鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
ここまで来られたのも、ひとえに皆様の応援のおかげでございます。本当に、ありがとうございました!
そして、今後とも拙作をよろしくお願い申し上げます!
評価9をくださいました霧島174様、ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!
今回でフェン王国の戦いは最終章となります。
さてやってまいりました、艦隊決戦!日本海軍なら、これをやらずにはいられない…!
なお、ここだけの話、魚雷戦の描写を押し込んでみたら、文字数がまた2万を超えてしまいました。さすがに2万7百も書いてませんが…
それと、今回は「029.1 中央暦1639年のクリスマス」と同時に投稿しています。そちらのほうもお読みいただけますと、幸いです。
中央歴1640年1月28日 午前11時、フェン王国 ニシノミヤコ西方60㎞の沖合。
そこには、列強パーパルディア皇国の正規軍…皇国海軍の大艦隊が展開していた。総数は183隻。それらの艦の大半が100門級戦列艦で、しかもそのうち半数以上は、対魔弾鉄鋼式装甲を側面に張ったことで、黒光りしていた。
フィシャヌス級100門級戦列艦……現在のパーパルディア皇国海軍における主力艦にして、同国の技術と
そして、この大艦隊の中央には、フィシャヌス級戦列艦すら凌ぐ巨体と砲門数を誇る戦列艦が1隻いた。艦隊総旗艦である、120門級超F級(超フィシャヌス級)戦列艦「パール」である。これは、現在パーパルディア皇国海軍全体で見ても、たった13隻しか建造されていない超F級戦列艦であった。パーパルディア皇国の軍艦の中でも、最強クラスの艦である。
(なお、
その「パール」の艦首に立ち、パーパルディア皇国の将軍シウスは、水平線の辺りを見詰めていた。
彼の見詰める先には、10隻ほどの黒い船影が見える。フェン王国の艦隊は既に亡き者になっているはずであるから、十中八九ロデニウス連合王国の艦隊だろう。
今の敵と自軍の距離は、だいたい15〜16㎞というところか。
「ダルダ君、君は勝てると思うかね?」
シウス将軍は、すぐ隣に立つ筋骨逞しい壮年くらいの男性……戦列艦「パール」の艦長ダルダに話しかける。
「これほどの大艦隊と、最新型の戦列艦を以てすれば、有名な神聖ミリシアル帝国の『第零式魔導艦隊』を相手にしても負けますまい」
ダルダは、シウスの問いに即座に答えてきた。
(本当か……? 神聖ミリシアル帝国の第零式魔導艦隊は、かけ値なしに世界最強とすら言える艦隊だ。そんな艦隊に勝てるとは、流石に思えんが)
シウスは訝しみながらも、ダルダの話の続きを聞く。
「海戦において勝敗を決するのは、戦列艦の質と量です。今回の我が軍の場合ですと、第三文明圏最高の質を持つ『フィシャヌス級戦列艦』をはじめ、皇国の一線級の艦ばかりが183隻も揃っています。これほどの量と質を超えるものなど、少なくとも第三文明圏には存在しません」
ダルダは、圧倒的な自信を見せる。第三文明圏最強という部分については、シウスも同意した。
確かに、パーパルディア皇国軍は数だけなら、まだ第三文明圏のどこの国にも負けやしないだろう。……そう、数「だけ」なら。
実際には、今から戦おうとしているロデニウス連合王国軍は、パーパルディア皇国のそれを遥かに凌駕する「質」を持っているのだが。
「もし仮に、ロデニウス連合王国軍の艦の
圧倒的どころか、ダルダはもはや絶対の自信を見せている。
「我が方の圧勝でござ……」
ところがその瞬間、
「右側に敵騎多数接近! 海面ギリギリの高度を突っ込んできます!」
マストの上に登っていた見張りが叫んだ。同時に、全艦に向けて警報音が鳴らされる。それは、ムー国製のサイレンとかいうものを導入したものだった。
「「なにっ!?」」
シウスとダルダは、揃って驚愕した。
慌てて右側を見ると、見張りの言う通り、20騎ほどの飛竜が、真っ直ぐこちらに向けて突っ込んでくる。海面ギリギリの高度を、一糸乱れぬ編隊を組んで飛んでいることから、練度の高さが窺える。
ここでシウスは、あることに気付いて叫んだ。
「何故、こんなところに近付かれるまで誰も気づかなかったんだ!? おい、対空魔力感知器には反応はなかったのか!?」
「はい、対空魔力感知器には何の反応もありませんでした! 現在も、あの敵騎の反応は入っていません!!」
シウスの問いに返ってきたのは、予想だにせぬ乗組員の絶叫。
「何だと!? どういうことだ!? 壊れたのか?」
シウスが聞き返すと、
「い、いえ、感知器は正常に作動しています! つ、つまり……敵の『あれ』は、少なくとも
更にとんでもない答えが返ってきた。
「
さっきまでの絶対的自信はどこへやら、ダルダが青くなって慌て始める。
シウスは、もう近くまできている敵飛竜を睨んで…あることに気が付いた。
「は、羽ばたいていない!?」
そう、敵の飛竜は羽ばたいていないのだ。だというのに、ワイバーンロードも真っ青の速度で突っ込んでくる。
「もしや……飛行機械か!?」
シウスがその可能性に思い至ったその時、海面すれすれを飛んでいた敵飛竜(?)が、一斉に何かを海面に投下した。そして高度を上げ、味方の艦隊の頭上を越えていく。
「奴ら、何かを海に落としたぞ! 何だ?」
シウスは海面を見詰めた。
と、敵飛竜が去った海面から、何か白い線が幾つも伸びて、艦隊めがけて突進してくるではないか。その数は、敵の飛竜と同程度ある。
シウスは直感した。
「あれは攻撃だ! 全艦、海面の白い線を
慌てて魔信に怒鳴るも、もう遅い。
海面の白い線……空母「
ズズーン! という水中爆発特有のくぐもった鈍い音が響き、海面に高い水柱が連続して立ち上る。魚雷を受けた戦列艦は、たった一撃で真っ二つに折れ、積載された砲弾の誘爆も相俟って、一瞬で沈められていった。
「な!?」
顔面蒼白でダルダが叫ぶ。
「バカな!
