鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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さてやって参りました、久方ぶりの陸上における攻勢作戦!
みんな! マルタ(銃剣)は持ったな!? 行くぞォ!
それでは、魔法のパスワードの唱和をお願いします!

え? 忘れた? ここから初めて読む方もいるかもしれない?
しょうがないですね…パスワードのヒントは、「大日本帝国陸軍が、最大の得意戦法を披露する時のかけ声」です。

では、パスワードをご唱和ください! せーのっ!






















天皇陛下、バンザァァァァァァイ!





待ってたぜェ、この瞬間(とき)をよォ!
バンザイ突撃の時間だ! オラァ!!



044. アルタラス島を奪回せよ(後編)

 中央暦1640年4月19日 午後8時、アルタラス島の都市ル・ブリアス。

 

「す、すごい音でしたね……っ!」

 

 反パーパルディア地下組織のアジト内では、構成員の1人が耳を押さえながら言った。少し前まで、地震かと錯覚するほどの揺れと、物凄い爆発音が、アルタラス島を揺さぶり続けていたのだ。

 もちろん、この震動と轟音の正体は、ロデニウス連合王国海軍の水上打撃部隊による艦砲射撃である。

 

「ああ、全くだ。パーパルディアのクソ野郎どもが攻めてきた時でも、ここまで大きな震動と轟音はなかったぞ。ロデニウス連合王国の魔導砲……いったいどれほどの威力があるんだ?」

 

 「軍長」ライアルは、まだ続いている耳鳴りに顔を顰めながらそう答えた。ロデニウス連合王国の魔導砲が、強力な威力を持つとは聞いていたが、これほどとは思っていなかったのだ。

 地上の様子は見ていないし、それにもう夜なので視界が効かないから、窓から外を見たとしても景色は見えないだろう。だがそれでも、地上のパーパルディア皇国軍が大変な損害を被ったであろうことは、嫌というほど察せられた。

 

(パーパルディアのクソ野郎どもが死ぬのは()()として、我が国の民が何人、この砲撃に巻き込まれて死んだことやら……)

 

 ライアルは、地上にいるアルタラスの民を思って涙した。

 

 ちなみに、今回のロデニウス連合王国軍による攻撃で、確かにアルタラス島民にも死者が出てしまっていた。言うほど多い訳でもないのだが。

 

「今日の攻撃は、これでおしまいでしょうか?」

 

 地下組織の仲間の1人が呟いた時、遥か遠くでの爆発音がそれを否定した。音自体は決して大きくないし、震動もないが、それでも耳に響く。

 

「ま、まだやるのですか!? もう夜だというのに……」

「やれやれ、ロデニウス連合王国の奴ら、徹底してクソ野郎どもを殺すつもりみたいだな」

 

 ライアルは、無表情に呟いた。

 

 

 ロデニウス連合王国軍は、パーパルディア皇国軍に対して、情けも容赦も一切持たなかった。艦砲射撃は停止したものの、「九八式偵察機(夜偵)」から照明弾を投下し、その明かりを頼りに夜間空襲に出ている。特にシュトゥーカ隊は嬉々として出撃を繰り返し、「ジェリコのラッパ」を何度も吹き鳴らした。また、シオス王国のゴーマ飛行場を飛び立った「()(よう)部隊」の「彗星一二型甲」が、二度に亘って爆撃を行っている。

 なに、夜の着艦は危険? 仰る通り。だが、"Saratoga(サラトガ)"が鍛え上げた夜間作戦航空要員たちと、"加賀"の工夫たる着艦誘導灯があるから、何も問題はない。

 

 それに……一兵でも敵を減らしておかないと、明日の陸上戦で要らぬ死者が出てしまう。

 

 ちなみに、現時点でロデニウス連合王国軍に戦死者はなし。対するパーパルディア皇国軍は、艦隊乗員と陸軍兵士、それに統治機構の職員を合わせて、なんと9万5千にも達する戦死者を出した。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 翌朝、中央暦1640年4月20日 午前4時55分。

 結局、アルタラス島のパーパルディア皇国軍兵士たちは、ほとんど一睡もできなかった。というのは、敵は夜だというのに間断なく空から攻撃をかけ、攻撃でなくても照明弾と爆音(とついでにサイレンのような音)によって、眠りを妨げていったからだ。

 酷い精神攻撃もあったものである。

 

 しかも、これはあくまで目隠しに過ぎなかったのだ。

 同時刻、ル・ブリアスから南西に少し離れたところにある、アルタラス島南部の海岸には、ロデニウス連合王国陸軍…歩兵4万人と戦車100輌以上がとっくに上陸を完了して、待機していたのだ。

 視界の効かない夜間の行動だったのと、パーパルディア軍の注意が完全に上空を向いていたため、この上陸はパーパルディア軍には、一切察知されていない。

 

「奴らは負けると思っていない。今こそ、それをしっかり教えてやれ!」

 

 早朝の眠気を吹き飛ばすように、檄が飛ぶ。

 

「俺は攻撃を行う!」

「俺も攻撃を行う!」

「了解!」「了解!」「了解!」

 

 ロデニウス連合王国軍の兵士たちが、盛んにやり取りをしている。

 この場面でもし、「俺は防衛を行う!」とか、「敵の潜水艦を発見!」なんて言おうものなら、即座に「駄目だ!」と総ツッコミを喰らうだろう。

 

 そんな中、堺は部隊展開の報告を聞きながら、目覚ましのための熱い紅茶を、ちびちびと飲んでいた。わざと濃く淹れた紅茶と、トッピングのレモンが頭に刺激を与え、眠気を吹き飛ばす。もちろん、"大和(やまと)"の特製ブレンドだ。

 最後の一滴まで胃の腑に流し込み、堺はちらりと腕時計を見る。ややあって、時計の長針が12を、短針が5を指した。午前5時ジャスト。

 

「攻撃、開始」

 

 特に気負う様子もなく、堺は淡々と命じた。

 が、その途端、それを待っていたように、わーっと閧の声が上がる。続いて進軍ラッパの音。

 

 さて、ここで問題。ロデニウス連合王国軍は、長らく“日本軍式の兵隊教育”を施されている。では、彼らの攻撃方法は何か?

