鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

5 / 230
お気に入りが、24も…!
さらに、誤字報告を下さってる方も…!

皆様、本当にありがとうございます。

誤字か…できるだけ見直してはいるのですが、やはり出るものなのですね…。誤字は出来る限り減らすことを心がけますが、もし見つけたなら、遠慮なくご報告くださいませ。修正させていただきます。

それと、できればお気に入り登録だけでなく、評価のほうもよろしくお願い申し上げます!

今回は、ちょっと時間を飛ばします。今までは中央暦1639年の1月の話だったのですが、ここからは4月の話になります。
なお、今回の字数が約1万文字なので、ちょっと長めです。


004. 目を見張る発達、忍び寄る戦乱

 中央暦1639年4月5日。

 冬が過ぎ、植物が花開く春が来た。これまで枯れ草や葉を落とした木など、冬小麦の黄色い穂の他には、緑に混じって茶色がみられる景色だったのが、たちまち新芽の黄緑色に置き換えられていく。農業国であるクワ・トイネ公国では、麦の種や植物の苗を植える光景が、各地で見られるようになった。

 クワ・トイネ公国に日本国海上護衛軍・タウイタウイ泊地駐留艦隊が接触し、国交を結んでから2ヶ月が過ぎた。その間に、クワ・トイネ公国、クイラ王国、どちらも凄まじい変わり様を見せた。もし、以前の両国を知る外国人が今の両国を見たら、あまりの変わり様に絶句して、言葉も出なくなるだろう。

 

 

 クワ・トイネ公国の公都クワ・トイネと、同国随一の経済都市マイハークを結ぶ道路を、何両もの馬車が1列に並んで、マイハークへと向かっていた。その進行速度は、かなり速い。

 これは、首都での商売を終え、空荷でマイハークに向かっているせいもあるが……速さの理由はそれだけではなかった。

 

「いやぁ、しかしほんとにこの道も走りやすくなったなぁ」

 

 ある馬車の上で、商人の1人が(ぎょ)(しゃ)に話しかける。

 

「ええ。前はデコボコの道だったんですが、ニホンという国の人たちが来てから、彼らが手を入れてくれて、こうなってしまいまして。ここまで走りが快適になるとは思いませんでしたよ。あ、この山を越えたら、マイハークはすぐそこです」

 

 御者は笑顔で答え、ちらりと道路を見下ろした。その道路は、以前の土埃が立つようなものではない。不思議な黒い石のようなもの……ニホン人たちが「コールタール」と呼んだものによって、舗装されているのだ。

 ちなみにこのコールタール、クイラ王国にて生産された後に温熱系の魔法を使って熱したまま、国内まで運ばれたものである。

 コールタールで舗装された道路は、まだここと、公都からクイラ王国へ向かう道路だけである。だが、将来的にはクワ・トイネの主要な街道は、全て舗装される予定だそうだ。

 

「それに、マイハークの方でも街の規模が拡大しているんですが、彼らはその拡大なんかも手伝っているそうですよ」

 

 そこでちょうど、馬車の列は山の稜線を乗り越えた。

 

「ほら、ちょうど右に見える、あれを使うんです」

 

 御者の声に、幌の中から顔を出した商人は「おお!」と歓声を上げた。

 マイハークへ向かう彼らの右側で、奇妙なものが動いている。それは、クワ・トイネ公国人流に表現すれば「鋼鉄製の牛」とでもいうような形をしている。前方に()り返った鉄の板を付け、ガタガタと音を立てながらゆっくり前進することで、土を平らにならしているところだった。車体の上には、短い鉄の筒が突き出ていて、その先端には覆いがかけられている。

 

「あれは、彼らがセンシャとか呼んでいる乗り物です。本当は戦いに使うものらしいんですが、どう使うのかさっぱり分かりません。でも彼らはそれを使って、こうして建設の手伝いをしてくれるんですよ。何か大きな工事をしようとすると、必ずあれを持ってきて、地面を平らにしていくんです」

「へぇー、じゃあこの道路も、あいつが平らにしたのかい?」

「はい、見たことがありますよ」

「ほんとにすごいな、ニホンとやらは」

 