魚雷は、対魔弾鉄鋼式装甲を施したフィシャヌス級戦列艦だろうと、容赦なく
いくらフィシャヌス級といえども、対魔弾鉄鋼式装甲を張っているのは水面上に出た艦体の側面だけ。喫水線の下は、ただの木造船でしかない。そんな船が、日本軍の技術の粋を集めて作られた九一式航空魚雷改に、敵うわけがないのだ。
この一撃だけで、パーパルディア艦隊はフィシャヌス級戦列艦を含む18隻を、一挙に失った。
「そんな……! たかが敵飛竜
ダルダはすっかり自信を失っていた。シウスも顔が青くなっている。
(まさか、こんなことになるとは……)
そんな思いを、誰もが抱いたその時だった。
先ほど攻撃していった敵の飛竜が、Uターンして戻ってきたのだ。艦隊の上空から急降下しつつ、翼の中ほどをチカチカと連続で光らせる。
ダダダダダダ!
奇妙な連続音がシウスの耳に飛び込んできた。
次の瞬間、
ドガァァァン!
真っ赤な火線を突き立てられたフィルアデス級100門級戦列艦の1隻が、大爆発を起こして木っ端微塵に吹き飛ぶ。
ちなみに、艦上攻撃機である「流星」や「流星改」が、何故急降下なんぞできているのかというと、もちろん理由がある。
「流星改」、そしてそれの元となった機体である「流星」艦上攻撃機は、分類こそ艦上攻撃機だが、本当は急降下爆撃も行える『艦上
そして「流星」も「流星改」も、艦上攻撃機という分類とは裏腹に、そこそこの機動性ととんでもない大威力の機銃を兼ね備えてもいる。「流星」や「流星改」に搭載された機銃は、後部座席の13㎜旋回機銃1丁に、主翼内部に収納した20㎜機銃2丁。ある意味零戦すら超える火力である。
今、計18機の「流星」と「流星改」は、その運動性能に物を言わせて、パーパルディア艦隊の直上から20㎜機銃による機銃掃射をかけたのだ。それによって、ターゲットにされたフィルアデス級戦列艦は、機銃弾が甲板を貫通して弾薬庫に飛び込み、砲弾が炸裂して勝手に大爆発を起こしたのである。攻撃隊は行き掛けの駄賃とばかりに、後部座席の13㎜旋回機銃からも機銃掃射を浴びせ、船体を破壊し乗組員を殺傷していった。
これは何も、フィルアデス級に限った話ではない。流星に狙われた戦列艦はその艦級を問わず、10隻ばかりが凄まじい火柱を噴き上げ、轟音を上げて燃え盛っている。フィシャヌス級戦列艦も例外なく、大爆発を起こして轟沈していた。
(「轟沈」とは、攻撃を受けてから物凄く短い時間…大体1分半程度で、船が沈没する現象をいう)
「なんということだ……!」
シウスは、もはや言葉を失っていた。
空からの攻撃になす術もなく、次々と破壊され沈んで行く味方の戦列艦。古いタイプであるケブリン級80門級戦列艦であろうと、最新鋭のフィシャヌス級100門級戦列艦であろうと、区別はない。
ともに鍛え、ともに戦場を駆け抜けた部下たちが、何もできぬまま殺されていく。それはもう、悲しくなるくらい余りにもあっさりと。
10分ほどで敵は飛び去った。だがその間に、パーパルディア艦隊からは実に58隻が、
しかも……シウスもダルダも、敵飛竜の攻撃が怖すぎて半分忘れていたが、この間にロデニウス連合王国艦隊は、距離を詰めてきていたのだ。シウスは、見張りの叫びでそのことを思い出した。
現在の敵艦隊との距離は、約10㎞。
「くそ! 大きい! そして速い!」
シウスは、縦一列に並んで接近するロデニウス連合王国の艦隊を見て歯軋りした。
どの艦も、見たことがないほど大きい。特に、艦隊の前方と後方には、パーパルディア皇国の戦列艦のおよそ3倍の巨体を持つ大型の軍艦が、1隻ずつ航行していた。その2隻には、これまた見たことがないほど巨大な魔導砲が載せられている。それ以外の小艦艇でも非常に大きく、パーパルディア皇国の戦列艦の2倍はありそうだった。
見る限り、それらの船の砲は最大でも10門前後。砲門数だけでいえばこちらが多い。だが敵の砲の大きさは、比べ物にならないくらい大きい。
それに加えて、マストらしきものはあっても、帆がどこにも見当たらない。
シウスは、以前に見たことのある、ムー国のラ・カサミ級戦艦の魔写を思い出す。あの戦艦には帆がなかったし、“回転砲塔”という機構が積まれていた。魔導砲の大きさからして、おそらくロデニウス連合王国の艦隊も、同様のものを持っているのだろう。だとすれば、ムーのそれをコピー生産したのだとしても、とんでもない技術力だ。
それに加えて、敵の艦隊の速度は少なく見積もっても15ノット。こちらより優速だ。
とてつもなく、嫌な予感がする……
(だがな)
シウスは考えた。
(あれだけの速度だ。それにこちらも12ノットの全速で走っている。おそらく砲撃は、そう簡単には当たるまい)
シウスが考えた、その時だった。
先頭に立つ4隻ほどのロデニウス連合王国の軍艦の砲口が、パッと眩い光を断続的に放ったのだ。続いてそれらの艦の砲口から、煙が発生するのが目に入る。
「敵艦発砲!」
見張りが叫ぶ。
「まだ10㎞ほど離れているぞ。何のつもりだ?」
「何かの威嚇のつもりでしょうか?」
敵の行動を理解しかね、シウスとダルダは会話を交わす。
その瞬間……“破壊と殺戮の宴”が始まった。
「敵針路265度、速力12ノット、1時の方向、距離ヒトマルマル(10,000メートル=10㎞)。各種諸元入力よし!」
「右舷反航戦、砲雷撃戦用意よし!」
「全艦、砲撃ヨーイよし!」
ロデニウス連合王国海軍第13艦隊・フェン救援艦隊の旗艦、戦艦「
