鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
ここまでいろいろと予想して下さった皆様、ありがとうございました。答え合わせのお時間です!
その深海棲艦の姫級めいた存在は、敵意と殺意をむき出しに堺たちに主砲を向けてきた。
こんな場所で、しかも艦娘1人いないところで深海棲艦モドキに出会すなど、堺たちにとっては悪夢でしかない。だが、今ここにいる戦力は堺自身と妖精12名だけだ。手持ちの武器だけで何としてでもこの姫クラスに対処し、活路を切り開かなければならない。
【カクゴッ!】
「てー!」
2つの叫びが重なった。
先手を取ったのは堺と妖精たち。10丁を超えるライフルが一斉に火を噴き、数珠繋ぎになった銃弾が深海棲艦モドキに殺到する。
カンカンカンッ!!
ところが、命中する手前で透明な板のようなものが出現し、銃弾は次々と弾き返される。
「くそっやっぱそうか!」
「そりゃ深海棲艦だ、装甲くらいあるわな!」
「リロード!」
予想はしていたが、やはり銃弾が通じないという現実を突きつけられてはショックでしかない。…と堺たちが思った、その時。
【ギィアアァァァッ! オノレェェッ!!】
何故か姫モドキがのけ反り、悲鳴を上げている。その胴体や腕には小さな穴が開き、そこから青白い液体がだらだらと流れていた。
「んっ?」
「あれって血か?」
「銃弾は弾かれたはずじゃ?」
逆に妖精たちの方が呆気にとられる。堺はある可能性に気付いて叫んだ。
「レーザー! 撃て!」
「りょっ了解!」
素早く、妖精の1人が「レーザー自動追撃銃」を構え直してぶっ放した。飛んでいった緑色の曳光弾が、相手の透明な板にぶつかり…パスパスと突き抜けて相手の身体に命中。姫モドキの苦鳴と共に、皮膚が裂けて青い液体が流れ落ちる。
「やっぱりか! こいつ装甲はそんなにない! レーザーと擲弾ならいける!」
希望が見えた。攻撃が通るなら、やりようはある。
「レーザーとグレポンを中心に攻めろ!」
「ハチキューはどうします!?」
「またぞろガイコツが現れるかもしれん、周辺警戒! それに、あの装甲をブレイクできたら通じる可能性あるしな!」
「なるほど、名案ですぜ!」
一時は順調に見えた雲行き。しかし、物事100%順調などあり得ない。
【ソレガシノ……シンメイナド、知ラセヌ!! シズメェッ!!】
「回避! 回避!」
姫クラスが、両肩に備え付けた単装砲をぶっ放したのだ。とっさに堺たちは左右に分かれて回避する。
ドオォォォンッ!
狙いを外れた砲弾は機関室の出入り口に弾着し、派手に爆発した。扉が木っ端微塵に吹き飛び、壁に大穴が開く。
「くっそ、派手に撃ちやがる! 艦ごと俺たちを吹っ飛ばすつもりか!」
愚痴りながら、堺は牽制がてら89式7.7㎜自動小銃をぶっ放す。相手の目の辺りを狙うことで、注意を引くつもりだった。
「撃て!」
号令と共に、2丁のレーザー自動追撃銃が火を噴き、短間隔で光弾を撃ち出した。姫クラスの装甲にバスバスと穴が開き、憤怒に歪む唇から苦鳴が漏れる。姫クラスの身体が前のめりに折れる。
その時、堺はちらりと見た。姫クラスの両肩付近にある主砲、その後ろに紡錘形の石のような粒が多数積まれているのを。
【グヌ……ヤラセハセンゾッ! シンメイヲ知ル前ニ、シズメェッ!!】
しかし姫クラスも黙ってはいない。主砲に続いて副砲を一斉射する。堺たちは辛うじて回避したが、ボイラー1基が直撃弾を受けて無惨な姿になった。
さらに、錆びた銃を持ったガイコツ兵がぞろぞろと沸き出す。ざっと50体はいるだろうか。この狭い室内では脅威である。
「1ブロック後退! 廊下に出て、船室を利用しながら戦うんだ!」
堺の指示を受けて、妖精たちが交代で退却に移る。
「撃ちまくれ、的には困らん!」
「リロード!」
「カバーする!」
「くそっ、これでも喰らえっ!」
ズドンと重々しい音がして、飛び出した40㎜擲弾が姫クラスにぶち当たった。激しい爆発音に混じって姫クラスの悲鳴が響き、飛び散った破片に貫かれてガイコツ兵が崩れ落ちる。
【オノレエェェェッ! ダガ無駄ナ足掻キヨ……シンメイヲ知ラズシテ、ソレガシハ倒セヌ!!】
リロードにかかった妖精たちをカバーすべく7.7㎜弾を前方にばらまきながら、堺は考えた。
(そういえばあいつ、さっきから「シンメイ」って言いまくってるな。シンメイって、何だ…?)