 

 

 

 ……答えなど、1()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「陛下の(おん)(ため)に、攻撃、開始ぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 そう。

 

 

 

 

 

 

 

「突撃ぃぃぃぃぃ!」

 

 

「「「「「国王陛下、バンザァァァァァァイ!!!!!」」」」」

「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!」

 

 

 バンザイ突撃(チャージ)である。

 ちなみに、このバンザイ突撃は日本軍からロデニウス連合王国軍に伝授された際、一部改変が行われた。そのため、「天皇陛下」ではなく「国王陛下」となっている。

 なお、「天皇陛下万歳」を叫んでいるのは、第13軍団から投入された戦車第11連隊の皆さんである。

 

「うおおおおおおおお!!」

「ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「進めー!! 叩きのめせ!!」

「豚どもを、殺せぇぇぇー!!!」

「鬼畜共は、皆殺しじゃぁ!」

「行くぞー!!」

「突撃ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

「ィヤアァァァァァァーッ!!」

「殺しまくれぇぇ!!」

「皆殺しだぁぁぁぁぁぁー!!」

 

 お決まりのセリフとともに、ロデニウス連合王国陸軍の歩兵たちが、三八式歩兵銃や九九式小銃、MP40、九六式軽機関銃その他の武器を構えて走り出す。彼らは完全に()()()()に染められていた。

 

「パ公共は、皆殺しにしてやれぃ!」

「親兄弟の仇討ちじゃ!」

「殺しまくれ! 屑共には情けは無用じゃ!」

「鬼畜兵を、全滅せぇぇぇぇい!」

 

 兵士たちは皆、この戦いが“パーパルディア皇国への上陸作戦の前段階”だと知っている。つまり、この作戦を成功させれば、“パーパルディア皇国破滅の序章”になるとともに、“フェン王国のニシノミヤコで殺されていった()()()()()()()()()()”と分かっている。

 故にパーパルディア皇国兵に対して、情け容赦は一切ない。

 

「♪敵が行く手を阻むとも、全速力で進むのみ」

「♪一命を賭して、友軍を守らん」

「♪この身果てるも、誉れなり」

 

 Ⅲ号戦車に乗り込んだ戦車兵たちが、「パンツァーリート」を歌いながら前進する。

 

「♪命捧げて出てきた身故、死ぬる覚悟で(とっ)(かん)すれど」

「♪武運拙く討ち死にせねば、義理に絡めた(じゅっ)(ぺい)()(わた)

「♪そろりそろりと首締めかかる、どうせ生かして帰さぬつもり」

 

 ()(こん)部隊も負けてはいない。「雪の進軍」を歌って突撃する。

 

 その根底にある思いは、皆同じだ。

 

 

 パーパルディア皇国の兵士どもを、殲滅する。

 

 

「「「「「国王陛下、バンザァァァァァァイ!!!!!」」」」」

「天皇陛下、バンザァァァァァァイ!」

 

 再度、彼らの魂からの叫びがアルタラス島の空気を震わせた。

 

 

 その30分後。

 反パーパルディア地下組織では、完全武装した同志たちが息を潜めていた。

 陸軍兵士による地上攻撃があるとすれば、早ければ今日だ。遅くても明日頃には行われるだろう。そう判断したライアルの命令で、同志全員がいつでも戦えるようにしていたのだ。

 

「軍長、攻撃は始まるでしょうか?」

 

 同志の1人がライアルに尋ねる。

 

「間違いなくあるだろう。あれだけ強烈な攻撃でも、パーパルディアのクソ野郎どもを皆殺しにできたとは限らん。最も確実な方法は、やはり目視できる距離での肉弾戦に尽きる。ただ……」

「ただ?」

「ロデニウス連合王国の“海軍”と“飛竜隊”の力はよく分かったが、“陸軍”の強さは未知数だ。もしかすると、パーパルディアのクソ野郎ども相手に、十分には戦えないかもしれん」

 

 「軍長」ライアルは懸念を示した。

 

「まあ、彼らも我らと同じく()()()()()ですからな」

 

 質問した同志がコメントしたその時、外から異音が聞こえてきた。

 それは、よく聞くと多数の音が集まっていた。大勢の人間がドタバタと走るような足音らしきもの。何かの叫び声。ゴゴゴゴコゴ、ガラガラという聞いたことのない音。ドォン! という鋭い爆発音に、ズダダダダという連続音。時折、人間の悲鳴も聞こえる。

 

「何事だ?」

 

 呟くと、ライアルは同志の1人に地上を見に行かせた。

 その間にも、鋭い爆発音とパンパンいう奇妙な破裂音らしき音が、どんどん大きくなってくる。どうやら、こちらに近づいて来ているらしい。

 ややして、様子を見に行った同志が、血相を変えて戻ってきた。

 

「軍長、大変です! この店の前の通りで、パーパルディア皇国軍と、ロデニウス連合王国軍と思しき軍勢との銃撃戦が発生! 戦況は、パーパルディア軍の()()()()()です!」

「なっ、何だと!?」

 

 ライアルは驚き、危険を意識しながらも、自分の目で確かめに向かう。階段を上がり、店のカウンターから顔をそっと覗かせた瞬間、彼は自分の目を疑った。

 店のウィンドーの前で、パーパルディア軍の兵士が銃を構えて戦っているのだが、その兵士が次々と倒れていく。パーパルディア軍の銃が、パァン! と火を噴いてから次の弾を撃つのには、30秒くらいかかっているのだが……その間に、ダダダダダダダダダという信じがたい連続音がして、パーパルディア軍の兵士がなす(すべ)なくバタバタ倒されるのだ。まるで草刈り鎌にかかった雑草のように。