 感心する商人。

 商隊が通りすぎるのを横目に、センシャ……ドーザーブレードを取り付けた「九七式中戦車 チハ」は、見張り台建て替えの基礎工事を完遂すべく、黙々と動き続けるのだった。

 

 

 マイハークの市街地の方も、すごい変わり様だ。

 街の一部には、鉄と妙な白い物質…ニホン人のいう「コンクリート」なるもの……でできた建物が建ち、道路にはニホンから供与され、クイラ王国で作られたといわれる4輪車……いわゆる「くろがね四起」や九四式六輪自動貨車が走り、人も荷物も、これまで以上の勢いで行き来していた。もうすっかり、立派な近代都市と化している。

 

 その隣、マイハーク基地では、クワ・トイネ陸軍の軍事訓練が行われていた。

 

「構え!」

 

 軍人らしい、太い声で鋭く号令がかかる。

 クワ・トイネ軍の制服を着用した若い兵士が4人、一斉に細長い金属の筒……三八式歩兵銃を構えた。肘を曲げて反動を逃がしつつ、腰を落として弾を外さない体勢を作る。そして狙いを定める。その間約2秒。

 

「撃て!」

ダダダダン!

 

 連続した4発の銃声。彼らからみて、200メートル先の目標体……4体の藁人形から煙が上がる。

 

「命中……敵を殺した判定!」

 

 審判の合図を受け、上官とおぼしきヒト族の男性が叫ぶ。

 

「よし! 射撃テストは全員合格だ!」

「「「うおおぉぉぉぉ!」」」

 

 歓声が上がる。一人前と認められた新米の兵士たちの、喜びの声だ。

 

「これより10分の休憩! その次は、銃剣の訓練だ! しっかりやれよ、ヒヨッコども!」

「「「応!」」」

 

 士気はとても高い。

 

「では、休憩!」

 

 新米兵士たちは、思い思いに固まって休憩し始める。

 

(訓練を始めて2ヶ月だが、ようやくまともになってきたな)

 

 上官が満足感に浸っていた時だった。

 

「教官殿、よろしいでしょうか?」

 

 新米兵士の1人が話しかけてきた。

 

「む、何だ?」

「教官殿、我々の()()は、外国に通用するでありましょうか?」

 

 新米兵士は、自分の持つ三八式歩兵銃を示した。

 

「……どういう意味だ?」

「私たちは今、ロウリア王国との戦争に備えて、これを使えるよう訓練しています。ですが、ロウリア王国はともかくとして、仮にパーパルディア皇国が攻めてきた場合、戦えるのでしょうか?」

 

 鋭い質問である。

 パーパルディア皇国は、ここ10年来他国に対して戦争を繰り返しており、圧倒的な武力を背景に、他国を次々と滅ぼし、属領としていた。そして、属領に対して恐怖政治を敷いているという。その侵略の矛先がいつか、このロデニウス大陸に向けられた時、戦って守りきれるだろうか、という質問だった。

 

「それは……」

 

 教官が言いかけた時だった。

 

「お、休憩か?」

 

 ちょうど通りかかった堺が、話しかけてきたのだ。

 

「は! 新米たちは士気、練度ともに旺盛であります!」

「おお、そうか。首尾はどうだ?」

「少なくとも、サンパチ式は十分使えるようになりました!」

「よく頑張っているな!」

 

 堺はそう言って、満足そうに笑う。

 

「ところで堺殿、新米がこの銃でパーパルディア皇国相手に戦えるかと、聞いてきたのですが」

「ん? ああ、パーパルディアって、第三文明圏の列強国だろ?」

 

 転移した後、この世界のことを少しでも知ろうとして、堺はこの世界のあらゆる本の類いを、暇さえあれば読み漁っているのだ。

 

「はい、そこの軍を相手にした時に、勝てるかという質問であります」

 

 堺は思い出した。

 パーパルディア皇国は、世界5列強のうちの1つで、現在、戦争に次ぐ戦争で第三文明圏全てを支配しようとしているらしい国だ。

 

(帝国主義そのものだ。まるで、往時の日本だな)