それを受けて艦橋の中心に立っていた、白い巫女装束を身に纏った女性……戦艦娘"扶桑"が、右手を肩の高さまで上げ、パーパルディア艦隊を指差しながら号令を発した。
「主砲、副砲、撃てぇ!」
艦橋に、ブーというブザー音が響いた。
それが途切れると同時に、大音響が鼓膜を震わせる。艦体に強烈な反動がかかり、金属製の艦体がびりびりと細かく震えた。
戦艦「扶桑」の艦体前方に設置された主砲……「試製41㎝三連装砲」2基が、砲撃を放ったのである。
(史実における戦艦「扶桑」の主砲は、35.6㎝砲連装6基、計12門である。だが、この「扶桑」は、艦娘となっている上に二度に亘る大改装を受け、航空戦艦と化していた。そのため、主砲の門数自体が減った代わりに、史実では搭載しなかった41㎝砲を搭載し、結果、現在のこの「扶桑」の主砲は、41㎝砲連装2基、三連装2基、合計10門となっているのである。主砲は艦体前方に三連装砲2基、艦橋後方の艦体中央部に連装2基が設置されており、艦体後部は水上機運用のための航空甲板になっている)
続けて、「扶桑」の艦体側面にずらりと並んだ「15.2㎝単装副砲」が、一斉に砲弾を撃ち出す。
それに続くように、艦隊の先鋒を務める軽巡洋艦「
狙い澄まして発射された一撃必殺の砲弾が、次々とパーパルディア艦隊に降り注ぎ始めた。
最初に洗礼を浴びたのは、竜母艦隊の存在を確認しにいって戻ってきて以降、パーパルディア艦隊の先鋒を務めていたフィシャヌス級100門級戦列艦「ロプーレ」だった。ベテランの駆逐艦娘"磯波"が叩き込んだ12.7㎝砲弾を、右舷の横っ腹に受けたのである。
戦列艦「ロプーレ」は、対魔弾鉄鋼式装甲を船体側面に張っていたが、その厚さは僅か10㎜程度と、軽戦車並みの装甲厚しかない。垂直に撃ち込まれた127㎜徹甲弾が相手では、何の役にも立たなかった。瞬く間に砲弾は弾薬庫に飛び込み、それによって弾薬庫が爆発してしまったのだ。爆圧は内部から外部へ……特に弱い上部へと向かって、艦の木造部分を破壊しながら突き抜ける。
そして、戦列艦「ロプーレ」は凄まじい火柱を空に向かって高々と噴き上げ、船体を真っ二つにへし折って轟沈した。
「戦列艦ロプーレ、轟沈っ!!」
艦隊総旗艦である戦列艦「パール」では、一部始終を目撃した見張りの絶叫が響く。
艦隊司令シウスも、「パール」の艦長ダルダも、一瞬唖然とした。
「な……ど、どういうことだ?」
シウスの口から、疑問が言葉になって漏れる。シウスとダルダの2人ともが、眼前の現実の理解に苦しんでいた。
そこへ、ヒュルルルヒュイーン……という砲弾の落下音がしたかと思うと、
ズドガァァァン!
2隻の戦列艦が同時に大爆発を起こし、粉々に吹き飛んだ。戦艦「扶桑」より放たれた、41㎝砲の巨弾の直撃を受けたのである。これほどの巨弾が相手では、対魔弾鉄鋼式装甲なぞないも同然。全くといっていいほど、防御の役に立たなかった。
ズズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!
狙いが外れた4発の砲弾は海面に落下し、水柱を噴き上げる。だが、その水柱は戦列艦のマストよりも高く、下手な木よりも太い。
「な、なんという威力だ! しかも、この距離で初弾から命中だと!?」
シウスは、水柱から敵の砲弾の威力を察し、叫ぶ。
敵の砲撃の威力は、信じられないくらい高い。しかも、最初の砲撃から命中弾を出してくるとは、敵兵士の練度は相当高い。下手をすると、皇軍正規兵たちの練度を超えているかもしれない。
「ひいいいい!」
隣にいるダルダは、すっかり腰を抜かしている。さっきまでの自信はどこへ行った、と聞きたい。
その間にも大小の砲弾が次々と落下し、戦列艦が片っ端から破壊され、轟沈していく。
「何だありゃあ……」
ロデニウス連合王国艦隊の先頭に立つ軽巡洋艦「酒匂」の艦橋で、戦闘の様子を観察していたムー国の観戦武官マイラスは、半分呆れたような声を発した。
「これじゃ、もう海戦じゃなくて、ただの一方的虐殺だな」
隣に立つ戦術士官ラッサンも、この海戦の勝敗を見切っていた。
さっきから何隻もの船が沈んでいくが、その全てがパーパルディア皇国の戦列艦だ。ロデニウス連合王国艦隊の方には、砲弾の1発も飛んでこない。
完全なアウトレンジ攻撃である。一方的すぎて勝負にもなっていない。
「さぁ、片っ端からやっちゃうよ!」
2人の背後で、艦橋の中心に立つ軽巡洋艦の艦娘"酒匂"が、号令を発する。
「てぇーっ!」
「酒匂」の砲術長妖精が命じた直後、「酒匂」の艦体前方にある2基の「15.2㎝連装砲」が火を噴いた。ラ・カサミ級戦艦の主砲発射の衝撃に比べれば小さいが、それでも結構な振動が「酒匂」の艦橋を揺さぶる。
それに続いて、後方から遠雷のような砲声が響いてきた。どうやら後方にいる超大型戦艦のどっちかが、その主砲をぶっ放したらしい。
(この艦の砲、結構な早さで連射してるけど、装填機構はどうやって動かしてるんだろう。水圧かな? それとも電気? まさか人力……なんてことはないか)
パーパルディア艦隊の中央に巨大な
その隣では、ラッサンがその萌黄色の水柱を見て、首を傾げている。
(さっきから色のついた水柱が上がってるけど、あれは多分、砲弾に仕込んだインクか何かで着色しているはずだ。この前に上がった水柱は紫色の水柱だったが……もしかして、艦ごとに砲弾のインクの色は違うのか?)
