鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
中央暦1644年2月9日 午後1時、ムー国首都オタハイト ムー統括軍総司令部 情報分析室。
情報分析課課長マイラス・ルクレール中佐が昼休憩を終えてこの部屋に戻ってくると、既に先客が来ていた。
「ようリアス、久しぶりだな」
「先輩も壮健そうで何よりです」
マイラスの後輩にしてムー海軍の造船技官の1人、リアス・アキリーズ少佐である。
「軍艦の建造はどんな感じだ?」
「ぼちぼちですね。ラ・コンゴ級戦艦の3番艦『ラ・ナルハ』は、空襲で受けた被害を復旧して建造再開しましたし、4番艦の『ラ・リマシ』も工事は順調です。進捗率5.5割ってとこでしょうか」
挨拶もそこそこに、席に座るや近況報告に入る2人。だが、これが彼らのやり方なのである。
「ふむ、この2隻はまだかかりそうだな…他には?」
「ラ・ラツカ級3番艦の『ラ・リンウ』は、予定通り1週間後に進水ですね」
「よーし…と言いたいとこだが、もう3隻はラ・ラツカ級が欲しいな。
現在我がムー海軍が実戦運用しているラ・ラツカ級は2隻のみ。レイダー少将閣下のとこに1隻と、ウィレム・バルドー閣下のとこに1隻だ。ボイシ・マーカス閣下の機動部隊も、第3機動艦隊として新編しなきゃならんから、ラ・ラツカ級がいくらあっても足りん」
「何でそんなに要るんですか!?」
「これ見てみろ」
マイラスはリアスに、ロデニウス海軍第13艦隊の示した艦隊陣形図を見せた。午前中の報告会で示されたものだ。ちなみにリアスは仕事が立て込んだため出席していなかったのである。
「これは…!」
五角形を組んだ堂々たる布陣を見て固まるリアス。
「分かるか? この図の通りに行けば、ロデニウス軍はこの艦隊だけで10隻前後の大型空母を運用しているんだ。だから、我が海軍の3つの機動艦隊に2隻ずつラ・ラツカ級を配備するとしたら、もう3隻は要る」
「な、なるほど…しかし、そんなすぐには用意できないですよ」
「だよな。しかも…ラ・ラツカ級でもすぐ陳腐化しちまう」
「え…?」
リアスが呆然とした。
「あのラ・ラツカ級でも、あっという間に陳腐化する…?」
「ああ。こいつはロデニウス軍が運用しているショウカク級という空母の性能なんだが、見てみろ」
ロデニウス軍の資料を見せられて、完全に硬直するリアス。
「嘘でしょ…? ラ・ラツカ級よりでかくて高速で多数の航空機を飛ばせる…?」
「ああ、しかもそれだけじゃない。
俺は報告会の後で、堺司令からこっそり新しい資料をもらったんだ。こいつをムーで建造すりゃ良いんじゃないかって話だったが…こりゃすぐには無理だ。10ヶ年計画くらいにしないと」
言いながら、マイラスは新たな資料を出した。そこには航空母艦の設計図が描かれており、艦級は『ミッドウェイ級』となっている。
「何ですかこの化け物!?」
その資料を見たリアスの第一声がこれだ。
「全長290メートル、最大幅45メートル、排水量45,000トン、搭載数130機!? しかも飛行甲板に鉄板張って急降下爆撃でも無効にするって…!?」
「堺司令は、こいつを是非建造すべきだと言うんだ。何でも、超音速戦闘機でも運用できるポテンシャルが、こいつにはあるんだとか。つまり、古の魔法帝国相手でも戦える空母ってことだ」
「うぐぅ…でも先輩、全長300メートル、
幅50メートルに迫る巨艦を建造できるドックなんて……」
「無いんだよなぁ」
マイラスはがくりと肩を落とした。
「それに、こいつを動かす心臓…大出力蒸気タービンの実用化にも、こいつに載せる艦載機の開発と量産にも時間が要る。だから10ヶ年計画と言ったんだよ。何せドックから用意しなきゃならんし、ラ・エックス級…エセックス級も建造してこいつの建造ノウハウを積む必要もある。エセックス級はミッドウェイ級の元になった艦だからな。
やることはかなり多いぞ」
「ですねー…しかも護衛艦も新調しなきゃですし」
ムー海軍が建造しなければならない艦は、まだまだ多いのである…。
「話が大分逸れたな、すまん。空母はとりあえずこれで良しとして、他は?」
「とりあえず、駆逐艦は当初の予定通りに建造できてますね。ラ・ハンマン級(マハン級)の調達は終了し、現在はラ・フレッツ級(フレッチャー級)に一本化しています。ラ・ホトス級巡洋艦やラ・シキベ級軽巡洋艦の護衛駆逐艦への転用も、おおむね予定通りに進んでますね。
ただ、新型巡洋艦の建造過程で問題が発生しました」
「それなら俺も聞いている。ラ・リブラ級(クリーブランド級)の主砲だな?」
「はい」
47口径15.2㎝速射砲の開発が、難航してしまったのである。
「リアス、そこは俺に代案がある。ロデニウスに頼んでモガミ級の60口径15.5㎝三連装砲を譲ってもらい、繋ぎの装備として使うんだ。
この砲はかなり良い性能をしてる、まず最大射程27,400メートルだ。ラ・カサミ級戦艦の主砲より射程が長い。次に、1分間に5回発射できるってことで、速射性能も高めだ。それに60口径と砲身が長いんで、ラ・デルタ級装甲巡洋艦の20.3㎝砲には1発辺りの火力では負けるものの、逆に速射性能と射程距離で勝っている。そして、仰角55度まで指向できるから、一応対空戦闘も可能だ。
どうだ、この砲なら繋ぎとしては十分だと思うが?」
「そうですね…分かりました、それでいきましょう。至急、砲塔周りの再設計にかかります。
ああそれと、先日ついにテストが成功しました」
「テストって…あ、まさかラ・トーガ級か!?」
「そう、我が国初の潜水艦の潜航テストです」
「おおぉ…!」
一気に目を輝かせるマイラス。
「ついに、ついに我が国にも潜水艦ができたか…!」
「はい。ただ、浅海での潜航が成功したってだけなので、今後は深深度潜航テストと魚雷発射テストが要りますね。それらが済み次第、選抜された乗員を配置して慣熟訓練に入ります」
「戦力化はまだ先か。まあ仕方ない」
ラ・トーガ級潜水艦は、ロデニウス連合王国から貰った設計図をコピーしてムーが建造した、ムー国初の潜水艦である。まだ初めての潜水艦であるため、諸元はUボートⅡ型相当と低い。だが、今後ノウハウを積み上げていけば、少なくともUボートⅦ型やⅨ型の建造は可能になるだろう。
「ところでリアス、お前に意見を聞きたいが…堺司令が、ロデニウス第13艦隊にはこんな戦艦がいますって宣伝してやがったんだ。この戦艦、どう思う?」
マイラスは、必死にメモした《マスター・グレードアトラスター級》の性能データを見せた。
「拝見します……何ですかこれ?」
メモに視線を落として僅か2秒で、リアスはその言葉を吐き出した。
「全長610メートル? 最大幅61メートル? 基準排水量64万トン? あまつさえ、主砲は41口径80㎝連装砲?
