鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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お待たせしました。正月特別編を除けば、今年最初の投稿です。
そして初っ端からいきなりドンパチです。

???「(グラ・バルカス)島がドンパチ賑やかになったらだ」



219. 「ラヴクラフト」発動! ラグナに響く呼び声

 中央暦1644年4月2日 午前4時、グラ・バルカス帝国本土近海 東方海域。

 まだ朝日も昇っておらず、海鳥さえも夢の中にいる時間帯。海を渡るのは静かな波の音と、気まぐれな海風だけ。

 しかし、そんな静かな海面を、突如として巨大な物体が横切った。そいつは高速で走っているらしく、切り裂かれた海面は大きなうねりを生じて左右に分かれ、物体の後方に太く長い航跡(ウェーキ)を引く。

 巨大な物体は1つだけではなかった。後から後から大小の同種の物体がやってきて、海面を割き波を突き崩して航行する。

 それらの巨大な物体は、煙突から黒煙を吐きながら30ノット近い速度で走る一群の艦影だった。いずれも金属でできており、無数の砲塔やマスト、艦橋で複雑なシルエットを形作ったものもいれば、甲板に何も載せていないかのように真っ平らなものもいる。どの船にも共通しているのは、16条の赤い光線を放つ太陽を描いた白地の旗をマストに誇らしげに掲げていることだ。

 

 ロデニウス連合王国海軍第13艦隊は、一路西に舳先を向けていた。その陣容は、戦艦14隻(航空戦艦2隻、宇宙戦艦1隻を含む)、戦艦空母1隻、航空母艦は大小合わせて17隻、重巡洋艦13隻(航空巡洋艦6隻を含む)、軽巡洋艦14隻(重雷装巡洋艦3隻を含む)、駆逐艦70隻、その他補助艦艇6隻、航空機総数1,293機(水上機除く)という凄まじい規模であり、これだけでこの世界のほとんどの文明国すら超える海上戦力が集まっている。1つの国と戦っても勝てるだけの戦力が、この1個艦隊に集められているのだ。

 

《ロデニウス海軍第13艦隊 グラ・バルカス帝国本土攻撃部隊の編成》

戦艦 (こん)(ごう)()(えい)(はる)()(きり)(しま)(なが)()陸奥(むつ)()(さし)、アイオワ、ビスマルク、イタリア、ローマ

航空戦艦 ()(そう)(やま)(しろ)

宇宙戦艦 ヤマト

戦艦空母 (あか)()

正規空母 ()()(そう)(りゅう)()(りゅう)(しょう)(かく)(ずい)(かく)(たい)(ほう)(うん)(りゅう)(あま)()(かつら)()、サラトガ

軽空母 (りゅう)(じょう)(しょう)(ほう)(ずい)(ほう)(じゅん)(よう)()(よう)

重巡洋艦 (たか)()愛宕(あたご)()()(ちょう)(かい)、プリンツ・オイゲン、ザラ、ポーラ

航空巡洋艦 ()(がみ)()(くま)(すず)()(くま)()()()(ちく)()

軽巡洋艦 (なが)()()()()()()()(くま)(せん)(だい)(じん)(つう)()()()()()()(しろ)()(はぎ)(さか)()

重雷装巡洋艦 (きた)(かみ)(おお)()()()

駆逐艦 ()(つき)如月(きさらぎ)弥生(やよい)()(づき)()(つき)()()(づき)(ふみ)(づき)(なが)(つき)吹雪(ふぶき)(しら)(ゆき)(はつ)(ゆき)()(ゆき)(いそ)(なみ)(うら)(なみ)(あや)(なみ)(しき)(なみ)(あかつき)、ヴェールヌイ、(いかずち)(いなづま)(しら)(つゆ)時雨(しぐれ)(むら)(さめ)(ゆう)(だち)(はる)(さめ)五月雨(さみだれ)(うみ)(かぜ)(やま)(かぜ)(かわ)(かぜ)(すず)(かぜ)(あさ)(しお)(おお)(しお)(みち)(しお)(あら)(しお)(あられ)(かすみ)陽炎(かげろう)不知火(しらぬい)(くろ)(しお)(おや)(しお)(はつ)(かぜ)(ゆき)(かぜ)(あま)()(かぜ)(とき)()(かぜ)(うら)(かぜ)(いそ)(かぜ)(はま)(かぜ)(たに)(かぜ)()(わき)(あらし)(はぎ)(かぜ)(まい)(かぜ)(あき)(ぐも)(ゆう)(ぐも)(まき)(ぐも)(かざ)(ぐも)(なが)(なみ)(たか)(なみ)(ふじ)(なみ)(おき)(なみ)(はや)(しも)(あさ)(しも)(きよ)(しも)(しま)(かぜ)(あき)(づき)(てる)(づき)(はつ)(づき)、レーベレヒト・マース、マックス・シュルツ、リベッチオ

潜水艦 ()8、伊19、伊26、伊58、伊168、伊401、伊13、伊14、まるゆ(と、別途行動中の()500)

その他補助艦艇 ()(みや)(あき)()(しま)(はや)(すい)(たい)(げい)(くし)()

 

 

 なお、現在位置はグラ・バルカス帝国本土の目と鼻の先というべき海域である。どうやってそんなところに堂々たる大艦隊を浮かべたのか、という話だが、別段難しいことでもない、実艦化した"釧路"の艤装に艦娘たちを人形形態のまま乗艦させ、ICBMよろしく宇宙空間から一気に降下してきただけのことである。

 その第13艦隊の各艦では、午前3時50分に「総員起こし」の号令とラッパが鳴り響いた。艦娘も妖精も全員が区別なく、バネ仕掛けの人形のように寝床から叩き起こされた。

 第13艦隊の司令官たる(さかい) (しゅう)(いち)中将も例外ではなく、時計の針が4時03分を差す頃には、彼は乗艦としている「宇宙戦艦ヤマト」の艦長たる艦娘"ヤマト"…"大和改二一九九"という方が分かりやすいか…と共に、食堂へと向かっていた。

 

「やれやれ…大事な作戦のためとはいえ、こうも早く叩き起こされるんじゃかなわん」

「文句言わないでください提督。この作戦を考えたのは貴方でしょうに」

「そりゃそうなんだが……ん?」

 

 食堂に入った瞬間、堺は目を細めて鼻をひくつかせた。食堂には、一種の刺激臭のような臭いがいっぱいに立ち込めている。まるで食堂の空気をそっくり入れ替えたかのようだ。だが、その刺激臭に不快なところは全く無い。むしろ目を覚まさせ、食欲をそそるものがあった。

 

「これはカレーか? だが、今日は金曜日じゃなかったはず…」

 

 首を傾げる堺の横で、"ヤマト"は口の端に浮かんだ笑みをそっと隠した。

 堺たちが着席すると、烹炊員の妖精たちが盆に乗せた皿を運んでくる。

 

「重要な作戦の第一歩ゆえに、是非勝利を掴んでいただきたいということで、本日は腕によりをかけた特製ヴィクトリー・ブレックファーストでございます。たんと召し上がってください」

「何だ、ヴィクトリー・ブレックファーストって?」

 

 堺の疑問に答える代わりに、主計長妖精は堺の前に盆を置いた。その瞬間、堺は声を上げた。

 

「おい、何がヴィクトリー・ブレックファーストだ? ただのカレーライスじゃねえか!」

「いえ、ヴィクトリー・カレーです」

「どこがだ…ん?」

 

 よく見ると、それはいつものカレーライスとは異なる形になっている。

 通常なら先に米飯を盛り付け、その上からカレールーをかけるだろう。だがこれは明らかに順序が逆だった。先に皿にカレールーを広げ、その上に米飯を盛っているので、茶色の海に浮かぶ白い島を思わせる見た目である。そしてその白い島の上に、ニンジンとジャガイモとタマネギと牛肉とトンカツと福神漬けで「必勝」と書いてあった。

 

