鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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少々難産でした…。
お待たせいたしました、ラヴクラフト作戦の2話目です。



222. ラヴクラフト② 港湾攻撃作戦

 中央暦1644年4月2日 22時59分、グラ・バルカス帝国 資源輸送船団OM356。

 昼間、ロデニウス軍の艦載機と思われる敵に襲撃されたこの船団であるが、意外なことに輸送船にはそこまで大きな被害は出ていない。30隻のうち2隻が沈められた程度だ。

 むしろ護衛艦隊の被害が大きい。

 

「艦隊の再編成は済んだが、残ったのはあれだけか…」

 

 護衛を務める本国艦隊第21地方隊旗艦・タウルス級重巡洋艦「アリエス」艦橋にて、艦長フランク・サリヴァン大佐は疲労を滲ませた声で呟いた。ちなみに、地方隊司令アイザック・ティーチ准将と副司令リルケ・ゴームリー大佐は、指揮権限をフランクに移譲して睡眠をとっている。

 昼間の空襲によって、第21地方隊は戦力の過半を失っている。もともと重巡2隻、護衛空母2隻、軽巡2隻、駆逐艦16隻を数えたこの地方隊は、空襲で重巡1隻、空母2隻、駆逐艦4隻を沈められ、重巡1隻、軽巡2隻、駆逐艦3隻を傷物にされた。戦力としては半数以上が失われており、もはや壊滅状態である。

 しかも、一部の護衛艦艇は機関部や喫水線下に損傷を来し、輸送船より脚が遅くなってしまった。損傷艦艇に合わせなければならなくなった結果、現在のOM356船団の航行速度はたった8ノットである。

 これではいつになったら本土にたどり着けるか知れない。それどころか、明日の朝以降も空襲を受ける可能性が高い。そのため護衛艦隊の将兵はもちろん、輸送船の乗員たちも気が気でなかった。

 

「ん…?」

 

 そんな中、「アリエス」艦橋の片隅でレーダー手が声を上げる。

 

「なんだ…?」

 

 疲労でしょぼしょぼする目をこすり、もう一度レーダースコープに視線を向ける。と、対水上レーダーの画面にはっきりと輝点が映り込んだ。

 

「これは…」

 

 疲労も眠気もすっかり吹き飛んだ。

 いま少し時間を置き、レーダー画面の情報を精査した後、レーダー手は艦長に報告した。

 

「艦長、対水上レーダーに感あり。位置、本船団からの方位240度、距離21㎞。速度18〜20ノットで本船団に接近中」

「何?」

 

 フランクの眉間にシワが寄った。

 

「水上レーダーだと? ということは船か。反応の規模と大きさは?」

「反応は3列に分かれている模様。うち1列は反応が大であります」

「反応…大…?」

 

 フランクの顔色が一気に悪くなった。

 

「反応大…。ということは、これは…」

「戦艦、ですね……。ちなみに艦長、今日この時間帯にこの海域を通過する我が国の艦隊や船団はありますか?」

「いや、そんな予定は聞いていないぞ? それも、戦艦を含む艦隊なんて……だいいち、今の我が軍に戦艦を積極的に運用する余裕はそんなにないはずだが」

「で、ではこれは……もしかして……」

 

 レーダー手の声は尻すぼみになり、フランク艦長の顔は完全に血色を欠いて白くなっていた。そして、彼らの懸念は現実のものとなった。

 

『こちら見張! 水平線上に発砲炎! 大きさから推して、戦艦が複数!』

 

 見張員の絶叫に、「アリエス」艦橋の空気が凍りついた。

 

「まさか…!」

 

 それは誰の声だったのか。

 直後、「アリエス」艦橋の窓から青白い光が差し込んだ。

 

「星弾か! くそっ、奴らは敵だ、やるしかない!

誰か、司令と副司令を起こしてこい!」

「はっ!」

 

 比較的手の空いていた士官が、急いで艦橋を飛び出していく。

 

「総員戦闘配置! 対水上戦闘用意だ、急げ!

レーダー手、敵艦隊との距離と編成は!?」

「敵艦隊、本船団からの方位240度、20㎞! 艦列は3、推定で戦艦2ないし3、重巡2ないし3、軽巡・駆逐艦合わせて7隻ほどと思われます!」

「なんてこった…!」

 

 戦力差が絶望的なまでに大きい。

 こちらは重巡1、軽巡2、駆逐艦12。しかも大概の艦は旧式であり、さらにそのうち半数は傷物になっており、ただでさえ低いカタログスペックを十全に発揮できない。それに対して、敵は軽巡と駆逐艦ではこちらより少ないが、敵艦は全て無傷だ。重巡の数では上回る上にこれも無傷。そして何より複数の戦艦がいる。

 荷物を満載して脚が遅くなっている上に損傷艦を抱えている輸送船団は、戦艦の速力が18ノット程度しかなくても追いつかれてしまう。そうなれば、後は全艦が海の藻屑と消える運命しか待っていない。よって、第21地方隊の役割はただ1つである。

 

『こちら見張! 敵戦艦発砲しました、数は2隻!!』

「くそっ撃ってきやがった! さっきは星弾だったが、次は実弾が来るぞ!

副長、戦闘配置まだか!」

「まだ発令から2分しか経ってません! 流石に配置が間に合わないですよ!」

 

 「アリエス」艦橋内が騒がしくなった時、

 

「何事だ!?」

 

 さっき飛び出して行った士官を伴って、アイザック司令とリルケ副司令が相次いで艦橋に駆け込んできた。慌てて来たのだろう、制服の上着が乱れている。

 

「本船団は敵艦隊から砲撃を受けつつあります! 敵は昼間襲撃してきた機動部隊の護衛艦と思われます。敵編成は戦艦が少なくとも2、重巡2以上、軽巡・駆逐艦合わせて7隻前後です!」

 

 フランク艦長が早口で報告した。

 

「な、何だと!?」

 

 アイザックの驚愕を押し潰すように、甲高い音がどんどん近付き、極大に達する。

 次の瞬間、「アリエス」の右舷側海面が奔騰した。鮮やかなまでに白い水柱が、「アリエス」の艦橋すら超える勢いで太く高く立ち昇る。同時に、基準排水量1万1千トンを超える「アリエス」の艦体が、まるで時化の海に浮かぶ小舟のように激しく振り回された。