すごい戦艦ですねこれ……本当に建造していれば、の話ですが」
「だよな。さすが我が後輩、違和感に気付いたか」
マイラスはリアスの慧眼に素直に感心した。同時に、後輩がここまで有能に育ってくれたことを嬉しく思った。
「これは明らかに嘘だ」
「ですよね? グレードアトラスター級と謳うからには、主砲は三連装か連装で3基のはず。ですが、これは連装4基になってますし」
「ああ、俺もすぐそれに注目したよ。それに24㎝大型高射砲なんて、いったい何を撃つつもりだって話だし、そもそもこいつ艦載機装備してないじゃねえか」
「じゃあ、この性能が嘘ってことは、本物のマスター・グレードアトラスター級ってのはひょっとして…」
「おそらく、あのアニメに出てきた宇宙戦艦ヤマトだろうな。このデタラメなスペックを見せられたんで、何となく確信が持てた。
皮肉だよな、本物の性能はこの嘘のスペックなんかより遥かに凶悪なんだから」
「もしこのマスター・グレードアトラスター級ってのが宇宙戦艦ヤマトだとしたら、下手すると古の魔法帝国が相手でも真正面から戦えますもんね。特にあの波動砲、あれがあったらどんな敵でも一撃でしょう」
「だよな。やっぱロデニウスとは敵対したくないもんだぜ」
そこへノックの音が響いた。そして「失礼します」と声をかけ、期待の新人カーナ・ツーベルク特務准尉が入ってくる。
「お疲れ様です課長。あ、リアス少佐、お久しぶりですね」
「お、カーナか。お疲れさん」
「こちらこそ、久しぶりですねカーナさん」
型通りの敬礼を交わした後、カーナはマイラスに顔を向けた。
「マイラス課長。例の新型戦車について報告です」
「お!」
途端にマイラスが目を輝かせる。
「どうなった!?」
「んー、どうにか形にはなるかもしれない、というところですね。車体と主砲はどうにかなるでしょうが、エンジンが大きな課題です」
「おお…!」
ムーきっての技術士官の瞳が、より強い輝きを放つ。
「これでどうにか目処が立ったか…!」
「先輩、今度は何作ろうとしてんですか」
リアスが口を挟んだ。
「戦車だよ戦車! それも、世界最強になるだろう新型だ!」
「やっとこさラ・シマン戦車の生産ラインが整い始めたばかりだというのに、いったい何を作ってんですか…」
「いやいやいや、お前はそんなことを言うが、これを聞いたら嫌でも欲しくなるぞ! 何せロデニウスのあの無敵の戦車ティーグレ、アレでさえ倒せるだろう奴だからな!」
「ええっ!? てぃ、ティーグレを倒せるですって!?」
ティーグレとは、ムーの言語で「虎」である。転じて、ロデニウス軍が配備している「ティーガーⅠ」を示す言葉である。
「ああそうだ! この新型戦車の主砲には、ラ・ラングと同じ70口径75㎜砲を使うつもりだ。テストした結果、この砲なら距離1,000メートルで111㎜の鉄板をぶち抜ける! ティーグレの車体前面は100㎜だから、1㎞先からでもティーグレを真っ正面から殺れるんだ!!」
「す、すごいじゃないですか!!」
一気にリアスも興奮し始める。
ロデニウス連合王国から「電撃戦」や「機甲師団」の概念を伝えられて以来、ムー統括軍は自国の進んだモータリゼーションを活かして機甲部隊の編成に取り組んだ。そのとっかかりとして量産されたラ・スタグ自走砲…Ⅲ号突撃砲F型は、ムー大陸戦線に多数が投入されグラ・バルカス帝国軍と戦っている。そして、帝国の戦車部隊の撃滅に大きく貢献したのだ。
だが、このラ・スタグ自走砲を以てしても、ムー統括陸軍は未だ満足できなかった。というのは、彼らは師匠たるロデニウス軍がどんな戦車を保有しているか知っていたからである。
そこでムー統括陸軍は、「ラ・スタグと同じ主砲を積んだ戦車」と「ラ・スタグを超える高火力の主砲を持つ自走砲」を目指して開発を進めた。その結果が、ラ・シマン戦車…M4シャーマン中戦車(48口径75㎜砲搭載型)と、ラ・ラング自走砲…Ⅳ号駆逐戦車ラング(L/70)である。
ちなみに何故こんな形になったかというと、砲塔という重い機構を載せずに済む自走砲の方が、思いきって強力な大口径榴弾砲や対戦車砲を搭載しやすいだけでなく、設計しやすいからである。
ラ・シマン戦車はまず、ラ・スタグ自走砲を有する機甲部隊の指揮官用車輌として用意され、グラ・バルカス帝国軍とも矛を交えたことでその存在を高く評価された。その後ラ・スタグを置換する形で徐々に配備が進みつつある。
一方、ラ・ラングはやっと制式採用されたばかりの新型自走砲で、前線部隊でこれを装備しているところはまだ1つもないというピカピカの新型機である。
なお、かくも自慢げに語っているが、マイラスはまだ知らない。ロデニウス軍が「ティーグレ」を上回る怪物を……正面装甲180㎜の傾斜複合装甲に、71口径88㎜砲というずば抜けた火力を併せ持った「ティーガーⅡ改」を、実戦に投入し始めているということを。それに、あの程度の貫徹力ならば、ティーガーⅠがいわゆる「昼飯」の角度を取った時点で貫徹できなくなってしまうということを。