「ただのカツカレーじゃねえか!」

「ですから勝つ(ヴィクトリー)カレーです」

「ダジャレかよ!」

「ゲン担ぎです」

「やれやれ…ってか量多くね?」

「腹が減っては戦はできません」

「朝っぱらからこんな入るかね…」

 

 大皿いっぱいに盛られたヴィクトリー・カレーは、少食の堺にはちょっと…いや、結構多い。しかもカレーライスだけでなくサラダも添えてあるのだ。堺にとっては戦闘前から試練である。

 ちなみに今この瞬間、第13艦隊のどの艦艇でも朝食にヴィクトリー・カレーが出されている。これは実は、艦娘たちや妖精たちが堺に黙ってこっそり打ち合わせた結果であった。先ほどの"ヤマト"の笑みは、この事情を知っていたが故だったのである。

 

「まあ良いや、それじゃ、いただきます」

「「「いただきます」」」

 

 朝早くからゲンを担ぎまくる威勢の良さとは対照的に、堺たちはかなり静かに朝食を摂り始めた。

 

「む、これは旨いな。程よいカレーの辛さで眠気が吹っ飛んでいく」

「このカツも良いですね。戦に勝つ!って気合が入りますね!」

 

 何だかんだ言いながら、大盛りのヴィクトリー・カレーをぺろりと平らげていく一同であった。そして堺も何とか食べ切った。

 堺たちが朝食を食べている間に、各空母では攻撃隊の準備が進められている。格納庫では妖精たちが慌ただしく動き回り、各機体に燃料や機銃弾、あるいは爆弾やロケット弾、魚雷を搭載している。そんな作業の様子を見ながら、空母艦娘"加賀"は手空きの妖精に尋ねた。

 

「準備はできたかしら?」

「あと少し、というかこの一箱で最後です!」

 

 妖精たちは、段ボール箱から封筒を取り出しては筒のような兵装に詰め込んでいる。

 

「よろしい、攻撃隊の発進には必ず間に合わせなさい」

「はいっ!」

 

 封筒を詰め込んだ筒は、「加賀」航空隊の新鋭艦攻…「AD-1 スカイレイダー」の主翼下に装着されていく。その隣では、重量800㎏の九一式航空魚雷改が胴体下に詰め込まれるところだった。

 そして午前4時30分、その号令がかかった。

 

「総飛行機発動!」

 

 号令と同時に空母の甲板に並んだ艦載機が一斉にレシプロエンジンを起動した。暖機運転のエンジン音が轟々と鳴り響く様は、まるで飛行機そのものが闘志を湧き立たせているように見える。

 10分ほどで暖機運転が完了した。

 

「全空母、風に立て!

これより『呼び声』作戦を発動する! 目標、グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ軍港、並びにラグナ市周辺の飛行場! 第一次攻撃隊、発進せよ!」

 

 堺の命令が伝わると、15隻を超える大小の空母が一斉に風上に向けて舵を切った。そしてトップスピードに乗ったところで、艦載機が甲板を蹴って空へと舞い上がる。

 最初は戦闘機だ。数的主力を担う「(れっ)(ぷう)二二型」が、出力2,000馬力のハ44-21発動機を唸らせて、まだ陽の光も差さない空へと飛び立つ。「瑞鶴」から飛び立つ「零戦53型((いわ)(もと)隊)」がそれに混じる。そして、昇り竜を思わせる矢状の光が夜空へと駆け上がっていく。これは、「赤城」から飛び立った「F-86D改 セイバードッグ」だ。その一方で、「サラトガ」からはビール樽に翼を生やしたようなごつい形状ながら、どこか俊敏な動きで飛び立つ機体がある。試作中の機体を無理やり量産して持たせた、「X-F8F ベアキャット」だ。

 続いて、艦上爆撃機と艦上攻撃機の番になる。重量800㎏の爆弾や魚雷を抱えた「(りゅう)(せい)」や「流星改」が、あるいは少数ながら500㎏爆弾を抱いた「(すい)(せい)一二型」や精鋭雷撃隊の「(てん)(ざん)」が、順番に空へと上がっていく。そんな中で1機種だけ、ノスタルジーを感じさせる固定脚の機体が飛び立とうとする。よたよたした動きを見せるその機体は、明らかに古い機体であった。だが堺はもちろん、艦娘たちや妖精たちの誰も、この旧式機を甘く見てなどいない。機体が古かろうと、それを操るパイロットは文字通りのバケモノだからである。

 空母「加賀」「翔鶴」「瑞鶴」の飛行甲板には、それまでとは違う野太いエンジン音が響いている。甲板に並んだ新鋭機…「AD-1 スカイレイダー」の発艦準備中だ。文字通り「月月火水木金金」の機種転換訓練をやった結果、どの部隊も1ヶ月で限界まで鍛えられ、機種転換は十分にできている。そんなスカイレイダーは、魚雷2本か爆弾3発を抱えているのだが、「加賀」の雷撃隊は魚雷の他に主翼下に円筒形の機構を吊り下げている。普段は電探欺瞞紙(チャフ)の散布に使うものだが、今はチャフではなく多数の封筒が詰め込まれていた。

 それは、以前(「204. レイフォリア攻防の前夜」参照)にグラ・バルカス帝国人捕虜に書かせた、家族や友人宛の手紙である。本来ならムー大陸での戦闘が終わった後に帝国に呼びかけて停戦交渉を行い、その際に帝国の外交官に直接手渡すつもりだった。だが、呼びかけを帝国に無視されたので無理やり届けてやろうとしているのだ。え、届け方? そんなもの、帝都上空で紙吹雪同然にばら撒くだけである。とりあえずばら撒けば、何通かは宛先に届くだろう、という目論見であった。

 なお、この郵便配達任務に駆り出されたのは最精鋭の飛行隊員妖精ばかりである。「確実に届けてほしい」という堺の強い意向を受けた結果である。技量の無駄遣い? ご尤もです。

 30分ほどの時間をかけて順次飛び立った航空機たちは、艦隊上空で集合すると密集隊形の美しい編隊を組んで、堂々たる進撃を開始したのだった。

 

 

 ちなみにだが…実はこの大規模攻撃隊の発進以前に「第零次攻撃隊」40機が先行している。その正体は何となく察しがつくだろう。

 

 

 中央暦1644年4月2日 午前4時35分、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ東端部 ラグナ軍港。

 軍港に併設された帝都防衛隊司令部の雰囲気は、完全にお通夜ムードそのものとなっていた。

 

「し…信じられん……」

 

 大晦日ということで酒を飲み、そのままいい気持ちで眠っていたところを電話と爆発音で叩き起こされ、それから帝都防衛隊司令部にとんぼ返りして詰めていた帝都防衛隊長ラーセン・ゲーニッツ少将は、上がってきた報告書を読んで執務机の椅子に崩れ落ちた。

 新年の夜中に突如発生した、たった1隻の敵潜水艦によるものと見られる襲撃…その一夜だけで、ラグナ軍港には凄まじい被害が出ていたのだ。細かく見ていこう。

 報告書(第一報)によれば、まず水上艦艇の被害は、オリオン級戦艦(金剛型相当)1隻、ペガスス級航空母艦(翔鶴型相当)1隻、スプートニク級軽空母(カサブランカ級相当)2隻、タウルス級重巡洋艦(高雄型相当)1隻、キャニス・メジャー級軽巡洋艦(5,500トン型相当)2隻、レオ級軽巡洋艦(阿賀野型相当)1隻、エクレウス級駆逐艦(陽炎型相当)3隻、ハレー級駆逐艦(秋月型相当)1隻、輸送船4隻、タンカー1隻が沈没又は大破着底した。なお、これらの艦艇には敵潜水艦を叩くべく魚雷艇が発射した魚雷によって誤射(フレンドリー・ファイア)されてしまった艦が含まれる。

 これだけでも信じがたいほどの大被害であるが、今回は港の中で沈没・着底した艦ばかりなのがミソだ。船が沈んだことでドックや埠頭が塞がってしまったところが多く、おまけにやられた船から流出した重油によって港湾機能が大きく麻痺してしまい、ラグナ軍港の収容能力はいつもの40%以下にまで落ち込んでしまっている。

