鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
色々と描きたい場面が多くて……
中央暦1644年2月5日、第二文明圏列強ムー国 首都オタハイト。
白レンガで作られた街並みは明治時代か大正時代辺りの東京のそれを彷彿とさせるものがあり、戦時下にも関わらず活気に満ちている。流石は第二文明圏随一の強国の首都、というべきだろう。
そんなオタハイトの一隅を占めているのが王城だ。今でこそムーは民主主義国家となっているが、かつてはバリバリの王政であったことから、当時からの王城が今でも使われている。それに、有事の際には王に権限を集約する制度があることから、王政と全くの無縁というわけではない。
その王城のとある一室に、侍従長バスティアが訪れていた。
「ラ・ムー様、夜分に失礼いたします」
「おお、バスティアか。なに、失礼などということはない。この時間に訪ねてくるということは、何か重要な知らせがあるのだろう?」
現在の時刻は午後9時、比較的遅い時間なのである。
「ご慧眼恐れ入ります。それではご報告申し上げます」
「うむ」
「ムー統括陸軍第2軍からの報告です。ロデニウス連合王国、神聖ミリシアル帝国、その他各国の軍と合同での攻撃の結果、レイフォリア郊外のグラ・バルカス帝国の基地並びに山岳要塞を陥落させた、とのことです。これで、グラ・バルカス帝国の拠点は全て失われ、第二文明圏からグラ・バルカス帝国の勢力は追放されました。
今後しばらくは残敵掃討になるでしょうが、もう大規模な戦闘はなくなる見込みです」
「ほう…」
ラ・ムーは目を細める。
「ついに、やったのか…!」
「はい。多大な犠牲を払いながらも、ようやく、ようやくグラ・バルカス帝国勢力の追放が叶いました」
「ふむ…戦死した者、それから負傷した兵の家族には、多大な支援を頼む」
「かしこまりました」
「それから、神聖ミリシアル帝国、ロデニウス連合王国など、此度の戦いで共に戦ってくれた諸国家には、私の名前で感謝状を出そう。特に、同盟国として戦ってくれたロデニウス連合王国には、しっかりと礼を述べておかねば」
「かしこまりました、外務省には私から話を通しておきます」
「よろしく頼む」
「承知しました。それでは、失礼いたします」
バスティアの退室を見送り、ラ・ムーは部屋の天井を見上げた。
「どうにか、上手くいったか…」
ムー大陸からのグラ・バルカス帝国勢力の追放は、第二文明圏内外諸国に取っては大きな夢であった。しかし、グラ・バルカス帝国の強さから見て、とても果たせない夢であるどころか自分たちがグラ・バルカス帝国に併呑されるのも時間の問題、という有り様だった。
それが、ロデニウス連合王国と神聖ミリシアル帝国という頼れる仲間の参戦によって、完全にひっくり返されてしまった。グラ・バルカス帝国も強かったが、特にロデニウス連合王国はそれ以上の力を持っていたのだ。まずは、グラ・バルカス帝国軍を第二文明圏から排除できただけでも良しとするべきだろう。
(しかし……我が国が払った犠牲は大きい)
これまでの戦いで、ムー統括軍はかなりの被害を受けている。戦死者は全軍合わせて推定でも20万人を超えるとされ、さらにそれに倍する戦傷者がいると見積もられている。それだけの数の生産年齢人口が減ったというのは、損害としては非常に大きい。
また、ムー統括軍が使用している各種装備、特に海軍の軍艦や空軍の航空機にかなりの損害が生じている。ただ、ここで失われたのは従来の装備…たとえば海軍ならラ・ジフ級戦艦(
(それに、軍事用物資の生産が優先されているのと、戦死・負傷兵の増加によって、国内に厭戦気分が蔓延しつつある。国内の生活必需品の物価も、じりじりと値上がりして国民生活を圧迫し始めていて、それがまた厭戦気分を誘っている。
この状況をそろそろ打破しなければ、いずれ我が国は立ち行かなくなってしまう)
1人物思いに沈むラ・ムー。
(大陸からグラ・バルカス帝国の勢力が追放された今、そろそろ非常事態宣言を解除するべきなのかもしれん。それを判断するためには、情報が必要だ。具体的には、グラ・バルカス帝国が再びこのムー大陸に攻め込んでくる可能性がどのくらいあるのか、という情報が要る。他には……)
そしてラ・ムーは、再び侍従長バスティアを呼び出し、必要な情報を集めるよう指示を出すのだった。
一方その頃、ロデニウス連合王国…正確にはタウイタウイ泊地でも、似たような光景が繰り広げられていた。
「司令官からの報告です。ムー大陸におけるグラ・バルカス帝国軍の基地・要塞の攻略を完了。これを以て同大陸からのグラ・バルカス帝国勢力の追放が大筋で完了した、とのことですよ!」
「りょーかい。ふわぁ…」
報告しているのは、桃灰色の特徴的な髪をポニーテールにまとめた艦娘、重巡洋艦の"
あくびが出るのも無理はない、現在のタウイタウイの時刻は「草木も眠る
「んで、提督からは何か言ってきた?」
眠気覚ましのコーヒーを呷り、"伊勢"は報告の続きを促した。
「第13艦隊は当面待機っぽいですね。第13・第14航空艦隊は、陸軍の要請次第では出動があるかもしれない、とのことです」
「あー、これからは残敵掃討だもんね」
味方歩兵の損害を減らすために航空支援が必要になる、というのはあり得る話である。
「あと、グラ・バルカス帝国がムー大陸に再度侵攻してくる可能性がないか、検討して欲しいとのことでした。これについては、青葉情報局内では既に結論が出ています」
「どんな結論になった?」
「将来はともかく、当面は再侵攻はないだろう、というのが結論です」
「その根拠は?」
「この資料をどうぞ」
"青葉"が差し出した資料には、いくつか数字が記載されていた。その表題は「対グラ・バルカス帝国戦におけるこれまでの戦果」となっている。
「我が国を含む連合国の海空軍の戦果…裏返しにいうとグラ・バルカス帝国軍が被った艦艇や航空機の被害です。航空機や駆逐艦の戦果などは推測値もありますが、戦艦・空母に関しては集められる限りの情報を集めて精度を高めてあります」
具体的には、こんな数字が弾き出されていた。
《撃沈破せる艦艇総数》
戦艦 40隻撃沈(グレードアトラスター級2隻を含む)、3隻撃破
正規空母 42隻撃沈、5隻撃破
軽空母 37隻撃沈
重巡洋艦 70隻撃沈
軽巡洋艦 推計130隻撃沈
駆逐艦 推計360隻撃沈
潜水艦 推計140隻撃沈
輸送船 推計160隻以上撃沈
《撃墜確実な航空機》