「火力はこれで良いと思います。問題は、この主砲を収めるための砲塔ですね」
カーナの声で2人は現実に引き戻された。
「70口径75㎜砲は確かに凄まじい火力ですが、砲弾が長くなったことやそれに伴う砲尾栓部の大型化に伴い、これまでのラ・シマン戦車の砲塔ターレットには収まらなくなりました。そのためターレットリングの拡大に合わせて、車体を設計しています。
また、最近我が国でも溶接の技術が発達してきたことに鑑み、ロデニウス軍の『
ムーにとってラ・シマン戦車は、量産性と拡張性に優れ、なおかつ強力な火力と比較的強固な正面装甲を併せ持った、使い勝手の良い優秀な戦車であった。そのデータを元に、カーナは新型戦車の設計コンセプトを以下のように定めた。
・優れた拡張性を持つ。
・生産性の高さや、今後予想される強襲上陸作戦に対応するため、車体側面は特に垂直装甲でそこそこの厚さを確保する。
・被弾確率の高い車体前面は、厚さ70㎜以上で傾斜装甲とする。
・そこそこの機動性を持つ。なお、ラ・シマン戦車では後退速度の遅さを指摘する声があったため、時速10㎞程度の後退速度を得るのが望ましい。
・攻撃は最大の防御。ということで全ての敵戦車を一撃で破壊できる火力を確保する。
それらの要素をぶちこんだ結果が、この新型戦車であった。
「主砲については一応解決の道筋が見えました。最大の問題はエンジンですね……『マリン』とかの航空機に使っているエンジンだと、必要以上に車高が高くなって敵に発見されやすい、という戦訓が得られています。前線部隊からはそんな報告が多いですね」
カーナの指摘に、マイラスがうっと呻いた。
「しまったな…確かに背が高くなっちまう。実際、かなり強い阻止砲火が浴びせられたって事例もあったし」
なお、ムーの戦車部隊に対する阻止砲火が強かったのは、実は半分ロデニウス軍のせいである。グラ・バルカス帝国軍からしてみれば、通常の榴弾砲はおろか専門の対戦車砲ですら通用しないティーガーⅠを先頭に
「あと、前線部隊からの報告として、被弾した時に一気に爆発炎上してしまう、というものが多いですね。その理由を探してみたところ、主砲弾薬庫の配置に問題があると考えられます。ラ・シマン戦車の主砲弾薬庫は車体の左右にありますが、ここは被弾しやすい位置である上に、ラ・シマンの側面はそこまで装甲が厚い訳ではありません。ということで、被弾した途端に弾薬庫に引火しそのまま爆発四散している、という分析結果が出ました」
「「うわぁ…」」
2人の士官が青くなった。
「そういうことだったのか…」
「はい。そこで、新型戦車では床に弾薬庫を設置し、不凍液で弾薬庫を満たします。こうすることで、火災による喪失率は大きく低下すると考えます」
カーナのこの案は、実際にアメリカ軍のM4シャーマン中戦車でも行われた改良である。
「ただ、とりあえずエンジンをどうにかしないと、新型戦車が形にならないですね…」
「ラ・シマンのエンジンでも駄目なら、どうするか…。気筒の配置を見直して、斜めに倒して2列並列にするか…?」
いわゆるV型エンジンという奴である。
ところが、マイラスとカーナがあれこれ意見を出し始めた時、間の悪いタイミングで電話が鳴った。たまたま手の空いていたリアスが応答する。と、電話を聞いている間にリアスの顔が何故かどんどん青くなっていった。そして電話が切れると、若干ふらついた足取りでマイラスの元へ向かう。
「先輩。今電話があったんですが…」
「電話? ってかどうしたリアス、青くなってんぞ?」
「電話の内容は、先輩への施設設備定期点検の命令でした」
「ああ、いつもの奴か。で、どこを点検しろと?」
「それなんですが…頑張ってください」
点検場所を言い淀む後輩に、マイラスは何かを悟ったらしかった。
「まさか……」
「はい……この軍港の第4区、つまり旧施設を含むあの辺りです…」
「……マジかよ」
一気にマイラスが落ち込んだ。
「そこってアレじゃねえか、曰く付きの…」
「そうです。『出る』区画です…」
「行きたくねえー…」
テンションガタ落ちになった2人に、事情を知らないカーナだけが首を傾げていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
マイラスとカーナが建設的な意見の交換をしていた頃、ムーから西に離れた旧列強レイフォル領の一隅では論戦…というよりは罵詈雑言を交えた言葉での取っ組み合いが発生していた。
「他国の考え方を完全に無視してやがる。つまり他人の話を聴く気がない、マイナス八百十点。あんた本当に外交官か? チンピラの間違いじゃねえのか?