 

「うわあぁぁぁ!?」

「なっ何だこりゃあ!? 威力が高すぎるぞ!」

 

 乗員たちが狼狽える中、主力艦隊にいたことのあるアイザックはすぐに気付いた。

 

「こりゃオリオン級じゃない! 相手はヘルクレス級クラスだ! 衝撃から考えて、今の砲撃は41㎝砲だぞ!」

 

 敵戦艦はよりにもよって、主力艦隊の旗艦を務めることも多いヘルクレス級戦艦((なが)()型相当)だったのだ。

 オリオン級((こん)(ごう)型相当)なら、装甲は決して厚いとは言えないから、もしかするとタウルス級の20.3㎝砲でもどうにかなるかもしれない。だが、41㎝砲弾に耐える装甲を持つヘルクレス級となると話は変わってくる。こいつを撃沈するには魚雷しかない。

 

「大変なことになった…!!」

 

 リルケが頭を抱えた。その横でアイザックが命令を下す。

 

「輸送船団は、出せる限りの速度で退避せよ!

第21地方隊は全艦反転! これより接近する敵艦隊に対して砲雷同時戦を行う! 直ちに突撃を開始せよ!!

我らの命に代えても輸送船団を守れ!!」

 

 状況は絶望そのものだったが、それでも各艦の乗員たちはアイザックの命令によく従った。

 旧式駆逐艦とは思えないほど機敏な動きで、スコルピウス級やキャニス・ミナー級の駆逐艦が反転し、敵艦隊に向けて駆逐隊ごとに突撃を開始する。損傷している3隻の巡洋艦もこれに続いた。

 だが、反転する間にも敵艦隊は容赦無く撃ってくる。戦艦だけでなく重巡も加わったらしく、飛んでくる砲弾の数が一気に増えた。

 

「第17駆逐隊、なおも敵艦隊に向けて突撃中! 雷撃射点到達まであと5分!」

「『アルジャナフ』轟沈!!」

 

 悲報が飛び込んできた。

 5,500トン型に似た姿と性能を持つキャニス・メジャー級軽巡洋艦に属する「アルジャナフ」は、艦齢14年を数えるベテラン艦であった。これまでにも数々の作戦に参加し、派手なエピソードは無いながらも作戦成功を支え続けた功労者である。その功労者が喰らった砲弾は、たった1発のみ。だがその1発は41㎝砲弾であった。

 直撃の瞬間、強い白光が一瞬だけ夜の闇を消し去り、落雷にも似た轟音が響き渡った。次の瞬間には「アルジャナフ」の艦体は真っ二つに引き裂かれ、艦首と艦尾を逆立てて海面に飲み込まれていく。

 敵艦隊は戦艦・巡洋艦だけでなく、水雷戦隊も砲撃に加わった。こちらの駆逐隊の突撃を阻止する腹らしい。

 

「水雷戦隊を援護しろ! 撃ち方始め!」

 

 フランク艦長の号令から4秒遅れて、「アリエス」の主砲のうち正面に指向可能な2基4門が火を噴いた。しかし、昼間の空襲で魚雷を喰らった「アリエス」は艦体が傾斜しており、命中を期しがたい状態である。当てるつもりで撃ちはしたが、当たるとは考えにくい。

 案の定、20.3㎝砲弾は敵艦隊より遥か手前の海面に落下して海水を噴き上げるだけに終わる。入れ替わりに、敵艦の射弾が飛来した。

 直後、「アリエス」を取り囲むように多数の水柱が林立し、傷ついた艦体が激しく揺さぶられる。

 

『敵弾複数、本艦周囲に着弾! 至近弾です、距離は100メートル前後!』

「…くそっ、たった2射でこれか! 予想はしていたが、こりゃ精鋭中の精鋭じゃねえか!」

 

 見張員からの報告を聞いて、アイザックが顔を顰める。

 状況が完全に絶望でしかないのである。

 

「第226駆逐隊旗艦『クリムゾン・スター』轟沈! 敵重巡の砲撃を受けた模様!」

「第17駆逐隊、敵水雷戦隊と交戦中! 既に1隻が被弾炎上、被害甚大とのこと!」

 

 悲劇的な報告しか入ってこない。

 

「くそっ! 艦長、こうなったら…」

 

 アイザックがフランクに新たな命令を出そうとした時、その命令に被せるように甲高い音が急速に大きくなった。まるで、天そのものが落下してきたかのように思われた。

 アイザックとフランクが目を見開いたその時、彼らの視界はいきなり一面の白光に染め上げられた。そして強い衝撃と鼓膜を劈くような爆発音を感じる直前に、彼らの意識は闇の彼方に消えていた。

 重巡洋艦「アリエス」に、敵戦艦の放った41㎝砲弾が直撃したのである。落下してきた巨弾は艦橋の斜め上から突入し、艦橋を指揮要員ごと爆砕し、その後艦の深部にまで達してから爆発した。爆発の瞬間「アリエス」は強烈な閃光を発して束の間夜の闇を駆逐し、落雷より凄まじい轟音が大気を震わせた。カメラのフラッシュを何倍にも強くしたような閃光が収まった時には、「アリエス」は敵弾の炸裂と自身の主砲弾火薬庫の誘爆によって竜骨を叩き折られ、艦首と艦尾を逆立てて沈んでいく様を影絵のように見せているだけだった。

 旗艦の轟沈により、第21地方隊は深刻な混乱状態に陥った。そこに、敵の水雷戦隊が発射したらしき魚雷…グラ・バルカス帝国の軍艦乗りからは「青白く這う者(ペイル・クリーパー)」と呼ばれる「40式魔導酸素魚雷改」が次々と命中し、現場はさらに混乱していく。その混乱を見逃さず、戦艦と重巡洋艦は発砲を繰り返す。