 この連続音が銃声だとしても、この通りは決して広くはない。ロデニウス軍が大軍を展開するのは、無理がある。

 だとすれば、ロデニウス軍の銃は1人でパーパルディア軍30人分くらいの弾を()()()()()()、ということになる。

 性能の差は歴然だ。

 

「こ、これが……これが、ロデニウス連合王国軍の力か!? 何という戦闘力だ!」

 

 ライアルは思わず、小さな声で叫んだ。

 その時、通りで応戦していたパーパルディア軍が、総崩れになって後退していく。続いて、

 

「突撃ーっ!」

 

 店の外で、大声で号令が響く。そして、

 

「ばんざぁぁぁぁぁぁぁい!」

「豚どもを、殺せぇぇぇー!」

「皆殺しだぁぁぁぁぁぁー!」

「うおおおおおおぉぉぉぉ!」

 

 大勢の兵士が、アルタラス奪回部隊の証である「赤い太陽の旗」を掲げて、パーパルディア軍を追いかけていく。その全員が、パーパルディア軍のそれより洗練された形状の銃を持っていた。しかも、銃の先端に剣が付いている。

 

「これが……!」

 

 ライアルは一瞬、呆然とした。しかしすぐに我に返り、階段を振り返って仲間たちに叫ぶ。

 

「時は来た! アルタラス王国を取り戻すぞ!! 王国の旗を掲げよ! 全軍行動開始!!」

 

 ライアルはアルタラス王国の国旗を掲げると、同志たちの先頭に立ち、剣を持って店を飛び出した。

 いきなり通りに出てきたライアルたちを見て、ロデニウス連合王国軍の兵士たちが一瞬立ち止まり、銃を構えて誰何(すいか)する。しかし、アルタラス王国の国旗を見て、すぐに銃を降ろした。そして、

 

「おお、お主たちか! パーパルディアから祖国を取り戻そうとしているのは!」

「いいところで会えたものだ! 我らはこれより、アルタラス統治機構を攻め落とす! 道案内を頼む!」

 

 あっさり仲間と認め、声をかけてくる。

 

「さあ行くぞ! アルタラスを取り戻せ! パーパルディア軍を皆殺しにしろぉ!」

「行くぞー! 突撃ぃぃぃ!!」

「アルタラス王国、ばんざぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 

 ライアルたちはロデニウス連合王国軍に混じり、アルタラス統治機構へと全速力で向かって行った。

 

 

 一方のアルタラス統治機構は、混乱と恐怖のどん底に突き落とされていた。

 辛うじて、“敵軍が上陸してきたらしい”ということ()()は把握し、それを本国に魔信で伝えることはできたのだが、問題はそこからだった。

 敵軍の上陸を予想して、生き残っていた陸軍や艦隊の兵士たちが武装し、市街地へ展開して防衛線を築いていたのだが、それが信じられない速度で次々と突破されていく。統治機構側は、「防衛線は1つとして突破されることはない。仮に突破されたとしても、精々2つ3つだ」と考えていただけに、これは衝撃でしかない。しかも敵は迷うことなく、この統治機構を目指しているようだった。

 そして長官のシュサク以下、統治機構の職員たち一同が混乱して右往左往している間に、敵は最後の防衛線を突破し、統治機構の建物の正面玄関へと迫ってきた。こうなると統治機構側は、もう破れかぶれである。ろくすっぽ武器も持ったことのない職員たちに、剣が渡されたならまだいい方で、酷い場合は棍棒やら(むち)やら石やらを持たせて、机や棚で即席のバリケードを築き、迎撃しようとする有様であった。

 しかし職員たちは、文明圏外国の一般市民に対して暴力を振るうことはできるものの、戦闘訓練なぞ全く受けていない。実戦に関しては()()()である。

 それに対して、相手は職業軍人な上に数も多い。そして武装も強力ときた。

 

 要するに、勝ち目なし。

 

 机や椅子を積み上げて固く閉ざしていた統治機構の建物の正面玄関は、Ⅲ号戦車N型とチハの撃った榴弾により一瞬で崩れ落ち、ロデニウス連合王国陸軍の歩兵たちは、黒い津波のように建物の中へ雪崩れ込む。

 統治機構の職員たちは、各々持たされた武器(石や鞭を武器と言えるかは怪しいが)で応戦したが、突入したロデニウス連合王国軍の兵士たちは、MP40やワルサーP38、銃剣で武装しており、更に手榴弾を投げてきた。結果、職員たちはバリケードごと手榴弾で吹き飛ぶか、銃や剣で腕や足を貫かれて動けなくなり、武装解除されて手錠を掛けられた。

 ちなみに、何で殺さずにわざわざ生け捕りにしたかというと、もちろん“アルタラスの民に裁かせるため”である。

 統治機構に攻め入る前に、ライアルは“統治機構の職員は極力殺さず、無力化して引き渡して欲しい。こちらで裁きたいので”と、ロデニウス連合王国軍にお願いしたのだ。ロデニウス連合王国軍は、その約束を守れる限り守ったのである。ご丁寧にも、手榴弾で吹っ飛んだ死体まで綺麗に集めていく始末であった。

 

 統治機構の建物は、攻撃開始からたった5分で1階を完全制圧され、更に5分で2階が陥落。上階に追い詰められた職員たちは、ある者は降伏して捕虜となり、ある者は殺されてたまるか、と窓から飛び降りて脱出を図った。

 しかしそこはそれ、外にはばっちりロデニウス連合王国陸軍戦車隊と歩兵隊が待機しており、とっくに統治機構の建物の包囲を完了して、アリの子一匹逃がさない包囲網を作っていた。そのため、飛び降りた連中は怪我をして動けなくなったところで、あえなく御用。降伏した者には、容赦無く両の手足に手錠がかけられ、無力化された。

 そして、統治機構長官のシュサクは逃げ遅れ、「獲物」(言うまでもないが女性のこと)を捨てて逃げようとして、あっけなく捕縛された。ちなみに捕まった時、彼は全裸だったという。捕縛した兵士たちは彼の格好に心底呆れ果てると同時に、「何をやってるんだ、この変態」とシュサクを手加減無く蹴り倒したとか。