ああそれとも、あんたの国はこんなチンピラを国の代表にするくらい品格がなってないのか」
「な……何だとぉっ!?」
鉄格子を挟んで2人の男が向き合っている。鉄格子の嵌まった部屋にいる方は全身から怒気を発し、目を血走らせて相手を睨みつけている。ただ、その男の服装はやたらに汚ならしく、どこか囚人服を思わせるデザインだった。
もう片方の男は鉄格子の外、廊下に立ち、怒る男を涼しい顔で見据えている。ぱりっとした軍服に身を包んでいるが、偉丈夫という訳でもなければ威厳のようなものも漂わせていないため、一般人が軍服に着られているようにしか見えない。
牢屋に入れられているのは、グラ・バルカス帝国の外交官ダラス・クレイモンド。それに向き合う軍服の男性は、堺である。
「貴様、我が国に品格がないと抜かしたか!?」
「実際ないじゃねえか、ここまで話聞かねぇ奴を外交官にした上、問答無用で戦争仕掛けてくるんだから。これを品格無しの野蛮人と言わずして何と言う?」
「や、野蛮人だと!?」
「それ以外にあんたらのことを表現する言葉は、我が国には無いな」
ちなみに堺は、普段ならこんな言い方はしない。どっちかといえば堺は平和主義のめんどくさがりなので、下手なことは言わないのである。
しかし、「毒舌スイッチ」が入ってしまえば話は別だ。温和な表情のまま、皮肉混じりの辛辣な毒舌をこれでもかと叩き付けるのである。
「しかも、一国を代表してしかるべき外交官が、この言い草か。ということは、外交官の育成システムか、又は成人全員を育てる学校教育システムが、根本から間違っているんだな。
他国の方々の考え方を理解する気がない、マイナス拾一万四千五百十四点。総合得点がマイナス10万点のボーダーラインを超えたため、グラ・バルカス帝国を精神未発達の野蛮極まりない国家と認定する。証明終わり」
「い、言わせておけば…!!」
自身が獄中の身であることも忘れて、ダラスは顔を真っ赤にして叫んだ。そのこめかみには、ミミズが這っているんじゃないかと思えるほど、見事な血管が浮いている。
「貴様、我が国を野蛮と抜かしたか!?」
「そうだが……それが何か?」
噛みつかんばかりのダラス、対して眉1つ動かさない堺。
「問題大有りだ!」
「ほう、ではどこが問題なのかな?」
「我が国は野蛮などではない! 最強の国家なのだぞ!
それに、今の発言は我が国の帝王、グラ・ルークス陛下に対する侮辱に他ならん!」
「最強? 聞いて呆れら、負けた時点で最強もヘチマもねーだろ」
堺はバッサリと切り捨てた。
「神にも等しい陛下をなお侮辱するか!」
「神、ねえ? なら、その神の教えが間違ってんだな」
「何だと!?」
「いいことを教えてやる、神だって間違えることはいくらでもあるんだよ。神話にだって、神が愚かしい失敗をやらかしてる場面が何度となく出てくる。ついでに…誰の言葉だったか忘れたが、神はいつだって間違えるし間違えた責任を人間に押し付けるもんなのさ。
はっきり言っとくが、お前が信じてるその教えとやら、我々は間違いだと気付いたよ。100年以上も前にな。だからこそ、お前らにこの世界を統治させる訳にはいかない」
一拍置いて、堺は付け足した。
「この世界をお前らに支配させるということは、言い換えればお前らにこの世界の命運を託すということだ。だが、お前らにその資格はない。だからこそ、我々は命を賭けて抗うのだ」
「何故だ! 黙って支配を受け入れれば良いものを! 永遠の繁栄が約束されるのだぞ!」
「その永遠の繁栄が、絶対に続かないと分かっているからこそだ。これ、誰が書いたか知らんけど、論理に大穴が開いてんぞ」
堺が突き出したのは、ムー大陸にて押収・解析したグラ・バルカス帝国の教科書の1つ「余が戦争」だった。
「この、他国を支配するという植民地化の考え方。ここからしてダメダメだ」
「どこがだ! それは帝王陛下がお書きになった書物だぞ! そのようなものに間違いなど」
「あんた頭トリなのか? 言ったろ、神だって間違えるものって。
他国を植民地化したは良いが、その他国から資源を吸い上げきっちまった後はどうすんだよ。何の旨味も無くなった土地を管理しなきゃならねえんだ、どう足掻いても赤字確定だろ。それを防ぐために、さらに他国を侵略して植民地化するのか? それこそただの問題の先送りだ、しかも軍事力も増強しなきゃならんから、余計にカネが溶けていくぞ。その果てに待つのは、歳出が多すぎて大赤字からの国家財政破綻のみ。どうやっても"永遠の繁栄"とはならん」
「………」
恐ろしいほど鋭い論説である。
「あと、世界平和を目指すのに用いる手段が戦争って、矛盾しすぎだろ。そんな阿呆なこと言い出す奴の話を誰が聞けるんだ」
「………」
徹底的なまでに、堺の毒舌が放たれる。
「それに、今はお前らごときに関わっている暇はない。ラヴァーナル帝国……この世界の方々は『古の魔法帝国』と呼ぶことが多いが、その国の復活に備えねばならないからだ」
堺のこの発言に、ダラスがまた噛みついた。
「ふん、古の魔法帝国だと? そんな古くさい国家、我が国の敵になるもんか!」
「あ? 敵にならない?
