鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
皆さんお好きですねぇアレ……ひょっとして実物を見たり食したことがあったりします?
中央暦1644年1月30日 午前4時30分、ムー大陸西方沖 パガンダ島。
もともとグラ・バルカス帝国によるムー大陸侵攻の一大後方拠点だったこの島には、西部に同国によって飛行場が築かれていた。だが今や、その飛行場は持ち主を変えて運用されている。
中央暦1643年6月上旬に、第二次バルチスタ沖大海戦に勝って制海権を獲得したロデニウス海軍第13艦隊は、勝利の余勢を駆ってパガンダ島への総攻撃を敢行。海兵隊まで突っ込んでの猛攻の前にグラ・バルカス帝国軍パガンダ守備隊は耐えられず、1ヶ月ほどの戦いの末に全滅した。これによって、パガンダ島はロデニウス軍の支配するところとなった。
島を占領したロデニウス軍は、直ちにグラ・バルカス帝国軍の拠点を修理して、自分たちの拠点として運用し始めた。飛行場もその1つであり、かつてグラ・バルカス帝国が誇る「アンタレス07式艦上戦闘機」や「ベガ型双発爆撃機」が並んでいた場所には、今やロデニウス軍の機体がずらっと並んでいる。
駐機場に列線を成しているのは、「一式陸上攻撃機」を中心とした双発の中型爆撃機や、「零戦52型」や「
それらのうち、爆撃機と護衛戦闘機が並ぶ一角に大勢の人々が慌ただしく行き交い、何やら作業をしている。そこに、飛行服を着た人々がぞろぞろとやってきた。飛行服の集団…パイロットたちは、各々の愛機に次々と乗り込み、エンジンの始動を開始する。15分もすると、駐機場はレシプロエンジンの咆哮でいっぱいに満たされ、怒鳴るような大声でなければ会話できないような状態になった。
暖機運転が終わるのを待つ間に、パイロットたちはラダー、エレベータ、フラップ等の動作を確認し、最後に「クロスコントロールチェック」と呼ばれる複合動作を確認する。機の外から動作確認をしていた整備士が両手で大きなマルを作り、動作に異常がないことを伝える。
やがて暖機運転が終わり、まず護衛戦闘機が
戦闘機の発進が終わると、続いては爆撃機の番だ。特徴的な葉巻型の胴体を持つ「一式陸上攻撃機」…その大半が一一型だが、一部に三四型が混じっている…総計40機は、順次飛行場を飛び立った後、編隊を組んで東へ向かっていく。
彼らの攻撃目標は、レイフォリア東部にあるグラ・バルカス帝国軍の防衛陣地だ。味方陸上部隊の攻撃準備の手助けがその目的である。
攻撃隊が飛んでいくその真下には、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊の一個分艦隊「シルヴァーブレイズ」が停泊している。分艦隊旗艦「
(そろそろ、イルネティア島にいる分艦隊「ゴールドシップ」からの増援が到着するはずだ。彼女たちに補給を行った後、「シルヴァーブレイズ」は1900を以て出撃、明日の朝一で敵の大規模基地に攻撃をかけることになる。確か、まだ在泊中の中小艦艇が複数残っていたはずだ。まずはそれらを航空攻撃で全滅させ、その後陸上基地に航空機で反復攻撃。そして最後に、水上部隊による艦砲射撃で仕上げ、と……それが済み次第、南にある敵の山岳要塞の攻略支援にかからんとな。やれやれ、仕事は多い……)
と、その時、通信長を担当する妖精が報告を上げた。
「提督、王国軍総司令部と外務省から報告が入りました。何でも、敵山岳要塞に対する攻撃に関して、エモール王国から援軍派遣の申し出があり、これを了承したとのことです」