 

 パーパルディア皇国・属領アルタラス統治機構は、午前6時30分に完全制圧され、その1時間半後にはアルタラス島のパーパルディア皇国陸軍基地が全て陥落。そしてアルタラス島は、二乗関数的速度でロデニウス連合王国軍に占領された。

 

 かくして、中央暦1640年4月20日 午前8時45分。アルタラス王国は、その独立を取り戻した。

 島内にいたパーパルディア皇国軍兵士は、その98パーセントまでが戦死。残り2パーセントのうち約半分は降伏して、辛うじて命を拾った。残り約半分が、今も島内各地でゲリラ的に抗戦しているが、1週間もあれば全て制圧できる、と見られている。一方アルタラス統治機構は、職員と私兵のうち2割方が死亡、残りは全員お縄についた。ロデニウス連合王国軍から負傷者3名、アルタラス人の反パーパルディア組織から戦死者2名負傷者5名を出しての占領であった。

 ついでに、アルタラス島に接近しつつあったパーパルディア皇国艦隊は、タウイタウイ泊地の潜水艦隊に捕捉され、人知れず海底に沈められていた。

 アルタラス島の独立が、ほぼ達成されたことを確認した堺は、ライアルとともに次の暗号電文を打った。

 

『タスの花は満開』

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 その15分後 午前9時、ロデニウス連合王国クワ・トイネ州 王国首都クワ・ロデニウス。

 政治部会の会議室には、国王カナタ1世を筆頭に、王国の首脳陣が雁首を揃えていた。どの顔もやや緊張している。

 その中には、ピカイアから戻ってきたアルタラス王国の元王女ルミエスと、護衛の女騎士リルセイドもいた。

 ルミエスは胸の前で両手をきつく組み、目を固く閉じて必死に祈っている様子である。側にいるリルセイドも落ち着かない様子だ。

 もし失敗すれば、暗号電『タスは枯れた』が来るはずだ。

 彼女たちの祖国は、果たして還ってくるのか。

 

 その時、会議室のドアがコンコンとノックされた。続いて、「失礼します」という声とともに軍士官の1人が入ってきた。

 会議室にいた全員の視線が、一斉にその士官に注がれた。ルミエスとリルセイドはつい立ち上がっている。

 そんな中、士官は片手に紙を持ち、声を張り上げる。

 

「報告します。第13艦隊()(かん)アイオワより暗号電! 『タスの花は満開』! 繰り返します、『タスの花は満開』! 我が軍は、アルタラス島を奪回しました!!」

 

 その瞬間、会議室にいた全員がわっと沸き立った。リルセイドは安堵のあまり椅子に崩れ落ちているし、ルミエスに至っては落涙している。

 

「アルタラス王国万歳! ロデニウス連合万歳! タウイタウイ泊地万歳!」

 

 誰かが歓声を上げる。

 

「すぐに、このことをニュースにして流せ! 全世界に宛てて発信するのだ!

急げ、10時の国内ニュースに間に合わせろ! そうすれば、今日の昼の『世界のニュース』に間に合う!」

 

 カナタ1世は、満面の笑みで命じた。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 中央暦1640年4月20日 午後0時、神聖ミリシアル帝国南端、港街カルトアルパス。

 とある酒場には、いつにも増して大勢の客が押し合いへしあいしていた。彼らの目は、店の中央の天井から釣り下げられた、平面水晶体に向けられている。

 今日は、週1回の「世界のニュース」が流される日。今から、カラー映像で魔信ニュースが流される予定なのだ。

 世界各国に魔信ニュースはあるが、映像まで見られるのは、ムーとこの神聖ミリシアル帝国のみ(と彼らは認識しているが、実はロデニウス連合王国でも白黒映像のニュースは見ることができるようになっている。ただし、まだ一般国民へのテレビの普及が行われておらず、街頭に設置した大型の画面程度である)。そして神聖ミリシアル帝国では、何とカラー映像で見られるのだ。

 

 貿易で生計を立てる者たちにとり、このニュースは大変重要なものである。

 多数の人が注目する中、水晶体の画面が光り輝く。

 

「始まるぞ!」

 

 誰かが叫ぶ。

 注目の中、ニュースが始まった。

 

『全世界の皆様こんにちは、「世界のニュース」の時間です。今週は、つい先ほど第三文明圏より舞い込んだ、かつてない驚愕のスクープからお届けします』

 

 よく見ると、画面に映るアナウンサーの口調が、若干興奮したものになっている。よっぽどの特ダネだろう。

 聴衆の期待が高まる中、アナウンサーが口を開いた。

 

『第三文明圏の列強パーパルディア皇国に支配されていたアルタラス王国は、本日午前10時、再独立を宣言しました』

 

 その瞬間、聴衆全員の目が見開かれる。

 

『2時間が経つ現在も、アルタラス島からは魔信にて、独立宣言が流され続けています。また本ニュース取材班は、アルタラス島において撮影されたと見られる魔写を複数入手しました。今からその魔写を公開いたします。画面をご覧ください。また、それと同時にアルタラス島からの独立宣言を、中継音声でお伝えします』

 

 画像が切り替わり、しばし映像が動かなくなった。がその途端、聴衆の驚きは最高潮に達する。

 

 そこには、“大爆発を起こすパーパルディア皇国の100門級戦列艦”が映っていたのだ。「(すい)(せい)一二型甲」の急降下爆撃で、パーパルディア皇国の戦列艦がやられるその瞬間を撮った写真である。(ただし情報統制により、映像の写真には彗星艦爆そのものは写っていない)

 

「何だこりゃ!」

「嘘だろ、あいつらが……!」

 

 驚きの声が幾つも上がる。写真のタイトルテロップには、こんな文字列があった。

 

『爆発し、沈んでいくパーパルディア皇国艦』

 