それはこっちの台詞だ。お前らごときでは、古の魔法帝国には絶対に勝てない。奴らの方が、装備が遥かに優れている」
「何だと!? そんなことあるはずがないだろう!」
「あるんだなぁこれが。
では聞こう、お前らの戦闘機は音を超える速度で飛べるのか?」
「そんなこと余裕だ!」
「でたらめを言うなトウシロ。絶対にできっこない」
ぴしゃりと撥ね付ける堺。
「何だと!? 何故そう言い切れる!」
「翼の形とエンジンを見れば、すぐに分かる。尤も、そんなこと聞いてくる時点で、自分たちの科学技術がだいぶ遅れていると自白しているようなものだがな」
「何!?」
実際、レシプロエンジンでは超音速は絶対に出せない。出力不足の問題もさることながら、ある一定の速度を超えるとプロペラの効率が悪化する問題も孕んでいるのだ。
それに、グラ・バルカス帝国軍の航空機はいずれも、主翼がテーパー翼(真横にまっすぐ伸ばした主翼)になっている。これでは超音速飛行に耐えられない。というのも、超音速で飛行すると機首部分から衝撃波が発生するからだ。その衝撃波が、テーパー翼を引きちぎってしまうのである。
これを防ぐためには、主翼を機体後方に向けて斜めに後退させる「後退翼」と呼ばれる主翼を採用しなければならない。それを知らない時点で、グラ・バルカス帝国の航空機が超音速飛行できないことが明らかとなるのだ。
「それからもう1つ。お前らの国には、百発百中で相手の航空機に当たる弾はあるのか? あるわけないな、お前らの航空機と戦艦を見りゃすぐ分かる。
古の魔法帝国は、今俺が言った2つのものを既に実用化しているんだ。そんな連中を相手にしては、お前らご自慢の戦艦も航空機も、瞬き1つする間に全滅してしまう。だからこそ、お前らにこの世界の命運を委ねる訳にはいかない。つまり、お前らの支配は受け入れられないのだ。
それに現時点でも、お前らの支配が受け入れられないことは既に証明済みじゃねえか」
「何だとぉっ!? ムー大陸の蛮族どもは我が国の支配を易んじて受け入れたんだぞ!! そんなはずが…」
「なら何故俺たちが反攻作戦を始めた途端に、あちこちで一斉にあんたらに反旗を翻す人々が現れたんだ? あんたの話じゃ説明つかねえじゃねえか。
どう考えても、あんたらの支配に不満しかなかったんだよ」
「うるさい!! そんなことが…」
「あるんだよ。ヒノマワリ、パルス、レイフォル…どこの人たちに話を聞いても、あんたらの支配に対する不満しか出てこなかったぞ。当たり前だ、人間扱いしねえんだから」
「我が国の方が技術が優れているんだぞ! 技術が遅れた連中など、蛮族と呼ばれても当然だろう!」
「なら、俺があんたを野蛮人呼ばわりしても構わんな? そういうことだぞ。何せ戦闘に負けたんだ、自分たちの技術か劣っていることの何よりの証明じゃねえか」
「………」
鋭い舌鋒の前に悉く反論を封じられ、ついにダラスが黙り込んだ。それでもなお肩を怒らせている。
そんなダラスを見て、堺は1つため息を吐いた。
「やれやれ、情けないものだな。高度な教育を受けているはずの外交官が、あろうことか知識や精神面で軍人や看護婦に負けているとは」
「なに?」
ダラスが怪訝そうな顔をした。
「看護婦、とは何だ?」
「軍人ってのは俺のことだが…ああ、知らなかったか。うちの軍の医務隊で、あんたらの国の看護婦が1人、働いてんだよ。まだ若いのに、ずいぶんと利発そうなお嬢さんだったな」
そう言いながら、堺はあの若い看護師の顔を思い浮かべていた。
少し時を遡る。
ダラスと話す1時間ほど前のこと、堺はレイフォリア近郊まで進出したロデニウス陸軍第13軍団司令部を訪れていた。部隊の状況を確認するためである。
「どうだあきつ丸?」
「提督殿、我が軍団の兵士たちはいずれも士気昂高、精鋭軍団たるに相応しいものを保ち続けております。ただ、『ばぐらちお』作戦開始から今までにおよそ2,300人の妖精と30輌近い戦車を失いました。それでも、それらの損害はおよそ回復し、まだ戦えるというところであります」
居ずまいを正して"あきつ丸"が報告する。
「分かった。ただ、故郷を遠く離れた地で長期にわたって戦い続けているから、精神的疲労は無視し得ないものになっているはずだ。和平交渉がまとまり次第、後続の部隊と交代してタウイタウイに帰ろう」
「そうでありますな。さすがに我が軍団にも故郷を懐かしむ声がちらほら、聞こえてきております」
口頭での報告を聞いた後、堺は"あきつ丸"と共に部隊の視察に向かった。直接目で見て状況を確認しようというのである。
その最中、「バグラチオ作戦」遂行中に負傷した連合軍の兵士や、捕虜となったグラ・バルカス軍の兵士を治療している医務隊を視察していた時に、堺はあることに気付いた。
「…ん? おい、うちの医務隊にあんな若い看護師いたか?」
ヒト族、エルフ、獣人などあらゆる人種が入り交じって働いている医務隊に、1人だけ明らかに若いヒト族の女性看護師がいたのだ。
「ああ、あの娘ですか。あいつは、ちとばかり事情がありまして」
堺の近くにいた、クロード・ヒューリックというエルフ族の回復魔導医師が教えてくれた。
「あいつは実はグラ・バルカス帝国人なんです」
「ん? だとすると捕虜ってことか? それにしてはえらく積極的に働いているが…」
「ええ、最初は捕虜になると思ったんですがね、彼女、俺たちと共に働くって言い出しまして。我々も半信半疑、何なら敵国人ってことで疑いの方が強かったんですが、ひとまず信じてやらせてみることにしたんです。
ところがまあ、あいつは下手な奴よりよっぽど優秀ですよ。若くて素直なのか、それとも頭が良いのか、知識も技術も片っ端から吸収してっちまう。そればかりか、人種差別てもんがないですね。グラ・バルカス帝国人はバキバキの人種差別主義者ばかりだと思ってたんですが、完全に俺たちの思い違いでした。今じゃ、人手がいくらあっても足りない俺ら医務隊において、彼女は立派な戦力の1人ですよ」
「そうか…捕虜転じて食客となったんだな。ちなみに彼女、いくつなんだ?」
「確か23って言ってましたよ。若いのに立派なもんです」
「23か、俺より若いのかよ。あんな女性がいるのなら、グラ・バルカス帝国人の更正の可能性も少しは期待できるかね…そしてやっぱり若さってのは大きな武器だな」
堺が好き勝手に論評していると、当の看護師が近付いてきた。
「ヒューリック師匠、こっちの方々の包帯は変えました…あれ、こちらの方は?」
「おう、お疲れさん。こちらの2人は軍人だよ。俺たち医務隊の上位組織にあたる、軍司令部の方だ」
堺も"あきつ丸"も、彼女のことを「賓客」と認識していた。2人は敬礼しつつ自己紹介する。