その時、レーザー自動追撃銃を持った妖精の1人が、堺の服の袖を引っ張った。
「司令! 私たちの弾も有限です…このままじゃジリ貧です!」
「分かってる! どうすっか考えてるところだ!」
「それなんですが…ヒントになるか分かりませんが、1つ案があります!」
姫クラスの放った砲弾が落下し、爆発が起きる。艦の床に大穴が開いた。爆風を回避しつつ、堺はそのヒントを聞こうとする。
「ヒントだと!?」
「はい! まず、深海棲艦は、いわば艦娘の亡霊みたいなもんですよね!?」
「そう言われてるな!」
「亡霊って要は、妖怪みたいなもんでしょう!?」
「言われてみりゃそうだな!」
「そこでです! 昔読んだ作品に、こんなことが書いてあったんです! 《名前は照準のようなもので、悪霊を祓う時にはその悪霊の名前を知ることが必要になる》…と!」
ここまで聞いて、堺ははっと気付いた。
「それじゃ、あの姫クラスがさんざ言ってる『シンメイ』ってのは…!」
「真名、つまり転移する前にこの艦に付けられていた名前…そう、おそらく地球式の名前でしょう!」
堺はすぐさま方針を定めた。
「ってことは、俺は今からこの艦の名前のヒントになるものを急いで見つけりゃ良いんだな!」
「そうです! 時間はこっちで稼ぎますから、急いで下さい!」
「よし分かった! 探してくる!」
どこにそんなヒントがあるのか分からない。そもそもヒントがあるのかすら分からない。だがやってみる価値はあるだろう。
万に一つでも可能性を発見したら、それを信じて冷静沈着に行動する。それが
「3班、提督の護衛にあたれ! 1班と2班はこのまま時間を稼ぐ!」
「行ってください、司令!」
「頼みますぞ!」
「分かった、ちょっとだけ頑張れ!」
「よぅし、こいつを喰らいな! 明石さん謹製スタングレネードだ!」
妖精の1人がタイミングを見計らい、手榴弾の安全ピンを抜いて投擲する。一瞬後、バァァン!と強烈な爆音が鼓膜をつんざき、太陽が出現したかと錯覚するような閃光が廊下を照らし出した。
【ギャアアアアアッ!】
スタングレネードで耳目をやられ、姫クラスが凄まじい悲鳴を上げる。その隙に堺は、隠れていた部屋から飛び出した。他の部屋を目指し一目散に廊下を走る。3人の妖精がそれに続く。その背後から、銃の連射音が追いかけてくる。
姫クラスと取り巻きの相手を妖精たちに任せ、堺は部屋の戸を次々と開けて室内を探す。だが、空っぽの部屋ばかりで何も見つからない。そればかりか、ダンジョンにお約束の"お仕置き部屋"…多数のガイコツ兵が配置された部屋を引き当ててしまい、扉を開けると同時に即戦闘になることも2回あった。
おまけに、甲高い砲弾の飛翔音が響く度に身を隠さねばならず、その上弾着時の震動やら飛散する破片やらに邪魔されて、思うように行動できない。
(くそ、どこだっ!)
焦りながらも、探索の手は止めない。
階段を上がって中甲板辺りまで進み、艦橋に上がる階段の近くの部屋で、やっとそれなりの調度品が残った部屋にぶつかった。執務用らしき机と椅子や棚、たんす、窓には赤いカーテン。歩いた時の足音の変化からして、カーペットも敷かれているようだ。
タクティカルライトの光では、残念ながら光量はあっても照らせる範囲が限られる。が、そんな狭い光の中でも、これらの品はかなり高品質のものであることが、何となく察せられる。
(ここって確か艦橋の真下辺りだよな。それにこの高級感…もしや艦長室か?)
軍艦の操艦には、艦長の癖が反映されるという。軍艦を人間に例えるなら、心臓は機関部、頭脳は艦橋、脚はスクリューだ。では、心は? …心となるのは艦長のいる場所、すなわち艦長室になるだろう。
(ここならヒントがあるかもしれん! 失礼ながら押し通る!)
妖精たちが必死に戦っているのを感じつつ、堺は急いで室内を物色する。棚やたんすの引き出し……何も入っていない。執務机の引き出し…一番上は空。
ドオオォン!!