 更に魔写が続く。

 爆発炎上するパーパルディア皇国軍基地の航空写真。海上にたなびく多数の黒煙を、陸地から撮影したもの。完膚無きまでに破壊された、皇国陸軍基地を撮影した地上写真。燃える市街地を走る兵士(三八式歩兵銃装備)。死体と化したパーパルディア皇国の兵士。そして、アルタラス統治機構の建物の屋根に翻る、アルタラス王国の国旗とロデニウス連合王国の国旗。そのついでに、下の方に小さく翻る赤い太陽の旗。

 

 それらの映像と一緒に、アルタラス島からの独立宣言が、音声で流されていた。

 

 それが終わると、アナウンサーが再び画面に映る。

 

『これに関連して、アルタラス王国の次期女王ルミエス氏は、明日18時からアルタラス島の都市ル・ブリアスにおいて、臨時記者会見を行うと発表しました。また、第三文明圏外のロデニウス連合王国は、アルタラス王国の再独立と同時に、アルタラス王国ルミエス政権を承認する意向を表明しています』

 

 この時、画面内でアナウンサーに横から紙が渡された。

 

『ここでスタジオからお知らせです。「アルタラス王国の再独立」ということの重大さに鑑み、本番組「世界のニュース」は、今週分に限り、今日明日と2日続けての放送を緊急決定しました。明日は神聖ミリシアル帝国時間で17時30分から放送を開始し、続報をお伝えするとともに、現地の様子を中継でお見せした後、18時よりルミエス氏の臨時記者会見を生中継でお届けする予定です。

2日続けての放送という、“本番組始まって以来の異常事態”です。今回の事件は、それほどのビッグニュースだとご理解くださいませ』

 

 ここでアナウンサーは一旦言葉を切り、次のニュースを伝え始めた。

 

『次のニュースです。神聖ミリシアル帝国政府はグラ・バルカス帝国、通称第八帝国に対し、先進11ヶ国会議への参加を認める旨を回答したと発表しました。同会議において参加国の承認が得られれば、グラ・バルカス帝国は今は亡きレイフォル国に代わって、列強国の1つとして認定されることになります。本件に関して、神聖ミリシアル帝国政府は……』

 

 その後、コマーシャルを挟みつつ30分ほどでニュースは終わったが、むしろ酔っ払いたちのお喋りはこれからが本番。そして彼らの話題など、1つしかない。トップニュースとして報道された、「アルタラス王国再独立」である。

 歴史上、一度パーパルディア皇国の属領にされた国が、再独立を果たしたことはない。それだけに、今回のアルタラス王国再独立は前代未聞の大事件であり、お喋りのタネとしては十分大きい。

 そしてもう1つ、彼らの話題を駆り立てるものがあった。ロデニウス連合王国のことである。

 アナウンサーは明言こそしなかったものの、かつてロデニウス連合王国軍は、フェン王国に侵攻したパーパルディア皇国軍を全滅に追いやった実績があること、映像に一瞬だけ映った彼らの武器らしきもののこと(三八式歩兵銃のことである)、アルタラス王国再独立と同時にアルタラス王国の新政権を承認したこと、そして陥落したアルタラス統治機構の建物に、アルタラス王国の国旗と一緒に国旗を立てられていたことから、もはやロデニウス連合王国の関与は“確定的”であった。この()()()()の関与の疑惑が、彼らのお喋りの火に油を注ぎ込む。

 

「おいおい聞いたか!? 信じられねぇ」

「全くだ。まさかパーパルディア皇国が、属領を一つ失うなんてなあ!」

「あの皇国が……第三文明圏の覇者が属領を失ったか。こりゃあひょっとすると、とんでもないことになるかもしれんな」

「しかし、ロデニウス連合王国……か。あそこはいったいどうしたんだ? あいつらだって、アルタラスと同じ第三文明圏外だろ? なのになんで、パーパルディア相手に圧勝できるんだ?」

「そうそう、俺もフェンでパーパルディアが完敗した時からそれを気にしてたんだ。あいつら何者だ?」

 

 酒場の話題はいつの間にか、ロデニウス連合王国のことにシフトしている。そして酔っ払いどもの頭の中では既に、『ロデニウス連合王国軍=アルタラス再独立の黒幕』という方程式が出来上がっていた。

 その時、筋骨逞しい壮年の酔っ払い商人の1人が突然立ち上がり、大声で叫ぶ。

 

「パーパルディア皇国は、ロデニウス連合王国に負けるぞ! 奴らはケンカを吹っ掛ける相手を間違えた。ロデニウス連合王国は、文明圏外国じゃない! 文明圏外国の皮を被った()()()()()だ!

何でそんなことが言えるか、って? それはな、俺がロデニウスに行ったことがあるからだ!」

 

 突然の衝撃的発言に、一瞬酒場が静まりかえる。

 注目を浴びた商人は、尚も話し続ける。

 

「あれは、だいたいフェン王国で皇国の軍が叩きのめされた直後の時期だった。俺は、ムー製の腕時計の商いをしているんだが、ちょうど商売先がロデニウスだったんだ。“ムーの時計はロデニウスに高く売れるだろう、文明圏外国の民が列強の品物を見た時の衝撃は相当のものだから”と思っていたんだが……ロデニウス連合王国は、私の予想を遥かに超えた国だった。

彼らの海の玄関口となっている港街マイハークには、ムー国もびっくりするほどの数の()()()()()が、ごろごろしていたんだ! しかも、道路は継ぎ目無く整備され、その上をミリシアルやムーの"車"という、魔導機関を載せた四輪車のようなものが大量に走っていたんだ! そして空には、ムー国の『マリン』すら凌ぐ、洗練されたデザインの航空機が飛び交っていたんだ! そして、たまたま彼らの軍艦を目撃する機会に恵まれたんだが、彼らの軍艦は私の見る限り、“神聖ミリシアル帝国クラスの技術の結晶”だ! 夢ではなかろうか、と思ったよ。だが夢ではなかった!

