鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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すみません、転職やら何やらで書くのに時間がかかってしまいました。
お待たせしました、今回はラグナ空襲の後です。



220. 空襲の後に:ロデニウス艦隊とグラ・バルカス本土と

 中央暦1,644年4月2日 午前10時29分、グラ・バルカス帝国本土南東100浬沖。

 海を埋め尽くさんばかりの大艦隊が展開する。その中には大小合わせて15隻を超える空母が含まれている。

 よく見ると、どの空母も風上に針路を向けて全速力でまっすぐ航行している。その周囲に駆逐艦や軽巡洋艦が展開し、敵の潜水艦に目を光らせていた。また、併走する戦艦や重巡洋艦は高所に設置された見張所やレーダーを活かして、海に空にと警戒の目を向けている。

 各空母の飛行甲板には、三々五々戻ってきた航空機が順番に降り立っている。つまり、ラグナに向けて出撃させた航空隊を収容しているところなのだ。

 艦隊上空にはレシプロエンジンの轟音の他に、それとは異なる猛々しい爆音が響いている。ラグナ空襲の先鋒を務めた後、いち早く帰投して補給を済ませた「99式空間戦闘攻撃機 コスモファルコン」が、上空直掩に就いているのである。

 

「提督、直掩隊からの報告によると、我が方の帰投機はそろそろ打ち止めのようです」

 

 この大艦隊…ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・ムー派遣部隊旗艦「宇宙戦艦ヤマト」の第一艦橋にて、艦長たる"ヤマト"が報告する。

 

「あと、たった今輪形陣外周を固める朝霜から報告が入りました。『我が艦隊に接近する潜水艦を探知。位置は当隊からの方位290度、24浬。浮上航行中と思われる。IFF識別、呂500と確認せり』です」

「了解、どうやらろーちゃんもピックアップできそうだな。そろそろ次の指示を出す準備かね」

 

 艦長席のすぐ横の補助シートに陣取るのは、この艦隊の司令官たる堺 修一中将である。さらっと補助席に追いやられている艦隊司令だが、堺は特に気にしていない。

 本来であれば、宇宙戦艦ヤマトの第一艦橋はいわば「航海艦橋」に近いものであり、その下の第二艦橋はいわゆる「CIC」に近い機能を持っているため、堺は第二艦橋にいるのが状況的に適切である。が、彼はそのことは承知の上で敢えて第一艦橋に身を置いていた。「何かこっちの方が性に合う」とは本人談である。(ヤマト)とイチャつきたいだけだろって? そうかもしれないし違うかもしれない。

 

「長良に指令、『早霜、朝霜を率いて呂500と合流、その後艦隊に復帰せよ』」

「了解です」

「んで航空隊収容後は…全艦娘を"艦娘形態"に戻してヤマトと釧路に分乗、補給しながら全速力でこの海域を離脱。そして一旦疲労抜きをして、午後から本格的に『戦略作戦ラヴクラフト(ストラテジー・ラヴクラフト)』の発動か」

「複数の任務部隊に分かれて、敵の輸送船団や積出港、鉄道駅といった物流拠点、道路や線路等の物流網、そして農園から鉱山、工場地帯といった補給拠点を軒並み潰して廻る作戦ですね」

 

 実は堺たちは、ラグナ空襲はその成果如何に関わらず1回で終わりにすると決めている。何故かというと、堺曰く「ラグナ空襲はあくまでインパクト重視の側面が強い。首都を空爆すれば、確かにグ帝の一般市民から皇族にまで大きなショックを与えられるが、だからといってすぐに降伏してくるとは思えん。1回首都を攻撃しただけで奴らのたっかいプライドが折れる訳ないだろうし。それならば、首都攻撃で出るこちらの犠牲を最小限に抑えて、本命である通商破壊作戦にありったけの兵力を向けることで、奴らを干上がらせる方が早期講和に近づける。プライドで飯は食えないし、腹が減っては戦はできんからな」だからである。

 

「ああ。最優先目標がレーダーサイト、飛行場と製油所。第二優先目標が輸送船団や輸送機、港湾設備、工場だ。

グ帝本土は島国で、しかもその規模は大きいとは言えない。つまり、日本と同じく本土で産出する資源には乏しい可能性が高い。実際、奴らのムー大陸植民地を解放した後に調べてみたら、奴らは港湾設備や製油所、油田などを優先的に整備していたって記録が残ってた。本土での原油産出が少ないんで、植民地から収奪せざるを得なかったんだろう。

ということで、最低でも制空権を押さえた上で、船や航空機を動かす原動力になる石油の提供を最優先で断ち切る。それから兵器を産み出す工場や、生産した兵器並びに資源類の輸送に関わる港湾設備と輸送手段を軒並みぶっ叩くって訳だ」

「となると、第三優先目標は道路や線路、橋、駅とかですね?」

「それらに加えて練兵場とかの軍事施設な。新兵だろうと補充させん、徹底的に潰す。

で、それらを潰した後の第四優先目標が、鉱山や農園、漁港だ。

本当なら個人所有の貸農園みたいなちっちゃい奴でも爆弾で掘り起こしたいし、奴らの本土に機雷撒いて海上封鎖したいんだが、おそらくそこまでやる余裕はないだろう」

 

 完全にグラ・バルカス帝国を干上がらせる気満々である。

 

「さて、すまんが俺は一足先に休憩に入る。この後は移動がメインになるんで、しばらく俺の出る幕がないから、その暇を有効活用したい。それに、移動後の方が忙しくなるし。良いか?」

「構いませんよ。艦隊の指揮はこちらで取っておきます」

「すまん、頼んだ」

「承知しました。ただし…」

「ん?」

「休憩に入られる前に…」

「は?」

 

 "ヤマト"が自身の唇を指差したのを見て、堺は彼女の意志を悟った。

 

「え、マジで? ここですんの? …しょうがねーな」

「嫁として求めるのは当然でしょう」

「りょーかい。それじゃ…」

 