 

 堺は考えながら、新米に目を向けて話し始める。

 

「パーパルディアが相手なら……か。それは心配ないぞ、我が銃でも十分すぎるほど勝つ可能性があるから」

「え!? そうなのでありますか!?」

 

 新米は驚いた声を上げる。

 堺は噛んで含めるように、ゆっくり説明し始めた。

 

「いいか、パーパルディアも確かに銃を持っている。だが、調べてみたところ、パーパルディアの銃は、“フリントロック式マスケット銃”と呼ばれるもので、三八式歩兵銃に比べたら、100年以上も()()()兵器なんだよ。

例えば、君の持っている三八式歩兵銃は、5発の弾をまとめて装填できるだろう? それに対して、パーパルディアの銃は1発ずつしか装填できない。これはつまり、ある一定の時間内に叩き込める弾の数は、我々のほうがパーパルディア軍よりも断然多い、ということを意味する。それだけでも、我々が大きな優位に立てる。

しかも、パーパルディアの銃は先端、つまり銃口から弾を装填するしかない。銃口に弾と火薬を入れた後、装填用の棒で奥まで弾と火薬を押し込み、その後で撃鉄を起こして、やっと撃てるんだ。どれだけ訓練したとしても、1発撃ってから次を撃つのに、いくらなんでも20秒はかかる。でも三八式なら5発は撃てるし、撃ち切った後の装填も、5秒もあれば十分だ。つまり、敵が1発撃つ間に、我々は10発は撃てる。そうすれば、当たる確率はこちらのほうが高くなるだろ?」

「た、確かに……」

「それに、パーパルディアの銃は、はっきり言って命中率も悪い。それは、パーパルディアの銃は、撃った時の反動なんかで銃身が大きく揺れ、せっかくの照準がブレてしまうからなんだ。距離が150メートル離れてたら、当たれば奇跡と言い切っていいレベルだ。300メートルも離れたら、どう足掻いても当たりっこない。でも、三八式なら300メートルでも十分当てられる。上手く当てられれば、1発で相手を倒せるかもしれない。それほど、パーパルディアの銃は性能が悪いんだよ」

「な、なるほど! では……!?」

「ああ、心配は要らない。たとえパーパルディアと戦争になったとしても、我々は十分勝てるよ」

「分かりました! ありがとうございます!」

 

 新米の顔は明るくなり、目はキラキラと輝いている。それはそうだろう、これまで脅威だと認識してきた、あの列強パーパルディア皇国の軍隊と戦えるどころか、むしろそれを圧倒して勝てる可能性すらあるのだから。

 

「よーし、休憩終了! 訓練始めるぞ!」

「「「はい!」」」

 

 新米たちは、威勢のいい返事とともに、わらわらと集まっていく。

 

「あの様子なら、大丈夫だろ」

 

 満足げに呟いて、堺は練兵場を後にした。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 一方、こちらはクイラ王国。

 クイラ王国は貧しい国であったのだが、それも今は昔。いまやクイラ王国は、国全体が凄まじい量の鉱産資源を産出する、クワ・トイネ、タウイタウイの武器工場と化していた。これまで通り、食糧を買ったりしているのだが、それを上回る勢いで武器などの外注が相次ぎ、外貨がガッポリ入ってくるので、以前の貧乏国家の姿はどこにもない。

 そのクイラ王国の一角に築かれた、巨大な工場。巨大な高炉を備えたその工場は、クイラ王国産の「燃える水」……石油の精製工場だった。これなくしては、堺の艦隊はとても戦えない。

 その工場の入り口のすぐ近くには、大量の四角い銀色の容器(ニホン人たちはイットカンとか呼んでいた)や、緑色の円柱形の容器(ドラムカンとか言うそうだ)が積み上げられている。そしてその山の隣には、各地の鉄道ファンが写真を撮りたがるだろうものがあった。

 

 D51形蒸気機関車……通称「デゴイチ」である。

 

 いや、正確にはデゴイチによく似た見た目のパチモンであった。

 なぜパチモンと言えるのか? 細部が異なるからだ。

 では、なぜ細部が異なるのか?