実はこのラッサンの推測、当たりである。
着弾した砲弾によって噴き上がる水柱の色は、艦ごとに異なっている。紫は「扶桑」の、萌黄色は「山城」の砲弾に仕込まれた着色料なのだ。
何故こんなことをしているのか、というと、狙いを付けるためである。目標に大量の砲弾が殺到すると、水柱が複数同時に立ってしまって、どの水柱がどの艦の砲撃によるものなのかが分からなくなってしまう。それを防ぐため、水柱に色が着くよう着色料を砲弾に仕込むことで、どの水柱がどの艦の砲撃によって上がったものか、分かるようにしているのである。
遠くから眺める分には、綺麗なものだ。
……そう、
「ぎゃあああああ!」
水柱の真下、即ち撃たれる側は極彩色の地獄である。
パーパルディア皇国海軍の兵士たちは、次々と降り注ぐ攻撃の前に完全に劣勢に立たされていた。
敵の艦隊はこちらの射程外から、嫌になるほど正確な砲撃を次々と叩き込んでくる。応戦しようにもこちらの砲撃が届かない。加えて敵艦の方が足が速い、ときている。どうにもならない。
いつの間にか、敵艦隊は距離を6㎞まで詰め、こちらに腹を向けながら、全ての砲を以て全力砲撃を浴びせてきていた。各艦の後部に付けられた主砲も砲撃を開始したことで、更に早いペースでパーパルディア皇国の戦列艦が沈んでいく。
「戦列艦ミシュラ、レシーン、クション、パーズ轟沈!」
見張りの声も、絶叫と化していた。
「こ、こんな……バカな……」
シウスは、完全に絶望していた。
パーパルディア皇国の戦列艦は、もう40隻程度しか残っていない。他の全ての戦列艦が、一発たりとも砲撃できぬまま、海に消えたのだ。
「ほ、ほとんどの弾が当たっているように見える……。しかも、対魔弾鉄鋼式装甲が全く効かないなんて……!」
ダルダは、もう戦意喪失状態だ。
「こんな馬鹿な現実が、あってたまるかぁぁぁ!」
シウスが叫んだその時、激しい衝撃が「パール」を襲った。シウスもダルダも吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。同時に、「パール」の左側面に巨大な水柱が噴き上がり、噴き上げられた海水がにわか雨のように、「パール」の甲板に降り注いできた。
「ぐふっ!」
背中から壁に激突し、シウスの口から
「左舷に被弾!」
霞む視界の中でシウスは首を振り、辛うじて意識を引き戻す。そこへ乗組員からの叫びが入ってきた。
戦列艦「パール」は、「山城」からの砲撃で至近弾を受け、左舷の喫水線下に大穴が開いてしまったのだ。海水が勢い良く艦内になだれ込み、戦列艦「パール」は左に傾き始める。艦内の壁が水圧によって突き破られ、艦内に異様な破裂音が連続して響く。
「この艦はもう駄目だ! ダルダ君、すぐに乗組員に退避め……」
退避命令を出せ、と言いかけたシウスの言葉が止まる。
艦長ダルダは、目を見開いたまま甲板に倒れていた。ぴくりとも動かず、その目は光を失って虚ろに開かれている。
打ち所が悪かったらしい。
「くそ!」
シウス将軍は、ダルダに代わって命令を下す。
「本艦はもう駄目だ! 総員、速やかに艦を離れろ! 繰り返す、総員離艦だ、急げ!」
甲板にいた兵士たちが、持ち場を放り捨てて次々と海面に身を投げる。シウスも傾いた甲板を必死に駆け上がり、「パール」の右舷の手摺りから身を乗り出すと、マントを脱ぎ捨ててから下り坂になった「パール」の艦体右側面を駆け下り、海に飛び込んだ。
幸い、すぐ近くに木の板が流されていたため、それを浮き代わりに掴まえたことで将軍シウスは沈まずに済んだ。尤もこの板だって、かつての友軍艦のどれかを構成する部材だったのだろうが。
足を動かして水を掻き、艦から少し離れたところで、シウスは振り返った。
さっきまで自身が乗っていた120門級戦列艦「パール」は、今や左に大きく傾いている。つい先刻までの雄姿はどこにもない。
「パール」はそのままじわじわと左に傾き……間もなく、海面に吸い込まれるようにして沈没していった。爆発が起きなかったのを見るに、どうやら砲弾が転がり何かに接触して爆発、という事態は起きなかったらしい。
シウス将軍が、改めて海上からパーパルディア皇国の艦隊を見ようとしたその時、敵艦隊のうち一部が、遁走しようとする味方めがけて突撃していった。
「第1分艦隊、全艦突撃! 左舷魚雷戦、用意!」
「酒匂」の艦橋で、水雷長を務める妖精が号令を発する。それに呼応して、駆逐艦「叢雲」と「磯波」も加速していた。
艦橋の窓の外には、航行不能になった1隻の味方を捨て置いて、遁走しようとする敵艦隊が映っていた。
そう、彼女たちは肉薄魚雷戦によって、パーパルディア艦隊に止めを刺そうとしているのだ。
本来であれば、この場合肉薄魚雷戦などやらないのだが、今回はムーから観戦武官を迎えている。となれば、少しでも力を見せておいたほうが良いだろう、という判断だった。
「おいマイラス、何だ? この突撃は?」
「さっき、『魚雷戦用意』って号令していたから、おそらく魚雷を撃ち込むつもりなんだろう。まだ見たこともない、魚雷という兵器による攻撃……どんなものか、楽しみだな! ラッサン、戦術を見てくるのがお前の任務だろ? これも立派な戦術の1つじゃないか?」
「あ? ああ、そうだな。それじゃ、目を皿のようにして見とくとするか」
ムー国の観戦武官マイラスとラッサンが会話をしている間に、「酒匂」は一挙に加速していた。
「現在、本艦隊の速力30ノット!」
「敵速12ノット、距離ヨンマル(4,000メートル)、敵進路1時の方向。数、約30!」
「30か……多いな、魚雷だけでは全部は仕留められん。生き残った奴は、水平射撃でケリをつける。距離マルゴー(500メートル)まで詰めろ!」
「距離マルゴー、よーそろ!」
報告を受けて、分艦隊の司令を兼ねる「酒匂」の副長妖精が、大音声で号令を下した。それに従い、航海長妖精が舵輪を回す。
「30ノットだと!?」
「速い……!」
ムーの観戦武官2人が驚いていると、
「副長、ここはやっとくね。ムーの武官の皆様に、魚雷戦の解説をしてきてー」
「はっ」
背後で、そんな声が聞こえた。どうやら、"酒匂"が副長妖精に指令を出したらしい。
(お、どうやら解説があるようだな)
(らしいな)
マイラスとラッサンが目配せで会話をしていると、
「ムー国の皆様方、遠路遥々来ていただいてありがとうございます」
「酒匂」の副長を務める妖精が話しかけてきた。
「いえいえ、とんでもございません。新鋭艦に乗せて下さるなんて、こちらがお礼を言いたいですよ」
マイラスが挨拶を返す。
「では、あまり時間がないですので、失礼ですが早速解説に入ります。魚雷発射管は艦の後部にあるので、説明が終わったら少し移動しますね」
マイラスもラッサンも、即座にメモ帳とペンを構えた。
「今から、魚雷による敵への攻撃を行います。魚雷とは、水中を自走する爆弾の一種で、敵艦の喫水線下を破壊することがその目的です。喫水線下を破壊することで、敵艦には多量の浸水が発生するため、敵の行動力を奪うことができます。