 堺はそっと"ヤマト"を抱き寄せると、静かに唇を重ね合わせた。…と思いきや、そのまま流れるように舌まで絡ませる。しかもたっぷり2分間も。

 このおかげで、第一艦橋に詰めていた妖精たちは生暖かい目をするか、無表情でコンソールとにらめっこするか、ブラックコーヒーを一気飲みする羽目になった。

 

「んん……ふぅ、失礼しました」

「それじゃ、また後でな」

 

 第一艦橋を後にし、「大食堂ヤマト亭」へと歩を進めながら、堺は作戦計画を反芻する。

 

(いよいよストラテジー・ラヴクラフトの発動だ。第13艦隊ムー派遣部隊はこれを複数の任務部隊に分け、同時多発的かつ神出鬼没に敵国拠点や輸送船団を襲撃する。

第131任務部隊"シンボリルドルフ"は、001号作戦「アザトース」に基づき、アストラル大陸南東部にある資源の積出港を空襲。それと、これに付随して同地に展開中の防衛艦隊を引き摺り出し、撃破する。

また、この港からは昨日大規模輸送船団「アルファ」が出航したことが分かっていて、第132任務部隊"ナリタブライアン"がその進路に先回り、航空攻撃と艦砲射撃によりこれを撃滅する。これが002号作戦「ハウラー」だな。

第133任務部隊"ディープインパクト"の任務は、飛行場攻撃だ。003号作戦「ヨグ=ソトース」として、グラ・バルカス帝国本土から見て西の島にある飛行場に航空攻撃を行い、これを壊滅させる。

第134任務部隊"オルフェーヴル"は、"ディープインパクト"の支援にあたる。飛行場の近くに軍港があってそこに防衛艦隊が展開しているので、それへの対処にあたる。これが004号作戦「ニャルラトホテプ」になる。

第135任務部隊"サイレントハンター"は、"釧路"を足にして敵輸送船団を追いかけ、進路上に先回りして野伏せり戦法(ウルフ・パック)を仕掛け、輸送船撃沈による物資輸送の妨害。これが015号作戦「ナイトメアパイプ」だ。

そして第136任務部隊"ラピュタ"は、ヤマト単艦で行動。006号作戦「スマイラー」として、敵本土の内陸部に位置する超大型爆撃機の生産工場に強行突入し、艦砲射撃でこれを完全破壊する。

複数の艦隊があっちこっちと飛び回る訳だ、忙しくなるぞ。昼飯はちょっと多めに食べておいて、30分だけでもタンクベッドで圧縮睡眠取っとかねぇと)

 

 予定が目白押しなのである。

 なお、作戦や任務部隊のコードネームに見覚えのある方は大勢いらっしゃると思うが、作戦のコードネームはクトゥルフ神話の神性生物、任務部隊のコードネームは"ヤマト"を除けば競走馬の名前になっている。ただ、作戦コードネームの中には、例えば「悪夢の(ナイトメア)パイプ」のようにSCPの名前が使われていることもあれば、「ハウラー」「スマイラー」等の裏世界(The Backrooms)に生息する怪物の名前も使われている。攻撃目標が多すぎて、クトゥルフ神話だけでは名前が足りなくなる可能性があったのだ。

 

(あと、ラグナ攻撃に向かった攻撃隊の被害、そして戦果の報告も聞かねぇとな。ラグナの軍港と飛行場、それに送電設備がしばらく機能不全になってれば良いんだが。

それはそれとして、あの"届け物"はしっかり届いただろうかね)

 

 「大食堂ヤマト亭」に到着し、今日の日替わりのメインがローストチキンであることに気付いて目を細めながら、堺はそんなことを考えていた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し時計の針を巻き戻す。

 中央暦1644年4月2日 午前5時、グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ。

 戦時下とはいえ新年なだけあり、また帝国本土は安全だと信じ切っていたが故に、帝都に住まう帝国の一般市民たちは大晦日の夜遅くまで騒いだ後、遅寝を決め込もうとする者が多かった。それ故に、新年の朝に空襲警報で叩き起こされた者は多数に昇ったのである。

 もちろん、早起きしていた者もいた。マーク・デルフィーノとキャサリン・デルフィーノの夫婦がその一例である。

 新年の挨拶を済ませた後、2人は初日の出に願をかけようとしていた。2人の願いは当然が如く、娘マキ・デルフィーノの無事である。どうか娘が無事で生きていますように、と願うつもりであった。(当たり前だが、2人の元には情報が何も入っていないので、マキが生きていることを知らないのである)

 ところが、自宅2階(軍港からかなり離れているので、ろーちゃんの雷撃による爆発音は2人には聞こえていなかった)の窓辺から東の空を見遣った2人の目に飛び込んできたのは、空中に発生した複数の火球であった。

 

「え…? 今の火の玉は…?」

 

 キャサリンが首を傾げる。

 

「空中哨戒に当たっている戦闘機が衝突したのか? それにしては数が多い…」

 

 マークがそう言い出すのと、朝の大気をつんざいて耳障りなサイレンが鳴り響いたのは同時であった。

 

「あなた、これ…!」

「空襲警報!?」

 

 訓練で何度か耳にしたサイレンではあったが、しかし新年から空襲対処訓練なんてやるものだろうか…そう考えた時、マークは悟った。

 

「地下室…いや、庭の倉庫へ逃げるぞ! 急げっ!」

「え!? あなた、こんな新年から訓練なんて…」

「おそらく訓練じゃない! 敵襲…敵機が飛んでいるんだ! 戦闘機が撃墜されている!」

「そんな…あり得ない…」

「とにかく倉庫に入るぞ!」

 

 2人が大慌てで玄関を飛び出すと同時に、街頭のスピーカーから割れた怒鳴り声が響いてくる。

 

『空襲警報発令! 空襲警報発令!

帝都上空に敵機が複数侵入している! 既に警戒用のレーダーサイトは全滅した!