超重爆撃機 50機
その他中攻、艦上機等 推計4,000機
《推定せる人的被害》
戦死・行方不明(捕虜等による未帰還を含む) 推計350万人以上
「……これがもし味方の被害だったら、目を覆いたくなるわね。うちの艦隊が2、3回は全滅してる訳でしょ? しかもこれ、海軍と空軍の被害だけだから、実際にはこれに陸軍の被害が上乗せされるんだし」
「ですね」
顔をひきつらせる"伊勢"に、涼しい顔で返答する"青葉"。
「この被害、立て直せるの?」
「無理、と言えますね」
"青葉"はバッサリと言い切った。
「そんな断言できるの?」
「はい!」
「それはどんな理由から? 軍艦の建造期間からってこと?」
「それもありますが、それより深刻な理由です」
「その深刻な理由を聞かせて?」
身を乗り出した"伊勢"に、"青葉"は「もちろんです!」と快諾した。
「まず、軍艦の建造期間からいきましょうか。知っての通り、軍艦、特に戦艦や空母を1隻建造するにはかなりの時間が必要になります。例えば戦艦ですと、
エセックス級は"月刊正規空母"と言われることもあるが、実は1隻建造するだけでもこれだけの時間がかかるのである。広大な国土のそこかしこに巨大な造船所を持ち、圧倒的な量の資源・工員・カネを用意できるアメリカだからこそ、実質1ヶ月に1隻エセックス級を作るなんて真似ができたのである。
「あのアメリカでも、そんなにかかってたのね」
「はい。で、グラ・バルカス帝国にはアメリカと同じことはできません。まず国土の広さと人口があまりにも違いすぎます」
ここで"青葉"は、脇の下に抱えていた丸めた紙を机に広げてみせた。それは、ムー大陸西岸から第二文明圏外西側一帯を写した世界地図である。
「ここが、グラ・バルカス帝国の本土です」
"青葉"が指差した先には、島というには大きいが大陸というには小さい陸地が描かれている。「これが? ちっちゃくない?」と"伊勢"。
「それはただの縮尺のせいですね。計算してみたところ、グ帝本土の面積はざっと250万平方㎞。アルゼンチンより少し小さい程度です」
「で、人口は?」
「推計ですが、8千万人前後とみられます」
「…アメリカとは比べるべくもないね」
「はい」
実に率直な感想である。
「なるほど、それで『立て直すのは無理』って言った訳ね」
「そうです。あれだけの被害を完全に立て直すとなると、どう考えても10年は必要です」
「しかもそれ、下手すると戦艦や空母の頭数を揃えるだけでしょ? そこから乗員と航空機のパイロットを育成して、主力艦の護衛にあたる巡洋艦や駆逐艦も再建して慣熟訓練して、艦隊行動ができるようにして…ってなると、さらに時間がかかるわね。…あ、下手すると《子供が成人に育つまで》にかかる時間も要るか」
「はい。なので、再建は不可能と判断しました。
次に、その地図をよく見てもらうと、あちこちに赤い数字が書かれているのが分かると思います」
「ああ、これ?」
地図には、グラ・バルカス帝国本土を中心にあちこちの海域に赤い円と数字が書かれている。奇妙なことに、それらの円と数字全てがどこかの大陸や島の沿岸部に書き込まれていた。
「この数字は何?」
「独立第1飛行隊の偵察の結果判明した、敵海上戦力の配置と規模です。見ての通りあちこちに分布しています。
で、その規模がこちらです」
"青葉"が示した資料に目を通す"伊勢"。と、その表情がだんだん怪訝そうなものになっていった。
「これさ…古い船ばっかじゃない?」
「そうです。偽
それを聞いて、"伊勢"には何となく分かった。
「もしかして、植民地防衛用の艦隊?」
「情報局ではそう判断しています。植民地防衛、もしくは現地人の反乱を鎮圧するための艦隊でしょう」
「ってことは…全部足せば結構な数になるけど、その大半は拠点防衛用、あとは本土で訓練中の艦隊とかになる。それに、仮に集めたとしても艦隊同士の連携が上手くいく訳もない。だから攻勢、それも遠く海を渡る外征には向かないってことか」
「はい。それに提督からの情報では、捕虜となったグラ・バルカス帝国海軍の指揮官を尋問した結果、もう有力な主力艦隊が枯渇しているようだと分かった、となっています」
どうやら自分たちとの戦いで、グラ・バルカス帝国は外征に使える主力艦隊を軒並み消耗してしまったらしい。
「あれだけ船が沈んでたら、そりゃこうもなるね」
「そうです。
そして…軍艦の沈没や航空機の喪失以上に、ボディブローのように効いてくると思われるのが、人員の消耗ですね」
「あー…あれだけ失われるのは、ちょっとどころじゃなく痛いよね。生産年齢人口ががくっと減る訳だし」
「はい」
どう考えても、人的資源へのダメージが大きすぎるのである。
しかも、あの資料に上がっていたのは戦死者・行方不明者の数だけだ。実際にはこれに、戦傷によって身体欠損等に至った者がプラスされるので、社会や経済の維持のために働ける者がさらに減ることになる。
「それにグラ・バルカス帝国は、この世界におけるこれまでの戦争を全て、被害僅少で勝ってきていると思われます。それはつまり、同国の国民の間に慢心が生まれたり、あるいは植民地からの収奪を軸にした経済体制が構築されている可能性を示唆します。そこに、今回の戦争においてこれだけの被害が生じているということは…」
「…国民の間に政府に対する不信感が芽生えたり、あるいは何かしらの経済的影響が発生する可能性がある、ってこと?」
「そうですね。具体的には資源を本土へ運び込めず、工業生産が圧迫されることによる物品の品薄と、それによって供給が需要に追い付かなくなった結果としてのインフレとかです。他には、植民地開発のために投じた資金が全く返還されなくなり、しかもそれが借金だった場合、不良債権という形で銀行や投資家を圧迫します。つまり、カネが回らなくなるので、経済が回りにくくなります」
「インフレとか悲惨だよねー」
インフレーションなんぞ起きようものなら、経済体制はめちゃくちゃである。特に第一次世界大戦後のドイツのような、コーヒー1杯飲むのにトランク1個分の紙幣が必要になるレベルのハイパーインフレまで行ったら、もう末期であろう。
「とはいえ、グラ・バルカス帝国がまだしぶとく抵抗してくる可能性もあります。その辺は、今後の和平交渉次第ですね」
「もし、奴らが応じなかったら…?」
「その時はその時でしょう。少なくとも、私たち第13艦隊には出撃命令が出るでしょうね」
「なら、みんなが帰ってくるのはもうちょい先かー」