「え? エモール王国が?」
堺もその名は知っていた。竜人族の単一種族からなる国家であり、小国ながら竜人族特有の高い魔力量や、風龍騎士団を中心とする強大な軍事力によって、列強国の1つとして認められている国である。
だが、堺は竜人はプライドが高いと聞いていた。なので、援軍なんてそうそう得られるものではないだろうと思っていた。エモールが内陸国である故に海軍が存在せず、またかつて海外に遠征したという話を聞かないのも、その推測を補強していた。
なので、堺にとってはこれは意外な話だったのだ。
「いったい何をどれだけの数派遣してくるのやら……まあ、その援軍でもあの要塞を落とせなかった場合を考えておくべきだな」
改めて作戦行動の内容を考え始める堺だった。
(やっぱりあれ、搭載命令出しておくか……せっかく"
試作1.8トン徹甲爆弾を元に作られた、「B-29改」から投下される試作地中貫通爆弾……どれだけの戦果を上げてくれるやら)
その頃、レイフォリアの東方では、駐屯地から撤退を図るグラ・バルカス帝国陸軍の部隊が、追跡してきた異世界連合軍の猛攻を受けていた。
グラ・バルカス帝国側も殿の部隊が必死で迎撃し、同時に少数の狙撃兵や小規模部隊による撹乱狙いのゲリラ攻撃を仕掛けようとするのだが、上手く行っていない。というのは、
『ビッグアイより報告。部隊前方、距離5㎞の森林内に微弱な魔力反応を確認。10人程度の歩兵と思われる』
「こちらロデニウス第1軍団・第145歩兵大隊、了解。航空支援を要請する。煙弾撃て!」
『こちらシューベルト・リーダー。スモークを確認した!
上空を飛行する「KJ-1改」が、急遽搭載した試作品の「地上魔力源走査装置」を使って地上を索敵し、地上で戦う陸軍部隊に通報する。地上部隊はそれを受けて自分たちで対処するか、又は今のように近接航空支援を要請する。
そしてこういう場面での近接航空支援といえば、うってつけの奴らがいる。南方軍集団から差し回された、最精鋭の航空部隊だ。
キイィィィィィィン…!
レシプロエンジンとは全く異なる、甲高い金属的な響きを残して、テーパー翼を持った航空機が低空で突っ込んでいく。その下部には、胴体下はもちろん主翼下にまで、増槽のような物体が11個もぶら下がっている。しかも、それが18機いる。
『
機体から離れた増槽らしき物体が森の中へと突っ込む。次の瞬間、
投下されたのは、増槽の中に燃料ではなく、ナフサとパーム油の混合物を詰め込んだもの…ナパーム弾である。最近ロデニウス軍の航空部隊は、この爆弾を好んで使用していた。
グラ・バルカス帝国軍はレイフォリアに向けて後退を続けている。それはロデニウス側も把握しているのだが、後退の際に敵は必ず小規模の歩兵部隊を残し、狙撃やゲリラ攻撃によってロデニウス軍を悩ませていた。こういう小規模部隊は、森林や草地の中に潜伏していることが多かった。そこで、そういう隠れ場所を徹底的に潰そうと、ロデニウス軍は進撃ルートの周辺にナパーム弾を投下しまくるようになったのである。
ナパーム弾の大規模投入は、グラ・バルカス帝国軍にとって凄まじい脅威であった。歩兵の隠れ場所どころか、耐火性の高い工場などですら焼き払ってしまうからである。特に、通常爆弾によって建物が大きな被害を受けたところに、仕上げとしてナパーム弾を投下された日には、目も当てられないほどの被害が発生していた。
ナパーム弾を投下した機体…18機の「A-10B改 サンダーボルトⅡ」は、地上に広がる赤い絨毯のような炎を尻目に、機首を上向けて飛び去っていく。と思いきや、ある程度離れたところで反転すると、また突っ込んできた。
