鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。 作:Red October
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!注意!
今回、主人公の「黒い一面」が出ております。予めご注意ください。
中央暦1640年4月23日夕刻、アルタラス王国 王都ル・ブリアス。
戦艦「アイオワ」を降りて久しぶりに陸に足を着け、ロデニウス連合王国軍・対パーパルディア戦線司令部に帰任した堺は、荷物を部屋に置くや、即座にシングルベッドにダイブした。
「はー、生き返る……。やっぱり船の上のベッドは狭いし揺れるし、そもそも最前線だからおちおち寝られねえしで、寝た心地がしねえな。
艦隊司令としてきっちり仕事をしている時の姿はどこへ行ったのか、と思うほど、完全にだらけ切っている。まあ、休める時に休む、という姿勢自体は決して間違ってはいない。見栄えはともかくとして。
ちなみに、堺がこうもだらけることができるのは、陸軍から「アルタラス島内の残存パーパルディア軍が、ほぼ掃討された」という報告があったためである。
「さて……」
ひとしきりベッドの寝心地を堪能したところで、堺はやおら起き上がり、壁にかけられた世界地図を見た。それは、第三文明圏の中でも、南西部の一帯を文明圏外まで含めて写した地図である。地図の左上〜中央上部に掛かる部分をデンと占領してパーパルディア皇国が描かれ、地図の左下方にアルタラス島が、地図の右下にロデニウス大陸が描かれている。
「アサマ作戦、考えますかね」
呟いた堺は、ベッドから立って机へと向かった。そして、机の引き出しから多数の写真と作戦計画書(といっても、まだ本格的に考えたものではなく、考えたことをメモ程度にまとめたものでしかない)を引っ張り出す。
ちなみに何故、アサマ作戦がメモ書き程度にしか考えられていないのかというと、もちろん理由がある。それは、アサマ作戦は「アルタラス奪回が完了して初めて成立し得る作戦だから」である。言い換えると、アルタラス奪回作戦である「タスフラワー作戦」が成功しない限り、アサマ作戦は文字通りの「絵に描いた餅」でしかないのである。だから堺は、タスフラワー作戦に注力すべきと考え、アサマ作戦の立案を後回しにしていたのだ。
(おかしいな。俺は、現場で指揮を執る提督であるからして、“戦術家”ではあっても、“戦略家”ではないはずなんだが……まあ、仕事として命じられた以上、仕方ないか)
堺は一瞬、そんなことを考えた。しかし、すぐに割り切って仕事にかかる。
(今回の作戦……はっきり言って、まだ“やりやすい仕事”だ。だが、できるだけパーパルディアの民衆の世論に訴える方法を取らなければ、あまり意味はないだろう。となると、どうしても"戦略爆撃”というところに行き着くんだよな……)
考えつつ、堺は作戦計画書(仮)になっているメモ用紙の端に、小さく文章を書き込んだ。
「『B-29』のことは、一度"
呟き、堺はちらっと壁にかかった地図を見た。その視線が、「エストシラント」と書かれた地点に吸い寄せられる。
(パーパルディア戦争を終わらせるに当たって、絶対に叩かなければいけないのは3箇所だ。1つ目がこの首都エストシラント。パーパルディア国民へのプロパガンダと、皇国政府の中枢並びに経済の中心である点、そしてパーパルディア海軍の南方進出の拠点があるという、4つの意味において“敵の要衝”だ。2つ目が……)
堺の目は地図の中央上部、パーパルディア皇国の東部沿岸地帯に飛んだ。そして、「デュロ」と書かれた一点で停止する。