「グラ・バルカス帝国が素直に停戦してくれたら早いんですけどね」
コーヒーをお供に、"伊勢"と"青葉"の話は続くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
ここで、話の舞台を再びムー大陸に戻す。
中央暦1644年2月9日 午前9時30分、第二文明圏列強ムー国 首都オタハイト。
ムー統括軍総司令部の講堂にて、本部長エルネスト・キングス大将は報告会の開会を待っていた。
ムー大陸からグラ・バルカス帝国が叩き出された、というニュースは既に彼も聞き及んでいる。そして今日は、グラ・バルカス帝国軍と戦った第二文明圏連合軍の指揮官の一部が、現地の様子や戦闘経過などを報告してくれるのだ。それを聞こうという訳である。
ムー統括軍士官の中で予定の空いている者は、ほぼ全員が出席を希望していた。そのため講堂は粗方埋まってしまっている。しかも、ラ・ムー国王をはじめとして階級の高い軍人が多数雁首を揃えているのだから、報告者の緊張感もひとしおであろう。
「ふむ…楽しみだ」
柄にもなく呟いたキングスに、隣に座る陸軍総司令官タクト・マッケンジー大将が「どうした急に」と尋ねた。
「報告者の名前を見てみろ、そうすりゃ分かる」
「ん? …あー、この一番最後か」
タクトが目を通した報告者名簿には、以下の名前が挙がっていた。
・ムー統括陸軍第2軍司令官 ジェイク・アイゼンハウアー中将
・同第3軍司令官 アカスタ・クラウソラス少将
・ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官 サカイ・シュウイチ中将
「1人だけ海軍軍人だもんですぐ分かった」
「今回の戦闘、貢献度が最も高いのは間違いなくこのロデニウス艦隊だろう。彼らがグラ・バルカス艦隊を撃滅してくれなければ、総反攻作戦そのものの実施が見送られていたはずだ。また、作戦が発動してからも、彼らはしばしば航空攻撃や艦砲射撃によって我らが連合軍の進撃路を拓き、敵陣突破を円滑ならしめてくれた。彼なくしてはバグラチオ作戦の完遂は到底できなかっただろう。その彼の話を、是非とも聞いてみたいとは思わんか?」
「確かに……私は海のことはとんと分からんが、海の戦いでも制空権が重要だろうことは何となく分かる。制空権を抑えれば爆撃や雷撃で敵を叩けるし、砲撃時にも観測機を飛ばして正確な着弾観測を行えるはずだからな。
しかしそれをするには、グラ・バルカス帝国の戦闘機はあまりに強かった。我が国のマリンですら歯が立たないほどだった。それを打ち破ったのがロデニウスの戦闘機だ……そんな強力な部隊を率いる将ともなれば、その話は千金に値するだろう」
マッケンジーも納得したようである。
「これより、第二文明圏連合軍による総反攻作戦『バグラチオ作戦』の報告会を行います」
司会進行役を務める、ムー統括軍情報通信部・情報分析課課長マイラス・ルクレール中佐が宣言し、潮が引くように室内が静かになる。そこへ3人の軍人が入室してきた。2人はキングスもよく知るムー統括軍の軍服を着ているが、1人はややデザインの異なる濃い青色の軍服に身を包んでいた。そして何より、
(若いな…!)
キングスは、…いや、おそらくこの部屋に集うムー人の大半が…、同じことを考えた。
自国の艦隊を率いる司令官たちと比較すると、この軍人はかなり若い。おそらく30代、それも前半だろう。
顔立ちや体つきは何というか、特に目立つところがない。放つ雰囲気もかなり穏やかで、下手をすると一般人が軍服に着られているかのように見える。
(だが、待てよ)
キングスは、隣に座るマッケンジーの顔をちらりと見た。彼は平気な顔をしている。
確か、マッケンジーは『バグラチオ作戦』説明会の時にサカイ司令と会っていたはずだ。その彼が平然としているところを見るに、あの一般人っぽい男性がサカイ提督で間違いないのだろう。
「まずは私、ムー統括陸軍第2軍司令官を拝命しておりますジェイク・アイゼンハウアーから報告させていただきます。私の報告が、今後ムー統括陸軍の進むべき道標となれば幸いです」
そう前置きして、アイゼンハウアーは報告を開始した。彼の演題は「戦訓に鑑みるムー統括陸軍の取るべき新たな戦術……完全自動車化歩兵の脅威と砲兵隊の装備に関して」である。
ムー大陸戦線の推移について一通り報告した後、アイゼンハウアーは自身の意見を述べ始めた。
「私や部下たちが観察したところ、ロデニウス陸軍の歩兵部隊はかなり高度に自動車化されており、騎兵とは比較にならない高い機動力・継戦能力を有しています。自動車そのものを装甲化すれば、機動力をやや落とす代わりに防御装甲による歩兵の生残率向上が期待できます。
我がムー統括陸軍第2軍は、ムー大陸各地でグラ・バルカス帝国軍と戦いましたが、その中で歩兵の運用に関する大きな課題が浮上しました。それは、歩兵の機動力が低く、現代の高速戦に対応できないという点です。
その原因として考えられますのは、我がムー統括陸軍の戦術ドクトリンが現代の戦場に合っていないことであります」
建国以来、ムー国は周辺諸国に比べて魔導技術が低かったが故に次々と国土を奪われ、地図に描かれるムー国の範囲は狭くなる一方だった。そこでムー国は科学技術の発展に活路を見出だし、優れた科学兵器によって何とか他国の侵攻を押し留めたものである。
そうした歴史的背景と、ムー国特有の温和な国柄故に、ムー統括陸軍は自然と防戦主体の軍隊になっていった。一応ムー側から打って出ることも検討されてはいたものの、基本的に「守りの軍隊」になっていたのだ。そして、対グラ・バルカス帝国戦でも防衛主体ドクトリンで戦うはずだったのだ。
ところが、実際にはムー統括軍は反攻作戦に参加することとなり、つまりはこれまであまり重視してこなかった攻撃戦・敵地侵攻をやる羽目になった。その中で、戦術的な問題点が次々と浮上してきたのである。その問題点の代表が、攻撃戦における歩兵の運用であった。
「現代の戦争においては、塹壕などを用いた防御戦ならともかく、攻撃戦における歩兵の機動力はこれまでの戦争からは考えられないほど、飛躍的に高まっています。その最たるものが、ロデニウス陸軍が得意としている電撃戦です。攻勢前面に立つ戦車、その後ろからついてきて陣地制圧を行う歩兵部隊、戦車と歩兵の突入を援護する野砲、その全てが自動車化されており、まさしく稲妻のごとき速度であっという間に敵を破り制圧してしまうのです。この進撃速度は、歩兵が徒歩で走っても全く追い付けず、騎兵であっても馬の疲弊と共に追い付けなくなります。やはり重要なのは、歩兵も大砲も自動車に乗せることです」