 少しすると、そこに奇妙な飛行物体が加わった。矢状の光を曳く、小さな細長い物体である。それらは一度大きく跳ね上がり、ほぼ真上からグラ・バルカス帝国の軍艦に突っ込んだ。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 夜の海の上に幾つもの小さな太陽が少しの間だけ出現し、そしてロウソクの火がぽつ、ぽつと消えるように1つずつ闇に溶けるようにして消えていった。

 ロウソクの火が全て消えた直後、闇から姿を現したような艦艇群は速度を上げ、護衛のいなくなったOM356船団へと向かってきた。

 

「て、敵だぁっ!!」

「もっとスピード上げろ!」

「無理言うな! 機関が爆発しちまう!」

「護衛艦隊は何やってんだよちくしょおぉぉぉ!」

 

 輸送船団の方では、乗員たちがパニックを起こしている。

 それもそのはず、輸送船の乗員というのは大抵の場合民間人なのだ。如何にグラ・バルカス帝国といえども、輸送船の乗員を全員軍人で固められるほどの人的余裕はない。なので、輸送船に徴用した民間人を乗せていることも多いのである。

 その民間人たちにしてみれば、迎撃に向かった艦隊が全滅し敵が自分たちに砲口を向けている、というのは恐ろしいことこの上ない景色であった。

 しかも、こちらより敵の方が脚が速い。ただでさえ脚の遅い輸送船に荷物を満載しているから、こちらが遅いのは当然といえば当然だが。

 おまけに、相手は駆逐艦のような小型艦艇だけでなく、戦艦がいる。空母の登場で主力の座から降りたとはいえ、他の追随を許さぬ圧倒的な火力と存在感は、今なお戦艦が海の王者であると示す何よりの証である。

 その戦艦が追い縋ってくる。それも複数隻。

 

「ほ、砲撃用意!」

 

 輸送船の船長の中には、震え声で応戦準備を命じる者もいる。

 グラ・バルカス帝国のEC型戦時標準型輸送船は、自衛用の火器として10.5㎝単装高角砲2基と対空機銃数丁を装備している。それを使おうというのだ。

 だが、相手は駆逐艦ならいざ知らず、よりによって分厚い装甲で鎧った戦艦である。残った28隻の輸送船で一斉砲撃しても、105㎜砲など文字通り蟷螂の斧でしかない。

 

「お、おい! あいつら俺たちを…!」

 

 誰かが叫ぶ。

 敵艦のうち何隻かが、輸送船団のそばを追い抜いていくのが見えた。明らかに輸送船団を包囲する構えである。しかも…

 

「何てこった…戦艦が!」

 

 追い抜いていく船影の中に、明らかにでかい奴が1隻いた。すらりと高く伸びた艦橋に2本の煙突。他のどの艦よりも長い艦体。戦艦であることは間違いない。

 その戦艦の艦上に、突然強烈な発射炎が閃く。

 

「撃ってきやがった…!」

 

 その言葉は、輸送船乗員全員の恐怖を代弁した台詞だった。だが、敵戦艦の撃った砲弾は船団には落下してこなかった。……代わりに輸送船団の上空に青白い光の玉を複数出現させ、輸送船団の全貌を曝け出した。

 

「照明弾か…!」

 

 つまり、いつでも撃つというわけである。

 と、拡声器で拡大したらしい大きな声が、敵艦隊から響いてきた。

 

【グラ・バルカス帝国輸送船団に告げます。直ちに停船し降伏しなさい。然らざれば攻撃します。降伏した場合、身命の無事は保証します。

繰り返します。直ちに停船し降伏しなさい。従わない場合は攻撃します】

 

 銃口ならぬ砲口を突きつけての脅しである。

 既に船団の進路は、脚の速い駆逐艦や巡洋艦によって塞がれており、そこに戦艦が1隻加わろうとしている。そして今や、護衛艦隊を倒したと思われる新たな敵戦艦が2隻、船団後方に姿を現したところだった。

 もはやOM356船団に、選択肢は無かった。

 

「……降伏、しよう。もう逃げられない」

 

 船団指揮官の一言で、降伏は決定した。

 

 

 グラ・バルカス帝国の第21地方隊を全滅させ、OM356船団を降伏に追い込んだのは、ロデニウス連合王国海軍第13艦隊から分派された第132任務部隊"ナリタブライアン"だった。その陣容は、戦艦級が「()(そう)」「(やま)(しろ)」「アイオワ」、航空母艦級が「(うん)(りゅう)」「(あま)()」「(かつら)()」「(じゅん)(よう)」「()(よう)」、重巡洋艦級が「愛宕(あたご)」「(すず)()」「(くま)()」、軽巡洋艦級が「()()」「()()」「()()(くま)」、駆逐艦級が「()(つき)」「如月(きさらぎ)」「弥生(やよい)」「()(づき)」「()(つき)」「()()(づき)」「(ふみ)(づき)」「(なが)(つき)」「(あかつき)」「ヴェールヌイ」「(いかずち)」「(いなづま)」「(あられ)」「(かすみ)」「陽炎(かげろう)」「不知火(しらぬい)」「(てる)(づき)」である。どちらかといえば離島強襲上陸とその作戦支援を行う編成である。

 昼間のうちにこの船団を発見した"ナリタブライアン"は、その時刻から航空攻撃のチャンスが一度しかないと判断し、直ちに攻撃隊を発進させた。第六〇一航空隊を中心とする精鋭航空隊が、輸送船団に襲いかかったのである。しかしこの時、航空隊は敵の護衛艦を狙って攻撃するよう命じられていた。理由はもちろん、輸送船についてはなるべく拿捕するためである。

 積荷を満載している輸送船の脚は、かなり遅い。扶桑型航空戦艦の巡航速度でも十分追いつけるほどに。なので、拿捕しやすくするために先に護衛を排除することにしたのだ。西部劇の盗賊が馬車や列車の用心棒を先に始末し、その後でゆっくり金品をいただきにかかるのと同じ手口である。