(2つ目がデュロ。聞くところによれば、ここはパーパルディア皇国最大の工業都市らしいな。となると、パーパルディア軍が使う武器、及びその弾薬の製造の中心を担っているはずだ。それに、「デュロにも造船所がある」との報告がきているしな)
実際、パーパルディア上空に潜入して偵察を繰り返している独立第1飛行隊(ディグロッケ装備)からは、そのような報告が上げられている。
(そして3つ目、レノダだ)
堺の視線は、今度は地図のほぼ左端に飛んだ。マール半島(マール王国が支配している)の付け根辺りに、「レノダ」と書かれた点がある。
(ここは、パーパルディア最大の港湾都市。日々戦列艦や竜母が作られている、って話だ。つまり、敵の海軍にとって最大の後方拠点になっている。ここを叩かないと、パーパルディア軍は無尽蔵に海軍戦力を調達できてしまう。
ここまで考えた上で、堺は計画書に目を落としてペンを持ち、計画書に書き込み始めた。
(まずターゲットにすべきは、やはりエストシラントだろうな。距離的にも一番近いし、敵の首都だし、パーパルディア世論への影響にも期待できる。それにパーパルディア側としても、まさかいきなり首都を狙ってくるとは思わんだろう。最初のターゲットはエストシラントで決定だな。で、それの
堺の目は、一度計画書を離れて写真に飛んだ。ペンを持っておらず、空いている堺の左手が器用に動き、何枚かの写真を引っ張り出す。
(写真を繋ぎ合わせて考えると、狙うべきはまず"相手の首都防衛能力の
考え事をしながら、堺は複数枚の写真を繋ぎ合わせて、1つのパズルのような格好の大きな写真を作り出した。そこに写っているのは、エストシラントの全貌である。そして、エストシラントの南部に軍港が、市街地を少し離れて北部に、大規模な陸軍基地がある。この基地は長い平坦な土地を確保しており、ワイバーン用の滑走路と見られていた。
(方法としては、やはり爆撃だな。砲撃でもいいんだが、それだと砲弾がエストシラント市街地に落下して、民間人に要らぬ死者を出すことになりかねない。その点爆撃であれば、特に皇都北部の基地をヤる場合、エストシラントの市街地上空を堂々と通過する姿を、市民に見せ付けられる。「我々は、貴様らの誇る軍隊が守っている首都であっても、堂々と攻撃できるのだ」というメッセージになるしな。その手で行くか。当然、攻撃時刻は朝方から昼にかけてだな。奴らの寝坊助頭、もしくは出勤中の連中に、目に物見せてやる)
ここには、どうやら
(さて最初の目標は、エストシラントにある基地と、軍港及びそこにいる艦隊だな。基地航空隊を、アルタラスとシオスから出すことになるが、それだけでは数が足りん。母艦航空隊も使って数を補うしかないな)
堺の脳裏に、今のロデニウス連合王国海軍の戦力展開図が描かれる。
(
堺は、友好国の防衛にも注意を払っていた。
(アルタラスとシオスを一挙に防衛しようと思ったら、水上機を投入できるが故に、索敵範囲の広い航空戦艦が望ましいな。この二島の防衛は「
そして、エストシラント付近にいる敵艦隊を殲滅した後は、対パ戦線にいる艦隊は小艦隊を組ませて分散させ、海上封鎖に充てよう。海運を絶てば、パ皇も
そして堺の目は、「レノダ」と書かれた点に向けられた。
(その分散させた小艦隊のうち1つで、レノダを
あと、リンスイ卿から聞いたところによれば、マール王国は機を見てパ皇に宣戦布告するつもりらしいが……あいつらは確か、カイジ型駆逐艦3隻とウインク型砲艦5隻をうちから買って持っていたはずだ。間違いなく、何隻かは投入してくるだろう。戦列艦はこれらでも十分対処できるが、ワイバーンによる航空攻撃が気がかりだ。エアカバーとして、「サラトガ」も付けるか……?