 

 …それは、このデゴイチモドキは、タウイタウイ泊地にあった資料を元に、タウイタウイ泊地技術部とクイラ王国の協力の下、現地の有り合わせ資材を使って無理やり作った代物だからである。

 ただしこのパチモン、一部性能はオリジナルのデゴイチより強力である。具体的には登坂能力とか。

 

 後ろに繋げた貨車には、一斗缶やドラム缶……中身は全て石油である……が山と積まれた。

 全ての貨車の準備が整い、最終点検も終了したところで、

 

ポォーーー!!!

 

 デゴイチモドキの汽笛が鳴る。

 煙突が激しく黒煙を吹き出し、車輪がけたたましい金属音とともに空転した。そして、次第に車輪がレールを噛み、車体がゆっくりと動き出す。

 

 以前、タウイタウイ近海に油田が見つかった際に、堺は線路を敷き、石油を蒸気機関車で運べるようにしようとした。電気も舗装された道路もまともにない、タウイタウイという(へき)()で、石油を効率よく運搬する方法を、堺はこれしか思い付かなかったのである。

 結局、政府が石油パイプを支給してくれたので、この計画はお流れになった。だが、パイプ支給の話があるまで、堺は本気で路線を敷くつもりでいたため、妖精たちを選りすぐって鉄道連隊を編成していたし、線路も引いてしまっていた。機関車も自前で購入、ないし作ろうとして、多量の書物や資料を国内からかき集めていた。それが、当初の想定とは全く異なったが、役に立った格好だ。

 

 大量の貨車を引っ張り、デゴイチはクイラ王国の駅を出発、クワ・トイネ公国北東部に築かれた新たな町、クワ・タウイへと向かっていった。

 

 やけに発展が早すぎやしないかって?

 確かにこれが電気鉄道なら、発展のペースが早いだろう。だが、使われているのはあくまで、石炭を使った蒸気機関車である。これなら、機関車本体と貨車を用意し、線路を敷き、ダイヤを考えるだけで済むから、何も大きな負担はない。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「すごいものだな、日本という国は……」

 

 これまで以上の大発展を遂げ、車が道を行き交う近代的な都市となった公都クワ・トイネ。その様子を政府の建物の上階の窓から眺めつつ、首相カナタは秘書に話しかけた。

 

「車やら鉄道やら電気やら、見たことも聞いたこともないものを、沢山持ち込んできてくれる。しかも、これでもまだ足りず、新しい何かを持ち込むつもりらしい。この間堺殿と話をしたが、彼はナントカいう、赤茶色の石から取れるものがないと、作れないものがあるのだそうだ。それがないと、航空機の補充ができないんだとか」

「このうえ、まだ足りないのですか……。もう十分豊かになった気がするのですが……」

 

 半ば呆れたような声で、秘書は返事をする。

 秘書の立場から、いや、全てのクワ・トイネ人の立場からいえば無理もない。クワ・トイネ公国は、この2ヶ月だけで、天と地がひっくり返ったのではないかと思うほど、豊かになっていた。以前では絶対に考えられなかった生活だ。

 

「しかも、それだけではなく武器まで持ってきてくれた。おかげで我が陸軍は強くなるばかり。もしかするとロウリア王国の侵攻があっても、跳ね返せるかもしれない。軍船と鉄の飛竜をなかなか供出してくれないのが少し残念だが……」

 

 そう言いながら、カナタは机の上のカップを取り、そこに入っている澄んだ赤茶色の液体……これまた堺が持ち込んできた、紅茶という飲み物である……を飲む。ちなみに無糖ストレートだ。

 というのも、紅茶と一緒に堺はコーヒー豆とサトウキビも植えてみて、栽培には成功したのだが、白砂糖の精製に失敗したのだ。黒糖はできたのだが。

 というわけで、やむを得ず、紅茶とコーヒーとは別に、黒糖のみ単品で販売している状態なのである。

 ちなみにであるが、カナタのいう「鉄の飛竜」については、少しずつだがパイロットの錬成にとりかかっている。泊地では使われなくなった零戦を、練習機として使うことで、クワ・トイネ公国軍人のパイロットを育成しつつあるのだ。機体の数が少ないので、訓練がなかなか進まない上に、供出までこぎつけていないのだが。