 さらに、敵潜水艦は浮上砲撃したりロケット弾をばら撒いたりしていった。その結果、軍港の監視塔が砲撃で破壊され、軍港近くの石油コンビナートにあった石油タンクが砲撃とロケット弾によって大炎上。火の勢いが凄まじすぎて時間が経った今も消火すること能わず、何万バーレルの石油が煤と化したのか計算することもできない。また、敵潜水艦は適当な照準で発砲したらしく、特にロケット弾が市街地に落下しており、一般人にも死傷者が出ている。

 軍人たちの人的被害もバカにならない。オリオン級戦艦「アークトゥルス」は、敵潜水艦の魚雷が第2砲塔直下に命中した結果、弾火薬庫が誘爆して大爆発。艦体を真っ二つに裂かれた挙句、ほとんどひっくり返って着底してしまった。幸い乗員は半舷上陸しており、半数は生き残ったものの、艦にいた乗員は艦長を含めほぼ全員が戦死または行方不明。この戦艦を含む各艦の人的被害は、少なく見ても数千人に達する。

 そして、何にも増して最悪なことがあった。帝都防衛隊と本国艦隊の威信を賭けて追撃戦を行ったにも関わらず、これほど大胆不敵な真似をした不届きな敵潜水艦には逃げられてしまったのである。しかも、浮上砲撃までされた挙句逃げられたのだ。隠しようもない大失態である。

 

 敵潜水艦に対しては、すっかりしてやられたと言わざるを得ないだろう。何しろ警戒厳重な帝都の軍港に忍び込み、これほど派手な戦果を挙げた上でまんまと逃げおおせたのだ。あまりにも大胆不敵で鮮やかな手並みである。

 事実は小説よりも奇なり、とは往々にしていう話だが、これほど奇怪な事実がまたとあるだろうか。グラ・バルカス帝国の下手な仮想戦記の三文小説でも、こんなことは書かれたことがない。それを、正体不明の敵潜水艦は事実として行ったのだ。

 帝都の港を襲撃され、多くの艦をやられ、石油タンクは大炎上、港湾機能は麻痺し、軍人どころか一般人にも被害が発生、おまけに敵潜水艦には浮上砲撃までされた挙句逃げられた。これまで連戦連敗が続いていたものの、帝都の安全だけは確保していたグラ・バルカス帝国軍の威信は、完全に地に堕ちたのだ。

 

「我が事終われり……」

 

 ゲーニッツは消え入りそうな声で呟いた。それと同時に、彼の手から滑り落ちた報告書が微かな音を立てて執務机に落下した。

 帝国軍は甘い組織ではない。こんな大失態をやらかした者を帝都防衛隊長の職に留める訳がない。査問会にかけられた後の予備役編入が関の山だ。

 

ドオォォン…

 

 遠く爆発音が聞こえる。コンビナートの石油タンクが爆発したようだ。

 爆発音の残響と共に、自身の栄光のキャリアが消えていくようにゲーニッツには思われた……。

 

 

 午前4時57分、グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ中心部 王城ニヴルズ城。

 そろそろ日の出を迎えるということで、当代帝王グラ・ルークス……本名ルークス・ベルガ・フリュム・ヘリラ・レーゲルステイン・ハバルト・フォン・グランデリアは、ニヴルズ城のバルコニーに出てきていた。今日は中央暦でいうと4月2日なので妙な感覚に陥りそうだが、グラ・バルカス帝国の暦では今日が正月なのである。そのため今日の日の出が初日の出である。

 なお、グラ・ルークスは実は他の皇族よりもだいぶ前に起きている。というのは、午前1時頃に帝国軍本部からとんでもない報告が飛び込んできたからだ。

 

『帝都の軍港が襲撃されている』

 

 それが第一報であり、グラ・ルークスの意識を覚醒させるには十二分の威力があった。せっかくの新年の夜ではあったが、これでは寝るのは無理である。

 その後はしばらく執務室に籠って情報を集めていたのだが、どうやら敵は去ったらしいということで、小休止である。

 東の空が少しずつ白んできている。

 

「そろそろ初日の出か……」

 

 グラ・ルークスが呟いた時、

 

「父上」

 

 後ろから声がかけられた。彼が振り返った先にいたのは、なかなか背の高いがっしりした体躯を持つ、「美丈夫」という表現がぴったりな男である。彼の名はカバル・エルーエ・ルキ・フォアデム・ハローバ・エリドル・フォン・グランデリア。縮めてグラ・カバル、皇太子である。

 

「カバルか。お前も初日の出を見に来たのか?」

「そうです父上。輝かしい新年を祝うのは当然ですよ!」

 

 ちなみにグラ・カバルは、今年こそ帝国が世界全土を制圧することができると信じているタチである。なお、彼の元には帝都襲撃は知らされていない。

 

「あ、もう上がってきますよ」

 

 東、地平線の辺りから白い光線が見え始める。

 

「うむ、眩しいな」

「ええ、帝国の栄光のようですね!」

 

 その瞬間のことだった。

 

ドガアァァァァン!!

 

 全く別の方向から、白ではなく赤い光が差し込んだ。遅れて爆発音が轟き、2人の鼓膜を震わせる。

 

「「!?」」

 

 グラ・ルークスとグラ・カバルが驚く暇もなく、爆発は帝都ラグナの郊外で連鎖する。

 さらに、空にも複数の火球が出現し、消えていく星々と入れ替わるように夜明けの空を飾り立てた。

 

「こんな新年に事故とは、新年だからと兵士たちが弛んでいるのか!?」

 

 グラ・カバルが憤る。

 

「いや、違う!」

 

 既に「ラグナ港、敵潜水艦に襲撃さる」の報告を受けていたグラ・ルークスは、気付いていた。

 

「敵襲だ!」

「えっ!?」

 

 ラグナ郊外には、飛行場の他に複数のレーダーサイトがある。それらが攻撃を受けたのだ、とグラ・ルークスは直感した。

 また、新年とはいえ帝都の上空哨戒は変わらず行われている。つまり帝都の空をある程度まとまった数の制空戦闘機が飛んでいるのだ。空中で発生した火球は、その戦闘機がやられたのだろう。

 

「避難するぞ、急げ!」

「ち、父上!?」

 

 未だ状況の飲み込めていないグラ・カバルを、グラ・ルークスの大きな手が引っ張った。

 しかし、2人の避難を阻止せんとばかりに轟音が響く。

 

ゴオオォォォーッ!!

 

 爆発音ではない。その手の音とは全く異なる、不思議な轟音だ。

 

「何だ、この音は?」

 

 グラ・ルークスが呟いた時、暗闇に紛れてそいつの姿がちらりと見えた。

 まだ暗いため全貌は不明瞭だが、グラ・バルカス帝国軍が現在配備しているどの戦闘機とも異なる、異形の姿。プロペラがなく、全体に丸みを帯びて胴体が太く、主翼が斜め後方に向かって生えるという、アンタレスなどとは根本から違う機体。後部から2本の青白い炎を吐き、アンタレスなど比較にならない高速であっという間に飛び去っていった。

 

「何だあれは…!」

「ち、父上!? 今のは…今のは、航空機なのですか!?」

 

 大混乱に陥る2人だった。

 

 

 同時刻、帝都防衛隊 第17レーダーサイト。

 この数字だけ見ると多数のレーダーサイトが設置されているように思えるが、何のことはない、10番台を対空レーダーサイト、20番台を対水上・低空レーダーサイトの番号として割り振っているだけである。10番台が全部で10基、20番台が4基設置されている。

 そんな第17レーダーサイトで、新年だというのに当直を命じられて死んだ目をしてレーダースコープ画面を見ているのは、ヒス・ボーバル伍長である。

 

「ったく、なんで新年にまでこんな仕事せにゃならんのだ…。眠い…酒飲んで寝たい…」

 

 そんなヒスの恨み節と眠気を、強烈な爆発音が吹っ飛ばした。

 