ま、一旦ちょっと置いておこう)
堺は続いて、「デュロ」と書かれた点を睨む。
(デュロは、できるだけ艦砲射撃と航空攻撃を掛けていきたい。ここにも飛行場を併設した中規模の陸軍基地があるらしいから、工場地帯と基地とを一気に
もう正規空母がないから、軽空母の中でも最優秀の性能を持つ「
堺のいう「対空番長」とは、
(対地攻撃を「ビスマルク」に任せて、「摩耶」の対空戦闘と「千歳」「千代田」の直衛機で艦隊上空をカバーするってことで行くか。あと、「
レノダの上陸は、マール王国軍に任せますかね)
そこまで考えたところで、堺は一息吐いた。
「よし、それじゃ今の考えを軸にして、作戦計画書のフォームにまとめますかね。あと、戦略爆撃のターゲットは……」
ぶつぶつ呟きながら、堺は新しい紙を取り出し、今度こそ正式な作戦計画書を書き込み始めた。
およそ1時間後、作戦計画書を書き終えた堺は、ふとあることに気付く。
(そうだ、この作戦による“戦略的目標”と“戦術的目標”を明らかにしておかないと)
そして堺は、作戦計画書の1ページ目を開き、少し考えた後に空けてあったスペースにこう書き付けた。
『本作戦による戦略的目標:戦争の終結』
『戦術的目標:パーパルディア皇国の
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃、ロデニウス連合王国の首都クワ・ロデニウスでは、“珍しい客”がロデニウス連合王国政府の外務部を訪ねてきていた。
その応対に当たったリンスイ外務卿は、その客人を見て目を丸くする。
「これはこれは、ようこそロデニウス連合王国へ。よくおいでくださいました。突然のご来訪、驚きましたぞ。メルデ次長殿」
「リンスイ殿、突然の訪問をお許しいただきたい。私としてもお忍びなのだ」
リンスイと向き合っていたのは、「メルデ」と呼ばれた50代前半の男性だった。ただし、見た目は30代後半くらいに見える。これは、彼が自身にかけている身体強化魔法の副産物だった。
彼は、パンドーラ大魔法公国の国家元首的地位である「学院連合総長」の下にある「学院連合次長」、いわば副総長の地位にある人物である。
パンドーラ大魔法公国は、第三文明圏の中でも北西部にある文明国である。地理的にはパーパルディア皇国の北西部で国境を接する国家であり、パンドーラ大魔法公国の南隣には半島国家であるマール王国がある。
この国は「学院制」という、民主主義に似た形の変わった政治体制を導入しており、幾つもの学院を束ねる「学院連合総長」が国家元首に当たる権限を有する。各学院では高レベルの魔法や魔導が研究されているため、同国は高い魔導技術を有し、そのレベルはパーパルディア皇国のそれにも引けを取らなかった。世界でも有数の、高いレベルの魔導技術である。
ちなみに、ロデニウス連合王国もこの国の恩恵を受けている。というのは、現在ロデニウス連合王国の各地で就役している旅客用の高速帆船に搭載されている「風神の涙」が、このパンドーラ大魔法公国で製造されたものなのである。これは、パンドーラと国交を有するマール王国を通じて、大東洋共栄圏に流入してきた物であった。
そして今、パンドーラ大魔法公国はパーパルディア皇国の属国にされていた。
自治権と軍の保持は認められているものの、技術は皇国に開示しなければならないし、他国と同様に奴隷の献上も当たり前、挙句の果てには学院連合総長の任命権がパーパルディア皇国の皇帝にある、という始末である。パーパルディア皇国は、パンドーラ大魔法公国を無理矢理属国にしていったのであった。
そのパンドーラ大魔法公国からお客人が…それも、学院連合次長という非常に高い身分の者が訪ねてきたとあって、リンスイも驚いていた。
応接室のソファーをメルデに勧め、紅茶を出しながらリンスイはメルデに尋ねる。
「さて、突然の非公式の来訪は何事があってのことか、教えていただけますか?」
紅茶を一口飲んだメルデは、紅茶の旨さに目を見開いた後、カップを置いて口を開く。
「それでは、単刀直入に申し上げましょう。我々パンドーラ大魔法公国は、パーパルディア皇国の支配下を離れ、貴国、ロデニウス連合王国の側に付きたい、と考えております」
「それはそれは、如何なる理由がおありなのでしょうか?」
リンスイが問うと、メルデは姿勢を正して話し始めた。
「リンスイ殿、貴方もご存じだと思いますが、我々パンドーラ大魔法公国がパーパルディア皇国の属国となってから十余年。パーパルディア皇国による圧政は凄まじく、我が国にも何度か無茶な魔導研究が要求されております。
しかも彼らは、我が国のトップに当たる“学院連合総長の任命権”を取り上げてしまい、総長を勝手に指名して任命させる始末。我が国でも、パーパルディア皇国に対する不満が高まっているのであります」
