鎮守府が、異世界に召喚されました。これより、部隊を展開させます。   作:Red October

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はい、今回はムーのパーパルディア駐在大使ムーゲと、パーパルディア皇国上層部の会談の話です。



049. 勘違いの皇国

 中央暦1640年5月19日 午前9時30分、パーパルディア皇国皇都エストシラント 第1外務局。

 局長室では、第1外務局局長のエルトが落胆していた。それは、彼女の“外れて欲しかった推察”が、どうやら当たったからである。

 彼女は皇軍最高司令官アルデから、ある推察を聞かされていた。それは、第二文明圏の列強ムー国がロデニウス連合王国に対して、兵器の輸出等の軍事支援を行っているのではないか、というものである。

 現にアルタラス島での戦いでは、ロデニウス連合王国軍が“回転砲塔を持つ軍艦”や“飛行機械”を投入してきた、との報告が上がっている。これらの兵器は、ムー国が開発して使用しているものだ。

 第三文明圏ではトップの技術力を持つパーパルディア皇国ですら、これらの技術はまだ到底実用化できない。ましてロデニウス単独では、そういった技術は到底持ち得ないだろう。そう考えると、やはりムー国が裏で動いているのだろう。

 

 そして昨日の一件で、彼女の推察はほぼ()()に変わった。

 昨日、ムー国政府はムー国民に対し、パーパルディア皇国への渡航を制限すると共に、皇国内にいるムー国民に対して国外退去命令を出したのだ。その事由についてムー政府は、「パーパルディア皇国が、ロデニウス連合王国と本格的な戦争状態に突入したため」と説明している。

 

 第三文明圏に冠たる列強パーパルディア皇国と、第三文明圏外に位置するロデニウス連合王国。この2ヶ国が、どれほど激しい戦争状態になったとしても、第二文明圏にあるムー本土にまで戦火が及ぶことは、絶対にない。

 まして、"文明圏外国に住まう自国民"ならともかく、“列強国に住まう自国民”に退去を命令するなど、狂人の判断としか思えない。

 しかし、狂人の判断としか思えないその行動を、ムー国は取った。

 

 考えられる可能性は()()1()()

 ムー国は本格的にロデニウス連合王国に対して軍事支援を行い、パーパルディア皇国にけしかけている。そうとしか考えられない。

 

「まさか、事実上の列強同士の戦争になるとは……。それにしてもいったい何故、ムーはこのような措置を?」

 

 エルトには、その理由は分からなかった。

 

 もう少しすると、皇国からの召喚に応じたムー大使が第1外務局に出頭してくる。

 今回の会談では、エルトではなく皇族のレミールが主体となって、外交が行われる手筈になっている。

 

(レミール様がどう動いて外交をするのか、そしてムー大使がどんな言い訳をするのか、今回はゆっくり観察させていただきましょうか)

 

 半分他人事のように考えながら、会談に使う部屋を準備すべく、エルトは第1外務局長室を出た。

 

 

 その30分後、第1外務局の小会議室には第1外務局長エルト、皇族レミール、以下第1外務局の幹部たちが顔を連ねていた。

 その目的は、第二文明圏の列強国であるムー国が、自国民に対して“パーパルディア皇国への渡航制限”と、“パーパルディア皇国内にいるムー国人に対して国外退去命令を出した”ことに対する「真意の確認」である。そのために、パーパルディア皇国駐在ムー大使を、第1外務局に召喚したのだ。

 本来なら応接室を使うべきなのだが、今回はパーパルディア皇国側の同席者が多いので、やむ無く小会議室を使うことになったのだ。

 

 既に一言申し上げたが、ムー国政府は5月17日付で、“パーパルディア皇国とロデニウス連合王国が戦争に突入したこと”を事由として、ムー国民に対してパーパルディア皇国への渡航制限を課すと共に、皇都エストシラントを含むパーパルディア皇国内在住のムー国民に対し、パーパルディア皇国外への国外退去を命令した。

 これにより、パーパルディア皇国皇都エストシラントの港や皇国東部の工業都市デュロ、皇国西部の港湾都市レノダの港では、国外に退去しようとするムー国の民が、長蛇の列を作っている。また、皇国内に2箇所あるムー国の空港にも、ラ・カオス型旅客機に乗り込もうとするムー国民の長蛇の列ができていた。