魚雷のメリットは、まず第1には、やはり命中さえすれば、敵艦の逃げ足を確実に奪えることです。第2に、その威力が大であります。そして第3に、大砲のような巨大な発射機構が不要であることです。このため我が国では、駆逐艦や巡洋艦といった比較的高速の艦艇にこれを搭載し、敵艦への攻撃に使っています。特に駆逐艦にとっては、魚雷は対艦攻撃において非常に大きなウェイトを占める攻撃方法です」
副長妖精が解説を始めると、マイラスもラッサンも熱心にメモを取る。
「欠点としては、まず魚雷の速度の遅さが挙げられます。魚雷の速度は、およそ35~40ノットです。しかも、直線的にしか自走しません。ですので、敵の進路を先読みして発射する必要があります。
第2の欠点は、射程が短いことです。ですので、第1の欠点と合わせると、魚雷を撃つためには相手の至近まで接近し、そして相手の動きを先読みして発射する必要がある、ということになります。
今の場合、我が艦隊は距離500メートルで魚雷を撃とうとしていますが、それだけを見ても、相手にどれだけ接近しなければならないかが、よくお分かりいただけると思います。
大まかな説明としては、このくらいですね。では、艦の後部のほうを見てみましょう」
ここで、歩き出しながらマイラスが手を挙げた。
「すみません、質問よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
マイラスは、歩きながら副長妖精に質問する。
「魚雷は自走爆弾だと伺いましたが、その燃料は何ですか?」
「はい、魚雷の燃料……我々は"推進剤”と呼びますが、それは圧縮した空気です。圧縮した空気をエンジンに送り、それでスクリューを回して自走させます」
ちなみに副長妖精は、必殺兵器である「酸素魚雷」のことは、敢えて黙っている。
まあ、今のムー国の技術では、魚雷を開発したとしても空気式魚雷が限界であり、高度な整備が必要な酸素魚雷は、ムー国にとってはレベルが高すぎる。
「ですので、魚雷を発射すると、その航跡が白い筋になって海面に現れます。それもまた、魚雷の欠点ですな」
「ありがとうございます」
すると今度は、ラッサンが手を挙げた。
「私からも1点、伺いたいことがございます」
「はい、どうぞ」
「魚雷の運用は、基本的にはどのように行うのでしょうか? 高速の艦艇を用いる、というのは分かりますが、今回のような少数艦艇の場合ですと、魚雷の射程まで接近される前に敵に攻撃される可能性が高いと思いますが」
「仰る通りでございます。ですので、我々は『水雷戦隊』という、魚雷戦を専門的に行う部隊を編成することが多いです。これは、魚雷を搭載した10隻以上の駆逐艦と、それを束ねる1、2隻の巡洋艦からなる艦隊で、数と高速性、それと船体の小ささをもって敵艦隊に肉薄し、魚雷を叩き込む、という部隊です」
「では、相手が戦艦であればどうするのですか? 戦艦は、舷側に副砲を並べていると思うのですが」
実際、ムーのラ・カサミ級戦艦も舷側に副砲を並べている。
「そこは“神頼み”ですな」
「神頼み?」
「当たらないように、という“お祈り”しかないですよ。当たれば一発で吹き飛んでしまいますからね。まあ、駆逐艦自体装甲はないも同然なので、割り切っているところはあるのですが。それでも、駆逐艦で戦艦を沈めるという"ジャイアントキリング"は、駆逐艦乗りにとってはロマンなのですよ」
「な、なるほど……」
ラッサンは絶句して、声も出なくなった。
そうこうするうちに、
「距離マルゴー!」
報告が上がる。
どうやら距離を詰められたようだ。それと同時に、「酒匂」の副長とマイラスとラッサンの3人は、艦橋の後部に出てきた。
空は晴れ渡り、どこまでも澄んでいる。その下を、「酒匂」は30ノットの高速で走っていた。その後方に駆逐艦が2隻見える。この3隻は縦一列に並んで、パーパルディア艦隊に突進していた。
「ご覧ください」
副長が指を差す。
「煙突の向こう側に、水上機の飛行甲板があります。その真下に、魚雷発射管があります」
マイラスとラッサンはよく見ようとしたが、残念ながら煙突が邪魔で見えない。
「手摺りに掴まってください、揺れますよ!」
副長が鋭く叫んだので、2人は慌てて手摺りを掴んだ。その直後、艦橋から「おもーかーじ、90度よーそろ!」という号令が聞こえる。
不意に「酒匂」が右へ大きく舵を切った。ぐぐーっと左向きに遠心力がかかり、マイラスとラッサンは手摺りを掴み、踏ん張って耐える。
「左舷、水雷戦闘! 魚雷発射始め!」
艦橋から、大声で号令が聞こえた。
マイラスとラッサンは、飛行甲板があるであろう辺りに注目する。その時、煙突の影から不意に細長い物体が4本、「酒匂」の左舷から飛び出した。
その物体は、先頭が半球状に黒く塗られている。そして、その反対側の端に小さなスクリューが付いているのを、マイラスは見逃さなかった。
(なるほど、あれが魚雷だったのか)
ピカイアで撮られた航空機の写真をマイラスが思い出した時には、その物体は海面に飛び込んでいた。と、そこから白い線が4本伸びて、パーパルディア艦隊めがけて突進していくではないか。
「あれが、魚雷の航跡ですか?」
海面に浮かんだ白い線を指差し、マイラスは副長に問う。
「ええ。目立つでしょう? あれが欠点なんですよ」
副長は「欠点」だと言ったが、マイラスは別の用途を考えていた。
(あれだけ目立つなら、却って威嚇にできるかもしれんな。あの線の正体を知る者なら、半狂乱になってでも回避するだろうし、知らない者なら、触れようとするかもしれん。そしたらドカンだ。使い方次第では、強力な武器に化けるぞ、ありゃ)
そんな事をマイラスが考えていると、後方に続く駆逐艦も魚雷を放つのが見えた。1隻当たり10本ほど発射したようである。
「すみません、魚雷の命中率はどうなのですか?」
マイラスはふと疑問を抱き、副長に問い掛けた。
「それは状況次第ですな。運が良ければ1本でも当たりますし、悪いと50本撃って1本も当たらない、なんてこともあります」
(なんという運頼みなんだコレは……。しかし、これを使えば、駆逐艦であっても戦艦を倒せるかもしれない。これはこれで魅力的だな……)
マイラスがそう考えていると、魚雷は戦列艦より圧倒的に速い速度を以て、パーパルディア艦隊に追い付いた。
と思った瞬間、1隻の戦列艦の艦尾に、白い水柱が高く太く立ち上った。ズズーン……という鈍い音が遠く響いてくる。
「お、1本命中ですな」
副長がそう言う間に、その戦列艦は大爆発を起こし、艦体が2つに裂けて沈んでいく。
その直後、今度は2隻の戦列艦が同時に魚雷を喰らった。空に向けて突き上がった2本の水柱は、数瞬後には真っ赤な炎の柱に変わる。ズズーンという音がした後、今度はドゴオォォォン……という爆発音が鼓膜を震わせた。それはマイラスには、戦列艦の断末魔であるかのように聞こえた。
「3本」
副長が呟く。
結局、水柱は合計して5本が立ち上った。マイラスの計算では、発射した魚雷の数はおよそ25本。そのうち5本命中となると、命中率は20%しかない。
(命中率20%か……思ったより低いんだな。だが、当たれば一撃必殺級の攻撃の命中率が20%……と考えれば、強力なのかな?)
