けの放送番組に出演し、今後向かうべき方針を国民に問いかけたり、国民の啓蒙を行ったりしていました。それに倣うのが、最も手早くかつ有効でありましょう」とは、これを提案した時の堺の意見であった。

 こうして、だいたいの国民が朝食か夕食の席につく時間帯を狙って放送される「食卓談話」という番組が作られたのである。この番組は中央暦1640年、パーパルディア皇国との戦争の真っ最中に第1回放送が行われ、以降国民の不安の解消や啓蒙、戦勝時に暴走する国民を出さないための戒め、政治・外交方針の公開、その他様々な目的で放送されている。

 最近の「食卓談話」の議題は、当然のことながらグラ・バルカス帝国との戦争に関する話題が主となっている。今回も御多分に漏れなかった。

 

『グラ・バルカス帝国との戦争が始まって、あっという間に1年が経ちました。そしてもうすぐ2年が経とうとしています。まずは3年目に突入する前に、これまでの経過を少し振り返ってみましょう』

 

 もうすっかり慣れた様子のカナタ1世は、緊張した風もなく静かに言葉を紡いでいく。

 およそ2年前、中央暦1642年4月の「先進11ヶ国会議」の席上にて発生した、突然の宣戦布告。それに続くフォーク海峡での海空戦。そして、中央暦1643年の年明け以降に本格的に始まった、世界各国連合による対グラ・バルカス帝国反攻作戦。同反攻作戦は今も続いており、ロデニウスからは陸海軍の主力部隊が出征し、ムー大陸でグラ・バルカス帝国と戦っている。グラ・バルカス帝国は激しく抵抗しているが、旧ヒノマワリ王国の解放を契機に旧レイフォル国の保護国・属国が次々と解放されていき、現在は旧レイフォル本国領の中央まで解放が進んでいる。旧レイフォル領の完全解放まであと少し、というところだ。

 そして、これだけの大反攻を為すきっかけとなったのが、若き名将に率いられたロデニウス海軍第13艦隊であること。世界連合艦隊を以てしても痛み分けに終わったグラ・バルカス帝国の主力艦隊を、「第二次バルチスタ沖大海戦」で撃破しムー大陸周辺の制海権を取り返したことで、反攻作戦の目処が立ったこと。その第13艦隊は、第1艦隊と共に今もなお異国の海で戦い続けており、同時に陸軍第1軍団と第13軍団も異国の地に血潮を撒きながら強大なるグラ・バルカス帝国軍と戦っていること。カナタ1世は、それらの内容を落ち着いた様子で語った後で、国民に対して静かにこう問いかけた。

 

「ムー大陸においては、グラ・バルカス帝国は完全に追い詰められていると言っても良い様子です。そのことは連合王国軍総司令部からの報告や、ムーをはじめとする各国からの外交連絡を見ても間違いありません。

ですが、それはムー大陸におけるグラ・バルカス帝国の勢力圏が縮まっているというだけです。彼らの本国はまだ無傷と言っても過言ではなく、今もなお多くの兵器を製造し兵士を育成して、我々と戦おうとしています。

国民の皆様の中には、グラ・バルカス帝国との戦いの中で身内が亡くなった、という方もいらっしゃるでしょう。そして、我が国の中でもそろそろ和平に転じるべきだという意見が一定数存在する、ということも理解しております。

ここで私は、皆様にお尋ねしたい。皆様はこの戦争に、何を求められますか? グラ・バルカス帝国の完全降伏ですか? それとも、一刻も早い平和の回復ですか? あるいは、将来に備えての国家の負担の軽減ですか?

戦争とは国力の浪費行為である……とは、海軍第13艦隊司令官の言葉です。考えてみて下さい、我々はこの戦争でいったい何を消費しましたか? 兵器、それを製造・運用するための各種資源、食糧、カネ、そして…何よりも尊い人命。挙げればキリがありませんし、その数量も膨大なものです。去年から今までだけで、それだけの国力を浪費したのです、今後戦争が続けばもっと多くの国力が浪費され、多数の人命が失われるでしょう」

 

 ここまで一息に言った後、カナタ1世は机に置かれたコップを取り、中の水を一口飲んだ。そして、今までよりもさらに落ち着いた口調で、単語や文章を1つ1つ区切りながら話し始めた。まるで小学生に講釈を垂れる先生のように。

 

「それに、忘れてはいけません。近い将来、ラヴァーナル帝国が……知らぬ者のないあの古の魔法帝国が、復活する、という予言がエモール王国によって示されているのです。歴史書を紐解く限り、かの国は極めて悪逆無道であり、その国力・技術力は、想像を絶するものがあります。そんな国と戦うことが確定的であるというのに、こんなところで国力の浪費をしている余裕が、果たしてあるでしょうか? ……私は、そんな余裕はないと考えています。

情報局の分析によると、ラヴァーナル帝国の技術力は我が国と比べて最低でも30年は先を進んでいるそうです。もっと進んでいる分野もあります。そんな国と戦い滅亡を回避するためには、私たちはもっと技術を進化させ、音速を超えるという天の浮舟や、誘導魔光弾、そしてコア魔法をも迎え撃てる兵器を、多数配備しなければなりません。同時に、それらの兵器を運用する兵士たちも、育成せねばなりません。

技術を進化させるにも、兵隊を育てるにも、何をするにも国力はとても大事です。その貴重な国力を浪費する戦争は、これを今すぐにでも、止めるべきである……それが、情報局や第13艦隊司令部、そして連合王国軍総司令部が出した結論です」

 

 カナタ1世は話すスピードをさらに落とし、1語1語に力を込めて話す。自分の言葉が国民に行き届き、1人でも多くの国民がそれを理解してくれることを願いながら。

 

「以上より、私は連合王国軍に対して、ムー大陸での作戦が終わった時点で、それ以上の進攻を停止するよう、命令を出しました。同時に外務省に対し、グラ・バルカス帝国側と停戦交渉を行うよう、命令を出しています。