 

 「列強国 対 文明圏外国」の戦争で、何故今回ムー国は、“列強国側にいる自国民”に国外退去命令などを出したのか。

 パーパルディア皇国側はそれについて、「ムー国はロデニウス連合王国に自国の兵器を輸出して、代理戦争を行っているからだ」と考えていた。そうでなければ、“列強国と蛮国の戦争”で、ムー国は列強国側の自国民に対して退去命令など出さないだろう、と。

 

 実はパーパルディア皇国は、この()に及んでまだ「ロデニウス連合王国の正体」を知らないのである。

 如何にパーパルディア皇国がロデニウス連合王国を()()()()()かが、よく分かるだろう。

 

 エルトが時計をちらりと見て、そろそろムー大使が来る頃だな、と考えた時、コンコンとノックの音がした。続いてドアが開き、第1外務局職員の1人が顔を出す。

 

「ムー国大使の方が来られました」

 

 職員はそう告げた。

 

「分かりました。お通ししなさい」

 

 パーパルディア側を代表して、エルトが声をかける。

 職員は引っ込み、その直後にドアが大きく開けられ、ムー大使たちが入室してきた。今回第1外務局を訪れたのはムー大使のムーゲとムー大使館職員の2名、合わせて3名である。

 

 

 パーパルディア皇国第1外務局職員に案内され、席に着きながら、ムー大使ムーゲは考えていた。

 

(今日召喚された理由はおそらく、先日我が国政府が発令した“パーパルディア皇国からの退去命令”が原因だろう。何故そんなことをするのか、尋ねられるのだろう)

 

 ムー国は、決してパーパルディア皇国と敵対しているわけではない。そして、特に仲が良いというわけでもないが、大切な国交を有する国同士である。

 “パーパルディア皇国のプライドが高い”ことは、ムーゲもよく分かっていた。どうにかして皇国のプライドを刺激しないようにしつつ、今回の国外退去命令の理由を説明せねばならない。

 

(流石にパーパルディア側も、ロデニウス連合王国の技術や国力については分かっているだろうし……ん? 待てよ?)

 

 ムーゲの心には、僅かに引っかかっていることがあった。それは、今回の戦争において“パーパルディア皇国側から()()()()()()が出された”ことである。

 

(ロデニウス連合王国の国力や技術力の高さを、上層部がしっかり認識していれば、こんな宣言はしないはずだ。いくら何でも、自国を()()()()()ようなことをするとは思えないからな。しかし今回、パーパルディア皇国は圧倒的に()()()()()()()()を持つ国に対して殲滅戦を宣言している。何故だ?

まさかとは思うが……この期に及んで、パーパルディア皇国がロデニウス連合王国の力を()()()()()()()、なんてことはないだろうな? まさか、そんな……だがそうでなければ、ここまでパーパルディアがロデニウスに連敗して、なおも戦争を続けていることについて、説明が付かん。これは、ちと気をつけた方がいいかもしれんな)

 

 ムーゲは、改めて気を引き締めるのだった。

 

「それではこれより、会談を始めます」

 

 ムー大使一行が着席したのを見て、エルトが開会の言葉を述べる。

 続いて口を開いたのは、レミールだった。

 

「我が国がロデニウス連合王国と戦争をしているのは、貴国の方でも把握しているだろう。それに関して今回、貴国は我が国に在住する貴国の民に対して、我が国からの退去を命令した。その件について、説明をお願いしたい」

 

 流石に堺や"(きり)(しま)"に向けたような高圧的な口調はなりを潜めていたが、それでもレミールの話し方には、どこか横柄さが感じられる。

 ムーゲは、ゆっくりと話し始めた。

 

「はい。この(たび)、貴国パーパルディア皇国とロデニウス連合王国は戦争状態に突入しました。今回の戦争は、“激戦となる可能性”があります。ムー国政府は、自国民の安全を確保するため、貴国への渡航制限と貴国からのムーの民の退去を命令するに至りました」

 

 ちなみにこれは、ムー国政府が表立って発表している事柄である。

 

「これには、パーパルディア皇国にある我が国の空港の職員一同や、パーパルディア駐在大使館の職員一同の一時引き揚げも含まれています。この命令は、“貴国の本土にも被害が出る”との判断からなされています」

 

 ムーゲのこの発言に、レミールの顔が一瞬曇った。しかし、すぐにレミールは気を取り直し、ムーゲに質問する。

 

「いや、()()は良いのです。調べは付いています。()()()()()を話していただけませんか?」

 

 本当のこと?