「自分は、ロデニウス連合王国陸軍第13軍団司令官を務めております、アキ・ツルマ少将であります」
「私は、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊司令官、堺 修一と申します。お初にお目にかかります」
そして、女性看護師の番となった。
「看護婦…間違えました。看護師のマキ・デルフィーノと言います。グラ・バルカス帝国出身です」
隠すことなく、素直に敵国出身だと明かす姿勢に、堺は好感を覚えた。
(ふむ…確かに素直なのかもな)
そこでマキが意外なことを言い出す。
「あの…お会いするのは初めてですが、お二人とも名前を知っていました」
「え、私の名を?」
「自分もでありますか?」
「はい。アキさんは、ここの人たちが時々名前を出していましたから。それでサカイさんについては、野戦病院に着任する前に軍人さんたちが噂してたんです。帝国海軍の誇る艦隊を破ったロデニウス艦隊、その指揮官がサカイという人だって…。
軍人、それも艦隊司令となると、結構年を取った人が多いんです。だから、サカイという人も、言うなればおじさんじゃないかと思ってたんですが、まさかこんな若い人だなんて…」
「いやいやいや、マキさんが言えた道理じゃないでしょう。まさか、こんなお若い方が最前線の野戦病院で働いているなんて思いませんよ。
女性に年齢を聞くのは失礼とは存じますが、マキさんおそらく20代、それも前半ですよね? その頃の私なんて、ただのいち小市民に過ぎませんでしたよ。そんな年代でこんな危険な場所へ働きに来るなんて、見上げた勇気です」
ただでさえ戦場という、安全とは対極の域にある職場である。さらに言えば、野戦病院に運ばれてくる患者といえば大抵は四肢切断一歩手前やら何やらの重傷患者か、赤痢だのマラリアだの敗血症だのの感染症患者、もしくはシェルショックを初めとする精神病患者に決まっている。その上、戦闘が続いている限り患者は半ば無限大に増えていくのだ。
おまけに、彼女はまだ若い。ということは、いわゆる「慰安婦」扱いされる可能性すらある訳である。
それらのリスクを犯して、あえてこんな地獄に踏み込んでいる辺り、マキは相当に倫理観ないし職業意識が高いのだろうか…と堺は考えた。
(っていうか、こんな戦場にわざわざ出てきたってことは、やっぱ職業意識高そうだな。反対に、だいたいめんどくさがる俺っていったい…)
微妙にダメージを受けている堺に、マキが口を開く。
「若いのに大変な仕事をしているのは、サカイさんもアキさんも同じでしょう。軍の司令官なんて、プレッシャーもすごいでしょうし。
それに比べたら、私はまだまだです」
「何を仰る、仕事に楽なものなんてありますまい。それに、マキさんの仕事はダイレクトに人の命に直結するものだ、その重圧は半端ではないでしょう?」
「それはそうです。でも、ここでは帝国の医学校の授業でも出てこない最新の知識や技術を学べますし、それを実技で身につけることもできるので、大変ですが楽しいんです。
それに、『命に色はない』って教えていただきましたし」
「命に色はない?」
「はい、ヒューリック師匠の受け売りなんです。最初はその言葉の意味は分からなかったんですが、今なら分かります。私たちは、国籍がどうとか人種がどうとかいう以前に『人間』なのだから、国籍や人種で差別して医療を提供することがあってはならない、って意味なんです。それを学べただけでも、ここで働けることには大きな意味があります」
話しているうちに、マキの口調は熱意を帯びてきている。それを感じつつ、堺も"あきつ丸"も神妙な表情で聞いている。
「私、やっと分かったんです。祖国がどれほど人種差別をしていたか、そしてそれが間違いであったということが。ロデニウスの人たちの『命に色はない』こそが、世界平和を招く上で大事なんじゃないかってことも。
だから私、この戦争が終わったら、いったん祖国に帰ろうと思います。そして、この国の医療技術と共にこの考え方を祖国に広めたい。本物の平和な世界を作るために…」
「………」
その若さからは想像できないほど崇高な夢に、堺はすっかり圧倒されてしまったのだった。そして、前途多難な途であろうともめげずに頑張ってほしい、と思ったものである。
「……というわけだ。あんたみたいな専門の外交官がこのザマなのに、あんたより年若く、しかも外交のがの字も知らん彼女が真理にたどり着いているのは、皮肉としか言えんな。
ま、あんたの考えはどうあれ、今ここに現実がある。このムー大陸であんたの国は敗れ、我々が勝者となった。敗者は黙って勝者の言うこと聞いとけ」
「………」
医療用メスより鋭い堺の毒舌で完全に沈黙させられてしまったダラス。そんな彼の前に、堺は1冊の本を差し出した。これは、ロデニウス外務省で使われている外交官育成用の教材である。
「というわけで、勝者として命じる。それ読んで外交を勉強し直しな。あんたもまだ若い、だから俺はあんたの軌道修正の可能性に賭ける。どうせ牢屋の中なんてやることなくて暇だろーが」
そして堺は踵を返した。が、歩きだそうとした堺にダラスが怒鳴る。
「こ、これで済むと思うなよ! 我が帝国の工業力、軍事力は圧倒的だ! 例え主力艦隊が1個壊滅しようとも、すぐに立て直して貴様らを破るだろう!」
その言葉に、堺はぴたりと歩みを止めた。そして振り返りながら言う。
「…そうだ、我々はこのムー大陸で勝ったが、逆に言えばそれだけだ。時が経てば、いずれあんたらの国は艦隊を揃え直すだろう。そういう意味じゃ、あんたの言葉は正しい」
「そうだろう! だったら…」
紡がれかけたダラスの言葉は、地獄の底から聞こえてくるようなほどに底冷えした声で遮られた。
「だから、ぐうの音も出ないほど叩き潰す」
雰囲気を一変させ、堺はハイライトのない瞳で言い放つ。
「古の魔法帝国…ラヴァーナル帝国の復活が間近に迫っている以上、これ以上戦争なんていう国力の浪費をしている暇も余裕もない。あの悪魔どものことだ、必ず我々の国もあんたの祖国も滅ぼし、全員等しく奴隷としてくる。確定で言い切れる。
だから喜べ、この戦争を最短の時間で終わらしてやる。俺たちのためにも、あんたらのためにもだ」
そして今度こそ、堺は牢屋を後にした。
実は堺としても、グラ・バルカス帝国を更正できるものならそうしたいのである。そうでもしなければ、延々と自分の仕事が増えていきそうな気がしたのだ。要するに、いつものめんどくさがり根性発動である。
マキやダラスを見てグラ・バルカス更正の可能性に賭けたい、という建前は立派かもしれないが、本音が残念なことになっている。
(仕方ねーだろ…これ以上仕事を増やされたら堪ったもんじゃねえわ! 俺は体の良い便利屋じゃねーんだぞ!)