「ぐっ……くっそ、少しは手加減しやがれ!」
激しい震動に足を取られ、床に倒れてしまう。愚痴りながらも、堺は素早く跳ね起きて引き出しを漁った。真ん中の引き出し…何か書類が入っている。
(これか!?)
書類を机に載せ、タクティカルライトで照らす。どうやら、この巡洋艦「ラ・ヴィネーヴ」が辿った艦歴を綴った書類のようで、1ページ目に年表が書かれ、2ページ目からは履歴書の如く細かい記載が見られる。が、どうにもヒントになりそうなものがない。
「ダメかっ……ん!?」
しかし、失望するには早かった。最後のページにたどり着いた時、堺の目はある文章を捉えた。大陸共通語で何か書かれている。
『本艦に関する重要な機密事項:本艦は北ムー國にて建造されたるに非ず。レーグ西方45㎞の沖合を漂流したるところを北ムー海軍に接収されたるなり。発見時には既に無人なるも、いずこかの國に所属したるものと見えて、艦名らしきもの描かれたり』
そして、その下に2つの名前らしきものが書かれていた。片方はこれである。
『Le côté du sillon』
(これは…フランス語か?)
あいにく、堺は「すまねぇ、フランス語はさっぱりなんだ」である。そこで、もう片方の名前らしきものに注目した。
(『ウ子ヒ』…それが、真名なのか?)
砲声と銃声と爆発音にせき立てられるようにして、堺は必死で頭を回す。
(読み方は何だろう。"うこひ"? "うしひ"? …いや、どっちもしっくりこない。だとしたら何て読む!?
だー畜生、こんなとこで深海棲艦と生身でやり合うとか、今日は厄日じゃねーんだぞ!! …んっ!?)
その瞬間、何かが脳裏を掠めたように堺は思った。
(今日は厄日じゃない…)
たった今自分が思ったことを反芻する。
(今日は何の日…ネノヒダヨー……あっ!)
ついに天啓を得た、と堺は確信した。
(そうかっ! 助かったぜ"子日"! これで読み方と、相手の真名が分かった!
まさか、伝説にもなってるあの艦だったとは…! ちくしょう、どうして今まで気付かなかったんだ、俺の知ってる艦じゃねえか!)
しかし、これで第一関門はクリアしたわけだが、堺は直感的に察していた。まだ、第二関門が残っている。
(さっきの妖精の話からすると、妖怪退治の際にはおそらく、相手に名前を告げなければならないはずだ。名前が照準だとすれば、定めた照準に向けて銃弾となる言霊をぶつける必要があるだろう。となると…あの姫クラスにこっちの話を聞いてもらう必要がある訳だ。……どうやって聞かせるんだ、問答無用でドンパチやってる中で?)
交戦中なのだから、どう考えても相手は冷静には程遠いはずだ。どうにかして話を聞ける態勢を作る必要がある。つまり…
(あの猛攻を突っ切って懐まで飛び込み、強烈なダメージを与えるか動きを拘束するかしなきゃならねぇのか…!)
とんだラスボスが残っていたものである。
(くそ…だが、やるっきゃねぇ!)
男たるもの、人生の中で一度は命を懸けなければならない瞬間が来るという。どこの作品で見た言葉か忘れたが、堺はその言葉自体は覚えていた。そして、今がその瞬間だと感じた。
(どうやって戦う? おそらく俺自身が奴の懐に飛び込む必要がある…そして飛び込む前に、奴の主砲だけでも破壊もしくは無力化する必要があるだろう。
そしてさっき見えた、あの紡錘形のつぶつぶ……あれは砲弾に違いない。何とかして奴の装甲をぶち抜けば、弾薬庫の誘爆を狙える。1基誘爆させれば、その近くにあるもう1つの砲も巻き込めるはずだ。だが、俺が持ってる擲弾は3発しかない…となれば、2発で仕留めるしかない。
使える場所は……そうだ、あそこにしよう)
ここまでの思考時間、わずか2.5秒。
「提督より総員へ、真名がどうやら分かった! これより戦力を統合し反撃に出る。戦況知らせ、送れ!」
考えをまとめたところで、堺はまず戦況を確認してみる。
『こちら1班! 2班と共に何とか抑えていますが、ガイコツが無限大に湧いてきやがります! 各班とも、そろそろ残弾が厳しくなってきてます! 現在は下甲板と中甲板を繋ぐ階段付近まで後退し応戦中! 送れ!』
「提督、了解した。3班を迎えにやる、総員最上甲板へ集合せよ。奴を倒す、
『1班了解、2班にも伝えます!