帝都防衛隊は直ちに戦闘配置につけ! 一般市民諸君は頑丈な建物や地下室に避難せよ! これは訓練ではない!

繰り返す! 帝都には既に敵機が侵入している! 帝都防衛隊は直ちに戦闘配置! 一般市民諸君は頑丈な建物か地下室に避難せよ! これは訓練ではない! 直ちに戦闘配置!』

 

 絶叫めいた呼びかけに混じり、複数の爆発音らしき鈍い音が聞こえてくる。それに追い立てられるようにして、マークとキャサリンは自宅庭の倉庫に駆け込んだ。倉庫といっても、それは庭を掘って半地下式にした代物である。普段は不用品を入れておく倉庫にしていたが、マークはこれを万が一の時の防空壕としても使えるように設計して掘っていた。彼の先見の明が光ったのである。

 防空壕に飛び込んだ2人が一息ついた時には、市街地では大混乱が始まっており、避難所に向かおうとする市民の群れで道路はひどい混乱状態となっていた。

 グラ・バルカス帝国でも、敵の攻撃があった場合に備えて避難所に指定された建物等は一応存在している。しかし、周辺国に対して自国の軍事力が圧倒的に優位であったため、帝都に敵襲など起こる訳がないと一般市民たちから上層部までがそう考えてしまい、従って避難訓練等はかなりいい加減になってしまっていた。今回そのツケを一気に支払わされる形となったのである。

 そして、こうなることを見越してキャサリンに庭の防空壕に逃げ込むよう指示したマークは、かなり先読みができていたということでもある。

 ドォォン、ドォォンと遠く爆発音が聞こえてくる。かなりの数の敵機に襲撃されているのかもしれない。となると、結構長時間の空襲になるかもしれない。

 キャサリンに防空壕にいるよう言い、マークは急いで家に戻った。当面の食糧と水を確保しておこうとしたのだ。

 新年用に用意してあった料理と、その他幾つかの食糧と水の瓶を抱えて家を飛び出すマーク。ふと空を見上げると、軍港の方角で無数の羽虫のような黒い点が飛び交っているのが見える。いったい何機の敵機が侵入したのだろうか。

 ドン、ドンと太鼓を叩くような音も響いてくる。

 

「帝都防衛隊が撃ち始めたか、急ごう」

 

 高射砲を撃っているのだろうが、このまま外にいると降ってきた高射砲弾の破片に当たる可能性がある。それに敵機が機銃掃射してこないとも限らない。マークはすぐさま防空壕に戻った。

 防空壕の中ではキャサリンが震えている。壁に設置したろうそくに火を着けてくれたようで、防空壕の中は少し明るくなっていた。

 

「あなた、外はどうなの?」

「状況は厳しそうだ。ちらっと見た限りだが、侵入した敵機は少なく見ても300はいるだろうな。明らかに、大規模な空母機動部隊の襲撃だ」

「どれくらいの規模なの?」

「そうだな、正規空母1隻でだいたい80〜90機の航空機を載せている。何度も攻撃隊を出してくると仮定すると、そのうち約半数、だいたい40機前後を一度の攻撃で繰り出すことが多いから…」

「おおよそ、8隻前後くらい…?」

「そうだな。帝国の主力艦隊クラスの規模だ。

そんな規模の敵に踏み込まれるなんて、我が国の防御力はどれだけ弱体化しているんだ…?」

 

 もともと海軍に徴兵されていたマークには、何となく襲ってきた敵の規模と帝国の防御力の低下が察せられていた。そしてマークは、妻にはああ言ったが敵機の数は実際には300より多いかもしれないと思い始めていた。

 そのマークの考えを証明するように、爆発音も対空砲らしい炸裂音もより一層激しくなってくる。

 

 なお実際には、帝国本土近海に侵入したロデニウス艦隊の空母は大小合わせて15隻、そこに戦艦空母1隻と宇宙戦艦1隻を加えて、延べ1,000機を超える攻撃隊を一度に叩き付けている。

 

 喧騒の中、爆発音とは異なる、グオォォォォン…とでも表現すべき轟音が近付いてくる。

 

「敵機か」

 

 マークには、この轟音が敵機のエンジン音だと分かった。

 

「え、敵機!?」

 

 キャサリンが驚いて、慌てて防空壕の入口に近付いてくる。

 と、入口から空を見上げていたマークとキャサリンの視界を、単発レシプロ機が横切った。帝国軍のアンタレス戦闘機に似たほっそりしたスタイルの敵機だが、エンジン音は「アンタレス」のそれより野太い。どう考えても、「アンタレス」より出力のでかいエンジンを搭載している。

 一瞬で通り過ぎてしまったが、その敵機は、主翼下にぶら下げた円筒形の物体から白い物を振り撒いていた。

 

「何を撒いているんだ?」

「さあ……」

 

 マークとキャサリンが見上げていると、白い物はひらひらと舞いながら落ちてくる。それをよく観察し、その正体を突き止めたマークは怪訝そうな顔をした。

 

「何だあれは……封筒、か?」

 

 白く細長いそれは、どう見ても封筒にしか見えなかったのである。よく見ると、何やら黒い文字らしきものが書いてあるのも、マークの推測に根拠を与えた。

 

(何でわざわざ封筒を?)

 

 だが、その意味が分からない。

 敵地上空で書類をばらまく、というのは敵に対する心理戦の1つだ。グラ・バルカス帝国では、主に敵に降伏を促す際に上空から航空機でビラを撒く戦法を使っている。それと同じことを敵がやっている、というのは何となくマークには分かったが、だとしたら何故わざわざビラを封筒に入れたのか、その意味が分からなかった。ビラならそのままばら撒いた方が早い。

 

(それとも…まさか、あの封筒の中身はビラではないのか?)