残念な本音がダダ漏れの堺であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方その頃、グラ・バルカス帝国本土 帝都ラグナ。
帝都の一角を占めるニヴルズ城において、帝前会議が行われようとしていた。
帝前会議と名乗るだけあり、出席者は帝王グラ・ルークスを初めとして、
・帝王府長官 カーツ・エドモンズ
・帝王府副長官 オルダイカ・ヤルブ
・外務省長官ラウス・モポール
・外務省事務次官 パルゲール・ロジャース
・戦時外交局長 ゲスタ・カーレポンティ
・軍本部長 サンド・パスタル元帥
・帝都防衛隊長 セトレイ・ジークス中将(「帝国の三将」の最後の1人)
・産業経済庁長官 レンス・メルダース
・征統府長官 ゼシル・ローガン
他、国や軍の中枢達が顔を揃えている。
帝王府長官カーツが司会進行を努める。
「それでは帝前会議を始めます。
サンド・パスタル、今の惨状をどう考える! 報告しろ!!」
のっけからこの怒声である。
軍全体を管轄する本部長として、胃に穴が開きそうだった。握りしめた拳が小刻みに震えていることを自覚する。
「現時点では、ムー大陸再侵攻は不可能と言わざるを得ません。陸軍を運ぶ輸送船と、それを護衛する護衛艦隊はどうにかなりますが、敵艦隊を打ち払う主力艦隊がありません。東部方面艦隊でも、再建率は8割前後というところであり、しかも訓練が足りていません。以上より、ムー大陸への再侵攻は不可能です」
「何だと! 我が国がムー大陸に投じた資金はいったいどうなるのだ!!
それに、我が国の威信が地に墜ちてしまうではないか!」
帝王府長官カーツは怒りが収まらない。
「正直なところ、諦めるしかありません」
「しかしパスタル殿、現に我が国の経済には影響が出始めています」
レンスが口を挟んだ。
「一部の実業家や投資家からは、ムー大陸植民地の開発のために投資した金が返ってこなくなってしまい、その結果破産する者が出てきております。また、銀行もムー大陸植民地の開発のために多額の資金を融資していましたが、それがそのまま不良債権と化して経営を圧迫しており、中には閉鎖になってしまった銀行も存在しております。また、銀行が倒産したことで国民の間に経済不安が高まっており、一部では銀行から預金を引き出す動きが出ております」
グラ・バルカス帝国の経済体制はいつの間にか、植民地からの資源
「サンド・パスタル!! 軍の元締めがなんたる言いぐさか!! 貴様は帝国の誇りを失っているのかっ!!
そのような気概で勝てるとでも……」
カーツの咆哮は、ある男が手を挙げたことで中断された。
「カーツ、落ち着け」
グラ・ルークス帝王その人の発言とあっては、さすがのカーツも黙るしかない。
「サンド・パルタルは優秀な男だ。この男がここまで言うのだ。今は、ムー大陸を取り返すのは不可能なのだろう……。
軍を強化しつつ、今の経済体制を維持するしかない。各軍司令官に聴く、現在の体制はどうなっている?」
まずは陸軍総司令官ホワイト・グラント元帥が答えた。
「はっ、陸軍におきましてはアストラル大陸の防衛力を強化しております」
アストラル大陸というのは、ムー大陸とグラ・バルカス帝国本土の間にある大陸のことてある。
「アストラル大陸には既に20個師団が展開しておりますが、新たに15個師団を順次派遣しています。また、こうした部隊には2号重戦車ワイルダーを優先的に配備し、防御力を高めております」
2号重戦車ワイルダーは、グラ・バルカス帝国陸軍が初めて採用した重戦車だ。「201. 要塞ラテ・アルマイの戦い」にて説明にちらりと登場したが、性能や見た目は九五式ロ号重戦車に似ている。
数を揃えれば防御力は確かに上がるだろうが……残念ながらロデニウス軍やムー統括軍を相手にするには性能不足である。特にロデニウス軍のティーガー重戦車が相手では、鼻で嗤われながら叩き潰されるのがオチである。
「また、協力的な現地人を動員して警備部隊を編成した他、現地人を動員しての陣地やトーチカの建設などを行っております。陸軍からは以上です」
次は、海軍総司令官アルメダ・ホーキンス元帥の番である。
「海軍としては、本国艦隊の残存部隊に24時間警戒体制の指示を出した他、第1潜水艦隊の潜水艦109隻を各地に分散配置し、陸上の航空部隊と協力しての哨戒網を築いています。また、先ほどパスタル本部長の話にあった通り、東部方面艦隊は8割の再建率となっており、残りの再建と慣熟訓練を急ぎます。艦隊旗艦には、グレードアトラスター級3番艦『スーパーノヴァ』を当てる予定です。海軍からは以上です」
最後に、空軍総司令官ベックネ・ドゥラム元帥の番である。
「以前お話しました攻撃方法についてですが、攻撃部隊の編成と訓練が進んでおります。現時点で6個飛行隊が編成されており、これらの部隊は訓練を続けております。また今後も、攻撃部隊の編成を進めていく予定です」
「201. 要塞ラテ・アルマイの戦い」でちらりと出てきた"あの攻撃方法"…端的に言えば「神風特別攻撃隊」がついに編成されてしまったのであった。
「また、もし敵艦隊が襲来した場合には、超重爆撃機『グティマウン』等も投入し、波状攻撃によって敵艦隊を撃滅する予定です。空軍からは以上です」
こうして、グラ・バルカス帝国軍は近代化以来初めてとなる守勢に回ってしまったのである。
「それから、モポールよ」
「はっ!」
「外交面としてはどうするつもりだ? 奴らが外交交渉してくる可能性もあるだろう」