拳を握り、力説するアイゼンハウアー。
「また、捕虜になったグラ・バルカス帝国兵を尋問した結果、彼らも電撃戦の戦術を有効な戦法として採用していました。このことから考えても、少なくともムー大陸など平地の多い場所においては電撃戦は非常に有効であると判断されます」
また、彼は砲兵の装備についても言及した。
「また、これと並行して砲兵の装備…特に最前線で戦う歩兵が運用している歩兵砲について、前線で戦った将兵は装備の更新が必要であると痛感しているようです。26型ガエタン70㎜歩兵砲では、高速で移動する前線に追随できず、また敵が防御陣地を築いていたり戦車を出してきた場合には、これらを破壊するのはおろか無力化すら困難だった、という報告が山のように上がっております。
故に、新時代の高速戦に対応した歩兵運用型兵器が必要と判断します」
そしてアイゼンハウアーは、いくつかの例を挙げた。
「前線で戦う将兵からの報告では、ロデニウス軍が採用している迫撃砲がかなり有効ではないかと考えられています。迫撃砲とは、簡単に言えば曲射砲の一種でありまして、垂直に近い角度で砲弾を撃ち上げ、極端な放物線弾道を以て敵を砲撃するものです。ロデニウス軍によれば迫撃砲の射程は長くても5㎞前後であり、射程距離は短い方です。ロデニウス軍は、歩兵が簡単に携行できて自由に使える砲を作るために、迫撃砲からは複座駐退機などの機構を一切省略して砲の簡易化・軽量化を図っており、その代償に威力・射程を犠牲にした砲だとのことです。
これだけ聞くと、我がムー統括軍の歩兵砲に劣っていると思えるかもしれませんが、実のところ迫撃砲の方が大いに有用です。考えてもみてください、最前線で最も激突頻度の高い敵は何でしょうか。戦車…ではありません。陣地…でもありません。人です。そう、歩兵です。敵が生身の歩兵であるならば、硬い装甲を貫通するほどの威力は必要ありません。砲弾炸裂の際に高速で飛び散る破片だけで結構です。そして、人が相手ならば、多少大雑把な狙いでも良いからできるだけ多数の砲弾をばら撒く方が有効です。ならば迫撃砲の方が使い勝手が良い。
軽量化されているとはいえ、歩兵砲の機動力は十分とは言えません。それでは肉薄してくる敵兵に十分対応できるとは言い難い。それ故、私としては歩兵が運用できる砲を歩兵砲から迫撃砲に変更すべきであると愚考致します。
以上をもちまして、私の報告兼発表とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました」
報告が終わると、聴衆は一斉に拍手を送った。
「それでは質疑応答に移ります。質問のある方は挙手をお願い致します」
マイラスがそう言った途端、あちこちから次々と手が挙がる。そして質問が次々と
「歩兵で敵戦車に当たった場合はどうするのですか?」
「それにつきましては、携帯型対戦車兵器で対応します。最も早いのは、ロデニウス軍が採用している『パンツァーファウスト』を採用するが良いのではないかと考えています」
「敵のトーチカへの対策は?」
「それもパンツァーファウストで対応可能です。また、前線部隊からの報告ではロデニウス軍はトーチカに接近して火炎放射を行い、中を焼き払っていることがよくありました。そのことから、火炎放射器も有効ではないかと思います」
この時、聴衆の大半が苦虫を噛み潰したような顔、あるいは真っ青な顔をした。生きたまま焼かれる人間の姿を想像したのだろう。
「迫撃砲とやらは、どれくらいの数が必要になりますか?」
「それにつきましては、今後の研究課題の1つとなります。おそらく歩兵砲と同じようにはいかないと思われますので。ただ、パンツァーファウストに関しては、1個小隊につき10発程度は携行する必要があるかと思われます」
こんな感じで1人めの発表が終了。続く2人め、アカスタ・クラウソラス少将の報告となる。
「私からは、イルネティア島強襲上陸作戦全般について報告すると共に、今後の課題についての提言を致します」
ムー統括軍には防衛戦のノウハウは多数あるが、逆に攻勢のノウハウはあまりない。当然、敵前強襲上陸のノウハウは無いに等しい。
というわけで、クラウソラスにしてみれば今回の上陸作戦は未知だらけだったのだ。もちろん課題も多い。つまり、報告兼研究発表の題材としては最適である。
「ご存知の通り我がムー統括軍は、これまで専守防衛と言っても過言ではないレベルで防衛戦に主眼を置いていました。しかし今回、我が陸軍第3軍はロデニウス軍と共にイルネティア島奪回を命じられました。その際、これまで我が軍がほとんど経験したことのない、強襲上陸作戦を経験しました。その強襲上陸につきまして、ロデニウス軍の教本と比較しての我が軍の課題を提示し、以て今後の我が軍の進むべき指針の1つを示せればと存じます」
クラウソラスはまず、ロデニウス軍の教本の内容について話した。
強襲上陸の手順として、まずは上陸地点周辺の制空権・制海権の確保。それから、上陸前の艦砲射撃と航空攻撃。それらを経てようやく上陸実施となること。
それから、上陸作戦時に用いる歩兵支援用装備として重要になる水陸両用装甲車輌や、後部にランプドアを付けた兵員輸送車輌、そして上陸後の歩兵の盾となる戦車を素早く揚陸する戦車揚陸艦の存在。
最後に、実際に揚陸作戦を担う専門の歩兵部隊…「海兵隊」について。
続いて、強襲上陸作戦に対する現状のムー統括軍の課題である。
「このロデニウス軍の教本と比較しますと、如何に我が軍に課題が多いかよく分かるでしょう。
まず、我が軍には強襲上陸専門部隊となる海兵隊が存在しません。当然、専用の戦車揚陸艦や後部ランプドア付き水陸両用装甲車輌、あるいは水陸両用戦車なども存在しません。
また、上陸前に我が海軍の艦隊が艦砲射撃を行いましたが、正直なところ不徹底であったと申し上げざるを得ません。殊にロデニウス軍の戦術教本には、艦砲射撃は戦艦3隻以上、巡洋艦・駆逐艦合わせて20隻を交えて、最低でも3時間は砲撃を続けることとされています。また、これとは別に最低2回の航空攻撃を必要とする、と書かれています。そして、これらの事前攻撃は最低でも丸2日に渡って実施し続けるのが望ましい、ともされています」
この発言に、雛壇状の聴衆席の方でヒュッと息を呑む音が複数響いた。彼らの常識では考えられないほど、激しい攻撃であったらしい。