「なっ、何だ!?」

 

 完全に叩き起こされたヒスが飛び上がると同時に、外で見張りをしていた同期のボウ・マクマスター伍長が駆け込んできた。

 

「ヒス、大変だ! レーダーサイトが次々爆発してる!」

「何だって!?」

 

 ヒスは仰天したが、ボウはそれ以上にとんでもないことを言い出した。

 

「今すぐ電源落とせ!」

「は!? 電源落とせって…!?」

「あーくそ面倒だ!」

 

 言うなり、ボウはブレーカーを落としてしまった。真っ暗になった部屋の中で、ヒスとボウは怒鳴るようにやり取りする。

 

「おいボウ! 何すんだ! 敵襲なんだろ!?」

「おそらくな!」

「じゃあなんで電源落としたんだ! 敵を探知しなきゃならんだろ!」

「考えてみろ、俺はさっきレーダーサイトがやられてるって言ったよな?」

「ん!? 言われてみれば…まさかレーダーサイトだけやられてんのか!?」

「そうだ! ならば、レーダーだけ特定する何かで攻撃してるって分かるだろ!」

「レーダーだけ特定…まさか電波か!」

 

 グラ・バルカス帝国には、大日本帝国が持っていたような逆探(逆探知装置)は存在しない。これは単純に、これまで帝国が相手してきた敵にレーダーを開発・配備できた者がいなかったから、という理由である。

 ただ、ヒスにも何となく分かった。レーダーだけに攻撃しているのだとすると、電波の発信源を特定して攻撃しているのではないか、と。

 どうやっているのかは定かではないが、恐ろしいことこの上ない。

 

「そう、だからこうして電波を止め……」

 

 ボウが言い終える前に、凄まじい轟音と火球と爆風が荒れ狂い、ヒスとボウをレーダーアンテナのある建屋ごと吹き飛ばした。

 

 ところで、読者の皆様はお気付きになっただろうか。

 ヒスが爆発音で覚醒する前、レーダースコープには何も反応が捉えられていなかった。そう、グラ・バルカス帝国側では、帝都に接近する脅威を探知していなかったのだ。

 無理もない、相手は23世紀目前地球の戦闘攻撃機だったのだから、レーダー対策としてステルス性をきっちり持たされている。機体やミサイルから反射される電波は非常に小さく、そのためレーダー手たちは気付かなかったか、気付いてもよくあるノイズだと考えてしまい、帝都に迫る重大な脅威を見落とした。

 そして、レーダーを切るというのは、初歩的な対レーダーミサイルに対しては有効な手段である。初期の対レーダーミサイルは、発射時に指定された電波の飛んでくる方向に向かっていくだけだったため、レーダーを止めるとあっさり外れてしまったのである。が、23世紀目前の地球で作られ、慣性誘導を始めとする高い技術を詰め込まれたミサイル相手にそんな手が通じる筈もなく、レーダーを切ったためにヒスとボウは何が何だか分からないまま地獄まで吹っ飛ばされる羽目になったのだった。

 ラグナの新年の空を震わせたのは、ロデニウス海軍第13艦隊の宇宙戦艦ヤマトから発進した「99式空間戦闘攻撃機 コスモファルコン」40機である。先行して12機がグラ・バルカス帝国本土上空に高高度から侵入し、ステルス性を活かしてレーダーサイトと飛行場の位置を確認。データリンクでそれらの情報を得た後続の28機…全てがステルス性低下と引き換えに主翼と胴体にミサイルを計8発搭載の「ビーストモード」になっていた…が、レーダーの走査範囲外から一斉にミサイルを放ち、レーダーサイトと飛行場の滑走路、それに哨戒任務中の戦闘機を残らず吹き飛ばしたのである。ついでとばかりに、帝都の沖合の小島に設けられた泊地にも、ミサイルの目標を定めて撃ち込んでいる。

 長さ3,000メートルにも達する立派な滑走路には、ご丁寧にも250メートル間隔でミサイルが撃ち込まれ、直径15メートル深さ5メートル以上の巨大クレーターでぶつ切りにされる。そればかりか格納庫と燃料タンクにもミサイルが命中して、一帯は既に火の海と化している。そして、小島の泊地にいた駆逐艦などの哨戒艦艇も、1隻残らず海底に叩き込まれていた。

 第一撃のミサイルが着弾し始めると同時に、先行突入隊の12機も動き出した。この12機のうち、ミサイルを持っているのはわずか4機に過ぎない。残りの装備はバラバラで、通常爆弾やナパーム弾、果ては魚雷を持っている。それら8機のうち、抵抗翼付爆弾を抱えた1機と魚雷を持った2機が翼を翻し、内陸部へと飛んでいく。港の近くにある河口から川を遡上し、中流にあるダム…つまり水力発電所を潰そうという魂胆だ。そして最後の5機は、帝都近郊にある巨大な火力発電所とそこから伸びる高圧線に向けて、持ってきた通常爆弾やナパーム弾を斟酌も遠慮も一切無しに叩きつけた。

 石油火力発電所は各種爆弾の一斉着弾で瞬く間に炎の海に沈み、業火の中で石油への引火による爆発が繰り返し起きている。伝承に伝わる火炎地獄(インフェルノ)が顕現したかのようだ。そこから少し離れたところには、家並みを押し潰して高圧線の鉄塔が力無く崩れ落ちている。

 そしてここで、引き上げを開始したコスモファルコン隊に代わって、ロデニウス軍の第一次攻撃隊主力が到着した。その先陣を切る「F-86D改 セイバードッグ」のコクピットで、「必勝」の鉢巻きを巻いた妖精が叫ぶ。

 

「ハッピィニュウイヤァァァァァア! 東の果てからわざわざ新年の挨拶に来てやったぜ! 泣いて喜べ!」

 

 傍迷惑な挨拶回りである。

 

「雑煮の代わりにこいつを喰らいな!」

 

 軍港に聳える立派なガントリークレーンを狙って、妖精は発射ボタンを押した。機体の下腹からロケット弾が次々と飛び出し、クレーンに命中して爆発する。金属的な轟音を残して「セイバードッグ改」が通過した時には、根本を吹っ飛ばされたクレーンは大きく傾き、ドックに倒れ込むところであった。

 

「朝のナパームは格別だけど、朝のロケットもなかなかオツなもんだぜ!」

『正月の朝っぱらやいうて寝ぼけとんちゃうぞコラァ!』

 

 何故か関西弁の妖精が、飛行場付近の対空陣地にロケット弾をお見舞いしている。

 

『来客に挨拶もしねぇ無礼者どもにはこれじゃあ! 鬼は外ォ!』

ドドドドドドッ!

 

 基地の兵舎だろうと一般市民の住宅街だろうとところ構わず、12.7㎜機銃をぶっ放す妖精までいる。

 

『お前それ節分だろ! 正月じゃねえよ!』

『うるせぇ! 日本の旧暦じゃあ節分は正月なんだよ知らんのかタコ!』

 

 好き放題言い合い、時にやらかしながらも、妖精たちは攻撃の手を緩めない。1つの目標を攻撃するついでに次の目標を定め、機体を翻して潰しに向かう。

 遅れて突入した「流星」シリーズや「AD-1 スカイレイダー」も、軍港や飛行場基地、それらの近くにある対空砲陣地、あるいは軍司令部などを狙って攻撃を始めていた。

 第一次攻撃隊が思い思いの目標を襲撃している頃、加賀航空隊の艦攻隊の一部隊は編隊を組んで市街地上空に差し掛かるところだった。

 

「こちらゴート1。ゴート各機、準備良いか?」

『ゴート2よし!』

『スリー同じく』

『フォー!』

『ファイブ!』

「よし…射出はじめ!」

 

 ラグナ市街地上空を飛ぶ5機のAD-1、その主翼下に着けられた装置が作動した。詰め込まれていた大量の封筒が空中に放り出され、ひらひらと舞いながら市街地へ落下していく。