戦争を続けても、そこには憎しみしか生まれず、憎しみは更なる戦争を呼び込む、という悪循環しかありません。これを断ち切り、憎しみを乗り越えて、世界中全ての国が一致団結してラヴァーナル帝国に備えねばなりません。我々は、その旗頭を担わなければならないのです。

聡明なる国民の皆様が、私の言葉の意味をよく理解し、そして1日も早い停戦・和平の実現に賛同してくれることを、私は心から願っています」

 

 その言葉を、カナタ1世は今回の「食卓談話」の結びの言葉とした。

 

「陛下、新年早々にお疲れ様でした」

 

 機材を片付けるスタッフたちの労いの言葉に微笑みと頷きを返し、原稿を手早くまとめながらカナタ1世は席を立った。これから遅い朝食を摂るつもりなのである。

 カナタ1世はいつも、朝食はクワ・ロデニウスの街並みを見下ろすテラスや窓辺で摂ることにしている。朝食の席へと向かいながら、カナタ1世は考えていた。

 

(今ムー大陸では多くの将兵が、文字通りに命を賭けて戦っている…私も、それに応えねばなりません。

年明けの休みが終わってすぐに控えている、神聖ミリシアル帝国との外交交渉。厳しい交渉になるとは思いますが、一刻も早い和平を実現するためにも、万難を排してこの交渉は成功させねば…!)

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 遡ること2週間ほど前、中央暦1643年12月17日。

 いつもの「食卓談話」の放送が終わり、午前10時にカナタ1世はかつてのクワ・トイネ公国の政治中枢、今や王宮の一部兼会議室と化している「睡蓮の間」へと入った。そこには、既に4人の人間が待機していた。

 

「皆様、突然の呼び出しに応じていただき感謝に耐えません」

「いえいえ陛下、ご命令とあらば私はいつでも馳せ参じる覚悟ですぞ。それに今は戦争中なのです、戦争に時など関係ありません」

 

 真っ先に口を開いたのは、ロデニウス連合王国軍総司令官チェスター・ヤヴィン元帥だった。今年で96歳という年齢だけを聞くと、随分な老人に思えるかもしれない。ただし、ヤヴィンの種族はエルフなので、96歳という年齢はヒトでいうと30代くらいである。30代にして軍の総司令官を務める辺り、彼が優秀だということが容易に分かるであろう。

 

「情報はいつでも入ってきますからね。情報局は24時間いつでも戦闘態勢です。日本には《常在戦場》という言葉があるそうではないですか、我らこそまさにそうです」

 

 そう言ったのは、情報局長エド・インゲボルグである。ちょっぴり線の細い、美形の馬系獣人だ。話し方から男性に思えるかもしれないが、エドは女性である。

 彼女の発言に、隣に立つ彼女の上司たるリンスイ外務大臣が頷いた。

 

「私のところもそうですね。特にムー大陸に展開する第13艦隊や第13軍団からの情報は、最速でこちらに伝わってきますから、いつだって特ダネに備えておかないとです」

 

 これは、最後まで控えていた4人目の発言。この発言を為したのは、灰色がかった桃色の髪をポニーテールにまとめ、セーラー服を着たヒト族の女性。第13艦隊情報局、通称「(あお)()情報局」の局長にして艦娘の1人たる"青葉"である。

 

「それでは早速始めましょう。時間が惜しいです」

 

 カナタ1世のこの言葉が、開会の辞となった。

 かねてからカナタ1世はエドや"青葉"の協力を得て「ムー大陸での戦闘が粗方済んだ時点でグラ・バルカス帝国に和平交渉を持ちかける」という方針を国内向けに根回しした。いくら戦闘で勝ち続けているとはいえ、ロデニウス軍にも戦死傷者は出ている訳だから、どうしても反戦運動の機運も少なからず出てくる。また、「古の魔法帝国」ことラヴァーナル帝国の復活に備えなければならない以上、こんなところで国力の浪費をしている暇はない。カナタ1世は国民や議会にそう説いて回り、"青葉"も多少強引な手を使ってでも有力な貴族たちを抱き込んだ。その結果、ロデニウス国内の世論は概ね「停戦・和平やむ無し」という方向にまとまっている。

 

「というわけで、世論調査の結果からみて国内世論は概ね、和平・停戦の方向でまとまりつつあります」

 

 エドが報告を終えると、カナタ1世は1つ頷いた。

 

「分かりました、これで下準備が1つできた、ということですね。

エド殿、そして青葉殿、ご協力ありがとうございました」

「いえいえこの程度、情報畑の我々にとっては朝飯前にできねばならぬ芸当でしょう」

 

 エドが謙遜した。

 

「後は、和平・停戦の方針を各国に伝えて協力を得ることですね」

 

 "青葉"のその一言で、席上の空気が一気に引き締まる。

 それは、2ヶ国ほど問題があるからだ。大東洋共栄圏に参加している各国については、こちらの方針に賛同してくれる国が多いだろう。だが、参加国の中でも第二文明圏の列強であるムー国に関しては、同盟締結済みとはいえプライドを刺激しないようにしなければならない。

 そしてプライドに注意が必要なのは、何といっても第一文明圏の列強たる、神聖ミリシアル帝国だろう。かの国はこれまで「世界一」を自他共に認められていたため、プライドも相応に高い。少しでも対応を誤れば、厄介なことになるだろう。

 ……と思いきや。

 

「神聖ミリシアル帝国への説明と説得ですが……意外と苦労しないかもしれませんよ?」

 

 会議が始まって早々、"青葉"が爆弾発言をぶちかました。

 

「どういうことですか?」

 

 カナタ1世が尋ねると、"青葉"はあっさりした調子で答えた。

 

「一国を相手に説得しようと考えるから、難しく感じるのです。実質的には、たった1人の老人を説得するだけではありませんか。それなら、そう苦労はしないでしょう」

「……青葉殿、まさかとは思うが、ミリシアルの皇帝を『たった1人の老人』呼ばわりしているのではあるまいな?」

「そのまさかですが?」

 