話を振られたモポールは、予め外務省上層部で話し合っていた答えを返した。
「もし奴らからの降伏勧告だった場合は、これを拒否します。ロデニウス連合王国は確かに強敵ですが、逆に言うとそれさえ何とかすれば後は大したことはありませんので」
「ふむ…分かった」
この時、帝王府副長官オルダイカが人知れず胸を撫で下ろしていた。
実はオルダイカは、帝国の兵器生産会社であるカルスライン社の上層部と癒着しており、兵器の生産に便宜を図る代わりに賄賂を受け取っているのである。そのため戦争が終わってしまうのは、彼にとっては問題なのだ。
こうして、グラ・バルカス帝国はまだ戦争を続けることを決めたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
同時刻、神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス。
国防省の一室にて、海軍の将星たちが集まって会議が行われていた。
「これが…!」
「はい。これが、新世代の航空魔導母艦…ドージオ級航空魔導母艦です!」
造船技官らしい男性エルフが、興奮したように顔を上気させて言う。
彼らがテーブルに広げた設計図には、1隻の空母が描かれていた。単胴の艦体に控えめな艦橋という点で、これまでのミリシアルの航空魔導母艦とは一線を画する艦であった。
ロデオス級航空魔導母艦のように、これまでのミリシアルの航空魔導母艦は万一の場合に敵艦と砲撃戦することを想定した設計がされていた。そのため、空母としての機能を持ちながら重巡洋艦級の主砲を持っていたものである。
しかし、ドージオ級は重巡洋艦級の主砲を省き、しかも双胴ではなく単胴に設計されている。ドージオ級の姿を簡単に説明すると、ロデオス級の胴体片側を再設計した全長230メートル、幅25メートルの艦体は、側面下側が膨らんだ構造になっており、右舷中央部に塔型艦橋があり、その前後に12.7㎝連装両用魔導砲を3基搭載している。そして、飛行甲板の縁には40㎜や25㎜の対空魔光砲がハリネズミのように搭載されている。第三世代イクシオン40㎜砲連装12基、アクタイオン25㎜連装砲10基という具合である。
速力は28ノット。搭載機数は50機である。初めての単胴空母としてはまずまず、というところだろう。
「しかし、何だか搭載機数が少なくないか?」
「それが何故なのか分からないんですよね…。ロデオス級の他にロデニウスの空母を参考に設計したのですが、どういうことなのか…」
「まあともかく、バルチスタの海戦で沈んだロデオス級を補充しなきゃならないんだ。とりあえずこれで建造を進めていこう」
頭を捻っている彼らだが、彼らは大きな間違いをやらかしている。
先ほどミリシアルの新型航空魔導母艦は、艦腹の下側が膨らんでいると説明した。彼らはロデニウスの空母を参考にこの構造にしたと言っていたが…実は「バルジ」と「タンブル・ホーム構造」を勘違いしているのである。
ロデニウス軍の空母も確かに下腹が膨らんでいるのだが、これはバルジといって艦体に後から外付けされた構造体である。それに対し、ミリシアル側はバルジを「外付けではなく、最初からそういう構造であった」と誤解して設計した結果、タンブル・ホーム構造に近い物になってしまったのだ。
タンブル・ホーム構造を採用した場合、喫水線より上の艦体が曲線によって絞り込まれる上に、下手に曲線を使ったことによって艦内にはデッドスペースが多数発生し、結果として艦内容積が減ってしまう。これに対処するとなると艦上構造物を上に積み重ねるしかない。そして、タンブル・ホーム構造は元々重心位置を下げることができる構造になっているのだが、そこに艦上構造物を縦に積み上げてしまった場合、トップヘビー待った無しとなってしまう。
このため、ミリシアルの新型空母は搭載機数が制限されると共に、燃料庫や補修部品格納庫と格納甲板が別フロアになってしまって使い勝手が悪い等の問題を抱えている他、トップヘビーのため浸水に弱い(つまり魚雷攻撃に弱い)のである。ミリシアル軍部やルーンポリス魔導学院がこの間違いに気付くのは、果たしていつになることやら…。
もちろん今回もネタがあります。ネタを一覧にしておきますが、どれがどれだかお分かりになりますか?
・神はいつだって間違えるし間違えた責任を人間に押し付けるもんなのさ
・減点した点数(マイナス八百十点、マイナス拾一万四千五百十四点)
とうとうアレを…特攻を制式採用してしまったグラ・バルカス帝国軍。米軍に襲いかかったカミカゼの恐怖が、今度は堺と艦娘たちに襲いかかるのか…。
そして出ました、ミリシアル面。紅茶飲んでるから英国人よろしくおかしな発想で兵器作ってしまうんだろ! ということで、新型空母を設計させたらこうなりましたとさ。
でもまさか、バルジとタンブル・ホーム構造を取り違えるなんてことある? と言いたくなりますね。
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さて、残暑もだいぶマシになってきましたが、それでもたまに思い出したように暑くなりますね。そういう時は人工的に涼しくなるに限る。でもクーラー使うには電気代がもったいない。じゃあどうする? GOする…のではなく。ホラーな話に限りますよね?
ということで次回『冬の怪談! オタハイト軍港の旧ドックの闇』 次回からはテイスティングがちょっと変わりますよ。