 ということで、まず航空攻撃によって護衛を減らす一方、攻撃隊を送り出した"ナリタブライアン"は全速力で輸送船団との距離を詰めた。「アウトレンジ戦法」の要領である。

 攻撃隊を放った以上、回収する必要がある。そのため追撃の途上で"ナリタブライアン"は艦隊を二分した。攻撃隊の収容を行う空母組と、その護衛にあたる「アイオワ」「愛宕」「由良」「阿武隈」「睦月」「如月」「弥生」「卯月」「皐月」「水無月」「文月」「長月」「ヴェールヌイ」「霞」「照月」を残し、残るメンバーは扶桑型の脚に合わせて20ノットで引き続き前進。そして夜中、ついに船団をレーダーにて捕捉し、生き残っていた護衛艦と交戦してこれを殲滅。その後、追いかけてきた空母&護衛組と合流して輸送船団を完全に包囲し、降伏に追い込んだ訳である。

 

「臨検隊、全隊出動せよ!」

 

 本来は揚陸作戦時に使われるスロープから、臨検隊を乗せた内火艇が次々と発進し、輸送船団に向かっていく。

 

「何とか、上手くいったわね」

 

 船団の方を見つめながら、"ナリタブライアン"旗艦「扶桑」の艦橋にて"扶桑"は呟いた。

 どうにか輸送船団は降伏に追い込んだ。あとは乗員の身柄をこちらに移送し、その上で輸送船を物資ごと沈めるだけである。今のところ臨検は順調に進んでいるようだ。

 その時、輸送船団の方から、ビー! ビー! という警報音のようなものが微かに響いた。

 

「何の音かしら?」

 

 "扶桑"が首を傾げる一方、輸送船の1隻に乗り込んだ臨検隊の妖精たちの間では緊張が走っていた。

 

「これは…!」

 

 ビービーと耳障りな警報音を立てているのは、妖精の1人が持った機械である。機械の画面には何かの数値が表示されていた。

 

「おい線量計が鳴ってんぞ!」

「放射性物質か!?」

「この船、なんか鉱石詰め込んでるって話だっけか?」

「防護服隊員の増援リクエストを急げ!」

 

 線量計が鳴ったということは、相応の放射線が感知されたということだ。つまり…輸送船に積まれている鉱石ないしは船そのものが、何かしらの放射性物質を含んでいる可能性が高い。

 「未知の物質とか積んでる可能性あるし、備えあれば憂い無しだろ」と言って持ち出された線量計だが、まさか本当に反応するとは誰も思っていなかったのである。

 

「俺らもまさかこいつが本当に要るなんて思わなかったがな」

 

 言いながら出てきた妖精たちは、全身を防護服で覆っている。その異様な格好に、輸送船の船員たちがぎょっとする。

 

「積荷は船倉にあるって話だ、頼んだぜ」

「オッケー、ちょい待ってろ」

 

 全身を白い防護服とフルフェイスヘルメットで固めた没個性的な集団が、銃やカメラや線量計を片手にぞろぞろと突入していく。報告しなきゃならないことが増えたと、頭を抱える臨検隊の隊長妖精であった。

 

 

 2時間後、戦艦「扶桑」艦橋にて。

 

「輸送船の臨検が終了しました。輸送船乗員の移乗作業にかかっておりますが、問題が発生しました」

「問題?」

 

 深刻な顔で告げる妖精に、"扶桑"が首を傾げる。しかしその怪訝な表情は、一瞬で吹っ飛ぶことになった。

 

「輸送船のうち1隻に、ウラン鉱石が積まれていたのです」

「何ですって?」

 

 まさかの事態である。

 

「にわかには信じがたいですが、事実です。ウラン鉱石の積載量は推定1万トン。これは、輸送船の外見がリバティ級輸送艦に似ていることから推定した値です。膨大な量であると断言できます。

当該輸送船の臨検に当たった妖精たちは、被曝の可能性を考慮して既にアイオワに移乗、検査と簡易除染を受けています。

問題は、輸送船の乗員たちです。ざっと聴取した限り、どうも彼らは放射能を知らないようです。積荷はあくまで原石の状態であり濃縮されていないので、放射能そのものは弱いです。しかし、船に積まれてから今までの経過時間と、放射線遮蔽がゼロであることを考慮し、それなりの長期間に渡って被曝していると判断します」

 

 敵国人とはいえ被爆者がいるのは不味い。

 

「その輸送船の船員たちは、アイオワさんに任せるしかなさそうね…」

「現状ではそれが最善であると思います。あと、ウラン鉱石を積んだ輸送船をこのまま撃沈して良いのか、提督に確認していただきたいのですが」

「それは駄目なんじゃないかしら」

「ですよね」

 

 ご承知の通り、ウランは放射線による環境汚染を引き起こす可能性を指摘されている物質である。迂闊に輸送船を撃沈すれば、この海域が放射能で汚染されてしまう。後にどんな影響が出てくるか分かったものではない。下手をすると、どっかの映画よろしく50メートル以上の体高を持ち放射熱線を吐く怪獣を生み出しかねないのである。

 

「ということで提督に至急報告願います。差し当たり、ウラン鉱石を満載した輸送船をどうするか、被曝している船員たちをどうするか、お伺いを立てましょう」

「そうね。あと、ウラン鉱山と採掘・錬成場を探し当てることも具申しないと」

 

 頭痛案件間違い無しな仕事が増えてしまうなんて不幸だわ、と頭を抱える"扶桑"であった。

 同じ頃、同じ問題で"Iowa"も頭を抱えていた。

 

「放射線被曝!?」

「はっ。何でも、拿捕した Bakas の輸送船にウラニウムが積んであったとか。原石レベルなので大した被曝量ではないだろう、というのが本艦の医務室の見解ですが」

「Jesus…」

 

 こんな大海のど真ん中で放射線被爆者に()(くわ)すなんて、誰に想像できるだろうか。

 

「ただ、うちの妖精たちは良いとして、問題は Bakas の輸送船乗員たちが長期間に渡って被曝しているということです。そういう連中も治しておかねばならないでしょう」

「F⚫︎ck」

「聞かなかったことにしますので、代わりに受け入れと治療の許可をください」

「しょーがないわね…」

 

 そして、"扶桑"から連絡を受けた(さかい)も、連鎖的に頭を抱える羽目になった。

 

「う、ウラン積載、だと……」

「これはヤバいですね……」

 

 一緒に"ヤマト"も頭を抱えている。もはやドミノ倒しに誰かが頭を抱えることになっている。

 