「なんと、貴国にもそのような事情が……」
メルデの話に、リンスイは半ば驚きながらも、頭の残り半分では納得していた。
パーパルディア皇国は、属領とした国々に対して搾取と弾圧を行い、更に属領の疲弊を無視した急激な成長を続けていた。その結果皇国の属領では、“パーパルディア皇国に対する怨嗟の声が溢れている”と聞き及んでいる。
属領に対する扱いがこのような代物であれば、属国に対する扱いも同様である、と考えるのは自然なことだった。
「しかし、パーパルディア軍はあまりにも強力である故、我々は不満はあれど如何ともし難い、という歯痒い状態に置かれておりました。
そんな折に、我々は貴国のことを伺いました。貴国は、パーパルディア皇国の軍を二度も大敗せしめた、と聞き及んでおります。そして今回、パーパルディア皇国の属領となっていたアルタラス王国を解放し、パーパルディア皇国に属領を一つ失わせるという
それだけではございません、これはマール王国の大使から聞いた話なのですが、貴国は『大東洋共栄圏』という経済共同体を主宰し、相手が如何なる国であろうとも“対等の仲間”として接し、その優れた技術を惜しみなく分け与えているそうではありませんか。それを聞いて、我々は何と素晴らしい考え方なのだろう、と感心したのです。そして我が国の中では、こんな意見が日増しに高まっていきました。『もうパーパルディア皇国の言うことなぞ聞けたものではない。我々はロデニウス連合王国と共に、パーパルディア皇国と戦うべきである』と。
先日我々は、パーパルディア皇国からある要求をされました。それは、ロデニウス連合王国との戦争に備えるため、“大魔導士2,000名を増援として皇国に送れ”、というものです。不満が高まっている我々は、そのパーパルディア皇国からの要求に応えて軍勢を集めるふりをして、パーパルディア皇国に宣戦布告して、武力攻撃を行うための軍を集めております。我々も貴国とともに戦いたくあります故、ロデニウス連合王国との接触が必要である、ということで、こうしてご挨拶に伺った次第です」
メルデは挨拶を終えると、紅茶に口を付けた。
リンスイは素早く考える。文明国の応援を受けられるとは、これはまたとない話だ。上手くすれば、先日接触を図ってきたマール王国やこのパンドーラ大魔法公国と連携して、パーパルディア皇国を挟撃できるかもしれない。
「メルデ殿、お話いただきありがとうございました。貴国の事情については、よく分かりました。
ですが本件は、“外交分野の問題”であると同時に“軍事の分野にもまたがる問題”でありますので、私の一存では決められません。軍務のリーダーであるヤヴィン卿や、国王陛下にも貴殿の話をし、多方面から検討を行って決定したく思います」
「うむ、承知いたしました。それでは、申し訳ありませんが私は一度、国に帰らせていただきます。お忍びで来ております故、“パーパルディアの言いなりになっている学連長”にバレるとまずいですからな。連絡の手段を確保したいので、出国の際に貴国の魔信をお渡しいただければ幸いです。
可及的速やかな、そして快いお返事を期待しております」
メルデはリンスイに、深々と頭を下げるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
1週間後、中央暦1640年4月30日、ロデニウス連合王国 首都クワ・ロデニウス。
堺は一度、ロデニウス連合王国に帰還していた。軍のリーダーであるヤヴィン卿に「アサマ作戦」の計画書を提出するのと、"釧路"による「B-29」の開発・生産状況を確認するためである。
作戦計画書については、ヤヴィンが軍の幹部たちを交えて討議を行うため、「結果についてはしばし待て」とのことであった。そのため、堺は久しぶりにタウイタウイ泊地に戻って、"赤城"の改装状況の確認や、新兵器の開発状況の確認などを行っていた。
"釧路"によれば、「B-29」は“エンジンが出火しやすい"という欠点が見つかったとのことで、それを改良した「B-29改」が既に制式採用され、200機が生産されて慣熟訓練を受けている、とのことだった。その進み具合もすこぶる良く、この調子で訓練が進めば、アサマ作戦の後期頃には実戦爆撃も行えるのではないか、と予想されていた。
そして今日、堺はヤヴィン卿に呼び出されて軍司令部を訪れていた。どうやら、アサマ作戦の案に対する評定が出たらしい。
司令部に出頭した堺に対し、ヤヴィン卿から言い渡された評価は、意外にも「修正の上再提出」だった。
(再提出だと? ヤヴィン卿、今回はいったいどうしたってんだろう?)