アメリカ陸軍の航空部隊の十八番戦術「メリーゴーランド戦法」である。それなりの機動性と搭載能力を持つ中型爆撃機や攻撃機を最低でも小隊規模で用意し、一列縦隊にして緩降下で目標に突っ込ませ、爆撃する。爆撃を終えた機体は、先頭の機から順番に旋回をかけ、一列縦隊を保ったまま別コースで再度目標上空に進入し爆撃する。これを爆弾がなくなるまで延々と繰り返すわけだが、この時攻撃隊は目標上空を輪を描いて飛び続けることになる。そのため「メリーゴーランド戦法」という名が付けられた。
多数の爆弾を抱えた攻撃機を集めてこの機動を行えば、広大な飛行場であってもたった1回の攻撃だけで機能を失う可能性が高い、という特徴がある。それを、11発もの爆弾を抱えた「サンダーボルトⅡ改」でやっているのだ。
旋回してきた「サンダーボルトⅡ改」がぽろぽろとナパーム弾を投下する。緑の森はあっという間に赤く染め上げられ、焼けた木々が薙ぎ倒され、消し炭に変えられていく。
ナパーム弾を使い果たした「サンダーボルトⅡ改」が引き上げにかかった時には、森は見るも無惨な姿になっていた。一面真っ黒にされ、焦げた木の幹や枝が四方に散らばるその様は、まさに死の森というに相応しい。
『ビッグアイより報告、魔力反応消失。脅威は完全に排除された、送れ』
「シューベルト・リーダー、了解。爆弾を使い果たしたため、帰還する」
『第145歩兵大隊、進軍を再開する! 支援に感謝する』
無線が切れたのを確認し、"シューベルト・リーダー"……妖精"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"は、灰と炭で黒く染まった大地を振り返ってニヤリと笑った。
「よし、今回も良い仕事をしたな。補給して次に備えるぞ!」
『へいへい。今朝だけでももう2回目だぞ、まだ出るのかよ』
後部座席に座るコ・パイ、妖精"エルンスト・ガーデルマン"が呆れたような声を発する。
「もちろん出るさ。何故ならそこに敵がいるからだ!
俺たちは何のためにA-10に乗るんだ? 言うまでもない、ゴミを吹っ飛ばすためだ! 悪天候上等、疲労上等! 命が惜しくて空が飛べるか!」
『やれやれ……』
"A-10訓"の一部を引用して殺る気満々の妖精ルーデルに、妖精ガーデルマンはもう何も言わなかった。
ちなみにであるが、この時レイフォリア東方のグラ・バルカス帝国軍の防衛陣地も、パガンダ島から発進した攻撃隊による爆撃を受けている。
高度5,000メートルの高みから投下された250㎏爆弾が、次々と大地に突き刺さって炸裂し、みるみるうちに大地は荒れ地のような様相を呈していく。対空射撃を行っていたグラ・バルカス帝国軍の高射砲陣地を爆弾が直撃し、高射砲弾の誘爆と共に砲に取り付いていた兵員の姿が一瞬で消失する。その直後、砲身をぐにゃりと曲げられた高射砲が、力無く大地に落下して転がった。
塹壕陣地に爆弾が落下し、クレーターが塹壕を断ち切る。別の爆弾は退避壕の真上に落下した。ここには10人ほどの歩兵が避難していたのだが、突貫工事で作られていた退避壕は想定以上に強度が弱かった。爆弾の爆発により壕の天井が崩落し、歩兵たちは訳も分からぬうちに土砂に埋もれていった。
グラ・バルカス帝国軍の高射砲弾が、1機の「一式陸攻」を捉える。陸攻は右の主翼から出火し、炎はあっという間に右主翼全体を包み込んだ。と思う間もなく右主翼が爆発して吹き飛び、陸攻は糸の切れた凧のようにくるくると回りながら墜ちていく。
「ざまあみろ!」