 なお、山羊(ゴート)という部隊コードではあるが、彼女たちに手紙を食べる気はない。

 

「せっかく書いてもらったんだ、何としても届けたい。グ帝の一般市民の皆さん、あるいは郵便配達員の方か……あんたらには苦労をかけるが、後は配達よろしくな」

 

 市街地を見下ろすゴート1の妖精は、どこか優しい目をしている。しかしそれも、手紙の射出が終わると同時に消え、任務達成を期した強い眼光に席を譲る。

 

「ゴート1、配達完了。各機状況報告せよ」

『ゴート2、コンプリート!』

『ゴート3終わりました』

『ゴート4同じく』

『ゴート5、今終わり!』

「よし、手紙は届けたな。次は魚雷を届ける番だ!」

 

 これでもまだ、ゴート隊は腹に2本の魚雷を抱えたままなのである。

 そしてゴート隊の郵便配達任務が完了するのと時を同じくして、1機の「彗星」艦上爆撃機が王城と思しき大型施設の中庭に爆弾を投下した。見事に中庭に吸い込まれた爆弾だったが、爆発しない。それもそのはず、この爆弾はガワだけで、火薬も信管も付けられていなかったのだ。そして地面に叩き付けられてひしゃげた爆弾の弾体頭部が外れ、内部に入れられた書類らしきものが僅かに顔を覗かせていた。

 

 ゴート隊の配達が終わった頃、攻撃隊からだいぶ遅れてようやくラグナ港を臨む位置まで到達した飛行隊があった。その飛行隊が使っているのは、液冷エンジンの轟音を響かせ、突き出た固定脚と逆ガル翼を持った機体…「Ju87C改」である。機体の速度自体が遅いのと、大荷物を腹に抱えていたために到着が遅くなったのであった。

 だが、この精鋭部隊…いや、「魔王部隊」に捧げられるべき獲物は、きっちりと残されていた。

 

『おいガーデルマン、あれを見ろ!』

 

 その隊長機…「シューベルト1」の後部座席に座る妖精"エルンスト・ガーデルマン"は、機銃のロックを解除したと同時に、伝声管を通じてコクピットに座る妖精"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"に声をかけられた。何事かと振り返った妖精ガーデルマンははっとした。

 海面に、巨大な艦影が1つ見える。港からの脱出を図っているようだが、港湾内に停泊したままでまだ動いていないように見える。

 妖精ガーデルマンの知るどの戦艦よりも一回りは太い横幅。都会の高層ビルを思わせるすらりとした艦橋。その前方に見える三連装の主砲2基。

 艦影識別リストを(はん)(すう)するまでもなかった。

 

「グレードアトラスター級戦艦だ!」

 

 そう叫んだ瞬間、妖精ガーデルマンは次の展開を察してしまった。そしてその通りになった。

 

『あいつをやるぞ!』

「…っ! 了解っ!」

 

 こいつならこうする、というものである。

 

『シューベルト1(アインス)よりシューベルト全機! 目標、グレードアトラスター級戦艦! 後続の天山隊が来る前に俺たちだけで仕留めるぞ、続け!』

 

 ちなみに妖精ルーデルは、本気で急降下爆撃だけでこの怪物戦艦を沈めるつもりである。

 かつてソ連の戦艦「マラート」を1トン爆弾による急降下爆撃で真っ二つにして以降、妖精ルーデルは「急降下爆撃だけで戦艦を沈められる」という学説を提唱し、それを実践すべく戦ってきた。深海棲艦に対しても、鬼・姫級やレ級はともかく、ル級やタ級の戦艦なら急降下爆撃で撃沈した実績を持っている。

 今回は、その学説が真理だと証明する絶好の機会であった。何せ相手は戦艦としては最高傑作と言える大和型戦艦のそっくりさんだ。撃沈は容易なことではない。だが、それを沈めれば、この上ない証明になる。

 

(何としてでも仕留める!)

 

 妖精ルーデルが考えているのはそれだけである。

 妖精ルーデルは以前から、大和型戦艦を沈めるための作戦を立てていた。そしてどうにか形にし、シミュレート上では成功させた。だが……その戦法は控えめに言って「狂気の沙汰」である。簡単に言えば、前部艦橋を掠めるように垂直急降下で突っ込み、高度400メートルというギリギリのところで1.8トン徹甲爆弾を投下、第一副砲の砲塔天蓋をぶち抜いて揚弾機を破壊し、そのまま副砲弾火薬庫まで爆弾を落下させて炸裂させる、というものである。第一副砲の弾火薬庫の誘爆、そこから主砲塔の弾火薬庫の誘爆に繋げてこの超巨大戦艦を真っ二つにしてやろうというのだ。

 控えめに言って狂気の沙汰、という理由がよく分かるであろう。はっきり言えばこの戦法、初代デス・スターの反応炉の排熱ダクトにプロトン魚雷を投げ込むよりも難しい仕事なのだ。それも、これをフォースの加護無しでやれというのだから、無茶無謀ここに極まれりである。

 しかも投下して命中したとして、もし爆弾が不発だったら? 爆発しても副砲弾火薬庫の誘爆エネルギーと炎が主砲塔弾火薬庫まで届かなかったら? 不確定要素が多すぎるのである。

 

 それでも妖精ルーデルは、この一撃を成功させることに全てを賭けていた。

 

 接近する30機のシュトゥーカに対し、グレードアトラスター級戦艦の艦上に小さな閃光が複数走った。

 

「出迎えだな」

 

 妖精ルーデルの呟きにやや遅れて、空中に炎が沸き黒煙の花が咲き始めた。敵戦艦が対空砲を撃ってきたのだ。

 

『こちらシューベルト17! 第3シュタッフェル、先に行きます!』

「シューベルト1了解。フィール・グリュック!」

 

 「武運を祈る」という妖精ルーデルの激励を背中に受けて、第3シュタッフェルに所属する7機が前に出る。魔王閣下の突入前に、少しでも対空砲を討ち減らそうというのだ。いわば露払いである。

 

『こちらシューベルト24。我らこれより突入す!』

 

 第3シュタッフェルより少し早く、第4シュタッフェルの7機が急降下に入った。グレードアトラスター級が撃ち上げる対空機銃の中を突っ切り、サイレンに似た甲高い音を鳴らしながら突っ込んでいく。

 

『なあおいルーデル!』

「どうしたガーデルマン?」

 

 不意に、伝声管から妖精ガーデルマンの声が飛び出してきた。

 

『敵の対空射撃、下手くそじゃね?』

「む?」

 

 言われてみれば、敵艦の対空砲火は激しいのだが当たっていないようだ。急降下に入った第4シュタッフェルも、まだ1機も撃墜されていない。

 

「言われてみればそうだな。どういうことだ? 敵さんVT信管持ってんだろ?」

『そのはずだがな。信管の工作精度が落ちてんのか、乗員が技量未熟なのか…』

「どっちでも良い、行くぞ!」

 

 第4シュタッフェルの各機は既に爆弾を叩き付け始めている。既に5発命中、1発至近弾の戦果が出ていた。そしてここで初めて、ルーデル隊から被撃墜機が出る。爆弾投下寸前の6番機が左の主翼をもぎ取られ、次いで爆弾に被弾したのか大爆発を起こして散ったのだ。その爆炎を突っ切った7番機が、見事に敵艦の後部艦橋に爆弾をぶち込んでいる。

 

『シューベルト17、これより攻撃! これより攻撃!』

「ようし俺たちも行くぞ! 第1シュタッフェル、俺に続けっ!」

『こちらシューベルト8! 隊長、合わせますぜ! T型定規やります!』

「おう、任せた!」

 

 T型定規作戦。2つの飛行中隊(シュタッフェル)による連携攻撃戦術で、片方は敵艦の艦首方向から、もう片方は敵艦の舷側から、それぞれ突入することで急降下爆撃の命中精度を上げる戦法である。今回はルーデル直率の第1シュタッフェルが敵艦の左舷方向から突入し、第2シュタッフェルが敵艦正面から突っ込むのだ。

 対空砲火が百花繚乱の如く咲き乱れる中、第3シュタッフェルの攻撃が終了。2機の犠牲と引き換えに6発の爆弾を命中させ、敵戦艦は左舷中央を中心に黒煙を噴き上げて燃えている。対空砲火は幾分弱まったが、敵戦艦は依然として激しく対空砲火を放ってくる。さすがは戦艦の王者、というべき光景である。

 

「よし、ここだ! 最適降下点、突入開始!」

『頼むぜルーデル!』

『胸のすくような爆撃をお願いします!』

 

 ついに、妖精ルーデルが急降下爆撃に入った。高度3,500メートルからの降下開始である。

 

『3,200……3,000……2,800……』

ゥゥゥゥウウ……

 

 シュトゥーカ特有の逆ガル翼が大気を割き、「ジェリコのラッパ」と呼ばれたサイレンのような音が鳴り始めた。そのまま鋼鉄の島めがけて突っ込んでいく。

 

(そう、このサイレンだ! グ帝諸君よく聞け、これが我らの印だ!)