 しれっと言い放った"青葉"に、質問したリンスイが言葉に詰まった。まさか、世界最強を誇る国の皇帝をそんな言葉で表現するとは思わなかったからだ。

 その機を逃さず、"青葉"はヤヴィンに質問を向ける。

 

「ヤヴィン司令官殿、神聖ミリシアル帝国にはどんな技術を供与したか、覚えておりますか?」

「ああ、確か魚雷、爆雷、ソナー、レーダーに関する物が主軸だな。いずれも現物を提供しただけでなく、ミリシアル本土に人員を派遣してこれらの兵器の原理・構造の解説、量産体制の構築、運用する将兵の教育にあたらせている」

 

 この返答に、"青葉"は満足そうに頷いて口を開く。

 

「神聖ミリシアル帝国はこれまで、自国こそ世界最強の国だと認識していました。しかし、グラ・バルカス帝国の登場や、そのグ帝の軍を我が軍が正面から打ち破る様子を見て、もはや世界最強の座に胡座をかいている訳には行かないと、認識したのではないでしょうか。

現に、我が国の兵器のミリシアルへの輸出は今年6月中旬頃から始まっています。6月中旬といえば、第二次バルチスタ沖大海戦が終わった後です。つまり、世界連合艦隊を以てしても破れなかったグラ・バルカス艦隊を我が第13艦隊が打ち破り、世界中に衝撃が走った頃です」

 

 一旦言葉を切り、"青葉"は一息入れた。

 

「帝政の特徴は、良くも悪くも上意下達であり、しかも下達のスピードが民主主義に比べて速いことです。そして上が有能であればあるほど、良い結果を生みやすくなります。

以前に戦闘機…あ、ミリシアルでは『天の浮舟』と呼ぶのでしたか、そのエンジンを供与してくれたことから考えても、おそらく今のミリシアル上層部…特に皇帝は、非常に聡明な方なのではないでしょうか。ならば、我々が相手取るべきはその皇帝ただ1人というわけです」

「なるほど…話はよく分かりました」

 

 "青葉"が話し終えると、カナタ1世が大きく頷いた。

 

「たった1人を説得すれば良い…その発想は私にはありませんでした。そして青葉殿の提案は理にかなったものだと思います。

ですが、ミリシアルを説得する際は相応の立場の者が出張らなければ、対話の糸口にすら立てない可能性があるでしょう。よって……私が直接ミリシアル8世に訴えます」

 

 厳かな口調でカナタ1世は言い切った。

 カナタ1世は優しい性格だが、決めたことを譲らないことがある。そしてミリシアルとの交渉は、その「譲らないこと」に該当する案件であると、この場にいる誰もが悟っていた。

 

「ミリシアルは私が行くとしまして、ムーの方はどうですか?」

 

 カナタ1世が質問すると、"青葉"がさっと手を挙げた。

 

「そのことですが、青葉メディアグループの第二文明圏旗艦店から興味深い報告が上がっています」

「どんな報告ですか?」

「12月12日にムーの大手新聞社『オタハイト・タイムズ』が公開した、世論調査の結果についてです。それによると、ムー国内で厭戦気分が少しずつ高まっているらしいことが分かってきました。『グラ・バルカス帝国との戦争についてどう思うか』という質問に対し、『今すぐ停戦・和解すべき』と『近いうちに機を見て停戦・和平交渉を行うべき』という意見の合計が39.2パーセル(パーセントにあたる単位)になったそうです。

この意見は、まだムー世論の主流を占める継戦派に比べれば少ないです。ですが重要なのは、この厭戦的な意見のポイント数が前回調査に比べて14ポイント増加していることです」

 

 "青葉"の報告に、何かに気付いた様子でリンスイが挙手した。

 

「つまり、ムー国内では戦争に否定的な意見が出てきつつある、ということか」

「そうです。

青葉メディアグループはオタハイト・タイムズに許可を得て、世論調査の結果を精査しました。その結果、こうした厭戦意見はグラ・バルカス帝国との戦争に身内が出征している家族や、戦争の中で身内が死傷した者、工場雇いの労働者から多いことが分かりました」

「家族を失った者の意見は分かるが、労働者から不満が多いのはどういうことだ? 工場なんてフル稼働しっぱなしなんだから、賃金を稼ぎ放題なのではないのか?」

 

 エドの質問に、"青葉"は頭を掻きながら答えた。

 

「実はそれがそうでもないようなのです。

このデータをご覧ください」

 

 "青葉"が差し出したのは、1枚の書類だった。そこにはいくつもの棒グラフが書かれており、表題は「ムー国内における各種製品の物価推移」となっている。

 

「これは…?」

「ご覧の通り、ムー国内での物価の推移をグラフにしたものです。左が戦争が始まった当初である中央暦1642年5月時点、右が中央暦1643年10月時点のデータです。

オタハイト、マイカル、キールセキ、スカパ・ブローなど、あちこちの都市で定点観測したものですが、どの観測点でのデータを見ても物価は上がりっぱなしです。計測開始時点と比較すると、物によっては倍以上になっています。これは決して高級家具などではなく、食料品、衣類などをはじめとする日用品類の値段です。

このために、労働者の生活が苦しくなっている側面があるようです」

「なるほどな。ムーは国王はいるが、およそ民主主義だからこういう民意は決して無視できないだろう。だからその辺りから攻めるのか」

 

 得心したようにリンスイが言った。

 

「そうです。その辺りをつつけば、停戦交渉への持ち込みは可能かと思われます」

 

 "青葉"がそう結論付けると、カナタ1世が口を開いた。

 

「分かりました。本件は重要なものですから、3国の首脳会談とするべきでしょう。ミリシアル側に話をして、会場を貸してもらえないか頼んでみましょう」

 

 ミリシアルは国際会議に慣れているから、会場は貸してもらえるだろう、とカナタ1世は踏んでいた。

 そこへ"青葉"が提案する。

 

「ただ、この3国首脳会談……専門家にも同行してもらった方が良いのではありませんか?」

「専門家、とは?」

 