高射砲の砲手が罵声を放つ。その報復は即座に叩き返された。
高射砲の発砲炎を目撃した「紫電改二」が猛速で突っ込む。それを見た高射砲は、慌てて砲身を旋回させようとするが、敵機の方が速い。照準も兵員の退避も間に合わない。
罵声を放った得意げな顔が恐怖に凍りついた瞬間、「紫電改二」の両翼から飛び出したロケット弾が高射砲陣地に突っ込んで爆発した。無数の破片に全身を切り刻まれ、砲手は惨たらしい屍を野に晒す羽目になった。
高射砲陣地を屠った「紫電改二」は、そのまま対空機銃座に250㎏爆弾を投下する。爆炎と共に吹き飛んだ機銃の銃身を尻目に、「紫電改二」は悠々と飛び去っていく。
世界連合軍の攻撃準備は着々と進められていたのだった。
同日午後0時、ムー大陸西部旧レイフォル領 レイフォリア南部郊外。
要塞の頂上に設置された塔にて周囲を監視していた陸軍兵ディーエム・ゲルマエスト二等兵は、あまりに美しい空気に深呼吸をした。
空は澄み、不純物も無い空気は遠くまで視界を良くしていた。
小鳥たちはさえずり、美しい朝日、陽光が山を照らす。
小川は水の流れる美しき音色を奏で、戦争中であることが嘘のようだ。
澄んだ空気を奥まで吸い込み、気分が良くなる。
「戦争には良い日だ……異世界軍か、来るなら来やがれ!」
戦争の最中にあっても、彼は楽天的に考えていた。
制海権は奪われ、制空権も奪われ、陸軍は敗退を繰り返して、ついにここまで追い込まれてしまった。
しかし、ダイジェネラ山を元に作られた要塞は、難攻不落。十万の軍勢に取り囲まれても耐えうるはずだ。
空爆が通用しない事はいうまでもなく、艦砲射撃で森が消し飛んでも中は安全だろう。
対処するべきは歩兵だが、ダイジェネラ山にも多くの兵が詰めており、食料の備蓄も多い。3倍どころか、10倍の兵力に攻められても落ちはしないだろう。
ロデニウスやムーの軍隊は空爆による対空兵器の破壊をしばしば試みてきているが、この要塞にはそれも通用しないだろう。
欺瞞されつくし、小さな穴が開いているだけの砲を全て破壊するのは実質的に不可能だ。
圧倒的な兵糧と大深度地下水で、兵糧攻めへの備えも万全だ。例え1年攻め続けられても、決して落ちることは無い。
圧倒的要塞ダイジェネラ山は、彼に絶対の自信を抱かせるほどに強固に作られていた。
「…ん? あれは?」
ディーエムは要塞南側の地面に違和感を覚え、双眼鏡を目に当てる。
敵軍の兵士が多数集まって、何やら地面を掘っているようだ。その向こうには、戦車や装甲車、大砲の姿も見えた。
「地面を掘ってる……攻城用の拠点構築か?」
ディーエムはすぐさま、上官に報告するのだった。
そのまま数時間かけて様子を見ていると、敵は塹壕を掘り、掘った土を袋に詰めて積み上げていく。さらに、壕の一部を長方形に掘り抜いてそこに戦車を入れたり、大砲を並べたりし始めた。
敵の狙いが陣地の構築にあると判断したダイジェネラ山要塞は、18時00分を期して榴弾砲による砲撃を開始。発砲炎が閃いた瞬間、敵歩兵は慌てふためいたように無秩序に動き始めた。そこに砲弾が落下し、戦車や装甲車が爆砕され、大砲が叩き潰され、歩兵が吹っ飛ばされる。敵の大砲が並べられていた辺りから巨大な爆炎が立ち昇るのも見えた。積載された砲弾などが誘爆したのだろう。
「敵、煙幕を展開!」
と、忍び寄る夜闇に紛れるようにして白い煙が大量に発生し、敵の塹壕陣地がみるみるうちに見えなくなっていく。
「休むな、撃て!」
しかし、グラ・バルカス帝国側の砲撃はさらに激しさを増していくのだった。
「おーおー、派手にやるなぁ」