 

 飛んでくる対空機銃の弾を弾き飛ばさんばかりに、シュトゥーカはほぼ90度の角度で…自由落下と間違わんばかりの急降下で突っ込んでいく。

 

『2,000! 1,800! 1,600!』

ウウウウウウー!!

 

 高度を読み上げる妖精ガーデルマンの声も、高まるサイレン音に負けまいともはや怒鳴り声になっている。

 

(あと、少しで…!)

 

 強烈なGにより、妖精ルーデルはもう失神しかけている。視界はほぼ真っ黒になりかけており、視野の中央に微かに副砲の輪郭が見えているだけだ。

 

『1,000!』

 

 その時、妖精ルーデルの脳裏に不思議な声が響いた。

 

《フォースを使え》

 

 果たしてその声が本当に聞こえていたのかどうかは、定かではなかった。ただ1つ確かなことなのは、妖精ルーデルは正確に高度400メートルで爆弾を切り離し、全力で操縦桿を引いて引き起こしをかけたのだった。

 

 

「敵機多数、急速に接近!」

「撃て、撃ちまくれ! 戦艦に急降下爆撃機だけ差し向けるなんて舐めた奴らだ、叩き落としてやれ!」

 

 報告と怒号が、グレードアトラスター級戦艦3番艦「スーパーノヴァ」の艦橋を飛び交う。

 惑星ユグドにおいてもこの世界においても、前線で大活躍しグラ・バルカス帝国の威光を示し続けてきた戦艦「グレードアトラスター」。「スーパーノヴァ」は、その偉大なる姉に続けとばかり、「ブラックホール」に続く姉妹艦として誕生した。

 しかし、グレードアトラスター級戦艦はグラ・バルカス帝国に数ある戦艦の中でも特に金食い虫だった。そのためさすがの帝国も、本級は3隻しか建造できず、加えてロデニウス連合王国との戦いの中で急激に消耗した空母戦力の回復が優先されたため、本級は3隻だけで建造打ち切りとなってしまっている。

 そして現在、「スーパーノヴァ」はグレードアトラスター級の中でただ1隻の生き残りだった。長女「グレードアトラスター」は大東洋で、次女「ブラックホール」はムー大陸沖で、それぞれ撃沈されてしまったからである。

 帝都ラグナを守るべく、そして自身の身を守るべく、「スーパーノヴァ」は対空戦闘を開始した。高角砲の発射音が響く中、艦長レーナ・ディアトリクス大佐(名前からお察しの通り女性である)が声を枯らす。

 

「機関、出力はまだ上がらないの!?」

『あと5分お待ち下さい!』

 

 機関室からは機関長が電話で返事する。

 まだ就役したばかりなだけあって、「スーパーノヴァ」の乗員は艦に慣れておらず、動きが拙い。さらに、敵機はサイレンのような甲高い音をかき鳴らしながら突っ込んできており、それによって乗員が焦ってしまって余計に動きが鈍い。

 

「くっ、このままじゃ(なぶ)り殺しにされるだけよ…!」

 

 帝都にまで侵攻してきた以上、敵は練度も胆力も相当に高いはずだ。動かない艦に爆弾を命中させるくらい、造作もないだろう。

 それを証明するように、先駆けで突っ込んできた急降下爆撃機が爆弾を投下し、爆発音と共に地震のように艦が揺さぶられる。

 

『左舷中央部に2発被弾!』

『第9高角砲損傷!』

『対空機銃3基損傷! 死傷者多数!』

「対空砲、何してる! さっさと撃ち落とせ!」

 

 レーナが怒鳴っているが、これでも乗員の方も必死なのである。

 しかし、そんな必死の迎撃も空しく、敵機は1機を撃墜しただけで、逆に5発もの爆弾が「スーパーノヴァ」に叩き付けられた。さらに、6発目の爆弾が命中する。

 

『後部艦橋に被弾! 予備射撃指揮所、応答無し!』

「くっ…残りの敵機は!?」

『本艦を狙っています! 敵機は固定脚の機体なので旧式機だと思われます!』

「固定脚ですって!? 完全に舐めてるじゃない…!」

 

 固定脚、つまり着陸脚が突き出たまま飛んでいる航空機は、例外無く旧式機である。

 空気力学的には、流線型に近い物体の方が飛行時の速力を出しやすい。つまり、あまり突き出た物がない方が速く飛べる。このため、地球では第二次世界大戦期から着陸脚を胴体に収納できるようにするのはもちろん、爆弾や魚雷も胴体に格納する形の機体が作られていった。

 そこから考えると、固定脚の機体は古い機だと言わざるを得ない。

 

「不遜な敵機なんぞさっさと落としなさい!」

 

 レーナの怒声は、乗員の気持ちの代弁そのものだっただろう。

 しかし悲しいかな、気持ちが急いてもウデはどうにもならない。なかなか敵機は落ちないのだ。そして敵機が急降下する度に、ピカピカの新鋭艦だった「スーパーノヴァ」は次々と傷付けられていく。

 

『後部甲板に被弾! 火災発生!』

『第4高角砲大破! 砲員は総員戦死の模様!』

 

 艦橋に飛び込む報告の声も、だんだん悲痛さが増してくる。

 

『敵編隊、離脱します! 爆弾命中10発以上、被害甚大!』

『新たな敵急降下爆撃機編隊、本艦に接近! 数、8機が2個編隊!』

「艦長より機関、始動まだか!」

『定圧まであと2分!』

「急ぎなさいっ!」

『敵機、直上! 急降下ぁー!』

 

 見張員の絶叫が飛び込んできた。それを塗りつぶすように、敵機が放つサイレンのような音が大きくなってくる。

 

「早く! 早く落とせぇぇぇぇ」

 

 レーナの命令も、もはや喚き声と変わらない。

 

『敵機さらに近付く!』

『何だあれは!? 垂直に急降下してきている!』

『駄目だ、対空機銃の照準が追いつかねえ!』

 

 電話を通じて乗員の悲鳴が聞こえる。

 その時、昼戦艦橋の窓の目の前を、翼を広げた影が過ぎった。同時に、ちょっとした岩のような黒い物体が落ちていくのも見えた。

 

「っ!? 今のは…!」

 

 我を取り戻したようにレーナが叫び、他の艦橋要員の中にも目を見開く者がいる。

 次の瞬間、激しい音の割に小さな震動が伝わってきた。そして一拍遅れて、それまでの衝撃を遥かに上回る激震が艦橋を襲うと同時に、艦橋の窓が一面白光に染められた。

 

「……!」

 

 身体が軽くなるような感覚を感じた直後、悲鳴を上げる前にレーナの意識は暗転した。

 

 

「やった…か……?」

 

 海面すれすれを飛ぶ「Ju87C改」。その機内で操縦桿を全力で引きながら、妖精ルーデルが呟くように言う。

 急降下によるGのせいで、妖精ルーデルの視界はほぼ真っ黒だ。それでも海面にぶつからずに飛んでいるのは、ルーデルの卓越した技量と鋭い高度感覚の賜物である。

 と、伝声管から妖精ガーデルマンの早口の叫びが聞こえた。

 

『グレードアトラスター級、派手に爆発している! ありゃ1トン爆弾の炸裂だけじゃない!