 

「ええ。しかし、彼らが平和的で助かりました。強力な軍はあっても、なるべくそれを使うことなく、またちらつかせることもなく、平和的に事態を解決する方向を目指していく…彼らの技術で、覇を唱えられたらと思うと、背筋が寒くなります」

「同感だよ。しかし、彼らの武器は少し変わっている。我が軍の兵士たちは、あれを必死に使いこなそうとしているが、まだ十分とは言いきれないそうだ。あれが、ロウリア軍相手に十二分に通用すればいいのだが……」

 

 カナタはそう言って空になったカップを置きながら、窓の外いっぱいに広がる、オレンジ色の夕日を見つめた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 さて、それから数時間後。

 春とはいえ若干冷え込んだ空気、満天の星々に包まれた夜、ロウリア王国の王都、ジン・ハーク。三重の城壁で囲まれた街の中心にある、ハーク城の一角にある会議室には、多数の人影が集まっていた。

 会議室というより、謁見室といったほうがしっくりくる部屋は天井が高く、それを支える柱には装飾が施されて、(そう)(ごん)な雰囲気を(かも)し出している。ただでさえ部屋が大きいのに、明かりが(たい)(まつ)程度の光量しかないので、部屋全体が薄暗い。

 

「陛下、準備は全て整いました」

 

 その部屋の中、立派な椅子に腰かける壮年の男性に、それより若い、鎧を着用したマッチョの中年男が、ひざまずいて話しかける。彼の名はパタジン。ロウリア王国軍の総司令官である。

 

「2国も同時に敵に回して、勝てるか? これまでの戦略でも、一度に2国を相手にするのだけは避けるようにしていたはずだが?」

 

 椅子に座った、威厳のある壮年の男性……現ロウリア王国国王、ハーク・ロウリア34世がパタジンに質問する。

 

「はっ、確かにそうでした。しかし、よく考えてみると、一国は農民しかいない国、もう一国は不毛の地に住まう貧しい者たち。どちらも亜人比率の高い国などに、負けることは万が一にもございませぬ」

「うむ、そうか」

 

 ハーク・ロウリア34世は頷いた。顔は冷静だが、心の中は歓喜が(あふ)れている。それはそうだ、自分の大願にして、先々代からの願いである、「亜人を(せん)(めつ)し、ロデニウス大陸を統一する」ことが、ようやく果たされようとしているのだから。

 

「ついにロデニウスが統一され、(いま)(いま)しい亜人どもが()()やしにされる日が来るのだな……余は嬉しいぞ」

「大王様、統一のあかつきには、あの約束もお忘れなく。クックックッ」

 

 真っ黒のローブを着た男が、王に向かってささやく。気持ちの悪い声だ。

 

「分かっておるわ!」

 

 ハーク・ロウリア34世は、怒気をはらんだ声で言い返す。

 

(チッ、文明圏外の蛮地だと思ってバカにしおって。ここを統一したら、フィルアデス大陸にも攻め込んでやるわ)

 

 心の中で(どく)()いたところで、王はパタジンに向き直る。

 

「パタジン、今回の作戦の概要を説明せよ」

「はっ! ご説明いたします。

まず、今回の作戦で動員する兵力についてですが、陸軍の歩兵・騎兵、その他合わせて50万人を動員します。このうち10万人は本土に残し、予備兵力とします。残り40万人でクワ・トイネ公国に侵攻し、まずは国境から約10㎞の位置にある都市ギムを、物量を以て制圧します。要塞化されたりはしていないようですので、2日もあれば制圧できると思います」

 

 パタジンの説明口調は、いつもより少しだけ早い。興奮の現れだろうか。

 

「なお、侵攻中の兵站についてですが、かの国はどこもかしこも畑で、家畜ですら旨い飯が食えるほどです。ですので、現地調達(略奪)いたします。

ギム制圧後、北西へ向けて進軍し、クワ・トイネの要塞都市エジェイを制圧します。あそこは要塞化されていますが、我が軍のワイバーン隊の物量があれば、およそ3週間で落とせると思います。