一方、退避壕の中で敵砲弾の炸裂の衝撃に震えながら、連合軍の兵士たちは話し合っていた。
「さんざばらまいてくれるぜ…」
「ご苦労なこった。あれ大概パチモンなのにさ」
「確かにな。戦車や装甲車だと思ったのは風船、線路は板切れ並べて鉄骨を置いただけ、大砲は丸太に車輪くっつけたダミーだもんな」
「まあ、それなりに距離あるから、要塞からじゃ見えにくいのもあるんだろうな。俺ら実際に砲弾も少しは持ち込んでる訳だし、本物の戦車や装甲車、野砲も混ぜてたし」
そう、実は連合軍の行動は囮なのである。あの塹壕陣地構築も、戦車や自走砲をスタンバイさせたのも、大砲を並べていたのも、全部囮であった。ただし、退避壕だけは本気と書いてガチで掘っているし、土嚢も本気で作って積み上げている。
何故わざわざ、そんな真似をしたのか。それはもちろん、要塞側の目を引き付ける必要があったからである。では、要塞の目を引き付けている間に何をしようとしていたのか。それは、少数の歩兵による浸透作戦であった。
「あった、これだ」
「よく分かりますね…」
「前にこんな感じの要塞を攻撃したことがありますからね。さて、我々は警戒に回ります」
「了解。こっちは任せてください」
その少数の歩兵というのはトーパ王国軍狙撃部隊と、青葉情報局の「情報収集部隊」である。派手な陣地構築と砲撃を隠れ蓑にして、彼らは少数の班に分かれ、得意の林間隠密移動を用いて要塞に肉薄していたのだ。
トーパ王国軍の兵士の1人がホルダーからナイフを引き抜き、地面に突き立てる。そして、テコを入れるようにナイフを上に上げた。すると、地面の一部が蓋のように持ち上がり、ぽっかりと穴が開く。
それは、地下要塞に繋がる換気口である。こうした換気口は複数存在しており、
情報収集部隊の一部は、威力偵察を兼ねるつもりで山のふもとに近い部分にあるトーチカに肉薄しようと動いている。
情報収集部隊の面々が警戒に当たる中、トーパ王国軍狙撃部隊「コラー中隊」の1個分隊の面々は、隊長アーノルド・ネイランの周囲に集まってわちゃわちゃし始めた。
「どうだ、入りそうか?」
「…いけますね」
アーノルドの部下の1人、狙撃手ハモシ・ユパ兵長が手に持っているのは、トーパ王国では「ストレングス・ミール」と呼ばれる魚介の加工食品……あの魚の切り身の塩漬けの缶詰である。それを換気口にあてがい、入れられるかどうか確かめていた。
今にも破裂しそうに思えるほどぱんぱんに膨らんだ缶詰を手に、トーパ王国軍の兵士たちはひそひそと相談を始める。
「隊長、落としただけで缶破裂しますかね?」
「分からんな…よし、手榴弾くっつけて絶対に穴が開くようにしよう」
「ピン抜いてから放り込みますね」
「テープと工事用接着剤ならここに」
「用意良いなお前」
「お褒めに預り恐縮です」
「プレゼントだ、受け取りやがれ♪」
なんか楽しそうに作業しているトーパ王国の兵士たち。それとは対照的に、護衛としてついてきた「青葉情報局 情報収集部隊」の妖精たちはげんなりしている。
「敵に届け物をするっていうから、塩でも送るのかと思ったが、これは……」
「いや、あれ確か切り身の塩漬けだろ? ちゃんと塩送ってるじゃないか」
「そういう意味じゃねえよ」
「人の心とかないんか?」
「それ絶対誰か言うと思ってたわ」
「その質問にはこう答えよう。そこに無ければ無いですね、と」
情報収集部隊の妖精たちは、ドン引きしながらひそひそと話し合っている。