 "青葉"からの提案に、カナタ1世が問いを投げた。

 

「要するに…最前線の実相をよく知る人間を同行させるべきだ、ということですよ。

ということで、今回はうちの上官に付き合わせますね」

「上官というと、堺提督ですか?」

「そうです。第二次バルチスタ沖大海戦を勝利に導いたのも彼、ムー大陸反攻作戦『バグラチオ作戦』の案を作ったのも彼、そして作戦計画に従い南方軍集団の側面を援護しているのも彼の艦隊、となればこれ以上適任の専門家はいないでしょう?」

「それは確かに心強いですね。では青葉殿、お願いできますか?」

「お任せを!」

 

 ということで、堺は預かり知らぬところで「ミリシアル皇帝とムー王の説得」というとんでもない大役を押し付けられてしまったのであった。それが本土からの電文となって「(なが)()」艦橋に舞い込み、堺が「なんて厄介すぎる案件持ってきてくれてんだ畜生め!」と嘆く羽目になったのである。

 後で真実を知った彼は、ただ一言「アオバワレェ!」と叫んだとか何とか。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 神聖ミリシアル帝国、そしてムー国との準備交渉は、カナタ1世にとっては思いがけないほどスムーズに進んだ。ミリシアル側は首脳会談の会場を快く貸してくれたし、ムーも国王自らミリシアルに飛んでくれることに決まった。

 そして中央暦1644年1月14日、3ヶ国の首脳は神聖ミリシアル帝国南端部の港街カルトアルパスにて会談することとなった。会談場所は帝国文化会館……かつて「先進11ヶ国会議」が開催された、あの場所である。グラ・バルカス帝国による宣戦布告が行われた因縁の地に、首脳たちは集まることとなったのだ。

 今回の会議は、首脳レベルの会談だけではなく実務者レベルの会議も兼ねている。従って、参加者は次のようになった。

 

《神聖ミリシアル帝国》

・皇帝 ミリシアル8世

・軍務大臣 イスラ・シュミールパオ

・外務省統括官 ヘルベルト・リアージュ

・国防省長官 アグラ・ブリンストン

・帝国情報局長官 アルネウス・フリーマン

 

《ムー国》

・国王 ラ・ムー

・外務大臣 ガル・ケンドール

・外務省列強担当部長 オーディグス・リュック

・海軍本部長エルネスト・キングス

 

《ロデニウス連合王国》

・国王 カナタ1世

・外務大臣 ゴンゾーラ・リンスイ

・海軍第13艦隊司令官 堺 修一中将

・青葉情報局長 "青葉"(階級は大佐扱い)

 

 

 そうそうたる面々である。当然ながら堺は目を回しかけていた。一小市民にすぎない彼には、目の前に国の最高権力者が3人もいるなど、ただ事ではないのである。

 

(やっぱ来るんじゃなかったよ……)

 

 そうは思っても、拒否できないことは彼にはよく分かっていた。何せこの会議への参加は王命なのである。断れるわけがない。

 会議はまず互いの自己紹介からスタートした。ミリシアル、ムーと順番に自己紹介していき、最後から2番目に堺の順番が回ってくる。

 

「ロデニウス連合王国海軍、第13艦隊司令官の堺 修一と申します。此度はよろしくお願いいたします」

 

 堺にはそれだけ言うのが精一杯だった。そこに、容赦なく追撃が入る。

 

「ロデニウスの第13艦隊の噂は、余も聞き及んでおる。グラ・バルカス帝国の艦隊を打ち破り、ムー大陸における総反攻のきっかけを作ったそうだな。さぞや素晴らしい戦力を擁していると見る」

 

 声の主はミリシアル8世だ。好々爺然とした表情で堺を見つめているが、堺にはその眼光が鋭く感じられた。まるで第13艦隊の最大の秘密である艦娘の存在を、見透かそうとしているかのように。

 

「いえいえ。我々が勝てたのは、第一次バルチスタ沖大海戦にて貴国の海軍をはじめとする精強なる将兵の皆様方が奮戦し、敵に消耗を強いていたからでございます。我々はあくまで、弱っている敵を叩いたに過ぎません。御礼を申し上げねばならないのはこちらの方です」

 

 当時の公式発表を思い出しながら、堺は謙遜した。

 ちなみにであるが、第一次バルチスタ沖大海戦にて世界連合艦隊は、グラ・バルカス艦隊と戦って痛み分けに終わったが、その時のグラ・バルカス艦隊は東部方面艦隊と特務軍艦隊の連合部隊である。そしてどちらも、後にロデニウス第13艦隊に敗れている。そのため、実は第13艦隊は世界連合艦隊が成し得なかったことを成し遂げているのだ。

 

「我々ムーも、貴殿の艦隊には大いに世話になりました。国民を代表して、御礼を言いますよ」

 

 さらにラ・ムーが追撃を叩き込んだ。

 

「ラ・ムー陛下、我々は大したことはしておりません。その御礼の言葉は、現在グラ・バルカス帝国と戦っている貴国の将兵の皆様におかけくださいませ。

それに、我々が戦えているのは貴国ムーが、砲弾や燃料、食糧、鋼鉄その他の資源を多量に提供してくださっているからです。礼を言わねばならないのはこちらの方ですよ」

 

 言葉だけ見れば落ち着いて言っているように思えるが、当然堺の心臓はバクバクである。

 

「ロデニウス連合王国、青葉情報局長の青葉です。よろしくお願いしますね!」

 

 上官たる堺とは対照的に、彼の部下であるはずの"青葉"は平気そうだ。さすが肝っ玉の「ソロモンの狼」、ちょっとやそっとでは動じない。

 

「そのほうの情報局から寄せられた数々の情報には、我が国は大いに助けられているぞ。敵の戦力や使用する兵器の分析結果は、我が国の技術を発展させるのに非常に役立った。そうであろう、アグラ?」

 

 ミリシアル8世の最後の言葉は、アグラに向けられたものである。

 