信じられないかもしれないが、ロデニウス連合王国は、少なくとも“ムー国レベルの力”はある。いや、下手をすると神聖ミリシアル帝国にすら、匹敵する力があるかもしれない!」

 

「ハッハッハ! そんな訳ねぇだろう!」

「おっさん、酔いすぎだ!」

 

 商人の話は終わったが、反応はいまいち芳しくない。まあ、「この世界」の常識でこの話を信じろ、という方が無茶なのだが。

 いまいち話が信じられていないと判断した商人は、更に大声を上げながら、懐に手を突っ込む。

 

「ではこれが!! これが作れる国はあるか!!!」

 

 商人が取り出したのは、ロデニウス連合王国製の腕時計だった。腕時計だが……それは、ムーの腕時計より“洗練されたデザイン性”を持っている。しかも、金(十八金)でできているのだ。

 

「見ろよ、この美しさ! ムーの腕時計が、まるで出来損ないの芸術品だ! しかもこいつは、光を動力源としていて、壊れない限り半永久的に動くんだ! それだけじゃない。仕組みはよく分からんが、こいつは水晶の振動を利用した結果、1年に数秒しか狂わないという、とんでもない正確さまで併せ持っているんだ!

ムーのねじまき式腕時計なんぞ、これと比べればゴミにしかならん!! これが作れる国はあるか!!!」

 

 あまりの衝撃に、酒場は静まり返る。

 

「……ま、まあ、ロデニウス連合王国が凄い国だというのは、よく分かったよ」

 

 その後も、酔っ払いどもの話は続いた。

 

 

 ちなみに、先のニュースに登場した写真は、すべて堺の指揮下にいる従軍記者が撮影してきたものであるので、合成ではなく全て本物である。ただし、徹底した情報統制が敷かれていた。

 例えば、さっきの1枚目の写真からは「彗星」がカットされているし、陸から海を撮った写真もロデニウス連合王国の軍艦を写していないものを選抜した(完全にはシャットアウトできず、駆逐艦が写ってしまったが、まあ駆逐艦くらいならいいだろう、とOKが出た)。航空写真にも、航空機は写っていない(よく見ると影は写っているので、機体の推定そのものは専門家ならやろうと思えばできる)。そして市街地を走る兵士の方も、戦闘終了後にわざわざ撮影したもので、しかも武装を三八式歩兵銃(と刀)に限定して撮ったものだ。

 “戦場写真”と言いながらこの捏造ぶり。ま、世界各国どこもやっていることである。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 この魔信ニュースは全世界に発信され、あちこちに波紋を呼んだ。

 

 

 

 例えば、第三文明圏外のパーパルディア皇国の属領クーズにおいては。

 

「嘘だろ……!?」

 

 鉱夫として強制労働させられている青年ハキは、テレビの音声のみを聞いて驚愕していた。周囲の人間も、同じような反応をしている。

 パーパルディア皇国の属領が再独立するなど、これまでなかったことだ。

 ハキは、以前のルミエスの発言を思い出す。フェン王国の戦いが終わった頃、ルミエスはこんな発言をしていた。

 

『パーパルディア皇国は強いが、無敵ではない。今、属領にされて苦しんでいる方は、「その時」に備えて準備をして欲しい』

 

 ハキの心が燃える。

 彼は、「その時」……祖国クーズ王国を取り戻す時のために、密かに仲間を集め始めるのだった。

 

 

 

 例えば、第三文明圏外国の中でも北方にある、トーパ王国の王都ベルンゲンでは。

 

「ほ……本当か? その話、真か?」

「真にございます。アルタラス王国は、独立を取り戻しました。ロデニウス連合王国軍の攻撃により、パーパルディア軍は全滅した模様です。『世界のニュース』での報道ですから、間違いないでしょう」

 

 国王ラドス16世が、部下からの報告を聞いていた。

 

「しかし、アルタラスといえば、パーパルディア皇国本土に近かったはず。皇国海軍はどうなっておる?」

「それは健在です」

「では、アルタラスはすぐにも落ちるのではないか?」

「それについて、アルタラス王国正統政府に問い合わせたところ、『アルタラス島を奪回したロデニウス連合王国の艦隊が、増援も加えて警戒する、それどころかその戦力で、パーパルディア艦隊を叩き潰す算段を立てているようだ』とのことでした。ロデニウス連合王国にも問い合わせましたが、『パーパルディア皇国海軍“など”それで十分』とのことです」

 

 この報告に、ラドス16世は目を見開いた。

 

「なんと……! ロデニウス連合王国軍には、パーパルディアの主力艦隊ですら敵にならぬと言うのか!」

「左様でございます。ですが、ロデニウス連合王国は我が国に対し、一つ要請をしています」

「ほう、それは何か?」

「『戦争が終わるまでの間、パーパルディア皇国の本土と属領から100(かいり)以内の海域と空域には進入しないで欲しい』とのことです。“誤射を防ぐため”だそうです」

「我が国にはワイバーンも飛行機械もないから、“空域”はあまり関係ないな。しかし“海域”とはどういうことだ? 国旗を見れば分かるであろう? まあ、入らぬに越したことはないが」

「どうやら彼らには、“目に見えない遠方の敵を攻撃する手段”があるそうです。そのためでしょう」

「なんと! うーむ、ロデニウス連合王国が敵でなくて良かったわい。

よし、全軍に対してパーパルディア皇国付近の海には進入しないよう命じろ! 民間の商船組合にも伝えるのだぞ!」

「はっ!」

 

 ラドス16世は、ロデニウス連合王国が味方であることに心底安堵するのだった。

 

 

 

 例えば、ロデニウス連合王国でも。

 

「おい、これ見ろよ」

 

 首都クワ・ロデニウスを少し離れ、山林地帯のすぐそばにあるロデニウス連合王国トップの格付けのホテル「ラ・ロデニウス」。そこに滞在している、ムー国の観戦武官マイラスが、同じく観戦武官として来ているラッサンに話し掛ける。

 

「クワ・ロデニウスの街頭まで出てみて、さっきの『世界のニュース』で流された写真を撮ってみたが……全く、巧みな情報統制してやがる。技術の流出防止を徹底してるみたいだな」