対照的に、堺はこくりと1つ頷いている。第二次世界大戦におけるアメリカ軍の上陸作戦…特にペリリュー島や硫黄島、沖縄、ノルマンディーといった辺りを調べれば、今回のムー統括軍の事前攻撃がどれだけ"ぬるい"か分かるだろう。
「これは私個人の意見になりますが、我がムー統括軍は現在、方針の転換を決断すべき時に来ているのではないかと思います。何故なら、古の魔法帝国…ラヴァーナル帝国の復活が間近に迫っている、と先進11ヶ国会議の際に警告があったからです。かの国が相手では、我が国の領土・領海内に引き込んでから迎撃するのでは不足ではないかと愚考します。専守防衛を捨てろとまでは言いませんが、思いきって
以上をもちまして発表とさせていただきます。ご清聴いただきありがとうございました!」
一礼したクラウソラスに、聴衆席からまばらに拍手が起こった。だが拍手がまばらなのも無理はないだろう。何せ内容が内容だ、もしかするとこの発表が元になってムー統括軍のあり方がガラッと変わるかもしれないのである。
ちなみにアクティブ・ディフェンスとは何ぞや、という話であるが、これを簡単に説明しよう。『敵が攻めてきたから防ぐ』というのが専守防衛であるならば、『敵が攻めてくる前に、前線基地になりそうな拠点を先制攻撃して潰し、侵攻を諦めさせる』というのがアクティブ・ディフェンスである。同じ《防衛》を目指すものでありながら、両者のやり方が全然違う、というのがよく分かるだろう。
質疑応答を経て、いよいよ最後は堺の番である。
「それでは最後は私、ロデニウス海軍第13艦隊司令官の堺 修一から、皆様にお話をさせていただきたく存じます。演題はずばりこれです……『戦訓に鑑みる今後取るべき艦隊戦術について』」
堺はこの報告会を、ムーに対して"戦術講義"という名の啓蒙活動をするには最適の機会だと考えていた。当然、しっかりとレジュメを用意しており、発表直前に聴衆に配布している。
「話を分かりやすくするため、まずはロデニウス海軍第13艦隊の陣容についてお話させていただきます。
第13艦隊・ムー大陸派遣部隊は、戦艦12隻、航空母艦16隻、重巡洋艦13隻、軽巡洋艦14隻、駆逐艦70隻、潜水艦2隻、少数の補助艦艇を合わせて、総勢132隻、艦載機総数1,163機という布陣であります」
それを聞いた瞬間、キングスは表情が強張るのを抑えきれなかった。そしてマッケンジーは、キングスの顔からさーっと血の気が引いていくのを見逃さなかった。
無理もない。この派遣部隊だけでも、この世界で見ればとんでもない規模であることが分かる。ムー統括海軍だと、全ての主力艦隊と二線級戦力(海防艦隊や拠点防衛艦隊)の半分をかき集めてやっと、この派遣部隊に匹敵する規模になるレベルだ。下手をすると、神聖ミリシアル帝国海軍の主力艦隊を全部かき集めたのにも並ぶ規模だろう。
そして、その艦艇・航空機の質も凄まじい。何せ第一次バルチスタ沖大海戦で世界連合艦隊を追い返したグラ・バルカス艦隊、それを打ち破ったのがこの派遣艦隊なのだ。ミリシアルが主力艦隊を繰り出してなお撃滅できなかった敵を、たった一戦で撃破したとなれば、とてつもない実力があるだろうことは想像に難くない。上位列強を除くこの世界の諸国家の海軍では、たとえ最新鋭艦から退役済の旧式艦まで全艦艇をかき集めたとしても、この派遣艦隊に勝てないだろう。
「また、派遣部隊に所属する一部艦艇のスペックが、レジュメの2~3ページ目に記載されています」
堺が披露したのは、アイオワ級戦艦(現代化改修前)、
だがこんなデータでも、ムーの軍人たちにとっては大きな衝撃を受けるに十分だったらしい。雛壇のあちこちで、うめき声にも似たざわめきが起きている。
「そして4ページ目以降は、我が第13艦隊が使用しております母艦航空機の性能です」
そこに書かれているのは、「零戦52型」「
しかし、こんな型落ちスペックばかりでも、ムーにとってはかなり大きい衝撃だったようだ。ざわめきがさらに大きくなっている。
なお、情報分析課課長としてロデニウス製兵器の性能をよく知っているマイラスは、平気な顔をしている。
「この艦隊を以て、私と仲間たちは中央暦1643年初頭からグラ・バルカス帝国と戦ってきました。まずはその一端をご覧ください」
堺はスタンバイしていたスタッフ(妖精)に合図を出し、講堂の舞台の背景の白壁にプロジェクタの映像を映させた。それも、かなり鮮明なカラー映像である。
「これから映しますのは、中央暦1643年5月31日から6月1日にかけて行われた、第二次バルチスタ沖大海戦の実際の記録映像です」
ムー軍人たちからすると、凄まじい光景が映し出された。
「グラ・バルカス帝国の艦載機から攻撃を受ける、我が第13艦隊の一部隊の様子です」
どこかの軍艦の上で撮影されたらしい映像だ。明らかに戦艦と分かる大型の軍艦が、主砲を空に向けて撃っている。大口径砲から迸る強烈な発砲炎、そして腹の底に響く砲声。
カメラが切り替わり、映し出された空には一面に黒煙の花が咲き誇っていた。その中に尾を引いて落ちていく黒煙が複数見える。グラ・バルカス帝国機だ、とキングスにははっきり分かった。
ロデニウスの軍艦はどれも主砲から機銃まであらゆる対空火器を空に向けており、それらを操作する兵士たちは必死の形相で機銃に弾を装填し、撃ちに撃ちまくっている。
「「「………」」」
誰も一言も言葉を発さない。いや、発せない。
(すごい弾幕だ…! これほどの弾幕を張れるのなら、グラ・バルカス帝国の空母機動部隊を破ったというのもよく分かる。我がムー統括海軍の艦隊に、これほどの弾幕を張れるかどうか……)
キングスも、すっかり映像に見入っていた。
「皆様の常識からすると、猛烈としか言い様のない対空射撃だったのではないかと愚考します。
そしてこの映像にその一端が映っているのが、私の説かんとしている艦隊戦術論…『
堺が持ち出したのは、海上自衛隊の護衛艦隊が使用しているイージス艦などに使われている戦術である。イージス艦の存在意義といっても過言ではないものだ。
「艦隊防空は、現在のムー海軍の皆様にとっては、まだ馴染みのない概念かと存じます。ですが将来的に、必ず必要になる概念ですので、一種の戦術講義だと思ってお聴きいただければ幸いです。
まずはとりあえず、現在のムー海軍の対空戦闘理論がどのようなものになっているか確認したく存じます。マイラス殿、現在のムー艦隊の対空戦闘は、まず直援戦闘機で敵機の数を減らし、その後艦隊の対空機銃で残った敵機に対処する…で合っておりますか?」