 

 マークがそんなことを考えている間に、白い封筒は次々に市街地に落下し始めていた。たまたま目の前に封筒が1つ落ちてきたので、マークはそれを拾い上げてみる。横からキャサリンが覗き込んだ。

 

「えっ!?」

「これは…!」

 

 瞬間、2人の表情が凍りついた。

 封筒には、黒いインクを使って帝国語が書かれている。そこには住所と宛先の人間の名前、そして裏側に差出人の名前が書かれていた。が、問題はその名前である。

 

「宛先がアステリアさんのお宅…!?」

「差出人はスペース・アステリア…おい、確かご主人は戦死したんじゃなかったのか!?」

 

 マークの家とアステリア家は、割と近所なのである。

 アステリア家のご主人スペース・アステリアは、10ヶ月ほど前に戦死したとされていた。その時に妻と、小学校に上がったばかりの息子さんが悲嘆に暮れていたのを、2人で慰めたのを覚えている。

 だが今空から届けられた封筒は、どうやら戦死したはずの本人が書いたものらしい。死人が手紙をかけるはずがないから、どうやらご主人は生きている、ということになる。

(実際には、スペース・アステリア氏はムー大陸・ドーソン基地を巡る攻防戦で撃墜され、ムー国の捕虜になっているが生きている。詳細は「141. ドーソン基地航空戦」と「175. 総反攻作戦、発動準備!」を参照)

 

「それじゃああなた、もしかして…!」

 

 何かに気付いたように、キャサリンが防空壕を飛び出した。そして周囲に落ちている他の封筒を確認し始める。庭には他にも2通の封筒が落ちていた。

 

「おい待て! 危険だ、戻れ!」

 

 マークは慌ててキャサリンを追った。

 彼女が何を考えているかは、マークにも分かっている。封筒の中に、娘から出されたものがないか探そうとしているのだ。

 

「今は危険だ、敵機がまだ飛んでるんだぞ!」

「でもあなた…! あ、あれだけ!」

 

 キャサリンが指差した先には、庭の木の枝に引っかかった封筒がある。ちょっと高いが、届かなくはない。

 ちなみに、他の2通は他人宛だったようだ。

 

「仕方ない、乗れ!」

 

 マークはキャサリンを肩車した。そしてどうにかこうにか封筒を回収する。2人は急いで防空壕へと戻った。

 

「はあ、はあ……ったく、もうちょっと周りを見てからだな…!?」

 

 文句を言いかけたマークは、妻を見て口を閉ざした。

 

「ああ……あなた……」

 

 妻キャサリンの瞳に大粒の涙が光っている。

 

「どうした!?」

「これ……うちの子が…!」

「何!?」

 

 マークとキャサリンの子供……マキ・デルフィーノは現在、看護師として働いている。しかし、彼女の勤務先はあろうことかムー大陸の野戦病院であり、このためマークは何とも言えない悲しい気持ちを抱いていた。何故なら、ムー大陸方面の戦況がどうも思わしくないらしいからである。

 マークは現在、グラ・バルカス帝国でも有数の大造船会社であるド・デカテオン社に勤めており、そこで損傷した軍艦艇の修理依頼が凄まじい数に昇っていることを知っていた。これはつまり、グラ・バルカス帝国海軍が悪戦苦闘しているということを意味している。それに加えて、先だって「外洋演習」名目で帝都の港を出撃していった北部方面艦隊も南部方面艦隊も、まともに戻ってきていないらしいことも、彼は知っていた。演習であれば戻ってくるはずだ。それが戻らないということは…おそらく、あれは演習と称した全力出撃であり、そのうち何隻かは敵艦隊によって沈められてしまったのだろう。

 海軍が押されているのであれば、空軍や陸軍もそうである可能性が出てくる。そう考えたマークは、娘はムー大陸で戦闘に巻き込まれて死んでしまっているのではないかと考えていた。

 

 しかし、封筒の宛先にはマークとキャサリンがはっきり指名されており、そして差出人の名前は「マキ・デルフィーノ」となっている。間違いなく娘の名前である。

 

「まさか、本当にうちの娘からの手紙なの…!?」

 

 キャサリンが震える手で封筒を開ける。すると5枚もの便箋が出てきた。

 手紙は、文章が若干右肩上がりになっており、女性らしさを感じる丸文字で書かれている。そして、特定の文字だけ形が半分崩れたような独特の書き方になっていた。2人に見間違えるはずもない、紛れもないマキの筆跡だった。

 

『拝啓 マークお父様、キャサリンお母様

 きっと私のことを心配して下さっていると思います。多大なご心配をおかけし、大変申し訳ありません。でも、その心配は無用です。

 私は今、ものすごく元気です。いえ、仕事は過酷なものですが、それ以上に充実した日々を過ごしています。私は今、ムー大陸のレイフォル南部でこの手紙を書いています。』

 

 とりあえず娘のマキは元気らしい。交戦で負傷した帝国兵士の治療に忙しいのか…と考えていたマークの視線が、ある一点で凍りついた。

 

『 私の仕事が従軍看護● 師なのは、お父様もお母様もご存知だと思います。

 その私の肩書きも仕事の内容も大きくは変わらないのですが、最近になって同僚の面々ががらっと変わりました。今はなんと、ロデニウス連合王国の皆さんと一緒に仕事をしています。』

 

 マークは愕然とした。その横でキャサリンが、手紙を取り落としそうなほど両手を震わせている。

 「看護● 師」と書いてあるのは、どうやら誤字をやらかしてそれを黒く塗り潰したかららしい。が、問題はそこではない。

 この手紙が正しければ、自分たちの大事な娘は今、敵国に身柄を押さえられているということではないか。

 敵に身柄を押さえられたとなれば、娘の命は絶望的ではないか。何せ帝国が捕虜となった現地人たちを射殺してしまったのだ、報復が行われても不思議はない。

 思考が真っ黒に染まりかけた時、マークはふと気付いた。

 

(待てよ? 敵国の捕虜になっているのなら、そもそも仕事などしているものか? それに、こんな長い手紙を書くことなどできるものだろうか?)