考えながら、堺は返却された計画書を見て……唖然とした。
アサマ作戦の計画書は、すっかり変わり果てた姿にされてしまっていたのだ。例えば、1ページ目に書いた作戦目標からして、修正が入れられている。
『本作戦による戦略的目標:戦争の終結』
これは変わっていない。問題はその次である。
『戦術的目標:パーパルディア皇国領の段階的な占領。最終的には同国の
(えぇ……)
堺はドン引きした。
まさか、ここまで堂々と「相手国の滅亡」と書いてくるとは思わなかった。「降伏」ならまだしもであるが……。
それにしても、幾ら殲滅戦を宣言された身であり、相手も殲滅される覚悟はあるだろうとはいえ、
堺は改めて、この第三文明圏における対パーパルディア感情の闇を知るのだった。
作戦計画書の内容の方も、大幅な修正が入れられており、「デュロを占領した陸軍は、そのままパールネウスまで進撃せよ」という注文が付けられて、進撃ルートの策定が命じられている。
レノダの方は、マール王国軍の他にパンドーラ大魔法公国軍も加えるように、と注釈が付いていた。
更にパールネウスも含めて、皇国の各都市に対して戦略爆撃を行うよう加筆されている(ここまでくると、戦略どころか
そしてエストシラントに至っては、基地と軍港を壊滅させることの他に、市街地にも爆撃と艦砲射撃を加え、最終的に陸軍を揚陸して制圧しろ、という注文が付いてしまっている。
(まさに
しかし、修正を命じられた物は仕方ない。一度泊地に戻って作戦計画を練り直そう、と堺は連合王国軍司令部を後にしようとする。
すると、軍司令部庁舎の玄関口で、陸軍第1軍団指揮官モッツァラ・ノウ中将と出くわした。
「おや、これは堺殿。先日のアルタラス王国解放作戦はお見事でございました」
「ノウ殿、お久しぶりですな」
ノウと堺は、対ロウリア戦争において一度共闘したことはあったものの、それ以降は連合部隊を組んだことがない。フェン王国では、ノウ指揮下の第1軍団の歩兵が堺の指揮下に入って戦ったものの、あの場にノウはいなかったのだ。
「貴官の指揮下にいる戦車隊は優秀な戦いぶりを示しておりましたよ。お見事なものでした。フェン王国でも、貴官の指揮下の兵士たちは勇敢に戦っておりました。練度も十分だと思いますよ」
「いや堺殿、うちの部隊はまだまだですよ。貴官のところの兵と比べれば、素人みたいなものです。もっと精進せねば。他の部隊にも負けていられませんしなぁハハハ」
「それはそれは。では我が隊も、“他の部隊の模範”となるべく、練度向上に努めねばなりませんな」
そんな会話を交わすノウと堺であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その頃パーパルディア皇国では、皇軍最高司令官アルデが、皇帝ルディアスが厳命した「アルタラス王国の再占領」を遂行するためにはどうすれば良いか、頭を悩ませていた。
「うーむ……最大の問題は、やはりロデニウス連合王国軍だ……」
彼は呟く。
アルタラス王国の女王となったルミエスは、「アルタラス王国海軍は先のパーパルディア皇国との戦争で全滅しているため、安全保障条約に基づいて自国の海上防衛を、ロデニウス連合王国海軍にお願いしている」と、記者会見の中で発言していた。そしてロデニウス連合王国は、第二文明圏の列強ムー国から軍事支援を受け、ムー国の兵器を使用しているらしい。
つまり、ロデニウス連合王国との戦争は「列強同士の戦い」という格好になっている、といえる。
「相手が、ムーの兵器をどれだけ出してくるかが問題だな……。ラ・カサミ級戦艦を多数投入されたら、我が国の海軍では正直厳しいぞ……」
ラ・カサミ級戦艦は、“ムー海軍期待の艦”と噂されていた。そして、パーパルディア皇国の最新鋭艦である超
というのは、ラ・カサミ級戦艦は18ノットの高速で航行できる(対して、パーパルディア皇国の戦列艦はどれだけ早くても12ノット)上に、装甲が非常に分厚く、パーパルディア皇国皇軍の魔導砲でも簡単には破壊できない。何より、ラ・カサミ級戦艦の主砲である30.5㎝連装砲は、パーパルディア皇国の最新の対魔弾鉄鋼式装甲でも容易に貫通する破壊力と、10,000メートル以上の射程距離を併せ持ち、更に回転砲塔を持っているため、艦体の向きに関係なく砲を指向することができる。
そのため、もしパーパルディア軍がこの艦と激突した場合、勝ち目は薄いと見られていた。
「だが幸いにして、ラ・カサミ級は砲門数は決して多くはない。海と空から同時に、多数の物量を以て攻撃すれば何とかなるだろう。そして、ラ・カサミ級は開発国であるムーにとっても最新鋭艦だ。ロデニウス連合王国に供出されている艦の数は、多くはないはずだ。そうなると、問題は航空戦力だな……」
アルデは頭を悩ませる。