堺はマイラスに質問の矛先を向けた。
「はい、そうです。ただ、比重としてはこれまで戦闘機による迎撃に主眼が置かれていました。艦隊の装備する8㎜対空機銃は、防空の1割程度を構成する要素として考えられており、残り9割は戦闘機だったのです」
「では、現在はどうですか?」
「現在では、およそ7対3くらいになっていますね。戦闘機が7、対空砲が3です。この比率になった理由としては、貴国から導入された両用砲と大口径機関砲の存在が大きいですね」
淀みなく答えるマイラス。
「回答ありがとうございます、よく分かりました。
今から私が提唱する艦隊防空を導入すれば、比率を6対4に変えた上で敵機に対処できる全体的な能力が大幅に向上することが見込まれます」
スライドを切り替え、堺は説明に入った。
「これは、現在の我がロデニウス海軍第13艦隊が導入している最新の対空戦闘理論の模式図です」
海に浮かぶ艦隊を中心に幾つかの同心円が描かれており、その外側に複数の航空機が描かれた図が表示された。
「この図でいうと一番外側、緑色の円で描かれた部分が、直援戦闘機による迎撃エリアです。一番内側の赤い円は、各艦の対空機銃による迎撃エリアです。そしてその間、青い円で示された部分が艦隊防空エリアです。
艦隊防空エリアにおける迎撃方法は主に2つあります。その1つが、現在ムー海軍でも導入している両用砲や高射砲ですね。複数の両用砲を装備した艦艇を多数、輪陣形に並べて対空射撃すれば、それだけで結構な対空弾幕になります。
そして、もう1つの迎撃手段……こちらが非常に重要です。この迎撃手段は我々が実用化を目指しているものであると同時に、ムーの皆様も必ず獲得すべき手段であります。何故なら、この手段は…超音速で飛ぶ航空機を迎撃するには必須の装備だからです」
ざわっと講堂全体がどよめいた。
超音速で飛ぶ航空機など、古の魔法帝国…ラヴァーナル帝国が持っていた悪夢の機体でしかない。それが、彼らの共通認識なのである。だが堺は、それを真っ向から迎撃させようとしているのだ。
「では、この迎撃手段とは何か。それは…高性能レーダーとセットになった対空誘導弾です。つまり、超音速で飛ぶ航空機を追尾し、百発百中で叩き落とす必殺兵器です」
堂々と堺が言い切ったことで、講堂のどよめきはさらに大きくなった。
「現在ロデニウス連合王国は、陸海空軍の総力を挙げて対空誘導弾の開発に取り組んでいます。それも、あと10年程度で実用化せねばなりません。何故なら、ラヴァーナル帝国の復活に間に合わせなければならないからです。間に合わなければ滅びあるのみでしょう。
ここで注意していただきたいのは、我々が作ろうとしているのは対空誘導弾であって、対空誘導『魔光』弾ではない、という点です。つまり、科学技術だけで対空誘導弾を作ろうとしているのです。ということは、ムーの皆様にも製造・運用できる誘導弾ということになります」
どよめきはついに頂点に達した。
まさか、古の魔法帝国が運用していたとされる悪夢の存在たる誘導魔光弾を、科学技術だけで作ろうとしているとは思ってもみなかったのだ。
「科学技術だけで作る誘導魔光弾…だと? そんなことが…そんなことができるのか?」
マッケンジーが声を震わせて尋ねた。
「可能です。我々は既に個人携行型の地対空誘導弾を実用化し、此度の戦争で運用試験を行っております」
「何…だと…」
マッケンジーが言葉を失うのも無理はない。まさか、もう誘導弾の開発に漕ぎ着けているとは思わなかったのだ。
「艦対空誘導弾が完成した暁には、ムーの皆様の誘導弾開発にも力をお貸しすることを考えております。ラヴァーナル帝国に滅ぼされないため、ここが踏ん張り所と心得てください。
さて、話が逸れたので元に戻しますと、艦隊防空とは艦隊を構成する全艦、特に空母の護衛にあたっている戦艦や巡洋艦、駆逐艦から誘導弾や両用砲をつるべ撃ちし、空間そのものを制圧するくらいの勢いで迎撃する戦術です。これによって敵機を撃墜し、艦隊上空に到達する敵機の数を減らすこと、合わせて敵機の攻撃編隊を崩して被弾率を下げることが、艦隊防空の目的となります」
この辺になると、聴衆の中には必死にメモを取っている者が多く見受けられた。司会のマイラス、そしてキングスですらメモを取っている有り様である。研究熱心なムーの姿勢を間近に見て、堺は少し安堵した。これだけ熱心なら、あとは発展のヒントだけ与えてやればどんどん伸びていくだろう。
「続いて、艦隊防空戦術を使うのに有効となる艦隊陣形の解説です。こちらをご覧ください」
スライドが切り替えられ、輪のように並んだ艦艇を描いた陣形が示された。一番外側に駆逐艦や小型巡洋艦がずらりと並んで大きな輪を作り、その少し内側に戦艦と大型巡洋艦をこれまた円形に配置し、そして輪の中心には空母がいる。
「我が空母機動部隊の典型的な艦隊陣形の模式図です。我々はこの陣形を『輪形陣』と呼んでいます。字のごとく輪っかのような形ですね。
艦隊の編成としては、空母は大小合わせて4〜5隻。これを、戦艦1〜3隻、大型巡洋艦2〜4隻、小型巡洋艦5隻前後、駆逐艦20隻前後で護衛します。これにより、海、空、そして海中、あらゆる方向からの敵に対処できるようになります」
かなりの規模の艦隊だと、キングスは感じた。しかし、上には上があった。
「そして、この規模の艦隊を…」
スライドが切り替わる。そこには…
「このように5個前後編成し、相互支援が可能なように配置します」
五角形を描くように並べられた、一大空母機動部隊の姿があった。
ムー海軍軍人たちの何人かが感嘆のため息を吐くのを、キングスははっきりと聞いた。そして同時にこうも考えた。
(これは確かにすごい艦隊だ。だが…今の我が軍にこの艦隊は組めないな。空母も護衛艦も圧倒的に足りん)
今のムー海軍空母で主力たり得るのは、雲龍型空母のムー生産版たるラ・ラツカ級航空母艦2隻しかない。残りは30機搭載のラ・コスタ級やラ・ヴァニア級だ。主力空母の数がそもそも足りなさすぎる上に、その性能は資料にあったショウカク級空母にも全く届いていない。
(ラ・ラツカ級を最低でもあと8隻…いや、場合によっては以前にマイラス君が設計図を持ってきたラ・エックス級を建造せねば駄目か)
ラ・エックス級というのは、マイラスが設計図を持参してきた新たなる航空母艦のことである。