「その…輸送船の乗員は、ウランについて何も聞かされてないのか?」

「は、扶桑からの報告によると、輸送船の乗員たちは特に何も聞かされておらず、鉄鉱石などと同じ鉱物資源、つまり戦略物資だから確実に本土に届けるように、としか命じられていないとのことです。おそらく、輸送船の乗員には知らせたくない、重要な情報があったのではないでしょうか。そして、そんな重要な情報の中身となると…」

「核兵器、しかないよな……」

 

 大変である。だが同時に朗報でもある。

 

「だがこの様子だと、おそらく核兵器はまだ作られていない。奴らのことだ、作ったらすぐにどっかに落としてくる。それがないとなると、まだ作られてない。

つまり…最悪でも製造段階。下手をするとまだ基礎研究段階って訳だ」

「ならば、さっさと製造工場やらウラン精錬所やら見つけ出して、全て破壊しなければなりませんな」

「全くだぜ。ああくそ、もう一回奴らの本土に侵入しなきゃならんのか。頭が痛い…」

「もう一回遊べるド…」

「ヤマト、それは言うな」

 

 冗談にしても(タチ)が悪い。

 

「とりあえず、被曝している輸送船の乗員にはアイオワで除染を受けてもらおう。ただ、これはあくまで応急処置だ。

ウランは(くし)()に言って、輸送船ごと回収する。その時に被爆者全員を釧路に移して、彼女の最先端医務室で徹底治療だ」

「了解です」

 

 副長妖精が下がった後、苦虫を1ダースほど噛み潰したような顔で堺は呟いた。

 

「あいつらマジで頭痛の種しか持ってきやがらねえな…。神風特攻のみならず、ついに核にまで手を出したか……」

 

 "ヤマト"が応じる。

 

「裏返しに言うと、敵にももう後が無いんですよ。それくらい追い詰められているんです」

(きゅう)()猫を噛む、とはまさに金言だな。奴らがこれ以上ロクでもない真似をする前に、戦争を終わらせねぇと」

「ですね。そして…私たちには、それを成し遂げる力がある」

「誰かがこれをやらねばならぬ、期待の人が俺たちならば……か」

「そこに3番も入れてくださいね」

 

 さらりとねじ込まれた要求に、堺が苦笑した。

 

「しれっと要求増やしやがる…が、幸せの歌を歌えるようにってのは俺も賛成だ。

とりあえず、ウラン鉱山の場所を特定しねぇとな。見つけ次第最優先でぶっ叩く。並行して本土の精錬所もな」

「どっちも第一優先目標には変わりませんけど、腕は2本しかありませんから必然的にどっちかを先に潰すことになりますよ。優先順位を考えてくださいね」

「ったく楽じゃねえなぁ……」

 

 必死に頭を回す堺であった。

 堺が頭を悩ませている間にも、OM356船団の乗員の移乗と、各輸送船の積荷の内容の確認は着々と進められた。そして、輸送船はウラン鉱石を積んだ1隻を残して全て艦砲射撃で沈められ、ウランを運んでいた輸送船は急報を受けて駆けつけてきた「釧路」の横腹へと飲み込まれていった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 少し時を巻き戻して、中央暦1644年4月2日 13時02分、アストラル大陸南西沿岸部 港湾都市バルゼル。

 元々は、天然の良港となっていた湾をアストラル王国が拓き、西方との交易拠点にして王国海軍西方進攻艦隊の拠点となっていたこの港町も、グラ・バルカス帝国に占領されたことでその原型をすっかり失っていた。

 まず港湾部はグラ・バルカス帝国の技術によってそっくり作り替えられた。天然の海岸岩と木製の桟橋だった波止場は、コンクリートと鉄筋とレンガ等で固められ、その上にドックやらクレーンやらその他の港湾設備や建物が作られた。一部は埋め立てられ、あるいは浚渫されてもいる。そうして作り替えられた港は、グラ・バルカス帝国海軍の艦艇錨地として、あるいは帝国本土に資源を運ぶ輸送船が使う資源積出港として使われ、現地人の漁船などは片隅に追いやられてしまっていた。

 また、港に近い市街地は、本来は現地人が開拓し彼らなりの建築技術や都市計画に基づいたものであったが、今やその面影は微塵も無い。帝国による占領が完遂された直後、帝国は陸軍の強力な戦力を以て全ての現地人を強制退去させると、元々の市街地の倍にも達する広大な土地を占領して帝国流の都市を築き、その周囲をコンクリートと鉄条網と機関銃を据え付けた監視塔からなる壁で囲んでしまった。追い出された現地人たちは、地球でいうスラムのような町並みを壁の外側に作り上げ、「徴税」とか「労役」等の形による帝国の搾取に喘ぎながら、あるいは壁の上から無言の睨みを効かせる機関銃に怯えながら、日々を暮らしている。

 

 そんなバルゼルの港には、今日も輸送船団が入港していた。先日出港したOM356船団と入れ替わるように入港してきたOM358船団である。鉱石類や原油といった戦略物資を積み込み、明日出港する予定だ。

 最近のグラ・バルカス帝国本土では、戦略物資の重要性が増している。鉄鉱石なんかは兵器を作るための原料だから無論必要だし、作った兵器を動かすのに必要なガソリン、その原料となる原油もまた重要なのである。特に、帝国本土の民間では木炭で動く自動車やバスが走っているくらい、ガソリンが足りないのだ。原油は何としても届けたい代物である。

 OM358船団の護衛にあたるのは、本国艦隊の第54地方隊である。オリオン級戦艦「ネカル」を旗艦として、戦艦1、正規空母1、小型空母1、重巡洋艦1、軽巡洋艦3、駆逐艦20、補給艦4からなる艦隊だ。ただ、数は立派だがお約束のように旧式艦ばかりだ。正規空母も、ペガスス級が出る前の主力を担ったアンドロメダ級((そう)(りゅう)型相当)である。

 この地方隊の司令官を務めるマーティ・ヴァリアント准将は、バルゼル港湾基地司令部の会議室へと赴くところであった。2日後に出港が迫っており、資源の積み込み作業の状況確認や、戦闘機による護衛状況(大陸沿岸部では陸軍戦闘機隊によるエアカバーが行える)・航路の打ち合わせ等がその目的である。