「はっ、御意にございます。

貴国からもたらされた情報や技術によって、我が海軍は大いに助かりました。現に貴国の技術を用いて作られた我が国初の駆逐艦は、グラ・バルカス帝国の潜水艦への対処に貢献するなど、大きな戦力となっています。ありがとうございました」

「いえいえ、役に立ったのでしたら十分ですよ。我々としても、貴国から輸出していただいた天の浮舟のエンジンには、学ぶところが多数ございました。こちらこそありがとうございました」

 

 "青葉"の言葉に、アグラは気を良くしたようだった。満更でもなさそうな顔を僅かに浮かべている。

 "青葉"は決して嘘は言っていない。ただし、「天の浮舟のエンジンには、(魔力伝導の原理についてのみ)学ぶところが多かった」という意味であるのを隠しているだけである(ついでに「それ以外、例えばエンジンの構造なんかはダメダメでしたよ」というニュアンスも隠している)。

 

「それでは、議題に入ります」

 

 一通りの挨拶が済んだと見て、司会を務めるシュミールパオが声を上げた。

 

「本会議の議題は、グラ・バルカス帝国との戦争に関する今後の方針を策定することです。皆様には、忌憚のない意見交換を望みます。

まずはロデニウスの堺殿、現在の戦況の報告をお願いいたします」

 

 話を振られることを予見していた堺は、原稿を取りまとめながら立ち上がった。

 

「それでは私、堺 修一から、ムー大陸における戦況を順を追ってご説明いたします。

遡ることおよそ1年、今年の1月のことでございます。神聖ミリシアル帝国とムー国が中心となって世界連合艦隊が組織され、グラ・バルカス帝国の艦隊と激突しました。それが第一次バルチスタ沖大海戦です。本海戦において世界連合艦隊は、グラ・バルカス艦隊と痛み分けとなり、多くの犠牲を払いながらもグラ・バルカス艦隊に出血を強いました。

世界連合艦隊がバルチスタ沖にて戦っている頃、我々ロデニウス海軍第13艦隊はムー国の商業都市マイカルに到着。その後は戦況に関する情報収集を行いながら、グラ・バルカス帝国の潜水艦を片端から返り討ちにしていました。どうもマイカルにグラ・バルカス帝国の諜報員が潜んでおり、我が艦隊のことを本国に通報したようです。そのため、グラ・バルカス帝国は多数の潜水艦を送り込んできましたが、我が艦隊とムー統括軍は合同でこれに対処しました。その結果、1ヶ月ほどの間にグラ・バルカス帝国は最低でも50隻以上の潜水艦を失っています」

「ほう、凄まじい数だな」

 

 ここでミリシアル8世が質問した。

 

「潜水艦という兵器の噂は、余も聞き及んでいる。何でも自発的に海に潜り、魚雷という水中自走爆弾を放って船を攻撃する兵器だそうだな。

そんな兵器、探知も迎撃も困難だと思うのだが、貴軍はどうやってそんなにも多数の潜水艦を討ち取ったのだ?」

「はい。我々は潜水艦が放つ『音』を聴いて対処しました」

「音?」

「はい、具体的には機関の駆動音や、潜る時に発する金属の軋む音ですね。潜水艦が潜る時、その艦体には水の圧力がかかり、艦体を構成する金属板が軋むのです。それらの音を聴いて潜水艦の位置を探り当てます。

最近では水中に音波を放ち、その反射波から潜水艦の存在を探知する方法や、潜水艦の乗員が持つ生体魔力を探知する方法も用いています」

 

 堺がそう答えると、アルネウスの目が丸く見開かれた。

 

「ちょっとお待ちください堺殿。それでは貴国には、水中用の魔力探知レーダーがあるのですか!?」

「そうです。これは、貴国からもたらされた魔力探知レーダーの原理を元に作られたものです。

貴国からの技術供与がなければ、短期間での配備はできなかったでしょう。改めて御礼申し上げます」

 

 堺の言葉に、アルネウスは「何ということだ…」と小さく呟いた。

 実はこのところ、ロデニウス連合王国と神聖ミリシアル帝国の間には、兵器に関する技術交換取引が存在している。ロデニウスが魚雷やソナー、爆雷、レーダー(これはミリシアル式にいう「魔導電磁レーダー」である)の実物を供与したり技術者を派遣して指導を行い、その代わりにミリシアルは「天の浮舟」のエンジン(ただし旧世代機に搭載されていたもの)や魔力探知レーダーの実物(ただし旧型)を提供したのである。アルネウスとしては、そうすぐには作られないだろうと思って魔力探知レーダーを供与したのだが……ロデニウス側はあっという間にこれを解析し、瞬く間に改良してソナーに取り入れてしまった。

 ここまで迅速に改良ができたのは、実は旧パーパルディア皇国のおかげである。第三文明圏大戦が終結した後、ロデニウス連合王国はパーパルディア皇国から多数の技術を接収したのだが、その中にパッシブ式の魔力探知レーダーがあった。これを元手としてロデニウス連合王国は自国なりに魔力探知レーダーの開発を推進し、さらにこの技術をソナーに転用していたのである。この基礎研究の積み重ねと試行錯誤があったからこそ、ミリシアルの技術をあっという間に吸収してしまったのだった。

 そうとは知らないアルネウスは、度肝を抜かれてしまったのである。

 

「そうやって潜水艦の存在を探知した後は、貴国に供与した爆雷を使用した他、航空機から爆弾を落としてこれを撃沈しました。潜水艦の天敵は航空機ですので。

これを繰り返して敵潜水艦の活動を鈍化させた後、機を見て我が艦隊はマイカルを出撃。バルチスタ沖海域にてグラ・バルカス帝国艦隊と戦い、これを打ち破りました。これが第二次バルチスタ沖大海戦です。

本海戦における勝利の余勢を駆って、我々はパガンダ島に進攻し、3週間ほどで同島を占領しました。また同時に、ムー統括軍と共闘してイルネティア島にも攻め込み、現地民の協力を得てこの島も解放しています。