 

 マイラスの手には、乾板と写真が1枚ずつ。乾板はニュース映像を写真機で撮影したもので、写真はタウイ航空隊の戦果確認部隊が撮影してきたものだ。

 原本となった写真にはしっかり「彗星」艦爆が写っているのだが、映像を撮った乾板からは、「彗星」がカットされている。航空機を写していないのだ。

 他にも多数、情報統制の跡が見られる。専門家が見れば、分かる者は分かるのだ。

 

「しかしたまげたよ。ロデニウス連合王国はいつの間にか、"個人が両手で撃てる機関銃の新型”を配備していたんだからな。我が国に対して、新たな武器の輸出を検討している、とヤヴィン卿から聞いたんだが、それにこの『両手で持てる機関銃』を入れるかどうか、論争が続いているそうだ。是非とも入れてもらいたいもんだが」

「ああ、全くだ。しかも最近じゃ、新型の小銃と爆撃機を開発して、前線配備しようとしているらしい。同じ転移国家とはいえ、ここまで技術に差が出るとはな。国の技術者たちが泣くよ、これは……」

 

 ロデニウス連合王国もとい、日本国との技術の差を痛感し、マイラスとラッサンは2人揃って嘆息した。

 ちなみに、この新型の小銃というのは、以前に登場した半自動装填銃のことである。新型の爆撃機がB-29であることは言うまでもない。

 

「しかしだ、これは同時にチャンスでもあるぞ、ラッサン。ロデニウスとこのまま国交を発展させ続け、あの機関銃だの戦車だの航空機だのを導入できれば、我がムーは相当に強化されることは間違いない」

「それは間違いないな。やれやれ、お偉方にどうやって報告しよう」

 

 2人は、再び頭を悩ませることになった。

 

 

 

 そして、当のパーパルディア皇国。

 ある外務局職員は、後にこう語った。その日その瞬間、全ての外務局の全ての業務が停止した、と。

 

 属領アルタラスの再独立と、それに伴う属領アルタラス統治軍の全滅。

 世界のニュースとして報道されたこの事態は、紛れもない事実としてパーパルディア側に受け止められた。世界のニュースが、アルタラスの再独立を事実と認めたのだ。

 パーパルディア皇国にとっては、非常に不味い事態である。というのは、パーパルディア皇国は他の属領を、恐怖によって支配しているからだ。それが今回、属領アルタラスが独立したことで、恐怖の(かせ)が外れてしまう可能性が出たのだ。このままではもしかすると、他の属領も独立するかもしれない。現に他の属領でも、“現地人たちが沸き立っている”との報告が、各属領の統治機構から寄せられている。

 

「何故だ!! 何故こうも栄えある皇国が、()()()()()()()()に連敗するのだ!! 皇国は第三文明圏において、無敵ではなかったのか!!!」

 

 第1外務局には、監査室からすっとんできたレミールの怒鳴り声が響き渡る。

 第1外務局長エルトは、声を震わせながら話した。

 

「皇国軍が第三文明圏において最強であることは、間違いありません」

 

 この発言を日本軍妖精たちが聞いたら、直ちに嘲笑を浴びせただろう。

 

「ただ……」

「ただ、何だ!!」

「今回のアルタラスへの攻撃に、“回転砲塔を持つ軍艦”及び“飛行機械”が使われたとの報告が、現地から寄せられています」

「回転砲塔を持つ軍艦に、飛行機械だと!? それでは……!」

「はい。かような装備を持つのは、ムー国と神聖ミリシアル帝国の二国です。そして、この二国のうちでロデニウス連合王国と国交を結んでいるのはムーのみです。つまり、ロデニウス連合王国軍が用いている武器は、列強ムーで作られたものである可能性が高いです。となると、ムーは自国の兵器を決して輸出して来なかったのに、今回()()()ロデニウス連合王国には輸出している、ということになります。奴らの背後には、ムーがいるのかもしれません」

 

(もちろん読者の皆様は分かっていると思うが、実際にはムー国は兵器の輸出などしていないので、ムー国にとってはとんだとばっちりでしかありません)

 

「代理戦争……か。小癪な! 道理で、ロデニウスの奴らが自信満々に宣戦布告を叩き付けるわけだ! ムー大使を第1外務局に召喚し、私が真偽を確かめる!」

 

 吼えるレミール。

 エルトは、頭を下げることしかできない。

 

「よろしくお願い致します。それともう一点、これは私見ですが、“ムーの関与が確定的”となった今、軍部からワイバーンオーバーロード量産のための予算申請がある、と思われます。ですが、ワイバーンオーバーロードの製造コストは……」

「エルトよ、その先はいい。確かに金がかかるから、財務局も渋るかもしれん。私から財務局に意見を通しておく」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるエルトを背に、レミールは退室した。

 

 

 第1外務局を出たレミールは、その足で皇帝ルディアスに報告を行う。

 

「以上のことから、属領アルタラスにいた皇軍は全滅し、アルタラス島は奪われました。他の属領も沸き立っている旨、臣民統治機構より受けています」

 

 レミールは報告しながら、ルディアスの堪忍袋の緒が切れ掛けているのを感じていた。

 ルディアスは玉座の右の肘掛けを、右手の人差し指でコツコツ叩き続けている。明らかにイライラしている。

 

「陛下、ご決断を」

 

 レミールがそう言った瞬間、ルディアスは心の底からの怒りを爆発させた。

 

「何としても、全軍を挙げてでもアルタラスを再奪取しろ! 再独立を宣言した属領がどうなるか、他の属領に見せ付ける必要がある! そうしなければ、他の属領も調子に乗る!! 絶対に再支配しろ!!!」

「は! アルデに厳命しておきます」

 

 レミールは、ルディアスに敬礼した。

 ロデニウス連合王国軍がアルタラスにいる限り、この命令が絶対に遂行不可能だ、ということも知らずに。

 

 