 マーティは中肉中背の中年男性といった出で立ちである。中年と聞くと、お腹の突き出た冴えないおっさんをイメージするかもしれないが、彼の身体はそれなりに絞られており、胸板も軍人相応に厚い。ただの"椅子磨き"ではないことがよく分かる。加えて肌はよく日焼けしており、不揃いのように見えて実は整えられている無精髭も相俟って、まさしく"海の男"というに相応しい風貌である。

 日本だと学校の校舎を思わせる直方体形の4階建ての、鉄筋コンクリート構造の重厚な建物、その3階に会議室がある。扉を開けると、港湾基地司令カーティス・フィンチ大佐と、物資輸送管理担当官ザカリー・スティーブンソン少佐が待っていた。カーティスはマーティと同じくらいの年齢だが、こちらは太っており、"椅子を尻で磨いている"ことが一目で分かる。

 

「お待たせして済まない」

「いえ、こちらも1分前に集まったところですから、お気になさらないでください。むしろこちらこそ、お忙しい中お呼び立てしてしまってすみません。

早速始めましょう、こちらへどうぞ」

「うむ」

 

 港湾基地司令部付の従兵がコーヒーを淹れる傍ら、打ち合わせが始まる。まずは船団への物資の積み込み状況の確認だ。

 

「船団への物資の積み込みは、あとどれくらいかかりそうだ?」

「はっ、本日12時現在で9割の物資の積み込みが完了しております。このまま作業が進めば、予定通り明日の8時を期して出港が可能です」

 

 マーティの質問にザカリーが澱みなく答える。

 ザカリーは海軍軍人にしては線が細く色白で、眼鏡をかけた真面目そうな顔つきであるせいもあり、まともに海の上で過ごしてきたようには見えない。だが、これでも彼は地方隊司令部の航海参謀をやった経験を持っており、潮気が(一応)入っている。今回は航海参謀としての経験を買われ、この基地の物資輸送管理担当に任命されていた。

 

「うむ、了解した。後は何を積み込む必要があるんだ?」

「は、残っているのは原油が1万トン。それと、"重要戦略物資"であります」

「重要戦略物資? 何だそれは? 原油ではないのか?」

「はい、原油ではないのであります。私もこの目で確認しましたが、重要戦略物資の正体は鉄鉱石のような鉱石らしきものでした」

「鉱石か…」

 

 マーティが唸るような声を出す。

 

「ふーむ、確かに必要な物資ではあるが…そんなに重要視するべきものなのだろうか?」

 

 カーティスが口を挟んだ。

 

「我々にも詳しいことは分かりかねます。ですが、どうも本国がこれを重要視しているようでして」

「要するに、帝王陛下の肝入りというわけだ。余計な詮索をせず黙って運ぶが吉だろうな」

「そうですね」

 

 彼らは知らないのだが、この"重要戦略物資"というのはウラン鉱石のことである。その用途は…推して知るべし。

 

「まあともかく、ほぼ予定通りに積み終えているようだな、良かった。航路はいつもので良いか?」

 

 マーティがそう尋ねると、カーティスとザカリーは顔を見合わせて微妙な表情を浮かべた。そしてカーティスが、何だか言いにくそうに言葉を発する。

 

「それについてなのですが……この会議が始まる少し前に本国から重大な情報が伝えられまして。それに伴い、航路を変更していただく方がよろしいかと思われます」

「重大な情報だと?」

 

 航路の変更。そんなことは、マーティの知る限りほとんど起きたことがない。嵐が起きている海域を避けるために、航路を一部変更することはあったが、航路を大筋から変えることはなかった。それが今、起きようとしているのである。

 よほどのことがあったとしか思えなかった。

 

「何があった?」

「は、俄には信じがたいのですが…帝都が今朝、敵襲を受けたそうです」

「何っ!?」

 

 まさしく(せい)(てん)(へき)(れき)であった。

 

「帝都に敵襲だと!? そんなこと、この世界のどの蛮族にも不可能だろう! ミリシアル国にだってできることではないはずだ!」

「我々としても、とても信じられません。ですが、報告によると帝都の軍港は本日深夜に敵潜水艦に侵入されて砲雷撃を受け、さらに明け方から空母機動部隊の艦載機による大規模空襲を受けて、甚大な被害を出した模様です。戦艦2隻、空母4隻を含む多数の在泊艦艇が沈没又は着底し、損傷艦も多数発生、在泊艦艇の7割は何らかの被害を受けたとのことです。軍港近くの石油コンビナートは、敵潜水艦の砲撃によって大火災が発生し、備蓄されていた石油が次々と煤になりつつある模様です。

また、帝都郊外の飛行場が壊滅したばかりか、国土中部のオラーク水力発電所が攻撃を受け、ダムが決壊したことによる洪水が発生。国土の中部・東部一帯に夥しい被害を出したとのことであります」

「な、なんと…!」

 

 マーティは軽い頭痛を覚え、額に右手を当てた。

 

「空母機動部隊の空襲となると、本土近海に大規模な敵艦隊がいることは間違いないな。しかも、敵は帝都防衛隊による鉄壁の守りを突破するほどの精兵らしい。

敵の規模に関する情報はあるか?」

「はっ。報告によると、敵機の空襲は1回だけでした。ですが、その1回で襲ってきた敵機の数は、どう少なく見ても800は下らないとのことです」

 

 字面だけ見れば、カーティスは冷静に報告しているように見えるかもしれない。しかし、報告するカーティスの顔は苦虫を1ダースばかりも噛み潰したようなものになっており、その声も震えている。激情を抑えるのに苦労しているのがありありと見てとれた。

 

「800…だと…?」

 

 敵のあまりの規模に、マーティの表情が引き攣った。

 

「これでは、第54地方隊の全戦力を注ぎ込んでも勝ち目はないな。敵艦隊に遭遇せぬよう、索敵を厳にして交戦を避けなければ」

 