生物兵器めいた加工食品を地下要塞に投下しようなど、いったい誰がこんな嫌がらせを思い付いたのだろうか。換気機構がまともに存在しないだろう所に、ぶっ飛んだ悪臭を撒き散らすこの缶詰を放り込むなど、鬼畜の所業としか言い様がない。
ちなみにであるが、生物兵器とは「細菌やウイルス、それらが作り出す毒素などを使用し、人間や動物に対して使われる兵器」であるとされる。この缶詰の場合、敵に影響を与えるのは悪臭だけであるが、その発生元となっているのは発酵に利用する細菌であるから、一応生物兵器という扱いになる…のだろうか? その辺が不明だったので、「生物兵器めいた加工食品」と表現したのである。
「準備完了。いつでもいけます」
「よし、3カウントで行くぞ」
どうやら準備ができたらしい。
「3、2、1!」
手榴弾の安全ピンが引き抜かれる。それと同時に、手から離れた手榴弾付き缶詰は暗い換気口の中へと消えていった。
「よし、撤収!」
仕事が済んだらとっとと逃げるに限る…とばかりに、アーノルドたちは離脱にかかった。その耳に乾いた小さな破裂音が届く。
「さてどうなるやら」
「俺ならあんなとこにはいたくないっすね」
「これで降伏してくれりゃ早いんですけどね」
「しないだろうなぁ……」
ひそひそ声で話しつつ、一同は斜面を音もなく滑り降りていった。
その少し後、ダイジェネラ山要塞に籠城しているグラ・バルカス帝国軍は、大変なことになっていた。
「ゲホッゲホッ!」
「な、何だよこれ! 鼻が、鼻が曲がる!」
「誰だクソ垂れた奴は!」
「要塞全域でこれだぞ! こんなのクソで出せる臭いじゃねえだろ!」
「オロロロロロロロ」
「コラ吐くな!」
「なんか缶詰が投げ込まれたらしいぞ! 下の連中から報告があった!」
「缶詰だと!? 缶詰からこんな悪臭がしてんのか!?」
この有り様である。
突然、要塞全域にとんでもない悪臭が流れ込んできたのだ。それも、大量の下水を何日もかけて炎天下に放置して濃縮&腐敗させたんじゃないかと思えるくらいの、凄まじいまでの臭さである。おまけに臭いの種類は、魚か肉でも腐らせたような有機的なものだ。
この悪臭に引っ掛かり、要塞内では鼻を中心に呼吸器を苦しめられる将兵が続出。中には今のように嘔吐する者や、悪臭に耐えきれなくなって倒れ、医務室に担ぎ込まれる者までいる始末だ。
こうなってしまうと、鼻呼吸は地獄そのものである。何せ嗅覚に死ぬほどの悪臭がダイレクトアタックしてくるからだ。このため食欲さえもかき消され、睡眠すら妨害されるという事態にまで陥っている。
口呼吸したり防毒マスク(ガスマスクのこと)を装着すれば悪臭は防げるが、口呼吸だと逆に喉が乾いて仕方なくなってしまうし就寝しにくい。当然、防毒マスクなんてしていたら余計に窮屈だし、着けたままでは食事が摂れないし寝られるものではない。
そのため、将兵の士気に悪影響が出ている。逆に悪臭に怒り、その怒りを敵にぶつけようと無理やり士気を上げる者もいるが、そんな者はごく少数派である。
要塞に立て籠り始めたばかりだというのに、こんなのでやっていけるのか…と、不安に思う兵士は多かった。そしてそれは、要塞司令部に詰める面々もそうだった。
「……以上のことから、敵の攻撃によって発生したと思われるこの悪臭は、要塞全体に多大な影響を及ぼしています。特に食事と睡眠への影響が大きく、兵士たちの士気の維持はかなり難しい状態となっております」
司令部にて報告を行う現場指揮官は、小脇に防毒マスクを抱えている。その顔は強くひきつり、明らかに苦り切っていた。
「そうか、分かった」
報告を聞いていたランボールも、眉間に縦シワがくっきり寄っている。
もちろん、両名とも現在進行形で悪臭に苦しめられているのである。