その正体は、かつて地球で使われた有力な航空母艦の1つ。第二次世界大戦中から戦後にかけてアメリカ海軍が運用していた、エセックス級航空母艦である。戦艦クラスの巨体に搭載数100機以上を誇る、ムーからすれば未知の領域にあると言っても良い、新世代の超大型空母である。
『このラ・エックス級は、生産性にも秀でています。現在我が海軍で導入が進んでいるブロック工法、これにしっかり対応していますから、体制を整えれば量産していけると考えます。この空母は、間違いなく我が海軍の次代を担う主力空母です!』
興奮しながらそうまくし立てたマイラスを、キングスは一度退けている。理由は「全長270メートルの巨艦を作れるドックがまだないこと」「ドックが仮にあったとしても現在のムー造船業界はどこも手一杯であり、これ以上新型艦、それもこれまでにない巨大艦を発注する余裕がないこと」であった。
物理的にドックがないのでは仕方ないと、マイラスは渋々といった調子で下がったものだが……
(あの時、彼は「ではドックと余裕ができれば作ってくださいますね!?」と言っていたな…。こうなった以上、もう一度あのラ・エックス級の建造を検討すべきかね)
キングスはそんなことを考えていた。
「こういった艦隊を編成し運用したことを一因として、ロデニウス第13艦隊はグラ・バルカス帝国艦隊を第二次バルチスタ沖大海戦で退けました。その後のことは私が語るまでもなく、皆様よくご承知でしょう。
『バグラチオ作戦』の完遂を目指す皆様を側面から援護し、また制海権奪回を図ったグラ・バルカス艦隊を破砕した結果、我々は多数のグラ・バルカス帝国艦を撃沈しました。
こちらをご覧ください、これが我々が撃沈したグラ・バルカス帝国艦の数です」
青葉情報局が弾き出したあのデータを、堺はスライドに映し出した。それを見た途端、ムー軍人たちが大きくざわつく。
「これは…!」
普段冷静を以て鳴り、あまり表情を変えないことから「鉄仮面」などと呼ばれることのあるキングスも、思わず血相を変えてしまった。無理もない、第13艦隊の戦果=グラ・バルカス帝国が受けた被害は、想像を絶するものだったのだ。
(戦艦、大型空母ともに40隻以上喪失だと!? それに、巡洋艦以下の艦艇もこんなに……我がムー統括海軍で言えば、主力艦隊も拠点防衛艦隊も軒並み全滅して、僅かに沿岸警備隊くらいしか生き残っていないようなものだぞ!
それに、これだけの戦死者・行方不明者が出てしまったら、社会・経済体制そのものの運用にも支障が出てしまうではないか…!)
そんなムー軍人たちの驚愕をよそに、堺は説明を再開した。
「このように、グラ・バルカス帝国海軍は多数の艦艇と航空機、そして将兵を失いました。彼らの本国や植民地にはまだ複数の艦隊が残っているようですが、それらは拠点防衛用と見られています。要は外征には向いていません。
従って、敵は外征用主力艦隊の大規模な再編が必要な状態となっています。今後しばらくは前線に艦隊を出せないでしょう」
堺の説明に、出席者たちの大半が胸を撫で下ろしたらしい。講堂の雰囲気が柔らかくなったのが、キングスにも肌で分かった。
「ですが」
しかし堺はきっちりと釘を刺した。
「まだ戦争は終わっていません。今後しばらく来ない、ということは、時間が経てばまた来る、ということです。あるいは、とんでもない攻撃方法でも繰り出すかもしれません。
そういう余計なことを、これ以上グラ・バルカス帝国がやらかす前に、この戦争にケリを着けるべきであるということ、そして今のうちにこちらも海上・航空戦力を充実させることが必要である、と提言して、私からの報告の締めにしたいと存じます。ご清聴ありがとうございました」
質問タイムに入るや、怒涛の勢いで質問が飛び交う。堺はそれらを1つ1つ裁いていった。
「敵の正規空母、つまり大型空母を40隻以上沈めたとあるが、その中に、この資料にあるショウカク級はいたのでしょうか? いたならば、何隻ほど沈めたのでしょうか?」
「ショウカク級より古い世代と見られる中型空母もいましたので、その40隻全てがショウカク級という訳ではありません。ですが、その40隻の半数はショウカク級だとお考えください」
「時間が経てばグラ・バルカス帝国艦隊はまた来る、とのことだったが、どのくらいの時間があれば敵は戦力を立て直して来ると思うか、ご意見を伺いたい」
「我が軍の情報局の見立てですが、最低でも5年は確実にかかると見込まれています」
「グラ・バルカス帝国艦隊も、あの輪形陣を使ってきたのでしょうか?」
「そうですね、これと似た戦術を使ってきています」
「では、サカイ提督はどうやってその護りを突破し、敵空母を仕留めたのでしょうか?」
「ガードブレイク戦法という戦術を使いました。ざっくり言うと、徹底的に敵空母の護衛を減らしてから敵空母を叩く、という方法です。具体的にはまず、こちらの第一次攻撃隊を戦闘機のみで編成し、敵の直援機をできる限り減らします。続いて第二次攻撃隊には艦上爆撃機を多めに編成し、空母を守る護衛艦を叩いて対空砲火を減らします。最後に、魚雷を抱いた攻撃機を中心にした第三次攻撃隊を出し、弱体化した敵の迎撃を突破、敵空母を撃沈します」
そしてキングスは挙手し質問した。
「サカイ提督にお伺いしたい。先ほどの発表の最後に、グラ・バルカス帝国軍がとんでもない攻撃方法を繰り出すかもしれない、とあったが、どんな攻撃方法があるだろうか? 1つでも良いので参考までに聞きたい」
この質問に、堺の眼光が少し鋭くなった。少なくとも、キングスにはそう思えた。
「そうですね、例えばですが。
グラ・バルカス帝国の戦闘機は、我が艦隊が運用している戦闘機…資料にも載っている零戦ですね、それに似ていると推測されています。その戦闘機に、250㎏爆弾を搭載します」
「ふむ、では多数の爆装戦闘機による飽和攻撃を仕掛けてくるということか? あの国は物量が凄まじいようだが」
「いえ、違います」
堺はきっぱりと否定した。
「なに、飽和攻撃ではない? では、海面に近い高度からこっそり忍び寄り、低空から爆弾を叩きつけるのか?」
「それも違います。そもそも爆撃が目的ではありません」
「何だと?」
キングスには訳が分からなかった。
「では、どうやって攻撃するのだ?」
「はっきり言えば……爆弾を搭載したまま、戦闘機ごと軍艦に体当たりします」
「「「!!?」」」