 ムーゲも他のムー大使館職員たちも、その意味を捉えかねていた。困惑した表情が職員2人に見え隠れしている。

 ここでその言葉の意味を考えても仕方ないと判断し、ムーゲは逆にレミールに質問する。

 

「すみません、今の発言はどういうことでしょうか?」

「我が国とロデニウス連合王国との戦闘に際して、“回転砲塔を持つ軍艦”や、“飛行機械”が目撃されているのです。本当のことを話してください」

 

 レミールはそう言ったが、これでもムーゲはレミールの言いたいことを測りかねていた。

 

「……申し訳ありません、いったい何を仰りたいのか、理解できないのですが……」

 

 ムーゲがそう言った途端、レミールの口調は一変した。詰問するような強い口調で、彼女はムーゲと職員2人を問い詰める。

 

「理解できないだと? これは、ムーもとんだ(たぬき)を送ってきたものだ。

私は今、ロデニウス連合王国との戦闘で、“我が国では使われていない回転砲塔を持つ軍艦や、飛行機械が目撃された"と話した。そういったものが作れるのは、あなた方の国、ムーくらいのものだ。

となれば、ムー国がロデニウス連合王国に対して、飛行機械をはじめ武器の輸出を行ったのは明白だろう。そして、それを踏まえれば、今回の国外退去命令の意味についても説明が付く。すなわち、ムー国は"ロデニウス連合王国に武器を輸出して、我が国と代理戦争をしている”のだろう?

何故、ロデニウス連合王国に武器を輸出した!? そして何故、我が国の邪魔をするのだ!? 納得のいく説明をしていただこう!」

 

 レミールのこの言葉を聞いた瞬間、職員2人は余計に戸惑ったが、ムーゲは確信した。

 「まさか」は()()()だったのだ。パーパルディア皇国は、ロデニウス連合王国を「文明圏外の()()()()()()」と頭から決め付け、同国のことをろくに調べもしないまま、戦争を仕掛けて殲滅戦を宣言したのだ。そして、回転砲塔を持つ軍艦や飛行機械を“ムー国製のもの”と一方的に決め付けてきたところから見ても、今もまだロデニウス連合王国の力を()()()()()()()

 

(なんてことだ。()()()まだ把握していなかったのか……)

 

 ムーゲは、レミールの表情や雰囲気に萎縮したような様子を見せながら、瞬時にレミールを観察した。その顔はオーガのようになっており、今にも襲いかかってきそうである。

 彼女の怒りを鎮めるかのように、ムーゲは静かな口調でゆっくり説明し始めた。

 

「……あなた方は何か、重大な勘違いをしております。ムー国は決して、ロデニウス連合王国に対して武器の輸出などしておりません」

「では、どういうことだ!」

「ロデニウス連合王国は……我々よりも進んだ科学技術を有しているのです」

「文明圏外の蛮国が、列強国よりも進んだ技術を有しているだと!? そんな話が信じられるか!!」

 

 レミールはすっかり怒っているようだ。ムーゲは戸惑いつつも、本国から伝えられた()()()()を、ここで開示することにした。

 

「彼らは……“彼らの一部が転移国家だ”という情報は、掴んでおられないのですか?」

「なに?」

 

 レミールは聞き返す。そんな記述は、報告書のどこにも記されていなかった。いや、記されていたとしても、レミールは信じていなかっただろう。

 国家の転移。それは、ムー国の歴史書か神話の中にしか出てこない現象であり、現実にそんなことが起きるとは思えない。現実主義者であるレミールが信じられるような内容ではなかった。

 

「転移などと……貴国は、それを信じておるのか?」

「信じます」

 

 レミールのこの質問に、ムーゲは即答した。

 