マイラスはそう考えていた。すると、「酒匂」は砲撃を再開し、残った戦列艦を叩き潰していく。駆逐艦2隻も、これに従った。
そして、残り20隻ほどの戦列艦が1隻残らず沈められるのに、そう時間はかからなかった。
「これが……これが、ロデニウス連合王国の力だというのか……。圧倒的ではないか……」
それが、海上を漂いながら戦いを見ていた、パーパルディア皇国の将軍シウスの感想だった。
183隻を数えたパーパルディア皇国の戦列艦隊は、もう1隻だけしか残っていない。その1隻も、マストをへし折られて航行不能に陥っていた。
そして、その1隻をシウスは知っていた。フィシャヌス級100門級戦列艦「シラント」。先のアルタラス王国攻略の際に、シウスが乗艦とした戦列艦だ。
(航行不能とはいえ、「シラント」は何とか生き残ったか)
シウスがそう考えていたところへ、海上に声が響き渡った。
『そこに浮いている戦列艦に告げます。直ちに白旗を掲げ、降伏しなさい。そうすれば、撃沈は致しませんし、乗員の命も保証します。直ちに白旗を掲げて降伏しなさい』
シウスが声のする方を振り返ると、敵艦隊の艦艇が何隻か、近くで止まっていた。そこから小舟が降ろされ、海上に浮かぶ生存者を収容している。そして、敵の大型艦の巨砲は「シラント」に突き付けられていた。
シウスはもう一度、「シラント」の方を見た。すると、甲板の上に複数の人影が立ち、破れた帆の大きな切れ端を棒に結びつけて振り回しているではないか。
(おお……賢明な判断をしたようだ)
そう考えながら、シウスもまた小舟に拾い上げられ、軽巡洋艦「長良」へと収容されていった。
タウイタウイ泊地司令部呼称「第二次フェン沖海戦」終結。戦闘時間は40分程度。パーパルディア皇国艦隊全滅。戦列艦182隻轟沈、1隻
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、ニシノミヤコでも地獄が顕現していた。
ドカァン!
街路にあった、家具を使って築かれていたバリケードが、爆発を起こして吹き飛ぶのと同時に、
「ぎゃあああ!」
「ぐああああ!」
数人のパーパルディア皇国陸軍の兵士たちが空へと舞い上がる。しばしの後に彼らは地面に叩き付けられ、1人として動かなくなった。
彼らを狙ったのは、口径57㎜の榴弾(爆発によって障害物を破壊し、敵の歩兵を殺傷することを目的とした弾。装甲板に対する貫通力はないに等しい)。九七式中戦車チハから浴びせられたものだった。
生垣に潜んでいたパーパルディア皇国軍の兵士が、マスケット銃を構えて撃つ。しかし、
カキン!
撃った弾は、生垣のすぐ近くを通過しようとしていた鋼鉄の塊……九五式軽戦車ハ号の側面に当たって跳ね返された。いくら装甲の薄いハ号だって、流石にマスケット銃で撃ち抜かれるほどヤワではない。
ダダダダダダ!
逆にハ号は、砲塔の背面に設けられた機銃を動かし、生垣に向けて掃射を浴びせた。隠れる暇もなく、兵士は頭を撃ち抜かれて崩れ落ちる。
九七式中戦車チハ、九五式軽戦車ハ号、そのどれにも「士」のマークが描かれていた。そう、戦車第11連隊……通称「
戦車第11連隊はアマノキの浜辺に上陸した後、決戦が行われているゴトク平野を北回りに迂回して、裏取りからの奇襲を狙ったのだ。目標はもちろん、ニシノミヤコの奪回。
この時間なら、もうゴトク平野での戦いは終わり、我が軍とフェン王国軍の連合部隊がニシノミヤコへ向かっているはずだ。もしかすると、もう付近まで来ているかもしれない。
彼らの到着までに、極力敵の数を減らさなければ。
「前進せよ!」
指揮官車となったチハの上で、指揮官の妖精が号令を下す。相変わらずワイシャツに日の丸鉢巻姿だ。
チハやハ号のエンジンが一斉に唸りを上げる。そして、ニシノミヤコ市街地の西方……つまり海岸の方に向けて、パーパルディア皇国陸軍を押し始めた。その西側の空には、目印のように多数の黒煙が上がっている。
「くそっ! 駄目だ、強すぎる!」
ニシノミヤコを占領していたパーパルディア皇国陸軍の兵士たち1,000名は、絶望の淵に立たされていた。
陸軍主力がアマノキ攻略に出発し、そろそろアマノキが陥ちる頃かな、と思っていたその時、北西から突然の攻撃を受けたのである。ロデニウス連合王国の国旗を掲げていたことから、相手はロデニウス連合王国軍で間違いなかった。しかも相手は、全身を鎧で覆った怪物を、多数投入してきたのである。地竜のようでいて地竜では決してなく、導力火炎放射の代わりに魔導砲を撃ち込んでくる
パーパルディア軍の兵士たちは、混乱しながらも応戦した。しかし相手にはマスケット銃が通用せず、頼みの綱の野戦用魔導砲は主力部隊が持っていってしまって、1門も残っていない。
現在皇軍の兵士たちは350名弱が戦死。敵は既にニシノミヤコ市街地の東半分を占領し、通りに築いたバリケード目掛けて、凄まじい砲火を浴びせてくる。
しかも……問題はそれだけではなかった。
「うわあぁぁ! また来やがったぁぁ!」
ニシノミヤコの浜辺では、海上の見張りに当たっていた兵士が絶叫を上げる。彼の視線の先では、ここまで自分たちや地竜、それに魔導砲などを運んできてくれた輸送船が、何隻も大破着底して燃え盛っていた。
絶叫に被せるようにして、ウウウウウウー……というサイレンのような音が響き渡る。空から舞い降りるのはワイバーン…ではなく、“奇妙に折れ曲がった翼と突き出た脚”を特徴とし、サイレンのような音を響かせながら急降下する、多数の航空機。
そう、輸送船を狙って空母「
「投下!」
そのうちの1機のコクピットでは、牛乳好きの妖精……"ハンス・ウルリッヒ・ルーデル"が一声叫んで、投下レバーを引いた。ルーデル機が抱えてきたSC-500……500㎏爆弾が輸送船に叩き付けられる。たった一撃で輸送船は大破、着底して航行不能に陥った。
周囲でも同様の光景が展開している。ルーデル隊は相手の退路を断つべく、そして相手に絶望感を与えるべく、輸送船ばかりを狙って爆撃を繰り返していたのだ。
輸送船1隻に1機が舞い降り、爆弾を落としては悠々と引き上げていく。この光景は既に2回繰り返され、今でちょうど3回目だった。
ちなみに、ここで思い返していただきたい。今回のフェン王国攻略戦のために、パーパルディア皇国が動員した輸送船は101隻である。
それに対して、34機のルーデル隊が3回出撃した場合、1機につき1発の爆弾があって、1回の出撃でそれを必ず命中させているとすると、3回の出撃では計何発の爆弾が命中するだろうか?