「何とか機会を見て、要塞内の掃除を行うようにしてくれ。必要なら、多少天井や壁を削っても構わん、何せ土だからな。
それと、敵歩兵に浸透して接近されないよう警戒を強めるんだ」
「はっ!」
これくらいしか対応のしようがないのが辛いところであった。
だが、ランボールたちは知らない。この悪臭は、壁や天井を構成する土やそれを補強する板切れないしコンクリート等、内装そのものを総取っ替えしなければ除去できないほど強烈なものだということを…。
ちなみにであるが、トーパ王国軍一同(と情報収集部隊)は木箱3箱分の缶詰(なお全て缶が丸く膨らんでいた)をきっちり全部、ダイジェネラ山要塞の換気口、又は山の下腹に設けられていたトーチカの銃眼内に投下している。
これのどこが「牽制のジャブ」だ、思いっきり右ストレート打ち込んでるじゃねえかタイトル詐欺すんな、と言いたくなった方は挙手をお願いします。
ダイジェネラ山要塞の中が缶詰の悪臭で満たされまくったその一方、ダイジェネラ山要塞の北側、レイフォリア市街地へ向かう未舗装の土の道路にて。
「よし、始めるぞ」
闇の中、集まった複数の黒ずくめの人影のうち1人がそう言った。直後、この人々は道路の路面に向かって一斉にショベルやツルハシを突き立てた。道路の表面だけ比較的丁寧に引き剥がすと、後は全力で広く深く掘っていく。掘り出した土は、一部を残して袋に詰め込んで固めていく。
一心不乱に道具を振るう人々。そのうち1人が、小さな声で呟いた。
「やれやれ、夜中にこんな重労働とはな…。これで空振りに終わったらただの骨折り損だよ」
他の人間がそれに応じる。
「まあそう腐るな。これが、ムー大陸での戦闘を終わらせる切り札になる可能性があるってんなら、賭ける価値はある」
「とはいっても、穴掘るだけでも一苦労なのに、アレを穴の中に降ろすんだろ? いくらロボットスーツの補助があっても、800㎏の大荷物はさすがにな」
そう呟いた人間が振り返った先には、奇妙な物体が荷車に固縛されて鎮座している。
その物体の形状を端的に説明するなら、「円柱の片端に半球を繋いだような黒い物体」である。長さは1メートルはあるだろうか。直径も水道管を思わせるくらいある。それも洗面台の下にあるような細いものではなく、大通りの地下に埋められた本管を連想させる太さだ。しかも、それが2つある。
「確かに少し重いよな…」
「1つ確実に言えることがある。アレを喰らう奴の姿は想像したくないってことだ」
「違いないな」
「やめてくれ、肉が食えなくなっちまう」
「無駄口叩いてないで仕事しろ」
闇夜を衝いた必死の穴掘りは、その後も続けられるのだった。
そして、黒ずくめの人々が活動していたのは、ここだけではなかった。
レイフォリア南部、ダイジェネラ山要塞を望む市街地の一角にて。
「クリア」
「クリア」
「よし、拠点構築を急げ」
とある家の中で、黒ずくめの人影が数人動いていた。テーブルや棚を窓辺に運び、その上に機関銃を据え付けたり、何やら配線を弄ったりと忙しそうだ。
「やれやれ…汚れ仕事も良いとこじゃねえか」
「仕方あるまいて。下手に情かけて要塞に逃げられたら、全部パーになっちまう」
「だからって、あれはな……」
黒いフルフェイスのガスマスクで表情は全く見えないが、黒ずくめの1人の言葉には明らかに嫌悪感が滲んでいる。
その黒ずくめがちらりと顎をしゃくった先には、男性の死体が転がっていた。身体はうつ伏せに倒されているのに顔が天井を向いており、恐怖に歪んだ表情も相まってどんな殺し方をされたか容易に想像できる。問題は、この死体にまとわれている服が軍服ではなく、明らかに一般人が着る普段着だということだ。しかも、筋肉の付き方から見て本当にただの一般人である。