その後、さらに進軍し、ギムからの距離250㎞にある首都クワ・トイネを、物量を以て一気に制圧します。彼らは我が国のような、城壁に囲まれた都市を持ちません。せいぜい街の中に立てられた城程度です。包囲して兵糧攻めにするだけで干上がるでしょう。それに、彼らのワイバーンは、我が国の飛竜隊で十分に対応可能です。

また、これと並行して海上からは、艦船4,400隻、将兵合わせて20万人の大艦隊を差し向け、公国の経済都市マイハークの北方に上陸、同都市も制圧します。

なお、クイラ王国ですが、かの国は食糧を完全にクワ・トイネ公国からの輸入に頼っておりますので、公国を占領するだけで勝手に干上がります。

次に、クワ・トイネ公国の兵力についてですが、多くても5万人程度、即応兵力は1万にも満たないと見ています。今回準備した兵力の前には、どんな小細工であろうと用をなしません。6年間もの準備が、実を結ぶことでしょう」

 

 ここまで一気に説明したパタジンは、少し息をついて、続けた。

 

「現場にあっては、陸軍の総指揮はパンドール将軍が、海軍の総指揮はシャークン提督が取ります。説明は以上です」

「ふ……ふふ、はぁーっはっはっはっはっはっ!」

 

 説明か終わると、ロウリア王が満足そうな笑い声を上げた。

 

「今宵は、我が人生で一番良い日だ! 余は、クワ・トイネ公国、クイラ王国、両国に対する戦争を許可する!」

「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 会議室は、(けん)(そう)に包まれた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

「戦争、ですか……」

 

 それから1週間後、中央歴1639年4月12日のお昼。

 堺は、タウイタウイ泊地の艦隊司令部において、クワ・トイネ公国の武官の1人から説明を受け、上記の台詞を呟いた。

 数日前から、ロウリア王国が国境付近に軍を集結させている旨の情報は聞いていたが、いよいよ侵攻が始まったらしい。しかも、宣戦布告がなされたという報告は届いていない。状況から考えて、布告もなしに攻撃を開始したのだろう。

 

(宣戦布告なしとは、なんと野蛮な……)

 

 堺は考えつつ、武官の報告を聞く。

 

「はい。つきましては、軍務卿ヤヴィン殿からの命令をお伝えします。『我が軍の指揮下に入っている日本国タウイタウイ泊地の部隊は、我が軍の一員としてロウリア軍と戦闘、これを駆逐せよ』と」

「やれやれ、薄々覚悟はしていましたが、やはりこうなりますか……」

 

 無理もない、ロウリア王国は「亜人の殲滅と、ロデニウスの統一」を国家戦略(ドクトリン)とする国家だ。遅かれ早かれ、戦争にはなっていただろう。それが今来ただけのことだ。

 

「それで、ロウリア軍はどの辺に?」

「はい、現在は公国南西の都市ギム付近まで進出しています。ギムでは我が騎士団が抵抗していますが、……厳しい状況です」

「ロウリア軍の兵力は?」

「確認された陸上戦力だけでも、兵力が約30から40万、ワイバーンが400騎以上です」

「それでは、ギムは陥落ですね……。いくら精強なるクワ・トイネ西方騎士団でも、さすがに数が違いすぎます」

 

 クワ・トイネ公国西方騎士団の兵力は、多くても3,000程度だったはずだ。これだけの大軍に抗する力はない。

 どれだけの死者が出るか想像し、堺はため息をついた。武官も、落ち込んだ表情を見せる。

 

「その他には、情報は?」

「はい、未確認ですが、ロウリア軍の大艦隊が、港を出港したらしいとのことです。数は4,000隻以上」

「4,000とはまた、随分と集めたものですね……。ところで、1つ質問よろしいですか?」

「はい、何でしょう?」

「ロウリア軍の軍船とは、具体的にはどんな船なのですか。我がクワ・トイネの艦船と似たようなものですか?」

「はい、我が国の軍船と同じ、帆船です」

 