そして堺は、高鳴る胸を抑えるようにふうっと息を吐いた。
「神仏照覧…!
カシャカシャと乾いた音が近付いてくる。それに混じって、あまりに陰鬱かつ強大な気配も近付いてくる。堺は生唾を1つ飲み込んだ。
やがて彼の視界に、甲板に出てきた多数のガイコツ兵が現れる。いずれも堺に後頭部を向け、抜けかけの頭髪やボロボロの帽子らしき布で申し訳程度に覆われた脳天が見えていた。
複数の銃声が弾け、闇の中にマズルフラッシュが綺羅星の如く煌めく。3丁のレーザー自動追撃銃から放たれる弾丸が、緑の蛍光色の暴風と化して吹き荒れる。たちまち複数のガイコツ兵が被弾し、折り重なって倒れた。
ガシャガシャと崩れてゆく大小の骨。それらを踏み潰すように、人間のような形をした漆黒の巨影が赤い眼光を湛えて進み出る。
【オノレ…イマイマシイ…ニンゲンドモメッ!!】
どこかで聞いたようなセリフを放つその影。マズルフラッシュの瞬く方に主砲を構え、発砲しようとする。
……影から見て後部上方、艦橋の屋根の上に潜んだ堺に、山積みにした砲弾を無防備に晒したまま。
(当たれっ!)
祈りと共に、堺は引き金を引いた。ズドンと重い音がして、普通に愛銃を撃った時とは比べ物にならない強いリコイルが襲いかかる。7.7㎜弾ではなく、その銃身下部に装着した擲弾発射器から40㎜弾をぶち込んだのだ。ぶっ放した直後、堺は反動に痺れる腕を無理やり動かし、着けていた暗視装置を外した。
飛んでいった擲弾は照準過たず、姫クラスの左肩に設けられた2門の主砲のうち片方、その弾薬庫を直撃した。堺の見込み通り、この姫クラスは後方に装甲を展開させていなかったのだ。
鼓膜をつんざくほど凄まじい爆発音と衝撃波が艦を揺さぶり、赤い光がドックの闇を束の間駆逐する。
【アガアァァァアアァァァァッ!!?】
予想外の方向からの痛撃に、姫クラスが絶叫にも等しい悲鳴を上げる。巨大な爆発が粗方収まった時には、姫クラスの左肩付近にあった2門の25㎝級単装砲は爆砕され、残骸が炎に包まれて燃え盛っていた。その周辺の肌は炭化したかしてないかのレベルで真っ黒焦げになっており、ダメージの大きさが伺い知れる。
しかし、そんなことを気にする堺ではない。屋根に伏せて爆風を避けながら2発めの40㎜弾を装填し、素早く屋根から身を乗り出す。
火災炎によって周囲は明るくなり、暗視ゴーグルを使わずとも周囲の様子が分かる程度の明るさになっていた。その明かりの中で堺は狙いを定め…姫クラスの右肩の主砲弾薬庫へと40㎜弾を叩き込んだ。
大爆発と共に、再度姫クラスの絶叫が響く。それを聞きながら、堺は慌てず急いで擲弾発射器を取り外し、代わりにポケットから銃剣を取り出して銃身先端に装着した。そして姫クラスの位置と体勢を確認するや、屋根を蹴って空中へと身を踊らせる。宙に浮いた堺の身体は、一瞬後には重力に従って落下していき……
「せいやあぁぁっ!」
烈迫の気合いと共に、姫クラスの首筋に銃剣を突き刺した。同時に自身の身体を重りとし、全体重をかけて姫クラスを甲板に突き倒す。
【………!!】
喉を銃剣で貫かれ、姫クラスの悲鳴はもはや声になっていない。そこに妖精たちが一斉に駆け寄り、残っていたガイコツ兵を片っ端から掃討する。と、2人の妖精が銃を持たない丸腰で走り寄ってきた。彼女たちの狙いは…揚錨機構が壊れたらしく姫クラスの艤装からだらんと垂れ下がり、蛇のように鎖を伸ばして転がっている錨。
1人が姫クラスの両足を掴んで持ち上げる。重量3トン弱の酸素魚雷をバーベル代わりに筋トレしている妖精さんたちからすると、それくらいは造作もなかった。持ち上げられた両足に、もう1人が手早く錨を鎖ごと巻き付け、足の自由を奪う。その後2人はもう1本の錨を使って姫クラスの両手を縛り上げてしまった。
「ようし、形勢逆転だな!」
ほぼ完全に姫クラスの行動の自由を奪ったことを確信し、堺が1歩前に出る。姫クラスは何とか鎖を外そうとしているが、ガチャガチャと金属音が鳴るだけで、恨みがましそうな目で堺を見上げることしかできない。
ちなみに堺は、愛銃は持っているが銃剣が見当たらなくなっている。どうしたのかというと、刺突の際に無理に力がかかったせいか、銃剣は根元からポッキリ折れて姫クラスの首に刺さったままになってしまったのだ。
「手荒な真似をしてすまん。だがこうでもしなきゃ、話ができそうにないと思ったんでこうさせてもらった。悪気はない。
で、話ってのはあんたの言う『真名』についてなんだが……」
一度言葉を切り、深呼吸して堺は真名を告げた。
「南シナ海で消息を絶ち、どれだけ探しても見つからなかったと記録されていたが……こんなとこにいたんだな、
その瞬間、相手の動きがぴたりと止まった。
「いや、大昔の日本の軍艦は名前に『艦』と付けていたそうだから、正しくは『畝傍艦』か?