 

 捕虜になっているのに仕事をしているとは、妙な話である。奴隷のごとく扱われているのかもしれないが、それならばこんな長い手紙を書くことができるとは思えない。

 それに、マキの文字はどう見ても生き生きとしている。長時間の強制労働などで疲れ果てた感じでは、絶対にない。

 これはいったいどういうことだろうか。その答えは、手紙の続きに書いてあった。

 

『 敵国の人間と一緒にいると聞くと、捕虜にされているとお考えになるでしょう。でも私は、捕虜になどなっていません。

 ロデニウスの皆さんは、私のことを捕虜ではなく「食客」として接してくれています。私の出自に関係なく、人助けを生業とする者同士として分け隔てなく接してくれるんです。にわかには信じがたいかもしれませんが。』

 

 そこからは、マキがロデニウス軍と行動を共にすることになった経緯が書かれていた。軍の医務隊からの撤退命令に背き、重傷を負って見捨てられてしまった将兵の治療に当たっていたこと。最後の医薬品がなくなって万策尽きた瞬間、野戦病院にロデニウス軍がやってきて、帝国の負傷兵たちを必死に治療してくれたこと。その中で、恩師とも言える人物に出会ったこと。

 

『 クロード・ヒューリックというその医師は、中年のおじさんという見た目のエルフの人でした。何でも、ロデニウス国内で採用された新しい医学書を使って知識や技術を真っ先にし吸収し、その優秀さを買われて軍医に任命されたんだとか。ちょっと無愛想で口調もややぶっきらぼうですが、優しい人です。』

 

 さらに手紙には、ロデニウスの医学書の内容についても非常に細かく書いてあった。解剖学や病理学の本には、帝国の医学書では全く見たこともない単語がどっさり出てくるだの、生理学の医学書で見かけたホルモンなるものや、脳の病気だとされる精神病などは、帝国の医学書には概念すら無いか、又は大分異なった内容で書いてあるだの、注射の技術や公衆衛生なんかも帝国のそれとは比較にならないほど洗練されているだの。そういった内容が、専門用語を交えながら便箋を3枚も占領して書かれていたのである。

 マークは医学に関してはド素人だが、手紙を読むだけでロデニウスの医学書が優れているのだと信じることができた。便箋3枚分にも及ぶほど大量の、そして筋の通った細かい内容をでっち上げるほどの文才がマキにはない、と知っていたからである。

 

『 ロデニウスの人たちは、医学書も快く貸してくれましたし、私が質問しても嫌な顔1つせず丁寧に教えてくれました。おかげで私は、帝国の一流の医学校でも勉強できないようなことをたくさん知ることができましたし、戦場で負傷したり病気に罹った兵隊さんにその知識や技術を使った治療を行うことができています。毎日毎日新しいことが知れるので、それを実際に試したくて仕方ないんです。』

 

 ものすごく生き生きした内容である。マークには、マキが今の状況を心の底から楽しんでいることがありありと分かった。

 そして、手紙の最後に書かれた内容は、マークにとっては衝撃的ななものだった。

 

『 ロデニウスの人たちは、ひとたび患者が運ばれてきたらすぐに治療に取り掛かります。それは当然のことなんですが、びっくりすることに、彼らは患者を分け隔てしません。私たち敵国の人間だろうと、エルフだろうと獣人だろうと、老若男女国籍民族関係なく治療するのです。

 ヒューリック師匠から教えてもらった言葉に、《命に色はない》という言葉があります。その意味は、人種が何だろうとどこの国の人だろうと、私たちはみんな「人間」なのだから、関係なく治療しなければならない、というものです。初めてこの言葉を聞いた時、私はひどく驚きました。ですが今では、この言葉は正しいのだと分かります。

 我が国はこれまで、他の国の人たちを明らかに見下してきました。ですが私は最近、それではいけないと思い始めています。

 確かに科学技術は我が国の方が進んでいるでしょうが、他の国には魔法という我が国にはないものがあります。そういう違いを理解しようとしないから、他国に対して言うことを聞かせるべく、戦争をしているのではないでしょうか。

 帝王政府は、他国を制圧することによって真の平和をもたらす、などと言っていますが、平和をもたらすために用いる手段が平和の対極にある戦争では、説得力なんてないと思います。不敬かもしれませんが、ロデニウスの人たちのやり方を見ていると、そうとしか思えません。

《命に色はない》 この言葉を我が国の人々が1人でも多く、正確に理解してくれることを願っています。

 大分長くなりましたので、今回はこの辺にします。またお手紙書きます。

マキ・デルフィーノ  敬具』

 

 一息に手紙を読み切った後で、マークはキャサリンを見詰めてそっと言った。

 

「……どうやらマキは大丈夫そうだな」

「……そうね」

 

 どう見ても、マキはかなり充実した生活をしているようだ。そうでなければ、こんな手紙が書けるはずがない。

 手紙の日付は3ヶ月も前になっていたが、この様子なら娘は生きているだろう……と、2人は確信していた。

 

「よく考えてみると、ロデニウスの人たちは空襲のついでに郵便配達するくらい余裕があるのか?」

「うちの国、どんな敵と戦争してるのよ…」

 

 半分呆れ始める2人だった。その時、

 

ドゴオォォォォン…!!