さらに言えば、そうした遺体は老若男女問わず大小複数あり、殺し方も絞めた跡を首に残した者から頭部を鈍器で殴られたらしい者、延髄を頸椎ごと砕かれた者、何ら傷を負ったように見えないのに死んでいる(よく観察すると、首にほくろと見紛う程度の黒い小さな傷がある。血液検査すれば毒殺だとすぐ分かる)者まである。それは間違いなく、誰が見ても一家
そして、こうした"根切り"はこの一軒家だけではない。この一角のあちこちで同時多発的に起きているのだ。
「しかも銃使えねーから不便だし」
「我々がここにいたことは知られてはいけないからな。身体に風穴を開けなければ、このグラ・バルカス帝国の一般市民たちが誰に殺られたかなんてそうそう分からん。現地人にリンチされたって言われても納得できる」
「因果は巡る、というやつか? それ言い出したら、俺らもロクな死に方しねーだろうよ」
「そんなもん、死んでから考えりゃ良い。どうせなら三途の川の渡し人ぶっ殺して現世に戻るか天国に行きゃ良いだろ」
「違ぇねえな」
変な方向にポジティブな面々であった。
そして、レイフォリアから直線距離にして500㎞離れた地、パガンダ島では、ロデニウス海軍第13艦隊の1個任務部隊「シルヴァーブレイズ」が出撃しようとしていた。
闇の中、2つの月に照らされて、おぼろげながら艨艟たちの姿が影絵のように浮き上がっている。
ここに集った艦艇は、以下の通りである。
戦艦 長門、
戦艦空母
正規空母
軽空母
航空巡洋艦
軽巡洋艦
重雷装巡洋艦
駆逐艦
補助艦娘
イルネティア島にいる別の任務部隊「ゴールドシップ」から戦艦「アイオワ」、第一航空戦隊、第二駆逐隊を借りた代わりに、駆逐艦「
また、
「ブレイズ1よりブレイズ全艦へ。出港せよ!」
19時きっかり、堺が号令を発した。
「第二駆逐隊、出港します!」
真っ先に、対潜哨戒を兼ねた白露型駆逐艦4隻が動き出す。それに続いて、すらりとした丈高い艦橋と巨大な砲塔を持つ戦艦…「アイオワ」が出港していく。
「前進微速!」
「アイオワ」出港から少し経ったところで"長門"が号令をかけた。
「両舷前進微速、よーそろー!」
復唱と共に機関音が高まり、「長門」の巨体が静かに海面を滑り出す。
「『陸奥』出港します! 続いて第一航空戦隊、出港開始します!」
順番に整然と動き出す「シルヴァーブレイズ」所属の
夜明けを期してレイフォリア沖に展開すべく、「シルヴァーブレイズ」は静かに出撃していった。
というわけで、あの膨らんだ缶詰はこういうことに使われました。まあ皆様の予想通りというか、何というか。
こんな攻撃は、どんな状況であっても喰らいたくないですね。それも、急造の地下拠点という、まともな換気機構がないところにシュー缶投下するとか、鬼畜の所業です。
UAが134万を超えました…愛読し応援してくださる皆様、本当にありがとうございます!
また、評価10をくださいましたAoba-11様、Zuihou様、ありがとうございます!!
次回予告。
連合軍が放った"牽制のジャブ"により、悪臭まみれにされたダイジェネラ山要塞。要塞にこもるグラ・バルカス帝国兵たちに強烈な悪臭が届けられる一方で、基地や防衛陣地にこもる将兵には別のものが届けられようとしていた。陸・海・空それぞれの方向からの容赦ない攻撃が、グラ・バルカス帝国軍に襲いかかる!
次回「『解放者たち』第二幕 電光・烈火の猛攻」