そう、この場合問題となるのは航空戦力だ。ムー国の支援を受けているとなると、ロデニウス連合王国軍はムー国の新鋭戦闘機「マリン」も出してくる可能性がある。この「マリン」は最高時速380㎞と、ワイバーンロードの最高速度である時速350㎞を超える速度を持ち、ワイバーンロードの硬い鱗をも貫ける機銃で武装している。
現に、元属領アルタラスにいた皇国属領統治軍に配属されていたワイバーンロード隊は、ロデニウス連合王国の飛行機械の前に、全くといっていいほど抵抗できぬまま全滅した、との報告が入っている。ここから考えても、ロデニウス連合王国軍は「マリン」を多数運用しているのだろう。
「マリン」に対抗できるような皇国の兵器といえば、ようやく生産と配備が始まったワイバーンオーバーロードだけ。だが、そもそもワイバーンオーバーロードを、アルタラス島付近まで運べる竜母がない。ワイバーンオーバーロードを運用できる竜母のプロトタイプである「ヴェロニア」も、故障の原因は特定されたものの、それへの対応がまだ完全にはできていないとのことなので、前線投入は不可能である。従って、ワイバーンオーバーロードをアルタラス島付近に投入するのは難しい。
「全く……ロデニウス連合王国といいムーといい、厄介な!」
アルデは思い切り、ロデニウス連合王国とムー国を罵った。
(読者の皆様には何度もお伝えしているが、実際にはムー国は、ロデニウス連合王国への軍事支援は一切行っていない。むしろその逆に、ムー国がロデニウス連合王国から軍事技術の支援を受けている状態である。それに加えて、ロデニウス連合王国が運用している主力戦闘機である「
(それはそれとして……)
アルデは、机上に広げた作戦計画書に目を落とす。
(フェン王国への侵攻で全滅した第4・第5艦隊を再建するために、レノダとデュロ、それにエストシラントの軍港に対して艦艇の増産を指示するとともに、レノダの第8艦隊から艦艇を多数引き抜いて再建に充てていたが、それも全滅か……そうなると、3個艦隊が全滅した計算になる。くそっ、ここまでやられるのは初めてだ……)
アルデの指はペンを持ったまま、計画書から10㎝ほど上空に浮いて止まっていた。
(こうなった以上、ロデニウス連合王国海軍に対しては、皇国海軍の持てる全艦をぶつけるくらいの物量でなければ厳しい。海軍でも最大の主力艦隊である、第1・第2・第3艦隊を一挙にぶつけるしかない。この3つの艦隊は、フィシャヌス級100門級戦列艦を主力とし、旗艦に超
アルデは、そのように考えていた。
結局、アルデはこの後、“第1・第2・第3の3個艦隊を一挙にぶつける作戦”しかないと考え、それを軸に作戦を立てることとなった。そして、皇国海軍を束ねる司令官バルスに作戦に利用する陣形を考えるよう命じる傍ら、皇帝ルディアスにこの作戦計画を提出した。
そしてルディアスの裁可を得たため、アルデはこの作戦を実行するための兵力を揃えるとともに、壊滅した艦隊の再建を急がせることになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一方、アルタラス王国の王都ル・ブリアス。
王城であるアテノール城の一角に新設されたアルタラス王国陸軍司令部では、総司令官となったライアルが、アルタラス王国陸軍の再建に力を注いでいた。
「ふぅ……」
書類仕事を終え、彼は一息吐く。
中央暦1640年4月24日に、ロデニウス連合王国以下の大東洋共栄圏参加各国がアルタラス王国の参加を認めたため、アルタラス王国は正式に大東洋共栄圏に加盟した。そして、ロデニウス連合王国から食料や技術などの経済的支援の他、軍事支援も受けられるようになったのだが……
「ロデニウス連合王国の武器……すぐにも導入したいほど強力だが、高い……!」
ライアルは、陸軍に与えられた予算をどう使うべきか、頭を悩ませていた。
元々アルタラス王国は、魔石の取引によって多数の富を得ていた国家ではあった。だが、パーパルディア皇国によって富は使い尽くされてしまっていたのだ。魔石はまだ残っているが。
加えて、民衆からの徴税制度もまだ整っていない。ルミエスは、むしろ“当面の間は租税を免除し、税として徴収する金を民衆の復興に充てよう”と考えていた。そのため、アルタラス王国政府の国庫はすっからかんなものの、城下町は早いスピードで復興しつつある。商魂逞しい商人の中には、ロデニウス連合王国相手に家具などを持ち込んで取引し、ちょっとした利益を得ている者もいた。
「今導入するにしても、戦闘機や軍艦は無理だ……!」
大東洋共栄圏の商品カタログの「武器」の項目を眺め、ライアルは悲鳴を上げる。
ロデニウス連合王国製の戦闘機や軍艦は、これまでのアルタラス王国軍のワイバーンや戦列艦と比較すると、天と地ほどの優れた性能差を見せ付けている。すぐにも導入したいのだが、大東洋共栄圏の参加特典となる"割引サービス”をフル活用したとしても高価だ。今のアルタラス王国軍に無理なく導入できる装備は、せいぜいこの「ワルサーP38」という小さな銃くらいだろう。機関銃の導入など、夢のまた夢だ。