 レミールからルディアスの命令を伝えられた皇国皇軍最高司令官アルデは、レミールが出ていった後の執務室で頭を抱えた。

 アルタラス島の皇軍を襲った、回転砲塔を持つ軍艦と飛行機械の話は、既にアルデも聞いている。しかしそれと同時に、ロデニウス連合王国はムー国から軍事支援を受けているということも明らかとなった。

 

(実際にはムー国は兵器の輸出などしていないので、ムー国にとっては以下省略)

 

 航空戦力については、例え「マリン」が出てきたとしても、ワイバーンオーバーロードの数を揃えられれば、制空権を確保できるだろう。

 

 しかし、問題は海上戦力だった。

 

 戦列艦に搭載できる大砲の大きさは、限られている。

 もし相手が仮に、例のラ・カサミ級戦艦を出してきた場合、パーパルディア皇国海軍は劣勢を強いられる。というのは、パーパルディア皇国の戦列艦の大砲では、ラ・カサミ級戦艦の装甲を貫くことはできず、逆にラ・カサミ級戦艦の30.5㎝砲は、パーパルディア皇国の最新型対魔弾鉄鋼式装甲だろうと、余裕で貫通するからだ。

 しかも、ラ・カサミ級戦艦は鋼鉄製である。例えワイバーンの導力火炎弾を300発撃ち込んだとしても、完全な無力化は難しいだろう。

 

 パーパルディア皇国にしてみれば、厄介な相手が出てきたものである。

 

「ちくしょう! ムーめ! なぜロデニウス連合なんかに…!」

 

 アルデは、思い切りムー国を罵った。

 

(実際にはムー国は兵器の輸出などry)

 

 

 一方、皇宮パラディス城の外縁部にある第3外務局では、局長室に籠ったカイオスが恐怖に震えていた。

 局長を務める傍ら、商人たちとも太いパイプを持っていたカイオスは、商人たちに頼んでロデニウス連合王国の情報を集めていた。その結果、"他の文明圏外国とは隔絶した国力を持つらしい"ことが明らかになる。

 しかし、当初のカイオスはこの情報を重視していなかった。むしろ、自分の政争に使える道具になればいいか、くらいに考えていたのだ。

 だから、フェン王国において同胞を殺され、更にフェン王国の次は貴様らの番だとレミールが脅かしたことで、ロデニウス連合王国が自存自衛を事由としてパーパルディア皇国に宣戦布告を叩き付けた時も、カイオスは「ふーん」程度にしか捉えなかった。

 

 しかし、そのフェン王国での戦いで、パーパルディア皇国皇軍は全滅を遂げる。

 しかも、第三国の商人たちからは、“同戦いにおけるロデニウス連合王国軍の被害はゼロ”だという、とんでもない情報が入る。

 もし皇国の情報局などにこの情報を伝えても、ただの伝聞、しかも情報元が弱いとして、誰も信じないだろう。

 

 しかし……

 

 カイオスは机の引き出しを開け、折り畳まれた幾つかの紙束を引っ張り出す。そのどれにも、「青葉新報」というタイトルが付いていた。

 これは、ロデニウス連合王国にて発行されている、「新聞」なる週刊情報紙らしい。第三国の商人たちが持ってきてくれたものだ。しかも、ご丁寧にも翻訳のための辞書まで添える等、気を利かせてくれている。

 その新聞には、こんな記事見出しがあった。

 

『特集! ロデニウス連合軍とパーパルディア軍が戦うとこうなる!』

『フェン王国の戦い、我が軍の圧勝に終われり』

『「パーパルディア皇国、()に恐るるに足らんや」軍司令ヤヴィン、絶対の自信』

 

 いずれも、今回の皇国との戦争に関するロデニウス側の分析だ。兵器の性能比較や皇軍の取り得る戦術などについてもよく研究されていて、特に皇国の武器の性能は恐ろしいほど正確に分析されていた。ただし、魔導砲の発射原理などに間違いがあるが。

 

 そして、その横に載せられたロデニウス連合王国軍の武器の性能。おそらくこけおどしではなく、全て本当の情報だろう。

 読んでいくうちに、指先が震え、嫌な汗が全身から噴き出してきたことを、カイオスは今でもはっきり覚えている。そして今でも、記事を読み返すと動悸がし、軽い目眩(めまい)を覚える。

 

 この記事により、カイオスはロデニウス連合王国のことを、皇国人の中では最も正確に認識した。

 

 ロデニウス連合王国は、列強ムー国すら超える技術を持つ、“とんでもない機械文明国家”。軍事力はムー国を凌ぎ、神聖ミリシアル帝国にすら匹敵し得る。

 

 ところがそれにも関わらず、皇国上層部はロデニウス連合王国に対して、殲滅戦を宣言してしまった。ロデニウス連合王国のことを、よく調べもしないまま。

 

 今回のアルタラス騒動で、カイオスはいよいよロデニウス連合王国をとんでもない国家と認め、皇国の未来に深刻な危機感を覚えた。

 

(このままでは……列強と呼ばれるほどの力を誇ったパーパルディア皇国が、滅亡してしまう……!)

 

 カイオスは、皇国の未来のため、命を賭けてでも皇国を救うことを決断した。




はい、というわけで、久しぶりだったばっかりに、初っぱなからテンション全開のバンザイ突撃でした。
ロウリア王国のジン・ハーク攻防戦以来ですね、実戦での大規模なバンザイ突撃は。

パスワード設定のため最初に言えなかったので、ここで言わせていただきます。
UA8万突破、総合評価2,300ポイント突破!!ご愛読ありがとうございます!!!
評価5から8に上げてくださいました黒鷹商業組合様
評価8をくださいましたyock様
評価9をくださいましたCharles・F様、yukkie様
ありがとうございます!!
また、新たにお気に入り登録してくださいました皆様、ありがとうございます!


次回予告。

ロデニウス連合王国によって、アルタラス島はパーパルディア皇国から奪回(解放ともいう)された。それに伴い、ロデニウス連合王国内にあったアルタラス王国正統政府が、ついにアルタラス島に帰還する…
次回「臨時記者会見」

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