 船団の護衛部隊では、この規模の敵機動部隊にはとても太刀打ちできない。一度でも敵の斥候に見つかったが最後、畑に襲いかかるイナゴの群れのように敵機がわんさかと飛んできて、船団はあっという間に喰らい尽くされるだろう。そして、せっかくの物資は全て水底に直送されてしまうに相違ない。

 

「敵艦隊の推定位置は?」

「報告では、敵艦隊は本土の東部〜南東部にかけての近海、沿岸からの距離500㎞以内のどこかに展開していると見積もられています」

「帝都を空襲したとなると、おそらくそのくらいの位置だろうな。我が方の船団の巡航速度は10ノット、アストラル大陸から帝国本土までの距離は直線距離にして2,000㎞。4日と12時間で到着する。

敵機動部隊は、帝都空襲後に本土近海を離れているはずだ。留まっていれば、本土の他の飛行場から大挙出撃した我が方の航空機に襲われるからな。普通に考えれば、ムー大陸の方にまっすぐ引き返すはずだ」

「そうですね、私もそう思います。ザカリー、君はどう考える?」

「私はあくまで物資輸送の管理責任者ですから、主力艦隊の動きまでは掴みかねますが……我が方の主要な爆撃機の作戦時航続距離はおよそ1,000㎞ですから、そこから離れるまでは敵艦隊は全速力で東進するでしょう。そう考えますと、OM358船団が西に向かって直進した場合、敵機動部隊とぶつかるのは早ければ出港した翌日、遅くとも出港2日後になる可能性が高いと思われます」

「なるほど…」

 

 マーティは頷いた。

 

「敵の規模を考えれば、迂回航路を取るしかないな。OM358船団は出港後、2日くらいはアストラル大陸南岸〜西岸に沿って北上しようと思うが、どうだろう?」

「それが良いのではないかと思われます。沿岸部なら陸軍戦闘機隊の上空援護を受けられますから、敵機動部隊の襲撃にも対応が可能です。また、西岸のアルギエステ港まで行けば燃料の補給が可能ですから、本土に向かう分にも燃料切れの心配はないでしょう。

ザカリー、アルギエステに立ち寄った場合は、船団は本土到着までどのくらいかかりそうだ?」

「少々お待ちください」

 

 会議室のテーブルに広げられた海図に三角定規を当て、ザカリーは海図に数字を書き込んで計算している。1分ほどで計算が終わった。

 

「燃料補給に1日かかるとして、8日と18時間でラグナに到達可能です」

「ほぼ9日か…思ったより時間がかかるが、やむを得んか」

「やむを得ないかと思います。船団に被害が出て物資を沈められるよりはマシでしょう」

 

 マーティとカーティスは顔を見合わせて頷いた。

 その瞬間、プーッという耳障りな大音響が響いた。突然の大音響に3人とも固まる。しばらくしてようやく理解が追いついてきた。

 

「な!? これは…空襲警報!?」

「警報だと!?」

 

 3人の驚愕を塗りつぶすように、スピーカーから切迫した声が飛び出す。

 

『空襲警報! 空襲警報!

当バルゼル基地南方、水平線上に敵機大編隊! あと4分で基地上空に到達する見込み!

全員至急戦闘配置につけ! これは訓練じゃない!!

繰り返す! 敵機大編隊、基地上空まであと4分!! これは訓練ではない! 直ちに戦闘配置につけ!!』

 

「な…何だとぉ!?」

 

 マーティが叫んだ。

 

「空襲だと!? な、何故こんなところに!?」

「て、敵艦隊は帝都付近にいるはずでは!?」

 

 カーティスも蒼白な顔で叫ぶ。そして2人の司令官は、同時にとある可能性を思いついた。

 

「「まさか…別働隊!?」」

 

 普通に考えれば、敵は帝都方面に大規模な空母機動部隊を差し向けると同時に、別働の機動部隊をこちらに差し向けてきた、ということになる。敵の兵力の膨大さが窺える。

 

「こんな、ムー大陸から遠く離れた地にまで別働隊を送り込んでくるとは…」

「とにかく、防空壕へ逃げましょう!」

 

 我に返ったようにザカリーが声を上げた。

 敵機到達まであと4分しかないのでは、走っても意味がない。旗艦に戻る前に敵機が襲ってくる。防空壕に避難してやり過ごすしかない。

 

「うむ、そうだな。逃げよう!

マーティ司令、こちらへ!」

「分かった!」

 

 慌てて会議室を飛び出す3人。防空壕に向かう途中、配置に向かう何人もの兵員とすれ違うが、誰も彼もが一様に顔に焦りをへばりつけ、敬礼を省略する者すらいた。

 

(こんなところに敵襲なんて予想していなかったから無理もないが……秩序とはかくも(もろ)いものなのか……)

 

 愕然とするカーティスとザカリー、しかし足は止めない。建物を出て左へ曲がり、中庭の片隅に掘られていた防空壕へと駆け込んでいった。

 安堵の息を吐く暇もなく、耳障りな空襲警報に加えて外から異音が聞こえてくる。

 

ゴオオオオォォ……

 

 敵機のエンジン音だろうが、それにしては変だ。「アンタレス」などのようなレシプロエンジンの音よりも甲高く、金属質な音がしている。

 

「な…あれは…!?」

 

 壕の入口から外を見て、絶句するザカリー。

 ザカリーは空を飛ぶ敵機の姿を直接見たのだが、それは異様という他ない姿形をしていた。「アンタレス」に似てほっそりした機体だが、プロペラが無く、代わりに主翼下に一対の円筒形の構造物を吊り下げている。

 

「何だあれは……あんな機体、帝国には無いぞ!」

 

 ザカリーが驚いている間に、敵機は防空壕の上を素通りしていく。

 

「まずい、軍港併設の飛行場が狙われている!」

 

 敵機の狙いが分かったところで、ザカリーにはどうすることもできない。

 程なく空襲が始まった。

 

バラバラバラッ、ドドドパパパパパン!!

 

 雨垂れのような音に続いて響く、数百発の爆竹をいっぺんに爆発させたような音。

 

グオオオォォン…ドドドドドドッ!!

 

 レシプロ機の機銃掃射と分かる、連続した重低音。

 

ウウウウウウウッ! ……ドオォォォンッ!!