税収制度が整えられ、ある程度の国庫収入が確立すれば、これらの導入もできるようになるだろうが、少なくとも現状では無理である。
「ロデニウス軍は、歩兵全員がこのケンジュウなる小型銃を持ち、更に大半の兵は、このショウジュウかキカンジュウを持ってるんだろうな……。一部の兵はハクゲキホウやらパンツァーファウストやらいう、何に使うかよくわからない武器を携行してるって話だし……ロデニウス連合王国は、なんという凄まじい国力と軍事力を有しているんだ……」
拳銃以外の新兵器の導入を一旦諦め、ライアルはカタログをしまいこむ。そしてふと、別の書類に目を落とした。
それは、ロデニウス連合王国軍によって捕縛され、アルタラス王国に引き渡されたパーパルディア皇国アルタラス統治機構の職員のリストである。総数およそ300名、そのトップには長官・シュサクの名前があった。
「さて、こいつらもどうやって
その時、ライアルはとんでもない方法を思い付いた。
「そうだ、これなら……これなら良さそうだ……!」
ライアルの顔に、黒い笑みが浮かぶ。
「だが、我が国にこれを行える『機材』がなさそうだな……ロデニウスに機材がないか、堺殿に聞いてみるか」
ライアルは席を立ち、部屋の片隅にある魔信の通信機へと向かった。
『……というわけです。何かいい道具はございませんか?』
「は、はぁ……」
ライアルから連絡を受けた堺は、伝えられた内容にドン引きした。以前に続き、この頃ドン引きが増えている気がする。
「お話は分かりました。えーと、それができる道具というと……うちにあるにはありますが」
『本当ですか!?』
ライアルの声が弾んだ。
「はい。ただ……その、情けも容赦も一切無いような……」
『何を仰いますか、我々はこれまで散々パーパルディア皇国の連中に酷い目に遭わされていたのですぞ。これくらいはまだ安い方でしょう』
(うわー……やっぱ属領の人たち恨み骨髄だわ、コレ。パーパルディア皇国、お前は属領の人たちにどれだけ酷いことをやってたんだ?)
ライアルの答えを聞きながら、堺は背筋が冷えるのを感じた。
「承知致しました。それでは、次にそちらに戻る時に、使えそうなものを見繕ってお持ちします。その代わり、報酬の方はくれぐれもお願いしますよ。私としても、本来であればお受けしないような内容なのですから」
『心得ております。それでは、よろしくお願い致します』
ライアルは、通信を終えた。
堺はタウイタウイ泊地の工廠へと足を向けながら、苦虫を噛み潰したような顔をして考える。
(あの娘たちに、こんな物を作らせることになるとはな……。俺としても不本意極まりないが……)
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして2週間後、中央暦1640年5月14日、アルタラス王国 王都ル・ブリアス、アテノール城地下室の一室にて。
「おい……いったい何をするつもりなんだ!? 離せ!」
手術台を思わせる台の上に全裸で縛り付けられた、アルタラス統治機構の副長官が喚き立てる。それを冷たく見下ろし、ライアルは告げた。
「黙れ。貴様らがこれまで我が国の民に何をしてきたか、忘れたわけではあるまい。これは、その恨みの"ほんの一部”だ。では堺殿、説明を頼みます」
「はあ……」
ライアルの気迫に呑まれかけながらも、堺は副長官に近付き、奇妙な形状の棒状の物体…いや、日本刀の形をした物体を彼に見せた。刃の部分は半透明の白い物質で作られている。
「では今から貴方には、アルタラス王国陸軍による新たな拷問方法の"実験台”になっていただきます」
「待て! 何をする気だ!?」
副長官が怒鳴るが、“聞く耳持たぬ”とばかりに、堺は全くの無表情で淡々と説明を続ける。
「使うのはこれです。ああ、剣のような形ですが、剣ではないので切れませんよ。いわば“棒打ちの刑”になります」
そう言うと、堺はここでライアルを振り向いた。
「では、こちらを両手で持っていただいて、このボタンを押していただけますか?」
「どれどれ」
ライアルは物体を握り、ボタンを押す。すると、日本刀の刃の部分が青白く発光した。
「ちょっとだけ振ってみてください」
ライアルがその“日本刀擬き”を振ると、薄暗い地下室に青白い稲妻が閃くような光景が出現した。振る度に、ブォン……ブォン……と音がする。
「これで起動は完了。さてライアル殿、貴方がこれをどう使おうが、私はこれ以上は関知しませんよ。『あとは貴方次第』です。使い方は簡単、
「なるほど」
「使い終わったら、同じボタンを押していただければ結構です。それでは、私は失礼します」
堺はそう言うと、この発光する日本刀擬きをライアルに渡し、自身は部屋を出ていった。
地上に戻る石造りの階段を堺が上がっている時、
ギャアアアアアアァァァァッ……!