答えは、34×3=102。102発の爆弾が命中する。
……お分かりいただけただろうか。
そう、3回の爆撃で輸送船は全滅してしまう計算になるのだ。
「やられた……全滅だ!」
「もう駄目だ……おしまいだぁ……」
輸送船が全滅したのをその目で見せられ、パーパルディア軍の兵士たちが絶望する。
しかもそこへ、
「おい大変だ! 市街地東側から来ている敵に、増援が加わったらしいぞ! 敵の数は更に増えて、見たところざっと1万! しかも、新種の怪物のおまけ付きだ!」
魔信に耳を傾けていた兵士が絶叫する。
そう、士魂部隊に増援が加わったのだ。ゴトク平野でパーパルディア皇国陸軍主力を撃滅し、その足で進撃してきた、堺率いるロデニウス連合王国軍主力部隊である。しかも、三八式歩兵銃を装備したフェン王国軍の部隊まで混じっている。
そしてもちろんだが、「新種の怪物」というのは、Ⅲ号戦車とヴィルベルヴィント対空戦車のことである。
「この上増援か! もう駄目だ、こりゃ勝てん!」
「そんな馬鹿な! 栄光ある皇国陸軍が、
パーパルディア陸軍の兵士たちは、戦意を失いつつあった。
間もなく、ロデニウス-フェン連合軍の攻撃が一旦止まったかと思うと、敵軍の方から男性の声で、大きな声で呼びかけが行われた。
『パーパルディア皇国陸軍の兵士たちに告ぐ。諸君らは実に勇敢に戦った。だが、それも徒労に終わり、諸君らはいまや追い詰められている。
そしてここで、新たなニュースをお知らせしよう。パーパルディア皇国陸軍主力2,800人は、
我々も無用な流血は望まない。直ちに武器を捨てて、我々が通告した合図を示して降伏せよ。そうすれば、諸君らを捕虜として扱い、決して命を奪ったりはしない。期限は今から30分以内だ。
繰り返す、30分以内に武装を解除し、我々が通告した合図を示して降伏せよ』
この
「降伏するだと!? 栄光ある皇国の皇軍が、文明圏外国ごときに!? あり得ん! 徹底抗戦だ!!」
ある軍幹部が叫ぶが、
「馬鹿野郎! 現状が見えていないのか!」
すぐに別の幹部が怒鳴り返す。
「今のこの状況を何だと思ってる! もう本国に帰る船は1隻もないんだぞ!」
「加えて兵力差も絶望的だ。こっちは、負傷者を除けば戦えるのは精々300人、対して敵は1万。しかも、強力な鉄の地竜すら50頭以上も連れている。あの地竜には我らのマスケット銃も通らない。魔導砲は本隊に持っていかれたし」
「制空権も取られている。こっちのワイバーンロードは、敵の飛竜に全く対抗できなかったんだぞ!」
実は、シュトゥーカ隊の第一波が襲撃してきた際、ニシノミヤコに降りていた母艦飛竜隊の最後の生き残り、バルオス率いるワイバーンロード12騎が迎撃に上がったのだ。
しかし、空母「翔鶴」から飛び立ち、シュトゥーカ隊を護衛してきた艦上戦闘機「試製烈風 後期型」9機の攻撃により、あっという間に11騎がやられてしまった。最後に生き残ったバルオスの騎はシュトゥーカ隊に接近したものの、シュトゥーカ隊の後部旋回機銃による弾幕に阻まれたところを「試製烈風 後期型」の20㎜機銃で撃たれ、敢え無く撃墜。バルオスも戦死した。
そんな会話が交わされる中、通信兵が本陣に入ってきた。
「おい、どうだった? 艦隊に連絡は取れたか?」
「駄目です! 艦隊とは一切連絡が取れません!」
通信兵は顔面蒼白で報告する。ということは……敵の言う通り、艦隊は全滅させられた可能性が高い。
「これは……勝ち目なし、か」
ある軍幹部がぽつりと呟いた。
その瞬間、ニシノミヤコ守備隊司令官、パーパルディア皇国陸軍のクメール将軍が立ち上がり、宣言する。
「艦隊は全滅し、制空権も奪われ、我々は完全に追い詰められている。これ以上戦っても、無駄死にが増えるだけだ。よって……武装解除して、降伏しよう」
司令官であるクメール将軍がそう言うと、幹部たちは一様に項垂れた。
「ですが司令、敵の指定した降伏の合図がわかりません。本国からも
幹部の1人が蚊の鳴くような声で尋ねると、クメールは諭すように静かに答えた。
「敵との交渉は私に任せろ。時間がない、お前たちは兵士たちの武装解除だけやっておいてくれ」
幹部にそれだけ言い残すと、クメールは素早くバリケードに向かって歩いて行った。そして、バリケードから全身を出し、剣を外してバリケードの外に捨てると、両手を上げて敵に向かって叫んだ。通告した30分の経過まで、残り5分というところである。
「私はパーパルディア皇国陸軍の指揮官、クメールだ! 進言を受け入れ、降伏したい! だが、貴官らのいう『降伏の合図』について、我々は本国から何も知らされておらず、
よって、貴官らの『降伏の合図』について教えていただきたい! それさえ分かれば、我々は直ちに降伏する! 降伏の合図を教えてくれ!」
クメールのこの叫びに、堺は確信した。
(やはりな。あの
そして堺は、再びメガホンのスイッチを入れる。
『降伏の合図だな? 承知した。それでは、我々はただ今より一切の戦闘行動を停止する。そちらも、これ以上我々に武器を振るわない、と約束してくれ。1発の銃声や、剣の金属音、人間の悲鳴が聞こえただけでも、我々はそちらに敵対の意志ありと見做し、今度こそそちらを殲滅する。武装を解除し、これ以上の戦闘行動はしないと確約できるか? どうぞ』