「何故なら、我が国以外の国では“お伽話(とぎばなし)”としか思われていませんが、“我が国もまた転移国家である”からです。1万2千年前、当時我が国は王政でしたが、“その時にあった出来事”として、歴史書にはっきり記されています。

ロデニウス連合王国について我が国で調べた結果、ロデニウス連合王国のクワ・トイネ州、かつてのクワ・トイネ公国ですが、そこに『日本』という国の一部が転移していたことが判明しました。この『日本』という国は、転移前に我が国が元々いた世界での我が国の友好国であり、当時ヤムートと名乗っていました。その後、このヤムートは様々に名前を変え、日本という国になったのです」

 

 そう言うと、ムーゲは鞄から写真を1枚取り出して机に乗せた。レミール以下、パーパルディア皇国の面々がそれを覗きこむ。

 そこには、すらっとした機体を持つ単葉機……零戦21型が撮影されていた。

 

「こちらは、ロデニウス連合王国軍の戦闘機の写真になります。そしてこちらが、我が国の戦闘機『マリン』の写真です」

 

 ムーゲは別の写真を取り出してそれも机に置いた。それには、複葉機が写っている。

 ムーゲは、2枚の写真を隣り合わせに置いて、説明を再開した。

 

「こちらをご覧ください。我が国の『マリン』にも、ロデニウスの戦闘機にも、“プロペラ”という風を送り出す機械が付いていますが、我が国の『マリン』は複葉機。つまり、翼を二重にしなければなりません。対して、彼らの戦闘機の翼は1枚しかない、単葉機です。この単葉の戦闘機は、我が国ではまだ()()()で、戦闘用の単葉機を運用している国といったら、神聖ミリシアル帝国()()です。しかし彼らは、そんな機体も有しています。

また、『マリン』は最高時速380㎞で飛べますが、彼らの戦闘機は時速500㎞をも超える速度で飛べます。更に言うと、彼らの機体は全てが金属で作られています。我が国には、“戦闘機を全て金属で作るだけの()(きん)技術”は、まだありません。

このような戦闘機の輸入か、これらを自国で作るための技術を入手するかしたいのですが、ロデニウス側にはなかなか認めてもらえません。ロデニウス連合王国に我が国が輸出できる航空機関連の技術はなく、逆に我が国の方が()()()()()()立場なのです」

 

 この時点で、ムーゲにはパーパルディア皇国の、特に軍事や技術に詳しい幹部の面々が、顔色を青白くしていくのが見て取れた。

 次にムーゲは別の写真を取り出し、それを机に置いた。そこに写っていたのは、タウイタウイ泊地艦隊の中で最初にムー国を訪れた戦艦「(はる)()」である。

 

「こちらは、ロデニウス連合王国の戦艦になります。我が国の『ラ・カサミ級』と同様、回転砲塔を有していますが、火力・防御力・速度・砲撃の命中精度・射程距離、全てにおいて『ラ・カサミ級』を上回る戦艦です。しかも、この戦艦はロデニウス連合王国の艦の中ではかなり古い方だそうで、新鋭艦ともなればこれ以上の性能があります。おそらく、神聖ミリシアル帝国の軍艦並みの性能はあるでしょう。

それにご覧ください、この高い艦橋を。海の上でガタガタ揺れる船にすら、これほど高い構造物を作れるのです。このことから、ロデニウス連合王国の軍事力はもちろん、建築技術についても相当高いことが分かります」

 

 ムーゲはそう言うのだが、実はこれはマイラスの分析結果を教えてもらったものである。まあ、ムーゲはあくまで外交官なので、軍事や技術について畑違いなのは仕方ない。

 ムーゲのこの発言と写真を受けて、パーパルディア皇国の面々は更に顔色を悪化させた。今や全員、顔が血の気を失って青白くなっている。

 ムーゲはさらに話を続けた。

 

「しかもです、ロデニウス連合王国は今お見せした写真のような戦闘機を1,500機以上も装備しており、さらにこの軍艦についても、大小合わせて300隻以上保有しています。300隻というと少ないように聞こえるかもしれませんが、“『ラ・カサミ級』にすら勝てる軍艦”を含めて300隻です。戦力としては相当のものになるでしょう。