まあどっちでも良いや。要は、お前さんの真名には『畝傍』という文字が含まれてるんだろ?」
そう言う堺の傍らで、妖精の1人がはっとしたような顔をした。
「畝傍…!? 世に聞く、あの畝傍か!?」
「知っているのか?」
他の妖精が尋ねる。
「ああ、ちらりと聞いたことがある。大昔の日本の軍艦に、畝傍という艦がいたんだ。航海中だかにいきなり消息を絶ち、行方不明になってしまったと聞いてたんだが……まさか、この船がそうなのか!?」
「なるほどなー…あり得るかな」
その時、目を丸く見開き、顔に驚愕をありありと浮かべた姫クラスが、呟くように言った。
【何故ダ……何故、ソレガシノ真名ヲ……】
どうやら声を出せる程度には回復したらしい。この驚異的な回復力は、流石は深海棲艦としか言えない。
「やっぱりか」
納得したように堺は頷いた。
畝傍。それは、旧日本海軍や海上自衛隊の艦艇の中でも二度と付けられない名前を持った巡洋艦である。
竣工は明治19年(西暦1,886年)。フランスで生まれ、その後日本に回航される途上で行方不明になってしまった。シンガポールまで来た記録は残っているのだが、南シナ海にて突如として消息を絶ってしまったのだ。当時の日本のみならず、諸外国も軍艦を派遣して「畝傍」の捜索を行ったが、痕跡1つ見付けられず、今もなお何も見付かっていないという悲運の軍艦である。そしてこの経緯故に、畝傍という名前は「縁起が悪い」と判断され、日本海軍や海上自衛隊の艦艇には二度と付けられない名前になっている。
「さて、あんたの注文通り、俺たちはあんたの真名を当てた。今度はあんたの番だ」
まだ据銃の姿勢を取ったまま、堺は姫クラスに質問を放った。
「質問に答えてほしい。何故、こんな真似をしたんだ? あれだけ骸骨兵を差し向け、自らも砲を向けてきた一方で、真名を探させるなんて、あたかも俺たちを試しているかのようにしか見えん。これはどういうことなのか、納得できる説明が欲しいんだが」
床にうつ伏せに倒されたまま、姫クラスが質問に答え始める。
【……マタ…必要トサレタカッタノダ…】
「必要とされたかった? 誰に?」
【人類ニ……正確ニハ、コノ船ヲ動カシテイタ、カツテノ人々ニ。……少々長キ話ニナル】
「是非聞かせてくれ」
もちろんだが、興味を引かれぬ堺ではない。
【貴殿モ気付イテノトオリ、ソレガシハ欧州ハ仏蘭西デ生マレタ身。……ソシテ、大日本帝國ニ向カウ途中デ沈ンデシマッタ。《南シナ海》ナル海デ台風ニ遭イ、横波ニ煽ラレテ転覆シテシマッタノダ。
最新鋭ノ巡洋艦トシテ期待サレナガラ、何ラノ奉公モ果タセズ海ノ藻屑ト消エルノカ……嫌ダ、沈ミトウナイ…一度デ良イカラ、護国ノタメニ戦イタイ……シカシ、沈降ヲ止メラレズ、ソレガシハ絶望トトモニ沈ンデイッタ……。ソレカラ何ガ起キタノカ、今デモ分カッテオラヌ。気付イタ時ニハ、イツノ間ニカソレガシハ海面ニ浮イテイタノダ……地球トハ違ウ海ニ…。】
これを聞いて堺はすぐ察した。おそらくこの時に転移してしまったのだろうと。
同時に、今に至るも「畝傍」の痕跡が全く見付かっていないことについても納得した。そりゃあ転移してしまっていたのなら、痕跡1つ見つけられなかったとしても、何も不思議じゃない。
【回航ノタメソレガシニ乗ッテイタ乗員タチハ、皆イナクナッテオッタ……。オソラク死ンデシモウタノデアロウ…。身1ツデ地球デハナイ場所ニ放リ出サレタソレガシノ気分ハ、想像ニ余リアルデアロウ?】
「無論だ。迷子みたいなもんだからな…しかも地球に戻れる保証も無しと来た。これで心細く思わん方がおかしい。それで?」
【無人トナッタソレガシハ、無為無能トナリテ潮ノママニ漂流スル他ナカッタ。シカシアル時、見タコトノナイ旗ヲ掲ゲタ、外輪船型砲艦ノ艦隊ト遭遇シタ。ソシテ、ソノ国……ムー国ニ迎エラレタノダ…】