堺がそう言うと、クメールと名乗った敵兵は直ちに叫び返してきた。
「承知した! 絶対に武器を取らないことを、全兵士に命令し、戦闘行動を停止すると約束する。なので、降伏の合図を教えていただきたい!」
『降伏の合図については、大きな白旗を揚げていただきたい。白い旗であれば、どのような形状でも構わない。それを以て、我々は降伏と見做す。白旗以外の合図はこれを認めない、どうぞ』
「大きな白旗だな、承知した。すぐに用意させよう!」
それだけ言うと、クメールはバリケードの向こうに引っ込んだ。
それを確認し、堺は呟く。
「こうなると、ゴトク平野で殺したパーパルディア兵の連中には、なんだか申し訳ないことをしたな……」
その時、堺はあることに気付く。
(そういえばあのクソ女、明確に戦闘行為が発生すると分かっていたはずだが、パーパルディア式の降伏の合図を俺たちに教えなかったな。どういうことだ? 降伏の合図を伝えておくのは交戦国同士の常識だろうに……。まさか、こっちを皆殺しにするつもりだったんじゃなかろうな?)
一方、パーパルディア皇国軍の陣では、粛々と降伏手続きの準備が行われていた。
「全員、一切の武器をここに集めろ! 短剣1本だって残すんじゃないぞ!」
「隊長、捕虜の拷問に使った短剣はどうしますか?」
「それも1本残らずここに持ってこい! 1本でも残っていたら、今度こそ我々は皆殺しだぞ!」
幹部たちは兵士たちをよく統率して、武装解除を進めている。そんな中、クメールは幹部の1人を捕まえて言った。
「敵のいう降伏の合図が分かった。大きな白旗だ。用意してくれるか?」
「白旗ですか? そんなの持ってきてませんし、いったいどうすれば……」
「この陣の天幕は、白いし大きいだろう。それを切り取って、棒の先に結び付けて掲げよう。それか、沈んだ輸送船まで行けば、予備の帆が残っているはずだ」
「承知しました。では、今だけ短剣をお借りしてよろしいですか?」
「分かった。私も見に行こう。切り終わったら、短剣は渡してもらうぞ」
「承知しています」
そして20分後、全ての武装解除が完了したパーパルディア皇国陸軍・ニシノミヤコ守備隊は、天幕を切り取って作った即席の白旗を掲げ、ロデニウス-フェン2ヶ国連合軍に降伏した。
またこの時、パーパルディア軍に囚われ、三八式歩兵銃の出処を聞き出そうとして拷問を受けていた、フェン王国軍の千士長アインが解放された。ロデニウス連合王国軍に同行していたフェン王宮騎士団長マグレブは、ボロボロになりながらも生きて帰ってきたアインの姿に、涙して喜んだそうである。
かくして、中央暦1640年1月28日午後0時46分、フェン王国に攻め込んでいたパーパルディア皇国軍は、兵士全員が戦死するか降伏するかして、ほぼ全滅に追い込まれた。
パーパルディア皇国によるフェン王国攻略は、大失敗となったのである。
特に海軍の被害は大きい。艦隊324隻の全滅(実際には、戦列艦シラントは航行不能になっただけだが、この船は鹵獲されてしまったので、パーパルディア皇国の立場からすれば全滅である)は、パーパルディア海軍の戦力全体の3分の1の損害に当たるのだ。この一戦だけでパーパルディア海軍は、ルディアス治世下で急速に整備したものも含めた全艦艇のうち、実に約30パーセントを失ったことになる。
そして、パーパルディア皇国の皇軍は、今まで全戦全勝を続けてきた中で今回、初めて敗北したのである。それも、全滅寸前レベルでの大敗北であった。
逆に、フェン王国軍はゴトク平野会戦以降の戦闘では死者は出ておらず、ロデニウス連合王国軍に至っては、まともな負傷者すら出ていない。
今回の一連の戦いにおけるフェン王国の死者は、軍民合わせて約2,600名、ロデニウス連合王国民は処刑された100名(と、現在も行方不明なままの103名)の他は人的損害なし。
対するパーパルディア皇国皇軍は、陸・海・空軍全部を合わせて約18万にも達する戦死者を出し、それに加えて合計およそ1,000人の将兵が捕虜となった。
この後、フェン王国のニシノミヤコではこの戦いを記念し、「火柱祭り」なる祭りが毎年開催されるようになる。これは、船の形に組んだ木を焼く祭りで、由来は勿論、ロデニウス連合王国艦隊の砲撃で火柱を噴き上げ、轟沈していったパーパルディア皇国の戦列艦であった。
ちなみに、ちゃっかり
こうして、ロデニウス連合王国軍はフェン王国の戦いで、パーパルディア軍に圧勝を収めた。
これがどのような波紋を引き起こすのかは、まだ神のみぞ知ることである……
はい、全ての戦いがロデニウス連合王国軍の圧勝で終わりました。
??「まあ、そうなるな」
ちなみに、艦隊決戦の描写にはそんなに自信はないです。
次回予告。
フェン王国での戦いの結果は、各方面に大きな波紋を広げることとなる。亡命中のルミエス、パーパルディアのレミール、そしてその他の人々。それらの人々の中で、それぞれが決意を抱く…
次回「いくつもの決断」
p.s. 前書きにも書きましたが、「029.1 中央暦1639年のクリスマス」も同時に投稿しております。そちらのほうも目を通していただけますと、うp主は泣いて喜びます。