 

 サイレンを思わせる不気味な高音と、それに続く凄まじい衝撃と爆発音。敵機の急降下爆撃だ。衝撃と爆発音の大きさで、爆弾の落下点が防空壕に近いか遠いかが何となく分かる。

 

ズズウゥゥン…

 

 遠くから聞こえる鈍い音。おそらく魚雷の水中爆発だろう。軍港にいる輸送船団、又は味方の軍艦が攻撃されているようだ。

 鈍い爆発音の中に、一度だけ一際大きな爆発音が混ざった。弾薬庫が誘爆したらしい。

 それらの音の度に、味方が何らかの被害を受けている。

 

(ちくしょう…ちくしょうっ! 何もできないまま、この世界の蛮族にいいようにやられるなんて…!)

 

 それが3人の共通認識であった。

 

 

 永遠に続くかと思われた騒音は、突然静かになった。実際には、空襲警報が鳴ってから1時間ちょっとしか経っていなかったが。

 マーティ、カーティス、ザカリーの3人は、恐る恐る防空壕から顔を出した。その途端に絶句する。

 防空壕の近くにあった対空機銃はハチの巣にされており、操作していた兵士たちの姿はどこにもない。代わりに機銃座の辺りには一面真っ赤な液体がぶちまけられ、その中に1本だけ腕が転がっている。焼け焦げた臭いに混じって、吐き気がするほど濃い鉄のニオイが鼻をついた。

 そして、司令部の建物は怪物に食いちぎられたように4階と3階が大きく欠損していた。この分だと2階と1階も内部はめちゃくちゃだろう。

 基地内を歩き、被害の様子を確認する3人。だが、どこもひどい有り様だ。

 基地の建物は、最低1発は爆弾を喰らっているようで、兵士たちの懸命な消火活動を受けている物や大きくたち割られた物、中には完全に倒壊してペシャンコになった物まである。

 基地併設の飛行場は、焦げたところとそうでないところが入り混じって下手くそな画家の描いたモザイクアートを思わせる光景になっており、エプロンに並んでいた戦闘機も爆撃機も全て残骸と化していた。周囲の対空陣地も軒並みやられており、力無く地面に転がる高射砲の砲身の周りには真っ黒焦げになった人体が無造作に散らばっている。

 そして軍港まで戻ってきた時、3人は息を呑んだ。

 オリオン級戦艦「ネカル」が艦首と艦尾を逆立てており、燃える巨塔と化した前部艦橋が斜めに傾いていた。敵の雷撃で第2主砲の弾火薬庫が誘爆し、艦体を真っ二つにしてしまったのだ。

 その隣で、アンドロメダ級正規空母「アディル」が、右舷に多数の雷撃を受けたらしく左舷を上にして横転、着底している。巡洋艦や駆逐艦の中には、直撃弾を喰らって燃えている艦もあった。

 そして、それよりも悲惨なことになっていたのがOM358船団の輸送船たちである。ある船は多数の魚雷に下腹を抉られて横転し、夥しい量の原油をこぼして海を黒く彩っている。ある船は全身を炎に包まれ、雲をも焦がせとばかりに高々と火柱と黒煙を噴き上げている。ある船はもはや二つに折れて着底し、船橋だけが落城した城のように虚しく海面から突き出ている。ある船は船首に魚雷を受けたようで、船首部分がほとんど海面下に没し、波が最上甲板を洗っている有り様だ。

 船団に所属する40隻の輸送船のうち、少なくとも半数が目に見える被害を受けていた。残った船も、一見すると被害がないように見えるが、実は船倉に爆弾を受けて積荷が台無しになっていたり、至近弾の爆圧でスクリューや舵を捻じ曲げられたりしている。攻撃を免れた輸送船は数えるほどしかなかった。

 そして、海面にも無数の人体が浮かんでいた。全身を火に巻かれたのか、焦げた頭髪と黒ずんだ身体を海面に浮かべたもの。魚雷を喰らって沈む艦に巻き込まれたらしい、青白くむくんだ顔を見せるもの。どれも既に事切れているのは明白である。

 岸壁に目を向ければ、クレーンが倒壊してドック入りしていた艦を押し潰し、燃え落ちて骨組みだけになった倉庫が佇み、アメのようにねじ曲がったレールの周囲には爆砕された貨車の破片と積荷だった"重要戦略物資"が撒き散らされている。

 どっちを向いても、破壊と死の痕跡しかなかった。それらの間を生き残った兵士や職員が走り回り、消火活動や救助作業を行っている。

 

「なんてことだ……船団が……私の艦隊が……」

 

 マーティががっくりと膝をついた。

 

「こんな場所にまで攻撃を仕掛けてくるとは……帝国は、何を敵に回してしまったんだ……」

 

 虚ろな目をしてカーティスが呟く。

 

(内庭とも言うべき場所にまで空母機動部隊が襲ってくるなんて……もう、帝国の領土や航路はどこだろうと安全ではないのかもしれん…)

 

 混乱するザカリーの頭で考えられたのは、ただそれだけだった。




OM356船団は、帝国本土に向かう途中で"ナリタブライアン"に捕捉され、降伏して全滅。積んでいた物資はウラン鉱石以外、全て海底に配達されてしまいました。そしてOM358船団に至っては、出港すらできずに港の中で叩き沈められています。これでまた、グラ・バルカス帝国本土が一歩貧乏になった訳ですね。
アストラル大陸のバルゼルを襲ったのは、第五航空戦隊を主力とする第131任務部隊"シンボリルドルフ"です。大陸にある拠点なので、他の飛行場から敵機が飛んでくる可能性を考慮し、1回の空襲に全ての稼働機を突っ込んで攻撃を終えたら即離脱、という攻撃を行いました。


評価10をくださいましたそら河様、ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

アストラル大陸をはじめ、グラ・バルカス帝国本土から見て東方で暴れ回るロデニウス海軍第13艦隊。その一方、帝国本土西方海域でもロデニウス海軍の任務部隊が暴れていた。物資輸送の中継点となっていたグラ・バルカス帝国の植民地に、攻撃の矛先が向けられた…
次回『ラヴクラフト③ 離島強襲作戦』
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