こうしてグラ・バルカス帝国の補給線を大筋で断ち切った後、ムー大陸にて総反攻作戦『バグラチオ作戦』を発動し、今に至るというわけでございます」

 

 堺が話し終えると、ラ・ムーが口を開いた。

 

「軍からの報告は聞いていましたが、改めて聞くと想像を絶する激戦だったようですね。しかも相手が相手ですから、高い実力を持つ強敵だったでしょう。それを打ち破るなんて、大したものです」

「いえ、我々がここまで戦えたのも、貴国からの資源や情報の提供、そして貴国の軍の将兵の皆様の活躍あってのものです。我々単独では、到底成し得なかったことです。この場を借り、戦死された貴軍将兵の英霊を悼むと共に、今もなお戦う貴軍将兵の皆様に心より御礼申し上げます」

 

 さっきから謙遜しっぱなしであるが、堺は本気でこのように思っている。まあ実際、いくら海軍が頑張っても、陸上で敵の支配圏を打ち崩すのは結局のところ陸軍であるから、この意見は至極真っ当である。

 

「だいぶ前置きが長くなってしまいましたね、失礼しました。ここで現在の戦況をまとめます。

現在のところ、『バグラチオ作戦』に基づいてグラ・バルカス帝国勢力圏の切り崩しに乗り出した我々連合軍は、大半の作戦目標を達成しています。敵はレイフォリアを中心とする狭い範囲を保持しているのみであり、その支配面積はレイフォル全体のおよそ7パーセル程度と試算されています。また、レイフォリア上空の制空権はほぼ完全に我が方が握っています。

このまま軍を進めて支配圏を解放しつつ、メディアによる情報発信を積極的に行い、レイフォルの人々の反乱を誘発して、グラ・バルカス帝国の支配体制を崩壊させ、レイフォリアを解放します。これが達成されれば、ムー大陸はグラ・バルカス帝国の支配から完全に解放されます。ここまではよろしいでしょうか?」

 

 誰も質問しなかったので、堺は水を一口飲んで再び口を開く。

 

「レイフォリア解放は既に決まった方針ですし、その達成も現実性なところまで来ています。問題はその後、つまりムー大陸からグラ・バルカス帝国の勢力を追放した後、この戦争をどういう方向へ導くか、という方針が定まっていないことです。シュミールパオ殿、そうですね?」

「その通りです、サカイ司令。我々にはまだ、今後の一致した方針がない。それを決めるのが、本会議の主旨です」

「それでしたら、まずは世界最強と謳われる貴国、神聖ミリシアル帝国の意見をお聞かせ願いたいのですが。貴国は我が国とはネームバリューが違います。貴国の意見を中心に据えることにもなるかもしれませんし」

 

 堺は一旦着席した。

 

「ふむ、ではアグラ長官、よろしく頼む」

 

 シュミールパオが指名したのはアグラであった。

 

「はい。我が国、神聖ミリシアル帝国としては、グラ・バルカス帝国を完全に屈服させる……つまり奴らの本土まで攻め込み、帝都を占領して城下の盟を結ばせるべきと考えております」

 

 その発言を聞いた瞬間、堺は(やっぱりか)と思った。

 この世界の列強国は、どこもプライドが高い。比較的温和なムー国が珍しいだけだ。

 プライドが高いということは、もし自分たちの面子を汚されるようなことがあれば、その相手には容赦しないはずだ。堺はそう考えていた。それが当たったというわけである。

 

「これは開戦前の皇前会議における、ミリシアル8世陛下の発言にも一致したものです。

それに、先進11ヶ国会議の席上にて宣戦を布告され、さらには我が国の民を殺されたのです。当然、奴らには報いを受けさせなければなりません。

以上のことから、ミリシアル軍部としてはグラ・バルカス帝国の無条件降伏より他に手はないと考えております」

 

 一息にアグラは言い切った。

 

「ありがとうございます。では続いてムー国の意見をお伺いします」

 

 シュミールパオの言葉に、起立したのはなんとラ・ムー国王だった。

 

「我が国ムーとしては、ムー大陸からグラ・バルカス帝国勢力を追放した後にグラ・バルカス帝国と交渉し、和平もしくは停戦したいと考えております」

 

 これも堺たちロデニウス代表の面々には、予想できていた意見だった。

 

「理由としては、国力の疲弊です。我が国はこれまで、第二文明圏最大の大国として、グラ・バルカス帝国の圧力に正面から立ち向かい、第二文明圏内外の国々と共に戦ってきました。先ほどの戦況報告にもあった通り、旧レイフォル領解放は間もなくです。ですが、そこに至るまでの過程で我が国は多大な犠牲を払いました。前線で戦う将兵の戦死・負傷はもちろんのこと、物価の上昇や物流の制限によって一般国民の間にも不満が広がっているのです。今はまだ不満の声は少ないですが、じきに無視しえぬものとなるでしょう。

そうした事情を鑑み、我が国ムーはこの辺りで戦争を止めるべきだと考えております」

 

 どうやらムーの人的被害は思ったより多いらしいな…と堺は考えた。

 実際、現時点でムー国は陸海空合わせて40万人近い将兵が戦死し、およそ30万人が負傷して軍務から離れることになっている。

 周辺国との国力や技術力の差ゆえに長期にわたってまともな戦争を経験していなかったムー国にとって、この損害が如何に大きな衝撃となったか、想像できるだろう。そうでなくとも、ただでさえ働き盛りの男性がこれだけ死亡、あるいは大怪我を負ったとなれば、その経済的・心理的影響は計り知れない。

 そして最後は、ロデニウス連合王国の意見を述べることになる。起立したのはカナタ1世だった。

 

「我が国、ロデニウス連合王国の総意としては、ムー国と同じく、ムー大陸解放後にグラ・バルカス帝国と速やかに交渉し、可能な限り早く戦争を終結させるべきです。ムー国と同じく、我が国の陸上兵力も損耗しており、その攻勢に限界点が見え始めています。