あっ、さらにでっかく爆発した……何てこった、信じられん! 主砲が派手にぶっ飛んだぞ!

やった! ありゃ撃沈確実だ!』

 

 妖精ガーデルマンが見たもの。それは、グレードアトラスター級戦艦が突然大爆発を起こし、三連装主砲塔の1基がびっくり箱のように飛び上がるところだったのだ。

 妖精ルーデルが投下した1.8トン徹甲爆弾は、照準過たず「スーパーノヴァ」の第1副砲塔に真上から命中。砲塔の天蓋をぶち抜いて中に飛び込んだ爆弾は、自重と運動エネルギーに物を言わせて揚弾機を力任せに破壊した後、ホールインワンしたゴルフボールのように揚弾筒内に落下。そして弾火薬庫に到達したところで遅延信管が作動し、爆発した。

 次の瞬間、15.5㎝副砲弾とその発射装薬がいっぺんに誘爆した。大量の火薬の爆発により生じたエネルギーは、艦内を席巻し脆弱な箇所を破壊して回り、弾火薬庫の隔壁を歪ませた。そして、副砲弾と装薬の誘爆で生じた大火災は、消火の暇もないまま隔壁を炙り、歪んだ隔壁が高温になって…隔壁の向こう側にあった第2主砲塔弾火薬庫、そこに積まれていた発射用装薬を刺激してしまった。

 1発の装薬の爆発は瞬く間に伝播し、数百発に達する46㎝砲弾とその装薬はあっという間に、連鎖的に爆発した。その膨大なエネルギーは、重量2,800トンもの第2主砲塔を空中高く吹き飛ばし、そして竜骨すら損傷させ……「スーパーノヴァ」の艦体を真っ二つに断ち切った。艦名通りの大爆発である。

 これだけでも既に「スーパーノヴァ」は死に体だが、そこにダメ押しとばかりに第1シュタッフェルの後続機が爆弾を投下。それらは「スーパーノヴァ」の艦体前部を中心に命中した。必死の形相で対空機銃を撃っていた機銃員たちが機銃ともども爆砕される。高角砲の1基が爆発と共に吹き飛ばされる。揚錨機が破壊され、派手な金属音を立てて錨が鎖を引きずって海に落ちる。

 最後まで攻撃を続けていた第1シュタッフェルの生き残り6機(1機撃墜された)が飛び去った時、「スーパーノヴァ」は激しく炎上しながら艦尾と艦首を空に向けてもたげ、急速に沈降していった。その沈降は途中で止まり、炎に包まれて鋼鉄の松明と化した前部艦橋がやや左に傾いたまま海面から突き出た格好となって着底する。

 

『や…やった! ルーデル、やったぞ! グレードアトラスター級戦艦を、急降下爆撃だけで仕留めたんだ!』

 

 かなり早口で捲し立てる妖精ガーデルマンであるが、それも無理はないだろう。

 

「ふ……」

 

 呟くように笑い、妖精ルーデルは少しずつ愛機を上昇させていく。もう爆弾がないのだから、対艦・対地攻撃の手段がないに等しい。シュトゥーカの航続距離の短さと速度の遅さも考えれば、そろそろ戦場を離脱する必要があった。

 

 

 グレードアトラスター級戦艦3番艦「スーパーノヴァ」がルーデル隊の攻撃を受けている頃、ラグナを北に離れた内陸部を飛行する3つの影があった。いずれも青く塗装されており、太いながらも流線型の胴体から生えたデルタ翼、そして青白い炎を吐く双発ベクタードスラストは、それがコスモファルコンであることを雄弁に物語る。

 

「アロー1よりアロー全機へ、そろそろ目標だ。攻撃隊形を取れ!」

『アロー2ラジャー』

『アロー3、ウィルコ!』

 

 3機は縦一列に並び、川を遡っていく。その狙いは…

 

「アロー1、目標視認。爆弾槽開け!」

 

 川を遮るように作られた、白い壁のような構造物。ダムである。

 ダムとダム湖の上を飛び越えながら敵の様子を把握するアロー隊の3機。敵が未だこちらに対応しきれていないことを確認するや、反転してダム湖の湖面すれすれまで降りてくる。

 魚雷や爆弾の投下に適した速度に調整するためスロットルを一気に落とし、揚力を稼ぐ目的でフラップを下げる。正面に飛び出したHUD(ヘッドアップディスプレイ)の中で、聳え立つダムとの距離を示す数字が減っていく……やがてダムがロックオンされ、そして照準円が赤く光った。

 

「投下!」

 

 アロー1の下腹から2発の爆弾が飛び出す。直後、コスモファルコンはあっという間に音速を突破するまで加速しながら上昇し、ダムを飛び越えていった。それよりやや遅れて、ダム湖の湖面を水切りの石のように跳ねてきた2つの黒い物体が、ダムに突き刺さって爆発する。

 その時には、アロー2とアロー3が魚雷の投下に踏み切っていた。湖面に4本の白い線が現れ、やがてダムの陰に吸い込まれるように消えた。

 

 

 グラ・バルカス帝国中部電力会社所管・オラーク水力発電所に勤める職員ピーター・マディガンは、正月出勤になってしまったことを愚痴りつついつもの点検業務に精を出そうとしていたが、ダムの管理事務所から点検用トンネルに向かおうとしたところで、空を切り裂く凄まじい轟音に仰天する羽目になった。

 

「何だありゃ…!」

 

 ダムのすぐ上を、白と青に塗装された航空機らしきものが3つ、高速で突っ切っていったのだ。プロペラがなく、雷鳴のような轟音と共に尾部から二筋の青白い炎を吐き出しており、帝国の戦闘機などではないのは確かだ。

 

「まさか、敵…なのか? 帝国本土に侵入している!?」

 

 ピーターが愕然としている間に、ダムに詰めている守備隊の兵士たちが大慌てで対空火器に取り付く。

 オラーク水力発電所の中心設備であるダムには、その周囲に高射砲2基が設置されており、またダムの堤体のてっぺんには口径20㎜の対空機銃が5丁設置されている。ある程度の対空防御が可能だ。それらの兵器の安全装置が解除され、砲口が敵機へと向けられようとしたが。

 

「な…速い! 速すぎる!」

 

 敵機はあっという間に飛び去ってしまった。かと思うと戻ってきて、ダム湖の湖面を嘗めるような超低空を飛んでくる。

 

「撃て! あの不遜な敵機を叩き落とせ!」

 

 号令が飛び交い、対空砲が一斉に火を噴いた。だが、当たらない。弾着の水柱は全て敵機の後方に流れている。

 対空砲火の中、敵機は下腹から爆弾を切り離すと、一気に加速して突っ込んできた。その主翼の付け根に発射炎が煌めく。

 ダム堤体のてっぺんに設けられていた機銃の1つに、敵機から放たれた機銃弾が殺到した。次の瞬間、機銃の銃身に火花が散ると同時に兵員たちの頭部が消滅したり、あるいは身体をバラバラにちぎられてグロテスクな戦死体に変えられる。敵機の轟音が過ぎ去った時には、対空機銃は見るも無惨な姿になっていた。

 

「ひいぃぃ!」

 

 目の前の残酷な光景に腰を抜かしたピーターがへたり込んだ時、爆発音と共にダムが大きく揺れた。

 

「敵機の爆弾が当たったぞ!」

「ダムの被害は!?」

「分からん、見えん!」

 

 他の職員たちが、柵から落っこちんばかりに身を乗り出している。ピーターはまだ動ける状態になかった。

 その時、兵士たちが叫び声を上げる。

 

「後続の敵機が来るぞ!」

「叩き落とせ! これ以上近付かせるな!」

「敵機、爆弾投下…いや違う!?」

「魚雷だ!」

「まさか奴ら、このダムを破壊する気か!」

 

「!?」

 

 弾かれたようにピーターは立ち上がり、堤体を走った。様子を確認しようとしたのだ。

 ピーターが柵から身を乗り出すのと、敵機が魚雷を投下するのと同時だった。

 

「あ、ああぁ」

 

 震えるピーターの唇から、何とも言えない声が漏れる。その視線の先、湖面に白い筋が現れ、するするとダムに向けて伸びてきていた。やがて、雷跡はダム堤体の陰に消えた。

 次の瞬間、雷が落ちたような大音響と共に真っ白な太い水柱が2本、高々と噴き上がった。

 

「うわあぁぁっ!」

 

 柵から身を乗り出してダムの被害を確認していたピーターの同僚が1人、バランスを崩し悲鳴を上げてダム湖に落下していった。他の職員や兵士たちも、魚雷命中の衝撃に足を取られている。そこに立て続けに、3機めの敵機が投下した魚雷が命中した。

 

ドゴオォォォン!!