 

 これまでの爆発音とは比較にならないほど巨大な爆発音が、鼓膜をつんざいた。家の窓ガラスがびりびりと震える。かなり大規模な爆発であることが予想された。

 

「今のは!?」

「弾薬庫の誘爆かな…だが、それにしては大きかったように思える…」

 

 不安そうにマークとキャサリンは顔を見合わせた。

 そして実はこの爆発音は、魔王の襲撃を受けた「スーパーノヴァ」の断末魔であった。

 

 しかし、少なくともマークとキャサリンにとっては、敵の空襲は猛烈ではあったもののあっという間に過ぎ去った。

 午前10時30分を回る頃には空襲警報が解除され、2人はひとまず一息吐きながら防空壕から顔を出した。

 空はすっかり晴れ渡り、春の一日に相応しい青空に柔らかな陽光が差している。マークとキャサリンの家の周辺では特に火災の起きた家や破壊された家もなく、空襲があったようには思えない。のどかなものだ。

 しかし、庭先に落ちた白い封筒と、軍港や飛行場の方角から立ち昇る大量の黒煙は、先の空襲が夢ではなかったと自覚させるに十分だった。

 

「うちの国、どうなるのかしら…」

「分からんな。ただ、首都に攻撃を受けた国が戦争に勝った試しはない。帝国が滅ぼしてきた外国が良い例だ。

そこから考えるに…うちの国、負けるのかもしれんな」

 

 マークの返答に、キャサリンは背筋が凍るような心地を感じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同日午前11時、グラ・バルカス帝国帝都ラグナ ニヴルズ城。

 帝王府の入るこの城は、地下に非常時用の施設を設けられている。帝国側では「戦時会議室」と呼ばれる部屋である。その部屋に、帝王グラ・ルークスをはじめとして国家の中枢を担う人々が集まっていた。

 なお、空襲警報は既に解除されている。

 

・帝国軍本部長 サンド・パスタル元帥

・本土防衛隊長 セトレイ・ジークス中将

・帝都防衛隊長 ラーセン・ゲーニッツ少将

・帝国陸軍総司令官 ホワイト・グラント元帥

・帝国海軍総司令官 アルメダ・ホーキンス元帥

・帝国空軍総司令官 ベックネ・ドゥラム元帥

・帝王府長官 カーツ・エドモンズ

・帝王府副長官 オルダイカ・ヤルブ

・外務省長官 ラウス・モポール

・戦時外交局長 ゲスタ・カーレポンティ

・産業経済庁長官 レンス・メルダース

 

 他、錚々たる面々である。

 なお、ゲーニッツは完全に血色を欠いて真っ白になっていた。

 

「それでは会議を始めます」

 

 今回の司会担当はメルダースである。

 

「議題は、今朝の敵襲についてです。少しずつですが、各地から随時報告が集まってきております。

まずは私から、国内の様子についての報告です」

 

 ここで言葉を切り、メルダースは深く息を吸って報告を開始した。

 

「今回の空襲ですが、軍部からの報告により敵はロデニウス連合王国軍であることが判明しました。

敵機は帝都や軍港を攻撃するのと同時に、国土中部のオラーク水力発電所に攻撃を行いました」

 

 会議の席上が僅かにざわつく。

 

「攻撃の結果、ダムは完全に決壊し、大量の水が流出しました。これにより、オラーク水力発電所は壊滅状態に陥っており、国土中部から東部への給電に影響が出ております。

また、ダムから溢れた水は大洪水となって中部から東部一帯にかけて壊滅的な被害を与えております。詳細は未だ調査中ですが、耕作地や工場、市街地など複数が洪水に呑まれており、人的・物的被害は甚大なものになることは間違いありません。

私からの報告は以上です」

 

 空軍総司令官のドゥラム元帥が挙手し、補足する。

 

「今の報告に関して補足します。本土中部のスキルニル飛行場から、午前8時45分に偵察と連絡を兼ねたリゲル型雷撃機が飛び立ち、ラグナ周辺の状況を確認しました。そのパイロットからも、東部一帯に洪水が拡大しつつある旨が報告されています。オラーク川の流域にある都市を中心に、既に4ヶ所の市街地が洪水に呑まれている、とのことです。補足は以上になります」

 

 2人が報告を終えた直後、席上の参加者たちが一斉に口を開く。

 

「何だそれは…!」

「本土の中部から東部といえば、穀倉地帯の1つだぞ! しかも、その生産量は我が国全体の2割程度を占めている。そこが洪水で全滅してみろ、食糧供給に大きな支障が出る!」

「食糧の価格も上がってしまうな」

「しかも、川の流域にある工場地帯などにも被害が出るはずだ。洪水ともなれば、工場の製造機械なんかは全滅に等しい被害を受けるだろう」

「そもそも電気止まってるに等しいんだ、どうやって機械動かすんだよ」

「おのれロデニウスめ! 神聖なる我が国の民を手にかけるのみならず、我が国の農業・工業にまで被害をもたらすとは…!」

 

 ダムを攻撃、破壊した場合、ダムから溢れ出した水によって洪水が発生し、戦争に直接関係のない銃後の一般国民に多数の死傷者が出る他、農業・工業生産に大打撃を与え、場合によってはその後の生活の立て直しにも影響してくるのである。

 ダム攻撃を禁止したジュネーヴ条約がどれほど偉大なものかよく分かる。

 そして今、帝都ラグナを中心とするグラ・バルカス帝国東部一帯は深刻な電力不足に見舞われていた。何せ発電所をやられてしまったので、電力供給ができないのである。電気無しではクレーンや機械が動かないから、兵器類を含む工業製品の生産ができない。

 

「軍の被害はどうだ?」

 

 グラ・ルークスに質問され、まず陸軍総司令官のグラント元帥が青い顔で立ち上がった。

 

「陸軍の被害についてですが…帝都郊外のラグナ航空基地は敵機の攻撃により完全に破壊されました。飛行場並びに基地施設は使用不能に陥り、目下復旧作業を急いでおりますが、修理完了には滑走路だけでおよそ1週間はかかると見られています。その他の基地施設の復旧時期については、目処が立っておりません。

また、帝都周辺に張り巡らされていたレーダーによる警戒網については……全てのレーダーサイトが破壊されており、帝都を含む東岸一帯の早期警戒網は完全に破綻しました。こちらも復旧を急がせていますが、いつ再建なるかはまだ不明です。以上が物的被害になります。

人的被害は……新年のため施設内にいた兵員の数自体は少なかったのですが、事実上の奇襲攻撃となったこともあり、帝都基地、レーダーサイトを合わせて約3,500名が戦死又は行方不明、約5,000名の負傷者が発生しました。

陸軍からは以上です…」

 