それに、忘れてはいけません。真に我々が戦うべき相手は、かのラヴァーナル帝国です。そのラヴァーナル帝国に、果たしてグラ・バルカス帝国が勝てるでしょうか? …勝てない、というのが我が国の出した結論です」

 

 一度言葉を切り、カナタ1世はグラスの水を一口飲んだ。

 

「我が国の情報局が分析した結果、グラ・バルカス帝国の技術力はラヴァーナル帝国のそれより遥かに劣ります。例えば航空機1つとっても、グラ・バルカス帝国の航空機はどれだけ速くても時速650㎞程度。対するラヴァーナル帝国の機体は超音速…時速1,200㎞は出せるのです。誘導魔光弾の存在も考慮すれば、どう足掻いてもグラ・バルカス帝国機に勝ち目はない…と、我が国の情報局では分析しています。グレードアトラスター級戦艦も、対艦誘導魔光弾の飽和攻撃によってあっさり撃沈、もしくは戦闘能力を失うことが確実である、と結論されています。これはつまり ラヴァーナル帝国と開戦すればグラ・バルカス帝国は制空権、制海権を喪失することを意味します。そして海と空を押さえられた軍隊が、陸で勝てる道理がありません。消耗戦の果てに全滅するに決まっています」

 

 淀みなく意見を述べるカナタ1世だが、もちろんこの意見は堺たち軍部の人間と、"青葉"たち情報畑の人々が共同して出した結論である。

 

「そんなグラ・バルカス帝国と拮抗できる程度の技術力・軍事力しかない我々で、果たしてラヴァーナル帝国に勝てますか? 私は、いえ、我が国はそうとは考えていません。

ゆえに、こんなところで戦争という国力の浪費行為をしている余裕はなく、従ってグラ・バルカス帝国とは速やかに終戦、最低でも停戦するべきです。それが、我が国の意見です」

 

 ゆっくりと言い終えたカナタ1世は、席上を見渡しながら静かに着席した。

 

「カナタ1世陛下、ありがとうございました。これで、3ヶ国全ての意見が揃いました。今のところ、戦争継続が1、和平・停戦交渉が2となっています」

 

 シュミールパオがそうまとめた時、「失礼ですが」と静かな声が響いた。堺が手を挙げている。

 

「サカイ司令、どうなさいましたか?」

「神聖ミリシアル帝国軍部のご意見については、先ほど伺いました。ですが……皇帝陛下のご意見を伺っておりません。この場に陛下がいらっしゃることですし、直にお伺いしたく存じます」

 

 そう、先ほど意見を述べたミリシアル代表は、国防省長官アグラである。ムーとロデニウスは国王が直々に意見を述べたが、ミリシアルだけ皇帝が発言していない。そのため堺は、国のトップと実務者の間で考えの相違があるかもしれないと感じたのだ。

 

「サカイ殿、先ほどの私の話を聞いておりましたか? 私は先ほど申し上げました、戦争継続の主張は陛下のお考えを反映したものであると」

 

 アグラが非難の色を滲ませた視線を送る。もちろんそれに怯む堺ではない。

 

「もちろん伺っております。ですが、それは本格開戦前…具体的にはフォーク海峡の戦いの直後、中央暦1642年頃の陛下のご意見でしょう。現在の陛下のお考えは、その時とは異なっているかもしれません」

「しかしサカイ司令…!」

「アグラよ、もう良い」

「…! ははっ!」

 

 威厳のある声が、激昂しかけたアグラの言葉を遮った。その声の主、ミリシアル8世は、堺をまっすぐに見詰めて口を開く。

 

「サカイ殿、見事な慧眼だ。

確かに中央暦1642年の時点では、余はグラ・バルカス帝国を完全に屈服させるしかないと考えていた。だが、中央暦1643年2月の海戦…『第一次バルチスタ沖大海戦』だったな、その結果を受けて少し考え直したのだ。まずそもそも、本当にグラ・バルカス帝国に勝てるのか…とな。

余の出した結論は、勝てない、もしくは勝てるが莫大な犠牲を伴う、というものだった。

第一次バルチスタ沖大海戦の際に出撃した我が艦隊からの報告では、バルチスタ沖にいた敵艦隊は200〜250隻ほどだったそうだ。その艦隊を相手に、我が主力魔導艦隊3個、計108隻は勝てなかったのだ。ならば、奴らの本土に近付けばこれよりさらに多数の敵艦が出現するのは当然と言えるだろう」

 

 ミリシアル8世は、ここで"青葉"の方を見た。

 

「アオバ殿といったか、1つ聞きたい」

「はい、何でしょうか?」

 

 さすがの"青葉"も、世界最強の国家のトップからの名指しとあっては緊張したのだろう。彼女はピンと姿勢を伸ばした。

 

「貴殿はロデニウス情報部のトップの一角を占めるのだろう? ならば、現在のグラ・バルカス帝国の海軍戦力の数がどれほどのものか、把握しておるはずだな?」

「もちろんです!」

 

 "青葉"は、さっと脳内でデータを反芻した。

 

「現在のグラ・バルカス帝国の海軍艦艇の数は、最低でも300隻、多ければ500隻というところであると、我が国の情報局では分析しています。なお、この数には退役していた旧式艦を復帰させたものも、相当数含まれると思われます。また、敵は現在進行形で軍艦の増産を行っており、駆逐艦のような小型艦ならば最速で2週間程度で1隻建造していると思われます」

 

 その報告に、シュミールパオとアグラが揃って目を丸くした。ムー海軍本部長エルネスト・キングスも、ほんの一瞬だけ眉をピクリと動かした。

 

「今の話を聞いたか、アグラよ。ロデニウス軍が奴らの主力艦隊を残らず潰してなお、これほどの数が残っているのだ。今の我が主力魔導艦隊を全て動員したとして、これらの数を打ち破り、奴らの帝都を焼き払えると思うか?」

 