「うぐっ!」

 

 足を掬われて転倒するピーター。その時、爆発音とは異なる異様な音が聞こえた。

 

「何の音だ?」

 

 顔を上げたピーターの前で、ダム堤体に大きなヒビが走り始めるのが見える。

 

「まさか…!」

 

 完全に血色を欠き、青どころか白くなった顔でピーターが立ち上がり、走って逃げ出そうとする。しかし、全てが遅かった。

 オラーク水力発電所のダムはいわゆる「アーチ式ダム」であり、なかなか美しい弧線を描くダム堤体と風光明媚なダム湖のおかげで、帝国では観光地の1つとして有名であった。

 アーチ式ダムの特徴として、建造時のコンクリートの必要量が少なくて済むという利点がある。その反面、ダムにかかる水圧をダムだけで支えるのが困難なのだ。故にダム堤体をアーチ式、つまり円弧を描く形にすることで、ダム両側の山腹に水圧を分散させて耐える構造になっているのである。

 そんなところに、強力な威力を持った魚雷や爆弾をぶち込まれればどうなるか。

 答えなど、考えるまでもない。

 

ゴゴゴゴゴゴ…!!!

 

 異様な轟音ととてつもない震動を残して、ダムは崩れ落ちていった。まず堤体の中央やや上から大量の水が噴き出し、続いて魚雷の命中箇所を中心にして蜘蛛の巣のように亀裂が走ったと思うと、堤体上の通路や点検用通路(キャットウォーク)などを巻き込んで決壊していく。

 

「う、うわあああああぁぁぁぁっ…!」

 

 ピーターも決壊に巻き込まれ、他の職員や兵士ともども瓦礫混じりの大洪水に飲み込まれていったのだった。

 

 破壊されたダムから溢れ出した大水は、まずダム下流に設けられていたオラーク水力発電所に襲いかかった。ダムからの放水を想定して用意されていた水路は、許容範囲を遥かに超えた大放水に意味を成さず、突進した水と瓦礫はあっという間に変圧器等の屋外の機器を飲み込み、次いで発電所の建物そのものをも押し流した。変圧器の辺りでスパークが散り、電撃音が断末魔となって響いた。

 オラーク水力発電所は、帝都ラグナ方面への送電の一翼を担う、かなり大規模な発電所である。その規模に比して、ダムそのものもまたかなり巨大であり(グラ・バルカス帝国領全体でも一、二を争う規模だった)、貯水量は相当なものである。そのオラーク水力発電所と、帝都近郊の火力発電所が同時に機能不全に陥ったことで、ラグナは深刻な停電に見舞われることとなった。

 これだけでは済まず、ダムから放出された大量の水はそのまま洪水と化して畑作地や住宅街、工場、道路、橋などを次々と飲み込んでいく。正月の朝っぱらということで家で新年を祝っていた家族も多く、彼らの祝いの歌はそのまま絹を裂くような悲鳴へと転じ、やがて破壊と絶望の轟音の中に消えていった……。

 

 ちなみにであるが、ジュネーヴ条約第1追加議定書の第56条においてダムへの攻撃は特別の場合を除き禁止されている。なので、今行われた攻撃は同条約第85条3に規定された「重大な違反行為」に該当する。要するに、地球だと立派な戦時国際法違反である。

 ケンカをするにも一線は越えずにやりましょう、ということです。良いね?

 ちなみにだが、堺は地球だと戦時国際法違反になるこの作戦を、違反だと承知の上で承認した。その理由は、以下のようなものである。

 

『グラ・バルカス帝国は、ムー大陸の現地国家の民を相手に搾取、暴言、暴行その他様々な戦争犯罪を働いている。ムー大陸の解放地域にあった収容所などの様子を見る限り、ほぼ間違いない。ならば……この程度、ほんの少しの報復ってことだ。巻き込まれるグラ・バルカス帝国の一般国民の方には申し訳ないが』

 

 堺、心を鬼にしていたようである。

 

 

 午前8時36分、グラ・バルカス帝国本土中部 スキルニル飛行場。

 ここは帝国本土でも2番目に巨大な飛行場であり、本土防空や哨戒にあたる戦闘機部隊の他に、練習機を装備した教練飛行隊、そして「ミヨルニル航空隊」が展開していた。この「ミヨルニル航空隊」というのは、250kg爆弾1発を取り付けた「アンタレス」戦闘機で敵艦に体当たりする戦術を取る飛行隊…つまり特攻隊である。

 ちなみに、帝国本土には特攻隊は全部で3部隊展開しているのだが、そのうち1部隊は展開先がラグナ飛行場だったことが祟り、飛び立つ前にロデニウス軍の空襲でボコボコに叩かれ機体を全て喪失している。

 そのスキルニル飛行場の司令部にて。

 

「帝都との連絡が繋がらんとはどういうことだ?」

 

 基地司令トビー・リスター少将が頭を抱える。

 トビーの言う「帝都」というのは、帝都近郊にある帝都防衛隊基地、及び帝都にある帝国軍本部のことだ。どちらも、有線・無線共に繋がらず、死体のように沈黙しているのだ。

 そりゃあ、停電していたのでは無理もない話である。

 

「連絡機を飛ばしますか?」

 

 幹部の進言を受けて、トビーは決断した。

 

「こうなっては、もはや仕方あるまい。連絡機を出そう。リゲルで良いだろうか?」

「連絡機はそれでよろしいかと。それに護衛機を付けるべきかと存じます。念のため、1個小隊4機を付けましょう」

「よし、それでいこう」

 

 少しすると、晴れた空に向かい、合計5機のレシプロ機が滑走路を蹴って飛び立っていった。機体の進路は東南東、向かう先は帝都ラグナである。

 だが、この時トビーは知らなかった。ラグナは既に大きな被害を受けていること、ダムを破壊されたことで中部地方の東部一帯に洪水が発生しつつあること、そして攻撃を行った敵は既に撤退しているということを。




以上、ラグナ攻撃回でした。
グラ・バルカス帝国にとってはたいへんな衝撃だったでしょう。何せ、絶対安全だと信じていた本土、それも帝都に、空襲があったのですから。どれだけプライドが高くとも、さすがに多少は現実が見えるはずです。
そして捕虜の皆さんに書いてもらった手紙、無事にご家族に届けられると良いですね。
あと、なんか王城のど真ん中に爆弾を入れ物にして書類が届けられてましたが、中身はいったい何でしょう。


知らない間にUAが146万を超えていた…ご愛読に深謝を。

評価5をくださいました未来予知曲面様
評価6をくださいましたさて様
評価9をくださいましたありさかいずも様、ハッピーエンド好き様
ありがとうございます!!
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次回予告。

堺の戦略により、ラグナ空襲はたった1回で幕を下ろすこととなった。その理由とは…?
一方、空襲を受けたラグナの市民たちは、大きなショックを受けることとなる。そして、空襲を目の当たりにした王族を含む上層部の面々は…?
次回『空襲の後に:ロデニウス艦隊とグラ・バルカス本土と』
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