物凄い悲鳴が彼を追いかけてきた。一瞬、堺の両肩がピクッと跳ね上がる。
「やれやれ……できるなら、もうこんな取引には関わりたくないな。
青い顔のまま、堺はぼそりと呟いた。
さて、アルタラス統治機構の副長官には一体ナニがあったのでしょうねー(棒読み)
なお、あの道具は"明石"と"釧路"、その他工廠に入り浸っている艦娘たちの手で「近接打撃兵器」として作られたものです。簡単にいえばラ◯トセーバー。
ここで、パーパルディア皇国の艦艇の解説コーナーを入れます。
前々からやろうと思って伸び伸びになっていましたが、ここで少し紹介を行いたいと思います。今回簡単にですがご紹介するのは、以下の艦艇です。
「ケブリン級戦列艦」
80門級戦列艦。パーパルディア皇国海軍の第2世代主力となった戦列艦。現在は順次第一線を引退しつつあり、属領統治軍の中心戦力、そして国家監察軍の最高戦力となっている。だが、まだ第一線の艦隊に残っている艦も何隻もいる。一部の艦は近代化改修を受け、アルミ箔程度の厚さの対魔弾鉄鋼式装甲を張っている。
なお、ネームシップの「ケブリン」は、フェン王国への懲罰攻撃の際にロデニウス艦隊と交戦、「球磨」の砲撃で沈められた。
「フィルアデス級戦列艦」
100門級戦列艦の前期型。パーパルディア皇国海軍の第2.5世代主力の戦列艦である。属領統治軍の最高戦力となる艦である他、第一線の艦隊に多数が配備されている。ケブリン級同様、一部の艦は近代化改修によって装甲戦列艦となっている。
「フィシャヌス級戦列艦」
100門級戦列艦の後期型。パーパルディア皇国海軍の第3世代主力の戦列艦にして、現在の皇国海軍の主力である。対魔弾鉄鋼式装甲を最初から装備しており、フィルアデス級よりも高い防御力を持つとともにフィルアデス級由来の高い攻撃力を引き継いでいる。
なおネームシップの「フィシャヌス」は、フェン王国侵攻作戦で竜母艦隊を護衛していたところ、エロ爆弾改による攻撃で轟沈。
「ネール級竜母」
現在のパーパルディア皇国海軍の主力竜母。搭載数はワイバーンロードで20騎。対魔弾鉄鋼式装甲は張っていない。
フェン王国侵攻作戦で沈められた、竜母艦隊の副旗艦「キース」は本級にあたる。
「コリーダ級装甲竜母」
パーパルディア皇国海軍の新世代の竜母。文字通り、対魔弾鉄鋼式装甲を舷側に装備した竜母である。ただし、飛行甲板は装甲化されていない。搭載数はネール級竜母に同じ。
フェン王国侵攻作戦の竜母艦隊旗艦を務めていたものの、エロ爆弾改によりほとんど出オチに近い格好で沈められた「ミール」は本級である。
次回予告。
対パーパルディア戦争のため、アルタラス島とロデニウス大陸を行ったり来たりしている堺。そしてついに、再提出の後にヤヴィン軍務卿によってOKが出された「アサマ作戦」の全貌が明かされる…
次回「アサマ作戦、発動準備」