姫クラスの長い話をまとめると、当時のムー国海軍の艦隊に遭遇して臨検され、接収同然に港に曳航されたらしい。ちなみに、当時ムー国は「南北戦争」という内戦の真っ最中であり、北軍側に拾われたようだ。
当時の北ムー軍は、この謎の艦艇を訝しみながらも、「高速戦闘巡洋艦 ラ・ヴィネーヴ」と名付け、第一線級の戦力として編入した。その結果、「畝傍」は地球ではないこの世界で、願い通り護国のために働くことになったのだ。
しかし、黒船を思わせる機甲戦列艦、何なら通常型の戦列艦すら主力に数えていた当時の北ムー海軍において、畝傍改めラ・ヴィネーヴは文字通り最強の戦闘艦だった。敵たる南ムー海軍の機甲戦列艦どころか最新鋭艦すら凌ぐ18.3ノットの俊足に、旋回機構付き24㎝砲の絶大な火力を持ったラ・ヴィネーヴは、まさしく南ムー海軍にとって死神そのものだった。敵主力艦隊の撃滅作戦から軍港に対する艦砲射撃、果ては輸送船団襲撃作戦まで、ラ・ヴィネーヴはあっちこっちから引っ張りだこであり、八面六臂の活躍を見せていた。当時の北ムー海軍の記録によれば、ラ・ヴィネーヴの存在によって内戦が少なくとも半年は短くなったことは確実と言われたそうだ。
内戦が終結してからも、ラ・ヴィネーヴはムー海軍の技術参考艦にされたり、あるいは新兵の訓練艦として使われたりと、十二分なほどに奉公していた。ラ・ヴィネーヴの構造を参考にして建造されたラ・ホトス級巡洋艦は、今や巡洋艦ではなくなってしまったが、それでも護衛駆逐艦の1種としてムー海軍の裏方を支えている。
だが、どうやら転移時に死んでしまった乗組員たちの怨念のようなものが残っていたらしい。華々しい活躍を続ける一方で、ラ・ヴィネーヴとなった畝傍の艦内では幽霊騒ぎが頻発した。このため精神をやられて後送されたり、他の艦に乗り換えるクルーがかなりの数に昇った。艦長の在任期間が最大で2年、という数字が幽霊騒ぎの規模を物語っている。
そんなことを続けているうちに、畝傍の航海は終わりを迎えることとなったのである。
【ソレガシノ心臓……円缶ガ壊レテシモウテナ。当時ノムーノ技術デハ、ソレガシノ心臓ヲ直セナカッタ。輝カシイ戦歴ハ突然断チ切ラレ、ソレガシハドックトモドモ朽チ果テルヲ待ツバカリニサレテシモウタノダ……マダ、働キ足リヌトイウノニ……!】
長い長い話が終わった時には、姫クラスは
「なるほどな…それで、何とかして人を呼び戻そうとしたって訳か。だが、幽霊という方法はどうなんだ…? それしか方法がなかったのかもしれんが、人類にとっちゃ、とっつきにくいやり方だ。避けられちまうのも無理はなかったと思う」
そして今なら何となく分かる。堺たちが畝傍に乗り込んだ直後、ガイコツ兵と交戦した際に何故ガイコツ兵が対空機銃を使わなかったのか。おそらくは、艦そのものと共に霊体化してしまったため、転移時に元から艦に備えられていた兵装以外は使えなかったのだろう。だから後付けされたムー製の対空機銃を使わずに、わざわざノルデンフェルト1インチ機砲を使ってこちらを掃討しようとしたのだ。
全てを理解した堺は、「しかし、だ」と言葉を続けた。
「お前さんの気持ちはよく分かった。その上で尋ねる。畝傍…お前さん、うちに来る気ないか?」
【……ナヌ?】
意表を衝かれたか、すすり泣きが止まった。そして姫クラスがそっと泣き腫らした顔を上げる。
「申し遅れたが、これでも俺は海軍軍人、それも艦隊司令やってんだ。そして俺の国は……お前さんが護りたいと話していた、地球の国なんだよ」
その言葉に、姫クラスが目を丸くする。
【ナント…大日本帝國カ!?】
「正確には、その国号は使われなくなっちまったんだけどな。それでもお前さんの知ってる日本であることには変わらない。同じ国の人同士が、時間と空間を越えて出会うなんて、こいつは天照大神の起こした奇跡としか思えん。