 続いて、海軍総司令官のホーキンス元帥が起立した。顔色は普通だが表情が硬い。

 

「海軍の被害ですが、夜間の潜水艦の襲撃による被害を合わせますと、その規模は甚大なものとなっております。再建中だった東部方面艦隊は、旗艦としていたグレードアトラスター級戦艦『スーパーノヴァ』を含む7割の艦艇が沈没、着底あるいは損傷し、壊滅しました。帝都防衛艦隊も、オリオン級戦艦『アークトゥルス』以下5割の艦艇が被害を受け壊滅状態です。軍港の施設については、ドックは多くが無事ですがクレーンが軒並み破壊されたため、軍艦の修理・建造に遅れが出ることは避けられません。

現在までに判明している艦艇の被害は、戦艦2、空母1、巡洋艦4、駆逐艦19、潜水艦2が沈没又は着底し、戦艦1、空母3、巡洋艦6、駆逐艦10、潜水艦4が損傷しました。またこれに伴い、ラグナ軍港は着底した艦とそこから漏れた重油によって、港湾機能が40%にまで落ち込んでいます。海軍からは以上です」

 

 会議参加者の面々は、軍が受けた被害の大きさに絶句した。そんな中でカーツが何とか声を絞り出す。

 

「す、スーパーノヴァは!? あのグレードアトラスター級はどうなったのだ!?」

「敵機の攻撃を受け、残念ながら着底しました」

「何と…」

 

 カーツも息を呑むしかなかった。

 グラ・バルカス帝国の威信をかけて建造されたグレードアトラスター級戦艦、その数は3隻。しかし今や、そのうち2隻は海の底に逝ってしまった。残る長女「グレードアトラスター」も、ロデニウス大陸攻撃に向かって音信不通になっていることから察するに、撃沈された可能性が高い。戦艦1隻の被撃沈という被害もさることながら、帝国の象徴ともいうべき戦艦が全滅したことに、カーツは不穏な気配を感じた。

 

「最後に、空軍の被害は…」

 

 ドゥラム元帥が絞り出すように声を上げる。

 

「空軍は、帝都の飛行場に展開していた航空隊が全滅しました…。グリンブルスティ航空隊(帝国空軍初の特攻隊)も含めて、展開していた航空隊は稼働機全てを喪失し、人員の被害もどう少なく見ても4割を超える甚大なものとなっています…。また、帝都飛行場が破壊されたため、本土の上空哨戒体制に大穴が開いております。最寄りのスキルニル飛行場から哨戒機を上げる体制を考えておりますが、アンタレスの航続距離をもってしてもカバーしきれません。このため、海軍に協力していただき、母艦航空隊と連携して哨戒を行う案を検討しております…。

空軍からは、以上です…」

 

 正月の朝っぱらからとんでもない被害である。帝国にとってこれほど不快な年明けなど、有史以来初めてのことだろう。

 

「分かった。他に報告は?」

 

 帝王の問いに、恐る恐るといった感じで軍本部長サンド・パスタル元帥が手を挙げた。

 

「その……空襲時に帝王府中庭に投下された敵の爆弾ですが…。中から、こんなものが……」

 

 パスタルがテーブルに置いたのは、書類らしき分厚い紙の束だった。それも、わざわざ紫色のカバーを付けた固い表紙で挟んだものが、何冊もある。

 試しに1冊手に取ったカーツの表情が、固まった。

 

「なっ……な…!?」

 

 何か気に入らないことがあると怒声を上げるカーツには珍しく、顔が額の辺りから青白くなって唇がわなわなと震えている。明らかに狼狽した色だった。

 というのも、表題にはこう書いてあったのである。

 

『グラ・バルカス帝国人の死者・行方不明者名簿』

 

 隠す気が全く無い、いっそ清々しいまでにド直球のタイトルである。ついでに言えば他の冊子の表題も大同小異だ。

 

『グラ・バルカス帝国軍人の捕虜名簿』

『生存を確認されたグラ・バルカス帝国一般国民の名簿』

『グラ・バルカス帝国の蛮行に関する告発状』

 

 そして表紙を1枚めくったところにある前書きのページですら、ハンコで押したかの如く似通っていた。

 

『表題に示す通り、本書は我々の力の及ぶ限り調べ上げた、不幸にして亡くなった、又は行方不明となっているグラ・バルカス帝国人の名簿である。軍人・民間人の別を問わず記載した。

調査範囲は、ムー大陸はもちろんのことであるが、その周辺海域、果てはロデニウス大陸近海までの広大な範囲に及んでいる。それに本書の分厚さを見てもお察しの通り、死者・行方不明者の数が多い上に証拠となる品が破損している場合も多く、従ってこの名簿は不完全なものであると言わざるを得ない。それでも、ロデニウス連合王国並びにムー国をはじめとする第二文明圏内外諸国の力の及ぶ限り、故人の名前を調べて列挙したものである。誠実なる諸外国の協力により、我々はこれらの情報を揃えることができた。

今は不幸にして戦争中である。しかし、戦争が終わった暁には、この名簿によって知己の最期の地を知った貴国の民が同地を訪ね、故人に思いを馳せるようなことがあれば、調べた我々としてもこれに過ぎる幸福は無い。我々はこの世界の導き手の一端として、各国の人々の相互理解と調和を切に希求し、以って世界平和の実現の一助とならんとして、本書を記すものである。

大東洋共栄圏代表 ロデニウス連合王国 国王カナタ1世

第二文明圏代表 ムー国 国王ラ・ムー』

 