これを維持できるということは、ロデニウス連合王国は相当の国力もある、ということの証明になります」

 

 要するにロデニウス連合王国は、ムー国より高い国力がある、もしかするとその国力は、神聖ミリシアル帝国のそれにすら匹敵するかもしれない、ということをムーゲは述べたのである。

 

「お話したことをまとめますと、軍事力にしても技術力にしても、我が国よりもロデニウス連合王国の方が優れているのです。我が国では、ロデニウス連合王国の一部の技術は、神聖ミリシアル帝国のそれすら超えているのではないか、と分析されています。そんな国に、貴国パーパルディア皇国は、殲滅戦を宣言()()()()()()のです」

 

 ムーゲの口から「殲滅戦」という単語が出た瞬間、レミールの表情が明らかに変化した。さっきからのムーゲの話で青白くなっていた顔色は、一瞬で完全に血の気を失って白くなり、加えてその目からは光が失われ、口もぽかんと開いたまま。そして、視線はどこか下の方を向いていた。まるで、何か取り返しの付かない失敗を……自分自身や自国の運命を左右するような重大な失敗をしでかした、とでもいうように。

 

(なるほど……ロデニウス連合王国との戦争の元凶、そして殲滅戦の元凶はレミールか)

 

 歴戦の老外交官は即座に、ロデニウス連合王国 対 パーパルディア皇国の戦争と、殲滅戦の宣言の元凶を見破った。

 その一方で、ムーゲは話を続ける。

 

「殲滅戦を宣言したということは、当然ですが相手から殲滅される可能性もあります。ムー国政府と軍部は分析の結果、このままでは貴国、パーパルディア皇国が殲滅され、皇都エストシラントも(かい)(じん)に帰する可能性が大であると判断しました。

故に、ムー国政府は“自国の民を守る"という義務を果たさんとして、貴国に在住するムーの民に対して、貴国の国外に退去するよう、命令を出すに至ったのです」

 

 ムーゲはここで、一旦一息吐いた。

 

「我々も間もなく、ムー本国に引き揚げます。この戦争が終わった後、貴国がまだ残っていれば、私はまた、ここに戻ってくるでしょう。

私達があなた方とまたお会いできることを、()()()致します」

 

 パーパルディア皇国の面々は、全員が絶句してしまっていた。一言たりとも声を発することができない。

 その沈黙の最中、ムー大使ムーゲと職員2名のムー大使一行は退室し、会談は終了した。

 

 会談が終わって2分ほどの間、第1外務局の小会議室に残されたパーパルディア皇国の面々は、完全に呆然としていた。

 ムー国大使の発言が正しかったとすれば、自分たちは()列強国……少なくとも、神聖ミリシアル帝国級の上位列強国を相手に侮り、その国の民を虐殺して戦争を始め、そして最悪なことに“国家の意志として殲滅戦を宣言してしまった”のだ。

 国家の意志として殲滅戦を宣言した以上、ロデニウス連合王国は本気でかかってくるだろう。ムー国のラ・カサミ級戦艦どころか、神聖ミリシアル帝国の有名な「第零式魔導艦隊」にすら匹敵するかもしれない大艦隊を携え、ムー国の戦闘機「マリン」や自国のワイバーンオーバーロードすら凌駕する、時速500㎞以上の高速を出せる戦闘機を、何百機も投入してくるはずだ。

 

 パーパルディア皇国を殲滅し、滅ぼすために。

 

 上位列強国の大使の言葉は非常に重く、あまりの衝撃で全員が茫然自失してしまっていた。これからどうすれば良いのか、具体的な対策は一切思い付かない。

 

「さて……これからどうするかな」

 

 そんな中、レミールが小さく呟く。

 第1外務局長エルトは、レミールに話しかけた。

 

「ムー大使の言葉が全て正しかったとは限りません。ムーがロデニウス連合王国に武器を輸出して、皇国と戦わせる代理戦争を行っている場合には、まだ勝機があります」

 

 エルトがそう言った途端、

 

「フ……フフ、ハハハハハ!」

 

 レミールが、突然笑い出した。

 

「れ、レミール様!?」

「“ムーの代理戦争”という()()()()()が、まさか最良にして唯一の望みになるとは! これほどの喜劇があろうか! ハハハハハハッ!」

 