ここに留まっていても、おそらく何も変わらんだろう。賭けてみないか? この奇跡に」
【………】
姫クラスの瞳が微かに揺れているのを、堺は見逃さなかった。迷っているのだろうか。だとすれば、もう一押しの必要性がある。
「あと、俺たちは将来的に、かなり悪逆無道な大国と戦争することがほぼ確定している。もし負けちまったら、俺たちは全員奴らに首枷を付けられ、男は労働奴隷か
単刀直入に言うが、畝傍、お前さんの力が欲しいんだ。国を、俺たちを護るため、最強とまで呼ばれた君の力を貸してほしい」
堺がそう言うと、姫クラスの様子が変わった。目はまだ涙に濡れているが、その瞳には強い光が宿っている。表情も引き締まり、胸に当てた右手の握り拳は微かに震えている。いい表情だ、と堺は思った。
【ソレガシハ、マダ……戦えルのカ…? ナラバ…戦イ、たい。国ヲ、国民ヲ、護るために…!】
「よーし、契約成立だ!」
堺は姫クラスのそばにしゃがむと、右手をすっと差し出した。
【ソレガシハ…ソノ手を、取っても…?】
「ああ。よろしく頼むぜ、畝傍」
姫クラスの右手が伸び、堺の右手に触れた。
その途端、姫クラスの身体から淡い白光があふれ出す。その光の中、姫クラスの身体が幻であったかのようにすーっと消えていく。ついには身体は完全に消えてしまい、それと同時に光も見えなくなった。ころりと音を立てて、姫クラスの喉に刺さっていた銃剣が転がる。
直後、ぽすん…と、自身の右手に何かが落ちたのを堺は感じた。銃のタクティカルライトで照らしてみると、右手に何かが乗っている。
それは、金色・銀色に塗られた2本のリベットと、金属質の光沢を放つ鋼色の歯車だった。歯車の表面には、何とも形容しがたい幾何学模様が描かれている。
それが何であるか分からない堺ではなかった。
「司令、これは……」
「開発資材……そして、畝傍のコアか」
堺は直感で察していた。これを用いて建造を行えば、艦娘となった畝傍が着任するのだろうと。
「なあ、あれだけいたガイコツ、どこいったんだ? 幻を見ていたかのように、全て消えちまってるぞ」
「そういえば、ポルターガイスト現象や禍々しい気配も消えたな」
妖精たちの話を聞いた堺は確信した。
「全て終わったな」
「これは終わりましたね。あとは…」
「その娘を連れ帰って建造するだけですか」
堺と共に戦っていた2人の妖精も、そうコメントする。そして堺は、折れてしまった銃剣を拾い、厳かに告げた。
「総員に告げる。あの深海姫モドキは何とか倒した。状況を見る限り、ミッションコンプリートと見なして良いだろう。これより合流し、この艦から退去する。帰るぞ!」
「「「了解!」」」
かくて、マイラスの落ち込みから始まったこの小さな騒動は、終わりを告げたのだった。
あの姫クラスがいなくなった後は、「ラ・ヴィネーヴ」…もとい「畝傍」艦内は初めから何事もなかったように静まりかえっており、艦を降りてドックに戻っても特に何事もなかった。それどころか、戦闘で破壊された装備類や、探索開始直後に落とされたタラップも、いつの間にやら全て元通りに直っていた。もちろん、情報収集部隊の妖精たちはドックを出る前に小さくなって堺の軍服のポケットに潜り込んでいる。
何事もなかったようにドックから出てきた堺は、マイラスに「金属音は何度か聞こえた」と報告した上で「古い艦であるからして、おそらく艦体の金属が劣化した時の軋み音の類ではないかと思う。少なくとも幽霊は一度も見なかった」と涼しい顔で述べた。もちろんこれは真っ赤な嘘であるが、堺はしれっとマイラスをやり過ごした。