 これが、死者・行方不明者リストの前文である。語彙こそ変更すれど、似たような組み立て方をされた前文が、他の書には記されていた。

 最も過激な前文は告発状である。帝王グラ・ルークスが書いた「余が戦争」の一節を引用しながら『平和をもたらすと言っておきながらその手段が戦争とは、帝国の学問・外交の致命的な遅れを痛感せざるを得ない』とこき下ろし、『本書に記すような蛮行を何の考えもなく平気で行っているからこそ、世界統一を達成できないのだと確信する次第である』とか『恫喝・脅迫・罵倒しかしない外交官ばかり、揃いも揃って外交官とは名ばかりの無法の蛮族に過ぎない』とか『帝国主義を外交政策の基本にする等、上層部が老害で固められているとしか思えない』などとボロクソに貶していた。一読したモポールが、炭火を思わせる赤に顔を染め、こめかみにミミズでも這ったのかと思うような見事な血管を浮かせるほどだ。

 ちなみに、モポールが激怒したこの文章は、堺が書いたものである。そりゃあ毒舌になるのも仕方ない。

 

 書類の中身はというと、3冊はグラ・バルカス帝国人の名前がずらっと並んでいるだけだ。それに、遺体が確認された場所の地名やら軍の階級やらの付属情報が付け足されている。

 そして最後の1冊、告発状には、初っ端にムー大陸の概略図が貼られており、旧レイフォル領を中心にあちこちに×印と番号が書かれている。そして、番号順に鮮明なカラー印刷の証拠写真…グラ・バルカス帝国が建設した収容所の様子やら、帝国がスパイ容疑やら何やらで処刑した現地人を雑に埋めた集団墓地やらが、その全貌を暴き出されていた。ちなみに堺が手抜きをしたため、これらの写真は全て世界各国に出回っている雑誌や新聞の魔写・写真の使い回しである。

 だが、これらの情報は帝国上層部にとっては衝撃的なものだった。

 

「ミレケネス閣下にカイザル閣下が、まだ生きているだと…? 戦死したと思っていたのだが…!」

「見ろ、西部方面艦隊司令部もそっくり降伏して捕虜になっているぞ!」

「戦死者、ラルス・フィルマイナ基地司令官ドルバス・ファンターレ…? ではやはり、レイフォルは完全に落ちたというのか…」

「統合基地ラルス・フィルマイナが陥落したとなれば、我が国がムー大陸に有していた植民地は全滅か…?」

「軍人から一般人まで名前を列挙されているんだ。おそらくそうなのだろう…信じがたいが」

 

 情報の数々に、会議出席者たちの衝撃は計り知れない。

 そんな中で、帝王府長官カーツの怒りのボルテージが一気に上がっていく。

 戦死だけでも許しがたいのに、誇りある帝国臣民があろうことか蛮族の捕虜にされているというのだ。

 その上、告発状とか称するふざけた文書のふざけた前文……偉大な帝国を率いる帝王陛下や上層部の面々を「老害」、帝国の外交を担うエリートたちを「無法の蛮族」とこき下ろし、帝国に対して「学問などの致命的な遅れを痛感せざるを得ない」等と、不敬にも程がある。

 ところが、顔を真っ赤にしたカーツが口を開きかけたその時、会議室のドアを蹴破らんばかりの勢いで軍服を着た男が飛び込んできた。何事かと振り向く一同に向かって、軍人が叫ぶように報告する。

 

「御前会議中のところ申し訳ありません! 緊急報告!

ラグナ東方にて哨戒行動中の警備艇から通報、超大型の飛行物体がラグナ方面に接近中! ラグナからの方位115度、距離100㎞! 飛行速度は時速800㎞以上、今のままの速度ですとおよそ7分後にラグナに到達します! 警備艇のレーダー反応からして、飛行物体の大きさは…」

 

 そこで一旦息を吸い、続きを口にする。

 

「全長250メートル以上ッ! グレードアトラスター級戦艦クラスの物体が空を飛び、ここに接近していますっ!」

 

 その瞬間、会議席の面々が一斉にざわついた。

 

「何だと!?」

「グレードアトラスター級並みの大きさの飛行物体!? 馬鹿な…!」

「すわ、ミリシアル国の空中戦艦か!?」

 

 これはグラント元帥の質問である。

 

「ミリシアル国の空中戦艦である可能性はあります! しかし、ミリシアルのそれは時速200㎞前後で飛んでいたと記録されています! そのことから、少なくとも改良型であると思われます!」

「ぬうぅ…!」

 

 武官の返答に、グラント元帥は唸るような声を発した。そこに帝王グラ・ルークスの号令が響く。

 

「帝都防衛隊に至急戦闘配置命令を出せ! 軍港に残る軍艦の砲も全て使え!!

それから、軍艦の無線通信でも何でも良い、スキルニル飛行場を含む各地の飛行場に連絡を取って、航空機を迎撃に向かわせろ! 空軍の特殊殲滅作戦群も総動員だ! 急げ!!」

「「「ははぁっ!」」」

 

 元帥を含む軍人たちは一斉に席を立ち、脱兎の勢いで会議室を飛び出していった。それを見送り、グラ・ルークスは呟く。

 

「いったい、何が攻めてきたというのだ…」




グラ・バルカス帝国にとっては、おそらく初めて本土が侵された戦いとなったでしょう。それも帝都が攻撃されるなんて、上層部はもちろん一般市民にとっても、とんでもない事態だったと思います。
そんな中で、グラ・バルカス帝国の一般市民に対する心理作戦として、ムー大陸で身柄を押さえられた軍人や一般人からの手紙をバラ撒かせた堺。あの若い看護師マキの手紙は、どうやらちゃんとご両親のところに届いたようでよかったですね。
さらに上層部への駄目押しとして、告発状やら捕虜リストやらを急降下爆撃で叩きつけていったことで、帝国の面子も潰したも同然です。そして、帝都に何か接近してきてますね、何が来ているのやら。

そしてこんな中で惚気てる堺、今すぐ爆発しろ。


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次回予告。

新年の朝っぱらから潜水艦の襲撃、さらに空襲を受け、大きな衝撃を受けたグラ・バルカス帝国。その頭上に新たな影が接近しつつあった。そして、ロデニウス海軍第13艦隊は次なる作戦に取り掛かる…
次回『ラヴクラフト① 襲撃、再び』
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