 皇帝の静かな目線を向けられたアグラが、ヘビに睨まれたカエルのように身体を硬直させるのを、堺ははっきりと見た。

 同時に、皇帝の言葉を振り返ってはたと気付く。

 

(あれ? 俺ミリシアルに、奴らの主力艦隊は軒並み潰したって報告したっけ? そんな覚えないんだがな…。

となるとこの皇帝、「世界のニュース」とかから情報集めて、そこから推測したってのか? 伊達に世界一の皇帝やってないってことだな)

「それは……」

「付け加えるなら、あちこちに彼らの航空部隊がいるということをお忘れなく」

 

 絞り出すように口を開いたアグラに、しれっと"青葉"が容赦ない追撃を入れる。

 

「………」

 

 冷や汗を流して固まるアグラ。その反応を見ただけで、「勝てません」と言っているのが誰の目にも分かる。

 

「ようやく解したようだな。そういうことだ。

これでは、我が軍が払う犠牲はあまりにも多すぎる。ゆえに余は、そろそろグラ・バルカス帝国と和平交渉を行っても良いのではないかと考え始めておる」

 

 そこまで言った後、ミリシアル8世はアグラとシュミールパオの顔を交互に見ながら付け加えた。

 

「だが、お前たちの言いたいことも分かる。それに、現在我が国の国民の継戦意欲が高いということも分かっている。

そこでだ、グラ・バルカス帝国にもう一撃入れてから和平交渉にすると良いのではないか、と余は思うておる。どうだ?」

 

 これならば、どうやら継戦派の2人も納得できたらしい。

 するとここで、ムー代表のエルネスト・キングスが手を挙げた。

 

「ミリシアル8世陛下のお考えは分かりましたが、実際にかの国にどうやって一撃を与えるのです?

グラ・バルカス帝国の本土は第二文明圏外西側にあると見られています。となると、奴らの本土とムー大陸の間にあるアストラル大陸は、どう考えても奴らの勢力圏です。それを突破して奴らの本土を叩くのは、容易ではないと思います。

ちなみに、身内の恥を晒すようですが、我がムー海軍にはそんな余力はありません。領海の防衛だけで精一杯です」

 

 キングスは敢えてこの恥さらしな情報を開示してでも、ムー統括軍の将来を掴み取ろうとしていた。

 実のところ、ムー海軍にもグラ・バルカス艦を相手に戦える新鋭艦は少しずつ揃ってきている。しかし、それを運用する人員が成熟しておらず、残念ながら折角の新鋭艦も今はただの鋼鉄のハリボテなのである。下手なことを言ってこれ以上犠牲を出す訳にはいかない、とキングスは判断していた。

 キングスの質問に、参加者の何人かが苦い顔をした。彼の指摘は正鵠を射ていたからである。

 だが、しかし。

 

「でしたらここは、我々にお任せください」

 

 静かに手を挙げた者がいる。他ならぬ堺であった。

 

「私の指揮する第13艦隊、その特徴は高い戦略機動性です。もしグラ・バルカス帝国が和平に応じない場合は……我が艦隊を以て敵制海権内に侵入し、徹底的な通商破壊作戦を実施いたします。

彼らの本土は島国であり、その面積は決して広くありません。そのため彼らは工業製品の生産や兵器の稼働に必要な石油などの資源を、海外の植民地に頼っていると考えられます。ゆえに通商破壊作戦を実施し、兵糧攻めにして奴らの本土を干上がらせます。

古来より『腹が減っては戦はできぬ』と申します。グラ・バルカス帝国も、その原則を免れることはできないでしょう」

 

 この世界の列強国と同様、グラ・バルカス帝国もプライドが高いということを、堺は外務省の外交官たちから仕入れた情報によって推測していた。そこから堺は、かつての大日本帝国のように、例えどれほどの損害を被っても戦争を続けようとするだろう、と考えていた。

 ならば、この戦争製造国家を食い止めるにはどうするか。簡単な話である、プライドを捨てざるを得ない状態にすれば良い。その最たるものが兵糧攻めである。プライドで飯は食えず、腹が減っては戦争はできないからだ。グラ・バルカス帝国に戦争継続を断念させるには、これが一番有効だと堺は考えていた。

 そして艦娘たちならば、人間サイズのまま作戦行動を取ることができるから、グラ・バルカス帝国の警戒網をすり抜けるのは容易いのである。おまけに航空機に乗せて空挺降下なんて手も取れるため、戦略機動性は他の艦隊とは比較にならないのだ。

 

「通商破壊作戦か。ふむ、確かに敵の兵站を叩くのは、古来より戦の常道であるな。

ではサカイ殿、その時が来れば…奴らに一泡噴かせよ」

「微力を尽くします」

 

 そこで「全力を尽くします」と言わないのが堺クオリティである。

 

「それでは、まずはムー大陸を解放し、その後グラ・バルカス帝国と外交交渉。そこで和平や停戦が成立すればそれで良し。交渉決裂の場合は、ロデニウス海軍第13艦隊による通商破壊作戦で無理やり交渉のテーブルに引きずり出す……ということでよろしいでしょうか?」

 

 ラ・ムーがこれまでに出た意見をまとめた。そして、大まかな方針はこれで決するのだった。

 ただし、具体的な部分の調整のため、首脳会談が完全に終わるにはもう少しの日数が必要であった。




というわけで、前回のラストで堺が命じられたのは、3ヶ国首脳会談の随員(兼ミリシアル皇帝とムー王の説得役)でした。そりゃある意味で「厄介すぎる案件」ですよね。


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次回予告。

おおよその方針を決した世界連合。しかし、この方針の下で動くためには、レイフォリアを解放することが必須条件である。レイフォリア攻防戦に向け、各陣営が準備を進めていく。
そして、さらに遠い将来を見据えている者たちもいた…
次回「レイフォリア攻防の前夜」

前書きにてチラッと述べましたが、これが西暦2023年における拙作最後の更新です。
本年も拙作「鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。」をお読みくださり、ありがとうございました! 来年も拙作をよろしくお願いいたします!
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