その2日後、堺は第13艦隊主力が停泊するパガンダ島へ戻り、そこから"大和改二一九九"に乗り込んで空へと飛び立った。タウイタウイ泊地に一時帰還するためである。その目的は3つ。1つは、こちら側の戦況を報告すると共にタウイタウイ側の戦況を詳しく確認すること。1つは、和平交渉が失敗した場合に備えてムー派遣部隊の戦力を増強すべく、タウイタウイ留守番組から引っこ抜く艦娘を選定すること。そして最後の1つは…
(泊地に帰りつくまでの辛抱だ。もう少しだけ待ってろよ、"畝傍")
あのムーの巡洋艦で入手した開発資材(推定)を用いて"畝傍"を建造することである。
というわけで、皆様のご想像通り、幽霊船の正体…ムー海軍が「高速戦闘巡洋艦 ラ・ヴィネーヴ」と名付けて使っていた軍艦の正体は、旧日本海軍の防護巡洋艦「畝傍」でした。フランスで建造され、日本へ回航される途中で忽然と消えてしまった悲運の軍艦です。
現在に至るも、畝傍の痕跡は何一つ見付かっていません。その理由を、「転移してしまっていたから」と解釈した結果、このホラーテイストな話が出来上がりました。
ちなみですが、堺たち一行が戦ったあの深海棲艦の姫クラスには、ちゃんとスペック設定があります。それをここで披露したいと存じます。
深海図鑑No.220xi
『古代巡洋艦 未達回航姫』
名称の「回航」は「邂逅」も引っかけています。日本本土で待つ浪速型などの仲間たちに会えなかった…ということで「邂逅」も未達成な訳ですし。
Lv.1
艦種: 軽巡洋艦(なお、書類上は軽巡ですが、潜水艦に攻撃しないなど実際の挙動は重巡洋艦に近いです。なのになんで軽巡洋艦なのかというと、防護巡洋艦の後継が軽巡洋艦だからです。いわば防護巡洋艦は、軽巡洋艦の先祖な訳ですね)
耐久 300
火力 100/115
雷装 29/30
対空 0
装甲 50
搭載 0
速力 低
射程 中
装備 深海10inch単装砲、深海10inch単装砲、深海旧式6inch単装副砲、深海14inch単装魚雷
提督諸氏の皆様はこの数値を見ただけでお分かりでしょうが、はっきりと言います。こいつ、クソザコナメクジです。
いや、だってねぇ? 姫級らしく耐久はまあまあありますが、
・軽巡棲鬼やネ級改、果てはツ級flagshipにすら負ける火力
・駆逐艦イ級やロ級のelite型より低い雷装
・史実を考えれば仕方ないとはいえまさかの対空ゼロ
・flagship軽巡にも劣る紙っぺら装甲
・(隠しステータスですが)回避たった10、対潜と運に至ってはゼロ
・(浸水に弱いタンブル・ホーム構造の反映で)魚雷、艦攻、徹甲弾が特大の弱点(つまり強力な特攻がある)
という始末なので、最近のステータスがインフレしまくってる姫級どころか、昔の姫級(ダイソンとか空母おばさん、果ては泊地棲姫や南方棲戦姫)と比べてもクソザコナメクジとしか言えません。
もし実際に艦娘と戦ったら、
・火力の低い伊勢型改(改二にあらず)の徹甲弾あり弾着観測射撃でも、T字有利やクリティカル次第で一撃大破、最悪は轟沈
・潜水艦や雷巡の開幕雷撃の直撃で沈没してるか虫の息
・艦攻による航空攻撃だけでワンパンノックアウト
なんてことになるでしょう。クソザコナメクジと言わずして何というのか。
しかし裏を返すと、艦娘無しで相手取るにはヤバいくらい強力だということです。堺提督と妖精たち、よく生きて帰れましたね。
そして、あの未達回航姫は消え去り、代わりに手に入ったのが開発資材らしきもの。ということは、これを使って建造を行うと…?
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次回予告。
ムーでの幽霊騒動が終わり、タウイタウイ泊地へと久しぶりに帰還した堺。未だ続いている対グラ・バルカス帝国戦をどう戦うか、またそれより遠い将来を見据え、堺はどうするか考えを巡らせる。一方、ムーの巡洋艦で入手した開発資材の使い途は…?
次回『世の中答えのない問題が多いよね、どうやって解決する?』