 その瞬間、堺の口元に、すさまじく不敵な笑みが浮かんだ。武官がぎょっとして、少しだけ後ずさる。

 

「なるほど、ではもう1つ。彼らの陸上兵力ですが、戦闘方法は槍と剣と魔法と弓とワイバーンですか? また、移動方法は徒歩か馬かワイバーンですか?」

「は、はい。我が国の正規軍と同じです」

 

 ついに堺は、顔全体にまで不敵な笑みを広げた。

 

「わかりました、ありがとうございます。我がタウイタウイ部隊の力を以て、奴らを()()()(じん)にすることをお約束しますと、ヤヴィン殿にお伝えください」

「は、はい!」

 

 不敵に笑う堺とは対照的に、武官はすっかり青くなってドン引きしている。

 

「明日のお昼に、軍司令部に出頭して、最新情報を確認の上、撃退……いや、()()作戦をお伝えします。ヤヴィン殿に、そちらもよろしくお伝えください」

「わ、分かりました!」

 

 相手は、すさまじい数を誇るあのロウリア軍だというのに、この男はどうやって勝とうというのだろうか。

 そんなことを考えつつ、武官は逃げるように退室した。

 

(さーて、いささか面倒な仕事だけど、こりゃ楽しくなってきたぞ)

 

 武官が退室した司令部で、堺は不敵に微笑みながら、壁にかけたクワ・トイネ公国の地図を見た。そして、その地図のギムのところに、「陥落」と書いたピンを突き刺し、それを中心に、ロウリア軍が占領したと見られる領域を赤線で書いていく。さらに海上にも、ロウリア艦隊の進行を示す赤い矢印を引いた。

 

(4,000隻以上の艦隊か……奴らの狙いは、十中八九マイハークだろう。あそこが落ちただけでも、クワ・トイネは虫の息になるからな。そして、ここらの軍船の戦闘方法は、基本的にバリスタと火矢と白兵戦。なぜなら、鉄砲も大砲もないからだ。だから多分、強襲上陸を狙ってるはずだ。となれば……)

 

 堺の頭はフル回転し、自軍の部隊をどう展開させ、どんな方法でロウリア軍に痛打を浴びせるか、考え続けた。

 

(マイハークにとっとと艦隊向かわせて、八九式と士魂部隊を揚陸し、まだ足りないなら追加で強行上陸させよう。クワ・トイネの帆船の足は5ノット程度、ロウリア軍も大して変わらんだろう。となると、敵船の足は"あきつ丸"より遅いから、護衛をしっかり付けていれば、揚陸できるはずだ。揚陸の間の艦隊の防衛、及び向かってくる敵水上艦隊には、あいつらをあてがって……。あと、航空部隊にも出番を作らないといけないから、公国のどっかに飛行場を建設する許可を得ないとな……。

ふふふ、見てろロウリア人ども。クワ・トイネにケンカを売ったことを、心底後悔させてやる……)

 

 笑う堺の周囲からは、真っ黒いオーラがにじみ出ていた。




普段「働きたくないでござる」性分の堺さんが、やる気モード、いや殺る気モードに突入しました。
まあ食糧の供給が絶たれそうですし、上からの命令もありますし…

ちなみに、堺が欲しがっている「赤茶色の石」というのは、他でもないボーキサイトのことです。そこから取れるアルミニウムがないと、アルミの合金であるジュラルミンが作れないので、航空機が作れないんですよ。なので堺は、ボーキサイトを喉から手が出るほど欲しがっています。

さて、艦娘と妖精、それに三八式歩兵銃装備の歩兵という、第二次世界大戦頃の軍の相手をする羽目になった、ロウリア軍の行く末や如何に。原作を読んでいらっしゃる皆様なら、もうお分かりかと思いますが…あえて言わずに置きましょう。
実際のドンパチパートは、もう少しだけ先になります。


次回予告。

ついに侵攻を開始したロウリア王国。それに対し、堺が立案した迎撃作戦とは…?
…そして、海外から来た「あの」妖精が「無断で」動き出す…
次回「タウイ艦隊と魔王の出撃」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。