 エルトはあまりのことに、“レミールの精神がおかしくなったのではないか”と心配していた。

 思い返せばロデニウス連合王国の力に気付く機会など、何度もあったはずだ。しかし、ロデニウス連合王国が自らその力を示さなかったこともあって、その全てを無駄にしてしまった。

 行った行為を無にすることはできず、流れていった時間ももう元には戻らない。

 

 このままでは、パーパルディア皇国は滅亡する。

 

 この日、第1外務局ではロデニウス連合王国に対する対策会議が、夜遅くまで開かれることとなった。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同じ中央暦1640年5月19日の夜、ロデニウス連合王国 首都クワ・ロデニウス。

 夜遅くまで、戦況や各軍の状況把握に勤しんでいたロデニウス連合王国軍総司令官・軍務卿ヤヴィン。執務室で陸軍の状況を把握し、一仕事終えてヤヴィンが背伸びをした時、コンコンと部屋のドアがノックされた。

 

「誰だ?」

 

 ヤヴィンが問うと、ドアの外で声が上がった。

 

「失礼します、海軍第13艦隊司令の堺です。報告したいことがございます故、入ってよろしいでしょうか?」

「おお、良いぞ、入ってこい」

 

 ヤヴィンは許可を出す。

 「失礼します」ともう一度声をかけてから、ドアを開けて堺が入ってきた。

 

「これはこれは堺殿、夜遅くまでご苦労であるな。どうだ、紅茶でも一杯飲まんか? 私もちょうど、一息入れようと思っていたところだ」

「ヤヴィン卿も、夜遅くまでお疲れ様です。いいですね、ひとついただきましょう。レモンがあればありがたいですね」

 

 そして紅茶で一息入れたところで、ヤヴィンは室内の応接用ソファーに座ったまま、堺に質問した。

 

「で、報告とは何だ?」

 

 それを受け、堺はカップを置いて背筋を伸ばす。

 

「アサマ作戦の準備が、全て整いました」

「おお!」

 

 堺がそう言うと、ヤヴィンの目が見開かれる。

 

「では、いよいよ決行か?」

「はい、ヤヴィン卿のご指示があれば、いつでも開始いたします。ただ……作戦は本当に、あれでよろしいのですか?」

「堺殿、あまり気にするな。我々はパーパルディア皇国から、殲滅戦を宣言されているのだぞ? (なま)(ぬる)いことをやっていては、こちらがやられてしまうでな」

「はい。それは十分心得ています。ですが……」

 

 堺は少し下を向き、苦悩の表情を見せた。カップに僅かに残っている紅茶の液面に、その表情が歪んで映る。

 

「いかに殲滅戦を宣言してきた、憎きパーパルディア皇国と言えど、その国の軍人だけならともかく、民間人まで巻き込むことになるだろうと思われますことが、私の気に懸かることです。できれば、民間人は戦火に巻き込みたくありません」

 

 すると、ヤヴィンはソファーから立ち上がり、堺を真っ直ぐ見据えた。

 

「よし、分かった。では堺殿、軍務卿ヤヴィンが貴官に命じる」

 

 その瞬間、堺は顔を上げた。その瞳には、固い決意が宿っている。

 

「『アサマ作戦』を開始せよ。目標は、パーパルディア皇国の滅亡、最低でも無条件降伏だ。作戦計画に従い、迅速に行動せよ」

 

 堺はヤヴィンに釣られるように、すっと立ち上がった。そして、右手を額まで持ち上げ、右脇を極端に締める形で、ビシッと敬礼する。

 

(うけたまわ)りました。作戦計画に従い、パーパルディア皇国を滅ぼします」

 

 堺は第13艦隊と第13軍団の司令官ではあるが、同時にあくまで一司令官に過ぎない。軍部、特にそのトップ(つまり総司令官)であるヤヴィンから命令されれば、遂行しないわけにはいかない。反抗は“抗命罪”と見做され、非常に重い刑罰になるからだ。最悪の場合、その場で極刑(銃殺)である。

 