その瞬間、室内のざわめきが一瞬にして静まりかえった。ある者は目を見開き表情を強張らせたまま固まり、ある者は理解できないとばかりに口をぱくぱくさせている。司会進行役のマイラスも言葉を失っていた。そんな中で平気な顔をしているのは当の堺だけである。
「体当たり…だと?」
キングスはどうにか言葉を絞り出した。
「そんな…そんなもの、狂気の沙汰としか言えんではないか。そんなとんでもない方法をやるとは思えんが」
「それは、『普通ならやらない』ということでしょう? 『普通ならやらない』は、『普通じゃなければやる』と同義です」
そのキングスの言葉を、堺はばっさりと切り捨てる。
「今のグラ・バルカス帝国は、これまで彼らが経験してきた戦争とは全く違う戦争を戦っている、といっても過言ではありません。何せ負け通しで、植民地を奪い取られてしまったのですから。
先進11ヶ国会議の議事録や各種外交記録を見ても、グラ・バルカス帝国の外交官は自国の強さに絶対の自信を持っていることがよく分かります。つまり、戦争をやれば絶対に勝てる、というのが彼らにとっての常識であり、『普通の』戦争なのです。
然るに、今の彼らは経験したことのない敗北を喫しています。この時点で、彼らにとって今次の戦争は『普通ではない』ものになっています。ということで、彼らの戦争の遂行方法が『普通じゃない』ものになる可能性は大いにありますよ。その結論が、今申し上げた体当たり攻撃というわけです」
「………」
キングスは何も言い返せなくなってしまった。
「また、道徳的にどうなのかという意見は別にして、実は爆装戦闘機による体当たり攻撃というのは、意外と有効な攻撃方法なのです。
まず、腕のないパイロット、あるいは彼らの軽蔑する『低文明の野蛮人』であっても活用できます。
次に、実は意外と成功率が高いのです。計算の結果、体当たり攻撃の成功率はおよそ11%となりました。10機に1機は体当たりできる訳です。ではこの体当たり攻撃の威力はどうかと申しますと、絶対に侮ることができません。何せ10トンもの金属の塊が、爆発物と大量のガソリンを抱えて、時速550㎞で突っ込んでくるのです。戦艦ならまだしも、駆逐艦や巡洋艦にとっては重すぎる一撃です。何なら大型空母ですら、たった1機の体当たりで大破しかねません。それだけの威力ある攻撃を、人間という今考えられ得る最良の誘導方法で命中調整してくるのです。これはもはや、立派な誘導魔光弾の一種と言えましょう。
最後に、この体当たり攻撃は軍艦はもちろん、将兵にとっても有効な攻撃方法です。怪我などもそうですが、自殺攻撃を目の当たりにして恐怖してしまうのです。恐怖による行動や思考の束縛…これは決して侮れません。
以上から、爆装戦闘機による体当たり攻撃は、有効な攻撃方法と言えるのです」
これは実は、地球において連合国海軍が味わったことをそっくり伝えているだけである。実際、神風特別攻撃隊は撃沈した艦艇こそ駆逐艦や護衛空母のような小型艦が多いが、大破まで含めると戦艦、大型空母にも結構な被害を与えているのだ。調べてもらうと分かるが、神風特攻隊の攻撃を受けた艦艇には、エセックス級航空母艦の名前がずらっと並んでいる他、ヨークタウン級・レキシントン級の各空母、アイオワ級戦艦、イラストリアス級装甲空母といった堂々たる大型艦も、神風特攻隊による被害を受けているのだ。
また、この神風特攻隊への対処方法の検討をヒントに、アメリカ海軍は艦対空誘導弾の配備へと舵を切り、それがさらに発展していった結果、イージスシステムに代表される今日の艦隊戦術が出来上がったのである。その歴史を知るが故に、堺はムー海軍発展のための特大ヒントとして艦隊防空の概念を持ち出したのであった。
「というわけで、体当たり攻撃に対処できる可能性がある艦隊防空、是非とも取り入れていただきたい」
「…分かった、検討する」
最後にマイラスが質問した。
「堺殿、大変重要な講義をありがとうございました。今回の講義と直接の関係性は薄いかもしれませんが、1つ伺いたいです。
ロデニウス軍第13艦隊には、マスター・グレードアトラスター級戦艦なるものはあるのでしょうか?」
マイラスは、以前に情報分析課に届けられた報告書に出てきた、マスター・グレードアトラスター級という表現を気にしていた。
「マスター・グレードアトラスター級ですか? ありますよ」
それをあっさりと肯定する堺。
「その戦艦はどんな性能でしょうか…?」
重ねてのマイラスの質問に、堺は少し首を捻った後で答えた。
「まあ、どのみちどこかで知られるでしょうし、分かりました、この場に限り公開しましょう。これが、マスター・グレードアトラスター級のスペックです」
スライドが切り替わったとたん、ムー海軍の軍人たちは一斉に驚きの声を上げた。キングスですらぎょっとなって目を見開いてしまった。
《マスター・グレードアトラスター級》
全長:610メートル
最大幅:61メートル
基準排水量:640,000トン
速力:30ノット
兵装:41口径80㎝連装砲4基、73口径24㎝単装大型高射砲6基、60口径12.8㎝連装高射砲12基、71口径55㎜連装高射機関砲16基、同単装高射機関砲8基、30㎜単装対空機銃50丁
まさに空前絶後、とんでもない性能である。
まず大きさからして、全長610メートル、幅61メートルという時点で規格外である。そんな巨大艦、世界のどこの国でも聞いたことがない。そして主砲はなんと80㎝砲…どれだけの威力があるのか、想像することもできない。ただ1つはっきりしていることは、ムーが保有するどの戦艦であっても撃たれたら一発轟沈する、ということである。いや、グレードアトラスター級戦艦でも、直撃をもらえば耐えられないだろう。
こんな戦艦を、ロデニウス連合王国は本当に持っているというのか。
「こ、これが、マスター・グレードアトラスター級…な、なるほど。ありがとうございます」
毒気を抜かれたように、マイラスがやや
このマイラスの質問を最後に、報告会は終了となった。
なお、聡明なる読者諸賢の皆様は既にお気付きのことと思うが、堺が示したマスター・グレードアトラスター級のスペックデータは実は真っ赤な嘘である。あれはH45級戦艦のスペック、それも半分以上はでっち上げである。
……まぁ、本物のマスター・グレードアトラスター級つまりヤマト型宇宙戦艦は、そのH45級ですら鼻で笑うだけの圧倒的性能を持っているのだが。
次回もまた、各地の様子を描く形となります。
新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!