「ですが、1つだけお願いがございます。パーパルディア皇国民はともかくとして、エストシラントを始め皇国内には、他の第三国の国民の方々もいらっしゃると思います。それらの方々を戦火に巻き込むのは、流石にいけないと思います。

故に、8日間だけお時間をいただけないでしょうか。その間にパーパルディア皇国に対して警告を行い、第三国の国民の皆様にパーパルディア皇国国外への脱出を促そうと思います。その期間が8日です。よろしいでしょうか」

「うむ、確かにな。流石に第三国の国民を巻き込むのは避けたいな。分かった、許可しよう。して、どのように警告する?」

「はい、明日はちょうど『世界のニュース』がありますので、それを利用しようと思います。そこにロデニウス連合王国政府及び軍部の名で声明を発表し、各国に警告しようと思います。8日の間には『世界のニュース』は2回ありますので、2回とも利用することに致します。また、攻撃の前日に1回だけ、エストシラントに空から警告のビラを散布することに致します」

「承知した。だが、それで避難しなかった時はどうする?」

「なに、簡単ですよ。警告した時に、『8日間を過ぎた後は、何人たりとも戦火に巻き込まれ、損害を負ったとしても、我が国は責任を一切負いかねる』と一言添えておけばよろしいでしょう」

「分かった。では、くれぐれも頼んだぞ! 我が国の民の運命は、この一戦に、つまり貴官らの働きにかかっているのだからな!」

「よく心得ております。では明日、『世界のニュース』を使ってパーパルディア皇国に警告し、8日間の時を経て、5月28日から作戦行動を開始します。それでは、夜分に失礼しました」

 

 堺は退室した。

 

 こうして、いよいよパーパルディア皇国本土への、本格的な攻撃が始まろうとしていたのである。

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 同時刻、とある国のとある場所。

 そこは、とある建物の一室らしかったが、窓もない部屋であった。天井は半球形になっており、上から四角錐形の天幕が吊り下げられている。その下には四角いテーブルがあり、その上にビロードのような布のクッションに乗せられた水晶玉が置かれていた。それを挟んで2人の人間らしきものが向かい合っている。片方はテーブルの前の椅子に座って、水晶玉を覗きこんでいるように見える。もう片方はそいつに向かい合って立ち、座っている者を見詰めているようだ。部屋が暗いので、その姿形はよく見えない。

 

「むうう……」

 

 不意に、座っているほうの人間らしきものが、声を発する。

 

「どうだ、何が見える?」

 

 これは、立っているほうの者のセリフだ。

 

「これは……何だ? ……燃え上がる街。崩れ行く建物……。……悲鳴を上げ、逃げ惑う人々。その街を行くこれは…これは何だ? 車か? それにしては異様な……む? この丸屋根に、4つの塔に囲まれた建物は……。これは……パラディス……? ……なるほど。そしてこれは……おお、海にも、炎が……。燃え上がる船。……これは何だ!? 神聖ミリシアル帝国の軍艦!? ……にしては、少し違うな……。待てよ、この旗は……!」

「おい、何が見えているんだ!?」

 

 さっきから座っている者の言葉が切れ切れであるため、立っている者がいらいらしたような様子で声をかける。だが、座っている者は意にも介さない。

 

「そしてこれは……飛竜ではない! ムーの飛行機械に似ている……が、それとは異なる……、そんな何かが……大量に空を飛んで、何かを……ほほう、なるほどな。見えたぞ」

 

 ようやく、座っている者は水晶玉から顔を上げたようだ。

 

「直ちに我が国の民を、第三文明圏の列強国から避難させるべし。さもなければ、我が国の民に“大いなる災難”が降りかかるであろう」

「本当か? ……分かった、外交部に報告しよう。モーリアウル(きょう)が対応なさるはずだ」

 

 立っていた者は歩き出し、部屋を出ていった。




最後に出てきた国…いったい何モール王国なんだ…。


次回予告。

ロデニウス連合王国軍の真の実力を知らぬまま、アルタラス再奪取と皇都防衛の準備を進めるパーパルディア軍。
アサマ作戦の発動を正式に決定したロデニウス連合王国軍。
世界各国が第三文明圏の戦いを意識する中、ロデニウス連合王国は一石を投じる…
次回「終わりの始まり アサマ作戦発動秒読み段階」

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